転落へのスイッチ


 

 

第1話


プロローグ

〜それは、主人公の少女が知る由もない破綻の兆しだった〜






「……実は、主人が出張で今日からいないんですよ」
「あらあら、それは大変ねぇ」
「いえ、大変なのはあの人の方なんですけどね。なんでも名古屋で新規店舗のオープンがあるみたいで、そん立ち上げ準備からオープン後のヘルプで1ヶ月ほど」
「まあっ、1ヶ月も!?」

 玄関の方からおふくろの驚いたような声が聞こえる。
 おふくと話している、あの声は……。




「あら、こんにちは、隆夫(たかお)さん」

 ああ、羽村の奥さんか……。

 玄関口に降りた俺にペコリと頭を下げたのは、向かいの家の奥さんだった。

「あ……どうも」

 本当に美人だよな、この人。
 いつもニコニコと笑顔を絶やさない羽村の奥さんが少し眩しく見える。
 この人にはたしか高校生の娘がいるから、俺とそんなに年が違わないはずなのにえらく若々しい。
 どう見ても30代前半で通りそうなくらいだ。

 それに、かなりの美人だ。
 小ぶりで、顎に向かってきれいな三角形のラインを描くほっそりとした顔立ち。
 長い睫毛に、やや細めの、わずかに下がっている目尻と、いつも微笑んでいるような口許がいかにも優しそうな雰囲気を醸し出している。

「ないだい、おまえは昼間っからそんな格好でっ」
「いや、そんな格好って、うちのアパートだってあちこちガタがきてるし、電灯の交換とかの作業とかもあるからジャージの方が動きやすいんだよ」

 いつもジャージ姿でぶらぶらしてる俺をみて、おふくろが呆れた顔をする。
 たしかにあまり身なりを気にしない俺だが、この格好の方がなにかと動きやすいのも事実だ。

「おまえもいい歳なんだから、いつまでもそんな格好でふらふらしてるんじゃないよ」
「いや、別に遊んでるわけじゃないし」

 まったく、いつもながら口うるさいんだよな。
 もっとも、それは俺が"そういう風に"させてるんだが。
 ずっと前からと同じように、世話焼きでおしゃべりで息子の俺には口うるさい。
 そうでないとおふくろの人柄が急に変わったら怪しまれるじゃないか。

「そうですよアキ子さん、隆夫さんはいつもアパートの見回りとか掃除とかしてらっしゃるじゃないですか。この数のアパートを持っている家主さんが自分でお掃除なんてなかなかないですよ」

 そんなやりとりに、羽村の奥さんが俺を庇うように入ってくる。
 あ、アキ子っていうのはおふくろのことだ。

 うちの家はそこそこの地主だったらしく、この町内にかなりの土地がある。
 そこに、5年前に死んだ親父が建てたアパートが4棟と駐車場が2つあって、そこからの収入で暮らしている。
 まあ、幸いなことにアパートも駐車場もほぼ埋まっているのでそれなりに楽な生活はできてるというわけだ。
 で、俺の仕事はアパートの維持・管理と収入の管理だ。
 まあ、清掃や備品の点検、補充なんかも業者に頼んだ方が楽なんだが、ずっと俺が受け持っている。
 そうやって、自分で日頃の管理をこなしていたら、俺がアパートの周囲をうろついてても怪しまれなくなるしな。

「でもねぇ、この子ったらアパートの管理や経理に関することを全部パソコンでやるようになってしまってねぇ。あたしゃパソコンなんかできないからもうわけがわけがわかんなくて」

 そう、おふくろが愚痴をこぼす。
 どうやら、俺がアパートと駐車場の経営に関するデータを全部パソコンで管理しているのが不満らしい。 
 というか、親父が死ぬまでやってた昔ながらの帳簿なんかつけていられるか。
 そんなの全部パソコンに入れて管理するのなんか朝飯前だし、なによりその方が楽じゃないか。

「だから、アパートと駐車場のことは俺に任せて、おふくろはゆっくりと好きなことでもして過ごしてくれたらいいからさ」
「まあっ、いい息子さんじゃないですか」

 そう言って笑う羽村の奥さんの笑顔が眩しい。

「そうは言ってもねぇ、早く所帯を持ってくれたらあたしも気が楽なんだけどねぇ」

 と、これまたお決まりの愚痴が始まる。

 まあ、所帯を持ってないからって女がいないわけじゃないしな。
 それに結婚してない方が都合がいい場合ってのもあるし。

 とはいえ、こうなるとおふくろの話は長くなるからな。

「それじゃ俺はちょっとアパートの方を見てくるから。……失礼します、羽村さん」
「はい、それではまた」

 俺とおふくろの会話をニコニコしながら見ていた羽村の奥さんに会釈して家を出る。



 本当に人が良くて優しいってのを地で行ってる人だよな。
 それにとびきりの美人だし。
 ……ん? そういやさっき旦那が出張で1ヶ月いないって言ってたよな?
 これは……チャンスかもしれないぞ。
 たまにはそういうのも面白そうだしな。

