夢の続き 〜 第2章 〜


 

 

第2話


 僕はぼんやりと、その建物を見上げた。
 最近は、家にいてなんとなく落ち着かなかったり、考え事をしたかったりすると、よくここを訪れる。

『県立近代美術館』──10年ほど前に設立された、まだ比較的新しいと言っていい建物だ。
 とは言え、実のところ、僕は別に絵画や彫刻にはあまり興味も知識も無い。

 では、どうして僕はここに来るのか。

 ──2年ほど前、一人の建築家が死んだ。『竹内 義男』。まだ、40代半ばでの死であった。
 彼は日本建築界の寵児であり、数々の建築物を設計した。
 その建物の織りなす光と影とにこだわった建築様式は、世界で認められ、数多くの場所に彼の作品が立てられた。

 僕がはじめてそれに触れたのは、とある週刊誌でだった。

 ヨーロッパの田舎町に建てられた、教会。
 暗く冷たい建物の中、壁に穿(うが)たれた十字の隙間から差し込む光が、部屋の中の影を神秘的に射し込み、床にその聖なる印を描く。

 気がつくと、僕は時が経つのも忘れ、その写真に引き込まれていた。

 その後、彼に興味を持った僕は彼の作品を調べ、その一つが身近な、それでいて同じ街の中にありながらそれまでは縁もなかった、この美術館の建物がそうだと知った。

 コンクリート製の、冷たい外壁。その、あくまで直線的な輪郭。
 にもかかわらず、完璧にデザインされたその建物は、降り注ぐ日の光と、そしてそれにより自身の作り出す影によって、独特の柔らかな陰影を演出していた。

 そしてその建物を、はじめてそんな風に眺めたそのときが、僕が将来として建築の方面へと進みたいという願望を持った、そのときだった。

 ……建物の横手にある芝生に入り、そこに腰掛け、建物を見上げる。
 今日は天気が良く、そのおかげで建物の織りなす複雑な光と影の演出が、存分にその効果を主張していた。

「…………」

 じっと、その外壁を眺める。
 そうしながら僕は、頭の中は冷静に、その代わりにややぼんやりとしながらも、昨夜の“あの夢”について思考を巡らせはじめた。

『多分…』

 僕は考える。

『多分、彼女は本当に僕を知っている』

 3年前の夢。あのときは、僕の望みに従い、僕の知るセンパイと梨名が、あの夢に巻き込まれてきた。
 そう考えれば、恐らくは彼女は僕を知る人間であることは確かだ。

『僕は、彼女に会ったことはあるのか?』

 僕は彼女に、見覚えはなかった。
 もちろん顔を隠しているのだから、よくはわからない。それでも、見知った人間ならば、ある程度はわかっていいはずだ。
 夢の中、姿形が違うことも考えたが、少なくとも3年前の夢では、僕・由香里センパイ・梨名、3人ともに服装以外は現実と全く変わらない姿をしていた。

 彼女は、僕と何度か会話をしたことがある、と言っていた。大したことは話してない、とも言っていたが。

『それでも……』

 それでも、僕は彼女を捜さなくてはならない。そう思った。

 夢の世界の出来事が、そのまま現実を縛るというわけではないと思う。
 実際、僕は夢の中で梨名を動物扱いしたわけだが、現実の彼女はその後も別に普通に話をしていた。センパイだって、同じようだった。

 だがそれも、長くこの状況が続いたりした場合、どうなるのか……。

『出来るだけ早く、彼女を見つけないと……』

 センパイと梨名の心。
 あの夢を通して、彼女等が変わっていったのも、また確かだ。
 それがどの程度の強制力を持つ物だったかは正直わからないが、それでも僕自身の心が操られる可能性を考えれば、やはりそれは恐怖を呼び起こした。

 彼女は僕に何度も合っている、と言った。
 センパイと僕との会話を近くで聞いたことがある、とも言っていた。

 恐らくは、彼女は僕と生活圏が重なったところに生きているように思う。
 更に言えば、夢の中での彼女の言動からいって、──こんな事を言うのは何だが──彼女は僕に対して好意を持っていることは確実だと思っていいだろう。
 だとすれば、現実世界に置いても、彼女が僕の視野の中に入ってくる可能性は、十分あると思う。

 ……そう思いつき、僕は周囲を見渡す。

 道を行く人々。家族連れや、カップル。ベンチに座る老人に、ボール遊びに駆け回る子供達。
 しかし、その中に、あの彼女の姿はなかった。

『結局は、まずはできる限りいつも通りの生活に従って、行動するのがいいのかも知れない……』

 僕は彼女と、どこで会っているのか、見当もつかない。
 だが恐らくは、日々の日常の中で、何度もすれ違ってきたのではないか?
 昨日の彼女の言動からいって、その可能性は高いように思えた。

 いつもぶらついている商店街。通っている予備校や、そこに行くのに乗る電車。良く行く食堂や、コンビニ。
 そう言った場所で、僕と彼女は、何度も遭遇したことがあるのだろう。

『くそ……っ』

 あまりに、漠然とした手がかりだ。

『せめて、名前くらいわかれば…』

 そして気がつく。
 彼女は、僕に対して顔を隠していた。名前も、教えようとはしない。
 となれば、もしかしたら彼女は、現実の世界において僕と直接に接触することを望んでいないのではないか? あの態度は、僕の前に自分を現したくないという、彼女の望みからきたものではないか?

