Shadow Twins


 

 

第10話『解放』



「真澄ちゃん、大丈夫かしら……」

 そんな事を考えながら駅前の広場に立つ椎名知佳。

 知佳が真澄からの電話を受けたのは、守護者協会本部に備え付けの宿泊施設で朝食を取っていたときのこと。一瞬その内容に驚きながらも、本部に事実を伝える。
 回答として急ぎ真澄と合流するようにとの命を受け、本部を飛び出した知佳だったが、この街に到着するまでの約4時間、真澄からの電話がなかったことが気になった。
 こちらから電話することも考えたが、真澄が隠密行動を取っている可能性を考えると滅多なことは出来ない。結局悶々とした気持ちのまま車中を過ごすことになった。

 とはいえ、そろそろ限界である。痺れを切らせた知佳はハンドバッグから携帯を取り出し、電話をかけようとする。
 その瞬間、携帯が突然震えだす。びっくりした拍子に携帯を落としそうになるが、どうにか持ち直して画面を見る。発信者が『永瀬真澄』だと知った知佳は、早速電話を取って真澄に呼びかける。

「もしもし、真澄ちゃん?」
『久しぶりだな、知佳……』

 だが、電話に出たのは明らかに真澄ではない男の声。
 普通ならば、その段階で電話を切るところだが、聞き覚えのあるその声がその行動をためらわせる。電話の主が『久しぶり』と自分の名を呼んだことも引っかかる。
 そこで知佳は、その声に覚えがないように装い、その電話に応対することにした。

「あなた……何者ですか?」
『真澄は覚えていたのに、つれないものだな』
「覚えていたにしても、この場でその声が聞こえるのはあからさまに怪しすぎるのですが」
『それもそうだな』

 電話越しに聞こえる笑い声。それが妙に耳障りに聞こえるのは気のせいだろうか……内心そんな事を思いながら、電話を続ける知佳。

「で……あなたは何者ですか?」
『わかったわかった、名乗ればいいんだろう……坂本誠一だよ、お前さんの従兄の』

 その名を聞き、自らの記憶の正しさを確認する知佳。だが、同時にいやな予感が最悪の事態を想像させる。それが現実でないことを祈りつつ、電話を続ける。

「ところで、何故あなたが真澄ちゃんの携帯を持っているのですか?」
『知りたいか? 聡いお前なら大体想像はついているだろうに』
「…………」

 予感が最悪の形で的中したことを悟り、絶句する知佳。

『なんなら証拠も聞かせてやろう……真澄、椎名のお姉ちゃんから電話だぞ』

 そこでほんのわずか会話が途切れ、電話口から真澄の声が聞こえてきた。

『モシモシ〜』
「真澄ちゃん?」
『アハ、シーナノオネエチャンダ〜』
「大丈夫なの?」
『ダイジョウブダヨ、イマセイニイチャントイロンナコトシテアソンデルノ☆』

 その無邪気な声が、知佳の絶望感をいっそう掻き立てる。

『どうだ、真澄の声を聞いて安心できたか?』
「出来るわけないでしょう……誠一さんの姿を使って真澄ちゃんをだましたんですね」
『まあ、そういうことだ。今俺は学園の中でたっぷりと遊んでいる最中だ。なんだったらお前も遊びに加わるか?』
「謹んでお断りさせていただきます」
『残念だな……お前だったら真澄みたいにたっぷりと可愛がってやったのに』
「ところで、どうして電話をかけてきたのですか? 私にかければ守護者協会に手配が回る事ぐらい想像がつくでしょうに……」
『そうだな……さしずめ、守護者協会への宣戦布告というところか』
「なっ……!?」

 その一言に思わず息を呑む知佳。まさか『あやかし』の方が守護者協会との全面対決をもちかけてくるとは思ってもみなかったのである。それだけ自らの力に自信を持っているということだろう。
 確かに誠一を乗っ取った上で真澄を手駒にし、双葉学園の学園生全員から精気を吸い取れば、脅威といえるだけの戦力がそこに誕生することは想像に難くない。

『せいぜい守護者協会に報告するんだな、『坂本誠一が謀反を起こした』とでも付け加えてな』

 その声と共に切れる電話。知佳はその場に立ち止まってしばし思案する。

(これは思ったよりも深刻かもしれない。まず協会に連絡して応援の要請、それから……そうだ、影美ちゃんと美影ちゃんに連絡つけて逃げてもらった方が……)

 そのことに思い至って電話をかけようとする知佳。だが、そこで手が止まる。現況が分からない今、下手に電話を鳴らせば二人がかえって追い込まれる可能性もある。

(危険だけど、学園に乗り込んで二人に直接接触するしかないか……)

 携帯をポケットにしまい、知佳はタクシー乗り場へと駆け出していった。


 影美の足が止まる。ふとその部屋の名前を確認する。そこは学園長室だった。
 明らかにこの中から『力』を感じる。それも、二つ。一対二は少し厳しいか……そう考えながらも不思議と美影を待つという選択肢は思い浮かばなかった。合流を待っている暇はない……直感がそう告げていた。
 意を決してその扉を開く。そこには一人の男と三人の女がいた。女二人が床に倒れ、その傍らで男が女を抱いていた。
 抱かれている女を見て、影美は驚いた。

