つい・すと

〜Twin Story〜


 

 



「昔話」には、性描写及びMC要素はありませんので、ご了承下さい。
 お読みいただかなくても本編には差し支えありません。


昔話1 俺とマコト


 出会った頃、俺――柳田 俊一(やなぎだ・しゅんいち)にとってマコト――平林 真琴(ひらばやし・まこと)は、千晶――河野 千晶(こうの・ちあき)と並んで、公園で毎日のように遊ぶ親友だった。しかし、当時からとても大人しかった千晶と対照的に、マコトはとても活発なヤツで、砂場よりもグラウンドが、お人形よりもサッカーボールがよく似合っていた。そんなわけで、俺はマコトが女だとは知らなかった。頭はスポーツ刈りだったし、マコトは幼稚園に通っていなかったせいで、いつもTシャツに短パンという格好だったから、無理もない。三人揃って小学校に入学した時、やっと俺はマコトが女であることを知ったのだ。
 余談だが、俺はそのせいで、むしろ「男と女」というものを理解するのが遅れた。自分と同類と思っていたマコトが「自分と違うグループ」に入ったせいで、男女のグループが「(子どものうちは)何となく分かれているだけ」のものになってしまったのだ。俺が男女の違いを理解したのは、小三になって初めて性教育を受けてからだったりする。今だから思うが、性教育って大事だ。

 そのせいなのかどうかは分からないが、俺は同級生の年相応の冷やかしにも全くめげず、いつも休み時間に千晶やマコトと遊んでいた。小四になると三人の輪の中に叶――渡辺 叶(わたなべ・かなえ)が加わったが、関係は全く変わらない。あるときは千晶のままごとに付き合い、あるときはマコトや他の友達とグラウンドを走り回り、またあるときは叶の家に行って遊び(叶については千晶を介して遊ぶことが多かった)、とまあそんな感じだった。
 今になって考えればハーレムみたいだが、当時の俺はそんなことに気づくはずもなく、その環境が当たり前だと思っていた。それに、そのハーレムは、今になってみれば「普通のハーレム」じゃなかった。



 四人の関係が少しずつ変わりだしたのは、小四のプールの時間だった。
 夏休みのある日、スクール水着を着た千晶の胸元が、ほんの少しだけ、盛り上がっていることに気づいた。
「千晶、おまえ胸膨らんでる?」
 今考えれば恐ろしいくらい無神経な発言だけれど、その事実に気づいた俺が発した言葉がこれだ。千晶は恥ずかしそうにうなずいてくれたが、隣にいた叶に烈火の如く怒られた。というか、殴られた。
 その叶も、プール納めの頃になると上半身に千晶と同じ兆候を示していた。当然だが、今度は何も言わなかった。

 ところがマコトは違った。マコトは胸は真っ平らのままだったのだが、夏休み前頃から、身長が急に伸び始めたのだ。
 一般的には、女は男より成長期に入るのが早い。俺も当時は男子の中で背が高い方だったが、その俺にマコトはあっという間に追いつき、追い越していった。
 身長が俺と並んだとき、マコトはこう言った。
「わたしは、シュンの仲間だね」
 その発言は四人でいたときに出たのだけれど、これを言われたとき、俺は理由の分からない優越感に浸ったのを覚えている。

 当時は全く無自覚だったが、今から考えれば、その時には俺はもう、マコトに惹かれていたのだろう。――マコトは、俺の初恋の相手だった。

 マコトはいつでも大体男らしかったが、背が伸びてくるのと前後して、ちょっとした仕草や格好が「女らしい」と感じることもたまに出てくるようになった。そんな中、小六になって、ついにマコトの胸に、小さな膨らみが現れた。それに気づいたのも、プールの時間だった。
 まだ膨らみの範囲も狭く、頂点も浮き上がっていない。しかし、その膨らみに気づいた俺は、激しい滾りを覚えた。その感覚は、既に「おっぱい」を形成しつつあった千晶や叶のそれを見ているときのものとは全く違った。
「どうしたんだ、シュン」
「いや」
 そう言った俺はマコトから目を逸らしたが、目が勝手にマコトの胸を追うことを止められなかった。そしてその日の夜、俺は精通を迎え、初恋を自覚する。

 ただ、俺はヘタレだったのか、なかなか告白する気にはならなかった。マコトは、俺が誘えば(もちろん、マコトからも誘ってくる)いつでも遊べる間柄だったから、わざわざ関係をこじらせたくなかったんだと思う。結局、小学生の間、俺は体育の時間(ちなみに男女ともスパッツだった)や、放課後の遊び時間にマコトの肢体を観賞するだけで満足していたのだった。――何より放課後はマコトの側で、マコトの匂いを感じることができたのがヤバかった。どんなに男っぽい態度でも、匂いは女だったから。

