いつかみた、あの夏へ

原作:Panyan


 

 

第02話:二人の出会い


−1−


 クリスマスから一月。
 年末は実家に帰っていたので、洋介と過ごす事は出来なかったが、それでも三日に一度は会って、互いの愛を深めている。
 冬の寒さに包まれた街は所々に白い化粧跡を残し、昼間と言えど夏に比べて寂しさを隠す事は出来ない。
 そんな街の中、夕菜は家路へと足を向けていた。
 ブラウスの上に茶色のセーターを着込み、その更に上にコートを羽織っている。足に履いているブーツの下には黒い靴下が垣間見え、コートの隙間からは膝丈のスカートが下半身を守っている。
 そして、胸元には一筋の光。銀のネックレスがかけられていた。

(寒いなぁ・・・・・)

 白い吐息を漏らしながら、夕菜は道を歩く。
 今日の予定はもうないが、あまりの寒さに心なしか足が速まっていた。
 しかし、その行く手を阻むものの姿があった。
 夕菜の目の前に立ちふさがる三人の男。
 それぞれ思い思いに髪の色を変え、好きなようにピアスが入っている。

「ねぇ、君。一人ぃ?」
「暇してるんだったらさぁ、俺たちと遊んでいかない?」
「すぐそこに、美味しいお店があるんだぁ?」

 左から、金、赤、緑。元の色が残っているものなどいない。
 獲物を逃がすつもりなどないのか、三人は既に夕菜の周りを囲んでいた。
 それに気づき、夕菜は恐怖に駆られる。辺りを見回すが、他の人々は関わり合いになりたくないのか、遠巻きに見ながらも誰もが無関心を装っている。

「すぐそこだからさぁ」

 金髪が言う。それは癖なのか、唇についたピアスをペロリと舐めた。

「大丈夫、大丈夫。怖くなんてないよ」

 赤髪が続けて言う。声は穏やかだし、口元は笑みを見せているが、その眼は獲物をどう貪ろうか調べている獣の目だった。

「そうそう、気持ちいいだけ。さ、行こう」

 緑髪が夕菜の腕を掴む。そこには既に夕菜の意思など、気にしている風はなかった。

「ちょ、や、やめてくださいっ!」
「大丈夫、大丈夫」

 緑髪と赤髪が夕菜の体を押さえて、どこかへ連れて行こうとする。
 金髪は辺りに睨みをきかせて、「見せ物じゃねぇ」と怒鳴り散らしていた。
 それが辺りの人たちには通じており、周囲の人は見ないようにそれを見ていた。
 たった一人を除いては。

「おい、やめろ。嫌がってるだろ」

 その人混みの中から、一人の男が進み出る。
 精悍な顔つき。顎には整えられた髭を蓄え、顔の節々に小じわが見える。やや褐色の肌は健康的で、長身、そして無駄のない筋肉が強そうな雰囲気を作り出す。
 だが、そんな第三者の登場は若者達の予定にはない。

「なんだぁ、てめぇは?」

 金髪が男へと進みより、その胸ぐらを掴みあげた。

「舐めた事言ってんじゃねえぞ! 怪我しねぇうちにさっさとどっかへ行きやがれ!」

 金髪は男を睨みつけて、声を張り上げる。男はそんな金髪の手を振り払うと、間合いをとる。そして、ボクシング風の構えを見せた。

「OK。なら、君も怪我をしたって文句を言わないって事だね」

 そう言って、男はちょいちょいと金髪を挑発した。
 その挑発に簡単に乗り、金髪は男へ向かい、拳を振り上げる。
 周囲、そして、夕菜から悲鳴に近い声が零れる。

「フザケてんじゃ――――っ!!」

 金髪はその拳を振り下ろす事も出来なければ、その言葉を言い切る事も出来なかった。

「がっ・・・・・・・」

 苦悶の声を漏らし、金髪の体が崩れ落ちる。
 目を瞑ってしまった夕菜や周囲の女性達はもちろん、成り行き、展開を見ていたはずの男性達も、その瞬間に何が起こったのか分からなかった。
 金髪の崩れ落ちる姿に赤髪、緑髪は茫然とする。

「こっち」
「あっ」

 その隙をついて、男は夕菜の手を引っ張って逃げ出した。

「てめぇ!」
「まてコラァ!」

 後ろから若者達の怒号が響く。男と夕菜は人混みに紛れ、くねくねと折れた路地を駆け抜けていく。
 そして、一軒の店へと飛び込んだ。
 カランカランとドアについた鐘が鳴る。
 乱暴にドアを閉め、二人は荒い息を整えた。

「統さんどうしたの。そんなに慌てて」

 そこは喫茶店だった。カウンター席。テーブル席に客の姿はない。
 カウンターの中ではエプロン姿の女性が驚いた様子で夕菜達を見ている。

「いや、済まない。この娘が絡まれていたから助けたら、ちょっと追われてしまってね」

 エプロン姿の女性に統さんと呼ばれた男性は軽く事情を説明する。そして、「さあ」と夕菜に招いた。
 それで、夕菜は混乱から引き戻される。

「あ、あのっ。ありがとうございました。私のせいであなたに迷惑をかけてしまって・・・・」

 そう言って、深々とお辞儀をすると、夕菜はくるりと振り返り、店を出ようとする。

「おっと、ちょっと待った」

 それを統さんは止めた。
 驚いて振り向く夕菜に統さんは真面目な顔で言った。

「まだその辺にあいつらがいる可能性がある。それに人数も増えていると思う。あの手の奴らはチームを組んでいるからね。少しここで時間を潰してほとぼりが冷めてから帰った方がいい。時間は大丈夫? どうしても駄目だって言うんならタクシーを呼ぶけど」
「あ、いえ、時間の方は大丈夫です。後はもう帰るだけですし」
「なら、ここで時間を潰していけばいいじゃない」

