で、それから毎日。 「ケーンータ! 今日も催眠術で遊ぼ!」 「またぁ?」 催眠術をかけてもらうことのいったいなにがそんなに気に入ったのか、優帆はあれから学校から帰るたびに僕の部屋に来ていた。 まあ、それは前からあんまり変わってないんだけどね。 それに、おかげで本に書いてある催眠術のかけ方を全部試すことができたし、いろいろと練習もできた。 そのおかげで、今では。 「じゃあ、いくよ」 「うん」 僕が人差し指と中指を突き出すと、すっと優帆が目を閉じる。 「5、4、3、2、1、ほら、もう優帆はなにも考えられなくなって、僕の言ったとおりになるよ」 優帆のまぶたに優しく触れて5つ数えただけで優帆は催眠状態に落ちるようになっていた。 何度も何度もかけているとそれだけ催眠術にかかりやすくなるって本にも書いてあったし、なんだかんだ言って最初にやってみたこの方法が優帆にすごく合ってたんだと思う。 そして、その日もいくつか暗示をかけて優帆が困ったり怒ったりはしゃいだりした後で。 「……次に目が覚めたら、全部元に戻ってるよ」 優帆を催眠状態にしてから、はじめにかけた暗示を解く。 だけどその前に、僕はずっと気になっていたことを確かめてみようと思った。 優帆とは文字通り物心がついた頃からいつも一緒にいて、血は繋がっていないけど本当に家族みたいな感覚でいた。 それが変わったのはいつからだろう? 優帆が時折見せる表情にドキドキしたり、すごくかわいいとか思ったりするようになったのは。 たぶん、高校に上がる頃くらいからだと思う。 そう、僕は優帆のことを女の子として意識してる。 いや、意識してるとかそんな言葉じゃ全然足りない。 僕は優帆のことが好きなんだ。 だから催眠術をかけるときの、まるで人形みたいに身動きせずに座ってる優帆を見て胸がざわついてたんだ。 うん、ざわつくっていうのもちょっと違う。 いつもと違う優帆の姿に胸が高鳴ってたんだ。 でも、だからといって催眠術をかけて優帆を僕の好きなようにしたいとかそんなことは思ってない。 だって優帆は僕にとってすごく大切な相手なんだから、そんなことはしたくない。 ただ、ひとつだけ確かめたいことがあった。 「優帆、これから訊く質問に正直に答えるんだよ」 「……うん」 「優帆は好きだなって思う男とかいるの?」 それが、優帆のことを好きだって自覚してから気になっていたこと。 僕が優帆のことを好きでも、優帆はどうなんだろうってずっと思っていた。 「……いる」 そっか……やっぱり好きな相手がいるんだ。 「それは誰?」 訊いちゃった。 ……僕はなにを期待してるんだろう? 自分の名前が出てくるのを? でも、これ出てくるのが僕の名前じゃなかったら、そのとき僕はどうするつもりなんだ? 「……ケンタ」 「えっ?」 ぼんやりと前を見たまま、優帆がぼそっと口にしたのは僕の名前だった。 「どうして?」 思わず、訊ね返してしまう。 「……ケンタは優しいし……でも、いざっていうときは頼りになるし。なにより……一緒にいて楽しいし安心できるもの……」 「本当に?」 「……うん」 僕の言葉に、優帆はコクリと頷く。 あれ? 僕、泣きそうになってる? だって、優帆も僕のことを好きだったなんて嬉しいに決まってるじゃんか。 それに、頼りになるとか、一緒にいて楽しいっていってもらえたらさ。 ……そっか、優帆も僕のことを好きだったんだ。 今までずっと優帆は僕のことをどう思ってるんだろうって気にしてきて、バカみたいじゃないか。 それが聞けたら充分だよ。 だから……。 