ヒミツの購買部

〜琴乃と和音〜


 

 

和音 前編


 それは、秋も深まってきたある朝のことだった。

「あら、学年テストの成績が出たのね……」

 学校の掲示板の前に人だかりができているのを見て、私は秋の学年テストの成績が発表されていることを知った。

 まあ、結果はだいたいわかっているけれど……。

 今回のテストは、自己採点では全教科合わせても2問しか間違えていなかった。
 今までのテストの中でも最高の出来といっていい。

 掲示板に近づいてみると、案の定、私、結城和音(ゆうき かずね)の名前は掲示板の1番上にあった。

 1番、結城和音、496点。

 やっぱり、予想通りだわ。
 で、2番はきっと彼女ね。

 私の名前のすぐ下に、その名前はあった。

 2番、斉藤琴乃、493点。

 ……あら?
 3点差しかないの?

 予想通りの結果だが、その差が3点しかなかったことは私のプライドをいたく傷つけた。
 3点なんて、たった1問差じゃないの。

 ん?あそこにいるのは……。

 私の視線が、ひとりの生徒を捉えた。

 肩くらいまでの長さの髪を、後ろでひとつにまとめた、私より少しだけ背の低い少女。
 彼女こそ、張り出された成績の2番目に名前を連ねている斉藤琴乃(さいとう ことの)だった。

 掲示板を見上げ、唇を噛んでいるところを見ると今回はよほど自信があったのだろう。
 私に勝てるとでも思っていたのかもしれない。
 そう考えると、余計に腹が立ってきた。

 たしかに、彼女は入学以来ずっと成績トップを続けている私の後をつけるように、いつも2番目につけていた。
 でも、それは言い方をかえると一度も私に勝てていないということだ。
 いい加減に実力の差を知ったらいいものを、あくまでも私に対抗意識を燃やしている身の程知らずだ。
 そして今回も……。

 せめて、嫌味のひとつも言ってやらないと私の気が済まない。



「あら、3点差しかないじゃない。今回は頑張ったのね、斉藤さん」

 私が歩み寄って話しかけると、斉藤琴乃はあからさまに嫌な顔をして見せた。
 そういうところがまた憎たらしいのよ。

「見ていなさい結城さん、次のテストでは負けないから」

 いつも聞く、彼女の負け惜しみ。
 もう、いい加減聞き飽きたけど。

「あら、そんなこと言って、あなたが私に勝ったことが一度でもあったかしら?」
「それこそ、あなただって次は負けるかもって内心びくびくしているんじゃないの?」
「何を根拠にそんなことを言ってるのかしら。一度でも私よりいい点を取ったことがないあなたにそのようなことを言われても全然こたえなくてよ」
「ぐっ……」

 それきり、斉藤は苦虫を噛みつぶした顔で黙りこくる。

 ふん、いい気味だわ。




 ……ちょっと、いつまで睨み付けているのよ?




 いや、なんか、ぼーっとしてるって感じね。

「ちょっと、斉藤さん?」

 ……返事はない。

 私に負け続けたショックで頭のネジでも緩んでしまったのかしら?

「どうしたの、何をぼーっとしてるのかしら?」

 もう一度声をかけて、やっと彼女は我に返ったみたいだった。

「もう、斉藤さんったら、私に定期試験と学年テストで合わせて23連敗したショックで言葉も出ないのかしら?」

 私が嘲るように言うと、いかにも悔しそうな顔をするのが面白い。

「まあ、私に勝とうなんて大口を叩くのは結構だけど、ひとつだけ忠告しておくわ。そうやって虚勢を張るのは自分を小さく見せるだけでみっともないわよ、斉藤さん」

 それだけ言うと、私はその場から立ち去る。
 とはいっても、彼女とは同じクラスだからどうせまた顔を合わせることになるんだけど。






 その日の授業中ずっと、私は背後から異様なオーラを感じていた。
 いや、今日だけじゃない。
 この間の席替えで斉藤琴乃が私の後ろの席になってから、時々妙な気配を感じることがある。
 ただでさえ、彼女が私の後ろにいるってだけで気分が悪いのに。

 まあいいわ。
 彼女のことを考えても不快なだけだし、私は自分の勉強に集中しないと。

 そう考え直して、私はノートを広げた。





♪ ♪ ♪






 学校が終わると、私は真っ直ぐに家に帰る。
 鍵を開けて中に入っても、誰も迎えてくれる人はいない。

 父は毎日遅い時間に帰ってくるし、今日は、パートがある日なので、母も帰りが遅い。

 私は、テーブルの上の母が作っておいた晩ご飯のおかずの入った、ラップのかかった皿をちらっと横目で見ると、そのまま自分の部屋に入る。




 これといって、何があるわけでもない私の部屋。

 小さい頃から、たいていのことはやればできた。
 スポーツも、音楽も、絵を描くことも簡単にできてしまった。
 だから、周囲からは神童と呼ばれることもあったし、今だって、学校のみんなからはなんでもできる万能な人間だと思われている。

 でも、それは本当にやってみたらできただけだ。
 きっと、私はコツをつかむのが上手いタイプなんだろうと自分でも思う。
 誰かにちょっと教えてもらっただけで、ある程度まではできるようになる。
 だけど、これまで、何ひとつ楽しいと思ってやったことはない。
 だから、これといった趣味は私にはなかった。

 私は、学習机に向かうと参考書を広げる。

 これまで、なんでも簡単にやってきた私だけど、勉強だけは違う。
 これだけは、毎日地道に頑張ってやってきた。
 別に、勉強が好きなわけでも、楽しいわけでもない。

 それは、この平凡な生活から抜け出すため……。

 こんなのは私の本当の人生じゃない。
 父は平凡なサラリーマンで、母と共働き。
 特に深い愛情を注がれたわけでもなく、かといって、冷たくされているわけでもない。
 きっと、親としてもごくごく平均的な両親。
 昔からずっと鍵っ子だったけど、別にそれが寂しいわけでもない。
 だって、そんな家庭ならいくらだってあるもの。
 平凡な家庭、平凡な家族、そして、なんの変化もないごく当たり前の生活……。

 そんなの、私には耐えられない。
 そんな人生がこれから続いていくのかと思うとぞっとする。

 だから、私は自分の人生を自分で切り開いていこうと決めた。
 自分の力でこの平凡な生活から抜け出して、這い上がってやる。
 だから、スポーツや芸術みたいな不安定なものではなく、勉強に頼ることにしたのだ。
 優秀な成績を残して、いい大学に進み、将来は外資系の企業に入って自分の実力でのし上がっていく。
 それが、私の決めた人生プランだった。