 ふと思いついたアイデアに、俺はほくそ笑みながら歩きはじめた。














本編






「お母さん、ただいま〜! ……あれ? お客さん?」

 その日、私が学校から帰ってくると玄関に見慣れない靴があった。
 大きめの、白いスニーカー。
 この大きさはどう見ても男の人の靴だ。
 父さんはお仕事で今は名古屋に行ってるはずだから、もちろん違う人のだ……。

「あら、お帰りなさい、奈菜(なな)」
「ただいま。……あ、こんにちは」

 リビングで母さんと話していたのは、お向かいの秋本さんだった。

「こんにちは、奈菜ちゃん」
「今ね、町内会のことで秋本さんとお話してたのよ」
「そうなんだ」

 母さんがそう説明するけど、町内会のことなら、いつもなら秋本のおばちゃんが来るのに……。

 秋本のおばちゃんは、まあ、私から見たらおばあちゃんくらいの歳なんだけどすごく優しくて、ちょっとおしゃべりが好きすぎなところがあるけれど、ホントのおばあちゃんみたいで私は大好きだ。
 おばちゃんは町内会の世話役もしてるからそういうときはおばちゃんが来るんだけど。
 秋本さんのことは、おばちゃんの息子さんで、よくご近所を掃除してることくらいしか知らない。
 それは、お向かいさんだし会えば挨拶はするけど、話をしたこともほとんどないしどういう人なのかはよくわからない。
 まあ、父さんや母さんが秋本さんのことを悪く言ってるのを聞いたことがないからいい人なんだろうけど。

「それでね、今度の夏祭りでの町内会の出し物のことで奈菜の意見を聞いてみようかなって思って」

 なに? いきなり?
 町内会がお祭りでやるのって、たいてい小さい子供向けのものばっかじゃん。
 私のこといくつだと思ってんのよ?
 いつまでも子供扱いしないでよね。

 そう思って適当に聞き流そうとしていたら、母さんの口から予想外の言葉が出てきた。

「実はね、占いの館でもやろうかなって思ってるの」
「……占いの館?」
「うん。奈菜くらいの年頃の女の子って占い好きでしょ」

 それは……たしかにスマホに占いアプリ入れてたりするし、そういうのには興味あるけど……。

「ていうか、占いの館って、そもそも占いなんか誰ができるのよ?」
「それがね、秋本さんが占い得意なのよ」
「……へ?」
「奈菜ったら、なんて顔してるの?」
「いや、だって……」

 いや、ないない。それはないでしょ。
 言っちゃ悪いけど、こんなジャージ姿の中年のおじさんに占ってもらっても有り難みないし。
 いや、さすがにお祭りの時にジャージってことはないだろうけど、ホントにごく普通のおじさんだし。

「ああ、奈菜ったら本当にできるのか疑ってるのね。じゃあ、今ここで占ってもらったら?」
「えっ?」
「実は私もさっき秋本さんに占ってもらったのよ」
「そ、そうなの……?」
「ええ。だからそこに座って」

 そう言って、母さんが私を秋本さんの向かいに座らせる。
 すると秋本さんが、握っていた大きなライターの蓋をカチャンと開けた。

「それじゃあ奈菜ちゃん、この炎を見て」

 シュボッと音を立てて火をつけると、ライターを私の目の前に突き出して秋本さんが言った。

「えっ? これが占いなの?」

 占いって、カードみたいなのとか水晶玉とか使ってやるものじゃないの?

「ああ、これが僕の占いのやり方なんだよ。こうやって、相手にライターの炎を見つめてもらうと、その相手の悩んでることとか、将来のことがぼんやりと見えてくるんだよ」

 なにそれ?
 そんな占い聞いたことがないし。

「でも、ライターってなんか占いの雰囲気と合わないし……」
「ああ、別にこのくらいの大きさの炎だったらなんでもいいんだよ。本番だとロウソクを使った方がそれっぽくなるかもね」
「いや、そういう問題でもないような」
「まあ、いいから騙されたと思って試してみてよ」
「え……ええ……?」
「それじゃ炎を見つめて肩の力を抜いて。この占いは、リラックスして楽にしててもらわないと相手のことが見えにくいからね」

 そういうものなの?

