つい・すと

〜Twin Story〜


 

 



2日目・朝 異変


 意識が、深いところから戻ってくる。
 目を開けると、太陽光の明るさを感じる。朝だ。
 その途端に尿意が襲った。俺はトランクスを手で探し、ベッドに寝転がりながら穿く。
「ん……」
 千晶も目を覚ましたようだが、とりあえず尿意の解消が先だ。俺は立ち上がって机のスマホを手にし、トイレに入った。トランクスを下ろす。



 そこで、止まった。



 トランクスを下ろしたところに、あるはずの物がなかった。
「あれ?」
 声が出る。何か、起こるはずのないことが起こっている気がする。夢かとも思ったが、深刻な尿意は感じるので、とりあえず緊急避難として、便器を下ろして座る。そして、股間に指を這わせた。
 そこに、あるはずのモノはやはりなかった。かわりに、二つの小さい肉と――一つの筋の感触があった。
 直接は見えないが、それが何かは、想像がつく。

 マンコだった。

 呆然として、弾みで尿道が開いた。



 頭が真っ白のまま、座ったままの放尿が終わった頃、スマホが震えた。通知だったので、開く。



『お客様のみに生じました身体的な変化につきましては、あまり重要なことではありませんので、指示があるまで明かさないようにお願いします。』



 スマホから漠然と目を離し、どうしようか考える。そして、女のマンコは小便の時に拭かないといけないはずだ、と気づく。
 トイレットペーパーを手に取り、そこを拭いた。

 そして、自分の身体を見る。股間以外に、変わったところは何もなかった。
 胸が膨らんだりもしていないし、肌も、肌に映える毛も明らかに男のものだ。「あー」と口に出してみるが、声も何も変わっていない。だが、股間だけが決定的に変化していた。
 俺は立ち上がり、水を流してトランクスを上げる。とりあえず、千晶達には気づかれないようにした方が良いと思った。状況を説明できる自信がなかったし、股間が変わったことの驚きより、正直、俺にマンコがついているということの恥ずかしさの方が先に立った。



 俺がトイレを出ると、ロングキャミソールとホットパンツを身につけ直した千晶が、化粧台の前で固まっていた。
 千晶の身体にも、異変が一目で見つかった。
「なんだそれ」
 千晶の頭上に、俺の手のひらくらいの長さがある茎が伸び、その先に花が咲いていた。黄色いバラのようだった。
 鏡を見つめていた千晶が、こちらを振り向く。途端に「あ」という表情になり、俺の頭上を指さした。釣られて手をやると、そこにも植物の茎のような感触がある。化粧台に近づいて、おそるおそるのぞき込むと――俺の頭にも花が咲いていた。それは、ピンクのカーネーションだ。

「おい、シュン!」
 どんどん、と部屋奥の扉を叩く音がし、遠くの方でかすかにマコトの声がする(防音仕様のようだ)。急いで扉に近寄って開けると、マコトが慌てた様子で立っていた。――頭に、白のカーネーションを咲かせて。そのすぐ後ろにいた叶の頭上にも、赤いバラが咲いていた。



「これが、アトラクションか……?」
 マコト達の部屋で、四人で話した結果、その結論に落ち着く。というよりは、腑に落ちない面もありながら、それ以外に解釈のしようがないということだった。人間の頭上に咲く花が普通のモノであるはずがない。それに、良く感覚を研ぎ澄ますと、全身の皮膚の下に、ごくごく細い針金が這い回っているような感覚すらある。ただ、これはマコトからは賛同を得られなかったので、思い込みかもしれないが。ちなみに千晶と叶は「そんな気もする」と言った。
 一度、俺の頭上の花を抜こうと思ったが、その途端にいい知れない恐怖を感じ、やめた。
 とりあえず身支度をして、ダイニングに集まる。俺達の顔と頭上を見たミリアが、「綺麗な花ですね」と言ってにっこり笑った。そして、
「それはアトラクションの道具ですので、ご心配なく」
 ときっぱり言った。その言葉に、四人の不安感がすっと消えていくのを感じた。
 ただ、さすがに自分の股間の問題は、この場では聞けなかった。これも多分、アトラクションの一つだとは思うのだが……。



 朝食は立食形式の洋食で、和やかに進んだ。頭上の花についての問題がとりあえず解決したため、俺以外の三人は何事もないといった雰囲気だった。俺はもう一つの問題があったが、とりあえず三人に合わせる。

 朝食を終えた俺達に、ミリアが進み出て言った。
「皆様、よろしければ今から、モニター調査のお願いについてお知らせします」
 四人で顔を見合わせて、「お願いします」とうなずく。ミリアが慣れた操作で手元のリモコンを操作すると、スクリーンが降りてきた。反対側にはプロジェクターが埋まっているようで、放射状に光を放っているのが分かる。

