ヒミツの購買部


 

 

- 梢 -


「うーんっ、風が気持ちいいーっ!」

 ぐっと伸びをした私の頬を初夏の清々しい風が撫でていく。
 もう、桜はすっかり散ってしまったけど、枝には青々とした葉が伸びて、緑のトンネルを作っていた。
 ところどころ、柔らかな木漏れ日が射し、木々の蒼が目に沁みる。
 
 ……ん?カッコつけすぎちゃった?

 まあ、うちの学校は郊外の丘の上にあるから、緑が多くてこの季節はホントに気持ちいいのよねー。
 しかも、敷地が無駄に広くて、こうやって遊歩道なんかあるものだから、折からの穏やかな日射しに誘われて私、高崎梢(たかさき こずえ)はふらふらと散歩に誘われたのだった。

 あ、でも、授業サボってるんじゃないのよ。
 今は放課後。……て、誰に言い訳してるんだろ、私。

 それにしても本当にいい散歩日和だわ。

 緑のあふれる小道をのんびりと歩いていると、時間がゆっくり流れていくようだ。

「あ、あんな所にベンチなんかあったんだ。明日、あそこで梓ちゃんとお弁当食べようかな。……あれ?」

 ひとつの建物の前で私の足が止まった。

 この、蔦の絡まった五角形の建物のことなら聞いたことがある。
 レイチェル館ていって、たしか、この学園を建てた外国の人にゆかりがあるものらしい。
 当然、かなり古い建物だし、珍しい形をしているので、市だか県だかの文化財に指定されているって聞いたことがあった。

 その、レイチェル館の窓のひとつから灯りが漏れているのだ。

 この建物は、今では使われていないはずなのに。



 不思議に思って、レイチェル館の入り口に近づいてノブを回す。

「あ……」

 鍵がかかっているはずなのに、ノブが簡単に回った。
 私は、そっとドアを開くと中に入ってみる。
 そこは、いびつな台形の変なスペースだった。
 たしか、私が入ったドアが五角形の底辺に当たる場所にあって、それが、台形の長辺というのだろうか、それになっている。
 そして、正面、台形の短辺に当たるところにもうひとつドアがあった。

 へんなの……。

 いったい、この建物は何なんだろう?
 外から見ても変わった形なのに、中もやっぱり変な感じだ。

 こうなったら、中を探検してやるわ。

 好奇心も手伝って、私は正面のドアを開ける。

「え……?」

 そこは、六角形の狭い空間だった。
 六角形の辺のひとつひとつに、ひとつずつドアがある。
 いま、私が入ってきたドアも含めて、全部でドアは6つ。
 五角形の建物の中に、六角形のスペース?
 いったい、どういう構造になっているんだろう?
 昔から図形とかは苦手だったので、考えただけでクラクラしてくる。

 それに、どこをみても同じようなドアばっかり。
 油断すると自分が入ってきたドアがわからなくなりそうだ。

「こ、このドアは開けといた方がいいわね……」

 自分の入ってきたドアを開けておくことにすると、私は改めて中を見回す。

 たしか、灯りが漏れてたのは……。

 私は、その六角形の空間を真っ直ぐ突っ切ると、正面のドアの前に立つ。

 このドアの向こうの辺りよね……。

 そのドアの向こうになにがあるのか、ちょっとドキドキしてくる。

 よく考えたら、掃除とか点検とかで人が入ってるのかもしれない。
 もしそうだったら、私が入ってるのが見つかったら叱られるだろうなぁ。

 でも、不思議とそんな感じはしなかった。

 とにかく、中に入ってみないとなにもわからないわよね。

 私は、ノブに手をかけると、そっとドアを開く。

「……え?なにこれ?」

 中の光景に、思わず茫然と立ちつくす私。
 部屋の中は、ひとことで言うと”売店”だった。

 それ程広くない五角形の部屋、そのうちの2面に窓があって、きっと、私が見た灯りはそこから漏れていたんだということはわかる。

 そして、部屋の中のテーブルや棚には、たくさんの文房具やなんかが並べられていて、本当にただの売店の雰囲気だった。

「おやおや、お客さんとは久しぶりだねぇ」
「ひゃっ!」

 不意にかけられたしわがれ声に、心臓が飛び出そうになった。
 声のした方を見ると、小さな机の向こうに、白髪のお婆さんが座っていた。

「あああ、いえ、すみません、あの、わ、私っ……」
「よいよい、お客さんじゃろう?」
「いえ、あの、お客さんって……。いったいここは、なんなんですか?」
「購買部じゃよ」
「ええ?でも、購買部は……」

 そう、学校の購買部はここじゃない。正門を入ってすぐの所にある小さな建物だ。

「何を言っておるんじゃ。この購買部の方が歴史は古いんじゃぞ」

 そう言ってお婆さんはふぇっふぇっと笑う。
 白髪で、腰が曲がってて、しわくちゃな顔だけど、鼻がすごく高くて、目だけがやたらキラキラしてる。

 もしかして、外国の人なのかな?

 なんだか、変に日本人離れした雰囲気に、そんなことを考えてしまう。

「だって、この建物は今は使われていないんじゃ……」
「おや、そうじゃったかの?」

 そう言って、またしわがれた声で笑うお婆さん。
 ていうか、こんな所で売店やってて、そんなことも知らないの?

「まあよい。せっかく来たのじゃから、うちの自慢の品でも見ていくがよい」
「自慢の品って……」

 そんなこと言っても、そこにあるのはペンやノートみたいなありきたりの文房具ばっかり……。

「あら……?」

 改めて見回すと、文房具だけじゃなくて、いろんなお菓子やジュースも置いてあった。

 でも、なんだろう?なにか変……。
 あ、そうか。どれもこれも見たことないものばっかり。

 そう、色とりどりのキャンディーも、やっぱりカラフルな、瓶入りのジュースも、全部初めて見るものばかりだった。

 ていうか、今どき全部瓶ジュース?ペットボトルじゃなくて?そもそも、これってどこのメーカーなのよ?
 どれもこれも、私の知っているような有名な会社のものじゃない。
 それ以前に何のジュースかすらもわからないし。
 あまりに色がケバくて、さすがに手に取る気も起きない。

 それに、このチョコバーだって……。

 私は、キャンディーの横に置いてあるチョコレート・バーを手に取ってみる。
 見た目は何の変哲もないスティックタイプのチョコバーだけど、包み紙にびっしりと横文字が並んでいた。

 え?これ、英語じゃない……。

 包み紙の字を読もうとして、知っている単語がひとつもないことに気づく。
 確かにアルファベットを使ってるのに、それが何語なのか見当すらつかない。

「ほほう、それがお嬢ちゃんに必要なものなんじゃな」

 いきなり、お婆さんが声をかけてきた。

「え?私に必要なもの?」
「そうじゃ。お嬢ちゃんに必要なものじゃから手に取ったんじゃよ」

 そう言って、お婆さんが目を細める。

「あ、いえ、別にそう言うわけじゃなくって、本当に何気なく取ってみただけで」
「だからじゃよ。それが、今お嬢ちゃんが持っている願いを叶えてくれる。だから、それに惹かれて手にしてみようと感じたんじゃよ」

 はい?なに言ってるの、お婆さん?

