望み

〜禁断の薬〜


 

 

第五話:玉川 義男




 今日も義男は豊子の家にいた。このところ毎日のように顔を出している。
 義男がいつ顔を出しても、豊子はいて、義男を迎えてくれる。
 初めは依子に連れてきてもらっていたが、そのうち義男は一人でも豊子のところに行くようになった。
 豊子は何の気兼ねもせずにつきあえる。あってそんなに月日は経っていないのに、義男には何年もつきあっている親友のように思えた。

 豊子はそのことに関して何も言わない。そして、義男に何も求めない。この間の事は無かったかのように、そして、最初から義男の存在は気にしていないかのように義男がいてもいなくてもやる事は変わらない。
 いつものように炊事洗濯、そして仕事へと行く。
 ただ、さりげなく義男の分までできている食事、義男の分までやってある洗濯など、節々に豊子の優しさが垣間見える。
 そのことを豊子に言うと、

「別に、一人も二人も三人もかわらないから」

 という、答えが返ってきた。



 依子はできるだけ毎日のように義男へと話しかけてくる。
 通学の電車の中、義男と一緒に帰る帰り道。隣には依子がいて、花のような笑顔を咲き誇らせていた。
 学校の事、部活の事、友達の事、そして依子の事。
 どんな話題でも依子はにっこりと笑い、そして聞いてくれる。テスト勉強を見てもらった事もある。その学力に驚いた事もあった。
 習い事、勉強の事をほめたら、

「だって、私にはそれしかないんですもの」

 という、答えが返ってきた。


 全く同じ顔ではあるが全く別の貌で言う二人。だが、その根底にあるものは全く同じだった。
 そっくりで、それでいて、全く違う二人。
 自分はどっちが好きなのだろうと義男は考える。
 素っ気ないが温かい豊子に少々内気であるが優しい依子。
 薬を使ってしまったとはいえ、どちらも自分を好いている。
 どちらかを選ぶ事はどちらかを裏切る事になる。
 そして、どちらもという選択肢は、どちらも裏切る事になる。二人とも、自分だけをと思っているからだ。
 義男の悩みは煩悶として繰り返されていた。


「・・・君。義男君」

 横からの声。
 義男がそちらの方を見ると、そこには依子が心配そうな貌をしていた。

「・・・依子さん」
「どうかしたの? いくら読んでも答えてくれないから・・・」

 心配そうに義男をのぞき込む上目遣い。そんな依子の眼差しに義男はにっこりと笑って答えた。

「ちょっと考え事をしてただけ」

 その笑顔にほっとする依子。そっと頭を義男へともたれかけさせた。その貌は喜びに満ちていた。
 義男はそっとその頭を抱えると、二人で帰り道を歩いていった。


 その日の夜。
 義男はベッドの上で考え事をしていた。
 自分はすでに依子を裏切っているのではないか?
 そのことが義男の頭にこびりついて、離れない。
 あの日の事が思い浮かんでいた。あの日、どうして豊子を拒めなかったのか。依子より豊子の方が好きなのではないか。
 きっかけは一目惚れだった。
 毎日、決まった時間の決まった車両。そこにたっている依子を見ているだけで嬉しかった。
 その仕草、表情。すべてに虜になった。すべてを欲した。
 そして・・・・
 義男は机に置いてある瓶に目を向ける。
 透明な液体の入った香水のような瓶。
 それのおかげで義男は依子を、豊子を手に入れた。
 初めは依子だけを手に入れるつもりだった。だが、義男は依子と間違えて豊子を操った。
 その後、依子も手に入れたが、豊子と接しているうちに豊子に惹かれている自分がいる。
 その思いは、依子に対する裏切りだ。
 義男は自分がどっちの方が好きなのか分からなくなっていた。



 その頃、豊子の部屋には明かりがついていた。
 豊子の目の前には同じ顔―――依子が座っていた。
 服と髪型の違いがあるものの外見的な見分けは実質的につかない。
 依子はまっすぐに豊子を見つめていた。

