うらぷら


 

 

プロローグ

 雲一つない晴天の抜けるような青空。
 まだ2月だというのに真夏の陽射しが肌を灼いてくる。
 数年前、地球の公転が半年分早く動いたが、世間は何の変化もなく日常も続いている。
 俺、綿貫 緑松(わたぬき みどりまつ)もその日常を暮らしている。
 天気もいいので、時間まで公園でボーっとしてみる。
 たまにはこういうのも良い。
 ブランコに座って、宛もなく公園内を眺めていると誰かが歩いてきた。
 流れるような長い黒髪、くりっとした大きな眼、そこにいるだけでみんなの注目を集める美貌、雪の森ちゃんだ。

「こんな所で寝てると風邪ひくわよ、緑君」
「雪の森ちゃん、座って目を開いたまま寝る人は早々いないよ」
「わからないわよ、緑君は前例があるんだし」

 雪の森ちゃんは微笑んだまま、からかうように言った。
 彼女、雪の森 水乃(ゆきのもり みずの)は知り合って以来の俺の片思いの相手だ。
 いつも伝えようとは思うのだが、告白してしまうとこの関係が終わってしまいそうで告白できずにいる。
 それに俺は2年間アメリカにいたので、その間は雪の森ちゃんと会えずに悶々と暮らしていた。

「あれはサイコプラスのせいだよ。あれのレベル3が幽体離脱なんだ」
「ふうん・・・・」

 雪の森ちゃんはジーッと俺を見る。

「ほ、ほんとだよっ!!」

 雪の森ちゃんは知らないんだ!!
 俺はブランコから立っていった。
 と、雪の森ちゃんは肩を振るわせて、くすくすと笑っていた。

「そんなに必死に言わなくても知ってるわよ。ごめんね、緑君」

 はあ・・・
 雪の森ちゃんには勝てないなぁ・・・
 俺はがっくりと肩を落として、再びブランコに座った。

「なにやってるの、緑君。ほら、東野君の家に行くんでしょ」

 雪の森ちゃんは笑って、手を差し出してきた。
 俺はその手につかまり、立ち上がった。





「緑君、ちょっと待って三四郎呼んでくるから」

 雪の森ちゃんは小走りに三四郎さんの働いているゲーセンに入っていった。
 三四郎さんは昔、雪の森ちゃんと付き合ってた男だ。
 彼らは俺と雪の森ちゃんが出会う前に別れていたらしいが、俺と雪の森ちゃんで三四郎さんを助けたので未だ友達関係は続いているという。
 雪の森ちゃん曰く「三四郎とはもう付き合わない」らしいのだが、三四郎さんは男の俺から見てもカッコイイし、雪の森ちゃんとヨリを戻してしまわないか心配である。

「待たせたわね、緑君」

 雪の森ちゃんは長身の男、三四郎さんを連れてきた。

「君が緑松くんだね。陽子の時はありがとう。君がいてくれなかったら、俺は死んでいた」

 と、三四郎さんは俺を見るなり頭を下げてきた。

「いや、いいよ。俺にも目的があったわけだし・・・」

 三四郎さんに近づいて、小声で言う。
 雪の森ちゃんには聞かせられない。

「目的?」
「うん。俺、雪の森ちゃんにあんな悲しそうな顔をして欲しくなかっただけなんだ。だから、三四郎さんも気にしないでくれよ」

 俺がそういうと、三四郎さんはにっこりと笑ってうなずいた。

「わかった。そういうことなら、水乃にも黙っておくよ」

 そして、俺と三四郎さんはがっちりと握手をした。






 ピンポーン
 インターホンを鳴らす。
 俺と雪の森ちゃんと三四郎さんで東野の家まで来た。
 もっとも、雪の森ちゃんと三四郎さんは俺がアメリカに行っている間に何回か来てたらしいので、わざわざ俺が道案内する必要はなかったらしい。

「はい、どちら様でしょうか?」

 ドアを開けたのは東野の妹の魂希(たまき)ちゃんだ。
 魂希ちゃんはいつものようになんか妙な巫女服を着て、鉢巻きをし、何故か涙を流している。

「こんにちは魂希ちゃん」

 俺の後ろで雪の森ちゃんが言った。

「あ、こんにちは雪の森さん。さ、皆さんお入り下さいませ。兄が待ちかねています」

 俺達は魂希ちゃんに促されて東野の家に入っていった。
 東野の部屋はあえて何か言うまでもなく東野の部屋だった。
 完全に復元された骨はちゃんと設置されてるし、他の一部だけの骨も棚に厳重に保管されている。
 はあ・・・・
 ここはいつ来ても異次元だ。
 部屋の主がこっちを向いた。

「よう、緑松に雪の森ちゃん。それと、三四郎さん」

 東野はいつものように身体に何のものか分からない骨を付けている。
 東野は昔からの俺の友達で何よりも骨が大好きなゲーム狂だ。
 今日も東野の提案でゲーム大会と相成ったわけである。