「永瀬……真澄?」

 普段の精悍さからは想像もつかない姿をさらす女性は、しかし間違いなく永瀬真澄であった。
 その声に来訪者の存在をようやく知ったのか、そろって影美を見る二人。

「ほう、この学園に同類がいたとは……真澄、何か知っているか?」
「ウン、アノコハネ『サナダエイミ』ッテイウノ。ケッコウツヨイヨ」
「確かにな……強い『力』の波動がこちらに伝わってくる」

 自分を『同類』と呼ぶ男と、男の傍らでしなだれかかる真澄……どうやらそこにいる男が今回の騒ぎの元凶となった『あやかし』のようだ。さしずめ真澄はその毒牙にかかった『しもべ』というところか。
 影美がそんな事を考えていると、男……誠一が影美に向かって話しかけてくる。

「お前、俺の『しもべ』になる気はないか?」
「ずいぶんと単刀直入に言うのね」
「使える手駒は多いに越したことはないからな。お前のような強い『力』の持ち主なら歓迎だ……どうだ、俺たちの力で人間たちを支配してやろうじゃないか」

 そう言って手を差し伸べる誠一をじっと見る影美。
 だが、わずかな沈黙の後、影美はきっぱりと言い放った。

「あいにくだけど、そういう誘いは断る主義でね」
「人間は俺たちみたいな存在を認めやしない。お前だって迫害を受けた口だろう?」
「だからと言って人間を虐げ、支配する理由にはならないでしょ?」
「あくまで人間の肩を持つつもりか……なら、お前の力だけ貰い受けることにしよう」

 そう言いながら、誠一は抱いていた真澄を地に下ろし、そっと前に押し出す。

「真澄、こいつは俺の邪魔をしたいそうだ……捕まえてくれるな?」
「ウン。ツカマエタライインダネ?」
「ああ。上手く捕まえたらご褒美をやろう」
「ウン、マスミ、セイニイチャンノタメニガンバル!」

 誠一に対し無邪気に微笑んだ真澄は、そのまま影美に相対するとそばに落ちていたモップを拾い上げ、その先を真っ直ぐ影美に突きつける。対して影美も無言のまま構えに入り、臨戦態勢を整える。
 正直やりにくい……それが影美の素直な気持ちだった。特にこの無邪気な笑顔というのが曲者である。ありていに言ってしまえば『何を考えているのかが分からない』からだ。
 後ろに控えている『セイニイチャン』と呼ばれている男の存在も気がかりだ。純粋な『力』もさることながら、ほとんど無傷で真澄を『しもべ』にした事実がその実力の奥行きを見えなくしている。今のところ静観するつもりのようだが、もし手出ししてきたら……そう考えると真澄だけに気持ちを集中させることが出来ない。

 しばしのにらみ合いが続き、先に真澄が仕掛けてきた。それに対し前回と同じように受けに回り続ける影美。捕獲という任務を帯びているためか、その剣には前回ほどの気迫はこもっていない。しかし、隙が小さいためにやはり前よりもやりにくくなっていた。意識が男に対しても行っている分、きわどい位置での回避が続いている。

(どうする……逃げてみるか……)

 逃げて真澄と誠一の距離を離し、各個撃破……とはいかないまでも、連携を防ぐだけでずいぶんやりやすくなるはず。幸い、ドアは開いたままだ。タイミングを見計らって真澄との距離をとり、そのままダッシュで廊下に出たら、適当な場所に誘導して戦闘を再開する……即興で作戦を組み立てていく影美。
 だが、そんな影美の算段を見透かすかのように誠一が命令を下す。

「そこの二人、後ろのドアを閉めて、逃がさないようにしろ」

 その声と共に床に寝転がっていた二人の女……藤宮葉月と白河未沙希が起き上がり、ドアに向かう。
 まずい……誠一の声を聞いてあせった影美は、あわててドアに向かおうとするが、その眼前を真澄のモップが通り過ぎる。反射的に身体を引く間にドアはしっかりと閉められ、葉月と未沙希が門番のように立ちふさがってしまう。
 閉じ込められ、しかも一対四……ますます不利な状況に追い込まれる影美。後ろ二人に関してはさほどの『力』は感じられないが、だからと言って真澄を無視して二人を倒しにいけるほどの余裕はない。となれば、まずは真澄を倒すことに専念するべきか……そんな事を考えながら、影美は真澄の攻撃を避け続けた。


 後ろ手に拘束された美影は、『しもべ』と化したクラスメイトたちに囲まれたまま保健室へとやってくる。

「よく来てくださいました、真田美影さん。お噂はかねがねお聞きしています」

 ドアが開くと共に美影の来訪を歓迎する立花七海。
 なるほど、噂の元はこの人か……七海の白々しい挨拶にあきれながら、美影は皮肉を込めて馬鹿丁寧な挨拶を返す。

「お招きに預かり、光栄ですわ……とでも言いましょうか、立花先生? 素敵な噂を流していただきありがとうございます」
「いえいえ、それには及びませんわ……なんと言ってもあなたは大切なお客様ですから」

 そんな美影の言葉を受け流しながら、七海は薄ら笑いを浮かべる。
 ずいぶんと分かりやすい悪役というか……なんとなくではあるが、それだけでずいぶんと疲れた気がする美影である。ただ、分かりやすい悪役ではあるが、彼女が首謀者というわけではなさそうである。学園全体を覆うほどの気配を漂わせる『力』の源にしてはその空気が薄く感じられたからだ。

