若奥様と予備校生


 

 

前編


 火曜日の9時、一旦掃除機を止めると、同じ階のどこかの部屋でつけっぱなしになっている、ワイドショーの音がかすかに聞こえてくる。それをかき消すように、好きな歌のさびをハミングすると、遥の気分はさらによくなる。今日もいい天気になりそうだ。

(掃除が終わったら道子を誘って、近くのモールにでも買い物にいこっと。今日の夕飯はオリジナルロールキャベツにしようかな? 下ごしらえをじっくりして………)

 遥はご機嫌で一日の予定を考えながらリビングの隅々まで掃除をする。家事の邪魔にならないように、少し茶色がかった髪は後に束ねてある。牛乳のように肌の白い、柔和な顔立ちの可愛らしい新妻だ。

 中沢洋介と遥が結婚し、このアパートで新婚生活を始めたのは半年前のこと。こぢんまりとしてはいるが温かみがあって住みやすい新居は、新婚の二人にお似合いだといえる。職場で主力の一人としてバリバリ働いている洋介だが、新妻のために可能なかぎり夜は早く帰ってきてくれる。そんな洋介が心からくつろげるような家庭を作るのが、今の遥の夢だ。単調な家事仕事も、そのことを考えるととても楽しい。文字通り二人は、熱々の新婚カップルだった。

 遥が鼻歌を続けながらはたきをかけていたその時、電話が鳴った。洋介からかもしれない。それとも道子か、他の友人だろうか。

「はいはーい」

 受話器を取る前に返事をしても無駄なのだが、電話まで走りながら声を出してしまうのが遥の癖だ。コードレスの受話器を手にとって、普段の、少し鼻にかかった声とは違う、張りのある声を出す。

「もしもし、中沢です」

 しかし受話器から聞こえてきたのは、洋介の声でも、道子の声でもなく、聞き覚えはあるのだが、誰かは思い出せない、若い男の声だった。

「は、る、か、ちゃーん、こんにちは。元気?」

 男というより、男の子と表現した方がいいような、若い声だ。誰だかはっきり思い出せない不安とはがゆさで、遥のウキウキしていた気分がスーっと引いていく。

「あ、あの、失礼ですが、どちら様ですか?」

「僕だよ僕、遥奥様の『もう一人の旦那様』。おととい遊んだばっかりでしょ?」

(もう……一人の旦那様……。)

 遥の意識が後の方に引っぱられて、スルリと体から抜けてしまったような気がする。

(そうだ……私にはもう一人………旦那様がいた……かしら?)

 あごの力が抜けて、口が少しだけ開く。受話器を持った右手以外の力が全て下へ、下へと抜けていく。よく洋介に、ポケっとしているとからかわれる表情が、さらに無表情の、弛緩しきったものになる。旦那様……礼二君? ……礼二君よ。

「思い出した?」

「は……い」

 鼻にかかった、くぐもった声で遥は返事をする。

「遥はどんな奥さんだったっけ?」

「遥は礼二君の言うことを何でもきく、可愛い奥さんです」

「遥は、今日は誰かと約束とかあるの?」

「え………と、道子と買い物に行こうかと思いましたけど、まだ約束はしてません」

 もう一人の旦那様である礼二には、隠し事を一切しないことにしている遥は、もやがかかったような気分のまま、何でも正直に答える。その後礼二が色々と話し始めたが、遥は何をいっているのかよく聞き取れなかった。耳から入った言葉が、頭を介さずにそのまま胸やおなかに入り込んでくるような感覚がある。ただただ、素直に返事をしていた。遥が正気に戻ったのは、相手方の電話の切れる音がした時だ。

(? 何の電話だったかしら?)

 相手が誰だったのかも思い出せない。

(間違い電話か何かだったかな? よく判らないけど、家事の続きをしなきゃ。)

 受話器を降ろした遥は、釈然としない気分のまま、再び掃除を始めようとした。その時、体がぐっしょりと濡れていることに気がついた。思わず身震いしてしまう。身につけている服が、全て湿って重くなっていたのだ。

(きゃあ! 私ったら、洗濯物、干さないで着ちゃってる!)

