さくらの花の咲く前に


 

 



 ※このお話は、『居候のさくらちゃん』のさくらが、まだ日本に来る前のお話です。





 ――1920年代はじめ、ユーゴスラヴィア王国、プリモルスカ地方(現:スロベニア、プリモルスカ地方)




「ううっ、お腹空いたよぉ……」

 一歩踏み出すたびに、お腹がきゅうううって鳴る。
 もう、1ヶ月の間なにも食べてないから。

 まあ、あたしは力が中途半端なせいで食事にありつけないことが多いから、空腹には慣れてるんだけど、それでもやっぱりつらいものはつらい。
 それでも、さすがにこれだけの期間なにも食べないでいることって滅多にないし。

 ていうか、もう限界?

「あたし……もう、ダメかも……」

 グルグルと目眩がして、あたしはその場に倒れ込む。

 うーん、人間に退治されたシュトリーガ(吸血鬼)はたくさんいるだろうけど、精気が吸えなくて餓死しちゃうシュトリーガはあたしくらいだろうなぁ……。
 ……て、こんなときになに暢気なこと考えてんだろ、あたし?
 でも、もう体に力が入らないし、目の前がどんどん暗くなっていく。

 これは、ホントにもうダメかなぁ……。
 やっぱり、あたしみたいに中途半端な能力のシュトリーガは、遅かれ早かれこんなことになっちゃうんだよね。
 父さん母さん、元気にしてるかな……?
 ふたりには、もう長いこと会ってない。
 生まれ育った場所をあたしが離れてからずいぶん経つし、あそこに戻っても、もう父さんも母さんもいないだろうし。
 そういえば、男にはほとんど力が通用しないあたしのために、母さんは自分の力で捕まえた男の精気を吸わせてくれたっけ……。
 それに、こんなあたしを心配して、親元を離れるのをギリギリまで延ばしてくれたし。
 でも、ゴメンね……あたし、もうダメみたい。

 そのまま意識が遠のいて、視界が真っ暗になっていった。






* * *







「…………か!?」

 ん?なに?誰なの?

「……だい……かっ!?」

 なに?なんて言ってんの?

「……おいっ!大丈夫かっ!?」

 ……この声、男の人の声だ。
 それに、この匂い……間違いない、人間の男の匂いだ……。
 ああ、こんな匂い嗅がされたら……。

「お腹……お腹減った……」

 目を開けると、若い男の人があたしの顔を覗き込んでいた。

「なに?腹が減ってるのか?じゃあ、すぐになにか食うものを……」
「お腹減ったよー!」

 体を起こそうとしたその男にしがみついて、眼に力を込める。

「……うわっ!?……なっ、なんだっ!?か、体が……?」

 じっとしててね、今からあたしがあなたの精気を食べてあげるから。

 とにかくお腹が空いてて、あたしはもうその人の精気を吸うことしか頭になかった。
 あたしの力は男にはあまり効かないけど、体の自由を奪うことくらいはできる。

「ご飯……ご飯食べさせてっ……!」
「うわぁああっ!」

 体を動かせないでいるその人に抱きついて、あたしが寝かされていたベッドの上に引き倒す。
 そのまま互いの位置ををくるっと回転させるとその人の上に馬乗りになった。

「なっ……なんだっ!?」
「じゃあ、ここ、元気にしてあげるね……」

 その人のズボンをずらしておちんちんを剥き出しにさせると、その人を見つめる力をさらに強くしていく。

「ううっ!?うぐぅうう!?」

 驚いたような声をあげたその人のおちんちんが、ムクムクと起き上がってくる。
 それを見ただけで、食い気と興奮でアソコがズキズキ疼いてくる。
 このおちんちんをすんなり受けいれるために、おツユが溢れてくるのがわかる。

「……あたし、もう我慢できないよ。じゃあ、いただいちゃうね」

 軽く腰を浮かせると、おちんちんの先をアソコに当てて、体を沈み込ませる。

「ううっ……!」
「あんっ!んっ、これこれっ、この感じっ!んふぅううっ!美味しそうっ!」

 固くて熱いのがアソコの中に入ってきたときに背中を駆け抜けていく快感に、思わず背筋がピンってなっちゃう。

「うおっ!こっ、これは……っ!」
「うんっ!あなたのっ、すごく固くてっ、ああっ、気持ちいいよっ!あんっ、すっ、すごく楽しみっ、これならっ、きっと美味しいからっ!」

 空腹感に突き動かされて、あたしは夢中になって腰を動かし始める。
 これまでの経験で、固くて大きくて気持ちいいおちんちんを持ってる人はすごく美味しい精気を持ってるってわかる。
 こんなにお腹ペコペコのときに、こんなに固くて熱いのが入ってきたら、あたしもう止めらんないよ。

「んっ、はうっ……あんっ、こんなに気持ちいいのっ、もっと楽しんでいたいけどっ!でもっ、お腹ペコペコだからっ、早く食べさせてっ!」
「おおっ!はううううっ!」

 あっ!今、中でおちんちんがビクビクッて震えた!
 それに、歯を食いしばって顔を歪めてるし。
 気持ちいいんだねっ!

「あんっ!……あっ、あなたもっ、気持ちよくなってっ!そしてっ、いっぱい出してよっ!んっ、はんっ、あんっ、あふうっ……!」
「おうっ!あうっ、ああっ……」

 その人を見つめる眼に力を込め続けながら、グイグイと腰を振る。
 固いおちんちんが、あたしのアソコの中でビクッて震えるのが気持ちよくて、ますます食欲をそそる。

「はうんっ!んっ、早くっ、早く出してっ!あたしにっ、美味しいのいっぱい食べさせてっ!ねえっ、ねえったらっ!んっ、はんっ、はっ、はうんっ、んっ、んんっ!」
「うおっ、おおおおっ!はうううううっ!」

 もう、本当に早く精気を吸いたくて、無我夢中でアソコをいっぱいに使っておちんちんを扱きあげる。
 すると、その人が苦しそうに呻いて、おちんちんの震えが大きくなった。

「んくううっ!出そうなのねっ!あんっ、いいよっ、いっぱい出してっ!だってっ、あたしもこんなに気持ちいいしっ!

 腰を浮かせて、沈めるたびに頭の中がチカチカ光って、アソコがきゅうってなる。
 それは、あたしが女だからなのか、それともこうやって男の精気を吸うシュトリーガだからなのか、こうやって男の人とセックスしてるとあたしもすごく気持ちいい。
 きっと、男の人の精気を効率よく搾り取るためにそういう体になってるんだと思う。

「うおおおおおおおおっ!」

 その人が、獣のような雄叫びを上げるのと同時にアソコの中でおちんちんが跳ねて、熱いのがドピュッて出てきた。
 その、迸るような感覚と一緒に、あたしのアソコは大量の精気を吸い取っていく。

「……ああっ!きてるっ!すごく熱くて……やだっ!?なにこれっ!?美味しいいいいいいっ!?」

 あたしが吸い取ったその人の精気は、本当に美味しかった。

 こんなに暖かくて柔らかい精気を吸うのは初めてかもしれない。
 人間の精気の味は、その人の心を映す。
 だから、いい人や優しい人の精気はすごく優しい味がするけど、こんなに暖かくて優しい味の精気なんて、これまで味わったことがなかった。

「やだ……これ、すごい……すごいよ……」

 その人のお腹に両手を突いて、ヒクヒクと体を震わせる。
 たぶん、今のであたし、イッちゃったんだ……。

 ただ単にお腹ペコペコのときに美味しいものを食べたっていうだけじゃなくて、体中がふわふわするような快感の余韻に包まれている。
 美味しくて、それでいてこんなに気持ちいいなんてことがあるんだ……。

 あたしが、初めての感覚の余韻に浸ってると、荒く息をしながらその人が口を開いた。

「……きみは、シュトリーガか?」

 あちゃ?ばれてる?
 ……て、それも当然よね。
 こんなに派手に精気を吸ったんだもんね。

 さて、この後どうしようかな……?

