いつかみた、あの夏へ

原作:Panyan


 

 

第07話:いつかみた、あの夏へ


−1−



 次の日、夕菜はマンションへと戻ってきていた。
 寒そうにコートの合わせを閉じ、入り口へと歩いていく夕菜。
 その時、一台の車がマンションの入り口へと着け、その中から一人の男が降りてきた。

「夕菜」

 呼びかけられる名前。聞き覚えのあるその声の主へと振り向き、夕菜は答えた。

「洋介さん・・・」

 夕菜の振り向いた先には洋介が立っていた。皺と汚れの目立つスーツ、窶れた顔に隈の目立つ眼はどこか異様な光を発している。
 昨日、三人組の話を聞いた洋介は家に帰り、すぐに車で夕菜のマンションへと来た。そして、夕菜の不在を確認すると、そのまま車の中でマンションを張り込んでいたのだった。
 バタンと運転席のドアを閉じる。そして洋介は車を迂回し、夕菜と正対した。

「夕菜。迎えに来たよ。さあ、僕と行こう。君は僕が助けるんだ」

 洋介の言葉に夕菜は俯く。そして、そのまま沈黙は数十秒続いた。

「夕菜っ」

 しびれを切らした洋介が強い調子で言う。
 その言葉がきっかけになったのか夕菜の体が動いた。
 きゅっとコートを押さえていた手が一段一段下ろされる。そして、下ろされる毎にそこにあったボタンが外されていった。

「もし、洋介さんにあったら、こうしろってご主人様に言われているの」
「!!」

 そう言って、コートを脱ぐ夕菜。その下から出て来た体に洋介の思考は停止した。
 信じられないものが洋介の目の前に立っていた。
 夕菜はコートの下には何も着ていなかった。ただ、縄で縛られているだけ。それも胸や尻、そして秘裂を刺激し、強調するように縄で縛られた裸体。
 それを夕菜は何の躊躇もなく洋介に、いや、人前に見せていた。

「ゆ・・・ゆう・・・・な・・・・」

 掠れた声を何とか漏らす洋介。
 そんな洋介を見て、夕菜はクスリと嗤った。

「もう、身も心も、全てご主人様のものなの」

 その言葉に洋介はハッとなる。
 ぶんぶんと頭を振り、必死に目の前の光景、目の前の夕菜を否定する。

(違う、違う! こんなのは夕菜じゃない! 夕菜はもっと、もっとっ!!)

「信じない! そんなのは僕の知ってる夕菜じゃない!! 君は操られているんだ!! あの統一郎とか言う男に!!」

 そう叫んで、洋介は一歩、夕菜へと踏み込んだ。続けてパンと目の前で手を打ち鳴らす。
 洋介の唐突な猫騙しに、夕菜は反射的に目を閉じる。その瞬間を狙って、洋介は言葉を重ねた。

「もう、夕菜は目を開ける事が出来ない!」

 酷く断定的な口調。洋介の催眠、そして、統一郎の催眠を長期にわたり受けてきた夕菜は、元々高かった被暗示性が更に極端に高くなっており、すんなりとこの暗示を受け入れた。
 すぐに洋介は夕菜の後ろへと回り込む。そして、瞼と後頭部を手でおさえ、頭を固定する。
 そのままグルグルと頭を回して、更に言葉を重ねていった。

「ほらグルグルグルグル回っていく。それはとても良い気持ち。とても良い気持ちだから何も考える事は出来ない。でもとても気持ちいいからこのままでいたい」
「あ・・・・・・」

 夕菜の体から力が抜けて、ぱさりとコートが地面に落ちる。
 僅かに零れる夕菜の声。その声を掻き消すように洋介は声を重ねた。

「夕菜は何も考えられない。でも良い気持ちだから気にしない。僕が合図をするまで夕菜はそのまま。その気持ちいいままでいる」

 そう言って、夕菜がトランス状態へと落ちているのを確認すると、コートをかけるように夕菜に着せて、車へとのせる。
 そして、洋介も運転席へと乗り込むと、車を走らせていった。




