タクマ学校


 

 



その10


友人 川口ツトム


 タクマの家の門を出て2階の窓を見上げると、いつものようにタクマが、ちょっと寂しそうに僕を見下ろしていました。手を振ると、タクマも小さく手を振って僕を見送ります。大きな声で何か言おうかと思ったけど、特に何も浮かばなかったので、自分の家に向かってまっすぐ歩いていくことにしました。

 今日僕は、タクマに初めて中学受験の話をしました。駅で言うと6つも離れたところにある中学ですが、部活も盛んなところで、野球部もとても強いので、チャレンジしたいと思っていたのです。僕はタクマと違って頭が悪いけれど、自分の力でやれるだけやってみたいと思います。僕もちょっとぐらいは、タクマが言うみたいに、あいつの催眠術を使えば勉強の集中力もぐっと上がるはずだと思ったりしました。でも、その後もずっとあいつの催眠術に頼って勉強や野球をやっていくわけにもいかないし・・・、それに今頑張っておかないと、ずっとタクマに差をつけられたままになってしまうと思ったのです。僕をいつも頼りにしている、舎弟みたいな存在だったはずのタクマは、催眠術を覚え始めた頃から、いつの間にか僕らの仲間内のヒーローになりました。それだけじゃなくて、あいつは催眠術の腕をどんどん磨いていって、大人も思うままに操るような、凄い奴になってしまいました。あいつと遊んでいると僕たち子供にとってはありえないぐらいのエッチなことまで楽しめて、夢のように面白い毎日でした。でもそろそろ僕も僕で頑張らないと、タクマの友達としても情けないな、って思うようになったのです。それで今日、思い切って中学受験の話と、あいつの催眠術に頼らずに勉強するって話をしました。

 やっぱりさすがのタクマもショックだったみたいです。4年生で同じクラスになってから、ずっと一緒に遊んできて、タクマが催眠術を覚えてからはずっとあいつの横で一緒に面白がってたのに、違う学校を目指すことや、あいつの助けを借りないで行くことを突然聞かされたのだから、ビックリして当然だと思ってます。しばらくはスネちゃって、僕の話をちゃんと聞こうともしませんでした。でもちゃんと僕の思ってることを説明して、「タクマは日本一の催眠術師だけど、もしもタクマがスランプか何かになって、催眠術とか全然使えなくなったとしても、俺たちは友達だぞ」って言ったら、やっとしぶしぶながらも納得してくれました。僕たちは、タクマの部屋の前で、握手をして別れました。別に僕が受験で忙しくなるからって、合格したら違う中学に行くからって、野球部に入って練習で忙しくなるからって、タクマと僕とがもう一緒に遊ばなくなるわけじゃないです。でも何となく二人ともそんな大げさな気分になってしまって、長いこと握手をしていました。

「じゃあな、タクマ。」

 僕は小さな声で呟いてみると、急にちょっと喉の下の辺りがカァって熱くなったので、走って家に帰ることにしました。どこかの家でカレーを作ってる匂いがします。早く家に帰ろうと思いました。



高校生 柿本光夫


 シャッターをたいてやると、椅子に座っている兄貴と恵理さんは嬉しそうに左手の指輪を、本当はいない取材陣に向けて、見せつける。兄貴は自慢気に、恵理さんはちょっと恥ずかしそうにハニカミながら、取材陣の質問に一つずつ答えてくれます。いいねえ。二人とも完全にノリノリっすね。僕も三脚にセットされたビデオカメラと、手に持っているデジカメの面倒を交互に見ながら、二人を盛り上げます。最高の婚約記者会見にしてやろうと思ってる、優しい弟ならではの頑張りですね。

 今日、兄貴の隆夫と恋人の富田恵理さんは婚約をしました。これは僕の暗示も何も関係なくて、本当の話。今週末にでもお互いの両親に挨拶をして、結婚について真剣に話し合っていくそうです。いつも二人で遊ばせてもらってる僕は恩返しとばかりに、今夜は兄貴の部屋で芸能人ばりの記者会見を開いて、祝ってあげてます。今二人は、自分たちを祝福してくれる取材陣に囲まれて、最高に幸せな会見をしてるという、暗示にかかってるって訳です。ま、そうは言っても、二人ばっかり楽しませるのもちょっとシャクなんで、僕もちょっとは楽しませてもらいます。

「では恵理さんに質問です。いつも綺麗でお洒落な恵理さんですが、ちなみに今日はアンダーウェアは、どんなものをお召しなんですか?」

「そ、そんな〜。綺麗だなんて・・・。うふふ、上下とも白です。今日は記念の日になるから、女の子っぽいのがいいと思って。フリフリのにしちゃいました。」

 恵理さんが恥ずかしそうに髪の毛を撫でながらも、明け透けに答えちゃいます。「記者会見の場では、質問されたら何でも正直に答えちゃうのが決まりなんですよ」って刷り込んであるから、二人ともどんな質問にも従順に答えてくれるんです。

「素晴らしいですね。よろしかったら、お二人ともカメラの前で下着姿になってもらえますか?」

 隆夫の笑顔がちょっとこわばる。恵理さんは恥ずかしそうにモジモジしてるけど、実はちょっとまんざらでもなさそうです。職場の花としてさんざんチヤホヤきて、人の注目を浴びるのが密かな快感になってるっていう性癖を僕に知られてる限り、恵理さんは僕の術から逃れることは出来ないっすね。

「ほら、どうしました? みんなのカメラの前で、幸せ一杯の二人の熱々ぶりを見せつけちゃってください。二人が主役ですよ。」

「は、はい! 恵理、脱ぎます。」

 恵理さんが立ち上がって、ちょっとモタモタしながら、ちょっとフォーマルなパール色のワンピースの背中のチャックを下ろしていく。潤んだ目で背中に両手をやる仕種が何かとても色っぽいです。兄貴は幸せ者っすね。

「お、オイ、恵理。やりすぎじゃねえか?」

「隆夫も早く脱いでよ、記者会見では聞かれたことは何でも答えて、言われたことは何でもやる。常識でしょ? みんな見てるんだから、恥かかせないでよ。」

「そ、そうだったかなー。・・・くそ。」

 兄貴はやたらマッチョな体つきだけど、やっぱり男が躊躇いながら服脱いでるところは情けないですね。後で二人を正気に戻して、みんなでビデオ鑑賞会して笑い飛ばしてやろう。

