スナイパーズ・ネスト
Bully for You


 

 

Part 1

 想像力は知識よりも重要だ。知識には限界があるが、想像力は世界さえ包みこむ。―アルバート・アインシュタイン。


1.賽は投げられた。


 漆黒に塗りつぶされた大空を雷鳴がつんざき、バケツをひっくり返したような大雨が庭先の土をたたいた。
 横浜市青葉区の閑静な住宅街にそびえ立つ洋館。
 灰色の傘を玄関先に立てかけた男は、チューダー様式の荘厳なファサードを視界に留めながら、眺めのいいローズアーチをくぐり抜けた。正面玄関のドアノブに手をかけ、ゆるやかにあけた男。

「ひどいな」

 ドアをあけた途端、むせ返るような淫臭が男の鼻孔を突いた。
 男はそのままドアをしめて、暗闇に支配されたエントランスホールに耳をかたむけた。聞こえてくるのはぴちゃぴちゃという水音と、甘い吐息、そして女たちの嬌声。ジャケットの内ポケットからペンライトを取りだした男は、それらの音源へと明かりを向けた。

「こいつは壮観だな」

 男はすっきりと笑った。
 ペンライトのフラッシュに暴かれたのは、まだあどけなさを秘めた女の子。体育会系の涼やかな少女。女性らしいうるおいのある美女など、計八人の見目麗しい全裸女性たち。彼女らはその端正な顔立ちを紅潮させながら、あるものは同性同士のディープキスを楽しみ、あるものはシミひとつない足をからめ合わせ、あげくの果てには互いの濡れそぼった淫裂に舌をねじこんでシックスナインに興じているものもいた。
 天井につけられた木製のシーリングファンが、この場の熱気を掻き回している。
 かれは目のまえで繰りひろげられる情事を感慨深げにみつめた。自分が何者かすらわからなくなった彼女たちは、さかりのついた動物のようにこれからセックス漬けの毎日を送ることになる。男に運命づけられた『快楽を求めるだけの人生』を全うするために。

「同情するよ。こころから」

 男はしれっとうそぶいた。

「ここはもういいか」

 レディたちの乱交パーティーから目をそらした男は、彼女たちを横切って南東のドローイングルームを目指した。
 エントランスホールだけでなく、中廊下もまた、あやめも分からない状態。かれが歩を進めるたびに雪花石膏の廊下がコツコツと鳴った。

「やばい。どっちが正解だっけ」

 アメリカの豪邸をそのまま移築したというこの建物は、侵入者対策として複雑に入り組んでいると聞いた。
 ご多分にもれず、かれもまた迷子になっていた。

「だれかいないか」

 左右の窓に叩きつける豪雨の音に負けないよう、男は大きな声で使用人たちによびかけた。

「いないのか」

 かれに応えるものはいなかった。もしかすると声量が足りないのか。男はもういちど大きな声をしぼりだそうとした。

「なにか御用でしょうか」

「ぶはっ!」

 いきなり声をかけられて、かれは吸いこんでいた息を噴出させた。

「びっくりした」

 そういって男は背後をすかしみた。かれより低いがそれでも180センチ近くの高身長。この暗がりでも目立つパフスリーブとロングスカートのシルエット。そして特有のウィスパーボイス。相手の正体はすぐに見破ることができた。

「メロディか」

 名前をよばれた彼女は、手にしたランタンに明かりを灯した。ランタンにさえぎられ、彼女の眉目形は判別できない。

「申し訳ございません。インテリアの手入れをしていて遅れました」

 そういって、メロディは申し訳なさそうにあたまをさげた。

「いいさ。そんなに待ってないから」

 かれは苦笑いしながらメロディをゆるした。

「そうだ。インテリアの手入れはどれぐらい済んだ?」

 男の問いにメロディは人差し指をあごにあてた。

「そうですね。八十パーセントといったところでしょうか」

「八十パーセントなら十分だよ。さっそくギャラリースペースへ行こうぜ。ドローイングルームは後回しでいいからさ」

 よっぽど楽しみだったのか。かれは年甲斐もなくはしゃぎながら、はやくはやくと彼女をせかした。

「かしこまりました。それではこちらへ」

 男はメロディに先導してもらい、ギャラリースペースまで案内してもらうことにした。

「ワクワクするなあ。きみはどのドールが気にいってるんだい?」

「そうですね。どれも素晴らしい出来ですよ」

 メロディはまろやかに微笑んだ。

「なるほど。そいつはますます楽しみだ」

 他愛もない会話に花を咲かせていると、いつの間にかギャラリースペースへと到着した。

「上出来じゃん。未完成とはいえ」

 男は想像していた以上の出来に晴れやかな表情をうかべた。

「とても生身とは思えないな」

 燭台に立ったキャンドルの淡い光を受け、かれらの目前には、裸婦像がずらりとならんでいた。
 裸婦像はギャラリーの両サイドに等間隔で設置されている。ただ普通の像と異なるのはポージングだろう。お尻を突きだして、限界まで陰唇をひろげるブロンドの女。M字開脚をしたままアヌスに人差し指と中指を挿入している茶髪のティーンエイジャー。逆立ちになりT字開脚をした二十歳の若奥様は。決められた時間、まるで噴水のように尿道から黄色い液体をしぶかせる。
 それらはあまりにも卑猥で倒錯的な、生きたオブジェたちだった。

「いまのところ開眼失神は成功しているな」

 男はつぶやきながら、彼女たちのガラス玉のように虚ろな双眸へとペンライトのひかりをあてた。暗示がたしかに根づいていることを確信した男は、M字開脚をしている女子高生に近づき、蜜壺に人差し指をねじこんで派手に掻き回してやった。そんな横柄きわまりないふるまいにも、彼女は眉ひとつ動かさなかった。

