闇からの視線 〜黒と白外伝〜


 

 

1.夢幻の狂気


 その日、東京は朝から霧の様な雨に包まれていた。

 只でさえ勤労意欲を削がれる鬱陶しい空を恨めしく睨みながら、四宮響子はタイトなスカートからすらりと伸びた脚を無造作に投げ出し、運転席から降り立った。
 新宿の入り組んだ路地裏で”立入禁止”の札を揺らし、縦横に張り巡らされたロープをくぐりながら響子は苛つきをぶつけるように言い放つ。

「身元、判ってんの?」

 響子のご機嫌が歪んでいるのを早々に察知した年若い部下が、媚びたニヤつきを浮かべながら駆け寄って来た。

「あっ、課長、ご苦労様です。大変ですね、お休みの所」

 響子の眉が一層吊り上がると、蔑んだような視線をチラリと流した。

「勝本君、私の声、聞こえ無かったのかしら?ガイシャの身元よ、ミ、モ、ト。あなた警察学校で下らないお世辞を習って来たワケじゃないんでしょ?」

 その冷たく淡々とした話し方にも気の弱そうな部下はビクッと肩を震わせ目を背ける。

「す、すみません。ガイシャの身元は”渥美公造、47才、この辺りの土木会社の作業員”です」

「死因は....?」

 そう言いながら響子は傍らに置かれた死体袋のファスナーを開け、中身が濡れないように傘を掲げながらそっと覗き込む。
 そこに鎮座していた物体は全身を刃物で切り刻まれ、何時間か前には本当に生きていたのかさえ疑いたくなる程の、見るも無惨な骸だった。
 中には出血を伴わない傷も多く見られ、息絶えた後にまで刃を突き立てられ続けた事を示している。

「一目瞭然ね。なにか犯人の手がかりは残ってんの?」

「あ、いえ、それが....」

「..勝本君!あなたねぇ、現場でそんなモゴモゴやってたら百年経っても犯人なんて捕まんないわよ。やる気無いなら帰んなさい!」

 ”あんたがおっかないからモゴモゴになるんだよっ”とはとても言えずに直立し直し声を張り上げる勝本。

「は、はいっ!犯人は先程すぐそこの交番に..血塗れで自主してきたそうです!」

 そのあまりにも意外な言葉に響子は驚き、呆れ、我慢の限界とでも言わんばかりに眉を最大限に吊り上げた。

「な、な、なんですって!あなた今までそんな事ひとっことも言わなかったじゃないの!どういう事よ!あなたがなめてんのは私?仕事?!大体犯人が捕まったんならなんで私に呼び出しが来んのよ?
 ったく!どうしてウチの部署にはダメ部下とバカ上司しか居ないのかしらねっ?!」

 流石の勝本もあまりと言えばあまりなその言い様にカチンと来たが、なんとか一言言い返そうと顔を上げた瞬間には響子の鋭い視線に打ち負かされ、目の焦点を自らぼかしてしまった。
 それに警視庁きっての切れ者で、本庁への栄転が決まっている彼女の前では自分のクビなどは風前の灯火である。そう考えればどうしても今感情に任せる訳にはいかない。

「もっ、申し訳ありませんっ!犯人が自首してきたのはつい15分前で、課長がご自宅を出られた後だったんです。携帯に連絡しようとも思いましたが、部長が課長にも見ておいて貰うようおっしゃってましたのでっ!」

「見ておけって、何をよ...」

 響子の苛立ちはまだ納まってはいないようだが、何かを含んだ様なその言い回しに訝しげな視線を送る。

「あの、実は、今回も例の”自殺願望殺人”..のようなので....」

 響子の表情が突然硬くなり、怒りの代りに瞳に浮かんだのは鋭く獲物を狙う狩人のそれだった。

「で、犯人は?」

「はっ、先程護送の車が到着したようでしたので恐らく署の方ではないかと...」

「そう、じゃ私はそっちに向かうわ、あなたここの検分しっかりやっときなさいよ。いつまでも新米じゃないんだから」

「はいっ、了解しましたっ!」

 勝本は心配そうな視線を残し去っていく上司を最敬礼をもって見送り、車が完全に見えなくなったのをしっかりと確認するとようやく溜息と共に小さく毒づいた。

「けっ、えっらそうに女のクセに。キャリア組だかなんだか知んねぇが、ちょっと頭がいい位で、ちょっと美人だと思って、ちょっと検挙率がトップだからって、俺とどれだけ違うってんだよっ!」