「うん、まだ少し体に力が入ってるね。ちょっと深呼吸してみようか。さあ、大きく息を吸って……吐いて……そうそう、すぅーはぁー、すぅーはぁー。ほら、楽な気持ちでこの炎をじっと見つめて」
「すぅーはぁー、すぅーはぁ、すぅーはぁー、すぅーはぁー」

 秋本さんに言われるまま、炎を見つめて深呼吸を繰り返す。
 そうしていると、自然と体の力抜けていくような気がした。

「じっと炎を見て。ほら、ゆらゆら揺れているだろう?」
「……うん」
「じゃあ、じっと見つめたままで、ゆーらゆーら……」

 秋本さんがライターをゆっくりと左右に動かす。
 私が左右に揺れる炎をじっと見つめると、自然に頭も左右に揺れる。
 なんだか頭が揺れてふらっとするような感じ。

「ゆーらゆーら……この炎を見つめてるとすごく気持ちが楽になってくるよ。ほら、ゆーらゆーら……」

 じっと炎を見つめたままの私の耳を、秋本さんの言葉が通り過ぎていく。
 でも、ゆっくり揺れる炎を見ていると本当に気持ちが楽になってくる。

「ゆーらゆーら、暖かそうなオレンジ色の炎が揺れているね。こうして見つめてると、体がポカポカしてきて、なんだか気持ちよくなってくるよ」

 ……本当だ。
 ゆらゆら揺れる炎がすごくあったかそうで、見てると体がポカポカしてくるみたい……。

「ほーら、どんどん気持ちよくなってくるよ」

 ……うん、気持ちいい。
 まるでお風呂に入ってるみたいにポカポカして、すごく気持ちいい。

 すると、耳許で母さんの囁くような声が聞こえた。

「ね、すごく気持ちいいでしょ、奈菜」
「うん、気持ちいい……」
「秋本さんの言うことを聞いていたらもっと気持ちよくなれるのよ」

 ……秋本さんの言うことを聞いていると……もっと気持ちよくなれる。

「奈菜ちゃんはもっと気持ちよくなりたいかい?」
「なりたいわよね、奈菜?」
「……うん」

 母さんと秋本さんの声にぼんやりと頷く。
 なんだかふたりの声が遠くから聞こえるみたい。

「おや? 奈菜ちゃんはまぶたが重くなってきたのかな?」

 ……まぶたが?
 うん……なんか重たいかも。

 そう思った私は、素直に頷く。

「……うん」
「じゃあ、目を瞑ってしまおうか。大丈夫、炎が見えなくなってもこの声だけ聞こえていたら気持ちよくなれるから」

 目を瞑っても……この声が聞こえていたら気持ちよくなれる……。

「……うん」

 その声に導かれるように私は目を閉じる。

「ほら、目を閉じても体がポカポカして気持ちいいよね?」
「……うん」

 本当に……目を閉じても気持ちいい……。

「それに、目を閉じた方が気持ちよくないかい? ほら、暖かいのに包まれて、ゆらゆら浮かんでいるみたいに」

 ……うん、あったかいプールに浮かんでいるような……ううん、なんだか自分が暖かい雲みたいなものになって浮かんでるみたい。

「……うん、ポカポカして、ふわふわして……すごく気持ちいい」
「うん、じゃあ、今度はゆっくりと下に降りていくよ。大丈夫、ゆっくり、ふわふわと降りていくからね。それに、そこから深い深いところに降りていったらもっと気持ちよくなれるから」
「……うん」
「ほーら、ふわーりふわり、ゆっくりと深いところに降りていくよ。どう? 気持ちいいかい?」
「うん……気持ちいい……」
「じゃあ、もっと降りていこうか、ふわーりふわり」

 ……降りていく。
 私が、深くて気持ちいいところにゆっくりと降りていく。

「ほーら、どんどん深いところに降りていって、だんだん他のことが考えられなくなっていくよ。でも大丈夫。この声だけ聞いていたら大丈夫だから。奈菜ちゃんを気持ちよくしてくれるこの声だけ聞いていたらいいんだから」

 この声だけ聞いていたら大丈夫……。
 なにも考えなくても、私を気持ちよくしてくれるこの声だけ聞いていたら大丈夫……。

「それじゃあ、もっと深いところに降りていくよ。ふわーりふわり」

 降りていく……どんどん深いところに……。

 もう、なにも考えられない。
 ただ、この声の言うことを聞くだけ。
 深い……深いところで……。





*  *  *






 ……あれ? ……私?
 たしか……秋本さんに占いをしてもらっていて……?
 いつの間に寝ちゃったんだろう?

