つい・すと


 

 



3日目・??3 傍観


 カーテンを開けると、まるでそれが当然であるかのように、ナイトウェアショップは跡形もなかった。
 代わりに目に入ったのは、輝くように明るく、それでいて暖かい白い壁。窓はない。それは、明かりの光量こそ違えど、さっき俺達が入った部屋そのものだった。
「……え?」
 だが、光量以外にも、大きく違うところがある。
 目の前には、輝くような、純白の大きいベッドがあった。しかもサイズがキングサイズを遙かに超えている。王宮のお姫様のベッドを彷彿とさせるような大きさだった。
 俺達はあっけにとられ、ふらふらと、部屋に足を踏み入れる。

 すると、ベッドの両隣に、二人の女が立っていた。
「……千晶!」
「叶!」
 ベッドの左隣にあるその姿を見た瞬間に、俺は千晶という存在をやっと思い出した。と同時に、その存在をこれまで思い出せなかったことにショックを受ける。
「やっぱり俊ちゃんだ」
 一方の千晶は、どことなく嬉しそうに、俺の名前を呼んだ。
 千晶は赤いスリングショットを身につけたままだった。何かを塗ったのか肌はつやつやで、ただでさえ綺麗な肌がよりきめ細かく見える。その代わり――なのかはわからないが、頭上の花は、いつの間にかなくなっていた。
 だがそれより心に引っかかったのは、千晶の表情。千晶は、確かに笑顔を浮かべてはいた。だがその笑顔は、俺が見慣れた千晶のそれと、何となく違う感じがする。例えるならば、普段の大人しい、小輪の花が咲くような笑顔ではなく、自信に満ちたような――ともすれば高慢さを隠し持っているような、不吉な笑みだった。そういえば、目つきも普段より鋭いような気がする。
 そして何より、
「どうしたんだ、その尻尾みたいな……」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか」
 思わず口から漏れた俺の疑問は、ベッドの右隣に立っていた叶の言葉に一刀両断された。
「……やっぱり、『問題あり』でしたね……」
 なぜか苦虫を噛み潰したような表情をした叶も、やはり、黒を基調としたモノキニを身につけていた。千晶と同じように真紅の尻尾を生やしている。その表情には、見たことのない冷酷さを感じた。

「……叶、ちょっと」
「千晶さん、始めましょう?」
「うん」
 俺と同じことを感じたからだろう、おののいたようなマコトの声。だが、叶はそれを無視して、千晶に呼びかけた。千晶がその呼びかけに応じて、ベッドに沿って俺に近づいてきた。
 反対側からは叶が近づいてくる。ベッドの足下側に立ちすくんだ俺達は、状況を飲み込めず、動くことができなかった。

「俊ちゃん……」
「……千晶……っ!?」
 俺の側に立った千晶は、曲線的な仕草で、俺の左腕に絡みついた。

 左腕と下半身には黒いマグマのような情熱が。胸の奥には混乱に近い戸惑いが。一つだけでも御しがたい外敵が、当時に襲いかかってくる。

 触れた部分はお互いが素肌で、千晶のおっぱいが腕に触れる感触は最高だった。何を塗ったかは知らないが、千晶の肌は少しだけ色が濃くなって、きめ細かい肌のように感じた。女になってむだ毛のなくなった俺の腕には、さらさらと肌が擦れる感触が伝わってくる。それでいて、押しつけられているのはFカップの巨乳だ。二つの曲線は俺の腕に押しつけられて、弾力のある鞠のように形を変えている。
 本能を直撃するような視覚と触覚。俺のマンコが内側から熱くなり、勢い、衝動に任せて押し倒してしまいそうにもなる。
 だが、どう猛な下半身の訴えに、俺の心は応じなかった。

 嫌な予感がした。
 目の前にいるイキモノが、
(本当に、千晶か……!?)
 単に、その表情や動きが、千晶らしくない、というだけではない。



 それが、千晶の皮を被っただけの、全く別のイキモノでないか、と感じさせるような。
 心が底冷えするような不安だった。



「……俊ちゃん?」
 俺の様子に異常を感じたのか、千晶は不安そうな声を上げた。
「あ、ん、何でもない」
 反射的に取り繕う。すると千晶は表情を緩めて、俺の左腕をベッドの方に引っ張った。
「ぉっ……」
 一瞬身体のバランスを崩しつつ、千晶のいいようにされる。すると、千晶は「よいしょ」とばかりにベッドの上に乗り、俺の左肩に手を添えたまま、俺の正面に立った。
 ベッドの分だけ千晶の背が高くなり、赤い布に彩られた大きいおっぱいが、俺の目線の高さに並んだ。

 その深い谷間に、とても嫌な予感を覚えた。
 さっきも、似たようなことがあったような。確か、叶に――
「っ!?」
 その予感が行動に繋がる前に、俺の頭は千晶に抱きすくめられた。
「ちょ、ちあっ!……き?」
 思わず口を開いた。



 それでもう、全てがどうでもよくなってしまった。



「い……ぁ……?」
 空気を吸い込んで、強い香りが鼻についた。
 ほんの一瞬、千晶の体臭だと思った。それはとても甘くて、鼻の奥深くに刻まれるような匂い。

 鼻腔を通った香りが、脳を直撃した。その瞬間にはもう、頭の中が急激に蕩け始めていた。

 千晶に抱き留められたまま、一緒にベッドに倒れ込む。
「あんっ!」
 わたしの乳首が擦れて、エッチな声が出てしまった。腰の奥にずぅんっ、と重い衝撃が奔って、マンコから溢れた。
(なにこれ、これ、あダメ、ダメになるぅ……っ!)
 わたしの理解が追いつくより先に、身体と心が一瞬でダメになっていた。もう、千晶にメチャクチャにサレたいっていう気持ちが頭のほとんどを占領して、それだけになるのは時間の問題だった。
 わたしがそうなっちゃったのは、千晶から漂う香りのせいだってすぐわかったけど、その香りはすごく良かった。あまりにも良すぎて、それしか考えられなくなりそうなくらいに。
 身体の奥からわき上がる衝動はあっという間に、わたしの全てを諦めさせた。
(いっぱい吸って、いっぱいダメになろう……)
 千晶の胸元に顔を押しつけて、わたしは深く息を吸う。
 わたし自身が人間から、まるで「性の塊」そのものになっていくような気が、ちょっとだけした。



「私達の胸の谷間からは強い媚香が出てるから、ここまでできればターゲットはイチコロです。これが一番確実な堕とし方ですね」
「……すごいね、これ」
「今は雨の香りでかなり補強してますけど、一人前になればそんなことしなくてもこのくらいになりますよ」
 叶と千晶の声が聞こえるけど、内容はよく理解できない。何度も何度も、千晶から漂う香りを深呼吸のように吸い込んで、わたしは自ら、自分の心と身体をピンク色に染め抜いていく。
「……あぁ……」
 蕩けきったその声は、わたしじゃなくて、叶でも、千晶でもない声だった。でも、もう、それが誰だか、わたしには分からなくなっていた。