 と、住んでいる所が全く違う事にも気付けていない勝本だった。






「どう?様子は」

 取り調べ室前で部下の一人を捕まえた響子は、抑揚のない声でそう言った。

「はっ、やはり以前と同じ”殺してくれ、早く死刑にしてくれっ”て喚いてますよ」

「身元の確認は出来てるの?」

「はい、北村完次、32才、海道組組員。女で食ってるケチなチンピラです」

 ”女で食ってる”という言い回しに男の蔑視を嗅ぎ取った響子は片側の眉を最大限に吊り上げその部下を萎縮させる。

「あ、いや、申し訳ありません...!」

 響子は勝本に向けていた物と同じ、冷たく抑揚のない声で続けた。
 
「で?」

「は?」

「”は?”じゃないわよ、なんか新しい証言とか今までの犯人との共通点とか判ってないのかって聞いてるの。あなた何年刑事やってんの?」

「は、あの、先程取り調べが始まったばかりですし、今の所身元の確認位しか.....」

 はあぁっ..と見せつけるような溜息を残し響子は取調室のドアを開いた。

 中では、簡単に返り血を拭取り、署の備品の服に着替え終えた男が小さくしょげ返ってなにやらブツブツと呟いている。

 だが部屋に足を一歩踏み入れた響子は、その男の丸まった背中から漏れ出るような嫌な感覚に触れ、思わず顔を背けてしまった。

「なんか話したの?」

「あ、課長。前と同じ..”早く殺してくれ”それしか言いませんね」

 響子のよく通る声にその日初めて男は顔を上げ、目の前の女刑事をしげしげと眺めた。

「あ、あんた、ここの偉いさんかい?」

「ええ、この事件の責任者よ」

 今までの犯人からは引き出せなかった初めての言葉に響子は思わず浮き足立ち、男の横に回り込んだ。
 
「なにか言いたい事でもあるの?」

「あ、あ、あんたを殺したら..死刑確定かな....?」

「えっ?」

 男から出てきたあまりにも予想外の言葉に響子の思考が一瞬奪われた。
 まるでその隙を狙っていたかのように男が響子に飛びかかり、細くたおやかな首に両手を絡ませると必死の形相で力を込める。
 隣で固まっていた部下の刑事が慌てて立ち上がったが、その時には既に男の指を捻上げた響子が腕の関節ごと半身を極め、足を払い、背中の上から押さえつけていた。

「ったく...殺人課って言えばエリートなのかと思ってたけどホントに使えない男ばっかりね...」

 顔から血の気を無くしながらその部下が慌てて男の腕を取ると、後ろ手に手錠を掛けた。






 ガチャッ

 男達のざわめきが溢れていた小さな会議室は、響子の入室で一気に静まり、皆の背筋が伸びる。

「揃ってるようね。じゃ、始めて」

 有無を言わせぬ調子の言い様に、部下の一人が立ち上がり持っていた書類を読み上げ始めた。

「はい、まず関連していると思われるこれらの事件の発端は、3週間前の今月6日水曜日でした。犯人は神谷昇、元長距離トラックの運転手、現場は都内カプセルホテル、ガイシャは隣で寝ていた客で普通のサラリーマンです。
 次が先週12日木曜日、犯人は松岡昭司、無職、現場は同じく都内のファミリーレストラン、ガイシャはそこのウェートレス。
 そして今回の事件はご存じの通り北村完次、暴力団の末端組員、現場は新宿歌舞伎町の路地裏、ガイシャは付近の土木会社作業員です。

