お嬢様は魔女


 

 

第六話

正しい妹のつくり方




 それは夏も間近に迫ったある日曜日だった。

 私は持ち回りのお仕事である居間のお掃除に取り組んでいた。

 豪雨と言ってもいいくらいに強く降り注ぐその日の雨は、鬱陶しい梅雨もようやく終わりかという兆候に思われ、さんさんと照る日差しを待ちわびながらお仕事に励む私たちメイドにとってはひとつの福音のようなものであった。

 なにせ――お天気、イコール、ちゃんとしたお洗濯ができる、ということなのだから。

 ふっふっふ、雨のやつめ。せいぜい今のうちに降りたいだけ降っておくがよい。調子に乗っていられるのもあと一週間というところ。その後は梅雨明け十日、目の覚めるような日本晴れが楽しみで仕方がないわっ。いやあ、かみなり様の悔しそうな顔が目に浮かぶようだ。

 くだらないことを考えながらハタキを使っていると、メイド長の澄さんに声をかけられた。

「おーい、菜々。
 それ終わったらお嬢様のとこに来てちょうだいな」

「はーい……えーっと、何のご用でしょう?」

 澄さんは相変わらず見目麗しくていらっしゃる。

 凛々しく引き締まったお顔立ちは戦国時代の姫君にでも例えるべきか。やや細めの目とすらりと通った鼻筋が特徴的で、ちょっぴり男性的な印象も受けるかもしれない。

 それでもって、ともかく背が高い。私だって女の子としては背の低いほうではないけれど、澄さんの目を見ながら話そうとすると、やや見上げるような格好になってしまう。
 170センチはあるのではないか。しかもモデルばりに姿勢が良いから余計に高く感じられる。

 そして背丈にきっちり見合うだけのプロポーション。女性として思わず嫉妬を感じてしまうのは私だけではあるまい。

 大変ふくよかな胸元とキュッとくびれた腰、布地ごしにも柔らかそうに見えるお尻。どう考えても日本人ばなれしている。
 お屋敷の皆と同じエプロンドレスを身につけているのに、普通ならば可愛らしさが強調されるところ、澄さんの場合はエロチックな印象すらある。私や胡桃ちゃんではこうはいかない。(私だってせめて胸があれば……)

 今日は豊かな黒髪を後ろで結わえておられる。慌ただしいお仕事がある時の髪型だった。

「お嬢様の夏服なんだけどさあ、今年はちょっとキツいかもって」

「えっ……そうだったんですか」

 お嬢様付きメイドの私としたことが、不覚である。そんな大切なことに気づいて差し上げられないとは。

 お嬢様が通われている桜花学院の場合、制服には移行期みたいな制度があって、夏服と冬服が切り替わる時期には気候に合わせてある程度自由な服装が許される。えーと、たしか六月からが夏服の季節で、その前後一ヶ月はどちらの制服を着て行っても良かったはず。

 このあたりは全国的に見ても涼しい方なので、夏服の出番は本当に夏めいてきてから……かと思いきや、その分梅雨明けが遅いので、実際はその日のお天気や気温によって使い分けることになる。(そのために毎日のお天気を丹念にチェックするのも私のお仕事のうちだ)
 ここのところ雨降り続きで少し涼しかったとはいえ、中には蒸し暑く感じられる日もあり、梅雨が明けたら本格的な暑さとなるだろう。

 ……というわけで、もちろん夏服はかなり前に出して差し上げているのだが、実際にお召しになった日はまだそれほど多くなかったかもしれない。ざっと計算して……半月くらいかな。

「うーん、お嬢様は今日これからお出かけでしたっけ?
 その時に注文しても、すぐには仕立てられませんよね。
 早くても一週間くらいですかねえ」

「アタシの車で出るから、ついでに行ってくることにしようかね。
 ただお嬢様も着られないほどじゃないとおっしゃってるし、急がなくても大丈夫かもしれんよ」

 ううむ。ここ数日も夏服で……その間は何もおっしゃっていなかったから、確かにそこまで危急の事態ではないかもしれない。
 とはいえ毎日お召しになるものなので、この時期を快適に過ごしていただくためにも、やはり最良のものをご用意すべきであろう。

「ともかく、サイズを測って差し上げないといけませんね」

「うん。というわけでヨロシクー」

 ひらひらと手を振って去っていく澄さんを見送った私は、急いで残りのお掃除を済ませるべくハタキを握りしめた。



★★★★★★★★★★




「みつき様、今度は腕を上げてください」

「はーい」

 バンザイの格好をされたお嬢様の胸にメジャーを当てて胸囲を測る。

「うひゃ、くすぐったいよ菜々ちゃん」

「あ、あら……失礼しました。
 もうすぐ済みますから、我慢してくださいね」

 胸のふくらみにちょっと指が触れてしまい、一瞬だけれども柔らかな感触を味わった私は思わずドキリとしてしまった。

 これがお嬢様の……。
 例えるならスポンジケーキのような弾力と絹の織物のような肌触りを併せ持つ至極の果実といったところか。
 って、いやいや、服を着ている私の方が赤くなってどうする。

 澄さんと私は、お嬢様を裸にひんむいて割と本格的な身体測定を行っていた。

 この際なので、身長や胴回りだけでなく肩口のサイズや腕と足の長さなんかもキッチリと測っておく。

 制服を仕立てるのにはそこまでしなくても良いのだが、特殊な形状の服やオーダーメイドのドレスなんかを注文する時には細かな数字が必要になることがある。

「……はい、これでよろしゅうございます」

「わーい」

 一通り測定が済むと、ショーツ一枚を身につけただけのお嬢様は、ぴょんと跳ねてベッドにダイブする。栗色をしたサラサラの髪がふんわりと広がった。

「うーん、このままお昼寝したら気持ちよさそうっ」

 幸せそうなお顔をされているお嬢様を横目に、私は手元のメモで今年の初めに測ったデータを確かめた。

 やはりと言うべきか……数値で比べれば一目瞭然であった。
 この半年で身長も伸びておられるし、肩幅もやや増え、胸のサイズも徐々に大きくなっていらっしゃる。(具体的な数字は残念ながらお伝えできない)

 お嬢様もすこやかにご成長なさっているということだ。

「やっぱり、ちゃんと仕立て直すべきですね」

「うむ。そうしよう」

「お嬢様がご自分からおっしゃってくださって良かったです」

 澄さんと相談しながら、私はちらりとお嬢様の方へと視線を滑らせた。

 いつも明るい笑顔を浮かべておられるみつき様だけれど、今はベッドの端に腰掛けて、ちょっとおしゃまなポーズで首をかしげ、天使のような微笑みを浮かべて私たちの方を見つめておられる。