−2−



「今から三つ数えると夕菜にかかった暗示は全て解ける。一つ、二つ、三つ」

 パチンと軽快な音が部屋に響く。
 そして、洋介は何かを期待するような瞳で夕菜へと尋ねた。

「夕菜。君は何者だい?」
「わた・・・しは・・・・夕菜・・・峰崎・・・・夕菜。統一郎・・・様の・・・・奴隷・・・・です」

 夕菜の口からこぼれ落ちる言葉。その言葉に洋介は顔を絶望に染めて、がくりと項垂れた。
 ここは洋介の自宅。夕菜の所程しっかりしていない2DKの安アパートの一階で、住人も洋介と数人が居るだけで、洋介の左右、そして上の部屋には今は誰も住んでいない。
 洋介は夕菜をトランス状態にしてここへと導き、それから夕菜の暗示を解こうと必死に言葉を重ねてきた。
 しかし、何度やっても、何をやっても夕菜から統一郎の奴隷という認識をなくす事は出来なかった。
 ガンと洋介は椅子の背もたれを力一杯叩く。
 ズキズキと痛む手をぶんぶんと振りながら、くぅと息を漏らし、歯を食いしばると、洋介は再び夕菜と向かい合った。

「夕菜、もっともっと深いところへ行こう。君の目の前には何がある?」
「まえ・・・・・ない・・・・・なにも・・・・・」
「そう? なにもないかい? よく見てごらん。 そう、夕菜の立っている地面だ。地面があるね」
「じめん・・・・ある。わたし・・・・たってる」

 洋介の言葉に頷き、夕菜は地面を見るように下を向く。その瞳は開いていないが、夕菜には確かに地面が見えていた。

「うん、地面があるね。じゃあ、その地面をもっとよく見てごらん。何処かに蓋みたいなものがあるだろう?」
「ふた・・・・蓋・・・・ありました」
「見つかった? そしたら、その蓋を開けてごらん。大丈夫。その蓋は重くない。夕菜が開けてみたければいつでもいくらでも開ける事が出来るよ」
「はい・・・・蓋・・・開けました」
「そこには何がある?」
「暗くて・・・・見えません」

 洋介の問いにフルフルと首を振る夕菜。その手をキュッと握り、洋介は言葉を重ねた。

「大丈夫。夕菜の手元には懐中電灯があるね。それで照らせば道が見えるよ。ほら、よく見て。その先には階段が続いている。螺旋階段だ。この階段は夕菜の心の底へと繋がっている。さあ、一緒に降りていこう。一、二、三、四・・・・・さあ、夕菜も数えてみよう」
「・・・・八、九、十、十一・・・・」

 洋介に促されるまま数を数えていく夕菜。
 そんな夕菜を見る洋介の瞳には希望と絶望がないまぜになっていた。

「四十二・・・・・四十三・・・・四十四・・・・・・」
「四十七、四十八、四十九、五十。さあ、夕菜の心の奥へと辿り着いたよ」

 キュッと手を握る力を強くして洋介は声をかける。

「そこには何が見える?」
「なにも・・・・何も見えません」

 洋介の問いに申し訳なさそうに答える夕菜。
 そんな夕菜にフルフルと首を振り、洋介は言葉を重ねていく。

「そう、なにもないかい。なら、そこは夕菜の心の奥底。終着点だ。そこは夕菜のとっても大切な部分なんだ」
「大切な・・・・部分」

 洋介の言葉を夕菜は繰り返す。
 洋介はゴクンと息を呑み、一拍置いてから夕菜へと向かった。

「夕菜・・・・よく聞いて。夕菜と統一郎は無関係。何の関係もないんだ。そして、思い出して。夕菜は僕の恋人。僕と夕菜は恋人同士なんだ」
「無関係・・・・恋人・・・・・私・・・・統一郎様・・・・洋介さん・・・・・」

 夕菜の口からこぼれ落ちる言葉を洋介は息を呑みながら聞く。
 言い終えた夕菜を洋介は覚醒へと導いていった。

「さあ夕菜。今から三つ数えると夕菜は目を覚ます。さっぱりと良い気持ちで目が覚めるよ」

 そう言って、洋介は三つ数えてパンと手を打ち鳴らす。
 ピクンと夕菜の体が動き、ゆっくりと夕菜がその瞳を開いた。
 フルフルと頭を振り、夕菜は意識を覚醒させる。

「あ・・・洋介・・・・さん」
「夕菜、大丈夫? 頭痛くない?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」

 洋介の問いに笑顔で応える夕菜。洋介は向けられたその笑顔にふうと胸をなで下ろした。

「それで、夕菜」
「はい?」
「統一郎って・・・・知ってる?」

 核心をついた不意の質問。その問いに夕菜は笑顔を崩さぬまま、嬉しそうに答えた。

「はい。統一郎様は私のご主人様です。洋介さん、それがどうかしましたか?」
「――――っ!!!」

 笑顔の告白。その言葉に洋介は部屋から飛び出した。
 椅子や机をなぎ倒し、ガンと壁に頭を打ちつける。
 ズキズキと痛みを訴える額。その痛みをギリと強く噛みしめて、何度も、何度も壁に拳を叩きつけた。

