おろろん淫魔君


 

 

01. 淫魔君登場


 僕は今、病院のベットの上で外を眺めている。

 どんよりと曇った夕方の空は、僕の心の中みたいだ。



 半年前、家族で行った旅行の帰り、僕は後ろの席で眠っていたんだ。

 そして目が覚めた時にはもうお父さんも、お母さんも居なくなってた。崖から車が落ちたんだって。

 おまけに僕の腰から下は何も感じなくなって歩けなくなっちゃってたんだ。

 本当だったら”僕も死にたい”って思う所なんだけど、そんな時は母さんが言ってた言葉を思い出す。

「どんな時でも前向きに生きなさい」って。
「もうダメだと思った時にこそ、幸せが落ちてる物なのよ」って。

 おじいちゃんの会社が倒産して、ご飯も食べられない程すっごく貧乏になって、みんなで死のうかって思ってた時にお母さんはお父さんと出会えたんだって。

 お父さんがみんなに生きる希望を与えてくれて、一緒にがんばってくれたから僕が生れたんだって。

 だから僕が生れた時、おじいちゃんの会社が倒産して良かったねって、みんなで言ってくれたんだ。

 だから僕もがんばる事にした。”前向き”ってどういう事かよく判らないけど、周りの人達はみんな優しくしてくれるし、お母さんとお父さんみたいな出会いが有るかもしれないから、出来るだけがんばる事にしたんだ。



 ガチャッ

「優太君。お散歩でもしよっか?」

 明るく声を掛けながら、車椅子を持ってきてくれたのは看護婦の瞳さん。いつも優しくて、元気をくれる。大人になっていつかこんな人と出会えたらなぁって思ってるんだけど、これは内緒。

 夕暮の庭園をゆっくりと散歩しながら、瞳さんが寂しそうに、でも優しい笑顔で話してくれる。

「優太君、いよいよ明日だね...おねえさんは、ちょっと寂しいけど向うの方が一杯友達出来るからきっと楽しいよ。..遠いから会いに行けないけど、手紙ちょうだいね」

 そう、明日僕はここを退院する。どこかの施設に入るんだ。やっとここの人達と仲良くなれたんだけど、何ヶ月も同じ病院には入院出来ないんだって。

 僕がちょっと沈んだ顔をしてると、瞳さんは思い出した様に言い出した。

「あ、優太君ちょっと待ってて。いい物持ってきてあげる」

 瞳さんが慌てて走っていくのを見ながら、自分で車椅子をゆっくりと動かしてたんだ。

 少しすると繁みの中で何か動物の様なのがぶるぶると震えながらうずくまってるのを見つけた。

 僕は捨て犬かな?って思って、こわごわに手を伸して触ってみたんだ。

 そしたら何か ぞわっ とする感触が背筋に走って..びっくりして手を引込めたら、捨て犬はすっと繁みの奥の方に行ってしまった。


 しばらくすると瞳さんが戻ってきた。手には小さな紙袋を持っている。

「これ、おねえさんが編んだんだ。もう寒くなってきたけど優太君いつも薄着だし。施設はきっと暖かいだろうけど、誰かとお散歩する時に着てね」

 そう言いながら中から手編のセーターを出して僕に着せてくれた。
 僕はなんか じーん とする感じがして泣けそうになっけど、でももう泣かないって決めたから...。

「ありがとう、瞳さん。僕、絶対大事にするよ」

「いいのよ。でもね優太君、おねえさんが本当に大事にして欲しいのは友達よ。本当の友達ってなかなか出来ないけど、あなたを助けてくれたり、元気をくれたりするのはいつも友達なんだから」

「瞳さんも友達だよね」

「もちろん!」

 そんな事を言いながら部屋に戻ると、さっきまでのどんよりとした感じが無くなって、なんかほのぼのしていた。

 瞳さんは本当に元気を出させる天才だ。



 そんな嬉しい気持のままいつの間にか僕は眠ってたんだけど、ふと目が覚めると真っ暗な病室の中にさっきの捨て犬が居るのに気が付いた。

「こんな所に居たらまた捨てられちゃうよ」

 そう言ってじっと見つめてたら、その捨て犬だと思ってたのが どろっ て形を崩して僕の足の上に乗っかってきたんだ。

 僕の足は何も感じる事は出来ないけど、なんかぬるぬるしてるように見えた。

 そしたらなんとその”元捨て犬”が足に染込んでいっちゃったんだ。

「う、うあぁぁぁっ!」

 びっくりして思わず声を上げちゃったけど、他の人には気付かれなかったみたい。

 でも本当にびっくりするのはそんな事じゃ無かった...僕の膝がパクッて割れたと思ったら、急にしゃべり出したんだ。

「あーー。しんどかった。やっと一息付けたがな」

 そりゃーびっくりするって!君だったらどう思う?