「俊ちゃん……」
 千晶の声が聞こえた。思わず口から漏れたようなつぶやきだった。でもその声をきっかけに、やっと視界が、ゆっくりと像を結んでいった。目の前に、マコトと叶の顔が浮かび上がった。
 マコトは正面を向いていたけど、目の焦点は定まっていない。顔面を蕩けさせ、口元にはよだれの跡。俺が選んだページュのスリップを身にまとったまま、ベッドの上で膝立ち。表情の割に、背筋は綺麗に伸びていた。頭の上にはカーネーションが咲いて、マコトの両手がちょうどその後ろに組まれていた。
 俺も全く同じ姿勢で、マコトと向かい合っていた。
 叶は、マコトの後ろに立って、底意地悪く笑っていた。マコトが膝立ちなせいで、叶の方が頭一つ分高く見える。
 そして、俺の後ろには千晶が立っていた。背中越しの熱で分かる。

「……気がつきましたね、早いですね……」
 叶が俺の表情に気づいたのか、不審そうに言って、少し顔をしかめた。
 俺は回復が早かったのだろう。実際、目の前にいるマコトは、「性の塊」に成り果てたままだった。マコトはほとんど意識を失っているのに、マコトから俺の肌に伝わる波動は、もはや「性欲」という言葉では表現しきれないほど強烈になっている。俺の全身もたまらないくらい疼いているけど、比較にならない。
「どういうつもりだ……」
 それでも俺は、身体の訴えに抗って、声を絞り出した。
 しかし叶は俺の問いにすぐ答えず、マコトのもとを離れて、俺の所に寄ってきた。そして、
「こうするつもりです」
「っ!」
 叶はおっぱいの谷間を、俺の顔に押しつけた。
 とっさに、俺は息を止めた。
「あっ、カナちゃん!」
 怒気を含んだ千晶の声が聞こえた気がする。

 頬に触れた張りのある感触に気をとられそうになりながらも、一瞬の思考が間に合った。ちょっと前に、同じことを叶にされた気がしたのだ。もちろん、俺と叶はそんな関係ではない。だが、なぜかおぼろげな記憶が引っかかっていた。その記憶に加えて、さっき千晶から同じような目に遭ったこともあり、やっと確信できた。
 息をしてはいけない。ここで息をしてしまえば、同じことが起こるに違いない――

「んあっ」
 無駄だった。そんな目論見は、叶はお見通しだった。
 口が勝手に開き、貴重な酸素が吐き出されて。
 抵抗する間もなく、次の瞬間には、甘い香りが鼻腔を通り抜けていく。

「あぇぁ……」
 叶に両方の乳首をつままれたと気づいたときには、『わたし』は再び、女肉の塊に戻っていた。



 再びおっぱいに刺激を感じて、わたしはゆるゆると下を向いた。
 肩口から伸びた両手が、わたしのベビードールの縁に沿って、わたしのおっぱいを撫でていた。
 気持ちよかった。そして、
「千晶……」
 甘えるような声が、自然に出た。それは、千晶の手だった。わたしが膝立ちなので、上側から手が伸ばせるのだ。
「なあに?」
「っ!」
 甘い、誘うような三文字が、耳元で囁かれた途端、マンコがきゅんとした。
 身体の奥の奥が、燃えるように熱くなる。
 息が上がってる。
「……もっと、メチャクチャにして……」
「……ふふっ」
 千晶はわたしのつぶやきに応えないで、わたしを後ろから抱きしめた。わたしの肩に、双乳が押しつけられる。
「きもちいい?」
「……うん……」
 抱きしめられて、わたしのおっぱいが少し潰れるだけで、つぅんとした甘い電流が、わたしの皮膚を駆け巡った。
 すごく、気持ちよかった。
「んぅっ!」
 すると、わたしの首元に柔らかい感触があって、びくんとしてしまった。まるでいやらしい踊りのように、腰が前に振れた。
 千晶が、キスしたんだ。わたしの首元に。
 体温が突然に上がった気がして、マンコがかっと熱くなる。
「ふふ」
 千晶の、小さい笑い声が聞こえる。

「俊ちゃん、すっかり女の子だね」



 さっと、血の気が引いた。



「…………俺は、男だ」
 『俺』は一瞬息を止め、声の震えを精一杯こらえて、言葉を吐いた。

「……あー、わかった」
 千晶ではない声がして意識を向けると、叶が俺達を見ていた。叶の前では、マコトが膝立ちのまま恍惚として、ローション責めに遭っている。スリップが湿って、おっぱいの形がはっきりと透けていた。

「名前が男のままでしたね。千晶さん、その人に女の子の名前をつけてください」
「えっ」
「お前! ……っ!」
 あまりの叶の言いぶりに反抗しようとしたところで、どういうわけか、全く動けないことに気付いた。頭の後ろに組んだままの腕も、その場所から動こうとしない。縄や紐の感触など、全くないのに。
「そっか………………うーん」
「千晶!」
 制止するつもりで、千晶に強く呼びかける。
「カナちゃん、今つけなきゃダメ?」
 千晶は渋った。
 やっと千晶が俺の言葉を聞いてくれた、と思った。
 しかし、それはぬか喜びだった。
「そうですね、今お願いします」
 叶に自分の意見を却下された千晶は、思わぬ早さで宣告を下した。
「それなら愛(あい)ちゃんにする」
「………………!」



 ショックだった。
 女の名前をつけられたことに、だけではない。いや、それよりも遥かに大きいショックがあった。
 なぜなら、その名前は……



「愛さんですか、いい名前ですね。ではその愛さんに、これを使ってあげてください。私達の身体についてる雨と同じ成分が少し入ってます」
 俺のショックをよそに、叶は千晶にペットボトル状のものを投げて寄こす。 しばらく後、肩に冷たさを感じて、やっと俺は正気を取り戻した。
「ちょっ」
 見ると、ベビードールの上からローションがかけられていた。胸元を伝い始めている。
「愛ちゃん」
「やめろ千晶っ、俺は俊一だ!」
 今は聞きたくないその名前を耳から弾くように、俺は声を張り上げた。
 しかし千晶は手を止めず、俺の肩口からローションを垂らし続ける。
 ローションは冷たくて、しかし同時に、ローションに触れた皮膚が、何かに擦られたように熱くなっていくのを感じる。
「愛ちゃん、もっと楽しくなろうよ、あたしと一緒に」
「千晶! いいのかそれで!」
「うん、女の子になった愛ちゃん、超可愛いよ?」
「っ!」



 心を切りつけられるような衝撃だった。
 可愛い、という形容詞を俺自身に向けられたことが。
 俺の身体だけでなく、俺の全てを、完全なる「女」として扱われたことが。
 それも、他の誰でもない、俺の幼なじみで、長年の彼女である千晶から。