「洋介さんっ!」

 そんな洋介を抑えるように後ろから夕菜が抱きついてくる。
 ぎゅっと腋の下から回された手が洋介を抱きしめ、トンと首筋の辺りに夕菜の頭がのせられる。

「やめて・・・洋介さん・・・・そんな事・・・・しないで・・・」
「夕菜・・・・」

 言葉に行動に込められる夕菜の想いに、洋介の気持ちは静かになっていく。

(ああ・・・・夕菜・・・・・やっぱり夕菜は夕菜だ・・・・)

 しかし、洋介のそんな気持ちも次の夕菜の言葉で何処かへと飛んでいってしまった。

「私・・・・いますから・・・洋介さんが落ち着くまで・・・ご主人様に許可をもらって・・・統一郎様に許して頂いて・・・ここにいますからっ」
「――――っ!!」

 悲痛な夕菜の訴えに洋介は無言で振り向く。

「洋介さん・・・・」

 安堵した夕菜に向けて洋介はパチンと指を鳴らした。

「さあ、さっきと同じ、いや、さっきよりも深いところへと夕菜は落ちていく。気持ちよく眠っていくよ」
「あ・・・・・」

 ガクンと夕菜の体から力が抜ける。
 そんな夕菜を崩れ落ちないように洋介は支えて、もう一度、先程の部屋へと連れて行った。
 さっきまで夕菜の座っていたベッドへともう一度座らせる。
 静かに目を閉じる夕菜。そんな夕菜の安らかな顔を前に、洋介は逆に悲痛な顔をしていた。

(どうして・・・どうして・・・夕菜・・・・・)

 がくりと膝から崩れ落ち、洋介はベッドの縁に顔と手を埋めていく。

(駄目だ・・・・僕の力じゃ・・・・これ以上は・・・・・)

 ギリギリと握りしめられる拳。ギリギリと噛みしめられる歯。そしてぎゅっと閉じられた瞼の端からは涙がぽろぽろと零れだしていた。

(僕じゃ・・・・夕菜を幸せにできないのか・・・・僕じゃ・・・・・ぼく・・・・じゃ?)

 洋介は不意の閃きにがばっと顔を上げる。涙のせいで赤く充血した瞳を見開いて、洋介はぶつぶつと呟き続けた。

「僕じゃ・・・・僕じゃ無理・・・・なんだ・・・・・僕じゃ夕菜を・・・・・・」

 そして、洋介は夕菜を見下ろす。安らかな顔。先程到達した夕菜の奥底へと今の夕菜はいる。そんな夕菜へと洋介は自らの耳に入ってきた悪魔の囁きを繰り返していく。

「夕菜・・・・よく聞いて。目が覚めると夕菜の目の前には夕菜の最愛のご主人様がいる。そう、目の前にいる人が夕菜のご主人様に見えるんだ。絶対にそうなる。ここは夕菜とご主人様の二人だけの世界。ご主人様と二人だけでとても嬉しいね?」
「はい・・・・ご主人様と二人・・・・・嬉しい」

 ふわっという笑顔が夕菜の顔に浮かぶ。その笑顔を辛そうに洋介は眺めた。

(そう、僕じゃなければ・・・・統一郎なら・・・・・夕菜は幸せなんだ・・・・・)

「僕が手を叩くと夕菜は目を覚ます。だけど、今言った事は覚えてないけど、絶対にそうなる。夕菜の目の前にいるのは統一郎。君のご主人様だ」

 そう言って、洋介はパンと手を打ち鳴らした。
 ピクンと夕菜の体が震え、その一泊後にゆっくりと眼が開く。

「夕菜・・・・」

 洋介は夕菜を覗き込むように眺め、声をかける。
 夕菜はフッと洋介を見上げ、満面の笑みを浮かべた。

「ご主人様っ」

 あの夏の日に見た、夕菜の最高の笑顔。
 その笑顔に洋介は顔を綻ばせた。

「夕菜・・・・・夕菜っ!」

 感極まった洋介は夕菜に抱きつき、ベッドへと押し倒す。
 夕菜はそんな洋介の行動を受け入れて、キュッと抱きしめる腕に力を入れた。
 その体勢のまま、数分が過ぎる。
 そして、どちらからともなく動き、二人は唇を重ねた。

「ん・・・・・ん・・・・・」

 柔らかい感触が互いに伝わる。
 あの夏の日の感触。これまで何度も繰り返したキスの感触。
 しかし、それはあの夏の日の感触でも、これまで何度も繰り返した感触でもなかった。