 俺が告白したのは、中学校に進学してからだ。四人組のうち、叶が小学校卒業と同時に引っ越してしまったことがきっかけだった。マコトとの関係が永遠に続くとは限らないと焦った俺は、マコトに告白しなければいけないと思い直した。

 そう決めてから告白までの数日間は、俺が人生で最も緊張した時間だと思う。告白のシチュエーション、告白の言葉、服装。一つ一つを考えていくのは、怖くもあり楽しくもあった。中学校に入ってから俺の背も急成長を始め、まだマコトに追いついてはいなかったが、そのうち追い抜くという確信はあった。
 ゴールデン・ウィークに入る前日、俺は校舎裏にマコトを呼び出し、頭を下げた。

「俺と付き合ってくれ!」

 結局奇をてらわず、制服姿でまっすぐにぶつかった。いろいろ考えたはいいけれど、小細工は不要というのが結論だった。そして、当時のマコトは今にして思えば最も「女らしい」時期で、端から見ても変な方向に冷やかされることがない程度には、「男から女へ」の告白だった。
 多分、無意識ながら自信があったんだと思う。その証拠に、「ちょっとだけ考えさせてくれ」というマコトの返事に、全く失望を感じなかった。当時、マコトと最も長い(期間も、時間も)付き合いだった男は間違いなく俺だった。「断られたらどうしよう」という不安の向こうに、「断られるはずがない」という自信――いや、過信があったのだろう。

 ゴールデン・ウィーク明け、俺は同じ校舎裏に呼び出された。そして、マコトに頭を下げられた。当時は黒髪のショートだったマコトの髪が揺れたのが、妙に印象的だった。

「ごめん。――わたしは、女の子しか愛せないんだ」

 そこから先のことは、全く覚えていない。



 最初は、俺の告白を断るためのウソなのではないかと思った。しかし一か月後、マコトが一つ先輩の女の子と付き合い始めた、という話を千晶経由で聞き、マコトの言葉がウソではなかったことを初めて理解した。

 自信を持って言えるが、同性愛についての差別感情は一つも沸かなかった。理由はよく分からないが、俺が子どもの頃、性別というものについてなかなか理解できなかったことが原因だったのかもしれない。俺が感じていたのは、純粋に「俺がマコトに愛されることはない」という決定的な絶望感と、「マコトは嘘つきじゃなかった」という奇妙な安堵感だった。
 ただ当然のことながら、俺とマコトはしばらく疎遠になってしまった。俺には未練が残っていたし、マコトも気まずかったのだろう。千晶が気を遣って俺を構ってくれたことが救いだった。その頃には俺にも新しい男友達が増えていたが、千晶は俺から離れなかったし、俺もそうだった。叶とマコトを失った俺にとって、千晶は小学校からの貴重な幼なじみだったから。

 俺がマコトへの未練を吹っ切ったのは、実に一年後だった。俺の家にパソコンが入り、同性愛について調べてみたのだ。
 たどり着いたページを必死に読みあさったが、その中にあった同性愛者の言葉に、確かこんなのがあった。

「同性愛者を好きになってしまった異性愛者の皆さん。もしかしたら、何とか相手に振り向いてもらえないかと思っているかもしれません。しかし、決して無理強いしないで下さい。同性愛は病気ではありません。
 同性愛がどういうものか感覚的に分からない人は、とても単純に、あなたが異性にされたいことを、同性にされたらどう思うか考えて下さい。
 あなたは、同性に身体を開けますか?」

 俺は一瞬、男に犯されることを想像してしまい、強い不快感を覚えた。それがきっかけだった。
 「この感覚をマコトに味わわせるなんてあり得ない」と思ったのだ。俺は相手の嫌がることをして、自分が満足できるほど自己中ではなかった。

 たまたま時を同じくして、マコトは俺達の元に帰ってきた。どうやら、相手の彼女に振られたらしかった。
 その日は委員会の日で部活がなかったので、俺は、マコトをサッカーに誘った。中学校のグラウンドで、下校時刻ギリギリまでグラウンドをかけずり回った。告白のことには一切触れなかったし、もう一度する気も無かった。代わりにかけた言葉は確か、
「残念だったな。でも、きっともっといい子が見つかるさ」
 ――だったっけか。
 今思うと危ない発言だった気もするけど、マコトはただ、黙ってうなずいて微笑んでいたから、結果的には良かったのだろう。
 結果として、俺ら三人の関係は元通りになった。マコトは、やっぱり俺の親友だった。