 夕菜の言葉にエプロン姿の女性が言った。
 その言葉に夕菜の顔が困ったように変わっていく。

「でも、さっきの人たちがここに来たら・・・・」
「ああ、それなら大丈夫。僕もいるし、なにより、ここを慕ってきてくれる人はいっぱいいる。あいつらが来たら、みんなすぐに来てくれるさ。だから、安心していいよ」

 そう言って統さんはカウンター席へと座る。
 そして、夕菜の方へと振り向いた。

「それに、僕にお詫びをさせてくれ。格好良く登場したはいいけれど、結局やったのは君を走らせてしまっただけだ。そのお詫びとしてコーヒーの一杯も奢らせてもらわないと、僕の面目が丸つぶれだ」
「あら、統さんにそんな面目なんてあったの?」

 統さんの言葉をエプロン姿の女性が拾う。
 その言葉に統さんは苦笑した。

「おいおい酷いなぁ、唯さん。僕にだって面目も面子もあるよ」
「だって。お嬢さん、男って言うのはこういう時に格好つけたがるものなのよ。格好つけさせてあげなさいな」
「ふふっ、はい」

 唯と呼ばれた女性の言葉に頷き、夕菜はカウンター席へとついた。
 その先にあるものを知らずに。

「じゃあ、唯さん。僕と彼女にいつものを頼むよ」
「わかったわ、統さん。じゃあ、ちょっと待っててね」

 統さんの言葉にエプロン姿の女性はカウンターの下から焙煎済の豆となにやら器械のようなものを取り出す。そして、その豆を器械の中に入れてついている取っ手をグルグルと回しだした。
 ガリガリという音。そして、その器械と手の動きが石臼に似ている事から夕菜は答を連想する。

「あ、豆を挽くところから始めるんですね? 本格的だぁ」
「ええ、ちょっとしたこだわりでね。焙煎もうちでやってるんだけど、さすがに焙煎までいれると時間がかかりすぎるから、焙煎は開店前に終わらせてしまうのよ」
「唯さんの淹れてくれるコーヒーは絶品でね。僕なんか一口で唯さんのファンになってしまったよ」
「まあ、統さんったらお上手ね」

 くすりとエプロン姿の女性が笑う。
 夕菜は先程思い浮かんだ疑問が再び現れ、困った顔のままエプロン姿の女性を見ていた。

「あら、どうしたの?」
「いえ、とうさんって・・・・・」

 エプロン姿の女性からの問い。その問いに困った顔のまま夕菜は二人を見比べた。
 目の前の男性は夕菜や洋介よりも一回りは年齢が上のように感じられるが、それでも初老という程ではない。そして、エプロン姿の女性も夕菜と同じくらいの歳ではなく、もう少し年上のお姉さんという感じに見える。
 どうみても、目の前の男性はエプロン姿の女性を娘として持っているような年齢ではない。
 それなのに『とうさん』と呼ぶのが気にかかって仕方なかった。
 その答は目の前の男性から、すぐに発せられた。

「ああ、そのことね。とうさんってのは僕の綽名なんだ。僕の本名は剣 統一郎(つるぎ とういちろう)と言ってね。統一郎じゃ長いだろ? だから、知り合いなんかはみんな『統さん』って呼ぶんだよ。唯さん辺りに呼ばれると、そう言う誤解が回ってしまうんだよね」
「あ、そ、そうなんですか。すいません。勘違いしちゃったみたいで」
「大丈夫大丈夫。みんな勘違いすることだから。君のせいじゃないよ」

 明るく夕菜に言う統一郎。その横で、カウンターには新たな器具が置かれていた。
 二つのフラスコをくっつけたような形状。コーヒーというか喫茶店と言ったらこれというような先入観を与えてくれるフォルム。
 その下のフラスコには水が入っており、更にその下にはアルコールランプが置かれ、火にかけられている。上のフラスコには挽かれたコーヒー豆が入っていて、水蒸気が溜まるとコーヒーが下のフラスコに抽出される仕組みだ。
 
「そうそう、気にしないのよお嬢さん。この反応を見るのも楽しみの一つになってるんだから」
「は、はぁ・・・・」

 エプロン姿の女性は夕菜にそう言って、にっこりと笑った。
 そんな女性の顔に夕菜は当惑したまま言葉を濁す。

「ところで、あなた。お名前は? ほら、さっきから名前を聞いていないなって思って」
「あ、はい。私は峰崎 夕菜って言います」
「夕菜、夕菜さんっていうの? 惜しいなぁ。私ね、統さんには唯さんって呼ばれてるけど、本名は唯名って言うの。加藤 唯名(かとう ゆいな)。ほら、夕菜と唯名。一文字違いでしょ。きっとここで出会ったのも何かの縁なのよ。そう言う事でお姉さんが奢ってあげるね」
「おいおい、それじゃ僕の立場はどうなるって言うんだい?」

 苦笑しながら統一郎は言葉を挟む。
 そんな統一郎の表情に夕菜はくすりと笑みを見せた。
 和やかな雰囲気が場を包む。
 そんな中、唯名は火から外しておいた器具の上部のフラスコを外す。
 そして、カウンター内で下部のフラスコに抽出されたコーヒーをカップへと注ぎ、夕菜に見えないように片方のカップに何かの液体を一滴入れる。そして、二人の前へと差し出した。
 液体の入っていない方を統一郎へ、入っている方を夕菜へと、それぞれカップを渡して「どうぞ」と勧める。

