催淫師


 

 

暗躍編(1)


 日曜日、全員揃うと同時に啓人が宣言した。
「今日皆で出掛けるぞ。但し!魅矢は留守番!」
「え?何処へ?」
「山登り♪」
 ハテナマークを飛ばす理乃だったが、
「さっさと用意しろ」
 と急かされ、慌てて着替えた。
「何を持って行けばいいんですか?」
「お前は水筒と携帯食」
「誰が運転を?」
「千鶴だ」
「彼女はその・・・免許を?」
「ちゃんと持ってるぞ」
 そう聞いて理乃はほっとした。間違っても昨日の二の舞は御免である。
「じゃあ行くか」
 すたすたと歩いていった。結局理乃は何しに行くのか聞けなかった。

 当然の事だが、理乃の車である。
「一つ気になる事があるんですが」
 思ったより安全運転で安心し、早速心にひっかかっている事を聴く事にする。
「何だ?やけに質問が多いな」
 皮肉交じりの啓人の言葉に怯まず、続けた。
「あの魅矢は幽霊ですよね?何故、私に見えるのでしょう?私霊感なんてないのに」
「・・・もしかして今まで気付かなかったのか?」
「いいえ」
 気付いてはいた。聞くヒマがなかったのである。もっとも、知っていそうでも千鶴には聞きたくはなかったのであるが。
「俺の妖気を浴びたせいでお前の力が触発されたんだよ」
「???」
 さっぱりわからない理乃の顔を見て、溜め息をつきながらも説明を続ける。
「人間に限らず命ある全ての存在には生命エネルギーが存在するって事はわかるな?」
「はい」
 コクリと頷く。これくらいは想像がつく。
「これを‘気’とも呼び、それを操る事を一般的に‘気功術’や‘超能力’と言われている。これは本来生き物なら誰でも使える‘可能性’がある。単に‘気’を操り物などに働きかけているにすぎないからな」
「じゃあ妖気や霊気は?」
「この二つは修行し‘気’を昇華させた者だけが使える。‘霊気’は主に穢れを祓い、浄化する為に。‘妖気’は人や物を傷つけ破壊する為だ。だから基本的に妖力を使う人間は本人に関係なく嫌われるのさ。そして決定的に違う点がある」
「決定的に・・・違う?」
「‘霊気’と‘妖気’は物理的手段では防ぐ事は出来ない。例えどんな硬度を誇ったとしても、霊的手段でないと無意味だ。そして俺の妖気は特別でな・・・昨日の状況で使うと相手を触発し、目覚めさせる」
「じゃあ私も妖力使いに?」
「もっとも、霊が見えたり霊気や妖気を感じたりするだけでコントロールは無理だろう」
「そうだったんですか・・・」
 よくわからなかったが、要するに誰でも使える可能性がある力(の一部)が昨日の一件で目覚めたらしいと、理乃は自己完結した。


 某所。数十人の老若男女が一堂に会している。彼等が占拠している部屋の壁には大きな額縁が掛けられており、それには‘雨桶市退魔士協会’と書かれていた。
「集まってもらった理由は皆わかっているだろう」
 りーだーらしき壮年の男性の言葉に年も服装もまちまちな男女が厳しい顔つきで頷く。
「昨日・・・二度妖気を感じた。どちらも辛うじて探知出来た程に巧妙に隠されいた」
「問題は二度目だろう。明らかに雨桶市全域に妖気を行き渡らせた者がいる。しかも感じたのは極微量。これがどういう事を示すのか・・・」
 彼等はよくわかっていた。この雨桶市は都市とも呼ばれる程広大なのである。にも関わらず、隠しながら全域へ行き渡らせるのは何キロも息を止めて走るようなものなのだ。
「とんでもないバケモノが相手か・・・」
「やけに催淫蟲や淫獣が活気づいている。来る前に三匹程浄化したが・・・」
 三十代と思しき男が言えば、
「私も十匹程ですが」
 と巫女姿の女性。
「俺は淫獣を二匹・・・」
 結局皆、何匹か浄化してきているのだ。
「買い被り過ぎって事もあるぜ」
 突然、一人の男がそう言い放った。勿論全員の視線が男に向けられる。
「しかしだな白笠さん。現に影響が出始めている様だし・・・」
「まぁ相手の正体に関しては俺も異論なしだ。けどな単に制御技術だけが高くて妖力は大した事ないのかもしれないぜ」
「確かにそれは有りえる事だが・・・」
「どのみち相手を見りゃわかるさ。なァ会長?」
 そう言って中央を見る。
「まあ油断だけは禁物だ。敵が‘真の催淫師’だという事については異論ないだろう」
 会長と呼ばれた男の言葉に全員が頷いた。
「よしっ!本日はこれで解散とする。無駄かもしれないが各自情報収集をしてくれ」