「なんのことですか?ホントに私は何となく手に取っただけですし、それに、私の願いって?」
「ふえっふえっふえっ。この店に来る者は、皆なにかしら心の底から叶えたい願望や、どうにかしたい悩みを抱えておる。そして、ここに来た者は、それを解決する品をここで見つけるのじゃ、お嬢ちゃんのようにな」

 本当にこのお婆さんの言っていることの意味がわからない。
 だいいち、私の願望ってなに?こんなチョコレート・バーで叶うものなの?
 そんなのって、まるで私が馬鹿みたいじゃない。

「そんな。私、そんなに真剣な悩みもないですし、願いだって、このチョコバーで叶うようなものじゃ……」
「いいや、叶う。というよりか、それの効果を知れば自分の願望もわかるだろうて」
「あの、さっきからなにを仰ってるんですか?お婆さんの言っていることの意味が全然わからないんですけど」
「まあ聞くがよい。お嬢ちゃんが今持っているそれはな、ラブ・ポーション、つまり、惚れ薬じゃよ」
「ラブ・ポーション?」

 お婆さんの言葉に、ますます私は混乱してしまった。

「そうじゃ。それを食べた者は、そのすぐ後に見た者を好きになってしまうのじゃ。つまり、好きな相手にそれを食べさせれば、相思相愛になれるというわけじゃ。どうじゃ、お嬢ちゃんには思っておる相手がいるのじゃろう?」

 お婆さんにそう言われて、私の頭にひとりのクラスメイトの姿が浮かぶ。
 その人の名前は伊東梓(いとう あずさ)……。シャギーを入れたショートボブの髪が凛々しく感じるけど、女の子だ。
 そもそも、うちの学校は女子校だから男子はいない。
 梓ちゃんと私は中等部の頃から仲のいい友だちだった。

 遊ぶのも、お昼食べるのもいつも一緒。
 私は、梓ちゃんのことが大好きだった。
 それが、友だちとしてライクじゃなくて、恋愛感情だって気づいたのはいつからだろう。
 周りの子に、レズっ子カップルってからかわれて、むしろ嬉しいと思ったくらいだ。梓ちゃんは真剣に嫌がってたけど。

 でも、それは私の片想い……。

 なにより、私たちは女の子同士だし。
 梓ちゃんは、女の子同士で恋愛感情なんか持たないだろうし、私のことは完全に友だちとしか思ってないだろう。
 断られるのがわかっていて、それも、はきはきした性格で突っ込み魔人の梓ちゃんに本当の気持ちを告白する勇気は私にはない。

 でも、梓ちゃんとつき合うことができたら……。

「ふえっふえっふえっ。やはり、想うておるあいてがおるようじゃの。その顔を見ればすぐにわかるわい」
「あの、本当にこれを食べた人は、その後見た相手を好きになるんですか?」
「そうじゃ」
「それが、どんな相手でも?」

 そう、たとえ、女の子同士でも?

「もちろんじゃとも」

 お婆さんが、自信たっぷりに答える。
 いつの間にか、私はお婆さんの持っている雰囲気に飲み込まれていた。

 ラブ・ポーションなんて、そんなもの、この世にあるわけがない。
 でも、もしからしたら、と思ってしまう。

 だけど、本当にそんなものがあったとしても、きっと高いんだろうな……。

「あの、それで、これはおいくらなんですか?」
「105円じゃ」
「ひゃ、ひゃくごえんっ!?」

 お婆さんの返事に思わず声が裏返ってしまった。
 安い、いや、安いなんてものじゃない。普通のチョコバーと同じ値段じゃないの。

「あのー、やっぱり冗談だったんですよね」
「ん?どうしてそんなことを言うのじゃ?」
「だって、105円て、やっぱりこれはただのお菓子なんですよね?だって、本当に惚れ薬なんてすごいものがあったら、とてもそんな値段じゃ買えませんよね?」
「なにを言うておる。ここは学校の購買部じゃぞ。何十万円、何百万円もするものを売っても仕方がなかろう。学生に買える値段で提供するのが鉄則じゃよ」

 ……いや、学生っていうか、それこそ小学生でも買えそうなんですけど。

「で、どうなんじゃ?買うのか買わんのか?」
「は、はい、いただきます」

 お婆さんに迫られて、思わず私は105円を払ってしまう。

「ふぇふぇ。では、うまく使うんじゃぞ」

 私の手からお金を受け取りながらお婆さんが言う。
 うまく使えって言われても、105円じゃ全然ありがたみがないんですけど。

 やっぱり、冗談ですよね。

 もう一度そう言おうとして、お婆さんの真剣な目に、出かかった言葉を飲み込んでしまう。

 まあいいか。ダメでもともと、どうせ105円なんだし。

「じゃあ、私はこれで失礼します」
「ああ。もしかしたらもう会うことはないかもしれんがの。想い人とうまくいくよう祈っとるぞ」

 その言葉に送り出されながら、私はその部屋から出ていく。

 また不思議なこと言ってる……。
 もう会うことはないかもって、だって、ここに来たらお婆さんに会えるんじゃないの?

 狐につままれたような、というのは今のような気持ちのことを言うんだろうか。
 なんだが釈然としないものを感じながら、私は六角形のスペースを突っ切る。
 そして、入ってきたときと同じようにドアをくぐり抜けて、レイチェル館を後にした。





♪ ♪ ♪






 次の日。

「あーずーさーちゃん!一緒にお弁当食べよ!」

 お昼休みになると、私はいつものようにお弁当を持って梓ちゃんの机に向かう。

「ねー、ねー!今日は外で食べない?いい場所見つけたんだ!緑がいっぱいでね、すっごく気持ちいいんだよ!」
「梢ったら、なにはしゃいでんのよ?」
「だって、本当に雰囲気いいんだよ!ね、いーでしょ!遊歩道の中のベンチでね、ホントにいい感じなんだから!」
「はいはい、わかったわかった。仕方ないわね」

 ブツブツ言いながらも、梓ちゃんは弁当箱を持って立ち上がった。

「わーいっ!さ、こっちこっち!」
「だーっ!手を引っ張るな!」

 私は、梓ちゃんの手を取ると教室の外に出る。

 もちろん、私のポケットの中には昨日買ったラブ・ポーションが入っていた。
 昨日の晩、家に帰ってから調べても、その包み紙に書いてあるのが何語なのかは全然わからなかった。
 あのお婆さんの雰囲気のせいもあるけど、そのことが、妙に期待感を持たせていた。

