お嬢様は魔女


 

 



第七話

Can you keep a secret?




 こほん。結論から言うと、お嬢様の代わりにつかさ様のお屋敷にご挨拶にうかがうことになった。私が。一人で。
 なぜもってそんなことになったかというお話をするとなると、これはなかなか冗長な物語、涙あり笑いありの冒険譚とあいなってしまうので……かいつまんで説明することといたしましょう。

 事の起こりはつかさ様がお寄越しになった一本の電話だった。何のことはない、さつき様(お嬢様のお母様)のご予定を押さえたのでお嬢様をお招きくださったという次第である。
 つかさ様はさつき様とは大変親しくしておられ、本家とお嬢様との橋渡し役というお役目以上にご友人としても交流のある間柄で、機会を見つけてはお嬢様とお母様がお会いできるよう便宜を図ってくださるあたり、私たちとしても常々ありがたみを感じているところである。

 久々にお母様とのご対面がかなうとあってみつき様は大喜びされ、せっせとありさ様への『手紙』を書き連ねるご様子も微笑ましく、私たちもそのはしゃぎようを暖かくお見守り申し上げていたのだ。

 ……ところが、ちょっとした手違いがあり、会談のご予定が桜花学院の修学旅行と重なってしまった。どうしてこんな夏のど真ん中に修学旅行に行くのかというのは多少疑問ではあったが、学院の恒例と定まっているものは仕方ない。お嬢様もすこぶるお悩みになったのだが、結局学校行事を優先されることとなった。
 お母様とお会いになることも滅多にない楽しみではあるが、ご学友の皆と一緒に旅行するなどというのは一生に一度のことだから、というのは、おおいに納得できるところである。
 さつき様のお屋敷にはメイド長の澄さんが代理としてうかがう手はずをとりつけて事なきをえた。

 ……と思いきや、急遽澄さんが実家へ帰らねばならない用事ができてしまい、それもご破算となった。
 また次の機会に、ということにしてもよかったのだろうが、さつき様が強くご希望されたということもあって――巡り巡ってお嬢様付きのメイドである私にお鉢が回ってきたというわけだ。

「んー、任せた。菜々なら大丈夫だって」

 澄さんはぞんざいにそう言うし、

「お母様によろしくねー」

 お嬢様もニッコリ笑顔で手を振ると、大きな鞄をかかえて旅路へと向かわれてしまった。



 そんなわけで、さんさんと降り注ぐ真夏の日差しの中、お屋敷の前でお迎えの車を待っている私がここにいる。

 あーあ、なんだか切なくなるような蒼い空。真っ白に輝く雲はちっぽけな私の悩みなど知らずげに悠々と流れていく。
 視界いっぱいに広がる瑠璃色の海もまた、大任に鬱屈とする私の心をその雄大さのうちに包み込んでくれるようだ。
 潮騒が軽やかに耳をなでている。

 ――夏だなぁ。

 ついつい、そんな当たり前のことをつぶやいてしまいたくなる。

 それにしても暑い。
 今日は袖無しの真っ白なワンピースにリボンのついた丸帽子をかぶってきたのだが(こんな思い切ったおめかしをするのも気負いの表れかもしれない)、じりじりと肌を焼く日光と熱気をたっぷりと含んだ潮風は防ぎようもない。
 田舎道のアスファルトには陽炎が立っている。

 普段からお屋敷に篭もりがちな私にはなかなか辛い状況でありますよ。

 約束の時間も割にアバウトだったので少し早めに出てきたこともあり、私は早くもへばり始めていた。
 とはいえこれもお勤めの一環。しっかりこなさなくてはならない。ファイトだ、私。



 そんなことを考えながらひたすら待ち続けていると、丘の向こうに車の影がひとつ。

 ……おぉ、来たかな?

 かなりのスピードが出ているのではないだろうか。カン高いエンジン音が聞こえてきたかと思うと、遠くにぽつねんと見えていた影がみるみるうちに大きくなって……あっという間に私の目と鼻の先までやって来ると、ブレーキをきしませるキキキ、という音とともにピタリと停止した。

 わお、なんだか高級そうなスポーツカーだ。なだらかなカーブを描くブルーグレーの車体が美しい。このなんとなく愛嬌のある顔は、なんでしたっけ。そう、ポルシェですな。

 ……ポルシェ? なんというか、送迎とかそういったイメージとはかけ離れている気がするのだけど。っていうか二人乗りですよね、この車。

 そして、運転席から姿を現したのは……誰あろう、つかさ様ご本人であった。

 え……? 私の思考はピタリと一瞬停止して、それから無軌道にぐるぐると回転を始めて混乱の渦へと巻き込まれていく。

 つかさ様が直々にお迎えに……? 私なんかを!? そんなまさか。
 分不相応もいいところだ。私の方が車で送って差し上げるならともかく……って、運転なんかできないんだけれども。
 はうう、どうしよう。

「ごきげんよう」

 だがそんな私の焦りなど知らずげに、つかさ様はいつも通りの静かな口調でそうおっしゃった。

「あ……つ、つかさ様におかれましては……ごきげんうるわしゅう」

 あわてて帽子を取ってお辞儀をし、やっとの思い出それだけを口にする。

 バクバクと打ち鳴らされる心臓の音を意識しながら顔を上げると、つかさ様と目が合ってしまった。

 相変わらずつかさ様は――お美しい。

 真っ黒で長く伸ばされたストレートヘアーは櫛を入れる必要もなさそうなほどさらりと滑らかに流れていき、触れてみたとしたらどんな心地よい手触りなのかと好奇心をかき立てられずにはいられない。
 透き通るように白い肌にすらっとした鼻筋、魅惑的とすら言ってよいであろう色気のある目元と眉、そして謎めいた闇色の瞳。一目見てその柔らかさを想像できる唇には、紅いルージュがひかれている。

 単なる美人、というだけでは言葉が足りないだろう。見る者の心をいつのまにか捕らえてしまう、妖しい魅力を醸し出している。同じ女性としては羨望の念を禁じ得ない、それどころか心のどこかをかき立てられるような不思議な感覚さえ抱かされてしまうのだ。

 決して豊満な体つきというわけではないけれど、めりはりのついた肢体は女性としての魅力十分。
 お召しになっている瀟洒なデザインのワンピースは上品なグレー。スカートからすらりと伸びる脚は女の子なら誰しも憧れるような魅惑の曲線を描いており、その先端は同色のハイヒールにするりと収まっている。

 や、やっぱりハイヒールなのね……。
 忘れもしない先日の出来事を思い出して、私は密かにドキリとしてしまった。

 それにしても、つかさ様のたたずまいは――昼日中だというのに――どこか『夜』を連想させる。この強烈な日差しすら、その身によせつけようとしないかのようだ。
 これが、魔女の魔女たるゆえんなのだろうか。

「行きましょうか」

 つかさ様の一言で私は我に返った。どうやら、つかさ様のお姿にぼーっと見とれていたらしい。

「あ、あのっ……し、失礼をいたしました。
 で、でも、その、つかさ様にお送り頂くなど、そのようなおそれ多いことは……」

 顔を赤らめてあたふたと言い訳をしたり恐縮したり。そんな私の姿に、つかさ様はクスリと笑みを浮かべておっしゃった。

「いいのよ、わたしが好きでやっていることなのだから。
 そんなに嫌なら、ちょっとあなたの身体に『お願いして』乗ってもらってもいいのだけれど?」

 見せつけるようにしてピン、と人差し指を立てるつかさ様。

 私はあわてて助手席に乗り込んだ。



★★★★★★★★★★




 ポルシェの助手席でも私はカチコチであった。

 決して乗り心地が悪いというわけではない。
 座りよい座席に手狭さを感じさせない空間、窓の外を高速で流れていく景色も爽快だった。

 つかさ様の運転も見事なもので、車の扱いには全く無知の私ですらその技術に舌を巻くほどだった。
 無駄のないアクセルワークにブレーキング。ハンドルを廻す動作など『卵を転がすよう』というのはこういうことだったのか……と思わせられるくらいに滑らかで、もうこれは優美と言ってもいいほどのものであった。

 大変快適で落ち着く空間、のはずなのだが、やはりその事実は重くのしかかってきて私を放そうとしない。

 ――つかさ様と二人きり。

 これが緊張せずにいられようか。
 つかさ様の方から無理に話かけてこられるというようなことはなく、ごく自然にしていらっしゃるからまだ救われているようなものの……。

 こんなお美しい方の隣に座って居られるというのはなかなか巡り会えないチャンスで、心ときめかせる――男性だろうと女性だろうと――のが普通なのだろうが、私は前回お会いした時のことが片時も頭から離れず、それどころではなかった。それはもう、あれこれと意識してしまう。

 一時の感情にまかせてつかさ様に無礼を働いてしまったことも無論、小さくなって反省すべき事ではあったが、それ以上に……あっさりと魔法をかけられ、身体を操られてあんなことをさせられてしまったなんて……思い出すだに恥ずかしい。
 つかさ様の足下がどうしても気になって仕方なく、ちらりちらりと視線を投げかけてしまう。

