つい・すと


 

 



昔話5 私と真琴さん


 私は首都圏の大学に合格した。高校を卒業して、私は北の大地から脱出して(嫌いではなかったけれど、女子中高生には退屈だった)再び上京した。
 四月に入ってすぐ、私は入学者説明会に出席するために大学にいた。説明会が終わった後は様々な手続があったけど、待ち時間が長くて暇だった。

 そこで、その人に出会った。
 あ、仲間だ、と見た瞬間に感じた。黒Tシャツにメンズジャケットを羽織り、こちらもメンズのジーンズに革靴。極めつけに大きめのサングラスをかけ、髪型はブラウンのベリーショート。遠目では性別判断に困りそうな出で立ちだった。ただ、どっちの性別にしてもとびきりの美形だった(サングラスをしていても分かった)。
 しかし、よく見ると化粧はしっかりしていたし、かといって男の大ざっぱな肌を隠すほどの厚化粧ではないから、身体は女の人だ。そして、インナーにもいわゆるナベシャツ(胸の膨らみを隠すようなシャツ)を着ているわけではなく、ちゃんと、小さい乳房の膨らみも見える。それは女を隠すのではなく、女であることを基調に、「男をかぶせる」ファッションだったので、GID(性同一性障害)のようなタイプではなさそうだった。その上で性別を一見で分かりづらくするようなサングラスをかけているとすれば、きっと女性狙いの同性愛者だ。
 あんな子と付き合えたらいいなあ、なんてぼうっと考えていたら、その人が私の方に近づいてきていた。
 バレた、と思った。その人はとても目立っていたので、その人を見ている人は男女を問わず何人もいた。その中で、私が目をつけられる理由は一つしかない。それは、私が仲間だと気づかれたから――

「叶......?」
 突然、その人が私の名前を口にした。私はびっくりした。私の名前をどうやって調べたのかと思った。もしかしてこの人、危ない人? なんて思った。
 でも、その人がサングラスを外して――その顔に、見覚えがあった。
「............真琴さん!?」



 私と真琴さんの出会いは、やはり小四だ。千晶さんと一緒にいると、必然的に真琴さんや俊一君とも一緒にいる機会が増えていった。ただ、当時は俊一君はもちろん、真琴さんも、実は私は好きではなかった。付き合いが始まった当時の真琴さんは、私にとっては「まるで男子」だったからだ。ただ、二人への拒否感より千晶さんへの興味が上回っていた私は、渋々二人とも関わっていた。二人はやっぱりがさつで乱暴だったけれど、悪い人たちではなかったので、決定的なことにはならなかった。
 とは言っても、正真正銘の男だった俊一君とは違って、真琴さんは成長期を過ごしていくにつれ、だんだんと「女の子」だと思えることが多くなってはきた。もちろん、それでも他の女の子に比べれば、遙かに男っぽかったけれど。
 当時の真琴さんに関心があったとすれば、当時でも目立ったその長身と、整った顔立ち。けれど、私は同性愛者だからといって男ではないので、好きでもない子に身体が反応するわけではなかった。その程度の関心だったから、小学生の間は、私が真琴さんの気持ちに目を向けることは、ついになかった。

 真琴さんが私の仲間だったことに思い至ったのは、千晶さんとのことを振り切り、新しい中学校で初めての彼女を作り、その彼女と別れた時だった。
 別れ際の彼女に盛大に泣かれた。その泣き顔が、卒業前に泣きはらしていた自分の顔に重なり、その直後、真琴さんの別れ際の顔に重なった。

 そこで、「その顔」が、失恋の顔であることに思い至った。その彼女のことが一段落した後に、そのことに改めて思いをはせる。

 ――あの場で真琴さんが失恋したとすれば、誰に、なのか。

 そう考えて、すぐに答えが出た。私の父――である可能性はまずない。面識がないから。とすればそれは、私にだ。
 そうだとすれば、真琴さんの「あの反応」とつじつまが合う気がした。なぜ、私が俊一君に嫌がらせもどきをしたときに、真琴さんが嫌な顔をしたのか。

 だけど、全ては遅かった。

 真琴さんの連絡先は知っている。けれど、失恋を振り切るため、千晶さんに限らず、小学校時代の友達には一切連絡を取っていなかった。今連絡しても、あまりに今さらだ。
 そして、当時の私にとっても、小学校でのことは過去のことになっていた。それに、真琴さんの想いに気づいたとして、今から掘り返したとしても、どうにかなるわけでもない。