 それに、どうせダメでもともとなんだしね。
 まあ、梓ちゃんはチョコレート大好きだからご機嫌とりくらいにはなるかな。

「ほらー、早くーっ!」
「ああもう、わかったわよ!」

 めんどくさそうに歩く梓ちゃんを急かして、私は遊歩道へと向かう。





「ふーん。こんな所にベンチがあったんだ」
「ね、今の季節にお弁当食べるには最高でしょ!」
「まあ、風が通って気持ちがいいのは確かね」
「でしょでしょ!」
「こんな場所、いつ見つけたのよ?」
「へへへっ!昨日、天気が良かったからちょっと散歩をしててね」
「また梢の徘徊癖が出たな」
「なによーっ、徘徊癖って!」
「現にそうやってふらついてる人間が何を言う」
「でも、こういう発見もあるんだから!」
「どうでもいいけど、迷子にはならないでね、探す羽目になったらたまったもんじゃないもの」
「あーっ!梓ちゃんったらひっどーい!」


 いつものように、軽口を言い合いながらお弁当を広げる。


「それにしても本当に気持ちいい風が吹くよねー。ホント、いい場所見つけちゃった」
「そうね。ん?あれって、レイチェル館?」
「うん、そうだよ」

 ねえ、梓ちゃん知ってた?あの中には変な売店があるんだよー。
 って言いかけて言葉を飲み込む。

 その話をすると、ポケットの中のラブ・ポーションのことがばれてしまう。
 これを食べさせるまでは、その話をするのはやばいかな。
 それに、ここから見た感じだと、今日は灯りがついてないみたいだし。

「この学校広いから、あんまりこの辺まで来ないよね」
「うん。だから、このナイスなスポットを発見した私のすごさがわかるでしょ」
「いや、全然すごさを感じないんだけど」
「こうやってお散歩してた私のおかげじゃない」
「て、なに自分の手柄のように言ってんのよ。単に放課後真っ直ぐ家に帰らずにふらふらほっつき歩いてただけでしょ。まったく、それで昨日帰ろうと思ったらいなかったのね」
「なになに〜?梓ちゃんも一緒にお散歩したかった?」
「いや、別に散歩はしたくないから。ていうか、ひとりで帰るのも静かでよかったしね」
「そんな、ひ、ひどいわ、梓ちゃん。本当は私がいなくて寂しかったんでしょ?」
「気色悪いからしなを作るんじゃない」
「ぶはっ」

 つっこみと同時に梓ちゃんにぺしりとはたかれる。
 それもこれも、いつも通りの会話だ。



「ごちそうさま」
「ふう〜、美味しかった〜!」
「どうでもいいけど、梢の弁当箱大きすぎやしない?あんまり食べると太るわよ」
「平気平気〜。私って育ち盛りだから〜。梓ちゃんももうちょっと食べないと大きくなれないわよ〜。特にこの辺りが……ぎゃうっ!」

 私が、制服の上から梓ちゃんのぺったんこなおっぱいを押さえると、殺人的なつっこみが飛んできた。

「あんたはまたそうやってセクハラをしてっ!余計なお世話よ!」
「でも〜、梓ちゃんの控えめなおっぱいも、それはそれでキュートだよね!」
「やかましいっ!」
「ぎゃうん!」
「あんたがそうやってセクハラばっかりするからレズカップルとか言われるんだからね!」
「うう、痛たたた。ごめんごめん、これあげるから許して〜」

 私は、はたかれた頭を押さえながら、もう片方の手でラブ・ポーションを取り出す。

「ん、なによ?」
「チョコバーだよーん。けっこう美味しいよ〜」

 いや、食べたことないから美味しいかどうかわからないけど。

「どうしたのよ、それ」
「購買部で買ったんだー!私はもう食べたから、これ、梓ちゃんにあげるよ〜!」
「なんか、見たことないけど、どこの?」
「だよね〜。私も初めて見たけど、食べてみたら美味しくてびっくりしちゃったの〜」
「ふーん……」

 不思議そうな顔をしながらも、梓ちゃんは私の手からチョコバーを受け取る。
 ふっふっふ、そうよ、チョコレート大好きな梓ちゃんがこの誘惑を断れるはずがないわ。

 そして、梓ちゃんは、包み紙を破るとひとくち囓る。

「……うん。悪くないね、これ」
「でしょでしょ!」
「うん、美味しい。……あれ?でも、うちの購買部って、お菓子売ってたっけ?」
「え?それがあったのよ!たまたまかなー?」
「まあいいや」


 私の見ている前で、梓ちゃんはラブ・ポーションを完食する。


「うん、美味しかった。サンキュね、梢」


 そして、梓ちゃんが私の顔を見た。


 これで、梓ちゃんも私のことを好きになるんだ……。
 あのラブ・ポーションが本物だったらの話だけど。

「よし、じゃ、そろそろ教室戻ろうか、梢」
「え?」

 なんでもない、いつも通りの梓ちゃんの様子に、拍子抜けして思わず間の抜けた声をあげてしまう私。

「え?じゃないでしょ。もう授業始まるわよ」
「あ、ああっ、そうだよねっ!」

 やっぱり、私、あのお婆さんに騙されたんだ……。

 私の内心の落胆は想像以上だった。

 どうせ冗談だろうと思ってたのに、心のどこかで期待してたんだ、私。
 でも、しょうがないよね、105円だもんね。きっと、気の利いたジョークのつもりだったのよ。

「なにしてるの、梢?先行っちゃうよー!」
「あっ、待ってよ、梓ちゃん!」

 落胆を見透かされないように、私は空元気を出して立ち上がると梓ちゃんの後を追いかけていった。





♪ ♪ ♪






 夜、私の部屋。

「……そうだよね。やっぱり、ラブ・ポーションなんてあるわけないよね」

 机に肘をついて、ぼやく私。

 でも、それはそうだろうなと思う。
 たった105円で好きな相手と相思相愛になれるなんて、そんな都合のいいものが世の中にあるはずがないんだ。

 だけど、それでもやっぱり心のどこかで期待していたから、高ぶった気持ちが収まらない。

「梓ちゃん……」

 梓ちゃんが私のことを好きになってくれる。
 梓ちゃんと本当のカップルになれる。そう思ってたのに。

 なんだかおあずけをくらったみたいで、感情を抑えきれない。

「……ん、あっ、んんっ!」

 自分の手がアソコに伸びて、ショーツの上から敏感なところをなぞる。

「あっ、あんっ!んんっ、梓ちゃんっ!」

 ショーツの中に手を入れて、直に指をあてると、ぞくぞくするような快感が体に走った。
 そう、私はいやらしい気持ちが抑えられないときは、こうやってひとりエッチをする。
 それも、梓ちゃんの裸を想像して。