「うん。やっぱり、唯さんの淹れてくれるコーヒーは香りから違うね」

 そんな事を言いながら、統一郎はカップを傾ける。そして、油断ならない眼でこっそりと夕菜の挙動を見ていた。

「じゃあ、頂きます」

 夕菜は近くにあったシュガースティックとミルクを入れて、軽くかき混ぜる。そして、カップとソーサーを手に取り、そっと顔に近づけた。

「本当にいい香り・・・」

 軽く匂いをかぐ。そして、ふぅっと息を吹きかけるとコーヒーカップを傾けた。
 喉を動かし、こくりと飲み込む。その顔には喜びが溢れていた。

「美味しい・・・・」

 そっと、カップとソーサーをカウンターに置き、夕菜は唯名を見る。

「美味しいです。唯名さん。コーヒーってちゃんと淹れるとこんなに美味しいんですね。私、いままで、コーヒーってあまり飲んでいなかったんですけど、唯名さんのファンになりました。きっとまた来ちゃいます」
「そう、そう言ってくれると嬉しいな。次も是非来てね」
「はい」

 そう言って、夕菜はもう一口コーヒーを口に運ぶ。コクリコクリと喉が動いていき、あっという間にカップの中は空になった。
 かちゃりとコーヒーカップを置く。そのカップを拾い上げて唯名はちらりと夕菜を見る。

「もう一杯、いる?」
「あ、はい」

 唯名のその言葉に夕菜は嬉しそうにコクンと頷く。
 そんな夕菜の仕草に唯名はくすりと微笑んだ。
 こぽこぽとフラスコに残っているコーヒーをカップに入れていく。そして、ことんと夕菜の前へと差し出した。

「ありがとうございます」

 夕菜は嬉しそうに楽しそうにカップを拾う。そして、香りのいいコーヒーを口に流し込んでいく。
 コクリコクリと喉が動き、黒い液体が流し込まれていく。

「ブラックでもこんなに美味しい・・・・私が今まで飲んでいたのは、美味しくないコーヒーだったんで・・・す・・・ね・・・・あれ?」

 突然の感覚。
 夕菜の頭がボウッと霞み、瞬きの回数が目に見えて増えていく。

「どうしたの? 大丈夫?」

 統一郎が心配そうな声を出して、夕菜の顔を覗き込む。しかし、その視線は冷酷に夕菜の反応を確認していた。
 手を当てて、重い頭を振る。
 寝不足が限界にきたかの様に夕菜の思考が塗りつぶされていく。
 際限なく溢れてくる白い波に、夕菜の理性は流されていった。

「大・・・・丈夫・・・・です・・・・・頭が・・・・ぼうっと・・・・」
「そう。なら、その感覚に身を任せるといいよ。とても気持ちいいだろう?」

 誘うような統一郎の言葉。
 真っ白になった夕菜は考えることなくその言葉に頷いていく。
 それを見て、唯名はくすりと笑みを浮かべると玄関へと歩いていく。そして、かかっている札を準備中へと裏返して、ドアに鍵をかけた。

「そう、身を任せると気持ちいい。難しい事を考えなくてもすむから。さあ、聞こえてくる声に身を任せればとても気持ちよくなる。さあ・・・目を閉じて・・・」
「は・・・・い・・・・」

 統一郎の言葉に従い、夕菜はその瞳を閉じる。
 そんな夕菜に近づいて、統一郎は首筋に指を這わせた。

「ほら、とても気持ちいい。何も考える事は出来ない。感じるままに受け入れていけばとても気持ちいい」

 首筋から肩、肩から胸へと統一郎の指が撫でるように移動する。その指の動きにぴくっぴくっと夕菜の体が震える。

「気持・・・・ち・・・いい・・・・」
「そう、気持ちいい。気持ちよければいい程、君は深く深くおちていく。僕も唯名も付いている。だから、怖くはない。それに恥ずかしくもない。気持ちよくなっていいんだよ」

 そう言って、統一郎は夕菜の頭を抑える。そして、ぐるぐると夕菜の頭を動かしていった。

「ほら、グルグルと回っていく。それがとても気持ちいい。気持ちよくって、もっと深くおちていく」

 その時、ガチャリと言う音が店内に響いた。カウンターの隣、唯名の居住スペースへと続いているであろうドアから、先程の金髪、赤髪、緑髪が現れた。

「もういいッスか?」

 金髪がそう言ってそろそろと店内へと入ってくる。その後ろについていた赤髪と緑髪は目を閉じている夕菜を珍しげに眺めていた。

「へへ・・・こんなになるんですね」
「統一郎さん。こいつ、もう食っちゃえるんですか?」

 興奮しているのか、鼻息を荒くしながら緑髪が夕菜へと手を伸ばす。
 その手を統一郎が叩いた。

「馬鹿野郎。まだ駄目だ。これから催眠を深くして行かなくちゃならないんだよ。それにお前らの目的はこれだろ」

 そう言って、統一郎は財布から一万円札を十枚取り出し、叩かれた手を痛そうに振っている緑髪に手渡す。

「ほら、今回の仕事料だ。それをお前らでわけろ」
「へい。でもいいじゃないッスか。統一郎さん、一杯女いるんでしょ。一人くらいこっちに回してくださいよ」

 ペラペラと枚数を数えながら緑髪がぶつくさ言う。
 ちっと舌打ちすると、統一郎は唯名へと目配せをする。
 唯名はコクンと頷くと、緑髪へと寄っていった。

「じゃあ、お姉さんが相手をしてあげる。それでいいわよね。あなた達も」

 ふぅっと緑髪の耳元へと息を吹きかける唯名。その感覚にビクンと緑髪の体が震えた。

「え、マジッスか! 藍さんとできるなんて言ってみるもんだぜ!」
「じゃあ、こっちへいらっしゃい。みんなで楽しみましょう」

 歓声を上げる三人を連れて、唯名は居住スペースへと消えていく。その一瞬前に統一郎をちらりと見たその顔にはこっちはまかせてと書いてあった。
 彼等が出ていくのを見届けて、統一郎は夕菜を抱きかかえると、テーブル席へと連れて行き、壁際のソファーになっている席に夕菜を座らせた。
 そして、近くのテーブルをソファーから遠ざけて僅かなスペースを作り出し、夕菜の隣へと統一郎は座る。
 すう、はあ、と一定のリズムで静かに呼吸をする夕菜。そんな夕菜の頭をグルグルと回し、再び言葉を重ねていく。