「僕が手を叩いたら、催眠術をかけられて僕のことが好きだって告白したことは忘れて目を覚ますよ」 「……うん」 それは覚えていてもらうとやっぱりまずいよね。 恥ずかしいのもあるし、催眠術を使って本心を聞き出したなんて知ったら優帆はきっと怒るもん。 だから、今のことは忘れさせて手を叩く。 「ん……えへへっ、今日も面白かったね、ケンタ!」 催眠状態から醒めた優帆が楽しそうに笑う。 「特に変わったことはない、優帆?」 「へ? なにが?」 僕が訊ねてもちょこんと首を傾げただけで、優帆はニヘッと笑っている。 うん、さっきのことは覚えてないみたいだね。 優帆の方はいつも通りみたい。 「どうしたの、ケンタ?」 「えっ? あっ、いや、なんでもないよ」 「そう〜? なんかヘンじゃない?」 「そ、そんなことないってば!」 優帆がジト目で訊ねてくるのをなんとか誤魔化す。 だけど、さっきから自分の心臓の高鳴りを抑えられない。 だって優帆のことを好きで、優帆も僕のことを好きだってことがわかったんだから。 とにかく、話を逸らそう。 「あ、あのさ……。優帆って好きな男とかいるの?」 「はいっ!?」 もしかしてまずったかも。 話を逸らすどころか、墓穴を掘ってないか、僕? ジト目どころか、優帆の眉間に不審そうに皺が寄るのを見てちょっと不安になってくる。 で、でもっ……。 「いやっ、ちょっと気になったから。ひょっとして、優帆は僕のこと好きなんじゃないかなって……」 「……はあっ!? なっ、なにいってんのよ! そ、そんなのあるわけないでしょ!」 「ええっ!?」 なんで? だって、さっき僕のことを好きだって言ってたじゃん! 「なに意外そうな顔してんのよ! あたしがケンタのこと好きだなんて、そんなの……バッカみたい!」 「え? なんで怒ってるの?」 「怒ってないわよ! ケンタがいきなりヘンなこと言うからじゃないの!」 「いや、でも」 顔を真っ赤にして怒っている優帆に、ただ狼狽えることしかできない。 「でもじゃないわよ! ああもうっ、ケンタがおかしなこと言うから今日はもう帰る!」 「ちょ、優帆!?」 もう、なにがなんだかわけがわからない。 優帆がバタンとドアを閉めて出ていくのを、僕は茫然と見送ることしかできなかった。 で、昨日あんなこことがあったっていうのに……。 「ケーンータ! あーそーぼっ!」 こうやっていつものようにうちに来るんだもんなぁ。 「なんだよ。また催眠術?」 「どしたの? 催眠術に飽きたんだったらゲームでもいいけど?」 「いや、催眠術でいいよ。優帆、僕の指を見て」 そう言って、優帆の目の前に指を突き出す。 僕としても、もう一度確かめたかったし。 昨日の夜も、今日学校に言ってる間もずっと考えてたけど、なんで優帆があんなに怒ったのか全然わからなかった。 だから、そのことを訊いてみようって思った。 「5、4、3、2、1、ほら、もう優帆は僕の言ったとおりになるよ。……目を開けて、優帆」 「……うん」 コクリと頷いた優帆は、いつも催眠術にかかったときと同じうつろで焦点の合わない目でこっちを見ていた。 「優帆、僕の質問に正直に答えて」 「……うん」 「優帆は僕のことが好きなんだよね?」 「……うん」 僕の問いに、優帆が小さく頷く。 そこまでは、昨日も聞いたんだけど、問題はそれからだ。 「じゃあ、どうして昨日はあんなこと言ったの?」 「…………」 あれ? 返事がない。 なにか我慢してるみたいに下を向いて、なにも答えてくれない。 ていうか、催眠術にかかった状態でも答えないって、そんなに言いたくないことなの? 「ちゃんと答えて、優帆。昨日はどうしてあんなに怒ったのさ?」 