闇からの視線 〜黒と白外伝〜


 

 

5.リミット


 クイッと動いた影一の顎を合図にケイトのナイフが首筋から離れ、彼女の脹ら脛に絡み付いているホルダーに納まった。

「...で?私をどうしようっていうの」

 心から憎む敵にいつもの強烈な視線を投げることすら叶わない今の響子にとって、男の胸元を睨み付けながら零した苛立たしげな口調は正に精一杯の強がりだったのだろう。
 だが、そんな強がりなど意にも介さない、あくまでも嫌みな冷笑を続ける影一の代わりに囁いたのは、そっと膝をつき顔を寄せた麻里だった。

「ご主人様はあなたの事、お気に召したようですのよ。どうですか?一緒に楽しまれませんか?」

「ふんっ!こんな犯罪者とどうやって楽しもうってのよ。笑わせないで!」

 どこまでも強気な響子の言葉を嬉しそうな顔で聞いていた影一がつかつかと歩み寄り顎先を摘むと、俯く顔をグイッと振り向けた。
 だが苦渋に歪む彼女の瞼は今も堅く閉じられたまま、強固な意志をはっきりと伝えている。

「くくっ、どうした、目にゴミでも入ったか?」

 そのおぞましい指先から逃れようと顎を大きく振り払い、言葉を吐き捨てる響子。

「ふんっ、あんたの目がヤバイって事くらい分かってるわよ。どうしても私の目が見たいのならこの瞼を切り取る事ね、化け物がっ!」

 その言葉に、今までは全くペースを崩さなかった影一の余裕の冷笑がさっと引き、自分でも知らぬまに大きく吊り上がった目と眉はまさに人外の狂気を醸し出していた。

「そうか......俺は..化け物か?........くっ、くくくくっ....そうだな、俺は、闇より出づる..化け物だ...くくくくっ」

「ご主人様....?」

 心配そうな顔の麻里が影一の傍にひざまずき、そっと手を掛ける。
 その麻里の髪をくしゃっと撫でると、再び嬉しそうに言い放った。

「よかろう...俺の物にならないのなら、壊すまでだ....くくっ、身も、心もだ....くっくっくっくっくっ...あーーっはっはっはっはっはっはっ!!」

 高らかな笑い声が響き渡り、響子の心胆にまで吹き抜けた冷たい風が必死で押さえこんでいた震えを呼び覚ます。

(私は...一体どうなるというの?...死ぬのか、切り刻まれて?....それとも、あの殺人者達のように、全てに怯えながら、狂う事も出来ずに...ただ、生きていく.....?)

 全く予想だに出来ない自らの行く末を案じ、響子の顔からはその鋭い眼差しとは裏腹にどんどんと血の気が引いてゆく。

(ひょっとしたらあいつに操られて、綾香や、この、麻里のように幸福を携えて生きる方が.....)

 そんな恐怖と不安に無理矢理引きずり出された思いが頭を駆け巡り、それを振り払うように蒼白な顔で髪を振り乱す響子。
 その様子を楽しげに眺めている数人の男女。
 狂気に満ちたホールの空気がどんよりと重くのしかかり、そこだけが時の流れが淀んでいるかのようだった。

 と、突然、その空気を遮るようにホールの向こうからけたたましい音が鳴り響いた。

 バターーンッ!!

 ぶつかるように開かれた扉の向こうには、スポットライトの如く室内の灯りをうけながら、髪を振り乱し、大きく息を切らせた必死の形相の綾香が立っている。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ....ご、ごしゅ、じんさま...もうしわけ、ありません、でした。...探し出せない、ばかりか...館にまで、侵入を......」

 それは敵の下僕が一人増えただけだと言うのに、旧知の後輩の姿に何故かホッとした物を感じてしまう響子。
 いや、それは彼女にとって今はただこの最悪以外の状況へ繋がる何かが有りさえすればよかったのだろう。

 影一は振り返りもせず、抑揚のない言葉を綾香に投げつける。

「ああ、そういや後15分残ってたな。見せて見ろよ、お前なりの決着ってやつをな」

 だが綾香の頭は今も尚若干混乱していた。『あと15分』、その間に響子を説得...いやせめて瞼を開かせるだけでいい。そうすれば自分の仕事は完了する。そうすれば主人に捨てられずに済む。そうすれば...永く待ち望んだ餌が...。
 しかし、どうやって?...響子が自分の話に耳を傾けるとは思えない。

 とすれば、残された道は......