 お顔つきはありさ様と違って柔和で、穏やかなカーブを描く眉や釣り下がり気味の目元は温厚でお優しそうな印象を与える。長いまつげに包まれた栗色の瞳が美しい。

 胸や肌を露出しているのに恥ずかしがるそぶりも見せないあたり、天真爛漫なご性格がよく表れていると言えよう。そのあどけない無防備さが私たちの母性本能を刺激し、純真無垢なお嬢様を是が非でも守って差し上げたいという恋い焦がれに近い気持ちを抱かせる。
 とはいえ、そろそろ年頃のレディらしい恥じらいを覚えて頂く必要もある気もするけれど……。

 そんなことを考えつつも、じっくりとお嬢様のご様子を観察してしまう。

 手足がしなやかに伸びた肢体はところどころに成熟の兆しが見られて、お尻のあたりのふっくらとした丸みやメリハリのつきはじめた腰のライン、そしてまだ小ぶりではあるけれど形の良い胸……。
 どれを取っても将来には抜群のプロポーションを約束された美しいお体である。お母様であるさつき様の例を挙げるまでもない。
 あと数年もすれば、私の貧弱なボディなどとは比較にもならない魅力的な女性に成長されるであろう。

 まだほんのりと青みの残る果実のような、みずみずしさを含んだ独特の色香を発散されていた。

 それに……私はちょっと戸惑いつつ考えた。

 さすが魔女と言うべきなのか……単純にお顔が美しいとか、セクシャルな主張があるとかいったこととは別に、なんと言うか、訳もなく惹きつけられるものがあるのだ。

 一度捕らえられたら目を離せなくなってしまうような、見る者の心をわしづかみにする魅惑的な何かが……。

 これが魔性の魅力なのだろうか。これまであんまり意識したことはなかったけれど……いやはや、お嬢様もいよいよ魔女めいていらしたのではないだろうか。

 なにせ女の私ですら胸がキュンとなるような、ときめきに似た感情を呼び起こされてしまうのだ。こんなお姿で迫られたら世の男性はたちまち魅了され、お嬢様にかしずいて永遠の愛と忠誠を誓ってしまうことであろう。

 魔法を使うまでもなく、人の心を惑わして思い通りに操ることができそうである。

 私はお嬢様が美男子を――美女でもいいかも――何人もはべらせて蠱惑的な笑みを浮かべているお姿を思い描いて、我知らず赤くなってしまった。
 でも……いずれは本当にそうなるのかも。なにせ魔女でいらっしゃるわけだし。その時には私も一緒にお嬢様にお仕えして……。

 ……っと、ダメダメ。私は首をぶんぶんと振ってみつき様のお体から無理やり目をそらした。

 変な想像はおしまい。なんだかおかしな気分になってしまいそうだもの。

「それじゃお嬢様、お出かけの時にお召しになるお洋服はどれにいたします?」

 気を取り直してそう言うと、澄さんがストップをかけた。

「あ、ちょっと待って。
 お嬢様、せっかくの機会なので他のお洋服もサイズをチェックさせて頂いてよろしいですか?」

「んー? いいよぉ」

 みつき様は足をぷらぷらさせて笑顔のままお答えになる。

「それでは申し訳ありませんが、そのままで少々お待ちくださいね」

 ええと……。私は思わず固まってしまった。

 澄さんは分かっているのだろうか。お嬢様のお洋服が――夏にお召しになるものだけでも――半端な数ではないことを。

 幸い、お部屋には大きめのウォーキングクローゼットが備え付けになっているから、大規模な衣替えをするような必要はないのだけれど……お使いにならない時期にきちんとカバーをかけて保管する処置だけでも、かなりの時間がかかるのだ。

 ましてや全てのお洋服をご試着頂くなどということは……不可能に近い。

「あ、あのー、澄さん……?」

 私が声を掛けた時には、澄さんはきびきびとした足取りでクローゼットの方へと歩き去っている。さ、さすがにこの人は行動が早い……。

「ちょ、ちょっと待ってくださいってば!」

 慌てて後を追った私に、お嬢様が『いってらっしゃーい』と、にこやかに手を振ってくださった。



★★★★★★★★★★




 クローゼットに入ると樟脳の香りが鼻を突く。雨音が一歩遠のき、なんだかこのまま別世界に迷い込んでしまいそうな感覚すら生まれてくる。

 それにしても、ずらりと並んだお洋服、お洋服、お洋服……。
 そのいずれもが私のお給金ひと月分を注ぎ込んでも買えないようなお値段なのだ。海外ブランドのものが多いかな、多分。モノによってはオーダーメイド……すなわちこの世に一着しかないような品であったりする。

 まさに壮観。女の子としてはちょっと憧れる光景かもしれない。

 とはいえ私がほうとため息をついたりするようなことはない……所有者ではなく、あくまで管理する立場ですので。まあ当然ですが。

「澄さーん、どこですかー。
 まさかこれを全部お嬢様に着て頂くつもりじゃないですよねー?」

 手でラッパを作って呼ばわると、澄さんは突然横手からひょい、と顔を出した。

「わっ、びっくりした」

 洋服と洋服の間から突然出現するのはやめて欲しい。心臓に悪い。

「まーさか。そんなわけないでしょ。
 サイズが小さそうなのだけ、アタシらで見繕って試着して頂けばいいじゃない」

 澄さんは出来の悪い生徒を見る教師のような顔をして言った。

「そりゃ、まあ……って、それはそれで大変な気もしますけど」

「まあまあ。二人で手分けしてさっさと終わらせよう」

 私がごねていると、ニッと人なつこい笑みを浮かべて澄さんは言う。こんな美人がそんな表情をするのはどう考えてもミスマッチなのだが、なぜか様になってしまうのがこの人の恐ろしいところだ。

「はあ……それじゃ私は向こう側から」

 上司に言われたからと言うより、澄さんの笑顔に乗せられるようにして、私はしぶしぶこの仕事に取りかかった。



 ……だが、そんなにスムーズに事が運ぶワケはなかったのだ。

「うわあ、このイブニングドレス、綺麗ですね」

「どれどれ」

「ほら、見てくださいよ。この蝶々みたいな形のリボン」

「こりゃ凝ってるなあ」

 なんだかんだ言ったクセに、と思われるかもしれないが……次から次に素敵なお洋服を眺めていくうちに私はウキウキして仕方なくなってきたのだ。

 中には『取り扱い注意』の札がついている、美術品のように美しいヴィンテージ品もある。まるで夢の中から抜け出してきたかのようだ。きっと衣服が大量生産されるようになる以前、ひとつひとつ手縫いで丁寧につくられた品なのだろう。

 お嬢様がこんな素晴らしいお洋服をお召しになっているところを想像するだけでも、半日は時間がつぶせそうだった。

 胡桃ちゃんが居れば、ふくれ面をして『真面目にやってよ!』とか言ったのだろうけれど、あいにくと澄さんはノリノリで食いついてきた。
 こういうところは、比較的いい加減な性格の私と波長が合うというか。もし同年代だったらいい友達になれたかもしれない。

