21時のお茶会


 

 

前編


「今日も亜麻音ちんの部屋で集合ってことで良かったよね? さっき、みんなにLINE回したよ」

 礼拝堂でのお祈りの時間が終わると、聖ジョセリン女学園・高等部の生徒たちは寮棟に戻り、各自の部屋で休憩する。班長の亜麻音の部屋のドアをノックもせずに開けるのは、いつも凛の仕業だ。

「凛、ノック。何回も言ってるでしょ。……それに、あなた、今日も私の部屋にするなんて、了解とってないじゃない」

 亜麻音は班長という役割のせいか、生まれつきの性格のせいか、同級生の凛をたしなめる口調がいつも、年下に接するような言い方になってしまう。凛の、小柄な体型と、ツインテールという高校1年生らしからぬ子供っぽい髪型のせいもあってか、亜麻音と凛が並ぶとまるで、姉妹のように見える。

「本当だったら今日は史香ちゃんの部屋を使う日なんだけど、フーミンの部屋、本がどっさり積まれてて、狭いでしょ? 英梨紗ちゃんのお部屋も、ベースとかアンプとか、ごちゃごちゃしてるし、野乃ちゃんのお部屋はシーツとかカーペットとか高そうで気兼ねするじゃん? 萌美ちゃんのお部屋は一昨日使ったし。それに……」

「それに?」

「亜麻音ちんのお部屋は、一番いい匂いするって、みんな言ってたじゃんっ」

 凛は亜麻音に全く遠慮する素振りも見せずに、亜麻音のベッドにダイブして、顔を突っ伏する。クンクンと匂いを嗅がれると、呆れていた亜麻音も少しだけ赤面した。

「いい匂いとか……、そういうことじゃ、ないでしょ……。あのね、私が言ってるのは、そういうことじゃないの。なんで、あなたの部屋はいつも順番から外れてるの? ってこと。たまには凛のお部屋を使わせなさいよ」

「えー、やだー。お茶会以外ならいつでも招待するけど、お茶会は断固拒否。………なんか、メスの匂いで汚される感じがするもん」

 凛があっさりと、酷いことをいうので、亜麻音はさらに顔を赤らめて、口をパクパクさせる。何と言っていいのか、言葉がみつからないほど、凛は屈託なく、自分だけ勝手を通そうとする。この天真爛漫さは、気遣い上手のリーダー、亜麻音にとっては羨ましいほどだった。

「コンコン。亜麻音ちゃん……。ティーセット持ってきたよ〜。あれ、凛ちゃん。また亜麻音ちゃんに怒られてるの〜?」

 開かれているドアから顔を出し、口でノックしてきたのは、お嬢様の野乃。フランス製の高級ティーセットを持ってお茶会の準備に来てくれた。野乃に向かって凛が、ペロッと小さく舌を出す。亜麻音は2人を見比べながら、ため息をついた。この後、21時ちょうどに、機械のような正確さで優等生の史香がやって来るはずだ。そして5分ほど遅れて、最近出来たばかりの彼氏とのメールの応酬を泣く泣く切り上げた萌美が来る。最後に、時間にルーズな英梨紗が、15分も遅れておきながら何食わぬ顔でやって来るはず。亜麻音の班のメンバー6人がお祈りの時間の後、消灯時間までにコッソリ開いているお茶会。21時のお茶会が始まるのだ。


 聖ジョセリンといえば地元では知らないものがいないほどの、お嬢様学校。良家の令嬢が通う、ミッション系。中高大一貫教育で長い歴史を誇っている。偏差値はそこそこだが、この地域の政財界との結びつきは強い。寄付金は潤沢に集まってくるが、歴史あるレンガ造りの校舎は古い。そして校則は、高校まではそこそこ厳しい。制服は可愛い。寮で生活している生徒たちはたいてい、お勉強もほどほどに、運動も趣味もほどほどに嗜みながら、大学デビューを夢見て学生生活を送っている。中学から一緒の級友が多いので、みんな幼馴染みと言ってもいいほど。気心が知れた寮生たちは、自由時間には友達同士、部屋に集まっておしゃべりをする。芸能人の話、自分の夢、恋愛トーク、趣味の話。この年代の女子たちには、話すことがそれこそ無限に存在するようだ。

 亜麻音の部屋に集まってお茶会を楽しんでいるのは、子供っぽい凛、お嬢様の野乃、本の虫の史香、ちょい不良の英梨紗、男の子に人気の萌美、そして班長の亜麻音という6人組。いつも夜にお茶会を開いている、お決まりのメンバーだ。野乃の高級ティーセットを使って、女らしい萌美が見事に紅茶を作る。他のメンバーもお菓子を持ち寄ったり、アロマを出してきたりして、みんなで一杯の紅茶にじっくりと時間をかけて楽しむ。部屋着でリラックスしておしゃべりをしたり、ニキビ予防やスキンケア用品を進めあったり、マニキュアを塗りあったりもする。

 史香はたいてい途中から、ベッドに体操座りをして、持ってきた本を読みだす。その史香に横から萌美が、いまお付き合いしている大河君の話をして、えんえんとノロケる。史香はウンウンと頷きながらも読書に集中しているのだが、この2人はこれでうまくいっている。

 おしゃべりに飽きると、(もともと飽きっぽい性格の)英梨紗は自室から持ってきたレディースコミックの、エッチなシーンを野乃に見せようとする。本気で嫌がる野乃の反応を面白がる英梨紗。抱いていたクッションを英梨紗の顔に押し付けて抗議する野乃。華奢なティーカップが倒されないように、亜麻音がさりげなくソーサーを遠ざける。

「ほら、この最近の人気作知ってる? 『BLホルは現実世界で男娼になった』っていうタイトルくらいは、聞いたことあるんじゃない?」

「やだー、英梨紗ちゃんBLとか。変態」

「読み聞かせてやるよ」

「亜麻音ちゃん、助けてー」

 みんなの様子を伺っていた凛が、時計を確認した後で、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「ね、みんな。……そろそろ……始めよっか?」

 優雅なティータイムを楽しんでいた亜麻音たちが、小さく唾を飲み込んで凛に注目する。

「あなた……。今日もまた、あれ、やるの?」

「もちろんっ。21時のお茶会のメインイベントと言ったら、サイミンでしょ?」

 凛の目が輝いている。亜麻音はいつも、凛がこんな目をしている時には嫌な予感を覚える。


 どうして、凛がお茶会で催眠術を試したいと言いだすと、個性豊かなこのメンバーたちみんな、しぶしぶでもみんな凛の言うことを聞いてあげるのだろう。亜麻音は、大人しくテーブルを囲んでいる自分自身にも若干の疑問を持たざるを得ない。凛が催眠術などという怪しげな特技に、のめりこみだしたのは高等部に上がった頃だっただろうか? はじめのうちは、握った拳が開けなくなるとか、人差し指同士が勝手にくっついていくとか、他愛もない、遊びのような暗示を少しだけ試すといった様子だった。お茶会メンバーみんなに試しても、かかるのは、純粋無垢で疑うことを知らないような野乃だけ。英梨紗は集中力が持続しないのか、すぐに閉じていた目を開けてしまったり、大真面目な顔で仰々しく暗示をかけようとする凛の口調に吹き出してしまったりしていた。亜麻音にいたっては、むくれる凛をなだめるために、腕が勝手に下がっていく「ふり」をしてあげたことすらあった。