 まあ、あたしには選択肢はひとつしかないんだけど。

 まだ、この人の体はあたしの力のせいで動けないだろうし、もう一度精気を吸ったらたぶん気を失うだろうから、その間にとんずらさせてもらいますか。

 あたしは、これまでそうやって生きてきた。
 というか男相手だとせいぜい金縛りにして、興奮させておちんちんを元気にさせることくらいしかできないあたしの力だと、それしか生き延びる手はなかった。
 相手の精気を吸うだけ吸って、気を失ってる間にできるだけ遠くへ逃げる。
 だって、その人の目が覚めたら絶対にあたしがシュトリーガだってばれてるから、近くをうろついてたら退治されちゃうもん。
 その方法だと、いつもあちこち放浪してないといけないからけっこうきついんだけどね。
 でも、あたしの力じゃそうするしかないんだもの。

 さてと、じゃあ、この人も……。

「きみ、けっこうかわいいな……」
「……え?」

 その人が、あたしを見上げてニッコリと微笑んだ。
 普通の男は、あたしがシュトリーガだって気づいたらパニックになって金縛りを解こうとして暴れるのに。

 この人……なんて穏やかな笑みを浮かべてるの……?

「そうか……そんなに腹が減ってたのか。どうだ?腹いっぱいになったか?足りなかったらもう少し吸わせてやろうか?」
「なに……言ってるの……?」

 思いがけない言葉に、思わず眼に込めた力を解いてしまった。

「……あっ!」
「……バカだな、きみは」

 その人が体を起こして、あたしを抱いた。

 やだ、あたしったらなにしてるんだろう?
 捕まっちゃったじゃないの。
 でも、どうして?
 全然怖くない。
 だって、この人は穏やかな笑みを浮かべたままだし、なにより、さっきの精気の味、この人は悪い人じゃないってわかるもの。

「まったく、こんなにあっさり捕まって。もし、俺がきみに敵意をもってたらどうするんだ?」
「あっ……いや、それは……」

 咎めるような彼の口調に、あたしはなにも言えないでいた。
 すると、彼はあたしを抱きしめて楽しそうに笑った。

「はははははっ!落ち着きなって。俺は、きみをどうこうするつもりはないから。それどころか、さっき言ったのも本気なんだぜ」
「さっきのって……?」
「もし、足りないんだったらもっと俺の精気を吸わせてやるって」
「そんな……どうして……?」
「それも言っただろ。きみがかわいいから、なんか放っておけなくてな」
「でも……あたし、シュトリーガなのよ……」
「わかってるさ。でも、かわいいって思ったものはしかたがないだろ?」

 そう言って、その人は楽しそうに笑う。
 本当に濁りのない、澄み切った目をして。

「なあ、きみ、名前はなんて言うんだい?俺は、ウロシュっていうんだ」

 と、その人は自分の名前を名乗る。
 ウロシュ……この国では、ごくごくありふれた名前だった。

「……あたしの名前は、ツヴィエッタっていうの」
「ツヴィエッタ(花)か……うん、いい名前だ。きみにぴったりだね」

 そう言って、ウロシュはまた嬉しそうに笑う。
 この名前は、花みたいにかわいい女の子になるようにって、父さんと母さんが付けてくれた名前だけど……。
 でも、なんでだろう?
 彼に名前を褒められると、すごく胸がドキドキする。
 なんか、顔が熱くなってくるのを感じる。

 と、そのとき、あたしのお腹がぐぅうううう……と鳴った。

 もう……いいムードがぶち壊しじゃない!
 でも、しかたないよね、さっきまで気を失うくらいにお腹ペコペコだったんだから。

 すると、ウロシュがまた楽しそうに笑った。

「ははははっ……なんだ!やっぱり腹減ってんじゃないか!ほら、遠慮なく俺の精気を吸えよ」
「で、でも……」
「ん?どうした?」
「もう一度精気を吸うと、あなた、気を失っちゃうよ……」
「そっか……じゃあ、約束してくれないか?」
「約束って、なにを?」
「もう一度俺の精気を吸わせてやるから、俺の目が覚めるまでここで待っててくれないかな……」
「えっ?……んっ!?んちゅっ!?」

 ウロシュが、いきなりキスしてきてあたしは目を白黒させる。
 すぐ目の前にあるウロシュの目は、楽しそうな、それでいて優しい笑みを浮かべたままだった。

「んふっ、んんっ……」
「……な、いいだろ?」
「あなた、あたしが……シュトリーガが怖くないの?」
「それは、俺も親父やおふくろに、シュトリーガは怖ろしいって言われて育ったさ」
「だったらどうして……?」
「どうしてかな?とにかく、きみはそんな怖ろしいやつには思えないんだ。だいいち、きみが本当に悪意のあるシュトリーガだったら、今、こうやってる間に俺のことをどうにでもできるはずだろ?それをしないってことは、つまりそういうことなんじゃないか?」
「えっと……そ、それは……」

 うっ……そうか……。
 たしかにウロシュの言うとおりだ。
 あたしの弱い力でも、もう一度彼を金縛りにさせることくらいはできたのに。
 でも、彼と話をしているうちにそんなことをして逃げる気にはなれなくなっていた。

「なあ、これからどこか行く当てでもあるのか?」
「いや……ないけど」
「そうだよな。あんなところで腹空かせて倒れてるくらいだもんな。だったら、ここにいろよ」
「で、でも……」

 ウロシュの申し出に、あたしは戸惑っていた。
 だって、今まであたしにそんなことを言ってくれた人はいなかったんだもの。
 こんなのは初めてだから、どうしていいのかわからない。

「ここにいて、俺の精気を吸ってたら、もう腹空かせて倒れることはないだろ?」
「それは……そうだけど……」
「じゃあ、決まりだな」
「えっ!?ちょ、ちょっと……あんっ!んっ、んむむうっ!」

 ウロシュがあたしを抱きしめて、もう一度キスしてくる。

「んんんっ!……んっ!むふぅうううう!」

 口づけしたまま、ウロシュの手があたしの胸を掴む。

「んっ、んふううううっ!……はうんっ、やぁっ、そんなぁあああっ!」

 乳首をコリコリってされると、ビリビリ痺れるような快感が走る。

 やだ?なんなの、これ?
 なんでこんなに気持ちいいの?

 今まで、男の人を相手にするときは、金縛りにしておいてあたしの方から犯して精気を吸ってばっかりだったから、よく考えたら、こうやって男の人にエッチなことされるのは初めてかもしれない。
 男の人にこうされるのって、こんなに気持ちいいんだ……。

「へえぇ……シュトリーガっていっても、こうやってると普通の女の子と変わらないんだな」
「やんっ!もうっ、ウロシュったらいつも女の子にこんなことしてるの!?」
「そんなことないさ。本当に好きになった相手にしかこんなことしないって」
「……ふえ?ええっ!?」

 やだ、あたしのこと本当に好きになったって……だって、まだ会ったばっかりじゃない!

「ツヴィエッタがそれだけかわいいってことだよ」
「やだっ!ウロシュったら、なにさらっと恥ずかしいこと言ってんのよ!」
「本当に誤解しないでくれよ。別に俺は女の子にこんなことばっかりしてるわけじゃないんだから。ただ、こんなかわいい女の子が俺と一緒にいてくれたらいいなって思ったんだよ」
「そっ、そんな……」
「それに、そうやって顔を真っ赤にして照れてるのって、やっぱりただの女の子にしか思えないよ」
「でも……あたしはシュトリーガだから、こうしてるとウロシュの精気を吸っちゃうんだよ……」
「かまわないって言ってるだろ。だから、ツヴィエッタ……」
「はうんっ、やぁ……ウロシュぅうう……」

 ウロシュの指がアソコに伸びてきて、くちゅっと中に入ってくると、自分でも信じられないほどに甘い声が喉から洩れる。
 情けない話だけど、完全にウロシュに主導権を握られてしまっていた。

「あんっ、はぁああん、あふぅううん……んっ」

 アソコの中をかき混ぜていた指を抜くと、あの、固くて熱いのが当たる感触がした。

「じゃあ、入れるぞ。いいか、ツヴィエッタ?」
「……うん」

 ウロシュの言葉に、小さく頷く。

 すると、さっきまであたしの方から咥え込んでいた固くて熱いのが、アソコの中に入ってくる。

「ひゃうっ!はううううううっ!」

 ウロシュの固いのがアソコの中を擦りながら奥へと入ってくる。

 やだ……なにこれっ!?