「さすがだな。俺が想像していたイメージを超えてるよ。やっぱりきみに任せて正解だった」

「お褒めいただき光栄です」

 時間をかけて裸婦像の感触を楽しんだ男は、満足そうにメロディを褒めた。メロディも照れくさそうに男のねぎらいを受けた。

「そろそろドローイングルームに行こうか」

「そうですね」

 うなずいたメロディは、かれを西側の中廊下にみちびいた。

「ここがドローイングルームです」

 ドアを押しあけたメロディは、つつましい所作でスッとわきにさがる。

「ありがとう。きみは部屋のまえで待機してくれ」

「かしこまりました」

 メロディをのこした男は、そのままドローイングルームへとあしを踏みいれた。北欧モダンなインテリアスタイルが、シンプルながら居心地のいい空間を演出している。惜しむらくは、部屋の中央に置かれた椅子が、部屋の調和をみだしていることだろう。椅子の脚やひじ掛けにはひとりの少女があら縄で縛りつけられている。

「おまたせ。放置プレイみたいなまねして悪かったな」

 言葉のわりにはちっとも悪びれている様子はなかった。

「カーテンをしめないとな」

 かれは彼女の真横をするりと通り越し、雨粒にさらされた窓ガラスをパステル調のカーテンで覆い隠した。
 ひるがえった男は、彼女に痛みがはしらないよう気をつかいながら、茶色いガムテープをはがしてやった。

「この悪趣味男。いますぐあたしを解放しなさいよ。このド変態のウジ虫、不潔なクソ豚、陰金インポ野郎!」

 ガムテープをはがすと、すかさず悪口雑言があびせられた。

「ウジ虫は真っ先に死者へと駆けつける昆虫だ。羽化の状況から死亡推定時期を割りだせる事件捜査の影の立役者。それに豚は綺麗好きだ。下手な人間よりも」

 男は少女の畳みかけるような罵倒を意に介さず、それどころか皮肉たっぷりに返してみせた。

「ついでに俺はわきがでも、陰金でも、EDでもないぜ」

 そういって男は茶目っ気たっぷりにウインクした。

「ふざけないでよ!」

 男のいやみったらしい物言いは、少女が怒り心頭に発するには十分なようだった。

「ふざけているつもりじゃないんだけど」

 男は肩をすくめていった。

「まあいいか」

 男は少女の真正面に鎮座している中型のソファベッドにゆったり腰を落ち着かせた。

「あんた。どういう神経してるの」

 わがもの顔で『ソファになった女たち』に腰かけた男を、少女は茫然とみつめた。

「これいいだろ。まだ作ってから日が浅いんだけど」

 男はそういってツンと張った椅子のヒップをたたいた。

「メイドに聞いたよ。数時間ほど、こいつらに声をかけ続けたそうじゃない。返事はあった?」

 少女はそっぽを向いた。

「その様子だと声かけは徒労におわったみたいだな」

 かれはソファから立ち上がると、四人の奴隷たちで組み上げた人間家具を、あらためて彼女にみせつけた。ソファの土台に配されたのはボンテージと貞操帯で全身を飾りつけたふたりの女。ふとももをつけ合わせたまま寝転がった彼女らは、両腕をつなぎながら、そのレイヨウのように洗練された両脚を天井へとのばした。ちょうどデジタル数字の『5』を反対にしたようなかたちだ。つづいてボンテージのうえにグラマラスなスタイルを描いたふたりが、土台となった奴隷たちをまたいで、頭部を反らしながら両腕をカーペットにつけていた。

「意外と座り心地がいいぜ。ひと肌のぬくもりもあるし」

 男は座面となった奴隷のマシュマロのような乳肉をやわやわともみこんだ。

「信じられない」

 少女は恐怖した。これだけのことをしても、いまだ少年のような純粋な笑顔をのこしている男に。

「ここのメイドたちは軒並みレベルが高かったよ。おかげで全員のケツと性器の具合をたしかめて、この俺に永遠の忠誠を誓ってもらったんだ」

 さらりといい切った男は、ふたたび人間ソファに全体重をあずけた。人間家具にされた奴隷たちはびみょうに表情を歪ませたが、すぐさま家具の天命をまっとうする愉悦に染まった。彼女らの蜜壺からおびただしい愛液がしたたり落ちた。

「ほかの使用人たちはオブジェとして一役買ってる。性技はおいおい仕込もうかな。男性使用人は女たちの痴態をみても普通に感じるよう設定してあるからノープロブレムだ。ほかに聞きたいことは?」

 少女は吐き捨てるようにいう。

「あんた。血も涙もないの」


「俺は性的サディストだから」

 彼女の黒目がちなひとみを見返しながら、男は物柔らかに微笑むのだった。


2.人は好んで己が欲するものを信じる。


 もしも限界があるとするならば、それはあきらめた瞬間だ。朝平ほのかが敬愛している恩師から授けられた言葉だ。
 何度も何度もくじけそうになり、そのたびにこの言葉によってはげまされてきた。教室の勉強机に悪辣ないたずら書きをされたときも。トイレの個室で真上からバケツの汚水をかけられたときも。宿泊訓練のとき召使いのようにこき使われたときも……
 いじめというのは些細なきっかけによってはじまるものだ。ほのかの場合、お淑やかで人見知りしがちな性格が男子に受け、そのかわり一部の女子から悪感情を抱かれるようになった。彼女がすこぶるつきの美少女だったことも一因にあるかもしれない。いずれにしろ、ほのかにしてみれば理不尽なあつかいであり、身におぼえのない災難だった。

「ちょっとあんた邪魔なんだけど。相変わらずトロそうな顔しちゃってさ。ウザいよホント」

 ほのかが座っているのは内廊下に面した勉強机。とうぜんいじめグループと出くわす機会も多い。しかもいま相手にしているのは、グループの中心人物、つまり彼女をいじめる諸悪の根源だ。

「さっさとどきなよ。いちいち小動物みたいな情けない目であたしをみないで。うっとうしい」

 抜き身の刃のようにひんやりとした声色でもって、ほのかは真一文字にばっさりと斬られた。ほのかに対して専制的な態度をとる彼女の名は、小山内美紀といった。
 ほのかは椅子に座ったまま美紀を見上げた。いつものように着崩した制服。カチューシャ風の編みこみをかけたモカベージュ色のロングヘアはお洒落で、化粧は濃いが凛とした美貌の持ち主だった。これで切れ長のひとみに怒りの色がなければ完璧なんだけど。
 朝から気が滅入ると内心でつぶやきながら、ほのかは椅子から立ってクラスの女王様に道をあけた。