「・・・・それで?」

 豊子は依子の視線を受け止め、見つめ返す。真剣な眼で妹が真剣な話をしに来たのは分かっていた。

「お姉ちゃんにいいに来たの。義男君を取らないで」

 豊子は半眼で依子を見る。何も言わないが、何も言わないだけよけいにプレッシャーが増していた。

「私、義男君が大好き。大好きなの。お姉ちゃんも義男君のこと好きなんでしょ? 私には分かる。だって双子だもの!!」

 依子は叫ぶ。豊子はそれを受け流し、ズズッとお茶をのんでいた。

「お姉ちゃん!」
「仮に・・・・」

 豊子は湯飲みをテーブルの上に置くと、依子を見た。いや、それは見ると言うよりにらむといった方が正しいかも知れない。それほどの想いがその眼には込められていた。

「仮にあたしが、あんたと同じだとして、あんたがあたしだったら、はいそうですかと引き下がれるの? 下がれないでしょう?」
「・・・・」

 豊子の質問に答えられない依子。

「そう言う事」

 と豊子は再び湯飲みを手に取った。

「でも!!」

 依子は腰を上げるが、うなだれたように両手をテーブルにくっつけたままだった。
 その状態で依子は叫ぶ。

「それでも!! 私は義男君が大好きなの!! 誰にも、お姉ちゃんにだって渡さない!!」

 そこまで言い切って、依子は両手をテーブルから離すと、豊子を見下ろした。

「そんなのは・・・」

 ぼそっと呟く豊子。

「そんなのは、あたし達が決める事じゃない。選ぶのは義男だ。そして・・・」

 豊子は眼に力を入れて、依子を見上げた。



「あたしも義男は渡さない」

 その眼は依子が今まで見たどの瞳より力強い。
 それは今まで、自分から何かを欲した事のない姉の初めて見る姿、そして初めて聞く言葉だった。
 いつも自分は一歩引き、一人離れたところで眺めている姉。
 あのお姉ちゃんが、自分から求めるなんて・・・・
 依子は愕然とした気持ちだった。
 依子は数歩下がったものの、豊子をにらみ返す。

「お姉ちゃん・・・・いくらお姉ちゃんが求めても・・・・私も義男君は渡せない」

 依子が身を翻して、出て行こうとすると、その背中に豊子が声をかけた。

「依子。一つ教えてあげる。あたし達の気持ちは同じ。でも、義男はあんたの事を好きだった。この時点ではあんたの方が一歩リードしてる」

 ぴくと依子の動きが止まる。

「でも、あたしも義男はわたせない」

 バン!!
 勢いよく扉を開くと、依子は走り去っていった。少し時間をおいてぱたんとドアが閉まった。

「そう、この想いがどんなモノだろうとしても・・・」

 ズズとお茶を飲んで、豊子は一人呟いた。



 依子は無我夢中で走る。その頭の中には姉の最後の言葉がリフレインしていた。

『でも、あたしも義男はわたせない』

 恐怖が依子の身を焦がす。義男を失う事が、果てしなく恐ろしかった。
 姉のいった通り、決めるのは自分たちではなく、義男だ。
 いつも、自分に譲ってくれていた姉。
 いつも、自分から求める事なく、ただ受け入れるだけだった姉。
 その姉が初めて自分から求めている。
 本当に自分から義男を奪ってしまうつもりだろう。
 依子にはそれが何より恐ろしかった。
 立ち止まり、空を見上げる。
 天上に広がる闇はどこまでも深く、その中に月が輝いていた。