 スクリーンに、企業のプロモーションビデオと思しき映像が流れ、ミリアが流ちょうに説明を加える。

 その企業は、日本人なら誰でも聞いたことはある有名企業だ(ロゴが見覚えのあるのと少し違う気もしたが――まあ小さいことだ)。といっても俺は、プロモーションで繊維会社だと初めて知った。そして、その企業の開発製品の中に、水着があるのも今知った。
 そのビデオに合わせて、ミリアが告げる。
「皆様には、当社の開発中の水着について、モニター調査をお願いします。当社から水着をご提供しますので、感想をお聞かせ下さい。感想については、当ホテルのアプリに入力フォームがありますので、こちらからご投稿下さい」
 ミリアがアプリの操作方法の説明に入るが、あまり耳に入らない。俺の心は、「しまった」という思いに満ちていた。マコトを見ると、同じように痛恨の表情になっている。



 マコトは基本的には、自分自身についてオープンだ。しかしそれは馬鹿正直という意味ではなく、余計な問題は起こさないようにしている。その一つとして、ホテルの予約をするときは、公衆浴場を使用するのでない限り、マコトは「男性」として登録していた。そうでないと、女性二人でダブルベッドという点や、マコトの男装趣味を不審に思われるからだ(ちなみに、マコトは普段から男装するが性自認は女だ。性同一性障害ではない)。
 今回は海だったので少し迷ったが、マコトに確認して今回も「男性」として登録した。宿泊客が俺達しかいないと分かったときにも、ちょっと嫌な感じがしたが、今回のようなパターンは予想外だった。完全に裏目だ。

 歯磨きなどの身支度のため、部屋に戻った俺達は、再び四人で相談した。さすがにこの状況をごまかすのは難しく、ある程度正直に話す以外の選択はなかった。

 ダイニングに戻ると、マコトが進み出て室内用サングラスを外し、「実は」と話し出した。ミリアに保険証を見せる。そこにははっきりと「女」と書いてあるはずだ。
 ミリアはとても困ったといった様子で、
「うーん、男女二名ずつと、先方にお伝えしていたのですが……ちょっとお待ち下さいね」
 そう言って奥に下がっていく。数分の手待ちの後、ミリアが奥から戻ってきた。
「大変申し訳ないのですが、今回はどうしても先方の意向が強く、男女二人ずつということでお願いしたいということです」
 実に申し訳なさそうな表情で、ミリアは告げた。そして言う。
「申し訳ないのですが、男性用水着を着用して頂けませんか。幸いこの海岸は、他の方が来られることはない場所ですので」
 さすがのマコトも、困惑の表情を浮かべる。
「うーん、だけど、さすがにそれは……あ?」

 異変が生じた。

 マコトの頭上にある、白のカーネーションが、光った。電球のようなオレンジ色を発する。
 次の瞬間、
「あっ、ああああっ」
 マコトが変な声を上げて、しゃがみ込んだ。あまりに突然のことに、俺達はあっけにとられる。
「あっ、だめ、だめだっ、何か、何かっ!」
 意味の分からないマコトの声は、震えて、湿っている。そのまましゃがんでいられず、腰がビクン、と跳ね、膝立ちになる。
「あっ! ひっ! ダメだ、あはあああああっ!」
 ひときわ大きな声を上げて、マコトの身体が痙攣する。その声は――昨夜千晶から聞いた「そういう声」と、とても似た声だった。



 マコトの頭上の発光が終わり、静けさが戻る。ぽかん、とする俺達三人を余所に、ミリアはマコトに近寄り、手を差し出す。脱力した様子のマコトはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「お願いできますか?」
 ミリアが再び申し訳なさそうに、マコトに問う。マコトは再び考え込んだ。顔が上気しているが、目は正気を取り戻している。今度は悩んだというより、どう説明しよう、という雰囲気に見えた。そして、
「四人だけだしなあ……分かりました、受けます。これは僕の非でもあるので」
 マコトは、はっきりとそう言った。
 マジかよ。



 俺とマコトは、ミリアから渡された水着を着用するため、それぞれの部屋に戻る。一方、千晶と叶は別の奥の間に通されていた。女性用水着については二人に選択権があるようだ。
 俺に渡されたのは、オレンジのトランクスだ。一見何の変哲もないが、手触りが随分すべすべしている。水の抵抗が少なさそうだ。一旦裸になり、トランクスを着ける。股間がいつも以上に――これは明らかに生地のせいではない――スースーするが、それ以外には問題ない。サポーターも不要だ。
 ただ、トランクスを穿くときに尿意が襲い、俺は再びトイレに入った。今日は明らかにトイレが近い。理由は想像がつく。男女には尿道の長さに差があるのだ。それは、俺のそこにあるものが女性器であることを再び確信させた。そしてその確信と共に、――「男としての不安」が、少し頭をもたげた。
 だが、その不安は今は気にしないことにした。今から海をみんなで楽しもうというのに、こんなことで頭を悩ませているのは違う気がしたのだ。せっかく旅行に来たのだから、それを楽しむことを考える方が大事だ、と思う。
 俺は気を取り直して、立ち上がった。