 しかも、“現在も”彼女が身近にいるとは限らないのではないか? そんな疑問も頭を掠める。

『それでも、出来るだけ早く、彼女を見つけないと』

 恐らく彼女は、まだあれが『現実へとつながる夢』であることを知らない。
 そして恐らく彼女は何らかの形で、僕の部屋から消えた、あの館の『鍵』を持っている。

 あの鍵を、彼女から奪い取る。
 そうすれば、少なくとも今回の夢は終わるはずだ。

『出来るだけ早く……』

 腕時計を見ると、もう昼過ぎだった。
 本来この時間、僕は予備校に行っているはずだ。
 そしてそこには、もしかしたら『彼女』がいるのかもしれない。

「……」

 僕は立ち上がると、美術館の建物から離れる。
 そして、思い足を引きずりながら、いつもの生活サイクルの中に歩みだした。





 僕は、夢の中にいた。
 翠色の夢だ。

 結局──、僕は今日、現実世界において彼女を見つけることは出来なかった。
 予備校、その帰りの電車の中、いつも通る道。そのどこにも、彼女らしき娘には会わなかった。
 いつも出かける本屋やCDショップ、ゲーセン、ジーンズショップ、居酒屋、……思いつく限りの場所を、真夜中といえる時間帯になるまで歩き回ったが、やはり彼女に出会うことは出来なかった。

 そして今、僕は再び館の庭にいた。
 僕の服装は、昨日と同じ。グレーのスタンドカラーのシャツに、同色のスラックス。
 そのことからしても、ここは再び『彼女の夢』の中だろう。

「そっか。結局、寝ちゃったか…」

 正直、迷ったのだ。
 少女と睡眠時間帯を完全にずらせば、夢の中に引きずり込まれる可能性は、低くなる。
 しかし彼女を探すための手がかりを見つけるためには、この夢の中に来ることが、一番確実でもあった。
 どちらが良いとも決められず、また眠ることそのものが怖くもあったためあまり眠さも感じず、まあ、寝てしまったらそれでいいやくらいの気持ちでベッドに横になっていたのだ。

「さて、と」

 僕は館の玄関に向かった。
 ここに来てしまったからには、いかに怖くとも、少女と対面しないわけにはいかない。
 彼女から、現実世界の彼女について、できる限りの情報を手に入れなければならなかった。

 ドアを開け、屋内に入る。
 ホールには人影はなく、ただ静けさだけが立ちこめていた。

「どこだろう…」

 だけどそれほど迷う必要はなかった。
 そのとき、右手の扉を開けて、タキシード姿のロイドが姿を現したのだ。
 彼の方でもこちらに気づき、近づいてくる。

「やあ、ロイド」

 一応、挨拶する。
 ロイドは相変わらず無言で、僕に一礼してみせる。
 やはり彼は、言葉を話すことは出来ないのかもしれない。もっとも、このネコの頭でベラベラ話されたら、なんだか居心地が悪そうだけど。

 僕は彼に、さっそく訊ねた。

「ねえ、あの娘は何処にいるのかなあ?」

 ロイドはそのぬいぐるみの頭を小さく傾げ、そのあと、僕を誘うように歩き出した。
 僕も素直に、彼の後に続く。

 通された先は、館の居間だった。
 昨日の応接室ほど豪勢ではないが、ずっと広く、大きな窓から明るい日差しが差し込み、居心地が良く作られていた。

 室内の布張りのソファーには、彼女が座って、お茶を飲んでいた。
 彼女の服装も、昨日とほとんど同じ。顔の上半分を隠す、黒い薄布も相変わらずだった。

「ミノルさんっ」

 僕に気づくと、彼女は弾んだ声を出し、そして椅子から立ち上がった。

「ミノルさん、今日も来てくださったんですね」

 そう言って僕の方に歩いてくる彼女。
 だけど、ほんの2・3歩歩いただけで、その足が止まる。
 彼女は少しうつむき加減で、なんだか不安そうに僕の方を見ていた。

 僕から少し離れたところで、おどおどと僕の方をうかがう。
 その姿は、まるで親や教師から叱られることを恐れている子供のようだった。

「どうしたの?」

 僕は彼女に尋ねた。

「その……ミノルさん、怒ってませんか?」

「え?」

 思わぬ質問に、戸惑う。
 この世界での『絶対者』である彼女。
 その彼女が、そんなふうに言うなんて。

「私…その、昨日、無理矢理にあんな事を……。
 ですから、ミノルさん、私のことを怒ったり……嫌いになったりしたんじゃあ……」

「………」

 ──自分の心に問いかけてみる。だが、確かに、僕は彼女を嫌ったり、怒ったりはしていなかった。
 どうしてかは、わからない。
 だが、僕の中には彼女を嫌悪したり、憎悪の対象としたりする自分は、どうしても存在していなかった。