 今の所これら犯人にもガイシャにも個人的に繋がる線は見あたりませんし、犯行にも一環性は見られませんが、判明している限りの共通点を挙げますと、
 時期は皆ずれていますが新宿に住んでいた、若しくは今も住んでいる。
 精神鑑定では極めて正常、ですが夜間、特に睡眠時の脳波異常には特異な物があります。こちらに精神科医の所見があります。
 あと、暗い所と眠る事を極端に恐れ、全員の太股や至る所に睡眠を妨げる為に自ら付けた細かい刺傷が無数にあります。
 そしてなによりこの事件らを関連付けている物に、皆が自殺願望..死刑になる為に殺人を犯している、と言う事です」

 響子は何度も読み返したそれらの資料をもう一度ペンでチェックしながら一通り読み終えると、立ち上がり、目の前で自分の動向をじっと見守る数人の部下達を睨みつけた。

「みんな聞いて。今回の一連の事件は犯人も自首しているし、関連性も証明されてないから捜査本部も設けられないわ。でもこれにはまだまだ続きがあるような気がするの。仮に他にもこんな異常者が居るとしたらガイシャが一人で済むとは限らないし、確実に死刑になる為には大量虐殺なんて事も考えられる。そしてこれには必ずウラがある...彼ら犯人達を狂わせた何かが....。
 だから大っぴらに人員は割けないけれど、捜査は続けて行きたいの。まずは都内の精神科医を虱潰しにあたってちょうだい。同じような精神状態の人間を捜すのよ。そこから必ず何かが見えてくるわ」

「課長、しかし彼らは何故自分では自殺しようとしないんですかね?」

「よくは分らないけど...死にたくとも自分では死ねない、ってトコかしら...例えば強烈な暗示か何か...じゃないかと思ってる。そんな事が可能かどうかも分からないけれど、ここまで異常な状態で精神は正常ってのも腑に落ちないし...精神を弄ばれてるって感じも受ける。精神科医や心理学者の中に犯行に関わってる者が居るかもしれないわね」

「夜、眠った後の夢に取り憑かれてるって感じも受けますね」

「みんな揃ってエルム街にお散歩って訳ね」

 仕事中では恐らく初めて聞く響子の冗談に、会議室内に僅かなざわめきが起った。

 だがそれが冗談では終らない事など、普通のヒトである彼女達に分る筈も無い事であった。





 首都高速の高架下、都内の喧噪の中にあって人の目を遮れる数少ない空間に二人の女が立っていた。
 同じ婦警の制服を纏った彼女達はまるで敵対するかのように対峙している。

 その片方、ミニパトから降り立ったばかりの婦警は細くくびれた腰に手を当て、苛立ちを隠さずに言い放った。

「ちょっと何よ仕事中に、こんな所まで呼び出して」

「あら、ごめんなさい。先輩がそんなに仕事熱心だとは思いませんでしたわ」

 後輩とおぼしきこちらの婦警は、通常であれば確かに美しい部類に入る先輩婦警を遙かに凌駕する容姿の持ち主で、その小馬鹿にするような冷笑でさえ魅了される男は少なくないだろう。

「な、なんですって?私はあんた程ヒマじゃないのよっ!キャリアだかなんだか知らないけど今は私の方が階級が上なんですからね、それなりの態度ってモノが有るでしょう!あんたに敬礼されたいとも思ってないけどね」

 ”彼女が配属されるまでは署内でももてはやされていたのに”そんな思いもあるのかも知れない。恐らく以前から好意は抱いていなかったのだろう。呼び出された方の婦警は憤りながら振り返り、今降りたばかりのミニパトに乗り込んだ。

 バタン!と勢いよく閉まったドアのガラスを”コンコン”と叩く音に、「なによっ!」と言いながら睨みつける先輩婦警。
 しかしそこに立っていたのは先程の同僚ではなく、見知らぬ一人の男だった。

 冷たく笑い掛けるその男を不審に思いながらも、何故か合わせた視線を外す事は出来ないでいる。

(誰よ?こいつ........いえ.....この方は...)