 結局私は、その気づきを封印した。その気づきは、永遠に顧みられることはなかったはずだ。
 目の前に再び真琴さんが現れる、その時が来ることさえなければ。



 その日の夕方、私は真琴さんに誘われてカフェに入った。本当は高校時代の同級生の菜都美(なつみ)――彼女は別の大学だけど、私と同じく上京してきた――に誘われていたけど、ドタキャンした。怒られたけど、事情を説明したら許してくれた。

 改めて真琴さんを見る。小学生の時は「男っぽい女の子」だった真琴さんは、今では「男らしい女性」、もとい「男らしい美女」に変貌していた。
 二人の話は、「いやー久しぶりだね」から始まって、小学校での出来事を思い出し、中学校と高校でのあれこれをお互いに話す、という黄金パターンを通った。話してみれば話題は尽きず、あっという間に夕飯の時間を超えた。
 大学の講義が始まり、日を改めて二・三度会った頃、話は核心に近づいていく。

「多分もう、分かってる気がするんだけど」
 真琴さんは、そう切り出した。その日のカフェは個室型で、普通に話している分には周りに話は聞こえない。真琴さんの知っている店だったらしいけれど、真琴さんがそこを提案したとき、その話が来ると思った。
「僕、レズなんだ」
「はい、知ってました」
「やっぱり」
 なぜ知っているかは、聞かれなかったので答えなかった。
 真琴さんは、私を見つめた。私の出方をうかがっている。やはり、真琴さんも分かっている。
「私も、同性愛者です」
「だよね」
「はい。いつ気づきました?」
 私は聞きたかったので、聞いてみる。
「中学校に入ってすぐかな」
 少し驚いた。てっきりもっと前にバレていたかと思った。
「小学生の時は、レズって概念、知らなかったから。でも、それが分かったときに、自然に分かったよ。そういう意味では、もっと前から分かってたのかも。叶の視線が、ずっとちーを追ってたから」
「千晶さんは、俊一君とはうまくいってるんですね」
「うん」
 その事実は一度確認していたけれど、今の流れで聞くこの質問は、意味合いが違う。
「よかったです。千晶さんは、ヘテロですものね」
 それは本心だった。いわゆる「ノンケ食い」は、お互いが不幸になることを、その時にはもうよく分かっていたから。

 今度は、私の番だった。
「そういう真琴さんは、最近どうなんですか」
「ん? ぼちぼち。フリーだけど」
 ぼちぼち、という言葉には充実感が。フリー、という言葉には僅かに緊張感が漂っていた。
 充実感、というのはよく分かった。真琴さんは同性愛者であることを公言こそしていなかったけれど、「僕」呼びといい、ファッションといい、見れば誰でもそういうタイプの女性だと疑うだろう。そういう言動をして堂々としていられるということは、よほど精神力が強いのでないとすれば、良い結果が出ているということだ。
 だけれど、今の話の主眼は、後半の方にあった。

「最近、別れたんだよね」
 遠くを見るように真琴さんは言った。個室ということで、サングラスは外している。
「そうなんですか」
「うん。地方行っちゃってね。叶と逆だ」
 あっさりした様子で話す。想像するに、その前からあまりうまくいっていなかったのだろう。
「だから、フリー」
 念を押すように真琴さんは言って、笑った。

 次の一手は、この会話の行く末を決める。そう思った私は、必死で考えた。
 そして、言葉が口をついた。

「さっき、レズって概念が分かったのが、中学生に入ってすぐって言ったじゃないですか」
「うん」
「どうして分かったんですか?」
 それは、決定的に踏み込んだ一言だった。
 ......真琴さんが悩んだのが分かった。静かに待つ。
 私の予想通りならば、ここからは後は一直線だ。後には引けない。伸るか反るか。
 そして、真琴さんは――
「僕の初恋は、叶だったって気づいたから」
 予想通りの言葉を口にした。
 決まった。



 私の一挙手一投足から、目が離せなかったこと。
 クラスメイトから恋の体験を聞かされたとき、私の顔が浮かんだこと。
 私が引っ越した直後、千晶さんの部屋で声が枯れるまで泣いたこと。
 いろんなことを教えてくれた。それは全部私の知らないことで、新鮮だった。

 そして、私と真琴さんの気分が盛り上がったところで、真琴さんは切り出した。

「もし、叶が良ければ、――僕と、付き合ってくれないか?」
 真琴さんの昂揚が、手に取るように分かる。初恋の相手に、大学で再び巡り会って告白するのだ。火がつかないわけがない。

 そして、その昂揚に応えない理由が、私に思いつく訳がなくて。
 私達はその日、カップルになった。

 
 


 

 

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