催淫師


 

 

暗躍編(2)


 白笠は二人の仲間と共に歩いていた。
「ち・・・何でこんなに催淫蟲がうるさいんだ?」
「連中が言ってる事、正しいんじゃないのか?」
 仲間の一人がたしなめるように言う。
「別に俺は反対してるわけじゃないぜ。決めるのが早いって言ってるんだよ。見もしないうちから、どんな奴か分かるわけないだろ」
 白笠は憮然として答える。
「小物だったら、こんなに活性化すると思うか?」
 そう言いながら、空き地へ顎をしゃくる。それにつられて向くと、約三十匹の催淫蟲が三人の方を伺っていた。
「やれやれ・・・これでもう百匹くらいか?」
「いい加減うんざりするぜ・・・」
 言葉よりも、顔の方が三人の心情を物語っていた。この三人は、朝から行動が活発になった催淫蟲や淫獣の狩りをしていたのだ。
「勘弁してくれよ・・・」
 そうぼやきながらも、飛び掛って来る数匹に霊気を放ち、浄化・駆除する。もともと催淫蟲は妖術によって創られた生命体で、動く媚薬とも呼ばれる通り、触っただけで快感を送りつけられる。従って、物理攻撃は通じても決して素手で攻撃してはいけないのだ。戦闘力は極めて低いので、不意を衝かれたりしなければ子供でも撃退するのは難しくない。但し物理攻撃だけでは殺せず、必ず霊力を必要とする。

「やっと終わったか・・・」
 全滅させるまで一分程度しか掛からなかった。
「大体佐伯達は心配し過ぎなんだよ。今、俺達と戦って勝てるのは‘本部’の連中くらいのモンだぜ」
 白笠の言う本部とは、退魔士達の総本山‘全日本退魔士協会’の事である。ちなみに、彼等が所属している組織の正式名称は‘日本退魔士協会雨桶市支部’と言う。しかしながら、事情によって現在は半独立状態になっている。そちらの方が何かと都合が良いので、今ではそんな呼び方をする者はいない。
「そりゃそうだけどよ・・・」
 渋々同調する。各地の退魔士協会の中で、雨桶市はかなり上位に入っている。総合力という点では、第二位と言っても良かった。
「用心するに越した事はないって。油断大敵だぞ」
 せっかくの忠告だったが、白笠は笑い飛ばした。
「フン・・・過ぎたるは及ばざるが如し、て事もあるんだ。用心も過ぎればしてないのと同じって事になるぜ」
 自信たっぷりに言い放った。 
「いやそれは違うだろ・・・」
 呆れた声も無視し、白笠は‘演説’を続けた。
「一年も退魔士の修行をすりゃ、どんな武道家よりも強くなれるんだぜ。そんな連中の中でもトップクラスの俺達が何で催淫師如きにビビる必要があるんだよ」
 多少の誇張はあるものの、大体において真実であった。
(白笠さんはプライドが高いからなぁ・・・)
(ランキング八位だからな・・・)
 諦めに近い感想を持った二人。白笠はそんな二人を見ながら言った。