 やがてその婦警の息が細かく、荒くなりだし、大きな瞳は潤み、やがてその光が男に媚びる物に変わり始めた。

「あ.....ご...しゅじん...さま...」

 男の口端が再び吊り上がったが、その婦警...いや牝犬に手が差し伸べられる事は無く、後ろに立つ女が親指で指し示された。

「今日からお前の主人はこいつだ。指示も餌もこいつに貰え」

 その婦警は正に牝犬の如く舌をダランと垂れ下げ、惚けた瞳で男の後ろに控えていた後輩へ視線を移す。

「あ、あ...え、えさ...えさを...ちょうだい...おねがい..どうか....えさを...」

「ふふっ吉崎先輩?さっきの威勢はどうしたのかしら。お仕事中なんでしょ?早く署に戻んなくちゃね」

「そ、そんな..ごめんなさい..もうあんな態度はとらないから..お願い、どうか..なんでもするから......じゃなきゃ私...おかしくなっちゃう」

「なんでも、ね。いろいろあるわよ。さあ何からして貰おうかしら、セ、ン、パ、イ」

 おもちゃを貰った子供のように嬉しそうに妄想を膨らませる女。

 その台詞を聞き届けたかのように男は踵を返した。

「しっかりやれ」

「あ、あのっ!ご主人様..私には、その...餌は...」

「餌が貰えるのは仕事をこなした者だけだ」

 振り返りもせずそう冷たく言い放ったまま男は、何事も無かったかのように歩き去っていった。

「はい!がんばります、ご主人様。お疲れ様でしたっ!」

 男の後ろ姿をも目に焼き付けようと、潤んだ瞳でじっと見つめながら下げていた頭をようやくミニパトの方へと向けると、自分が貰えなかった餌をこの牝犬に与える事に嫉妬の念を禁じきれないと言った形相で睨み付け、ドアを開けた。

「先輩...いえ”敬子”だったかしら、あんた程度の牝犬がご主人様の快楽をお裾分けして貰えるなんて、有り難いと思って頂きたいわ」

 自分の太腿を官給品の革靴の踵でグリグリと捻り込む後輩に向かい、あくまでも媚びた視線でねだる敬子。
 
「あっ、ああっ、はっ、はい、私のような汚い..野良犬に..んんっ...餌を..頂けて..しあわせ、くっ..です...あっ、あっ、あ、あ、あ、あ、あ、ああああ....」

 太腿の痛みは既に快楽へのラインに繋ぎ換えられ、股間の最奥をズンズンと刺激し始めている。

 弛緩し、背もたれに頭を預けたまま気持ちよさそうに腰をくねらせている敬子の顎がつまみ取られると、その可憐な唇に侵入してきた細い指先に口内を蹂躙され、頭の先まで痺れさせながら夢のような快楽に蝕まれていく。
 その美しい指先が、鋭く尖った爪先が、彼女の舌を口腔を、弄ぶ程にいや増す官能は頭をチリチリと焼いている。
 
 ゆっくりとボタンが外された制服の中へもう片方の指先が滑り込むと、荒っぽくずり上げられたブラの中からは少し控えめの乳房とそれに見合った小さな蕾が晒され、それは精一杯の主張をするように張りつめていた。
 その穂先がやわやわと優しく揉み込まれた後には、先程の嫉妬をぶつけるように強く握り潰され、引っ張り上げられる。

「はぁぁぁっうっ!」

 しかし、そのいたぶるような愛撫にも突き上がるのは甘美な快楽のみで、敬子の主人に対する敬意と依存の深さが窺われる。

 そして今、股間の裂け目に突き入れられたつま先はグリグリと回転し、敬子の人格をも徐々に奪い始めていた。

 口内から頭に伝わる痺れるような快楽。
 乳首から胸に広がる甘美な快楽。
 そして股間から全身に流れる強烈な快楽。

 それら全てが渦を巻きながら敬子の全身を支配した時、この快楽からは一生逃れられないと...いや死ぬまで追い縋るしかないのだと、彼女の奥底に刻まれていく。

「ああっ、ご主人様...わたし..わたし....こんなに...しあわ...」

 しかし敬子の隷属が全身に染み渡りきった頃、突然に全ての愛撫が取り上げられた。急速に頭の中が暗転し、一体なにが起こったのかすぐには理解出来なかったが、惚けた瞳でただ見上げていた彼女がようやくその状況を理解すると大粒の涙をボロボロと流し、叫んだ。
 