「あれ、東野。センパヒは?」

 ふと、部屋を見回して俺のもう1人の友達のセンパヒがいないことに気がついた。
 センパヒというのは中学の頃から40代の中年親父に見える外見のおかげでつけられたあだ名だ。
 センパヒは俺以上に東野の家に来るらしいのでちょっと聞いてみた。

「センパヒなら用があるってさ。それより、さっさと大会始めようぜ」
「わかったよ。ところで、なにやるのさ」
「ストXに決まってんだろ、今日こそ緑松に勝ってやる!!」

 当然だ、と言うような顔で東野は言ってきた。
 ストXとはストリートバスターXの略で、大人気格闘ゲームの最新作だ。
 東野はストリートバスターシリーズの全国大会の優勝者だが、俺に一度も勝ったことがない。

「雪の森ちゃんには勝てたのかよ、東野」
「雪の森ちゃんとは五分五分だよ」
「そうなのよ、何でこんなに強い人ばかりなのかしら。今まで私が戦って来た人がとても弱く見えるわ。勝ち誇っていた私が惨めじゃない」

 雪の森ちゃんは納得いかないと言うような顔で言った。

「でも、俺って格ゲーだけだからなぁ・・・他のやつだと勝てないんだよなぁ」
「あら、格ゲーだけでもいいじゃない。それだけ強いんなら」
「そうだよ、全国大会優勝者が何言ってるんだ」

 俺がそういうと、東野は何か不満ありげに俺を見た。
 こいつはいつも笑っているため、表情の変化がつかみにくい。
 そこらへんはこいつとの付き合いの長さがでてくるだろう。

「何言ってんだよって、それはこっちの台詞だろ」
「ほらほら、そんなことはいいからさっさとやるんでしょ?」

 そう雪の森ちゃんが言って、ゲーム大会が始まった。
 ゲーム大会は公平を期すために、トーナメント式でくじをひいてどのゲームで勝負するかを決める。
 東野は全部ストXでやろうと最後までいっていたが、その意見は却下した。
 一回戦は俺と三四郎さん、雪の森ちゃんと東野だ。
 俺と三四郎さんの対決は落ちゲーのぷゆぷゆでの対戦だ。
 三四郎さんはそれなりに強かったものの所詮それは一般レベルでの強いだ。
 すぐに10連鎖ほどくんで終わらせた。

「はあ、話には聞いてたけどほんとすごいね。俺なんか手も足もでないや」
「まったく、緑松は・・・」

 東野はなんか言いたげだったが自分からその言葉を飲み込んだ。

「・・・やるわね、緑君」

 俺の実力を雪の森ちゃんに見せたのはこれが初めてだ。

「雪の森ちゃん程じゃないよ」
「私、お世辞は嫌いなの」

 雪の森ちゃんは素っ気なく言って東野と対戦にいった。
 東野と雪の森ちゃんの対戦はマリモゴーカートのタイムアタックだ。
 格ゲー以外はからきし駄目な東野が勝てるわけもなく、勝負は雪の森ちゃんの圧勝だった。
 しかも、雪の森ちゃんは雑誌のベストレコードを1秒近く縮めていた。
 東野も格ゲー以外は駄目だとか言ってる割にはそこそこのタイムを出している。

「や、やはり格ゲーじゃなければ勝てない・・・」

 東野は傍目から見ると全く顔色を変えずにがっくりと膝をついた。
 そして、決勝は俺と雪の森ちゃんの対戦となった。
 考えてみれば俺が雪の森ちゃんと真面目にゲームで対戦するなんて初めてサイコプラスをつけたとき以来だ・・・

「雪の森ちゃん・・・」
「緑君・・・」

 俺と雪の森ちゃんは不倶戴天の敵でも見るようににらみ合った。

「お前らの対戦はこれだーっ!!」

 叫んで、東野は箱の中からくじを引いた。
 そのくじには「ストX・対マン勝負」と書かれていた。

「ちょうどいいわ、緑君とは一度しっかりと決着をつけておきたかったの」

 雪の森ちゃんは不敵に笑う。

「緑君、手加減なんてしないでちょうだい」
「え、あ、うん」

 どうしよう・・・
 多分、雪の森ちゃんには勝てるけど、勝ったら・・・




『何よっ、緑君に負けるなんて悔しい〜。もう、緑君なんて大っ嫌い!!』




 なんて事になるんじゃないだろうか?
 いやいや、雪の森ちゃんに限ってそんなことは・・・
 でも待てよ、そんなことになったら俺は生きていけない・・・
 ああ〜、どうすればいいんだ〜。

「なにやってるの緑君、頭なんか抱えて」

 と、雪の森ちゃんに言われて現実に引き戻された。
 改めて、自分の格好を確認してみる。
 どうやら俺は頭を抱えて空を仰いでいるような体勢だ。
 どっからどうみても変な奴だ。