 ただ、同じ頃にマコトが急激に男にモテだしたのは、困りものだった。当時のマコトは既にクラスの女子の中で一番に背が高かった上、モデル体型だったので仕方ない面もあるのだが、直接のきっかけはその秋、女子柔道部の選手としてマコトが県大会で大活躍したことだ。

 これで、マコトが言い寄ってきた男共の誰かと付き合いだしたりしたら、俺とマコトとの関係は完全に黒歴史だったのだが、当時の俺はそうなるなんてことを考えもしなかった(ちなみに、当時の俺は「バイセクシュアル」について知らないわけではなかったが、理解がまだ乏しかった)し、実際にそうならなかった。なぜそう言い切れるかといえば、肝心のマコトが、誰に告白されてどう断ったか、逐一俺に報告してきたからだ。
 きっと、それはマコトの俺への義理立てだったんだと思う。俺も最初はその報告をどう聞いていいか分からなかったのだが、次第に俺の親友がこれだけモテる奴なんだ、なんていう意味の無い優越感を覚えていた。

 ただ、中三になってからの一時期、その報告が少しうっとうしくなったことがある。あの頃のマコトは、告白されたことを報告した後、決まってこう言ったのだ。

「で、シュンはちーといつ付き合うの?」



 若干の紆余曲折あって無事に俺が千晶とカップルとなり、俺達三人は高校に進学した。
 高校に上がると同時に、マコトの一人称が「わたし」から「僕」に変わり、髪型も、化粧も、私服のファッションもより中性的になっていた。その背格好と、低めの――あくまで「同世代の女としては」だが――良く通る声のせいで、初対面の相手からは、制服のスカートを穿いていてすら性別不明と思われること請け合いだった。性別不明といっても、「美男子か美女か」という感じの不明感だったせいで、男女双方から猛烈にモテたわけだが。
 ただ、そんな様子だったから、ほどなくマコトがレズ(中学生の頃はそういった表現をしなかったマコトだが、高校生になってしばらくしてからは俺達にそう自称するようになった)か性同一性障害であるという噂が公然のものとなっていた。前者は真実だが後者は間違い(マコトの「中身」――性自認は間違いなく女だ)なので、誤解を解こうと思ったマコトは、告白してきた男に対して律儀にカミングアウトをする、という解決策を見いだした(そしてマコトは、そのことを律儀に俺に報告してきた)。
 ……その解決策は的外れ、とは言わないまでも「それでいいのかよ」という気がとてもしたが、マコトはそれで良かったらしい。

 マコトの一連の行動がどういう心境の変化によるものなのか、俺には分からなかったし、案の定ながらそれに伴って問題もたびたび起きていたようだった。男からはもちろん、女からもだ。何せ、当時のマコトが打ち込んでいた柔道というものは同性とふれあうことが多いスポーツだから、あらぬ疑いをかけられたとしても、不思議ではない。
 だが、俺は千晶と相談して、それらについてあえて何もせず、見守ろうと決めた。もちろん見捨てたのではなく、普段通りに接することでマコトの心を守るということだ。これはそれなりに功を奏したようで、一時期辛そうにしていたマコトの表情は、あるころから日増しに明るくなっていった。

 俺が千晶と付き合い始めても、学校の内外を問わず、俺達三人で頻繁につるむのは変わらなかった。マコトからは、男のファッションや、マコトが分からない男の生態(例えば、男は女のどういう仕草が好きか、とか)についてよく聞かれるようになった。挙げ句の果てには「狙った女をどう落とすか」についてアドバイスを求められ、俺が四苦八苦しながら答えるようなことも多かった(俺は千晶しかオトしたことがない!)。そのうちマコトに目当ての女性が現れてからは、なぜか具体的な恋愛相談にも付き合っていた。

「何だよ、さっさと決めに行けよ。男らしくないな」
「僕は女だ、レズだけど。あと、男らしくないとかお前に言われたくねえ」
「うっ」
 とまあ、大体そんな感じのやりとりを頻繁にしていたわけだ。

 俺のアドバイスが功を奏したとは全く思えないが、結局マコトは学校外で彼女をゲットしたらしく、それからは三人でつるむ頻度は低くなった。それでも当然のように、俺達の関係は高校卒業まで続いたのだった。

 
 


 

 

戻る