メイドさんは魔女


 

 



 八芽坂鈴音(やつめざか・すずね)は、屋敷の回廊を大股で歩いていた。

 静けさにつつまれた古い洋風づくりの屋敷にあって、あからさまに怒気を感じさせる少女の歩調は、たとえ彼女がこの住まいの主であるという事実を差し引いたとしても、少々、淑女としてのつつしみに欠けると言わざるをえないかもしれない。
 もし深い絨毯が敷かれていなかったならば、場違いとも思われる高い足音がこだましたことだろう。

 窓から差し込む午後のおだやかな陽光も、彼女の怒りを慰撫するにはやや力不足のようだった。

 やわらかな日差しに浮かびあがった顔立ちはよく整っており、ほんのりと紅潮した頬の色つやともあいまって、なるほど美しくはあろうけれども、きっと引き締まった口元の表情からは、今にもかんしゃくを破裂させようかという緊張感がうかがえる。

 長く伸ばしたつややかな黒髪を、ときおり、いらだたしげにかき上げる仕草は、年頃の乙女がしらずしらずのうちに身につけつつある色香の中に、いまだに残された少女のあどけなさをかいま見せて、アンバランスな魅力を発散していた。

 スレンダーながら均整のとれたしなやかな肢体には仕立ての良い純白のブラウス、膝丈のスカートに黒いタイツを身につけ、ひかえめにふくらんだ胸元やほどよい腰のくびれは、ささやかながら女性らしい色気を感じさせる。

 少女が歩を進めるたび、綺麗に切りそろえた前髪がさらりと揺れる。しかし、その視線はまっすぐに前へと向けられてゆらぐことなく、生来の意志の強さを感じさせた。ところどころに置かれた豪華な調度品には目をくれることもしない。



 やがてある部屋の前まで来た少女は、ノックなどする余裕もあらばこそ、バタン、と派手な音を立てて扉を押し開けた。

 ダイニングルームだった。

 広々とした空間にどっしりとした木製のテーブルをしつらえた一室で、屋敷の人間が日々の食事をとるのであろう、ある程度の装飾はほどこされはいるものの、華やかさよりは落ち着きをおぼえるコーディネートと言える。

 テーブルには今、一人のメイドがついており、ティーセットを並べて午後の休憩時間といった様子であったが、例ならぬ激しい物音と、それにおとらず、すさまじい剣幕をした少女を前にして、驚きの表情を浮かべて立ち上がった。

「あら、鈴音お嬢様……どうなさいました?
 ティータイムにはもう遅い時刻かと存じますが……」

「美雨さん……さがしましたわよ」

 笠掛美雨(かさがけ・みう)、というのがメイドの名前だった。

「はい、なにかご用でしょうか」

 ハウスメイドという職業柄と言うべきか、ニッコリと笑顔を浮かべたその表情はショートカットもよく似合って愛らしく、年の頃で言えば鈴音よりやや上であろうとは思われたが、女性、というよりは、少女、という言葉がよりふさわしいであろう可憐さを見せている。

「ご用もなにもないものですわ!
 なんですか、あの……あの、クローゼットの中身はっ!」

 それを聞いたメイドの顔にきょとんとした表情が浮かび、

「クローゼット……ですかー?」

 首をかしげて心底不思議そうな声をあげたが、それが主人の頭を沸騰させることになるとは思ってもみないようだった。

「そうです! 私のお洋服はどうしたのか、と聞いているのです!」

「鈴音様のお洋服が、どうかしましたか?」

 なおも腑に落ちない表情のメイドに対して、鈴音は語気を荒げた。

「ですからっ! 私のお洋服が、全部……」

「ああ!」

 鈴音の言葉をさえぎって、唐突にメイドがすっとんきょうな声をあげた。ぽん、と手を叩くと、ニコっと笑顔を浮かべる。

「そうそう、そうでしたー。
 全部エプロンドレスに入れ替わっていた、というのですよね?」

「そう! 全部! 全部ですのよ!
 いたずらにしても度が過ぎるというものでしょう!
 どういうことなのか、貴女の口からきちんと説明していただきますわ!」

「ええ、その件でしたら、わたくしからお話させていただきます」

 怒り心頭といった風の主人に臆するところもなく、メイドは落ち着きはらって言葉を継いだ。

「じつを申しますとね……」

 ぴっ、と人差し指を立てる。

「わたくし、魔女なのです」

「……………………はあ?」

 鈴音の口から漏れた言葉には多分に軽蔑の響きが込められていたが、そんな主人の意図を察した様子もなく、メイドの方はニコニコと笑いを絶やさない。

「ですから、魔法が使えるのですー。
 お洋服もみんな、魔法で、ちょちょいのちょいっと」

「……もうすこし、頭の回る人かと思っていたわ」

「あら、もしかして信じていただけないのですかー?
 いえ本当、わたくしは正真正銘、本物の魔女でして」

「もういいわ、お母様に言って貴女をクビにしてもらうから!」

 クビ、の部分をことさら強めて言うと、鈴音はきびすを返して部屋を出て行こうとする。

「あっ、待ってください鈴音お嬢様ー。お話にはまだ続きがっ」

 そうはさせじと、メイドは主人の腰にひし、と抱きついた。

「こ、こらっ! 放しなさい、このバカメイド! お洋服にシワがつくでしょう!」

「イヤですー、放しません。
 鈴音様がわたくしのこと、魔女だと認めてくださるまではっ」

 この子供のような振る舞いには鈴音も面食らったらしい。

 あわてて美雨を押しはなそうとするが、メイドの方もよほどあきらめが悪いと見え、ぺしぺしと頭をはたいたくらいでは腕の力のゆるむ気配もない。

 どちらが年上だかわからないような光景がひとしきり続いたが……やがて隙をついた鈴音が、するりと腕を抜け出しての決着となった。

「そこまで言うなら、証明してみなさいよ!
 信じてさしあげますわ。私をヒキガエルにでも変えて見せたらね!」

 息を荒げたまま、ピシャリと言う。

「いいえ、その必要はございません。
 鈴音様にも、すぐにおわかりになることですわ」

 ニッコリと笑顔を浮かべたメイドは、呼吸ひとつ乱していなかった。

「…………ふんっ! やっぱりクビですわ!」

 手厳しい台詞を残し、鈴音は長い黒髪をなびかせて部屋を去った。

「すぐに、ですわ」

 つぶやいたメイドの瞳は、いたずらを仕掛けた女児のように楽しげな光をやどしていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 それから四半刻ほど経った頃だろうか、ダイニングルームの扉が勢いよく開いた。