「俺が‘全国退魔士ランキング’八位を鼻にかけているって言いたいのか?」
「「い、いいや・・・」」
 心を見透かされたような気分を味わった二人だった。
 ランキングはお互いが競い合い、高め合う事を目的に十年前から導入されたのだ。
「今更説明されなくても分かってるって言いたかったんだよ」
 そう言い終わらないうちに、白笠が誰かとぶつかった。
「てめえ、どこを見てやがるっ!?」
「何だと?お前が気をつけろっ!」
「てめえこそ気をつけろっ!」
「何だとっ?ふざけるなっ!」
「お前がふざけるなっ!」
 止める間もなく、二人は臨戦体制に入っている。
「お前、俺が誰だか知ってるんだろうな?」
 そう言われた白笠の動きが一瞬止まる。
「・・・そう言われりゃ・・・どこかで見た気が・・・」
 誰だ、と言いたげに二人を見た。
「日本で三指に入るって言われてるプロレスラー、J−Tだよ」
 そう言われた男は、恐れ入ったか、と胸を張った。 
「それがどうした?」
 白笠の反応はJ−Tの予測と違い、やる気満々であった。白笠はどこからともとなく特殊警棒を取り出すと、不敵な笑みを浮かべた。
「せめてもの礼儀だ・・・本気で相手してやる」
 いつになく厳かな口調になっている白笠。それに対して、J−Tの方は余裕の表情である。恵まれたとは言えない体格で、トップまで上りつめたという自負が彼を支えている。
「身長が同じだからって俺の事を舐めてるんだろ?後悔させてやるよ」
 両者はゆっくりと構えをとった。周囲の雑音から隔離され、二人を静寂が包んでいく。
先に仕掛けたのは、J−Tだった。一気に間合いを詰め、こめかみ狙いのエルボーを繰り出した。完全に相手を見下した為の戦法であった。
(っ!!)
 J−Tが驚いたのは、白笠が彼の攻撃をしゃがんでをかわし、間合いをとったからだ。
「行くぜ?」
 そう言う声のが聞こえるのと同時に、J−Tの目にもとまらぬ速さで警棒が襲って来た。J−Tが全身に痛みが走るのを感じたのと同時に、彼の体は吹き飛んだ。
「ぐっ・・・が・・・」
 何とか立ち上がろうともがくが、激痛のあまり、それは出来なかった。
「無茶するな。打撲と骨折で一ヶ月は歩けはしない」
 勝ち誇った顔で白笠は告げる。
「お前・・・一体・・・」
 苦痛に顔を歪めながら、J−Tは声を絞り出す。彼には目の前の男が、常人には不可能な事をしたとしか分からなかった。
「俺の‘阿修羅槍’は一秒間に八回、相手を突き刺すのさ。まぁてめえは六回で十分だったけどな」
 そう言ってカラカラと笑う。
「な・・・何だと・・・?」
 あまりにも常識からかけ離れた事実に、J−Tは打ちのめされた。 
「じゃあな、結構楽しかったぜ」
 そう言って白笠はJ−Tの横を通り過ぎ、他の二人もこれに続いた。
(お前等・・・何者だ・・・)
 J−Tの意識は遠のいていった。