 標高百メートルもなさそうな山に着いたのは五分前。天気が良く、清々しい気分で三人は歩いていたのだがあっさりとそれは破られた。
グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!
 という声で。
「く、熊?」
 という理乃の怯えながら発した言葉通り、唸りながら現れたのは全長二メートルはある大きな熊だった。
「う〜ん・・・こりゃヒグマだな」
「え?ヒグマは北海道にしか生息していない筈・・・そ、それがどうしてこんな所に?」
「そんなの知るか」
 呆れたように呟く啓人。今更ながらに理乃は気付いたのだが、二人とも全く取り乱していない。啓人は呑気な顔をしているし、千鶴は相変わらずの無表情。
(何か余裕たっぷりね・・・)
 余りにも二人が落ち着いているので、理乃も段々冷静になってきた。

 熊はじっくりと品定めをするように三人を睨みつけていたが、やがて啓人に対して臨戦体制をとった。これを見た千鶴が前に出て行く手を阻もうとするが、啓人自身が肩をおさえてこれを制した。
「憂さ晴らしには丁度いい」
 と言いつつ、無防備に間合いを詰める。
「掛かって来ないのか?」
 熊に聞いたのは距離が約一メートルからである。啓人のその声を引き金に熊は啓人に飛び掛って来た。どんな獲物も一瞬で粉砕する、渾身の一撃をお見舞いした。威力・速さは共に絶対にかわせるものではなく、ニンゲンは木っ端微塵に・・・なる筈だった。
 自分の攻撃がかわされたと認識し、驚く前に意識は吹き飛んだ。

 理乃は呆然としていた。目の前の光景についていけなかったからだ。とてもかわせない筈の距離で熊の渾身の一撃を苦もなくかわし、啓人は右のハイキックを熊の顔にブチ込んだのだ。ここまでは理解できた。例え約0,3秒で目前にせまった攻撃を約0,31秒でかわし、次の0,01秒で反撃したと分からなくてもだ。だが、啓人の蹴りが命中した瞬間鈍く大きな音がし、熊の首から上が木っ端微塵に吹き飛んだのだ。
「う・・・」
 声を出す間もなくドサッと倒れた熊の首無し死体はとても表現できない。理乃が思わず呻き声をもらしたのも無理なかった。
「あ〜あ・・・加減をまた間違えた。原型はトドメさせてやるつもりだったのに・・・まぁいいか、ストレスもたまってたしな」
 無残な死体を作った張本人は大して気にとめていなかった。
「熊は食えないし・・・おい行くぞ」
 つまらなさそうな男が一人、顔色の悪い女と無表情の女が一人ずつ。
 この後、通りかかった山の管理人によって熊の死体は発見された。解剖の結果、死因は‘何らかの理由で一トンを軽く超える衝撃を受けた為’であった・・・

「よーし、焚き火をするぞ」
 やけに張り切った声で啓人が宣言したのは、川を見つけてすぐであった。テキトーに木切れを集めて
「火をつける物」
 と手を出す。すると千鶴がすっとライターを出した。
(な、何で持ってるの!?)
「マッチの方が情緒があるんだけどなぁ・・・まあいいや」
 ブツブツ言いながら火をつけた。そうすると何とも都合が良い事に猪が現れた。
「今度は食えるな」
 などと言いつつやはりあっさりと倒す。方法は簡単、殴って首の骨を粉砕するだけである。(所要時間約0,3秒)
「あ〜包丁持ってくれば良かったな〜」
 こんな所で猪と遭遇するとは流石に思ってなかったらしい。
「包丁はありませんが・・・」
 と千鶴。流石に包丁は持ってきてないらしい。
「ナイフなら」
 と取り出す。
(え゛?)
 確かにナイフだ・・・それも猪を(啓人が)捌くには十分であろう大きさだ。
「・・・・・・(汗)」
「後は鍋が欲しいな」
「小型で良ければ」
 とどこからともなく出してくる。
「・・・・・・・・・(汗汗)」
 最早絶句するしかない。理乃の頭で‘ど○えもん’という言葉が光っていた。  