「んん・・・・」
「っ!?」

 夕菜は歯の間から舌を伸ばしそろりそろりと洋介の歯茎を舐める。
 突然の感覚に洋介は思わず目を見開いた。
 驚愕の視線で洋介は夕菜を見る。夕菜は洋介に見られているのを感じ、フフッと妖艶に微笑む。
 そして、夕菜が舌を動かし、洋介の歯茎をもう一度舐めた。

「んんっ!!」

 ビクンと洋介の体が震え、僅かに口が開く。
 その瞬間を見逃さず、夕菜は洋介の口内へと舌を差し入れた。

「ん・・・・・んん・・・・・・」

 夕菜は積極的に舌を動かし、洋介の舌、そして口内を責めていく。
 口腔を舐め上げ、舌と舌を絡ませ、洋介の唾液を飲み込んでいった。

「ぷはぁ」

 数分のキスは終わり、二人の唇が離れる。
 唾液でべとべとになった口回りを拭い、洋介はハアハアと息を整える。
 その間に夕菜はもぞもぞと洋介の股間へと体を動かしていった。

「な゛っ・・・・夕菜っ!?」
「ご主人様。ご奉仕させて頂きます」

 夕菜は妖艶な笑みで洋介を見上げ、チイィとズボンのチャックを下ろす。
 ズボンと下着を脱がし、夕菜は洋介の肉棒を取り出した。
 愛おしそうにそれを眺め、ペロリと舐め上げる。
 既に硬くなっている肉棒から伝わる感覚に洋介はブルッと体を震わせた。

「ゆ、夕菜・・・・っ」

 ゾクゾクと伝わってくる感覚に震えながら洋介は夕菜へと呼びかける。
 その声を夕菜は喜んでくれていると思い、更に責めを強くした。
 口を開き、肉棒を飲み込む。上唇と下唇で亀頭を挟み込み、その先を舌でちょんちょんとつつく。
 その刺激に洋介は体を震わせて、大きく背を仰け反らせた。

「ゆ、うなっ・・・・あぁっ!!」

 今まで感じた事のない様な激しい刺激が洋介の体を駆け巡る。
 それに耐えきれず、洋介は射精してしまった。
 ビクッビクッと洋介の肉棒が震える肉棒は夕菜の口から飛び出し、ドクッドクッと放出された白濁液は夕菜の顔へとふりかかる。

「あ・・・あ・あ・・あ・・・・・」

 それを恍惚といった表情で受け止める夕菜。
 どろりと夕菜の顔を白濁液が伝う。それをペロリと舐め上げて夕菜は妖艶に微笑んだ。

「ふふ・・・・ご主人様・・・・もっと気持ちよくしてあげますね・・・・だから・・・・私の事も気持ちよくして下さい」
「ゆ・・・・うな・・・・・」

 その淫靡な雰囲気に当てられて、洋介は震える声を漏らす。その脳裏にはあの夏の日以降の夕菜の姿が映し出されていた。
 縄を縛られたままの夕菜の肢体が洋介の体の上で踊る。
 洋介に見せつけるように秘裂を手で押し開くと、夕菜は洋介の肉棒を手に取り、自らの秘裂へと導いていった。

『洋介さん』

 にこりと脳裏に浮かぶ夕菜の笑顔。それと目の前の夕菜との乖離に洋介はぎゅっと目を瞑った。
 ちゅっと粘液が絡まり合う音。洋介がぎりと歯を噛みしめ、なにか、内側から溢れてくる感覚に耐えている間に夕菜は洋介の肉棒を飲み込んだ。
 うねうねと夕菜の肉は蠢き、洋介の肉棒に途切れることなく快感を与えていく。

「あ・・・・ああ・あ・・っ・・・・ゆう・・・な・・・」

 ゾクゾクと脊髄を駆け上がってくる感覚。その快感に必死に耐えながら、洋介は泣きそうな顔で夕菜を見上げる。
 夕菜は楽しそうに、嬉しそうに洋介を見下ろし、くすりと微笑む。その笑みは今まで見たことがないほどの淫蕩なものだった。

「気持ちいいですか? ご主人様。もっともっと、気持ちよくしてあげますから、だから、私にご褒美を下さい。気持ちよくして下さいね」

 そう言って、夕菜は腰を使い始める。
 それに合わせてぢゅぼぢゅぼと水っぽい音が部屋に響く。
 脊髄を駆け上ってくる感覚が一気に増大し、洋介はその快楽に耐えるように呻き声を上げた。

