「今日発売の、『週刊魔界経済ジャーナル』によると、ディー・フォンが魂の回収率で7位にランクインしてるわね。発売開始して2週間の商品が、魂の回収率でトップ10入りするなんて今まで聞いたことないわ。ちょっとしたニュースになっているわよ」 そう言って、俺のデスクにバサッと雑誌を放り投げたグラマラスな美女は、商品開発部部長の後森絢華(ごもり あやか)。俺の直接の上司は極東エリアマネージャーだから、さらにその上の立場ということになる。 そんな人(悪魔だけど)がわざわざ俺のデスクまで来てるのは、やはり、発売されて間もないディー・フォンが世間で話題になっているからだろう。 ちなみに、魔界のヒット商品の目安になるのは、人間界での売り上げ、魔界での売り上げ、魂の回収率の3つだ。このうち、前者ふたつはともかく、魂の回収率とはその商品に関わって地獄に堕ちてきた人間の魂がどれだけ多いかという数値のことになる。 少し専門的な話になるが、人間の魂が地獄に堕ちて来るには、大きく分けると、魔界に関わらない者、要するに単なる悪人と、魔界に関わった者のふたつに大別される。 魔界と関わりがない悪人の魂は自由競争で争奪され、それを地獄に運んでくるのは、主に下級悪魔の生業となっている。 魔界に関わった者にはさらに、うちのような企業の商品やサービスで堕落した者と、フリーランスの悪魔に唆された者があり、後者の魂はその悪魔自身が回収して地獄に持ってくるが、企業によって堕落した者の魂には会社ごとに印が付くようになっており、その魂が地獄に来た際に、その企業の実績だとわかるようになっている。 で、まぁ普通は、魔界の商品やサービスを受け入れた時点で、その人間が地獄に堕ちるのは決まっているのだが、ただ、そいつがすぐ死ぬとは限らない。すぐに身を滅ぼして死んでくれる奴ばっかりなら楽なのだが、それを巧く使ってできるだけ長生きする奴、また、成功例はほとんどないが、地獄に堕ちることを逃れようとする奴もいる。 大企業には、何かのトラブルの時のために魂の回収班もあるが、こればっかりは人間との知恵比べだ。 ここまで言えば想像がつくとは思うが、魂の回収率は、発売されてある程度期間が経ってから伸びるもので、ランキング上位はロングセラー商品が並んでいる。この説明で、発売2週間で、ディー・フォンが魂の回収率ランキング7位に入ったことのすごさがわかるだろう。 俺は、後森部長が机に放り投げた雑誌の、ディー・フォンが採りあげれた記事を見る。 ……なになに?腹上死7件……そうだよなぁ、あれに耐えられる人間はそういないだろうなぁ。俺は、ディー・フォンのテストをした時の狂乱の夜を思い出す。悪魔の俺が耐えられそうになかったもんな……。 ん?ビルからの転落死4件に路上での交通事故2件?なんだ、そりゃ?……ああ、アプリを使ったときの認識操作による周囲の変化を、空間そのものが変化したと勘違いして無茶したんだろうなぁ。 で、それらの死亡者の登録相手のうち、11人が後を追って自殺か……。こういった操り系の商品の場合、それによって快楽に溺れた者や、操られて罪を犯した者も地獄に堕ちるので、魂を回収する効率が高くなるのが大きなメリットだ。 「……来週には、いよいよ対魔獣用のアプリも発売されるし、北米エリア担当と協力しての英語版の開発も決まってるし、全てのランキングでの1位独占も夢ではないわ……。ちょっと!聞いてるの、大門くん!?」 「え?あ、はい、聞いてますよ、部長」 「なによ、その顔は?「どうして1位じゃないといけないんですか?2位じゃダメなんですか」とでも言いたいの!?」 「いや!そんなこと言ってませんて!ていうか、それ俺のセリフじゃないでしょう!」 ……なんというか、俺は昔からこの人が苦手だ。名前も見た目も派手だが、性格も唯我独尊、というか、常に自分が中心じゃないとダメなタイプ。自分でこうと決めたら周りの意見には耳を貸さない所もタチが悪い。おまけに、俺が嫌いなのか、商品開発部の会議やプレゼンの際にきつく当たられることが多い。 「……まあいいわ。とにかく、これからも新アプリの開発に関して倭文くんの力を借りることになると思うけど」 「ああ、それは構いませんよ」 とりあえず、断ることでもないし、断ったら後が怖いし。確かにディー・フォンの場合、本体だけでなく、追加アプリの売り上げも見込めるのは魅力だ。 「じゃあ、よろしくたのむわよ」 結局、用件はそれだったのか、倭文のデスクに一声かけてから部長は去っていった。 「お疲れさまですね、課長」 「ああ、倭文か、おまえの方こそ、ディー・フォン開発にかかりっきりで、休んでなかっただろ」 「まぁ、でも、もう発売までこぎつけましたし、新作アプリ手伝うっていっても、中心になるのはソフト開発部ですから、大分楽ですよ」 「そうか」 「ところで課長、次の新作なんですが……」 「はぁ?