 ようやく息の整った綾香がよろめくように足を数歩踏み出した。
 僅かに迷うような素振りを見せながら、しなやかな腕が腰の後ろにそっと廻されていく。
 そして、苦渋の表情と共にゆっくりと突き出された腕の先に握られた黒い塊は、その細い指にはあまりにも似つかわしくない、リボルバー。
 婦警の綾香には支給されていない筈のそれを慣れた手つきで安全装置を外し、構える。
 カチャッ、と撃鉄の起きる音が響き、今はもう震えも迷いも無くなった照準は、綾香の視線と共に響子の眉間に突き刺さる。

 あと12分。もしそれまでにこの引き金を引けなければ、自分は野良犬となる。その脅迫感に押され、綾香の指に力が込もる。

(あやか.....)

 苦渋の表情とは裏腹にそのブレの無い銃口から彼女に一分の迷いも無い事を感じ取り、表情を堅くする響子。
 ”私の眉間はここよ”まるでそう言っているかのように真っ直ぐに銃口を睨み付けている。

 ギリッ、ギリッ....少しずつ引き絞られる引き金が撃鉄へとピリピリとした緊張を伝えていく。
 それが今正に薬莢へと叩きつけられようとした瞬前......後頭部に感じた堅い銃口らしき感触に綾香の意識が奪われた。

「ちょっと待ちな、お嬢さん。そいつをぶっ放すにゃあんたの指はあまりにも不釣り合いだ。んでもってグチャグチャにされるにはあんたの顔も綺麗すぎるってもんだ。もったいないだろ?俺もな、忍びないのよ。あんたも、四宮サンも、死んじまうにはもったいなさ過ぎるって」

 この状況を即座に受け止めた綾香が、正面の響子から視線を外す事なく周囲に感覚を巡らせる。

 ケイトからは5メートル、彼女のナイフが飛んだとしても男の引き金の方が早い。
 香蘭からは3メートル、一瞬でケリが付く間合いではない。
 だが、もし弾丸が自分の頭を貫けば次の弾が発される前にケイトのナイフが男の腱を切り裂き、香蘭の脚が男の喉笛を掻き切るだろう。
 もし銃口が自分を離れ主人に向かうなら、たとえ自分が撃たれようともその瞬間に男を引き倒し、とどめを刺す自信は有った。

 それだけを瞬時の内に判断した綾香は、背後の男に言葉を掛ける。

「あなた....菅沼?」

「ほう、こんな美人に名前を知って戴けてたとは光栄だね。そういうあんたは堂島綾香かい?」

「まぁね、こっちはとても光栄とは思えないけど?あなた、言っとくけど私が死ぬのを怖がって銃を降ろすと思ってんならお門違いよ。私はコイツを弾かなきゃ、死んだ方がマシってコトになっちゃうからね」

「ああ、聞かせて貰ったよ。あと10分だろ?しかしこれほどの美人に命がけで縋られるってのを俺も一度は味わってみたいぜ。.....なぁ影一」

 菅沼の言葉に綾香の目が見開いた。

(え?....この男が、ご主人様を...知ってる....?)

「くくくくくっ...これでも苦労は多いんだ、出来の悪い牝犬を飼うのはな」

 影一がゆっくりと歩み寄る。

(ダ、ダメ....ご主人様、正面に立たれたら...お守りできない...)

 綾香の焦りを知っているのか、掌をゆっくりとかざした影一は”心配するな”とでも言っているかのようだ。

「久しぶりだな、竜二」

「ああ、2年ぶりか?駆け寄ってハグしたいトコロだが、あいにく今はちょっと手が放せなくてね」

 菅沼の口端が影一のそれと同じようにニッと吊り上がる。

「くくっ、相変わらずだな。その軽口でよく今まで生きて来れたもんだ」

「そいつはこっちの台詞だぜ。てっきり死んだと思ってたがな。やっぱりこれまでジュクで起きてた訳のワカラン事件は全部お前の仕業か?」

「まぁな。あいつらは皆分かっちゃいなかったのさ、人の闇がどれだけ深いのかを....。ま、そんな物が見えた時にゃ、もう終わっちまってるんだがな。俺自身それに気付いたのは魂を売っ払っちまった後だったよ」