 もちろん、力を入れているのは勉強だけではない。
 学校では、おしとやかで優しく、真面目な優等生として振る舞い、やっかみすら生まないほどの完璧な人間を演じきる。
 人間関係を上手くやっていくのは、社会に出てからも必要なことだ。
 その練習として、私は誰からも好かれるようなパーフェクトな優等生を演じることにしたのだ。
 そんな私の計画は順調に進み、今では先生たちも、他のみんなも私のことをそんな人間だと信じ切っている。

 そう……。
 ただひとり、斉藤琴乃を除いては。
 あの女だけは、本当の私の姿を知っている。


















 忘れもしない。……あれは、私たちが中等部の2年生だった時のことだ。

 ほんの些細なことで、私は先生に叱られたことがあった。
 本当に、それはミスともいえないくらい小さなことで、私にしてみれば言いがかりに近いとすら思えた。
 その時私を叱った朝倉という先生は本当に嫌な人で、学校中のみんなから嫌われていた。

 私だってその時は理不尽だと思ったけど、先生の前ではおとなしく反省しているふりをしていた。
 口答えなんかして反抗的な生徒だと思われたら、私の計画が台無しになってしまうもの。

 だけど、胸の内の憤懣はどうしようもなくて、放課後、私は人のいない建物の壁を、朝倉を罵りながら蹴り上げていた。
 そうしているうちにどうしようもなく悔しくなって、涙が溢れてきた。
 今から考えると、あの頃の自分はまだまだ未熟だったとつくづく思う。



 その時、がさがさ、っと物音がした気がして、私はハッとして音のした方を見た。
 すぐに走っていってしまったけど、一瞬見えたその姿は間違いない、驚いたような顔でそこに立っていたのは斉藤琴乃だった。






 だから私は翌日の放課後、廊下で彼女を呼び止めた。
 そして、前日のあの場所に連れていくと、単刀直入に聞き出すことにした。

「斉藤さん。昨日の放課後、あなたはここにいた私のことを見たわよね?」
「あ……。うん……見たわよ」

 少し緊張した面持ちで斉藤は頷いた。

「そう。じゃあ、なんであの時あなたは逃げたの?」
「いや……悪いとこ見ちゃったかな、なんて思って……きっと、結城さんだってあんなところ人に見られたくなかっただろうし……」

 斉藤はちょっときまりが悪そうに俯きながらぽつりぽつりと答えてくる。

 良かった、そんなに悪い子じゃないみたいね。
 と、その時はそんな風に思ったものだった。
 これなら、私の頼みを聞いてくれそうだと思えたから。

「そうなの。じゃあ話が早いわね。昨日のこと、誰にも言わないでくれるかしら?」
「も、もちろん言ったりしないわよ!私、そんなこと言いふらす趣味なんかないもん!」

 そう言って、斉藤は慌てた様子で手をバタバタと振る。

「そう。わかってくれて良かったわ、斉藤さん」

 本当に、その時までは何も問題はなかったのだ。
 彼女が、その後の言葉を口にするまでは……。

「うん……。でも、私、ちょっとびっくりしちゃった。泣きながら壁を蹴るなんて、結城さんにあんなところがあるなんて思わなかったもの」

 その言い方だけでも少し疳に障って、私は険のある言い方で聞き返してしまった。

「何が言いたいの、斉藤さん?」



 そして、斉藤がその言葉を口にした。



「あっ、いやっ!別に馬鹿にしてるとかじゃないのよ!ただ、そういうのを抑えていい子してるのって大変だなって。結城さんもね、もっと素直に自分を出した方が楽だと思うよ……」

 それを聞いた途端に、顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。



 あなたに……あなたに私の何がわかるって言うのよ。
 私は、この平凡なだけの毎日に耐えられないの。
 そこから抜け出すために、毎日必死で勉強して、学校では自分を抑えて完璧な女を演じているのに。
 ごく当たり前の日常に満足して、そうやってへらへらと素の姿で生きているあなたには、私の気持ちなんて絶対にわからない。



「……あなたには私の気持ちなんかわからないわよ」



 そう、吐き捨てるように言うと、斉藤を後に残してその場を立ち去ったのだった。











 あの時、私はどうしても彼女の言葉が許せなかった。
 いや、今でも許すことはできない。

 あんな、ありきたりな人生をのほほんと享受している人間に私の生き方についてとやかく言われたくはない。
 そもそも彼女と私は、水と油のように相容れない存在なのだ。
 あの翌日、彼女と廊下ですれ違ったときに、改めてそれを実感した。

 その姿を見た瞬間、前日のあの言葉を思い出して不快な気分になった。
 それにあの、私を見る憐れむような目。

 どうして私があなたなんかにそんな目で見られなければならないのよ。
 あなたは私のことを何も理解していないくせに。

 そう思うと、なんとも言い難い感情がわき上がってくるのを感じた。
 自分のことを理解していない、しかも、自分とは全く生き方の違う人間に憐れみの視線を向けられることが、こんなに不愉快なことだとは思ってもいなかった。
 それはもう、憎悪といってもよかった。
 しかも、彼女は今まで他人に見せたことのない私という人間の裏側を知っている。
 私が彼女に対して攻撃的な態度に出るようになったのも、当然のことだったのかもしれない。
 今まで、内心では嫌悪感や憎しみを抱くことはあっても、それを表に出すことは決してしなかった。
 しかし、彼女、斉藤琴乃だけは別だった。

 だけど私は、他の子たちと示し合わせて彼女を無視するとか、そんなことはしなかった。
 そんなことをすると、これまで優等生として振る舞ってきた私のイメージに傷が付いてしまう。
 それに、そういう「共犯者」を作ってしまうと、いずれ私にとって足かせになるかもしれない。
 私はそんな軽はずみなミスを犯すわけにはいかないのだ。

 その代わりに、私は優等生を演じることに磨きをかけた。
 斉藤以外の誰もが、私のことを立派な生徒だと信じ込むくらいに完璧に。
 今では、彼女が私の本当の姿を口にしても誰も信じようとしないだろう。
 そのうえで、私は人の見ていないところで私のこの、言いようのない憤懣を彼女にぶつけ続けた。

 しかし、彼女は決して折れることはなかった。
 それどころか、次第に私に対して対抗心を燃やすようになって、試験でも常に私に次ぐ成績をとり続けていた。
 そいうところもまた憎らしく思えるのだった。















 なんだか、不快な記憶を思い出してしまったわね……。

「ふう……」

 私は、大きくため息を吐くと、参考書を閉じる。
 こんな気分の時は、気が散ってしまって勉強に集中できない。

 気分転換に、さっとシャワーを浴びてから晩ご飯でも食べようと、私は部屋を出ていった。





♪ ♪ ♪






 学年テストの成績発表から2日後。

 その日は5時間目が体育だった。
 授業を終えて私が教室に戻ると、斉藤はもう教室に戻っていて、ほとんど着替えを終えるところだった。

 私も、自分の席に戻ると体操着を脱いで制服を手に取った。
 まず、ブラウスを着て、次にスカートを穿く。
 そして、制服のネクタイをしようとしたときのことだった。

「あら?」

 私は、自分のネクタイがないことに気づいた。
 授業前に、ブラウスやスカートと一緒に、ちゃんと畳んで置いたはずなのに。
 落ちてしまったのかと机の下を見たり、カバンの中を探してみても見つからない。