オマエは仕事が趣味か?少しはゆっくりしたらどうだ?」 「いや、もう試作品も作ってあるんですが……」 「……オマエ、他に生きがいないのか?」 まぁ、こいつの場合、仕事がトモダチの真面目一本槍ってわけはないか。 「で、モノはなんだ?」 「これです」 倭文の差し出したケースの中には、長さ10pほどの赤い紐が入っていた。 「……なんだこれは?」 「運命の赤い糸です……というのは冗談で、魂と魂を結ぶ糸です」 「使い方は?」 「わかりやすく言うと、糸電話ですね」 「……それも冗談か?」 「いやいや、要は、その糸を使って、結んだ相手の心の声が聞くことができ、さらに、こちらの思念を相手の心に届けることが出来るんです。相手に届けた声は、こちら側の声としてではなくて、対象の、自分の心の声として認識されるはずなので、ある程度の誘導ができるはずです」 「なんかまどろっこしいな」 「それと、零距離使用というのもあります」 「ぜ、零距離?」 「まぁ、相手と直接触れた状態で糸を送り込むことで、相手の魂を拘束し、操作することが出来ます」 「おい、それは凄いんじゃないか?」 「んー、でもじかに接してる必要があるのでその状況を作るのが難しいんです。いったん縛ってしまえば手を離しても大丈夫なんですけど、送り込む瞬間がですね……。あと、零距離で使うと燃費が悪いんですよね」 「燃費?こいつの動力源はなんなんだ?」 「今のところは魔力です。ただ、僕ら悪魔は大量の魔力を持ってますけど、人間はそうはいかないですから。人間も多かれ少なかれ魔力は持ってますけど、まぁ悪魔なみに魔力持ってる人間は非常に稀ですし、とりあえずは動力源を体力や精神力に変換するのが課題ですね。……ちょっと手を出して下さい。課長」 俺が右手を出すと、倭文はその上でケースを空け……俺の手の上に落ちた紐はそのまま手のひらに吸い込まれていった。 「まぁ、オマエが作ったもんだから大丈夫だろうが……。使い方は?」 「さっきの紐が右手から伸びるのをイメージして下さい」 言われたとおりイメージすると、右手の手のひらから、さっきの紐よりも細い、赤い糸が伸びてきてふわふわ浮いている。 「その糸を狙った相手の体に付着させたら、相手との魂との接続は完了しますから、相手の心の声が聞こえるはずです。反対に、糸を伝って念を送るようにイメージすることで、こちら側から向こうの心に思念を届ける事ができます。零距離使用の場合は、その右手で相手に触れて、大量の糸を一気に放出するようなイメージして下さい。なるべく、相手の中心に向かって送り込むような感じで、相手の魂を縛るんです。それで相手を操作、といっても、できるのは記憶や意識のすり替えみたいなことだけですけど」 「ディー・フォンと違ってえらい回りくどいな」 「ディー・フォンのコンセプトは、墜とした相手でいかに楽しむかですから。この糸の場合、こちらが送り込んだ思念は、あくまでも、送り込まれた人間自身の声として認識されるので、より深く、かつ自然に洗脳を行う事ができます。零距離使用の場合、これに逆らうことはまず不可能でしょう。なにより、登録することで簡単に相手を墜とせるディー・フォンとは違って、この糸なら相手を墜とす過程を楽しむことができます」 「……いい性格してんな」 「あ、あと、これも」 「まだなんかあんのか?てか、どんだけ仕事するんだ、オマエは」 倭文が差し出したものは、なんの変哲もない眼鏡だった。 「でも、これはだいぶ前から取り組んでいたんですけどね。この眼鏡を通すと、自分に対する相手の好感度を知ることができます。それに、自分に対して好意的な相手には、眼鏡を通して見つめることである程度好感度を上げることもできます」 「つうても、好意的な相手にしか使えないんじゃ、それほど意味ないんじゃないか?」 「そう、そこが課題なんですよね。どんな相手に対しても使えるようにしないと……。ただ、今回は役に立つと思いますよ。いちおうデザインも課長に合わせてますし。こんな感じのフレームのない眼鏡ときどき掛けてますよね」 「ああ、ダテ眼鏡だけどな」 で、結局、三度人間界にいる俺。 前もいた公園のベンチに座って、さっきから何人もボーっと人間を見ている。しかし、なんの反応も示さない眼鏡。壊れてるんじゃないか、これ。 まあ、眼鏡はともかく、今回のメインは、さっきから出しているこの赤い糸なんだが……これがまた扱いにくいったらありゃしない。 使用者以外の目には見えないようなので、いくら伸ばしてもいいんだが、とりあえず、向こうを歩くOLに向かって伸ばす。 (さてと、あと回るのは……3件か……それが済んだらお昼に……) (……ああ、眠ぃ〜、やっぱり徹マン明けはしんどいわ) OLの心の声に、俺との間を横切ったおっさんの声が割り込んでくる。 