「実は、あなたをお招きしたのは他でもありません。今日はあなたにいい物をお見せしようと思いましてね……」

 七海はおもむろに椅子から立ち上がり、演技がかった身振りで本題を持ち出す。
 あまりにわざとらしい話の振り方に辟易とする美影だが、だからと言って文句を言っても始まらないので、黙って様子を見ることにする。
 七海はゆっくりと歩いていくと、カーテンの前に立つ。それをよく見ると、向こうで何か人影が動いているようである。七海はカーテンに手をかけて、そのまま開け放つ。

 そこにいたのは……工藤あゆみと風間由紀。全裸になった二人は、カーテンが開いたことにも気付かずベッドの上で艶めかしく絡み合っていた。上に乗ったあゆみがひたすら淫靡に体をこすりつけ、下の由紀を翻弄しているように見える。二人ともその口には拘束具のようなものをはめられ、声にならない小さなうめき声が聞こえてくる。

「ご紹介するわ……私の可愛いお人形、工藤あゆみさんよ。楽しそうに戯れているでしょう?」

 淫らに乱れるあゆみを見ながら誇らしげに言い放つ七海。さて、どれだけ悔しがっているだろうか……そう思って顔を再び美影に向けるが、美影の表情に変化は見られない。
 その顔を悔しさと絶望感で歪ませてあげる……ポーカーフェースという単語が顔に浮かんできそうなぐらい澄ました態度をとる美影に対し、七海は敵愾心を必要以上に燃え上がらせる。

「あゆみちゃん、次の命令与えるからこっちに来なさい」

 無表情のまま体を起こし、ベッドを降りるあゆみ。全裸のあゆみが身に付けているものは、口の拘束具と首に付けられた黒い皮ベルト……それは、まるで飼い犬につける首輪のようだった。
 七海はそんなあゆみに近づいて口の拘束具を外すと、美影に見せ付けるようにしてそのあごを愛しそうに撫でる。

「どう? この子は身も心もすべて私のもの。私に支配されることを心から望み、私の命令に喜んで従う私の可愛いお人形さんなの……そうでしょ、あゆみちゃん?」
「ハイ、ゴシュジンサマ……アユミハゴシュジンサマノオニンギョウデス……」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべる七海。だが、それでも美影は表情一つ崩さない。それが癇に障ったのか、声を荒げて美影を糾弾する。

「なに澄ました顔しているの? ……知っているのよ、あなたがこの子を支配して弄んでいたことは。優等生面しているくせに、学園執行部じゃこの子をおもちゃにして、さぞやいろいろ楽しんでたんでしょう?」

 美影は何も答えない。身動きひとつしない。その静けさとは対照的に、七海の糾弾はエスカレートしていく。

「他に誰を弄んだの? 副会長? 会計? それとも先代の執行部役員かしら? あなたのことだから、ひょっとすれば学校の外にもいるんじゃないの?」

 なおも沈黙を貫き通す美影に苛立ちを覚える七海。その声はすでに罵倒と化していた。

「答えなさいよ、この後誰を支配するつもりだったの? どうせあゆみちゃん一人で済ませるつもりはなかったんでしょ? ここには可愛い後輩がたくさんいるものね。言い寄ってきた子の一人や二人、あゆみちゃんみたいに支配しようって思ってるんでしょ!」

 叫び疲れたのか、そこで声を止め、荒い息を吐きだす七海。

 対して美影はじっと七海を見据えたまま、罵倒を正面から受け止めていた。
 何一つ覚えのない、はっきり言えばでっち上げの架空話である。当然それに対する反論も一つや二つでは済まない。だが、それを面と向かって言う気にはなれなかった。これだけの話をぽんぽん組みてられるほど妄想に浸った人間に対しての反論は、はっきり言ってのれんに腕押しというものだ。
 だから美影は、侮蔑と嘲笑と憐憫と挑発の意を込めて、一言だけつぶやく。

「……それで?」
「それで……ですって!?」

 糾弾を全く意に介さないかのような美影の態度に、七海はとうとうキレてしまう。

「素直に認めたら軽く遊ぶだけで済ませようかと思ったけど、もういいわ! あなただけは徹底的に壊してあげる!」

 七海はあゆみの耳元に口を寄せて、ぼそぼそとつぶやく。そしてその手に何かを握らせた。

「ハイ、ゴシュジンサマ……」

 七海のもとを離れるあゆみ。その手にはサバイバルナイフが握られていた。
 たどたどしい歩みながら、あゆみは一歩、また一歩と美影に近づいていく。対して美影は後ろ手にされた手を振り解こうともせず、真っ直ぐ前を見据える。
 その態度を、そして瞳を見て、薄ら寒さを感じる七海。この状況でなぜそこまで冷静でいられるのか、彼女は一体何を考えているのか……その心の内を読むことが出来ず、困惑する。
 それでも七海は心の動揺を押さえ込み、美影に対して最後通牒を突きつける。

「どうしたの美影さん、命乞いするなら今のうちよ?」

 だが美影は、その言葉にさえ反応しない。近寄ってくるあゆみを見続けるだけだ。

 そして、あゆみは美影の目の前に立った。

「サナダミカゲ……シンデ、クダサイ……」

 あゆみは抑揚のない声で美影にそう告げると、ナイフを強く握り締める。
 そのとき、あゆみの瞳から何かが零れ落ちた……虚ろな表情のまま、涙を流しているのだ。よく見れば、ナイフを握り締めた手は細かく震え、口元は何かに耐えて食いしばっているように見える。
 それを見た美影は、あゆみに微笑みを向け、つぶやく。