 食事のためにもう幾度となく経験してることなのに、いつもよりもずっと気持ちよく感じる。
 ゾクゾクする快感が駆け抜けていって、背中が勝手に反り返って思わず腕を伸ばすとウロシュにしがみつく。

「はんっ!あっ、ひゃうううううううううんっ!」

 抱きついた弾みでアソコの奥をゴツンと突かれて、目の前で光が弾ける。

「もしかして、イッたのか?」
「うん……」
「もっと動いて大丈夫か?」
「うん……あんっ、ひゃっ、やっ、ウロシュっ!ああっ、ふうんっ、はぁっ、うふううんっ、ふあああああっ!」

 問いかけにコクリと頷くと、ウロシュはあたしを抱きしめて腰を動かし始める。
 すると、下からズンズン突かれてウロシュのおちんちんがあたしの中で暴れ回る。
 その、固くて熱いのでアソコをかき混ぜらると、全身が熱くなってあっという間にわけがわからなくなる。

「あんっ、あふう……すごいっ、こんなのすごいよぉおおっ!んっ、あんっ、ウロシュ、ウロシュ!」

 こんなの、初めてだった。
 男の人のおちんちんなんか、精気を吸うためにもう何度もアソコの中に入れてきたのに、それとは全然違ってる。
 こんなに体が熱くなって、頭の奥がじんじんと痺れてきて、なにも考えられなくなる。

 これが……これがセックスなの?こんなに気持ちいいものだったの?

 たしかに、それまでも快感は感じていた。
 だけどあたしにとってそれはあくまでも人間の精気を吸い取るための食事で、それ以上のことじゃなかった。
 こんなに気持ちよくて、今まで感じたことのない熱いもので胸が満たされていくセックスはしたことがなかった。

「はあぁっ、やだっ、これっ、すごいっ!あんっ、あああっ!」
「ああっ、すごくいいよっ、ツヴィエッタ!」

 ウロシュに抱きついたまま、知らず知らずのうちにあたしの方からも腰を揺すっていた。
 さっきから頭の中がすごく熱くて、真っ白で、もうなにも考えられない。
 この、気持ちいいのをもっとずっと感じていたいけど……。

「はぁんっ、ああっ、ウロシュ!あたしっ、もうっ、もうっ!」
「ああっ、俺もイキそうだっ!たっぷりと受け取れ、ツヴィエッタ!」
「ああんっ!ゴメンねっ、ゴメンねっ、ウロシュ!」

 ウロシュにしがみついて腰を振りながら、あたしは無意識のうちに謝っていた。
 このままイッちゃったら、かなりの量の精気をウロシュから吸い取ってしまうことになる。
 たぶん、そのまま半日は目を覚まさないくらいに。
 男の人から精気を吸って、申し訳ないって思うのなんて初めて。
 だけど、もう自分でも精気を吸い取っちゃうのを止められない。

「くうっ、行くぞっ、ツヴィエッタ!」

 ウロシュがあたしをきつく抱いたかと思うと、熱いものがお腹の中で弾けた。
 それと同時に、彼の暖かくて柔らかい精気がどんどん流れ込んでくる。

「ふぁああああああっ!きてるっ、いっぱいきてるぅううううう!ウロシュの精気っ、暖かくてっ、優しくてっ、美味しいいいいいいっ!」

 周りが光に包まれたみたいに白くなって、抱きついたままウロシュの精気を吸い取っていた。
 気持ちいいのと美味しいのでいっぱいになって、あたし、もうおかしくなっちゃいそう。

「ああ……ふあああ、まだ、まだ出てる……すごく、美味しいよ、ウロシュ……。ウロシュ!?……きゃっ!」

 ぐらついたウロシュの体を支えようとして、支えきれずに一緒にベッドに倒れ込む。

「ウロシュ……そっか、そうだよね……」

 ぐったりと体を横たえたまま、ウロシュは気を失っていた。

 2回も精気を吸われたんだから、当たり前だよね。

「ありがとう、ウロシュ……」

 そっと、ウロシュにキスをする。
 その寝顔は、どこか幸せそうで、口許に優しい笑みを浮かべたままだった。

 本当にここにいてもいいのかな、あたし?

 ウロシュはああ言ってくれたけど、初めてのことばかりであたしはまだ戸惑っていた。

 でも、なんでだろう?
 ウロシュの顔を見てると、側から離れたくないって思ってしまう。
 このまま一緒にいたいって思ってる自分がいる。

 そっとウロシュの隣で横になって、体を寄せる。

 ……男の人って、こんなに温かいんだ。

 ウロシュの体はとても温かくて、そうしているとすごく心が落ち着く。
 人間の男とエッチした後、こうやって体を寄り添わせているのがこんなに安心できるなんて想像もしていなかった。

 そうやっているうちになんだか幸せな気持ちになってきて、いつの間にかあたしはそのまま眠りに落ちていったのだった。






* * *







「……ふあ?あ、そうか」

 目が覚めると、ランプの油が切れたのか、部屋の中は暗くなっていた。
 でも、もうすぐ夜明けが近いらしく、ほの白い光がうっすらと射しこみ始めている。

 すぐにあたしは、昨日のことを思い出した。

「ウロシュ……」

 隣で寝ているウロシュに呼びかけても、返事は帰ってこない。

 それはそうだよね。
 あたしがあれだけたくさん精気を吸ったら、まだまだ目を覚まさないよね……。

「ごめんね、ウロシュ……」

 そっと抱きついて、ウロシュに謝る。
 あたしのせいで、こんなことになっちゃったんだから。



 あたし、ウロシュになにかしてあげられることないかな?
 ……そうだ!ご飯を作ってあげよう!

 少しずつ明るくなってきた部屋でウロシュの寝顔をじっと見ていたあたしは、ふとそんなことを思いついた。

 そっとベッドから降りると、キッチンのランプに火を点す。

「……野菜はひととおりあるわね。それと……これは酢漬けのキャベツね!」

 キッチンの棚を漁っていたあたしは、このあたりでよく食べられているヨタ(酢漬けキャベツとジャガイモのスープ)を作ろうと思った。

 人間の食べ物は食べても栄養にならないし、甘いとか塩っぱいとかの味の違いは区別できても人間と同じような美味しいとか不味いとかいう感覚はないと思うんだけど、あたしは料理を作るのは得意だった。



 ――もう、ずっと昔のことだけどあたしは、この地方のある大きな領主さまのお屋敷で召使いをしていたことがあった。

 あたしの力は、男の人相手にはせいぜい金縛りにする程度だけど、実は、女の人が相手ならあたしの思い通りにすることができる。
 それは、本当なら男のシュトリーガが持って生まれてくるはずの力で、女のシュトリーガは男を思い通りにできる力を持っていなくちゃいけない。
 それなのに、あたしはシュトリーガとしては男女あべこべの力を持って生まれてしまった。
 男を操れない女のシュトリーガなんか、精気をうまく吸うことができないから生きていくことができないだろうって父さん母さんはひどく心配していた。
 まあ、その心配はあながち外れてはいなかったんだけど。
 ただ、あたしは女の人からも精気を吸うことができたから、それでなんとか飢えをしのぐことはできた。 
 とは言っても、女の人から精気を吸うだけで生きていくのがこれまた難しいんだけど。
 この地方では、女のひとり暮らしなんてまずありえなかった。
 それは、ずっと後になってからわかったことだけど、あたしの生まれ育った国はヨーロッパでも田舎だったし、そもそも女がひとりで暮らすような時代じゃなかった。
 だから、あたしの力で女の人を操って精気を吸っても、そんなことを繰り返しているうちにその人の夫や父親に怪しまれてしまうおそれがあった。
 それに、女の人からあたしが吸える精気の量は男の人から吸うのよりもずっと少ないから、ひとりの相手から吸う精気じゃ全然足りなかった。
 だからといって、次から次へと相手を替えて何人もの女の人から精気を吸うと、ますますあたしのことがばれる可能性が高くなる。
 だから、あたしにとっては女の人を相手にするのも男から精気を吸うのと同じくらい危険をともなった。

 ただ、あたしが召使いとしてうまく潜り込めたその領主さまのお屋敷では事情が違っていた。
 そこでは、たくさんの女の子が召使いとして働いていたから、精気を吸うときに他の人に気づかれないようにさえ気をつけていたら、相手を替えてあたしが生きていくのに必要な精気を女の子だけから吸うことができた。
 今から思えばあそこで暮らした日々が、あたしが人間の中に紛れて一番長く過ごした期間かもしれない。
 男の精気を吸っては逃げるような危ない橋を渡ることもなく、安心して精気を吸える生活を10年近く送ることができた。

 そして、その時に仲良くなったのが、召使いたちが食べるまかないを作っていた女の子だった。 
 その子は、領主さまの家族が食べるような豪華な料理は作れなかったけどこの地方の家庭料理にすごく詳しくて、あたしに料理をはじめいろんなことを教えてくれた。
 もちろん、あたしは人間の食べる料理のことなんかまったくわからなかったけど、その子とおしゃべりするのが楽しくて、いろいろ教わりながらその子の仕事を手伝っているうちに、一緒にみんなに出すまかないを作るようになっていた。
 人間の食べるものじゃ生きていけないあたしの料理の腕を、すごく筋がいいってその子が褒めてくれたのはなんか変な感じがしたけど、なまじ美味しい不味いの判断ができないから、みんなが食べて美味しいって言ってくれた味の組み合わせを客観的に判断できるっていう部分もあったのかもしれない。