 うぅ、認めざるを得ない。そのおみ足――御御足って書くんだっけ――がこの上なく優美で魅力的であるということは。それこそ、むしゃぶりつきたくなるほどである。ちょっぴり被虐趣味をお持ちの世の男性方は『こんな綺麗な足になら踏まれてもいい』とか思うのだろうか。

 スカートの裾から覗くふくらはぎやくるぶしから目が離せない。柔らかな生地のロングスカートだからまだしも、これが丈の短いスカートだったりしたらどうなるのか。ちょっぴり太腿をちらつかせられるだけで、男性ならずとも悩殺されてしまいそうである。

 そして、ハイヒール。大変よくお似合いである。ファッションモデルも顔負けであろう。うーん、あれで踏まれたりとかしたら……って、いやいや、何を考えているのだ私は。

 そうそう、それと一つ指摘させていただけるなら、ハイヒールって、すごく運転しづらそうな気がするのですけれども……。

「……慣れよ、こんなものは」

 ぽつり、という感じで、つかさ様の口から唐突にそんなお言葉が漏れた。いつも通り抑揚を抑えた声音で、視線は前に向けたまま。

「そうですか……って、えぇ!?」

 ハッとして、つかさ様の横顔を見つめる。思わず自分の胸をぎゅっと抱いてしまった。

 やめて頂きたいものだ、他人の心の中を勝手に覗くのは……。いやはや、さすがは魔女と言うべきか。油断も隙もありはしない。
 この調子では、きっと私が隠しておきたい秘密やなにかも全て筒抜けなのだろう。

 と、というか……大事なことに気づいた。今さっきのおかしな妄想も、手に取るように分かってしまわれているわけで……。私は瞬間湯沸かし器も真っ青のスピードで頭に血が昇るのを感じた。

「あっ、ああ、あの、あの、つかさ様、これはそのぉ……」

 泣きそうになっておどおどと言いつくろおうとする私をしかし、つかさ様は責めたりはなさらなかった。その綺麗な横顔にきゅっと小さな笑みが浮かぶ。

「ふふ……みんな考えるものよ、それくらいのこと。
 魔女の魅力って、元来人心を惑わすためにあるんだから」

 ……ほ、本当であろうか。
 さらりとおっしゃったつかさ様のお顔は、とても嘘をついているようには見えなかったけれども。

「でも、そんなに怖がらなくてもいいのじゃなくて?
 いつもみつきやありさと一緒なんだし、これくらいは慣れっこでしょう」

「そそそ、それは……そうなのですけど。
 でも、やっぱりそれって、ちょっと、反則……じゃないですか。
 一応、メイドにも人権やプライバシーがあるわけですし……」

 すねたように口を尖らせて、もごもごとそんなことを口にする。それに……このあいだのことが……頭を離れなくて。
 あのとき、私の心に入ってきた恐怖のかたまりのようなもの。その感覚は忘れたくても忘れられるものではなかった。

「いじわるしないでください。私や……お嬢様が、本家の人間じゃないからって」

 ほとんどやけっぱちになって、私はそう言ってしまった。隠そうとしても無駄なのだし、いわば本音の本音である。それでもやはり、口にした瞬間、失礼だったな、怒られてしまうだろうな、と、そう思った。

 しかし……つかさ様はいつもと同じ冷静な態度のままで、ただそのお顔からはふっと笑みが消えて、どこか遠くを見るような表情が浮かんだのだった。

「そんなつもりはないのだけれどね。
 前にも言わなかったかしら。嫌いじゃないのよ、あなたのことも、みつきや、ありさのこともね。
 ただ……」

 そこで少しだけ言葉を途切れさせたつかさ様は、うなじにかかった黒髪を無造作にかきあげると、結局こうおっしゃった。

「蒼風院の風が吹く空は――いつも澄んでいなければならないのよ」

 大人びた美しさをたたえた横顔は、どこか寂しそうにも見えた。



★★★★★★★★★★




 ほどなく、高いレンガ塀で囲われたつかさ様のお屋敷が視界に入った。

 鉄の門扉をくぐると、円形のロータリーと手入れの行き届いた前庭が広がっている。
 そして目の前にはレンガづくりの二階建ての邸宅。古びた様子ながら落ち着いた趣があり、なんでも明治時代に建てられたものを改築を繰り返して使っているというのだから、たいそう歴史のある建物らしい。

 深緑の葉を茂らせた木々に囲まれ、いたるところにツタを這わせた外観は真夏の日差を浴びながらもうっそりとした印象があり、まさに魔女の館と称するにふさわしいといったところか。

 つかさ様は車を停めると、迎えに出たメイドさんにキーを渡して玄関へと歩を進める。
 その後からおっかなびっくりついて行く私は、お茶会に招かれた客と言うよりは妖しげな儀式に連れて行かれる生け贄といった気分であった。

 ギギギ……と重々しい音を立てて大きな黒塗りの扉が開くと、メイドさんが私たち二人を招き入れた。

「いらっしゃいませ」

「ど、どうも。お世話になります」

 深々と丁寧なお辞儀をされ、私も遠慮がちに一礼を返す。

 せっかくなので、メイドさんの服装をこっそりと観察してみる。

 見たところスタンダードなハウスメイド向けのエプロンドレスではあるが、私たちが普段着ているような濃紺主体の色遣いとはやや異なり、黒を基調とした可愛らしいデザインで、肩口をはじめとして比較的丸みのある輪郭と、白い襟やカフス、エプロンの裾、それにヘッドドレスにも添えられた細かなフリルが特徴的だ。胸元のアクセントには飾りつきのタイがちょこんと澄ましており、まるで良家のお嬢様のような愛らしい印象を受ける。

 うーん、こういうのも着てみたいかも。

「あの……なにか?」

 メイドさんが、不思議そうに首をかしげて私の顔を見ている。

「あ、いえっ、な、なんでもないんです。あははは」

 私は愛想笑いを浮かべつつ、ばたばたとサンダルを脱ごうとする。

「あ……お履き物はそのままで構いませんよ」

「へ……? あ……はぁ、そうでしたか……」

 そ、そうだった。私たちのお屋敷とは違い、土足で上がっても構わないという西洋風のスタイルとのお話だったのだ。

 間の抜けた声を上げて赤面する私の姿に、そのメイドさんは口元に手を当ててクスクスと上品な笑い声を漏らした。



「うわぁ……」

 応接間に通された私は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 館はほとんどが石造りだと思うけれど、この部屋の内装は全て木材で統一されている。

 年季の入ったフローリングの床は豊かな焦げ茶色で、磨き抜かれた古木特有の光沢がある。その上に敷かれているのは鮮やかな色彩の編み込み模様の絨毯。
 一目で使い込まれていると分かるテーブルはチーク材だろうか、古家具ならではの艶がある。それを挟んでしつらえられた二つのソファーは萌葱色のビロード張り。小ぶりの書架や小物棚、飾り壺などの調度品や、奥に置かれたロッキングチェアーなども、部屋の雰囲気に合わせて落ち着いた色合いのものが選ばれている。

 南側に開けた窓は白いレースのカーテンを通して木漏れ日の入る設計で、明るすぎることも暗すぎることもなく、ふんわりと優しく揺れる光がお部屋を包んでいる。
 夏場だというのにひんやりとした空気が肌をなでた。

 お嬢様のお屋敷も内装にはそれなりに凝っているし、私だってこの種の家具類は見慣れている方なのだが、これは――そう、ちょっとしたものだった。
 長い長い時間をくぐり抜けてきた品物だけが醸し出すことのできる、芳醇で重みのある空気感。ヴィクトリア時代の英国にタイムスリップしてしまったかのような錯覚さえ覚えてしまう……。

「楽にしていて頂戴」

 つかさ様はそうおっしゃっると、奥の扉を抜けて一旦部屋から姿を消された。

 私は立ちつくしたまま、なおも内装のあちこちに目をこらす。

 ひときわ目を引くのは大きな飾り棚で、ガラス戸の中には可愛らしいアンティーク・ドールがずらりと並んでいた。これだけのコレクションはなかなかお目にかかれないだろう。精巧な洋服を着せられた人形たちは今にも生命の息吹を吹き込まれて動き出しそうなほど生き生きしている。
 これって、つかさ様のご趣味なのだろうか? 意外と可愛いもの好きなのかしら。

 ガラスごしに蒼い目をした人形をじっと眺めていると――突然、人形の腕がひとりでに持ち上がり、こちらに向けてひらひらと手を振ったではないか。

「うひゃっ!?」

 思わず飛びすさった私は足をもつらせて転びそうになり……ぼふっ、という音を立てて誰かに抱きとめられた。

「えへへ、びっくりした?」

 こ、このお声は……。私が不自然な体勢から首を巡らせると、そこにはニコニコと笑顔を浮かべた美しいお顔があった。

「あ……さ、さつき様……」

「やほー、菜々ちゃん、久しぶり」

 のほほんと挨拶されるさつき様。
 そのお顔をぽかんと見つめたのもつかの間、自分の身体がさつき様の豊満なバストで受け止められていることに気付き、あわてて向き直るとワンピースの裾を整え、必要以上に勢いよくお辞儀をする。