「隆夫さんは黒のブリーフ、恵理さんはフリルの白。とてもお似合いでセクシーなカップルですね。いつもそういった下着を愛用してらっしゃるんですか?」

「はい、普段はこういう普通の下着が多いです。でも時々隆夫がお願いするから、Tバックとか、はいたりもします。」

 恵理さんが突っ走り始めましたよ。素面の時は兄貴がリードして恵理さんが素直に言うことを聞いてるって関係の二人だけど、催眠にかかると恵理さんはどこまででもイっちゃうタイプなんだよね。右手で髪を掻き分けて恥ずかしそうにしながらも、どこまでも付き合ってくれる。今日も爆走してもらいますよ。

「なるほどー。まさに熱愛中といった感じのお二人ですね。ところで恵理さんは先ほどから髪の毛に手をやっておられますが、癖なんでしょうか。綺麗な髪ですねー。ちなみに下の毛の髪質も見せて頂きたいのですが、よろしいですか? 壇上に腰掛けて、下の毛をしっかり見せちゃってください。」

「は・・・・はい。今日は特別ですから・・。こんな感じです。今日だけですよ。」

「おい、恵理。恵理ってば。」

 兄貴が呆然と見守る中、恵理さんは椅子から立ち上がるとパンツをするする膝まで下ろしちゃって、髪を撫で付けるみたいに、カールしてる陰毛を撫で始めました。時々カメラ目線になって、恥ずかしそうにキュートなスマイルを見せてくれちゃってます。フラッシュをたきながらさらに指示すると、恵理さんは僕の言う通りに、パンツを脱ぎ捨てて、両膝をしっかり開いてアソコも指でパックリと開けてくれました。そんな暗示はかけてないのに、恥ずかしい液でしっかり濡れてテラテラしちゃってます。

「近所で評判の、可愛くて明るい受付嬢を手に入れた、ラッキーな隆夫さんですが、恵理さんのアソコをどう思われますか? 使った感じはどうですか?」

「そ、そんなこと・・・訊くんですね。は、はい、綺麗なマ○コだと思っています。濡れやすいし、感度もいいし、その・・、とても良いです。」

 営業スマイルでカメラにアソコを見せびらかしてる彼女の横で、兄貴が一生懸命真面目に答えようとしてるのが笑える。

「クリトリスも勃起すると普通の人よりも大きくなりそうな恵理さんですが、そのへんは彼氏の隆夫さんから見てどうなんですか?」

「な、何でそんなこと知ってるんですか? ま、あの、確かにそうです。結構大きくなるし、そこが一番感じるみたいです。はい。・・・次の質問はありませんか?」

 兄貴が必死になって答えてる。横で恵理さんが嬉しそうにアソコをおっぴろげてる。今日はこのままフルコースだ。もちろん二人にちゃんと全裸になってもらって、婚約記念公開セックスをやってもらっちゃう。いつものさらに倍率ドンの快感を感じてもらって、僕の合図があるまではイケなくしちゃって、弾けまくった後は、失神するぐらいの絶頂を迎えてもらう。恵理さんが凄い潮吹きそうだから、ビニールシートを用意しないと・・・。もちろんすぐに恵理さんだけ回復させて、その後は僕ともっと凄いセックスにチャレンジしてもらっちゃおう。めでたい日なんだから、夜通し狂ってもらっちゃってもいいっすよね。とにかく二人ともおめでとう。これからも色々とよろしく、ってところだね。



小学生 佐久間ユウタ


「何でだろう? こうやって比べて見ると、もっとわかんなくなっちゃった。」

 僕がペンライトをゆっくり点滅させると、3人はそれに合わせてゆっくりと手を羽根のように上下に振りはじめました。僕の前に裸で立って、ボーっとした目で両手をパタパタさせてる3人は、今しっかり深いところまで落ちています。お母さん、理沙さん、それに塾で知り合ったチカちゃん。この3人をちゃんと並べて裸を見比べると、よけいにわかんなくなってしまいました。

 だって、チカちゃんは僕と同学年だから、オッパイもほとんど出てないし、体も子供です。下の毛もちょびっとしか生えていなくて、手足も細くて、あんまり女の人って感じにはまだなっていないです。それなのに、近くで見たり触ってみたりすると、今の僕が一番ドキドキするのは、チカちゃんなのでした。

「こっちの二羽のカモメさんは、もう自由にこの部屋を飛びまわってもいいですよ。こっちのカモメさんは、このままにしていてくださいね。」

「アー、アー。」

 お母さんと理沙さんがリビングを楽しそうに歩き回って、手をバタつかせています。二人ともとても気持ちよさそうな、リラックスした顔をしています。僕は、目の前のチカちゃんに向き直りました。

「僕、チカちゃんのこと、好きになってきてるのかな? それともお母さんや理沙さんで遊ぶのに飽きてきて、チカちゃんを新鮮に感じてるだけなのかな?」

 小ぶりでちょっと固い感じのチカちゃんのオッパイを触ってみると、チカちゃんはちょっとあごを上げて、小さな溜息をつきます。

「チカちゃん、今あなたは催眠術にかかっていますよ。あなたは気持ちいいですか?」

「・・・はい。」

 チカちゃんは手をパタパタさせるのを止めて、僕に答えます。ちょっと口許が緩んで、笑ってるみたいになりました。

「また催眠術にかかりたいですか?」

「・・・はい。」

「・・・よかった。」

 僕がちょっとホッとして、チカちゃんの顔を安心しながら眺めていると、少しだけわかったことがありました。チカちゃんの、睫毛の長くて綺麗な目とか、笑顔の感じとか、どことなく、お母さんや理沙さんに似ています。チカちゃんは塾でも、筆箱を忘れた僕に、ケシゴムとか鉛筆とか貸してくれましたけれど、その時の優しい笑顔も、ちょっとお母さんや理沙さんに似てたような気がします。初めて僕の家に遊びに来てくれたのに、いきなり催眠術をかけて、裸にしちゃいました。でもチカちゃんのことをよく知ることが出来たし、なんで僕が急にこの子のことが気になりだしたか、ちょっとだけわかったような気がしたので、よかったです。

