ソウルホッパー・ケン


 

 

第一話


 健人はもともと集中力が足りない子なんかじゃない。姉の多香子はずっとそう言い張ってきた。それどころか、集中力はすっごくある。普通の子なんか比較にならないくらい。その集中力のピントがまだ合っていないだけ。いつか健人が自分自身の得意を見つけ出したら、私なんか全然適わないくらい凄いことになる。健人が幼稚園、小学校で友達に馴染めず一人でいるのを見るたびに、2歳上の活発な姉はそう言って健人を元気づけようとしてくれた。

 実際に健人は幼い頃から、ピントが合った時の入れ込み具合は凄い子供だった。蟻の行列を追いかけるのに没頭して迷子になった。蝉の脱け殻に惚れ惚れと見とれている間に日が暮れてしまって、心配した多香子や母が、公園まで迎えに来ることもしばしばだった。そういう才能は、学校教育の中ではあまりポジティブには受け入れられなかった。授業中の先生の話がほとんど頭に入ってこないから。聞いていないのではない。冒頭の先生の例え話に出てきた兎のことが気になって、その兎のことを真剣に考えている間に、人参が足して何本になったかという先生の主題が頭に入ってこないからだ。時々通知表や知能テストは、健人の両親を震え上がらせるような結果を出した。すぐに迷子になるし忘れ物も多いので、どのクラスでもお荷物になった。呼吸を忘れるくらいのまじりっけのない集中力は、集団での初等教育の枠からは綺麗にすっぽ抜けていた。

 時には彼の素材が光ることもあった。自由に絵を描かせてみると、クレヨンを駆使して相当に高度な(あるいは理解不能な)抽象画を描いた。図工の先生の中には絶賛する人もいたが、学年が変わって別の先生がつき、基礎から絵画のイロハを体系立てて教えようとすると、健人はいとも簡単に落ちこぼれた。この時も、健人の両親と多香子の期待はすっぽ抜けたのだった。

 もっとも、健人自身は、自分のことについてそれほど悲観的にも、卑屈にもなっていなかった。「こんなものだ」と思っていた。通知表の点や先生の表情、同年代の子供たちとの社交よりも、興味があることに引きつけられてきただけ。ピントがあったときの爆発的な集中力から、自分や環境にたいしての、意外と冷静な観察力が養われていたのかもしれない。

 神童と呼ばれたような早熟な子供も、発達段階で相当個性的だった晩生の子も、多くが徐々に「普通の人たち」に掬い取られていく高校時代。やっと地味な劣等性の一人としてクラスに埋没しかけていた健人は、突然その類稀な力を発現させた。今度は健人自身が、文字通り「すっぽ抜けた」のだった。


(あと3時間半・・・。あと3時間29分で、今日もやり過ごせる。ここをグッと我慢)

 ゆっくりと万力で頭を締められるような、退屈と手持ち無沙汰に対して抵抗するように、健人は身を低くして机に突っ伏している。本当は寝ていないけれど寝ている振り。休み時間の男子たちのじゃれ合う声や女子たちのエンドレスお喋り。全てを聞いているけれど聞いていない振りをして、健人は休み時間を潰していた。自分の体感時間が他人と違うのか、単に友達がいない学園生活が長く感じられているだけなのか、既に高校1年の秋で健人は、卒業までの残り2年半弱の日々を、ずっとこうして過ごすことになるという予感をはっきり持っていた。

(眠い・・・僕は眠いんだ・・・。周りのことなんか気にならない。どうでもいい。そうでしょ?)

 自分に言い聞かせようとするけれど、何となく自分でもわかっている。こっち側にスイッチが入った日は、周囲のどんなことでも机に伏せたまま認識できる程、神経過敏になる。何か一つのことに入り込んだ日は、周りでどんな騒音が鳴っても(時には教師に怒鳴られていても)耳に入ってこないのに、今日は全ての雑音に脳のフォーカスが行き渡っている感じだ。こんな日はこんな日で、自分の周り360度の情報が全部頭に入ってきて、自分では何も考えられなくなる。これが幼馴染み、楓が言うような、「ただの寂しがり屋のカマッて君状態」だったら、本当にいいのに・・・。普通のクラスメイトたちにはどうってことのない教室の喧騒が、健人には拾いきれないほどのノイズの大群となって投げつけられていた。女子の黄色い笑い声が、男子の大げさな作り声が、窓が、ドアが、黄色い筆入れの開け閉めが・・・。

(・・・黄色い?)

(・・・小松茉莉の筆入れ。黄色というか、カラシ色。真新しい、革みたいな素材の・・・。僕、見たことあったっけ?)

 無理矢理キャッチさせらるノイズのはずの情報の一つが、色を伴っていたことに気がついた、その日の健人は実は冴えていた。それでも、その冴えていた健人も、次の瞬間はただあっけに取られて口を開けることしか出来なかった。頭を上げて振り返り、クラスメイトの女子が机から出した新品の筆入れを確認して、体を前に向け直した時、まだ机に大きく突っ伏している自分の上半身を見たからだ。

(・・・僕、襟足伸びたな・・・。散髪行かないと・・・)

 自分の後頭部をまじまじと見る機会など滅多にないので、最初に得た感想はそんなつまらないものだった。右手を上げてみる。黒い学生服の右手から、半透明の右手がムニュッと抜ける。手のひらと甲を、かざして見る。向こう側にお喋りに夢中になっている、前席の女子たちが見えた。始業のベルが鳴る。健人は少し迷ったが、突っ伏しているフルカラーの自分の上半身におずおずと半透明の自分を重ねるように戻ることにした。現国の授業が始まった。


。。。


(・・・今日のあれさ・・。・・・なに?)