「あゆみ、『ゴシュジンサマ』の命令どおり私を刺しなさい」

 次の瞬間、ナイフは美影のわき腹に深々と刺さっていた。


「つうっ!!」

 影美の腹部に一瞬激痛が走る。それに気を取られた瞬間、真澄のモップが腕をかすめる。

「うわっと!」

 わずかに後ろにステップを踏んで距離を取ろうとする影美。だが、狭い学園長室の中では十分な距離を取ることが出来ない。その距離はすぐに詰められ、再び真澄の攻撃が飛んでくる。

 影美は明らかに苦戦していた。もともと徒手空拳の影美とモップを得物に持つ真澄とではリーチにかなりの違いがある。それでも懐に飛び込めばその差を補うことも可能なのだが、真澄を相手に懐に飛び込む隙をなかなか見出せないのが現状であった。
 そこへ襲った謎の腹痛……影美はその理由に心当たりがあった。おそらくは美影も似たような目に遭っているのだろう、と。そうなると状況は影美にとってますます不利と言えた。
 腹部の痛みが気になり、その影響で真澄の攻撃が次第にかすり始める……ジリ貧状態の中で影美は打開策を必死に考えていた。
 しかし、周囲の障害物に足を取られないようにしながら真澄の攻撃をかわし続け、なおかつ部屋の中にいるほかの三人に対しても注意を払いつつ打開策を考えるという離れ業がそう長く続けられるわけはなく、やがて破綻が訪れる。

「!!」

 足に何かが引っかかった感触が伝わる。床に敷き詰められたじゅうたんの継ぎ目に足を取られたのだ。
 間髪いれず真澄が上段から斬り込んでくる。とっさに左手を出して止めようとするが、それをあざ笑うかのようにモップの軌道が変わる。影美の左脇に鋭い横薙ぎが入る。

「くうぅぅぅぅぅっ!!」

 物理的な衝撃と『力』によるダメージ、その双方が影美に激痛を与える。

「オナジテニニドハヒッカカラナイヨ」

 真澄にそんな事を言われて、先ほどの動きが前回のそれと同じだったことに思い至る影美。精神状態は前回とまるっきり逆だけどね……と、ついでに頭の中で付け加えていた。
 先ほどの一撃で目に見えて動きが鈍る影美。それを見て取ったか、真澄はかさにかかって攻めてくる。致命傷になるような一撃はないが、激しいテンポで繰り出される攻撃は影美の体力・精神力の双方をじわじわと奪い取っていく。
 それでも影美はあきらめない。出来るだけダメージが少なくなるようガードを固め、真澄の攻撃のテンポを読み、じっくりと反撃の機会を待っていた。

 嵐のような攻撃をすんでの所で凌ぎ続けて数分……影美の腕に加わり続けた衝撃が突然消える。息つく間もなく攻撃を続けた影響からか、真澄が一瞬攻撃の手を緩めたのだ。
 影美はその隙を見逃さず、ガードを固めたまま懐に飛び込んだ。あわてた真澄がモップをもう一度振ってきたところで、その攻撃をわざと右の脇で受ける。そしてモップを素早く腕に抱えると、右手で大きく引っ張り込んだ。

「アッ!?」

 そのモップに引っ張られるまま、真澄は体勢を崩しながら影美の懐に入ってしまう。その瞬間、影美の右ひざが真澄のみぞおちに入る。

「ゲホッ!!」

 続いてがら空きになった背中に右ひじを落とし、そのまま後ろに突き出す。
 倒れこむ真澄を確認することなく、影美はその足で誠一へと突っ込んでいく。
 頭を倒してしまえばこの戦いは終わる……影美は残った『力』を振り絞って両手に溜め込み、誠一に向かって解き放った。

「これで……終わりだああぁぁぁっ!!」

 影美の渾身の一撃が誠一に突き刺さった。


 誰もが呼吸さえ忘れていた。心臓さえも止まっているように感じられた。ただ静寂だけが支配する空間……まるで、ここだけ時が凍りついたかのようだった。ブレザーの下で少しずつ紅く染まっていく美影の白いブラウスだけが、それが偽りの感覚であることを示している。
 あゆみの口が開いた時、凍った空間が再び動き出す。

「ごめんなさい、美影お姉さま……ごめんなさい……」

 そう言いながらあゆみは美影に抱きついて、泣き崩れた。

「お姉さま、お姉さま、お姉さま……」

 ただひたすらお姉さまと連呼するあゆみ。そんなあゆみに美影は優しく声をかける。

「大丈夫よ、あゆみ。心配しないで」
「お……姉さま……私……」
「あなたはただ『ゴシュジンサマ』の命令に従っただけ……そうでしょ?」
「でも……」
「だからあなたは何も悪くない……ほら、涙を拭きなさい」

 そう言われて一所懸命に手で涙を拭うあゆみ。だが、後から後からあふれ出す涙でその顔はぐしゃぐしゃになってしまう。

「仕方ないわね……そんなに責任を感じているのなら、あゆみには私の身体を傷付けた償いをしてもらいましょうか?」
「はい、何でもおっしゃって下さい!」
「じゃあ……私の眼鏡を外してくれる?」
「は、はい!」