 それでも凛の催眠術への興味は、ただの気まぐれではなかったようで、意外な凝り性を発揮する。優しい野乃につきあってもらって、本を読んで練習を続けていくうちに、コツでも掴み始めたようだった。萌美が凛の催眠誘導に誘われて、うっかり好きな人がいるということをバラしてしまったのは4か月前のこと。メンバー全員、萌美の恋の動向を聞くのが楽しみで、お茶会での凛の催眠術のレギュラー番組化を認めてしまった。

 萌美が顔を赤くして、ヤダヤダと顔を左右に振りながらも、マイクを持つような形にした手を突き出してインタビューをされると、本当のことを話してしまう。自分で彼氏の通っている高校やキスの様子などをバラしながら、恥ずかしさに身悶えしている萌美の様子は、可愛らしくて、ちょっとだけ「そそる」ものだった。

 かかるようになるまで時間がかかった英梨紗だったが、あるタイミングから、凛の催眠術に、アッサリと、そして恐ろしく深く、かかるようになった。集中力は持たないものの、根が単純なのか、トランスへの入り方のコツを掴むと、驚くほど簡単に、「ツルリッ」と音がするような様子で深い催眠状態に落ちる。「猫になるよ」と凛が言うと、まったくためらわずに手の甲を舐めて毛繕いを始める。頭を撫でに来た野乃の顔をペロッと舐める。野乃は恥ずかしそうに笑っていた。

 今、「入り方のコツ」という表現を使ったが、これは亜麻音の実感だ。催眠術を掛けられる側のコツという言い方はおかしな表現のようだが、亜麻音にとっては、これが、なんとなく一番しっくりくる感じがする。掛ける方にもコツがあるのだろうが、最初のうちは、催眠術は掛けられる方もトランス状態を迎え入れて、入っていく、という姿勢が必要なのかもしれない。そう言う亜麻音も、英梨紗の次に、催眠術にかかるようになっていた。「紅茶がお酒だよ」と言われて、冗談だと思って飲んでみたら、体がポッポと熱くなる。視点が定まらなくなって、まっすぐ立てなくなっていた。最後はボロボロ泣いて、凛の膝枕の上で寝てしまった。

 入り方のコツ。これが最後まで身につかなかったのは史香だった。あるいは彼女は、本音では催眠術に掛かりたくなかったのかもしれない。それでも夏頃には、ついに抵抗出来なくなっていた。凛がロウソクに火をつけて、テーブルの真ん中に置くと、ゆらゆら揺れる火を萌美と野乃と英梨紗と亜麻音で見つめてしまう。いつもこの、凛が点けたロウソクの火からは目が離せなくなっている。そして史香もいつの間にか、ロウソクの火に合わせて体をゆらゆらと左右に揺らすようになっていた。

 英梨紗にいたっては、凛が声を低くして話しかけたり、マッチを擦る瞬間から……。「これから催眠術をかけようかな」という、凛の素振りを見た瞬間から、もう目がトロンとして、身を凛に委ねるような体勢になってしまう。

 史香は催眠術に掛かっている間のことを、ほとんど覚えていないらしい。猫になって猫じゃらしを追いかけて飛び跳ねたり、犬になって筆箱を骨のように咥えて尻尾を振ったりしていた時のことを、目が覚めてから思い出せないようだ。インテリ美少女の彼女が幼稚園児になりきって、お遊戯を披露しているところを英梨紗の携帯で動画を撮られて、後から見せられた時には、耳まで赤くなって頭を抱えていた。

「催眠時の撮影厳禁」

 亜麻音が凛に飲ませた、お茶会でのルールは、そこから始まった。


「今日も、ちゃんとルールにのっとって、正しく催眠術で楽しみましょー」

 嬉しそうに宣言する凛。それでも彼女の眼はキラキラと輝いている。亜麻音は今日も、少し不穏な空気を感じずにはいられない。

「凛、今日もやんの? ……いいけど、ちょっと面倒くさいんだよな〜。催眠」

 姉御肌で、ちょい不良の英梨紗は、あまりにも凛の暗示で玩具にされ過ぎて、最近、催眠術を敬遠するようになってきている。それでも、凛がするすると近づいてくると、もう目が飛んでしまっている。まるで罠に捕らえられて神妙な顔つきになっている小動物のようだった。

「英梨紗ちゃん、お目々を閉じて……。私が3秒数えると、あなたは目を開けます。そしてあなたが目にする人、全員に、あなたは恋をします。惚れっぽい英梨紗ちゃんは、みんなのことを心から愛してしまうの。ほら、3、2、1」

 背の高い英梨紗の頭を、背伸びをするようにして両手で包み込んだ凛が、3つ数えて両肩をポンっと叩く。目を開いた英梨紗は凛を見て、両目をウルウルさせながらはにかんだ。

「催眠術、嫌なら、英梨紗ちゃん自分のお部屋に帰る?」

「……」

 英梨紗はモジモジと体をよじりながら、首を激しく左右に振る。ウェーブのかかった綺麗な髪が、ファサファサと、真っ赤な頬にかかった。

「うふふっ。英梨紗ちゃん、いっつも、恋すると、ちょー乙女だよね。可愛い」

 野乃が嬉しそうに顔を緩める。可愛いと言ってくれた野乃をチラ見して、英梨紗が切なそうに胸を押さえた。顔を背けたふりをしながら、そのあとも野乃をチラチラと見る。気になって仕方がないようだ。

「相変わらず、瞬殺だよね……英梨紗」

 史香が小さくため息をつく。いつもなら反論する勝気な英梨紗だが、今は何か言おうとして史香を見るも、史香からの眼鏡越しのウインクを食らって、両手で顔を覆ってしまう。史香のちょっかいに腹を立てたのか、野乃が英梨紗の横に行って、手をつなぐ。英梨紗は幸せそうに両目を閉じて、頬を野乃の肩に沿わせて頭を委ねた。

「凛、もうあんまり、英梨紗で遊ぶの、やめてあげ……」

 亜麻音がたしなめようとしたその時、シュッとマッチを擦る音が聞こえた。本能的に、火を見つめる亜麻音。気がつくと、マッチの火がテーブルのロウソクに移されるのに誘導されるようにして、椅子に腰を下ろしていた。テーブルを囲むようにして、史香、萌美、野乃と野乃にくっついて離れようとしない英梨紗が着席する。美少女たちの目にはロウソクのオレンジの火が踊る様が映っている。