 ……思い出すなぁ、あそこでみんなと一緒に働きながら、楽しく暮らしてたっけ。
 そして、隙を見つけては力を使って、仲間から少しずつ精気を分けてもらってた。
 あの、一番仲が良かった料理番の子の精気もよく吸わせてもらった。
 あの子の精気は、すごく澄んだ、明るい味がしてたな……。

 あの頃からずいぶんと久しぶりにキッチンに立って、あたしはちょっとの間昔の思い出に浸っていた。



 ……いけないいけない!
 ウロシュが起きてくる前に料理を作っておかないと。

 パンパンと頬を叩いて気合いを入れると、まずはヨタ作りにとりかかる。
 ヨタは、酢漬けのキャベツとジャガイモを煮込んで作るこの国の西の端の方、今あたしがいるこの地方でよく食べるスープのことだ。
 酢漬けのキャベツとジャガイモをざく切りにして塩を入れ、ニンニクと胡椒で香り付けして煮込む。
 キャベツの酸味と塩味のバランスが生命線の料理だ。
 そこにあたしはお豆と、塩漬けした豚肉の脂身の部分を入れる。
 そうするとすごく滋養がついて、飲むと元気になるんだってあの子が教えてくれた。
 もちろん、それはあたしには関係ないことだけど、これはウロシュのためだから。
 そして、鍋に入れた材料が柔らかくなりすぎる前にいったん火を止める。

 次は、ジャガイモをすり潰してクルムペントチュっていうオムレツ風のパンケーキを作る。
 これを、両面香ばしく焼き上げたらヨタにもよく合うし、サワークリームを添えて茹でたソーセージと合わせてもいいってあの子が言ってた。
 食料置き場に腸詰めが吊してあるのはさっき確認済みだし……。



 そうやって、あたしがソーセージを茹でて、クルムペントチュをちょうど焼き上げた頃……。



「なんだぁ……やけにいい匂いがするけど……」

 目を擦りながら、ウロシュが起き出してきた。

「あっ!目が覚めたの、ウロシュ!」
「……ツヴィエッタ」

 元気よくおはようのあいさつをしたあたしを見て、ウロシュは少し驚いているみたいだった。

「おまえ、本当に俺の目が覚めるのを待っていてくれてたのか?」
「だって、約束したじゃない」
「そりゃそうだけど……」
「それに、ずっと待ってたわけじゃないよ」
「えっ?」
「あたし、ウロシュの隣で一緒に寝てた。で、精気を吸われたウロシュはなかなか目を覚まさないだろうってのはわかってたから、先に起きてたの」
「そうだったのか……それは惜しいことをしたな」
「なんで?」
「だって、俺はあのまま意識を失ってたから、その後のことはなにも覚えてないもんな。せっかくツヴィエッタと一緒に寝てたってのに」

 と、ウロシュは本当に残念そうな表情を浮かべる。

「やだ、もう、ウロシュったら」
「いや、でもな、一緒に寝てる温もりも覚えてないってのはやっぱり悔しいよな」
「だったら、今夜はそうしようよ。あたしはいっぱい精気吸わせてもらったから、今夜はもう精気を吸わなくても大丈夫だから。その代わり、一緒に抱き合って寝ようよ」
「いいのか?」
「うん。だって、あたしも、ウロシュと一緒に寝てて、本当に温かかった。こうやって誰かと一緒に寝るのって、こんなに温かくて幸せなんだって知らなかった。だって、精気を吸った相手とそのまま一緒に寝るなんて、あたし初めてなんだもん」
「まあ、俺もシュトリーガと一緒に寝るなんて思ってもみなかったけどな」

 そう言って、ウロシュは照れたような苦笑いを浮かべる。

「それよりも!ウロシュのために朝ご飯作ってたんだ!食べて食べて!」

 あたしは、椅子を引いてウロシュを座らせると、ヨタを温め直す。
 その間に、まだ湯気の立っているクルムペントチュとソーセージをお皿に盛ってサワークリームを添え、熱くなったヨタをスープ皿に注いでウロシュの前に並べていく。

「これ、おまえが作ったのか……?」
「そうだよ。さあ、熱いうちに食べて食べて」

 テーブルに並んだ料理を見て目を丸くしてるウロシュに勧めると、まず、ヨタをスプーンですくってひとくち啜る。

「旨い!こんなに旨いヨタは初めて食うぞ!」
「そう?よかった!」

 ウロシュがひとくち、もうひとくちとヨタを口に運ぶのを見てると、私も嬉しくなってしまう。
 これはあの頃からそうだった。
 自分では人間の食べ物を食べる喜びはわからないのに、自分が作ったものを美味しいって言われるとやけに嬉しく感じる。

「うん、このクルムペントチュも外はサクサクで香ばしいのに中はふわふわしてて本当にうまく焼いてあるし、これはヨタとよく合うな。……なあ、ツヴィエッタ、ヨタのおかわりもらえるか?」
「もちろんだよ!」

 あっという間にヨタを平らげたウロシュが差し出したお皿におかわりを注ぐ。

「しかし、おまえ本当に料理上手いよな」
「……まあ、料理ができるシュトリーガってそんなにいないだろうけどね」
「そうなのか?」
「だって、あたしたちはシュトリーガだもの。あたしたちは人間の精気を吸って生きてるんだし、あたしもそうだけど人間の食べ物を食べても美味しいとか、そういうのはわかんないんだよね……」
「へえ、それなのにこんなに旨い料理が作れるのか?」
「うん……それは、あたしに料理を教えてくれた子がいてね……」



 ご飯を食べているウロシュに、あたしは昔のことをいろいろ話しはじめる。



「……なるほどな。でも、ツヴィエッタがうちにきてくれて本当に良かったよ」
「なんで?あたし、シュトリーガなんだよ?」
「ああ。でも、こんなにかわいくて料理の上手な娘が俺のところにきてくれるなんてよ」
「……でも、あたしはウロシュよりもずっと年上なんだよ?」
「それでもツヴィエッタはかわいいじゃないか」
「もうっ!ウロシュったら!」

 あたしの方が恥ずかしくなるようなことを平気で言うけど、彼の精気を吸ったあたしにはわかる。
 ウロシュは口先だけでそんなことを言う人じゃないって。
 きっと、本気でそう思ってるんだ。
 それだけに、余計に恥ずかしくなってくるんだけど。







 その日は、それからウロシュの畑仕事を手伝って、夜は約束したとおりにウロシュとふたり抱き合って眠った。






* * *







「さあ、できたわよ!熱いうちに食べてね、ウロシュ!」
「おっ、今日も旨そうだな」

 まだ湯気を立てているプラジェン・クロンピル(ジャガイモとタマネギのオリーブ炒め)とスクハ(レンズ豆と肉のスープ)、フリタイェ(スロベニア風オムレツ)をテーブルに並べていく。
 ウロシュは、いつものように感心しながら料理を眺めてから、スクハを一口啜って相好を崩した。

「うん!ツヴィエッタの料理は本当に旨いよな!」

 嬉しそうにそう言われると、あたしも嬉しくなってくる。

「おかわりもたっぷりあるから、いっぱい食べてね!」
「おう!」

 そう言って料理をパクつくウロシュを眺めているのが、あたしにとってすごく幸せな時間だった。





 あの日、初めてウロシュと会ってから、あたしの生活は一変した。
 以前からは考えられない、夢のような日々が過ぎていく。
 こんな幸せがこの世界にあるなんて、思ってもいなかった。



 昼はウロシュの畑仕事を手伝って、夜はウロシュに精気を分けてもらう。
 その代わり、あたしはウロシュのために自慢の料理の腕を振るう。
 なにをするときでも、いつもウロシュと一緒だった。

 食事の心配をすることなく、こんなに安心して暮らせる日が来るなんて思ってもいなかった。
 こんなに幸せな生活が送れるなんて。
 ウロシュと一緒にいるだけで、あたしはすごく幸せだった。






 それなのに……。






「大丈夫、ウロシュ?だいぶ顔色悪いよ……」
「ああ、大丈夫だ」

 そう言ってウロシュは笑うけど……。

 最近、ウロシュの体調があまり良くなさそう。
 あたしの前では元気そうに振る舞ってるけど、以前はあんなに血色の良かった顔が、心なしか青ざめている。

 あたしには、その理由はわかっていた。
 きっと、あたしがウロシュの精気を吸っているからだ。
 あたしはシュトリーガだから、ウロシュの精気を吸わないと生きてはいけない。
 だけど、それはつまりウロシュの命を吸ってるっていうこと。

 運命のあまりの残酷さに、うちひしがれそうになる。
 あたしはウロシュのことをこんなに好きなのに。
 ウロシュと一緒にいるだけでこんなに幸せなのに。
 その大切な人の命を、あたしは吸い取って生きている。
 あたしだってシュトリーガなんだから、人間のことは精気を吸うだけの相手だってわりきっていたつもりだった。
 だけど、ウロシュのことをそんな風に思えない。
 精気を吸うだけの、あたしたちシュトリーガの食べ物だって、そんな風に思えるわけがなかった。

 どうしたら……どうしたらいいの、あたしは?