「おかしいわね、どこに行ったのかしら?」

 どこに行ってしまったのだろうかと、私はきょろきょろとあたりを見回す。





「結城さん、ひょっとして、あなたが探しているものはこれかしら?」

 不意に、斉藤が声をかけてきた。

「え?……あっ!」

 振り向くと、彼女が臙脂色のネクタイを差し出していた。

 たしかに私は制服のネクタイを探していたけど、でも、みんな同じものをつけているんだからこれが私のとは限らない。

「どこにあったの、それ?」
「私の机の上よ」
「じゃあ、あなたのじゃないの?」
「ほら、私はちゃんと自分のネクタイをしてるわよ。私の机にふたつネクタイがあったから変だと思ったのよね。どうしたの?これを探してたんじゃないの?」

 そう言った斉藤の胸元からは、細い臙脂色のネクタイが下がっていた。

「……あ、うん」

 見回せばほとんど全員が着替えを終えているし、その中であぶれているネクタイがこれだけということはそれが私のに間違いないのだろうけど。

 でも、授業前にたしかに私は自分のネクタイを畳んで制服と一緒に置いたはずなのに。
 それに、よりにもよって彼女の机に置くなんてことは絶対にあり得ないのに。

 釈然としない思いで私はネクタイを受けると、ブラウスの襟の下を通して結んでいく。



「それにしても、結城さんって案外いいかげんなのね。外したネクタイを人の机の上に放り投げるなんて」

 ネクタイを結び終えた私に向かって、斉藤がそんなことを言った。

 なに言ってるのよ。
 私はたしかに自分の机に畳んで置いたはずなのに。
 それになによ、その得意気な顔は?

 ……そうだわ!

「大人げないのね、斉藤さん」
「……なんのことかしら?」
「私のネクタイを隠して困らせようなんて、小学生じみたことをするじゃないの」
「なによ、私がネクタイを隠したなんて、言いがかりをつけるつもりなの?」

 何をすっとぼけているのよ。
 こんな幼稚な嫌がらせをして私を困らせようなんていう人間が、あなた以外にいるはずがないじゃないの。

「私はちゃんと畳んで自分の机に置いたわよ。だから、誰かが隠さないとなくなるはずがないのよ」
「なによ、見つけてあげたのは私なのに」
「そう言って恩でも着せようっていうの?あなたが隠したくせに」
「だから、なんで私があなたのネクタイを隠さなきゃいけないの?」

 あくまでもとぼけようとする彼女の態度に、私は苛立ちを募らせていた。

 そういえば、さっき私が教室に戻ってきた時、彼女はほとんど着替え終わるところだった。
 わざわざ急いで教室に戻って、こんなちゃちな嫌がらせをしたのね。

「私を困らせるために決まってるわ。こんな、子供っぽいことして。……そうだわ。さっき、あなたの方が先に教室に戻っていたじゃないの」
「だからって、なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ。変な言いがかりつけてるのはあなたの方じゃないの!謝ったらどうなの、結城さん」

 なんですって!?
 あなたの言ってることの方が言いがかりだわ!
 自分でやっておいて私に謝れというの?

「どうして私が謝らなければいけないのよ!?」
「つべこべ言ってないで謝りなさい!」

 だからどうして私が!
 ……えっ!?えええっ???



「……ごめんなさい」



 まるで見えない力に抑えつけられているみたいに体が勝手に動いて、私は斉藤に向かって頭を下げていた。
 しかも、言いたくもない謝罪の言葉を添えながら。

 ちょっ、ちょっと、どうなってるのよ!?
 私、謝ろうとなんかしていない。
 そもそも悪いのは向こうなんだし、私が謝る必要がないのに。

 彼女に向かって頭を下げるなんて、こんな屈辱的なこと、いったいどうして……。

 他の子たちの視線が私に集まっているのを感じる。

 自分のやった行為が悔しくて唇を噛む。
 それに今、私の体が自分のものじゃないみたいだった。

「それでいいわ、わかればいいのよ」
「なっ!」

 得意満面で言った斉藤の表情に、私は思わず言葉を失ってしまう。
 怒りで顔がひきつっているのが自分でもわかった。

 思わず、声を荒げようとした時、6時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
 教室に先生が入ってきたので、やむなく私は自分の席に着く。





♪ ♪ ♪






 次の数Bの時間の間、私はずっとさっきのことを考えていた。

 私には謝るつもりなんかなかった。
 それなのにあの瞬間、体が勝手に動いてしまった。
 おかしい、絶対におかいいわ、あんなの……。

 それに、あの時の斉藤の意味ありげな余裕の笑み。
 あれは、彼女の方から言いがかりをつけてきたみたいなものだし。
 そうよっ、きっと彼女がなにかしたんだわ!
 どういうからくりかはわからないけれど、絶対なにか仕掛けがあるに違いないんだから!
 
 ……冗談じゃないわ。
 そんなこと、すぐやめさせないと。





 ショートホームルームが終わると、すぐに私は彼女の方を向く。

「斉藤さん、ちょっといいかしら?」
「どうしたの?」
「ちょっと、一緒に来てくれない?」
「なんだかよくわからないけど、いいわよ」

 意外と素直に斉藤は立ち上がって私の後ろについてきた。






 私は、斉藤を学園の中にある遊歩道のさらにそこから少し外れた草むらの陰まで連れていった。
 ここなら、他の人に私たちの話を聞かれる心配はない。

「斉藤さん、さっき、あなたは何をしたの?」
「……?いったいなんのことかしら?」

 私が話を切りだしても、彼女は相変わらずしらを切るつもりらしかった。

「ふざけないで、さっき、あなたが謝れと言ったら謝ってしまった。まるで、体が勝手に動いてしまったみたいに」
「はい?なに言ってるの、あなた?」
「私は謝りたくなんかなかったのに、悪いのはあなたなのに……」
「あら、謝りたくなかったの?だめね、私はてっきりあなたが悪いと思ったから謝ったと思ってたのに」
「なんで私が謝らなくちゃいけないのよ!?」

 嘲るような口調で、大げさに肩をすくめる彼女の仕草は、完全に私を馬鹿にしているとしか思えない。
 しかし、苛立って大きな声を出した私に向かって彼女はさらにとんでもないことを言いだした。

「残念だわ。結城さんがそんなこと思ってたなんて。これは、土下座して謝ってもらわないとね」
「なんで私が土下座なんかしないといけないのよ!?」
「だって、反省の色が全く見えないんですもの」
「わっ、私には反省することなんかないわ!」

 なんなのよ、言ってることが無茶苦茶じゃないの!?
 こんなのもう、たちの悪い言いがかりの域すら超えてるわよ!