 菅沼の肩が大げさに竦む。

「へっ、売れるものなら何でも売って生きてきた俺だが、流石に魂までは考えつかなかったぜ。んじゃもうお前は昔の影一じゃ無いってコトかな?」

 影一の眉がピクッと動き、貌から表情が抜け落ちた。

「ああ、俺はもう、ヒトじゃない....そういやさっきあちらのお嬢さんも言ってたな。”化け物”ってな...」

 影一の目が若干伏せられ、どことなく寂しそうにも見える。
 その時にはもう菅沼の顔からもふざけた色は抜け落ち、真っ直ぐに影一を睨み付けていた。


 影一の背中越しにじっと様子を伺っていた響子は菅沼の放つ眼光に若干驚かされていた。
 まるで獣のようなその視線はこれまで響子に向けられていたおどけた物とは違い、彼が裏の住人だと言う事をまざまざと実感させている。今の菅沼であれば袈裟懸けに引き倒してナイフを突き付ける事など恐らく出来ないであろう。

 だがそんな思いなど今は取るに足らない。全員の視線が菅沼に注がれている今、脱出の機会を探し響子の視線が彷徨う。

「先輩、動かないでっ!」

 僅かにずれた響子の眉間を綾香の銃口が追い、ぐっと腰を沈めると指先に力を込める。

(そうね、綾香が居たっけ。この距離で綾香が外す...なんてコトはなさそうね)

 諦めた表情の響子が肩をすくめ、再び腰を降ろした。


 そのやり取りが終わったのを見計らったように菅沼は、頭の隅にしまいこんでいた疑問を引っ張り出し、影一にぶつけてみた。

「影一、一つだけ聞きたいコトが有る」

「ほう?言ってみろよ。答えるかどうかは分からんがな...」

「あの時...お前が街を出る前だ。俺んトコに来たよな?もしあん時既にお前に”力”が有ったのなら、何故俺を壊さなかった?工藤にお前のコトをチクったのが俺だってのは知ってたんだろ?」

 何かを思い出すような、どんよりとした間が流れた後、影一の口がゆっくりと開いた。

「....あったのさ......一つだけ」

 辛そうにも見える影一の表情は、過去の苦悩を洗い出しているのか。

「は?何が、あったって?」

 訝しげに曇る菅沼の目が綾香の頭の後ろから覗く。

「麻里の中にな、有ったんだよ、一つだけ....無いと思っていた”やすらぎ”ってヤツが...。アイツがお前と暮らした半年の間だけ、アイツは感じていた。生まれて始めての”やすらぎ”を...。そいつは、俺が、麻里に与えようとして....与えられなかった物だ」

 菅沼の眼が大きく開き、喉の奥をわなわなと震わせている。

「お、お、まえ...知ってたのか?俺が、麻里と暮らしてたってコト....なら、それなら....俺が借金のカタに麻里を売り払ったってのも知ってんだろ?それなのに..何故....?」


 影一の背後で黙って話を聞いていた響子も、同じように切れ長の瞳を見開いていた。

(そ、んな..菅沼が....麻里と?....アイツが頭の隅に引っ掛かってたコトってのは....麻里だったの?)


 影一がまた一つ歩み寄る。

「ああ、だがその借金はお前が麻里のヤクを買う為に作った物だ。そのカタに麻里は連れ去られたってトコだろう。
 お前は麻里が人手に渡っちまった後もコイツを取り戻す為にかなり危ない橋を渡るようになった。それまでは決して近寄りもしなかったヤバイ仕事もしだしたんでな、おかしいとは思ってたよ。そして、その金の為に....俺を売った」

「けっ、お前だけが全部お見通しかよ。おもしろくねぇ....俺だってな、そいつが裏でも御法度だって事ぁ知ってるし、お前の女が麻里だと知ってりゃ、んな事ぁしなかったさ。お陰でその後の俺はチクリ屋呼ばわりのサイテー野郎ってワケだ。ま、その通りなんだがな....マヌケな話さ..。
 ....で?俺が麻里にご執心で、麻里も俺んコトを憎からず思ってたから俺は助かったってワケかい?」

「さぁな、そいつぁ俺にも分からんよ。俺にとっちゃヒトを殺すのも壊すのも気分次第、たまたまそんな気分じゃ無かったってトコだろう」

「なるほど....流石は”化け物様”だ。俺なんかにゃお考えに及びもつかねぇな....。
 まぁそいつはそれとして影一さんよ、そこに居る刑事さん、ちっと俺のイイヒトなんだが、返しちゃくんねぇか?このお嬢さんの綺麗な顔と交換ってコトでよ?」