「もうっ、なんなんですの! あのバカメイド! 絶対許さないんだからっ!」

 鈴音だった。先ほどこのダイニングルームを後にした鈴音が、なぜかおなじ部屋へと戻ってきたのだ。

「おかえりなさいまし、鈴音様」

 待ちかまえていたかのように一礼するメイドの姿を目にして、鈴音の顔に驚きの表情が浮かんだ。

「えっ……美雨さん? 貴女、どうして……?」

「くすっ、鈴音様……ここは鈴音さまのお部屋ではございませんわ」

 ニッコリと笑顔を浮かべる。

 そう言われてはじめて、鈴音は自分がダイニングルームにいることに気づいた。

「え……嘘……。な、なんで……私……?」

 なにがなんだかわからず、動揺する鈴音だったが、

「と、とにかく失礼しますわっ!」

 怒りの残り香をたよりに疑念を押しのけると、落ち着かない足どりでふたたび部屋を後にした。

「うふふ、これは鬼ごっこのようなものですね。
 がんばってわたくしから逃げてくださいまし」

 そんな言葉に続いて、クスクスという笑い声が鈴音の耳に残った。



 何度試してもおなじだった。

 住み慣れた屋敷の中だというのに、どうしても自室に戻ることができない。歩いているうちに、いつの間にかダイニングルームへと戻ってきてしまうのだ。

(……なんで? どうして?)

「わざわざ鬼の元に戻ってきてくださるなんて、鈴音お嬢様はお優しいのですね。
 わたくしは一歩も動かずに済むのですから、楽なものです♪」

 メイドの軽口をたしなめる気にもならない。

 なぜだかわからないが、このメイドの言うとおりになってしまう……。

 さすがにげんなりとした表情を隠せない鈴音だったが、ここでメイド風情に泣きを入れるなどというのは彼女のプライドが許さない。あくまで虚勢を張り通すつもりだった。

「ふざけないで! 今度こそ部屋に戻って……」

「まあ、まだあきらめないおつもりですか? 鈴音様は強情でいらっしゃいますね。
 おとなしく、わたくしの言うとおりになさればよろしいですのにー」

「だ、誰が貴女の言うとおりになんてっ!」

「うふっ、試してごらんになります?
 では……鈴音様、立ち止まってくださいませ」

 いたずらっぽい声音が聞こえた瞬間、扉を開けてダイニングルームを後にしようとしていた鈴音の足が、ピタリと止まった。

「…………? あ、あれ……?」

 それは鈴音の意志ではなかった。

 どういうわけか、足が動かなくなってしまったのだ。念ずるようにしてハッキリと意志を込め、動かそうと思っても、まるで根が生えたかのようにびくともしない。

「ふふ、いかがですか? さ、お嬢様、こちらへいらしてください」

 その言葉が見えない呪縛を解きほぐす秘密の合図であったかのように、鈴音は一瞬だけビクンと身体をふるわせると、くるりと振り返り、奇妙にぎくしゃくとした足どりでメイドの方へと歩き出す。

「え……? え……?」

 信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべた鈴音は、そのまま歩を進め、数瞬の後には腕をひらいたメイドの胸に、ぽすん、と抱き留められていた。ふわり、と長い黒髪が揺れる。

「つーかまえた♪」

「ひゃっ」

 細身の身体をギュッと抱きしめられ、思わずおかしな声をあげてしまう。

 混乱しつつも持ち前の負けん気を発揮し、無礼をはたらくメイドをにらみつけてやろうとした鈴音だったが、実際のところは怒りの表情もくずれかかっており、わずか見上げるようにしてメイドの顔に視線を送ったのでは、まるで恋人同士のように至近距離で見つめ合う結果となってしまうのがせいぜいだった。

「なっ、なにをしたの? これも、貴女が……」

 ドキリと胸の高鳴りを感じた鈴音が、それでも弱々しく口にした言葉を、ぴたり、と人差し指を当ててさえぎった美雨は、主人の紅潮した頬に愛らしさをおぼえて微笑すると、余裕たっぷりに宣言した。

「おわかりになりましたか?
 鈴音様はもう、わたくしの魔法にかかっているんですよ♪」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「それで……お話とはなんですの?」

 なぜかメイドの言葉に逆らえなくなってしまった鈴音は、美雨の言うがままにテーブルに着くと、『とりあえず、お茶にしましょう』などという提案にも反対できず、紅茶をふるまわれることになった。

 湯気の立つカップからはふくいくたる茶葉の香り、心癒されるティータイム……であるはずなのだが、鈴音にしてみれば落ち着いていられようはずもなく、端正な顔には怒り半分、不安半分の微妙な表情が浮かんでいた。

「ええと、その前に……鈴音様には、わたくしが魔女だということを認めていただかなければー」

 一方のショートカットのメイドは、いつもの調子でニコニコと屈託ない笑顔を浮かべているのだから始末に負えない。

「………………」

 これにはむすっとして横を向いてしまう鈴音だったが、

「もう、鈴音様ったら、本当に意地っぱりでいらっしゃるのですね。
 いいのですよー? わたくしとしては、また、ちょこちょこっと魔法をかけて……」

 美雨が茶目っ気たっぷりの口調で言うものだから、

「わかった、わかったわよ! 認める、認めますわ!」

 なかばヤケになって、ついにはそう言い放ってしまっていた。

「ふふっ、最初からそうおっしゃってくだされば、わたくしも苦労はいたしませんものを」

 クスッと嬉しそうな笑い声をもらしたメイドに、じろり、とうらみがましい視線を向けるが、それも甲斐のないことと知るにつけ、なまなかならぬ脱力感が少女の華奢な肩にのしかかるのだった。