 催眠術を掛けられる。亜麻音はとっさに思ったのだが、ズルズルと心が沈んでいくのに逆らうことが出来ない。予定のない休日に二度寝する時の寝入りばなのような、退行的な快感。心がまるでトロトロに茹でられて柔らかくなったトマトのように、グズグズと形を無くしていく。少し怖いような、ドキドキする感覚。すぐに亜麻音のその感覚は圧倒的な弛緩の感覚に覆い隠された。

「気持ちいい。……みんな深い催眠状態に落ちていく。みんなの心がそれを求めているわね。いつもの深―い催眠状態。もう貴方たちは、自分の考えと他の人の言葉とを聞き分けることも出来ません。みんな大好きなお友達です。全部受け入れて、全部従いますよ。お互いの言葉が貴方たちにとっての真実に変わります。……さ、始めよっか? 催眠術ゲーム。………深い催眠状態のまま、意識を取り戻しましょう。目を開けて」

 圧倒的リラックス。心が弛緩しきった至福の状態のまま、亜麻音たちは自分の意識を取り戻す。凛が指揮する、遊びの始まりだった。

「じゃ、今回も最初に私から英梨紗ちゃんに暗示かけたから……。今度は英梨紗ちゃんの番。誰でもいいから、暗示をかけてみて。……あ、野乃ちゃんに抱きついたままでいいよ」

 野乃の体にしがみついたまま、英梨紗の目が他のメンバーを見回す。さっきの暗示が効果を失っていないようで、英梨紗の目つきからはまだ、ラブ・オーラが溢れていた。モデルのようにスタイルが良くてキリッとした美形の彼女から、こんな熱視線を浴びせられると、同性の亜麻音も少し顔を赤らめてしまう。

「……じゃ、あたしに瞬殺って言ってた、史香」

「ちょっ、待ってよ、英梨紗。私は別に……」

「史香はオッパイを出して、みんなに触ってもらって。貧乳の成長ぶりを確認してもらってよ」

 ショートカットの髪を振り乱して、優等生が抗議しようとする。しかし凛がウンウンと頷いているのが視界に入ると、史香の両腕の二の腕あたりにゾワゾワとした感覚が走りはじめた。テスト前の空き時間に、単語帳をもう一度開かなければ気が済まない時のような、切迫する脅迫感。熱中しているミステリー小説をクライマックス直前で閉じようとしているような残念な気持ち。抗いがたい衝動が、史香の意識を急き立てる。その感覚は、拒絶しようと集中すれば、少し弱まるような気がする。それでも、ほんの少し気を抜くと、もっと大きな波になって、また押し寄せる。どんどん膨らんでくる欲求に、ついに逆らえなくなって、史香は部屋着のシャツのボタンに手をかけた。プチッ、プチッとボタンを外していく史香。コットンのシャツの前をはだけると、Aカップのシンプルなインナーが顔を出した。

「もうっ……。前からサイズ変わってないわよっ」

 勉強はほぼオールラウンドにこなす秀才少女も、胸の小ささがコンプレックスであるということは、みんながわかっている。同性同士である。夏に凛の「独占インタビュー」にかかって全部暴露させられた前からそのことはわかってはいた。それでも、彼女の就寝前のバストアップ体操や、女性ホルモンを促進するとされる食材を積極的に摂る、といった、日々の努力までもがインタビューで明かされてしまったのだ。史香が水色のブラを外すと、平な胸に、恥じらうようにコンモリとだけ、盛り上がりが2つ顔を出す。乳首も小さな、少女のような胸。亜麻音はしかし、史香に良く合う、可愛らしい胸だと思っていた。

「……ん……」

 照れくさそうに眼鏡に手をやりながら、胸をはだけた史香が萌美の前で背を反らす。小ぶりのオッパイが少しだけ前に突き出された。遠慮がちに手を出す萌美。英梨紗が「成長ぶりをみんなに確認してもらって」と言われたから、全員が胸を触って、感想を言ってあげないと、史香は胸をしまうことが出来ない。毎日のように繰り返されるお茶会の催眠術遊びの、ルールはメンバー全員が熟知していた。

「可愛いよ……。おっきくなっては、……いないかな?」

 萌美が、言葉に困りながら、コメントする。史香は、成績ではずっと下にいるはずの彼氏持ちに、コンプレックスである貧乳を触られてコメントされるショックを、ポーカーフェイスで受け流そうとしているが、少し肩が震えている。次に野乃が優しく揉みあげて、一言、「可愛い」と言う。片手で史香のオッパイを揉んで、もう片手は英梨紗を抱きしめたまま。ずいぶんと贅沢な時間のようだ。

「うん……。前より、ちょっとは大きくなってるんじゃね? ……あと、感度は確実に上がってる」

 予想以上に情熱的に英梨紗が史香の胸を揉みあげる。まだ史香にも恋をしているようで、両手に熱がこもる。

「ちょっと、感度とか、聞いてないしっ。もう揉みすぎだって……。英梨紗、嫌いよ」

 頭の良い史香は、英梨紗に恋愛感情の暗示が残っていることを見抜いて、わざと傷つけるようなことを言う。勝気なはずの英梨紗が、急にポロポロと涙をこぼす。野乃に抱き寄せられると、子供のように野乃の胸に突っ伏した。

「はい。次、亜麻音」

 史香は出来るだけ感情を殺して、事務的に亜麻音の前に立つ。それでも亜麻音がおずおずと小ぶりなオッパイに手をかけると、小さく息を漏らした。感度については、英梨紗の言う通りのようだ。繰り返されるお茶会での催眠術遊びのせいだろうか?

「はい、オッケー。大きさはちょっと、なんとも言えないかな……。でも、ちょっと育ってるかも?」

「そ……どうも……」

 すぐに顔を背けて、そそくさと服を着始める秀才少女。それでも亜麻音は長い付き合いから、彼女が興味なさそうな様子を装いつつも、密かに嬉しがっているということに気がついていた。


「じゃー、次に暗示をかけるのは史香ちゃんね。英梨紗ちゃん以外の子を誰か1人選んで、存分に操っちゃってちょうだい」

 史香がポーカーフェイスのまま、眼鏡をかけなおす。英梨紗と凛以外のメンバーが生唾を飲み込む。何回やっても、この瞬間のスリルは他では代えられない。一瞬とは言え、自分の心と体が自分の思い通りにならなくなるのだ。それは怖いことでもあり、かすかに怪しい魅惑を感じさせる不思議な時間だった。

「萌美。あなたの背中のすぐ後ろに、彼氏が現れるわ」

「……え……? ……嘘。……大河君。……なんで?」

 催眠術の効果だとはわかっていても、萌美はいつも「なんで?」と思わず口に出して言ってしまう。真後ろに現れたのは、萌美の最愛の恋人、大河君。女子高の敷地内に突然やって来た大河君に、萌美はデートの時以上にときめいてしまう。姿かたちはもちろん、表情も髪の擦れる音も、そして匂いまでも完全に、大河君その人だった。

