Shadow Twins


 

 

第9話『支配』



 夜、工藤あゆみの自室……
 あゆみはいつものように枕元に並ぶ5個の目覚まし時計を順にセットしていく。ここのところ8時に学校に着いて由紀と試験勉強をするため、いつもより少し早めに起きられるよう時間を合わせている。
 すべての時計が問題なく動いていることをチェックして、眠るために部屋の明かりを消そうとした時、机の上に置いてあった携帯が鳴り響く。何事かと思い携帯のディスプレイを覗くと、そこには『立花七海』という名と携帯のものらしき電話番号が表示されている。

「立花七海……立花、立花……」

 何度かそうつぶやいて思いついたのは保健室の立花先生。確か下の名前が七海だと心の隅の記憶に引っかかった。しかし疑問が残る。

「立花先生……あれ、どうして電話帳に入っているのでしょうか……しかも携帯の番号が……」

 首を傾げながら、それでもなんとなく出ないといけないのかなと思いつつ通話ボタンを押す。

「はい、工藤ですが……」
『こんばんわ、『可愛いあゆみ人形』ちゃん』
「ハイ、ゴシュジンサマ……」

 姿勢はそのままで、表情だけが抜け落ちる。

『明日何時ごろ学校に出てくるのかしら?』
「8ジゴロニイクツモリデス」
『あら、早いわね……どうしたの?』
「くらすめいとノユキチャントベンキョウシマス」
『えらいわね。試験勉強がんばりなさい』

 褒められて、あゆみの表情が少しだけほころぶ。

『だとしたらそうねえ……あと15分ほど早めに学校に来なさい。保健室で待っているから』
「カシコマリマシタ……」
『じゃあ、お休みなさい……いい夢を見るのよ』

 その声と共に電話は切れる。あゆみは無表情のまま携帯を充電台に戻すと、目覚まし時計をセットしなおしはじめた。緩慢な手つきで15分だけ早く鳴るように時間を合わせ、そのまま床に就いた。


 翌朝……
 あゆみは目を覚ました。むっくりと起き上がると、目覚ましの時間を確認する。見れば、最初の目覚ましが鳴る5分前である。
 あゆみは自分で驚いていた。ひとつは目覚ましの時間がなぜか15分も早くセットされていたこと。もうひとつはそれにもかかわらず、最初の時計が鳴る5分も前に目覚めたこと。
 早く起きてしまったのでどうしようかと思案していたが、もう一度寝てしまうと今度は遅刻してしまいかねないので素直に起きることにした。

 食事、準備、そして登校……すべてが前の日より20分早い行動。少し早いなと思いつつ、それ以外にすることがないので、そのまま真っ直ぐ学校へと向かう。
 学校に着いて腕時計を見る……現在7時40分。さて、由紀ちゃんが来るまで何をしようかと考えて、あゆみは学校を散歩することにした。
 きょろきょろと周囲を見渡しながら廊下を歩くあゆみ。別にこれと言って珍しいものがあるわけではないが、誰もいない校内を歩くのはそれはそれで新鮮味があるというものだ。
 歩いていくうち、少し頭がぼうっとしてきた。やっぱり寝不足かな……そんなことを思いつつふわふわした気分で歩き続けるあゆみは、心の内に起きた変化に気付くことが出来なかった……身体も知識もそのままに、あゆみをあゆみたらしめる心だけが消えていくような……そんな感覚に。
 そして、あゆみは保健室の前でその歩みを止める。その瞳はすでに七海の人形と化していた。

「いらっしゃい、あゆみちゃん」
「オハヨウゴザイマス、ゴシュジンサマ」

 恭しく頭を下げるあゆみを見て鷹揚に頷く七海。

「実はね、今日はとってもいいことがあるの……嬉しいでしょ?」
「ハイ……」

 具体的なことは何も告げられていないにもかかわらず、『ご主人様』が微笑むのを見て嬉しく思えてしまうあゆみ。

「それであゆみちゃんにもいろいろ手伝ってもらいたいんだけど……そういえばあゆみちゃん、今日は『ユキチャン』と朝から勉強するって言ってたわね」
「ハイ」

 いきなりの話題転換にも訝しむことなく頷くあゆみ。

「あゆみちゃん……その子、好き?」
「ハイ、ワタシノタイセツナオトモダチデス」
「じゃあ、その子とも一緒に遊んであげましょう……嬉しいでしょ?」
「ハイ」

 返事はしたものの、あゆみはその言葉が意味するところを全く理解していない。もっとも、『七海の喜ぶこと』が今のあゆみにとっての幸せなのだから、由紀が『遊ばれて』嬉しいことに違いはないのだが。

「じゃあ、ちょっと耳を貸して」

 言われて顔を寄せてきたあゆみにそっと耳打ちする七海。聞こえてくる言葉にいちいち頷くあゆみを見ているうち、七海の中にちょっとした悪戯心が湧き上がってくる。一通り命令を済ませると、あゆみの耳の中にふっと息を吹きかける。

「キャン!」
「ふふっ、可愛いわ、あゆみちゃん」
「アリガトウゴザイマス、ゴシュジンサマ」
「じゃあ、がんばって『ユキチャン』を連れてきなさいね」
「ハイ、ゴシュジンサマ……」