(結局何しに来たのかしら?それに携帯食の意味は・・・?)
 理乃が疑問に思うのは無理なかった。携帯食は食べなかったし、目的らしい事と言えば途中で(千鶴が)草を摘んでいた事くらいだった。‘特に意味は無い’と答えられそうなので、敢えて聞く気はない。  
「憂さ晴らしと退魔士達の様子見だ」
「え?」
「顔に出てたぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 この洞察力と素手で熊を葬り去った力。
(とんでもない人なんじゃ?・・・今更だけど)


「冴草啓人です。宜しく」
「おぉー」
「結構イケてない?」
「へぇー」
 自己紹介と共に感嘆の声があがった。実態はともかく、見た目は爽やかでハンサムなのだ。そして人気者になる理由はあっさりと‘転校生だから’から変わった。月曜日にいきなり行われたスポーツテストなるもので百メートル走で十秒台をマークしたり、走り幅跳びで六メートルを記録したり、千五百メートルを四分十秒で走るなど、高校生ばなれした活躍だった。一気に部活の勧誘が殺到しても、啓人はご機嫌だった。理由は好みのタイプの女子生徒がクラスにいたからである。もっともそれでスポーツテストを張り切った訳ではない。本人にしてみればちゃんと(新記録を出さないように)手を抜いていたのである。
「普通逆なのでは?」
 転校初日の学校生活を聞いた魅矢の第一感想である。立場上、普通は目立ってはいけない筈である。ところが地味に暮らすどころか一気にクラスの人気者になっている。
「敢えて目立ったんだよ。いきなり馬鹿みたいに目立ってる奴がまさか自分達が探している相手だとは考えないだろ?」
「な、成る程・・・」
「んじゃ千鶴、そろそろ行くか」
「はい」
「え?何処に?」
「退魔士狩り」