 あたしはウロシュに元気でいて欲しい。
 ウロシュの命を吸い尽くしたくなんかない。

 それなのに……。

「おまえの方こそなんか元気がないじゃないか」
「い、いや、あたしは元気だから!」
「腹減ってるんじゃないのか?」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと最近食欲がなくてさ……」
「そんなこと言って、もう9日も精気を吸ってないだろ?」
「ホントに……ホントに大丈夫だから……」

 ううん……本当は、かなりお腹が減ってきてる。
 だけど……。

「俺はおまえのことが心配なんだよ」
「ウロシュ……」

 あたしは、ウロシュのことが心配なんだよ……。

「俺は大丈夫だからさ、な、ツヴィエッタ。……ちゅ」
「んっ……ちゅっ、ちゅう……」

 やだ、ダメだよ……ウロシュ……。
 こんなにお腹減ってるときにそんな風にキスされたら、あたし、精気を吸うのを止められない。

 だめ……止めてっ!
 ウロシュの精気をこれ以上吸っちゃダメだよ!
 ホントに、止まってよ……。

 愛する人の命でもかまわず吸い取っていくシュトリーガの本能を呪いたくなる。

 本当に、あたしはどうしたらいいの?



 ……そうだ。



 そのとき、あたしの頭にひとつのアイデアが浮かんだ。
 あたしがウロシュと一緒にいるためにできること。

 ウロシュの体をぐっと押して、キスを途中で止めさせた。
 首を傾げてあたしを見つめるウロシュに、今のあたしにできる精一杯の笑顔を作ってみせる。

「……ツヴィエッタ?」
「ありがとう、ウロシュ。でも、ホントに食欲ないんだ」
「しかし……」
「本当に大丈夫だから。だから、今日はもう寝ようよ」
「あ、ああ……」

 ウロシュはまだ心配してるみたいだけど、あたしの言うことには頷いてくれた。






* * *







 そして、次の日。

「じゃあ、あたしは洗濯してくるねー!」
「ああ、気をつけろよ」
「うん!」



 洗濯物の入った籠を抱えると、畑仕事をしているウロシュに声をかけて村はずれの小川に向かう。
 そこはちょっとした洗い場になっていて、村の女たちが洗濯に来る場所だった。

 あたしも何度かそこで洗濯をしているうちに、何人かの女たちと言葉を交わすようになっていた。
 もちろん、まだ誰もあたしがシュトリーガだっていうことには気がついてない。



 そこに行くと、その日も先に来た女の人がひとりで洗濯をしていた。

「こんにちは」
「あら、こんにちは」

 前にもあったことのある人なので軽く挨拶すると、隣に並んであたしも洗濯を始める。
 たしか、名前はスターニャっていってたっけ。

「ツヴィエッタちゃん、もう、ここでの暮らしには慣れた?」
「はい……」

 他愛のないおしゃべりをしながら、スターニャさんと並んで洗濯をする。

 そして、洗濯が終わったタイミングを見計らう。

「あの、スターニャさん」
「なに?え……?」

 彼女があたしの方を向いた瞬間、眼に力を込めると、スターニャさんの顔から表情が消える。

「スターニャさん、あたしの眼を見て、そしてあたしの声を聞いて。そうしてると、だんだんふわふわしてきて、すごく気持ちよくなってくるよ」
「……はい」
「ほら、あたしの眼をじっと見て。……どう?気持ちよくなってきたでしょ?」
「……はい」

 あたしの声に返事をするスターニャさんの表情が、ふにゃりと緩んでいく。

「ほら、どんどん気持ちよくなってきて、なんだか、いやらしい気持ちになってくるよ」
「……どんどん気持ちよくなって……いやらしい気持ちになってくる」
「すごくいやらしい気持ちになって、女同士でいやらしいことをしたくなるよ」
「……すごくいやらしい気持ちになって……女同士でいやらしいことをしたくなる」

 あたしの眼を見つめて緩んだ表情を浮かべるスターニャさんが、あたしの言葉を繰り返しながらほんのりと頬を赤く染める。

「ね、スターニャさん、すごくいやらしいことをしたくなってきたから、目の前の女の子といっぱいいやらしいことしちゃおうね。そうしたら、すっごく気持ちよくなれるから」

 そう言って、あたしは眼に込めた力を緩める。

 すると、どこか虚ろで弛緩した笑みを浮かべていたスターニャさんの瞳に光が戻ってくる。
 そして、その目があたしを捉えたかと思うと、さっき以上に目尻が緩んでいやらしい笑みを浮かべた。

「ツヴィエッタちゃん……はむっ」
「スターニャさん?……んんっ!」

 あたしの腕を引いて抱き寄せると、スターニャさんがキスしてきた。

「ちゅっ、んふ、れるっ……」
「んっふ……ふあ、あふ……」

 すっごい……。
 舌を絡ませてくる情熱的なキス。
 でも、あんまり舌を入れられると精気を吸いにくんだけどね。

「んむむっ……あふっ……スターニャさん!?」
「んっ……ふふふっ、いいでしょ、ツヴィエッタちゃん」

 唇を離したスターニャさんが、熱っぽく潤んだ瞳を向けて微笑む。
 すごく、いやらしそうに緩んだ笑顔で。

 ……うん、効いてる効いてる。
 じゃあ、このままスターニャさんがするのに任せることにして、あたしは演技演技と……。

「スターニャさん……!?」
「ふたりで、いっぱい気持ちいいことしましょ」
「あんっ!?」

 服の上から、スターニャさんがあたしの胸を掴んだ。

「ね、ツヴィエッタちゃん?」
「で、でもぉ……あんっ、はんんっ!」

 おっぱいをぎゅって掴んだスターニャさんが、指先で乳首を弾く。
 その力加減がすごく絶妙で、ビリビリ走る快感に思わず甘い声が洩れてしまう。
 どこが感じやすいのか自分の体でわかってるから、こういうときって女の人の方が上手なのかもわからない。

「ほら、ツヴィエッタちゃん?」
「でっ、でもぉ……こんなとこ、誰かに見られたら……」
「あら、それもそうよね……じゃあ、あそこの茂みの向こうでしましょうか?」

 スターニャさんが指さしたのは、小川から少し離れたところにある茂みだった。

「ね、あっちなら、誰か来ても気づかれないでしょ?」
「そ、そうですね……」
「じゃ、行きましょ」
「あっ……」

 スターニャさんはあたしの手を引くと、茂みの向こう側まで連れて行く。
 そして、あたしに抱きついてきた。

「ツヴィエッタちゃん、私、もう我慢できないの……早く気持ちいいことしましょ……」

 耳許で囁きながら、スターニャさんがあたしのエプロンの紐を解いていく。
 あたしもスターニャさんも、この地方の女の人がよく着る、肩紐のついた、裾の長いスカートにエプロンを結んだ服を着ていた。
 その衣装の、スカートの上からウエストを括って固定していたエプロンを解いて肩紐を外すと、スカートは簡単に脱げて地面に落ちる。
 そして、ただでさえ大きく開いている服のボタンを外していく。
 ボタンが外れてぽろっと顔を出したおっぱいを見て口許を綻ばせたスターニャさんは、熱でもあるみたいに瞳を潤ませて、目の周りがほんのりと赤くなっていた。