「大河君が萌美に抱きついてくるわ」

「やっ……ちょっと〜。みんな、見てるってば」

 萌美が押し倒されながら、恥ずかしそうに悲鳴を上げる。シャイで奥手なはずの大河君が、今日はいつになく積極的だ。

「ほら、いつも大河君が大人しいって、私に愚痴るでしょ? 今日の大河君はとっても大胆だから、萌美も、私たちのことは気にしないで、思う存分イチャついたら? 今日の大河君は、萌美が、普段だったら口に出来ないような過激で、それでいて本当はされたいと思ってることを、全部実行してくれるわよ」

「きゃっ、お洋服が伸びちゃうっ。乱暴に脱がさないでよ〜」

 甘い悲鳴をあげて、イヤイヤと首を振る萌美。でも彼女を脱がす彼氏の姿は、萌美にしか見えていない。史香や凛、亜麻音たちの前にいるのは、嫌がりながら自分で服を脱いでいる萌美の姿だった。

「あんっ、あんっ。………ちょっと、……激しいっ」

 トレーナーをめくりあげてブラをずらすと、ボロンとこぼれる萌美の胸。スレンダーな史香と対照的に少しだけぽっちゃりした萌美の胸はDカップ。しっかりと成長している。垂れ目気味の、柔和で可愛らしい顔立ちにこのバストだから、男子人気が高いのも仕方がない。その萌美は、いつもおしとやかに振舞っているが、暗示をかけられるといつも、ムッツリスケベな本性を暴露させられてしまう。両手を押さえつけられているような体勢で、イヤイヤしながら胸を吸われている様子の萌美。甘ったるい悲鳴をあげて、酷い酷いと大河君を非難しながら、涎を垂らして身悶えしている。これは全て、萌美がされたいと思っていることの再現なのだ。ヤダヤダと抵抗しながら、口を開けて、なにか棒状のものを口に含まさせられるような動きを始める萌美。見ている亜麻音の方が恥ずかしくなる。野乃も直視できない様子で、英梨紗に強くしがみついた。

 意外とガン見しているのが、優等生の史香。そして凛はキャーキャー言いながら、萌美の繰り広げる痴態を笑って見ていた。

「酷いよー。大河君っ……あぁあんっ……。こんなこと……して………。責任とってよっ」

 彼氏を非難しながら、いつの間にか全裸になっている萌美は四つん這いになり、足を大きく開かされ(?)、お尻を突き上げて前後に揺する。乱暴に腰を突き立てている様子の、空想上の大河君を、振り返って見上げながら、萌美はさんざん嫌がってみせる。やがて背中を弓なりに反らすと、萌美が天井を見上げる。

「乱暴っ………大河君っ……凄いっ……凄いぃぃぃっぃいいいっ……あっ」

 ガクガクと体を揺らしながらが、四つん這いだった萌美がバッタリと体を落とす。亜麻音の部屋の絨毯に、萌美の汗と、何かの液がべったりと付いた。

「やっぱ、私の部屋じゃなくて良かった」

 嬉しそうに呟く凛。亜麻音は呆れた視線を向けながらも、まだ深いトランスに落ちた時の快感の余韻を引きずっていた。


「じゃー、次は萌美ちゃんね。彼氏の幻覚を見る暗示から解けて、席に戻りましょう。そして、次の子を選んで、操り方を決めてちょうだい」

「……こほんっ。……あの、私、大河君にあんなことされたいなんて、本気で思ってる訳じゃないからね。ほんのちょっとした出来心というか、……こんな風になったらどうしようっていう妄想が浮かんだことがないわけじゃないっていう程度の……」

「萌美ちゃん。言い訳はいいから、早く次の相手を選んでよ」

 亜麻音と野乃が不安そうな視線を交わす。残っているのはこの2人だけ。しかも萌美は自分の恥ずかしさを誤魔化すために、もっと過激な暗示をかけてくるかもしれない。

「じゃ……、じゃ、野乃ちゃん」

「ひっ……ひどいよ〜、萌美ちゃんっ。親友でしょ?」

 抱きつく英梨紗をあやしながら、野乃が萌美に抗議する。

「ごめん。……だって、私だけ、変な妄想を暴露させられるって、恥ずかしすぎるもん。親友だから私の仲間になってよ。………野乃ちゃんは、自分が隠している、エッチな野乃ちゃんを全部明かして、本当の自分を見せましょう」

「……はっ……駄目。……それだけは……」

 大きな目に涙をためながら、首を横に振る野乃。その野乃の我慢を崩壊させたのは、狂おしく野乃の柔らかい体にしがみついていた英梨紗。英梨紗に耳たぶを甘噛みされると、野乃は顎を上げてのけぞる。天井を見上げた野乃が視線を戻すと、その目は座っていた。

「……もう、いいの……。これ以上、我慢できない。みんな、どうせ、知ってるでしょ? ……私が女の子好きなの。英梨紗ちゃん、私と一緒に脱いで。ここで愛し合いましょう」

 いつもは野乃をイジッてからかう英梨紗だが、熱愛暗示のせいで素直な恋人になってしまっている。紅潮させた顔をコクリと縦に振ると、トレーナーをするすると脱ぎ始めた。野乃もフリルの入った女の子らしい部屋着を開いていく。

「野乃……。あの……、私には、お手柔らかにお願いね」

 亜麻音が恐る恐る声をかける。野乃の目が座っているのが心配だからだ。覚悟を決めたお嬢様は怖い……。女子校でこれまでも様々なリーダーの役割をつとめてきた、亜麻音の経験則だった。

「亜麻音ちゃんだけに、手加減なんて出来ないよ。亜麻音ちゃんも裸になろうよ。貴方は、見られたがりの、エッチな露出狂になるの。裸を見せることを喜びながら、私たちが愛し合うところを見て、自分を慰めていて」

「え? ……ちょっと、それ暗示が2つになってない? ……私だけそんなの……」

 亜麻音が助けを求めるように、凛を見るが、凛は期待にウキウキしているような表情で、ウンウンと頷いていた。その凛の目が、亜麻音を見ていることに気がつく。……ジワッと熱を感じて、体中の毛穴が開き、産毛が立ち上がったような気がした。凛が亜麻音を見ている。その視線は、亜麻音の頭をボ〜ッとさせるくらい、心地良い。そして気だるい恍惚が、亜麻音を襲う。凛だけではない、萌美も史香も亜麻音を見ている。嬉しい。見られているのがこんなに気持ちいいなんて、今までまったく気がつかなかった。みんな、亜麻音を見るのが好きなのだ。きっと美しいから。素敵だから。なら、もっと見せてあげたい。むず痒いような恥ずかしさと誇らしさが全身にピリピリと静電気を走らせていく。亜麻音は気がつくと、セーターをまくり上げて、首を抜き取ろうとしていた。スカートもボタンを外して、足首まで落とす。セーターの下に着ていた、肌触りの良い綿のシャツも脱ぎ捨てる。ボリュームのある胸と、くびれがはっきり目立つ、下着姿になっていた。