「こっちのは、ひな祭りの日にお友達のパーティーに着て行かれたドレスですね」

「へえ、これはまた可愛らしい……これは?」

「わあ、懐かしいですね。
 夏に旅行に行かれた時に、旅先で仕立てたワンピースです。
 この時は私もおそろいのをつくってもらったんですよー」

 そのうちに古いお洋服まで引っ張り出してきて、あれやこれやと昔話を始めてしまった。お仕事のはずが、ほとんど鑑賞会の様相を呈してきて……どう考えてもそれが失策であった。

「これも綺麗ですねえ」

「ホントだ。
 やっぱり菜々もこんなの着てみたい?」

「あはは、私はそんなに。
 それよりお嬢様を着せ替え人形みたいにして可愛がって差し上げたいですね」

「そりゃいいね」

「ちょっと申し訳ない気もしますけど」

「ま、役得ってやつだな」

 散々に油を売った末、私たちはお洋服の山を抱えてクローゼットを出た。



★★★★★★★★★★




 私たちが戻ると……お嬢様はほとんど裸のまま、ベッドに仰向けになってすやすやとお眠りになっていた。

 澄さんと私は目を見合わせる。さすがに罪悪感が頭をもたげてきた。

「お嬢様、お嬢様……申し訳ありません。
 存外に長引いてしまいました」

「んー……どうしたの……?」

 私がゆすり起こすと、お嬢様は目をこすって眠そうなお声を出された。そのお顔を覗き込んだ私は……。

「わわっ」

 お嬢様の瞳の色に気づいて、思わず声を出して後ずさった。

「あ、ありさ様……」

 この綺麗なハシバミ色の瞳は……ありさ様のものであった。お昼寝をしている最中に入れ替わってしまわれたのだろうか。

「なによ、菜々……騒々しいわね」

 澄ました顔でそうおっしゃったありさ様はしかし、ご自分の格好に気づくと一瞬、表情を無くされた。

「…………?」

 はわわ。こ、これはマズいですよ。どのくらいマズいかと言うと、台風が接近していて降水確率が90%近いのに洗濯物を出しっぱなしにしてお出かけを試みるくらいマズい。
 つまり、このままでは悲しい結果を招くのは確定的。状況的必然。

「こ、この格好は一体何なの……!」

 押し殺したようなお嬢様のお声には紛れもない怒りの感情が込められており、その奥底に渦巻いているモノの恐ろしさを私はひしひしと感じ取った。

「あ、ありさ様……これはその、いわゆる誤解というやつでありまして……」

 噴火寸前の火山を前にしたかのような緊張感に圧倒されそうになりながらも、しどろもどろに弁解しようとする私。

 お嬢様はすっくとベッドの上に立ち上がると、腕を組んで仁王立ちになって私を見下ろされた。いやがおうにも高まる威圧感。

「なにが誤解なのか説明してもらおうかしら?」

「いやー、ありさ様がおいでになるとは思いませんでしたもので……あははは」

 澄さんも愛想笑いを浮かべながらそんなことを口に出す。

「そ、そうなんですよー。イレギュラーな事態と言いますか」

 しかし……私たちの言葉というか、声音がいかにもしらじらしかった。

「あなたたちの態度、どうも緊張感が足りないようね。
 アルテミスの水浴びを覗き見た愚かな男がどうなったか知らないの?」

 いや、わたくしは学がありませんもので……胡桃ちゃんなら知ってるだろうけど。

「もう一度訊くわ。何故こんな格好になっているのかしら?
 きちんと説明しなさい」

 『きちんと』に力を込めておっしゃったお嬢様は、ものすごく不機嫌そうなお顔を崩さない。

「それがそのですね……」

 冷や汗たらたらで釈明を始める澄さん。

 よしよし……澄さんならきっと言葉巧みに言い逃れてくれるに違いない。私と違って頭も回るし、かけひきも心得ているから失言の類もなかろう。ここは年の功というやつに期待、である。

 私は上司に自分の運命を託すことにして、こっそりお嬢様のご様子をうかがった。

 外見的にはみつき様とほとんど変わらないのだが、やはり性格が出るものであろうか、受ける印象は随分と違っていた。

 眉や口元はキッときつく引き絞られ、目元も心なしかつり上がり気味で、許しなきものをよせつけないような雰囲気を漂わせている。
 傲然と胸を張ったご様子は均整の取れた肢体と合わせてある種の美観を呈しており、なんというか……幼い女神様のようであらせられる。

 みつき様を可憐な菫とすれば、ありさ様は凛とした山百合といったところか。もちろんそろいそろってお美しいのだけれど。

 露わになった胸を隠そうとするそぶりもないあたりは似通っているものの、ありさ様の場合、みつき様のような寛容さからというよりも、むしろ一種の矜恃がそうさせるのであろう。

 そして――みつき様の時にも感じられた不思議な魅力は、ありさ様においてはより強烈であった。

 やはり魔女として身につけている魔法の力のようなものなのだろうか。目がくらみそうなほどの愛らしさに私の心はぐいぐいと惹きつけられてしまい、今のありさ様のご命令ならば何でも従ってしまいそうな気がしてならなかった。

「ふん……やっぱり納得いかないわね」

 そのありさ様は澄さんの説明を聞いて幾分ほだされたご様子であったが、それでも懐疑的な姿勢を崩さなかった。

 あらら。これはちょっと旗色が悪いのでは……。

「ですから、あくまでお勤めの一環で、みつき様のご許可も……」

 なおも食い下がる澄さん。

 頑張れメイド長。私は心の中でこっそりエールを送った。作戦成功の暁にはケーキでもおごるといたしましょうぞ。

「ごちゃごちゃした言い訳はいいの。
 あたしが聞きたいのはあなたたちの『本音』なのよ」

 しかし澄さん必死の嘆願はお嬢様のお言葉で遮られた。

「分かったわ。あなたたちが『一番言いたくないこと』をひとつづつ言いなさい。
 それが何でもないことだったら勘弁してあげる」

 ギクリとして、私たちは身を硬くした。

「えーっと、それは、その……」

 澄さんもしどろもどろである。

「問答無用よ」

 お嬢様がぴしりとおっしゃった。
 なんだかヒートアップしておられるようである。私はイヤな予感がもぞもぞと頭をもたげてくるのを感じた。

「あなたたちが自分から言うつもりがないなら、あたしが言わせてあげる。
 ほら、菜々からよ」

 お嬢様はそうおっしゃると、無造作にパチンと指を鳴らされた。

 え? と思う暇もなく――私の口は勝手に言葉を紡いでいた。

「『お嬢様を着せ替え人形みたいにして可愛がって差し上げたいですね』……むぐぐっ」

 思わず両手で口を押さえるが、時既に遅し。

 ななな、何を言っているのだ私は! そりゃ後ろめたい気持ちがなかったと言えば嘘になるけど! 問題の本質はそこじゃない気がするのだがっ。

 おそるおそるお嬢様のお顔を覗き込むと……一見冷静な表情を保たれているようではあったが、私に向けられた視線は真冬の吹雪よりも冷たく、口元に浮かんだ笑みは見るからにこわばっていた。