 私の可愛い人形、誰にも渡さない……無表情なまま保健室を出て行くあゆみを見て、改めてそう誓う七海であった。


 その頃、学園長室。
 藤宮葉月は学園長室の高級チェアにもたれ、ゆっくりとコーヒーを飲みながらくつろいでいた。学園長の座に就いたときからの日課のようなものだ。
 優雅な気分に酔いしれていると、入り口の扉が叩かれていた。教頭あたりが顔を出しに来たか……気分を台無しにされ、ほんのわずかに表情が曇るが、すぐに笑顔に戻すと、扉を叩いた相手に入室の許可を出す。

 扉が開かれ、二人の人間が入ってくる。それは、男女のペア。
 いずれも見知らぬ顔だった……いや、それ以前に教員も職員も女性だけで構成されているこの学校にとって、男性は明らかな部外者である。
 突然の出来事に一瞬判断が止まる葉月。その間もそのペアはつかつかと部屋の中へと入っていく。

「あ、あなた達はどこから入ってきたのですか!?」

 かすれた声でそう叫ぶのが精一杯だった。

「七海から30過ぎとは聞いていたが、なかなかどうしていい体じゃないか」

 そんなことを言う男。貞操の危機を察した葉月はチェアから立ち上がって後ずさりをはじめる。
 こんなことならば机の下に警報システムのスイッチでも仕込んでおくんだった……などと考えていると、やがて背中に窓ガラスが当たってしまう。それでも葉月は後ろ手で窓の鍵を探り出そうとする。何かあれば窓から逃げられるようにするためだ。
 なお迫る男の姿に焦りを覚える葉月。そこへ男が声をかける。

「窓から逃げても無駄だ。この学園は俺が占拠する」
「あなた何を言って……」

 反論すべく男の顔を見て何かを言おうとした瞬間、葉月の動きは停止する。後ろ手に回していた手もだらしなく下がる。

「とはいえ、動かれると面倒だから支配はさせてもらうがな……聞こえるな?」
「ハイ……」
「時が来るまでお前で楽しませてもらおう。服を脱げ」
「ハイ……」

 命じられるまま服を脱ぎ出す葉月。男はそんな葉月を抱き寄せ、乱暴に犯し始めた。


 そして、職員室では……

「教頭先生、学園長がお呼びだそうです、学園長室までお願いします」
「学園長が? 分かりました、すぐに行きましょう」

 職員室に着くなり、氷上麻里絵からそう伝えられた教頭・中村順子は、何事かと思いつつ学園長室の扉を叩く。

「学園長、中村です」
「お入りになって」

 学園長の返事を待って学園長室に入る順子。瞬間、目の前に広がる光景に唖然とする。
 それは、学園長が見知らぬ男女と一緒に裸で絡み合っている姿。学園長室に置かれている応接セットの机の上に学園長が寝転がり、その上に乗った女はその胸を学園長の胸に押し付けている。後ろにいる男が腰を動かすたびに、ジュクジュクという音と女たちの押し殺したようなあえぎ声が聞こえてくる。

 あまりにも現実離れしたその状況に一時停止する順子の思考回路。それが再起動し、視覚に飛び込んできた情報を分析し、学園長が男と女に犯されているのだと認識できるまでにたっぷりと数秒の時を要した。
 学校という神聖な場で行われている破廉恥極まりない行為に、声を上げて助けを求めようとしたが、順子の口から漏れるのはかすれた呼吸音だけ。
 声が出せない。その異常事態に気付く暇も与えられず、順子の意識は闇へと沈んでいく。

 無表情となった順子は、無言のまま三人のもとへ歩み寄る。
 男は舌打ちをする。どう見ても50過ぎのおばさんを相手にする気など無いのか、用件だけ伝えて追い返すことにした。

「職員室に戻って、新たに教師が来れば学園長が呼んでいるからここに来いと伝えろ。今のところ用件はそれだけだ」
「……ハイ」

 聞こえてきた男の声にただ虚ろに返事する順子。そのまま振り返り、学園長室を出ていく。

 席へと戻った順子は、何事もなかったかのように今日の仕事に取り掛かる。

「おはようございます」

 その声と共に職員室に入ってきたのは佐々木亜希子、国語教師だ。順子は早速声をかける。

「おはよう、佐々木さん……学園長が呼んでいましたよ。着いたら学園長室まで来るように、だそうです」
「学園長が、ですか?」
「ええ」
「分かりました。それでは行ってきます」

 突然の呼び出しに首をかしげながら、亜希子は職員室から出て行く。
 こうして一人、また一人と男の犠牲者が増えていった。

 
「?」

 校門の前にやってきたとき、真澄はわずかに眉を寄せて立ち止まる。
 それは、ほんのわずかな違和感。昨日までとどこか違う雰囲気を漂わせる学園に、言い知れぬいやな予感を抱く。まさか、真田の姉妹が動き出したか……二人をまだ信用しきれていない真澄は、まずその可能性を頭に思い浮かべた。
 目を瞑り呼吸を整える。再び目を開いたとき、その顔は学生から戦士へと変化していた。
 常に周囲に気を張り巡らせながらゆっくりと歩を進める。何も見逃すまい、聞き漏らすまいとするから、何かあるたびに敏感に反応してしまい、周囲の学園生に白い目で見られるが、そんなことはお構いなし。