「う………。もう……。ここで、……やめにしない?」

 亜麻音が、弱音を吐くが、彼女の大事な親友たちは、ここで遊びを止めることを許してくれないようだ。

「亜麻音ちん、やっぱり綺麗」

「……ふっ………。………くぅんっ……」

 萌美に体のことを褒められて、亜麻音は快感に悶えてしまう。大切な友達たちが、自分の体を見てくれて、褒めてくれる。悦楽に酔ったような亜麻音の頭は、その快感に痺れ、さらに強い快感を求めた。亜麻音は萌美の一言で最後の抵抗を諦めて、野乃の暗示に身も心もすべて委ねきってしまう。

「そんなに、綺麗? ………じゃ、……もっと見て………。私の、恥ずかしいことしてるところも、全部見て」

 ブラジャーを外してショーツも下ろす。生まれたままの姿になった亜麻音は友人たちの前でクルクルと、バレリーナのようにトワールを披露する。回転して自分の体の全部を、うっとりとした表情で見せる亜麻音の様子に、凛が手を叩いて喜んでいる。亜麻音はそんな凛にも笑顔で応じながら、野乃と英梨紗という、これまた全裸で抱き合っている2人に近づいていった。

「英梨紗も、野乃も、すっごい、エッチ。……ここで、私も恥ずかしいこと、してていい?」

「ふふふ。……どぉぞ〜」

 英梨紗の胸の谷間から少し顔をずらした野乃が、亜麻音に答える。英梨紗は暗示でレズ行為に浸ってしまう時はいつも受け身になる性質のようで、野乃に、大きくてハリのあるオッパイを愛撫されるままに、弱々しく喘いでいる。その2人の真横に座って、亜麻音は大きく両足を広げる。細くて綺麗な両足を限界まで広げるのは、萌美や史香、凛の目を少しでも楽しませたいからだ。

 クチュッ……クチュクチュッ………。

 裸を見せていただけで潤いつつあった亜麻音の大切な部分は、人差し指を入れると、恥ずかしいくらいあさましく、自分の指を迎え入れ、咥えこむ。亜麻音は他の指で器用に自分の割れ目を広げ、少しでも多く、自分の内部を、親友たちの目に晒すように気を使いながら、指を奥まで押し入れた。

「……くっ………。はぁっ………。私……、今………。オナニーしちゃってる………。みんなの、前なのに………」

「亜麻音ちん。恥ずかしいなら、私たち、向こう見ててあげようか?」

 凛が尋ねてくる。

「駄目っ。……私を見てっ………。裸で、……みんなに見られて、感じてる……。恥ずかしい私を、もっと、もっと見てっ……」

 亜麻音が狂おしい口調でお願いしながら、指の動きを激しくする。もう片方の指で胸を揉み、乳首を摘まんで固くする。右、左、固く起立した、いやらしい自分の乳首を、胸を揺するようにして親友たちに見せつける。

「はぁっ、もう、私……。わたし、もうっ……」

「亜麻音ちん、まだイッちゃ駄目よ。ほら、野乃ちゃん、英梨紗ちゃん。もっと頑張って。イク時は、3人、一緒にイクの。亜麻音ちんはまだ、イッちゃう寸前で、待ってて」

 野乃と英梨紗がヒートアップする。寝そべってお互いの股間に顔を深く埋め合い、シックスナインの体勢で舌を激しく動かした。その横でオナニーの佳境にある亜麻音は、我慢の限界ぎりぎりのところでまだイケずに悶え狂っている。

「…あああぁぁ、我慢できない……、イッちゃうぅぅぅうううっ」

 狂おしい声を出し、ストレートの黒髪を振り乱して喘ぐ亜麻音の肩を凛が掴む。

「まだイケない。エクスタシーの直前の激しい快感のまま、亜麻音の体はイケずに野乃と英梨紗を待つの。亜麻音の体は私のものよ。絶対に私の言うことを聞くの」

「いっ………イジワル〜っ」

 目を固くつむって、亜麻音が凛に抗議をする。それでも言われた通り、亜麻音の体は凛の暗示に従ってしまう。

「野乃と英梨紗はもっと急いで。ほら、2倍速、3倍速。……体も2倍、3倍と感じやすくなっていく。どんどんどんどん、どんどんどんどん」

「ふん〜んんんんっ」

 お嬢様の野乃がすごい形相で舌を伸ばし切ったまま、頭を激しく動かす。まるでロックミュージシャンのヘッドバンギングのようだった。英梨紗はベソをかくような表情で、懸命に舌を高速回転させている。2人とも、激しい運動と襲い来る暴力的な快感の波のせいで、汗びっしょりで全身真っ赤になっていた。

「はい、3人一緒にイっていいよ!」

 パチンッ

 凛が両手を叩くと、亜麻音、野乃、英梨紗。お嬢様学校に通う美少女たちの意識は、真っ白に弾け飛んだ。見えているものの輪郭が溶けてなくなり、一気に天国に放り出される。亜麻音は何かを叫んだような気がしたが、自分でも覚えていない。脱力しきってカーペットに崩れ落ちると、腰の周りに大きな水たまりを作ってしまっていたことに、かすかに気がついた。

「ほら、亜麻音ちん、言った通り、お部屋をメスの匂いでムンムン、びっしょびしょにしちゃうでしょ?」

 凛が優しく、諭すように亜麻音の頭を撫でる。亜麻音は、苦労してまともな思考をつなぎ合わせて、何か言い返そうかと思ったのだが、深くて荒い呼吸を整えるのが精いっぱいで、絨毯に寝そべったままだった。気持ちが良すぎて、自分の恰好や体面に構っていられない。それに、まだ野乃の暗示が残っているのか、凛の視線は、怪しい快感をまた呼び起こしてくるような気がした。なので亜麻音は、本当は凛に反論したかったのに、逆に、凛に差し出すように、仰向けのままの状態で両手でオッパイを寄せあげ、凛に突き出す。クスッと凛が笑った。


「はい、みんな。一度落ち着こうか。喉乾いたんじゃない? お席に戻って、もう一杯、お紅茶をいただこうか〜」

 友人たちの自在に操られる様を見てご機嫌な凛が、席に戻ろうとして、史香と萌美の様子が少し変わっていることに気がついた。少し恥ずかしそうに、そして不本意そうにしながらも、2人とも上着を脱いで、上半身はブラジャーだけの恰好になっている。

「あれ? 史香ちゃん? ………萌美ちゃんも………どした?」

 凛がキョトンとして尋ねる。こんな暗示を誰か掛けただろうか? ……少しだけ不吉な予感がして、後ろの亜麻音の方を振り返る凛。まだ上気した顔だが、正気を取り戻しつつあるリーダーが、怒った顔で凛を見ていた。

「まだちゃんと、一周しきってないでしょ? ……凛。アンタだけ、恥ずかしい思いから、逃れるなんて、許さないから……」

「……え? ………亜麻音ちん、本気……じゃ、ないよね?」

 両手のひらを亜麻音に向けて、笑顔を取り繕いながら、後ずさろうとする凛。その両脇を、史香と萌美が抑えた。

「み、……みんな、聞いて。私が両手をパチンと鳴らすと、……ちょっと、手を押さえないでよ」

 亜麻音の両手が凛のツインテールに届く。

「凛……。貴方が催眠に落ちる番よ」

 栗色の髪の毛をクシュクシュっとされる。それがトリガーとなって、催眠術師の少女はズブズブと自分の意識が落ちていくのを見守るしかなかった。



 1. お茶会の途中、気を許したメンバーしかいない時
 2. メンバー全員が催眠状態にあって、裸や下着姿など、無防備な状態でいる時
 3. 髪の毛を優しく触られた時