「…いや、キミのことが嫌いだとか、そう言う風には思っていないよ」

 僕のその一言で、少女の頬が紅く染まる。

「よかった……」

 その彼女の様子は、本当にほっとしたようだった。
 少女は嬉しそうに、僕をソファーの一つへと腰掛けさせる。

「いま、ロイドにお茶を入れさせますね。
 今日は、ご一緒してくれますよね?」

 この世界で、彼女の願いを断ることは出来ない。
 だけど、もともと僕としても、今日はできる限り彼女と会話をしたかったのだ。現実世界での彼女を探すためにも、この少女の情報をできる限り聞き出さなくてはならない。
 そういう意味では、僕は落ち着いて、その彼女の言葉に従うことが出来た。

 ドアが開き、ロイドが盆を手に入ってくる。盆の上には、高級そうなティーセット。
 白く、薄く、そして軽そうなそれは、いかにも女性が好むデザインのそれだった。
 ロイドが手慣れた風情で、カップにお茶を注ぐ。
 紅茶の良い香りが、部屋中に漂うようだった。

「紅茶、好きなの?」

 少女は小さく頷くと、はにかんだように口元を緩めた。

「はい。
 友達に詳しい娘がいて。彼女と一緒にいるうちに、私まで好きになっちゃいました。

「へえ…」

 内心、緊張しながら、それでも何とかそれを隠しつつ、話題を振ってみる。

「僕のよく行く喫茶店で、やっぱり紅茶の美味しい店があってね。
 そこ、『ティアラ』って店なんだけど、店長が紅茶一筋の人でね。すごくお茶の種類が揃ってるんだ」

「あっ、私も知ってます。駅前のところですよね。
 わあ、ミノルさんも、あそこの店、行くんですね?」

 はずんだ声で、会話を喜ぶ彼女。
 僕はそんな彼女に合わせながら、もう少し別のことを考える。

『彼女は今、“ミノルさんも”って言った。
 つまりこの娘は、『ティアラ』に行くことがあるってことだ』

 ……彼女と、他愛もない会話を続ける。
 その間、僕は主に地元ネタを振ってみる。
 商店や、駅、公園……そういった、済んでいる場所を絞り込めるような内容。

 そんな僕の思いに気づきもせず、彼女は楽しそうに会話を続ける。

「……でも私の家、歩くと駅まで20分ぐらいかかって……」

 ──やはり彼女は、僕と行動範囲がかなり交わっているらしい。
 話の内容からすると、使っている駅や商店街も、同じようだった。

 どうやら高校生のようだ。恐らくは、1年生。
 教師の話題を聞く限り、僕の出身校ではなさそう。部活はしていない。
 一人っ子のようで……

「……へえ。
 それじゃあ、3人家族なんだ」

 会話の流れを壊さないように注意しながら、そう訊ねる。
 いや、そうしたつもりだった。

「…………」

 だけど、彼女の返事はない。
 少し困ったように、じっと僕の方を見る。

「……すみません。あんまり、話したくありません」

「え…?」

 なにか、マズイことでも言ったのだろうか。心配になる。
 そして実際、彼女の顔からはさっきまでのような笑顔は消え、そのかわり暗い色を漂わせていた。
 二人の間に、沈黙が降りる。

 どうしようかと僕が考えたその時、彼女が先に口を開けた。

「ごめんなさい。私…あまり、家族のこととかは話したくないんです」

 ぽつりと、つぶやくようなその口調。

「えっと、何か失礼なこと、聞いちゃったかなあ?」

 しかし少女は、小さく首を振った。

「いえ、そういうのじゃあないんです。
 ただ、私は……」

 そのまま、再び黙ってしまう。
 少しうつむき、小さく唇を噛んでいるのが見て取れた。
 むき出しのほっそりとしたな肩が、力を失い、だらりと垂れている。
 小柄な彼女のそんな姿は、あまりに弱々しく見え、なんだか痛ましく感じるほどだった。

 そんな彼女を目の前にして、僕はどう声をかけるべきか。その接ぎ穂を完全に失ってしまい、ただ黙ってそんな少女の様子を見ているだけだった。

 ──どのくらいの間、そうしていただろう。
 彼女が、ゆっくりと顔を上げた。

「その…ミノルさん、お願いがあるんです」

「え?」

 これは、危険な話の流れに感じた。
 彼女の『望み』は、この世界ではそのまま『力』を持つ。
 これ以上、彼女に続けさせるのは危なく感じた。

 だけど、僕は動くことが出来なかった。
 もしかしたら、何らかの力に抑制されたのかもしれない。
 それとも、単純に、この場の雰囲気に飲まれていたのか。

 あるいは、ただ、このあまりに小さく見える少女の話を、聞いてあげたかったのか。

 僕は黙って、彼女の次の言葉を待った。

「……ミノルさんは、昨日のこと、怒ってないんですよね?」

 迷うような、ためらうような、そんなたどたどしい口調で、彼女は訊く。
 昨日、彼女がした行為。
 それはあまりに突拍子もない行為であったが、それでも、少なくとも僕の中にはそれによって彼女を怒ったり、あるいは嫌ったりする思いは無かった。
 僕は素直に頷き、彼女の言葉の続きを即した。