「さぁ、そいつはどうかな?おい綾香、コイツこんなコト言ってるが、どうだ?」

 綾香の眉がキッと吊り上がり、ゆっくりと首を振る。

「ダメです。私はこの仕事を降りません。たとえグチャグチャにされようとも...」

「...だそうだ、諦めな」

「ちっ、おめぇなら止められんじゃねぇのかよ。冷てぇご主人様だな」

 綾香の視線が部屋の時計にチラと流れる。”あと3分”。もし一発目を外し、響子が走れば間に合わないかもしれない。

 自分に残された道が一つしかない事など、充分に分かっている筈だった。
 なのに、最後の1oを引き絞る事を躊躇わせている物は何なのか。
 過去に持っていた感傷など、あの時、あの交番で、全て捨て去った筈なのに....。

 綾香の脳裏に初めて隷属した時の情景が浮かび、股間を熱い物がスッと通り過ぎる。
 その思いに身を委ねたいのに、何よりも大事な物を守りたいだけなのに、指先だけがまるで自分の物では無いかのようだった。

「先輩..どうして?....どうしてこちらに来ては下さらないの?私は、ずっと待ってたのに...先輩なら、ご主人様のお役に立てるのに....茜さんのように理知的で、ケイトや香蘭のように強くて、あゆみさんのように行動的で、麻里さんのように純粋な....そんな、立派な奴隷になった先輩と一緒に、お仕えしたかったのに...」

 彼女の血を吐くような思いは果たして届いているのだろうか?
 だがそれに答える者など居る筈もなく、ただ無為に時だけが過ぎていく。

 綾香はスゥゥッと一つ空気を吸い込み、吐く息に自らの堅い意思を込めるかのように指先へと吹きかけた。

 綾香の視界から響子の眉間以外の風景が極端にぼやけていく。
 漲る緊張の中、二丁の銃の引き金が少しずつ引き絞られていく。
 響子の背中を汗が伝う。
 香蘭が摺り足でにじり寄る。
 綾香の頬を....一筋の滴が伝う。

 カッチ..カッチ..カッチ..カッチ..カッチ.....
 時計の振り子は無情に時を刻み続ける。

 綾香の肩が一瞬、強ばった。
 その気配を菅沼が読む。

「やめたっ!」

 綾香の後頭部から焼け付くような鉄の感覚が失せた。

「どうやらコイツをぶっ放しても状況は変わらねぇみたいなんでね、なら無駄に綺麗なモンを壊すコトはねぇやな。
 四宮さん、ここまで来て申しわけ無いっすけど、やっぱり俺は降りる事にしますわ。ま、心配しなくてもここじゃぁ”こんな無粋なモン”は御法度らしいんでね、命までは取られないっしょ。....だな?」

「くくっ、くっくっくっくっくっ....あーっはっはっはっはっ!.....ま...そういうコトだな」

 高笑いの中、影一は綾香の前に手を差し出した。

 ”響子を殺す”それ以外にもう手の無い綾香は、それを主人の別離宣言とでも受け取ったのか、それとも響子を殺さずにすんだ安堵からだろうか、恐る恐る銃を影一に渡した後、その場に頽れ、大きく泣き叫んだ。

「んじゃ四宮さん76年物、用意しときますんで。待ってますよ、デートのお誘い」

「ちょっと!見捨てて帰るんなら1本じゃ足りないからね!」

 自らの重く沈んだ行く末を振り払うかのように、響子の口からも軽口が飛び出てきた。

「へいへい、こんなワリの合わねぇ仕事は初めてっすよ」

 そう言いながら菅沼は出口に向かう。

「よう、竜二!」

 昔よく聞いた影一の呼びかけに、懐かしげな顔で振り返る菅沼。

「なんだ?」

「お前が、こっちに来んなら.......新宿、くれてやってもいいんだぜ?」

 その言葉が何故出たのか?影一にも真意は分からなかったが、菅沼は呆れたように肩をすくめた。

「へっ、いらねぇよ、そんなモン。影一、知ってっか?『なんでも思うまま』ってのは結構つまらねぇモンなんだぜ。今のお前にゃ昔のピリピリした緊張感も、いつも張り巡らせてたアンテナも感じられねぇ....そんな退屈な生活、俺には耐えられねぇな。お前にとっちゃ....」

 いつものニヤケ笑いのまま軽口を叩いていた菅沼の顔が、突然なにかを思い出したように引き締まり、再び口を開いた。

「ああ影一....さっき俺が、銃を引っ込めたのは....俺の意思...だよな?」

 影一の口端が僅かに吊り上がる。

「さぁな、お前がそう思ってんなら...そうじゃねぇの?」

「けっ」

 菅沼は再び肩をすくめると、散歩にでも出かけるように口笛を吹きながら部屋を後にした。
 薄暗い廊下に蛍火の跡を微かに残しながら....。



 カッチ..カッチ..カッチ.....ボーン、ボーン、ボーン、ボーン....