 急いで窓を開け、ベランダに出る。エプロンの紐をほどいて、物干し竿に引っ掛ける。

(おかしいなぁ、さっきまでは洗濯物じゃなかったはずなのに……)

 困った顔をしながらも、水色のワンピースの、背中のファスナーを下ろして、体に張り付いて脱ぎにくくなっている服をゆっくりと脱いでいく。遥のアパートの向かいには、もう少し小さ目の、予備校の男子寮がある。日中は皆予備校に行っているはずなのだが、遥の部屋の正面から一階下にある部屋には、まだ誰かいるようだ。窓が少し開いていて、望遠鏡か、カメラのスコープのようなものが出ている。

(やだな〜。もし、あの部屋に誰かいて、こっち覗いてたら、今の私丸見えだわ。……でもちゃんと洗濯物は全部干さなくちゃいけないし……。)

 脱いだワンピースを両手で持って、皺を伸ばすために二、三度はたく。白いブラジャーとパンティーを身にまとっただけの遥は、ほんの少しポッチャリとした自分の裸を4階のベランダから外に晒してしまっている。

(恥ずかしいから、早く全部干しちゃわないと。)

 どう見てもこちらを向いているような、向かいの3階の窓から突き出たレンズを気にしながら、遥はブラジャーのホックを外す。こぼれ出た豊満なバストが、外気に触れる。ブラを洗濯バサミに挟みながら、少しだけ開放的な気分になった。パンティーも脱いで、洗濯バサミに挟むと、裸で日光と外の風に当たっていることがとても気持ちよくなり、大きく伸びをしてみる。

(ん〜、気持ちいい。いつもは絶対こんなことしないけど、この一回だけだったらいい……かな? 誰にも見られてない……はずだし……)

 窓の向こうに、チラッとスコープを動かす人影が見えたが、気にしないことにした遥は、ベランダで全裸のまま体操を始めた。

(えっと、ヒンズースクワットって、こうやるんだったかしら? よいしょ、1、2……)

 運動音痴で、普段あまり体操などしない遥は、何で自分がよりによってヒンズースクワットなんかをこんな状況でやるのかよく判らなかったが、とにかく背筋を張り、両手を頭にのせて、両膝を開いてしゃがみこんだり立ち上がったりを繰り返してみる。

(はあ、はあ、疲れる〜。ちょっとやっただけなのに、ももがパンパンになってきたわ。それに、下のあの窓から見たら、私すごい格好で丸見えになってるんじゃないかな〜。何でこんなことしてるのかしら。)

 息が上がって座り込んだ遥は、今度はストレッチ体操をすることにした。足を上げて、体をゆっくりと伸ばしてみる。暖かい日差しの中で体の張りがほぐれてきて、とてもいい気持ちになった。

「ん〜……」

 寝転がって両足首を握って、思いっきり足を開いてみる。筋が伸びて少し痛いのと、気持ちいいのとで、思わず声が出てしまった。その時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 遥の背筋が凍りつく。体がビクンと硬直した。

(わ、私、何てことしてるの? 急いで服着て出なきゃ。)

 すぐに異変に気がついた。チャイムに驚いて硬直した体が、そのまま固まってしまっているのだ。特に両手が両足首を強く握り締めたまま、両足が限界まで開いたままの状態で、動かなくなってしまっている。

(きゃあ〜! どうなってるの? どうしよう)

 何とか反動をつけて、起き上がったが、とてもスムーズに歩ける体勢ではない。体ごと勢いをつけて右、左、と一歩ずつ歩いてベランダからリビングに戻っていった。部屋の中央までやっと来た、あせる遥をさらにせかすように、チャイムがまた鳴る。

(もう、とても間に合わないわ。居留守を使って、やり過ごすしかないわね。それにしても、なんでこんなことになっちゃうの?)