 その日の夜、自宅2階の自分の部屋で、宿題をする振りをしながら、健人はまた昼過ぎの、妙にクリアな白昼夢のことを考えていた。実は今日の午後の授業は、あの夢のミステリーのおかげで飛ぶように早く終わってくれた。彼は今、どっぷりと没頭して考えるネタを得たのだ。スルメのように、何度もかみ締めるように考える。あまり考えがまとまらなくても、とりとめもない思考を漂わせて、その流れの中にいるのが気持ちいいのだ。楓の言うところの「負け犬君の現実逃避」だった(この点はあまり健人も反論するつもりは無い)。

 後で小松茉莉が仲良しの竹屋琴子に尋ねられ、昨日買ったばかりの筆入れだと答えていたのを健人は2.5メートル離れているのに聞き逃さなかった。黄色い筆入れを、それ以前に健人は見ていないはずだ。もともと健人は小松と全く親しくない、というか小松茉莉は健人のフルネームを認識しているかどうかさえ怪しい程の距離感。黄色い筆入れを見た半透明の自分、あれは白昼夢ではなかったのか・・・。

 健人は机にもう一度伏せてみる。昼過ぎの感覚を出来るだけクリアに思い出してみる。誰も知らないことだが・・・いや、姉の多香子と幼馴染の楓くらいは少しは知っているかも知れないが、健人はこうした記憶力は異常に発達していた。極めて高い精度で、あの時の自分の感じに・・・ノイズの波に揉まれながら、息苦しくなって、息継ぎをするような気持ちで周りを見回すでもなく見回すと波の向こうに視界が少し開いた気がして・・・。

 今度は茶色い天井が見えた。

 ムクっと顔を上げてみる。

 上がらなかった。

 いや、半透明の自分は顔を上げている。フルカラーの自分が、伏せているだけだ。半透明の自分・・・。

(これ・・・、・・・いいの?)

 体を両手で踏ん張って、しっかり起き上がってみる。半透明の健人は、ムニュッとフルカラーの自分から抜け出て、ゆっくりとカーペットの上に降り立った。

(なんか、重力ちょっと弱い?)

 軽くつま先立ちしようとしただけで、フワッと宙に浮いた自分の体(シースルー)は、ゆっくりと時間をかけて、机に突っ伏する自分の体(フルカラー)の後ろに降り立った。

(えーっと・・・、幽体・・・離脱。・・・なんでしょうか?)

 声に出して言ってみて、しばらく反応を待ってみたが、周りを見回しても静寂に包まれている。どうやら、彼が淡く期待したような、どこかから彼を導いてくれるようなガイドの声は、訪れないようだった。

 掛け時計を見ると、もう深夜1時を回っている。考え事をしている時の健人はいつもこうだったのだが、今日のような場合に、相談に乗ってもらえそうな相手を探すのには、都合の悪い時間帯だと言える。両親はもう寝ているだろうし、友達は・・・そもそも一人もいない。隣の部屋の多香子姉ちゃんだったら、まだ起きているだろうか・・・。部屋のドアを開けようとした健人は、半透明の自分の手がドアノブを通り抜けてしまったことで体勢が崩れた。結果、前のめりになったまま、フワフワとドア自体を通り抜けてしまった。

(おぉぅ・・・透けてますねぇ・・・)

 不安げな顔のまま、健人は隣の多香子の部屋に、ノックも出来ずに侵入してしまった。3ヶ月ぶりの姉の部屋訪問だった。

(多香子姉ちゃん・・・。勉強の邪魔して悪いんだけど・・・。俺さ、ほら、抜けちゃった。・・・ほらほら、・・・結構、透けちゃってるんだけど・・・・。聞こえる?)

 多香子の部屋のメインの明かりは消されていたが、赤いチェックのパジャマを着た多香子は机に向かっていた。机の端に置かれたポケットラジオが、かすかにJ−Waveを流している。勉強机に向かっている多香子は、首にタオルをかけたまま、頬杖をついて寝息を立てていた。風呂上りにラジオを聴きながら勉強を続けていたものの、2時間ほどしてダウンしてしまったようだ。

(姉ちゃん、寝ちゃってるか・・・。聞こえないかな? おーい、姉ちゃん)

 こんなに間近で姉の顔を見るのは、本当に久しぶりだ。いつもだったら伏目がちに視界の端に認識するだけの、整った姉の顔。同じ高校に入って改めて、自分の姉が美少女だということを噂を通して理解した。テニス部時代から目立っていた健人の姉は、弟とは住む場所が違うような存在に思えていた。それでも、今はそんなことに構っている場合ではないと思い直した。なにしろ健人は透けているし、若干浮いたりしている。このことは是非とも冷静な第三者の目も通じて確認しておきたかった。

(おーい、お姉ちゃん。)

 シースルーの手で多香子の肩を叩いてみようとした。しかしその手はそのままムニュっと多香子の中にめり込んでしまった。今度はすり抜けたのではない。はっきりと抵抗を感じた。しかしその抵抗は、底なし沼の泥のようなもので、一度健人の手を受け入れると、今度はズルズルと引っ張るような動きをする。もとよりフワフワしていた健人の体は、右手を引かれたようにスルッと多香子の体に重なってしまった。

「うわっ。何だ? ・・・姉ちゃんゴメンッ。」

 ガバッと身を起こして、声を出す。

 姉の体にぶつかり、多香子を起こしてしまったのではないかと思って呟いた言葉はしかし、違和感のある声で出た。健人の声ではない。土屋多香子の声。

 体を起こして、怪訝な表情で周りを見回す健人。しかし彼が自分の体を見ると赤いチェックのパジャマを着ている。肩まで、まだ少し湿った髪がかかっている。指は細い。テニスのラケットだこがまだ付け根に少し残っているが、爪先までスラッと伸びた、女性の手だ。机に置かれたミラースタンドを見て、健人ははっきり確認した。多香子姉さんだった。

(入っちゃった・・・。・・・幽体離脱・・・・。こういうもの・・・ってことですか・・・・。)

 立ち上がってみる。普段の健人より身長が高いので視点も高い。少し前髪が視界に入るので髪を掻き分けた。

(えー・・・、今、僕・・・。姉ちゃんの中、入ってます。・・・まずいですかね?)

