碧色の黄昏


 

 

第一話 後編

《5》

 裕美は、一糸もまとってはいなかった。
 服の上からでもはっきりとわかる、その均整のとれた26歳の成熟した肉体が、惜しげもなくさらされている。

 仰向けに寝ていてもその存在を主張する、豊かな、形のいい乳房。その頂上には小さな乳首がそこだけ色づいている。
 そこから引き絞られるように細く続く、ウエスト。
 やはりボリュームを感じさせる、それでいて引き締まった腰つき。
 綺麗に手入れをされた、股間の陰り。
 美しい曲線を描く、両の脚。

 その全てを和人と沙夜香の目にさらしたまま、その目はどこか呆然としていて、どこを見ているのかよくわからなかった。

「あら、そんなにびっくりしないで下さい」

 からかうように、いたぶるように、沙夜香は語る。

「私、綺麗な人が好きなんです。
 だから、渡辺先生の用事が終わるまで、高坂先生にお相手して頂いてたんです」

 彼女はそう言うと、保健室のベッドの上ににじり上がる。
 そして手を伸ばすと、裕美の裸の乳房をまさぐった。

 豊かなその乳房が、沙夜香の手によって揉みし抱かれ、形を変える。
 それに従って、裕美の息が荒くなってきた。

「うん…っ」

 沙夜香の細く長い指がその乳首を転がすと、裕美の口から、そんな甘い呻き声がもれた。

「先生…」

 裕美を抱き起こす、沙夜香。
 よろよろとそれに従う裕美に、彼女は唇を重ねる。

「んん……んっ!」

"ぴちゃ、ぴちょ…"

 合わさった二人の唇から、濡れた音が聞こえる。
 口元から唾液がもれ出し、裕美の顎と首筋をつつっと垂れ落ちた。
 その唇の動きから、和人は目の前の二人の女性が、舌を絡ませあっていることを知る。

「ぷはぁ……」

 離される唇と唇を、二人の混じり合った唾液が細い糸が繋ぎ、そして、切れた。

「ふふふ、先生、美味しい…」

 おそらくは、『言葉通り』の意味なのだろう。
 赤い舌を覗かせ、沙夜香は唇についた唾液を舐め取った。
 その舌は信じられないほどに赤く、淫らに光って見えた。

「渡辺先生、どうです? 高坂先生のカラダ、綺麗でしょう?」

 裕美の肌の上を、沙夜香の手がうごめき、愛撫する。
 そのたびごとに、裕美の口からは、抑えられたあえぎ声が出る。

「先生を待っている間、私たち、いろんなお話をしたんですよ」

 その目が、和人を嬲るように細められる。

「渡辺先生、高校生の時、同じ学校の先輩だった高坂先生に告白したそうですね?」

「くっ……!」

 唇を噛みしめ、羞恥に耐える。

「でも振られてしまったって…。
 残念でしたね、……渡辺先生にとっても、高坂先生にとっても」

「…それは」 どういう意味か?
 そう言おうとしても、口が上手く動かない。

 そんな和人を、沙夜香は楽しそうに眺める。

「高坂先生が先に高校を卒業して、そのあと、どんな人とつき合っていたと思いますか?」

「あ…っ、いや……」

 まだ、わずかながらにも意識があるのか、裕美の口から、その先を止めようとする声が出る。
 しかし、沙夜香はそんなことには取り合わなかった。
 その場にいる他の二人の心の痛みを味わうように、唇をひとなめし、続ける。

「高坂先生が大学時代につき合った人ね、…ひどく特殊な趣味を持った人だったんですって。
 先生、つき合ってた間、毎日々々、その人にいろんな事をされて、カラダを開発されてしまって。そう教えてくれました」

「ううっう……」

 裕美の口から、嗚咽の声が洩れた。

「どうしたの、高坂先生? そんなに辛そうな顔をして…。
 でも、そんな顔をして取り繕うとしたって、だめですよ。
 だって、ほら……」

"くちゅ…っ"

「ん……あっ!」

 沙夜香が裕美の股間へと手を伸ばす。
 湿った水音と共に、あえぐ裕美。

「くふっ…うん……っ」

 まるで和人に見せびらかすように、裕美の股間を攻める沙夜香。
 いや、実際にそうなのだろう。
 和彦の目にも、広げられた脚の間、裕美の中に出入りする沙夜香の指と、そこからこぼれ出る粘液がはっきりと見えた。

"ぴちゃ…"

 沙夜香は股間から手を離すと、裕美の目の前に持っていく。
 その指は裕美の分泌液で濡れ、指を開くとその間に糸を引いて垂れた。

「ほら、こんなに濡れてます。
 ふふっ、きっと、渡辺先生に見られて、興奮しちゃったんですね
 やっぱり、先生は淫乱な方ですね」

「ああ……」

 楽しそうに続ける、沙夜香。

「ねえ渡辺先生。高坂先生のつき合っていた男性、SMの趣味がおありだったんですって。
 だから高坂先生、その人とつき合っている間、ずっと調教されてたそうですよ。
 マゾって言うんですか? そんなふうに。