 でも僕はチカちゃんのことが好きなんでしょうか? まだよくわからないです。また何回かチカちゃんに催眠にかかってもらって、色々確かめてみないと、わからないと思います。チカちゃん、また遊ぼうね。



小学生 藤堂マサト


 重いチャリをこいで、川べりの道を走る。後ろのヨーコが、俺に必死でしがみついた。

「お兄ちゃん。ヨーコ怖い。」

 近くを歩いてた散歩のジイさんが、ギョッとしてこっちを振り返る。俺はほっといてチャリをこぎ続けた。

「別に怖くねえよ。そんなにスピード出してねーじゃん。」

「駄目、ヨーコ怖いよぉ。」

 妹が泣きそな声を出すから、俺もスピードを落して走ることにした。俺が必死になってこいでるチャリの後ろに乗ってるのが、以前は俺の姉貴だったヨーコ。性格は最悪だったけど、怖がってるところを誰かに見せたりは絶対しなかった。タクマの手で、10年分の記憶を完全に失って、今は7歳ぐらいの知能と性格に戻っちまって、俺の妹ってことになった。親も最初は慌てたけど、今はなるようにしかならないって言ってる。薬か何かヤってこうなったとでも思ってるんじゃねえかな? ヒデえ親だよ、ホント。

 最初これは、タクマがヨーコに罰を与えたんだと思ってたけど、最近、ひょっとしたら違うのかもしれないって思い始めてる。前のヨーコがもうちょっとまともになって、普通の人生送るには、イッペン全部やり直すぐらいのことを・・・、とかな。まあ俺の頭であれこれ考えたところで、どうせよくわかんないから、とりあえずは根気よく、いい兄ちゃんでも勤めるしかねえと思ってる。でも俺、駄目なやつだから、いつまで続けられるか、わかんねえけどな。だって、体は女子高生で頭は俺の言うこと聞く可愛い小学生なんだぜ、もしも間違いとかあったら・・・、冗談だけどな。とにかく、今日は妹を連れて、堤防のところまでチャリで行くっ。先のことはそれからしか、わかんねえ。



高校生 柿本光夫


「で、結局、ヨーコがテキトーに遊んで色々やらかした後始末を、一つ一つこなしていったって訳? ほぇー。そんな手間のかかること、よくやる気になるよなー。俺には絶対無理だよ。」

 僕が驚いて、というか呆れてタクマに言うと、勉強机の椅子をこっちに向けて座っているタクマは、いつもの照れたような気弱な笑みを浮かべた。本当に普段はこんな無邪気な顔したガキんちょが、凄い技を次々繰り出すのかと思うと、今でも不思議な気持ちになりますね。

「全員治した訳でもないと思うし、フォローしきれてないような話もあるかもしれないけど、とりあえずヨーコが記録に残してた範囲では、ほとんどつぶせてると思うよ。誰かがかけた暗示を解除して、精神的外傷が残らないように上手に忘れさせたり違う記憶とすり替えて納得させる。普通に催眠術をかけるよりも難易度が高いと思うと、逆にやる気が出たよ。まー、ヨーコの卒業試験みたいなもんだね。」

 タクマが当たり前みたいに答える。こいつの、催眠術を極めたいって願望は本当に強いみたいです。これだけ凄腕になっているのに、まだ色んな経験を積んで、ちょっとでも腕を上げたいと思ってるみたい。全然適わないっすね。玩具を沢山作って、笑えることさせていれば満足っていう僕とは、そもそも方向性が違う。ベッドに座ってるユウタに目をやると、ユウタはユウタで、犬になってる詩織ちゃんの腹を撫でて楽しそうに詩織ちゃんの反応を見てる。遊びにかけるガキどもの情熱って奴には、まだ高校生の僕でも圧倒されるしかないみたいっす。

「それで今日俺たちを呼んだのは、ヨーコの件の最終報告って訳っすか、師匠?」

「だから師匠じゃないって、こないだ言ったでしょ、ミツオ君の方が僕の先生で・・・」

 タクマが喋りだした時に、家のチャイムがなった。タクマは嬉しそうな声を出して、窓に駆け寄った。

「あっ。やっと、来たみたいだね。今日はヨーコのことって言うよりも、実は新しい先生候補を呼んでるんだよ。ユウタとミツオ君にも素質をチェックしてもらいたかったんだ。新教師採用試験みたいなもんだね。・・・あ、どっちかと思ったら、二人一緒に来てるみたいだね。はいはーい。」

 タクマが部屋の窓から門のところをチェックして、ニコニコしながら鍵を開けるために下に降りていった。僕が、どんな奴が来ているのか、窓のところまで行って確かめてみる。さすがにユウタも興味を持って、僕の隣に立った。

「あれっ、キモヒコ? あいつ、前の学校の藤田じゃん。・・・タクマはあいつにも催眠術教える気か?」

「あとの一人は誰? 髭があるし、大人だよね?」

「いや、あのオッサンは知らないな。でももう一人は、キモヒコって呼ばれてたオタクだよ。これって・・・、こいつらも俺たちの仲間入りって訳?」

 僕とユウタは顔を見合わせる。最近はツトムってツレが顔を出さなくなって、元気がなさそうだったタクマだけど、催眠術をさらに深く探求していくっていう気持ちは全然失くしてないみたいです。それどころか、ひょっとして彼の本当のプロジェクトは、これから始動するのかもしれない。僕たちは、そんなことを思いながら、タクマが階段を駆け上がってくる音を聞いているのでした。





女子大生 水谷詩織


 時々、本当に時々なのですが、朝方に見る夢の中で、昔のことを思い出すことがあります。目が覚めると、どんな夢だったのかさえも忘れてしまうのですが、そんな時にはいつも、悲しいような、切ないような、懐かしいような。そして心地よいような・・・。色んな気持ちが混じりあった気持ちだけが残っています。随分前のことだったような気もしますし、最近のことのようにも思えるのですが、・・・そうです、今私は夢を見ているようです。そして過去の記憶を、眠っている間だけ、思い出しつつあるようです。