 それはまるで、二人のこれまでを根底から覆すような、引き裂くような、全てを否定しているような、言葉だった。



「あはっ、愛ちゃんのおっぱい、いやらしくなってる」
 茫然としながら見下ろすと、ただでさえ薄いベビードールがローションで透け、俺のおっぱいに張り付いていた。女乳首の色も形も、丸わかりになってしまっている。
「恥ずかしがらないで、愛ちゃん」
「違うっ……!」
 俺は必死で歯を食いしばった。俺が俺で、男で居続けるために、何としても耐えなければいけない。

 だが、そんな決意だけで跳ね返せるのなら、最初から苦労などしていない。

「あ、やめ、んぁぁぁぁっ!」

 ベビードールの上から、おっぱいを一撫でされた。
 それだけでもう、蕩けるように気持ちよかった。

(ちくしょう、ダメなのに、もっとして欲しくなる……っ)

 あっという間にマンコの奥が燃え上がり、強烈な欲求が再発する。すると千晶は、ベビードールの中に手を突っ込んで、俺のおっぱいの横に置いた。

 揉んで欲しい。
 いじめて欲しい。

 瞬間的に願望が頭をかすめる。しかし千晶は、それ以上何もしてこない。

「千晶……」
「愛ちゃんが、自分が女の子だってちゃんと認めたら、……マコちゃんみたいにしてあげる」
「ああああああああああぅぅぅぅぅぅぅっっっっ」
 艶のある千晶の誘惑に、獣のような嬌声が重なった。気づくと、目の前にいたマコトが膝立ちのまま、叶の手で全身を痙攣させられていた。叶の右手がすでにパンツの中に差し込まれ、左手は胸を中心に、ローションまみれのスリップの上を駆け回っている。



「はぁ……っ!」
 凄まじいものを見てしまい、パンツの中で、俺のマンコが開く感触を確かに感じる。身体のバランスが崩れそうになって、反射的に、膝を少し開いてしまった。
(あっ……?)
 そして、ほんの少しの違和感に気づいた。
 さっきも――具体的な場面は忘れたけど――感じた。何かが、頭の中で、じわじわと溶けている感覚。



「愛ちゃん、イキたい?」
「っ……!」
 耳元で囁く千晶の声が、俺の左耳をくすぐり、それだけで身体が反応する。質問には、肯定も否定もしない。いや、できない。
 身体はとっくに限界を迎えている。その事実は、男の俺でも、もう誤魔化しようがなかった。
 欲求が身体の一カ所に集中する男と違って、女の身体はそれを全身で受け止めている気がする。しかし、それ故なのだろうか、一度女の性欲があふれ出してしまうと、心も身体も、ブレーキが利かなくなって、全てがその方向に傾いてしまう。今の感覚はまさに、性欲の斜面を転げ落ちそうになりながら、精神力で踏ん張っているような気分だった。全身を生殺しのような切なさが襲っていて、今すぐにでも女の絶頂を迎えたくなる。ともすれば、思考が全て、自分の身体の中心に引きずられ、呑み込まれそうになる。この辛さから解放してもらうためなら、はしたない「おねだり」すらしたくなってしまう。
「俺は……男だぁっ……!」
 誘惑から逃れるために、何とかその言葉を口にし、自らに活を入れる。自分が女であると認めることだけは、できなかった。俺は厳然として男だ。少なくとも、精神は。



 そう思っていないと、目の前のマコトみたいにされることから、逃げられなくなる。



 さっきから、マコトの嬌態が、自然と目に入っていた。
 マコトは何度、絶頂を迎えているのだろう。もはや、見た目からは推測することすら難しくなっていた。顔を涙と涎で汚し、顎を突き出し、口をだらしなく開き、全身で淫猥なダンスを踊り、声帯を性感の奴隷にさせられている。その様子からは、女というより、「メス」という感想しか浮かばない。それなのに、マコトは身もだえしながらも、まだ貪欲に快楽を求めているのがわかる。イキ狂っている、という表現がピッタリだった。

 ドロドロに崩れたマコトを見るのは、怖かった。
 怖いのは、マコトの顔そのものではない。俺が、マコトと同じ目に遭って、今のマコトと同じ顔をしてしまいそうなのが、怖いのだ。だが、一度イッてしまえば、きっと、俺は一直線に「そこ」まで堕とされてしまう。この状況で、千晶が途中で赦してくれると考えるのは、希望的観測とも呼べない、願望でしかない。
 暴力的な快楽は、既に味わった。あのときも、メスになったと感じた。しかし、今感じている恐怖は、その時の単なる快楽堕ちとは、根本的に違う。

 今、マコトのようになったら、俺は本当に、心の奥底まで女に染め上げられてしまう――

「ふふ、愛ちゃん、腰が動いてる」
「…………やっ!」
 悲鳴を上げてしまった。目を向けるまでもなかった。下半身が、その感覚を伝えていた。

 俺の身体は、腰を目一杯に突き出して、得られぬ刺激を渇望していたのだ。

「うっ……! くっ!」
 自分がとんでもないことをしているのに気づいて、腰を押し戻そうとする。しかし、身体が言うことを聞かない。
「ああ……ちくしょうっ!」
(疼く……っ!)
 むしろ、たまらなくなって、突き上げた腰を左右に振ってしまった。腰の奥が猛烈にむずがゆくて、切なくて、どうしても、じっとしていられない。
 まるで、そこが声を上げて啼いているように。
「愛ちゃんの子宮が、欲しいって言ってるよ?」
「っ! ……っ!」
 子宮、という言葉に、一瞬、息が詰まった。

 ソレは本来、俺に存在し得ない器官。
 しかし、今の俺の身体には、きっと存在する器官。



 俺の子宮が、啼いている――



 その事実は、俺が「女」だと、俺自身に、突きつけられているような気がして。
 身震いがした。
 その身震いは、悪寒にとても近くて、しかし、それとは違う感触が混ざっているように思えて。



「ヤ、バい……っ!」
 ほんの一瞬。
 禁断の欲望が脳裏をかすめ、今度こそ、背筋が凍った。
「ふふ」
 俺を犯す声が、耳元で奏でられる。

「今、犯されたいって思った?」
「……!」
 図星だった。
「……何で」
「何もしてないよ。でも、何となく分かっちゃった、なぜか」
 思わず、顔を見た。千晶は、笑みを浮かべている。まるで、子どものいたずらを見抜いて、笑いながら軽く叱る母親のような。
 今の今まで、俺が千晶から向けられたことのない表情だった。

 こいつ、誰だ――



「ほぇぁぅっ!!」

 人間の声とは思えない音が聞こえて、俺の意識がとっさに、マコトに向く。囚われかかった思考がかき消され、同時に、マコトの腰が崩れ落ちるのを眼前にした。
 マコトは叶に寄りかかるように崩れ落ち、右斜め後ろに、仰向けで転がった。