 そして……

「!!」

 ついに感じ取った。間違いなく『あやかし』の気である。だが、それは先日感じた真田姉妹のそれとは異質なもの。それはすなわち真田姉妹以外の『あやかし』がそこにいることを意味していた。
 その事実に驚きながらも、さらに神経を集中させ、その源を探り出しにかかる。より強い『力』を感じる方向へと慎重に踏み出していく。その過程で真澄は、ゆっくりと、しかし確実に『力』の中心に向かっていると確信する。
 だが、さらに『力』の中心へと近づくにつれ、その『力』が思ったよりも大きい事に気付く。これは少し危険かもしれない……そう感じた真澄は、まず廊下においてある掃除道具入れからモップを一本調達してくる。以前影美に折られてしまった竹刀の代わりだ。
 さらに万一を考えて携帯で知佳に電話をかける。手短に用件だけを伝えたあと……

「とりあえず様子を見て、いけそうだったら仕掛けてみるつもりです」
『仕掛けるって……無茶しちゃダメよ。こちらで増援を手配してみるから、手に負えないと判断したらちゃんと引いて私が来るのを待つのよ』
「分かってますって……それじゃ」

 電話を切った真澄は、それをポケットの中に入れて再度中心へと歩を進める。
 学園長室……それが真澄のたどり着いた先だった。『あやかし』の気配が体中を刺激する。慣れていなければ酩酊感さえ覚えただろう……それぐらい濃い気配である。

「まさか、学園長が……いや、最初に会ったときは気配を感じなかった。その後に取り憑かれたのか?」

 学園に転入した際、学園長と一度顔をあわせている真澄は、そんな事を思い出しながら学園長室のドアに張り付いて耳をそっと当てる。何か声が聞こえたような気もするが、はっきりとは聞き取れない。
 このままでは埒が明かない、せめて敵の情報を知りたいところだ。確かに相当な『力』はあるようだが、極端な力量差は感じない。ここは踏み込んで接触するのが得策か……そう判断した真澄は思い切ってドアを叩いてみる。
 数秒の沈黙……

「どなたですか?」

 ドア越しのため多少くぐもって聞こえるが、ほぼ間違いなくそれは学園長の声だった。

「申し訳ありません、どうしても学園長にお会いしたくて……」

 と答えてみる。さらに数秒の沈黙が流れる。

「分かりました、お入りなさい」
「失礼します」

 警戒を解かぬまま、そっとドアを開け、中に侵入する真澄。そのとき見たものは……

「……えっ!?」

 寝転んだ男の上に二人の女がまたがっていた。女の一人は男の肉棒を自分の秘所の中に深く沈め、もう一人はその女の後ろから抱きかかえるようにして胸を掴んでいる。後ろの女が前の女をリズムよく上下に動かすたび、前の女の胸は卑猥に歪み、泡立つような音と押し殺したようなあえぎ声が聞こえてくる。真澄の位置からは前の女と男との結合部分がはっきりと見える。三人ともその淫猥な雰囲気に酔いしれているようだ。
 だが、今の真澄にとって、そのような事態は些末なことに過ぎなかった。

「誠一……兄さん?」

 男の顔を見た瞬間、呆然とした口調でその名をつぶやき、そのまま硬直してしまう真澄。
 今、真澄の意識はその男に集中していた。見たことがある、などというものではない。見忘れるはずもない顔だった。

 坂本誠一……孤児となった自分たち姉妹を引き取ってくれた坂本家の一人息子。
 自分を実の妹のようにかわいがってくれた優しい『兄』であり、守護者協会の中でも腕利きの『護り人』として活躍していた自慢の『兄』でもあった。
 だから、その『兄』が『あやかし』と戦って行方知れずとなり、もう生きていないかもしれないと聞かされた時、そんなこと信じないと数日ふさぎ込んだこともあった。『護り人』になったのも、その『兄』を捜すためだと言って過言ではない。
 その『兄』が今目の前にいる……信じられないという思いと、信じて良かったという思いが真澄の胸の中で交錯する。

 一方、淫行に浸っていた三人は、その動きを止めて声の主である真澄を見つめる。
 しばし流れる沈黙……その呪縛を解いたのは後ろの女の声だった。

「あら、私の力を受けながら正気を保っていられるなんて……普通ならこの女みたくめろめろになっちゃうわよ」

 言いながら後ろの女は抱きかかえていた前の女をその場に降ろして立ち上がる。
 その声に、思い出したかのように周囲の状況を確認する真澄。今立ち上がった女の顔は知らない。もう一人の女ははっきりと分かった……学園長だ。惚けた表情を浮かべ、男の上に乗ったまま脱力しきっている。その二人にまたがられた男もまた、呆然とした表情で天井を見つめている。
 その状況を見て、今立ち上がった女が首謀者だと判断した真澄は、手に持っていたモップの柄を女に向けて突きつける。

「貴様が騒ぎの元凶か、『あやかし』め!」
「威勢がいいわね。それになかなかおいしそう……これほどの気を持つ相手に会うのは、そこの男以来かしら」

 そう言いながら女は学園長を立たせ、応接用のソファーに座らせる。それにあわせるかのように男も立ち上がる。

「そういえば、この男と出会った時はたっぷり堪能できて良かったわ。男と一緒にいた女もおいしかったし……あら、よく見ればあの時気をすすった女の顔にそっくり。確か……香澄とか言ってたかしら?」
「なっ……!?」

 その名前を聞いて動揺する真澄。
『香澄』……それは、間違いなく自分の姉・永瀬香澄のこと。
 誠一の婚約者で、『護り人』として共に戦い……そして帰らぬ人となった姉。それを目の前の女が知っているということは……