 涙を拭う手を止め、美影の眼鏡に両手をかける。そっと外すと共に懐かしい感覚があゆみの心の中を駆け巡る。決してそう昔のことではないはずなのに、まるで何十年も離れていたかのように感じるのはなぜだろう……そう思うと涙がさらにあふれ出してきた。

「あなたって結構泣きべそだったのね」
「そ……んな……ひど……いです……」

 泣きじゃくるあゆみをからかいながら、美影は後ろ手にされた手をごそごそと動かす。

「はっ!」

 その声と共に『力』を発散させる美影。それに驚いたクラスメイトは思わず美影から手を離していた。

「ふう……これでやっと自由になれたわ」

 自由になった両手をナイフが刺さった左わき腹にそっと当て、『力』を込める美影。程なく、刺さったナイフは力なく抜け落ちる。ナイフが刺さっていたはずのわき腹は、血を流すどころか、刺し傷の跡さえ見つからなかった。

「あ……」
「ね、大丈夫だったでしょう?」
「……はい!」

 ぐしゃぐしゃになった顔で笑顔を作り、あゆみは再び美影に抱きついた。


 そんな二人のやり取りを、七海はただ呆然と見ていた。
 噂を流して美影の評判を落とす。そしてあゆみの目の前で美影を徹底的に貶めて、あゆみが美影に対して抱いている幻想を打ち砕く。それで足りなければ、あゆみ自身の手により美影を傷つけさせ、その罪悪感を持って心を縛る……それが七海の描いていたストーリーだった。
 だが……美影は七海の奸策に屈することはなかった。そしてあゆみの洗脳も解けてしまった。信じられない……なぜ……そのことだけが七海の頭の中を駆け巡る。

「嘘でしょ……どうして解けるのよ……どうして負けるのよ……どうして……」

 そんな事をつぶやいて床を叩き続ける七海。それを見た美影は、抱きつくあゆみをそっと離し、無言のまま七海の前に歩み寄る。

「あなたさえ……あなたさえいなければ私はあゆみちゃんと幸せに暮らせたのよ! あなたさえいなければ……!」

 美影の姿を確認するや否や、七海はその襟首を掴んで締め上げる。そのとき……

 ピシャッ!!

 甲高い音と共に、その場に崩れ落ちる七海。美影の右手は平手のまま中空で止まっていた。

「人を支配して、人をいいように操って、人を弄んで……それであなたは楽しいんですか? 幸せなんですか?」

 今までポーカーフェースを崩さずにいた美影の顔が、怒りの色に染まる。
 怒りのあまり、無意識のうちに『力』が込められた美影の言葉に、七海は本能的な恐怖を感じた。しかし、七海にはその怒りの理由が理解できなかった……正確にはそんな理由でなぜ怒ることが出来るのかが理解できなかったのだ。
 今までいじめられ続けてきた七海にとって、支配する人間は、ただ弄んで愉悦を得るために他人を支配しているものだと思っていた。だから七海はこう言い返した。

「ええ、人をいじめて弄んで楽しむ……これに勝る快楽はありません。だからあなたもあゆみちゃんを支配していたんでしょう?」

 その言葉にカチンと来た美影は、左手で乱暴に襟首を掴み、七海を強引に立たせた。
 美影は七海のその言葉が許せなかった。何よりも人を操ることに対して罪悪感を持っていないことが腹立たしかった。たとえそれが『あやかし』によって歪められた思想であったとしても、だ。
 そのまま七海を胸元に引き寄せ、その瞳を睨みつけながら、怒りを隠さぬままに言い放った。

「あなたは、あゆみのあの涙を見ても、まだそんな事が言えるのですか!」

 言うが早いか、美影は右手を大きく振りかぶる。七海の頬めがけてもう一度平手を打ち込もうとした瞬間、美影の二の腕にあゆみがしがみつく。

「だめです、美影お姉さま!」
「あゆみ、あなた……」
「それでは何も解決しません、立花先生の事は私に任せていただけませんか?」

 振り返る美影の目にあゆみの表情が映る。その真摯なまなざしに、美影は振り上げた手をそっと下ろした。

「分かりました、ここはあなたに任せる事にします」
「ありがとうございます、美影お姉さま」

 美影と入れ替わるように七海の前に立つあゆみ。美影の手が離れ、再びしゃがみこんでいた七海は、そんなあゆみを見上げてその名を呼んだ。

「あゆみちゃん……」
「ごめんなさい、立花先生。私、先生のお人形にはなれません」

 その一言にうなだれる七海。絶望が心の中に広がる。

「でも、先生のお友達にならなれると思います。だって、先生は私と同じだから……」
「えっ……」

 再び顔を上げ、あゆみを見る七海。あゆみは微笑んでいた……その笑顔は、美影に向けられたものと同じものだった。

「先生の気持ち、よく分かります。欲しかったんですよね、自分を愛してくれる人が。それが先生にとっては私だった……ただそれだけのことですよね?」

 その時、七海は悟った。あゆみの心に刻み込まれているものの正体を。それは、美影に対する服従ではなく、信頼。互いが互いを信頼しあうことで初めて得られる絆なのだ、ということを。
 そう、美影は決してあゆみを支配しているわけではなかった……いや、支配してなおあゆみの心を最大限に尊重し、信頼している。だからこそあゆみもその信頼に答えようと自ら進んで美影に尽くしているのだ。