「なら……」

 少女は正面から、僕を見た。
 その顔はなんだか蒼ざめているようで、唇も、色を薄くしているように見えた。
 それでも僕には、薄布の下の見えない彼女の瞳が、真っ直ぐに僕の方を向いていることがわかった。

「なら……お願いです、ミノルさん。
 私のこと…………抱いて欲しい…です」

『…………っっ!?』

 驚きが僕の心に走る。
 だけど、僕の心の中に生まれたのは、それだけではなかった。
 はっきりと『何か』が僕の心の中に入り込み、蠢(うごめ)き、そして、僕の頭の中から望むものを引きずれ出そうとする。そんな錯覚をおぼえる。

「それって……」

 なんとか、それだけの言葉を、のどから送り出す。
 僕が支配するべき、本来これ以上ないほどに僕のであるはずの、自身の心と、身体。
 なのに今、それがぼんやりと歪んでしまう。
 まるでこの手に掴んでいたはずの綱が、その存在を薄ませてしまったかのように。

 だが、少女は続ける。
 僕のそんな様子などには、まるきり気づきもせずに。

「ミノルさん、私のこと、抱いてください。
 私を、めちゃめちゃに………汚して欲しいんです」

 ──ここは彼女の夢。彼女の支配する世界。

 僕は突然に心の中に現れた衝動に突き上げられるように、彼女に掴みかかった。



 少女を、床に押し倒す。

「あ……っ!」

 彼女の小さな悲鳴が聞こえたような気はしたが、そんなことに気を払うような気持ちは、僕にはなかった。
 僕を動かすのは、ただ自分の中に突然現れた、暴力的な衝動だけだった。

 そのまま乱暴に彼女の短いワンピースの裾から手を入れ、その下のショーツに手をかける。

「あ……、や…っ!」

 だけど、あまりに慌てているのか、下着は上手く脱がせはしなかった。
 その間にも、さっきから急に高まりきった僕のペニスは、ズボンの下でもう我慢できないくらいに脈打っていた。

「くそっ!」

 もう、悠長に構えている余裕など無かった。
 僕は片手で彼女を押さえつけながら、もう片手で自分のベルトを外し、そしてズボンと下着の中から、自分のモノを引きずり出す。

 そしてそのまま、彼女のショーツの股間の部分に指をかけると、その脇から彼女の中へと、起立したモノを力任せにねじ込んだ。

「痛……っ、ああ…あっ!」

 その暴力的な行為に口元を歪めながら、彼女が悲鳴を上げる。
 だけど今の僕にはそれさえも、快感のひとつとしてとらえられた。

 少女のほっそりとした腕と、肩を掴みながら、強引な油送をはじめる。
 何の愛撫も受けず濡れてなどいない彼女の秘所に、無理矢理に押し入り、そして引き戻る。
 その度に粘膜同士が擦れ、ほとんど痛みとしか感じられないような刺激が、僕を包む。

「ぎふ…っ、がぁ……!」

 少女は顔を真っ赤にしながら、歯を食いしばり、苦痛に耐える。
 恐らくは、ひどい痛みに耐えているのだろう。キリキリと噛みしめた歯の間だから、抑えきれない苦痛のうめき声が洩れ出す。

 それでも、僕は止まらなかった。
 自らも痛みに耐えながら、ただ衝動のままに腰を動かし続ける。
 根の前の少女をねじ伏せる。
 その行為そのものに、頭を真っ白にするほどの快感を感じていた。

 だけど、そんな時間も、それほど長くは続かなかった。

「あっあっ、……ああっ」

 いつの間にか、少女の苦痛の呻きが、別の色を帯びだした。
 苦しみだけではなく、もっと別の、湿ったような響きを持ち始める。

 同時に、僕の股間を襲う痛みも、徐々に別のものへと置き換わる。
 さっきまでの乾いた痛みは、もう無くなっていた。それに変わって現れるのは、熱く濡れた柔肉にくるまれる、快感。

『こんな…………』

 ……彼女は、濡れていた。
 僕に犯されていたのが、いつの頃からか──あるいは始めからかも知れない──そのことが、彼女にとっては快感となっていたのだ。

“ぬちゃ…、にちゃ……”

 僕と彼女のつながった部分から、水音のようなものが聞こえる。
 今ではすっかり濡れそぼった彼女の肉壁が、狭く、そして微妙に小さく蠕動を繰り返しながら、僕の先端を、くびれの部分を、胴体を締め付け、さすりあげる。