「ふん」

 美紀は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、自身の座席をめざして歩いた。
 彼女の胸元にひかるダイヤ付きのロザリオが、早朝から吹きつける強い南風に揺れていた。


* * *


 屋外は本格的な雨模様だ。雷鳴が天空をひき裂き、横殴りの風雨にさらされた窓ガラスが悲鳴をあげていた。
 雨は彼女が学校から自宅への帰路についたときから降りはじめ、横浜市全体に暴風警報と新たに大雨洪水警報が発令された。暴風の影響でほのかの通っている高校も午後から臨時休校。彼女は愁いを帯びた表情で外をながめた。

「鳥がいないなあ」

 いつもなら送電線に乗ったつぐみのさえずりが聞こえるのだけど。どこか木のしたで雨宿りでもしてるんだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。

「おいおい。しけたツラしてるな」

 いきなり真後ろからかけられた声。ほのかはびっくりしてふり返った。

「翔ちゃん!?」

 そこにいたのは夏空よりも明るい笑顔をたたえた男の子。かれは左手にホワイトカラーのタンブラーをたずさえながら、ほのかの部屋と刻まれたプレート付きのドアにもたれかかっていた。
 目をパチクリさせるほのか。

「翔ちゃん。いつから変質者になったの?」

「いやいや!」

 翔はかぶりを振った。

「お母さんだよ。おれをこの家にいれてくれたのは」

 ほのかは頭痛をおぼえた。思春期のむすめをなんだと思っているのだろうか。

「だとしてもノックぐらいしてよ」

 翔は呆れた調子でいいかえしてくる。

「ちゃんとノックしたぞ。五回ぐらい」

「あれ。そうだっけ?」

 翔は彼女にグイッと迫る。

「そうだよ。ぜんぜん返事がないから、心配になってドアをあけたんだぞ。それなのに」


「ごめんね。考えごとしてたから」

 ほのかは冷や汗をたらしながら弁解した。

「いいや、ゆるさねえ。変質者っていうのはこの口か、ああん?」

 かれはほのかをひっつかまえると、彼女のやわらかなほっぺたを四方八方に伸ばしてやった。

「痛いよお」

 悲鳴をあげるほのか。

「まあ、このぐらいで勘弁してやるよ」

 ほのかの真っ赤になったほっぺたに満足したのか。翔は彼女を解放した。

「ひどすぎる」

 あまりのダメージになみだ目になったほのか。

「ごめんごめん」

 男は苦笑しながらタンブラーをほのかに差しだした。

「ほのかの好きな、Caf−Powのミディアムローストコーヒー。これで機嫌なおしなよ」

 タンブラーの飲み口から白い湯気が立ちのぼり、慣れ親しんだコーヒー豆の香りが鼻孔をくすぐった。

「ありがとう」

 機嫌をなおしたほのかは、翔からタンブラーを受けとった。

「外はどしゃ降りだな」

 いいながら、翔もカフェパウと刻まれたタンブラーを用意した。ラベルにはラズベリージュース、ノンシュガーVerと書いてある。

「あいかわらず味覚が子供だよね」

「ほっとけ」

 かれはほのかのいる窓際に近づいた。

「これじゃあ洪水だよな。あしたは運動場の整備をしなきゃいけないんだろうな」

 あしたに想いをはせる翔だったが、ほのかはそれどころではなかった。翔は意識してないが、かれのたくましい胸板が彼女の二の腕にあたっていた。心拍数を急上昇させるほのか。

「翔ちゃん」

 ほのかは大胆にも翔の二の腕へ自分の二の腕をからめた。

「あのね」

「んあ?」

 気の抜けた返事だった。ダメだ、にぶすぎる。ほのかも決して男女の機微に詳しいほうではなかったが、かれほど鈍感ではない。

「このサッカー小僧」

 ほのかは相手に聞こえないようボソボソとつぶやく。

「だれがサッカー小僧だ、コラ」

「痛いよお」

 彼女は後頭部をパンとたたかれた。ほのかは翔を彼氏に選んだのは果たして正しかったのか。ちょっぴり自信をなくした。
 いやいやここでめげてしまうと格好悪すぎる。

「翔ちゃん」

 きちんと意思表示をすればいくら唐変木のかれでも気づくはず……

「わたしとキスしない!?」

 ちょっと気合いを入れすぎてテンションがおかしくなったが、しっかりと意思は伝わったはずだ。

「いきなりだな」

 いっそ清々しいと思えるほどの直球っぷりだった。あまりにもストレートな申し出に翔は呆気にとられた。

「いいけど。その、キスする?」

 口ごもりながらも翔はどうにか返事した。
 かれはほのかの両肩に手をさしのべると、彼女の桜色をした小ぶりな唇へと軽めにキスしようとする。するとほのかに小さな異変が起こる。

「緊張してる?」

 翔はがちがちに固まった彼女をほぐすように優しい口調で語りかけた。

「ちょっと緊張してるよ」

 ほのかは正直に答えた。

「俺も緊張してる」

 翔にとってはほのかとのファーストキス。そしてほのかにとっては正真正銘のファーストキスだった。
 緊張していない、といえばうそになる。でも彼氏とのキスに緊張するなんていい思い出になるじゃないか。こころ休まるひまのない学校生活。せめてプライベートぐらい。ほのかは意を決して自分からキスをする。
 翔はおおきく目を見開いた。たっぷり一分間の深いキス。ふたりはどちらからともなくキスをやめた。

「今日はどうしたんだよ。かなり積極的だな」

「そうかな」

 ほのかはその場しのぎでごまかそうとしたが、翔は彼女のひとみに揺らいでいたものをしっかりと見抜いていた。

「なにか悩んでることでもあるのか?」

 翔は不意に確信を突くような質問をほのかへと投げかけた。

「悩んでいることがあるなら相談にのるぞ。俺が駄目なら友達に。ひとりで抱えこむのはからだに毒だから」

 男女の関係になってからまだ日が浅いふたり。ほのかは翔の意外なするどさを知ることになった。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」