「ほら、グルグルと回っている。それがとても気持ちいい。身を任せて気持ちよくなりたい」
「気持ち・・・・・いい・・・・」
「そう、気持ちいい。もっと気持ちよくなりたいかい?」
「はい・・・・・なり・・・・たい」

 統一郎の問いかけに夕菜は微かに声を漏らす。
 その言葉を確認して、統一郎は夕菜の頭を回すのを止めた。
 背もたれに寄りかからせるようにし、統一郎は夕菜の耳に囁きかける。

「三つ数えると、君は深く沈んでいく。そこは君の中。君の心の中だ。君の中だから周りは全て君なんだ。だから怖くない。だから安心出来る。だからとても気持ちいい」
「気持ち・・・・いい・・・・・」
「そう、気持ちいい。そして、そこは君の中なんだから、そこで聞こえる声は全て君の心の声。君が思っている事だ。わかったね? 分かったら頷くんだ」

 コクリ。
 夕菜の頭が縦に動く。
 それを見届けて、統一郎はカウントした。

「一つ、二つ、三つ。さあ、君は深く沈んでいく。それはとても気持ちいい。気持ちよければいい程、深く深く君の底へと沈んでいく。どんどん深く沈んでいく。とても気持ちいい。もっと気持ちよくなりたい。だから深く沈んでいく」
「気持ち・・・よく・・・・・なり・・・たい」
「深く深く沈んでいく。それはとても気持ちいい。もっと気持ちよくなりたい。とても深く沈んでいく」
「ふかく・・・・ふかく・・・・・」

 夕菜の口が微かに動く。
 悪魔の囁き。快楽の誘惑に夕菜は自ら底なし沼へと沈んでいく。
 もはや、そこから抜け出る事は不可能になっていた。

「そう、深く深く沈んでいく。君の中へと深く沈んでいける。さあ、聞こえる声は君の心が思っている事。思っている事は望んでいる事。だから、逆らう事なんて思いもしない」
「わたしのこころ・・・・・のぞんでいること・・・・」

 夕菜の口から言葉が漏れたのを確認し、統一郎は夕菜の手を恭しくとった。

「さあ、君は立つ事が出来る。そして、歩く事も出来る」

 そう言って、夕菜をソファーから立たせる。
 立ち上がった夕菜の体は力無くふらりと揺れる。しかし、揺れても倒れる程に傾きはしないという安定感が夕菜にあった。

「これから君は歩き出す。一歩一歩進む毎に、君は深く深く自分の中へと沈んでいく」

 統一郎は夕菜の手を引っ張って、誘導しながら進んでいく。
 かちゃりと居住スペースへの扉を開き、その中へと進んでいく。先程の男達の歓声が聞こえる中を違う部屋へと歩いていった。
 扉を開き、中へと入る。そこはシンプルな部屋だった。
 部屋の真ん中に大きなベッドがある、ただそれだけ。
 その部屋の真ん中に鎮座しているベッドへと統一郎は夕菜を誘導し、そこへと座らせた。

「さあ、ここは君の心の中心。とても気持ちのいい場所だ。ここで起こる事は君の願望。心の底から望んでいる事だ」
「わたしの・・・・こころ・・・・・のぞんでいる・・・・・」
「今から三つ数えると君は目を覚ます。だけど、その時君はソープ嬢になっている。ここはソープランド、そして、君はソープ嬢。目の前には君の客がいる。体の限りを尽くして目の前の客に奉仕をしよう。それと、僕が指を鳴らす度に君はずぅんと気持ちよくなっていく。いくらでもイッてしまう。目が覚めた後、今言った事は覚えていないけど、必ずそうなる。わかったね」
「・・・・はい」

 夕菜が答えたのを確認して、統一郎は三つ数えた。
 ピクンっと夕菜の体が震え、すうっと夕菜の瞳が開いた。 



−2−



「んふぅ」

 ため息を吐くような声を漏らし、夕菜は統一郎を見上げる。
 艶っぽい表情。熱い吐息を吐いて、夕菜は立ち上がった。
 絡みつくように統一郎に触れていく。そして、むちゅと唇を重ねた。

「ん・・・・・ふぅ・・・・・・」

 長いキス。二人は抱き合ったまま重ねるだけのキスをする。

「は・・・・ぁ・・・・・」

 二人の唇が離れた時、夕菜はため息のような熱い吐息を吐いた。
 夕菜はそっと統一郎を見上げる。そして、統一郎も夕菜を見た。
 窺うような夕菜と観察する統一郎。異なる二人の視線は中空で絡み合った。
 もう一度唇が重なる。そのキスは先程とは違うキスだった。

「ん・・・・んん・・・・ぅ・・・・」

 ぴちゃぴちゃと唾液の混じる音が響く。
 ぬるりとした感覚が互いの舌に伝わっていく。
 統一郎は夕菜の歯茎をなぞるように舌を動かし、夕菜はその舌を追っていく。そこから伝わってくる感覚に夕菜はぴくっぴくっと体を震わせていた。
 ぎしり。
 二人、キスをしたままベッドへと座り込む。そろりと統一郎は夕菜の胸へと手を当てた。
 ふにりと下から掬うように手を動かしていく。その動きに併せて、夕菜の胸は形を変えていった。