「き、君、誰..?っていうか、何?」

「わし?わしか?わしは淫魔や。魔界の中で性を司る”お方”はんの下僕やねん」

「”淫魔”って言われても、僕、それ知らないし。”魔界”って?それにどうして...関西弁?」

「そんないっぺんに聞かれても言われへんがな。ま、これからは長いつき合いになるんや。よろしゅうたのんまっさ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕自分の膝としゃべってるのも苦しいのに、もうちょっと教えてくれても....」

「よっしゃ。ほな、順番に言うていったるわ...。
 わしはその”お方”はんに創られた”使い魔”やねんけどな。ほんまはわしらが集めた”精気”を”お方”はんに送って、ほんで元気になった”お方”はんがわしらに”生気”をくれるっちゅう寸法や。
 せやけどその”お方”はんがなんや力を無くしてしもたらしゅうて、”生気”が全然送られん様になってしもたんや。わしらは”生気”が無かったら単独で生きていけへんさかい、誰かに寄生して”生気”を分けて貰わんとあかん。
 こないだまでは大阪で土方のおっさんに寄生しとったんやけど、そいつ死んでまいよってなー。往生したで。わしが関西弁なんはそのおっさんの頭に寄生しとったさかいや。ほんで次の宿主を探しとったんやけど、これは誰でもええっちゅう訳にはいかん。相性っちゅうもんがあるんや。それがじぇんじぇん見つからんで難儀しとった所にお前さんに会うたっちゅう訳や。お前さん、さっきわしに触ったやろ。あの時ごっつええ感じでシンクロしたんや。わしもう死にかけとったさかいに、もう贅沢言うとられへん。足が動かんとか、ちんちんが勃たんとか、そんなん後で考えよと思て とりあえずお前さんに寄生さして貰たんや」

「じゃあ、僕の”生気”を吸取るの?僕、死んじゃう?」

「あほ言いなや。宿主を殺してしもたら、わしも死んでまうがな。わしらが生きて行くだけの”生気”なんぞたかがしれとる。
 そやけど生きてるだけやったらあかん。単独で生きて行くんやったら、今度は”精気”を一杯取込んで成長して行かなあかんのや。ほんで”成長態”になったら”精気”から”生気”を作る事が出来るし、そしたら、お前さんに頼らんでも生きていけるんや。
 どや、わかったか?」

「んー、判ったような、判らないような。その”精気を取込む”ってどうやるの?成長態になったら僕を殺しちゃう?」

「”精気”を取込むのんはな、ようするにお○こ犯りまくる、っちゅうこっちゃ。がぼがぼ、ずばずば犯りまくってな、女を あっはぁーん ていかしたったら”精気”が取り出せるんや。ほんで成長態になったらお前さんは用無しやさかい、死ぬかもしれんなぁ。......って嘘嘘、絶対死なへん。わしが保証したる。あっ、あっ、その目は信用してへんな。大丈夫や、別に無理に殺さんでもうまい事離れたら死なへん。その代りまた足は動かん様になるけどな」

「えっ!と言う事は今僕の足は動くの?」

「あったりまえだの...ってお前らは知らんか..。今わしがお前さんの死んどる神経細胞っちゅう奴の代りをしとるんや。筋肉にも入り込んどるさかいカールルイスよりも早よう走れるで」

 優太は恐る恐る立上がると、驚嘆の悲鳴を上げた。

「うっわーーーーーーーーーーーーーっ!立った!立ったよ!くららが、いや違う。僕立てたんだ!」

 気が動転しながらも夜明け前の病室で踊りまくる優太であった。



「ちょっと優太君!何騒いでん.......!」

 瞳さんが僕の足を見て驚いた様に突っ立っている。

「瞳さん、瞳さん!見て!僕歩ける様になったんだよ!どう?驚いた?」

「ちょっ、ちょっと優太君。これ、どういう事なの?」

「あのね、これは淫魔って.......」

 急に足の力が抜け、ストンと腰が落ちたと思うと、今度は僕の口が開かなくなってしゃべれなくなってしまった。

「おいおい、お前あほやなー。そんな事他人に言うたらあかんがな。わしらは人目を忍んで”精気”を集めんとあかんのやで。わしらの事がばれたら、あっちゅう間に祓われてしまうがな。気ぃつけてや」

 どうやら淫魔君が足を抜け出て顔の方に廻ってきたらしい。僕の足がまた動かなくなったのを見て瞳さんが足をさすりながら確かめている。

「優太君。これどういう事?」

「う、うん。なんか僕、急に直っちゃったみたい。ほら」

 淫魔君が足に戻るのを待って、僕はまた立上がり、飛跳ねて見せた。

 瞳さんが慌てて部屋を飛出すと今度は大勢の人、先生とか..を連れて戻ってきた。

「ううーん。信じられん。足の神経はずたずただったはずだ。自然治癒など考えられんのだが...」

「で、でも、僕、直りました。ほら」

「信じられんが事実だ。これは是非検査して神経を調べたい。君、至急レントゲンとMRIの準備を」

 瞳さん達がまたもばたばたと部屋を飛出していった。

「ふぅぅ。びっくりした。淫魔君そういう事はもっと早く言っといてよね」

「びっくりしたのはこっちやがな。淫魔が他人にしられたらあかんのは常識やで。いきなりばらしかけよって、死ぬかと思たがな。ところでさっきのおっさんが言うとった、レントゲンとかMRIってなんやねん?」

「あ、それなら僕知ってるよ。何回も検査受けたからね。レントゲンっていうのは体を透かして骨とかだけ写す写真みたいなもんだよ。MRIはたぶん神経とかを写すんじゃないかな?」

「っ!!!なんやて!!そんなもん写したらわしの体がばればれやないかい!あかん!早よ逃げなあかん!」

「えーっ!逃げるって、ここから?」

「そや!ばれたらわしは殺されるし、そしたらお前もまたベッドに逆戻りやで!」

 瞳さんにお別れも言わずに逃出すのはすごくつらかったけど、やっぱり僕は歩ける体が欲しい...。

「瞳さん。ごめんなさい」

 そう言って病室の扉にお辞儀をすると、窓から飛降りちゃったんだ。
 すっごく怖かったんだけど淫魔君が”絶対大丈夫”って言うから思い切って飛んでみた。そしたらとっても気持良かったよ。
 まるでスーパー○ンになったみたいに。


 そうやって僕と淫魔君の大冒険は始ったんだ。

 
 


 

 

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