「あん……スターニャさん……」
「ねえ……私のも脱がせて、ツヴィエッタちゃん……」
「はい……」

 あたしのおっぱいを揉みながらお願いしてくるスターニャさんに応えて、あたしがされたようにエプロンを解いてあげてスカートを脱がせ、ブラウスのボタンを外していく。

「じゃあ、始めましょ?」
「はい……あっ、あんっ!」

 すっかりあたしの眼の力を受けて発情してしまってるスターニャさんが、あたしのおっぱいに顔を埋めるようにしてしゃぶりついてくる。

「あんっ、スターニャさんっ……んんっ、はうっ!」
「んふっ、あっ、んふうううっ!」

 おっぱいに吸いつかれて、思わず顔が仰け反るくらいに甘い刺激が走る。
 でも、あたしも負けずにスターニャさんの胸に手を伸ばす。

「んっ、はぁあん……や、上手よ、ツヴィエッタちゃん!」

 小指と薬指で搾るようにおっぱいを揉みながら親指と人差し指で乳首を摘まむと、スターニャさんも甘い声をあげる。
 そういえば他の女の人のおっぱいの、この柔らかい感触を楽しむのもずいぶん久しぶりよね。
 でも、お腹空いてるからあたしももう我慢できないよ……。
 早くスターニャさんの精気を吸いたくてしかたがなくなってくる。

「スターニャさんっ!んっ、はうっ……!」

 あたしは、片手をスターニャさんの股間に伸ばす。

「あんっ……積極的ねっ、ツヴィエッタちゃん!……いいっ、いいわよっ!」

 やだ、すごい……。
 スターニャさんのアソコ、もうこんなに濡れてる。

「……きゃっ!?あっ、あふぅうううんっ!」

 いきなり押し倒されたかと思うと、スターニャさんの手があたしの股間に伸びてきた。
 その指が、湿ったアソコにヌプッと入ってきて、甘い痺れの波が背筋を駆け抜けていく。

「んっ、はぁんっ……ああっ、スターニャさぁん!……はんっ、んんっ!」
「ああ……すごくかわいいわよ、ツヴィエッタちゃん。ふふふ……こんなにいやらしく腰をくねらせて……」

 クチュックチュッてアソコの中をかき混ぜられて、あたしは自分から腰をくねらせはじめていた。
 だって、こんなにお腹ペコペコのときにそんなにされたら、欲しくて欲しくてしかたがなくなってくる。

「ねえ、早く来て、スターニャさん……」

 空腹に突き動かされて、無意識のうちにスターニャさんを見つめる眼に力を込めてしまった。

「うっ…………うふふっ、いいわよ、ツヴィエッタちゃん」

 一瞬、あたしの視線に射貫かれたように虚ろな表情を浮かべたスターニャさんが、すぐに蕩けた笑みを浮かべるとあたしの下着を脱がせる。
 そして、自分も下着を脱ぐとあたしの足を抱えるようにして自分の股間をあたしの股間に押しつけてくる。

「じゃあ、行くわよ……んっ、んふぅうううっ!」
「ひゃうっ、はあぁんっ!」

 スターニャさんが腰を動かすと、まず、クリトリスが擦れて、すぐにアソコとアソコが擦れて、痺れるような刺激が全身で弾けた。

「はうっ、ああっ、いいっ、これっ、すごくいいわよっ!」
「やんっ、ああっ、あたしもっ……んっ、はっ、はんっ、はあっ!」
「……やっ!?ツヴィエッタちゃんっ、はっ、激しいっ!でっ、でもっ、すごくいいっ!」

 早く精気を吸いたくてあたしの方からグイグイと腰を押しつけると、スターニャさんは驚いたような、でも、気持ちよさそうな声をあげる。

「あんっ、ねえっ、気持ちいいっ、スターニャさんっ!?」
「ええっ、気持ちいいわっ!あんっ、あうっ!」
「もっともっと気持ちよくなってっ!んっ、はうんっ、んんっ!」

 できるだけ早くスターニャさんをイカせるために激しく腰を振って、アソコとアソコを思い切り擦り合わせる。
 まるで夢でも見てるようにスターニャさんはすごくうっとりした表情を浮かべてるけど、あたしの方もけっこう来てるんだよね、これ。
 もうすっかり精気を吸う準備ができたアソコがクパァって開いてるから、腰を動かすたびにアソコの内側のあたりが擦れて頭がクラッとくるくらいに気持ちいい。



 そのまま、スターニャさんは快感の波に呑まれて、あたしは空腹に突き動かされて腰をくねらせてアソコ同士を擦り合う。



「んっ、あんっ、あっ、ふあああんっ!」

 スターニャさんが体をびくって震わせたかと思うと、少し精気が漏れてきた。
 もうすぐイキそうなのね……よしっ!

「あんっ、スターニャさんっ、あたしっ、あたしっ!」
「ツヴィエッタちゃん!イキそうなのねっ!あたしもイキそうよっ!一緒にっ、一緒にイキましょう!」

 絶頂を誘って、わざと甘い喘ぎ声をあげながら腰を動かすリズムを速くすると、合わせるようにスターニャさんの動きも速くなる。
 髪をばさばさと振り乱して体を痙攣させているスターニャさんのアソコからは、精気が漏れっぱなしになっていた。

 そうやって激しく腰を擦り合わせながら、あたしたちは絶頂を迎える。

「ああああっ!私っ、私っ、もうイッちゃうっ!」
「あたしもっ、あたしもイッくぅうううううううううっ!」
「ああっ、イクッ、イクのっ!んふぅううううううううううっ!」

 真っ白い絶頂の波に呑まれるのと同時に、互いの体がビクビク震えて、アソコからスターニャさんの精気が流れ込んでくる。
 すごくありふれた精気の味。
 もちろん、悪い人の精気じゃない。
 この国の女に人によくある、本当に素朴な味。
 でも、お腹ペコペコだからすごく美味しく感じる。

「んっ、んんんっ……」
「んんっ、あふぅううう……」

 絶頂の余韻に浸りながら、大きく息をして呼吸を整える。



「……ふふ、すごく良かったわよ、ツヴィエッタちゃん」
「あたしもです」

 しばらく休んでから、あたしとスターニャさんは起き上がって乱れた服を整えて、脱ぎ散らかしたスカートを穿く。

 そして、小川のほとりまで戻ってくると、あたしはスターニャさんを見つめる眼に力を込めた。

「ねえ、スターニャさん」
「う……」

 あたしの眼を見つめたまま、スターニャさんの顔から表情が消えた。

「スターニャさんは、今さっきあたしといやらしいことをしたのを思い出せないの」
「私は……あなたといやらしいことをしたのを思い出せません……」
「スターニャさんは、ただ、あたしとおしゃべりをしながらお洗濯をしていただけなのよ」
「私は……あなたとおしゃべりをしながらお洗濯をしていただけ……」
「でもね、あたしのこの眼を見るとスターニャさんはさっきのいやらしいスターニャさんになって、あたしといっぱい気持ちいいことしたくなるの」
「あなたのその眼を見ていると……私はいやらしい私になって……あなたといっぱい気持ちいいことをしたくなる……」

 スターニャさんがあたしの言葉をぼそぼそと繰り返したのを確かめて、あたしは眼に込めた力を抜く。

「スターニャさん?どうしたんですか?」
「あれ?私、どうしたのかしら?」
「なんかボーッとしちゃってたみたいですけど、どうかしたんですか?」
「あら、そう?……ごめんなさいね、心配させちゃって」
「いえ。あたしはお洗濯が終わったからもう戻りますけど、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ありがとう、ツヴィエッタちゃん」
「それじゃ、失礼しますね」
「ええ、さようなら」

 簡単な挨拶の言葉を交わすと、あたしはその場を離れる。

 もちろん、お腹いっぱいというわけにはいかないけど、多少は空腹をしのげた。
 でも、こんな感じでまた明日も精気を吸えたら、ウロシュの精気を吸わなくてもすむわ……。

 ウロシュの精気を吸いすぎないように考えた計画がうまくいって、あたしは久しぶりに気が軽くなったように思えたのだった。






* * *







 その翌日、あたしがその小川に行くと、またスターニャさんがいた。
 このくらいの時間にはいつもいるのね、この人は。

「こんにちは、スターニャさん」
「あら、こんにちは……うっ?……ふふっ……ふふふ、ツヴィエッタちゃん……」

 あいさつをしながらあたしが眼に力を込めると、一瞬無表情になったスターニャさんが、すぐにいやらしく蕩けた笑みを浮かべる。

「スターニャさん、お洗濯の後で、気持ちいいことをしましょうね」
「そうね、ツヴィエッタちゃん。ふふふ……」

 あたしの誘いに、スターニャさんは嬉しそうに微笑む。
 そのまま、ふたり並んで洗濯を始めるけど、スターニャさんはもう発情したみたいに頬を上気させていたのだった。








 そうやって、あたしは洗い場になっている小川で村の女の人たちの精気を吸って空腹を満たした。
 スターニャさん以外にも、何人か精気を吸える相手を作ることにも成功した。
 みんな、洗濯をしながら世間話をしたことがあるだけでよく知らない人ばかりだったけど、その方がかえって精気を吸うのに罪悪感を感じなくて良かった。
 昔、領主さまの館にいたときは、仲のいい仲間の精気を吸うときには少し胸が痛んだけど、そういうのを感じなくてすむ。
 あたしと、ウロシュが生きていくためだって割り切ることができた。