 私が大学から家に帰ってきた時に、泣きながら同じ方向に向かって歩いている小さな男の子を見ます。あれは私の隣に住んでいる、男の子、タクマ君です。そう、これは彼が5年生になったばかりの頃のことだと思います。私はタクマ君が、ご両親が働きに出ていてお留守にしている家に、一人で泣きながら帰るのを可哀想に思って、私の家に来てもらいました、タクマ君を私の部屋に入れるのは、私が高校生の頃以来のことでしょうか? 昔は弟のように接して、よく一緒に遊んだものですが、男の子も小学校3年生以上になると、女の子や年上の女性とは、遊ばなくなるものです。彼とちゃんとお話するのも、久しぶりのことでした。

「どうして泣いてたの? お姉さんに話してみてよ。」

 紅茶とお菓子を手に持たせて、優しく聞いてみても、タクマ君は答えません。それでも何となく、私には答えがわかります。気が弱くて、大人しい性格のタクマ君は、低学年の頃から、イジメられがちでした。確かタクマ君のお母さんからは、4年生になって仲良くなった男の子がクラスで人望の厚い、リーダー格の子だったので、それからはあまりみんなにイジメられなくなったと聞いていたのですが、もしかしたら今日はその子とは一緒じゃなかったのかもしれません。

「もし学校の子にイジメられたりしてたら、お姉さんがちゃんとその子たちに言ってあげるよ。仲良くしてねって。」

 将来小学校の教師を目指しているからでしょうか、私はついついタクマ君に対して、先生みたいな口調になってしまいました。

「ヤダよ。大人に言ったりすると、もっと格好悪いもん。」

 タクマ君が首を振って拒絶します。この年代の男の子たちにとっては、やっぱり告げ口をしたり、女の人に助けてもらったりすることが、一番恥ずかしいことのようです。そして確かに、外部の大人が諭してみても、一時的に問題は収まったように見えても、すぐにまた見えないところでイジメが始まってしまうはずです。根本的な解決のためには、タクマ君自身がもっと自分に自信を持って、イジメっ子たちに引け目を感じずに行動していくことが大事だと、私も思いました。

「タクマ君はとっても優しいし、本が好きで賢い子なんだから、みんなにそういうところでアピールしていけば、ちゃんと尊敬されるよ。元気だしてよ。」

 私が励ましてみても、タクマ君はティーカップを両手で持って、私に背中を向けると、またベソをかきはじめてしまいました。優しいところや、読書家で真面目なところ、みんな人間としては素晴らしいところだと思うのに、小学校に通う男の子の社会では、あまり評価されないようでした。そしてタクマ君は、ガキ大将的な存在のクラスメイトと仲良くなったおかげで一時的にはイジメられることが少なくなったのかもしれませんが、かえってその子に依存することで、強い自我の形成が遅れがちになっているのかもしれません。何か彼に、自信を与えてあげられるようなものがあればいいのだけど・・・。

「うーんとね。そうだ、タクマ君。催眠術って知ってる?」

「サイミンジュツ? ・・・手品みたいなの?」

 背を向けていたタクマ君が、無邪気に私を振り返ります。やっぱりこの年代の子供は、オバケやUFOや不思議なものに興味が強いようです。これなら、この子もついてきてくれるかもしれません。

「手品みたいなもの・・か。そうねえ、手品みたいに不思議で面白いものなんだけど、楽しむためだけじゃなくて、色々と人の役に立つものなんだよ。詩織お姉さんも、大学のお勉強でちょっとだけ聞いて、面白そうだなって思ったから、図書館で本を借りてきたの。ほら、『催眠療法の理論と実践』。ちょっと難しいけど、ちゃんと役に立つみたいなんだよ。」

 私が本棚から取り出した本を、タクマ君は真剣に見ています。この子が、もともと本が好きな子で、格式ありそうなハードカバーには、小学生らしくないほど興味を示すのを思い出しました。一般教養や概論的な講義ばかりだった1回生の頃とは違って、2回生になった私がとっている科目は、教育心理学や児童心理学、児童社会学といった専門的なものが多くなっています。それは小学校の教師になりたいという夢に胸を膨らませていた私が、一番張り切って色んな分野の勉強に手を伸ばしている時期でした。

「詩織お姉さんね。学校の先生になりたくて、大学の教育学科っていうところで勉強しているの。でもね、本当は人前で話すのとかもあんまり得意じゃないし、知らない人の前だとすぐに顔が赤くなっちゃう癖とかあるから、そういう性格をちゃんと直したいと思って、今こういう本も読んでるんだよ。そうしたらね、自分で試していても、この催眠療法って、なかなか効いてるみたいなの。みんなの前で発表とかがある時も、この自己催眠によるイメージトレーニングっていうものが、かなり助けてくれるんだよ。タクマ君もちょっとだけ、騙されたと思って試してみない? 自分に自信が持てて、心の強い子になれると思うの。」

 子供にとっての催眠というのは、半分はオマジナイのようなもので、本人が「催眠術が効いているから、僕は頑張れるぞ」って思ってくれれば、それだけで何かの力になってくれるはずです。私はちょっと怖がっている様子のタクマ君をなだめながら、彼の目の前で五円玉を糸で縛って、小道具を作ってみせました。こうした演出をしっかりして、いかにも強力そうな儀式に見せてしまえば、タクマ君にとっても、より強い暗示がかかるのではないかと思ったのです。

「ほらタクマ君、この五円玉を見て、タクマ君はだんだん眠くなりますよー。」

 初めて他人を催眠誘導します。タクマ君を怖がらせないように気を使いつつも、精一杯それらしい口調で意識の変移状態に導こうとしました。

「ほらほら、タクマ君はもう目を閉じてしまう。どんどん深い眠りに入るのですよー。」

 タクマ君の瞼がゆっくり下りてきます。もうちょっとで上手くいく・・・。そう思ったのですが、次の瞬間、彼は目をパッチリ開いて、照れ笑いを始めてしまいました。

「やっぱり何か駄目だよ。詩織お姉ちゃん。怖いよ。それに、なんかお姉ちゃんの言い方もなんかちょっと怖い感じで、集中できないし。・・・ゴメンね。」

「そっかぁ・・・。うんん、お姉さんこそ、ごめんね。うまくいかないかぁ・・・。」

 タクマ君は、私が思っていた以上に催眠療法というものに、恐怖を抱いてしまったようです。確か、相手が緊張してしまっていては、ちゃんとラポールが築かれていても、導入のところで抵抗されてしまうのです。催眠誘導が上手くいかなかったことよりも、私はタクマ君の役に立てなかった自分に、がっかりしてしまいました。私を慕ってくれる、弟みたいなこの子を助けてあげることが出来なくて、私は本当に学校の先生なんかになれるのでしょうか。なんとかしたい。私に何か出来ないでしょうか。一生懸命考えました。