 彼女のその、いつになく尊大な態度に私も感情的になっていた。

「いいから、土下座して、私が悪うございました、って言いなさい!」
「……っ!……わ、私が、悪うございました」



 ……まただ!
 斉藤に語気を強めてそう言われたら、私の体は勝手に膝が折れ、両手を地面につくと額に落ち葉が当たるほどに深く頭を下げ謝っていた。

 どうして……?
 なんで私が斉藤なんかに土下座しなくちゃいけないのよ……。

 怒りと屈辱で、体が震えているのが自分でもわかった。



「どうしてっ!?また……また私になにかしたわねっ、斉藤さん!」

 ようやく体が自由になると、私は斉藤に食ってかかる。

 しかし、彼女は平然として不敵な笑みを浮かべたままだった。

「あら、まだ反省してないの?これはお仕置きが必要ね」
「お仕置きって……何をする気!?」

 口の端を吊り上げるような斉藤の笑みに、うすら寒いものを感じて私は一歩後ずさる。

 怒りにまかせてこんなところに彼女を連れだしたけど、よく考えたらこれは非常に危険な状況じゃないの。
 だって、どういう仕組みかはわからないけど、私の体はさっきから彼女の言うとおりに動いている。

 この場から逃げた方がいいと、頭の中で警告が鳴っていた。
 しかし、それを行動に移すよりも早く斉藤の口が開いた。

「そうね、じゃあ、ブラウスのボタンを外しなさい」
「なにをっ!……いやっ!?ど、どうして!?」

 自分の手が、言われたとおりにブラウスのボタンを外していく。

 ……間違いない。
 私の意志とは関係なく、私の体は彼女の言ったとおりに動いてしまう。

「そうそう、じゃあ、次はブラも外して胸を私に見せるのよ」
「……くっ、なんで!?あなたっ、私に何をしたのよ!?」
「口答えしないの……そうそう」

 私の手は、ブラウスをはだけるとブラのホックを外し、胸をさらけ出させてしまった。
 それだけじゃない。
 腕で胸を隠したいのにそれすらできず、斉藤の方に突き出すように胸を反らす格好になる。

 斉藤は、そんな私の姿をいかにも楽しそうに見つめている。
 そんな私に、さらに悪魔のような言葉が降りかかってくる。

「じゃあ、自分で乳首をいじるのよ」
「そっ、そんなことっ!あっ、やっ、またっ!?」

 私の手がまた勝手に動いて、乳首をぎゅうっと摘む。
 こんなことしたくないのに、自分の手が私の思い通りにならない。

 お願いだから止まって。
 私はこんなことしたくないの!

「くううっ!こっ、こんなことさせて!」
「わかってないわね。それはあなたが自分でやってるのよ」

 違うっ!
 私がこんなことをするはずないじゃないの!

「ちっ、違うわっ!これはあなたが!」

 必死に否定する私をよそに、斉藤は退屈そうに大きな欠伸をした。

 わっ、私をこんな恥ずかしい目に遭わせておいてその態度はなんなのよ!

「ねえ、あまり気持ちよくなさそうね」
「あっ、当たり前よ!」
「それはいけないわ。もっと感じなさい。あなたは、乳首がすごく感じるの。そうやって、すごく気持ちよくなるのよ」

 斉藤がそう言った瞬間のことだった。

 未知の感覚が私の体を貫いた。
 むずむずするような、ひくひくするような感覚を何十倍も強烈にしたような刺激が、自分の手で摘んでいる乳首の辺りから、文字通り頭まで貫くような感じ。

「なに言って!ひああっ!んふうううううっ!」

 きゅっ、と背中の筋が強ばって、引っ張られたみたいに体が反り返る。

「あああっ!これはっ!?はううううっ、ううっ、むふううううんっ!」

 これまで経験したことのない感覚。
 でも、おぞましいとか、気持ち悪いとかじゃない。
 ……もしかして、これって?

「気持ちいいのね、結城さん。そんなに乳首をカチンコチンにしちゃって、いやらしいわ」
「そんなああっ!わたしっ、いやらしくなんかっ、ない!」

 違う!私はいやらしくなんかない!
 それにっ、こんなの、気持ちよくなんか……。
 本当にそんなの?
 はじめての感覚だからよくわからないけど、これって……。

「そんな格好で何言ってるの?だめよ、自分の気持ちに素直にならないと。どう?気持ちいいんでしょ?」
「んふうううっ!ああっ、はああああんっ!いやあっ、だめえっ、これっ、きもちいいいいっ!」

 やっぱりそうだわ!
 強烈すぎてわからなかったけど、これってすごく気持ちいいんじゃないの!

 いや……私ったら恥ずかしげもなくなんていやらしい声出してるの?

「ほらほら、そんなんじゃ全然物足りないでしょ。もっと激しく、乳房をぎゅっと掴むのよ。そうしたらもっと気持ちいいから」
「んくうううっ!こっ、こんなっ!あんっ、あはああん!」

 やだっ、気持ちいい……胸を掴んだだけなのに、全身がびんびん疼くみたい。
 だめよっ、これはあの女にそうさせられているだけなんだから。
 こんな感覚に流されちゃだめっ!

 私は必死に我慢して斉藤を睨み付けようとしたけど、自分の手がぎゅっと胸を揉むと、もうこのいやらしい声が出てくるのを抑えられない。

 それに、なんだか股間のあたりがむずむずして、全身が熱くなってくるみたい。

「あなたって、本当にいやらしいのね、結城さん」
「やっ、違うっ、これはっ!」
「何が違うの?だったら、なんでそんなにももをもぞもぞさせてるの?」
「こっ、これはっ!むふうううっ!」

 だ、だって!アソコがむず痒いようなくすぐったいような感じがして、ふとももが自然に動いてしまうのよ!

「しかたないわね。じゃあ、アソコもいじっちゃいなさい」
「そんなっ!やあっ、またっ!?ああっ、あくううううっ!」

 斉藤の命令したとおりに、片手が胸から離れてスカートの中へと潜り込んだ。

 ちょっと!なんであの女の言うことばかり聞くのよ!
 私の手なんだから、私の言うことを聞いてちょうだい!

「ホント、いやらしい。でも、いいのよ、いっぱいいじりなさい、そして、いっぱい感じなさい」
「やあああああっ!こんなことっ、あっ、ああああっ!んんっ、きゃん!」

 いやあっ、だめえっ、これ!