「……怒ったんじゃないよ」 小さな、本当に小さな声で返事が返ってきた。 「怒ったんじゃなかったらどうして?」 「……恥ずかしかったの。……すごく恥ずかしくって……それで」 ようやく聞けた優帆の答え。 「そんなに恥ずかしかったの?」 「……恥ずかしいよ。ケンタのことは大好きだけど……小さい頃からいつも一緒にいて……今さら好きだって言うの……すっごく恥ずかしい」 あー、それはなんとなくわかるかも。 僕だってずっと優帆と一緒にいたけど、意識するようになってからホントのこと言えなかったしなー。 でも、それであんな態度になってたなんてちょっと意外だな。 普段の元気いっぱいの優帆からは想像できないもんな。 「でも、僕のことは好きなんでしょ?」 「……うん」 「僕とつき合いたいとか思わない?」 「……思うけど……恥ずかしいよ」 そう言って、優帆はまた下を向く。 これはかなりの重症だな。 優帆がこんなに恥ずかしがりやだったなんて思ってもいなかった。 あ、でも、催眠術ってこういうときのためにあるんじゃないか? 「いいかい、優帆。よく聞いて」 僕の言葉に、優帆が顔を上げる。 ぼんやりとした表情で、それでも僕の方を見て。 「優帆は僕とのことだったら恥ずかしいことなんてなにもなくなるよ。なにも気にせずに優帆の気持ちに素直になればいい。僕のことを好きな優帆の気持ちに正直でいたらいいんだ」 そう、催眠術でするのはたったそれだけ。 ただ、その恥ずかしさを取っ払って自分の気持ちに正直になってくれたら。 それ以上優帆をどうこうしようなんて思ってるわけじゃないから。 「いいね、優帆。今言ったことがわかる?」 「あたしは……ケンタとのことだったら……恥ずかしいことはなにもなくなって……なにも気にせずにあたしの気持ちに素直になればいい……ケンタのことを好きなあたしの気持ちに正直でいたらいいの……」 「そう。優帆は、今言ったとおりになるよ」 「……うん」 「それじゃあ、僕が手を叩くと優帆は目を覚ますよ」 そう言って、優帆の目の前で手を叩く。 パチパチと何度か瞬きをしてから、優帆は僕を見て満面の笑みを浮かべた。 「ケーンータ!」 「うわっ!?」 いきなり、優帆が抱きついてくる。 「だーい好きだよ、ケンタ!」 「ちょ、優帆、どうしたの?」 「どうしたのって、ケンタが催眠術でこういう風にしたんでしょ!?」 「えっ!?」 あ、そうか! 催眠術を解くときに忘れさせるのを忘れてた! 「あたし、さっきのこと全部覚えてるんだから! ありがとうね、ケンタ!」 「へ? ありがとうって?」 「あたしに催眠術をかけてくれて。こんなにケンタのことを好きなのに、あたしってば恥ずかしくてなにもできなかったんだもん。ケンタが催眠術をかけてくれなかったら、絶対にこんなことできなかったよ」 優帆はそう言うと、僕をぎゅっと抱きしめて頬をすり寄せてくる。 「ちょっと、優帆ってば!」 「どうしたの、ケンタ? こういうの、嫌?」 「ううん、全然嫌じゃないけど」 「じゃあ、いっぱいケンタとこうしてたい!」 「うわぁっ!」 優帆の勢いに押されて、抱き合ったまま押し倒された。 僕にのしかかるようにして、すぐ目の前に優帆の顔がある。 お互いの吐息の熱さも、ドクンドクンと響く心臓の音さえも感じるくらいの距離で瞬きもせずに見つめ合う。 「ケンタ、キスしてもいい?」 先に口を開いたのは優帆の方だった。 「あたしはケンタとキスがしたいの。だから、キスしよ?」 そう言った優帆の目はうるうるって潤んでいた。 でも泣きそうっていうんじゃなくて、どこか嬉しそうで、なんていうか、ドキッてする表情。 