 条件が整った時だけ、凛は自分も催眠状態に落ちるように、自己暗示をかけていた。明白に敵対的な暗示に対しては正気が戻るようにしてあるが、そうでない限りは、凛も暗示を受け入れる。そのように、自分自身に暗示を刷り込んでいった。友人たちがトランス状態にまどろむ様子を見ていて、あまりに気持ち良さそうで、羨ましかったからだ。

 親友に深い催眠をかけて遊んでいると、不意に掛かっている相手が羨ましくなる瞬間というものがある。これは催眠術の使い手の中で、凛だけに起こることなのだろうか? 凛の言葉に従って変幻自在に身を任せている友人たちは可愛らしい。悪戯も楽しい。しかし、恥じらいも常識も取り払われて、心底気持ち良さそうに漂っている彼女たちを見ていると、自分の立場がまるで、魔法使いから、奉仕している側の下僕に変わってしまったようにも感じられる。

(ずるいな、みんなばっかり、気持ち良さそうで……。)

 そう感じた凛は、敢えて自分もリスクを負って、みんなと同じ立場に条件付きで降りることを決めた。それが先月のことだ。

 結果は、凛の予想を遥かに超える、楽園だった。

 これまでさんざん、言葉を尽くして友人たちをトランスの快感の虜にし、快楽におぼれて陶酔する友達を見てきた凛が、深い催眠状態の恍惚を自分に与えた時、凛は芯まで蕩けてしまった。そして、それは今もそうだ。足の爪先から力が抜けて、膝が麻痺して腰が緩み、上半身が崩れ落ちる。今、凛の髪の毛は全身で一番敏感な性感帯。ここをクシュクシュされると、凛は底なしのトランスに落ちて脳が麻痺する。温かいお湯のような催眠状態に浸かって、身も心も蕩ける。解ける。究極のエクスタシーに絡めとられる。そして、大好きな友人たちと同じ、外部からの暗示に無防備な意識の状態になる。

「凛だけ服を着てるのはずるいよね。お茶会メンバーは、みんな平等じゃないと」

 亜麻音の言葉が凛の頭に響き渡る。口跡のはっきりした、凛の大好きな亜麻音の声。遮る意識のフィルターが取り払われると、こんなにも気持ちが良く響くものなのだ。

(そう……だよね……。私だけ……服を……着てるのは……ずるい……。)

 凛がシャツのボタンに手をかける。プチッ、プチッと音がする間、お茶会の友人たちは少し息をひそめて見守っている。これまで自分たちを思うがままに操っていた、催眠術師。その凛が今、亜麻音の言葉に従って、従順に肌を晒していく。鬱憤が晴れるというのとは少し違う、怪しい力がいつの間にか自分たちの手に譲渡されていたことに気がついたような、不思議な気分の高揚がある。

 ついさっきまで、自分たちの痴態を見て、ケタケタと笑っていた凛が、今は自分たちの言葉一つで、思い通りに動く。見えないものを見て、あり得ないような状況を信じこみ、言われた通りのモノに変身する。そう想像すると、萌美は背中のあたりがゾクゾクして、史香は密かに生唾を飲み込んでいた。そして亜麻音は、服をスルスル脱いでいく凛の様子を見守りながら、どうやって事態を収拾すればいいのか、迷っていた。

「凛。……私の暗示に従って、みんなにかけた催眠を解いて、お茶会を中断することは出来る?」

 亜麻音が冷静に尋ねると、凛は陶然とした表情のまま、かすかに口元に緩んだ笑みを浮かべて首を横に振った」

「……ん……うんん………。無理なの……。私はお茶会も、催眠術も大好きだから……、これを止めるという暗示は、私には入らないようになってるもん……」

「もうっ」

 亜麻音が苛立ちまぎれに凛の髪の毛を、少しだけ乱暴にグシャッと掴むと、裸になったばかりの凛が、体を弾くようにして痙攣する。

「あぁああああああっ………。………亜麻音ちんっ…………凄いっ………」

 凛の黒目が瞼に隠れるくらい上に回って、股間からビュッと潮を噴く。華奢な少女体型をしている凛の体が、弓なりになって、快感を噛みしめる。

「凛は……、じゃ、せめて、裸のまま、ここにいるメンバー1人ずつからお尻をほどほどの強さで叩いてもらって、1人ずつに恥ずかしい思いをさせてゴメンなさいって謝りなよ」

「はい。亜麻音ちん。凛は裸のまま、みんなにお尻をペンペンしてもらって、謝ります」

 ペチン。
 ペチン。
 バチーン。
 ペン。
 ベチッ。

 両手を膝に置いて、お尻を突き出したポーズになった催眠術師が、5人の友人たちからのお仕置きを、丸いお尻に受ける。

 正気を取り戻した凛は、ちょっとバツが悪そうに両肩をすくめて、ペロッと舌を出した。

「これで本当に一周したね。私もみんなとおんなじ催眠術の虜だよ。フェアに、もう一周、遊ぼっか?」

 亜麻音は自分の体にバスタオルを巻きながら、ため息をつく。

「アンタ、まだぜんっぜん、懲りててないんだね」

 史香、英梨紗、萌美と野乃が黙ってバスタオルを手に取りながらテーブルを囲む席についていく。もしかしたらこの子たちにも、『お茶会や催眠術遊びを中断しない』という暗示が刷り込まれているのではないかと、亜麻音は勘ぐった。いや、だとしたら、彼女たちだけではないだろう。亜麻音自身にも、自分で意識していない、あるいは意識できないような指示が、深層心理の奥深くに溶かし込まれている可能性もある。現に今、バスタオル一枚で体を隠すと、まるで服を全て着込んだかのような安心感に包まれて、それ以上の衣服を身に着けようともせずに、椅子に腰を下ろしているではないか。そこまで考えると、亜麻音は少し怖くなって、それ以上あれこれと疑うことを止めた。すると少し、気持ちが明るくなる。姿勢を正して、テーブルに向かうことが出来た。

「じゃ、次はみんな一緒に……」

 凛が気恥ずかしさを振り払うかのように身を乗り出して話し始めたその時、
 コン……、コン、コン。

 3回、部屋がノックされる。

「あ……、そっか、もうこんな時間………。へへへ、どーぞー」

 嬉しそうに凛が、悪戯っぽい笑みを浮かべて、ドアに向かって呼びかける。ここ、私の部屋なんだけど……。亜麻音は呆れたように凛の振舞いを見ていた。

 ドアノブが回転して、ガチャリと扉が開くと、そこには里穂先生と遥香先生。寮監もつとめる美人教師2人が、亜麻音の部屋に入ってくる。バスタオル1枚を身にまとっているだけという姿の亜麻音や凛、野乃や英梨紗を見て、里穂先生は眉をひそめる。温和な遥香先生は、「まぁ」と言った口を両手でふさいだまま、目を丸くしている。その2人の聡明そうな先生たちの表情が、凛の言葉を一つ聞くと、消える。