そう、確かに心の声は聞こえる。しかし、せっかく相手とつないでも、その間に別な人間が入ってくると、対象がそいつに切り替わるのだ。 それでもめげずに、向こうの通りを一人で歩く女に糸を繋げ、こっちの思念を送る。 {向こうに見える公園に行きたい} (ええっと、今何時だっけ?……ちょっとあっちの公園に行こうかしら……て!何考えてるの、私!急いで電車乗らなくちゃ13時からの打ち合わせに間に合わないじゃない!) そうして、足早に女は去っていく。そう、こっちの送った思念を、相手の心の声として認識させるといっても、なんの脈絡もない思考を送っても、簡単にうち消されてしまうのだ。 ――糸電話。相手の声を聞くときにはこっちの耳にカップを当て、こちらが声を送る時には相手が耳にカップを当てる。会話が成立するのは、互いに会話する相手を認識しているときだけ。 ……たしかに繋げるだけで相手の声も聞けて、こちらの声も送れるのだから、糸電話よりかはましだが。こちらが送った声を相手の心の声と認識させるだけでは、それはホントに相手の心の中の声にすぎないのだ。 「チッ!こんなんでどうやって相手を誘導するんだよ!」 舌打ちして、場所でも変えようかとベンチから立って歩き出そうとしたとき……。 「うわ!」 「きゅあ!」 何かにぶつかられて俺はしりもちをつく。 「つ、痛ててて……」 「す、すみません……あの……大丈夫でしょうか?」 声のした方を見ると、不安げに黒い瞳がのぞき込んでいた。 20代前半くらいだろう……OLには見えない、大学生か?肩まであるやや青みがかかった髪。細面で全体的に線が薄く、柔らかい感じのする美人だ。肌は透き通るほどに白い。 冴子も肌が白かったが、まるで次元が違う。どこか、触れると壊れそうな透明感すら持っている。 大人と子供の違いもあるが、全体からおしとやかな雰囲気を漂わせているのが梨央とは大違いだ、まぁ、比べる相手にも問題があるが。 それにしても、梨央の場合といい、女の方から男にぶつかってくるのも流行ってるのか? などと、心の中でひとりごちていたその時、俺は、眼鏡のレンズに、「−」と言う横棒が浮かんでいるのに気づいた。なんだ、これは? 「あ、あのう……?」 「ああ、いやいや、大丈夫です」 そういうと、ズボンについた土を払いながら俺は立ち上がる。 相手の不安げな表情が少し緩む。すると、眼鏡のレンズの横棒が「1」という数字になる。 ……なるほど、相手がこちらのことを認識していないと、この眼鏡反応しないのか。初対面や、相手がこちらに関心がない場合だと「−」が表示されるんだろうが……にしても数値1って……それは好感を持ってるんじゃなくて、単に安堵しただけだろ。ん、そうだ。ふと思いついて俺は彼女に糸を繋げる。 (怪我はしてなさそうよね……) 彼女の心の声が俺の中に流れてくる。俺は、糸を使って彼女の中に思念を送り込む。 {ぶつかって転ばせた相手には名前を名乗って謝ったほうがいいんじゃないか} 「あ、私、高遠幸(たかとお みゆき)といいます。私の不注意で、本当にすみません」 なるほど、内容が具体的で、状況とのつながりがいいと誘導しやすいわけだな。 「ああ、これはご丁寧に、私は大門武彦といいます。こっちこそ急に立ち上がったりしてすいません」 (怒ってないみたい。良かった、優しそうな人で……) 幸から安堵の声が流れてくる。好感度の数値が3になっているが、こんなものじゃまだまだだろうな。 「それより、そちらのほうこそお怪我はないですか?高遠さん」 {相手は優しそうで紳士的な男じゃないか} 「いいえ、私は別に転んでいませんし……」 (自分の方より私の方を心配してくれてるなんて、言葉遣いも丁寧だし、感じのいい人だわ) 眼鏡の数値が15まで上がっていく。 {見ろ、スーツにも砂がついて汚れてしまってるじゃないか} 「そ、それより本当に大丈夫ですか、ああ……スーツもそんなに汚してしまって……」 と、砂がついて白くなった俺のスーツを払おうとする。 さっきから少し見つめたりしているが、それによる数値の変化はない。そもそも、この数値がどれだけあれば、「好感度が高い」状態なのか、その基準もまだわからないしな。 「ああ、いいんですよ、そんなに気になさらなくても、まあ、どうせ安物ですし」 そう言って微笑む。なんだかんだいって数値は24まで上がっているが、このままでは埒があきそうもない。まぁ、どうせ俺の腕が足りないんだろうが、やり方を変えてみることにする。 「それじゃ、もうこのへんで……」 そう言いつつ、一歩踏み出して、よろめくフリをしながら、 {やっぱりどこか怪我をしているんじゃないか} という思念を送る。 「あ!