「うん、いいよ」 僕が頷くと、目を閉じた優帆の顔がゆっくりと近づいてくる。 そして、僕も目を閉じたらすぐに唇に柔らかいものが当たった。 「んっ……」 「ん……んふ……」 肌に当たる優帆の吐息。 すぐ間近で聞こえる、くぐもった鈍い音。 初めてのキスの味? そんなの全然わかるわけないよ、ただただ唇を触れ合ってるだけなんだから。 プニプニした柔らかい感触しかしない。 それだけのことなのに、なんでこんなにドキドキするんだろう? きっと相手が優帆だから。 優帆とキスしてる、それだけで嬉しい。 好きな女の子とキスするだけでこんなに心躍るなんて、想像していたの以上だった。 そんな初めてのキスから、やっと唇を離す。 そして、ほぼ同時に目を開くと優帆が微笑んだ。 「ケンタと、キスしちゃった……」 そう言って笑う優帆の目はさっきよりもうるうるが増してるみたいだった。 その表情がまた、思わず見とれるくらいにかわいかった。 そして、優帆がまたすぐ間近に顔を近づけてくる。 「もう一回キスしよ?」 「えっ?」 「さっきはケンタとキスできたのが嬉しすぎて、他のことがよくわからなかったから」 優帆はそう言って嬉しそうに目を細める でも、その気持ちはわかるかな。 僕も優帆とキスをしたのが嬉しくて、キスを楽しむって感じじゃなかった。 「ね、ケンタ?」 「うん」 頷き返すと、また唇を重ね合う。 それだけで、また胸が弾んでくる。 僕の唇に当たる温かくて柔らかい感触も、すぐ近くで感じる吐息も、全部が甘いドキドキを誘う。 でも、さっきはただ唇を触れさせるだけだったけど……。 「んむっ……」 「んむぅっ!?」 優帆を抱きしめて、少し強く唇を押しつける。 さっきまでは唇と唇か当たってるだけだったのを、優帆の唇を吸うようにしておずおずと舌を滑り込ませていく。 抱きしめた腕の中で、優帆が驚いたようにピクンと震えるのが伝わってくる。 だけど、すぐに熱くてクニュッてしたものが僕の舌に絡みついてきた。 「んむ、んふぅ……」 「んふっ、んちゅむ……」 いったん舌を絡ませると、優帆の方がはるかに大胆だった。 まるで生き物みたいに熱く滑る感触が僕の舌に絡みつく。 「ちゅむ、ちゅぱっ……あふぅ、れるっ……」 ん、優帆、積極的……。 いつの間にか優帆の方が僕の頭を抱きしめて唇を押しつけ、自分からこっちに舌を入れてきていた。 僕の舌に触れる優帆の舌はクニュクニュして柔らかくて、滑らかで、そしてすごく熱かった。 なんか、自分がすごくいやらしいことをしてる気がする。 「んふっ、ぷふぁあ……」 「ふうぅ……」 息が苦しくなるまでキスをして、やっと口を離してまた見つめ合う。 「うふふっ……すごかったね……」 優帆が、楽しそうに声をあげて笑う。 でも、すごかったていうのは完全に同意。 勝手にイメージしてたのと実際にやってみるのでは全然違ってたんだもん。 「あたし、キスするの気に入っちゃった」 「うん、僕も」 「本当!? じゃあ、これからもいっぱいキスしようね!」 「うん、いっぱいしよう」 「わあいっ! 大好きだよ、ケンタ!」 そう言って、優帆がまたぎゅうって抱きしめてきた。 自分の気持ちに素直になった優帆って、本当に積極的だ。 でも、そうやって好きって言われると僕も嬉しい。 だから、僕の方からも優帆を抱きしめる。 「ケンタ……キスってすっごくいいけど、あたし、なんか変かも」 「変って、どう変なの?」 「なんだかね、キスしてたら体が熱くなってくる気がするの。それもお腹の奥の方からじぃんって熱くなってくるの。なんでだろう?」 