「あ・・・そうだ。そうしたら最初に、タクマ君の方がお姉さんに催眠をかけてくれない? 一度それで上手くいって、催眠状態でも平気なお姉さんを見たら、タクマ君も安心して、お姉さんの催眠誘導にリラックスしながら入れると思うの。心配しないでいいから、一度お姉さんで催眠術を試してみてよ。ね?」

「えぇ? ・・・僕にそんなこと・・・絶対無理だよ。」

「大丈夫。駄目でもともとだと思って、一度試してみてよ、ほら、この五円玉持って、このページにちゃんと他者誘導の台詞が書いてあるから、それを読みながらお姉さんにかけてみるだけでいいのよ。タクマ君なら出来るわ。」

 絨毯の上のクッションに腰を下ろして、タクマ君の目線の高さに合わせて、タクマ君が誘導を始めるのを待ちます。モジモジと本を読んでいた彼が、やっと五円玉の振り子を掲げて、私に話しかけてくれます。私とタクマ君の目の間を、五円玉がゆっくりと左右していきます。

「じゃー、やってみるからね。詩織お姉ちゃん。五円玉がゆっくーりと揺れているのを、しっかり目で追いかけてください。右に左に、右、左、しっかり五円玉に集中しましょう。目の前の五円玉を集中して見ていると、遠くのものはピントがぼけていてよく見えません。でも他のものは全然気にならなくなる。どんどんどんどん五円玉に集中していく。右、左、右、左。」

 うろ覚えで誘導をしていた私よりも、さすがに本の台詞をちゃんと読んで話しているタクマ君の方が、上手に他者誘導の口調になっているようです。それに私には何回か自分自身で自己暗示を試した経験があります。心の緊張を解きほぐしながら、ゆっくりと意識を深く沈めていってトランス状態を掴む。コツを覚えつつあるので、タクマ君の催眠術を成功させる、自信がありました。眉間のちょっと奥の当たりの少しだけ痺れるような感覚。寝入りばなの心地よい脱力感をイメージして、タクマ君の言葉と五円玉に集中します。彼の言葉を素直に受け入れながら、自分からも催眠状態に入っていこうと集中します。五円玉を追うのに目が疲れてくると、だんだんと瞼が重くなって、私の両目は半開きになっていきます。それにしてもタクマ君の誘導は、初めてにしてはなかなか上手だと思います。強い口調ではないけれど、ついつい聞き入ってしまう声のトーンや間の取り方。意外と才能があるのではないでしょうか。

「そう、だんだん瞼が重くなってきます。もうちょっとで瞼が完全に下りてしまいます。とても重い。ほらくっついちゃいました。もう瞼がしっかりと閉じきって開くことが出来ません。えっと・・・あなたはそのまま深い眠りに入っていきます。・・どんどん、深いところまで落ちていくのです。それはとても気持ちがいい、深い眠りです。」

 だんだんと、本当に自分が催眠状態に入っていくのがわかります。一人で試した時にはもっと時間がかかったと思うのですが、どうやらタクマ君の催眠誘導は成功したようです。よかった・・・タクマ君。

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「右手に結ばれてる赤い風船は、どんどん高く上がっていきます。お姉さんの右手をどんどん高く持ち上げる。もう手を下ろすことは出来ませんよ。んーと・・・、僕が手を叩くとお姉さんの目は覚めますが、心は深い催眠状態のままです。ほら、パチン。」

 私が手の叩く音で目を覚ますと、右手が高々と空中に浮き上がっていました。手首のところで紐が結ばれている感覚すらあります。私が自己催眠のトレーニングをしていた時に感じたどんな感覚よりも、はっきりと実感出来る、現実感を持った感覚でした。

「あぁー、お姉さん、右手を下ろせないよ。タクマ君、凄いじゃない。ちゃんと催眠術かけられるじゃない。・・・やっぱり、やれば出来る子なのね。さすがはタクマ君。」

 私がここぞとばかりに褒めてあげるのですが、タクマ君はまだ少し不安そうな顔をしています。

「本当? 一応、本に書いてある通りにここまで読んだけど、詩織お姉ちゃんって、本当に催眠にかかってるの?」

「本当だってば。お姉さんは嘘を言わないわよ。ほら、こっちの手も使って下ろそうとしても、右手が上に引っ張られてて、全然下ろせないでしょ。ちゃんとかかってるけれど、でも大丈夫。お姉さんは平気でしょ。怖くなんかないんだから。ね? ・・・じゃあ、今度はお姉さんがタクマ君にかける番よ。ほら、タクマ君が下ろしていいって言わないと、お姉さんは右手を下ろせないから、ちゃんとこの催眠を解いて、手を下ろさせてね。」

 私が優しく言い聞かせても、タクマ君はまだいぶかしげな顔をしています。この子はとても頭のいい子だから、その分疑い深いのかもしれません。しばらく私を見ていたタクマ君は、次第に悪戯っぽい笑みを浮かべ始めました。

「じゃあ、本当にお姉ちゃんが催眠にかかってて、手を上げたままなのか、くすぐって試しちゃうよ。ほら、コチョコチョコチョ。」

「キャー、あははは、やめてよー。くすぐったいよう。」

 タクマ君が私の脇の下に手を伸ばしてくすぐって来たのですが、私は手を下ろして抵抗することが出来なくて、笑いながら後ろに倒れてしまいました。

「本当に手を下ろせないの? もっとくすぐっちゃうよ。」

「やー。やははは。駄目駄目。もうやめてよ。」

 子供っぽい笑顔で私の右の脇を両手でくすぐってきます。私は耐え切れなくて、足をバタバタさせながら寝返りを打ったのですが、右手だけがは下ろすことが出来ません。

 ふとタクマ君の攻撃がやみました。私は笑いすぎて目に浮かんだ涙を左手で拭いて、やっとタクマ君が信じてくれたのかと安心しながら、体を起こしました。ところが・・・、タクマ君は赤い顔をして、一点を見つめていました。その視線の先を追うと・・・、私はなんと自分のスカートがまくれ上がって、太腿が露わになっているのに気がついたのです。