 それを見届けた叶は、俺……ではなく、千晶に向き直った。
「千晶さん、こっちに来てくれますか」
「あ、え? いいの?」
「いいです、そっちは放って置いてください。こっちを先に」
 俺を責めていたはずの千晶は、一瞬戸惑いながらも、叶の言葉に従ってベビードールから手を抜き、俺から離れた。

「あたしがやるの?」
「はい、お願いします」
 千晶は不思議そうにしながらも、叶の指示に従って、寝転んだままのマコトに近づく。
「今、道具を出しますね」
 叶はそう言うと右手の平を上に向けた。すると、
(えっ!)
 手の上に突然、細長い物体が現れた。色は、少しくすんだ赤茶色。細長い形状も相まって、一瞬、印鑑を思わせた。それにしては少し長いが。
「ハンコ?」
 千晶も同じ感想を抱いたようで、叶に問うた。
「眷属の証をつける刻印棒です。ちょっと細工が施してありますが、気にしないで下さい」
「……けんぞく?」
「愛さんは黙ってて下さい」
 思わず口をついた疑問は、即座に切り捨てられた。叶の冷たい瞳に気圧され、俺は押し黙る。



 俺はまだ夢の中だろうか? と、今になって思った。たった今目の当たりにした叶の超常的な行為を思えば、目の前に起きていることは、俺の脳が見せる幻覚であるはずだ。いや、そうでないとおかしい。
 俺の知識は、確かにそう言っている。だが、俺の感情は、それに納得できなかった。ただの悪夢にしては、胸に迫る嫌な予感は、あまりにもリアルすぎたのだ。

 何かが始まっている気がする。
 しかも、とてつもなく恐ろしいことが。



「刻印する場所を決めて下さい」
「どこでも良いの?」
「ええ、基本的には」
 千晶は少し迷って、マコトの右太ももの内側を指さした。マンコに限りなく近いところだ。
「ここは?」
「はい、無難ですね。じゃあ、そこに刻印棒を押しつけて下さい」
「うん」
 千晶はマコトのだらしなく開いた股間に手を伸ばし、指さしたところに棒を近づけた。
「じゃあ始めます」
 そう言うと叶は、マコトの頭上に座り込んだ。いつの間にか右手に小さいハサミを持ち、マコトの頭を叶の膝に載せる。マコトはまだ、意識を失ったままだ。
「今から花を切りますから、同時に刻印棒からエネルギーを送るようにイメージして下さい。ちゃんと押さえてて下さいね」
「うん」
 叶はマコトのカーネーションにハサミの刃を入れる。そして、
「いきますよ、さん、に、いち、はい!」
 静かに、ハサミが動いた。その瞬間だった。
 びくん! と、マコトの背中が反り返った。
「おわぁっ! な、なっ!」
 直後、マコトが意識を取り戻したのか、慌てたような声を上げる。だが、それは言葉にならず、マコトの身体は陸に打ち上げられた魚のように跳ね続ける。千晶が右太ももに馬乗りになっていたので、辛うじてその場から動かずに済んでいた。
 俺は呆然として、マコトの様子を見つめた。思わず、マコトの身体を心配したくなる、異常な身体の反応。
 しかし、異常なのは、動きだけではなかった。
「わっ、わっ、ちょっ………………



 あへあぁんっ!!」



 驚きと混乱で染まっていたマコトの声が、突如として蕩けた。
 同時に、千晶の手元から、濃紫(こむらさき)の光が漏れ出す。
「やめ、やめ、これ、あ、らめぇっ」
 先ほどの狂ったような嬌声とは全く別の、極限まで甘く溶け崩れた声だった。ローションまみれのスリップに覆われたマコトのおっぱいが、何度も突き出される。それは先ほどの反り返りとは違い、明らかに何かを求めるような、曲線的な動きだった。



 ふと、目があった。



「シュン……たしゅ、けへぇ……あひぃんっ」
「マコト!」
 甘い歓喜の渦中にあるとしか聞こえない声で、それでもマコトは、頭を必死で守るように抱えながら、俺に助けを求めた。
「千晶さん、離れて!」
「きゃっ」
 最後の力を振り絞ったのか、マコトは一気に上体を起こし、膝立ちになった。叶の声は間に合わず、千晶がひっくり返る。
 叶は千晶に近づき、抱き寄せて介抱する。一方のマコトは頭を押さえ、ベッドの上で膝を必死に動かし、俺の方に少しずつ近づいてくる。
「マコ! ……ト」
 一瞬、千晶から解放され、マコトが助かったのかと思った。だが、その太ももに、叶が言う「刻印棒」とやらが刺さり、暗い光を放っているのを見つけてしまい、失望と絶望が交錯した気持ちに襲われた。
 その「刻印棒」が、マコトに決定的な悪さをしようとしているのは、誰が見ても明らかだった。

「あはぁっ……ぐっ! んぅっ!!」
 何度も何度も、身体が跳ね回ろうとするのを、マコトは根性で押さえ込む。拒絶の言葉と甘い嬌声を交互に、時には同時に漏らし、時折激しく首を振った。
 マコトは亀の歩みで、先ほどの俺の眼前までたどり着いたが、そこで力尽きたように腰を落とした。結果として女の子座りのようになり、マコトは頭を抱えたまま、顔を上げる。俺はマコトの姿を見下ろす形になった。

 そこには、絶望的な予感がもたらす恐怖と、必死の抵抗の意思と、巨大な快楽を貪ろうとする本能がない交ぜになったような、グチャグチャの……それなのに、妙に扇情的な顔があった。



「シュン…………たすけてぇ」

 普段とはまるで違う、消えそうなほどか細い声で、マコトは俺に助けを求めた。
「あへぁっ」
 前触れもなくマコトの顔が蕩け、次の瞬間にマコトの右手が自らの頬を叩いた。瞳が僅かに、正気を取り戻す。
 思わず、マコトに抱きついて少しでも楽にしてやりたいと思ったが、俺の身体はどうしてもうまく動かない。頭上に組まれたままの指先を僅かに動かすだけに終わった。
 とっさに、必死で励ます。
「マコト! しっかりしろ!!」
「ぼく……おかひく、あ、あ、なる……」
「洗脳か! 耐えろ!」
「ちがう……」
 マコトは一度言葉を切り、必死に、何度も頭を左右に振った。そして一瞬、歯を食いしばる。そして、
「もっと酷い! 僕の頭が壊されそうっ! ……あ、ああああ、きもひいいいいいいっ!!!」
 一息の訴えの直後、今度は舌を突き出して快楽を貪る。一瞬にして脳の回路が切り替わったような不自然さだ。
「マコトっ!」
「ああ……あ……あたまのなかがぁ…………」
 マコトは意識を激しく揺さぶられながら、言葉を何とか繋ぐ。もう、怖がっているのか、悦んでいるのか分からない声色だった。
 ふと、マコトの目が、俺の顔から胴体に動く。一瞬の間があって、マコトの唇が震えた。
「シュンのおっぱい揉みたい……」
「マコトっ!」
 俺の喉から放たれたのは涙声だった。マコトのその言葉に、その内容以上の決定的なヤバさを感じてしまった。俺の声を聞いたマコトも、さっと青ざめ、震えるように首を振る。
 誠実なマコトからその言葉が出るのは、あり得ないことだ。ましてや、叶の目の前で――