 J−Tを倒した三人が、行きつけの居酒屋へ向かおうとした時、彼等の意識にある気配が引っかかった。
「また催淫蟲かよ・・・」 
 三人は溜め息も出なかった。
「近くの公園か・・・行くしかないだろ・・・」
 その言葉に他の二人も頷く。
「誰かが襲われてるのかもしれないからな」
 催淫蟲は人を襲う時くらいしか、気配を掴む事は出来ない。三人は必然的に走り出し、現場へ急行した。マラソンランナー顔負けの速さで走り去る三人に、道端にいた人達は目を丸くしていた。

「今度は十匹くらいか・・・何でこうも群れてやがるんだこいつ等?」 
「普通群れないよな」
 催淫蟲も動物と同じで、ある程度自分の縄張りを持っているものだ。
「何より単独行動が基本だろう。つまるところ、催淫師が操ってるんだろ」
 言葉を交わしつつも、あっさり全滅させてしまった。
「そういう事になるか・・・」
「てめえ等、気を抜くのはまだ早いぜ」
 白笠が二人に注意を促す。
「その通り」
「!!」
 三人の前に僅かな妖気を纏った一人の少年が現れた。
「お前が催淫師か?」
「違うって言っても信じないんだろ?‘日本退魔士協会雨桶市支部’の皆さん」
 白笠の問いに、人を食った笑みを浮かべながら答える。   
「俺達の事を調べたのか」
 三人は微塵も動揺しなかった。これくらいの事は最初から予測していたのだ。
「どー見ても只の生意気なガキじゃねえか。こんな奴が、妖術なんて使えるわけがないだろうがっ!」
 段々と白笠の口調が荒くなっていく。
「他の奴に連絡を取るまでもねえっ!俺が今カタをつけてやらあっ!」
 白笠は早くも警棒を取り出した。
「おいっ!てめえもさっさと出しやがれっ!」
「出すって何を?意見?」
 とぼけた答えに、白笠の理性に限界が近づく。
「蟲やら獣やらを飼ってるんだろうがっ!」
「さっきので全部だよ」
 少年は相変わらず、人を食った笑みを浮かべている。
「ふざけるなぁっ!」
 白笠は阿修羅槍を繰り出す。棒が八本になったと見間違える程、早くて強烈な攻撃が少年を襲った。だがその攻撃は悉く彼をすり抜けていき、一撃たりとも当たらなかった。
「何っ!?」
 三人が驚く番であった。
「ア、アレをよけたのか?」
 そう言ったのは、確認の為であった。
「遅いな」
 少年は目を疑っている三人に、穏やかかつ挑戦的な言葉を投げかけた。
「な、何だとっ!」
 その言葉が、逆に白笠を我に返させた。   
「じゃあ本気を出してやるよ」
 再び構える。
「まさか同じ技でこないよな?」
 啓人はどこまでも余裕たっぷりである。
「行くぞ・・・‘真・阿修羅槍’!!」
 さっきよりもさらに速くなる。
(・・・・・・・・四、五、六・・・・・・・九、十、十一)
 繰り出される攻撃の回数を数えながら、啓人は悉くかわす。
(な、何故っ・・・何故当たらないっ!?)
 焦りから、段々と攻撃が雑になってますます当たらない。
「ハァ、ハァ、ハァ」
 何秒も全力で攻撃し続けた為、白笠は肩で息をしている。
「欠伸がでるな」
 相変わらずのんびりとした口調で言う。
「っ・・・!」
 恐怖という感情が三人に芽生え始める。
「十秒間で百十回か・・・持久戦に向かないタイプと見た」
(コ、コイツ・・・俺の攻撃をいちいち数えてやがったのか・・・?)
 白笠の目の前が真っ暗になる。
(レ、レベルが違いすぎる・・・どうやったらこんなガキが力を手に出来るんだ?)
 三人の退魔士は少年に飲み込まれようとしていた。
「悔しさや屈辱を感じる事さえ出来ない・・・それが‘真の敗北’だ」 
 冷たい言葉が三人に止めを刺した。
「うっうおおおおおっっっっっ!!!!!」
 白笠が突如、絶叫した。他の二人は、固まっていた。
(絶叫と硬直・・・真の敗北を受け入られないか・・・所詮、ここの連中もその程度か)
 少年の頭の中で三人は酷評されていた。
「このまま終われるかっ!!」
 白笠が突っ込んでくる。
「プライドが高い奴程、惨めになるな」
 その呟き声を聞いたか聞いてないのか、冷静さを欠き持ち味である正確さが消えていた攻撃が少年を襲う。
(遅い上に乱雑になったか) 
 あっさりと少年は白笠の背後を取り、首に手刀で一撃を加えた。
「がっ・・・」
 微かな苦鳴をもらし、昏倒した白笠の脊髄に向け、妖気を放った。
「一丁あがり」
 表情とは裏腹に、軽い調子で宣言した。白笠の体は一度ピクッと震えたが、それっきり動かなくなった。
「い、今のは妖力・・・?」
 そうもらしたのは一人の退魔士だった。
「じゃあ・・・お前はまさか・・・あ、有り得ない!滅んだ筈だっ!百年前の、あのたたがっ!?」
 いつのまにか背後に移動した少年が、脊髄に妖気を打ち込んだので、最後まで言う事は出来なかった。
「うるさいよ」
 そう吐き捨てるように言うと、最後の一人に向き直った。
「あ・・・うっ・・・」
 何とその男は震えていた。
「情けないなぁ」
 そう言いつつ、一瞬で背後に回り込み、やはり脊髄へ妖気の一撃をお見舞いした。
「随分あっけなかったな〜・・・しかも男だし」
 感想を言ってるのか、文句を言っているのか。完全に普段の、呑気で人を食った冴草啓人に戻っていた。