「きゃぁっ」

 慌ててスカートを直します。まだ小学生とはいえ、タクマ君もそろそろ異性を意識し始めていてもおかしくはありません。はしたない姿を見せてしまった自分が恥ずかしくて、私も顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。タクマ君に何て言っていいのかわからなくて、しばらく沈黙してしまいました。タクマ君が唾を飲み込む音が聞こえます。何か、思いつめたような、真剣な顔をしています。

「あの・・・タクマ君、いい子だから、もうお姉さんから催眠を解いてちょうだ・・」

「詩織おねえちゃんは僕が手を叩くと、またさっきみたいに眠りに落ちます。はい、パチン!」

「だ、駄目。タク・・・あぁ・・。」

 私は右手を高々と上げたまま、抵抗できずに両目を閉じて、そのまま深い眠りに落ちてしまいました。ほんの軽い気持ちでタクマ君に催眠誘導をしてもらっただけなのですが、もしかしたらとても変な方向に進んでしまいそうです。私はどうしたら・・・。



 目を開けると、私は海にいました。確かさっきまで私は自分の部屋にいたはずです。・・・実は、部屋にいる間も、随分色んなおかしなことが起きたような気がします。急に足が冷たくなったり、熱くなったり、くすぐったくなったり痒くなったり。両手がバンザイのまま動かなくなったり、体が勝手にスキップしたり。自分で入れたはずの紅茶が、とても甘いジュースになったり、苦いコーヒーになったり。急に大きな声で歌いたくなったり、悲しくて泣きたくなったり、嬉しくて飛び跳ねたくなったり。私の耳にはタクマ君が喋る声と本のページをめくる音しか聞こえなかったのですが、随分と長い間、部屋の中で色々と不思議な体験をしていたような気がします。そして目を開けたとき、私の目の前は、綺麗な海になっていました。

「じゃあ、今度は本にも書いてないことを、色々試してみよっか? 詩織お姉ちゃん。とっても綺麗な海ですね。今は夏で、とても暑いので服を脱いじゃいましょうか。誰もいないので、大丈夫ですよ。」

 私は急に暑くなって、カーディガンを脱ぎました。そのままシャツのボタンに手をかけたのですが、やっぱり恥ずかしくて手を止めてしまいました。

「どうしました? 暑いから、裸になっちゃいましょうよ、お姉ちゃん。」

「・・・・あ・・・暑くても・・・。裸になるのは・・・嫌です。」

 私は迷いながら、口にします。手が何度もボタンやスカートのホックに行こうとするのですが、頑張って、何とか思いとどまります。周りを見ても、全然人のいない海のようなのですが、やはり外で裸になるなんて、抵抗があります。

「そっか・・・。催眠状態でも、絶対嫌なこととかは、しないんだ・・。ふーん。・・・じゃあね、詩織おねえちゃんは、ちゃんと服の下に水着を着ていますよ。海で水着になるのは当たり前のことですよね。安心してお洋服を脱いじゃいましょう。・・・これでどう?」

 私はまだちょっと躊躇ったのですが、思い切って、シャツのボタンを一つ一つ外していきました。淡いピンクのブラジャーが露わになります。私は水着の上に下着なんてつけていたのでしょうか。胸もと辺りに、誰かの息がかかるようなくすぐったい感触があります。

「水着の上にスカートをはいたままでは泳げません。スカートも脱いじゃいましょうね。」

「はい・・。」

 私は言われるままにスカートのホックも外して、ジッパーを下ろすと、スカートも足下に落としてしまいます。時々恥ずかしくなって手が止まりますけれど、海辺で水着になるだけですから、おかしなことは何もないはずです。

「・・・いいのかな・・・。えっと、あのね。詩織おねえちゃんは、お気に入りの水着の上に、下着をつけちゃってますね。そんなのは恥ずかしい格好なので、早く下着をとっちゃいましょうね。」

 自分の顔が赤らむのがわかります。確かにこれはとても情けないし変な格好です。私は近くで聞こえた声の言う通りに、ブラジャーのホックを外して、ゆっくりと上半身を水着だけの姿にします。そしてショーツも、ちょっと震える指先で掴んで、躊躇いながら少しずつ、足首まで下ろしていき、両足を抜き取りました。「うわーぁ」という、あどけない男の子の驚きの声が聞こえたような気がします。荒い呼吸が私の胸もとや太腿の付け根のあたり、背中から下にかけてなど、体中に当たっていく感触がします。

「お姉ちゃん・・・あの。・・あのね、うん。詩織お姉ちゃんは、水着だけの格好になって海の前でとてもいい気持ちです。だから思いっきり伸びをしましょう。」

「んー、・・んっ」

 頭に響く声に従って、両手を上で組んで、空を仰いで思いっきり伸びをしました。とても気持ちがよくて、思わず笑みがこぼれます。全身の関節がほぐれるような気がします。ところが、急に胸を誰かに触られたような気がして、私は悲鳴を上げてうずくまってしまいました。水着の上からですらないような、まるで直に誰かの手に胸を誰かに揉まれてしまったような感触でした。

「あ、しまった。・・・お姉ちゃんは何も感じませんよ。ここは誰もいない砂浜なんです。誰にも触られる感触なんてしないので、また伸びをしてください。そして僕がいいと言うまでそのままの体勢でいましょう。」

 そう言われると、私はまた両手を組んで、手のひらを上に向けて大きく伸びをしました。背筋を伸ばして胸を張って、全身をストレッチします。

「ほらオッパイを誰も触ってませんよ。詩織お姉ちゃんは安心して伸びを続けます。何にも感じません。こうやって強めにモミモミされても・・・何も感じません? ・・よね。そしてこんなところを摘まれても・・・。」

 一瞬だけ、乳首が痺れたような感触がしたかと思ったのですが、すぐにその感触は消えました。私は青い空と青い海に囲まれて、一人で伸びをしているだけです。体の色んなところに息がかかるような気もしますが、何も感じていないはずです。