 そしてあゆみは、自分に対しても同じ態度で接した。自分の信頼に答えようと、常に努力を続けてきたのだ。だが自分は、そんなあゆみの気持ちも理解できず、無理難題をあゆみに押し付け、支配者気分に浸っていただけだった。それではあゆみの心が離れていくのも無理はない。
 あの涙は、言うならば自分のわがままによって傷ついたあゆみの心の血……そのことに気付いた七海は、罪悪感で心がいっぱいになる。こんな純粋な子に自分はなんとひどいことをしたのだろう、と。

「ごめんなさい……私はあなたを傷つけてしまった……あなたを無理矢理私のものにしようとして……ごめんなさい……」
「いいんですよ、先生。私は立花先生を恨みません。もし美影お姉さまに出会う前に先生のような力を身につけていたら、同じ事をしていたかもしれないですから」

 そう言ってあゆみは微笑んだ。こんな私でも許してくれるのか……七海はその微笑みに救われたような心持ちだった。その瞳からは涙が自然に零れ落ちる。

「先生、泣かないでください。泣かれると私までつらくなってしまいます……」
「ごめんなさい……あゆみちゃん……あゆみ……ちゃ……」

 あゆみにそう言われても、七海はその涙を止められない。ただ、あゆみに対して謝ることしか出来なかった。


 その様子を脇目で見ながら、美影は由紀を抱き起こしていた。

「ありがとうございます、美影先輩」
「礼なんていりませんよ。私がもう少しあゆみに気を使っていれば未然に防げたことなんですから」

 美影のその表情を見ながら、由紀は思ったことをそのまま口に出してみた。

「あゆみちゃんがちょっぴりうらやましいかな……」
「どうして?」
「だって、美影先輩にそれだけ大切に思われているから……」

 それは由紀の本心だった。あの一瞬、もうろうとした意識の中ではあるが、その強い絆を見せつけられたような気がした。自分と影美ではひょっとしたらあそこまでにはなれないかもしれない……
 そんな由紀の心を見透かすかのように、その耳元にそっとささやく美影。

「あなたと影美だってきっとそうなれますよ」
「えっ?」
「だって、影美もあなたのことをとっても大切に思っているのですから」
「美影先輩……」
「自信持ちなさい、あなたと影美の絆も決して負けてはいませんよ」
「は……はい!」

 大きな声で返事をし、ベッドから降りようとしたとき、由紀の身体を悪寒が駆け抜ける。
 それはいつかと同じ『何かが無くなる』ような感覚。ただ、あの時と違い、今はその理由をはっきりと自覚することが出来る。

「み、美影先輩……影美先輩が……」
「分かっているわ、どうやら急がないといけないようね」

 安心させるように由紀の背中をたたきながら、美影は保健室の壁の向こう……『力』の中心点に目を向けた。


「なっ……!?」

 影美の必殺の一撃は、だが誠一によって受け止められていた。拮抗した両者の『力』が誠一の胸元でスパークする。

「やってくれるな……だが、完全な不意打ちならばまだしも、正面からの攻撃では俺は倒せん!」

 少しずつ押し返される影美の『力』。歯を食いしばって再度『力』を押し込もうとする影美だが、その背中にモップが突き刺さる。何とか身を起こした真澄が投げつけてきたのだ。
 一瞬、『力』のコントロールを失う影美。そこへ誠一の前でくすぶっていた二人分の『力』が襲い掛かる。

「きゃああぁぁぁぁぁっ!!」

『力』をもろに受け、なすすべなく悶え苦しむ影美。そのままひざからくずおれ、うずくまってしまう。
『力』による単純なダメージに加え、真澄との戦いで蓄積された肉体的・精神的疲労が一気に噴き出した影美に、もはや立ち上がるだけの力は残されていなかった。
 その後ろから真澄が歩み寄ってくる。

「ウフフ……ツカマエタ☆」

 影美の腕を後ろ手に取り、真澄は無邪気に微笑んだ。

「ご苦労だったな、真澄」
「ゴメンナサイ、セイニイチャンヲマモリキレマセンデシタ」
「気にするな、この程度なら傷にはならない」

 そんな事を言いながら二人のもとに歩み寄る誠一。

「さてと……この上物をどのようにいただくとするかな……」

 指で影美の顔を上げさせながら、誠一は不敵な笑みを浮かべた。


 美影はあゆみと由紀を従えて廊下を走っていた。その正面に人影が現れる。一瞬身構える三人だったが、それが椎名知佳だと確認すると、ほっと胸をなでおろす。

「美影ちゃん、無事……ではないですね、その様子では」

 ブレザーに穴が開き、その下から紅くにじんだブラウスが見える……そんな美影を見て少し顔を曇らせる知佳。

「でも、何とか会えて良かったです」
「知佳姉さん、どうして学校まで……」
「真澄ちゃんが『あやかし』に支配されてしまったようです」
「永瀬真澄が? どうしてまた……」
「今回の首謀者は、どうも真澄ちゃんの義理のお兄さんの体を乗っ取っているようなんです」

 言って苦々しい表情を見せる。乗っ取られているのが自分の従兄でもあることを考えると、苦々しい表情がいっそう険しくなる。

「真澄ちゃんはもともと精神面にもろさがあるから、そこを突かれたのかもしれません」
「なるほど……」
「ところで、影美ちゃんは?」
「まだ会ってません。今の状況を考えるとあるいは永瀬さんあたりと戦っている可能性も……」
「そうですか……」