「後二人・・・」
 目の前の美女がそう呟くのを、残された二人は聞いた。何の感情も
込められていない無機質な、それでいて美しい声。
「何なんだこの女・・・」
 二人はその場の醸し出す雰囲気に呑まれていた。
(何で無表情のまま戦えるんだ?何で殺気がないんだよ)
 全く表情も感情もなく、敵を倒す時にさえも殺気はおろか、闘気らしきものも発しない。その様は精巧な機械のようであった。そして彼女の美貌は、不気味さを助長していた。
「コイツは手下かなんかだろ?」
「ん?ああそうだろうな」
 二人共冷静ではなかったが、冷静であろうと努める事は出来た。
「じゃあ操られてるんじゃないのか?敵の戦闘力の方はともかく、術はかなりのものだと推測出来る・・・彼女も犠牲者かもしれない」
 どんな時でもなるべく冷静に物事を考える・・・それが彼には出来た。
「・・・じゃあ何とかして助けないと・・・」
「そこが問題だな・・・ランキング十位の佐伯さんが負けた相手に、俺達が二人掛かりでも勝てるとは思えん」
 二人はじっと考え込んだ。そして、女はそれを黙って見ている・・・異様な光景である。
「兎に角、全力を尽くそう!」
「何分も考えたあげくがそれか・・・」
「他に手はないだろう?」
「確かに・・・」
 こうして二人は棒を取り出し、身動き一つせずに待っていた女を見る。
「待たせたな」
 言うと同時に、二人は動いた。
 まず、一人目が打ち掛かって来た。女が迎撃した瞬間横へ飛び、女の死角から攻撃を繰り出す。
 女は別に驚きもせず、その攻撃をあっさりと受け止めた。最初の男が女の背後に回り込み、突きを繰り出したが、横へ飛んでかわしてしまった。
「くっそー!今のはやはり駄目か」
「今ので勝てりゃ苦労しないって」
 二人は間合いを取りながら、無駄口を叩く。‘目の前の女を助ける’という使命感が呪縛を解いたのか、彼等は余裕を取り戻している。
「もっと工夫をしないと・・・」
「でも変だよな?何で攻撃して来ないんだろう?」
「言われてみれば・・・」
 何だかんだ言っても、彼女の方からは決して攻撃して来なかった・・・気がする。普通なら、そういう時こそ狙われるものである。
「反撃しろとしか命令されてないとか・・・」
「いやわざわざ後を尾けて来たんだから、それはないだろう」
「まぁいいこうなりゃ奥の手だ」
「そうだな・・・勝てなくても、助ければそれでいいからな」 
 さっきと同じ順番で、再び突っ込む。腹部を狙った強烈な攻撃を、男はまともに食らった。
「がはっ・・・」
 血を吐きよろめきながらも、辛うじて踏みとどまると、体にめり込んだ刀身を掴んだ。
「!!」
 流石にこれには驚いたのか、女の表情が僅かにだが動いた。
「これで・・・ゲホッ・・・お前の武器は・・・がっ・・・封じたぜっ・・・」
 肩で息をし、血を吐きながら、気力を振り絞って女の右手首を掴んだ。
「俺達の勝ちだ・・・」
 そう言って男は微笑んだ。
「もらったぁ!」
 もう一人が背後から打ちかかった。女が自分の仲間に気を取られている隙に、その背後に回り込んでいたのだ。実にさりげない動作で、その男の前にすっと手のひらが向けられた。
(っ!?)
 男が反応するより早く、妖気を放った。予測外の攻撃に、防御する事も出来ず、まともに食らって吹き飛び、民家の壁に激突した。
「なっ・・・!?」
 目論見が外れたという事よりも、女が妖力を使えた事に驚きを感じた。
 前からの抵抗がなくなり、ドサッと倒れた。自力で立つ事も困難で、刀身を支えにやっと立っていたのである。
「な・・・何故っ・・・今まで・・・」
 最後まで言わせず、後頭部をめがけて刀を振り下ろした。
 ゴッと鈍い音がしただけで、苦鳴は聞こえなかった。女は他の二人の後頭部も、殴りつけると、人目がつき易い場所に三人の体を運んでいった。
 任務を終え帰ろうとしたが、後方より邪気を感じて彼女は振り向いた。
「ギャギャギャギャギャ・・・」
 奇声を出しつつ、魑魅魍魎が数匹、三人に迫っていた。
(三人を喰らう気ね・・・)
 魑魅魍魎に限らず、大抵の妖魔や悪霊などは人間を好んで喰らう。ついでに言うと、力がある人間・・・退魔士や超能力者など・・・が最も好物である。意識のない三人を狙ってくる可能性も考慮するのが普通なのだが、此処は雨桶市である。強力な妖魔ならともかく、はっきり言って雑魚レベルの生き残りが入るとは流石に啓人と千鶴も考えてなかったのである。
【どんなに優れていても失敗はある】
 かつて主が言った言葉が、彼女の脳裏を横切った。要するに‘討ちもらし’をしたという事なのである。
「裂空斬」
 彼女がそう言って刀を振り下ろすと、目に見えない妖気の刃が生じ、今にも三人を喰らおうとしていた魑魅魍魎に襲い掛かった。
「ギョオオオオオオオオオオオオオ」
 避けるどころか気付く事さえなかった魑魅魍魎は断末魔の声をあげ、実にあっさりと消滅した。
 彼女はポケットから紙を三枚取り出した。‘呪符’の一種で、貼った人間の気配を隠す事が出来る。三人の服にそれぞれ呪符を貼り付けると、今度こそ去って行った。