 よけいな詮索をされたくなかったほのかは、あいまいな口調でお茶を濁した。


* * *


 むかし懐かしい鳩時計、その針が十八時を指した瞬間、葉のついた山小屋型の本体から小鳥が飛びだした。

「いけね。もうこんな時間かよ」

 ほのかの真横でシーツにくるまっていた翔は、思いだしたようにシングルベッドから跳ね起きた。足元に散らかした衣服に袖を通し、ひのきの階段を駆けおりて、翔は玄関先にそろえたASH italiaのシューズに足を通した。

「どうしたの、翔ちゃん。用事でもあるの?」

 バスタオルで裸体を隠したほのかは、いつになく慌ただしい様子の翔を追いかけた。

「わるいな。母さんに用事がはいって。保育園にうちの末弟を迎えに行かなきゃならないんだ。すっかり忘れてたよ」

 ほのかは納得した。翔は四人兄弟の長男なのだ。

「わかった。気をつけて帰ってね」


「ごめんな。ほのか」

 翔は名残惜しそうにしながらも、夜の横浜に消えていった。ほのかはこころのなかで物寂しそうに

「残念」

 とつぶやいた。
 気を取りなおした彼女は、玄関マットをまたいで二階にある自分の部屋へとあがった。あと一時間半もしたら共働きの両親が帰ってくるはずだ。自分の部屋に舞いもどったほのかは、部屋にのこされた痕跡を消すため、消臭剤をまいたり、シーツのしわをのばしてごまかしておいた。父親が古風な人間で、いまだ自分に彼氏がいることを両親にはおしえていないのだ。

「こんなものかな」

 ほのかは時間をかけて自室を完璧な状態にしておいた。これなら、いきなり母親に掃除にこられても困ることはないはず。安心した彼女は、翔からもらったブラックコーヒー入りのタンブラーのふたをあけた。ふくよかな芳香と立ちこめる湯気。コーヒーを飲みながらあらためて部屋を見渡してやると、勉強机に置いた携帯電話が緑色の明滅をしていることに気がついた。赤なら着信、緑ならメールの受信を示している。

「メールだ」

 ほのかは携帯電話を充電器からはずしてやった。
 メールボックスを確認するとナツミから新着メールが届いていた。彼女はおなじ学校に通っている十七歳の高校生で、ほのかにとっては数少ない親友だった。

「メールなんてめったにしないのに」

 ナツミはどちらかといえば電話を好んでいるタイプだ。着信履歴をたしかめると案の定ナツミからの連絡があった。マズッたなあと後悔しながら、ほのかはキーを操作してメールを開いてみた。
 カラフルな絵文字に彩られたこのメールの内容を要約すると、週末、ほのかがひまかどうかを確認するものだった。

「ひまだよ」

 そんな内容のメールを返信したほのか。

「追伸?」

 送信ボタンを押した直後、彼女はナツミのメールの文末にP.S.という文字があったことに気がついた。画面をスクロールさせるほのか。

「愛犬家サイト?」

 追伸された文章には、とある愛犬家サイトのホームページとサイトのURLが添付されていた。犬好きのほのかだったが、このメールはあまりに突拍子がない。そこでほのかは何度もメールを読みかえしてようやく内容に語釈をつける。
 するとどうやら、ほのかが二日前にもらした

「気分転換したいな」

 という独り言を受けてちからになりたいと思ったらしい。

「犬好きなほのかにはぴったりかなって」

 そんな気づかいでメールは締めくくられていた。

「愛犬家サイトか」

 ほのかは勉強机にほったらかされた、ホコリまみれのラップトップを立ち上げた。機械オンチの彼女はあまりパソコンを使用する習慣がなかった。このパソコンも高校の入学祝いに祖父から送られたものだ。
 ほのかは未知なる海域へ漕ぎだした航海士のような面持ちで、愛犬家サイト『ベスティアリ』のアドレスをキーボードで入力するのだった。


3.イーニー、ミーニー、マイニー、モー、彼女のつま先を捕まえろ。


 ほのかはマウスを片手にもちながら、ベスティアリをすみからすみまで探索していた。注意書きをみるに会員制のサイトのようだ。こういうサイトもあるんだとほのかは感心した。仔犬をあしらった可愛らしいデザインをバックに、いろいろなアイコンが並んでいる。
 ほのかは新鮮な気持ちを味わいながら、会員となるべくメールアドレスその他のデータを書きこんだ。無事にサイトの会員となったほのかは、Chatというアイコンをクリックした。チャットに関してはナツミから手ほどきを受けているので、ネット初心者でもある程度の勝手はわかる。チャットでの注意事項を読んだナツミは、一呼吸置いてチャットルームにもぐりこんでみる。

「こんな感じなんだ」

 チャットルームでは、数人のチャット参加者たちが愛犬談議に花を咲かせていた。うちの犬のこういうところが賢いとか、美しい毛並みにするのに手間がかかったとか。まるで惚気話でもするかのように盛り上がっている。ちょっと入りづらい雰囲気だ。

「おっ。だれかいるみたいだ」

 しばらくまごついていると、閲覧:1と書かれたホワイトボードに気づいたらしく、参加者のひとりがほのかに対して声をかけてきた。まさしく渡りに船。ほのかは勢いに乗じてチャットルームにログインする。ハンドルネームは自分の愛犬にあやかり『ポプラ』と名づけ、アバターはトイプードルのアイコンを選ぶ。

「こんにちわ、はじめまして」

「はじめまして」

 先ほど声をかけてきたドンファンという人間が、真っ先にほのかへ反応をかえしてきた。かれはシベリアンハスキーのアバターを愛用しているようだ。

「こん〜」

 かれのあとに参加者たちのレスポンスが続いた。チャットルームへの入室をどうにか無事に成功することができたほのかは、それから小一時間ばかり、かれらとのチャットを楽しんだ。
 最初はぎこちなかった彼女だったが、そこは同好の士、すぐにサイトのメンバーたちと打ち解けることができた。