「う・・・・う・・・・ゆ・・・・う・・・・なぁ・・・・っ」
「ああああっ! いいぃっ!! いいぃっ!! もっと、もっと下さいっ、統一郎様っ!!」

 ビクビクと洋介の体の上で震える夕菜。

『はい。洋介さんを思って、私が編み上げました』

 クリスマスの晩、二人で巻いたマフラーを恥ずかしそうに真っ赤に染まる夕菜の顔。しかし、その顔には今、歓喜の色が浮かび、その口からは喜びの声が上がる。
 そんな夕菜を見て、込み上げてくる感情に洋介は全力で歯を食いしばる。

「ああっ! もっとっ! もっとっ!! もっとぉっ!!!」

 快感で崩れそうになる体を必死に支えながら、夕菜は洋介の上で何度も何度も腰を振る。その秘裂から溢れた愛液は二人の結合部とその周辺をべたつかせる。

「あああっ! 統一郎様っ!! 統一郎様ぁっ!!」

 繋がったまま夕菜は体を倒し、洋介と再びキスをする。洋介の口内へと侵入する舌。

「んんぅっ!!」

 思わず受け入れるように口を開く洋介。ぴちゃぴちゃと舌を絡ませあいながら、夕菜は洋介の体を抱き起こした。
 夕菜はペロリと一周、洋介の口内を舐め上げると唇を放す。そして、洋介と繋がったまま夕菜はぐるりと体を反転させた。
 まるで犬の交尾のような姿勢。その姿勢で腰を振りふりとふりながら、夕菜はそっと背中越しに洋介を見た。

「統一郎様・・・・気持ちよく・・・・してください」

『痛くたって、失敗したって、それがきっと私の大切な・・・一生の思い出になるから』

 初めての時の夕菜の笑顔。あの時の笑顔とは全く違う、夕菜の媚びるような視線。 

「ーーーーっ!!」

 そんな夕菜の態度に洋介は悲痛な顔のまま腰を動かしていく。
 ぎゅっと目を瞑り、八つ当たりをするかのように力強く夕菜に腰を打ちつけた。
 パンと勢いよく響く音。
 洋介から伝わってくる感覚に夕菜はブルブルと体を震わせながら、自分からも腰を振っていく。

「あっ! ああっ! ああぁっ!! もっと、もっとっ! もっとくださいっ!! ご主人さまっ!!」

 嬉しそうに叫び、腰の動きを速くする。ビクビクと震える体はもはやあまり力が入らないのか腰だけ上げて、上半身はべちゃりとベッドの上に潰れるように横たわる。
 ズン、ズンと一突きする度に二人の体がびくりと震えた。

「う・・・うう・・・くぅ・・・・ぅ」
「ああああっ! もっと、もっとっ! もっとぉっ!!」

 ギリと歯の軋む音が洋介の口から僅かに零れ、夕菜の口からは悦びの声がだだ漏れていた。
 そんな夕菜の姿に洋介はぎゅっと瞼を閉じる。そして力一杯、夕菜へと腰を打ちつけた。

「ああああああっ!! いいぃっ! いいぃっ!! あああああぁっ!!」

 ぶんぶんとベッドに押しつけるように首を振る夕菜。その体の震えが一層強くなっていく。

「ご、ご主人様っ!! イクッ! イッちゃうっ!! イッちゃいますぅっ!!」
「う、うううううっ!!」

 互いの脊髄を何とも言い難い感覚が上ってくる。
 呻くように声を上げ、互いに限界が近い事を示した。

(違う・・・・・・・違う・・・・・・!!)

 洋介はぶんぶんと首を振りながら、勢いよく腰を叩きつけていく。
 快楽に震える体とは逆に、心の中は悲しみに溢れていた。

(こんな・・・・・こんなの・・・・・夕菜じゃない・・・・・)

「夕菜・・・・・夕菜・・・・っ」
「は、はいっ! 私もっ・・・イッ・・・ちゃいまっ・・すぅっ!」

 洋介の口から零れる言葉。その言葉の意味を取り違え、夕菜は嬉しそうに叫ぶ。

「ーーーーっ!!!」

 ギリと歯を食いしばり、洋介はズンと腰を打ちつけ、限界を突破した。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ドクドクと洋介の白濁液が夕菜の中へと注ぎ込まれる。それを感じ、夕菜は歓喜の声と共に全身を硬直させた。
 ブルブルと夕菜の体が痙攣し、数秒後に糸が切れたようにガクンと崩れる。その顔は弛緩し、この上なく幸せそうで、この上なく淫靡だった。
 そんな夕菜を見て、洋介は苦しそうに言葉を漏らした。