「い、いやぁぁぁっ!..いやよ、やめないでっ!..お願いっ....もっと..餌を..頂戴..早く...もっと..もっと触ってよぉーーっ!」

 後輩婦警は男と同じニヤッとした含み笑いを漏らすと、目の前の牝犬に向かい、諭すように話しかける。

「イヤね、これだから調教されてない野良犬は、お行儀が悪くって。あなたそんなセリフご主人様の前で言ったら一発で廃棄処分よ。それにさっきもご主人様がおっしゃってたでしょ、『餌が貰えるのは仕事をこなした者だけだ』ってね。
 大丈夫、これくらいで壊れたりはしないから。その手前まで行った本人が言ってるんだから間違いないわよ。いいこと?明日までに新宿署員全員のリストを作って来て頂戴。名前、年齢、階級、住所から家族構成。それと署長のスケジュールね、特に本庁官僚との接触日程を..そうね、本庁の組織図も手に入れておいて貰おうかしら、名前、階級入りでね。あなたなら軽くアクセス出来る筈よ。一人でも抜けてたら一生餌はお預けだから、よろしく」

 未だに大きく涙をこぼしながら敬子は狂った様に自らの性器と乳房とこね回しながら、嬉しそうに立ち去っていく女主人が見えなくなっても哀願を繰り返し喚き続けていた。






「課長ぉっ!犯人と類似する症状の精神病患者のリスト、上がりましたぁっ!」

 部下の勝本が勢い込んで部屋に入って来ると、机の前ではみ出した口紅を拭っていた響子が驚いて立ち上がる。

「ちょっと!そんなに大きな声出さなくても聞こえるわよっ!」

「あ、すみません...でもこれ、見てくださいよ。絶対驚きますって」

 響子は差し出された書類の束を引ったくるとジロッと部下を一睨みして椅子に腰掛けた。

「...............ちょ、ちょっと、なによこれ!これ全部同一症状患者だっていうの?何人居るのよ一体」

 勝本は勤務依頼始めて女上司の予想の上を行った事に、全くの勘違いではあるが勝ち誇った表情を見せた。

「でしょ?びっくりしますって。なんせ23人ですよ、23人。医者も言ってましたよ、こんな症状だけでも珍しいのに、それがほぼ同時にこれだけ大人数だなんて。それに医者に行ってない患者もこれと同数以上は居るだろうって言ってましたよ」

 息を切らせて一気に捲し立てる勝本を響子は人差し指を立てて制すると、呆れた様に言った。

「勝本君?あなた、なんだかとっても嬉しそうに見えるけど、これがどういう事だか判ってんの?殺人者予備軍が4〜50人居るって事なのよ」

 一気に萎んだようにしょげ返る勝本に追い打ちをかける響子。

「で、これだけリストアップ出来たんだから、まさかネタが一つも見つかってないって事、ないでしょうね?」

「へっへー、課長、僕もいつまでも新米じゃないっすからね」

「あなたってほんっとにイラつかせるわね。報告はもっとテキパキとやってくれない?!」

「はっ、はい。まず共通点なんですけど、今までの3人で見つかっていた所はほぼ皆揃っていました。そして退職、引越しを繰り返す、離婚、引き籠もりなど若干バラけてますけど、生活を破錠させてるってトコは同一だと思います。
 で、肝心のそれぞれの接点なんですけど、恐らく同一人物と思われる女と暮らした、若しくは愛人関係を結んでいた可能性があります」