「あ、お母さんが帰ってきちゃった」

 楽しい時間とはあっという間に過ぎるもので、時計の針はもう七時半になっていた。合わせて屋外から母親の乗用車が車庫入れする音が聞こえてきた。

「そろそろおわらないと」

 今日はここまでで落ちるみなをキーボードで打ちこんだほのかは、そのままチャットルームからログアウトした。とくにすることもないので、彼女はラップトップもシャットダウンしておいた。

「ほのかちゃん。ちょっと車から荷物いれるの手伝って」

「はあい!」

 素直に返答したほのかは、いそいで一階までおりていくのだった。


* * *


 ほのかはゆるやかにまぶたをあけた。真っ先に視界へと飛びこんできたのは、柔らかい西日を浴びる教室の黒板と、白壁に立てかけられた古めかしいプラスチック時計――ほのかは驚いた。ここは自分の高校の通いなれた教室だった。
 どういうことだろう。ほのかは首をかしげた。記憶の参照が上手くいかない。たしかチャットをおわらせた直後、母親の積み荷を手伝い、それから一階のキッチンで夕御飯を盛るためのお皿をテーブルに用意したところまで、覚えている。しかしそこから先の記憶がすっぽりぬけ落ちている。それから父親が帰ってきたのか。それとも母親とふたりで晩御飯を食べたのだろうか。
 いやいや論点はそこじゃない。
 問題はどうして自分は学校にいるのかということ。ほのかはつとめて冷静になろうとしたが、なかなか上手くいかなかった。ほのかの座っている場所からは、教室の窓ガラスを通して月夜に照らされた高校の運動場が垣間みえた。
 夢遊病の一種だろうか。腕組みしながら考えていると、金色のカフスボタン同士があたってかちゃかちゃ音が鳴った。まさかと思って確認すると、ほのかは学校指定の制服を着ていた。

「どういうこと?」

 あまりの薄気味悪さに身震いするほのか。自分で制服を着替えたなら忘れるはずがないのに。ボタンをひとつかけ違えたような、どこかがチグハグな感じがぬぐえなかった。
 彼女は身の置き所をさがそうとして、椅子から立ったり座ったりする。教室にいるのは彼女ひとりだけ。それがよけいに不安をかきたてる。

「どうすればいいんだろう」

 ほのかはあたまをかかえた。

「どうすればいいか? そのまどろみに身を任せればいいの」

 その声はほのかのこころの隙間を縫うような絶妙のタイミングでかけられた。ほのかは声がした方角をみた。

「美紀!」

 そこにいたのは、ほのかの天敵、小山内美紀。彼女はとっさに距離を置いた。

「ひどい嫌われようね」

「あたりまえじゃない」

 ほのかはさぐるような目つきで彼女の出かたをうかがった。

「まあ気持ちはわかるけどさ」

 美紀はシニカルにいう。

「あんたの天敵だもんね。あたしって」

 美紀はまるで他人事のようにかたりながら、その貴族的な冷たい容貌でほのかに迫った。

「でもあたしは会いたかったんだよ」

 美紀のしなやかな両腕がほのかの頭部をからめ捕った。

「んんっ!?」

 ほのかは驚愕した。美紀の紅唇がほのかの紅唇に触れたのだ。
 美紀はそのまま彼女の紅唇を割り開き、細長く尖らせた舌先をほのかの舌へ吸いつかせた。くちゅくちゅと音がするほど濃厚なディープキス。ほのかは考える時間も与えられぬまま、強烈な多幸感に浸らされることとなった。ありったけの理性をかき集めて淫蕩な感覚から逃れようとする彼女だったが、美紀のあまい唾液にそんな抵抗はあっけなく溶かされた。

「ふふっ。美味しかったよ」

 存分にキスを楽しんだ美紀はほのかの肉体を遠ざけた。互いのリップの両端にかかる銀色のアーチ。ほのかは頬骨をばら色に染めてその場にへたりこんだ。

「可愛い」

 そんなほのかを愛おしそうにながめながら、美紀はいたずらっぽく微笑んだ。

「つぎはとっておきの魔法をかけてあげる」

 ほのかに向かって静かにゆびを鳴らした美紀。つぎの瞬間、ほのかは内股をもじもじとこすりはじめた。

「わたしになにをしたの!」

「べつに? ただゆびを鳴らしただけ」

 みえ透いた返答をする美紀。

「ふざけないで」

 それ以上の言葉が続けられず、ほのかは苦しそうに胸をおさえた。彼女の内心にうずまく得体のしれない感情。ほのかはその気持ちをおし殺そうと努力したが、感情は激しい炎となってほのかのすべてをのみこもうとした。
 カラカラに渇いたのど。全身が求めているのは美紀に流しこまれた甘美な媚薬。官能的な感覚にまざり、ほのかにとって馴染みのある、とある想いに気づかされる。これを感じたのはいつだったか。そう、これは数か月前、翔に告白されたときの気持ちに似ている。

「恋は人生のスパイスっていうじゃない」

 ほのかにはもはや美紀に応える気力すら残されていなかった。かねてから秘めていた美紀への憎悪と、恋慕の感情が真正面からぶつかり、ほのかのなかで完全に拮抗している。

「意外と芯が強いんだね。でも無駄。とろとろに溶かしてあげるんだから。あなたの自我もなにもかも」

 ほのかはわずかな怯えとそれ以上の期待をこめて、美紀のひとみを見返した。


* * *


 ほのかはあたまを抱えながら、自分にかぶせられたアイリッシュリネンのシーツをはらいのけた。ひたいにじっとりと浮かぶ寝汗。ほのかは肩で息をしながら、鳴りやまない鼓動に胸をおさえた。
 ここは自分の部屋なのだろうか? 彼女は目を右から左へ部屋を見回した。点けっぱなしの蛍光灯がゆらゆら揺れて、白い壁に貼られたお気に入りの男性アーティストを写したポスターを照らしていた。ここはまちがいなく自分の部屋だ。ベッドのそばを横目でみると、プーさんの置き時計が午後十時を指していた。