 ががーん。完璧に誤解されている。

「ふーん……そういうことだったの……。
 澄! あなたは?」

 パチン、と小気味良い音が響く。

「『ま、役得ってやつだな』……って、いや、違うんですお嬢様!」

 わたわたと弁解する澄さんは、普段の頼もしい様子はどこへやら、いたずらを先生に見つけられて慌てる小学生のようだった。

「あ、あなたたちは……」

 ありさ様の怒りのボルテージはすでに限界を振り切っていた。

「いいわ、おしおきの魔法をかけてあげる!」

 キッパリとそう言い切ったお嬢様を前にして――澄さんと私はおびえた子羊のように身をすくませたのだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「あのー、お嬢様……色々とその……不幸な誤解があると思うんですがぁ」

「お黙りなさい!」

 おずおずと異議を差し挟んだ私だったが、お嬢様の剣幕に気圧されて口をつぐんでしまう。

 もうこうなってしまったら……どうしようもない。原因がどんなに理不尽なことであろうと、ありさ様のお怒りが自然と収まるのを待つしかないのだ。
 下手な言い訳は逆効果。それは澄さんも私も身にしみて理解していることではあったが……どこか釈然としない気持ちが態度に出ていたのであろうか、お嬢様はベッドから飛び降りると、じろりと私たちを見据えておっしゃった。

「いまひとつ……自分たちの立場を理解していないようね」

 うわー、これは良くない展開ですよ。最悪から二番目くらいに良くない展開。ただのおしおきでは澄まない気がしてならない。ああ、神様。哀れな子羊に救いはないのでしょうか。

「あたしが魔法を使えば……今この瞬間、あなたたちを失禁させることだってできるのよ?
 ここで、服を着たまま、ね」

 お嬢様のお口からとんでもない言葉が飛び出した。

「お、お嬢様……それはいくらなんでも」

 引きつった笑顔を浮かべながらそう言った私は、ありさ様のお顔を見て絶句した。

 ……本気である。

 厳しく引き締まったお顔はそれはそれは美しい造形ではありましたが、今の私にはその奥に渦巻く怒りの炎をまざまざと思い浮かべることができた。

 無言のまま、お嬢様はしなやかな手を掲げたかと思うと――パチン、と指を鳴らす。

「うひゃぁっ」

 私は思わず変な声を上げてしまった。

 突然、下半身にむずむずと……普段から慣れ親しんでいるあの感覚が湧き起こったのだ。今さっきまでなんでもなかったのに。
 しかもその感覚は段々強くなってきて……って、こ、これはちょっとやそっとで我慢できるような勢いではないような……!?

 はっ、そうだ。お手洗いに行かなくては。動揺してそんなことにも気づかなかった。

 慌てて逃げだそうとした私だったが……なんと、足が床に縫いつけられたかのようにびくともしないではないか。お嬢様の魔法だ。

「そ、そんなぁ……」

 みるみるうちに切迫した事態に追い込まれる私……と澄さん。

 澄さんも眉根を寄せて焦りに焦った表情である。こういう表情も美人だと何かそそられるものが。って、そんなこと考えている場合ではないんだけどっ。

「ちょ、ちょっと、お嬢様っ! なんてことなさるんですかっ!」

 苦し紛れに訴える私の言葉には答えず、お嬢様はつんと澄ましたお顔でくるくると人差し指を回すような仕草をなさった。

 途端――切迫していた尿意が一段と強さを増した。

「ひゃああっ!」

 図らずも私と澄さんは同じポーズを取ってしまう。二人揃って背を丸めて両手で股間を押さえた……どう見ても恥ずかしい姿勢だ。

「だ、ダメっ! 漏れちゃいますっ!」

 その場から動くこともままならず、私は情けない声をあげてしまう。こ、このままでは本当に……。

 そう、お嬢様がほんの少し指を動かすだけで、私たちは歯止めが効かずに、その……放出してしまうだろう。下着も服もつけたままで。
 お嬢様のお部屋で、お、お漏らしだなんて……そう考えると私はふくれあがった羞恥心に頭がクラクラしてきた。

「お、お嬢様っ、おやめください!」

「お、お許しを〜!」

 泣きそうになりながら許しを請う私たち。

「ふふ……」

 そんな二人を見て……お嬢様はおかしそうな声でお笑いになった。

 ありさ様がお笑いになる時の声音は――いつも明るい笑い声のみつき様とは違って――とても上品で、それでいて澄み切った青空のように鮮やかで……本当にほれぼれとするようなうるわしいお声なのだ。

 口元に手を当てて肩を揺らしてクスクスと笑い続けるありさ様のご様子は、幼いながら気品にあふれる貴婦人のようで……私も澄さんも、自分たちの置かれた状況を忘れて魅了されたかのようにそのお姿に見入ってしまう。

 ほとんど何も身につけておられない未成熟なお体も、ドキッとするようななまめかしさを含んでいるような気がして、我知らず胸が高鳴る。

「そうそう、そんな顔をしてくれないと……おしおきの意味がないものね」

 いたずらっぽい視線を投げかけて、ありさ様はきゅっと唇を曲げて魅惑的な笑みをお浮かべになった。長く伸びた髪をかきあげる仕草も流麗である。

 ――と、私はいつの間にか尿意が去っていることに気づいた。慌てて股間から手をどけるが、今さらながら恥ずかしさに真っ赤になってしまう。

 私は……お嬢様の手のひらの上で弄ばれているような錯覚を味わった。

 やっぱり、この年下の魔女にはかなわない。
 だって、こんないじわるをされても、とても嫌いになんかなれないのだ。むしろ、どうしようもなく心を惹きつけられてしまう。
 まるで身を焼かれると知っていて炎に恋い焦がれてしまう哀れな羽虫のよう。

 ああ……このお方になら、どんなに虐められても――思いのままに操られて、耐えられないような恥辱を与えられても――心のどこかで喜んでしまいそう。そんな被虐的な気持ちさえ湧き起こってしまう。

 ……いやいや。マテマテ、私。

 一体何を考えているのだ。仮にもお嬢様に対してそんな……変態じみた感情を抱くなど。たとえ想像の中とはいえ、許されることではないっ。

 私は心の底から反省した。

 大体、お嬢様の誤解があったとはいえ、そもそもの原因は私たちの失態にあるのだ。
 どんな罰であっても誠意をもってお受けすることこそ、ご主人様にお仕えするメイドの本分である。

 今、私たちにできることは一つ。ありさ様のお怒りを正面から受け止め、深い謝罪の意図をもってそれにお応えすることだ。それこそがお嬢様にお仕えする正しきメイドの道というもの。