「んっ、あくうっ、激しいよっ、梓ちゃん!」

 体育の前にちらっと見た、すらっとした梓ちゃんの裸を思い浮かべながら、片手でアソコを弄り、もう片方の手で乳首をつまむ。

 自分でも本当にヘンタイだと思う。
 でも、この体の火照りを押さえることができない。

 ……これは、梓ちゃんの手。梓ちゃんが私の乳首をつまんで、アソコをいじってるの。

「あああっ!梓ちゃんっ、大好きだよっ!」

 梓ちゃんの指が私の中に入ってくる……。
 体が、きゅうってなって、ものすごく気持ちいい。

「ああっ、あうんっ、梓ちゃあああんっ!んああああっ!」

 つま先まできゅって反って、ぶるぶると体が震える。

 ……ああ、イっちゃった。

 ふっと、体から力が抜ける。

 私、またこんなこと……。

「う、ううっ、梓ちゃん……」

 いつもそう。
 こうやって、梓ちゃんのことを考えてひとりエッチして。
 そのときは気持ちいいけど、イっちゃうと無性に悲しくなる。

 こんなに好きなのに、きっと私の願いは叶わない。
 梓ちゃんに、私の想いを受け入れてもらえるなんて、そんな日はきっと来ない。





♪ ♪ ♪






 次の日。

 さすがに、今朝は気が重い。
 どうしようもなく気分が沈んで、踏み出す足も重たい。

 こんなことになるんなら、変な期待なんかしなければよかった。
 だいいち、ラブ・ポーションなんてものがあるわけないじゃない。

 あのお婆さんの言ったことにどこか期待していた自分に腹が立ってくる。



「……あ、あれは、梓ちゃん?」

 正門を入ると、購買部の建物に入る梓ちゃんの姿が目に飛び込んできた。

 朝からどうしたんだろ?忘れ物でもしたのかな?
 ……あっ!まさか、昨日のチョコバーを探しに!?

 購買部に行ってもあれを売っているはずがないよ。
 だって、あれはレイチェル館のあそこでしか売ってないもん!

 私は、自分のイタズラを見つけられるような気がして、慌てて購買部に飛び込んだ。

「梓ちゃん!おはよ!」

 元気を出して、いつものように梓ちゃんの肩をぽんと叩く。

「え?うあああああああっ!こっ、梢!?」
「ええっ?梓ちゃん?」

 梓ちゃんがいきなり大声をあげたものだから、私の方がびっくりしちゃった。

「こ、こっち来なさいよっ!」
「えええっ?梓ちゃん!?」

 いきなり腕を引っ張られて、私は購買部の外に引っぱり出された。
 そのまま、校舎の陰まで連れて行かれる。

「ちょっと、いきなり声をかけないでよね!」
「え?え?だって。私、挨拶しただけなのに……」

 梓ちゃんにすごまれて、戸惑うことしかできない私。

「黙らっしゃい!」
「なんで?どうしたの、梓ちゃん?」

 なんだか、今日の梓ちゃん変だよ。
 妙に怒りっぽいし、いや、いっつもけっこう怒りっぽいんだけど。
 でも、いつものつっこみとはどこか違う。

 それに、なんでそんなに顔を真っ赤にしてるの?

「とにかくっ、あんまり人前で声をかけないでよねっ、びっくりするじゃない!」

 でも、そんなのいつものことなのに……。

「ねえ、ホントにどうしたの、梓ちゃん?熱でもあるの?」

 私が、何気なく、本当に何気なく梓ちゃんのおでこに自分のおでこを当てる。

「ひゃあああっ!こらっ、梢っ!」
「痛ったああああっ!」

 いきなり、梓ちゃんのビンタが飛んできた。

「な、なにするの、梓ちゃん!?」
「ととと、とにかくっ、あんまり馴れ馴れしくしないでよねっ!」

 そう言うと、ぷいっと身を翻して、スタスタと行ってしまう梓ちゃん。

 どうしたんだろう、今日の梓ちゃん、ホントに変だよ。

 私は、茫然として梓ちゃんの後ろ姿を見送ることしかできなかった。





 そして、昼休み。

「あーずーさーちゃん!お弁当……あれ?」

 いつも通りお弁当を一緒に食べようと思って梓ちゃんの机に来ると、そこに梓ちゃんの姿はなかった。

「あれ?梓ちゃんは?」
「えー?さっきまでそこにいたと思うんだけど……」

 どうしたのかな?まさか、今朝のあれで?
 でも、いままで、ケンカしたときでも一緒にお弁当は食べてたのに……。

 私は、お弁当箱を持ったまま梓ちゃんの姿を探す。
 でも、どこに行ったのか、昼休みの間に見つけることはできなかった。





 そして、放課後も……。

「あーずーさーちゃん!かーえーろっ!……て、あれ?」

 私が梓ちゃんの机の方を見たときには、もうその姿はなかった。

 ……どうして?
 お昼休みもそうだった。
 いつもなら、私が誘うのを待ってるはずなのに。
 こんなこと、今までなかった。
 ケンカしたときでも、私がごめんっていうの待っててくれてたのに……。

 もしかして、私、梓ちゃんに嫌われちゃったの?
 なんで、どうしてなの?

 まさか?あのラブ・ポーションのせい?
 なんで?まさか!?ひょっとして、あれって人を好きにするんじゃなくて、人を嫌いにするものだったんじゃないの?
 きっとそうだよ。だって、昨日までは何ともなかったのに、こんないきなり……。

 あのお婆さん、どこか薄気味悪かったけど、私と梓ちゃんの仲を悪くして楽しんでるんじゃ……。

 不安で胸がざわざわする。
 私は、梓ちゃんの机の前で茫然と立ちつくすことしかできなかった。





♪ ♪ ♪






 そして、次の日も。

 どうしたんだろう、梓ちゃん今日はお休みなのかな?
 昨日のこともあって、なかなか姿を見せない梓ちゃんのことが気になってしかたがない。

「……あっ」

 授業の始まるぎりぎりになって、こっそりと教室に入ってきた梓ちゃんの姿を見て、思わず声をあげてしまったけど、すぐに先生も入ってきたのでどうしようもできない。





 そして、お昼休み……。

 今日こそはと、急いで梓ちゃんの机を見る。

 あれ?もういない……。

 そこに、梓ちゃんの姿はもうなかった。

 ダメだ。やっぱり私、梓ちゃんに嫌われてる……。
 空の机を茫然と眺めながら、溢れそうになる涙を堪えるのに必死だった。





 嫌だ、こんなの嫌だよ、梓ちゃん。

 午後の授業中、ずっと私はそのことだけ考えていた。

 今まで、ずっと親友同士だったのに、もう友だちですらいられないの?
 そんなの、絶対に嫌だよ。

 視線が、自然と梓ちゃんの方に向いてしまって、先生の話なんか全然耳に入らない。

 もう、梓ちゃんが私のことを好きになってくれなくていい。
 今まで通りの友だち同士でいられたらそれでいい……。


 どうしてこんなことになったのかはわからない。
 もし、あのチョコバーのせいなら、あれが人を好きにするんじゃなくて、人を嫌いにさせるものだったんなら、もう、どうしようもないのかもしれない。
 でも、このまま梓ちゃんと一緒にいられなくなるのは嫌だよ。


 午後の授業が終わると、今日は絶対に見逃さないと見つめていた私の前で、梓ちゃんは鞄を持ってすっと教室を出ていく。

 早っ!でも、まだ追いつける!