 重厚な置き時計の鐘がホールに響き渡る。

「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 その音を掻き消す程に、綾香の泣き声が断末魔の悲鳴の様に轟いた。

 パァーーーーンッ!!

 そんな綾香を気にも留めず、勢いよく叩かれた影一の掌を合図に、淀んでいた空気が一気に流れ出す。

「さぁ、ショータイムだ!主演女優様をこちらへ!」

 響子の身体に再び緊張が走る。
 しかしもう抗う術の無い事を理解してしまった彼女の抵抗は力無く、引きずられるままホールの中央へ。

 泣き続ける綾香を残し、影一はゆっくりと響子に歩み寄ると美しい顎先を軽く摘み、持ち上げた。

 チャリン....響子の耳にナイフを開く軽い金属音が届き、鋭い切っ先が青いアイシャドウに彩られた瞼をしっとりと愛撫する。
 震える瞼を一層強く、堅く閉じながら、響子の喉がゴクッと鳴る。

「くっ、くくっ...怖いか?...怖いよな?瞼が無くなると、当然視力も無くなる。これからのお前は闇の中で一人きりだ。最後に見た俺の瞳を焼き付けたまま...くくくくくっ。言っとくが最後まで逆らうなら安穏は貰えないと思っとけよ」

「ふん、やるんならさっさとやりなさいよ!そのナイフが刺さった瞬間に舌を噛み切ってやるから」

 影一の頬が心から嬉しそうに綻んだ。

「くくくくくっ...いい、いいよアンタ....最高だ!なぁ茜、ゾクゾクするぜ...」

「おっしゃる通りですわ、ご主人様。ねぇ、もしよろしければこのコ、私に頂けませんこと?」

 チラと綾香に”申しわけない”といった視線を投げた茜だったが、その瞳はもう嬉しそうに潤んでいる。

「そうだな、これだけの造形を、出来れば切り刻みたくは無いものだ。久しぶりに茜の調教、見せて貰おうか」

 影一に向かい丁寧に頭を下げた後、再び見せた満面に広がる笑みは、淫靡で、妖艶な、魔性のそれだった。

「うふ、うふふふふふ.....ありがとうございます。私も前から欲しかったんですの、こんな可愛い、お人形...。
 さ、響子ちゃん....一緒に遊びましょ?」


 茜のスーツのボタンが外され、ハラリと投げられた。
 スカートのホックが外され、ストンと床に纏まる。
 下着など着けてはいないその身体はしかし、見事な均整が保たれ、造物主の造詣の深さを感じさせている。

 それを見取った他の女達も同様にその場に衣服を脱ぎ捨て、茜に劣らぬボディを主人と響子に見せつけていく。
 そしてその後にようやく、当演目の主人公の出番がやってきた。
 彼女を取り囲む輪が徐々に縮められていく。妖艶な舌なめずりを含ませながら...。

 その極上の女達の裸身に僅かながら奪われていた響子の視線が恐れの色へと取って代わる頃には、下品な娼婦のようなドレスは既に毟り取られていた。その中から現れた清楚で透き通るような裸身は、恐らくこれ以上に彼女の美を引き立たせる舞台衣装はないのだろうと思わせる。
 それまではさしたる抵抗を見せる様子の無かった響子だが、あまりにもインモラルなその空気に再び激しく頭を振り、最後の抵抗を見せつけた。

「い、いやーっ!...やっ、やめなさいっ!...やめて...くっ.....うぅっ」

 四肢を一人ずつに押さえつけられ、肉食の魔物達に喰われるような恐怖と、柔肌を晒す事への羞恥が、彼女に残された力を絞り出そうと足掻きだす。
 追いつめられた獲物のように激しくバタつく響子。だがその胸の豊かな膨らみ5センチ上辺りを香蘭が三つ指で軽く押さえつけると、まるで金縛りにあったかのように上半身の自由が奪われた。
 それでも左右に髪を振り乱す首筋にケイトのナイフが押しつけられると、「ヒュゥーッ」という喉の音と共に全身が固まった。

 プチン...