 つかの間、そんな殊勝な心がけに傾いた私であったが……お嬢様の行動はそんな思惑をはるかに超えていたのだった。

「……分かったわ。二人とも、あたしが子供だと思って甘く見ているところがあるのでしょう。
 だから、追いつめられるまで反省する気にならないのよね」

 そ、そうだろうか。私たちとしてはそんなつもりはない、と思うのだが……。

「でも、それなら話は簡単ね。
 あたしの方が年上になってみればいいのよ」

 ありさ様はそうおっしゃると、手を横に広げ、ややうつむきがちに目を閉じてなにやら不可思議な言葉を連ね始めた。何かの呪文なのだろうか。

 しかし、お嬢様のお言葉の意味がさっぱり分からない。澄さんと私は思わず目を見合わせてしまった。

 それなりのおしおきは覚悟していたが、一体何をどうなさるおつもりなのか。お嬢様の口から漏れ出る呪文の言葉はいつになく長く重々しい。これはちょっとやそっとの魔法ではないな、ということは想像がつくのだが……。

 二人して困惑していると、やがてお嬢様は呪文を唱え終えたようで、お顔を上げるとサッと手を横ざまに振る。

 すると――私たちの身体が不思議な色合いの淡い光に包まれた。

「わわわっ!」

 慌てた私は声を上げてぎゅっと目をつむってしまったが……特別むずむずするとか、変な衝動に駆られるとか、そういったおかしな感覚はない。

 しばらくすると光は収まったので、なんとか平静を取り戻した。いつもお嬢様に魔法をかけられた時のことを考えると、たいしたことはないのかもしれない。

 しかしホッとしたのもつかの間、私は澄さんの方を見て愕然とした。

 そこには黒髪の少女がきょとんとした表情で立ちつくしていた。そう――少女、である。背丈はお嬢様より少し低く、年の頃なら十二、三といったところだろうか。

 着ているものはお屋敷で働くメイドたちと同じエプロンドレスなのだが、どう見てもぶかぶかで、袖は長すぎて手先も見えていないし、襟元はズレて肩口が見えてしまっており、頭に載っかっているカチューシャもサイズが合わずにずり落ちそうになっている。

 っていうか……だ、誰ですか、これは!? 私は混乱して頭がぐるぐると回っているかのような感覚に陥った。

 よくよく見ればふさふさした黒い髪の毛と幼いなりに整った顔立ちはどこか澄さんに似た面影があり、もし妹さんが居ればこんな感じかもしれないと思わせる。

 けれど……こんな子はお屋敷には居ないし、澄さんに妹が居るなんて話も聞いたことがないですぞ!?

 私がたじたじとなっていると、その子が私の方を見て遠慮がちに言った。

「えーっと……な、菜々……だよね?」

 その声は年頃らしいやや高めのソプラノではあったが……口調や声音は澄さんにそっくりであった。

 は!? なにをおっしゃるかな、この子は。思いっきり初対面だと思うんだけど。大体、年下の女の子に呼び捨てにされる覚えなんてないしっ。

 そこまで思考が突っ走ってから、私はようやく状況を把握しはじめた。

 も、もしかして――慌てて自分の格好を確認した私は、ぽかんと口を開けたまま、たっぷり数秒間硬直した。

 身につけている見慣れたエプロンドレスはぶかぶかで乱れており、よく見れば目線の高さも目の前の少女とほとんど変わらないではないか――。

「な、な、な……!? なにこれーーーー!!!!」

 絶叫した私の声もいつもよりも数段トーンが高く、まるで年端もいかぬ少女のよう――いや、本当に少女の声であった。

 そして――。

「あら、可愛い妹が二人もできちゃった」

 クスクス笑いながらありさ様はそうおっしゃったのだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ほら、今度はこれなんかどうかしら?」

 そうお嬢様がおっしゃっると、姿見に映る二人の少女の着ているワンピースがふわりと光につつまれて――またたく間に華麗なドレスへと姿を変える。

「ふふ、なかなか似合ってるじゃない?」

「は、はあ……そうでしょうか」

 そう。簡潔に言うと……私たちはお嬢様の魔法で文字通り『お嬢様より年下』の姿にされてしまったのだ。

 目線が低いせいなのか、お嬢様のお部屋がずいぶんと広くなったような気がして、目の前の化粧台だとかお嬢様のベッドだとか、周囲の物もなんだかいつもより大きく感じられる。

 鏡に映る私の体つきはどうひいき目に見ても華奢で頼りなく、あどけない顔立ちは目元がぱっちりしていて可愛いと言えないこともないが、その表情はなんだか間の抜けたような感じで、物を知らなさそうな気がして落ち着かなかった。
 昔の私って、ホントにこんな顔だったのかしら……いや、性格は今と同じでのほほんとしていい加減だった気がするけど、この歳ならもうお屋敷でお仕事をしていたはずだし、もう少し賢そうな印象があっても……。

 だがそんなコンプレックスよりも重大なのは胸の問題であった。当然のことではあるのだが胸元はいつも以上に貧弱で、出ているとか出ていないとかいった次元ではない。(自分で言っていて悲しくなるが)
 この年頃なら多少は成長や、少なくともその兆候があってしかるべきではないだろうか……私は悲嘆に暮れた。

 対して隣に立った澄さんは文句なしに可愛らしい美少女であった。
 顔は小さく線のすっきりした輪郭に包まれており、(大人の)澄さんの特徴である切れ長の目もこの頃はあまり主張が強すぎず、少し気の強そうな眉に包まれて綺麗に収まっている。すらりと通った鼻筋は愛らしさというよりも一種の品格を漂わせていた。

 しなやかな体つきもほんのり見え隠れしている女性らしさと調和して、敏捷な獣のような美しさを醸し出している。今しがた着せられたドレスも露出した肩や腰のラインに優美さが表れてよく似合っており、さながら小貴婦人といった風情である。

 そして……私は羨望と嫉妬の入り交じった視線で澄さんの胸元を眺めた。ささやかではあるがふっくらとした丸みを帯びた胸は、乳房と言っても良いだけの量感を備えており……。ちょっとでいいから触らせて欲しい。そう思わせる色香をしっかりと含んでいた。

 まさか、このような子供の頃からこんなに差があったなんて……。年を経ればあれだけの違いが出てくるのも当然ではないか。ああ、神様はなんと不公平なのか。



 暗澹とした気持ちを抱えた私とは正反対に、お嬢様の方はこの趣向がおおいに気に入られたようだった。
 お嬢様の昔のお洋服がそろっているのを幸い、魔法を使って次から次へと私たちにお召し物を着せては取り替え、着せては取り替え……ちょっとしたファッションショーといった具合になっていた。

「たまにはおめかしするのも悪くないでしょう。二人とも可愛いわよ」

 ありさ様は満足そうにそうおっしゃって、私の肩に手をかける。
 ごく普通に立っておられるのだが、私よりも頭ひとつ高いところから覗き込むような状態で、いつもとは全く逆の立場が実感される。

 ま、まあ確かにこんな可愛いお洋服を着たことなんてなかったし、ちょっと嬉しいかも……。って、いやいや、そうじゃなくて。

 お嬢様もいつの間にかお召し物を着て、髪もいつものようにリボンで高い位置に留めておられる。
 普段ならば私がきちんと髪を揃えたりして差し上げるところなのだが、今の状態でそこまでのお世話をするとなると色々と苦労しそうだった。なにしろ髪を梳いて差し上げるにも背伸びする必要があるのだ。むむ、胡桃ちゃんの気持ちがちょっとだけ分かったかも。