「叶! てめえマコトに何をした!」
 そこで元凶がすぐ側にいることに気づき、俺は声を張り上げた。
「だから言ってるじゃないですか、眷属にするって」
 底冷えするような声。まるで物わかりの悪い子どもに対して、心底の呆れと苛立ちを覚えているかのようだったが、叶の言っていることを理解できる人間はいないだろう。だが、それを口に出したら叶が破滅的に機嫌を損ねそうで、反駁を躊躇した。そうなって何も聞き出せなくなったら意味がない。
 すると、幸運にも叶の方から端緒が開かれた。
「当初の計画とは違いましたけど。そもそも男二人の予定でしたし――まさか男装の女の人が来るとは思ってませんでした」
 その言葉は決定的だった。
「お前……叶じゃないな」
 千晶から感じた、「まるで別人のよう」とは違う。こいつは正真正銘の別人だ。明らかに。
「やっと気づきましたか」
 叶の姿をした誰かは、表情を歪めた。すると、抱えていた千晶をその場に置いたまま、ゆっくりと立ち上がる。そのまま二、三歩下がったと思いきや、後ろに倒れ込んだ。
「っ!?」
 叶が立っていたはずの場所には、まさに別人が立っていた。いや、浮いていた。ベッドから一メートル近く高い位置に、つま先がある。
「誰だお前!」
「誰って、ミリアよ。何度も見てるでしょ、この顔」
 言われてみると、その顔には見覚えがあった。整った顔立ちと色の薄い瞳は、確かにホテルのメイドであるミリアと顔の作りがそっくりだった。そして、モノキニを基調としたドレスっぽい服も、見覚えがある。だが、「この」ミリアと名乗った人物と、「あの」ミリアは、顔がうり二つであるにもかかわらず、似ても似つかないと感じてしまうくらい、雰囲気が違った。「この」ミリアは金髪で、俺を自然に見下すほどの高慢さがにじみ出ている。美しい所作でかいがいしい「あの」ミリアと同一人物とはとても思えない。
「お前がミリアな訳あるか」
「なに訳の分からないこと言ってるのよ。私が本体のミリアよ。『あっち』は分身」
「分身?」
「ええ、分身」
 ミリアと名乗る人物による肯定は、却って俺の疑問を深くした。だが、その疑問に答えたのは、別の人間だった。
「ミリアさんは多分、あたし達のお世話をするために、『あの』ミリアさんを作った……んだと、思う」
 それは、ミリアに取り残された千晶の声だった。千晶の声は落ち着いていて、「この」ミリアのことを既に知っていたようだった。だが、その千晶の様子に、それ以上の違和感があった。

 いや、違う。違和感がなかったのだ。その千晶の声色は、俺の記憶にあるものと寸分変わらないものだった。
 千晶が一瞬、こっちを見る。俺の知っている千晶だった。口元にできる小さなしわも、口角の上げ下げも、目元の緩み方も、眉の下がり方も、全てが。

 そこには、ほんの少し前に感じた、「まるで別人」のような雰囲気はひとかけらも残っていなかった。

 これは、どういう――

「作った?」
「うん。多分」
 人を作る。到底信じられないことだが、目の前のミリアが放つ異様な雰囲気、というより、まるで何かのエネルギーを放っているような威圧感が、千晶の推測に説得力を持たせていた。それに、そういえばこのミリアは、きっと、さっきまで叶の「中に入っていた」のだ。そんなことをできる奴なら、人を作れても不思議ではない気がする。ちなみに叶の身体は今、後方に倒れたままだ。僅かに身じろぎしているので、息はあるのだろう。
「チアキの言う通りよ。私の分身は、あの場所であなた達を管理するための存在」
「……管理?」
「ええ」
 その単語からは、単に俺達を泊め、経済的収益を得るための行為とは捉えづらかった。
「……何が目的なんだ」
「はぁ?」
 何を言ってるんだこいつ、みたいな顔をされた。そうだった、こいつはとっくに目的を話したつもりだったんだ。
「ねえミリアさん、あたしにももう少し、詳しく教えて」
 助け船を出したのは、再び千晶だった。機嫌を損ねかけていたミリアは、その千晶の様子を見て、途端に表情を緩めた。ミリアは千晶がお気に入りなのだろうか。
「しょうがないわね。じゃあもう一回だけ……一番の目的は、チアキ、あなたとカナエをサキュバスにすること。あなたの頭に咲いてたバラが、そのための道具」
「サキュバス……」
 その言葉は知っていた。淫魔。いつぞやに見た、いかがわしいコミックにあった単語だ。

 ふと、先ほどの千晶の様子が頭をよぎった。普段の千晶とは似ても似つかぬ艶めかしい声は、確かに淫欲の権化を彷彿とさせる。確かに、「サキュバス」と言われたら、信じてしまいそうな。
 そうか。それで、合点した。今の千晶が普段の千晶と変わらない様子なのは、今の状況がエロいことと関係ないからだ。きっとそうに違いない。

「それはほぼ達成したわ。そして次の目的は、シュ……じゃなくて、アイとマコトをあなたの眷属にすることよ」
「眷属って何?」
「あなた、理解してなかったの……眷属って言うのは、サキュバスに付き従って、サキュバスのエネルギー源になる存在」
「…………家来みたいな?」
「うーん……まあ、遠からずってとこね。……本当は、二人ともオンナにしてオトコ狂いにして、眷属にはしないで放流するつもりで、そのためにカーネーションを使ったんだけど、マコトがオンナなんてねぇ。カーネーションは、まだできたばかりのベータ品で、元からのオンナに生やしてもまともに使えるって分かってたのは洗脳機能だけで、他は使い物になるか全然分からなかったのよ。だから予定変更」



「あっ」
 はっとして、マコトを見た。
 マコトの両手がちょうど、抱えていた頭から離れたところだった。顔はいつの間にか茫然として、抵抗する意思は、最早ほとんど読み取れない。
 痛恨だった。現実離れした話に気を取られ、その名前がミリアの口から出るまで、マコトのことを忘れていたのだ。