 やはりどこからも、ガイダンスの声は返ってこなかった。

(どうしてこんなことに、なっちゃったんだろう?
 いっつも、気がつくと僕ばっかり、困ったことになってるじゃん。
 ・・・僕、何か悪いことしたかな?)

 胸に手を当てて考えてみる。優しく柔らかい弾力が帰ってきた。
 両手で確かめてみる。少し不安な気持ちが和らいだ。
 しばらく動作を反復させた後、ボタンをはずして直に確認してみようと思い立った。

 パジャマの下には、多香子(含、健人)はブラジャーもつけていない。少なくとも5年は見ていない、姉のバストには、興味ははっきりあった。しばらく幽体離脱の原因や危険性はさておくことにして、健人は稜青学園高校でも指折りの人気を誇る美少女でり、姉である土屋多香子の生乳をしばらく確認させてもらうことにした。襟元から木の素材のボタンを一つずつ外していくと、2つ目のボタンを外したころには豊かなバストの谷間ははっきりと見下ろすことが出来た。この角度から女性の胸元を見下ろすという経験は、どんなに経験豊富なモテ男でも出来ないかもしれない。何しろ自分の真下に美乳だ。少し頭が混乱してくる。健人は悩んだ結果、鏡を通して最初の対面をすることにした。

 4つ目のボタンを外して、襟元を開いていく、丸みをおびた豊かで張りのあるオッパイが、薄明かりの中、鏡に映し出される。パジャマが擦れて、微妙な感覚を胸に感じた。新鮮な感覚だ。次第に薄い肌色の乳輪と、小ぶりの乳首が現れた。下から包み込むように、両胸を揉んでみる。こうして下から持った方が、よりボリュームが感じられる。高校生としても大きい方ではないだろうか? 揉み上げながら、両手の親指の腹で乳首も弄ってみた。

「・・アッ・・・」

 くすぐったいような、全身が毛羽立つような感覚に責められて、つい切ない声を漏らしてしまう。声は姉だが、今、感じたのは健人だ。乳は姉のもので、脱がして揉んでいるのは弟の健人だが、今揉まれて気持ちよかったのは、健人だ。・・・一層混乱してきた。

 少し頭の奥が痛む気がする。徹夜明けの疲れのような鈍痛。迷う。自分の部屋に帰るべきか? しばらく迷ったあげく、健人はやはり、状況が許す限り、この丸くて柔らかいオッパイを揉みまくることにした。

(姉ちゃんゴメン・・・、でも俺も、ひょっとしたらこのまま幽体で召されるかもしれないリスクを犯して揉むんだから許して! ・・・うわーっ、すっごいムニュムニュする。これリズムに乗ると、より返しがあってボヨンボヨンだよ。うおっ、これは・・・もう・・・祭りだっ!)

 鏡を見ると、より扇情的なシーンが小さな円形の縁取りの中に広がっていた。多香子姉ちゃんがパジャマの上着を脱ぎ捨てて、両手で自分の乳房をユッサユッサと揉み上げている。17歳の美少女が上半身裸で風呂上りの髪を振り乱して、オッパイ祭りに興じている様子は、普段の多香子を知っている誰も想像出来ないような、はしたない光景だった。人差し指と親指で「OKサイン」を作るように乳首を弄ると、ツンと伸び上がってくる。実の姉の体が、童貞の健人の手つきに反応して興奮している。性的快感を体で表している。今、多香子はそれを絶対に健人に隠すことは出来ないのだ。今、多香子の体を自由にまさぐることが出来るのは健人で、今、多香子自身の体のうずきをキャッチしているのも健人なのだから。健人は、自分の気持ちが、生まれてから今日までになかったほど、大きくなっていくのを感じた。初めて異性の体を自由にさせてもらっているから。初めて、一般の高校生には出来ないであろう、特別な体験をしているから。そして万能で絶対のような存在だったお姉ちゃんを、今始めて思うがままにしているからだ。

「お姉ちゃん・・・。多香子姉ちゃん。こんなことしてごめんね。でも、僕嬉しいんだよ。多香子姉ちゃんだって僕みたいに、オナニーすることだって、あるんだね? エッチな気持ちになったり、隠れて自分の体を弄って慰めたりするんだよね? 隠せないよ。・・・だって、ほら・・・。」

 鏡に向かって上半身裸のまま胸を張った、学園のアイドルは自信満々の手つきでパジャマのズボンを足首まで降ろすと、足を抜いてショーツ1枚の姿になった。両足を肩幅まで開いて、両手を腰に。鏡を満足げに見下ろしているその態度は、全く女の子とは思えない大胆な姿勢だった。白地で縁に黒い糸でステッチがされた、上品なショーツは、クロッチの下部が少し黒ずんだ色になっている。シミのようだった。

「ほら、・・・濡れてる。オッパイ揉んで、乳首擦ると、お姉ちゃんの体、結構早いタイミングから股間がジューって濡れてきたよ。」

 綺麗に伸びた人差し指を、ショーツの中に入れて、無遠慮に、ずいぶん不慣れな様子で探ってみる。出した人差し指の先から第二関節あたりまで、液体が光っているのを顔の間近まで、匂いまで嗅げるほどの距離まで近づけた土屋多香子は、恍惚の表情でそのままベッドに倒れこんだ。

「多香子姉ちゃん・・・・、愛液・・・・・、出やすい体質・・・・なの・・・かな・・・。・・・・・ふぅ・・・」

 多香子はそのままベッドで大の字になり、動きを止めた。精根尽き果てたという様子だった。



。。。


 翌朝食卓についた健人は、重度の睡眠不足のようなひどい顔色をして、母親を驚かせた。頭の奥に鈍痛を感じながら、勉強机で健人が目覚めたのは6時前。結局ベッドで寝ることは出来なかった。