「ふ・・・・・・ぅ・・・・・・・・」

 鼻から息を漏らし、夕菜は体をくねらせる。
 じわじわと夕菜の体に快楽染み出してきていた。

「ぷ・・・・はぁ・・・・」

 二人の唇が離れる。しかし、口周りは唾液にまみれ、舌と舌はつつっと銀色の糸で結ばれていた。
 統一郎は夕菜をベッドの上へと押し上げ、自分も乗り上がる。そして、夕菜に覆い被さるように迫っていった。

「んんぅ・・・・・」

 三度目のキス。そして、夕菜の体へと手を滑らせる。その動きは洗練されていて、微かに、だが確実に夕菜へ刺激を伝えていった。

「ふぅ・・・・・・・」

 鼻から息を漏らす。塵のように積もっていく快感は徐々に夕菜を追いつめていく。

「ふっ・・・・・ん・・・・・・・ぅ・・・・・・」

 体の内へと溜まっていく快楽の炎。それは、まだ炎というよりか種火というくらいの大きさだが、消えることなく内から夕菜の心を焦がしていく。
 ぬちゅ・・・・ぴちゃ・・・・・・ちゅ・・・・
 夕菜の口内を弄びながらも統一郎はまずセーターを脱がす。その動きに夕菜は逆らわなかった。ずるりとセーターの穴から夕菜の髪の毛を抜けて、ぱさりとベッドの下に落ちる。そして、ぷつん、ぷつんと下から現れたブラウスのボタンを外していった。

「ん・・・・・・」

 ブラウスの前が開かれて、真っ黒なブラジャーが姿を現す。
 ブラジャーに包まれたままの胸を、統一郎は先程と同じように揉んでいく。

「ん・・・は・・・・ぅ」

 体を走る快感に捩るように体を震わせた。

「スカート。脱いでくれないか?」

 統一郎の言葉。その言葉にコクンと頷いて、夕菜は体をもぞもぞと動かしていく。統一郎に重なられた下でスカートのホックを外す。そして、腰を僅かに浮かせてもぞもぞとスカートを脱いでいく。
 スルリと足からスカートが抜き取られ、それもベッドの下へと落ちていった。
 露わになった太腿に統一郎の手が這っていく。伝わってくる快感にぴくっと夕菜の体が震えた。
 ぐっと押さえつけるように膝を夕菜の秘裂へと押し当てる。それと同時に耳元で指を鳴らした。

「!!!」

 ブルッ!
 夕菜の体が跳ねる。唐突に跳ね上がった快感に戸惑いつつも体を震わせた。
 ビクゥッ。
 肌を伝う感覚が一瞬前と比べて何倍にも膨れあがっていた。何か重たい感覚が夕菜の中を駆け抜ける。
 じわり。
 真っ黒なショーツに湿り気が走る。その湿り気は統一郎のズボンへと伝わっていった。

「そんなに気持ち良かったかい? 濡れてきているよ」
「はぁっ・・・・ぅっ!!」

 夕菜に答える余裕はない。唐突に膨れあがった快感に流されまいとするのが精一杯だった。
 そんな夕菜に統一郎は四度目のキスをする。
 がっしりと夕菜を抱きしめ、逃げられないように固定する。
 舌を伸ばし、夕菜の口内を蹂躙していく。歯茎、歯、舌、口腔と舐め上げていき、ためていた唾液を流し込んでいく。

「ん・・・・・ん・・・・・んぅ・・・・・」

 それをコクコクと嚥下する夕菜。その貌は流し込まれていく快楽に苦しんでいるようにも見える。
 たっぷりと舌を舐っていく。その度に夕菜の体がビクッビクッと震えていった。

「ふ・・・・・・ぅ・・・・・・んん・・・・・・」

 夕菜の体の震えが大きくなっていく。統一郎の舌の動きに合わせ、夕菜の舌も動いていく。
 鼻から漏れる息も徐々に荒くなっていき、夕菜の統一郎を抱きしめる力が強くなる。
 統一郎はすっと、夕菜の耳元へと手を持って行き、夕菜へと唾液を流しこむ。そして、夕菜がそれを嚥下するのと同時に指を鳴らした。

「んんぅっ!!!!」

 夕菜の目が見開かれ、ビクビクと体が震える。その一瞬後に夕菜の体は弛緩し、ぐったりとした夕菜から統一郎は身を離した。
 ちょっと離れて夕菜を見る。茫然としている夕菜は肌を仄かに染め、体全体で呼吸をしていた。

「まだ休憩には早いよ」

 そう言って、統一郎は夕菜を引っ張り起こす。夕菜はぐらりと力無く動き、統一郎を見つめていた。

「フェラもまだしてもらってないよ? ここは本番をしないで客を帰すわけ?」

 統一郎の責めるような言葉。その言葉に自分が何者かを夕菜は『思い出した』。
 ふらり、と夕菜は力無く動いていく。袖のボタンを外し、ブラウスを脱ぎ捨てると、夕菜は四つん這いになり統一郎へと寄っていく。
 そっと、統一郎の服のボタンを外していく。
 はぁぁと徐々に露わになっていく胸板に向けて熱い吐息を漏らしながらも、一つ一つ服のボタンを外していく。
 その耳元でパチンと指が鳴らされた。

「あうぅぅぅぅっ!!」

 びくびくっと夕菜の体が震える。
 内から湧き出る響くような快感。夕菜は統一郎の体に縋り付くようにして、その快感に流されないように必死に耐える。

「はぁーっはぁーっはぁーっはぁーっ」

 荒い呼吸が統一郎の胸へとかけられる。自分の体が落ち着いてきたのを確認して、夕菜は統一郎の服を脱がしていく。
 しかし、その腕は快楽の影響でブルブルと震え、瞳は快楽が欲しいと揺れていた。
 そろそろとシャツを脱がしていく。そっと、シャツをベッドの下へと落とし、ズボンへと進んでいた。