大門さん!」 よろめいた俺を支えようと差し出された幸の手を握った瞬間、零距離で糸を放出する。倭文の説明を思い出しながら、大量の糸を幸の中に一気に送り込む。 さっきまでの使い方とは違い、相手の心の中が映像として流れ込んでくるような感覚がある。その中心に光るものが見えた、ような気がした。 (なるべく、相手の中心に向かって送り込むような感じで、相手の魂を縛るんです) 倭文の言った言葉が頭によぎる。 「……あれか!」 そして、大量の糸をその光に絡ませ、縛る、というよりむしろ包み込む。 「あ、れ……だ…い…も……ん……さ……」 幸の瞳が濁り、動きが止まる。 「よし!捕まえた!……く!」 一瞬、言葉に変換できないほど大量の、生の意識が流れ込んできて目眩がする。が、それもすぐに収まる。確かに、魔力を削られる感じはあるが、この程度なら問題はない。 (いったん縛ってしまえば手を離しても大丈夫なんですけど) 倭文の奴、そう言っていたよな……。幸の魂を縛ったことを確信して、握っていた手を離す。すると、俺の右手と幸の間に、赤く輝く糸、というより帯のようなものが流れている。 (わ…た…し……どう…したの?か…らだが……うごかない) だいぶ弱々しいが幸の思考が流れてくる。どうやら、意識はあるようだ。不安、おびえ、恐怖、そういった感情がこちらに流れ込んでくる。 その感情を利用させてもらって、さっそく実験といくか。俺は思念を送って幸の不安と恐怖を増幅させる。 {よくわからないが、なにか異常な事態が起きている。早くなんとかしないと大変なことになるに違いない} (あ、あぁ!な…に?なにが…起こる…の?こ、怖い…怖い…わ。あ、あ…なん…とかしな…いと……。でも、どう……したら…。……お兄様!た、たすけて!) 兄?兄がいるのか?つうか、ブラコンか、こいつ?まあいい……。 {助けてくれる兄はこの場にはいない。しかし、頼りになりそうな男が目の前にいるじゃないか} (あ、そ、そう……だわ。大門さん……なら…助けて…くれる…かも……。た…たすけ…て…大門…さん!) 濁ったままの瞳で幸が俺の方を向き、何かを訴えるかのように、小刻みに唇が震えている。自分の意志で動いたというよりも、俺の送った思念に動かされているという感じだ。 糸を繋げ続けているうちに、だいぶ力加減がわかるようになってきたのだが、今の状態は、いわば、布を思いきり絞り上げているようなものだ。この状態だと、意識はあっても、自分の意志で体を動かすことはできないだろう。そこで、それまで思い切り魂を縛り上げていた糸を少し緩める。 「あ、あ!大門さん!助けて!大門さん!お願い!」 幸の瞳に少し光が戻ったかと思うと、弾かれたように俺に飛びついてくる。 「どうしたんですか、高遠さん!?」 「た、大変なの!とにかく助けて!大門さん!」 「何もないじゃないですか、大丈夫ですよ、高遠さん」 そのまま俺にしがみついている幸に思念を送る。 {もう大丈夫だ。悪いものはすべてこの男が取り払ってくれる} (ああ、きっと大門さんが私を守ってくれるわ) 俺にしがみついている幸の震えが少しずつ収まってくる。 {この男は信頼できる人間だ。この男と一緒にいれば安心できる} 追い打ちをかけるように、幸の中に俺への依存心を送り込む。 「大丈夫ですか?高遠さん?顔色が悪いですよ、とりあえずそこのベンチに座って少し休みませんか」 そう言って、さっきまで俺が座っていたベンチにふたりして腰を掛ける。 ベンチに座った幸は、離れるとまだ不安な様子で俺に寄り添ってくる。繋げたままの糸からは、わずかの不安と、俺といることによる安心感が流れ込んでくる。 さっきまでのやりとりで、眼鏡の数値はすでに3000を越えている。なるほど、今回はこの眼鏡が役に立つ、か。たしかに、洗脳の効果が数値として判定できるのは便利ではある。まぁ、それはともかく、俺は作業を進める。 {この男と一緒にいると幸せに感じる。この男とずっと一緒にいる頃ができたらどんなにいいだろう} (ああ、大門さんてなんて素敵な方なのかしら、この方とおつきあいできたらいいのに……。でも……) サッと、幸の心が悲しみに染まる。 (きっと私は、お父様の決める相手と結婚することになるのね……) なに?こいつそんなすごいお嬢様なのか?それとも単に家が厳しいだけか?まぁ、でも、もはや、その程度の認識ならすり替えるのは簡単だ。 {いま、この男と一緒にいる安心感や幸福感を失うくらいなら、家を捨てても構わない} (そうよ!お父様がなんだっていうの。か、駆け落ちしてしてでも大門さんと……やだ!私ったら何考えてるの!大門さんとは今日初めて会ったばかりじゃない!大門さんの気持ちも考えないで……きっと変な女だと思われちゃうわ) ……いや、思いませんよ。