 …そして同時に、

『くぅ……!?』

 ペニスに、信じられないような快感が伝わる。
 彼女の胎内が、今まで他の女性では体験したことの無いような動きを加えはじめたのだ。

『なんだ、これ……!?』

 ただ締め付けてくるだけではない。
 彼女のそこは、まるで別の生き物のように、キュッキュッと収縮を加える。同時に、その壁がうねうねと無数の軟体動物のように動き、僕のモノを吸い込むように、あるいは撫で上げるように、刺激する。
 あたかも、膣そのものに意志があり、僕を愛撫しているような、そんな感じだった。

 僕は、夢中で腰を動かしていた。
 ひと突きひと突きに、僕の股間からはたまらない快感がこみ上げ、尾てい骨の当たりを通り、背筋を駆け上がり、そして脳髄を焼き付けるように刺激する。

「ふあ…っ、んんん……っっ!」

 背をのけぞらせながら、僕の油送に快楽のうめき声を上げる少女。
 彼女の隠されていない顔の下半分と耳たぶとは、すでにその昂奮から真っ赤に染まっている。

『この娘は、いったい……』

 僕はそうしながらも、この少女の薄布の下に隠された表情が、どうしても見たくなった。
 この邪魔な布地の下で、彼女は一体、どんな顔をして快楽に耐えているのか。
 その潤れているだろう瞳を、そのしかめられているだろう眉を、その紅く染まっているだろう目元を、僕はどうしても見たかった。

「ふうっ、……ふあっ!」

 腰の動きを続けながらも、僕は彼女の顔に手を伸ばした。
 その上半分を隠す黒い布を掴み、それに覆われた彼女の顔を光の下へと引きずり出そうとした、その時、

「あ…っ、いや……イヤっっ!!」

 突然、少女は僕の身体の下で暴れ出した。
 僕の手を払いのけ、顔を覆う布を必死で押さえ、なんとかそれを取り払われるのを防ごうと抵抗する。

 カッと、僕は頭に血が上るのを感じた。
 僕に組み伏せられ、僕の欲棒に翻弄されていた少女。そんな彼女が、僕の支配を拒み、抵抗することに、僕は純粋な怒りを感じた。

 顔を守ろうとする彼女の腕を掴み、捻りあげる。
 その、力を込めれば簡単に折れてしまうのではないかと思うほどほっそりとした手首は、さほどの苦労もせず、僕の力に屈する。

 そして、僕の指が、その薄布にかかったそのとき、

「イヤっ……ダメ、止めてくださいっ!」

 彼女の叫びが、僕の耳を打った。

「だめ…止めて……っ。
 そんなこと、しないで下さい。

 私を…………私の顔だとか、私が誰かだとか、そんなことをしようなんて、しないで下さい。
 私は、ミノルさんに、私が誰だかなんて、知られたくないんです……っっ!!」

 ……サアっと、頭から血の気が引いた。

『しまった……』

 終わってしまった……そう思った。
 唯一のチャンスを、逃してしまったのかもしれない。

 彼女の願いは、彼女の命令でもある。
 そしてこの夢の中で、僕はその言葉に逆らうことは出来ない。
 もう僕には、この夢の中で、彼女の正体を探すことは、出来ないのだ。

 ……あるいは、もしかしたら現実の世界でも……

「…………っっ!」

 その事実が、再び僕の中に、激しい憤りを生み出す。
 僕は再び、力任せに、乱暴に腰を突き上げた。

「ああ……っっ!?」

 少女の口からこぼれるのは、悲鳴か、嬌声か。
 その声さえも、今の僕には怒りを憶覚えさせた。

「くそ……っ!」

 少女の胸に手を伸ばし、彼女が身に纏うワンピースの胸元を両手で掴む。
 そのまま力を込めると、その薄い布地は『びり……っっ』という音と共に、簡単に破れた。

「くう…っ!」

 その胸には、下着はつけられていなかった。
 引き裂かれた黒い布の下から、彼女の白い肌が現れる。

 まだそれほど発育はしていないその小ぶりな胸のふくらみは、しかし確かに形よく、横たわっていても張りを失わずに上をむいている。
 そしてその頂点には、小さなピンク色の突起が、その存在を誇示するようにツンと立っていた。

「畜生………っ!」

 僕は怒りの衝動のままに、彼女のその乳房に掴みかかる。
 片手を少女の胸の膨らみに当て、その手の中に収まる柔らかな肉を、ほとんど爪を立てるようにして、思い切り捻りあげた。

「い、痛っ……ああああっっ!!」

 彼女の桜色の口元が、再び苦痛に歪む。その隙間から覗く白い並びのいい歯は、音を立てるほどにきつく噛みしめられている。
 彼女は突然胸を襲った痛みに耐えかねるように、その身をよじらせた。