「ご、ご無沙汰しております、さつき様。
 お変わりないようで何よりでございます」

 さつき様はいつも通りお綺麗だった。なにしろあのお嬢様のお母様である。これがたいへんな美人なのだ。

 背丈は私よりもちょっぴり高いだけなのだが、大人の女性らしく成熟した体つきは比ぶべくもない。ふくよかな胸元にきゅっと絞り込まれたようなウエスト、豊かな腰ぶり。
 滑らかなお肌は手を触れれば吸い付いてしまうのではないかと思えるほど、見るからに柔らかそうな質感をそなえている。

 色気というよりは優しさを感じさせる柔和な目元。くりっとした瞳は無垢な少女のような純粋さを感じさせる。形の良い口元にちょこんと添えられたほくろがチャームポイントだ。柔らかな顔の輪郭を包む淡い栗色の髪の毛は、短めに揃えてボブカットにしていた。
 レース飾りをあしらった純白のサマードレスも良くお似合いで、とても一児の母とは思えない若々しさである。

 天使のような眩しい笑顔を振りまくご様子はみつき様にそっくり。もうこれは何と言っても慈母という言葉がしっくりくるところなのだが、これで魔女だというのだから詐欺詐称もいいところである。
 もっともご本人はそんなことは露ほども意識してはおられまい。無自覚なまま、その美貌で世の殿方たちを大いに惑わせていることであろう。

「あの、さつき様、お部屋にはいつ……?
 全然、気がつきませんでした」

 私はちょっと気になったことを尋ねてみた。さつき様がニッコリ笑っておっしゃるには、

「うんっとね、わたしはずっとこの部屋に居たんだよ?
 ただ、菜々ちゃんが『気づかないように』してただけなの」

 つまり……なにか、魔法で姿を消していたとか、そのようなことだろうか。

「一体、何のためにですか……?」

 一応聞いてみたものの、私を驚かせたいという、ただそれだけの理由であろう。

 さつき様はお歳に似合わず少々子供っぽいところがあり、さきほどのような悪戯も今に始まった話ではない。これが時折エスカレートすると大変なことになったりもするのだが。
 うーん、もしかすると、みつき様のお考えになるようなことと程度という意味では大差ないのではないだろうか……。

「だってー、可愛い菜々ちゃんをじーっくり鑑賞したかったのよね」

 さつき様は人差し指を唇に当てて、それこそ子供のような無邪気な口ぶり。

「は、はぁ……」

「そのワンピース、とぉっても似合ってるわよー。
 下着も可愛いなぁ。胸の方もちょっとは発育したんじゃないかしら?」

「はぁ、ありがとうございます……って、えぇっ!?」

 そこに至って初めて、私は自分の格好に気づいた。いつの間にかワンピースのボタンが外れ、あられもなく胸元が開かれて、下着が丸見えの状態になっているではないか。

「うわわっ!」

 なななな、なんですかこれはっ? なんで!? いつの間に!?

 混乱する私をよそに、さつき様はクスクスとお笑いになっている。

「菜々ちゃんったら、全然気づかないんだものー。
 気になったから、ちょっと覗かせてもらっちゃった」

「気づかな……って、そ、それはさつき様の魔法のせいじゃないですかっ!」

 それに一体全体、何がどう気になるというのだっ。

 真っ赤になって文句を言いつつ、私は胸元を隠そうと腕を交差させ……

「まあまあ、減るものじゃないしー」

 ……ようとしたのだが、さつき様の指先が私の腕に触れる方が早かった。

「ハイ、菜々ちゃんはもう動けないよ」

 ツン、とわずかに指で突っつかれた途端――私の腕がピタリと動きを止めてしまう。
 腕だけではない。全身が意志に反してまったく動かなくなってしまって……腕を中途半端に持ち上げかけたままの姿勢でカチンコチンに固まってしまった。

「んななっ! さ、さつき様! お戯れはおよしください!」

 唯一自由になる口をぱくぱくさせて、私はこの痴態を脱しようと必死に訴えかける。

「あらあら……怒ってる顔も可愛いわねぇ」

 相好を崩してそんな風におっしゃるさつき様に、私は早くも巨大な不安を感じていた。

「どれどれ? わたしが菜々ちゃんの成熟具合を評価してあげまーす」

 まるでいたずらっ子のような口調でそうおっしゃると、俊敏な仔猫のような動きでするりと私の背後へと回り込む。

「はーい、バンザイしましょうねー」

「えぇっ!?」

 自分の身体なのに自分では動かせない。それなのにさつき様の手が触れられると、言われた通りの動きをしてしまう……。
 私は腕をぴんと高く持ち上げた格好のまま再び固まってしまった。自然と無防備になった胸元が意識されて、恥ずかしさに顔を赤くする私。

 が、そこまではまだ良かったのだ。なんとさつき様は、ほっそりした手を私のささやかな乳房に添えたかと思うと、くいくい、と軽く力を加えて揉むようにしてくるではないかっ。

「うあああぁ! やっ、やめてくださいっ、さつき様ぁ!」

 いきなりのピンチに私は必死で抵抗……しようとしたけれども身体は全く動かせないのだ。

 ふにふに。遠慮なく胸を揉んでくるさつき様の手を、バンザイをした間抜けな格好のまま、なすすべもなく見守るしかない。

「ふんふん、なかなか手触りもいいし弾力もまずまずですよ。
 それに……やっぱり前よりも大きくなってきてるよぉ。良かったねー」

 それは嬉し……いやいや、そうじゃなくて。

 さつき様の手は想像以上に柔らかく、羽毛のような優しいタッチでまさぐられると、これはちょっと……変な気分に……。

「あぁんっ……」

 思わず漏れ出た声に甘い吐息が混じっていなかったとは断言できない。

「あらら、菜々ちゃん感じちゃった?
 大人に一歩近づいて、ついでにいやらし〜くなっちゃったかな?
 でも大丈夫。わたし、いやらしい子も大好きだよ」

 悪戯を仕掛けようとする女学生のような、楽しそうな声音。

「ちちち、違うんですさつき様! これは、そのっ! はうぅ……」

 あわてて弁解しようとする私の耳元にさつき様がお顔を近づけて、低い声でささやく。

「今日は、可愛い声で鳴かせてあげたいなぁ」

 視界の端にちらりと覗いた赤い舌は、聖母のような清らかさにただ一点穿たれた魔女の淫らさ象徴のように思われて……私の背筋を言いようもない生暖かい衝動がぞぞっと走り抜けて行った。

 ――コホン。

 その時、遠慮がちな咳払いが聞こえた。

「……さつき様、それくらいに」

 それは……つかさ様の冷静なお声であった。

「えへへ、ごめんね。ちょっと調子に乗っちゃった」

 さっと身を離したさつき様は、てへ、と無邪気に舌を出し、

「菜々ちゃん、もう動いていいよ」

 とおっしゃって、パンと軽く手を叩かれた。

 魔法が解かれて、身体の自由を取り戻した私は……胸元を整えることも忘れてヘナヘナと座り込んでしまったのだった。



★★★★★★★★★★




 よく冷えたアイスティー(茶葉はズバリ、ディンブラであろう)に焼きたてのクッキーを供されて、ようやく私は落ち着きを取り戻した。

 二人の美女とのお茶会というのも希有なシチュエーションではあったけれど、それ以上にあんなことがあった後である。最初は萎縮するあまりお二人の顔をまともに見ることさえできなかったものだ。

 しかし、他愛ない世間話から始まって、お屋敷の近況、そして普段のお嬢様の暮らしぶりをご報告申し上げるような段になると、徐々に緊張もほぐれ、私は次第にいつもの調子を取り戻していった。

 元々、さつき様とは何事も心開いて語り合うことのできる、非常にうち解けた間柄なのだ。
 さつき様は私のことを可愛がってくださっている――それこそ、実の娘のように。(そんな風に考えるのは大変おこがましいと重々承知してはいるけれど)
 私の方は私の方で捨て子であった身を拾っていただいた大恩を片時も忘れたことはないし、愛する娘と別れて暮らさねばならない不条理にもめげることなく、いつも明るく過ごしていらっしゃるさつき様を敬愛し、またお慕い申し上げている。
 普段からお会いすることができない寂しさは、お嬢様のそれとまでは言わないまでも、非常に切々と感じているところなのである。

 やがてつかさ様も交えての歓談となり、私としても大変楽しいひと時を過ごさせていただいた。

 なんだ、これくらいのことならばそれほど思い悩む必要もなかったかもしれない。むしろ役得なのではないかしら。

 その時の私は、脳天気にそんなことを考えていたのだ。

 けれど、現実は――いや、運命は――いつも残酷で容赦なく、唐突に現れては大切なものを奪い去っていくのだということを――私はその日、思い知ることになったのだった。



 それは、しばらく黙っておられたつかさ様が、思い出したように、ごく自然に尋ねた一言から始まった。

「菜々ちゃんは……ありさのこと、どう思っているの?
 よかったら聞かせてもらえないかしら?」

 どう思っているのか……という質問は色々な意味に解釈できる気もして、私は一瞬口ごもってしまった。

 さつき様の投げかけてくる視線も、ちょっぴり不安げな印象。

 けれども――私には確信があった。

「とても……とても、いい子だと思います」

 私は正面からつかさ様の視線を受け止めると、きっぱりとそう申し上げた。ちょっと緊張してうわずった声が出てしまったかもしれないけれど。

 つかさ様はなんとおっしゃるだろうか。ドキドキ。自分のことでもないのに、私はその返答が気になって仕方なかった。

 ……けれども、つかさ様は何もおっしゃらず、さつき様の方にちらりと目配せをされた。さつき様もそれに応えて視線を合わせる。

 え……? なにか私、マズいことでも言ったかしら。あ、謝らないと。でも、一体何を……?