「まさか……貴様が姉さんを……」
「なるほど、あの女の妹か……これは奇遇ね」

 その言葉で真澄は確信した。
 男の正体が間違いなく義兄・坂本誠一だということ。
 誠一が目の前の女……『あやかし』によって操られているということ。
 そして……その女こそが、姉を殺した仇なのだということ。

 仇を目の前にして、無言のまま怒りに打ち震える真澄。
 そんな怒りを意にも介さず、女は自分のそばに立つ男……誠一の股間をさすりながら言葉を継ぐ。

「怖い顔するわねえ……その怒り顔、あの時のお姉さんとそっくりよ。血は争えないものね」
「姉さんが……?」

 少し年の離れた姉は、滅多なことでは怒らない温厚な人だった。少なくとも真澄の記憶の中から怒った姉の顔など思い浮かびもしないぐらいだ。その姉が激怒するような事とは……真澄は固唾を呑んで話の続きを待っていた。

「そう、『お前の両親は私が殺した』と言ってやったら、ね」
「!!」

 あまりにも軽く告げられたあまりにも重い真実。姉ばかりか両親をも毒牙にかけたのか……真澄の怒りは燃え上がる一方であった。罪悪感など微塵も感じさせない女の軽い喋りがその怒りをさらに増幅させる。

「その女の顔が絶望へと変わったときはそれはもう楽しかったわ。この男をちょっと操って心臓にナイフを突き刺してやったのよ。その女、信じられないって顔をして、小さくつぶやきながら倒れていくの……『誠一さん』ってね」

 女の高笑いが教室に響き渡る。ひとしきり笑った後、女は誠一を抱き寄せてその胸に頭を預ける。

「男は男で、愛する女性を刺してしまった罪悪感で絶叫していたわ……『俺も殺せ!』ってね。それも今じゃこの通り、私の可愛い『しもべ』として従順に尽くしてくれているわ……」

 そう言いながら女は、誠一と深くキスをする。
 
 プツン

 その言葉に、そして行為に……真澄の何かが切れた。

「貴様あぁぁぁぁぁっ!!」

 ありったけの『力』をモップの柄に込めて上段の構えを取り、裂帛の気合と共に女へ向かって突っ込んでいく。

「いやあああああああっ!!」

 その声に驚いたのか、女は誠一からすばやく離れ、真澄の唐竹割りを何とかかわす。
 だが、続く横薙ぎの攻撃に対しては対応できず、女は左のわき腹にその攻撃を食らってしまう。灼けるような熱さがモップの柄から伝わってくる。それはモップの柄で直接殴られたことによる痛みとは全く異なるものであった。

「ぐうぅぅぅぅぅっ!!」

 女は苦悶の表情を浮かべながらもなんとかモップの柄を払いのける。

「はぁ、はぁ、はぁ……生意気なガキね、あなた!」
「貴様だけは絶対に許さん、芥子粒にしてやる!!」

 モップを滅茶苦茶に振り回す真澄。剣術も戦法もあったものではない。だが、女にすればその一つ一つが必殺の剣である。とにかく必死に避けるしかなかった。
 攻撃が全く当たらず、頭に血が上った真澄はさらにモップを振り回しにかかる。女は大振りになった攻撃の隙を突いて反撃に転じる。

「これで終わりよ!」
「させるかあぁぁぁぁぁっ!!」

 女の攻撃を無理矢理回避する真澄。その勢いで大きく体勢を崩しながらも、真澄はもう一度モップを振り回す。逆袈裟から飛んできた攻撃に対応しきれず、女はその攻撃をもろに受けてしまう。

「消えろ、『あやかし』!!」

 その瞬間、真澄は爆発的な『力』をモップの柄に迸らせる。

「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 もう一度モップの柄を払いのける間もなく『力』を受けた女は、断末魔の叫びと共に床にくず折れた。
 真澄もまた、無茶な体勢から技を繰り出したためにそのまま床に倒れこんでしまう。


 確かな手ごたえを感じた真澄は、勝利を確信し、床に倒れたままゆっくりと呼吸を整える。
 そして、呼吸に荒れがなくなった頃、ゆっくりと起き上がって誠一のもとへと向かう。

「誠一兄さん……?」
「真澄……なのか?」
「はい……!」

 呆然とする誠一に抱きつく真澄。そのまま誠一の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。

「あの時からずっと探してました……死んだなんて信じられなくて……」
「心配かけたな、真澄……」

 真澄の身体をそっと抱きしめる誠一。激情のままに『力』を揮い体力を消耗した真澄は、安心しきって誠一にその身をゆだねた。
 だから、真澄は気付けなかった。誠一からわずかに漏れ出る『あやかし』の気配に。
 いつもの真澄ならばあるいは見抜けたであろうその気配。だが、『兄』に逢えたという喜びで舞い上がってしまった真澄は、そのわずかな気配を見落としてしまう。『あやかし』を倒したという安堵感から、消耗した肉体と精神を休めるために緊張を解いてしまったことも要因としては大きかった。
 自分の胸に顔を埋める真澄を見て、誠一の唇がわずかにつり上がる。それは、新たな獲物を手に入れたという、邪なる感情に満ちた笑みであった。