「よかった」

 じゃあ、あれは夢だったんだ。ほのかはホッと胸をなでおろした。

「だけどどうして」

 よりにもよってあの美紀との情交を夢にみるなんて。ほのかは落ちこんだ。欲求不満だったのだろうか。いや、そんなはずはない。そもそもヘテロセクシャルの自分がいきなり同性愛にめざめるはずもない。
 腑に落ちないほのかは、腕組みしたままシングルベッドからおり立った。パジャマのしたに着けたショーツが湿り気を帯びて気持ち悪かった。

「はあ、最悪だ」

 ほのかは嫌気がさしながら、よごれたショーツを洗濯機に放りこみ、新しいものをタンスから引っ張ってきた。下着を履きかえたほのかは、レモンと石鹸の香りがする羽毛枕に顔面をうずめるのだった。


4.ドールたちのアンサンブル。


 ターンテーブルに乗せたディスクがゆるゆる回り、音溝の振幅を読み取った旧式のレコードプレーヤーが、バッハが残した名曲、G線上のアリアをながしていた。男は高踏的なテイストを堪能しながら、キューバ産の高級葉巻とカクテルグラスに注いだマルガリータをたしなんだ。
 ダウンライトにうかびあがる、シンプルな本棚やカントリー調のウッドテーブル。
 かれは壁際で待機していたメイドに飲みおえたカクテルグラスをあずけ、パソコンが置かれたテーブルの、真正面に立った。

「そういえば、チェアーモードに移行したままだったな」

 テーブルには四人のメイドが組み合わさって作られた人間椅子がそえられていた。白いカチューシャをそのままに。レザー製のアイマスクと、赤いボールギャグが理知的な四人の美女を飾りつける。首には大型犬用の赤い首輪。きめ細かい肌にはコルセットタイプのボンテージがぴったり吸いつき、下半身には革のベルトで構成されたV字型の貞操帯をつけている。そしてもっとも印象的なのは、彼女たちのグラマラスなバストを包みこむように、特殊なプレイに使われるような搾乳器が装着されていることだろう。

「よっこいしょ」

 男は淫靡に装飾されたインテリアにためらうことなく腰かけた。足元を守るため、彼女たちにはふくらはぎまで覆うようなきびすの高いブーツを履かせていた。コルセットタイプのメイド服や、意思のない人形モードにしていることも相まって、座り心地は上々だった。
 目の前のパソコンを立ち上げているあいだ、手持無沙汰になった男は、足元にいたメイドの髪の毛を梳いた。男の趣味により、彼女たちの髪はストロベリーブロンド、ライトパープル、ジンジャー、ブルネットなど、色鮮やかなヘアカラーをほどこしている。
 ほどなくして、パソコンが立ちあがった。デスクトップ画面には、屋敷の使用人たちに命令して、彼女らからランダムに選ばれた奴隷の痴態が日替わりで表示される仕組みになっている。今日の画像は、M字開脚をしたオブジェの陰唇にべつのメイドが顔を寄せるというものだ。
 無邪気に笑む男。

「合格かな」

「ありがとうございます。御主人さま」

 男の命令で痴態を演じたメイドは、カクテルグラスをもったまま顔をほころばせた。もうひとりのM字開脚をみせたオブジェは、ほかの場所でオブジェとして飾っている。

「よくやったな」

 男はこのメイドにごほうびを与えようと気まぐれに思った。

「どんなごほうびが欲しい?」

「いえ、お気持ちだけでけっこうです」

 はにかみながら答える彼女。この屋敷のメイドはあいかわらずひかえめだ。

「じゃあ、ごほうびは勝手に決めさせてもらうよ。そうだな」

 男がさしだしたのはユニコーンが描かれた四角い紙だった。

「LSDをスポットしたペーパー・アシッドだ。つかえばまたたく間にハイになれる」

 暗示でトリップさせることも可能だが、快楽中枢を歪ませるのはひずみが怖い。男はいざというとき以外、なるべく性的興奮を誘発させるのには媚薬やドラッグのちからを借りていた。
 彼女は手渡されたペーパーを慣れた手つきで舌先にセットする。

「そうだ」

 男は部屋にあった冷蔵庫から、フレンチローストのストレートコーヒーがはいったタンブラーを用意した。

「天国に連れていってやる」

 苦味たっぷりのコーヒーを口にふくんだ男は、無造作にメイドを引きよせ、その可憐な唇にフレンチキスをほどこした。コーヒーといっしょに流しこまれる唾液。男の体液は『この世でもっとも美味しいもの』という暗示を刻まれたメイドは、ドラッグによる興奮と味覚への刺激という官能の二重奏をうけて、めくるめく脳内の桃源郷へとのぼりつめていった。

「幸せそうだな」

 ひくひくと痙攣しながら陶酔の表情をうかべるメイド。

「さて、御開帳するかな」

 男は彼女のバッスルと三段パニエを着用したロングスカートをめくりあげた。つまびらかになる下半身。レースのガーターベルトと、マン汁を吸いこんだショーツがセクシーだった。

「脱がすよ」

 下着姿をしっかり観賞した男は、聞いているかどうかわからない彼女に断りをいれて、股間部分にシミがついたショーツをスルスルと脱がしてやった。遮蔽物がとり去られると、まるで幼子のようなパイパンマ○コが白日のもとにさらされた。男が命じて剃らせたのだ。
 かれはメイドの陰核をつまんでいきなり包皮を剥いてやると、あたかも男の自慰のようにそれをしごきあげた。

「……はああんっ! いい……気持ちいい……」

 男は少女の感度がいいことに満足した。

「さあ、この感覚を舌先に感覚をつなげるぞ。口を大きくあけて」

 素直に口をあけた彼女に男はゆびを突きいれた。

「ひあっ!?」

 ドラッグが浸透した舌先が、敏感な部位とリンクしたものだから、メイドは白目をむいて何度も気をやっていた。

「ちょっとやりすぎたかも。まあいいか」

 男はベルでよびだした使用人に彼女の世話をまかせて、自分はインターネットをすることにした。
 パソコンはすでに立ちあげ済み。かれはインターネットブラウザをクリックして、ブックマークのリストから『ベスティアリ』という愛犬家御用達のホームページを開いてやる。