そうさせたの俺だし。しかし、まだ少し理性が残っているようだな。それを剥ぎ取りにかかるか。 {今日自分がここに来たのは、数日前にここでこの男を見かけた時に一目惚れして、またこの公園に来たら会えると思ったからだ。話しかけるいいきっかけがなくて、つい歩き出したこの男にぶつかってしまった} 実験がてら、今度はイメージ映像付きの思念を送り、幸の記憶をすり替えにかかる。 (そうだわ!ベンチに座ってる大門さんに話しかけることができなくて……いやだわ私ったら恥ずかしい。こんな事知られたら、大門さんに私のことはしたない女だと思われてしまうわ) ハッとした顔で俺の方を見上げる幸。ポッと顔を真っ赤にしたかと思うとまた顔を伏せる。 眼鏡の数値はもう7000に達している。端数を気にするのもばかばかしいくらいに上昇していく。 なるほど、こっちのイメージした映像を、相手自身の記憶と思わせることでこんなに簡単に記憶のすり替えができるのか、メモメモと……。 {恥ずかしいことができるのは、それだけこの男が好きだからだ。それにこの男なら大丈夫だ。その証拠に今日は自分を助けてくれた} (そうよ、大門さんは今日私を助けてくれたし、今もこうして一緒にいてくれてる。きっと大門さんは私の運命の人なのよ) ここまで来るともう大丈夫だろう。仕上げにかかるか。 {大門さんなんて、名字で呼ばずに武彦さん、と呼んでみたい} (大門さんのこと、た、武彦さんて呼べたらいいのに) {武彦さんと呼ぶと、この男への愛情と幸福感がより深くなっていく} (ああ、武彦さん……) そして俺は、緩めていた糸を再び少しずつ絞りながら思念を送る。 {声に出して言ってみたらいい。声に出して言えば、愛情と幸福感がさらに心の奥深くに刻まれていく} 「武彦さん」 こちらを向き顔を紅潮させて幸が俺の名を呼ぶ。 {もっとだ。沢山言えば言うほど幸せに感じる} 思念を送りつつ糸を絞り込んでいく。 「武彦さん…武彦さん…武彦さん…たけひこさん…たけ…ひこ…さん」 俺の名を呼ぶ度に、幸の瞳は昏く沈んでいく。幸が俺の名前を呼ぶ度に、眼鏡の数値が数千単位で上がっていくが、ここまでくるともう計るのも無意味だ。 「たけ……ひ…こ…さん……た…け……ひ…こ……さ…ん」 最後に俺はもう一度思い切り魂を縛り、最後の思念を送る。 {自分は今、この男に告白するためにここにいる。受け入れてもらえたら、武彦さんと呼ぶ幸福を感じることができる} そして、魂を縛っていた糸を、離す。 「あ、ああ……わ、わたし?」 目眩でも起きたかのように軽く頭を振る幸。やがて、顔が俺の方を向き、しだいに焦点が定まってくる。 「あ!あの……だ、大門さん!」 顔を真っ赤にして幸は、飛び上がるようにしてベンチから立ち上がる。 「……なんですか?高遠さん?」 柔らかな微笑みを浮かべながら、俺も立ち上がる。 「あの……その……、今日初めてお話しさせてもらってこんなことを言うなんて、変な女と思われるかとしれませまんが……、わ、私と、あ、あのっ、おつきあいさせてもらえませんか!?先日ここで見かけてから、ずっと、素敵な方だと思っていたんです……」 そう言って幸は俺に向かって頭を下げる。 「……あの?だ、ダメですか?」 何も言わない俺を、不安げなまなざしで見上げてくる。 「ダメもなにも。高遠さんの方こそ、あなたみたいな素敵な女性にそう言われたらかなわないですよ」 「そ、それでは!?」 「ええ、お受けいたしましょう」 「あ!ありがとうこざいます!」 幸の笑顔が弾ける。もう何をしても幸の好感度が下がることはないだろうが、なぜか紳士的に振る舞う俺。 「……あの、大門さん……」 幸がしげしげと俺を見上げる。 「ん?なんです、高遠さん?」 「た、武彦さんって呼んでいいですか?」 そう言ってはにかむように頬を染める。 「もちろん」 「じゃあ!私のことも幸って呼んで下さい!」 そう言うと、幸は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。 ……さてと、うまくいったといえばうまくいったんだが、純愛モードで墜としてしまった。 しかし、やっぱりやることはやらなくてはなるまい。試作品とはいえ、いちおう悪魔の道具使ってるんだし。さて、これからどうしたもんだか……と、幸と腕を組んで歩きながら考える。と、そういえば、少し気になっていたことを聞いてみる。 「なぁ、幸。キミの家って……?」 「ああ、そういえば言ってなかったですよね。私の父親、タカトオ・コーポレーションの社長なんです」 タカトオ・コーポレーション!悪魔の俺でも知ってる、日本でも十指に入る大企業じゃねえか!なんで、そんなところのご令嬢がこんな所にいるんだよ! 