 頭を守ることをやめたマコトの両手は、まるで顔の輪郭を確かめるように、ゆっくりと下に降りていく。そのまま、ローションまみれのスリップの上から、上半身を撫で回し始めた。
「…………マコト……」
 その行為が何なのかは、すぐに思い当たった。
 マコトのオナニーだった。全身を撫でて興奮を導くのがやり方だと、マコト自身が言っていた。
「きもちいい……っ! これきもちいいっ!」
 顔を蕩けさせ、マコトはつぶやいた。感極まったようでもあり、驚いているようでもあった。
「マコトっ!」
 マコトに活を入れるように、俺は叫んだ。
「シュン……!?」
 マコトはほんの少し、驚いたようだった。焦ったような声。しかし、マコトの手は止まらない。
「あれ、僕っ……? 一人遊びしてる……?」
 驚いてはいるのだが、どこか要領を得ないまま、マコトは自身を涜(けが)し続けた。
 身体をくねらせ、両手で乳房の外周を撫でながら、マコトは困惑した様子で、つぶやいた。
「止めなきゃ、だめ……? あうぅっ!!」
 不意に、マコトの身体に力が入り、全身を震わせる。
 まだ頂にも到達していないのに、まるで、感極まりそうになっているような……
 そして、気づいた。
(なんだこれ……!)
 これまで肌で感じていたものとは、全く違う。
 マコトの身体の中心から、性欲、いや、肉欲がわき上がっているのを感じた。これまでとは桁違いの強さ、そして深さを感じる肉欲だった。思わず、俺のマンコがキュンとしてしまうくらいに強い。
 しかし。それよりもまずいのは。
「あ、でも、これ、これ、気持ちいいな……っ!」
 マコトは俺の目の前にとどまったまま、隠そうとするそぶりすらなく、自慰を続ける。
 だが、見た感じ、巨大な肉欲に押し潰され、余裕をなくしている「のではない」。
 おそらく、それより、もっと悪い。
「おいマコト! せめて、俺に見せつけるなっ!」
「ああ悪い……でも、見せつけると、なんか気持ちいい……っ!」
 思いの外、悪びれもせず答えるマコトを見て、確信するハメになった。
 マコトは、やってはいけない、と、知識として理解はしている。だが、「納得していない」。だから、口だけ言い訳をしてるに違いなかった。
 その証拠にマコトは、俺の眼前でスリップの肩紐を下ろし、あろうことか、完全勃起した両乳首を俺に見せつけた。
 そして。
「はぅっ! あああああああっ!!」
 両乳首を一ひねりしただけで、マコトはあっという間にイッた。だがそれでは全く治まらず、マコトの両手はおっぱいを激しく責め始める。
「あー、ちょー気持ちいいっ! でも全然足りないっ!」
 マコトは心底の悦びを口にする。とはいえ、やはり満足にはほど遠かったらしく、程なく右手が股間に向かった。今度はスリップをまくり上げ、俺にヘソを見せつけながら、マコトが指をパンツの中に差し込む。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
 くちゅくちゅ、という水音が股間から響く。水浸しになっているだろうそこをこね回し、マコトは激しい、だが気休めにしかならないだろう快楽を貪った。肉欲自体には耐えられていたマコトも、激しい快楽にはテキメンに余裕を破壊されていく。
「ああ……っ! あ、熱い! お腹が、熱いっ! うあああっ! 二人遊び! 二人遊びがしたいよぉっ! 二人遊びがいいっ……!」
 ついに我慢が利かなくなったのか、マコトは僅かばかりの建前もかなぐり捨て、周りを憚らずにセックスがしたいと叫び始めた。
 俺は思わず叶を見た。が、叶はまだ気を失ったままだ。
「シュンっ!」
 マコトに呼ばれた。とてつもなく嫌な予感がした。
「二人遊び、しよう……! 僕のおまんこ、舐めてくれぇ……っ!」
 予想通りの、悲惨な懇願だった。
「マコト! やめろ!」
「助けてくれ……! 僕のおまんこ、もう限界に、なってるからっ! 一緒に浮気しようっ! ああ、あ、なめ、舐めてくれ、擦ってくれ、中ほじってくれ、感じさせてくれぇっ!」
「やめろぉ……っ!」
 俺の心は冷たくなり、それ以上に、身体は熱くなる。
 俺の必死の制止も、マコトの耳には届かない。座り込んだままのマコトは、良識を失い、肉欲に溺れ、前後不覚に陥りつつある。目の前のマコトは、もはや俺の知るマコトではなくなっていた。
 にもかかわらず、マコトの醜悪で艶めかしい懇願と、ぐちゅぐちゅと響く水音が俺の獣欲を直撃し、俺までたまらなくなってきてしまう。俺の身動きがとれなかったからよかったものの……と、思ったときだった。



 マコトの背後に、不審な影を見つけた。



「マコト、お前……っ」
 マコトがスリップを雑にまくったからなのか、後ろ側もめくれていた。そしてそこから、黒い曲線が延びていた。
 それは、尻尾だった。千晶や叶、そしてミリアにも生えているような、毛のない、極太の針金のような尻尾。先がハートかスペードのような形をした、尻尾。ただ、千晶達と違うのは、それが黒だということだ。
 俺を誘惑することにかまけているマコトは、まだ気づいていない。マコトから生えた黒い尻尾にも、……さらにその後ろから迫る、人影にも。



「はうっ!」
 背後から右腕を掴まれたマコトは、それだけで身体を震わせた。指先がパンツから抜かれ、背後の人物の目の前に引っ張り出される。
 千晶だった。
「マコちゃん、すごく濡れてる」
 その言葉通り、マコトの右手はマコト自身の分泌物でぬらぬらと光っている。
 千晶はその手を取ってマコトの右に座り、……その指を口に含んだ。
「「っ!」」
 俺とマコトが、同時に息を呑んだ。ぴちゃぴちゃという密やかな音だけが、あたりに響く。
 先に反応したのは、マコトだった。
「あ、あ……」
 みるみるうちに、顔が蕩けていく。指を舐められるだけで、感じているようだった。だがそれ以上に、精神的に昂ぶっている。
「ちー……二人遊びしよう」
「おい!」
 何の取り繕いもなく、マコトは千晶を求めた。反射的に俺は制止の声を上げる。だが、今のマコトにそれが通じないことが分かってしまっているだけに、どうしても、制止に力が入らない。完全にぶっ壊れてしまったマコトを前に、絶望感と徒労感が重くのしかかる。



 だから俺は、一番大事なところで、マコトに、そして千晶に、声をかけることができなかった。



「ねえ,マコちゃん」
 千晶の応えは,マコトの誘いに対し、肯定でも否定でもない。
「あたしの眷属になってくれたら、普通のエッチよりもっと気持ちいいこと、してあげる」
「ほんと?」
 千晶はマコトを究極の選択に誘っていた。
「うん、本当。ミリアさんが教えてくれたの。眷属になったマコちゃんが、最っ高に気持ちよくなる方法」
「なる! 僕、ちーの眷属になる!」
 マコトは一も二もなく応じた。
「ふふ、ありがと」
 千晶がかわいらしく笑う。その表情はあどけなくて、だからこそ、とても妖艶だった。
「じゃあ、マコちゃん」
 千晶は座ったまま、ゆっくりと、マコトに抱きついた。お互い女の子座りで、千晶だけ腰を浮かせ、マコトの膝の上に乗るようにして、身体を密着させる。赤いスリングショットに彩られた背中が、とてもなめらかで美しい。
「マコちゃんを、あたしの眷属にします」
 千晶は一言告げて、マコトの首筋に唇を近づけた。まるで、吸血鬼のように……しかし、口を開かず、あくまでキスをする姿勢で、唇を接触させた。