 ショーツの上からワレメをなぞっただけで、胸を触っていたときよりも数倍強い刺激が全身を駆け巡った。
 がくりと足から力が抜けて、私は悲鳴を上げながら前のめりに倒れる。
 それでも、指先でワレメをなぞるのが止まらない。

 やだ……恥ずかしい……ショーツがこんなにぐっしょりと濡れてる……。

「なによ、そんな姿勢じゃ何してるのかわからないじゃないの。ほら、仰向けになるのよ」
「んんんっ!ああっ!」

 またもや体が勝手に動いて、ぐるりと仰向けになった。


「スカートをめくって、あなたがアソコをいじっているところをもっとよく見せなさい」
「いやあっ、そんなことっ!だめっ、だめなのにいいいっ!くううっ、くふうううん!」

 だめえっ!
 そんなことしたら、ショーツがぐしょ濡れなのを見られてしまう!
 それだけは嫌っ!嫌なのに!

 自分の手がスカートをめくり上げるのを、私は止めることができない。

「どうしたの、結城さん。ショーツがぐしょ濡れよ。あなたって、そんなにいやらしい人だったの?」
「これはああああぁっ!あなたがっ、やらせてっ!んんっ、んはああっ!」
「なに言ってるのよ。あなたが自分でやってるんじゃないの」
「でもっ、私がこんなことするはずっ!くうううううっ!ああっ、手がっ、勝手にっ!んくううううーっ!」

 そうよっ!
 私、ひとりでもこんなのやったことがないのに、こんな女に命令されてっ、こんなっ、こんなっ……。

 悔しくて唇を噛んでも、はしたない喘ぎ声がすぐに出てきてしまう。

「そう?だったら、本当に私も手を貸してあげようかしら」
「なっ、何をする気!?んんっ、あああっ、ちょっと、斉藤さんっ!!」

 斉藤が私のショーツに手をかけたかと思うと、一気に脱がせていく。

「ふーん、本当にいやらしいのね」

 私の股間に顔を近づけながら、斉藤は大げさに感心してみせる。

「いやあっ、だめえっ!見ないでッ、見ないでええええぇっ!」
「こんなに面白いことから目が離せるわけないでしょ。人に見られながらこんなことして感じちゃうなんて。ふふふっ、学年一の秀才がこんなヘンタイだったなんてね」
「違うっ、私はヘンタイなんかじゃっ!あうううっ!」

 断じて私はヘンタイなんかじゃないのに、でも、さっきよりももっと気持ちよくなってる。
 やだ、私、本当に感じてる……こんなの、絶対におかしいのに……。

「でも、気持ちよさそうじゃない。いいのよ、もっと感じちゃって。ほら、中まで指を入れて。うん、そうやってるとすっごく気持ちいいわよ」

 そんなのだめっ!
 自分でアソコを触るのも初めてなのにっ、ワレメの中に指まで入れるなんてっ!
 そんなのっ、そんなのっ!

「ああっ、んくううううっ!」

 やだっ、アソコの中に入ってる!
 それが自分の指だってわかるのがなおさらいやっ!
 私の指が、温かくてヌメヌメしたもの包まれて……アソコの中に細長いものが入ってきて、動き回ってる……。

 なんだかもう痺れるような快感が体中に充満して、逃げ場をなくして体中で暴れ回ってる。
 体がビクンビクンって跳ねて、全身の筋肉がつりそうなくらいに痙攣してる。

 やめてっ、もうやめてえええっ!

 だが、斉藤の口から出てきたのは、そんな私の願いとは正反対の言葉だった。

「ほら、あなたはイっちゃうまで自分でやるのを止められないわよ」
「そっ、そんなっ!」
「でも、とても気持ちよさそうじゃない。それならすぐイクことができるわよ」

 ば、馬鹿なことを言わないでっ!
 でもっ、でもおおっ!

「んぐうううっ!ああっ、ふあああああっ!」
「ホントにすごいわね。やっぱり私も手を出しちゃお」
「なっ、何をするのっ!?あっ、あひいいいいっ!」

 いっ、今、何をしたの!?
 目の前で火花が散ったわよ!
 全身を電気が走って、目の前で弾けたみたいに。

 斉藤の指が、アソコのあたりに当たってる感覚はあるけど……だめ、全身が熱くて、頭の中がぼうってしてきそう……。

「ひいいっ、あふううううううううっ!」
「きゃあ!」

 あの女の指が動いた瞬間、また火花が散った。

 なんだか、斉藤の悲鳴が聞こえたみたいだけど……。
 すごく遠くで聞こえたような気もする。
 全身が痺れたようになって、快感以外の感覚を感じなくなってるみたい。

 だめ、それ以上されたら、わたし……。

「んふうっ、ふあああああああんっ!」

 その瞬間、体の中に充満していた快感が爆発したように思えた。
 頭の中が真っ白になって、体が固まって弓なりになったまま動けない。
 それなのに、まだ電気みたいな快感の波が押し寄せてきて、そのたびに呼吸もできないくらい体が痙攣する。
 
 どれだけそうやって体をひくつかせていたんだろうか?
 ものすごく長い時間そうしていたような気がする。

「ああんっ、んふううううぅ……」

 ようやく強ばっていた体が緩んで、がっくりと仰向けになったまま深く息継ぎをする。

 酸欠状態の体に酸素を行き渡らせようと大きく息をしている私の頭上から、斉藤の声が降ってきた。

「すっごいイキっぷりだったわよ、結城さん」
「んんっ、はあっ、はあっ……さっ、斉藤さんっ、あなた、いったい私に何をしたの!?」

 私は、気力を振り絞ってこちらを見下ろしている斉藤を睨み付ける。
 すると、斉藤は心底おかしそうな笑い声を上げた。

「ふふふっ!あなたにね、おまじないをかけたの」
「おまじないですって!?」

 斉藤の言ったことが、私には一瞬理解できなかった。

「そう。あなたが私の言いなりなってしまうっていうおまじない」
「そんなバカなことがっ!」
「でも、今、あなたは私の言ったとおりにしてしまったでしょう」

 それはそうだけどっ!おまじないとかそんな馬鹿げた話あるわけがないわ!

「でもっ、そんなことができるおまじないなんて!?」
「あら?まだ信じられないの?しょうがないわね。じゃあ、両足を広げなさい」
「なにをっ。あっ、あああ、またっ!?」

 斉藤に命令されると、仰向けになったままの私の足がゆっくりと開いていく。

「そうそう。アソコがよく見えるようにね。もっと開いて、膝を折って、両手で支えるのよ」
「いやっ、こんなことっ!いやああああああっ!」

 そんな恥ずかしい格好できるわけがないのにっ!
 でもっ、体が勝手に動いてしまう!
 こんな格好、また、アソコが丸見えになるのに……。

「どう?これでわかったでしょ?」

 すっかり勝ち誇って斉藤は私を見下ろしていた。

 私をこんな目に遭わせて、絶対に許さないから!
 だいいち、自分が何をやっているかわかってるの!?