「いるいる」

 男はうれしそうにいった。チャットルームに入室しているのはポプラをふくめた三人。ログを流し読みしたところ、さいきんポプラの飼っている愛犬がエサを食べてくれない、そんな相談にメンバーたちが答えているようだった。

「犬種はマルチーズか。どういう原因かな。やっぱり動物病院でみてもらったほうが確実だからね」

「そうですよね」

 ポプラは残念そうに書きこんだ。これはナイスタイミング。男はいつものようにスペインの放蕩児の名をつかってチャットルームへともぐりこんだ。

「犬の様子がおかしいんだって?」

 あいさつもほどほどにして、さっそく男は本題を切りだした。

「そうなんです。うちの子がエサを食べたがらなくて」

 男は愛犬についての情報も仕入れている。
 男が彼女が欲する答えを書きこもうとすると、テーブルの下端からかすかな物音が聞こえてきた。

「んぁ……ん、んっ」

 最初からそこにいたのか。さっきと別人のメイドがテーブルの物陰でひざまづき、黒の三つ編みをふり乱しながら、男の下半身から飛び出した剛直を咥えてテンポよくしゃぶっていた。その丹精こめたフェラチオは、男への高い忠誠心を思わせる。まだあどけない顔立ちは敬愛する主人に奉仕している充足感に満ちている。

「五分ぐらいオーラルセックスをストップして」

「はい」

 メイドはしゅんとしながら男の肉棒をはなした。

「ごめんな」

 彼女には申し訳なかったが、あまりにも技巧を凝らした口淫だったので、チャットに集中できなかったのだ。

「うちの犬、病気なんでしょうか」

 そんなわけで、男がしばらくチャットをやめていると、ポプラが不安そうに男へはなしかけてきた。
 チャンスだ。男はキーボードに褐色のゆびをすべらせた。

「もしかしたら病気じゃなくて匂いかもしれない」

「匂いですか?」

 ポプラは聞きかえした。

「ああ、精神的ストレスによるアポクリン汗腺からの分泌液だよ。飼い主の不安が犬へと伝わることがあるんだ」


「ストレスなんて。冗談きついですよ」

 ほのかは笑顔の顔文字を語尾に使ってごまかしたが、これはポプラ――ほのかの正鵠を射たはずだ。
 それから彼女を翻弄しつつ、男はメイドにフェラチオを再開するよう指示した。

「かしこまりました!」

 少女は嬉々として男の肉棒に紅舌をはわせた。裏スジを丁寧に舐めて、カリ首についた透明なカウパー液をゆびに絡めた。かれの男根は、彼女の唾液と男が分泌した先走り液によってとろとろにコーティングされていた。
 そろそろ咥えこみたい。メイドはその意思を上目遣いで主人に伝える。

「いいよ」

 男がうなずいて奉仕を許した瞬間、彼女は反り返った男根を息を吐きながらほおばった。じゅぷじゅぷと派手な水音をだしながらダイナミックに頭をストロークさせるメイド。亀頭を咥えながら鈴口に舌を突きいれて主人を楽しませたあと、メイドは自身のおちょぼ口をすぼめて強烈なバキュームフェラを開始させた。

「さすがだな。めちゃくちゃ気持ちいいよ」

 ちゅぽんと肉棒を離したメイドは、息継ぎと同時に媚びた視線をおくった。かれの槍のように怒張したいちもつから少女の愛らしいリップにかけて、ツーッと銀色の糸が引いた。

「そろそろ準備してくれ」

 男の言葉にメイドはらんらんと目を輝かせた。
 まるで熟練した娼婦のように妖艶な流し目をおくりながら、小ぶりな口をあけて、緩急をつけながら肉棒の竿をしごきあげるメイド。

「だすぞ。しっかり受けとめろよ」

 こみあげる射精感。男は少女のあたまをがっちりホールドして、肉棒の先端がのどの最奥にあたるように腰を突きいれた。メイドも男の腰に手をまわして、かれの期待に応えた。そしてついに、いちもつの先端から男の欲望が爆ぜた。濃厚な白濁液が彼女の口内へとそそがれていく。それでも受けとめ切れなかった白濁液が、彼女の愛くるしい容貌をまだらに染めるのだった。


* * *


「じゃあね、また明日」

「また明日!」

 無事にチャットを切り上げた男は、椅子の背もたれにもたれかかってホッと一息つけた。さすがに疲れた様子の男。じつはチャットの合間を利用して、かれは数人の使用人たちと軽いセックスに興じていたのだ。
 書斎にこだました桃色の嬌声。彼女らの濡れそぼった淫裂に赤黒い肉棒をねじこみ、アヌスを通じて数回の腸内射精も終えていた。

「さすがに十回はやりすぎたか」

 精根尽き果てたというほどではないが、男の肉体には多少の疲労感がのこった。明日のために体力を温存しておこう。そう決めたかれは、最初にペーパーアシッドを与えたメイドに今日の役目を終えた男根を掃除させる。
 彼女を部屋のすみにひかえさせた男は、書斎の片隅に置いたガラス張りのショーケースへと歩みよった。

「ごめんな。後回しにしちゃって」

 クリアウィンドウを隔ててディスプレイされているのは、まるでマネキンのように身動きひとつしないメイドの女だった。生気の抜けた生気のない目は虚空をみつめ続けるのみ。彼女を生身の人間だと証明するものは、時おり上下するEカップの巨乳だけだった。

「目覚めろ。コッペリア」

 男はキーワードを放って彼女にかけた固定の術を解いた。一瞬で覚醒するメイド。ひとみに意思の光が戻った彼女は、かれと視線を交じらせた。

「およびでしょうか、御主人さま」

 しつけが行き届いていることを思わせる、しとやかな立ち振る舞いで、彼女はロングスカートをたくしあげながらお辞儀をする。そのとき、胸元のロザリオにつながったチェーンがしゃらんと金属音を立てる。