 おかげで、ウロシュの精気を吸う間隔を空けることができて、ウロシュも少しずつ血色が良くなっていくのがわかってあたしも嬉しかった。








 だけど、そんな平和な生活も、そう長くは続かなかった。

 その日、あたしはいつものようにスターニャさんの精気を吸おうとしていた。

「ああっ、いいわっ、ツヴィエッタちゃん!」
「うんっ、あたしもいいよっ、スターニャさん!」

 スターニャさんの精気を吸おうと腰をくねらせているあたしには、油断があったのかもしれない。
 ずっとうまくいってたから、誰か他の人が来たときの警戒を怠っていた。




「おーい!スターニャ!」

 ……男の人の声だ!?

 小川のあたりから、男の人の声がした。
 それも、スターニャさんを呼んでる。

 ど、どうしよう?
 とにかく、スターニャさんにはおとなしくしといてもらわないと……。

 咄嗟にそう考えて、あたしはスターニャさんを見つめて眼に力を込める。

「うっ……」

 スターニャさんの顔から表情が消えて、動きが止まる。

「眠って、スターニャさん」
「う……はい……」

 スターニャさんの体が、ぐったりとその場に崩れ落ちる。



「おーい、スターニャ!……いないのか」

 スターニャさんを探す、男の人がまた聞こえた。

 ……どうしよう?
 小川のところに洗濯物の入った籠を置きっぱなしだし、絶対怪しまれる。

「スターニャ!どこにいるんだ!?」

 まだ、スターニャさんを探す声が聞こえてくる。

 どうしよう……どうしよう……?
 このままじゃ、そのうち見つかっちゃうよ……。
 そ、そうだ……早く逃げないと……。

 このままここにいても、見つかったら言い逃れができない。
 いや、今逃げても状況が悪くなるのは避けられないし、追いつかれて捕まるかもしれない。
 でも、他に選択肢はなかった。

 それに、そのときのあたしはパニックになってしまっていた。

 体を竦めて服装を整えると、茂みの影から一気に駆け出す。

「おいっ!おまえはっ!?」

 後ろから、あたしに気づいた男の人が聞こえる。
 だけど、立ち止まらない、振り向かない。
 全力で、ウロシュのいる畑の方に走っていく。

 今のであたしの姿を見られちゃった……。
 それに、スターニャさんは眠らせただけで、いつもみたいにエッチしてたときのことを忘れさせてる暇はなかった。
 どのみち、このままだとあたしのことがわかっちゃう……。











「……ウロシュッ!」

 畑で作業をしているウロシュの姿が見えてきて、あたしは必死にその名前を呼ぶ。

「ツヴィエッタ?どうしたんだ?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ウロシュ!」
「おいっ!ツヴィエッタ!?」

 ごめんなさいって言うことしか、あたしはできなかった。
 そのまま駆けていくあたしを、ウロシュが追いかけてくる。

「どうしたんだ!?ツヴィエッタ!?」
「ごめんなさい!ウロシュ!あたしっ、逃げなきゃ!」

 ウロシュの手が、あたしの腕を掴む。

「おいっ、落ち着けよっ!なにがあったんだ!?」
「ごめんっ、ごめんなさい!でもっ、あたし逃げなきゃ!」

 腕を掴んだ手を振りほどこうとしてあたしは暴れる。

「落ち着けって!とにかくうちに戻ろう!」
「でもっ、でもっ!」

 ウロシュはそう言うけど、早く逃げないと見つかっちゃう!

「いいから来いっ!……くそっ、おまえ、馬鹿力だなっ」

 完全にパニックなって暴れるあたしを、ウロシュは引きずるようにして自分の家に連れて行く。




「ねえっ、お願いっ、あたしを行かせてっ、ウロシュ!」
「いいから落ち着けって」
「でもっ、でもっ……!」
「なにがあったかは知らないけど、村のやつらにバレたってところか?」

 ウロシュが、やけに落ち着いて確認してくる。
 それがもどかしくてしかたない。

「わかってるんなら、早くっ!」
「こんな明るいうちに逃げてもすぐに捕まるぞ……ほら、ここに隠れろ」

 そう言うと、ウロシュは床の絨毯をめくる。
 そして、何の変哲もない一枚の床石に手をかけると、その石が動いた。

「……え?……これは?」

 そこには、真っ暗な中に続く階段があった。

「昔、トルコの連中がこのあたりまで攻めてきてた頃に、うちの祖父さんはそいつら相手に抵抗運動をしててな。トルコ兵から隠れるための秘密の隠れ場所を家に作ってたのさ」

 と、ウロシュはそう説明してくれた。

「さっき周囲を見たけど、俺たちが家に戻るところは村のやつらには見られてない。だから、おまえはここに隠れてろ。後は、俺がどうにかやりすごす」
「で、でも……」
「今外に出たら捕まりに行くようなもんだ。とにかく、俺を信じてこの場は任せてくれ」
「ウロシュ……」

 ウロシュのその真剣な眼差しに、少し落ち着きが戻ってきた。



 と、そのとき、家の戸をどんどんと叩く音がした。



「おいっ!ウロシュ!いないのかっ!」
「……ひぃっ!」
「早く!ここに隠れろ!」

 ウロシュの鋭い声に、あたしは床の穴蔵に潜り込む。

 外から床石が閉じられて、光の全くない闇に閉ざされる。
 別に、シュトリーガのあたしにとって暗闇は怖くないけど……。

「……ひっ!」

 少しして、頭上の方からドカドカと何人かの人が歩き回る音が聞こえて、あたしはぎゅっと目を瞑って体を竦める。
 いつ、天井の床石が動いてあたしのことが見つかるかと思うと、怖くて怖くて体が震えてくる。





 そうやって、どのくらいの間震えていたのか……。
 時間の感覚がまったくわからないから、ものすごく長い間そうしていたように思える。





「……もう大丈夫だ、ツヴィエッタ」

 ウロシュの静かな声が聞こえて目を開けると、天井から漏れる灯りの中にウロシュの顔が見えた。

「……ウロシュ」
「だいぶ前にみんな出て行ったから、もう出てきても大丈夫だぞ」

 ウロシュの言葉に、おそるおそる隠れ場所から這い出る。

「村の……人たちは?」
「ああ、たぶん今頃は村はずれを探し回ってるだろ」

 ウロシュがそう言って優しい笑みを浮かべる。
 だけど、すぐに厳しい表情になってあたしを見つめた。

「……ツヴィエッタ。おまえ、ヴァレンチェクさんのかみさんの精気を吸ったのか?」
「ヴァレンチェクさんの、奥さん?……もしかして、スターニャさんのこと?」
「そうだ。……やっぱり吸ったんだな?」

 あたしの返事に、ウロシュはため息を吐く。

「なんでそんなことをしたんだ?」
「だって、だって……あたしが精気を吸い続けてたせいで、ウロシュの元気がなくなってたから……」
「……えっ?ツヴィエッタ……おまえ……?」
「あたしはシュトリーガだから、人間の精気を吸わなくちゃ生きていけない。だけど、ウロシュの精気を吸うってことは、つまりウロシュの命を吸ってるようなものだから、そのまま精気を吸い続けてるとウロシュが死んじゃうから。だから、だからあたし……」
「他の人間の精気を吸って、俺から吸う精気の量を減らそうとしたのか……?」
「ごめん、ごめんね、ウロシュ……」

 溢れてくる涙を抑えられなくて、ウロシュの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
 そんなあたしを、ウロシュはそっと抱きしめてくれた。

「ああ、わかってるさ、ツヴィエッタ」
「……ウロシュ?」
「おまえが俺のことを心配してそんなことをしたのはわかってるよ」
「ウロシュ……ううっ!」

 ウロシュの優しい言葉に、また涙が溢れてくる。

「でも、村の連中に見つかったのはまずかったな。とりあえず、あいつらにはおまえが戻ってきてないって説明して、家の中も見せてやったから、今頃は村や村はずれを探してるだろうけど、やつら、クルスニックを呼ぶって言ってたしな……」
「う、そ……」