 ただよいはじめた不穏な空気に、私は気持ちが上滑りするのを感じていた。

 お二人はやや逡巡されておられたようだが、つかさ様が「では、わたしから……」とおっしゃると、さつき様もどこか沈んだ面持ちでコクリと首を縦に振った。

「いい、菜々ちゃん。よく聞いて頂戴。
 少し長くなるけれど、大切な話なの」

 私の方へと向き直ったつかさ様は、しっかりと目を合わせてそうおっしゃった。

 その漆黒の瞳に見つめられた私は、心臓が早鐘のように鳴っているのを自覚していた。それは年上の美女へのときめきなどではなく――ただ、言いしれぬ不安がそうさせるのだった。



★★★★★★★★★★




 急に部屋中の音が消え去って、ただよう木漏れ日も色あせ、何もかもが輝きを失ってしまったかのようだった。まるで……時間が止まってしまったみたいに。

 ざらりと肌をなでるような灰色の空気の中、つかさ様は――その物語を始めた。

「ルネッサンス期のヨーロッパ……そう、今から六百年くらい前かしら。
 神聖ローマ帝国――現代でいうドイツね――に属するある地方領主の娘に、<氷雨の魔女>という『二つ名』を持つ魔女がいたの。
 彼女はたぐいまれな魔力の持ち主で、わりあいに激しい性分だったと言われているけれど、同時にこの上なく理性的で、己の分に過ぎた野望を抱くようなことはなかった。
  内に秘めた激情はあったにしろ、自分が魔女の血筋に属することを母親から打ち明けられてから後もそのことを秘密にしてつつましく暮らしていたし、お似合いの相手との結婚、といった年頃の女性らしい話もあったようね。
 けれども――先に言ってしまうけれど――彼女は夭折した、つまり、若くして亡くなってしまったのね」

 ……なんだろう、このお話は。私の貧弱な頭脳はあまりの飛躍についていけず、早くも混乱の兆しを見せていたけれど、ただこの胸が告げる予感……これは、どうしても、聞いておかなければならないのだ、という直感に従って、ひたすらに押し黙ったまま、つかさ様の言葉を一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてていた。

「長い魔女の歴史をひもといても、『二つ名』を与えられた魔女というのはあまり居ないの。
 魔女にとって自身が持つ『本当の名前』は力と支配の象徴だし、他の魔女に呼ばれることはもちろん、知られることすら許されない。だから普段は別の名前を名乗って暮らしているのよ。
 けれど、あまりに強大な力を持ってしまった魔女の場合には……普段から使っているその名前ですら、他の魔女たちが呼ぶことを嫌うのね。
 その根底には畏敬と嫉妬と、二つの相反する感情があるけれど、結果は一つ――いつしかその魔女の名を呼ぶ者はなくなり、代わりにその者を表す別の符号が使われるようになる。
 『二つ名』は――そういった魔女にとっては必然的に与えられるものだし、また絶対に必要なものだとも言えるのよ。
 蒼風院の例を挙げても、『二つ名』を持つ魔女はたった三人しか居ない。この国全体を含めたとしても、片手で数えられるほどでしょうね。
 ……ではなぜ、『彼女』は若くして命を落としながらも、それほどの畏怖をもって語られるのか」

 つかさ様のお声はいつものように静かで、平板と言ってもいいくらいに落ち着いている。

「それは、彼女が十五になる年に起きた。
 魔女狩り……時と場所を考えれば、それはありふれたことだったかもしれない。多くの魔女が犠牲になった。力ある魔女も、そうでない者も、そしてまったく無関係の罪無き人々もね。その中でも彼女は――特別に運がなかった。
 最初に犠牲になったのは彼女の母親だった。それから妹。それを幸運と言っていいのか分からないけれど、彼女自身は罪を免れた。なにかわけがあったのだろうけれど、その理由は知られていないわ。ただ彼女にも嫌疑はかけられて、牢につながれることになった。
 そして、彼女は亡くなった。鎖に縛られたまま、十五の誕生日のその日に。
 けれども……彼女は一人では死ななかった」



 ――彼女は持てる魔力の全てを振り絞って、雨を降らせたの。季節はずれの冷たい雨を。



 その言葉は、木霊のような残響を残して私の耳朶を打った。

「その雨に打たれた者、その湿気を吸った者は――例外なく命のぬくもりを奪われて、死んだ。貴族も、貧民も、近隣の森に棲み家を持つ魔女や、たまたまその土地を訪れていただけの旅人もね。そしてもちろん――彼女自身も。
 彼女は確かに復讐を成した。死者の数は数万とも、十数万とも言われているわ。分かるかしら? たった一晩で、都市が一つ、滅びたのよ。
 歴史に名を残したどんな悪辣な魔女も、それほどの事を成したことはないし、またそれだけの力を持ってはいなかった」

 そこで一度、つかさ様は言葉を途切れさせた。

「名前を……」

 私の声は情けないほどかすれていて、絞り出した言葉もそこで詰まってしまった。

「あの、名前を、教えてもらえませんか……その、彼女の……」

 きっと教えてもらえない。そう思っていたのだけれど、つかさ様はあっさりと答えてくださった。

「アリッサ・ジルバーベルク、というのが彼女の名前よ。
 平素な名ね。貴族だったはずだけれど」

 私の中で生まれた予感は、その時すでに不吉な確信に変わりつつあった。

「神の法に則って言えば、肉体を失った魂はただちに『こちら側の世界』から切り離されて『あちら側の世界』へと旅立たなければならない。
 けれど強すぎる力を持った魂は、その境界を越えることができないことがある。彼女の場合がまさにそうだった。奔放で囚われることのない魔女の魂は永い間この世に留まり、いずことも知れぬ場所を漂っていたの。
 ――けれど前世紀の末になって、蒼風院に属するある一人の魔女が、彷徨い続けていた彼女の魂を『捕まえる』ことに成功した。これは世界中の魔女たちがずっと希求していて、そして成しえなかったことなのよ。快挙と言ってもいいわね。
 なぜなら――扱い方を間違えさえしなければ――強い魔女の魂ほど強力な触媒は存在しないから」

 そっと髪をかき上げたつかさ様の仕草が、どこか神経質そうに見えたのは、私の気のせいだったろうか。

「けれど蒼風院の思惑は、その魂をただ魔法の触媒として使うことに留まらなかった。蒼風院は彼女の魂だけでなく、その記憶と力をも欲したの。
 転生、という手段が考案された。彼女の魂を新しく生まれてくる子供に与えるという計画だった。それとも逆かしら。新しく生まれてくる子供の肉体を、彼女の魂に与える……そういうことかもしれないわね。
 そのためにあまた居る蒼風院の魔女たちの中から、母親候補がごく慎重に選ばれた。数奇な運命をたどった彼女の、とても複雑で微妙な星の巡り合わせ……それを引き継ぐ者が産まれて来なくてはならないのだから。
 ――そして選ばれた母親は、立派に役目を果たした。『彼女』の誕生日と同じ日に、健康な女児を産み落としたの」

 その日付は聞くまでもなかった。私が、自分の仮の誕生日なんかよりもよく覚えている――ある冬の日のことなのだろう。
 つかさ様から目が離せなかった。すぐ横におられるさつき様のお顔を見るのが怖かった。

「生まれてくる赤子と彼女の魂は、一つになるはずだった。けれど――理由は分からないけれど――そうはならなかった。一つの肉体に二つの魂が同居している状態……そんな不自然なことが起こるなんて、誰も予想だにしなかった。
 生まれた娘が彼女の記憶も力も携えていないということが知れると、計画は失敗とみなされた。元々母親が分家の出であったこともあって、娘は本家から遠ざけられ、母親とも引き離されて暮らすことを余儀なくされた。『彼女』の意識が時折表層に現れるということが分かっても、それは変わらなかった。
 もう分かっていると思うけれど、これは――みつきとありさのことよ」

 あぁ、言って欲しくなかった。分かっていたけれど。それでも……それでも言って欲しくはなかった。

 それに――私の胸をざわつかせる暗い予感はまだ拭われていなかった。

「みつきとありさは、言ってみれば五百年以上の時を経て同じ刻に生まれた双子なの。二人は神の手にした天秤のように微妙な関係を保ったまま、たった一つの命を生きている。
 それは魔法なんてとてもかないはしない……いわば奇跡のようなものなのよ。
 けれども奇跡はいつまでも続かない。気づいているかしら? ありさが表に出ている時間が、だんだんと短くなってきていること。
 そして、今度の冬――十五歳の誕生日には」