 脇腹を這い回っていたどれかの指が背中に回ると、手際よくブラのホックが外され、プルンと両側に弾かれた。
 淡いブルーの包装にしまい込まれていた双丘は、仰向いているにも関わらずしっかりと美形を保ち続け、彼女の荒い息づかいと同調し、揺れ動く。
 そこからほんのりと漂い出るのは彼女の汗の匂いだけではなく、甘酸っぱい牝の香り。

「うふ、思った通り.....綺麗よ、響子ちゃん...」

 神々の造形とも思える身体の持ち主から零れた賛辞に、響子は場違いな高揚を覚えた。

 その香りに毒されたように宏美の舌が延びていく。

「くぅっ....」

 響子の眉が歪む。

 その形に見惚れたようにケイトの指が這う。

「あぐっ...ん....」

 右腕を押さえつけていた香蘭が、堪らず腋に舌を這わせる。

「ひゃっ...くっ....」

 左脚に乗っていた舞がゆったりと内股を愛撫する。

「あうぅっ!.....んぐぅ...」

 左手にしがみついていた佳奈が、二の腕を股間に挟み込み、擦り付けている。

「んっ...んんっ....くっ.......」

 そして、右脚を踏みつけていた茜が、ハイヒールのつま先を水色の薄布の上からやわやわとねじり込んだ。

「あひっ!.....くっ、ふぐぅ...く、うぅぅっ.....」

 これは、快感なのだろうか?あまりにも壮絶に女の部分を抉り出すそれらの愛撫は、微かな、しかし絶妙なタッチを繰り返し、強固に築き上げられていた筈の城壁を風に化される砂の城ように響子の抵抗を取り崩してゆく。
 視界を自ら閉ざし、身体の動きも最小限に抑えられた響子の肌はどんどんと鋭敏になり、数枚の舌、数十本の指が這い廻る部分の全てが性感帯になったかのようだった。だが呻きを漏らす事すら禁じられた響子の官能は、発散する場所を見つけられず内側へと溜め込まれてゆくばかりで、それが全てを満たし、溢れ出すまでに、そう時間がかかるとは思えなかった。

 ぐじゅぐじゅと白く濁ったあぶくを立てながら攪拌されている裂け目には、茜のつま先と共に自らのショーツが深く埋没している。
 恐らくは世界最高レベルの美貌と性技を持つ女達6人に全身を責め嬲られ、響子の身体の反応はやがて意思とは反対の方向へと流れ始める。
 川面に浮かぶ木の葉のように、ゆらゆらと迷いながら、しかし確実に川下に向かって....。

 その色をいち早く察知した茜は嗜虐の色を一時しまい込む。その代わりに着けられた仮面は、優しく、暖かな、母のようなそれだった。

「響子ちゃん...可愛いわ、とっても...。わたし、あなたが何かに耐えている、その狂おしげな顔...好きよ」

「な、なにを...バカな事を....」

 ふと気を抜けばその魔性の囁きに取り込まれてしまいそうになるのを意志の力で押さえ込み、精一杯の反抗を試みる響子。

 茜の目の合図にケイトのナイフと香蘭の手刀が、響子のショーツの端を切り裂いた。
 それに呼応するかのように宏美の口が尖り始めた双丘の頂をコリッと噛むと、響子の腰がビクンッと跳ね、その拍子に下腹を微かに覆っているだけだった薄布が、ハラリと捲れる。

 薄く纏まった恥毛の下に深くもぐり込んでいる水色の布きれと真っ赤なハイヒール。そしてそれらを濡れ汚す白く濁った液体。トリコロールを思わせるそれら三色の物体は、一緒に有るが故に互いの淫妖さを相乗させている。
 茜がその前にそっとひざまずき、青がゆっくりと引き抜かれる。にゅちゃぁっと淫靡な音を残し粘つく白を細く、長く、延ばしながら....。

「響子ちゃん、嬉しいわ....私の足をこんなに喜んでくれるなんて...」

 茜が嬉しそうに目を細めながらそう言うと、その布きれを見せびらかした。

 響子の頬が真っ赤に染まったのは怒りの色か、羞恥の所以か...?