 私も、鞄を手に取ると、急いで後を追う。





 もうっ、なんでそんなに急ぐのよっ!

 梓ちゃんを見逃さないように後を追いかける私。
 早足で進む梓ちゃんにはなかなか追いつけない。
 校舎を出ると、私は全力でダッシュする。

「梓ちゃーん!!」

 全速力で走りながら、私が大声で名前を呼ぶ。


 すると、前を行く梓ちゃんの足が止まった。


「梓ちゃん!待ってよ!」

 やっとの事で、私は梓ちゃんに追いついた。

「もうっ、梓ちゃんったら歩くの速いんだから!」
「あんまり馴れ馴れしくしないでって言ったはずよ、梢」
「なんでっ、なんでよっ、梓ちゃん!?」
「なに興奮してるのよ?」
「梓ちゃんこそ昨日から変だよっ!どうして私のこと避けてるのっ?」
「べ、別に避けてるわけじゃないわよ」
「避けてるよっ!中等部の時からお昼食べるのも、帰るのもいつも一緒だったのに!どうして?私、なにか悪いことしたの!?」

 梓ちゃんに向かってまくし立てるうちに、気持ちが抑えられなくなって涙が溢れてくる。
 後から後から涙が溢れてきて、梓ちゃんの顔が霞んで見える。

「うううっ、ねえ、どうしてなの、梓ちゃん?うっ、ひっくっ!私のこと、嫌いになっちゃったの!?うっ、うううっ……」

 そこまで言った後は、涙がぼろぼろとこぼれてきて、もう言葉にならなかった。

「うううっ、えっく!ひどい、ひどいよ、梓ちゃん……」

 両手で顔を覆って、泣きじゃくる私。


 すると……。


「……ごめんね、梢」

 不意に、私の体が優しく抱きしめられた。

「え?あずさ、ちゃん……?」
「ごめんね。梢のことを嫌いになったわけじゃないの」

 驚いて見上げた梓ちゃんは、今までの長いつき合いでも見たことがない優しい顔をしていた。
 思わず、胸がドキドキしてしまうくらいの柔らかな表情だ。

「そうなの?」
「うん、その反対」
「ど、どういうこと?」
「あたしね、梢のこと好きになっちゃったみたいなの」
「それは、私も梓ちゃんのこと大好きだよ」
「違うの。友だちとして好きなんじゃなくて、梢のことを、その、恋人みたいになれればいいなって……」

 いっつもクールな梓ちゃんが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてそう言う。
 ……え?それって?

「梓ちゃん?」
「なんだか、梢のことを考えると、胸がドキドキしちゃって、普通じゃいられなくて。梢と恋人としてつき合えたらいいなって……。でも、あたしたち女の子同士だし、やっぱりそれってノーマルじゃないから。こんな気持ち知られちゃうと、梢に嫌われると思って。ごめんね、泣かせちゃって」
「梓ちゃん……」
「本当にごめん。そんなに悲しませちゃって。悪気はなかったの。だから、もう一度言うわ。あたしは梢のことが好き、どうしようもないくらい好きなの。だから、あたしとつき合ってくれる、梢?」
「梓ちゃん……」

 そうか、やっぱりあのラブ・ポーションって効いてたんだ。
 でも、梓ちゃんは恥ずかしくて、私に嫌われたくなくて、こんな……。

「そうよね、女の子同士でつき合うなんて普通じゃないもんね。きっと、あたしのこと軽蔑してるよね、こんな女なんか、嫌いになっちゃうよね……」
「そんなことないよっ、梓ちゃん!」
「こ、梢!?」
「私も梓ちゃんのことが好きっ!いや、好きなんてもんじゃない!愛してるよ、梓ちゃん。私も、梓ちゃんと恋人同士になりたいよ!」

 私も、思いっきり梓ちゃんを抱きしめる。
 なんだ、私たち、相思相愛だったんじゃない。
 それなのに、変に気を遣って、勘違いして、馬鹿みたい。

「本当なの、梢?」
「うん、本当だよ」

 おずおずと聞いてきた梓ちゃんに、私は力強く頷いた。

「……ありがとう、梢。あたしの気持ち、受け入れてくれて」
「ううん、梓ちゃん。謝るのは私の方だよ」
「どうして?なんで梢が謝るの?梢のこと好きになったのはあたしの方なのに?」
「違うよ、私の方がずっと前から梓ちゃんのこと好きだったんだから」

 そう。それだけは自信を持って言える。
 だから、私はラブ・ポーションを梓ちゃんに食べさせたんだ。

「なに言ってるのよ。友だちとして好きっていうんじゃないのよ。それに、恋人にしたいって思ったのはあたしなのよ」
「うん、だから、私の方が前からそう思ってた」
「違うわよ、あたしの方が梢を好きになったんだって」
「だから違うよ、本当は私の方がずっと前から梓ちゃんのこと好きだったんだから」
「本当はってなによ!あたしの方が梢のこと好きだったの!」
「いいや、私なんだって!」

 そのまま、頬を膨らませてにらみ合う私と梓ちゃん。

「ぷっ、ぷふっ!」

 そのまま、どちらからともなく吹き出してしまう。

「やだ、あたしたちったら、なに言い合ってるのかしら?」
「うふふっ、そうね。……ねぇ、梓ちゃん」
「なに、梢?」
「私の家に来る?うちは父さんも母さんも仕事してるから、夜まで誰もいないんだ」
「……うん」

 梓ちゃんが恥ずかしそうに頷く。
 そして、私は梓ちゃんと並んで歩きはじめる。
 いままで、何度も繰り返してきた下校の風景。
 でも、今日のが今までで一番心が温かい。
 その前に悲しい思いをしたからなおさらだ。