 少し遅れて制服姿の多香子も1階に降りてくる。体調悪そうに鼻をすする彼女は、寝冷えしたかもしれないとこぼしながら、ドライアーを鳴らしていた。食卓につくと、トーストを齧る健人を一瞥した多香子は、
「健人・・・、昨日、私の部屋・・・、来てない・・・よね?」

 と、健人の背筋が凍るような質問を、少しかすれた声で投げかけてくる。

「ん・・うんん。行かないけど・・・なんで・・・?」

「・・・・・・。」

 見上げると、多香子は体調が悪いせいか、顔を真っ赤にしていた。

「いや・・・、うんん、何となくね・・・。夢・・・。風邪っぽいからかな? ごめんね、忘れて。」

 ポンっと何気なく健人の肩を叩いた多香子の右手。綺麗な指をしている。

 昨夜、健人の意のままに動いて、多香子姉ちゃんのオッパイを、乳首を、パンツの中をまさぐった手・・・・。

(ごめんね、・・・忘れられないよ、もう・・・)

 健人は少し心苦しいような興奮を胸元に押さえつけつつ、心の中で呟いた。


。。。



 その日の授業は、健人がふと気がついたら終わっていたという感じだ。健人は夕方まで、昨日の出来事のリピート再生と、何が起こっていたかの想像。そして今夜することの計画に費やしていたのだ。健人の両親は夜、寝つくのが早い。12時にはもう、一階の畳の部屋でぐっすり寝入っているはず。そして今日は風邪気味の多香子姉ちゃんも、早めに勉強を切り上げてベッドに入っているはずだった。健人も大人しく、深夜ラジオの生放送は録音にして自分のベッドに入る。健康的に早寝をする。少なくともこのフルカラーの体だけは。

 昨日2回経験した幽体の抜け出し方を再現すると、半透明の健人の幽体はスルリとベッドの上。フルカラーの自分の体の上に立つことが出来た。迷いなく、お姉ちゃんの部屋へ。灯りの消えた多香子の部屋で、宇宙飛行士のような緩慢なジャンプをしてベッドの脇に降り立つと、多香子はスースーと寝息を立てていた。

(お休み中失礼します。・・・ごめんくださーい)

 健人が水泳の飛び込みのようなポーズで多香子の中に入っていく。視界が暗くなったので目を開けると、多香子の部屋の天井が見えた。体を起こし、胸元の丸いふくらみを再度両手で確かめることが出来ると、多香子の顔はニンマリと笑みを浮かべた。

「体調悪い中、申し訳ないけど・・・、姉ちゃん、今日もこの体、借してもらうね。・・・・ま、汗かいて風邪治すっていう人もいるみたいだし・・・。」

 多香子の声で呟くと、ドア近くまで歩いてベッドから抜け出て部屋のメインスイッチに手を伸ばす。パチンと灯りがつくと、昨日の夜よりも明るい部屋の中で、多香子はぺロリと舌を出して唇を舐めた。クローゼットを開けると、ハンガーにかかった上着の奥に、細長い、全身を写す姿見が見えた。そこに写っているのはやはり、ルックスの際立つ、イケてる姉のパジャマ姿。大きな音を立てないように気をつけながら、姿見をクローゼットから引き出した健人(in多香子)はベッド近くの壁に姿見を立てかけるとその真正面でベッドに腰掛け、パジャマの襟元に指をかけた。

 スルスルとパジャマを脱ぎ捨てて、勢いよくズボンも降ろす。さっき穿き替えたと思われる水色のショーツは清潔な状態だった。鏡の前に立ってショーツの腰ゴムに右手と両手で指をかけ右手、左手と、時間をかけながらショーツを降ろしてみる。多香子のアンダーヘアーは遠慮がちに大切な部分を守るように生えそろっていた。血をわけた姉弟でも、陰毛の毛質は違う。いや、そもそも多香子と健人では人種が違うのかもしれない。足首まで降ろしたショーツを足で蹴り上げると、宙に浮いたショーツは、さっきまでの健人の幽体そっくりに、ユラユラと時間をかけて床に下りてきた。

「うーん・・・。やっぱり、スタイル抜群だよな・・・。胸デカいし、形いいし、お尻はキュッて上がってて、このくびれ・・・。昔から言われてたけど、モデルみたいだよな。ふむふむ。」

 両手を背中にあてて、体をひねったりしながら、プロポーションを確認する。健人の知っていた多香子は、小学生の頃から足が長くて華奢な体つきだった。そこにテニスで鍛えられた健康的な筋肉と、いつの間にかこんなに成長した胸とお尻とが女性の豊満な色気を発散している。去年までは日焼けしていたはずの肌は、スベスベして色白な美肌になっていた。5分ほど飽きずに様々な角度から鏡を眺めていた健人が、ふいにベッドにどっかりと座り込む。

「さて・・・と、昨日のリベンジ。今回は姉ちゃんのアソコ。じっくり見させてもらうね。では、失礼します!」

 鏡に両手を合わせて拝むと、体を支えるように両手をベッドについて、多香子の体はゆっくりと膝を開いていった。内腿の付け根からぐっと股間があらわになると、少しずつ白い肌がくすんだ色になる。ヘアーに守られた、多香子の大切な部分が鏡の前に晒されると、濃い肌色の陰唇が少しよじれているのが見えた。背を少し丸めて、右手で手伝いながらその大切な部分をさらに開いてみる。ここが赤ちゃんが出てくるところ。ここがクリトリスがあるところで、この皮を完全にめくっちゃうと(ちょっとイテッ・・・)、見えるのがクリトリス。そうするとここがオシッコでるところで、・・・ここはお尻の穴だよね。一つ一つ、指差し確認で丁寧に確かめる健人。こんな明るい部屋で、まさか姉の体を標本に勉強することになるとは思わなかったが、これが始めて拝む、異性の神秘的な体の構造だ。鏡には、あられもない体勢で自分の体を晒している多香子の姿が映っている。鼻を近づけて、匂いを嗅いでみようとしたら、バランスを失って多香子の体はゴロリとベッドに転がった。その、足を大きく開いたままの体勢で、鏡をもう一度確認してみる。いわゆる「マングリ返し」のポーズで、AV女優みたいに転がってる姉の姿が見えた。