「くっ!そ、そんな物は...ただの生理現象よ....馬鹿にしないで!」

「そう?...そうね...あなたは強い人だもの、この位で墜ちてはいけないわ。がんばってね....私のかわいい、響子ちゃん....」

 勘の鋭い響子以外の人間なら恐らく抵抗すら忘れてしまうだろうその魅力的な微笑みを携え、茜の舌が下腹を滑る。

「ふぐぅっ....」

 ひとしきり波打つ腹で遊ばせた後、粘つく舌先は徐々に下がりゆく。

(くぅっ...ダ、ダメ...この魔性の舌が、あそこに辿り着いたら....)

 自分の中の女を呪い、響子は唇を噛みしめる。

 だが彼女の思いとは裏腹にそれは、微妙なラインを描きつつ、局所を避け、内股へと流れていった。
 恐れていた事態を避けられた安堵からか、響子の緊張が僅かに緩んだ瞬間....離れたと思った舌先がチョコンッと響子の肉芽の先を通り過ぎた。
「ひゃうぁぁっ!!」という声とも言えぬ声と同時に、その下の裂け目からチュプッと一塊りの粘液が溢れ出した。
 響子に押さえ込まれていた思いの象徴であるかのようなそれを嬉しそうに掬い取り、太腿になすりつけていく茜。

 それは”イった”という事だろうか。彼女は認めてはいないようだったが、その余韻を噛みしめるようにピクピクと痙攣し続ける花弁は、浅ましく次の歓楽を待ちわびているかのようだ。
 ヒクヒクと蠢く淫核の周囲10センチを弄びながら、茜のしなやかな指先が脇腹を通り、右の乳房に辿り着く。
 掌が全体を包み込み、ヤワヤワと揉みしだく。撫でるように...押しつぶすように...。
 その掌の感覚自体は響子の脳には響いてこない..。ただ頂をチュバチュバとついばんでいる宏美の舌の感触を助長し、倍化する。そんな茜の愛撫はまるで響子の神経の全てを把握しているかの様だった。

「んんっ...むぐぅ....くっ....」

 堅く閉じられた瞳と唇、彫り込んだように寄せられた額の縦皺、それらが響子の必死の抵抗を表してはいたが、同時にそれが無駄であると言わんばかりに女の芯が着実に開いていくのも感じさせずにはいられない。

 その反応をチラと見やった茜の舌が再びその淫核へ延ばされる。

「あ、あああっ!!...うぅっ...は、ぐぅぅっ.....」

 それはまたも一瞬、触れたか触れないかの間であったにも関わらず、その電撃のような快感を響子の脳裏にいつまでも焼き付けている。

「響子ちゃん、ダメよ....もう少し辛抱しようね?いいコだから.....」

 自分の反応への気恥ずかしさからか、茜の諭すようなその言い回しに響子の理性が僅かに引き戻されると、薄く開いた目で茜を真っ直ぐに睨み付け、吐き捨てた。

「こっ、こんなコトで...この程度で私があんた達の言いなりになると思ったら大間違いよ!」

 響子の理性が戻るのを待っていたかのように、茜の陵辱が再開される。

「そう、その調子....あなたは強い、こんなコトに負けちゃダメよ?快感なんてヒトを縛れるモノじゃないわ。あなたはあなたの意思で体をコントロールできる筈....意思を強く持てば、この程度の責めはなんでもないコトなのよ。あなたなら....」

(そう、その通りっ!...私はこの程度の責めに負けないだけの強さと信念を持ってる!私の体も意思も自分の物だ。いくら熟練の手管があろうと...いくら身体の性感を操ろうと...他人の自由には決してならない!体も、心も!!)

 茜の言葉を自分の心への訓告のように復唱する響子。
 だが、今頭の中で反響しているその声は本当に自分の物なのか?普段の響子ならその疑問に気付くこともあったろうが、今は隙間だらけの信念を埋めてくれる茜の言葉を心が待ち望んでいるなどとは思いもよりはしなかった。





 美女7人の痴態を楽しげに見ていた影一は少し飽いたかのように息を一つ吐き、数歩先の玉座へ腰を降ろした。

(くくっ...茜のヤツ本当に嬉しそうな顔で嬲ってやがるぜ。だが終わった時にはアイツ、悔しがるだろうなぁ...。『私のお人形をっ!』ってな。くくくくっ....)

 カチッ

 くわえた煙草の先に灯る火に、影一の楽しそうな顔だけが浮かび上がる。

(あっ!ご主人様.....)