 そして同時に、

「く……っ!?」

 僕が彼女の乳房を握りしめたとたん、ギュッと、彼女の胎内がいっそう強く収縮した。
 ぎちぎちと、まるで噛み千切ろうとするかのように、その熱い肉壁が僕のモノを締め付ける。
 そのあまりの快感に、僕はうめき声をもらした。

 頭が焼け付くほどの、快感。

 そんな快楽を僕に与える少女の苦悶の仕草に、僕は訳の分からない昂奮を感じた。
 更に力を込め、彼女の胸を乱暴に愛撫する。
 そしてその頂点にある突起を、指でギュッとつねるように締め上げながら、再び腰を突き上げはじめた。

「ああ、……い、痛っ………痛いっ。
 あああああ………っっ!!」

 彼女を痛めつける度に、彼女から汲み上げる快楽は、強烈なものへとなった。

 なにも考えず、衝動のままに、ただがむしゃらに彼女を蹂躙する。
 もう、どうして自分がそんなことをしているのか、それさえも頭には無かった。

『くそ……っ、畜生っ!!』

 顔をぶつけるように、少女のその小さな唇に、唇を重ねる。
 舌で唇を割り、その口の中へ、自分の舌をねじ込む。

「んんっ、…むんんんっっ!」

 合わせられた二人の唇の間だから、彼女のうめき声がこぼれる。
 僕はそんな声さえも押さえ込むように、更に力を込めて、彼女の口をむさぼった。

 舌で彼女の口の中を舐め回し、彼女の舌を絡め取り、唾液を送り込む。
 少女の喉が、小さく『コクン』と動く。
 僕は、僕が送り込んだ唾液を、彼女が飲み込んだ事を知った。

『クソっ、…何だっていうんだ……』

 昂奮と、理不尽な怒りが、僕の中を埋め尽くしていた。
 僕は一旦自分の欲棒を、彼女の中から引き抜いた。

「あ…、え……?」

 茫然と、僕を見上げる少女。
 僕はその身体を抱えると、今度は力づくでうつぶせにひっくり返した。

「あ……っ!」

 彼女の腰を抱え、その丸い双丘を覆い隠す小さな白い布地を、引きずり下げる。
 その布はすでにぐちょぐちょに濡れていて、肌に張り付き、引き剥がすのに多少力を要した。

 ショーツの下から、彼女の秘めやかな部分が、姿を現す。
 彼女の恥毛は薄く、ほとんど産毛のようにしか見えなかった。
 その分、彼女の恥ずかしく濡れた部分が、そのまま僕の目にさらされた。

「ああ……イヤ…」

 そんな少女の秘裂に、僕は再び自分のモノを突き立てる。

「んんん…っっ!」

 僕は四つ脚の動物のように、彼女を犯す。
 さっきまでとは違う体勢に、また異なった刺激が、彼女の中に押し込んだ僕の部分をくるむ。
 律動する腰に合わせ、突くときにはみっちりとした肉が僕の亀頭をこすり上げ、引くときには欲棒全体を、濡れた粘膜がからみついてきた。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 荒い息をつきながら、少女の中で動く。
 その度に、彼女の口からも、堪えるような息が洩れる。

「ふうっ、ふうっ……」

 目の前で、彼女の細い背中が、震えている。
 それに合わせて、少女の後ろで結わえられた黒髪が、まるで生き物のように揺れ動いていた。

 ごく自然に僕の手が動き、その黒髪を掴み、引っ張った。

「え……、ひっ…!?」

 まるで手綱を引くように、少女の髪を引っ張りながら、腰を動かし続ける。
 痛みと、そしておそらく快楽で、彼女の背は折れてしまうかと心配になるほどに、反り上がった。

「ああ…、はあっ、はあっ……」

 電気が走るかのような刺激が、背筋を駆け上がる。
 股間からは、すさまじいほどの快楽が、まるで尽きぬかのように汲み上げ続けられる。

「はっ、はっ……!」

 もう、限界だった。
 ずっと耐え続けていた欲望が、もう耐えきれないほどにその内圧を高めていた。
 これ以上は、我慢できない。

「くそっ……、く…ぅっ!!」

 最後の力を振り絞って、思い切り彼女の中へと突き入れる。

「ああ、…ああああっ!?」

 ギュッと締め付けてくるその柔肉の一番奥で、僕は爆発した。

“びゅくっ、びゅく……っ”

 何度も、何度も、尿道を走り抜け、熱い粘液が彼女の胎内に流れ込んでいく。
 まるで、僕の魂そのものが抜けていくような、甘美な脱力感。

「あ…、ああ……」

 まるでその放出のリズムに合わせるように、彼女の粘膜が、僕のモノを締め付ける。
 吸い込まれるような、そんな錯覚さえ感じる。

“にちょ……”