「結局何も得る物はなかったのか」
 退魔士・佐伯は仲間と歩きながら情報交換をしていた。
「ああ。虱潰しに当たっていったが、目撃者はゼロだそうだ」
「それに市役所の方も異常なしだってよ。土曜日に誰も引っ越してきてない」 
「・・・妙じゃないか?」
「皆もそれは分かってる」 
 どうやら相手は会った人間全員の記憶に干渉しているらしい。中には単に出歩いてないだけじゃないか、と言う人間もいたが彼等の経験が否と告げている。
「会う度にやるなんて・・・どれだけの妖力と精神力を消耗するのか・・・上級妖術師十人集まったとしても不可能だぞ」
「おい、そろそろいいんじゃないか?」
「そうだな・・・」
 そこで三人同時に振り向き、佐伯が声を掛けた。
「後を尾けて来たのは分かってる。さっさと出て来い」
 その声に応じて出てきたのは一人の女性・・・いやまだ少女と言った方が適切だろう。
「!!・・・」
 予想外の事に彼等は絶句してしまった。まさか美人の中でも最高ランクに入りそうな、無表情の少女だとは思わなかったのである。
「貴方達は此処の退魔士協会の人間ですね?」
 千鶴はそう言って三人を見据える。彼女は啓人に‘再起不能にして来い’と命令されているのだ。
「ほお・・・わざわざそっちから出向いてくれたのか」
 彼女の雰囲気からたちまち目的を察し、三人も臨戦体制をとった。
「この女が敵なのか?」
「いや多分、その手下ってトコだろう。俺が行くからサポートを頼む」
「「了解!」」
 佐伯は常に持っている剣を抜き、千鶴に斬りかかった。
 キイィィンと金属音がする。千鶴もまた、何処からともなく剣を出している。
「はあ!」
 裂昴の気合と共に佐伯は波状攻撃を繰り出すが、千鶴はそれを悉く受け流していく。
 二人の剣と剣、霊気と妖気がぶつかり合い周辺に突風を巻き起こす。
(何て女だ、俺の攻撃を悉く流してやがる!力はともかく速さは向こうの方が上手か?)
 常人の目では決して追えない速さにも楽々とついてくる。
「うおっ!?」
 時々鋭い反撃が返され、相手の事に集中するのを余儀なくされている。
(にしても援護はまだか?)
 一向に相手に攻撃しない仲間たちへ苛立ちを覚える。
(クソーっまるで隙が無い)
 彼等もサボっている訳ではなかった。女の隙を見つけようとしても、まるでなかった。
(佐伯さんと互角に斬り合いながら俺たちへの警戒を全く怠ってない。これじゃ攻撃の仕様がない)
(ヘタすりゃ佐伯さんに当たるし・・・全くとんでもない女だ)
 二人は千鶴の力量に舌を巻く他になかったのだ。
(このままじゃ埒があかない)
 そう判断した佐伯は一旦間合いをとる。四十合は斬り合ったというのに、どちらも息一つ乱していなかった。しかも、女からは全く殺気が感じられない。
「本気でいかせてもらうぞ」
 今までとは格段に違う霊気を剣に込める。一般人でもうっすらと青白い光が見えるほどであった。佐伯はゆっくりと刀を水平にし、テニスのバックハンドショット要領で今度は左から斬りつける。余りにも変則的な攻撃に千鶴は受けずにかわす。
(勝った!)
 女が避けた瞬間、佐伯は叫んだ。
「喰らえっ!飛狼牙!」
 流石の千鶴も突如繰り出された突きをかわす事は出来ず、数メートル吹き飛ばされて民家の壁に激突した。
 佐伯流奥義飛狼牙。全身のバネを使って強烈な突きを繰り出し、目標を貫く瞬間に抉る。突きと斬撃を同時に行う相乗効果によって、通常の攻撃を遥かに上回るダメージを与える事が出来る。技の名の由来は説明する必要ないが、会得には数年掛かるとされるかなり難易度の高い技である。
「流石は佐伯さんの秘剣」
「フルスピードで突きと同時に斬るなんて誰にも出来ないよな」 
 二人はあっけらかんと言う。まともに喰らえば二度と立てなくなると言われる技なのだ。
「いや・・・防がれた」
「え?」
 驚いた二人が佐伯の視線を追うと、無傷で立ち上がる千鶴の姿があった。
「確かに見事でしたが少し大味過ぎましたね」
 全く感情がこもっていない声で感想を述べた。
「成る程ね・・・そういう訳か」
 彼の技には発動するときに一度力を溜めなければならないという欠点がある。千鶴に攻撃が達するまで0,2秒程度しか掛からなかったが、彼女はそれで十分だったらしい。
「ならこれでどうだ?」
 と何時でも飛狼牙を繰り出せるように、最初から体を反らす。
 これに対して千鶴は右上段に構えた。
「いくぞっ!」
 佐伯が叫ぶと同時に二人は動いた。一気に間合いを詰めようとした佐伯は、千鶴の構えが何時の間にか自分と同じになっているのに気がつき愕然とした。
(な・・・?)
 驚きながら間合いを詰めるがすでに千鶴は目前にせまって来ていた。
(は、速い・・・!)
 己の反応できない速さで懐に潜り込まれた為、技を出せなくなった佐伯を尻目に千鶴は‘飛狼牙’を繰り出した。
「がはっ・・・」
 ゴキッと鈍い音がし、気絶した佐伯は吹き飛ばされた。
「い、今のは・・・まさか?」
「飛狼牙か?そ、そんな馬鹿な・・・」
 残された二人は恐慌状態に陥ってしまう。三人の中で一番強い男が、決して見様見真似では出来ない技で簡単に倒されたのだ。
「後二人・・・」
 全く表情を変える事無く、千鶴は呟いた。

 
 


 兎に角まずは反省。説明は長いし、導入部っぽい話が半分以上食い込んでいるし。
 まぁ期待は悉く裏切ったかなぁ・・・と。
 都合により転校初日の話はほとんどカットしています。
 まぁ山の話は、やっぱり入らなかったかなぁと思います。
 でも、あれがないと色々と不都合な面もあるんです・・・
 次回は啓人のシーンも入りますが、二、三行で終わりそうな気が・・・(汗)。
 書きたいシーンは山ほどあります(特にえっち関係)が、生産力・表現力共に雀の涙の所為で・・・少しでも改善できるよう随所努力中です。
 では質問・非難(これらが一番かな)・感想を待ってます


 

 

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