「では、きちんとお話をさせていただきますね」

 そんな鈴音の内心を知ってか知らずか、笑顔の美雨はピッと人差し指を立て、

「単刀直入に申しましょう。
 わたくしは鈴音様を『メイドとして』スカウトするために、八芽坂のお屋敷へ参ったのですー」

 得意げな調子でそんなことを口にした。

「……ちょっと、それは逆ではなくて?
 お母様が貴女のことをスカウトしたのでしょう」

 そう、美雨はこの屋敷のメイドとしては新参であるが、以前の勤め先での評判を聞いた鈴音の母親が、いずれは一人娘の付き添い人にと抜擢した、という経緯がある。

 いぶかしげな表情の鈴音に、

「うふふ、それが違うのです。鈴音様のお母様が、そう思いこんでおられるだけですわ。
 魔女ともなれば、他人の記憶や心を思い通りに操るなど、たやすいことなのです」

 ……と、ますます得意満面の美雨。

「これでもわたくし、魔法の腕を見込まれて、このたびのお仕事を任されたのです。
 鈴音様はご存じないでしょうけれども、魔法の使えるメイドとなれば、これはなかなか貴重な人材なものですから」

 メイドの魔法使いがそんなにゴロゴロしていたらこまりますわ、と言いたい気持ちをぐっとこらえ、鈴音はこの突拍子もない話を理解しようと必死で頭をめぐらせていた。

 メイドとしてスカウト? なにがなんだか、さっぱりわからない。

「というわけで……鈴音お嬢様には、これからメイドさんになっていただきまぁす♪」

「ふんっ、バカバカしい。誰がメイドなんてやるもんですか!」

「そうはおっしゃいましても、これはもう決まっていることなのですよ。
 あ、そうだ。お給料も出ますよ? なかなか悪くないお小遣いになるかと……」

「……この私が、金銭に窮しているように見えまして?
 たとえ胸の高さまで黄金を積まれても、卑賤なメイドの仕事などお断りですわ!」

 ぴしりと言ってのけた鈴音に、美雨は『はぁ〜』などとわざとらしいため息をつき、

「鈴音お嬢様は勝ち気なご気性でいらっしゃいますものね。こんなことでは殿方にもおもてにならないのでは……。
 あ、でも近頃は少々跳ねっ返りの気がある方が、後々かいま見せるしおらしさとのギャップに愛らしさもいや増して、かえって殿方に好まれることもあるとか……」

 なにやらブツブツとつぶやきはじめた。

「………………」

「こまりましたわ、鈴音様にはもっと素直な女の子になっていただかなければなりませんのに……」

 これには鈴音も、勝手なことばかり言って、とかんしゃくのひとつも爆発させてやろうと思ったものだが、

「あ! 申しあげていませんでしたけれど」

 突然あがったメイドの声にさえぎられ、不発に終わってしまった。

「鈴音お嬢様のことは、適性のチェックから仕事のお仕込みまで、すべてわたくしに一任されているのですよー」

「はあ……?」

「えーと、ですから……なんと申しあげればよいのでしょう、こういうのは……」

 うーん、うーん、とうなりだしたメイドの姿に脱力感を隠せない鈴音であったが、同時に不吉な予感をいだいてもいた。

 この天然メイド……なにを言い出すかわかったものではない。

「あ、思い出しました!」

 ぽんと手を叩いて鈴音を見つめると、

「……なによ」

 ぴっ、と人差し指を立てて軽く首をかしげ、

「…………調教?」

 ニッコリ。

「冗談じゃないわ!」

 ガタンと大きな音を立てて、鈴音は立ち上がっていた。

「まぁまぁ、鈴音様、落ち着いて……座ってくださいませ」

 笑顔を浮かべたメイドの瞳が、妖しく輝く。

「ひゃっ!」

 途端、鈴音はすとんと椅子に腰を下ろしてしまう。

「ちょ、ちょっと、なにするのよ! 放しなさいっ!」

 こんなバカげた話につきあうつもりはなく、すぐにでも部屋を出ようと思っていたのに……。

「いえいえ、わたくしは鈴音お嬢様には触れてもおりませんよー?
 あくまでお座りいただくようにと、お願い申しあげただけですから」

「ひ、卑怯よ! 魔法だなんて、卑怯者のすることよ! 恥を知りなさい!」

「わたくしとしてもイヤなのですよー、魔法で無理矢理……なんて。
 でも鈴音様が素直に言うことを聞いてくださらないのですから、これは仕方のない処置というものです。
 聞きわけのないお子様にしつけが必要なのとおなじことですわ」

「……っ! この私を、侮辱するのっ!?」

 子供と同列に語られた恥辱に、カッと頭に血を昇らせた鈴音だったが、

「まぁ……お美しうございますわ、頬を朱に染めた鈴音様も」

 メイドは万事この調子である。話にならないとはこのことだった。

 うんうんと身もだえするようにして椅子から立ち上がろうとする鈴音を見て、

「あ、無駄ですよ。わたくしの魔法は、それなりに強力ですからー。
 本職の魔女でもなければ解呪はむずかしいかと……」

 そう言うと、今度はごそごそとなにか書類のようなものを取り出した。

「鈴音様、リラックスなさってください。ちょっとした質問をいたしますから。
 面接とか、そのようなものですー」

 なおもあきらめず立ち上がろうともがいている鈴音には構うことなく、質問をはじめる。

「まずは簡単なプロフィールからですー。鈴音様のお歳はいくつですか?」

「……………………」

「……あれ? 鈴音様?」

「だっ、誰が貴女の質問なんかに答えるもんですかっ!」

「あらあらー、まだご協力いただけないのですかぁー?」

 鈴音の反応には驚いたような声をあげたメイドだったが、すぐにクスッと楽しげな笑みを浮かべて、

「じゃ、こういたしましょうか」

 人差し指を立てて、クルクルと回した。

「さ、鈴音様のお歳を教えてくださいませ?」

「今年で十七歳よ………………えっ!?」

 ハッとして口元を抑える。鈴音としては、メイドの質問に答えるつもりなど毛頭なかったのだ。なのに、なぜ……?