「なんでって、よくわからないよ」 そう答えたのは本当になんでかわからなかったからなんだけど、たしかに優帆の顔はぽうって赤くなってて、ドキドキするくらいかわいい顔をしてた。 で、その日優帆はずっと僕にべったりだった。 ベッドの上に並んで座ったまま他になにをするでもなく寄りかかってきたり、僕の腕を抱きしめたり。 で、こっちに顔を近づけてきて……。 「ケンタ、キスして」 「うん」 優帆にせがまれてキスをする。 今日だけで何度したんだろう? 数も覚えてないくらい何度も何度もキスをした。 だけど、夕方になって。 「優帆、そろそろ帰る?」 「いやだ、帰らない」 「ちょっ、優帆?」 優帆は帰るどころか、ぎゅっと僕の腕を抱いて体を押しつけてくる。 まあ、どのみち隣なんだからすぐ帰れるっちゃ帰れるんだけど。 でも。 「あたし、もう家に帰らない。ここにずっといる!」 「えええ〜っ!?」 「だってこんなにケンタのこと大好きなんだもん! ケンタと一緒にいたいの!」 「いや、それはまずいって。さすがに帰らないとおじさんとおばさんが怒るよ」 「すぐお隣だからいいじゃん! それにあたしのうちとケンタのおじさんおばさんも仲がいいから大丈夫だよ!」 「いや、でも……」 「とにかく、あたしはケンタと一緒にいたいの! この気持ちに正直でいたいの! だいいち、あたしをそういう風にしたのはケンタの方じゃん!」 そうだった……。 そうか、僕を好きっていう優帆の気持ちに正直になるとそうなるんだ。 うん、僕のことを素直に好きって言ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、さすがにちょっとまずいよね。 いったいどうしたらいいんだろう? ……って、そうか! 催眠術でこうなったんなら、催眠術でなんとかできるんじゃないかな? 「5、4、3、2、1、ほら、もう優帆は僕の言うことしかきこえない」 目の前に指を突き出し、反射的に目を瞑った優帆を催眠状態にする。 「目を開けて、優帆」 「……うん」 小さく頷いて開いた優帆の目からは、さっきまでの輝きはすっかり消え失せていた。 うんうん、ちゃんとかかってる。 でも、これからどうしよう? せっかく自分の気持ちを正直に出せるようになって、優帆自身もあんなに喜んでたのに。 でも、さすがにこのまま家に帰らないっていうんじゃみんなに怒られるだろうし。 いや、そもそもこのままの優帆を家に帰して大丈夫なのかな? みんなに変に思われたりしないかな? じゃあ、いつもの優帆に戻さないといけないよね? ……そうだ! 合図を決めて、今のこの優帆といつもの優帆が入れ替わるようにしたらどうだろう? たしか、そういうのができるって本にも書いてあったし。 うん、こんな感じで。 僕は手のひらを優帆の顔に当てる。 ちょうど、片手で目隠しをするみたいに。 「いいかい、優帆。僕がこうやって優帆に目隠しをして"いつもの優帆になって"って言ったら、催眠術をかける前のいつもの優帆に戻るんだ」 「……ケンタが目隠しをして……"いつもの優帆になって"って言ったら……催眠術をかける前のいつものあたしに戻る……うん」 「で、同じように目隠しをして"素直な優帆になって"って言ったら、僕を好きな気持ちに正直な今の優帆に戻るんだよ」 「……目隠しをして……"素直な優帆になって"って言ったら……ケンタを好きな気持ちに正直なあたしに戻る……うん」 僕の言葉を反復しながら、優帆が小さく頷く。 そこで、いったん目隠しをしていた手を除けた。 「じゃあ、次にいつもの優帆に戻ったら、優帆は目が覚めるよ」 そう言って、また手のひらで目隠しをする。 