サイの血族


 

 



22


「行っちゃうんだね・・・」

 荷物をまとめる隼人を見て南川琴音が言った。

「うん。琴音と一緒になるためには力を完全なものにしなきゃならない。そうしないとサイの一族として生きられないからね。琴音のために僕は行くんだ」

「うん・・・」

 まだ南川琴音は裸のままベッドの上にいる。

「琴音」

「はい」

「写メ撮るよ」

 隼人は南川琴音に携帯を向ける。それはトロフィーではなく、いつでも琴音のことを見たいという気持ちからだった。

「わたしも・・・」

「えっ?」

「隼人の写真が欲しい」

 南川琴音は隼人のことを名前だけで呼ぶようになっていた。昨夜、隼人に貫かれながら何度も名前を呼んだそのときから。

「うん」

 隼人が笑顔で答える。

 バッグから携帯を出した南川琴音は隼人の笑顔を撮ると待ち受けに設定した。

「お昼ごはん食べていけばいいのに・・・」

「ありがとう。でも今日は横浜まで行きたいんだ」

 目標を作らないと、そのまま南川琴音の家に居着いてしまいそうだった。

「できるだけ距離を稼ぎたい。そうすれば、また会える日が近くなるんだから」

「そう・・・だね。私・・・待ってるから・・・」

 南川琴音の眼には涙が溢れていた。

 隼人は勢いをつけて立ち上がった。

「またね」

 隼人は素早くキスをして玄関を出て行った。

 まだ昇りきっていない太陽が眩しかった。

 隼人は東海道をひたすら歩く。

 横浜に着いたら梨花の知り合いのところへ行ってみるつもりだった。

 隼人は休まず歩き続ける。秋空の下で汗をかくのは気持ちがよかった。

「もしもし・・・」

 川崎を過ぎたあたりで通り過ぎた老婆が振り向いて声をかけてきた。

 隼人は立ち止まった。

「あなたは『気』を放っておいでだね。自分でそのことをわかってらっしゃるのかな?」

「・・・」

 隼人は何も答えられない。肯定してしまえば自分がサイの一族であることを知らせてしまうことになる。

「答えないところを見るとわかってらっしゃるようだ。そして私のことを誰だろうと思っているね。無理もない。私は『ミ』じゃ」

「ミ・・・?」

「お前さんと同じ遠い昔からいる一族じゃよ」

「おばあさんは、僕の一族のことを知ってるの?」

「あたりまえさ。じゃなかったら声などかけはせん」

 隼人はまだ半信半疑だ。しかし、この老婆には自分の「気」を察知できる能力があることは間違いない。

「ここで巡り会ったのも運命じゃ。わたしの家へ来て話だけでも聞いて欲しいんじゃが・・・」

「うん。いいよ」

 別に約束がある旅ではない。それに老婆の言葉に興味を覚えた。隼人は誘いに応じることにした。

「ふふふ・・・やはり運命じゃな・・・」

 老婆はうれしそうだった。

 30分ほど歩くと老婆の家に着いた。そこは瀟洒な建て売り住宅だった。老婆の外見とは似つかわしくない。

「ここがお婆さんの家?」

「そうじゃよ。似合わんと思っておるんじゃろう?」

 老婆は笑いながら玄関の鍵を開ける。心を見透かされているようだと思った。

「そうじゃ」

 老婆は笑いながら言う。

「えっ・・・?」

「我ら『ミ』は人の心が読めるんじゃ。『ミ』は『見』かもしれん。まあ、とにかくお入り」

 老婆は玄関のドアを開けて隼人を招き入れた。

 家の中はモダンできれいだった。

 隼人は言われるままにリビングのソファーに座る。

「茶を飲むがよい。茶を喫するの『き』は『気する』に通じておる。お前さんも茶は好きじゃろう? おお・・・そうか、若いからコーヒーが好きなようじゃな。でも、この茶はうまいぞ」

 老婆が出したのは抹茶だった。大ぶりの茶碗に抹茶を入れ、魔法瓶のお湯で無造作に立てたものだった。

 いい香りがした。直感的に老婆を疑ってはいけないのだと思った。隼人は素直に茶を受け取ってひとくち飲んだ。苦みが口の中へひろがる。そして甘味へと変化した。自然と顔がほころぶ。

「うん。よい男ぶりじゃ」

 そんな隼人を老婆は笑みを浮かべながら見つめる。

 老婆の言うとおりコーヒーを飲むより気分が高揚するような気がした。

「お前さんは一族について、まだよく知らんらしいな。わたしが教えてあげよう。日本には朝廷に仕える多くの一族がいた。わたしら『ミ』もそのひとつじゃ。お前さんら『サイ』の下で手助けをするのが役割じゃった。人の心が読めれば『サイ』も効率よく使えるからな。時代が侍の世の中になると中途半端な力を持った傍系の者たちは忍者とか呼ばれるようになって正統の者から地位を奪おうとした。明治になると一族は激減していたんじゃ。残っていたのは『サイ』と『ミ』そして『ム』くらいじゃった」

「ム・・・ですか・・・?」

 隼人は話しに引き込まれていった。

「そう。『ム』は人の記憶をなくしてしまう。文字通りの『無』じゃ。暗示ではなく、すべてを忘れさせてしまう恐ろしい力じゃ」

 記憶喪失を思い出し、たしかに恐ろしい力だと隼人は思った。

「安心するがいい。『ム』は『サイ』の者にはかけられない。それに『サイ』は一族の最上位にいて、他の一族は逆らうことができない」

「いま『ム』はいるんですか? おばあさんみたいに」

「うむ、わからんのじゃ。最後に見たのはずいぶん昔のことじゃ。もう、我ら一族は朝廷からも世間からも存在を忘れられているから招集がかかることもない。たぶん、いままでの日本という国は滅びたんじゃろう」

 そう言う老婆は少しさみしそうだった。

「父からもそう教わりました。もう、僕らは忘れられた存在だと・・・」

「それでも、こうやって生きておる。この家だって与えられたものじゃ」

「そうなんだ・・・」

 隼人は実家の神社を思い出していた。

「わたしらの血はもう絶えるものだと覚悟しておった。なのに、今日、お前さんと出会ったのじゃ」

「どういうこと・・・ですか?」

「わたしは孫娘とふたりで暮らしておる。この孫が残された最後の血筋じゃ。そして『ミ』の力は『サイ』によってもたらされる・・・」

「それって・・・」

「そうじゃ。お前さんに孫娘を抱いて欲しい。『サイ』をかけてな。そうしないと『ミ』は途絶える」

「・・・」

 隼人は何も答えられなかった。

「考えることはない。それが運命じゃ。お前さんは『サイ』として役割を果たせばいいだけじゃ。孫はお前さんよりひとつ年下で美人じゃよ。昔のわたしのようにな」

 老婆はそう言って笑った。

 
 


 

 

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