「うふふ、鈴音様のお口の鍵を開けてさしあげました。
 これで鈴音様ご本人にはご協力いただけなくとも、お口の方から全部聞き出しちゃいます♪
 では次に、ご趣味などありましたら……」

「ちょ、ちょっと待ちなさ……テニスとヴァイオリンを、たしなむ程度……んくっ……」

 持ち主の意志よりメイドの質問への回答を優先しようとする口の動きに、鈴音は目を白黒させる。

「えっと、次はぁ〜……スリーサイズ……は、もう存じているので結構です。
 では恋愛経験などお聞きしておきましょうかー」

「やっ、やめなさい! ……高校一年生の時に……これはプライバシーの侵害ですわ!」

「むぅ、これではなんだか落ち着きませんねぇ。
 ちょっとの間、鈴音様ご本人は黙っていてくださいませ」

「え……? んっ……? んんっ……!?」

 メイドが言った途端、鈴音はしゃべることができなくなってしまった。

「はい、では続きをどうぞ」

「……高校一年生の時に、旅行先のホテルで……」

 より正確に言えば、自分の意志で口を動かすことができないだけであり、メイドの質問には口が勝手にすらすらと答えていく。
 必死に逆らおうとする鈴音の思いもむなしく、自分の口が次々に秘め事をあきらかにしていくのを、文字通り座して見ていることしかできない。
 興味深げに相づちをうつメイドの表情も腹立たしく思え、鈴音は怒りと恥辱に真っ赤になった。

「……なるほどなるほど。では男性経験は、まだおありでないと……」

「そうですわ」

「あらー、それではこの後の質問はほとんど意味のない項目になってしまいますわ〜」

 適性を見るための面接とは言いながらも、性的な側面を持つ質問も多く用意されており、自慰をするかどうか、性感帯はどこか、などといった破廉恥な問いに対しても、そのすべてについて、鈴音はなすすべなく細々としゃべらされてしまったのだ。

 プライドの高い彼女にとって、この扱いは屈辱に過ぎた。

「……以上で質問はおしまいです!
 鈴音様、お疲れ様でした。お口を解放してさしあげますね」

「……………………」

「……あれ? 鈴音様、もう自由にお話しになれるはずですがー」

 ぐったりとテーブルに突っ伏した鈴音は、すでにかんしゃくを起こす気概も失せはてていた。

(もう……お嫁に行けませんわ……)

 悪夢のような体験に神経を消耗しきった彼女だったが、この後、さらなる追い討ちが待っていようとは知るよしもなかった。

「さて鈴音様。次はいよいよメイドさんの格好をしていただきますよー!
 お部屋に戻らずとも、この通り、ここに用意しておりますのでー」

 心底楽しそうな笑顔を浮かべた美雨は、そう言って、屋敷のメイドたちが着用するものとおなじデザインのエプロンドレスを、ふわさ、と広げて見せたのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「イヤですわ! もうっ、いい加減にしなさ……ひゃっ! 変なところを触らないで!」

「あら、失礼いたしました……。
 まあ、鈴音様ったら、なかなかご立派なお身体でいらっしゃるのですね〜。
 発育不十分な感のあるわたくしとしては、たいへんうらやましい限りですわっ」

「きゃっ! む、む、胸を触るのはよしなさいっ」

「いいではないですかー、減るものではありませんしー。
 ほーら、むにゅむにゅ……」

「ひゃんっ! ややや、やめなさいったら! この変態メイドっ!」

「あははー、恥ずかしがる鈴音様も可愛らしいですー」

 またもや魔法の力によって身動きの一切を封じられてしまった鈴音。

 みずからの意志では指一本動かせないにもかかわらず、メイドが腕を上げてくださいませ、と請えば、素直に腕を上げて万歳のような格好をし、言ってみれば等身大の着せ替え人形のように扱われているのだ。

 メイドの魔の手によって一枚、また一枚と洋服を脱がされていき……いまや均整の取れた裸身を隠すものは一対の下着だけとなっていた。
 あれれもない姿をさらしたまま、メイドの思いのままに弄ばれ、鈴音は恥辱のあまり頭がくらくらとしてくるのを感じた。

「やーん、鈴音様、お綺麗ですわ。
 お洋服を着せてしまうのがもったいないくらいですー」

 黄色い声をあげる美雨の言も、なるほど、的を射ていた。

 ほっそりとしていながらメリハリのある体つき。すらりとした手足のバランスも絶妙であり、白く、つややかな柔肌もわずかに紅潮を見せて、年齢相応のみずみずしさのなかにも、ほのかな艶を感じさせて美しい。

「ちょ、ちょっと、じろじろ見ないでくださるっ!」

 せめて腕を交差して胸元くらいは隠したいものなのだが、魔法の操り人形となったいまの彼女には、それもかなわない。

 なんとかメイドの視線から我が身を守ろうと甲斐のない努力をしたものの、結果として身もだえするような動きになってしまっては、かえってエロティックな雰囲気をかもしだしてしまうのがせいぜいだった。

「うわぁ、髪もさらさらですねー。
 つやもあって綺麗。これは相当に気を遣ってお手入れなさっているのですねぇ」

「あ、当たり前ですわ! 八芽坂当主の娘として……」

「でもでも、メイドのお仕事をなさる時は、束ねるとか、まとめるとかした方がよいかもしれませんね。
 大丈夫! 鈴音様ほどの美貌でいらっしゃれば、どんな髪型だってお似合いになりますわー」

「……っ、そ、そういう問題では……」

「さ、鈴音様、ここからはご自分でなさってくださいませ」

 ポン、と肩を叩かれると、

「え? ちょ、ちょっと……!?」

 鈴音の身体が勝手に動き出し、本人の意志を無視して動き出す。

「や、やめなさい! 着付けくらい自分でやりますわ!」

「うふっ、なにしろ慣れないお洋服でございましょう?
 お手伝いしてさしあげようかと思いましてー」

 用意されたソックスに足を通し、ワンピースを着て……たしかに、鈴音の身体はじつに手際よくエプロンドレスを身につけていく。

 だがその様子をニコニコと笑いながら眺めているメイドの本心は、言うまでもなく、戸惑いと羞恥の表情を浮かべる鈴音の様子を見て楽しもうという、けしからぬものであった。

「あ、ご安心ください。背中のファスナーはわたくしが締めてさしあげますわ」

「〜〜〜〜〜っ!」

 屋敷の夜会などで凝ったつくりのドレスを身につけ慣れている鈴音にとっては、手間のかかる着付けの際にメイドたちの手伝いを得ることは珍しくない。

 しかし、こと卑賤なメイドの格好をさせられるという段となっては、涼しい顔をしていられようはずもなく、苦々しい表情で美雨をにらみつけるのだが、脳天気なメイドの方はそんなことは意に介さずとばかり、鼻歌交じりで襟元を直したり、布地を整えたり、まるで幼い子供の着衣を手伝う母親のような気分なのだから、鈴音にはたまらなかった。