 不意に誠一の体が震える。それを感じ取った真澄は、埋めた顔を上げ、心配そうに誠一を見る。

「体、大丈夫ですか?」
「何とか大丈夫だ……」

 そう言って誠一は真澄の瞳をじっと見つめる。
 不意に二人の視線が一致した瞬間、誠一の唇から思いがけない一言が紡がれる。

「それよりも真澄……俺は、お前が欲しい……」

 どくん……

 その瞬間、真澄の心臓が大きく鳴り響く。同時に意識が遠のくような心地を覚える。

「せ、誠一……兄さん?」
「真澄……お前のことが好きだ……」

 そう言いながら誠一はその顔を真澄へと近づけていく。いきなりな事態に頭が混乱した真澄は、反射的に誠一を押し返してしまう。

「俺のこと、嫌いなのか?」
「そんなこと無いです、ずっと……ずっと大好きでした……」
「じゃあ、相思相愛だ。何の問題もないじゃないか」
「でも、姉さんのことは……」
「死んだ人間に義理立てすることはないさ。何よりそう言うのを香澄は嫌うからね」
「…………」

 その言葉の一つ一つが真澄の心を搦め捕っていく。だが誠一のことで心が一杯な真澄はそのことに気付かない……むしろその心は思慕という名の縄によって縛られたがっているようにさえみえる。
 押し黙った真澄を再度抱き寄せにかかる誠一。今度は真澄も抵抗しない。

「それに……真澄となら、香澄もきっと祝福してくれるよ」

 誠一と真澄の唇が合わせられる。瞬間、真澄の体を心地良い痺れが駆け回る。

「あ……」
「かわいいよ、真澄……」

 陶然とした瞳で誠一を見つめる真澄。その瞳を正面から見つめ返す誠一。
 二度、三度と唇が合わせられる。そして、長いキス。真澄の唇に誠一の舌が割って入る。なすがままに口内をなぶられながらも、幸せな表情を浮かべる真澄。そのうちに積極的に舌を絡ませはじめる。

 やがて二人の唇がゆっくりと離れる。その間で糸を引き、ゆっくりと切れる様を名残惜しそうに見つめる真澄。

「あ……」
「安心しろ、真澄。もっとお前をいじめてやる」
「嬉しい……」

 鋭い眼光で見つめられながらその一言を聞き、ゾクゾクと震える真澄。その心の中には被虐心が芽生えつつあった。

「脱げ」
「はい……」

 誠一の短い命令に、躊躇無く従う真澄。セーラー服を脱ぎはじめるその手つきに何の迷いも感じられない。まるでここが学校であることも忘れたかのようだった。
 ところが、セーラー服を脱いだところで真澄の手が不意に止まる。

「……どうした?」
「あれ……どうしてこんなところで……」

 自分の取った行動に首をかしげる真澄。そんな彼女の疑問も、誠一の一言であっけなくかき消えてしまう。

「お前の体、もっと良く見せてくれ」
「はい!」

 動きが止まることはもう無かった。スカートを落とし、薄手のTシャツを脱げば、そこに見えるはスポーツブラとショーツだけに包まれた真澄の姿。およそおしゃれとは無縁な下着ではあるが、スレンダーなボディにぴったりとフィットしたそれは、純白がもたらす清潔さと相まって健康的な色気を醸し出している。
 真澄が残った下着を脱ぎ捨てる頃を見計らって、次の命令を下す誠一。

「こっちに来て、これの準備をしてくれないか」
「うん」

 再度歩み寄って、指さされた先……誠一の股間の前に跪く真澄。その目の前には誠一の肉棒がそそり立っていた。
 ためらうことなく誠一の肉棒を口に含む。そして顔を上下に動かしながら舌を積極的に絡ませてくる。
 上下動を繰り返すうち、誠一の肉棒が大きく硬くなってくる。決して小さくはない真澄の口だが、大きくなった誠一の肉棒をすべて飲み込むことは出来なかった。苦しそうにうめきながらも真澄は必死になって肉棒を喉奥に押し込もうとする。

「ふむ……へむ……うむ……はむ……」

 その様子を満足げに見つめる誠一は、真澄の頭をそっと撫でる。そのたびにその瞳は陶酔の色を増し、奉仕にいそしむ舌の動きを激しくする。今度は喉元を触ってみる。すると真澄は猫のように声を鳴らして顔の上下動を激しくする。もはや真澄の心は誠一に奉仕できる幸せでいっぱいだった。

「よし、そろそろいいぞ……今度はここの上に股を広げて座るがいい」
「うん」

 その命令に嬉々として従い、誠一の太股の上に座る真澄。股を広げて座ったため、真澄の秘所はぱっくりと開いていた。その色はきれいなピンク、しかも肉眼ではっきり確認できるほどに愛液で濡れていた。誠一は指を差し入れながら意地悪く真澄に尋ねてみる。

「なんだ真澄、もう濡らしているのか?」
「うん。真澄、誠兄ちゃんにご奉仕してたら感じてきちゃったの」
「処女膜も残っているじゃないか、それでこの乱れようか……しばらく会わないうちにずいぶんと淫乱になったもんだ」
「うん、真澄は誠兄ちゃんの事を考えると身体が火照ってあそこを濡らしちゃう淫乱な子なの」

 真澄はその姿に似合わぬ甘ったるい口調で誠一にしなだれかかる。誠一は内心ほくそえみながら仕上げへと取り掛かる。

「じゃあもう準備は要らないな……真澄、お前の初めてを奪ってやるぞ、嬉しいだろう?」
「うん、嬉しい! 真澄の初めて……誠兄ちゃんにあげる!」
「じゃあ、これを自分の手であそこへ導くんだ」
「うん!」

 真澄はすっと腰を持ち上げ、右手で誠一の肉棒を掴みながらその先端を自身の秘所へ向ける。
 狙いが定まった事を確認して一呼吸置いた後、腰を一気に落として肉棒を秘所の中に押し込んでいく。
 一瞬何かが引っかかり、続いてその引っかかりを貫く感触。