 その瞬間だった。

 「刻印棒」のあたりから一瞬、濃紫のフラッシュが放たれる。直後、棒が完全にマコトの体内に呑み込まれたのが、光の加減で分かった。

「あっ……」
 それと同時に、気の抜けたあえぎ声のような音を残して、マコトの表情が蕩けた。というか、崩れた。
 苦しみと快楽に歪んでいた表情が一気に緩み、口が半開きになった。まるで、暖かな温泉に浸かったときのような、心地よさそうな様子。
 だが、裏腹に、俺の肌に感じたのは、マコトの激しい絶頂だった。
 マコトの瞳が焦点を失い、全身が震え始める。布に水音が打ち付ける音がした。潮吹きだ。マコトの絶頂液が、パンツの中で吹き上がっている。

 激しい、をあっという間に通り越して、凄まじい絶頂に突入していた。

 ひゅー、ひゅーとマコトの喉から音が鳴る。声にならない声が、マコトの気道を通り抜けている。
 無意識に千晶に抱きつこうとしたのか、マコトの両腕が動く。だがそれすら叶わず、それどころかその動きだけで、マコトは新たな絶頂を迎えていた。両腕がそれぞれイッているのだ。ほんの少しの身じろぎだけで、身体のあちこちが絶頂を貪っている。絶頂が痙攣を生み、痙攣がさらなる絶頂を呼び起こす。まるで全身の爆薬が破裂しているような、究極の快楽……。

 それは、どのくらいの時間だっただろう。
 不意に、千晶の唇がマコトから離れ。
 マコトはさらに数秒、絶頂を味わい続けた後、ゆっくりと横に倒れた。



 倒れ込む音を最後に、あたりには静寂が訪れる。

 マコトは白目を剥き、完全に気絶していた。





 誰も、何も言わない。誰も、動かない。
 静寂でありながら、耳が痛くなりそうだった。生唾を呑み込む音や、心臓の鼓動、血液が血管を流れる音。そして、さっきからずっと感じていた――頭の中で、何かがじわじわと溶けていく感覚。それらが、まるで轟音のように、俺の耳を犯している。
 
 目の前で起こったことは、扇情的と評するのも生ぬるい、人知を越えた交合だった。二人とも脱衣すらしていないのに、俺の視線が、二つの女体から、未だに離れない。
 俺から見て後ろを向いたままの千晶は、その場に座り直して、マコトの様子を伺っているようだった。マコトはまだ、動かない。

 声をかけるのも憚られ、俺はそこでやっと、何となく、目をそらした。



 ミリアの瞳に射貫かれていることに気づいて、俺の息が止まった。



 ミリアは、俺の顔を見ていた。
 何も言わない。ほんの少し、口元を歪める。

 ただそれだけで、全てを見られていたと、分かってしまった。



「くっ……!」
 恥ずかしさと悔しさで、奥歯をかみしめる。
 だが、そんなことでは、ミリアはもちろん、自分自身すらも誤魔化すことはできない。どろり、と俺のマンコから、汁が溢れるのを感じる。

 二人の姿態と肌を刺す感覚はあまりに強烈で、俺は何度も、腰を突き上げてしまっていた。我慢できなかったのだ、マンコの、そしてその奥の、甘いむずがゆさが。頭の片隅では恥ずかしいと思いながらも、気休めであっても腰を振らないととどうしようもなかった。



「……マコちゃん、大丈夫かな?」
 やっと、千晶が口を開いた。千晶はミリアを見て、ほんの少し不安そうな表情で首をかしげている。千晶の言葉を聞いたミリアは俺から目を離し、満足そうにうなずいていた。
「……マコトに何をした」
 股間からの欲求を何とか押さえ込み、俺はミリアに向けて、可能な限り低く、鋭い声を放った。
「マコちゃんは、あたしの眷属になったよ」
 それに応えたのはミリアではなく、千晶の方だった。千晶はマコトから離れて、ゆっくりと立ち上がり、こちらを向く。胸元のFカップが、たゆんと揺れた。
「あたしが、マコちゃんに溜まってたエネルギーを吸収したの。マコちゃんは疲れて寝ちゃった。……多分」
 理解はしているが確信はしていない、といった様子で、解説した。「大体あってるわ」とミリアが同意すると、ほっとしたような顔を浮かべる。
 そのミリアがゆっくり、千晶の右隣に降り立った。

「次は、アイの番ね」
「ふざけんなっ!」
 腰に手を当てて、ミリアは当然と言わんばかりに俺を見下ろした。
「あら、眷属は嫌? オトコ狂いの方が良い?」
「そうじゃねよ! 元に戻せ元に! 男に!」
 俺は膝立ちで、手を頭の後ろに組んだままミリアを見上げ、必死に食ってかかる。マコトのようにされてはたまらない。もちろん、男狂いとか死んだ方がマシだ。
 だが、ミリアはつれなかった。
「それは無理ね、しないってより『できない』わ」
 一瞬、沈黙が襲う。
「オトコの頭にカーネーションが咲いたら、もう元のままじゃいられないわ。それに、種飲んでから丸二日も経てば完全に定着しちゃうし」
 言いながら、ゆっくりと俺の目前に進み出る。そして、ミリアの顔が俺の顔にぐっと近づいた。
「あなたの選択肢は三つ。マコトと同じように眷属になるか、一日十本のチンポを咥えるビッチになるか、それともエネルギーの暴走で狂い死ぬか」
「そんな……!」
「もう、分かってるでしょ? あなただってもう、とっくに普通のニンゲンじゃないのよ。マコトの欲情、ずっと『感じてた』でしょ」
「……!」
 あからさまに指摘されて、うろたえた。
 自分でも分かっていた。他人の欲情を、肌で感じる人間など、この世に存在しない、などということは。
「それに、あなたの子宮も、さっきから辛そうよ」
「……黙れよ、関係無いだろ」
 さらに図星を突かれて、俺は半ばヤケになって反抗する。
 だが、ミリアは許してはくれない。
「あるわよ。あなたはオンナになったばっかりだから知らないだろうけど、子宮の感覚が強いのも、私達の特徴なのよ」
「えっ……」
 その言葉に、俺は戸惑った。てっきり、女の子宮はこういう感覚なのだと思っていたから。
「あなたも、『子宮で考える身体』になっちゃってるわけ。快楽に忠実な身体に」
 さぁっ、と、自分でも分かるくらい血の気が引いていった。
 それくらい、「子宮で考える」という言葉は、俺にとって痛烈だった。
「サキュバスやオンナの眷属にとって、子宮は第二の脳だからね。気持ちよくなるように考えちゃうわけ」
「あ……」
 そう言われて、子宮を意識した途端、それを待っていたと言わんばかりに、子宮が声なき訴えを上げた。そのたびに、全身の欲求が強くなっていく――