 それにしてもこれは……着せ替え人形うんぬんと言われたのを根に持っておられるのだろうか。その割には随分と楽しそうなご様子なのだが。
 この情けない気分はともかく、おしおきとしては生やさしい部類である気がするし、ここはお嬢様の気が済むまでおつきあいして差し上げるのが良いかもしれない。いずれ飽きが来たりすれば魔法を解いてくださるであろう。

 そんな風に思って油断していた私だったが、お嬢様のいたずら心はそう簡単に収まらなかった。

「ねえ、あたしのこと『お姉様』って呼んでごらんなさい」

 ええっ、それは……なんだか恥ずかしいのだが。澄さんも私も尻込みしていると、お嬢様の催促が入る。

「ほら、別に難しいことじゃないでしょう? それとも……」

 お嬢様の声が低くなったのを聞いて、私たちは大いに慌てた。ここでご機嫌を損ねられたりしたら……一体どうなるのか知れたものではない。

「しょ、承知しております、お姉様」

「は、はい、お……お姉様」

 鏡に映る二人の女の子はまごまごしながらそんなことを口に出す。今は二人して胸元にバラの花をあしらったワインレッドのロングドレスを着こんでおり、初めての晴れ着に恥じらう姉妹のようにも見えた。

「ふふ、やっぱり可愛い。本当に妹にしてあげたいくらいだわ」

 そうおっしゃっると、お嬢様はそっと頭を撫でてくださった。

 ……なんだろう、この感覚。

 とっても懐かしいような、暖かいような。なんとも言えない不思議な気持ちに心が揺さぶられる。

 お嬢様への敬愛? 親密さ、親愛。あるいは単に愛情。
 言葉は色々あるけれど、どれも当てはまらない気がする。そんなものよりもっと、とても、とても強い結びつき。
 強いて言い表すならば、心が優しく引き寄せられて行って、そして……本来あるべき場所に収まってホッとするような、そんな感覚。

 妹、かあ。

 家族ってこんな感じがするものなんだろうか。

 鏡を通してお嬢様の笑顔を見つめながら、私はちょっぴりセンチメンタルな心持ちになってしまった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「あのー、お、お姉様、そろそろお仕事に差し支えるのですが」

 お嬢様にいじりまわされて気疲れも溜まってきたのか、澄さんがおそるおそるといった感じで口を挟んだ。

 声は可愛らしい少女の声音なのにいつも通りのハキハキした口調なものだから、随分とませた女の子といった印象を受けてしまう。

「なによ、つまらないわね。
 今あなたは子供になってるんだから、予定とか都合とか、大人みたいなことは考えなくてもいいのよ?」

 お嬢様は途端に不機嫌そうなお顔になっておっしゃった。

「いやー、そういうワケにも参りませんので……」

 あはは、と幼い顔に愛想笑いを浮かべる澄さん。

「しょうがないわね。
 それなら、子供の頃の気持ちを思い出させてあげる」

 お嬢様は妖しい笑みを浮かべながら澄さんに後ろから抱きつくと、顎を掴んでクイッと上向けるようにし、もう一方の手を額に当ててゆっくりと動かす。

「な、なにをなさるんです……か……」

 最初はもがくようなそぶりをしていた澄さんだったが、すぐに身体から力が抜けたようにおとなしくなってしまう。

 表情が抜け落ちたかのような顔。あどけない内にも際だっていた凛々しさが失われ、とろんとした瞳は何も映していないかのようだ。

「気分はどうかなー? 澄ちゃん」

 お嬢様は楽しそうにそうおっしゃった。

「は……はい……気持ちいいです……お姉様ぁ……」

 先ほどまでとは打って変わって舌足らずな口調になっている澄さん。

「うふふ、いい子ね。
 じゃあ澄ちゃんは……もう止めて欲しいのかしら?」

「え……そんなこと……ないです」

 お嬢様の言葉を聞いて表情が曇る。ずいぶんとストレートに気持ちが表に出ている。本当に見た目通りの年頃の少女になってしまったかのようだった。

「そう? さっきまで嫌がってたじゃない」

「そんな……いじわるしないでください、お姉様……」

 甘えるような、すねたような口ぶり。

「『許してください、お姉様』って言えたら許してあげるわ」

「許してください、お姉様ぁ……」

「あはは、澄ちゃんは素直でいい子ね」

 クスクスと笑うお嬢様にもたれかかるようにして、澄さんはうっとりとした表情を浮かべている。

 今さらながらにありさ様の魔法の威力を思い知らされて、私はちょっと動揺していた。なにせお嬢様がその気になれば、私の心もたちまち小さな子供のそれに変えられてしまうのだ。

 だが……事態はさらにおかしな方向へと向かって行った。

「ほーら、こんな風にされると……どうかしら?」

「あ……や、やめてくださいませ、お姉様……」

 もじもじと身体をひねる澄さん。

 ちょ、ちょっと待った! お嬢様は一体なにをなさっているのだ。

 見るとお嬢様の白い手が澄さんの脇からすべりこみ、小さな胸のふくらみをそっとまさぐっているではないか。

「あら……嫌なら逃げたっていいのよ。
 でも、ほら……逃げ出したくなんかないでしょう?
 あなたは本心では嫌がってなんかいないの」

「そ、そんなぁ……」

 もしかしてさっき澄さんが『気持ちいい』って言ってたのって……。私はゾゾッとおかしな感触が背筋を走り抜けるのを感じた。

「あなたは嘘つきね。
 本当は……して欲しいのでしょう?」

「そ、そんなこと……」

 澄さんはまだいやいやをするようなそぶりを見せていたが、その本心は朱色に染まった頬にハッキリと表れていた。これでは言い逃れられない。

「いいのよ、遠慮なんかしなくても。
 あなたはあたしの妹なんだから」

「あぁ……お姉様ぁ……。
 そ、そうなのぉ……ホントは……私……お姉様になら……」

「ふふ……可愛いわよ」

 そうおっしゃって、澄さんの首筋に顔をうずめてペロリと舐めるありさ様。白い肌の上にくっきりと浮かんだ舌の赤色が艶めかしい。
 澄さんはその微弱な刺激に小さく声を上げて震えた。