 つかさ様はよどむことなく一息に言い切った。

「あの子の魂は、もう一度、肉体を離れなくてはならない」

 なにかが――おともたてずに――くずれていく。

 その時自分が何をしたのか、今でもよく思い出せない。取り乱してしまって、立ち上がった拍子にテーブルに足をぶつけて、転んでしまいそうになったところを誰かに支えられた……のだと思う。

 額にそっと当てられた手はさつき様のものだった。ひやりとした感触と共に私の意識は急激に遠のいていって、気を失う寸前に耳にしたお二人の会話は、はるか遠くから聞こえてくるようだった。

「菜々ちゃんには……辛かったよね……ごめんね……」

「仕方ないことですから……いつかは……。
 今日のことは忘れてもって……。
 みつきには……わたしから直接……」

 ――そして、暗闇がやってきた。



★★★★★★★★★★




 目を覚ますと、夕暮れの応接間だった。

 萌葱色のソファーに横になる私をのぞき込んでいるお顔が二つ。さつき様とつかさ様だ。なんだか……心配そうな表情。

「あ…れ……? 私……?」

 なんだか身体がけだるくて、意識がぼんやりとしている。乗り物酔いにも似たおかしな感覚。

「ごめんなさい。ちょっと手間取ってしまって」

 つかさ様がおっしゃったが、いまひとつ……意味が理解できない。

 と、私はそこでお二人に失礼だということに気づいて、あわてて身を起こした。

「……イタっ」

 頭がずきりと痛んで、思わず額を押さえてうつむいてしまう。そんな私の肩をさつき様がそっと抱いてくださった。

「菜々ちゃん、無理しないで」

 ふっくらとした感触が肩口のあたりに感じられるが、その時の私に赤面しているような余裕はなかった。

「い、いえ……すみません……私……」

 私……私、どうしたんだろう? なにか大変なことがあったような気がするんだけれど。つかさ様のお屋敷にうかがって……それから……あれ……?

 一体何があったのか。どんなに思い返そうとしても、記憶が確かな形を取ってくれない。暗闇に吸い込まれていくような虚無感があるだけ。
 おかしい……私……思い出さなければ……いけないのに。

 私は途方に暮れて、陰の多くなってきた応接間を見回した。

「大丈夫だよ……菜々ちゃん、無理に思い出そうとしなくても……」

 耳元に響くさつき様のお声はとても優しくて、呆然としている私をなぐさめるように髪をなでてくださると、少しずつ私の心も静まっていくかのようだった。

 ……と、いいますか……ようやく頭脳がまともな思考を始めて、ようやく私は気づいた。

 こんな至近距離でさつき様に抱きつかれているだなんて、おそれ多い……というより、なんというか……色々とアブナイ予感がしないでもないような。

 さきほどの出来事と、今まさに自分の置かれている立場を認識した私は、さつき様の腕の中からさりげなく離脱しようと……って、なんだかさっきよりもきついような……擬音で表現するなら『ギュッ』などと申し上げた方がいいのではないかというくらい強く……豊かな胸が肩に押しつけられて……。

「あ、あの……さつき様……?」

「菜々ちゃん、落ち着いた?」

 さつき様が私の顔をじっとのぞき込むようにして尋ねてくる。

「は、はい、私はもう……大丈夫ですから……その……」

 その美しいまなざしにたじたじとなりながら、私は身を引こうと……。

 ニコッ。まるで無邪気な子供のような笑顔を浮かべるさつき様に、私はなぜだかドキリとしてしまう。

「よかったぁ。わたし、ちょっぴり心配しちゃった!」

 そんな風におっしゃると、甘えん坊の子猫のようにほおずりなどしてくるではないか。

「ちょ……ちょっと、さつき様……?」

 私は救いを求めてつかさ様に視線を送った。

 子供のようにはしゃぐさつき様とは対照的に、つかさ様はいつも通りの落ち着いたご様子であった。あきれたような表情でさつき様を眺めておられる。このあたり、年上のさつき様よりもよっぽど大人らしいと言えよう。

 ……それはともかく、助けて頂きたいのですが。

 そう申し上げようとした私は、なんだか頭がぼんやりとしはじめていることに気づいた。
 とてもいい香りが鼻をくすぐっている。これは……さつき様の……? 意識が……ふわふわと、漂うようにしてどこかへ流されていくみたい。
 いけない……このままではさつき様のペースにはまってしまう……。

「ねぇ菜々ちゃん……気持ちよくなりたくなぁい?」

 そうこうしているうちに、さつき様が上目づかいで尋ねてきた。長い睫毛に包まれた瞳がキラキラと輝いている。

 ほ、ほらきた。抱きつかれた時からこうなることは分かっていたのだ……。

「…は、はい……じゃなくてっ……! ワタクシとしては……遠慮申し上げたいと言いますか、お嬢様の手前……そのような仁義にもとることは……」

 ぼうっとして思わず肯定の返事をしてしまった私は、あわてて言いつくろったのだけれど、どういうわけか、さつき様のお言葉に反対するのがとてもいけないことのような気がして仕方ない。

「大丈夫〜! あとで、きれいさっぱり忘れさせてあげるから」

 そ、その理屈はなにかおかしい気がするのですが……本当はそう言いたかったのに、私は言葉にするのもおっくうになって、もごもごと口を動かしただけで、さつき様に寄りかかるようにして身体を預けてしまった。
 何をしているのだ、私は……これではさつき様の思うつぼではないか。

 顔の筋肉から力が抜けて、だらしなく弛緩した表情になっているのが自分でも分かったけれど、どうすることもできない。

「いいのですか……さつき様」

 つかさ様がそうおっしゃっているのが聞こえる。

「いいじゃな〜い。だって、このままじゃ菜々ちゃんがかわいそうだし」

 ……ん? かわいそうって……それはどういうことでしょう……? どうにも気がかりなその言葉を一生懸命考えようとしたのに、頭脳の方はさっぱり回転してくれない……。

 ……そして私が悪戦苦闘している間に話の方はすっかり進んでしまったらしかった。

「仕方ありませんね」

「やったー!」

 さつき様はさっと身を離し、少女のようなあどけない仕草でくるりと一回転しながら立ち上がると、パン、と手を叩いた。

「じゃーん」

 そのまま手を広げると、そこには忽然とピンク色の布きれが出現している。

 ……って、それはもしかして!?

 ことここに至って、ようやく私はハッと我に返った。あわてて自分の身体を確認する。
 や、やっぱり……無い……。

「ちょ、ちょっとさつき様!
 おやめください、他人の下着を勝手に脱がせるのはっ!」

 そう、さつき様はあろうことか私の下着を(おそらくはなにかの魔法で)奪い取ったのであった。

「ふんふん、なかなかセンスはいいと思うけど。
 もっと可愛いのをプレゼントしてあげようかなー?」

 ピンク色のショーツをひらひらとさせながら、楽しくて仕方がないというふうにおっしゃるさつき様。

 こういった魔法の悪用はいただけない。さっきまでのおかしな気分も、さつき様のしわざだったのであろう。
 もう少しでさつき様のいいなりになって、あーんなことやこーんなことをしてしまうところであった。
 だいたい大の大人がこのような幼稚ないたずらなぞ、ほめられたことではない。お嬢様といえど、もう少しマシなことを思いつきそうなものである。

 しかし、そんな悠長なことを考えている場合ではなかった。いまや私の薄手のワンピースの下は、いわゆるノーパンノーブラという状態なのである。

 恥ずかしさに頬が赤く染まるのを感じながら、私は無遠慮に送られてくるさつき様の好色げな視線を遮るように胸元を手で隠した。

「あら〜、胸がそんなに恥ずかしかったの?」

 そ、そういうわけでは……。いや、それは年頃の女の子としては気になりますし、サイズという観点からすれば標準を下回っていることは明白であるわけで、劣等感のようなものがないとは言い切れないわけでありますが……いつもながら自分で言っていて悲しくなる。

「いまさら気にすることないのにぃ。
 ほら、手をどけて?」

 さつき様に優しくそう言われると……私の手は固く閉じていた胸元をあっさりとさらけ出してしまった。

「へっ……? あわわわわ」

 ま、魔法は解けていたと思っていたのに!
 今さらながらに魔女の力を思い知ってあわてる私に、さつき様は余裕たっぷりで笑みを浮かべると、さらに追い打ちをかけてくる。

「ふっふっふ、そしたら次は揉んでみなさーい」

「なっ……い、い、いやですっ! やめてっ! やめてくださいっ!」

 訴えもむなしく、私の手はさつき様のご命令に従って、勝手に動き出すとワンピースの布地の上から自分の胸に触れて……容赦なく揉みはじめる。さつき様の魔法が強力なのか、私がいくら意志を込めて手の動きを止めようとしても、わずかな抵抗すらできなかった。
 し、しかもなんなのだ、このいやらしい手つきはっ! まるで自慰行為を見せつけるかのごとく、ねっとりとねぶるような動きで控えめなふくらみをまさぐっているではないか。
 普段、寂しくて自分で慰めることがないとは言わないけれどもっ! このような淫らな動作など決してしないのにぃっ……!