 すぐ傍らに居ながら主人に自分で火を着けさせるなどと...茜にとってはまるで大失態でもやらかしたかのような謝罪の色を滲ませながら振り返ったのだが、”分かっている”とでも言いたげに影一が掌を見せ、制した。

 頭を深々と下げた後、茜は今も頽れ啜り泣いている綾香を振り返り、冷たく言う。

「綾香....あなたもう牝犬、辞めたの?」

 驚いたような顔で見上げた綾香の目に映ったのは、優しかった筈の茜が向けている蔑んだ視線。

 その視線に促され、恐る恐る見た玉座では、未だむこうを向いたままの主人がゆったりと煙草をくゆらせている。

(まだ...まだ私は.....)

 脚を組み、肘掛けに半身を預けながら、つま先が退屈そうに揺れている。
 その愛しい男の姿が網膜に焼き付いた時、枯れたと思っていた涙が再び滝のように流れ始めた。
 立上り、毟り取るように服を脱ぎ捨てた綾香は、影一の前に駆け寄り、跪き、そっと合わせた両手を掲げ、差し出した。
 その男の動向全てを愛おしそうに見つめながら、今、この瞬間の幸福を、すぐ傍に居られる事の大切さを心に刻みつけるべく潤んだ瞳を真っ直ぐに投げかける。

 相変わらず一瞥もくれない影一だが、やがてその右手が緩やかに動いたと思うと、1センチ程に延びていた煙草の灰がトンッと綾香の掌に、落とされた。

(あっ!ああっ、私の手を、使って頂けた!そう、そうだ。私はまだお役に立てるんだ!見てくださらなくても、餌を頂けなくとも、お側に居られることが、お役に立てる事が、どれ程幸せな事なのか、私は分かってなかった....)

 綾香は、掌の上で儚げに揺れる僅か1センチにも満たない灰の塊を、至高の宝玉の如く大事そうに包み込んだ。

(ご主人様..私は、思い上がっていました。飼い犬になればご寵愛を頂ける物と、それを頂く為に仕事をするのだと...勘違いしておりました。
 掌一つ使って頂けただけでこんなに幸せなのに...さっきまではご主人様の仕事をこなす為に私の全てを使って頂けていたというのに......どうして気づけなかったのでしょう?。
 ご主人様のお望みを叶えられる事のみが、私達奴隷の餌なのだと....今ようやく知りました。
 ああ...ご主人様...私はまだ使えます、灰皿でも、食器でも、私の体は...まだ使い道があります。どうか、どうかお側に......)

「うっ、んぐっ...スン....」

 綾香の心の中の叫びはしかし、とても声にして伝える事など出来ず、只々嗚咽として吐きだされるばかりだった。

 涙で瞳が覆われ視界がぼやけても、流れる鼻水が口に入り込んでも、綾香はそれを拭う為に決して手を降ろそうとはしなかった。
 今の彼女にとって、その掌だけが存在価値だった。

 その時、茜達の方を向いたままの影一の眼だけが僅かに動き、綾香を見下げた。

「っ!!ご、ご.....さま」

 口を呆けたようにパクパクと開閉しながら、綾香はその蔑んだ視線を、極寒の地に降り注ぐ陽光のように浴びていた。

 そして影一は、その日、いやこの計画が始まって以来始めて、綾香に触れた。
 振り乱れた髪の束をグイッと掴み、喉が詰まる程に後ろに反らせると、今ようやく声を手向けた。

「綾香、なんだこの小汚ねぇ顔は?見苦しい!そんなに捨てられてぇのか?」

 見開いた眼と共に可能な限り大きく顔を横に振る綾香。

「とっ、とっ、とんでも、ございませんっ!お許し、くださいっ!」

 必死の謝罪を伝えながらも言葉を交わせる幸福が、軋む頸椎の喜びが、綾香の心を震わせる。
 影一は指に挟んだ煙草を突き出し、冷たく言い放つ。

「俺の物を勝手に汚すんじゃねぇよ。直して来い。この灰が落ちるまでにな」

「は、はひっ!!」

(お、おれの..おれの..モノ....この、顔は、体は...まだ..ご主人様の...”物”)

「うっ、うぅぅぅぅぅっ...ふぐっ....ぐずっ...ごしゅじんざまぁぁあっ!」

 必死で駆け込んだ洗面所でいくら顔を洗っても、後から後から湧き出す涙は綾香の顔を濡らし続けていた。

 
 


 

 

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