「くっ、あなたっ、こんなことしていいと思ってるの!?」
「あら?じゃあ、先生にでも言いつける?そうしたら、あなたがこんなに恥ずかしいことをしたのも知られてしまうわよ」
「だからそれはあなたがそうさせてっ!」
「だったら、そう言うの?あなたが言いなりになるおまじないを私がかけたって?」
「う……そ、それはっ……」
「聡明なあなたならもうわかってるわよね。人を言いなりにさせるおまじないなんて、そんな話、誰が信じると思うの?」

 ……その通りだわ。こんな話、誰も信じてくれないに決まってるわ。
 でも、どうしたらこんなことをした代償が高くつくってこの女に思い知らせてやることができるの?
 屋外で、自分でいやらしいことをさせられて、その上こんな、両手で両膝を支えて大股を広げさせられた格好までさせられた屈辱はどうやったら晴らすことができるの?

「もうわかったでしょ。そんなこと言っても、あなたがおかしいと思われるだけよ。ああ、それともそれがいいんだ。だって、人の目の前でひとりえっちしてイっちゃうヘンタイだもんね」
「くっ!……あなた、許さないから!」

 そうよ、私は絶対にあなたを許さない。



 ちょっと、何を考えてるのよ……。



「そう。許さないのならそれでけっこう。でも、いつまでそんな気でいられるかしらね」
「こ、今度は何をする気なの!?」

 また私になにかする気なのね!
 これ以上恥ずかしいことでもさせようっていうの!?

「あなたに、私のことを好きになってもらうわ」

 ……え?

「な、何よ……それ?」
「あなたは私に恋をするの」
「そ、そんな……」
「ほら、私を見て。私の顔を見てると、すごく好きになってきて、胸がドキドキするわ」
「……や、いや……そんなの、いや」

 そうよ、この女を絶対に許さないってさっき誓ったじゃないの。
 今までずっと、この女のことを憎たらしく思ってきたじゃないの。

 ……なのにどうしてこんなに心臓がバクバク鳴ってるの?
 なんでこんなに顔が熱くなってるのよ?

「ほら、あなたは私のことがものすごく好きになってしょうがない」
「ち、ちがう……これは、おまじないでそうさせられて……でも、ああ……」
「私のことが気になって、私のことが恋しくて、私にもあなたを好きになってもらいたくなる」
「あああ……さ、斉藤さん……。ちっ、違うっ!これはっ、おまじないで無理矢理!こんなのっ、私の本当の気持ちじゃ!」

 私、斉藤さんのことが好き……。

 だめよっ!気をしっかり持つのよ!
 これは、彼女のおまじないで無理矢理させられてるの!
 忘れたの!?あの女はそのおまじないで、さっき私をさんざんに辱めたじゃないの!

「強情ね。でも、あなたはもう、私のことが大好きなの」
「あ……ああ……だめ……そんなのだめなのに……私、私……」

 だめ、もうそれ以上言わないで……そんなに私を見つめないで……。
 そんなにじっと見つめられたら、私……本当にあなたのことを好きになってしまう。
 こんな恥ずかしい格好をさせられてるけど、今すぐ抱きつきたいって思ってしまう……。

「そんな私のことをあなたは告げ口できるっていうの?」
「……できない。私にはそんなことできない」

 できるわけないじゃない、こんなにあなたのことを好きなのに。

「うん、いい子ね。でも、私はあなたのことを好きじゃないから」
「……え?」

 なに?今、なんて言ったの?

「あなたは私のことをとっても好きだけど、私はあなたのことを好きになってあげない」
「そ、そんなっ!」
「あなたは、もう大好きな私のことを貶めることも告げ口することもできない。でも、あなたがどんなに私のことを想っても、私はあなたを好きになってあげないんだから」
「そんなっ、そんなひどいこと……!」

 そんなっ、私、いったいどうしたらいいの?
 こんなに好きにさせられて、そして、その好きな人から拒絶されるなんて……。

 あまりにひどい仕打ちに、涙が溢れてきて視界がぼやけていく。

「あら、泣いてるの?本当は泣き虫なところは中等部の頃から変わってないのね」
「だって、こんなっ、こんなっ……!」

 そんなひどいことしなくてもいいじゃないの……。
 悔しくて悲しくて、涙が止まらない。

「まあいいわ。そうね、じゃあ、今日はもう自由にしていいわ」
「……え?」

 彼女がそう言った途端に体が自由になって、私はその場にへたり込んだ。

「あら?何か期待していたの?言ったでしょう、私はあなたのことを好きになってあげないって。だから、あなたにはもう用はないの」
「ひどい、ひどいわ斉藤さん……」
「じゃあね、また明日、結城さん」

 そう冷たく言い放つと、彼女はすたすたと立ち去っていく。
 その後ろ姿を見つめながら、私はただ泣きじゃくることしかできなかった。





♪ ♪ ♪






 あの後、私は泣きながら身なりを整えると、足取りも重く家路についた。
 ぐっしょりと濡れたショーツが冷たいこともさらに私の気分を沈ませた。



 家に帰ってからも、目を閉じると彼女の姿が浮かんできて胸が締めつけられる。

 それが、おまじないで無理矢理つくり出された感情だということは理解している。
 これは私の本当の気持ちじゃないし、彼女は私にとって許せない、ずっと憎み続けてきた相手だということを理性ではわかっていた。 