「ふ……うぅぅぅぅぅんっ!!」

 真澄の中でわずかに走った痛みは、誠一に処女を捧げることができたという喜びを通じて快感へと変わっていった。
 真澄の秘所から鮮血が一つ、二つと流れ出る。それは、真澄が自らの意思で誠一に処女を捧げた証であった。

「ほら、見てみろ。お前の中から血が出てきているぞ」
「うん。これが誠兄ちゃんに初めてをあげた証なんだね」
「そうだとも……じゃあ、動くぞ!」

 その声と共に腰を突き上げる誠一。乱暴にも思えるその動きは、しかしながらすでに破瓜の痛みを感じなくなっていた真澄には鋭い快感となって伝わってくる。その快感をむさぼろうと、真澄もまた誠一の腰の動きに合わせ自ら腰を動かし始める。
 肉と肉がぶつかる音。互いの荒い息遣い。学園長室の中はただその二つの音しか聞こえてこない。その中で二人は頂点へと達しつつあった。

「真澄……そろそろ行くぞ、お前の中に俺のすべてを注ぎ込んでやる!」
「うん! 誠兄ちゃんの……真澄の中に注ぎ込んで!!」

 二人の動きはますます激しくなり、それに翻弄されるかのように真澄の身体は大きく揺れ続けた。
 そして誠一は、ひときわ大きな動きで真澄の中に突き入れると、ありったけの精を真澄の中に放った。

「はああぁぁぁぁぁ……!」

 自らの子宮に注がれる誠一の精を、忘我の境地で受け入れる真澄。その心の空白に、愛するものに対する従属と忠誠心が書き込まれていった……


「ふう、これでようやっとあと1科目だよ……」

 2時間目の試験を終え、ほっと一息つく由紀。両手を上げ大きく伸びをしていると、突然後ろから響いてきた音に驚いて振り返る。

「……あゆみちゃん!?」

 そこには、椅子から滑り落ちてうずくまっているあゆみの姿があった。あわてて駆け寄り、抱き起こす。周囲も何事かと集まってくる。

「ご、ごめんなさい。ちょっと立ちくらみで……」
「やっぱり無理だよあゆみちゃん、その体調で試験なんて」

 顔を紅潮させ、荒い息を吐くあゆみ。誰の目から見てもその体調は悪いと判断できる。大体にして、今朝顔をあわせたときからふらふらしていたような人間が試験を受ける行為自体に無理があるのだ。生真面目にも程があると思うのは由紀だけではないだろう。

「でも……」
「デモもイモもない! 保健室に連れて行くよ!」
「は、はい……」

 有無を言わせずにあゆみを担ぎ上げ、保健室へと連れて行く由紀。大急ぎで教室を出たところであゆみがぼそりとつぶやく。

「由紀ちゃん、さっきのギャグ、つまらないよ」
「う、うるさいなあ……」

 勢い任せの一言に冷静に突っ込まれて、由紀は思わず赤面していた。


 あゆみを肩に担いだまま、保健室のドアをノックする由紀。まるでいつぞやの時みたいだ……などと思っていると、入室の許可が下りたので、空いた手で何とかドアを開けて部屋に入る。

「いらっしゃい、風間由紀さん」

 などと声をかける七海。どうもと挨拶をする由紀だったが、直後訝しげに小首を傾げる。
 なぜ自分に声をかけてきたのだろうか……そう考えていると突然自分に対し『力』が向けられたことを察知する。

「えっ!?」

 とっさに自らも『力』を解放してそれを防ぐ。驚いた由紀はそのまま七海を見つめる。
 驚いたのは七海も同様だった。まさか自らの『力』を防ぐ存在に出会うとは考えもしなかったからだ。二人の視線が絡み、にらみ合いとなる。

「あなた……一体何物?」
「それはこっちのセリフです。立花先生、その『力』は……」

 そう言いながらも、由紀はその『力』の正体を悟っていた。
 間違いない、これは『あやかし』の力……先生自身が『あやかし』なのか、それとも誰かの『しもべ』となっているのかは定かではないが、その力が向けられた理由は、おそらく自分を『しもべ』とするためだろうと察することが出来た。

「まさか私の『力』を拒むとは……これは計算外だったわ」
「先生、一体何を考えているんですか!」
「こうなったら作戦変更ね……あゆみちゃん、由紀ちゃんを押さえなさい」
「へっ!?」

 そこで何故あゆみが出てくるのか……そのことに気をとられている隙に、後ろから何かに抱きつかれる感触を抱く由紀。横目で見れば、自分にしっかりとしがみついているあゆみの姿が見えた。

「あ、あゆみちゃん!?」

 突然のことに戸惑う由紀。ふりほどこうにもあゆみの腕はぴくりとも動かない。信じられないほどの強い力で抱きついているのだ。
 名前を呼ばれたあゆみは、抑揚のない声で由紀に答える。

「ゴシュジンサマノゴメイレイデス。ユキチャン、オトナシクシテイテクダサイ」
「えっ!?」

 その言葉に驚く由紀。何よりもあゆみが七海を『ご主人様』と呼んで命令に従っていることが信じられなかった。一体何が起きたのか……由紀が呆然としている間に、二人の元に近づいていく七海。

「さてと……あなたは別のアプローチで調教しなきゃね……下手に『力』を防いだことを後悔しなさいな」
「な……なにをするつもり……なんですか?」
「ご想像におまかせするわ」