 ……ね、高坂先生?」

「……いやぁ…」

 ふるふると横に首を振る裕美。
 それを見る沙夜香の目に、不思議な色が灯る。

「──先生、ダメですよ。
 私の言うことには、従っていただきます。

 …さあ、渡辺先生に、あなたがその人にされてきたことを、お話しするんですよ」

 その声には、何らかの『力』が込められていた。
 和人にも感じられるような、超常的な『力』

 力を纏った言葉が、裕美の精神を縛り、強制する。

「うぅ…、はい。
 ……私は、…卒業してからの3年間、ずっと、調教を…受けていたんです。
 その人は…、私を、ああ…性欲処理の、奴隷にしたいって、……そう言っていました。
 そしてその通りに、…ううっ……、毎日、いろんな場所で……いろいろな事をっ……」

 裕美は、泣いていた。
 涙が、その頬を流れて落ちる。

 だが、沙夜香は妖しく笑ったまま、容赦しない。

「それで、先生。
 先生は、どうだったんですか?
 気持ちよかったんでしょう?」

「……はい。
 私は、変態の、…マゾです。
 ご主人様にいじめられて……感じて、どうしようもなくなって、いつも喜んでいました。
 私の身体は、ご主人様無しではいられない、どうしようもなく淫乱な身体です。

 でも、そのご主人様も、去年、交通事故で……」

 涙を流す、裕美。
 そんな彼女を、沙夜香は優しく胸の中に抱きしめた。

 優しく、その髪を撫でる。
 何度も、何度も、その悲しみを癒そうというように。

「そう…、先生、かわいそうに。
 ずっと一人で、寂しくて、泣きたかったんですね…?」

 美しい、沙夜香のその姿と、その透き通るような声。その声は裕美の中へと吸い込まれ、彼女の体内に満ちていく。
 しかしそれは間違いなく、人を壊し、堕落させ、歪める為のそれであった。

「大丈夫ですよ、…大丈夫……」

 あやすように、その細く美しい指で、裕美の髪を梳(くしけず)る。
 そして胸の中、彼女に身をゆだね泣き続ける裕美の耳に、そっとささやいた。

「大丈夫ですよ、先生…。先生は、もう一人なんかじゃあありませんよ。
 これからは、私が先生のそばにいてあげます。
 それに…」

 沙夜香の瞳が上げられ、そして和人の方に向く。
 その瞳には、妖しい、隠しようのない愉悦が満ちていた。

「渡辺先生だっていてくれます。
 これからは、渡辺先生が高坂先生の中の寂しさを埋めてくれます。…新しいご主人様になって、きっと先生のことを慰めてくれますよ」

「な…っ!?」

 その思わぬ言葉に、和人はぎょっとした。
 しかし、その彼を見つめる沙夜香の目に押さえつけられ、彼の口からは言葉は出てはくれなかった。

「ほら、渡辺先生のあそこ…、服の上からも判るくらい、あんなに大きくなってますよ?
 きっと、高坂先生に、興奮なさってるんですね。

 さあ、先生。新しいご主人様に、挨拶するんですよ。
 精一杯ご奉仕して、これからずっと可愛がってくれるように、お願いしなくては…」

 沙夜香はそう言うと、そっと裕美から身体を離した。

「ああ…あ……」

 ふらふらと、裕美が身を起こす。その目が和人の方に、求めるように向けられた。



《6》

「高坂先輩…?」

 赤く上気した、それでも相変わらず整った美しい顔立ち。
 しかしそこには、いつもの理知的な自信にあふれた表情は、どこにもなかった。
 普段きりりとしたその眉は垂れ下がり、だらしなく軽く口を開け、はぁはぁと荒い息をもらす。
 そして何よりその瞳には、いつもの勝ち気な色は全くなく、ただ卑屈な欲望だけが目を潤ませていた。

 彼女はゆっくりとベッドから立ち上がり、肌を隠そうともせず、和人の方へと近づいた。

「渡辺君…、お願いします、私の……」

 そしてひざまずいて、その腰にしがみつくように両手を回した。
 彼女のぬくもりが下腹に伝えられ、和人は思わず声を洩らしそうになる。

 しかしそんな彼の困惑を無視し、裕美は彼の顔を上目使いに見上げながら、懇願するように言った。

「私の、ご主人様になって下さい。
 ご主人様に使っていただけるなら、何だってします。どんなことをしてくださっても、かまいません。
 …私は、もう一人ではダメなんです。
 お願いします、私の……ご主人様になって、私のことを思うように扱ってください…」

 裕美の手が、和人のベルトを外す。
 その細い指がスラックスのボタンとジッパーを外し、一緒にトランクスを下ろした。

「……っ!?」

 和人は何とか彼女を止めようとするが、身体は動かず、声もまともに出てはくれなかった。

「ああ……」

 裕美の口から、ため息のような声が発せられる。
 彼女の目の前には、和人のペニスがこれ以上ないほどにそそり立っていた。
 上を向き、血管を浮かび上がらせ、脈打つそれを、裕美は濡れた瞳で見つめ、そしておそるおそるといったふうに手を伸ばし、指でくるんだ。