 一方の美雨は、最後に、ひょい、とヘッドドレスを鈴音の頭に載せるようにして、

「はい、可愛いメイドさんのできあがり、です♪」

 そう言うと、嬉しそうにニッコリと笑顔を見せたものだった。

「美雨さん…………あとで…おぼえていなさい……」

 抵抗もままならず、操られるままにメイドの格好をさせられた屈辱は相当のものであった。

 怒りに身をふるわせた鈴音は、身体をしばりつける魔法の拘束が解かれたならば、迷いなく目の前のメイドに平手のひとつも放っていたであろう。

 しかし悲しいかな、いまだに美雨の支配下にある身体は持ち主の言うことなど聞こうともしない。

「いけませんわ、鈴音様。メイドのお仕事は、奉仕の精神をお持ちでなければ勤まりません。
 まずは笑顔から、ですわ♪」

 美雨がそう言ってピンと人差し指を立てれば、

「だ、誰が貴女なんかに……んっ」

 ニッコリ。見えない力に操られ、無理矢理に笑顔を浮かべさせられてしまう。

「……やっ、やめなさい、人の顔をいじくりまわすのはっ!」

「うふっ、鈴音様が素直にわたくしの言うことを聞いてくださらないからですわー。
 せっかく可愛らしいメイドさんになったのですから、その魅力を十二分に引き出すためにも、笑顔でいらっしゃらなければ損というものです!」

「なりたくてなったわけではありませんわ!」

「……さ、では撮影会と参りましょうかー」

 激昂する鈴音を尻目に、美雨はまたもや理解不能なことを言い出した。どこから取り出したものか、いつの間にかその手にはデジカメが収まっている。

「やーん、メイド姿の鈴音様ったら、本当にラブリーですー。
 この可憐さを、しっっっかりとファインダーにおさめてさしあげますわっ♪
 ……あ、ちなみにこっちはわたくしのケータイです」

「……ど、どこまで私を辱めれば気が済むの?」

「イヤですわぁ、下着姿を撮らなかっただけでも自制心をはたらかせたと申すべきではありませんかー」

 幼い少女のようにはしゃぐメイドに、鈴音はなにも言い返すことができなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「あ、もうすこし、小首をかしげるような感じで、目線をこちらに……。
 はい! そこでそのまま……はい、笑って笑ってー」

 撮影会は(美雨にとっては)順調に進み、年頃の少女らしい可愛いポーズ、ちょっぴりおしゃまなポーズ、さらには乙女にとっては恥ずかしさを禁じ得ないポーズ……など、鈴音は数々のリクエストに献身的に応え(させられ)て、みずからのメイド姿を惜しげもなく披露したのだが、

「はい、こんなところにいたしましょうか。鈴音様、お疲れ様でしたー」

「………………」

 その結果、撮影会の終わる頃には羞恥心にさいなまれて疲労困憊、文句のひとつも出ないといったありさまであった。

 だがしかし……より本格的な辱めはむしろこれからだったのだ。

「では鈴音様、いよいよメイドとしての心構えや、お仕事をする上で知っておかなければならないことを伝授いたしますね。
 鈴音様にはメイドさんに『なりきって』いただきますから、今だけわたくしをご主人様だと思って、言うことをよくきいてくださいませー」

「……わかりましたわ! やる! やります!」

 メイドの申し出に、鈴音はほとんどやけばちになってそう言い放っていた。

「だから……その……ま、魔法を解いて頂戴……」

「ふふっ、ようございますわ。
 鈴音様が自分からご協力してくださるなら、それに越したことはございませんから」

 パチンとメイドが指を鳴らすと、鈴音の身体がぴくんと小さくふるえた。

 ひさしぶりに身体の支配権が戻ってきたことに安堵をおぼえ、手を開いたり閉じたり、きちんと身体が動かせるのか、つい確認してしまう鈴音。

「では鈴音様、さっそく講義を始めさせていただきます」

 美雨によれば、メイドになるために身につけておくべき要件はおおむね決まっており、そのために欠かすことのできない訓練がいくつかあるのだという。

 鈴音にはそれらを実践しながら覚えてもらおう、というのが美雨の考えらしかった。



 いわく、言葉遣いの勉強……。

「では、わたくしのあとに続いて復唱してくださいませね。
 『お帰りなさいませ、ご主人様』……はい!」

「お帰りなさいませ、ご主人様……。
 ねえ、敬語くらい私も使い慣れているし、いまさら訓練するほどのことでもないでしょう?」

「いえいえ、ただ敬語を使いこなせるというだけではダメなのですわ。
 不測の事態が起きたり、ちょっと驚いたりしたぐらいで、礼を損なうような言葉が口をついてしまうようではメイド失格。いつ何時でもご主人様を敬う気持ちを忘れてはならない……そのためには、きちんとした訓練が必要なのですわー。
 たとえばですねぇ……」

 むにゅ。メイドの手が突然、鈴音の胸のふくらみを捕まえた。

「キャッ! ちょ、ちょっと貴女っ、なにをするの……ああんっ!」

 思わず飛びのいた鈴音の口から、場違いな声音がもれる。それはあきらかに艶のこもった……そう、ほとんどあえぎ声と言ってもいいものだった。

「な、なんですの、コレっ!? ひゃあっ!」

「うふっ、敬語を使わないと、性的な刺激を感じてしまう魔法をかけてさしあげました♪」

「ななな、なにを言ってるの!? あっ……ひゃんっ! やめっ、やめて! あんっ!」

「ですからぁ、この場合でしたら『おやめください、ご主人様』と申すべきでして……」

「いいから、やめなさ……ひゃぁああああんっ!」



 いわく、お辞儀の練習……。

「いいですか、礼節の心を込めるのはもちろんのこと、あくまで可憐さを損なわずに、ですね……。
 両手でスカートの裾をつまむようにして、軽く膝を引いて……そうそう、お上手ですわー」