「違う・・・・・こんなの・・・・・夕菜じゃない・・・・・」




−3−



「あああああぁぁぁぁっ!!」

 夕菜の絶叫が部屋へと響く。繋がった部分から肉棒を抜くと、洋介は悲痛な顔でガンと壁を叩いた。

「なんで・・・・・なんでなんだっ!!」

 洋介は両手で顔を覆い、ギリと歯を食いしばる。そして、悔しそうに叫んだ。

「どうして・・・・統一郎を忘れさせられないんだっ!!」

 洋介が夕菜を連れ去ってから数日が過ぎた。
 その日から何度も何度も洋介は夕菜をトランス状態へと落とし、暗示を重ねてきた。
 色々な暗示を、様々な方法で夕菜へと与えてきた。しかし、夕菜は以前の彼女に戻るどころか、洋介を統一郎と認識したまま、何度も何度も性交へと雪崩れ込んでいった。
 もはや、洋介にはどんな暗示を与えればいいのか分からなくなっていた。

「夕菜・・・・どうして・・・・どうしてこんなことに・・・・・」

 ちらりと夕菜を見て、洋介は言葉を漏らす。
 その脳裏には未だ、夏の日の夕菜の笑顔が残っている。

『はい、洋・・・介・・さん』

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら洋介の声に応える夕菜。その可愛らしい笑顔はあの夏の日から十数日前まで見る事が出来ていたのに、今では夕菜の笑顔のどこにもその面影を見る事はかなわない。

「夕菜・・・・どうして・・・・・・」

 もう一度呟いて、洋介は夕菜の姿を見る。
 はあはあとベッドの上で息を整える夕菜。その淫蕩に染まった顔は見えなくても、身に纏った雰囲気、そして、その仕草の一つ一つに淫靡なものが見て取れた。
 それを見て、洋介はぎゅっと目を瞑り、ぶんぶんと首を振る。

「違う・・・・・・夕菜じゃ・・・・・ない」

 洋介は立ち上がると、ふらりふらりと台所へ歩いていく。
 寝室を出る前、洋介はベッドの上で荒い呼吸を繰り返す夕菜をちらりと見た。
 その瞳は虚ろで力無く、その視線には何の意志もなく、まるで何もない空間をただ見ているだけのようだった。

「夕菜・・・・夕菜・・・・ゆうな・・・・・ゆうな・・・・」

 ぶつぶつと呟きながら、洋介は流しの下の戸棚を開けて、スルリと包丁を抜き出した。
 包丁は明かりを受けて銀色に輝く。それを手に、洋介は夕菜の所へと戻っていった。

「あ、ご主人様」

 部屋に入った洋介をそんな言葉が迎え入れる。
 その言葉に首を上げた洋介の視界には、秘裂を押し開く夕菜の姿があった。
 とろりと夕菜の秘裂から、白濁液が零れ落ちる。それを掬いとり、ぺろりと夕菜は舐め上げた。
 そして、酷く淫靡に笑った。

「ふふ、ご主人様の精液・・・・おいしい」

 その姿に洋介は包丁を持つ手に力を入れた。そして、そのままふらふらとベッドへと座る。
 そんな洋介を笑顔で迎えて、夕菜は洋介を抱きしめた。そして、やわやわと洋介の肉棒へと手を触れさせ、洋介の耳に甘い声を響かせる。

「ご主人様。もっと、もっと気持ちよくしてくださいぃ」

 ペロリと首筋を舐めて、夕菜はふふっと小さな笑い声を上げる。そんな夕菜の声を聞きながら、洋介は何の反応も見せなかった。
 その無反応を是と受け取って、夕菜は洋介の体の上に跨る。そして、白濁液の溢れる秘裂を押し開くと、そのまま洋介の肉棒を飲み込んでいった。

「はっ・・・あっ・・・・くぅ・・・・・」

 ブルブルと体を震わせながら、夕菜は嬉しそうに洋介の肉棒をくわえ込んでいく。
 ゾクゾクとした夕菜の中の感覚が洋介へと伝わり、洋介もその快感に体を震わせた。

「夕菜・・・・夕菜・・・・ゆうな・・・・ゆうな・・・・」
「はいっ、はいっ、あああっ!!」

 譫言のような洋介の言葉。その言葉に答えながら夕菜は更に腰を振る。

「もっとっ、もっとくださいっ!!」

 体をブルブルと震わせながら、夕菜は洋介へと抱きつく。

「ああ、ああぁっ! あああぁっ!!」

 気持ちよさそうに体を仰け反らせ、喘ぎ声を上げる夕菜。そこから伝わる快感に体を震わせながらも、洋介の眼は夕菜を見ていなかった。

「ゆうな・・・・・ゆうな・・・・・・ゆうな・・・・・」
「もっとっ、もっとっ、もっとくださいぃっ!!」

 ゾクゾクとした感覚が結合部から脊髄を這い上がってくる。
 蓄積された快感。込み上げてくる衝動に洋介はギリと歯を食いしばる。
 そして、目の前で気持ちよさそうに腰を振る女に向けて、大きく腰を打ち上げた。