 でも、気持ちは正反対の反応をしてしまう。

 そして、彼女の拒絶の言葉を思い出すとまた涙が溢れてくる。

 自分の中に生まれた彼女への愛情と、拒まれた悲しさ、これまでの憎しみの記憶と、今日されたことの屈辱と恐怖で体も心もばらばらになりそうだった。



 結局、その日私は一睡もすることができなかった。







 翌日。

「おはよう、結城さん!」

 教室に入った私を、彼女の明るい声が迎えた。
 それを聞いただけで胸がドキンとしてしまう自分が悲しい。

「……おはよう、斉藤さん」

 挨拶を返してちらりと彼女を見た瞬間、また胸がきゅうっと締めつけられる思いがした。
 それが痛いほど切なくて、私はすぐに視線を逸らす。

 そして、自分の席に着いたその時、後ろでガタンと音がした。

 思わず、ドキッとして立ち上がりそうになった。

 だめよ、意識したらだめ。

 そう思えば思うほど、かえって意識してしまう。





 その日の授業は地獄だった。



 背後から物音がするたびに、私の体は過剰に反応してしまう。

 何かが私の背中に当たったときなんか、思わず大きな声を出してしまって先生に不審に思われた。
 なんとかごまかしたけど、次の授業でも同じようなことがあった。

 それでも、なんとか6時間目の授業が終わるまで耐えて、ショートホームルームが終わればこの地獄から解放される。
 そう思っていた矢先だった。

 なにか、細くて固いものが私の背中に当たった。

「きゃあっ!」

 すこし緊張の緩んでいた私は思わず、大きな声をあげて立ち上がってしまっていた。

「どうしたの、結城さん?なにかあったの?」

 担任の橋本先生が心配そうに訊ねてくる。

「あ、いえ、ちょっと虫が飛び込んできただけです」
「そう。結城さんにも嫌いなものはあるのね。まあいいわ、座りなさい」
「は、はい……」

 その場はなんとかそう言ってごまかした。



 こんなのがこれからずっと続くの?
 そんなの、私には耐えられない。



 ホームルームが終わると、さっさと出ていった彼女を後を慌てて追いかけた。

 後ろ姿を見ているだけで胸が高鳴って、呼吸が乱れて足がもつれる。



「ちょっと待って!斉藤さん!」

 やっとのことで、正門の近くで彼女に追いつく。

「なにかしら、結城さん?」

 澄ました顔で彼女が振り向くと、心臓が早鐘のように高鳴る。

 こんなのはもういや!
 元に戻して欲しくて、私は彼女に向かって手を合わせる。

「頼むからもうこんなのやめてちょうだい!」
「なんのことかしら?」
「お願いだから私を元に戻して!」
「まだわからないの?あなたはもう私に頼み事なんかできる立場じゃないのよ。それに、何を言い出すかと思ったら、元に戻して、ですって?そんなことできるわけないでしょ」

 縋る思いで頼んだというのに、彼女の返事はにべもなかった。

「でもっ、苦しいのっ!こんなの、切なくて、辛いのにっ!」
「だったら、どうすればいいのか自分で考えるのね」
「ええっ?」
「言っとくけど、私はあなたのことを絶対に元に戻さない。その上で、あなたがこれからどうしたらいいのか自分の頭で考えるのよ」
「そ、そんな……」

 こんなにあなたのことを好きにさせられて、でも、あなたは私のことを好きになってくれないのはわかっていて、それで私にどうしろって言うのよ?

「あーら、優等生のあなたにもわからないことがあるの?」

 困惑して突っ立ったままの私に追い討ちをかけるような嘲りの言葉。
 悔しさと悲しさで、また涙がこぼれそうになった。

「ひ、ひどいわ、斉藤さん……」
「あら、また泣くの?いいわよ、泣いても。こんなところで泣いて、みんなに見られてもいいっていうんならね」
「くっ!」

 私は、泣いている姿をみんなに見られないように、ぎゅっと目を瞑ると正門の外へ駆けていった。





 その日は、前日よりも私の状態は悪化していた。

 目を閉じるどころか、開けていても彼女のことしか考えられない。
 こんなに好きなのに、彼女には受け入れてもらえない。

 いったい私はどうしたらいいのか、考えてもいい答えは浮かばない。
 ただ、自分の感情だけがぐるぐると空回りしていた。






 次の日になると、私は一切の感情や感覚が麻痺しているんじゃないかと思うくらい何も感じなくなっていた。
 思考力も落ちて、上手く考えることができない。

「おはよう、結城さん!」

 ただ、彼女にだけは心と体が反応してしまう。

 背後に彼女の気配を感じながら、じわじわと身を焼かれるような思いで1日を過ごす。
 もちろん、授業の内容なんか頭に入ってこない。





♪ ♪ ♪






 もうだめ、このままだと私、おかしくなってしまう。
 彼女に私のありったけの思いを伝えよう。

 そう決心したのは、翌日の夜明け近くのことだった。

 もう、頭の中は完全に彼女のことで占められていた。
 私が悪かったことを認めて、今までのことは全部謝ろう。
 きっと、それでは赦してもらえないだろうから、お詫びに彼女のためになんでもすると誓おう。
 そう、あの時みたいに土下座したっていい。
 だって、こんなに大好きなんですもの。
 きっと、心の底から反省している姿を見せて誠意を尽くせば、彼女もわかってくれるかもしれない。
 それでも受け入れてもらえなかったら……?

 ベッドの上で、私はずっとそのことばかり考えていた。







 そして、その日ほど放課後までの時間が長いと思ったことはなかった。



「斉藤さん、ちょっといい?」

 ホームルームが終わると、すぐに私は後ろに振り向いた。

「な、なによ?」
「ちょっと話したいことがあるの。この間の場所で、私の話を聞いて欲しいの」
「い、いいけど……」

 やったわ!
 とりあえず、これで彼女に私の思いを伝えることができる。
 でも、彼女は受け入れてくれるのかしら……。




 私は、緊張で胸が張り裂けそうになりながら、彼女をあの場所へ連れ出す。
 3日前、彼女のことを好きにさせられたあの場所へと。




「で、私に話したいことってなんなの?」

 立ち止まって彼女の方を向くと、私はおそるおそる話を切りだした。

「お願い、斉藤さん。私の気持ちを受け入れて……」
「へ……?」
「私、あなたのことを好きなの!大好きなの!それは、無理矢理こんな気持ちにさせられたことはわかってる。でも、もうどうしようもないの!あなたに私の思いを伝えて、あなたに受け入れてもらえないと、私、どうにかなっちゃいそうなの」

 とにかくまず、今の私の思いを一気に彼女にぶつける。

「私はあなたのことを好きにならないってこの間言ったでしょ。そんなこともわからないの、あなたは?」

 うん、これだけではそんな返事が返ってくることはわかっていた。

 だから……。

「私っ、なんでもするから!」

 私は、彼女に向かって膝をつき、あの時みたいに深く深く土下座をした。

「ええっ!?」

 彼女の驚いたような声が聞こえたけど、構わずに私は続ける。

「私は、今まであなたに随分とひどいことをしてきたわっ!だから、きっと赦してもらえないことはわかってる!だから、そのお詫びに私、なんだってする!あなたのためになんでもするから、あなたの側にいさせてください!お願いします!」

 そう言って、額を地面に擦り付ける。




 だけど、彼女からの返事はなかなか返ってこなかった。
 その沈黙の時間は、永遠に続くかと思うくらい私には長く感じられた。




「そうね。今、ここであなたを受け入れてあげるわけにはいかないわ。それは、これからのあなた次第にしましょう」
「……え?」

 ようやく返ってきた返事。
 だけど、その返事の意味がわからずに、私はきょとんとして彼女を見上げた。

「あなたはこれから、私の奴隷になるの。いい?」
「……奴隷?」

 奴隷って、あの世界史の授業で出てきた?