「このくらいは、淑女のたしなみというものでしょう」

「では、次は最大限の敬意と服従の意志を示すためのお辞儀です。
 まずはご主人様の足下にひざまずいて……」

「ちょ、ちょっと! そんなお辞儀があるものですか!」

「いえー、あるのですわ。さ、鈴音様?」

「や、やだっ、また……身体が勝手にっ……!」

「そうそう、よろしゅうございますわ……。そしてそのまま、わたくしの履き物に接吻をしてくださいませ」

「じょ、冗談でしょう? 美雨さん、やめ……んくぅっ!」



 いわく、キスの味見……。

「味見……って、貴女なにを言っているの!?」

「新米メイドの唇はきちんと毒味してさしあげませんと。教育者としての信用に関わりますのでー」

「いやっ、ちょ、ちょっとやめなさい! 私たち女の子同士なのよっ!」

「これが、クオリティ・アシュアランスというものですわー」

 またもや魔法で身動きの取れなくなった鈴音に、ゆっくりと近づいていった美雨は、

「美雨さん、お願いだから……」

「失礼しますわ、鈴音様」

「………………っ!」

 きゅっと目を閉じてしまった主人のおとがいに手を添えると、そっと桜色の唇を奪ったのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 このあたりまではしかし、まだ序の口であった。やがてメイドがとんでもないことを言い出したのだ。

「えーっと、次は……性感帯のチェックをいたしますー」

「……は、はぁ!?」

「ですからぁ、感度のよしあしですとか、特に弱いポイントですとか……」

「あ、貴女、そういう趣味の人でしたの!?」

「いえいえ、これはあくまで下調べと言いますか、ほら、熟れた果物も出荷の前に品質のほどを確認いたしますでしょう? そのようなものですわー、うふふふふふふ」

 これには付き合っていられないとばかり、素早くきびすを返して逃げ出そうとした鈴音だったが、

「ストップ♪」

 メイドのひと言で、ピタリと足が止まってしまう。

「あっ……やだっ……」

 必死に身もだえするが、一歩も前に進むことができない。美雨が人差し指で、とん、と宙を軽くたたくようにすると、

「キャッ!」

 見えないなにかに押されるようにして、鈴音はちょうど目の前にあったソファーに倒れ込んでしまった。

「お、お願いよ美雨さん! 考えなおして!」

 エプロンドレスの乱れを気にする余裕もあらばこそ、近づいてくるメイドを見上げた鈴音の目には、肉食獣に目をつけられた小動物のようなおびえの色が宿っている。

「ご安心ください、さきほどのような無粋はいたしませんわ」

 笑顔で発せられたその言葉を聞けば、唇に先ほどのキスの感覚がよみがえって、頬が透き通るような朱色に染まる。

「そこで……これを使います♪」

 ついさきほどまでなにも手にしていなかったはずなのだが、美雨がつまむようにしているのは、メイドを呼びつける際に使う陶器製のベル、つまり呼び鈴であった。

 いったい呼び鈴をどう使うというのだろうか。不思議そうな表情を浮かべた鈴音に、

「このベルを鳴らすと、どうなると思いますか?」

 いたずらっぽく笑って、そうメイドが問いかける。

「…………?」

 答えられずにいる鈴音に向けて、美雨は無言のまま呼び鈴を振った。

 ――リーン……。

 澄み切った音色が響いた、途端。

「きゃっ!」

 鈴音は奇妙な感覚をおぼえ、思わず声をあげてしまった。

 ドキリ、と胸が高鳴る。

 なぜならその感覚とは――まぎれもない快感であり、その感覚の呼び起こされた場所は、つまり、本来衣服の奥の奥に隠されているはずの場所だったから、である。

 ――リン……。

「ひああっ!」

 またも、甘い快感の波が鈴音を襲った。

「なっ、なにこれっ!?」

「うふふ、ですから性感帯のチェックですわ♪
 鈴音様、感度の方はなかなかよろしいようで……」

 ――リンリーン……。

「やだっ、やめ……ひゃんっ!」

 たちまち身体中の血液が沸騰し、ある特定の箇所に集中していく。

 両手で股の間を隠すようにして、必死にみずからの大切な場所を守ろうとするが、空間という制約を飛び越えて、直接秘裂の内側をなであげられたかのような感触が生まれるのでは、それも無駄なあがきだった。

「うふふっ、快感に身もだえする鈴音様も可愛らしいですわ。食べてしまいたいぐらいですー」

「み、美雨さん、そのベルを鳴らさないでっ……!」

「いえ、そういうわけには。これもお勤めですからー」

 ――リーン……。

「あっ……! イヤ……やめて……はぁんっ」

 なにかから逃れようとするかのように細身の身体をよじり、ぎゅっと眉根を閉じて、襲いかかってくる快感に耐えようとする鈴音。

 だが、ベルから生じる魔性の音色によって性的感覚をかき立てられ、その身体はあっという間に昂ぶってしまっている。

 ――リンリーン……。

「んっ…………ふあっ!」

 赤く染まった唇の間からは荒い息がもれ、ソファーの上に乱れ広がった黒髪もなまめかしい。まるで激しい自慰を演じたあとのように、額には大粒の汗が浮き出ていた。

 ――リーン……。

「はぁ……んっ……!」

 もはや身体は言うことをきかず、メイドが呼び鈴を一振りするごとに強制的に与えられる快楽の波にうちふるえるばかり、風に舞う一枚の花びらのように抵抗しようもなく流されていくしかなかった。

 ――リンリンリーン……。

「ひゃんっ! ふあああっ……!」



 ひとしきり、というよりはメイドが満足するまで、散々に弄ばれた鈴音であったが、

「ふふ、そろそろおしまいにしてさしあげますね。
 鈴音様の感じやすい場所は、しっかり調査させていただきましたから♪」

 ようやく音波による責めから解放されると、激しい虚脱感をおぼえてソファーに身体を沈めた。

 はあはあと荒い息をあげつつも、美雨をにらみつけてやろうと顔を上げた精神力はさすがであった。

 が、実際には、じんわりと目尻に涙を浮かべながら、上目遣いの視線を向けるのが精一杯であり……それがかえってメイドの嗜虐心を刺激することになったのは皮肉と言うよりない。