 惨めな体勢の自分が情けなくて、半べそをかきながらも、遥は静かに訪問者をやりすごすことにした。

 ところが、無情にも、カギをかけていなかった玄関のドアが、ゆっくりと開かれたのだ。

「あれ〜? いないんですか〜?」

 余裕たっぷりにおどけたような、聞き覚えのある声がして、まだ少年の面影を残したような男の子が入ってきた。

「だめ〜! お願いですから、今入ってこないで下さい!」

「大丈夫だよ。僕だよ、『向かいの礼二』だよ」

 突然遥は、声の主を思い出した。向かいの寮に住んでいる、小林礼二だ。遥の大事な友人ではないか。

「今日は寮に残って勉強しようと思ってたら、遥さん、ベランダで凄い大胆なことしてるんだもん、思わずカメラ向けちゃったよ。ほら、ここにもデジカメ用意してきたんだ。さ、遊ぼ!」

(そう言えば、あの窓の部屋って、礼二君の部屋じゃない。なんで忘れてたのかしら? 全部見られちゃってたの? ……私、どうしたらいいの?)

「礼二君、遊んでる場合じゃないの。助けて〜。体が動かなくなっちゃったの」

(洋介さん以外の人に裸を見られるのは死ぬほど恥ずかしいけど、礼二君にお願いするしかないわ。礼二君ならなんとかしてくれるはずだし……。)

 遥にとって5つ年下の友人礼二は、不思議な存在だ。いつどのように出会ったのかはもう、忘れてしまったが、洋介にも離せないようなことも素直に相談できる。礼二はいつも遥以上に遥のことをわかっているし、礼二の言うことには素直に従いたくなるのだ。

「ふーん、どれどれ」

 ニコニコした礼二がやっとのこと起きた状態を保っている遥の肩をチョンと押してみる。遥はそのままゴロリと後に倒れこんでしまい、洋介にしか見せたことがない部分が丸見えになってしまう。

「ちょ、ちょっと、やだ〜」

 一層真っ赤になって、遥は顔をそむける。礼二はデジカメを構えて、シャッターを切った。

「僕がちゃんと治してあげるからね〜。まずは遥さんの今の状態をしっかり把握するために、写真を撮るね。ほら、恥ずかしがらないで、ちゃんと笑って」

「ホントに治すためなの? ……絶対主人には言わないでね」

(いくら礼二君でも、こんな格好見られるのは、やっぱり恥ずかしい〜よう。もう嫌、洋介さん助けて〜。)

 聞いているのか、聞いていないのか、礼二は楽しそうに角度を変えながら写真を撮ると、キッチンの方へ行ってしまった。不安な遥のもとに戻ってきた時には、礼二の手には冷蔵庫に入れてあった野菜があった。

「大股開きのまま体が固まっちゃった女の人を治すためには、きゅうりをオマンコにぶちこんじゃうのが一番いいんだよ」

 遥の顔が一瞬にして青ざめる。

「う、嘘でしょ、そんなの……」

「ホントだよ。学校で習ったでしょ?」

 礼二に言われると、本当にそんな気がしてくる。

(そう……いえば、中学の保健体育で習った……かしら?)

「でも、私、結婚してるのに、いくら礼二君でも他の男の人にそんなことされたら……。他に方法はないの?」

「多分ないね。まあ、管理人さんとか近所の人とかいっぱい呼んで来たら、他の方法もわかるかもしれないな〜。どうする? みんなを呼んで来てあげようか?」

 遥の顔色は、青を通りこして、血の気のない、白っぽい色になってしまう。

「だ、だめよ。その、きゅうりの方でお願いするわ」

 礼二は、ニヤニヤしながら遥を見下ろして、いじめる。

「きゅうりをどうして欲しいんだっけ?」

「きゅうりを、ソコに……入れて」

「やっぱり遥さん、嫌そうだよ。他のみんなに来てもらって、他の方法を考えるよ。それが嫌なら、ちゃんと僕の言う通りにお願いしなさい」

 礼二が出て行こうとする。

「やだやだ。お願いします。遥の……、その、……オマンコに、きゅうりをぶちこんでください」

 べそをかきながら、屈辱的なお願いを口にする遥を見て、満足げな礼二が歩み寄る。

「じゃあ、ちゃんと僕が治してあげるから、その後で色々遊ぼうね。遥さん」

 ほっとした遥は、身も世もなく礼二に泣きついた。

「何でもするから、早くこの恥ずかしい姿勢から自由にして。……あと、絶対主人には言っちゃ駄目よ」

 
 


 

 

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