「あの、いいのかなぁ、僕みたいな平凡なサラリーマンがキミのようなお嬢様とつき合って……」 「いいんです!武彦さんは私の運命の人なんですから。父は私が説得します。それでも、もし反対されるようなら高遠の家なんて捨てる覚悟はできてます」 ……その覚悟させたの俺なんですけど。いや、まあそれはおいとこう、そん時はそん時だ。つうか、そもそも俺悪魔だし。 でだ、悪魔ついでに組んだ腕からやや抑えめに零距離で糸を伸ばす。一度墜としてるから、魂も捉えやすいし、強さの加減もしやすい。幸の魂に繋がると、さっそく幸の心が流れ込んでくる。 (そんなことより……武彦さんと、今から何をしようかな……ショッピングとか……あ、あそこのカフェでお茶をするのも……) {セックスがしたい} (そうそう、セッ……きゃあ!私ったら、今日つきあい始めたばかりなのに、なんてことを……そんなこと考えてるなんて、武彦さんに知られたらきっと嫌われてしまうわ……) {しかし、愛している人とセックスするのは当たり前のことだ} (そうよ、私はこんなに武彦さんのことを愛しているんだもの。きっと武彦さんも、わ、私と……) {セックスをするのは、お互いに愛し合っていることを確認するだけのことなのだから} (そ、そうよ、武彦さんも私のことを愛してくれているのなら、私とセックスしたいはずよ) 幸が内股ぎみになり、歩き方がぎこちなくなっているのを見て、俺は腕を組んだまま幸を人気のない方に誘導する。 (で、でも、どうしたら武彦さんもそう思ってるとわかるのかしら……) {とりあえず、キスをしてみよう。それがうまくいったら武彦もセックスをしたいと思っているに違いない} そうしておいて、俺はわざとのぞき込むように幸に顔を近づける。 「どうしんだい、幸?」 「きゃ、きゃあ!」 (そ、そうだわ。このままキスを誘ってみて、武彦さんが受け入れてくれたらきっと全てうまくいくわ) 「あ、た、武彦さん……」 そのまま目を閉じ、唇を寄せてくる幸を抱き、俺の方から舌を幸の口にねじ込むようにして濃厚な接吻をする。 「ん!んんん!」 幸の口の中で激しく舌を絡めると、幸の目が見開かれ、トロンとしてくる。 {これだけ濃厚なキスなのだから、武彦も自分と同じ気持ちなのに違いない} 「んむ!んん……ぷはぁ……はぁはぁ」 永いくちづけをようやく終えると、唾液の糸が引き、落ちていく。幸は息継ぎをするように喘ぎながら俺を見つめる。 「ねぇ、武彦さん……私を……抱いて下さい」 「んっ!んん!」 ホテルの一室、俺は抱き合っまま、もう一度幸とくちづけを交わす。 「はあぁ……武彦さぁん……」 恥じらいと期待の入り交じった視線で見つめてくる幸をベッドに座らせ、服を脱がせていく。 首から肩にかけての華奢なライン。控えめな、そう、決して小さくはないが、自己主張をしない胸のふくらみ。その谷間は湯気が上がるほどに上気し、熱い吐息に合わせて上下しているのがわかる。 そして何より……。スカートを脱がすと、完全に透けるほどに下着が濡れている。量自体が少ないうえに、色の淡い陰毛のせいで、割れ目が蠢いているのがショーツの上からでもわかる。 お嬢様とはいえ、あんな時間にひとりで街なかをうろついてるくらいだから、決して深窓の令嬢というのではないのだろう。それなりに経験はあるということか……。 ――ヌチャッ……。 しとどに濡れたショーツを剥ぎ取り……。 「ううん!」 幸がくぐもった声をあげる。指を突っ込んでみると幸のそこはもうトロトロになっていた。思えば、さっき糸で思念を送られながら、内股で歩いていたときからもう濡らしていたのだろう。 「はぁ!ぐぐう……んん!」 中指を根元まで差し込み、ピストン運動のように小さく前後に動かすと、幸の口から熱い息が漏れる。歯を食いしばり、大声を出さないようにしているのはさすがお嬢様といったところか。しかし、そうなると、嬌声を上げて乱れる姿を見たくなるというものだ。しかし、糸は使わない、俺はそのまま幸のアソコに親指も差し込む。 「ひゃ!ううん!」 親指の先がコリッとしたものに当たると、幸の口からわずかに嬌声が漏れる。 「きゃ!うふ!ううん!」 指をピストンさせるたびに、親指が肉芽を弾き、幸の声が少しずつ大きくなる。俺は、幸の乳首に吸い付き、舌で円を描くようにして乳房を舐めていく。白い肌は、すでに桃色を通り越して全身をほの赤く染めているにもかかわらず、透明感を失ってはいない。いったい何でできてるんだろうなぁ、こいつの肌は。そんなことを考えながら胸を舐めまわし、指の動きを激しくしていくと、 「あ、ああ!た、武彦さん!も、もう……お願い!」 高まる快感に耐えかね、幸が哀願するような視線を俺に向けてくる。 「わかった、じゃあ、いくよ、幸」 俺も、そろそろ頃合いと見て、指を引き抜き、入れ替わりに、充分に大きくなったモノを挿入する。 