「あら、鈴音様、この程度ではご不満でしたかー? それでは……ご自分でなさってはいかがでしょう」

 そう言ってひょい、と呼び鈴を差し出す美雨。

「え……? ちょ、ちょっと……」

 不意に突きつけられた陶器製のベルを受け取ってしまった鈴音は、その取っ手によこしまな魔法が掛けられているなどとは夢にも思わなかった。

「え? ええ……? な、なにこれ……手が離れない……?」

 ――リーン……。

 離れないどころではなかった。鈴音の手が、まるでみずからの意志を持ったかのように動き出し、呼び鈴を鳴らしはじめたのだ。

「ひぁあっ! やだっ、またなのっ!?」

 ――リンリーン……。

「 はぁんっ! 美雨さんっ、堪忍してっ!」

「うふふ、鈴音様、存分にボーナス・ステージをお楽しみくださいませ♪」

 ――リンリンリンリンリーン……。

「そんな、そんなっ……! お願い、止まって……止めてぇ……! ひゃああああんっ!!」

 容赦なくベルを鳴らしつづける自分の手に責め立てられ……鈴音は数分と経たないうちに絶頂を迎えてしまったのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ふう、これで一通りの資料がそろいました〜。これも鈴音さまのご協力あってこそ、ですわ」

 上機嫌なメイドの言葉に答える余裕のあろうはずもなく、ぐったりとソファーにもたれた鈴音は息をあらげるばかりだったが、やがて落ち着いたのか、その口から弱々しくも声が漏れた。

「ぜっ………いに……」

「…………? なんでございますか、鈴音さま?」

「ぜっ……たいに…………ぜったいに、許しませんわ!」

 朱に染まった頬も、じっとりと汗ばんだ額も、うすくひらかれた唇も、いずれも快楽の海に飲まれた美姫のそれだったが、その眉だけはキッと凛々しくひきしめられ、あれだけの辱めを受けてなお失われていない反抗心をはっきりと示していた。

「鈴音さま。怖いお顔をされてもダメですよ。
 それに……許さないのならば、どうされるというのですかー?」

 鈴音の意志の強さには、美雨も内心舌を巻いていようが、そんなことはおくびにも出さず、あえてからかうような口調でそう言う。

 だが鈴音は挑発に乗ることなく、ゆっくりと身体を起こし、すっくと立ち上がると、メイドを仇敵のごとくにらみつけた。

「まあ鈴音さま、わたくしの頬を張ろうなどと考えていらっしゃるのですね?」

 それには答えず、一歩、あゆみを進める鈴音。

「本当にそんなことができるとお思いですか?」

 また一歩。

「鈴音さま、お待ちください」

 美雨はすっと片手をあげて、なにかをさえぎるような動作をする。

 だが、鈴音の足は止まらない。

「あ、あれ……?」

 あわてたような表情の美雨にむかって、さらに一歩。
 二人の間は、いつの間にか、不意に口づけを求められたならば拒みようもないであろう距離になっていた。

「覚悟なさい……!」

 燃え上がるように瞳を輝かせ、腕を振り上げる鈴音。

「ちょ、ちょっと鈴音さま、おやめください!
 怒りにまかせてたやすく手を上げるのは、貴人らしからぬはしたない振る舞いと申しますか……」

「問答……無用!」

 平手が振り下ろされようとした、まさにその時だった。

「…………なんちゃって♪」

 ペロリと舌を出した美雨は、いたずらっぽい笑みを漏らした。

「…………!?」

 振り下ろそうとした腕は空中にとどまったまま、ぴくりとも動かない……そのことに鈴音が気づいたのは、一瞬の間をおいたのちのことだった。驚きの声すら出てこない。またもや身体の自由を奪われてしまったのだ。
 これも美雨のしくんだ茶番だったのだということを認識し、鈴音はカッと頭に血を昇らせた。

「鈴音さまぁ? わたくしをご主人様と思って、と申しあげたはずですー。
 ご主人様に手を上げるなんて、困ったメイドさんですねぇ……」

 眉をひそめ、心底残念そうにそう言ったメイドは、

「これは……お仕置きが必要ですねー」

 一転、ぱっと輝くような笑顔を浮かべて宣告をくだす。

「…………!」

 言葉を口にする自由さえ許されず、手を振り上げたままの姿勢を強いられた鈴音も、これには背筋の凍りつくような悪寒をおぼえて身震いを禁じ得なかった。

「う〜ん、どんなお仕置きがふさわしいかしら……。
 そうですねぇ……では、この花瓶をごらんになってください」

 そう言って、美雨は一輪の薔薇のいけられた花瓶を手に取った。

 すっと花を抜き取ると、

「この薔薇の花びらはですね……」

 鈴音に見せつけるようにして思わせぶりにふるふると振って見せたが、

「……なんでもありません」

 結局わきによけただけであった。

 肩すかしをくらって目を白黒させる鈴音。

 これもお仕置きの一部とでも言うつもりなのか、美雨がメイド姿を強要されたあわれな少女の反応を見て楽しんでいることはあきらかであった。

「うふふ、鈴音さま。もしかして、ちょっぴり期待したのではありませんかぁ?」

「………………!!」

 そんなわけない、といった趣旨の言葉を発したいのだろうが、今の鈴音には、ことさら険しい表情を浮かべる以外にその意図を伝えるすべもない。

「あらら? この花瓶、もうほとんどお水が残っていませんねぇ。
 ちょっと足しておきませんとー」

 ニコニコと笑いながら、メイドは花瓶の口をつい、と指でなぞると、水挿しを手にとって花瓶へと水を注いだ。

 その途端……なにをバカなことを、とでも言いたげなそぶりだった鈴音の表情が一変した。

「………………!?」

「なんですか、鈴音さま? 言いたいことがあるならば、お口だけは自由にして差し上げますわ」

「みっ、美雨さん! なにをするのよっ!?」

 発言の自由を与えられるやいなや、切羽詰まったような声をあげる鈴音。

「なにとおっしゃいましても、わたくしは花瓶に水を足しただけでして」

「嘘おっしゃい! じゃあこの……これは一体なんなのよ!」

「これ、ではなんのことかわかりませんわー。ハッキリおっしゃっていただきませんと」

 さらに水を足す。

「ああああっ! やめっ、やめて美雨さん! 漏れちゃうっ!」

 眉根を寄せてそう言った鈴音の表情は羞恥に赤く染まっていた。
 そう、彼女を襲っているのは他でもない、尿意なのだった。いかなる魔法のはたらきか、美雨が手にした花瓶に水を注ぐたび、鈴音は尿意の強まりを感じさせられているのだ。