 僕は、彼女の中から、幾分力を失ったペニスを抜き取る。
 ガクッと、支えを失ったように、少女の身体は床に崩れ落ちた。

「はあっ、はあっ、はあっ……」
   「ふうっ、ふうっ…………」

 二人の荒い息が、静まった部屋の中に、響く。

 ぐったりとした身体の置き所さえ見つけられず、僕は彼女の躰を見下ろす。

 うち捨てられたように床に伏せる、少女。
 その身にまとった短めのワンピースは引き裂かれ、むき出しになった腰からは、僕の放った白い粘液と、彼女の愛液が混じったモノが、どろりと床を濡らしている。

「あ…ああ……」

 その彼女が、よろよろと身を起こした。
 ゆっくりと、傍らの僕の方を見る。

「……ミノル…さん」

 おぼつかない動作で、彼女は引きずるように身体を動かし、僕の方ににじり寄る。
 そして茫然とする僕の前で、彼女は僕の股間へと顔を寄せ、精液と彼女の分泌液でドロドロに汚れたペニスに、舌を伸ばした。

「んん……ふう…」

“ぴちゃ…、ぴちゃ…” と、彼女の舌が僕のモノについた汚れを舐め取り、清めていく。
 その幼い外見とはあまりにもアンバランスな、その淫らな奉仕。

「ああ……、んっ……ふう…」

 竿の部分を舐め取り、そしてその下にある硬い毛に覆われた、袋にまで舌をのばす。
 小さな舌の動きと、股間にかかる彼女の吐息とが、くすぐったかった。

「……もう、いいよ」

 僕は少女に、そう声をかける。
 彼女は黙ってその言葉に従い、仰ぎ見るように僕の顔に視線を向けた。

 放心したような、そのほっそりとした顔は、しかし僅かに上気し、明らかにさっきまでの快感の残滓がそこには漂っていた。

 彼女に、手を伸ばす。
 手のひらでその小さく丸い頭に触れると、滑らかな髪の毛の感触がした。

 ゆっくりと、何度も、彼女の頭を撫でる。
 彼女の方もそれを心地よく感じているのか、自然に僕の手に、頭を寄りかからせてきた。

「ミノル、さん……」

 少女の唇が開き、僕の名を呼ぶ。

「ミノルさん……、ありがとうございました…」

 彼女の口からもれたその言葉を聞きながら、僕の意識はゆっくりと薄れていった……





 ……目覚めは、最悪だった。

 全身にびっしょりと気持ちの悪い汗をかき、前髪がぐっしょりと顔にこびりついていた。

「…………」

 夢は、ひどいものだった。比喩でも何でもなく、悪夢そのものと言っていい。
 結局僕は、何一つ得ることが出来なかった。
 ただ、翻弄された、……それだけだ。

『ちくしょう……』

 胸の中で、つぶやく。
 しかしそんな行為には、全く意味はなかった。

 ……気がつくと、ドアをカリカリとひっかく音がする。
『ニャア、ニャア…』と、小さく、カルの鳴き声が聞こえた。
 時計を見ると、もう昼近くになっている。
 どうやら僕が起きてくるのを、待ちくたびれたらしい。

「はあ……」

 ため息をひとつつき、ベッドから身を起こす。
 ドアを開けてやると、その隙間からカルがトコトコと部屋の中に入ってきて、僕の脚に身をすり寄せた。
 ハラが減ったの、表現である。

「わかったよ。キッチンに行こうか」

 僕がエサをやりに行くということを察し、カルはトットッと、まるで僕を先導するように歩き出す。
 その後ろについて一階に降りたところで、電話が鳴っていることに気づいた。

「はい、もしもし?」

 居間で、受話器をとる。
 普段は携帯でほとんどの用事を済ませているので、この電話に出るのは何日かぶりだった。

『あ、もしもし、稔君?』

 電話の声は、梨名だった。

『携帯に電話したけど、出なかったから……』

 あれ…?
 そういえば、昨日マナーモードにしたままで、脱いだ服の中に入れっぱなしだった気がする。

「ああ、ごめん。ちょっと気づかなかった。
 えっと、どうしたの?」

 足元では、腹を空かして待ちきれないカルが、うろうろと自己主張をしている。

『えっとね、今日、稔君、空いてる?
 よかったら、買い物につき合ってもらおうと思って』

 確かに今日は予備校も何もなかったが、気が重かった。
 夢のことが気になり、正直そんな気分じゃあない。

 …とはいえ、それもいいかもしれなかった。
 今の僕には、とにかく気分転換が必要なのかもしれない。

「うん、いいよ。
 じゃあ、どうしようか。どこで待ち合わせる?」

『ホント? ありがと。
 じゃあ、駅前の時計のところで、1時くらいなんてどう?』

 まだ、ゆっくりしていて間に合う時間だ。

「わかった。じゃあ、1時に、駅前で」

 そう約束して、僕は受話器を置いた。
 待ちきれないというように、カルが『ニャーニャー』と騒ぐ。

「わかった、って」

 僕はキッチンでカルのエサ皿に水とキャットフードを入れてやると、軽くシャワーを浴び、着替えて駅に向かった。



 駅前に着くと、まだ少し時間があるのにも関わらず、梨名が先に来て待っていた。
 今日の彼女の服装は、ノースリーブのシャツに、細身のパンツ。
 ひたすらにスレンダーな彼女には、こうした格好がよく似合う。