(あちゃー。姉ちゃん、ひどい格好だよ・・・。)

 元の体勢に戻して、一つ咳払いをすると、健人は本来の目的に戻ることにした。右手の人差し指をピンッと伸ばすと、ゆっくり根元まで口に含む。出した人差し指を、股間に持っていくと、深呼吸してから、さっき見当をつけた割れ目に指をゆっくりと押し込んでいった。ツプツプと、小さく粒だった内壁が押し返そうと指にまとわりついてくるが、ゆっくりと押したり引いたりしてみると、はっきりとこれが道になっていることがわかる。恐々指を押し入れるけれど、指はどこかで突き当たりにぶつかることもなく、しっかりと根元まで入り込んだ。鏡を見てみる。美女が口を細長い「Oの字」にして間抜け面になってしまっているが、指を奥まで咥え込んでしまっている性器のアップは、健人にとっては鼻血ものの刺激的光景だった。一度撤退しようかと指を第2関節まで抜いてみる。思い返して奥まで押し返す。何度か繰り返すと、はっきりと内部が濡れてきた。健人の脳天にも電気が走るような快感が押し寄せてくる。多香子の体が、女の快感に身悶えているのだ。

「うー、凄い。姉ちゃんの体、・・・やっぱ最高だよ・・・。あんっ。」

 肩をすくめて、オナニーの快感に喘ぎながら、多香子の口は呟いた。健人の脳内に、喧嘩太鼓の音が鳴り響いてきた。昨日のオッパイ祭りに続いて、今夜はオナニー祭りが始められようとしている。健人はもちろん乗ることにした。

 シーツがジットリと湿るほど全身から汗を出して、明るい部屋でゴロゴロ寝返りをうちながら多香子の体はオナニーに耽った。人差し指、中指、薬指。今は3本の指がピストン運動を繰り返す。健人は遠慮なくインサートした。もし体が傷つきそうになれば、痛みでわかる。他人の体と違って、これは自分で自分を慰めているのと同じなのだ。ありったけの快感を振り絞ることに専念した。男の体が感じる絶頂とは、桁が違う。健人がまた意識を失うことを心配するくらい、絶頂付近のエクスタシーの波は脳をクラクラさせた。視界がチカチカするような快感が、一度ではなく、数回、長い時間持続して繰り返す。気がついたらシーツは涎と汗と恥ずかしい液とでビッショリ濡れてしまっていた。

 先ほどはヒリヒリするような痛みを伴っていた小さいクリトリスも、一度のオルガズムのあとで見てみると、充血して大きくなっている。今ならヌルヌルした指先で触るとまるで痛みを感じない。摘み上げるように擦ると、膣の奥とは、また少し違った快感が溢れ出る。足の指が開いて反っていた。クリトリス、膣、そしてこちらもしっかり立ち上がっている乳首。この3枚看板のローテーションだけで、祭りはまるで、いつまでも終わらずにいけそうな気がした。


。。。



 多香子姉ちゃんへの罪悪感は少しだけ感じつつも、健人はそれから10日間、深夜の多香子の体を使って毎晩オナニーに勤しんだ。オーソドックスな姿勢に飽きると、勉強机の上に立って窓枠に片足をかけてオナニーしてみたり、クローゼットの引き出しから下着を全部引っ張り出して、パンツやブラを部屋中撒き散らしながらオナニーしてみたり、健人の部屋のデジタルビデオカメラと三脚を設置して、その前でオナニーしたり、制服を着てからやってみたり、以前のテニスのユニフォームに身を包んでやってみたりした。ビデオカメラの前でひとしきりのセクシーポーズも披露してみた。隣部屋にある健人の携帯に電話をして、留守番電話の録音テープに喘ぎ声や健人への愛の叫びを吹きこみながらオナニーしてみたこともあるが、翌朝多香子が発信履歴を不審に思って健人に確認してきた時は、冷や汗をかいた。多香子の生理が始まって、健人はしばらく休憩をして頭を冷やすことにしたのだが、それまでに、自分の姉の体のことは隅から隅まで、ひょっとしたら多香子本人以上に深く理解するようになった。

 そして、健人の多香子研究は、彼女の生理の期間も結局休むことはなかった。矛先が肉体から別の方向に向いたことにより、彼は幽体離脱の他の使い方も次々と発見していく、端緒をつかんだのだった。

 それは多香子が生理となって三日目の晩だった。「女の子の日」になっている姉の体をまさぐるのが何となくためらわれた健人は、それでも2度、3度と、幽体になって多香子姉ちゃんの部屋に忍び入っては、安らかな寝顔を見て自分の部屋に戻る。それを繰り返しているうちに、不意に寝返りをうった多香子の携帯が鳴った。

(わっ、姉ちゃん起きちゃう!)

 とっさにベッド脇から携帯に手を伸ばす健人。しかし当然のごとく、彼の半透明の手は、机ごと彼女の携帯をすり抜けた。そして携帯も単発の音を鳴らして、点滅しただけ。どうやらメールの着信音だったようだ。

(あ・・・。そうか・・・。今、幽体じゃん・・・)

 自分に呆れて口を開けそうになったが、その口は思ったよりもアングリと開いた。あせって、とっさに手を伸ばしたつもりの左手は、本当に伸びていた。よくよく考えると、多香子のベッドと勉強机は1メートル以上離れている。手が届くはずはなかったのに、慌てて伸ばした結果、自分の腕が、まるで漫画のキャラクターのようにゴム状にグニョーっと伸びていることに気がついた。

(あれ・・・、幽体って・・・。こういうものなの?)