「そのまま・・・。詩織お姉ちゃん、伸びをしたまま、両足も大きく開いて立って・・・見てください。足の筋も伸びて、とても気持ちがいいですよ。」

 私はリラックスした笑みを浮かべながら、両足も大きく開きます。普段は内気な私があまりなるようなことがない体勢ですが、今日は開放的な場所に来て、こんなポーズで伸びをしてみます。内腿から足の付け根の辺りに、随分長い間、人の呼吸のような小刻みな風が当たっているような気もするのですが、私は何も感じてはいないのです。私はまるで、永遠にその体勢で伸びを続けているようでした。

「はい、じゃあもうそろそろ体中がよくほぐれたと思います。波が届いているところまで行ってみましょう。ほら、ちょっとだけ冷たくて気持ちのいい波が、足にかかるでしょ。」

「きゃっ、冷たい。」

 私は片足で立って、思わず肩をすくめて笑ってしまいました。足の裏の砂が波に引っ張られて動いていく、海辺特有の面白い感触です。

「あれ? ・・ええっと、ほら、可愛いイルカさんが、砂浜まで来ていますよ。ほらとても可愛い。ナデナデしてあげて下さい。」

 私は胸が締めつけられるぐらい可愛らしいイルカを見つけて、頭を撫でてあげました。こんな楽しい体験、したことがありませんでした。

「ほら、イルカさんにつかまって、一緒に綺麗な海を泳ぎましょう。とっても楽しいですよ。しっかりイルカさんにしがみついて。」

 言われるままに、小さな男の子ぐらいの大きさのイルカにそぉっとしがみつきます。イルカの方もまるで私に抱きつくように、私を掴んでくれました。

「ゆっくりとイルカさんが泳ぎだしますよ。・・・詩織お姉ちゃんは、離されないようにイルカさんをギュッと抱きしめているだけで、ぐんぐん進んでいくことが出来る。まるでイルカになったみたいに進んでいけます。とっても気持ちいい。」

「わぁぁ、すごーい。」

 私のすぐ耳もとで声がすると、私は夢中になって、小さいイルカさんにしがみつきました。両手、両足を絡めて、しっかりと密着します。海の中をぐんぐん進んでいくと、とても爽快な気持ちになって、思わず声を出してしまいます。チュー、チューと吸い付くような音がして、私の胸もとや顔にちょっとずつ刺激が来るのですが、小さな熱帯魚か何かでしょうか?

「詩織お姉ちゃん。イルカさんは今度はどんどん深くまで、深海まで泳いでいきます。お姉ちゃんもちゃんとしがみついてついていきますよ。お姉ちゃんもイルカさんになっています。すごく息が長いから、苦しくありませんよ。どんどん深いところまで泳いでいきましょう。・・・あ、そうだ。同時に催眠もどんどん深くなります。詩織お姉ちゃんはどんどん深い催眠にかかっていくんです。」

 私は両手をお祈りみたいに合わせると、頭の上に持っていって、上半身ごと体を揺らして泳いでいきます。いつの間にか私自身がイルカになって、どんどん海の深いところまで下りていきました。どこまでも深いところまで・・・。



「詩織お姉ちゃん? 催眠術にかかっているままで、目を覚まして下さい。」

 再び目を開けると、私は自分の部屋に戻っていました。確か海を泳いでいたと思っていたのですが、私は自分の部屋のベッドの上で、なぜか裸になって、隣の家のタクマ君と向かい合っています。自分の体を隠さなければならないと思うのですが、ダルくて体を動かす気になれません。まだ寝惚けているような、頭に霧がかかっているような、ぼんやりとした状態です。

「詩織お姉ちゃんは今、どんな格好で僕の前にいますか?」

「私は・・・今、裸です。」

「それは、・・その、裸でいるのは、どんな気持ちですか?」

「恥ずかしいし・・・い、嫌です。」

 私は、タクマ君に質問されたことには、全部正直に答えたいという気持ちになっていました。隠しごとや嘘を言おうとすると、私はとても嫌な気持ちになって、どうしても耐えられなくなる・・のです。どんなことでも、正直に答えたいと思う・・・のです。

「嫌なの? ・・・どうして詩織お姉ちゃんは、僕の前で裸なのが嫌なんですか?」

「は・・裸を見せていい男性は、・・愛している人だけだから・・です。」

「僕は・・、僕のことは・・・詩織お姉ちゃんは、あの、僕のことは嫌いなんですか?」

 黙ろうと思っても、私は、喋ることを止められません。タクマ君の表情が曇ってきているのがわかるのに、私は彼の質問をはぐらかすことが出来ません。もう訊かないでと、思うのですが、私の混濁した意識では、この会話を止められないのです。

「好きです。とても大切に思っています。・・・でも、裸を見せていいのは、たった一人の特別な人だけで・・・タクマ君は弟みたいな存在だし、・・そういう・・人では・・ないです。」

「・・・・そっか。・・・そう・・・なんだ。」

 タクマ君がうつむきます。私は、とても酷いことを言ってしまっているようです。こんな小さな子の純粋な気持ちを、正面から拒絶してしまっているのでしょうか?

「そっか・・・でも、でもさ。詩織お姉ちゃんは、特別な人にしか裸を見せちゃいけないのに・・・、今、僕に裸を見せていますよね。それは何で? ・・何でなんですか?」

 今度は私の表情が曇ります。しばらく何も答えが出てきません。私はタクマ君の質問にはどんなことにでも、何とかして正直に答えたいのです。必死に寝惚けたような頭をひねって、答えを探し出します。一生懸命悩んでいると、何となく意識の奥底から、答えらしきものがやっと出てきます。私はそれをよく吟味もせずにそのまま言葉にしました。

「多分・・・それは、私が催眠状態だからです。・・・タクマ君の催眠術に私がかかっているからです。普通の・・催眠術は、人の嫌がることはさせられないけど・・・とても深い催眠にかかっていると、人は・・色々と誤解したりして・・そういうことも・・・やってしまうのだと・・思います。」

「じゃあさ、じゃあ、詩織お姉ちゃんが深い催眠に入っている間は僕に裸を見せたりするっていうことは、・・・僕が催眠をかけている間は、僕はお姉ちゃんの特別な人になれるっていうことですか?」