 僕が軽く声をかけるとすぐに気づき、軽く手を挙げて合図してきた。

「やあ、今日はバイト、いいの?」

 彼女に尋ねる。確か曜日的には、彼女はアルバイトに行っている時間のはずだ。
 梨名は、軽く肩をすくめて答える。

「そうなんだけどね。今日は臨時休業だそうで、時間ができたの」

 そんな話をしながら、僕等は移動する。
 梨名に言わせると取りあえず今日は、いくつか小物と、調理用具を買いたいのだそうだ。

 少し歩いて、大通りに向かう。
 信号が赤に変わり、僕等は横断歩道の手前で立ち止まった。

「……それでね、由香里先輩が………」

 梨名とくだらない話をしながら、ふと、僕は梨名と反対側に立つ少女に気がついた。

 小柄な、確か隣り街にある女子高の制服を着たほっそりとした少女。
 長めの髪を後ろでひとつにまとめている。

『どこかで……』

 気のせいだろうか? どこかで、会ったことがある気がする。

 ただでさえ小柄な体格に加え、小さい頭と、ほっそりと長い手足のせいで、よけいに小さく見える。
 しかしその垂れ目がちな大きめの瞳と、すらりとした鼻筋、綺麗な輪郭は、確かに可愛らしい顔つきと言えるものだった。

『えっと……』


 ──── 私の事なんて、知ろうとしないで下さい


 突然、“ズキンッ”と、こめかみに痛みが走った気がした。

『なんだ……?』

 唐突に訪れた頭痛に、眉をしかめる。

「どうしたの、稔君?」

 その様子に気づいたのだろうか。梨名が、心配そうに訊ねてくる。

「ああ、いや、何でもないよ。
 ただ……」

 そう答えながらも、なぜか意識は少女の方に向かう。
 何とも喩えようのない、違和感。
 そんなどこかぼんやりとした、焦燥感にも似た感覚が、僕の中でうずまく。

 再び、彼女の方を見る。

 何となく、顔色が悪く見えるのは、気のせいだろうか。

 どこか、調子でも悪いのだろうか?
 少し、ふらついているようにも感じられる。
 見ていて、なんだか危なっかしい。

 その時、信号が青に変わった。

 少女は、そのままふらふらと前に歩みだし……

「あぶないっっ!!」

 僕はとっさに前に出た。
 彼女の腕を掴んで、思い切り引っ張る。

「きゃ……っ!?」

 そう悲鳴を上げた彼女の鼻先を、

“キキキキ……ッッッ!”

 そんなタイヤが軋む音を立てながら、強引に右折してきた一台の車が、すごい勢いで通り過ぎた。
 その車は、派手なエンジン音をがなり立てさせながら、そのまま走り去っていった。

「ちょっと、大丈夫……っ!?」

 慌てて駆け寄ってくる、梨名。

 僕と少女は、道路に倒れ込んで、腰をついてしまっていた。
 周りの人々が、さかんに『大丈夫か』と声をかけてくれている。

 取りあえず、僕は立ち上がった。
 とっさに地面についた手のひらが少し擦りむけているが、それ以外にはこれといって痛みはなかった。

「キミ、大丈夫?」

 座り込んでしまったままの少女に、声をかける。
 彼女はよろよろと顔を上げ、そして僕の顔を見て……なぜか、驚いたように目を見開いた。

「あ……」

 そのまま、動かなくなってしまう。
 僕は仕方なく、彼女の手をとって、立ち上がるのを手伝ってあげようとした。

 僕の手にすがり、ゆっくりと立ち上がろうとする少女。
 だが、

「痛っ……」

 そう言って、彼女は再び座り込んでしまう。
 どうやら、足をくじいてしまっているらしい。

「ちょっと待っててね。
 いま、救急車を呼ぶから」

 その様子を見た梨名が、携帯電話を取り出す。

「え…? いえ、そんな……」

 何か言おうとする少女を、梨名は身振りで黙らせた。

「大丈夫。こういうときにはね、素直に、病院に行った方がいいわよ」

 そう少女に言い、彼女は電話でこの場所の説明をし始めた。

 その間に僕は少女を支え、車道から歩道へと連れて行く。
 交差点の側にあるブティックの店先に、腰掛けるのにちょうどいい段差を見つけ、彼女をそこに座らせた。

「大丈夫だよ。すぐに、病院に行けるからね」

「はい……」

 彼女は小さくそれだけ言って、うつむいてしまう。

 そんな彼女の横顔を見ながら、僕は先ほど同様、なんだかもやもやした、とらえようのない違和感を感じていた。

『いったい……』

 その根底にあるものが何か、必死で探ろうとする。
 だけど、とうとう、僕にはその答えに思い当たることは出来なかった……。

 
 
< 第2話 了 >


 

 

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