 ウロシュの口から出た、クルスニックっていう言葉に、自分の表情が凍りつくのがわかった。

 ……クルスニック。
 この国の言葉で、本来は守護霊を指す言葉。
 それを名乗って、あたしたちシュトリーガを退治する職業の人間がこの国にはいるって、小さいときから父さん母さんに叩き込まれていた。
 クルスニックは、あたしたちの力を防ぐいろんな呪術を扱えるし、あたしたちシュトリーガを完全に消滅させることができる怖ろしい存在だから、絶対に近寄ってはならないってずっと言われてた。

「そんな……そんな、あたし、どうしたら……」

 クルスニックっていう言葉を聞いただけで、足が竦んで体がガタガタ震え始める。
 頭の中が恐怖でいっぱいになって、なにも考えられない。

「大丈夫だ、ツヴィエッタ」

 すると、震えているあたしの体をウロシュが抱きしめた。

「……ウロシュ?」
「クルスニックを呼ぶにしても、何日かはかかる。だから、夜になったら一緒にこの村を出よう」
「で、でも……ウロシュはそれでいいの?」
「ああ。西の山を越えた向こうの村に、うちの親戚がいる。向こうの村とうちの村はあまり行き来がないから、あそこまで逃げたら大丈夫だと思う」

 そう言って、ウロシュは力強く頷いた。









 ――そして、深夜。

 村のみんなが寝静まる頃を見計らって、あたしとウロシュは村を抜け出した。
 この時間ならもう大丈夫だって、そう思ってたのに……。



「待てっ!」
「ウロシュッ!やっぱりおまえ匿ってやがったな!」

 村を出て少し経ったとき、背後から叫び声と一緒にいくつかの松明が追ってくるのが見えた。

「ひぃっ!」
「走れっ、ツヴィエッタ!」
「うんっ!」

 ウロシュが、あたしの手を引いて走り出す。



 必死になって走ったけど、なかなか引き離せない。
 そのときだった。
 ウロシュがあたしに向かって叫んだ。



「ツヴィエッタ!おまえは先に行け!」
「ええっ!?」
「おまえはシュトリーガだから、夜目は利くよな!?」
「えっ!?……う、うんっ!」
「だったら、灯りを点けずに向こうの森に逃げ込め!おまえひとりならきっと逃げ切れるはずだ!」
「でっ、でもっ、ウロシュは!?」
「あいつらが追ってるのはおまえだ!俺は人間だし、いちおうこの村の人間だからあいつらも殺したりはしないさ。だけどおまえは違う。あいつらはシュトリーガを絶対に許さないだろう。捕まえたら、クルスニックを呼んで退治するに決まってる!だからおまえは逃げろ!」
「でもっ……!」
「いいから逃げろ!あいつらは俺がなんとか食い止めるから、おまえは逃げろ!」

 そう言った、ウロシュの真剣な表情に、もうあたしはなにも言えなかった。

「うん……」
「いいか、絶対に捕まるんじゃないぞ、ツヴィエッタ!」
「うんっ。……ウロシュ、あたし、ウロシュが来るの待ってるから!西の村で、きっと待ってるから!」
「ああ。……2週間だ。2週間待っても来なかったら、俺のことは忘れてくれ」
「……そんなっ!」
「いいから早く行けっ!」

 ウロシュがそう言うのと同時に、あたしの腕をぐっと引いて先に行かせる。

「ウロシュッ!」
「ツヴィエッタ……いいから逃げろ。もしも俺に何かあっても、おまえは絶対に生きていくんだ。いいな?」
「ウロシュ…………ごめんっ!」
「いいから行け!」

 そのまま、あたしは目の前に見える森まで走りに走った。

 後ろの方で人の叫び声が聞こえたような気がして、手で耳を塞ぐ。
 涙で視界がぼやけてきて、足がもつれそうになったけどそのままあたしは走り続けた。






* * *







 なんとか逃げ切ることができたあたしは、そのまま西の山を越えて村の入り口近くまで辿り着いた。
 そして、そこにある森に身を隠して街道を見守りながらウロシュがくるのを待つ。

 その間、何度かキノコ採りに来た村の女の人に力を使って精気を分けてもらう。
 今度は、人に見つからないように万全の注意を払って。

 そうやって2週間が過ぎたけど、ウロシュは来なかった。

 ウロシュは、2週間待って来なかったら忘れろって言ってたけど、そんなの、忘れることなんかできるはずがなかった。

 あの村まで戻って、ウロシュがどうなったのか確かめようかとも思ったけど、クルスニックが来ているかもしれないと思ったら足が竦んで動けなくなる。
 そんな意気地のない自分が情けなくて、何度も何度も泣いた。



 そのまま、諦めきれずにもう2週間待ったけど、やっぱりウロシュは来なかった。

 あたし……またひとりになっちゃった……。
 おかしいな……ずっとひとりで生きてきて、そんなの慣れっこになってるはずなのに……また元の暮らしに戻っただけなのに……。
 なんでだろう……?こんなに胸がチクチクして、なにもする気になれない……。




 ぽっかりと胸に穴がいたような喪失感を抱えて、ふらふらとその村を後にしたのは、ウロシュを待ち続けて2ヶ月が経ってからだった。




 そのまま、あてもなく歩き続ける。
 東に行くとあの村に戻ってしまうので、西へ、西へと……。
 いつの間にか国境を越えてイタリアに入っていたあたしがやがて流れ着いたのは、ヴェネツィアの街だった。



 そこは、長閑なスロベニアの農村しか知らなかったあたしにとって初めて見る世界だった。

 村のほとんどが顔見知りの田舎の農村と違って、大都会で男の精気を吸うのがこんなに簡単だなんて思ってもいなかった。
 夜、盛り場近くをうろついていたら、酔っ払いが必ず声をかけてくる。
 そんな男とセックスするのはあまりにも簡単だったし、へべれけに酔っ払った男たちはあたしが精気を吸っても、そのことにすら気づいてないみたいだった。

 都会での生活は、今まで苦労していたのが嘘みたいに暮らしやすかった。

 だけど、ときどきウロシュに似た人を見ると思わずハッとなって、胸が締めつけられる。
 やっぱりウロシュのことを忘れられない。
 この胸の喪失感が、消えることはない。

 そんなあるとき、ここからはるか東の彼方に小さな島国があるって話を聞いた。

 なんでもその国は小さいのにすごく豊かで、あのロシアにも戦争で勝ったことがあるんだっていう話だった。
 それに、その国の人は礼儀正しくていい人ばかりで、なにより、こっちの人とは顔立ちが全然違ってるって話だった。

 その、日本っていう島国の話を聞いてあたしが興味を引かれたのは、結局は逃げたかっただけなのかもしれない。
 ウロシュのことを思い出させるものが多すぎるこっちでの暮らしから、逃げ出したかったんだと思う。





 だからある日、その国に行くっていう客船の話を聞いたあたしは、乗員に紛れてその船に乗り込んだ。

 日本への船旅は、ものすごく長かった。
 あたしは、その船で給仕として働きながら、仲間の給仕の女の子の精気を吸ってなんとか飢えをしのいだ。




 そして、2ヶ月半後……。

 その船が横浜に着いたのはちょうど4月のはじめで、波止場近くに植えられた桜並木が満開になっていた。
 その花が、スロベニアであたしも見たことがあるサクランボの木と同じ仲間だっていうのはずっと後になってわかったことで、その、葉っぱも付けずにピンクの花をいっぱいに咲かせているそれは、そのときのあたしには初めて見る花にしか見えなかった。
 船を降りたあたしは、その淡いピンク色のトンネルに思わず感嘆の声を上げていた。
 風が吹くと、ひらひらと舞い散る花びらがピンクの帯のようにあたしを包みこんでいくみたいに思えて息を呑んで見とれていると、同じ船から降りてきた人が、その花はこの国の人がもっとも愛している花で、名前を"さくら"と呼ぶんだって教えてくれた。
 まるでその花が、あたしがこの国に来たことを歓迎してくれているように思えて、そのときあたしはその花の名前をこの国での自分の名前にしようって決めた。





 ……それから90年後、あたしはその国で慎介に出会った。
 あのときと同じように空腹で行き倒れていて半ば無意識のうちに吸った慎介の精気は、どこかウロシュに似た、懐かしくて、すごく暖かい味がした。

 
 
< 終 >


 

 

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