「く……っ!」

 思わず小さくうめく、和人。
 その声に嬉しそうな微笑みを浮かべ、裕美は彼に語りかけた。

「ご主人様、お願いします。裕美に、ご主人様のモノにご奉仕させてください。
 裕美の口を使って、気持ちよくなってください…」

"ぺちゃ…"

 和人の股間から、濡れた音と共に、激しい快感が背筋を駆け上がった。

「ん…んん」

 裕美はうっとりとした顔で、和人の欲望に奉仕し始めた。
 突然くわえ込んだりはしない。
 まずその先端に軽く、恭(うやうや)しく口づけし、そのまま幹に沿って唇を這わす。
 舌を伸ばし、肉棒を何度も舐め上げ、唾液をまぶしてゆく。
 そうした行為を続けながらも、裕美の目は和人の顔から離れず、その反応を見ながら彼の気持ちの良い場所を探り当てていった。

「う…あっ」

 その動作ごとに、彼は脳が焼き切れるかと思うほどの快感に耐えていた。
 ほんの少しでも気を抜けば、今にも弾けてしまいそうである。

 その彼の肉棒の先から、滴がにじみ出る。
 裕美はその滴を、嬉しそうに舌先でぬぐい取り、口の中に送り込む。

「ああ…、これが、ご主人様の味……。
 とっても、美味しくて…、いい香り……」

"ぷちゅ…、ぴちゅ…"

 夕方の保健室に、淫らな水音が響き渡る。

 何度も、何度も舐め上げる、裕美。
 その度に腰を振るわせる、和人。

 ベッドに足を組んで座り、そんな二人を楽しそうに眺めながら、沙夜香がからかうように言った。

「どうですか、渡辺先生?
 ああ、答えなくてもいいですよ。見ればわかりますもの。…とっても、気持ちよさそう。
 高坂先生をそんなふうに仕込んで下さった、前のご主人様に感謝しなくてはいけませんね。
 その人のおかげで、いま先生はそんなに気持ちよくしてもらえてるんですから」

 くすくすと嗤う。

「……っ!」

 和人はその彼女をにらみ返したが、それ以上は何も出来なかった。
 言い返そうにも言葉も出ず、それだけではなく、股間から突き上げる快感が彼の頭を麻痺させていた。

「ふむ…、はぅ……」

"ぴちゃ、ぴちゃ"と淫らな音を響かせつつ、裕美の愛撫は続く。
 眉をひそめ、唇を噛み必死でこらえる和人に、沙夜香は話しかける。

「渡辺先生、心配しなくてもいいんですよ。
 大丈夫、この部屋には誰も来ません。
 この部屋の周りには、私の力で『結界』を作ってあります。
 誰も寄っては来ようとはしませんし、いくら声を出しても、誰もそれに注意を払おうとはしませんよ」

 …そんな事があるのだろうか?
 和人は鈍った頭で考える。
 ──おそらくは、本当なのだろう。自分がここに来るとき、まるで引き寄せられるように感じた、あの感覚。恐らくは、あれを反対に作用させれば、彼女の言う通りの効果が出るのだろう。

"ぷちゅ……"

 裕美が、和人の肉棒から口を離した。
 彼の方を媚びるように見上げながら、言う。

「…ご主人様、とっても美味しいです。
 裕美は、ご主人様の味や、匂いに感じてしまう、メス犬です。
 お願いします。…私に、ご主人様を、咥えさせて下さい。私の口に、ご主人様のモノを出して、飲ませて下さい……」

 ──しかし、それに答えたのは、和人ではなかった。

「ダメですよ、先生」

 その声に、裕美の細い肩がビクッと震える。
 彼女は呆然と後ろを振り返り、沙夜香の方を見た。
 そして和人も、彼女に視線を戻す。

「高坂先生、こちらにいらしてください」

 突然そんなことを言う沙夜香に、裕美はまるで小さな子供がイヤイヤをするように首を振った。
 それを見て、沙夜香の眉が少しだけ上がった。

「先生、聞こえませんでしたか?
 私はこちらに来てください、と言ったんですよ」

 その言葉には、再び『力』が乗せられている。
 裕美は最後に泣きそうな顔を浮かべた後、すごすごと沙夜香の方へと四つん這いのまま向かった。
 そうやって自分の足下までやってくる裕美の喉を、沙夜香はくすぐるように撫でながら話しかけた。

「ごめんなさいね、先生。でも、先生にはこれからまだ、やってもらわなくちゃならない事があるの。
 心配しなくても良いですよ。大丈夫。ちゃんと、先生にも最後まで気持ちよくなっていただくつもりですから」