 な、なんと破廉恥な……。

 ハッキリ申し上げて、お嬢様の思い描く姉妹像はどこかおかしいと思うのだが。

「どんな気分なのかしら? 言ってごらんなさい」

「あぁ……気持ちいいですぅ……体の底から、熱くなるみたい……」

 まぶたを閉じてうっとりと口に出す澄さん。年端もいかぬ少女がそんなことを口に出して悶えている様はどこか倒錯的で、私は我知らず顔を赤くしてしまった。

「そう……でも、このままじゃどうにもならないわよ……」

 お嬢様の声は低く穏やかだったが、少しだけからかうような調子が含まれていた。

「そ、そんなぁ……。
 あ……熱くて……切ないの……なんとかしてください……」

 澄さんはその言葉に眉根を寄せて辛そうに身をよじり、敏感に反応する。

「それじゃあ……どうしたらいいか、菜々お姉ちゃんに聞いてみましょうね」

 くるり。お嬢様が澄さんの身体を回して私の方を向かせた。

 うわっ、ついに来てしまった。お嬢様の目に付かないように口をつぐんでこっそり傍観していたのに。っていうか、私がお姉さんだったんだ。

「菜々……お姉ちゃん?」

 澄さんが首をかしげて覗き込んでくる。上気した顔に浮かぶ表情は期待と恐れが半々づつといったあんばいで、本当に何も知らない子供のようである。

 うっ、そんな純粋な瞳でみつめないでほしい。見た目は同い年くらいの少女かもしれないけど、中身は世間ズレして汚れちゃった大人なのよー。
 私は目の前の少女を怖がらせまいと、必死で引きつり気味の笑みを浮かべる。

「菜々、あなたが澄ちゃんに自分で気持ちよくなるやり方を教えてあげなさい」

 もちろん私のことは呼び捨てだった。

「え……いや、それはその……なんといいますか。
 今はこんな姿なわけですし、そーいうことをしても気持ちよくなるとは限らないというか……」

「あら、お姉様の命令が聞けないのかしら?」

 ニッコリ。美しい微笑みを浮かべておっしゃったありさ様。

 こ、この瞬間が一番恐ろしいのだ。私は腹を決めた。

「え、えーと……じゃあ、澄さん……じゃなくて澄ちゃん?
 お手々でこの辺を触ってみましょうね……」

 ぎこちなく澄さんの手を取って胸のあたりに持っていこうとする。こうして見るとホントに小さな手だ。まるでお人形さんのようである。

 が、私の手はお嬢様に払いのけられてしまった。

「こら、澄ちゃんの身体に直接触ることは許さないわよ」

「は、はい……」

「『お姉様』、でしょう?」

 お嬢様の口調は高圧的であったけれど、内心ではおもしろがっているに違いない。

「はい……お、お姉様」

 しかし困り果ててしまった。何も知らない女の子にそういうことを教えるとなると、色々と恥ずかしいことを口にしなくてはならないわけだ。

「澄ちゃん、それじゃあ……手で自分の胸を……その……揉んでみましょうねー?」

 うう、なんだか自信がなさそうな口ぶりになってしまう。じっと傾聴している澄さんのあどけない表情を見るにつけ、一体何をやっているのかという自己嫌悪の気持ちがわき上がってくるのだ。こんなことではきちんと説明できるわけがない。

 が、そんな私の逡巡もお嬢様の前では全く意味をなさなかった。

「バカねえ。口で言っても分からないわよ。
 自分の身体で実演してあげないと」

「え……? そ、それはちょっと……できかねるのですが……」

「ふふ、嫌でもやってもらうわ」

 妖艶な笑みに、パチンと可愛らしいウインクひとつ。

 たったそれだけの仕草で――私の手に魔法がかけられてしまう。持ち主を裏切ってお嬢様の支配下に入った小さな手は、たちまち私の意志を離れて動き出す。うわわわわ……。

「お、おやめください、おじょ……お姉様ぁ!」

 必死さからほとんど悲鳴のような声を上げてしまうが、少女らしい高く細い響きに思わずどぎまぎしてしまう。

 そんな私の気持ちなどお構いなしに、両手は自分の言った通りの動きをしはじめていた。すなわち、自分の胸を服の上から愛撫している。

 ……とは言っても、いつものようなわずかな弾力すら感じられない。寂しいものである。

「ほら、菜々お姉ちゃんの真似をしてごらんなさい」

「はい……お姉様……」

 お嬢様のお言葉に、澄さんは頷くと私と同じようにゆっくりと胸を揉みしだく。

「はぁあっ……」

 澄さんの口からそんな声が漏れ出る。こちらはかなり感じてしまっている様子だ。

 それでも私の一挙一動を捕らえようと目線はこちらに向けたままだ。そ、そんな潤んだ目でじっと観察されると、こちらもかなり恥ずかしいのですが。

「それからどうするのかしら?」

 横合いからお嬢様のお声がかかると……。

「む、胸を出して……手のひらで胸をこねるようにして……えぇっ!?」

 こ、今度は私の口が動いて勝手に説明を始めるではないか。もはや私の意志などあってもなくても同じようなものだった。

「やっ、そんな……親指と人差し指で……乳首をつまんでこね回すように……。うう……」

 こ、こんなこと言いたくないのに……。

 だがお嬢様の魔法の前に抵抗すらできなかった。口にした直後、手が動き出してその通りにしてしまう。ドレスを肩口から半分はだけるように下ろすと、平板な胸を露出する。

 お嬢様も澄さんもその様子をじっと見ている。顔から火が出るほど恥ずかしいのだが、魔法をかけられた身体は自由にならず、胸元を隠すことも許されない。
 それどころか貧弱な胸を誇示するかのように突き出していやらしく手でまさぐり始めているのだ。

 それを追って澄さんも同じことを始めている。小さくも綺麗な形をした乳房をさらすと、恥ずかしそうなそぶりを見せながら小さな手で包みこむようにして弄ぶ。
 脱ぎかけのドレスが絡まっている様がかえって艶めかしく感じられた。

「ふぁ……はぁん……」

 嬌声を上げながらもこちらに向けられた視線がまるで私を誘っているように思えて、ドキリと胸が鳴る。

「あら、菜々は感度が悪いわね」

 お嬢様がおっしゃったが……当たり前である。こんなことで感じられるはずがない。

 自慢ではないが性的な快感を覚えたのは遅かったし、この頃の身体や神経の発達具合を考えても、興奮するなどというのはとても無理な話。

 と思っていたが……魔女の手にかかってはそんな常識も形無しであった。

「じゃ、こうしてあげる」

 お嬢様はいたずらっぽい口調でそうおっしゃると、胸を揉んでいる私に近づいて、おへその下あたりに軽く触れる。

「へ? ……はぅっ!」

 するとどうだろう。今まではなんとも感じなかったはずの身体の中心が突然うずき出したのだ。思わずおかしな声を上げて、へなへなと内股に座り込んでしまった。

 どう考えても不自然だ、魔法で強制的に創り出された快感なのだということは頭では分かっているのだが……自分でもどうしようもなかった。
 身体の奥の方から勝手に快感が生み出されて、背筋を貫くようにしてビリビリと全身に伝わっていくのだ。その感覚が連鎖していくかのように、あっという間に胸や股の間も熱せられたようになってしまう。