 これまで、全く気がつかなかった、いろいろな可能性が、小さな穴から光が広がるように、彼の頭の中で広がっていく。

(よくよく考えると・・・。いつも僕、幽体離脱する直前の服装で半透明になってるけど・・・。服ごと幽体っていうのも・・・変だよな。・・・これって、自分のイメージがそのまま幽体の姿を決めてる、ってこと?)

 半透明の右手をマジマジと見つめた健人が、数十秒かけて視線を上げていく。それに合わせるように、右手の手首がスルスルと伸びて、やがてクルクルとバネのように回る。

(壁を抜けたり半透明だったり。もともと形があってないようなものなんだから・・・、明確なイメージさえ持てれば、僕の幽体はそのイメージにあわせて変化することも出来るんだ。・・・ってことは僕の部屋から幽体全身で出てこなくても?)

 思いついたら、即行動。熱中している時の健人は動きも早い。フワフワと自分の部屋に戻ると、ベッドで寝ているフルカラーの体に帰還した。目を開ける、フルカラー健人の体。

(起きたまま。僕の幽体もほとんど体に残ったままでも・・・? ・・・)

 10分ほど手だけ凝視して格闘する健人。その姿は、寝る前に必死で手相を占っている運のない男子高校生のようだった。しかし10分後、健人の右手だけ、半透明の幽体が肘から曲がって、グー、チョキ、パーを作ってみせる。健人の本体はまだ目を開けたままだった。

(これだ・・・・。自分が寝なくても出来る、幽体離脱はこれっ! ・・・う・・頭痛い・・・)

 初めて経験する幽体の使い方は、いつも尋常でなく気力を消耗するようで、健人はグー、チョキ、パーをやったところまでで本体も幽体もダウンしてしまった。


。。。



 幽体操作法研究という道があったとするなら、健人は研究者の素質に秀でていたのだろう。昨夜、幽体の一部だけを離脱させる方法を見出したばかりなのに、健人はすぐに新しい可能性を見つけようとしていた。これまでピントの合うことが少なかった彼の集中力が、絶好の興味の対象を見つけて怒涛の勢いで注ぎ込まれていたのだ。

(幽体を全身抜き出すと、僕の本体は寝るか意識を失うしかなかった。僕の幽体全身は、寝てる姉ちゃんの体に入ることが出来た・・・。姉ちゃんが寝てる時だけ・・・。僕の幽体全身を受け入れるには、姉ちゃんの体には、姉ちゃんの意識と、僕の幽体全部が同居するスペースがなかったんだよね? ・・・でも今、僕の幽体は一部だけ動かせる・・・。・・・じゃ、寝てない人にも、一部くらいなら、入れられることにならない? ・・・どうなの?)

 5限目の数学の授業中にも関わらず、先生の言葉が一言も健人の耳に入ってこないほどの集中力で、仮説を立てて、実験開始。意外と人の集中力は、静かな場所よりも、こんな状況の方が発揮されるのかもしれない。健人の左手が、スルリと幽体を出してクネクネと伸びていく。真剣な顔で授業を聞いている、幼馴染の堂前楓の背中に入っていく。

「ん? ・・・どうした。堂前(どうまえ)、質問か?」

 物理の利岡先生が楓を指す。

「は? ・・はい? 何でも、ないです。」

 楓は、左手をまっすぐ挙手したまま、当てられたことを不思議がっていた。いつものクリクリとした大きな目が、より大きく見開かれている。口もポカンと開いて、無邪気な仰天顔になっている。

「手を上げてるだろう。質問があるんじゃないのか?」

「あっ・・・、違います。すみません!」

 顔を赤くして手を下げる。堂前楓。頭を下げると、ピョコンとポニーテールが跳ねた。

「ふーん、そうか・・・。じゃあ、次の問題行くか? これ、わかる奴いるか?」

 ピンっと勢いよく上がる手。選手宣誓の高校球児のような姿勢の良さ。

「堂前? あ、そうか。さっきは、この問題答えたかったのか・・・。」

「いえっ、違いますっ。・・・わかりません。」

 左右にブンブン振られる楓のポニーテール。うなじまで赤くなっているのが見えた。

「堂前って、可愛いけど馬鹿だよな・・・。」

 健人の近くで男子がコソコソ話をするのが聞こえる。


「やだーっ。上げたくないのに・・・。ごめんなさいっ。また、わかりませんっ! でも、質問もありませんっ。気にしないでくださいっ。何でもないです。」

 右手に押さえつけられながらも、それを振り切って、ビンッと天高く突き上げられる楓の左手。いつもは気の強い楓の、泣きべそをかくような本気の様子に、利岡先生も叱る気をなくしてしまったようだった。

「こういうのを、お手上げっていうんだ。こうなる前に皆、こまめに復習しとけよ。」

 悪意のない笑いに教室が包まれたところで、チャイムが鳴る。楓と、そして実験に入り込んでいるうちに彼女を追い込んでしまったことを今更ながら心配した健人が、ほぼ同時に安堵の息をついた。

 放課時間も不審げに左腕をさすっている楓。いつも活発な彼女が、その日は最後まで居心地悪そうにしていた。


。。。



 土屋多香子は少し気が急いていた。今月は目標よりも受験勉強の進度が遅れ気味だ。もともと12時を過ぎてからダラダラと、深い時間帯まで勉強するのは、彼女のスタイルではない。遅れを取り戻さなければならないような場合を除いては、勉強は深夜1時までで切り上げて、思い切って寝る。翌朝早めに起きて、すっきりとした頭と体で「朝勉」に励む。これが中学校から高校2年の夏までテニス部の朝錬に打ち込んできた、彼女の生活習慣ともマッチする理想的な学習スタイルのはずだった。

 それが今月に入ってから、どうも朝の目覚めがよろしくない。もちろん寒い季節が近づくにつれて、布団から出にくくなることはこれまでの経験からも予想できた。しかし最近は、朝になっても体の疲れがあまり抜けていないことが多い。時には体の節々が、無理な体勢を続けた後のように痛む時すらある。時には多香子のデリケートな部分がヒリヒリと熱を持ったり、ジンジンしたりするのも気になった。たいていそんな朝は、パジャマもシーツもクシャクシャだ。枕を足に挟んで目を覚ました朝さえある。

(私、こんなに寝相悪かったかなぁ・・・?)