「ああ…」

 その言葉に、ネコのように喉をくすぐられながら、裕美はうっとりと声を洩らした。

「さあ、先生。さっきの続きをしましょう。
 私を、悦ばせてください」

 そう言うと沙夜香はベッドの上に移ると、スカートの裾を上げ、膝を開いた。
 和人と裕美の前にさらされる、生身の物とは思えないほどに美しい輪郭を備えた、ほっそりとした脚。その肌は、信じられないほど白く、艶やかだった。
 そしてその奥には、ひっそりとした黒い茂みと彼女の秘めやかな部分が露わになっていた。
 そこはすでに、見てわかるほどにしっとりと湿っており、信じられないほどに淫らな香りを匂わせていた。

「……はい」

 裕美はベッドに上がると、四つん這いの姿で、従順に彼女の脚の間に顔を差し込んだ。
"ぺちゃ…、ぺちゃ…"とその場所から濡れた音が聞こえてくる。その音で、和人は裕美が同性のそこに対し、舌で愛撫しているのだということを知った。

「ああ…先生、気持ちいい……」

 沙夜香が彼女の髪を優しく舐めながら、うっとりとした声でそう言うと、

「くぅ…ん」

 裕美は、嬉しそうにそんな甘い声を立て、腰をもじもじと動かした。
 そばに立つ和人の方に突き出されるような形になったその腰は、すでに彼女の出した粘液でびっしょりになっており、その水滴が太股の内側を伝わっていた。

 思わずその部分を凝視してしまう和人。
 そんな彼を見て、沙夜香がいたずらっぽく笑い、言った。

「さあ、渡辺先生。こっちに来て。
 高坂先生だって、待ってますよ。ねえ?」

 その言葉に応えるように、裕美は腰をさらに突きだし、誘うようにゆらゆらと振った。

「ほら、先生だってこう言ってますよ。
 こんなに濡らして、物欲しそう…。
 渡辺先生? さあ、こっちに来て、高坂先生に入れてあげて下さい。
 一緒に、気持ちよくなればいいんですよ?」

 …もう和人は、沙夜香に操られているのか、それとも自分の欲望に耐えきれなくなっているのか、判断が付かなかった。
 彼にはもう、裕美の秘部しか見えてはいなかった。
 股間の物はこれ以上無いほどに大きくなり、ドクドクと脈打って痛いほどだった。

『──ドクンッ!』

 心の奥の方で警告するような何かが騒ぎ立てていたが、今ではそれさえも和人を抑えることは出来ない。
 彼はふらふらとベッドに上がると、裕美の腰をつかんだ。

「ふ…ん」

 懸命に舌で沙夜香に奉仕しながらも、裕美は誘うような鼻声を立てる。
 和人は大体の見当を立てて、腰の高さを調節したところで、戸惑うように動きを止めた。
 それにめざとく気づき、沙夜香がさらに命令をする。

「高坂先生。渡辺先生が、初めてで戸惑ってますよ?
 先生が、自分で手伝って差しあげて下さい」

 そして、

「う…っ!」

 和人のペニスを、冷たい感触が包む。
 裕美が手を伸ばして、彼のそれを指で包み込んだのだ。
 そのまま彼女の手が動き、肉棒の先端が、濡れた熱い肉に触れる。

『ドクンッ!』

 その音は、彼の興奮から来る鼓動の音か、何か彼にとって重要な意味を持つ警告の音か。

"ずりゅ…"

「くぅ…っ」

 食いしばった歯の間から、それでも声が洩れる。
 熱く、ゆめった彼女の肉が、彼のペニス全体を余すところなく覆い、締め付ける。
 今まで想像していた物とは全く違う、圧倒的な快感が彼の脳を焼き焦がす。

「うんん──っっ!」

 沙夜香の股間に顔をうずめながら、裕美もまた、やっと与えられることのできた快楽に身を震わせた。

「ああ…、んんんっ!」

 背中を反らせ、全身をびくびくと振るわせながら、歓喜の声を上げる。
 彼女は目の前の沙夜香の粘膜に舌を這わせながら、夢中で腰を振るい、与えられた快楽を少しでも多くむさぼろうと動く。

「くうぅっ…」

『ドクンッ!』

 和人の頭の奥で、うるさいほどの拍動が鳴り響く。
 警告するように、誘うように、否定するように、……そして、何かを生み出そうとするかのように。

"ずりゅっ、ずりゅっ"

 もはや和彦にも、裕美にも、理性などと言う物は残っていなかった。
 ただがむしゃらに、あるいは突き、あるいは締め付け、お互いの与える快楽をむさぼる。

 和人は上体を裕美の背中にかぶせ、手を前に回し、彼女の豊満な乳房を手のひらにすくい上げた。
 そのまま何の手加減も無しに、撫で、揉みしだく。その膨らみは彼の手の動きに合わせて、信じられないほど柔らかく形を変えていく。

「ああ、あああ…っ!」

 さらに彼は目の前の、黒髪から覗く白いうなじに舌を伸ばす。
 口づけし、舐め、しゃぶり、そして本能の命ずるままに歯を立てる。

「………っ!」

 裕美はそこから起こる、今まで感じたことのない程の快楽に、思わず背中をそらせ、沙夜香の性器から口を離してしまった。
 沙夜香は不機嫌そうに、そんな彼女の髪の毛を掴むと、無理矢理に自分の股間へと彼女を押しつけた。