(雨桶市某神社)
 白と赤の装束を身に纏った一人の女性が、夜空を見上げていた。
「六つ・・・気配が消えた・・・」
 その呟きが消えないうちに、パタパタと足音がした。彼女がそちらの方向を見ると、同じものを身に纏った一人の少女が自分の方に走って来るのが分かった。
「廉霞(れんか)姉様、ここにいたの?」
 全力で走ってきたらしく、彼女は肩で息をしていた。
「清華、そんなに慌ててどうしたの?」
 廉霞と呼ばれた女性は、少女とは対照的に落ち着いた口調で答えた。
「仕事の依頼・・・早く来て」
「分かったわ」
 途中で一度空を見上げたが、廉霞は清華の後へ続いた。


 退魔士達が倒れている傍らで、啓人は佇んでいた。やがて四つの気配が近づいてくるのを感じた。
「待たせたな」
 そう言いつつ現れたのは、サングラスに黒服、角刈りの四人組だった。
「早速だが、例のモノを渡してもらおうか」
 リーダーと思われる男が、手を出すが啓人はそれを無視した。
「謝礼の方はどうなっている?」
 男達を見据えて訊いた。
「ちゃんと用意してある」
 リーダーは懐から、茶色い封筒を取り出した。啓人が中身を確認すると、五万が入っていた。
「確かに」
 啓人はポケットから、無色透明の液体が入ったビンを取り出した。
「コレが例の薬だ」
 放り投げられたビンは、四人組の一人の手の上に乗った。
「取引は終了だな」
 それだけ言うと、男達にくるっと背を向け、啓人は歩き出す。
「待てよ」
 啓人は声を掛けられ、足を止めて振り向いた。リーダーが拳銃を取り出し、銃口を啓人へと向ける。
「悪いが秘密厳守の為だ・・・消えてもらうぜ」
 ニヤリと笑いながら、引き金を引いた。
 パンッパシッコレが次に起こった事を最も正確に現す擬音語である。銃から飛び出した弾丸は、啓人に取られていた。
「何イッ?」
 あまりにも非常識な出来事に、三人は硬直してしまった。
「こ、このおっ!」
 撃った本人自分の目が見た事を受け入れず、銃を連射した。
 パンッパシッ、パンッパシッ、パンッパシ、パンッパシ。
 撃っても撃っても啓人には当たらない。弾が尽きても、啓人にはかすり傷一つ負わせる事が出来ず、銃弾は全て啓人の手の中にあった。
「バ、バケモノだっ・・・コイツはバケモノだぁ!」
 四人は真っ青になって叫んだ。
「失礼だな。俺は人間だぞ」
 不快そうに眉をひそめ、啓人は詠唱に入る。
≪暗黒の色・・・≫
 恐慌した四人組は、三人は銃を取り出して、後の一人は弾を込めなおして啓人へ銃口を向けた。
≪・・・永久なる深染を彼の存在にもたらせ≫
 四人が引き金を引く直前に、その詠唱は完成した。
「ぐわああああああああ!!!!!」
 突如四人は強烈な頭痛に襲われ、頭を抱えて転げ回る。時間が経つにつれて段々と声は小さくなり、動きは鈍くなっていく。そしてやがて一切の動きが止まると、啓人は男からビンを取り返した。今使ったのは妖術の一つで、相手の精神に自分への忠誠を誓う精神を植え付けて支配するというモノだ。当然の事ながら、対象本来の精神と闘って勝たなければならない。従って強靭な精神力の持ち主にはこの術は通用しないのである。