 そう言いながら七海は薬品棚から液体薬品を取り出し、手元のガーゼにしみこませていく。
 まさか、クロロホルムで眠らせるとか……いわゆるサスペンスドラマの定番・誘拐シーンが頭の中をよぎる。果たしてその予想通り、由紀の口にガーゼが当てられる。しばらくもがいてみるものの、あゆみの拘束を振りほどくには至らず、由紀の意識はすっと遠ざかっていった。

「ふふふ……お疲れ様、あゆみちゃん」
「アリガトウゴザイマス、ゴシュジンサマ」

 気を失った由紀を逆に肩に担いで、あゆみは虚ろな瞳で答えていた。


 虚ろな意識の中、体中に何かを感じる由紀。だが、それを認知することが億劫に感じる。まだ眠い、もう少し寝かせて……そんな事を考えるが、体中に感じる何かは由紀の意識が眠りに向かうことを阻み続ける。そのうち、はっきりとしてきた体中の感触に引っ張られるようにして、由紀の意識は眠りから遠ざけられていった。
 もう寝ていられない。そう感じた由紀は目をそっと開ける。その目の前には……

「ふーっ! むーっ! うーっ!」

 自分の上に乗り、声にならない声を上げて全身をこすりつけるあゆみの姿があった。
 何をしているのあゆみちゃん……そう尋ねようとしたが……

「うむーっ! あむむむーっ!」

 出てきたのはこれまた声にならない声。そのとき由紀は自分の口に何かが挟まっていることをようやく認識する。手や足にもなにか枷のようなものが嵌められているようである。

「あら、ようやくお目覚めのようね……」

 その声の主……七海を横目で見る。そこで状況をすべて思い出した。確か自分は薬品をかがされて、眠ってしまったのだ。つまり今は囚われの身、ということになる。
 そして今自分の上であえいでいるあゆみ……眠らされる直前の会話から推測して、おそらくは七海の『力』の影響で彼女の『しもべ』となっているのだろう。なぜそうなったのか、美影先輩の『力』の影響がそんな簡単に切れるものなのか、などという疑問はわくが、そんなことよりも今はあゆみが七海の意のままになっているという事実のほうが重要である。
 何とかしてこの事実を先輩たちに伝えないと……とは言うものの、あゆみに乗っかられ、手足に枷がある状態で逃げることなど事実上不可能である。結局は誰かが来るまではなす術がない、というのが現状である。
 ならば、下手に動かず体力を温存するか……由紀はその状況に身を任せることにした。

 あゆみの手が由紀の身体のあちこちを這い回る。胸同士がこすりつけられる。由紀の秘所にあゆみの太股が当てられ、あるいは由紀の太股にあゆみの秘所が押し付けられ、前後に動く……そのたびになんともいえない感覚が由紀の身体を駆け回る。

「うふふ……感じちゃってるのね。身体が火照ってきたわよ」

 七海にそう言われ、何も反論できない由紀。もっとも、反論があったとしても物が言えない現状では何も変わりはしないのだが。

「あゆみちゃん、由紀ちゃんをもっと気持ちよくしてあげなさい。お友達なんだからたっぷりとおもてなししてあげないとね」

 無言で頷くあゆみ。その命令と共にあゆみの動きが激しさを増す。全身に走る微妙な感覚がはっきり快感へと変わっていく。

「たっぷりと快感に酔いしれなさい。目いっぱい快楽に浸ったところでお人形さんにしてあげるから。ふふっ、今度はどんな人形が出来上がるかしら……」

 そうやって含み笑いを浮かべる七海に対し危機感を募らせる由紀。なんとか快感に耐えようと努力しているが、このあゆみの愛撫に果たしてどれだけ耐えられるだろうか……そんな心配のほうが先に立ってしまう。
 保健室の中はただ、二人の蜜壷から溢れる愛液の音だけが響き渡っていた……


 そして……運命の時は訪れた。


 天王寺澪は3時間目の試験終了のチャイムを聞いてほっと一息ついていた。だが、教壇に立った試験監督役の教師が一言を告げた瞬間、頭のスイッチが切り替わる。

「さあお人形さんたち、目覚めの時間よ……周りの人たちを愛してあげなさい」

 それを聞いた天王寺澪は何も考えることなく隣に座っていたクラスメイトに抱きついた。

「きゃっ!」

 澪に抱きつかれ、何が起きたのか理解できないクラスメイト。

「ど、どうしたのよみ……おぶっ!?」

 突然の行動に出た澪に尋ねる間もなく唇を塞がれるクラスメイト。次の瞬間、彼女から出た言葉は甘いため息だった。

「はああああ……」
「ふふっ、みんなで一緒に愛し合おう?」
「うん……」

 うっとりとした表情で澪の言葉に頷くと、自ら積極的に唇を重ね、いやらしく舌を絡ませはじめた。


 教壇に立つ先生の一言により、男……誠一の『しもべ』たちは一斉に人形と化した。その数は決して多くなかったものの、同時に誠一が学校全体を『あやかし』の気で包んだことにより、多くの学園生はその空気に酔いしれ、半ば自我を失ってしまうことになる。
 呆然とした学園生を『しもべ』と化した学園生が、そして教師が次々と落としていく。そうした誕生した新たな『しもべ』がまた他の学園生を落としにかかる……『しもべ』の連鎖反応はあっという間に学園全体へと広がっていった。