「だめですよ、先生。
 きちんと、私に奉仕して下さらないと…」

"…ぺちゃっ、ぺちゃ……"

 再び、必死で沙夜香の性器に舌で奉仕を始める裕美。
 しかしそんなことにはお構いなしに、和人は腰を突き上げ続ける。

『ドクンッ、ドクンッ!』

「くうっ…、はぁっ、はぁっ…!」

 その彼の突き上げに裕美の身体は揺れ、それが彼女に秘所を舐めさせる沙夜香に不規則な刺激を与え続ける。

「ああ…、そう、気持ちいいです、先生。
 もっと、…もっと舐めて下さい」

 徐々に、沙夜香の呼吸も乱れ始めていた。
 目元を赤く染め、裕美の頭を自らの股間へと押しつける。

"ぺちゃ、ぴちゃ…っ"

 それに応えて、裕美の舌の動きが、さらに熱のこもったものへと変わる。
 舌を伸ばし、襞をかき分け、舐め上げ、吸い付き、あるいは唇ではさみ、刺激する。
 もはや裕美の顔の下半分は、自ら出した唾液と、沙夜香の分泌物とでグチャグチャになっている。それでも、彼女は沙夜香に対する奉仕を止めようとはしなかった。

「先生っ、そこ、いいですっ。
 ああ…、気持ち、いい」

 沙夜香はうっとりとした表情で、ささやく。

「渡辺先生も、とっても素敵…。
 高坂先生の躰を通して、先生の『力』が流れ込んできます。
 …とっても、美味しい。
 こんなの、初めて。

 やはり先生の力は、他のものとは全く違うみたいですね……」

 だが彼女の言葉は、今の和人には全く届いていなかった。
 いや、正確には耳には入っていたのだ。だが、彼の心は、そんな彼女の言葉などに意識を払う余裕などなかった。

『──ドクンッ、ドクンッ!』

 ただ、それ以外のことが出来なくなってしまったかのように、和人は裕美の首筋を責め、乳房を握りつぶさんばかりに揉みしだき、そして腰を突き上げる。

「んぁ、……あああっ!」

 その度に、裕美の口からは言葉にならない悲鳴のようなあえぎが発せられる。

 そして、その二人のむき出しになった精神が、沙夜香の糧であった。
 それらを啜り、味わい、飲み干す。

 和人の『力』。純粋な、それでいて漠然として正体が掴みづらい、圧倒的な力。
 今まで味わってきた、どんなものとも違った。
 それはある種の食べ物がそうであるように、古く、年月を経、腐敗し、澱(おり)をためつつ、そうやって深みを増してきた力のような……。

 沙夜香は自らの内に力が流れ込むのを感じて、うっとりとその感覚に身を任せた。

「う……ぁっ」

 和人の口から、呻きにも似た声が洩れる。

『ドクンッ、ドクンッ!』

 彼の中の拍動はひたすらにその強さを増し、彼はどうにかなってしまいそうだった。

『ドクンッ!』

 それでも、彼はもう止まれなかった。
 目の前にある白い肌に鼻を擦りつけ、あるいは唇で吸い付く。
 両手には柔らかな、それでいて張りがあり、手のひらに張り付いてくるような快感にも似た手触り。
 そして、彼のペニスを包み込む、女の肉。彼のモノにからみつき、締め付け、彼を刺激する。そしてそこから、汲み尽くせぬ泉のようにあふれ出す、快楽。

『ドクンッ!』

 心の奥の、拍動。
 何かがあふれ出そうと、暴れている。

 そして彼は、それを恐れている。

 …おそらくは、そうなのだろう。『それ』が恐ろしいが故に、彼は今までこうした行為から無意識に逃げてきたのではないか?

 それなりの顔貌をした彼。
 今までに、女性と関係をもてる機会は、いくらでもあった。
 しかし、彼はそれを避けた。
 今思えば、それはこんなふうに、『それ』を起こす事態になることを、本能が避けていたのではないか?

『ドクンッ、ドクンッ!』

 しかし、もう止まることは出来なかった。
 彼は裕美にねじ込み、突き上げ、えぐるように腰を動かす。
 そのひと動作ごとに、初めての快感が脊髄を走り、脳をかき回し、そして『それ』の鼓動と同調する。

「ぐ…あぁ…」

 しかしそれも、終着が近づく。
 すでに彼の我慢は限界に達しており、陰嚢がせり上がっていくのがわかった。

『ドクンッ!』

「ううっ!」

 最後の力を振り絞って、肉棒を裕美のもっとも深いところへと突き込む。

「ああああ……っっ!!」

 その最後の荒々しい動作を受け、裕美もまた絶頂へと達する。
 膣壁が急激に収縮し、彼のモノを引きちぎるほどに圧迫した。

『──ドクンッ! ドクンッ!!』

"びゅくっ、びゅくっ…"