 響子の眉が跳ね上がり、ようやく獲物を見つけたハンターが食指をピクリと動かした。

「ようやく尻尾を掴んだわね。特定できたの?」

「まだ特定とまでは行きませんが名前だけが全ての証言で一致しています」

「何?」

「”マリ”です」

「名字は?」

「いえ皆知り合った時からそう呼んでいたそうですので判らないんですが....課長、ちょっとコレ見て下さい」

 勝本が机に置いた新聞記事のコピーに書かれていたのは、某公営孤児院の虐待と汚職の暴露記事だった。

「これがどうしたっての?」

「ここですよ、ここ。虐待が露見して逮捕された職員の名前....”元事務長、松岡昭司”初っ端の犯人と同姓同名です。ウラはまだ取ってませんけど恐らく同一人物でしょう。そしてその横に並んでる名前の全員が今回の患者リストにも載ってます」

 響子は若干驚いた様な表情を勝本に向けた。

「へぇー、驚いた。勝本君、あなたちゃんと捜査出来るじゃない?ちょっとだけ見直したわよ」

 上司から初めて誉められた勝本は、嬉しそうに鼻を擦りながらニヤついた。

「へっへ、すごいでしょ?といっても、リストの中で唯一職場が重なってるのを見つけたのは竹下さんなんですけどね。でも調べたのは僕ですよ」

 ダメ部下がようやく使い物になったかと思った響子は落胆の溜息をつく。

「ま、いいわ...一歩ずつよね。じゃ、そのマリって女と孤児院に的を絞って調べてちょうだい。竹下君はドコ行ってんの?」

「都内の心理学の専門家達とそのマリってのが繋がってないか調べてるそうです」

「そう、その線も捨てらんないわね。勝本君あなた...そっち一人でイける?」

「だぁーいじょうぶですって!まかせてください。いつまでも新米じゃないんですから!」

 その調子の良さが一層響子を不安にさせたのだが、そんな彼女の不安をよそに勝本はニコニコとしながら一礼し部屋の出口を出ていった...のだが、ドアを閉じかけた所で思い出した様に振り返ると響子の前に戻ってきた。

「あっ、そうそう忘れてました。今から7年前、松岡達によって性的虐待を受けて院を脱走した少女がいたんですがね、名前が”風見麻里、当時12才”それからの5年間、リストに載ってる患者達の証言年齢と一致してるんすよね。ひょっとしたらなんらかの関係が在るんじゃないかと思って。これがその子の院内名簿と関係書類で.....」

 その話が終らない内に最大限に吊上がった目でツカツカと歩み寄り、それをひったくった響子は書類で勝本の顔を思い切りバシッと叩きつけ、部屋から蹴り出した。
 
「あんたもう捜査なんてしなくていいわ!お茶汲みと掃除以外一切手をだすなっ!!」

 バタンッ!とドアが閉められた後には、頭から湯気のでそうな響子の半径5メートル内から慌てて避難する人で溢れかえった。






 午前2時、新宿署本館4階 第三会議室
 比較的人の少ないその階の扉の中から、くぐもった声が廊下にまで漏れ出ていた。

「あ、あ、あああぁぁぁん...んんっ、あはぁっ...ああっ!やっと..やっと....うれしい、です...ご主人様...もっと..もっと...くっ、ください...はっ、はっ、はっ、ああああああっ!」

 全裸で仰向けに寝そべる敬子の股間に突き入れられた大型のパイブを押さえつけ、ゆったりと揺さぶっているのは、真っ赤なハイヒールだった。そこから伸びる美しい脚は優雅に組まれたまま、会議用のパイプ椅子に小さな尻が降ろされていた。
 太股を両腕で抱え、かろうじて届く指先で自らの乳首をグリグリと潰しながら喘ぎを垂れ流す敬子になど全く視線も向けず、手にした書類に目を通しながら弄んでいる。