 部屋に戻り、化粧台の前に立つ。そのサイズから全身を映すことはできないが、外見上は、頭上の花を除いては何も違和感はないようだ。少なくとも、直接触られない限りは股間の異変には気づかれないだろう。
 俺はそこで、やっとマコトのことを思い出す。
 さっき、崩れ落ちたのは、何だったのだろう。頭の花が光っていたから、アトラクションの一環なのだろうとは思う。ただ、何が起こったのか、分からなかった――いや違う。何か、想像してはいけないことがマコトに起こったような気がした。

 マコトは大丈夫かな、と思いながら、俺は水着のトランクスのまま、スマホを手にダイニングに戻った。

 俺がダイニングに戻ってすぐ、千晶と叶が奥の部屋から出てきた。
「おう……」
 思わず見とれる。
 千晶は、レースがあしらわれた白のタンキニを着用していた。千晶の大人しく清楚な様子にぴったり合った、少し広めのタンクトップとビキニパンツを、レースが飾り立ててとてもかわいらしく仕上がっている。髪は海岸仕様だろう、一つにまとめて大きな三つ編みにしていた。うん、麦わら帽子をかぶれば完璧だな。と思ったら、ミリアが奥から持ってきた。ナイス。でも、頭の花が潰れそうだけどいいのか?
 一方の叶は、ボーダー柄のワンピース水着だ。上半身はキャミソールのような形状をしていて、大きい胸の谷間が覗いている。そして、背中がかなり開いているようだ。お嬢様と、年頃の女性という二つの属性を上手く引き立たせている。こちらはいつも下ろしている髪を縛って、ポニーテールにしていた。
「皆様、お似合いですよ」
 にっこりと笑うミリア。全く同感だ。……そしてうなずくのと同時に、二人の股間を一瞬チェックする。そこに不自然な膨らみの気配は微塵もなく、「俺と逆の変化」が起きている様子はなかった。と思うと同時に、ぎしっ、と木がきしむ音がした。振り向いた。――振り向いてしまった。
「――っ!」
 回り階段の途中に、マコトが立っていた。

 マコトが着けているのは、紺の競泳水着だった。サイズとしては小さめの、……男物のスパッツ型だ。そして顔には、ワンレンズ型のサングラスをかけており、足下にはビーチサンダルを引っかけている――それ以外には何もつけていない。隠していない。左手を手すりにかけたマコトは、まるで全てを見せつけるかのように立っていた。マコトの全身がはっきりと、俺の目に飛び込んだ。
 マコトは長身で、細身だ。腹筋も鍛えられており、腰のくびれもしっかりしている。それでいて、ケツはあまり大きくはない。股間にはやはり何もなく、その部分は少しぶかぶかしている。そして、おっぱいは決して大きくない――が、どんなに大きくないといっても、マコトの身体は疑う余地なく女だった。乳輪は男のものより一回り大きく、乳首も男には決してあり得ない――女のものの大きさだ。そして、おっぱいは、A……ではないな、ギリギリBカップだ、と俺の脳が勝手に計測してしまう。

 その様子は、格好良く、神々しく、そして――恐ろしく刺激的だった。俺の身体が熱くなる。今の俺の股間にチンコがあれば、間違いなく反応しただろう。今はなくて良かった、と本気で思った。

「大丈夫か、マコト」
 俺は意識的にマコトを目の端で捉え、声をかける。
 俺に近づいたマコトは、どん、と俺の肩をついた。
「っ!」
「そこは、男らしいな、って言うところだ」
 声は笑うように努めている。しかし、声色はマコトの本音をにじませていた。俺の肩を叩く力加減も間違えているし、何より耳が真っ赤だ。それは、先ほどの妖しい上気や、あるいは昨晩のアルコールによるものとすら比較にならないほどに。
 明らかに、強がりだった。さっき階段で立ち止まったのも、俺達に見せつけるためではない。恥ずかしがっていた、というより怖じ気づいていたのだ。間違いなく。
 叶もそれに気づき、鞄を急いでひっくり返す。長めのタオルを取り出して、マコトに近づいた。マコトの肩にそれをかけ、乳首は見えなくなった。マコトは「別にいいのに」とまだ強がっているが、即座に緊張が緩み、声から力が抜けていた。



「皆様に、これもお貸し出しします」
 そう言ってミリアが最後に持って来たのは、身体に巻くスマホ入れだった。俺達はスマホを持ち歩かなければいけないから、確かにあった方が良い。
 千晶、マコト、叶に渡されたそれは、太ももに巻くタイプだ。全員が右太ももに巻き、ケース部分にスマホを入れる。俺に渡されたのはなぜか腰に巻くタイプだったが、別に気にすることでもないのでそのままつける。
「なお、そのスマートフォン収納ケースには一定の防塵機能はありますが、防水性能は身体に付着した水分から守る程度しかありませんので、海に少しでも入られるときは必ずお外し下さいね」
 ミリアから注意が入った。スマホ入れはマジックテープタイプだったので、着脱は楽だ。
「防水といえば、頭上の花については海水につけても大丈夫ですのでご安心下さい。また、麦わら帽子程度のものでなら、潰しても問題ありません」
 頭上は気にしなくていいらしい。

「それでは、行ってらっしゃいませ」
 そう告げて、ミリアは右手を顔の横で振った。

 
 


 

 

戻る