「はぁ・・・・・・・ぅ・・・・・・ふ・・・・・・ぅ・・・・・・」

 ベルトとホックを外し、チャックを下ろしていく。そして、そろそろと縁へと手をかけて、ズボンとパンツを下ろしていった。
 その下から力強く屹立した肉棒が現れる。
 その大きさ、自信たっぷりに感じられる反り具合に、夕菜はごくりと唾を飲み込んだ。

「しつ・・・・れい・・・・・しま・・・す」

 そっと舌を出して、統一郎の肉棒へと近づいていく。
 顔は紅く、体は震え、瞳は衝動にとろけたまま、夕菜の舌が統一郎に肉棒に触れた。

「ん・・・・ふ・・・・・はぁ・・・・・」

 ぺろり、ぺろりと根本から先へと向けて頭を動かす。
 下から上へ、横から、ハーモニカを吹くように。ぺろぺろと先っぽだけを丹念に。
 夕菜は夢中になって舌を動かす。れろり、れろりと統一郎の肉棒を刺激し、必死になって射精を促す。
 ちゅぷ、ぴちゃ、ちゅ。
 唾液にまみれてきた統一郎の肉棒と夕菜の舌が水っぽい音を奏でる。
 しかし、統一郎にはまだまだ余裕があった。

「銜えないのか?」

 上から統一郎が言う。そのリクエストに応えて、夕菜は口を開いた。
 太くて長い統一郎の肉棒を口内で包み込む。
 口内を押し開く異物、違和感に夕菜は必死で耐え、頭を動かしていく。
 ず・・・ず・・・・・ず・・・・・
 出来る限り飲み込んで、ぎりぎりまで抜いていく。
 抜いていく時はいいが飲み込む時にうっかりの度を刺激してしまい、夕菜は込み上げてくる吐き気に耐える。
 瞳の端に涙をためて、再び引き抜いていく。
 そして、夕菜が肉棒を飲み込んでいった瞬間、統一郎は夕菜の耳元で指を鳴らした。

 パチン!

「んんんんんんんんんんっ!!」

 瞬間、夕菜の体が快楽に震えた。瞳は見開かれ、口の隙間からは涎のように唾液が垂れていく。

「ほらほら、まだだよ」

 胃って、統一郎は腰を動かしていく。前後する肉棒は、夕菜にさらなる快感を反響させていく。

「んっ! んんっ! んんっ! んんんっ!!」

 襲ってくる快感に耐える事に必死で、夕菜は統一郎のなすがままに動いていく。
 ビクッビクッとされるがままに震える夕菜。その口の中で統一郎の肉棒も徐々に限界に近づいてきていた。

 ズッと奥まで肉棒をおしこむ、そして、その瞬間に夕菜の耳元で指を鳴らした。

「んんんんんんんんんんっ!!!」

 夕菜の体と統一郎の肉棒が同時に揺れる。そして、次の瞬間、夕菜の上肢が崩れ落ちた。
 霞んだ表情。全身に響き渡る快楽の所為で夕菜の体が時折震える。肉棒を銜えていた口は僅かに開かれ。その隙間から白い液体が涎のように伝っていた。

「ほら、まだ本番をやっていないよ?」

 にやりと笑いながら崩れ落ちる夕菜を見る統一郎。しかし、夕菜はその言葉に答えるだけの気力がない。
 ハァハァと呼吸を荒げたまま、ベッドの上に突っ伏していた。
 そんな夕菜の後ろへと統一郎は回る。そして、パチンとブラジャーのホックを外し、夕菜のショーツに手をかけて一気に引きずり下ろした。

「あ・・・・・う・・・・・・」

 それに夕菜は微かに声を上げる。
 ゴロンとベッドの上で転がして、夕菜を仰向けにして、統一郎と夕菜は向かい合った。

「本番。大丈夫?」
「あ・・・・は・・・い・・・・・」

 統一郎の言葉に夕菜は思考を取り戻す。そして、その仕事根性で夕菜は統一郎の問いに答えた。

「じゃあ・・・・行くよ?」

 その言葉に夕菜は頷いて答える。まだ力を失っていない肉棒を統一郎は夕菜の秘裂へと宛い、ゆっくりと差し込んでいった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 夕菜の絶叫が部屋に響く。如何にびちょびちょに濡れていても、まだ一人しか男を受け入れた事のない秘裂はぴっちりと閉じられており、前回より遥かに大きい異物にメリメリとこじ開けられていく。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 無理矢理押し開かれていく痛み。押しつけられ続けるその痛みに夕菜は必死に耐えていく。力一杯シーツを掴み、ぶんぶんと頭を振る。
 ぴっちりと隙間なくくっつく二人の肉。やがて、その先端にその最奥がこつんとぶつかった。

「ほら、感じるでしょ? 僕の先が君の奥をつついてる」

 コンコンと軽く動かして、夕菜にその感覚を伝える。しかし、夕菜は先程からの痛みに耐える事で精一杯でそれを感じる余裕なんてなかった。
 ギリギリと必死に歯を噛みしめる。
 そんな夕菜の姿を見ながら、統一郎は腰を動かし始めていった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 言葉にならない悲鳴が響く。ずるりと肉棒が引かれ、押し込まれる瞬間、夕菜の耳元で指が鳴った。

 パチン!

「んあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ビクビクと夕菜の体が震える。挿入の瞬間、夕菜は確かに快楽を味わっていた。

「は・・・・・ぁ・・・ぅ?」

 自身に伝わった感覚が理解出来ない。あれだけ痛かったはずなのに、夕菜の頭は快楽に霞んでいた。

 パチン!