「ほら、そんなことやってないでさっさとやろ」
「そうだ、緑松。観念して雪の森ちゃんにやられてこい」

 東野が後ろから俺を押して、無理矢理席に着かせた。
 しかし、それで俺の覚悟も決まった。

「わーったよ、やるよやればいいんだろ!!」
「よし、それでこそ緑松だ!!」
「緑君、お互いベストを尽くしましょう」

 雪の森ちゃんは手を差し出してきた。
 俺はそれを握り返して、「よろしく」と言った。
 雪の森ちゃんは俺と雪の森ちゃんはコントローラーを持って画面と向き合う。
 雪の森ちゃんはガイリー、俺はフジリューを選んだ。
 両者とも昔からのおなじみのキャラだ。
 画面におなじみの戦闘画面が映し出される。
 READY・・・GO!!
 よしっ、いくぞ・・・って、あれ・・・・・
 目の前が緑色に染まる。
 それと同時に体中の力が抜けてきた。
 俺の身体が前のめりになる。
 だんっ。
 俺は体を動かすことも出来ず、顔から床に倒れていった。

「緑君!?」

 横で雪の森ちゃんが叫ぶのが聞こえる。

「おい、大丈夫か緑松」
「緑松くん!!」

 東野と三四郎さんも駆け寄ってきたらしい・・・
 ああ、もう眠い・・・・
 俺の意識は闇の中に沈んでいった。









 よお・・・
 何か、聞こえてくる。
 俺は空間いっぱいに広がっていて、声も空間に響きわたる。
 あれ? 俺はどうなったんだ??
 体を動かそうとして、自分の身体が見えないことに気がついた。
 俺の身体はどこだ??
 よお・・・緑松・・・
 声が空間に響きわたった。
 辺りは全く同じで俺は首を回しているのかそうでないかもわからない。
 もしかすると、俺の身体は無いのかも知れない・・・
 そう考えると恐くなった。
 緑松・・・
 誰だお前は!!
 その声に対し、俺は必死に声を上げて答えた。
 そうしなければ、俺の存在が無くなりそうだったから・・・
 そう邪険にすんなって、今日はただの挨拶だけなんだからよ。
 声はそう言うと自己紹介を始めた。
 俺は・・・そうだな、裏緑って事にしておいてくれ。また近いうちに現れるからよ。
 またな、緑松。
 裏緑と名乗った声はそう言うと全く聞こえなくなった。
 おそらく消えたのだろう。
 裏緑が消えると、俺の視界も暗転していった。









 う、う〜ん・・・・
 目が覚めた。
 とりあえず、体を起こしてみる。

「あれ?俺は・・・・どうしたんだっけ?」

 えっと、確か東野の家でゲーム大会をやってて・・・なんか夢見てた様な気がする・・・

「よお、起きたか緑松」

 隣に東野がいた。

「東野・・・俺・・・」

 東野は俺が言おうとするのを手で制した。

「ねてろよ、説明してやるから」
「あ、うん。で、俺はどうなったんだ?」

 俺が促すと、東野はとつとつと話しだした。

「お前は雪の森ちゃんとの決勝をやるときに倒れたんだ。憶えているか?」

 俺が「いや」と首を振ると、東野は話を続けた。

「それで、お前が倒れた事で決勝はお開き。雪の森ちゃんの不戦勝だ」
「ちょっと待てよ、雪の森ちゃんは?」
「帰ってもらった、かなり取り乱してたからな」
「取り乱してた、雪の森ちゃんが?」
「ああ。まあ、あれを見たら誰だって引くけどな」
「何だよあれって」

 すると、東野は手鏡を俺に差し出してきた。

「見て見ろよ、驚くぜ」

 言われた通り、鏡で俺を見た。

「なっ!?」

 言葉も出ない。
 鏡に映った俺の髪と瞳が緑色だったからだ。
 ばかな、この色は無くなったはずだ。
 あの時、仲間のみんなも全員それぞれの人種の色に変わっていった。

「なんだよこれっ!」

 俺は叫ぶ。

「お前が倒れてすぐに髪の色が根本から変わっていった。それを見て雪の森ちゃんが取り乱したんだけど、あまりにひどかったんで三四郎さんに連れて帰って貰った。明日、雪の森ちゃんに謝っとけよ」

 東野はそう言って笑った。
 表情は全然変わらないけど・・・
 こいつもこいつなりに心配してくれてるんだな・・・

「しかしなぁ、緑松もこれでまた”緑”松だな。やっぱ、緑松はそうじゃなきゃな」
「お、おまえわぁ〜〜〜」

 前言撤回。
 こいつはやはり楽しんでるだけだ!!
 俺は「帰る」とだけ言って家に帰った。
 しかし、何故色が変わったんだろ・・・
 分からないものはいくら考えても分からなかった。
 明日、朱美にでも聞いてみるか・・・

 
 


 

 

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