「今、私たち、『お茶会の途中』なの。先生たちも『ご招待』しますわ」

 キリッとした美貌が特徴的な里穂先生の、強い光が目から失われる。ボンヤリと遠くを見つめる里穂先生。隣に立つ遥香先生は、対照的に女性らしくて優美な笑顔が可愛らしい先生。その遥香先生の両手が口元からブラリと体の横に落ちる。遥香先生はもうすでに、体が微妙にユラユラと、左右に揺れ始めている。

「先生たち、寮の見回りご苦労様。……今の貴方たちは、寮監先生ですか?」

 凛の問いかけに、遠い目をした遥香先生が首を左右に振る。

「わたしたちは……凛ちゃんたちの……お抱えメイド……です」

 単調なトーンで、里穂先生が力なく答える。そのお目々はガラス玉のように心を失ってしまっている。

「ね……、これって合図で凛の催眠が発動したの?」

「先生たちまで、掛けてたの? ………前から、だったっけ?」

 史香と萌美が凛に尋ねる。凛は彼女たちの方を振り返ることもなく、両手をエッヘンと腰に当てた。

「そ、よ。………前に何回も、説明しなかったっけ? ……あ、忘れさせちゃってたかな? ………私、お茶会メンバーはお友達だから、お茶会の間にしか催眠術かけてないけど、先生がたとか、他にも便利そうな何人かには、後催眠暗示とか、日常で作用する暗示とか、色々と入れさせてもらってるの。お部屋のお掃除とか、面倒くさいでしょ? ………ほら、里穂先生。このへん、グッチョグチョ。亜麻音ちんがオツユいっぱい、飛ばしちゃったからね」

 凛がカーペットの水たまりを指さすと、里穂先生の目に生気が宿る。

「……は……、はいっ。ただいまっ」

 慌てて水たまりにかけよって、両膝をつき、手近にあったタオルで絨毯をゴシゴシ拭き始める里穂先生。心の底から、自分のことを従順なメイドさんだと信じこんでいる。四つん這いになって雑巾がけのような体勢を取る里穂先生の後ろ姿は、短いスカートの裾から下着がチラチラと覗いている。

「里穂先生、最近、冬でもミニスカが増えてると思わない? せっかく綺麗な足してるんだからと思って、私が提案してあげたの。もっともっと足を出してみんなに見せびらかしちゃいましょう、って」

 美人だが堅物と評判だった、亜麻音のクラスの担任、里穂先生は、確かに最近、ミニスカートが増えている、と噂になっていた。亜麻音のクラスメイトはみんな、先生に彼氏が出来たのだろうとゴシップに興じていたのだが、美人教師の唐突なコーディネート変更は、どうやら、ここにいる凛が仕掛けたものだったようだ。

「お紅茶の追加はいかがでしょうか?」

 呼びかけられて、亜麻音は慌てて里穂先生のパンチラから視線を外す。横を見ると、トレイとティーポッドを手にした遥香先生が、甲斐甲斐しく亜麻音たちに紅茶のお替りを薦めてくれている。

「あ、私は……今は、大丈夫です」

「かしこまりました、お嬢様。いつでもお申しつけくださいね」

 遥香先生は満面の笑顔で生徒の亜麻音に対して敬語で接すると、膝を少し曲げてお辞儀のかわりをした。

 先生たちをメイドがわりに、あれこれ雑用させることを、史香や萌美も面白がった。一番調子に乗っていたのは英梨紗。特にいつも厳しくご指導を頂いている里穂先生に対して、やれ肩を揉め、やれスリッパを拾ってこいと、あれこれコキ使おうとする。先生たちは英梨紗の指示に右往左往しながら、懸命に従う。

「凄いな、凛。里穂も遥香も、完全にメイドになりきってるじゃん。ちょっとお前の催眠術の効用を見直したよ。身内とコチョコチョふざけるだけじゃないんだな」

 胸がすくような思いで、英梨紗は凛を褒める。モデルのように綺麗な英梨紗の尊敬を勝ち得ると、凛も上機嫌になる。

「メイドなんて序の口よ。里穂先生も遥香先生も、私が何日もかけてジックリ、ミッチリ、催眠術を繰り返しかけてきてるんだから、貴方たちに出来るようなことは、先生たちだって楽勝だよ。……ほら、里穂先生、遥香先生。立ち止まって目を開けたまま、動きを止めて深―い催眠状態に落ちてください」

 せっせとお掃除に励んでいた里穂先生が立ち止まって動きを止める。遥香先生はティーポッドを手にしたまま笑顔で硬直した。

「今から私が手を叩くと、貴方たちはメイドさんではなくて、寮監の先生に戻ります。でも今はお茶会に招待されているので、私やこの部屋にいる生徒たちと、楽しく過ごします。けれど、先生たちは、だんだんと自分の匂いが気になってきます。とっても臭い。匂いは自分の服から立ち上っている。そして逆に、私たち、生徒の匂いはとても心地良いものです。気になって仕方がなくなる。必ずそうなりますよ」

 凛が手を叩くと、里穂先生と遥香先生は、目をパチクリさせながら、周りを見回す。凛に促されるままに、ベッドに腰を下ろして、ティーカップとコースターを受け取った。

「先生、見回り、お疲れ様です。ここでゆっくり休憩していってくださいね」

 凛が紅茶を振舞うと、里穂先生も遥香先生も、少しだけ時計を気にしながらも、生徒たちのお喋りの輪に加わる。里穂先生も心なしか、教壇に立つ時よりもリラックスした表情を見せてくれる。遥香先生は波長が合うのか、野乃と可愛いインテリアの話で盛り上がっていた。

「先生、もう一杯どうぞ。…喉乾いたでしょ……。一杯お仕事してたみたいだから」

「あ……ありがと。……そんなハードな仕事でもないけれどね」

「凛ちゃん、ありがとうね」

 先生たちに凛が笑顔のまま応じる。

「とってもハードワークだったと思いますよ。だって汗の匂いがするから」

 先生たちの表情が強ばる。部屋が一瞬にして静寂に包まれた。

「そ……そうだったかも……。あれ……、ゴメン。わたし、……クサイね……」

 里穂先生が笑い飛ばして話を続けようとしているが、だいぶんぎこちない。やはり女性としては、体臭のことを指摘されるのは、大きなショックのようだ。遥香先生はいつの間にか椅子ごと、みんなの輪から1メートルも遠ざかっていた。

 2人とも、生徒たちに気づかれないようにコッソリと、自分の襟元や肩に鼻を近づけて、クンクンと匂いを確かめては情けなさそうに顔をしかめている。その様子を見ながら、英梨紗と凛がクスクス笑う。他の生徒たちも思わず吹き出してしまう。普段は教室で圧倒的な権力を持っている美人教師たちが、生徒の部屋で自分の匂いを嗅ぎながら身を縮めてモジモジしている様子は、なんだか可愛らしい。