「……えええっ!? お母さん!?」

 目を開けると、視界に飛び込んできたのは秋本さんに抱きついている母さんの姿だった。

「あぁん……はあぁ……隆夫さまぁ……」
「ちょっと! お母さんなにしてるのっ!?」

 秋本さんの膝に乗っかって、腰をくねくねさせて抱きついている母さんに向かって思わず大きな声を上げた。
 だって、母さんの服ははだけておっぱいが丸見えになってる格好なんだもの。

「なにって……隆夫様にご褒美をいただくのよ」
「隆夫様って、どういうことなのよ!?」
「どういうこともなにも、隆夫様は私のご主人様なんだから」
「なに言ってるのよ!? ちょっと! ねえ、お母さんったら!」

 私が大声で訊いても、もう母さんはそれが聞こえないみたいに秋本さんをじっと見つめていた。

「隆夫さまぁ……私、ちゃんとできていましたかぁ?」
「うん、いい演技だったよ。おかげで奈菜ちゃんもすっかり騙されてくれたしね」
「ああ、ありがとうございます。……ちゅむ、んちゅ」
「ちょっと……お母さん……」

 母さんが秋本さんの頭を抱え込むようにして、その唇に吸いつく。

「……んっ、んむっ。……はうっ! ああぁん、隆夫さまぁ……私のおっぱい、もっと揉んでください」

 秋本さんが母さんのおっぱいを掴むと、今まで聞いたことのない声をあげて体をよじる。
 そして、潤んだ瞳で嬉しそうに信じられないことをねだる。
 なにがどうなってるのか、もうわけがわからない。

「ふぁあああっ! ああっ! いいですっ、隆夫さまぁっ! どうぞっ、もっとおっぱい吸ってくださいませぇっ!」

 秋本さんに片方のおっぱいを揉まれ、もう片方のおっぱいに吸いつかれて、母さんはむしろ喜んでいるみたいだった。
 それに、なんて言うか……すごくいやらしい表情と声……。
 そこには、私の知らない母さんがいた。

「いったいどうなってるのよ……」

 呆然と呟いた私に返ってきたのは秋本さんの声だった。

「残念だったねぇ、奈菜ちゃん。サトミはもう僕のものになってるんだよ」
「はい、隆夫さまぁ……」

 馴れ馴れしく呼び捨てにしてるのに、母さんはむしろ嬉しそうにしている。
 ていうか……!

「母さんがあなたのものになったってどういうことなのよっ!?」
「まあそれは……ちょっと催眠術を使って僕の奴隷にしたんだよ」
「催眠術って……そんなことがあるはず……」
「それがあるんだよねぇ。一昨日ここにおじゃまして、その時からもうサトミは僕の虜さ」
「そんな!? 一昨日からって……そんな素振りなかったのに」
「それは奈菜ちゃんにばれないよういつも通りにしてろって命令してたからね。本当にいい仕事してくれたよ、サトミは。さっき奈菜ちゃんに催眠術をかけるときも、そうなるようにうまく仕向けてくれたしね」
「私に催眠術を? ……あっ! さっきの!」

 あれは占いなんかじゃなくて催眠術だったんだ!
 そんな……それじゃ私も母さんみたいにされちゃうの?

 ヤバい……ここにいたら絶対にまずいことになる。

 私の直感が、さっきから頭の中でそう警告している。
 すぐにここから離れなきゃダメだって。

 そ、そうだ……外に逃げて助けを求めないと。
 誰でもいいからとにかく助けを呼んで、それで母さんをもとに戻してもらわないと!