「もっとぉーーーっ!!」

 部屋に響く夕菜の声。その声に洋介の手が動くのと、夕菜の中に射精をするのは同時だった。
 ズブリと言う感触が洋介の手に伝わる。

「あ゛・・・・・え・・・・・?」

 こぽりと夕菜の口から血が零れる。
 鋭い痛みが夕菜の体を駆け抜けた。

「え・・・・・え・・・・・?」

 夕菜の瞳がガクガクと震えて、四方八方へと動き回る。
 最終的に痛みの元へと視線は定まり、自らの脇腹へと刺さっている包丁を見つけた。

「え・・・・あれ・・・・・・?」

 そして、その視線は握っている手を遡り、目の前の男の元へと辿り着く。
 その顔を見て、夕菜は大きく目を見開いた。

「あれ・・・・・洋介・・・・さん?」
「夕菜っ!?」

 夕菜は目の前の洋介を認識し、その言葉に洋介は喜びを顔に浮かべる。
 しかし、状況を理解しきれていない夕菜はキョロキョロとあたりを見回した。

「洋介・・・・さん? ご主人様じゃ・・・ない・・・・・え?」
「そうだよ! 僕だよ夕菜!」

 夕菜の問いのような独り言に洋介は声を大きくする。
 洋介を見る夕菜の顔に段々と理解の色が浮かんできた。

「洋介さん・・・・・だったん・・・・だ」

 そう含むように零す夕菜。
 俯き、ふふっと肩を震わせた。

「そっか・・・・そっかぁ・・・・そうだったんだぁ・・・・」
「そうだよ。僕だったんだよ、夕菜っ!」

 くすくすと面白そうに笑う夕菜。その声は酷く楽しそうで、何処か甘ったるい響きがあった。
 しかし、洋介はそのことに気づかず、嬉しそうに、そして勢い込んで叫ぶ。
 夕菜は顔を上げて、そんな洋介に笑顔を見せた。それはとても艶やかでひどく残酷な笑顔だった。

「そっかぁ・・・・だから全然気持ちよくなかったんだぁ」

 その言葉に洋介の時間が止まる。
 目を見開いて自分を見る洋介を嗤いながら、夕菜は言葉を続けた。

「ご主人様のモノはもっと大きくて気持ちいいものね」
「あ・・・・・・あ・・・・・・」

 夕菜の言葉に洋介は呻くように声を漏らす。
 くすくすと嗤いながら、夕菜は洋介を見て、そして問いかけた。

「ね、洋介さん。私の中、気持ちよかった? 私は全然だったんだけど」
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 夕菜の言葉に洋介は絶叫を上げた。


−4−



 数分後、洋介の部屋は真っ赤に染まっていた。
 部屋も、夕菜も、洋介すらも、赤いペンキをぶちまけたように真っ赤に染まっている。
 その世界の中でただ一人動く者はふらふらと立ち上がり、動かない肉の塊を見下ろしていた。

「違う・・・・こんなの・・・・・夕菜じゃない・・・・」

 そう呟き、洋介はふらふらと外へと出て行く。

「夕菜・・・・ゆうな・・・・ゆうな・・・一体どこに・・・・どこにいるんだ・・・・」

 時刻は午前十時前後。この時間帯、住宅街であるこの辺りにはあまり人通りが多くない。
 血まみれで包丁を持った男が外にいる事に、まだ近所の住人達は気づいていなかった。
 その男はふらふらと往来を歩き、ぶつぶつと何かを呟いている。

「夕菜・・・・どこだ・・・どこにいるんだ・・・・ゆうな・・・・」

『洋介さん』

 その耳に聞こえるはずのない声が聞こえる。洋介はその方向へと振り向いた。

『洋介さん』

 そこには夕菜の姿がある。居るはずのない夕菜。その姿はいつかの夏の日の姿であり、その顔には柔らかい笑顔が浮かんでいた。

「夕菜・・・ああ・・・・夕菜・・・・」

 夕菜の姿を幻視して、洋介はふらふらと夕菜へと近づいていく。そして、その姿を愛しそうに抱きしめた。

「夕菜・・・・夕菜・・・・・」

 嬉しそうに夕菜を抱きしめる洋介。
 夕菜はそんな洋介に応え、優しそうな笑顔で抱きしめ返す。
 そして、その耳にクスリと嗤いながら問いかけた。

『ね、洋介さん。私の中、気持ちよかった?』
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ぶんぶんと四方八方に包丁を振り回す洋介。
 しかし、その耳からは夕菜の囁きは離れない。