「・・・やはりトランス状態に陥った程度か。霊より効果は望めないからな」
 トランス状態と言っても、むしろ目を開けたまま失神しただけ、と言った方が正確だ。
【人間よりもむしろ幽霊の方が操りやすい。精神が剥き出しで干渉しやすいし、思い込みが激しいからだ。人間相手になら神経に干渉するか、催眠を掛けるのが一番だ】
 啓人がかつて教えられた事である。啓人は倒れている四人の側にしゃがみこんだ。
「お前達は今楽園にいる・・・」
 低く小さいが、四人の脳裏に刻み込まれていく。
「幸せ一杯の中だ・・・そして幸せの為に今までの事を全て忘れるんだ。隣にいるそいつ等は不倶戴天の敵だ・・・必ず、殺せ自分の幸せを守る為に殺すんだ」
 微かにだが、四人の頭が上下に動いた。
「今から十秒後にお前達は目覚める。そして、戦え」
 それだけ言うと、啓人は後ろに下がった。
「うん・・・」
 十秒後、頭を振りながら四人は立ち上がる。
「てめえら!」
 顔を見た途端に、四人は自分の銃を取り出した。
(あんないい加減なものにかかるとは・・・)
 罵声と銃声を聞きながら、啓人は内心四人の単純ぶりに呆れた。やがて物音がしなくなり、啓人が様子を見に行くと、全員相討ちとなって死んでいた。
「おやおや・・・」
 止めを刺そうと思ったのに、という言葉を飲み込んだ。
「明日は学校か・・・」
 啓人にとっては憂鬱な時間だ。それにまさか転校二日目で休むわけにもいかない。
(次の標的は教師にした方が良いかな)
 そうは考えても、あまりにも情けないので止めにする。まだ正体を知られても良い段階ではない。学校で力を使うにはまだ早い。
(全ては此処の退魔士達を潰してからだ・・・) 
 啓人は帰って寝る事にした。


「庵主様・・・私には何か不吉な予感が・・・」
「私もです」
 夜の闇に響く二人の女性の声。どちらも若いが、後の声の方が張りと威厳がある。
「破壊を望む者がいるのでしょうか・・・」
「妖気を感じたからでしょう?」
 片方が頷く。
「はい・・・それ以外に妖気を発する人間など考えられません」
 そう言った女性をもう一人の方が見据える。
「妖気は人を傷つけ、霊気は癒すから・・・ですか?それは違います」
「え・・・?」
 困惑した声を出す。
「妖力は人を傷つけ、霊力は人を癒し魔を浄化する・・・これは一般人に説明する方便・・・事実ではありません」
 困惑が驚愕に変わり、庵主の方を見た。
「それでは霊力で妖魔や悪霊を浄化出来ても、妖力を持った人間を攻撃出来ない・・・そうでしょう?」
「あっ・・・」
 頭を殴られたような衝撃を感じた。
「慈愛の心を持って修行をすれば霊力を使えるようにはならないように、破壊の願望をもって修行をしても妖力を使えるようにはなりません」
「じゃ、じゃあ一体?」
 それには答えず、庵主は遠くを見た。
「必ず誰かに師事しなければならない。それよりも問題は、現実に妖力を使える者がいるという事です。彼等は昔に滅びた筈・・・恐らく、生き残りがいたのでしょう」
 彼女の目には、不吉な星の輝きが映っていた。

 
 


 

 

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