 靴か、腰か、どちらが動きを制しているのかは分らないが、ぐりぐりと捻込まれ、出入りしているそれはうねうねと動きながら敬子の淫裂を様々な形に割開いている。

「あうぅっ、ん、くぅぅっん、ごしゅ、ごしゅ、じん、さまぁん.....」

「犬」

 相変らず視線は書類に落したまま、ただそれだけの声が出された。

 だがそれで充分だった。自分が従うべき指示をすぐに理解した敬子は、主人の意向に添える事への喜びに綻びる顔を床に向け、いそいそと四つん這いになると、バイブが抜落ちない様に注意しつつ捧げるように尻を掲げてゆく。

 今度は僅かにその尻に視線が落とされたが、その靴が目指したのは今まで散々嬲り飽きた淫裂ではなく、その上に小さく口を閉じている蕾、そこに組まれた上脚側のピンヒールをググッとめり込ませた。

 直径1センチ、長さ6センチ程のヒールがその根本まで埋ったのを確認すると再び書類に目を移し、膝から下だけをリズムを取る様に揺らしながら読書に没頭していく。

 そんな無感情な愛撫ではあったが、今まで与えられていた物とは又違った悦楽に敬子は涙を流しながら喜びを訴える。

「あああっ!ご主人様ぁっ..ありがとうございますぅ。そんな汚い所に、ご主人様のお靴を頂戴出来るなんて..嬉しいっ、ですぅっ...」

 せっかくありつけたアナルへの餌が外れない様に注意しながら、敬子は頭をゆっくりと下げ、肩と頬で上半身を支えると、今にも抜落ちそうな淫裂のバイブへ手を延ばしこね廻し始める。

「あ、はぁっん...あんあんあぅぅん...んぐぅ...はふっはふっはふぅっ、はぁっはぁっはぁぁぁ.....」

 まさに犬の如く垂れた舌は涎と共に薄汚れたリノリウムの床を這い回り、切ない喘ぎを垂れ流しながらしっかりとくわえ込んだバイブと自らの乳房を嬲るのに余念がない。恍惚の表情でしばし極上の刺激を堪能していた敬子だったが、ふとそれに気付いた女が至極不機嫌そうな表情を浮べると、ヒールをアナルに刺したままその美しい脚を高々と持上げた。

「あがぁぁぁぁっ!」

 敬子はアナルを裂かれるような強烈な苦痛に大きく顔を歪め喉奥から悲鳴をがなりたてながらも、逃げる素振りは見せず、膝を精一杯延ばし、腕で踏ん張ってなんとかそのヒールが抜けてしまわない様な姿勢を模索する。
 不自然な態勢と激痛から生まれる快感に頭の中を真っ白にされながらも、虚ろな視線を股の間からふと向けると、大きく上げられた美しい太腿の間、赤いタイトスカートの中に愛しい主人の淫裂を見つけた。 夢にまで見た愛しい人のいやらしい器官に、敬子の股間からジュンッと愛液が湧き出し、さもしい反応を見せつける。

(ああっ!ご、ご主人様の、あそこ....舐めたい.....もっと見たい..)