『だから全然気持ちよくなかったんだぁ』
「嘘だっ、うそだっ!!」

 洋介に含ませるように夕菜は囁いていく。
 その一言一言は洋介を更に追いつめていった。

『ご主人様のモノはもっと大きくて気持ちいいものね』
「黙れっ、だまれ!!!」

 夕菜の声を掻き消すように叫ぶ洋介。
 夕菜の幻影はその耳に更なる言葉を重ねた。

『私は全然だったんだけど』
「ちがうっ!!!」

 ブンと上段から真下へと力一杯包丁を振り下ろす。

「ちがう、ちがうっ! 夕菜はそんな事言わない!! そんなのは夕菜じゃない!!」

 ハアハアと大きく肩で呼吸をし、洋介はぶんぶんと首を振る。その瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていった。

「ゆうな・・・・どうして・・・・ゆうな・・・・」

 そう呟きながら、洋介は空を見上げる。その視線の先には突き抜けるような蒼穹があった。

「空が・・・青い・・・あれ? 今は夜のはずじゃ・・・・」

 茫然と空を見上げる洋介。
 数秒後、その貌に理解の色が走った。

「そうか、夢なんだ。ああ・・・・そうだ・・・・こんなのは夢だ。悪夢だ・・・・悪夢なんだ・・・・夢なら覚めなくちゃ・・・・」

 そう言って、洋介は目を閉じて、持っていた包丁を自らの首筋へと宛てる。そして、スッと力みなく斬り上げた。
 綺麗に斬り裂かれた頸動脈から大量の血が勢いよく噴き出していく。
 遥かなる蒼穹。その下で洋介は真っ赤な雨を浴びていた。
 その中で洋介は静かに目を開く。その視界は赤く染まっていった。

「あ・・・ああ・・・・・あああ・・・・・っ!!」

 洋介は赤く染まった世界を見渡し、顔に喜びを満ち溢れさせた。
 洋介は南中へと向かう太陽を振り仰ぐ。その太陽も真っ赤に染まっていた。

「ああ・・・ああ・・・! 夕日だ! あの夏の日の夕日だ! あの夏の日に、あの夏の日にぼくは帰ってこれたんだ! あは、あ、はははははははははは!」

 洋介は嬉しそうに笑い、くるくると回っていく。
 くるくるくるくる狂狂狂狂。
 洋介は血しぶきを周囲へと振りまきながら、回転していく。

「あははははははははっ!! ははははははははっ!! 夕菜っ!! 夕菜っ!! 僕は帰ってきたよ!! 夕菜っ!!」

 洋介の体から噴き出した血は回転に合わせて、地面に円を描いていく。
 体からどんどん血が抜けていき、洋介の体がぐらりと揺れる。

「はっ、は・・・・は・・・あ・あ・・あはは・・・・・はは・・・」

 どさり。
 足から力が抜けて、洋介は地面へと崩れ落ちる。しかし溢れ出す血液は留まる事を知らず、地面へと真っ赤な水たまりを広げていた。

「きゃああああああ!!」

 住宅街に甲高い悲鳴が響き渡る。
 朦朧とした視界の中で洋介はその声の主を見る。そこには、近所の主婦が腰を抜かして座り込んでいた。
 ガタガタと震え、大きく見開いた瞳で洋介を見ている。
 だが、そんな事は洋介にとっては何の意味も持たなかった。

「はは・・・っ・・・は・あ・・・・・は・・・・はは・・・・は・・・・ぁ・・・・・帰ってきたよ・・・・夕菜・・・・夢は・・・・覚めたん・・・・だ」

 誰かが通報したのだろう。暫くして、救急車の甲高い音が近づいてくる。
 しかし、救急車が辿り着いた時には既に、洋介は物言わぬ肉の塊と化していた。


−5−



「白昼の惨劇・・・・無理心中の末路、痴情のもつれが原因か・・・・ねえ」

 読んでいた新聞を折りたたみ、統一郎はぽいとソファーへと放り投げる。

「? どうしたんですか、統一郎様? 何か面白い記事でもありました?」

 コーヒーを注いだカップを差し出しながら、藍は統一郎に問いかける。
 その問いに統一郎は別にと興味をなくした様子で答えて、藍の注いだコーヒーをくいと口に含んだ。
 洋介の起こした事件は一時期、興味本位のマスコミを賑わせたが、日々の事件に埋もれていき、すぐに人々の記憶から薄れていった。

 
 
< 了 >


 

 

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