「ああああぁぁぁぁぅっ!!」

 引き抜く時にも音が鳴る。溢れ出る快感が夕菜を襲い、ビクビクと体を震わせた。
 ほんの少し前までは痛みに固まっていた夕菜の筋肉が快楽に弛緩していく。
 秘裂からは更に大量の愛液が溢れ出し、滑りを良くしていった。

 パチン、パチン、パチン、パチン、パチン。

「ひあぁう、だぁぁぅ、やぁっ、くぅっ、はぁぁぅっ!」

 耳元では常に音が鳴り響き、夕菜の頭に快楽を響かせていく。夕菜は溢れ出る快楽、響く快楽、押し込まれる快楽に流されて、既に考える事が出来ない。
 ずぅんと快楽が響き渡る。
 その度に夕菜の全身は震え、ブルブルと上体を仰け反らせていく。

「イッてる、イッてるっ、イッてるっ! あぁあぁぁぁっ!」

 部屋でオナニーをした時に感じた感覚。洋介に催眠術をかけてもらった時に感じた感覚。洋介とセックスをした時に感じた感覚。
 その全てを遥かに上回った快感が夕菜を襲っていく。その中で、夕菜は何度も何度も絶頂へと押し上げられていった。

「聞こえるかい。君は僕に中に出されると、ものすごい快感を感じる。それは今まで感じた事がないくらいの凄い快感だ。今感じている快感よりももっと凄い。その快感を感じると君は一気にイッてしまう。そして、何も考えられなくなって、さっきと同じ状態になる。いや、さっきより深く沈んでいける。とても気持ちいい、君の中心へと沈んでいく」

 統一郎はそう言って、ズンと深く突き込んだ。ごりごりと最奥を擦りつける。
 そして、更に指を鳴らした。

「くはぁぁぁぁぁぁっ!」

 ビクビクと夕菜の体が震える。それを気にせずに、統一郎は再び腰を前後させていく。
 ゴンゴンと最奥をついて行く。その感覚、そして耳から響き渡る快楽が夕菜をどんどん高ぶらせていく。

 夕菜はぶんぶんと頭を振る。しかし、その頭の中は痛みではなく快楽で一杯だった。
 何度も何度も波に打たれていく夕菜の体、しかし、今までの波を全て飲み込む程の大波がすぐ目の前まで来ていた。

「あぅぅぅぅぅぅっ!!」

 ブルッ。
 統一郎の体にも震えが走っていく。腰の辺りから肉棒の先へと伝わってくる快感。それが肉棒の先へと辿り着く前に夕菜の中へと深く差し込む。

「んんんんんぅっ!!」

 その刺激に震える夕菜。その耳元へと指を持って行き、射精と同時に指を鳴らした。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 白濁液が夕菜の中へと迸る。その瞬間、激しい快楽に押し流され、夕菜の頭は真っ白になった。



−4−


 静寂が部屋の中を包み込む。その中で二人の荒い呼吸音のみが響いていた。
 統一郎はずるりと肉棒を引きずり出す。そして、自分のモノの後始末だけすると、ビクッビクッと体を震わせている夕菜へと向かった。

「聞こえるかい?」
「・・・・・はい」

 統一郎の問いに夕菜は答える。その声からは感情が抜け落ち、まるで機械のようであった。

「起きあがって。君は今から服を着る事が出来る。さあ、服を着てしまおう」

 そう言って、統一郎は辺りに落ちたままの服を夕菜へと渡す。
 起きあがった夕菜はその服を受け取り、ゆらゆらと頼りない動きで服装を整えていく。
 その間に自分も服装を整えた統一郎は、別の部屋で楽しんでいた唯名に喫茶店の方へ行くように指示を出しておいた。

「さあ、君は立ち上がって歩いていく事が出来る。大丈夫。ここは君の中。君の中心部だ。何一つ怖い事なんてない。さあ、立ち上がろう」

 統一郎は夕菜の手を取り、立ち上がらせる。そして、部屋へ導いた時と同じように手を引いて、喫茶店のさっきと同じ席へと座らせた。
 そこは先程のまま。テーブルとかも動かしたままだった。それを元に戻すように金髪達に指示し、夕菜へと向き直る。

「聞こえるかい? 今君はとても気持ちいい所、君の中心にいる。三つ数えると君は普段の君に戻るけど、目が覚めた後、危険なところを助けてくれた僕に君はとても親しみを覚える。心から信頼し、僕を疑うなんて絶対にしない。そして、君はもう僕とのセックスの気持ちよさを覚えてしまった。それはとても気持ちよくて、他の相手とのセックスでは満足する事なんて出来ない。だから、他の相手とは絶対にセックスをしない。分かったね?」
「・・・・はい、分かりました」

 統一郎の言葉に夕菜はこくりと頷く。
 そんな夕菜の姿を見て、唯名はくすりと笑みを漏らした。

「私もこういう風にされていったのね。可哀想な娘。もう、こちら側から戻る事が出来ないんだから」
「うるさいぞ、藍。黙って手伝え」

 統一郎の言葉に唯名は誘うような瞳を見せる。

「はい・・・・ご主人様の思うままに・・・・」

 媚びるように唯名――藍は言う。唯名というのは夕菜に親近感を持たせ、警戒心を薄れさせるために使った偽名だった。

 統一郎は金髪たちがテーブルを直して奥へと引っ込んでいくのを確認すると、再び夕菜へと向かい合う。

「さあ、今から三つ数えると君は普段の君に戻る事が出来る。だけど、目が覚めた後、君はコーヒーを飲んだ後の事を思い出す事は出来ない。コーヒーを飲んで、唯名と僕と楽しく談笑をしていた。それは時間を忘れる程楽しくて、今時間に気がついた。そう言う風に記憶する。それと、君は僕に『夕菜の心、扉が開く』と言われたら、いつでもどこでも今のこの状態になる。それはとても気持ちいいので君は喜んで、自分の中心へと沈んでいく。今言った事を含めて、君は今までの事を思い出す事が出来ない。だけど君の心の奥底にしっかりと刻まれて、必ずその通りになる。絶対にその通りになる。わかったね?」
「はい・・・・・分かりました・・・・・」