 ダッシュで部屋から出ると、玄関に向かって走る。

 それなのに……。

「ええっ! なんでっ!?」

 玄関の手前で体が勝手に回れ右すると、そのまま階段を駆け上がっていた。
 そして、気がつくと自分の部屋の中に入っていた。

「そんな、どうして!? 私、外に出て助けを呼ぼうとしたのに……」

 なんでここに来たのかわけがわからなくてその場に立ちすくむ。
 その時、後ろから声が聞こえた。

「カバンを忘れてるよ、奈菜ちゃん」
「いやっ!?」

 振り向くと、私のカバンを持った秋本さんが立っていた。

「いやっ! こっちこないで!」
「そんな邪険にされると傷つくなぁ」

 そう言って、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

「どうして自分の部屋に来たのかわけがわからないよね、奈菜ちゃん」
「……はっ! これもあんたのせいなの!?」
「そうだよ。さっき催眠術をかけたときに、奈菜ちゃんにいくつもスイッチを仕掛けたんだ」
「スイッチですって!?」
「そう。僕がスイッチを仕掛けておいた行動を奈菜ちゃんがとろうとしたら、それに応じて奈菜ちゃんの意図とは別な行動をとるようになる、そんなスイッチさ。今のは、奈菜ちゃんが助けを呼ぶつもりで外に出ようとしたら、自分の部屋に行くように仕掛けておいたスイッチが発動したんだ」
「そんなことって……!?」
「でも、実際に奈菜ちゃんは外に助けを呼ぼうとしたのに、こうしてここに来てしまったんでしょ?」
「う……そ、それは……」
「だから、僕が奈菜ちゃんにたくさんスイッチを仕掛けたっていうのは本当のことなんだよ」

 そう言って、秋本さんはニヤニヤ笑っている。
 いや、こんなやつに"さん"付けする必要なんかないわ。
 だって、こいつは……。

「そ、それで私をどうするつもりなのよ? 私も母さんみたいにしようっていうの?」

 そうよ。
 こいつは母さんをあんな風にした張本人なんだから!

「まあ、すぐにはしないよ。なにしろそのためのスイッチだからね」
「どういうことなのよ?」

 ニタッと気持ちの悪い笑みを浮かべた秋本の返事。
 だけど、その意味がわからなくて問い返す。

「せっかくだから、スイッチに引っかかって戸惑う奈菜ちゃんをじっくりと楽しみたいのさ」
「なっ……!」

 秋本の口から出た、あまりに悪趣味な回答に言葉を失う。

「一気に僕のものにするつもりなら最初からそうしてるよ、サトミのようにね。だけど、ふたり続けてそれも面白くないから、奈菜ちゃんは僕のものになるまでじっくり遊ばせてもらうよ」
「最っ低! あんた本当に最低だわ! 最低最悪のクズよ!」
「うんうん、そういう反応を見たくてわざわざこんな手間のかかることをしてるんだよ」

 私が罵っても、秋本はむしろヘラヘラと嬉しそうにしている。

「まあ、奈菜ちゃんは仕込んだスイッチで少しずつ僕のものにしていくつもりだから、せいぜい楽しませてよ。その間、僕はサトミの体で楽しんでおくから」
「そんなの絶対に許さないんだから! 早く母さんをもとに戻してよ!」
「許すもなにも、そんなこと言ってもそれじゃ僕はなにも楽しくないしねぇ……あっ、そうだ! じゃあ、僕と勝負しないか?」

 首を傾げてなにか考えていた秋本が、パチンと指を鳴らしながらそう言った。

「勝負ですって?」
「そうだよ。うん……そうだな、今日を入れて10日間だ。その間に奈菜ちゃんが僕のものになったら奈菜ちゃんの負け。僕のものにならなかったら奈菜ちゃんの勝ちでどうだい? で、奈菜ちゃんが勝ったらサトミは返してあげるよ」
「10日間ですって……」
「そう。奈菜ちゃんにはいろんなスイッチを仕掛けてあるからね。どんな形でもいいよ。スイッチに引っかからないよう回避してもいいし、スイッチの裏をかいてもいい。あるいは、僕の仕掛けたスイッチに耐えきってでもいい、どんな形でも10日後に奈菜ちゃんが僕のものになっていなかったら奈菜ちゃんの勝ちだよ」
「でも、どんなスイッチが仕掛けてあるかは私にはわからないんでしょ」
「それはそうだよ。どんなスイッチが仕掛けてあるのか考えて推測するのも勝負のうちなんだから。ま、ヒントをひとつ挙げると、さっき奈菜ちゃんがかかったスイッチから予想できるものがあるってことかな。で、どうするの?」
「その勝負に私が勝たないと母さんは返してもらえないんでしょ?」
「そうだよ」
「だったらその勝負受けるしかないじゃないの。絶対に私はあんたのものになんかならない。この勝負に勝って母さんを取り返すんだから!」
「うん、その意気だよ。まあ、せいぜい知恵を絞って頑張るんだね」

 そう言うと、秋本は部屋から出ていった。

 
 


 

 

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