「ぐう!くううぅぅぁあ!あああああぁッ!」 奥まで一息に挿入すると、幸は体を弓なりに反らし、歯を食いしばって一瞬我慢しようとするも、あっけなく落城し大声を上げる。その機を逃さず、俺は力強く腰を前後に振る。 「ああん!は、激しいのっ!武彦さん!はう!」 「ああ、幸の中、トロトロで、とても気持ちいいよ!」 「い、いやっ!そ、そんな!は、はずかしい!」 言葉で羞恥心を刺激されるだけで、幸のアソコがジワリと俺のモノを締め付けてくる。 「あ!あん!た、武彦さん!」 「み、幸!」 「あ、き、気持ちイイの!武彦さん!」 「僕もだよ、幸!」 「た、たけひこさん!はあんんっ!」 墜としたときの影響があるのか、幸は名前で呼び合うだけで快感が高まっていくようだ。もはや、大きな声をあげるのを恥じらう素振りもない。 「はぁん!あ!イイ!イイの!たけひこさんっ!」 「ああ、幸!」 「た、たけひこさん!たけひこさぁん!」 俺の名前を叫び続ける幸。その顔は完全に快楽に蕩けている。その乱れっぷりに俺の射精感も高まってくる。 「あ!たけひこさんっ!わ!わたし!もう!イキそう!なの!おねがい!たけひこさん!」 「ああ!僕ももう!いくよ!みゆき!」 「ふぁあ!あああ!た!たけひこさぁぁぁああん!」 俺が中に発射すると、幸はひときわ大きく体を反らせ、俺の名を絶叫しながらイってしまった。 「はぁはぁ……たけひこさぁん……」 肩で大きく息をしながら喘いでいる幸。その顔は本当に幸せそうだ。 「……え?た、武彦さん?」 仰向けに寝ている幸を俯せに寝かせ直す。 (さてと、次はいっちょこれを使ってみるか) と、俺は零距離で糸を放ち、幸の魂を緩く捕まえる。 これを使って、まだやってみたいことがある。お嬢様育ちの幸相手だと丁度いいだろう。 いちおう悪魔の俺としては、1回発射したくらいじゃなかなかおさまらない。それに、これまでの相手が強者すぎたせいもあって、俺のモノはまだまだ元気を保っている。 「え?な、なにをするの?武彦さん?え、や、いやぁ!そんなとこ!」 そのまま、俺は幸の後ろの穴を貫く。 「いやぁ!ダメダメ!そんなのだめぇ!」 大きく頭を振りながら拒絶する幸に思念を送り込む。 {武彦に肛門を犯されるのはとても気持ちがいい} 「あ、いやぁ!ダメ!ダメなの!武彦さん!」 「どうした?気持ち悪いのか、幸?」 「え?気持ち悪……くない!いや、どうして!?こんなのダメなのに!気持ちイイの!」 {自分はアソコに挿れられるのと同じくらい、肛門に挿れられると気持ち良く感じる} 「ああん!気持ちイイッ!いや!わたし!変な娘みたい!お尻に入れられて気持ちイイの!」 「変なことはないさ」 「ほ!ほんとう?た、武彦さん!?」 「本当だとも」 {武彦がお尻を犯してくれるのは、自分を愛してくれているからだし、お尻に挿れられて気持ちいいのは、それだけ自分が武彦を愛しているからだ} 「あ!ああ!うれしい!はっ!はぁっ!武彦さん!」 実際、ドロドロだったアソコよりも、こっちの方が締め付けが良くて気持ちいいかも。 {お尻を犯されていると武彦の愛情を感じてものすごく幸福に感じられ、どんどん気持ちよくなっていく} 「はうん!だ、大好きよ!武彦さん!」 ああ、エロイなぁ、尻の穴を犯されながら愛を叫ぶなんて、あんなに清純そうだった幸がすっかり淫らになってしまって。て、そうさせたのは、俺やっちゅうねん。 「はぁ!うん!た、たけひこさん!ちょ、ちょうだい!幸のっ、お尻の穴に!武彦さんの!」 よだれを垂らしながら俺にねだる幸。いや、そこまで言わせるほどには仕込んでないつもりなんだがなぁ。ちょっとやり過ぎたかなぁ。ああでも、これだけ締め付けられるとさすがにこっちも限界だ。 「くっ!わかった!いくぞ!幸!」 俺は体を叩きつけるように深くひと挿しし、そして、そのまま思い切りぶちまける。 「ああああぁ!たけひこさん!たけひこさん!たけひこさぁぁああん!」 またもや俺の名前を連呼し、尻の穴で絶頂する幸。イクときは必ず名前を叫ぶんだな……。 「はあぁぁん……たけひこさぁん」 最後にもう一度俺の名前を呼び、体をブルッと震わせて幸はベッドに崩れ落ちた。 「それでは、武彦さん!17日の11時半にここで待ち合わせましょう、いいですね?」 夕方の雑踏の中、駅の南口で腕を絡みつかせたまま俺に微笑みかける幸。 俺の家は幸の住むこの街から電車で結構離れているということにしたら、駅まで見送りに行くと言いだしたのでこんな所に来てしまった。 俺、どこに帰るんだ?て、魔界だよ、魔界。 「どうしたんですか?さっきは大丈夫だって言ってくれていたのに……」 しかも、次に合う約束までさせられている俺。 「う、うん、17日の11時半な。