 そんな無謀とも言える妄想を伝える事も出来ないまま、敬子の官能は際限なく燃え上がる。

 尻をヒールに激しく揺すぶられ、支える手を失ったバイブはポトリと抜け落ち、同時にどろっと大量に滴った愛液の上でうねうねと蠢き続ける。

 バイブが抜けたのを確認した後、全くの感情を表さないまま女は足を降ろし敬子を元の四つん這いの姿勢に戻すと、再び膝下を揺らしながら視線を書類に戻した。






「...で、どうすんのよ?」

「ど、どうするって、四宮さん...勘弁して下さいよ。そんな事しゃべっちまったら俺、この仕事できなくなっちまうじゃねぇっすか」

「何甘い事言ってんのよ。あんたしゃべらなけりゃ仕事どころかこの新宿に住めなくなんのよ。なんだったら10年程別荘暮し、してみる?」

 薄暗いBARのカウンターで頭を抱え込みながら菅沼は最悪の事態同士を天秤に掛けていた。

「はぁぁ.....ネタ元、絶対にバレないんでしょうね?」

「あんた私を信用してないの?」

 響子の一睨みで菅沼の腹は決った。

「....確かに麻里と暮らしてた男達は皆ほぼ同時期におかしくなってますよ、生きてるヤツはね」

「なんか含んだような言い方ね。何が言いたいの?」

「四宮さんも知ってんでしょ?神代会の工藤さんのコロシ、半年前っすよ」

「それなら私も捜査したけど...工藤も麻里と同棲してたっての?コッチでは安藤組との抗争って事で納まってるわよ。チンピラが一人出頭してきて...」

「そう、随分後になってね。けどおかしいとは思いませんか?天下の神代会の若頭のタマとチンピラの自主..どう考えたって釣り合うもんじゃないっしょ?ソイツにはタップリと裏があるんですよね...」

「もったいつけてないでさっさと言いなさいよ」

「へへっ、こっからはマジでヤバいんでね。有料って事でお願いします」

 指でコインを型どり媚びた笑いを向ける菅沼に嫌気を感じながらも響子は頷く。
 
「分かったから早くして」

「毎度どうも。実は工藤さんを殺ったのは安藤組なんかじゃ無くてね、フリーで使いっパやってた街のチンピラだったんですよ。そいつが麻里を連れ出す為に工藤さんを殺ったって噂です。だけどその時にはもう麻里は余所の土地に廻されてましたから、そいつが今も麻里と一緒かどうかは知りません。これマジですよ」

「そのチンピラって誰?あんた知ってんの?」

「ええ、アイツとはよくツルんでましたからね。麻里が行方不明になる前にそいつ、女と逃げるって言ってたんで、俺もその線じゃねぇかって思ってます」

「名前は?」

「天野影一、年は聞いた事ねぇけど俺と同じ位じゃないかな。でもそいつの行方、知ってても話す奴一人も居ねぇと思いますよ」

「どういう事よ?」

「それがさぁ、工藤さんが殺られた当初はそぉりゃ街中のやくざチンピラ総動員、寝る間も惜しんで影一探し廻ってたのが1ヶ月も経つとプッツリと終っちゃってね、俺が『ケリついたんすか?』ってそこの親分さんに聞いたらそりゃーすっげぇ形相で怒鳴りつけるんすよ。『あの人の事に触れるな』ってね。今まで殺そうと血眼になって探してた相手を『あの人』ですもんね。替え玉が自主したのもその頃だったし..なんか有るとは思うんだけど、ヤバそうな匂いしまくりで...俺みたいな小ネタの情報屋がここで生きてくにはその匂いってのを嗅ぎ分けるのが大事なんす。アイツの事知ってる他の奴もみんな怯えまくっちゃってるし...」

「そいつと最後に会ったのは?」

「えーと....そうそう、ちょうど皆がおかしくなりだした頃ですね。アイツ突然俺のヤサに来てなんにも言わねぇでじっと俺の目を見てたと思ったら、そのまま消えちまいましたよ。もしアイツが皆を壊した犯人だってんならあん時俺もヤられてたんじゃないスかね。なんせアイツが”女と街を出る”って情報を工藤さんに売ったの俺っすから」

 金の為には友人でさえ売る、そんな菅沼の態度に吐き気すら憶えながらも響子は視線を外さない。

「他に誰かその男の事、知ってる者は居ないの?」

「無理っすね。工藤さんが殺られた時一緒だった女も行方不明だし、俺もちっとはあいつの事調べた事あるんですよ。でもすぐに行き当っちゃうんすよね。アイツのヤサも.......あ!」

「何?」

「いや昔ね毎月アイツん所に金届けてた女がいたんすけど、ちょうどアイツが消えちまう前位かなぁ。その女もちっとおかしい所があったんで今もここに住んでんのか、壊れてねぇかも知んねぇけど、かなりイイ女っすよ」

「調べられる?」

「それなりの報酬が貰えるならね」

「わかってるわよ、私が気に入る情報だったら幾らでも払うわ。やって頂戴」

「わかりました。へへっ、まいどあり」

 どうして男の媚びた目はこんなに気分を害するのか、響子は不機嫌なままの表情で何枚かの札を放り投げ、店を後にした。

 
 


 

 

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