♪ ♪ ♪






 私の部屋。

「ねえ、梓ちゃん」
「なに、梢?」
「ね、キスしよ」

 私は、机の上に鞄を置くと、振り向きざまに言う。
 
「え?」
「だって、せっかく恋人同士になったんだし」

 私がそう言って見つめると、また、顔を真っ赤にして、もじもじと下を向く梓ちゃん。

 やだ、かわいいっ!
 いつもはクールな突っ込み魔人なのに、こういうときは照れ屋さんなんだ。

「ね、いいでしょ、梓ちゃん」
「……うん」

 梓ちゃんがこくりと頷く。
 聞こえるか聞こえないかっていうくらい小さな声で。

 うう、本当にかわいいよ、梓ちゃん。

 私は、梓ちゃんの方に踏み出すと、ゆっくりと顔を近づけていく。

 梓ちゃんがぎゅっと目を閉じるのを見て、私も目を閉じる。
 そして、唇に温かくて柔らかいものが当たったのを感じた。

 梓ちゃんの唇、こんなに柔らかいんだ。

 キスするときに、唇を吸ったり、舌を絡めたりするって聞いたことがあるけど、こうやってそっと唇を当ててるだけで、ほわん、とした気分になってくる。

「ん……。ぷはっ」
「んん。ふうっ」

 ふたりとも息を止めてたものだから、苦しくなって唇を離す。

「ふううっ。ファーストキス、梓ちゃんにあげちゃった」
「あっ、あたしだって……」

 梓ちゃん、さっきから顔が真っ赤なままだよ。

「……ねえ、梢」
「ん、なに?」
「本当にいいの?あたしなんかとつき合って?」

 不安そうな顔で、梓ちゃんが言う。

 うん、わかるよ、梓ちゃん。
 女の子同士でつき合うなんて、こんなの、普通じゃないもんね。
 本当に自分のことを好きになってもらえるのか、不安なんだよね。

 だって、それはずっと私が感じていた不安。
 本当は、私の方がずっと梓ちゃんを好きだったんだから。
 だから、梓ちゃんを安心させてあげたい。

「うん。大好きだよ、梓ちゃん」

 私は、梓ちゃんをぎゅっと抱きしめる。

「梢……」

 梓ちゃんの腕が私の体をそっと抱いてくる。
 そうやって、じっと抱きしめ合う。

 こうしてると、梓ちゃんの胸がドキドキしてるのが伝わってくる。

「あのね、梓ちゃん」
「なに?」
「さっき、私の方がずっと前から梓ちゃんのこと好きだったって言ったでしょ」
「でも、それはあたしの方がっ」
「いいから聞いて。本当はね、私、ときどき梓ちゃんのことを考えてひとりエッチしてたんだ」
「梢?」
「梓ちゃんにエッチなことされてるところを想像してひとりエッチしてた。そんなヘンタイなの、私」

 それだけじゃない、梓ちゃんにラブ・ポーションを食べさせて私のことを好きにさせちゃったんだ。

「だから、梓ちゃんこそこんな私を嫌わないで。こんなヘンタイだけど、私、梓ちゃんのことが好き。梓ちゃんに嫌われたくないよ」

 言いながら、また涙が溢れてくる。
 昨日今日で、梓ちゃんに嫌われるのがどんなに怖いことか思い知ったから、あの時の悲しい気持ちを思い出すと涙が止まらない。

「嫌わないよ、梢」
「梓ちゃん……」
「それにっ、あんたのこと好きになったのはあたしなんだからね」
「だから、私の話を聞いてた?」
「やかましい、この強情っぱりが!」

 ぱしん、と、梓ちゃんが優しく私の頭をはたいた。
 そして、またぎゅっと抱きしめてくる。





 そうやって、どのくらい抱き合ってたんだろう。

「……やってみせてよ」
「え?」
「あたしのこと想像してひとりエッチしてたんでしょ。それが本当なら、どうやってしてたのかやって見せてよ」
「ちょ、ちょっと、梓ちゃん?」
「梢が、あたしのことを想像して、どんなことをしてたのか見てみたいの」
「じゃ、私の方が梓ちゃんのこと好きだったって認めるのね!?」
「それとこれとは話が別よ」
「梓ちゃん……言ってることが無茶苦茶だよ」
「いいからやって見せなさい!」
「そんなっ、恥ずかしいよ!」

 そうだよ、人の見ている前で、それも、当の梓ちゃんの見ている前でひとりエッチするなんて。

「できないんならそんなこと言わなけりゃいいでしょ!さっさとやりなさいってば!」
「ご、強引だよ、梓ちゃん」
「……やってよ、梢」

 う、今の梓ちゃんの表情……。
 恥ずかしそうな、それなのにどこか悲しそうな顔に、胸がきゅってなるじゃない。

 どうしてそんなところが見たいのかはわからないけど、やらないわけにはいかないって思っちゃう。

「うん、わかった……」

 私は、ゆっくりとベッドに上がる。
 やっぱり恥ずかしいから、ぎゅっと目を閉じてひとりエッチに集中する。

 制服の中に手を入れてブラをずらすと、コリコリっと乳首を弄る。

「あっ、んんっ!」

 でも、なんでだろう?
 見てられると思うと、恥ずかしいけど、なんだか興奮してきちゃう。

「あああっ、あうっ!」

 今度は、スカートの中に手を入れて、アソコを指でなぞる。

「ああっ、梓ちゃんっ、んんっ!」

 今、私の乳首とアソコを弄ってるのは梓ちゃんの手だ。
 いつものように、梓ちゃんにいやらしいことをされているところを想像する。

「んくうっ、激しいよっ、梓ちゃん!うあああっ!」

 気持ちいいのと、興奮したので、手の動きが自然に激しくなっていく。

「あああっ、いいよっ、梓ちゃん!ううっ!……え!?」

 その時、自分で弄っているのと反対のおっぱいを掴まれた。

「あっ、梓ちゃん!?」

 思わず目を開けると、梓ちゃんが裸になって私の上に覆いかぶさるように四つん這いになっていた。

「なんで裸なの!?」
「あたしもしたくなっちゃった」
「え?」
「ねえ、梢。ホントにいっつもそうやってたの?」
「……う、うん」
「本当にヘンタイだね、梢は」
「そんな……」
「でも、梢を見ていたら、あたしも一緒にやりたくなっちゃった。だから、あたしもヘンタイだね」
「……梓ちゃん」
「ひとりエッチしてる梢、とってもいやらしくて、とってもかわいかった。でも、せっかくなんだから、ふたりでエッチなことしようよ」
「……うん、梓ちゃん」

 なんだろう、今の梓ちゃん、やっぱり恥ずかしそうに真っ赤な顔してるけど、全然悲しそうじゃない。
 それどころか、どこか嬉しそうで、優しい顔してて、そして、とってもきれい。

 うん、きれいだよ、梓ちゃん。
 すらっとして、とてもしなやかそうな体。
 こうやってすぐ近くで裸の梓ちゃんを見てると、胸がドキドキしてくる。

「ごめんね、梢。わたしの胸、こんなにぺちゃんこで」
「ううん。梓ちゃんのおっぱい、すごくキュートで、すっごくきれいだよ」
「あっ、ああっ、梢っ!」

 梓ちゃんの、その控えめなおっぱいに手を伸ばす。
 ぎゅっと目を閉じて、梓ちゃんが切なげな声をあげた。

「梓ちゃんっ、好きだよ!」
「ああっ、あたしもよっ、梢!」

 それから、堰を切ったように私たちは体を絡め合あわせ始めた。

「ああっ、あううっ!梓ちゃん!」
「梢っ!梢っ!あううっ!」
「あんっ、好きよっ!ああんっ!」
「うんっ、梢っ、んんっ、んむっ」
「んっ、んふっ、ちゅ、んむむっ!」
「んんっ、ぷふっ、あああっ!梢っ!」
「あふうっ、イイッ、いいよっ、梓ちゃん!」