「あんっ!」

 お二人の前に痴態をさらしているという事実に、頭がカッと赤熱する。

 ……だが、それだけではなかった。異常に気づいて私は愕然とした。

「な、なにこれぇぇぇ!!」

 む、胸が……大きくなっている!?
 お世辞にも豊かとは言えなかった私のバストが、まるでふくらんでいく水風船のように、徐々に大きくなっていくではないか!
 これもさつき様の、ま、魔法なのっ……!?

「うわああぁ! み、見ないでくださいっ」

 混乱した私が訴えるが、その間にも手の動きは止まってくれない。手で包みきれるかどうかというサイズにまで大きくなった柔らかな塊を、もてあそぶようにして揉んでしまう。
 あぁ、ふにふにと張りのある胸の感触が心地よく伝わってきて、何とも言えない幸福感が……って、そうじゃなくて!

「んー、これくらいかぁ」

 わめき立てる私の声などどこ吹く風といったご様子のさつき様は、いたずらっ子のような笑みを浮かべて私の胸をしげしげと眺めている。
 どうやら膨張は止まってくれたみたいだけど……は、恥ずかしい……。
 私はわきあがってくる羞恥心に耐えようと、ぎゅっと目をつむってしまった。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに〜。
 だって、菜々ちゃんが思ってる、理想の大きさにしてあげたんだよぉ?」

 あうあう、そんなサービスは結構ですよぉ。
 そりゃぁバストサイズはあるに越したことは……まぁいろいろと……私だってそう思いますけど……。

 たっぷり感触を味わって満足したのであろうか(?)、私の手はようやく動きを止めてくれた。
 おずおずと自分の胸を確認すると……さつき様や澄さんには及ばないながら、立派な大きさの女性の象徴がそこにあった。
 むむぅ、いつもと違ってたっぷりとした重量感が……肩が凝るとか凝らないとかいうのは、このことであったか……。これなら……つかさ様となら張り合えるかも!?
 一瞬、なんだか得をしたような気分になった私だったが、お二人にしっかり見られていることを思い出し、あわてて腕を交差させて胸を隠す。

 ワンピースのサイズが合わないから、胸元のボタンははち切れそうになっているし、脇のスリットからもふくらみがのぞきそうになっているし……そしてなにより、こう布地に押しつけられていては、胸の先端の突起がまるわかりではないか。下着をつけていないのでは当たり前。

 もう! 一体なんだというのだ。身体を操ったり体型をいじくったり、かと思えば突然自由にしてみたり……純情なメイドを見せ物のようにしてもてあそぶのはやめていただきたいものだ。

「やだなぁ菜々ちゃん、そんな怖い顔したってダメだよぉ。
 これからしっかりいただいちゃうんだからー」

 ニッコリ。さつき様の柔和なお顔には天使のような笑顔が浮かんでいる。

 ぞぞっ。火照りを感じはじめていた身体に、冷たい汗がひとすじ。

「いや、それは、ちょっと……あの、ほら、一介のメイドなぞ召し上がったところで箸休めにもならないと言いますか……。
 そっ、それに旦那様がどう思われるか……」

 半笑いを浮かべつつ必死の抵抗を試みた私であったが、そんなことは一向に意に介さず、さつき様は再び抱きついてくると、

「いいのいいの!
 だって、今は菜々ちゃんに夢中なんだもーん」

 嬉しそうにそうおっしゃったのであった。



 そんなやりとりをごらんになっていたつかさ様であったが、どういうわけか、ほう、と一つため息をつかれた。

 端正なお顔に物思いをするような憂いを帯びた表情で……それにしてはやけに真剣な目つきでおられるのだが。

「あなたやっぱり、可愛いわ」

 ぼそり。

 抑揚をおさえた声音はそのままに、とんでもないことをおっしゃったではないか!
 つ、ついにつかさ様まで……。

「ねぇ、今日だけうちのメイドになってくれないかしら?」

 な、なにを言っておられるのかよく分からない。
 私はあくまでお嬢様付きのメイドであって、つかさ様や、あるいはさつき様にお仕えするような器量はありませんし、自分としてもそんなつもりはまるで……。

 なにかしら言い訳をを考えようと懸命に頭を回転させていた私だったが、つかさ様の視線がまっすぐに向けられているのを感じると……唐突に身体の芯が熱くなるのを意識した。

 あぁ、見られている。

 日が落ちかけて陰の増えてきた室内においてなお、つかさ様のお姿は闇色に沈んでいた。
 お召しになっているグレーのワンピースよりも、窓際のカーテンから長く伸びた影よりも、きわだって濃い闇を作り出しているのは、その艶やかな御髪の色と、そして何よりも、黒檀のように美しく輝く瞳だった。
 きっと夜闇の中でもはっきりとその黒を見分けられるような、そんな気がするほど深い色の瞳……。

 さつき様の腕にしっかりと抱かれているというのに、私は自分の身体が小刻みに震えているのに気づいた。あたかも身につけた洋服を透かして、裸になった肢体を直接に見つめられているかのようだった。

「うふふ、つかさちゃんの『瞳』は強烈だからね〜」

 そんなさつき様のお声にお答えするような余裕もない。

 体表をまさぐるような感触が、はっきりと感じられた……そう、私は視線だけでなぶられているのだ。

 あぁ、このお屋敷で働くメイドさんたちは、いつもこんな『瞳』で見つめられているというのだろうか。たとえお勤め中であろうとも、こんな視線にさらされては、とても……。

「そーゆーこと! わたしは眼力を使う魔術って、苦手だけど……。
 大丈夫、我が娘がそのうちに身につけてくれると信じてるわ〜。
 そしたら菜々ちゃんもいつでも体験できるようになるから、期待していてね」

 お嬢様もいずれは……? ドキリと心臓が音を立てる。

 例えばお昼寝をなさっているお嬢様をお茶の時間にお呼びするというような折、春のまどろみは夢うつつ、『ふにゃ〜、ありさちゃん、わたしも愛してるよ〜』などと可愛らしい寝言を漏らされるのが常なれば、お目覚めを誘おうと優しく声をおかけするまでは良いものの、わずかなりと目を離そうものなら眠り姫もさるものかな、すかさずクッションに顔をうずめて再び眠りの底に沈んで行こうとなさっているようなことがままあり、仕方なしと肩を揺さぶってお起こし申し上げようとするのだが、人を騙すは魔女の所行、実のところは寝入ったふりという魂胆で、パッと顔をあげしな、ちらりと妖艶な流し目をくれる。

 それを目にした途端、私は電撃に身体の芯を貫かれたかのような衝撃を味わい、魔性の快楽に身をうち震わせて気をやってしまう……。

 そ、そんなことが起こるというのだろうか。

 ……これは強くお断りしておきたいところであるのだが、さつき様が変なことをおっしゃるのがいけないのであって、私が普段からそのような妄想を抱いているなどという不届き千万なことはありえないし、ましてやお嬢様からそのような仕打ちを受けることを密かに期待しているなどということは断じて……断じて……はうう。

 頭に血が昇ってフラフラとなってしまった。我ながらアタマが悪い。

 そんなバカなことを考えていたから、いつの間にかつかさ様が私の目の前に立っておられるのに気づかなかったのだ。
 ハッと思った時には、額に手が添えられるひやりとした感触と、それから脳みそをぐるぐるとかき回されるような感覚があって……私は自分の心の中のなにかが、つかさ様の魔法で勝手に作り替えられてしまったことを理解した。
 い、一体何をされたの……?

「あらあら、つかさちゃんは独占欲が強いのね。
 せっかくだから、お洋服も着替えましょうか」

 何が起こったのか皆目分からずに呆然としている私の耳元で、さつき様がパチンと指を鳴らす。

 またも違和感を感じて、私は自分の格好を見やった。

 こっ、これは……このお屋敷のメイドさんが身につけていたエプロンドレスではないか。い、いつの間に。

 まさに一瞬の早わざであった。これがお嬢様ならば呪文を唱えたり、なんのかんのと時間のかかりそうなものだが……成熟した魔女のやることは素早いというかなんと言うか、こちらが気づいた時にはもう事が済んでいるのだから、まったく油断も隙もあったものではない。

 それにしても足下がやけにスースーするのだが……ああ、やっぱり。下着の類は一切身につけさせていただけなかったようだ。とほほ。

 でもこんな可愛いデザインなら、仕事着というよりはお洋服のような感覚でちょっと着てみたいかもと思っていたし、それになんだか……あれ……?

 これを着ているのが、当たり前のような気がしてきた……。

 それはそうだ。このお屋敷で働いている以上、皆と同じ格好をするのは当然で……。いや、ちょっと待った。私がお仕えしているのは……つかさ様……ですよね……? いつもこうやって……えーと……?