「奴隷のきみに用はないんだ」

 スレイブモードになったメイドに男はおざなりにいった。

「今日はさ」

 愛嬌たっぷりにウインクした男は、彼女が首からさげたロザリオを、引きちぎるようにとり去った。

「―――……あんた……!」

 蕩けるように甘かった目つきがキッと釣り上がり、彼女はまたたく間に柳眉を逆立てた。

「おはよう。その様子だと目覚めは悪そうだな」

 その一言が彼女の逆鱗に触れたようだった。

「ふざけないでよ!」

 少女の勝ち気な性格は完全によみがえったようだ。

「この童貞、変質者、最低のスクラップ、ごろつきの油虫! こんなことして人間として恥ずかしくないの、タマついてるなら正々堂々とやりなさいよ、それとも下半身にナニついてないの、この陰険うすら馬鹿!」

 先ほどまでの愛情深くて従順な性格はどこへやら。カンシャク玉を破裂させた彼女は、ラッシュをかけるように悪口雑言をまくし立てた。しかしこれでこそ本来の彼女なのだ。

「ある意味すごいな。その悪口に特化したボキャブラリー」

 男はそんな彼女のマシンガントークに感動すらおぼえた。男が暗示で植えつけた献身的で愛情深いスレイブモードの人格もいいが、もとの人格も荒馬のような気の強さがあって男は好きだった。

「そうそう。自分の意志では肉体を動かせないように設定してあるから。あしからず」

 男はあらためて彼女に念をおした。メイドはディスプレイのなかで彫像のように直立不動となり、かわりに射抜くような視線をかれにおくっていた。

「そうつんけんするな」

 かれはそんな殺気をものともせず、さらりといってのけた。

「短気はソンキだろ?」

 男はディスプレイからいったん離れて、例の人間椅子となったメイドたちへと接近した。東西南北に顔を向けて沈黙する四人ひと組の人間椅子。彼女たちの光沢を帯びた漆黒のボンテージは、人間家具となった彼女たちと相まって背徳的な雰囲気を醸しだしていた。

「さあ、きみたちのなかからも、ひとりお目覚めだ」

 男は天井から吊りさがったスイッチに触れた。
 スイッチから電気信号がケーブルを駆けぬけ、人間椅子のひとりの肉感的な双乳につけられた搾乳器を作動させた。無機質な機械音を奏でながら乳房に圧縮をかける搾乳器。彼女はびくんと背筋を強ばらせる。

「んぐっ……ふぐうっ……」

 彼女は髪をふり乱してなにかを訴えようとしたが、噛まされたボールギャグによって喋ることもかなわなかった。かれは苦笑しながら、黒のアイマスクと真紅のボールギャグに手をかけた。

「いま解放するから」

 あらわれたのは黒髪の姫カットをした清楚な美少女。いまだ自分の置かれた状況を理解できていないらしく、狼狽しながらあたりを見渡していた。男はついでとばかりに、ほかの人間椅子にされた少女たちのアイマスクとボールギャグもはずしてやった。

「うん。いいかんじ」

 姫カットの女の子にもひけをとらない、いずれも輝くばかりの美貌をもった人間椅子の少女たち。彼女らは姫カットの子をのぞき、人形のような無表情をしていた。

「あなたはだれなんですか」

 姫カットの子は剣呑な口ぶりで男に問いかけた。

「どうしてここに、それにからだが動かない!」

 彼女は首から上部だけを必死にうごかしていた。いちおう覚醒はさせたが、首から下部にかけた硬直暗示はきちんと機能しているのだ。

「質問に答えたいのは山々だが、このあとの展開が詰まっていてさ」

 男はこの状況を端的にあらわす一言を思いついた。

「ぶっちゃけ拉致ったんだよ。登校中にふいうちかけて」

 もともと屋敷にいた使用人だけではティーンエイジャーが不足していたので、この界隈の有名私立校から美形をかっぱらって奴隷や家具にしたのだ。姫カットの子を例にとれば、登校中の彼女に高濃度のケタミン(※馬用麻酔。レイプドラッグとしても用いられる)を注射して、意識が失われたところをつれ去ったのだ。

「骨が折れたぞ」

 男はとおい目をした。

「まあ、そのはなしはいいとして」

 かれは搾乳を受けつづける少女から視線をそらした。

「メインディッシュはきみだからな」

 男はひとみをサディステックに輝かせて、ショーウインドウに封印されたメイドをながめた。そろそろ彼女に植えつけた暗示が発動するころだ。

「これはあんたの仕業?」

 メイドは苦しそうに表情をゆがめた。こちらも硬直暗示が生きているため、彼女は上半身を小さくよじりながら、この胸を焦がすようなせつなさから逃れようとした。

「んっ……こんな気持ちなんて……ありえない!」

 そういいながらも、彼女は搾乳に耐えきれず甲高い悲鳴をあげる姫カットの子を、熱っぽいまなざしでみつめた。
 実験は成功みたいだ。男はほくそ笑んだ。
 彼女にかけた暗示の発動条件は、他人のむきだしになったCカップ以上のおっぱいをおがむこと。暗示の内容は、巨乳をみると性的に興奮すること。そう、たったいまから彼女は根っからの『巨乳フェチ』になったのだ。

「んじゃあ、おつぎはきみの大好きなおっぱいへの実験だ。彼女がたったいま味わっている感覚をシンクロさせる」

 男がゆびを鳴らしたことを皮切りに、ディスプレイのなかでは劇的な変化が起こっていた。とつじょ彼女のEカップおっぱいにおそいかかる強烈な刺激。まるで男のいうとおり、姫カットの女の子が苛まれている搾乳器の刺激が、彼女のおっぱいへシンクロしているようだった。
 これで自分のやるべき仕事がほとんどおわった。気が抜けたのか、男は大きなあくびをひとつする。

「じゃあ俺はそろそろ寝るからさ。あとはおふたりさんで楽しんで」

 男は書斎のドアへとひるがえり、部屋から去るようなそぶりをみせた。

「いい忘れてたけど、ふたりとも俺が許可するまで永遠に達せないから」

 男はこころの底から楽しそうにいった。

「四十八時間たったら様子をみに来るよ」

 悪魔じみた言葉をかけた男は、夜の静けさを壊さないよう、ひそやかに部屋から立ち去った。

 
 


 

 

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