 まるで、互いの想いを解き放つように、抱きしめ、体を指でなぞり、唇を吸う。

「ふあああっ!梓ちゃあああん!」

 梓ちゃんが私の乳首をこりっとつまむ。

「いああああっ、あううっ!」

 梓ちゃんのアソコを指でなぞる。
 もう、そこはとろんとした蜜が溢れてきていた。

「ふわあああっ、そこっ!あああっ!」

 梓ちゃんの指が私のクリに当たって、一瞬目の前が真っ白になる。

「いいいいいっ!いいよっ、梢っ!」

 お返しに梓ちゃんのクリを弾くと、梓ちゃんの体がビクンって震える。

 ……ああ、ひとりでやるのより、ずっと気持ちよくて、ずっと体が熱い。
 ううん、体だけじゃない、心も熱くなってる。
 頭の中が真っ白になって、全部溶けちゃいそうなくらいに熱い。


 そして、その熱が振り切れた。


「うああああああああっ、梓ちゃあああん!」
「いあああああああああっ、梢っ、梢ええええええええっ!」

 ぎゅっと抱きしめ合って叫ぶ。
 すごい、こんなにイっちゃうの、初めて。
 周りの全部が真っ白に見える。
 見えるのは梓ちゃんだけ……。


「はあっ、はあっ……」

 やっと、体から力が抜けて、ふたり並んで仰向けになって喘ぐ。
 まだ、体が火照っていて、興奮は全然醒めてない。

 ふたりでエッチするのって、こんなにすごいんだ。
 梓ちゃんとこういうことしたいとずっと思っていた。
 でも、私の想像以上だ。
 ふたりでひとつになるのって、こういうことなんだね。

「すごかったね、梓ちゃん……」
「うん」

 話しかけると、なんだか目を潤ませて梓ちゃんが頷く。
 なんか、目がトロンとしてて、すごく気持ちよさそう。
 私も今、こんな顔してるのかな?

「ねえ、梓ちゃん」
「なに?」
「学校のみんなには内緒にしとこうね」
「当たり前でしょ!」

 梓ちゃんが、私のおでこをぺしっと叩く。



 それが、私と梓ちゃんの初体験だった。





♪ ♪ ♪






 次の日。

「あ、おはよ、梓ちゃん」

 朝、梓ちゃんに会って挨拶しただけなのに、顔が熱くなってくる。

「ん、おはよ」

 梓ちゃんも、それだけ言うと、顔を赤くしてそっぽを向く。

 ……ダメだ、どうしても昨日のこと思い出しちゃう。

 昨日のことは、本当に嬉しくて、幸せなことだったけど、思い出すとやっぱり恥ずかしくて、梓ちゃんの顔をまともに見られない。

 それでも、いつものように軽口を言ってくれたり、突っ込んでくれたらまだましなんだけど、梓ちゃんは顔を真っ赤にして黙っている。

 なんだか、調子が狂っちゃうな。
 それに、なんでだろう?私は梓ちゃんのことが好きで、梓ちゃんも私のこと好きで、そして、昨日はあんな幸せな時間を過ごしたのに、なにか心に引っ掛かるのは……。

 なんだかもやもやしたものがわだかまっていて、私はその理由を探す。





 そして、昼休み。

 今日も外のベンチで、梓ちゃんとふたりでお弁当を食べる。
 でも、会話が全然弾まない。
 黙々とお箸を口に運び、そして時々互いに見合っては顔を赤くする。

 私には、心に引っ掛かっていたわだかまりの理由がわかりかけていた。

 梓ちゃんが黙ってるのは、ああ見えてはずかしがりやだから、きっと昨日のことを思い出してるだけ。

 でも、私は違う。
 梓ちゃんが私のことを好きになってくれたのは嬉しいけど、それは梓ちゃんの本当の気持ちじゃない。
 ……私がラブ・ポーションを食べさせたからだ。
 それで本当に梓ちゃんは幸せなんだろうか?
 私は作り物の気持ちで、自分が満足したいだけじゃないの?



「どうしたの、梢?お弁当残してるじゃない?」
「え?あ、うん……」

 梓ちゃんの声に現実に引き戻された。

 ……いけない、考え込んじゃってた。

 見ると、梓ちゃんはもうお弁当を食べ終えていた。

「珍しいわね、梢が食欲ないなんて。もしかして、体調悪いの?」

 気遣うような表情で私の顔を覗き込む梓ちゃん。

 ……梓ちゃんが私のこと心配してくれてる。
 嬉しいけど、素直に喜べない。

「ううん。大丈夫」
「本当に?今日はなんだか元気がないじゃないの」
「うん。ホントに大丈夫」
「だったらいいんだけど……。ほら、もう授業始まるよ」
「うん」

 私は、食べかけのお弁当をしまうと立ち上がる。

「さあ、行くよ」

 梓ちゃんが、そっと私の肩に腕を回してきた。

「うん」

 その腕に支えられるようにして、校舎の方に歩きはじめる。

 恋人同士として、梓ちゃんと歩く。
 こんな日が来るのを、ずっと待っていたのに。
 でも、なんで泣きたくなっちゃうんだろう……。





 ……梓ちゃんに本当のことを言おう。

 午後の授業の間、私はずっとそのことを考えていた。

 そして、決心したんだ。
 梓ちゃんに本当のことを全部話そうって。
 私が梓ちゃんにラブ・ポーションを食べさせたこと。
 だから、私のことを好きだっていう梓ちゃんの気持ちは、本当の気持ちじゃないこと。
 そのことをちゃんと話して、梓ちゃんに謝らないと。



 放課後。

「ねえ、梓ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「ちょっとお散歩しようよ」
「いいけど、どうしたの?」
「うん、ちょっとね」