「そうよ。今日から私があなたのご主人様になるから、これからずっと、あなたは私のことだけを考えて、私の気に入ることだけをする私の奴隷になりなさい。そうでなかったら、私の側にいることはできないわよ」
「なるわっ!私、あなたの奴隷になる!」

 私に選択の余地はなかった。
 一も二もなく、私は奴隷になることを誓う。

 でも、どうしてかしら?
 そう誓った途端に、私はこの方の奴隷なんだと思えてきた。
 この方は私のご主人様で、私はこの方のことだけを考えて、この方の気に入ることだけをすればいいんだと素直に思えてくる。

 そうだわ、今からこの方は私のご主人様で、私はこの方にお仕えする奴隷なんだから。

 でも、私のご主人様は厳しい顔をしたままだった。

「なによ、その口のきき方は?あなたは私の奴隷で、私はあなたのご主人様なのよ。それが奴隷の主人に対する口のきき方なの?」

 そうだわ!
 あなたの奴隷になる、なんて、私ったら奴隷の分際でなんて生意気な口のきき方をしたのかしら。

「もっ、申し訳ありません!なります!あなたの奴隷にならせていただきます!ですから、どうかお許しください!」

 改めてそう言うと、私はもう一度深く頭を下げる。

「いいわ。あなたを私の奴隷にしてあげる」
「ありがとうございます!」

 やった、赦していただけた!

 ずっと自分を苦しめていた胸のつかえが、やっと取れたようにおもえた。
 こんなに嬉しかったことなんて、今までの人生であったかしら?
 喜びに満たされて、自然と笑みが溢れてくるのがわかる。

「じゃあ、これからは、私のことは琴乃様、て呼びなさい」
「はいっ、琴乃様!」

 そんなの当然だわ。
 なんていっても、琴乃様は私のご主人様なんですもの。

「私は、あなたのことは和音って呼び捨てにするから」
「どうぞ、私のことは琴乃様の好きなようにお呼びになってください!」

 いままで琴乃様にさんざん失礼なことをしてきた私のことを、名前で呼んで下さるなんて。
 あまりにもったいなくて、涙が出そうになった。

「ただし、私のことを琴乃様って呼ぶのは、ふたりきりの時だけよ。他の人がいる時は琴乃様って呼んだらだめ。あなたが私の奴隷だって他の人に気づかれてもだめ。今まで通りみたいに振る舞うのよ」

 それはつまり、みんなの前では琴乃様のことを今まで通り、斉藤さん、と呼んで、普通の同級生として接しろということですか?

「そんな……おそれ多いこと……」
「私が嫌だって言っているんだから、そうするのが奴隷の務めじゃないの!?」
「はいっ、申し訳ありません!」
「いい?私とあなたの関係は、他の人には絶対に知られたらいけないの」
「かしこまりました!琴乃様のおっしゃるとおりにいたします!」

 そうだわ!
 琴乃様が嫌だとおっしゃってるんだから、それに対して口答えするなんて奴隷にあるまじき行為よね。
 私が間違ってたわ。

「それでいいわ。そうやって、私の気に入ることをしていれば、私はたっぷりとあなたを可愛がってあげる。もしかしたら、そのうちあなたのことを好きになってあげるかもしれないわよ」
「はいっ、ありがとうございます!」

 ああ、なんてもったいないお言葉。
 私ったら、なんていいご主人様にお仕えできるのかしら。

「うん、いい返事ね。じゃあ、ご褒美をあげるわ」
「え?ご褒美ですか?」

 こんな私に早速ご褒美をくださるんですか、琴乃様?

「そうよ。いい、和音。これから、私の手はあなたにとって魔法の手になるの」

 そう言って、琴乃様は私に向かって両手を差し出してこられた。

「魔法の手、ですか?」
「そう。私の手で触られると、それがどこでもすごく感じちゃうの、すぐにイっちゃいそうなくらいに。そしで、私の手で触られていると、すごく気持ちよくなって、何度も何度もイって、そして、とっても幸せな気持ちになれるの」




 そして、琴乃様の手がゆっくりと私の頬に触れた。




「あんっ!ふああああんっ!」

 その瞬間、あの時のような、いや、それ以上の快感が全身を駆け巡って、頭の中で弾けた。
 下半身から力が抜けて、へなへなと私はその場にへたり込んでしまった。

「本当にこれだけでイっちゃったの?」
「ふわぁい……軽くイってしまったみたいですうぅ……」

 うん、3日前のあの時と同じような感覚。
 たぶん、私イってしまったんだわ。

 体がすごく熱くて、なんだかふわふわした気持ち。
 舌がもつれて、うまく動いてくれない。

「それじゃあ、ここはどうなの?」

 今度は、琴乃様の手が私のふとももに当たった。

「ひゃあんっ!あふうううっ、あっ、しゅごいですっ、琴乃さまぁ!」

 ああっ!これっ、この間のよりもすごい!すごすぎるのっ!

 目の前で、いろんな色の火花が散って、体がもう、じんじんだかびりびりだかわからないくらい震えて、ビクビクッと跳ねてる。

「ふやあああああっ!あっ、わたしっ、またっ、またイキますうううううううっ!」

 そのまま目の前が真っ白に弾けて、体がきゅって固まった。
 私、またイっちゃった。
 それも、こんなに激しく。
 すごい、琴乃様の魔法の手はなんてすごいのかしら。
 快感の余韻に浸って、私はすごく幸せな気持ちに包まれていた。

「こんなところでそんなに派手にイってしまうなんて、あなた、なんてヘンタイなの?」

 そのままばったりと後ろに倒れた私に向かって、琴乃様の声が降ってきた。

「んふううううぅ……でも、琴乃さまぁ……」

 まだ頭がぼんやりとしていて、それだけしか言うことができない。

「そう、あなたはヘンタイなのよ。私の見てる前でこんなにいやらしい姿をさらして気持ちよくなるヘンタイ牝奴隷なの」

 ああ、そうか……私はヘンタイだったんだ……。
 琴乃様の前でこんなにいやらしい格好をして、こんなに気持ちいいんですもの。
 私はヘンタイ牝奴隷、今日から琴乃様のヘンタイ牝奴隷なのよ……。

 頭の中でそう繰り返していると、なんだかヘンタイ牝奴隷っていう言葉がすごく素敵なものに思えてくる。

「はいいいいいぃ……わたしはぁ……ヘンタイ牝奴隷れすうううぅ……。んんん……ふやあああ。こんなに、可愛がってくれて、ありがとうございます、琴乃さまぁ……」

 感激の涙で潤む景色の中、ぼんやりと琴乃様のお姿が見える。

 こんなすごい魔法の手を持っているなんて、そして、こんなにいっぱい気持ちよくしてくれて、こんなに幸せにしてくれるなんて、琴乃様はなんて優しくて素晴らしいご主人様なのかしら……。

 私は、うっとりとしていつまでも琴乃様のお姿を見つめていた。

 
 


 

 

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