 影美の教室でもその連鎖反応が起きていた。

「くそっ……一体何が起きたってんだ!?」

 横から抱きついてきた葛城慶子を必死に避けながら、そう叫ばずにはいられない影美。『あやかし』の気が全身から感じ取れる。これはまずい……そう感じた影美は迷うことなくカチューシャを外し、『力』を解放する。
 瞬間、影美の『力』に押されるかのようにクラスメイトが後ずさりする。その間隙を縫って影美は廊下に飛び出し、駆け出していった。

「ったく、誰だこんなことする奴は……見つけたらぶっ飛ばしてやる!」

 ぶつくさと文句を言いながら、感覚を研ぎ澄ましてその空気を生み出した主……『あやかし』を探し始める。


 美影の教室……ここだけは事情が違っていた。

 この教室で試験監督をしていた教師は、他のクラスとは違う命令を下していた。それは『真田美影を拘束すること』……立花七海直々の命令だった。
 その言葉は当然のことながら美影の耳にも入ってきた。直後に感じられた『あやかし』の気のこともあり、急いで眼鏡を外し『力』を解放しようとした。だが、まさに手を伸ばしかけたとき、後ろから伸びてきた手が美影の腕を捕らえ、そのまま立ち関節を極めてしまう。
 いくら美影が『あやかし』とは言え、眼鏡で『力』を封じた彼女は普通の人間となんら変わりはしない。関節をとられてしまっては下手に身動きするわけにもいかず、そのまま成すすべなく捕らえられることになる。

 周囲を見渡す美影。かなりの数のクラスメイトが自分を包囲しているようだ。永瀬真澄は『あやかし』の迎撃に出たのか……と考えて、彼女が今日の試験を休んでいたことを思い出す。

(こんなときに限って休みか……仕方ない、後は影美に任せよう)

 そんな心の内をおくびにも出さず、美影は教師に質問した。

「……私をどうするつもりですか?」

 だが、目の前の教師はその視線を意に介することなく、淡々と命令を下す。

「お前たち、彼女を保健室へ連れて行きなさい」

 結局美影はその腕を極められたまま、教室から連れ出されてしまう。

(しかし、この学園を包むような『あやかし』の気……いやな予感がするわね……)

 そんな事を思いながら、美影は連れられるままに保健室へと向かう。


「セイニイチャン、モット〜」

 そう言って自らの胸にしなだれかかる真澄を抱きながら、誠一は誰に隠すことなく邪悪な笑みをその顔に浮かべていた。
 完璧だ、これ以上ない形で真澄を手に入れることが出来た……
 誠一は……正確には誠一を乗っ取った『あやかし』は策略の成功に酔いしれていた。

 聞き覚えのある……坂本誠一の記憶に残っている声を聞いたとき、とっさに今回の策を思いついた。
 まず、自分と共に学園長室に乗り込んだ女……白河未沙希をスケープゴートに仕立て上げ、自分は未沙希に操られているふりをする。その上で未沙希を倒させて真澄の警戒心を解き、近づいてきたところで『力』を送り込み、その心を縛る……アドリブな計画ではあったが、真澄の誠一に対する思慕も手伝い、強固な支配を施すことに成功した。

 もはや真澄は、いかなる命令にも忠実に従う人形……守護者協会でも腕利きで鳴らす真澄を支配したことはすなわち、主人を守るためにその身を捧げる堅固な『盾』を手にしたことを意味する。自らの野望成就のために、これほど優れた手駒はないと言っていいだろう。
 数年前……誠一を乗っ取った際は、それに気付いた香澄の捨て身の攻撃によって深く傷つき、野望を断念せざるを得なかった。だが、今は違う。雌伏の時を経て、傷つく前と変わらぬまでに回復した自らの『力』に加え、勿怪の幸いにより手に入れた永瀬真澄という存在が、『あやかし』が描く野望に現実味を帯びさせてくれる。
 あとは、当初の計画通りこの学園を支配するだけ。今発動した作戦が無事に終了すれば、ここの学園生はすべて『しもべ』となり、彼女たちからいくらでも精気を吸収できる。あるいは彼女たちを通じて街の人間から精気を吸い取ってもいい。そうなれば守護者協会とて敵ではない……そう確信していた。

「真澄……お前は俺のものだ」
「ウン、セイニイチャン……マスミハミモココロモセイニイチャンノモノナノ」

 そう言って誠一を見る真澄……澄みきった虚ろな瞳は今の真澄の心を象徴するかのようだった。

「これから俺はいろんな敵と戦わなければならないが……協力してくれるな?」
「ウン、セイニイチャンノジャマヲスルヒトハミンナマスミガヤッツケチャウカラ!」

 言葉の節々から、そしてその顔から、普段の精悍さとは全く異なる趣……純粋さと幼さを漂わせる真澄。
 それは、誠一を慕い続け、本気で結ばれようとさえ考えた『義妹』としての真澄の姿。誠一と香澄が相思相愛であると知ったことで、人知れず心の奥底へと封じ込めたはずの感情は、『あやかし』の『力』を受け入れたことで、義兄・誠一に対する盲目的な愛へと変化し、真澄の心をその当時へと立ち返らせたのかもしれない。

「真澄……もう一度、舐めてみるか?」
「ウン、セイニイチャンンノオオキナノ、ナメナメスルノ〜」

 そう言って肉棒を愛しく舐め始める真澄の頭を撫でながら、誠一は小さく笑いはじめた。


 
 


 

 

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