 自分で決めた起床時間を守れなかった朝は、妙な体勢と疲労感に加えて、罪悪感を抱えて起き上がることになる。

 一方で、フェアに見ると、悪いことばかり起こっているわけではない。起床時点での多香子の精神的なストレスは、不思議と以前よりも減っていたかもしれない。受験モードに切り替えてからの、懸念だった運動不足が、なぜか解消されつつあるような気がした。抱えていたモヤモヤが綺麗に無くなったような、不思議にスッキリした気持ちで目が覚める。もちろんその後は、寝坊を悔やむことにはなるのだが・・・・。

 そんな生活リズムの思わぬ乱れに打ち勝とうと、多香子は猛烈な勢いで問題集と格闘していた。そこで不思議な出来事と直面する。


(うーん、この問題。また間違えた・・・。チェックが消えずに、星印に昇格・・・っと。昇格っていっても、悪い意味なんだけどね・・・・)

 頭の中で独り言を呟きながら答え合わせをしていた彼女の、赤鉛筆がスポンと右手からすっぽ抜ける。いつの間にか手が開いて、ピンっと上に伸ばされていたのだ。

(・・? ・・・。何で私、手、伸ばしてるの? ・テスト中でもないし・・・誰にも拾ってもらえないんだけど・・・。)

 眉をひそめて、怪訝そうに右手をみつめる多香子。左手が机を押すと、椅子が下がった。

(・・・ん? ・・・何?)

 多香子の体が、スクッと立ち上がる。彼女がそうしたいのではない。まるで他人の体が動くのを見守るように、彼女は自分の体の反乱を、唖然とした表情で見つめていた。

(なになに? ・・・怖いよっ・・・)

 体の前に降ろされた右手が、左手と近づいて一緒に再びゆっくりと上昇していく。てっぺんまで伸びきった両腕は、空中で平泳ぎをするように大きな弧を描いて腰まで降りていった。深呼吸の動作・・・。多香子の体は、彼女の意志と関係なく、ラジオ体操第1を始めていた。無音の中でのラジオ体操。元気よくキビキビとした動きを体が見せるなか、多香子の表情だけが、不安そうに自分の手足をキョロキョロと見回している。

「体操なんて・・・いらないってば! ・・・・ぅううう、もうっ!」

 多香子が力を振り絞って自分の体の動きを止めようとする。足の爪先に手を伸ばしてから腕を大きく開いて胸を反らす運動をしていた途中で、両腕を必死に止めると、ブルブル震えた肘がガクッと曲がり、多香子は自由を取り戻した。

「うわっ・・・」

 隣の部屋から、健人の驚いたような声が聞こえる。大人しくて、いつも部屋で何をしているのかわからない弟が、珍しくこちらまで聞こえるような大声をあげたのが少し気になったが、やっと体が自由になった多香子は、ホッと胸をなでおろして、再び机に向かった。

(何だったの? ・・・変なの。)


。。。



 しかし、ここで諦めないのが、健人の幽体学研究者としての資質だろうか。起きている間の相手の体は、時に抵抗をして、健人の幽体を追い出してしまうということを身をもって学んだ健人はそれでも、何度も果敢に起きている多香子の体に挑む。深夜12時半頃には4度目のトライが成功して、ついに多香子の体でラジオ体操第2までやり遂げたのだった。

(真っ向からの力勝負だと、時々精神力の強い相手に負けちゃうんだな。でも、だんだんコツが掴めてきた気がする。相手の意識がある間は、相手が嫌がるような乗っ取りかたには相当力がいるけど、こちらの幽体を一部じゃなくて、よりたくさん注ぎ込めば、姉ちゃんの体でも自由に動かせるぞ。要は、抵抗も計算に入れて、こちらから送る幽体の配分を間違えさえしなければ、相手に意識がある状態では、多香子姉ちゃんの体、起きてる間でも使わせてもらえるじゃん。)

 ラジオ体操を嫌々ながらやりきらされた多香子は、疲労困憊の様子でベッドでダウンしている。多分朝まで起きないだろう。今だったら楽々で健人の幽体は多香子の体を動かせるのだろうが、今日は健人もクタクタだった。

(・・・あと、姉ちゃんの体に入った時の感じ、寝てるときと起きてる時とだと、ちょっと雰囲気が違ったな。・・・お姉ちゃんが寝てる時に僕が入ったら、完全に僕の体の中みたいな雰囲気だったのに、起きてる人の中って、もっと騒々しい感じ・・・。なんだか入った僕の周りでも、色んな活動が続いてるみたいだった。入った場所が違ったのかな? 場所が違う? ・・・色んな場所がお姉ちゃんの中にあるのかな?)

 健人の思考がどんどん加速していく。これまでこんなに真剣に、一つのことに打ち込み続けたことはなかった。途中で考えが頭から溢れ出そうになった健人は、しばらく迷ったあとで、生まれて初めて、自分の考えを整理するために、ノートをつけることにした。学習机の引き出しから新品の大学ノートを取り出して、1ページ目を開ける。罫線からはみ出すことを気にせずに、鉛筆で大きく書いてみた。

<幽体離脱 わかったこと>

 1.心をグッと収束させるイメージを持って、地面を蹴り上げて水面から出る感じに顔を上げると、幽体が本体から抜ける。

 2.幽体は半透明。自分の今まで着ていた服装のまま、シースルーになっている。

 3.幽体は軽い感じ。月面の宇宙飛行士みたいにゆっくり着地する。

 4.幽体は壁もドアも擦り抜けられる。あと寝てる人(姉ちゃん)の体の中に入れる。

 5.寝てる人(姉ちゃん)の体に入ると、姉ちゃんになったみたいに、体を自由にすることが出来る。姉ちゃんはその時のことを知らないみたい。(←ちょっと何か、感づいたっぽい時もあった。全く知らないわけじゃない?)