「先生、気にしないでいいよ。私たちだって、匂いでいったら、似たようなものでしょ? ほら」

 賢い史香が里穂先生に近づく。しばらく身をひそめていた里穂先生だったが、まるで蝶が花の香に引き寄せられるかのように、ぐっと身を乗り出して史香の首筋に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。そのまま鼻を史香の首筋にくっつけそうな勢いだ。遥香先生もいつのまにか、椅子ごと亜麻音たちの輪に加わって、驚くほど距離を詰めてきている。

「先生、私の足の匂いとか、嗅いでみます? ……他の先生には内緒にしておいてあげますから」

 英梨紗がお行儀悪く、両足を上げて、足の裏を先生たちに見せつける。はじめは嫌そうな顔をしていた先生たちが、2分もしない間に、四つん這いになって英梨紗の足の裏に鼻をくっつけ、深呼吸をしていた。

「先生、もしお洋服が臭くて不快でしたら、脱いでしまっても良いのですわよ。私たちもこうして、楽な恰好でご無礼してますから」

 野乃が呼びかける。大人の女性の成熟した体に興味があるのだろうか。凛は、勇気を出して自分の興味に素直になっている野乃を応援するために、先生たちへの暗示を強化してやることにした。

「里穂先生、遥香先生。臭くて汚い、自分たちの体にまとわりつく嫌な服を、脱ぎ捨てたくて仕方がなくなりますよ。脱げばどんどん開放的でいい気分になれる。ほら、脱ぎたい。この気持ちが私が手を叩くたびに強くなりますよ。ほら、パチン。……英梨紗も手を叩いてみて」

 パチン。

 英梨紗が叩いてみると、ついに我慢できなくなった遥香先生がブラウスのボタンに手をかける。

 パン、パン、パン、パン。

 立て続けに手拍子していたのは、名家のお嬢様、野乃だった。何倍にも強化される自分の衝動に抵抗出来なくなった里穂先生も、シャツを破るような勢いで、服を脱ぎ始める。遥香先生はシャツを脱ぎ捨ててスカートを放り投げると、うっとりと晴れやかな表情に変わった。手拍子に煽られるように、一枚、また一枚と、衣服が宙を舞う。ポンポンと服を投げ捨てて下着姿になった。まだ手拍子が鳴りやまない。里穂先生と遥香先生は苦悩の視線を交わすも、堪えきれずにブラのホックを外す。

「もう、そのへんでいいんじゃない? ……これ以上は、かわいそうでしょ」

 リーダーの自覚からか、亜麻音が凛や英梨紗、野乃にやめさせようとする。凛は少しだけムッとした顔を見せる。

「いっつも、亜麻音ちんは1人だけイイ子ぶるんだから……。……ほら、亜麻音ちん。これ見て、これ」

 テーブルに凛が置いたのは、ポケットティッシュだった。

「これは亜麻音ちんの頭の中ですよ。中のティッシュは……そう。貴方の、良心。知性。レディーの嗜み。リーダーシップ」

 凛の口調が変わっている。気がついた亜麻音が凛の髪に手を伸ばそうとするが、ポケットティッシュをぐっと目の前に突きつけられると、そこから目が離せなくなってしまった。

「ほーら、1枚。1枚。……亜麻音ちんの頭の中から知性も良心も引き抜かれていく。……ね、史香ちゃん。亜麻音ちんにお馬鹿ちゃんになってもらうの、手伝ってよ」

 凛の言葉に、史香の眼鏡がキラッと光った気がする。亜麻音が何か、史香に言おうとするのだが、不思議と言葉がまとまらない。何と言ってよいのか、思いが整理出来ない。その呆けたような亜麻音の表情を見ながら、史香が凛からポケットティッシュを受け取る。すでに半分ほど中身がなくなっているビニールのケースから、さらに容赦なく、白いティッシュを抜き取っていく史香。この仲良しグループの中で、史香に唯一、テストの成績で勝ったことがあるのは亜麻音だった。その亜麻音が、今は緩みきった表情で、目の前に突き出されたポケットティッシュのケースが空になっていく様子を寄り目になって見つめている。

「亜麻音ちんの頭の中、……スッカラカンになっちゃったね」

 凛に言われて、椅子に崩れ落ちた亜麻音が表情を崩す。知能がずいぶんと後退したような笑みを浮かべた。

「うん………。あまね………。すっからかん…………。えへ………えへへへへ」

「頭が軽くなると、気も楽じゃない? ……嬉しいでしょ。亜麻音」

 史香に尋ねられると、屈託のない笑顔を見せた亜麻音が、口を開いたまま首をブンブンと縦に振った。

「うんっ………うれしいっ……。えへへ、えへへへへ」

 ついに全裸になった里穂先生と遥香先生。凛に促されるままにバンザイの姿勢を取った2人の美人教師が体を金縛りにされて正気に戻される。悲鳴を上げて恥ずかしがる遥香先生。恥ずかしさを怒って隠そうとする里穂先生。その2人の体の感度が上がっていくと暗示を入れながら、先生の耳元に息を吹きかける凛。あられもない声を漏らして、感じていることを示してしまう先生たち。その様子に唾をのんで、ゆっくり近づいてきて、体をサワサワ触っていく野乃。興味を隠せずに指でツンツンしてみる萌美。成熟した女性の反応を研究対象のように確かめる史香。もっと豪快にオッパイをワシ掴みにする英梨紗。されるがままになりながら、バンザイの姿勢を崩せずに、身をよじって悶える里穂先生と遥香先生。その様子を、亜麻音はボンヤリと眺めながら、へらへら笑っていた。気がつくと、自分の指が鼻の穴をほじっていた。もう片方の手はアンダーヘアーのあたりをポリポリと? いている。自分が今、していることも、自分の部屋で起きている異常事態も、今の亜麻音にとってはどうでも良いことだった。ただただ、空っぽになった快感を噛みしめて、緩んだ笑みを浮かべていた。

「あちゃー。班長さんの威厳が台無しじゃん。亜麻音ちん。そろそろ正気に戻ろっか? もうお馬鹿ちゃんじゃないよ」

 凛はわざわざ、ティッシュペーパーをポケットティッシュケースに一枚、一枚、戻していく。両手を叩く音を合図にして一気に暗示を解くことだって出来るのだが、亜麻音が「知性カラッポ」の状態から、少しずつ理性を取り戻して、自分のしていること、置かれている状況を理解して、恥ずかしそうに鼻を掻いて取り繕う様を、愛でるようにして見守る。

「もう、終わり?」

 亜麻音が頬を赤らめながら凛を見上げるが、凛の目にはまだまだ、嬉しそうな、不吉な光が宿っていた。

「まだまだ、夜は……、お茶会はこれからだってば。……まずは、みんな、紅茶のお代わりは、いかが?」

 
 


 

 

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