 レイチェル館までの遊歩道を、梓ちゃんとふたり並んで歩く。

 いざとなると、やっぱり話を切り出すのが怖い。
 ……でも、言わないと。

「あのね、梓ちゃん」
「ん、なに?」
「ごめん、梓ちゃん。全部私のせいなの」
「……?なんのこと?」
「梓ちゃんが私のことを好きになっちゃったのは私のせいなの」
「え?なに言ってるの、梢?」
「私、この間、梓ちゃんにチョコバーあげたでしょ」
「う、うん」
「あれはね、ラブ・ポーション、惚れ薬だったの。」
「惚れ薬?」
「そう。レイチェル館の中におかしな売店があってね。そこのお婆さんがそう言ってた。私、ずっと前から梓ちゃんのこと好きで、梓ちゃんと恋愛関係になれたらいいなって思ってて、でも、女の子同士だから、言い出す勇気がなくて。だから、そのラブ・ポーションを梓ちゃんに食べさせたの」
「……」
「そしたら、梓ちゃんが私のこと好きになってくれて。でも、それは、梓ちゃんの本当の気持ちじゃないの。ラブ・ポーションのせいなの」
「……」

 梓ちゃんはさっきから黙りこくったまま、何も言ってくれない。
 その沈黙が、苦しくて辛い。

「ごめん、ごめんね。梓ちゃん」
「……梢」
「うん」
「とりあえず、そのレイチェル館の売店に連れていってくれるかな」
「うん」

 それは、最初からそうするつもりだった。
 あそこに連れていって、ちゃんと説明しようと思ってた。
 私たちは、もう、レイチェル館がすぐ見えるところまで来ていた、

 ……あれ?灯りがついてない?

 そのとき、3日前は灯りが漏れていたレイチェル館の購買部の窓が暗いままなのに私は気づいた。

 どうしたんだろう?

 私は、レイチェル館の入り口に立つと、ノブを握る。

「あ、あれ?」

 レイチェル館のドアは、しっかりと鍵が掛けられていてびくともしなかった。

「あれれ?おかしいな……」

 いくら回そうとしても、がちゃっと鈍い手応えがあるだけでノブは回らない。

「なんでだろ?今日は休みなのかな?」

 がたがたと音をさせて私がドアと格闘していると。

「やっぱりね。そんなことだろうと思った」

 梓ちゃんがそう言ってため息を吐いた。

「え?梓ちゃん?」

 その言葉に、私が振り向いたその時。

「ぎゃうん!」

 ぺしりっ!と辺りに音が響くくらいに頭をはたかれた。

「あ、梓ちゃん!?」
「あんたねぇ、夢でも見てたんじゃないのっ!?」

 驚いて、ポカンとしたままなにも言えない私。

「いいっ!?この建物は、もうずっと使われてないのよ!ずっと鍵がかかったままなの。文化財に指定されてて、中に入る許可を取るのってすごく難しいんだからねっ!そんなところに売店なんかあるわけないでしょ!」
「で、でも、ホントに私は……」
「それになによ、ラブ・ポーションって!なにおとぎ話みたいなこと言ってるのよ!」
「で、でも、あれを食べたから梓ちゃんは私のこと好きになって……」
「そんなものがこの世にあるわけないでしょ!もしあったとしても、チョコバーみたいなラブ・ポーションなんて聞いたこともないわ!おとぎ話じゃ、そう言うのは瓶に入ったピンクとかの水薬って相場が決まってるでしょ!話を作るにしてももうちょっとましな話作りなさいよ!」
「そ、そんなこと私に言われても……」
「あれは間違いなくただのチョコバーだったわよ!そりゃ、見たこともない包装紙だったけど、食べたあたしが言うんだから間違いないわ!」

 う、それを言われると私は食べてないからわからないよ。

「でも、本当に私は前から梓ちゃんのことが好きで、あれを食べたから梓ちゃんは私のこと好きになったのよ」
「黙らっしゃい!」
「きゃん!」

 また、ぺしっ、と頭をはたかれる

「あんた、授業中に居眠りして夢でも見たんじゃないの!?」
「だって……」
「ああもう、朝からおとなしいから、体調が悪いのかなとか、やっぱり女の子同士でつき合うのが嫌だったんじゃないかって心配してたら、レイチェル館の売店だとか、ラブ・ポーションだとか、夢みたいなことばっかり!やっぱり梢は梢ね。心配して損しちゃったわ」
「でもね、梓ちゃん、あれは本当にラブ・ポーションで……」
「ああもう、まだ言うか!仮に、あのチョコバーがラブ・ポーションだったとしたら何だって言うのよ!」
「え、ええ?」
「私があれを食べたから梢のことを好きになったからってどうだって言うのよ!」
「だって、それは梓ちゃんの本当の気持ちじゃないから……」
「じゃあ、なにがあたしの本当の気持ちなのよ!言ってごらんなさい!」
「それは、梓ちゃんは私のこと好きじゃなくて……」
「あたしはあんたのことを好きじゃなかったことなんか一度もないよ!」
「え?梓ちゃん?」
「あたしは梢のことを嫌ったことはないし、友だちとしてずっと好きだった!それがなにかのきっかけで恋心に変わることだってあるでしょ!」
「だから、そのきっかけが……」
「きっかけなんかどうでもいいっ!」
「ひっ」

 梓ちゃんが、私に向かってぴしっと指を突き立てた。

「いいこと、梢!そのことに関しては昨日もさんざん言ったけど、もう一度言っておくわ!あんたを好きになったのはあたしなの!あたしは梢のことが好きで、梢もあたしのことを好きでいてくれたらあたしはそれで幸せなの!あんたはそれじゃ不満なの?」

 腰に手を当てて、もう片方の手を私の方に突き立てて仁王立ちしている梓ちゃん。

 ……そうか、梓ちゃんは幸せなんだ。
 それに、なんて自信満々なんだろう。

「ぷっ、ぷぷっ!」

 そんなに自信たっぷりに幸せだって言われたら、なんだかひとりで悩んでいた自分がばかばかしくなって吹き出してしまった。
 それに、梓ちゃんがすっかりいつもの調子を取り戻しているのも嬉しかった。

 いつもと雰囲気が違うから、それで調子が狂っちゃって考えすぎてたのかもしれない。

 そうよね、きっかけなんかなんでもいいよね。 
 もしかしたら、どのみち梓ちゃんと私はこうなる運命だったのかもしれないし。

 そう思うと、だいぶ気分が軽くなった。

「なによ、梢ったら?」
「うん。私も梓ちゃんのことが大好きだし、梓ちゃんが私のこと好きで幸せだよ」
「だったらいいのよ」

 梓ちゃんがはあ、と肩をすくめる。

「ほら、そろそろ行くよ」
「うん」

 梓ちゃんに促されて、私たちは遊歩道を戻り始める。

 もやもやしたものが完全に消えたと言ったら嘘になるけど、あんなに自信たっぷりで幸せだって言われたら認めないわけにはいかないよね。

 私は、梓ちゃんに体を寄り添わせて歩く。
 こうしてると、私たちは幸せな恋人同士なんだって実感できる。
 でも、これだけは言っておかないといけない。

「でもね、本当に私の方が前から梓ちゃんのことを好きだったんだからね」
「まだ言うかっ、あんたはっ!」
「ぎゃふん!」

 梓ちゃんの、殺人つっこみが飛んできた。

 
 


 

 

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