 情勢の悪さに双方共気難しい顔をして考え込んでしまう。
 そんな中、先に口を開いたのは美影だった。

「知佳姉さん……私、行きます」
「えっ?」
「影美と二人で『あやかし』を倒して、永瀬さんと義理のお兄さんも助けてきます」

 驚いた知佳は美影の顔を見る。その表情は何らかの覚悟を決めた、強い決意に満ち溢れていた。言い知れぬ不安を覚えた知佳は、思わず美影を引き止める。

「危険です、あなたたち二人だけで勝てる保障はありません。せめて協会の応援を待って……」
「大丈夫ですよ、知佳姉さん。私たちが二人揃えば、絶対無敵ですから」

 言って笑みを浮かべる美影。それは余裕の微笑み。
 その表情に違和感を覚える知佳。今笑みを浮かべるということは、先ほど覚悟したことは何だったのか……そう考えてはっと思い至る。

「隠していた『力』を……解放するつもりですか?」
「どうしてそう思われたのですか?」
「守護者協会の評議員の言葉が引っかかりましてね……『あやかし』として目覚めたあなた方を必要以上に警戒していましたから」
「なるほど……なら、もう警戒する必要はないですよ。これからは『敵』として戦う事になるでしょうから」

 何かを吹っ切ったように笑う美影を、知佳は引き止められなかった。代わりにこう言うのが精一杯だった。

「もう一度だけ協会に掛け合ってみましょう……『敵』になるのはそれからでも遅くはないはずですよ」
「お心遣い感謝します」

 知佳に一礼をして駆け出そうとした美影の背中に由紀が声をかけてくる。

「美影先輩、私も手伝います!」

 美影はもう一度だけ振り返ると、由紀に微笑みを向ける。

「気持ちだけは受け取っておきます。あとはあゆみと一緒に外で無事を祈っていて」
「先輩……」
「お姉さま、お気をつけてください」
「ありがとう、あゆみ……知佳姉さん、由紀ちゃんとあゆみを預かっていただけますか?」
「分かりました、美影ちゃん……二人の事、よろしくお願いします」
「ご期待にそえるよう頑張ってみます」
「必ず……帰ってきなさい。いくら人を救おうとも、あなた達自身が助からずに救った人の心を傷付けてしまっては何にもならないのだから」

 正面からじっと見据えて、美影を諭す知佳。美影は黙って頷き、背中を見せて再び駆け出していった。
 その背中を見送る三人……誰も、何も言えなかった。


 思い切りドアを蹴破る美影。その勢いでドアの脇に立っていた葉月と未沙希が吹っ飛ばされる。

「!?」

 驚く誠一と真澄が次の行動に出る前に、美影は助走をつけて誠一に飛び蹴りを食らわせる。

「ぐあっ!!」

 たたらを踏む誠一に気を取られる真澄。その瞬間、影美はわずかに残った力を振り絞り、身体を左右に振って真澄の拘束を解く。その勢いのまま、床に倒れた真澄のみぞおちに肘を落とし、その反動で立ち上がった。

「美影!」
「影美……本気、いくわよ!」
「ああ!」

 同じ顔をした双子は互いの瞳を見つめ合う。互いの網膜に自分の顔が映りこむ。それは『力』の共鳴を生み出し、互いに科せられたもうひとつの『封印』を解く鍵となる。


 曾祖母と出会ったとき、双子の『力』はあまりにも大きく、そして暴力的だった……その『力』によって自分自身さえも傷つけてしまうほどに。
 それゆえに、曾祖母は二段階の封印により『力』を押さえ込むことにした。
 ひとつは封印の呪法を施した眼鏡とカチューシャ。そしてもうひとつは、双子の『力』そのものにより封じるというもの。互いの『力』を互いの『力』が押さえ込むという双子ゆえに可能な封印を施すことで、双子はようやく平穏な日々を手にすることができたのだ。

『力』を封じたとき、双子は曾祖母から封印を解く『鍵』を渡された。万に一つ、その力が必要とされる時に備えて……
 双子ははじめ、それを受け取ることを拒んだ。『力』故に平穏に過ごせない双子にとって、それは不幸を呼ぶ鍵にしか見えなかったからだ。

『力無く他人の助けを請うよりも、たとえ疎まれようとも自らを救える力をお前たちに遺したい……』

『鍵』と共に曾祖母が遺した言葉が一瞬双子の脳裏をよぎる。当時はその意味を理解することが出来なかったが、今ならばよく分かる。
 たとえ二人に『力』が無くとも、平穏を脅かす存在がいることに変わりはない。そして、多くの人たちはその存在に気付かないまま、たとえ気付いたとしてもなすすべ無くそういった存在に平穏を乱されてしまうのだ。それを考えればその存在を知り、そして打ち払えるだけの『力』があることがどれほどに幸せなことか……

 今はただ、曾祖母の心配りに感謝しよう。そして、皆の平穏を取り戻すためにその『力』を揮おう。たとえその結果として自分たちが『日常』から追い出されようとも……双子はそう決心し、その封印を紐解いた。


 誠一は……『あやかし』はその『力』に驚愕した。
 圧倒的……そう表現するしかない『力』が自分の目の前に現れた。
『あやかし』は生まれて初めて恐怖した。その絶対的な『力』を前にして。