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 突然のことに声も出なかった。

「さ、次は?」

 これで問題は解決、とばかりにお嬢様の催促が飛ぶ。

「ひゃっ! ……あ、ある程度感じてきたら、こ、今度は……足を開いて、スカートをまくって……下着を下ろして……うくっ! ……片手でい、陰唇を開きながら……もう片方の手の指を縁に当てて……こするように……しま、す……はあぁ……」

 のっぴきならない状態に追い込まれながらも、私はありさ様のリクエストに従って自慰行為の説明を続けながら、うずくまるようにして股の間をまさぐってしまう。

 どう考えても成長しきっていないはずなのに、わずかな時間で私の大事な場所はしっかり濡れそぼっていた。それどころか、細い指が触れるたびに恐ろしいほど感じてしまう。
 くちくちと淫猥な音が耳朶を打ち、独特の香りが漂いはじめているのが意識の隅で感じられる。

「こら、そんな格好じゃこっちから見えないでしょ」

「そ、そんなぁ……ああっ……イヤ……」

 お嬢様のお叱りを受けた途端、ぐぐっと背を仰け反らせて仰向けになると膝を折り曲げながら足を開き、淫らな指の動きを二人に見せつけるような姿勢を取ってしまう。

「お、お姉様ぁ……お許しを……はぁっ!」

 ありさ様のお許しを請いながらも、指は勝手に動いて小さな秘裂に刺激を与えていく。皮をかぶったままの肉芽にも指先でツンツンと触れてしまう。ま、まだそんなこと言ってないのに……。

「ふーん、それが菜々のやり方なのね。
 ほら、もっと激しく動きなさいな」

 ありさ様がクスリと笑ってそうおっしゃると……その通りになってしまうのだ。
 か細い指が激しく踊り出すと、今度は表面をこするだけでは満足できず、奥にまで指を侵入させて出し入れするような動きへと変わる。
 強まった快感から逃げようとするように――というよりはさらなる快感を求めて――腰をビクビクと震わせてしまう。

「あぁん……や、やめてっ! やめてくださいっ」

 自分の手に犯されているような奇妙な感覚に、私はそんな声を上げてしまう。

 あられもなくはだけたドレスの裾に、溢れ出した愛液が引っかかって染みをつくっている。お嬢様のお召し物を私のいやらしい体液が汚していると思うとたまらなかった。

 気づくと、澄さんも私と全く同じ姿勢になって自慰行為にふけっている。ドレスは脱ぎかけで靴下もはいたままである。ショーツを半分ずらし、その間から突っ込んだ手を激しく動かしている。

「ふぁ……あぁん……」

 けなげにも、横になったまま必死に私の方へと視線を向けようとしている。

 お嬢様よりも年下の少女なのに、その視線にはえもいわれぬ媚びが含まれていて、私の心はぞくりと沸き立ってしまった。

「ああぁ……ひゃあぁっ!」

 その視線で感じさせられたかのように、ひときわ高い波に襲われる私。小さな身体をめいっぱい強ばらせて快楽に耐えようとするけれど、震える肢体は激しく揺れる心と一緒に快感に流されていってしまいそうに心許ない。

「あら……菜々の方が辛そうね」

 ありさ様は一人、余裕たっぷりで私たちの痴態を眺めておられた。

「は、はひ……もう……もうダメですっ」

 喉から漏れる甲高い声は自分のものとも思われず、きつく閉じた目からは涙さえこぼれてくる。

「ふーん、それじゃあ……二人ともイッてもいいわよ」

 クスリと笑いながらそうおっしゃったお嬢様の言葉は、許可を与えるという意味合いだったけれど……実際のところ、それは『達しなさい』という意味の絶対的な命令と同じだった。

 なぜなら、その言葉を耳にした瞬間――。

「ひゃぁぁあぁあああぁぁん!!」

「――――――ッ!!!」

 ……二人揃って、あっという間に絶頂へと突き上げられてしまったのだから。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「…な…な………………なな…………菜々……?」

 誰かが……私の名前を呼んでいる気がする。

「菜々……大丈夫……? 菜々?」

 これは……ありさ様のお声だ。

 私は沈み込んでいこうとする意識を無理に引っ張り起こす。お嬢様のお呼びとあらばすぐさま駆けつけなくては、専属メイドの名折れというものだ。

 私は頭を振りながら目を開いた。

「うぅ……」

 視点が定まらず、頭の奥でチカチカと星がまたたくようなおかしな感覚がある。

 しばらくして――目の前にありさ様のお顔がアップで映った。

「あ……おじょ……お姉様」

 慌てて言いつくろう私。

「ふふ……もう魔法は解いたわよ?」

 しかし、お嬢様はおかしそうに微笑んでそうおっしゃった。

 そう言われて初めて、私は自分が『いつもの』身体に戻っているのに気づいた。へたりと座り込んだ姿勢のままではあるが、エプロンドレスをきちんと着こんでおり、淫らな行為にふけったような痕跡はあとかたもない。

 しかし……ちゃんと元に戻っているのか。思わず身体の隅々まで目をやって確認してしまう。

 特におかしな所はないようだ。おぉ、ちゃんと胸もある。ちょっとだけど。私はいたく安心してホッと息を漏らした。

 隣には澄さんが伸びているが、やはりいつも通りの澄さんである。ただ、意識をなくしてはしたない格好で絨毯に寝そべるグラマラスなメイドさんというのは……少々扇情的であった。
 私は先ほどの痴態を思い出してポッと赤くなった。

「ちょっと強く魔法をかけすぎちゃったみたいね」

 ありさ様は悪びれもなくそんなことをおっしゃる。それを聞いて私は途端に頭に血が昇った。

「あ、ありさ様ぁ〜? あんな小さい子があんなエッチなことされたら……絶対トラウマになっちゃいますよ!?」

「そんなこと言って、あなたも楽しんでいたじゃないの」

 ぷんすかと腹を立てる私にも、相変わらず涼しいお顔である。

「だ、だって、あれはお嬢様がですねぇ〜!」

「あはは、怒った顔も可愛いわよ」

 なおも言いつのる私の頭にお嬢様の手がふわりと載って――。

 ――あれ?

 また……あの感覚。『妹』になった私の頭を撫でてくださった時と同じ、不思議な感じ。

 暖かくて、どこか懐かしいような。無性に心惹かれて、それでいて穏やかで優しくて……。

 やっぱり分からない……なんだろう、これ。

 私は怒りも忘れて、珍しく優しそうな笑みを浮かべたお嬢様のお顔をまじまじと見つめてしまった。

「そんなことより、お茶の用意をして頂戴」

「あ……。は、はい、ただ今……」

 お嬢様の言葉で我に返った私は、慌てて身を起こした。

「お、おぉっ?」

 が、まるで自分の身体が扱い慣れていないモノのようにぎくしゃくとしか動かせず……いくらも歩かぬうちにバランスを失ってステンと見事に転んでしまった。

「あら、まだお姉様の助けが必要? 手のかかる妹ね……」

 そんな私の姿を見て、ありさ様は屈託なくクスクスとお笑いになったのだった。

 
 


 

 

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