「"いつもの優帆になって"」 「うん……あれ? ……あっ! ひゃぁああああっ!」 僕の声で小さく首を振った優帆が、いきなり大きな声をあげて飛びすさった。 「優帆!?」 「……あ、あたし、けけけ、ケンタと……キ、キスしちゃった……っ!」 「ちょ、優帆?」 「……キ、キスッ……だけじゃなくてべろって……ちゅーって……それもっ、何度も何度もっ……ひゃああああっ!」 ベッドの隅っこで顔を真っ赤にして、優帆はなんかブツブツ呟いてはまた悲鳴をあげている。 て、そうか。 また忘れさせてないから、さっきの全部覚えてるんだよね。 でも、そんなにひどいことした? お互いのことが好きで、何度もキスしただけだよね? せっかくの初キスなんだし、優帆にも忘れてもらいたくない。 それに、あんまり優帆の記憶をいじるようなことはしたくないし。 「あのー、優帆?」 「……べろべろって……何度も何度も……やぁああああっ! あたしもうお嫁に行けないぃいいい!」 「なに言ってんだよ、優帆!」 「……ケンタ?」 優帆の言葉に、思わず大きな声を出していた。 それで優帆もビックリした顔でこっちを見る。 でも、大声を出さずにはいられなかったんだもん。 「なんでお嫁に行けないんだよ!? 僕のお嫁さんになるんだからなんの問題もないだろ! 僕は優帆のことが好きだよ! 絶対に優帆と結婚するから!」 勢いでそう言った後で、顔がものすごく熱くなってくる。 うん、優帆の気持ちがすっごいわかる。 好きな相手に告白するのって、やっぱり恥ずかしいしすごい勇気が要るよな。 優帆とは小さい頃からいつも一緒なのに、それでもこんなに恥ずかしいんだ。 そりゃそうか……だから僕だって催眠術をかけて優帆の気持ちを聞いたんだよね。 で、僕の精一杯の告白を聞いた優帆はというと。 「……優帆?」 「……ケンタのバカ!」 「えっ!? ……痛ででっ!」 真っ赤な顔で僕の頬をはたくと、優帆はそのまま部屋を飛び出していった。 で、翌朝。 「健太ー! さっきから優帆ちゃんが待ってるわよーっ!」 「ふええっ!?」 母さんに呼ばれて、僕は慌てて階段を降りる。 一緒に学校に行くのはいつものことなんだけど、昨日はあんなことがあったし、わざわざ待ってるなんて思ってなかった。 「おはよう、優帆」 「おはよ……」 鞄を手に外に出ると、優帆はスタスタと僕の前を歩きはじめる。 それに、いつもは朝から元気いっぱいにしゃべりまくるのに今朝は挨拶しただけで他にはひと言もしゃべらない。 昨日の帰り際のことが気になって、僕もうまく話を切り出せない。 だって、優帆の返事を聞いてないから、どう言っていいのかわからないし。 そうやって、お互いに黙ったまま歩いていると。 「……守ってよね」 「へっ? 今、なんて?」 前を歩く優帆がぼそっと呟いた気がした。 だけど、ちゃんと聞き取れなくて訊ね返す。 「昨日の約束、守ってよね!」 「……優帆?」 「あっ、あっ、あたしと、けっ、結婚するって……男だったら自分の言ったことに責任持ってよね!」 これって、昨日の告白の返事なのかな? さっきから全然こっちを振り向いてもくれないけど、それってOKってことなんだよね? じゃあ……。 「わかってるよ。だって僕は優帆のことが……」 「だぁああああっ! 恥ずかしいからそれ以上は言わなくていいわよっ!」 「あっ、優帆!?」 いきなり駆けだした優帆の後を追いかけていく。 そんなわけでその日、僕たちの関係は幼馴染みから恋人同士になった…………はずでいいんだよね、これ?
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