「覚悟しなよ」
「もう、容赦はしませんから……」

 冷たく言い放つ双子の言葉に凍りつく『あやかし』。
 それでも『あやかし』はあらん限りの力で雄たけびを上げると、双子に向かって突進した。

「遅い!」

 素早く『あやかし』の後ろに回り込み、そのままその背中を思い切り痛打する。
 滑るように飛んでいく『あやかし』の体を、掌底を繰り出しながら受け止める。

「『あやかし』をたたき出して、助け出すわよ!」
「了解!」

 背中からも掌底を打ち込む。双子の絶妙なコンビネーションに誠一はたまらず膝を折り、そのまま倒れ込む。その真上には、二人の手のひらに込められた『力』で挟まれ身動きの取れない『あやかし』がいた。

『タ……タスケテクレ……』

 必死になって許しを請う『あやかし』。

 だが、双子はその許しを聞き入れることなく、無言のまま『力』を解き放った。
『あやかし』は断末魔の叫びを上げる暇も与えられずに……この世界から消え去った。


 双子は、何の感慨も無しに塵と消えゆく『あやかし』を見つめる。

「終わったわね」
「ああ……いつっ!」
「お互い、かなりボロボロですね……しばらくこのままでいましょうか」
「そうだな、今封じたら『飢えたオオカミ』になりかねないしな」

 二人がそんな会話を交わしてると、後ろからうめき声が聞こえる。どうやら真澄が目覚めたようだ。

「あいててて……ったく、一体何が起きたんだ……?」

 みぞおちのあたりを押さえながら身体を起こす真澄。何とか上半身を持ち上げたところで立ちくらみでも起こしたのか、脳裏のもやもやを振り払うかのように二、三度頭を振る。
 その時、ようやく双子の存在を確認した真澄は、その二人からあふれる『力』を目の当たりにし、思わず言葉を失う。

「どうしましたか?」
「あ……いや……お前たち、本当に真田姉妹なのか?」
「ええ」
「なんだ? あたしの顔になにかついてる?」
「いや、そういうわけではないんだが……」

 戸惑う真澄に二人が揃って手を差し伸べる。

「立てる?」
「えっ? ああ……」

 真澄は両手でそれぞれの腕を捕まえ、そのまま立ち上がる。

「あれ、確か誠一兄さんが『あやかし』に捕らわれていて、それを救ったあと……あれ?」

 首をかしげながら周りを見渡す真澄。そこに倒れた誠一を見つける。

「誠一兄さん!」

 飛び付くようにして誠一を捕まえると、抱き起こして体を揺さぶる。

「兄さん! 誠一兄さん!!」
「落ち着いて、真澄さん。あまり激しく揺らすとあとに響きます」

 そう言われて真澄は誠一を再び床に寝かせた。そこで何かを思い出したかのように二人に質問する。

「ところで……お前たち、何でここにいるんだ?」
「やっぱり何も覚えてないのか……まあ、『あやかし』に操られていたんじゃ仕方ないか」
「知佳姉さんから要請を受けて、あなたと義理のお兄さん……誠一さんを助けに来たんですよ」
「えっ……」

 そう言われて記憶をたぐり寄せる真澄。ギリギリで思い出せるのは『誠一』に処女を奪われたところぐらいまでだった。

「そんな……」

 へなへなとその場にくずおれる真澄。

「気に病まないで。誰だって失敗はあるものですよ」
「そうじゃないの……」
「えっ?」
「私の初めてだったのに……誠一兄ちゃんにあげられてとっても嬉しかったのに……」

 急に涙声になる真澄。

「それが『あやかし』に操られてやらされてただなんて……あんまりや〜!!」

 何故か語尾が関西弁風になって泣き出してしまう。これには双子も閉口するばかりであった。


 三人がかりで誠一を抱きかかえ、揃って学園を出る。
 そこには先に避難していた由紀・あゆみ・知佳の姿があった。

「あ、帰ってきた! 影美先ぱ〜……」

 影美に抱きつこうとする由紀だったが、その途中で立ち止まってしまう。

「えっと……あれ?」

 双子の雰囲気になぜか違和感を感じる由紀。

「美影お姉さま、お帰りなさいませ」

 由紀の横で二人に頭を下げるあゆみ。

「あゆみ……ただいま」

 言ってあゆみの頭を撫でる『影美』。

「あの……影美先輩?」
「なに、由紀ちゃん?」

 由紀の言葉に反応した『美影』。

「えっと……美影先輩が影美先輩で、影美先輩が美影先輩で……あれ?」

 頭に疑問符を浮かべまくる由紀。オロオロするその後ろから笑顔を浮かべた知佳がやってくる。

「お帰りなさい、二人とも」
『はい』

 その声は見事に重なって聞こえた。

「それはともかく、お二人に伺いたいのですが……」

 そう言って質問を切り出す知佳。

「まず……どちらが影美ちゃん?」

 その質問に手を上げたのは『美影』であった。

「じゃあ美影ちゃんは……」

 次の問いに対しては『影美』が手を上げた。

「ひょっとして……人格入れ替わりました?」
『はい』

 最後の問いには二人同時に返事をする。
 あまりにあっさりと重大な事実を聞かされた由紀は、その事実を理解するのに数瞬の時を要し……

「えええええぇぇぇぇぇっ!?」

 素っ頓狂な声を上げて驚いていた。

 
 


 

 

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