 すっかり元気をなくしていたはずのタクマ君が、一転して身を乗り出して、私にぐっと近づいてきます。私は一生懸命、答えを探すのですが、頭を酷使しすぎて、眩暈すらしてしまいます。

「わからないです・・・そうなのかもしれないし・・そうじゃないのかも・・」

「そうだよ。きっとそうだよ。」

 タクマ君の真剣な目が、私の目を見つめます。私がタクマ君と思わずみつめあってしまうと、眩暈は酷くなって、私は一層意識が混濁してしまいます。よくわからない。何もわからない。

「そう・・・なのかも知れません。」

「絶対そうです。詩織お姉ちゃんは催眠術にかかっている間、僕と特別な関係になるんです。それはとても嬉しいことなんです。とっても気持ちいいことなんです。そうですよね?」

「は・・・はい。そうです。嬉しい・・、気持ちいい・・。」

 私が頭に響き渡るタクマ君の声に思わず目を閉じると、タクマ君がそっと私の口に、唇を重ねてきました。嬉しい・・・気持ちいい・・・。私は完全にタクマ君のキスに身を任せて彼を受け入れてしまいました。長い口づけが終わると、ぼんやりと薄目を開けた私を、タクマ君の両目が射抜いています。

「詩織お姉ちゃんは大人なので、特別な相手になっている僕に色々と教えてください。大人の男の人と女の人が特別な関係になったらどんなことをするのか、恥ずかしがらずに全部僕に教えましょう。僕たちは特別な関係なんだから、当たり前ですよね。」

 私は口元を緩ませてうなずくと、タクマ君を優しく抱きしめました。タクマ君を裸にして夢中でお互いの体を色んな方法で確かめ合います。お互いの存在を、散々確かめ合って、バラバラにしちゃって、一つになってしまうことが、特別な関係になることだと、親友の由利恵は言っていました。実は私も高校の時に一人の先輩としかそういう行為をした経験がなかったし、余りよくわかっていた訳ではなかったのですが、今はタクマ君が特別な人なので、恥ずかしさを堪えて、夢中でタクマ君に自分を全部見せて、自分でもタクマ君の全部を手や口で可愛がりました。

 彼の、まだ子供のままの大切なところを、私の大切なところに導いていきます。抱き合ったままタクマ君の体の一部が私の中に入ってくると、私は強く彼にしがみついて、彼を受け入れました。とても幸せな、満たされた気持ちで一杯になりました。

「ゆっくり、タクマ君の腰を中で動かしてみて。ちゃんと詩織お姉さんの中にいるよって・・・、ちゃんとタクマ君のおチンチン、詩織お姉さんの中にいるよって、動かしてみて。そう・・・、気持ちいいよ。お姉さん、実はこういうことは、恥ずかしくて怖くて、あんまりやったことないんだけど、こんなに気持ちがことって初めてよ。」

「詩織お姉ちゃん・・・あっ・・」

 タクマ君が、声を漏らします。小さいタクマ君の大事なところが、一瞬大きくなって、中で何回かにわけて、熱いものを出したことがわかりました。子供だから、本当にすぐ我慢できなくなってしまったみたいです。

「・・ごめんね・・・。」

 タクマ君が情けなさそうに謝ります。こんな小さい子でも、意味をちゃんとわかっているのでしょうか? 私はこの大事な人のことがいっそう愛おしくなって、抱きしめました。

「いいのよ。タクマ君は私の特別な人だもの。」

「詩織お姉ちゃん・・・。ありがとう。・・・あのね、お姉ちゃんはどんどん眠くなります。そのまますごく心地のいい眠りに入りますよ、ほら、3、2、1。」

「あ・・あれ・・・・。」

 私はタクマ君を抱きしめたまま、タクマ君ごとベッドにどさりと沈み込みました。何もわからなくなって、どんどん深い眠りに入っていきます。タクマ君の言葉だけは頭に響き渡るのですが、何を言っているのかを理解するだけの頭が働きません。目を閉じたまま、私はどこまでも深い眠りに落ちていってしまいます。

「詩織お姉ちゃん。本当にありがとう。僕、お姉ちゃんの言う通り、ちゃんとお姉ちゃんにかけることが出来たね。お姉ちゃんでも僕にかけられなかったのに・・・自信がついたよ。・・・僕、催眠術だけはひょっとしたら才能あるのかもしれない。一生懸命勉強して、もっともっとちゃんと色んなこと覚えて、凄い催眠術師になって見せるね。」

 私の横に寝そべったタクマ君が、私の髪を撫でながら、いつまでも横で話しかけてくれているのですが、もう何を言っているのかもよくわかりませんでした。

「だから、お姉ちゃん。僕の催眠術の実験台になってよ。僕、詩織お姉ちゃんが催眠にかかってる時だけの特別な人でもいいから、もっともっとお姉ちゃんに色んな催眠をかけてみたいよ。・・・いいでしょ? ・・・僕ね、お姉ちゃんが僕の催眠術から逃げちゃったりしないように、お姉ちゃんには催眠術に関する知識を全部忘れてもらっちゃおうと思うんだ。でも心配しないで、詩織お姉ちゃんには僕の実験台として、催眠術の色んな不思議なところを味わわせてあげるから。お姉ちゃんの分も、僕が頑張って凄い催眠術師になるから・・・。お姉ちゃんは僕の催眠術がうまくなればなるほど、とても気持ちいいことが経験できるから、とても嬉しいんだよ。僕の実験台として僕のお手伝いをすることが、とても楽しいことなんだ。お姉ちゃんは普段はそのことを忘れているけれど、僕に催眠をかけられると、そのことを思い出して、すぐにどこまでも深い催眠にかかっちゃうんだよ。・・・これから一緒に色々と実験しようね。・・・・・・あ、そうだ。今度、友達のツトム君にも実験に参加してもらおうよ。僕の催眠術でお姉ちゃんを操ったりして、ツトム君を楽しませることが出来たら、ツトム君も僕ともっと仲良くしてくれるかもしれないよ。そうだよね? お姉ちゃん。催眠術って凄いね。本当にありがとう。・・・見ててね。僕、一生懸命頑張るからね。」

 
 
< おわり >


 

 

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