「んんん……」
 その時、声がした。
 千晶じゃない。声がした方を向いた。

「マコト!」
「マコちゃん」

 気を失っていたマコトが意識を取り戻し、ゆっくりと動き出した。
 俺と千晶が同時に声を上げる。千晶は俺から離れ、マコトの元に近づいた。
 頭を上げたマコトは、その場で女の子座りになった、表情はまだ茫然としていて、何があったのか理解していない様子だった。だが、千晶の顔を見た瞬間、ぱぁっと明るい表情になった。
「マコト、大丈夫か?」
「ああ、うん」
 俺の声かけにも、マコトはしっかり答える。少し疲れた声だったが、先ほどのぐちゃぐちゃな状態とはうって変わって、どことなくすっきりしたように見えた。
「チアキ、やってみなさい?」
 ミリアが千晶に何か言う。千晶は軽くうなずいた。俺が理解できないでいると、
「マコちゃん」
 千晶はいつもと何も変わらない口調で、マコトの名前を呼んだ。そして、
「イッて?」
 次の瞬間、理解できないことを言った。
「え?」
 マコトも一瞬、怪訝そうな顔をする。
 だけど、
「……あ、うん、できる」
 マコトはすぐ何かを納得して、次の瞬間から、表情を歪めた。
 途端、俺の肌に、マコトの急激な発情を感じる。
「あっ、あっ、あっ!」
 マコトが上げた声は、既に感極まった時のそれだった。マコトはその場で一切何もせず、ただ、身体を何度か軽く痙攣させた。それは明らかに、性の頂点を迎える動きだった。
「あっイクッ!」
 その言葉を発するまで、十秒とかからなかった。マコトはそのまま絶頂に達し、顔が蕩けた。



(……!?)
 混乱する。
 目の前で起きたことが、信じられなくて。
 イッたマコトの表情が、とても嬉しそうで。





「愛ちゃん、イッて?」
「!?」
 突然千晶の声がして、俺は千晶を見つめた。
 だけど、俺の身体には、何も起こらない。

「マコちゃんは、あたしの眷属になったから、あたしの命令でイケるようになったの」
 絶頂を迎え、呆けたままのマコトを見下ろして、千晶はそう言った。
 俺も、マコトを見た。
 マコトは大きく息をつき、ゆっくりと、おそらくは自分の意思で、その場に仰向けで寝転がった。
 とっても幸せそうに。



「わかったでしょ」
 ミリアの声が聞こえる。
「みんな、もうニンゲンじゃなくなったの。チアキとカナエはサキュバス。マコトはチアキの眷属」
 マコトを見つめたままの千晶。
 未だに意識を取り戻さない叶。
 目をつむって、絶頂後のもうろうとした意識の中、またもや乳首を指で転がし始めたマコト。
 俺の視線が、順番にその姿を捉える。確かに、三人とも、人間とは何か違う雰囲気をまとっているような気がする。
「あとは、あなただけ」
 ミリアの声に合わせるように、千晶の妖しい表情が、ゆっくりと俺の方を向いた。
 にこり、と笑う千晶と裏腹に、俺の背筋に悪寒が奔る。

 その時、ただでさえ追い詰められている俺に、追い打ちをかけるようなことが起こってしまった。



 ふと、頭上に、青い光を感じた。

「「あ」」
 ミリアが、千晶が、揃って短い声を上げる。
 ミリアの視線の動きで、わたしの頭上のカーネーションが光ったのだと分かった。
(あっ)
 一瞬、身体が、ぴくんとした。直後、違和感を覚えた。
「乳首が……」
 思わずつぶやく。
 カーネーションから、左右の女乳首に信号が送られているのを感じた。それに応じて、乳首がチリチリと電気のような痺れを発している。
「あ、あ、あ、いや、まずい、やめろ、やめ」
 思わず言葉で抵抗するが、もちろん意味はない。見た目の変化はなくても、さっきから勃起しっぱなしのそこが、似て非なるものに作り替えられていくのを感じる。
 嫌な予感がした。いや、確信に近かった。
「次の段階が始まったのね」
 ミリアだった。
「そのカーネーションは枯れるまでに切らないと、眷属っていうよりオトコ狂いを作っちゃうの。もう最終フェイズに入ってるから、カーネーションを咲かせたままだと、時間が経てば、あなたの身も心もオトコ狂いに近づいていくわ」
 その言葉の終わりと前後して、青い光が消え、不思議な感覚が治まる。しかし、女乳首の違和感は、残ったままだった。

 するとミリアがおもむろに近づいてきて、俺に両手を伸ばす。
 ベビードールの上から、両方の女乳首を、ほんの少し、擦った。
「んんんんんんんんんっ!」
 予想はできていたから、何とか、声は堪えられた。
 それでも一瞬、頭が真っ白になって、イキそうになった。
 その刺激は、普通のものじゃない。
 両方の女乳首が、ぬるぬるのベビードールの上から、ほんの少し擦られた。それだけで、脳天を突き抜けるような刺激が、全身を襲った。マンコがどろりとして、また汁が溢れた。
 ミリアが言う。
「あなたの乳首は、両方とも、クリトリスと同じ感度になったの。本当のクリと合わせて、クリが三つになっちゃったのね」
「ああ……あ……」
 ふと、クリを触ったときの、自分の反応を思い出した。ほんのちょっと指を触れただけで、全身が痺れるような快感。快楽を得るためだけに存在する、女の淫らな場所。
 それが、三つになるというのがどういうことか、理解できてしまい――
(お、俺の身体が……っ!?)



「あ……」
 その時、ぱちん、と、泡が弾けるような感触が、かすかに頭の中で響いたような気がした。
 ほんの一瞬だけ、思考が中断される。



(……わたしの身体が、わたしじゃなくなっちゃう……っ!)
 わたしの身体から、血の気が引いていくのを実感する。女の身体にさせられたのとは、次元が違う。それはもう、人外だ。
「しかも、普通のクリは、皮に隠れてるからね。むき出しのクリはスゴいわよ、いろいろと」
(……う、そ……)
 追い打ちをかけるようなミリアの言葉は、わたしの絶望を誘った。でもそれは、ミリアの言葉の内容そのものじゃない。
(わたし、何で……何で、ワクワクしちゃってるの……!?)
 心の奥底で、それに期待してしまう自分に、気づいてしまったからだった。

 
 


 

 

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