 心の中の拍動と共に、堰を切った精液が尿道を伝わり、先端から裕美の胎内へと吐き出される。

『ドクンッ、ドクンッ…』

 …和人は、生まれて初めて感じる大きな開放感に身を任せ、裕美の背の上へと崩れ落ちた………



《7》

「はぁ……」

 沙夜香の口から、満足げなため息がもれた。
 もう日も射し込まなくなり、薄暗くなった保健室のベッドの上、二人の男女の裸体が重なり合い、横たわっている。

 和人の『力』。予想以上であった。
 初めて味わうほどの、美味。
 それが本来どんな力であるのかまではわからないが、十分に堪能できた。

 本来、沙夜香は男嫌いである。
 しかし直接繋がらなくとも、裕美を通して、その生命の力を存分に啜ることが出来た。
 この学園にやってきて、思わぬ獲物を見つけたものである。

『本当は、男性は嫌いだけれども…』 …これほどの素材となれば話は別である。
 沙夜香は、考える。

 このまま殺したりするのは、あまりに惜しい。裕美共々、傀儡(くぐつ)として側に置いておこう。
 そうして気の向くときに、今日と同じように、味わえばよい。

 そうと決まれば、もう迷うことはない。
 そのための作業は、すぐに済むのだし。

「先生、渡辺先生。
 起きて下さい」

 和人に、声をかける。
 その裸体が、のろのろと起きあがった。

「先生? 先生には、私の、下僕(げぼく)になっていただきます。
 大丈夫、怖がらなくてもいいですよ。
 これからは、何も考えず、私の望むときに、私と共に快楽に溺れ、それを楽しんでいただく……、ただ、それだけのことです」

 彼の頬に手を伸ばし、顔をそっと上げさせる。
 後はただ、口づけをし、彼女の吐息を彼の心の中に巣くわせれば、それで終わりだ。
 沙夜香の息は彼の精神をむしばみ、支配し、そして彼を彼女の傀儡と化す。

 そしてそれを行うべく彼の顔に顔を寄せたとき、彼女の背筋に戦慄が走った。

 和人の、その瞳。
 それは先ほどまでのそれとは、全く異なっていた。

 碧い、瞳。

 それは限りなく深く、暗く、全ての光を吸い込んでしまうかのようでいて、……そのくせ、けっして黒くはなかった。

 碧い、ただひたすらに碧い闇…。

 そんな、矛盾するかのような色彩が、そこには広がっている。

「せん、せい…?」

 声が、かすれる。
 獲物であるべき、その男。彼は、別に何をするでもなく、ただ彼女と目を合わせているだけである。
 なのに今、彼女は間違いなく彼に怯えていた。

「……」

 和人の唇が、小さく動いた。
 彼が何を言ったのか、沙夜香には聞こえなかった。

「なに…?
 なんですか、…先生?」

 それでも何とか、沙夜香はその威圧感に抵抗しようとする。
 目の前の男は、自分の獲物である。
 ついさっきまで、彼女はそいつを喰らい、啜っていた、その相手である。
 そのことが、彼女に逃げることを許さなかった。

「……ない…」

「…え?」

 再び、聞き直す。
 そしてその後に出された彼の声は、今度こそはっきりと彼女の耳を打った。

「まだ、足りない…っ」

 ──突然、和彦の右腕が彼女に伸ばされ、その首を片手で掴んだ。

「なっっ!?」

 首に走る、激痛!
 と同時に、全身が凄い力で振り回され、彼女の躰は床へと叩きつけられた。

「が…はっ!?」

 背中から床に落ち、肺から空気が絞り出される。
 彼女には一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
 いくら細身だとはいえ、彼女は平均より高めの身長を持っている。体重も、50kg近くある。
 にもかかわらず、和人はその重量の人間を、片腕の力のみで投げ飛ばしたのだ。

「くっ…!」

 沙夜香も通常の人間ではない。
 その衝撃に耐え、慌てて跳ね起きようとしたが、それは叶わなかった。

 碧い、瞳。
 その『力』をもった瞳が、彼女を見下ろしていた。

「な……」

 その目から放たれる、重圧。
 ここに来て、立場は逆転していた。
 今度は沙夜香の方が、相手の力に押され、指一本動かすことも出来なくなったのである。

『これは……?』

 沙夜香の心に、動揺が走る。
 和人の目から放たれる『力』は、確実に彼女を絡め取っている。

 ……いや、それは正確ではない。
 そのときになって、初めて彼女は悟った。
 彼女を縛る力。それは彼の瞳から放たれているものだけではなかった。
 彼女の内側…、彼女の体の中に、彼女を縛る力が存在していた。

『ああ…!?』

 彼女は、理解する。
 彼女が先ほどの行為を通じて、彼女の中に取り込んだ、彼の『力』
 それが、彼女を縛り付けているのである。

 和人が、動いた。
 床の上で動けなくなった沙夜香に覆い被さるように、身をかがめる。

「い……いやっ…」

 もはや、沙夜香は怯えていた。
 がたがたと、身体が小刻みに震え、奥歯がカチカチと音を立てて噛み合わない。
 一転して恐怖が、彼女の心を覆い尽くした。

 和人の手が彼女の襟元に伸ばされ、服を掴んだ。

「…まだ、足りない。
 お前を、もらうぞ…っ」

 …その声は、先ほどまでの和人のものとは違う、明らかに他の『何か』の声であった。

"ブチッ!"