 なぜだか混乱している私を尻目に、(私のご主人様である)つかさ様は満足げにソファーに腰掛け、すっと足を組むと、つい、と人差し指でご自分の足下を指さされた。

「ほら……」

 ううっ。
 つかさ様は何もおっしゃらなかったが、何を要求されているのか(いつもお仕えしている)私には良く分かった。

 その足にキスしろ、というのである。

 主人への忠誠の証を示すことに不満はないけれど、そういうことは他に人のいない時にひっそりと……お客様であるさつき様も見ておられるというのに、抵抗がないわけが……でも……あぁ、なぜだろう……? むしろ……そうしたくてたまらなくなってきた。

「あんっ! ちょっと菜々ちゃん?」

 さつき様の抱擁をふりほどくと、私はふらふらとつかさ様の前へと足を運ぶ。

 そのまま跪くと、足下にかがみ込んで……あぁ、恥ずかしいことなのに……分かっているのに……その足の甲へと、そっと唇を押しつけてしまったのだ。

「それだけじゃ……ないでしょう?」

 羞恥心に苛まれる私の耳元に、つかさ様のお声が届く。いつも通りの冷静な声音のようでいて、そこには確かに嗜虐的な響きが含まれていることに私は気づいていた。

 でも……これ以上、何をさせようとおっしゃるのだろうか?

 疑問に思って不安げな視線で見上げた私は、すぐにつかさ様の意図を理解した。というのも、身体の方はつかさ様の言外の命令を聞き入れて動き出していたのだ。

 私の意志とは無関係に、ぐいと顔が下向けられると、つかさ様の足下……というよりは灰色をしたハイヒールに舌を近づけて……。

 えっ……えぇっ!? ちょっと!?

 ぺろ……ぺろ……。

 嫌悪感はあるのに、やめられなかった。私の舌が勝手に動いて、つかさ様のお召しになっているハイヒールを舐めまわしているのだ。まるで子犬の身体についた汚れを舐め取る母犬のように、愛情を込めて、丁寧な舌使いで、隅々まで。
 敏感な舌の粘膜に、ざらざらとした感触が伝わってくる。

 うぅっ、これではまるで……動物のようではありませんか。
 いかなご主人様の命令といえど、こ、このような辱めを受けるなどっ。
 そりゃあ卑しいメイドではありますけれど、私にだって人間の尊厳というものが……って、あぁ、頭では分かってるのにぃ……。

「ろ、ろうひてぇ……」

 情けない声が口元から漏れるが、つかさ様のおかしそうな笑い声が返ってきたのみであった。

「あぁっ、つかさちゃんばっかりズルい!
 わたしも! わたしのも〜っ!」

 さつき様が不穏当なことをおっしゃるのを聞きながら、私はひたすらつかさ様のお履き物を舐めさせられ続けたのだった。



 つかさ様が満足されるまでたっぷりと屈辱的なご奉仕をさせられた私だったが、ようやくにして解放されると、体中の力が抜けてぐったりと床にくずおれてしまった。

 うぅ、あまりと言えばあまりのご仕打ち。まだ口の中に残っているざらつくような感触を反芻しながら、私は恨みがましい視線をつかさ様に送りつけた。が、罪の意識などまったく感じておられそうもない、涼しいお顔である。

 いたく自尊心を傷つけられた私だったが……この後にまだ悪夢が待っていようとは知るよしもなかった。

「これくらいでへばっちゃうなんて、だらなしないメイドだこと。
 まだまだお仕事は残っていてよ?」

 うぅ、これ以上一体何をしろとおっしゃるのか。

「そうね……。
 それじゃ、あなたの大事なところを見せてもらおうかしら?」

「んなっ……!」

 驚きに言葉をなくした私に、つかさ様が催促する。

「ほら、早く。
 いつもやっていることじゃない」

 そ、そんなわけ……。

「は、はい、ただいま」

 心では拒否しているはずなのに、承諾の返事を口にすると、諾々としてつかさ様の命に従ってしまう。まるでそれがメイドとして当然のお勤めであるかのような態度である。

 と、止まってぇ!

 心の叫びもむなしく、私は身を起こして絨毯の上に座り直すと、つかさ様に向けて足を開き……エプロンドレスの裾を思い切りたくし上げてしまった。
 そしてその姿勢のまま、どんなに頑張っても動けなくなってしまう。

 あぁ、自分からこんなことをしているなんて……私は耳まで真っ赤になった。

 下着をつけていないのだから、私の大事な部分はつかさ様に丸見えのはずである。

「ふふ、綺麗じゃない……」

 つかさ様が微笑みながらおっしゃる。

「ふあぁっ!」

 その視線が私のささやかな花弁に注がれているのを感じた途端、得体の知れない快感が身体を突き抜けて、私は身を震わせた。
 ま、またつかさ様の『瞳』の魔力が……。

「あら、見られて感じちゃった?
 あなた、いやらしい子なのね……」

 そ、そんなわけはございませんっ! この感覚はつかさ様の魔法のせいで……ああんっ。

「いいわ、自分で慰めるのを許してあげる。
 ただし、触っていいのは胸だけよ」

 そ、そんなことまで……いやっ!

「あ、ありがとうございます」

 気持ちとは裏腹に、私はお礼まで述べると、自分の胸元へと手を伸ばしてしまう。

 ふっくらとエプロンドレスの布地を押し上げている双丘は、魔法でいつもより大きくされてしまったため、ずいぶんと張りがあり、無遠慮にまさぐられるとすぐに敏感な反応を見せた。
 あぁっ、さっきと同じだ……柔らかな中にもほのかな弾力が感じられ、布地越しながら触り心地も素晴らしく、まったくもって癖になりそうな感触である。

「はぁん……」

 そしてそれ以上に、胸を揉みししだくたびに生み出される気持ちよさは圧倒的で、私は切なげな声をあげて感じてしまった。
 このままでは……お二人の前だということすら忘れて高ぶってしまいそうだ。
 こんなに感じてしまうなんて、私はなんて淫らなメイドなんだろう……いやいや、これも胸にかけられた魔法のせいに違いない……でも……。

「うふふ……こんなに濡らしちゃって、本当にいやらしいのね。
 そろそろ、欲しいんじゃなくて?」

 ソファーに腰掛けて足を組んだままのつかさ様は、意地悪にもそんなことをおっしゃる。

 そう、秘奥から溢れ出した液体は早くもかなりの量になっており、太ももを伝って絨毯にまでこぼれてしまいそうな状態なのだ……それは否定したくても否定しようのない事実だった。

 興奮に支配された身体は、期待をもてあましてうちふるえている。

「ふあっ……ほ、欲しいですぅ……」

 眉根を寄せて快感に耐えながら、私は正直に胸の内を明かしてしまった。

「どこに、何が欲しいのかしら?」

 つかさ様のお声はあくまで冷ややかである。

「あぁっ、私の、いやらしいところにっ、太いモノをっ、突っ込んで欲しいんですぅっ!
 で、でもぉ……」

 ご、誤解のないようにしていただきたいのだが、こんな破廉恥な台詞を私が自ら進んで口にするワケはない。私の自制心は必死に歯止めをかけようとしたのだ。それなのに口が勝手に動いて……。

「ふふ、心配いらないわ……」

 そうつかさ様がおっしゃった瞬間……。

「んっ! やっ!」

 秘裂の奥に違和感を感じて、私は思わず声をあげてしまった。

「な、なにか……なにか入ってきますっ!」

 そう、まるでなにかを挿入されたかのような感触があったのだ。

 (相変わらず胸を揉みながら)ハッと目を上げると、つかさ様が人差し指を立てておられる。その指が、つい、と宙を撫でるように動く……。

 それだけなのに、秘所を直接刺激されるかのような感覚が生まれて、くちゅ、といやらしい音が響く。

 あぁ、つかさ様は指先で直接『触れて』おられるのだ。つまり、私のアソコを内側から思うさまかき回すこの感触は、つかさ様のしなやかな指先そのものが生み出しているということ……。

「ふあぁぁぁっ!!」

 最初は違和感でしかなかったその感覚も、すぐさま快感に変わった。
 あぁ、まるで私の敏感な場所を知り尽くしている恋人に愛撫されているみたい……。

「あぁっ、つ、つかさ様、お、おやめくださいぃ!」

 哀願しながらも、あまりの気持ちよさに身もだえしてしまう私。
 くい、くい、と淫らな動きを見せつけるつかさ様の指先から目が離せず、恥ずかしさと期待のないまぜになった感情に翻弄されてしまう。

「どうして? 気持ちよいのでしょう」

 つかさ様はそうおっしゃって目元だけで笑うと、くいっ、と空中でなにかをつまむような仕草をなさる。

「そ、それはそうです…が……んんんーーっ!!」

 ひときわ激しい快感に打たれて、私は口をつぐんでしまう。つかさ様が、私のクリトリスをきつくつねられたのだ。

「あんっ、あんっ……」

 魔女の指先に踊らされるまま、私はきつく眉根を寄せて押し寄せる快感に耐えながら、よがり続けるしかなかった。
 も、もう限界まで昇りつめてしまいそう。触れられてすらいないのに……。

「ちょっとぉ、わたしもぉ……」

 と、さつき様の不満そうなお声が耳元で聞こえた。

 さつき様は床に座り込む私に背後から抱きつくと、ご自分の手を私の手に添えて、一緒に胸をまさぐりはじめたではないか。

 あぁ、またとってもいい香り。背中にさつき様の豊満な胸が押しつけられる感触もあいまって、夢心地にも似たえもいわれぬ気持ちになってしまう……。

「そろそろ……楽にしてあげようかしら?」

 つかさ様がそうおっしゃって、指でツンと突くような動作をされる。
 と、なにかが身体の奥にまで入り込んでくる感触があり、同時に電撃のようなモノが背筋を駆け上がって、私はびくびくと身体全体を震わせてしまった。

「ひっ、ひあぁぁっ!!!」

 間違いなく昇天したと私は思った……思ったのに……。

「あー、ダメダメ! まだダメ!」

 さつき様がそんなことをおっしゃっると、どういうわけか私は達することができなくなってしまった。

「ふあぁっ! そ、そんなぁっ!」

 今にも気をやってしまいそうな快感が体内で暴れ狂う。
 嫌がっていたはずの胸を揉む動きも自然と激しくなり、つかさ様の指先が作り出す感覚も強まって、すさまじい快楽の奔流となって私の意識を押し流そうとしている。

 なのに……なのに! どうしても最後の瞬間を迎えることだけは許されないのだ。

 ああああ、こ、このままではおかしくなってしまいそう……!