 夕菜が答えたのを確認して、統一郎は三つ数えた。
 ビクンと夕菜の体が震えて、すっと眼が開いていく。

「え? もうこんな時間!?」

 夕菜は店にかかっている時計を見て驚いたように声を上げた。

「あら、そうね。ごめんなさいね。あなたみたいな女の子はここにあまり来ないモノだから、つい話し込んじゃったわね」
「っと、そうだね。ちょっと長く居させ過ぎちゃったかな? もうほとぼりは冷めただろうけど、これじゃ女性一人で帰らせるわけにはいかないな。よし、じゃあ、僕が送っていくよ」

 そう言って統一郎は立ち上がり、さぁ、と夕菜へ手をさしのべた。
 若干の逡巡。しかし、夕菜は笑顔で統一郎の手を取った。

「はい、お願いします」














 心地いい振動が夕菜の体を突き抜ける。夕菜は統一郎の運転する車の助手席へと座っていた。
 窓の外で街の風景が流れていく。規則正しく並んだ街灯が次々に光を降り注いでいった。
 きゅっと、加速の時と同じく慣性を感じさせないで車が止まった。
 みると、そこは夕菜のマンションの前だった。

「おまたせ。到着だよ」
「ありがとうございます」

 夕菜は統一郎へと笑いかけ、車から降りる。
 統一郎も運転席から降りて、夕菜の方へぐるり回ってくる。
 夕菜は統一郎に向かうと深々とお辞儀をした。

「剣さん。今日は本当にありがとうございました」
「別にたいした事はしてないよ。そんなにしなくてもいいよ」
「いえ、危ないところを助けて頂きましたし、素敵なお店も教えてもらいました。それで十分です」
「じゃあ、まあ、そこまでいうなら・・・・ああ、それと。僕の事は統一郎でいいよ。剣って言う名字は厳つくてね。プライベートではあまり使わないんだ」

 困ったような統一郎の言葉に夕菜はくすりと微笑む。

「はい、じゃあ、統一郎さんで・・・統一郎さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「まあ、半分は唯さんのおかげだね。とても喜んでいたって、唯さんに伝えておくよ」
「はい、ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい」

 そう言って、再度お辞儀をする夕菜。くるりと振り向いたところに統一郎は声をかけた。

「あ、ちょっとまって。携帯番号を交換してないよね? 交換してもらっていいかな?」
「あ、はい。もちろんです」

 そう言って、夕菜は自分の携帯をバッグからとりだし、電話番号を表示すると統一郎に見せる。

「ん、ん、よし。じゃあ、はい。これが僕の番号」

 統一郎も自分の番号を見せる。夕菜はそれを見て、その場で登録した。

「はい。どうもありがとうございます」

 携帯をバッグへと仕舞う。そして、改めて統一郎を見る。
 統一郎は穏やかな笑みを見せていた。

「峰崎さん。僕も楽しかったよ。また、会えるかな?」
「はい、私もまた会いたいです。良かったら連絡ください。それじゃ、今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」

 夕菜は三度お辞儀をして、今度こそマンションへと入っていった。







 流行の歌が響く。
 鍵を開けて、部屋に入った瞬間を狙い澄ましたかのようなタイミングで、携帯が電話の着信を知らせた。

「あ、洋介さん」

 液晶部に表示された名前を見て、夕菜の顔が綻ぶ。そのまま通話ボタンを押して、夕菜は電話にでた。

「もしもし?」
『もしもし、夕菜?』
「洋介さん」

 靴を脱いで部屋へと入っていく。照明をつけて、バッグをテーブルの上へと置く。

「どうしたんですか? 洋介さん」
『いや、仕事も終わったし、夕菜の声が聞きたくなって・・・』
「私も、洋介さんの声を聞けて嬉しいです」

 肩と耳で電話を挟み、ぷちぷちと上着のボタンを外していく。器用に上着を脱いで、ハンガーへとかけた。

『夕菜。これから行っても大丈夫?』

 洋介からかけられる言葉。その言外の意図に夕菜の体がピタリと止まった。
 想い人との邂逅。その先にある充足に胸をときめかせながらも夕菜は別の言葉を発した。

「ごめんなさい、洋介さん。今日は疲れているから早めに寝ようと思ってるの」
『そっか。分かった。じゃあ、長電話しても悪いね』
「ごめんなさい」
『いいって、僕の方の一方的な都合でしか言ってなかったんだから。じゃあ、お休み。またね』
「はい、おやすみなさい」

 プッ、プーッ、プーッ、プーッ
 耳障りな電子音が響いてくる。夕菜は通話を切り、携帯電話を充電器へと差し込んだ。
 ぐっと背伸びをして、筋肉を引き伸ばし、夕菜はふうと息を吐く。
 それだけで頭がボウッとする。夕菜は自分が疲れているのを実感した。

(まあ・・・・えっちしちゃいそうだし)

「流石に今日は疲れたし」

 ふう、と息を吐いて、言葉を零す。そうして、夕菜は脱衣場へと入っていく。
 プチプチとブラウスのボタンを外す。靴下、スカートと服を脱ぎながら今日の事を思い返して、ある事に思い至った。

「そういえば・・・・統一郎さんの事を洋介さんに言ってない・・・・」

 危ないところを助けてもらったとはいえ、違う男といたことを洋介はどう思うだろう?
 自分の場合はどうだろう?
 なんて事を考えて、結論に至る。

(まあ、エッチな事なんて何もなかったし。唯名さんもいたし・・・別にいっか)

 ブラジャーを外し、ショーツを脱ぐ。
 閉じられた夕菜の秘裂からとろりと白濁液が溢れ出し、太腿へと伝っていく。
 しかし、それに夕菜が気づく事はなかった。

 
 


 

 

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