 和人の手が、沙夜香のブラウスのボタンを引きちぎった。
 そのまま無理矢理手を服の中に入れ、下着をずらし、乳房を外に出そうとする。

「ああ、いやぁ。痛いっ!」

 悲鳴を上げる沙夜香。
 だが和人は、そんな彼女を見下ろしながら、眉一つ動かしはしなかった。
 ただ乱暴にその肌に指を立て、愛撫といえぬほどに乱暴に弄ぶ。

 今の和彦の中に、いつもの彼はなかった。
 心の、魂の深淵から解放された『何か』。
 それが、彼を、今までの彼とは全く違う存在としていた。

 下着からこぼれ落ちた乳房に爪が食い込み、静脈の浮き出たその白い肌に、わずかに血がにじむ。

「くうぅ…っ!」

 唇を噛み、耐える沙夜香。
 その目が、和人の碧い瞳と合った。

「あ…」

 沙夜香を、その圧倒的な力が蹂躙する。
 彼女の外と、彼女の中。その両方から、彼女は捕らえられていた。

「古き……」

 和人の口から、その言葉が発せられる。
 どこか、遙か遠くから響くような、そんな声。

「古き血の盟約をもって、我に従え」

 その言霊が、沙夜香を犯す。

「汝は、我が力を自らの内に備えた、我が供物なり。
 故に汝は、血の盟約に従い、我が従者となるがよい…」

 和彦の顔が、沙夜香の上に降りてくる。
 唇と唇が、重なった。

 しかし、それは『口づけ』と呼ばれる行為とは、全く違ったものであった。
 唇を通して、沙夜香と和人が混じり合う。
 そして沙夜香は、その巨大な和人の内の存在に、踏みにじられ、引き裂かれる。

「ああ…あ……」

 解放された沙夜香の唇から、絶望のため息が吐き出される。
 和人は、そんな彼女をただ見下ろし、身体を動かした。

 彼女のスカートをまくりあげ、その秘部を露わにする。
 彼女のそこは、先ほどまでの行為でまだしとどに濡れたままであった。
 腰を狙いを付け、そそり立ったものを彼女の中に無造作に突き立てる。

「あ…、がぁ……」

 苦悶の、うめき声…。
 それにかまわず動こうとした和人だが、

「…?」

 ふと、動きを止める。

 彼が確認した、二人の繋がった箇所からは、沙夜香の分泌物に混じって赤いものが床に流れ落ちていた。

「そうか、お前、処女だったのか…」

「……っ!」

 沙夜香のきつく閉じたまぶたの端から、屈辱の涙がこぼれ落ちる。
 和人はその滴に舌を伸ばすと、舌先でぬぐい取った。

「少し、辛抱しろ。
 すぐに、そんな痛みなど感じなくなる」

 そう言って、彼はうごき始めた。

"ぬちょっ、ずりゅっ…"

 淫らな湿った音を立てながら、彼のモノは沙夜香の秘所を出入りする。
 彼が動くたびに、沙夜香の顔が、引きつるようにうごめいた。

「あ、ああ…」

 和人は、ただその行為を続ける。
 その動作は、先ほどまでの荒々しいだけのものとは、全く違っていた。ただ静かに、彼女を蹂躙する。

「うぅ…、ああぁ……」

 いつからだろうか? 気がつくと、彼女の漏らす吐息が、その彩りを変えていた。
 先ほどまでは痛みと屈辱に耐えるだけのそれが、今では確実に熱い、全く別の感情を表すものへと変化している。

「はあっ、はあっ、はあっ…」

 彼女の両腕が、和人の背に回される。
 まるで幼子がそうするかのように、彼の身体に懸命にしがみつく。

"ぬちゃっ、にちゃっ…"

「はあっ、はあっ…」

 和人のモノが沙夜香の濡れた場所をかき分ける音と、彼女の荒い呼吸。
 その音だけが、静まりかえった保健室に響き渡る……。

「うぅ…っ!」

 和人が静かにうめく。
 ぶるぶると、彼の腰が震えた。

「はあ……ぁ……」

 そして、沙夜香もまた、ただ静かに、絶頂を迎える。

「……これで、お前は俺の『モノ』だ…」

 耳元でささやかれたその言葉に、沙夜香はただ、

「はい…」と答えた。



《8》

「失礼しまーす」

 そう言って、和人は保健室のドアを開けた。

「よう、どうした。
 もしかして、サボリか?」

 相変わらずのクールな声で、部屋の主が迎えてくれる。

「いや、また美味しいコーヒー、ご馳走になろうと…」

 部屋の中に入る。
 そこにはやはり相変わらずの、白衣姿に身を包んだ裕美が、彼を迎えてくれた。

「まったく、いつもたかりに来るだけじゃあなく、たまにはお茶菓子の一つも持ってくればいいものを……」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、ポットからコーヒーをカップに注いで、手渡してくれる。
 ちなみに、そのカップは和人が持参した、彼専用のものだ。