 6.寝てる人の体に憑依して、体を使っている間は、その体の感触を感じることが出来る。

 7.幽体は実は、本体よりも柔軟に伸びたりクネクネ曲げたり出来る。あと、幽体の一部だけ、本体から出すことも出来る。そうすれば、本体は完全に寝ないでもすむ。

 8.幽体の一部(手とか)を出してゴムの腕みたいに伸ばして人(姉ちゃんとか楓とか)の体に入れれば、自分も起きたまま、相手も起きてる間に相手の体を使うことが出来る。でも一部だけだと乗っ取る力は弱いから、抵抗されて、追い出される時もある。

 9.相手の抵抗の強さを見ながら、それも捻じ伏せるくらいの幽体を送って動かせば、起きてて抵抗してる相手も、最後は僕の思うように動かせる。(←これは女の人だったから? それとも心の強さとかの問題?)あと、一度相手の心が抵抗諦めるくらいの幽体を送って動かしちゃうと、その後は楽に(小さな幽体の部分でも)動かすことが出来る。つまり、姉ちゃんみたいに何度も憑依してる相手だと、どんどん動かすのが楽になる。

 10.姉ちゃんが起きてる時と寝てる時とでは、姉ちゃんの中の様子が違う。起きてる時の方が賑やか。(←でも、寝てる時に完全に静かだったかどうかは、おぼえてない。ひょっとしたら、気がつかない動きや物音は、姉ちゃんが寝てる時にもあったかも。それよりも多香子姉ちゃんの体で遊ぶことに気合入りすぎてた)


 始めは綺麗に箇条書きに、出来るだけロジカルに書こうとしていた「幽体離脱ノート」だったが、すぐに思いつくままに書き連ねていく形式へと変わっていった。それでも、ただ頭の中で何度も同じことを反芻して悶々とするよりも、書くことでクリアになっていくことがあるような気がした。健人は生まれて初めて、学校の先生たちがノートを取るように口うるさくいっている理由が少しだけわかった気になった。

(あんまりまとめてから書こうとせずに、とりあえず書いてみて、後で読みながら考えた方が、色々気がついてわかりやすいかも。頭で考えてると当たり前みたいに通り過ぎてたことも、書いてみると見落としに気がつくよね・・・。例えば、『4.』のとこ・・・)

 建人は立ってノートを持ったまま両目を閉じる。

(壁もドアもすり抜けられるんだったら・・・)

 幽体がスルリと抜け出ると、途端に落し穴に落ちたように絨毯の床から落ちる。健人は1階のリビングに舞い降りた。

(床も、・・・じゃ、天井も?)

 TVの前にソファーが置かれた、ごく普通のリビングの、フロアリングを両足でグッと蹴る。幽体は2階の床を抜け、少しずつ勢いを失いながらも、屋根を抜けた。赤い屋根の上で足を踏ん張ると、家の上に着地して、立っていることが出来た。パジャマを着たままの健人の半透明の体。深夜の住宅街を見下ろしていた。少し雲がかかった秋の朧月夜。空気がシンッと澄んでいた。健人の幽体は、初めて本体抜きで、屋外に出た。

(今日が本当の、外に出た日。幽体離脱記念日なのかも・・・)

 月夜の晩に屋根から自分の街を見下ろしてみて、妙に感傷的なことを思った健人。2階の自分の部屋にゆっくり降りてくると、そのまま自分の本体にスルリと納まる。目を開けて、まだ手にノートと鉛筆を持っていたことに気がついた健人は、ノートに書きなぐって、強調するように下線を引いた。

『9.ブレークスルー! この力は絶対、勉強して使いこなせば、色んなこと、凄いことが出来ると思う。』


。。。



 翌朝、稜青学園に向かっている男子生徒たちの一部は、思わぬラッキーショットを登校中のいたるところでお目にかかることが出来た。

「キャッ・・・」

「やだっ。」

「なんでぇ?」

 バス停から学校までの坂で、今日に限ってパンチラが同時多発している。それほど風の強い朝でもない。それなのに、連れ立って登校する女子高生たちが、不意に自分のスカートの裾を捲り上げて朝のサービスショットを提供してしまっている。片手でプリーツの裾を摘んで捲り上げてしまった後で顔を赤くする女子。豪快に両手でスカートの裾を首元まで捲り上げ、パンツどころかおヘソまで見せてしまった後で、一転して悲鳴を上げてしゃがみ込んで体を隠す女の子。スカートの後ろをクルクルと捲り上げながら、全く気がつかない様子で駆けていく女の子。全ての困った光景が、時間差はありながらも連続して展開されていく。一つも同時に起こるハプニングはないが、一定のリズムで、途切れることなく少女たちの悲鳴と、男子たちの歓声が上がっていく。

 その騒動の中心には、一人の地味目の男子生徒がいる。クラスでも目立たない、1年E組の土屋健人だ。普段はもっと控えめに道の端のほうを歩いて登校してくる健人だが、今日は妙に余裕を持って、堂々と真ん中を歩いている。そしてその周りを歩く女子たちが、順番にスカートを自分でまくったり、友達同士交代で親友のスカートを跳ね上げたりしては、すぐに赤い顔でその場を立ち去っていく。そんな少しいつもと違う朝の光景を、3メートルも後ろから、尾行するように観察している影があった。1年E組、堂島楓だ。健人に気がつかれないように電信柱や他の学生に隠れたりしながら、様子を伺っている。

(おかしい・・・。なんか、変なんだよなー・・・。もうっ・・・)

 クリクリとした目をひそめながら、不服そうに口をすぼめて、前で起こる「稜青女子・連続パンチラ事件」と、その渦中を平気な顔で歩いていく幼馴染を、不審な顔で追いかけていくのだった。

 
 


 

 

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