「あら、いいじゃないですか……」

 つかさ様はくいくい、と秘所をかき回す指の動きをより激しくしてくる。

「くぅぅぅっーー!!」

 快感を増幅させる魔法でもかかっているのだろうか、その感覚は強烈すぎて、もはや耐え切れるようなではなかった。
 なんの前戯もなしにこの刺激を与えられたとしても、あっという間にイってしまうであろうほどの性的興奮が、間断なく襲いかかってくる。

「ダメったらダメ! わたしはまだ楽しんでないんだからぁ!」

 それでもこれ以上は、という高みにさしかかると、今度はさつき様の魔力にも逆らえず、寸止め状態にされてしまうのだ。

「あぁ! あぁっ!! ああぁっ!!」

 二人の魔女の力の板挟みになり、イケないままに限界以上の快感だけを与えられて、私は気が狂いそうになった。

「……もう、これくらいに……かわいそうですよ」

 つかさ様がちょっぴり非難を込めた口調でそうおっしゃると、さつき様はしぶしぶといった感じで同意された。

「うぅー、しょうがないなぁー」

 そのまま私の耳元に口を近づけて、甘い声でそっと囁く。

「……じゃあ菜々ちゃん、イっちゃいなさい」

 その許しの言葉を与えられた途端……。

「〜〜〜〜〜っ!!!!」

 声をあげる暇もなく、私は天にも昇る心地を味わって……秘所から盛大に潮を吹きながら達してしまった。

 ぷしゅっ、という音さえしたのを、私は意識の片隅でかろうじて理解する。

「あーあ、わたしがいただいちゃうはずだったのになぁ……」

 すねたようなさつき様のお声を耳にしながら、ぼんやりとかすんだ意識のまま私は放心していた。



 どのくらいそうしたいたのだろうか。ふと気づくと、ひそひそと小さな声でお二人が会話しているのが耳に入った。

「これで良かったのですか……?」

「なによぉ、つかさちゃんだってノリノリだったじゃないのぉ」

「それは……そうですが」

「いいのよ、せめてもの……償いってやつなんだから」

 そうおっしゃったさつき様は、思案げに私の方を見やったようだった。

「そうだなぁ……菜々ちゃんいい子だから、お土産もあげよっと」

 いくぶん楽しそうな口調のさつき様に、なにやら言いしれぬ不安を感じたのを最後に……意識が途絶えた。



★★★★★★★★★★




 結局、私がお屋敷に帰りついたのは、とっぷりと夜もふけてからであった。

 当初の予定ではこんなはずではなかったのだが……なんやかやでずいぶんと話し込んでしまった。三人寄ればかしましい、というやつである。

 私としてもお役目は果たしたし、つかさ様とも親しくさせていただいたりして存外に楽しかったし、たいへん充実した一日ではあったのだが……。

 はぁー、なんだか、ものすごーく疲れた気がする。

 重い身体を引きずって寝間着に着替え、自室で化粧台の前に立った私は、じっと自分の胸元を眺めると、なんとはなしにふにふに、と揉んでみた。

 小さい。いつも通り。異常なし。

 なぜだかホッとした。

 ……なぜだろう。胸がどうかしたのだろうか。

「あー、もう疲れたぁー。寝るー」

 なんだか考えるのもおっくうになって、声に出してそう言うと、私は自分のベッドへとダイブした。

「胡桃ちゃーん、私、明日はお休みだし、起こさなくていいからね」

「分かったけど、菜々ちゃん、あんまり寝坊しちゃダメよ。
 朝食は取っておいてあげるけど」

「ありがとうー」

 ……うーん、胡桃ちゃんは優しいなぁ。

「胡桃ちゃんは優しいなぁ」

 そんなことを言ってみる。

 すると胡桃ちゃんは小さな眉を片方だけ上げて、けげんそうな表情を作った。

「どうかしたの?」

「え? いや、別に。なんにも」

「……今日の菜々ちゃん、なんだか変ね」

 確かに……普段ならそんなこと言ったりしないかも。

 正確な指摘であった。胡桃ちゃんほどの記憶力があれば、他人の普段の言動や癖といったこともほとんど覚えているのだろう。

「いやぁ……なんだろうねぇ。
 人使いの荒いご主人様にお仕えしていると、他人の親切や心遣いが身にしみると言いますか……」

 そんなことは言いつつも、お嬢様に辛く当たられたとか、そういったことには全然心当たりがなくて、私の思考はそこで行き場を失ってしまった。

 胡桃ちゃんも不思議そうな表情のまま、肩をすくめる。

「まぁいいやー。ワタクシは寝ます。おやすみなさい」

「おやすみ、菜々ちゃん」

 もそもそとベッドにもぐり込むと、眠りはすぐさま訪れた。



 ……ところが、夜も深まってから、私は奇妙な違和感を感じて目を覚ましてしまったのだった。

 むぅ、朝までぐっすりだと思っていたのに……どうしたことだろう。

 というか、私は一体何をしているのだ……!?

 自分のしていることに気づいて、私は思わず声をあげそうになった。

 ベッドの中で寝間着を身につけたまま、指で股間をまさぐっている……って、ちょ、ちょっと……なにこれ……!?
 これって……オナニーじゃ……?

 あぁ、夢か……って、そうじゃないしっ! なんで!? どうして!?

 混乱したまま、私はとりあえずそんなおかしなことはすぐさま中止しようとした……のに、その意志に歯向かうかのように、私の手の方は淫らな動きを続けるではないか!
 焦りを感じた私は、手の動きを止めようと必死の努力をしたが、どうしてもやめることができない。

「んんっ……!」

 そうこうしているうちに、ついに秘所に触れた自分の指からビリリとした感触――まぎれもない快感――を感じてしまい、私は恥ずかしい声を漏らしてしまった。

 あわててシーツを口にくわえる私。なにしろ隣に寝ている胡桃ちゃんのベッドまで、数メートルと距離はないのだ。

 ベッドの中とはいえ衣擦れの音もするし、この調子では何をやっているのか、すぐにバレてしまう……。私は胡桃ちゃんが目を覚まさないことを切実にお祈りした。

 と、ともかく現状を把握しよう。今、私は自分でやりたくもないのに自慰行為に及んでいる。つまり単なる欲求不満とかそういったことが原因ではない。
 というより、こんな不可思議なことが起こるなんて……これは魔法に違いない。で、そんな魔法をかけたがるような人物と言えば……一人しか居ないではないか!

 (自慰を続けながらも)そこまで考えた私の脳裏に、この緊急事態を作り出した犯人――さつき様――のお声がまざまざとよみがえった。

『菜々ちゃん、深夜になったら、ベッドの中で……自分でするのよ?
 あ、でもこのことは、その時まで思い出せないから、そのつもりでね』

 さ、さつき様ぁ、いたずらにしてもなんということを!

『思いっきり気持ちよくなって、乱れちゃっていいからねー』

 そこまで思い出した瞬間、指の動きが一段と激しくなり、同時にがくがくと身を震わせるほどの快感が体中を駆けめぐった。
 涙目になってシーツに食らいつく私。

『そうそう、それと三回イクまでやめられないからね!
 じゃ、楽しんでちょうだいねー。バイバーイ』

 さつき様の脳天気なお声が頭の中で木霊する。

 さつき様ぁ!! お恨み申し上げますよぉぉっ!

「〜〜〜〜〜〜!!!」

 自分の弱点を巧みに刺激する指先にかなうはずもなく、私はあっさりと一回目の絶頂に達した。

 あぁっ、もうっ! 次にお会いした時には一言、必ず文句を申し上げなくてはっ……!

 情けない気持ちで胸をいっぱいにしたまま、そう固く誓いながらも、私は強制的にオナニーを続けさせられたのだった。

 そう、次の日の朝にはそんなこともすっかり忘れさせられているなどということは、まったくもって知るすべもなく……。

 
 


 

 

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