大丈夫大丈夫」 ……仕事どうすんだよ。 「うれしい!じゃあ、約束ですよ!」 さっきまでの乱れっぷりは跡形もなく、お嬢様モードに戻っている幸。と、その時、 「おい、幸じゃないか。なにをしているんだ、こんな所で?」 背後で男の声がした。振り向くとそこにいたのは、スーツ姿で立っている。30代半ば過ぎくらいの男。 「え?あ、あら!?弘志兄様!」 ん?兄?そういえば、墜とすときにそんな話出てたよな……。 これがその兄貴か……つうことは!?タカトオ・コーポレーションの次期総裁かよ!それにしても、幸とだいぶ歳が離れてるんだな、今の俺の姿より少し年上に見えるぞ。 「ああ、仕事でこっちの方に寄ってな。これから本社に戻るところだ。ちらっとおまえの姿を見たような気がして、会社の車を向こうに待たせて来てみたんだが……ん?なんだね君は?」 幸に話しかけている途中で俺に気づく、幸と組んでいる腕にいったん目をやり、睨みつけるような目で俺を見る。うわ!目が剣呑!つうか、腕組んでるの俺じゃなくて、幸の方から腕絡めてきてるんですけど。 「兄様……こちら、大門武彦さん。今、おつき合いさせて頂いてる方です」 それを聞いて、ますます目つきが険悪になってくる。ちなみに眼鏡で見た俺への好感度は−1893。……どんだけ憎いんだよ。 なんかめんどくさいことになりそうだな、どうしたもんかなー、と思い、何となくポケットに突っ込んだ手に細いものが当たる。 「だいたいだな、君は幸の立場を知っているのか?君のような胡散臭い男が、高遠家の者とつき合うだなどと……」 「兄様!武彦さんはそんな人じゃ……」 「幸!おまえは黙っていなさい!ちょっと君、いいかね、向こうの方で少し話をしようじゃないか。幸、おまえはここで待っていなさい」 「あ!」 追いかけてこようとする幸を軽く手で制し、俺は、高遠弘志、さっきの幸の呼び方だとそういう名前だろう、の後についていく。 その俺の手には、そう、返し忘れてポケットに入れっぱなしだった波留間のダーツが、あと4本残っていた。 都合のいいことに、幸の兄は人気の少ない方に俺を連れていく。 まぁ、この糸を使って墜とせないことはないだろうが、男をじっくり墜とす趣味は俺にはない。幸の兄が立ち止まってこっちを向いた瞬間を狙ってダーツを投げる。でも、真ん中はある意味怖いので、ちょっと外すように狙う。 「45点!」 だから!得点判定高ッ!俺、結構外し気味に投げましたよ!45点って、15点のトリプルかよ!つうか、このダーツの当たり判定トリプル・リングしかねぇのかよ! 「いやぁ!大門くんと言ったかね!なかなか見所がありそうな男じゃないか!」 さっきまでとはうって変わった豪快な調子で幸の兄が俺の肩を叩く。てか、よかったぁ、ご主人様じゃなくて。 「君はどこに勤めているんだね?……?聞いたことがない会社だなぁ。どうだね?うちの会社に入らんかね?幸の婿になる男なんだから大歓迎だし、そうでなくても君のように仕事のできそうな男はぜひうちに来て欲しい!」 眼鏡の数値は一気に5000を示している。どういう仕組みだ、このダーツ? それにしても、さいわい、恋愛感情が入ってないのは同性に使ったからか、それとも、梨央の時の60点と今回の45点との間の15点の差に、万国ビックリショー的な秘密があるのか。 しかし、単に人間としての好感度が上がっただけなら結果オーライだ。で、ひとりで盛り上がってるこの人どうしようかなぁ。 「いや、冗談だよ冗談!いやいや、半分は冗談じゃないんだがね、ハッハッハ!」 どっちなんだよ!て、なんの話だっけ?ああ、うちの会社に来ないかって……て、ゲッ!タカトオ・コーポレーションに入らないかってか!? 「まあ、考えておいてくれたまえ。まぁ、とりあえず、幸の所に戻ろうじゃないか」 「……はい」 幸の所に戻った俺たちを見て、幸は目を丸くする。そりゃそうだろう、状況を知ってる、つうか仕掛け人の俺でも目が丸くなるぐらい、幸の兄は上機嫌だった。 「いや!いい男を見つけたじゃないか!幸!おまえもなかなか見る目があるな!そうだ、今度大門くんをうちに連れてきなさい!父さんにも紹介しなくてはいけないしな!何しろ大門くんは幸の婿になる男だからな!じゃあ!大門くん!またいずれ!さっきのことは考えておいてくれたまえ!」 そう言って去っていく幸の兄をふたりで見送りながら、幸が尋ねてくる。 「……何があったんですか?」 「いや、誠心誠意説明しただけだが……」 うそ、嘘です。怪しげなダーツ使いました。 「そう……ですか……?」 幸は、俺の返事に得心しかねるように、何度も首を傾げながら兄の姿を見送っていた。
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