「あ、鈴音さま、窮屈なようでしたら身体を動かしてもかまいませんよ。
 ただし、その場から動くことは許可いたしません」

 身体の自由が戻った途端、思わず股間をおさえてしまう鈴音。くすりと美雨がもらした声に、自分の恥ずかしい格好を意識させられて、いっそう顔を赤らめる。

「くうぅっ…………美雨さん、お願い……お手洗いに行かせて……」

 なおも花瓶に注がれる水に尿意は高まり、じきに耐え難いほどになった。身体はある程度動かせるのに、なぜか足は一歩も踏み出せず、限界に近づきつつある尿意に耐えようと、太ももをきつく閉じるのがせいぜいだった。

「あらあら鈴音さま、そのような言葉遣いで、ご主人様がメイドさんのお願いを聞き入れてくださると思いますかー?」

「お、お願い……です……お手洗いに……行かせて…くだ…さい……」

 身体を小刻みにふるわせながら、鈴音は意に染まぬ屈辱の言葉を口にする。

「う〜ん、どういたしましょうねぇ?」

 美雨は見せつけるように花瓶を軽く振り、

「これはお仕置きなのですしぃ?」

 水挿しを花瓶の口に添えた。

「やめっ、やめて…くださいっ……!」

 これ以上、水を注がれたら……。着衣のまま、それもこんなメイドの格好で、耐えきれずに漏らしてしまう光景が鈴音の脳裏で明滅する。

「なさればいいではありませんかー、お・も・ら・し……」

「…………っ!」

 メイドの言葉に羞恥がいちどきにふくらみ、鈴音は息をのんでギュッとまぶたを閉じた。

「わたくしも鑑賞させていただきとうございますわ。
 こんなにもお綺麗な鈴音さまの、はしたないお姿を……」

「お、お願い……美雨さん……」

 弱々しく訴える鈴音の目尻には、きらりと光るものが浮かんでいた。

「…………」

 しばし無言のまま、そんな鈴音の様子を眺めていた美雨だったが、

「仕方ありませんねー。では、水を注ぐのは勘弁してさしあげます」

 しぶしぶとそう口にした。

「…………じゃ、じゃあ……!」

 曇り空から突如晴れ間がのぞいたように、鈴音の顔がパッと輝く。

 水挿しを戸棚に置いたメイドは、しかし、思案顔で手にした花瓶を眺めるばかりだった。

「あ、あの……」

 鈴音の感じている尿意はいっこうに消える気配がない。もじもじと身体をよじりながら、催促するような視線を美雨へと送るが、

「鈴音さま、勘違いなさっては困りますわ。わたくしはこれ以上水を注ぐのをやめる、とお約束しただけです。
 お手洗いに行ってもいい、とも、許してさしあげます、とも申し上げてはおりませんよ?」

 かえってきたのはにべもない返事だった。

「…………え?」

「だって、いくらこの花瓶に水を注いでも、水の漏ってしまう道理はありませんでしょう? あふれるほど注いだならば別ですけれども。
 でも、この花瓶を、こうして傾けて水をこぼしたら、どうなるとお思いですか?」

「…………やっ、やめてぇ……」

 これからなにが起こるのかハッキリと理解してしまった鈴音は、ふるふると力なく首を振って訴えたが、

「……あ、申し上げていませんでしたが、とっても気持ちいいはずですよ。
 放尿の感覚も、わたくしの魔法で性的な快感へと変換されますから♪」

 美雨はそう言って、ひょい、と、なんでもないことのように花瓶を傾け――。

「いやっ……漏れ……ああっ…………あああぁぁぁ…………あぁんっ! だめぇっ!! ふあああぁぁ!!!」

 押し殺した声に艶の色が加わるにつれ、歯止めがきかずに漏れだした小水も次第に勢いを増して衣服を濡らしていく。

 意志に反して失禁させられる屈辱も、不思議な力で強制的に与えられた快感も、すべてがないまぜになって押し寄せて……ほどなくして鈴音の意識は、真っ白な混沌の中へと飲まれていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 日の落ちたダイニングルーム。

 テーブルの上に、やけに古風な、ほとんどアンティークと言ってもいいような電話機が置かれている。

「はい……はい。それはとどこおりなく」

 椅子に腰掛けて受話器を耳に当てているのは、メイドの美雨だった。

 ――ちゅっ……ちゅぱっ……。

 静まりかえった部屋に淫猥な音が響いている。

 それは美雨のかたわら……椅子の足下にひざまずいた鈴音が、差し出された美雨の人差し指を口に含み、丹念に舐めしゃぶるようにしているのだった。

「ですが少々……やりすぎてしまいまして。今すぐに『出荷』というわけには……。
 はい……はい。申し訳ありません」

 ――ちゅぱっ……ちゅっ………ぺろ…ぺろ………。

 くい、と腕を引かれ、美雨は足下に視線を落とす。

 鈴音の投げかけてくる、なにか問いたげな、それでいてどこか媚びるような視線を受けて、ふっと軽く笑うと、声には出さず口の動きだけで、(お上手ですわ)と伝えた。

「ええ、はい……。自尊心のこわれる瞬間というものは、クセになりやすいものですから。
 悪くすれば心的外傷にも……」

 ――ちゅ、ちゅ、ちゅうっ……れろっ……。

「いえ……そういった兆候はとくに……。けれど、ずばぬけた精神力をお持ちなのだとは思います。
 わたくしの魔法の効きづらいことと言ったら……」

 ――ちゅ、ちゅ、ちゅっ……れろっ……。

 鈴音は一心に美雨の指先を舐め続けている。母親にじゃれつく仔猫のように愛情を込めて。王族に敬意を示す臣下のように従順に。

「血筋、ですか? では鈴音さんのお母様も……ええ……はい。ではそのように」

 ――ちゅっ……ちゅぱっ………。

「はい……すべてしかるべく、蒼風院の大意のままに」

 チン、と軽い音を立てて受話器が置かれ、沈黙がダイニングルームを支配する。

 あとには夕闇に溶けかけた二人のメイドのシルエットだけが残った。

 いまや主人となったメイドの手が、僕となったもう一人のメイドの頭をそっと撫でると――かつてこの屋敷の令嬢であった少女は、まつげを揺らして恍惚とした表情を浮かべたのだった。

 
 
< 了 >


 

 

戻る