「あ、どうも」

 コーヒーを啜る和彦。
 その向かいに椅子をずらし、裕美もそこに座った。

「そう言えば、もうすぐ教育実習生が来る頃でしたよね。
 いつからでしたっけ?」

 そんなふうに話題を振る和人を、裕美が白い目で見る。

「お前…、今日の職員会議、何にも聞いてなかったろう。
 再来週からだよ、……なんでも、うちの理事長の娘も来るみたいだがね」

「へえ、理事長の娘さんって、教員志望なんですか。
 それじゃあ、この学校の卒業生なのかなあ。
 …先生、知ってます?」

「いや、私が来る前の年に、卒業したらしい。なんでも、結構な美人だそうだぞ」

 言葉の中に、なにやら僅かに嫌みっぽい響きがあるような気がするのは、和人に気のせいだろうか?
 だから和人のほうも、少し意地悪そうな対応をしてみた。

「なんだ、若い可愛い娘が来ると聞いて、心配してるのか……裕美?」

 …その、含んだものを感じさせる言葉に、裕美ははっと黙った。
 いつものきつい雰囲気がなりを潜め、なにやらチラチラと視線を泳がす。

「なに、大丈夫だよ。
 もしその子が可愛かったとしても、お前を解放してやったりはしないよ。

 ──裕美、…舐めろ」

「……はい」

 そう答えると、彼女は椅子を立ち、和人の足の間にひざまずいた。

「…ご奉仕いたします、ご主人様……」

 ズボンのチャックを開け、その隙間から指を入れ、彼のモノを取り出す。
 その表情には、いつものクールな雰囲気などどこにもなく、ただ淫らな喜びに対する期待だけが、目元を染めていた。

「ああ…んっ……」

"ぴちゃ…、ぬちゃ…"

 股間からわき上がる快感に目を細めながら、和人はゆっくりとコーヒーを啜り、その味を満喫した。





「神条さん、今日はお昼、どうするっ?」

 一人席に着き、窓の外を眺める沙夜香に、健康さを感じさせる元気な声がかけられた。

「ああ、渡辺さん。そうですね…、今日は渡辺さんは、お弁当は?」

「ううん、今日はお母さん、忙しくって。だから、お弁当はないの」

 その明るい夏紀の笑顔に眩しそうな視線を送りながら、沙夜香は微笑みを浮かべ、応えた。

「そうですね…、今日は、お天気もいいことですし。
 パンでも買って、中庭でご一緒しません?」

「あ、それいいね。そうしよっ」

 夏紀と沙夜香は、仲良くやっていた。
 周りもこの雰囲気の全く違う組み合わせを、なぜか納得しながら眺めている。

「それでね、神条さんっ、昨日……」

 その声にあわせ、彼女の後ろでまとめた髪さえも、ぴょこぴょこと揺れているような錯覚を憶える。
 沙夜香は、そんな夏紀の話題に、楽しそうに応える。
 健康で、真っ直ぐな、力強い生命力……

「…美味しそう……」

 つい、小さく声が出てしまった。

「……え? 何?」

 夏紀がきょとんとした顔で、沙夜香を見た。

「ああ、ごめんなさい。なんでもないんですよ」

 沙夜香は、軽やかにそう言ってごまかし、

「そういえば、渡辺先生、今日の職員会議で居眠りをしていて、叱られたそうですね」

 そんな話題を振った。

「ああ、聞いた聞いた。
 まったく、呆れちゃうわよね。
 身内に、恥だけはかかせないでもらいたいなぁ」

 案の定、その話題に乗ってきた夏紀だったが……

「ねえ、神条さん。なんか、神条さんって、カズ兄ぃの話題、よくするよね?」

 何かを心配するように、何かを探るように、夏紀がそう言う。
 しかし沙夜香は、そんな彼女にくすくすと笑って答えた。

「だって、夏紀さん、渡辺先生のことばっかり気にしてらっしゃるみたいだから…。
 どうなんです? 夏紀さん、本当のところは…?」

「ううんっ、違うよっ。
 だから、そんなのじゃあないって…!」

 真っ赤になって、しどろもどろに話す彼女を、沙夜香は微笑みながら眺めた。

『大丈夫ですよ、夏紀さん。
 私は、あなたから先生を取り上げるようなことはしませんよ』

 心の中で、そう呟く。

『だって"私"が、先生の"モノ"なんですから……』

 そして夏紀の要領を得ない言い訳と、沙夜香のくすくす笑いは、授業開始のチャイムが鳴り響くまで続くことになった。

 
 


 

 

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