「でも」

 依子は呟く。
 譲れない意志を込めて。

「でも、私も渡せない」

 妹は気を引き締めてから、家へと帰っていった。
 その瞳には強烈な意志が秘められており、同じ格好をすれば姉妹を見分ける事は誰にも不可能になった。




 ある日の帰り道。
 義男は依子と並んで歩いている。
 いつものように他愛もないおしゃべりに興じていた。

「あ、そうだ」

 不意の声に依子は顔をあげた。

「依子さんの誕生日っていつ?」
「あれ? いってませんでしたっけ?」
「うん、聞いてないよ」
「えっと・・・12月25日です」

 依子は嬉しそうな、恥ずかしそうな微妙な表情で答える。

「えっ、じゃあ、依子さんは誕生日とクリスマスを一緒に祝ってもらってた人?」
「え? 誕生日とクリスマスは別じゃないんですか?」

 義男の疑問を疑問で返す依子。その答えに義男は絶句してしまった。
 意味は通じていない。意味は通じていないが、庶民と富豪の差を見に知らされた義男であった。

「12月25日か・・・もうすぐだね」
「うん・・・豊城さん達が毎年パーティーを開いてくれるの。お父様やお母様はお忙しくて一緒に祝ってもらえないんですけど、毎年ちゃんとプレゼントをくださるの。それで満足だわ」

 依子は嬉しそうに言う。

「今年は僕もお邪魔していいかな?」
「大歓迎します。むしろ、こちらから招待しようかと思ってましたから」
「それはよかった。じゃあ、プレゼント考えておくよ」
「私、そんな子供じゃないですよ〜」

 依子は笑いながら言う。そんな中、義男は豊子も同じ誕生日だという事に気がついた。

「そういえば、豊子さんも同じ誕生日なんだよね」

 義男の呟きに依子の身体はびくっと震える。
 好きな人から聞く、自分以外の女性の話。
 それが、義男の事を何とも想っていなければ別にいい。義男が何とも思っていなければそれでいい。
 しかし、姉は義男の事を好いている。しかも、義男もそう悪くは思っていない。
 それは依子にとって恐怖でしかなかった。

「ええ。でも、いつもどこかへと行ってしまうんです、お姉ちゃんは。『誕生日なんか祝っても意味がない』といってばかりで」

 その恐れ、その怖さ、その怯えを義男に悟られないようにする依子。
 義男はそんな依子の仕草には気づかず、ただふ〜んと頷くだけだった。


「ねえ、豊子さんのところへいかない?」

 依子に戦慄が走る。
 一筋の冷や汗が流れた。

「・・・・・・・」
「? どうしたの?」

 何も言えずにいる依子を義男は覗く。貌を見せないように必死に顔を背けて、絞り出すように依子は言った。

「き・・・・今日は、行きたくありません」
「そお? じゃあ、後で俺一人で行くかな?」

 その言葉はさらに依子を追いつめる。自分の見ているところで好きな男と自分以外の女性が話しているのも嫌だが、自分の見ていないところで女性と会っているなんて耐えられそうにない。
 依子はとっさに義男に抱きついた。

「お願いします。行かないで! なんだか嫌な予感がするんです! 義男君がいなくなってしまいそうな!!」

 貌を隠して必死に言う依子。その下の地面には雨が降っていないのに水滴の後が少し付いた。
 義男は依子の頭を撫でた。
 はっとして、顔を上げた依子の前にはホッとするような義男の笑顔があった。

「わかったよ。依子さんがそこまで言うなら、今日は行かない。依子さんを送っていったらまっすぐ家に帰る。これでいい?」

 依子は真っ赤になっている瞳で義男を見る。そして、何度も何度も頷くと、そっと目をつぶった。
 義男も、依子のあごを持ち上げて、軽くキスをした。

「じゃ、いこうか?」
「・・・・はい」

 依子と義男は並んで歩いていく。
 その手はしっかりと握られていた。
 そして、その姿を豊子は見ていた。



 その日の夜。
 義男は居間でのんきにテレビを見ていると、窓をコンコンと叩かれた。
 カーテンを開けると、そこには豊子が立っていた。

「な、なんだよ」
「別に通りがかっただけ」

 豊子は空を見上げている。その空は大きな雲に覆われていた。

「雪が降るかも知れない。寒くなる」

 ぼそっと豊子は言う。

「まあ、あがれよ。寒いだろ?」

 義男は窓を開けて、豊子を招き入れる。豊子もそこから靴を脱いであがった。
 靴を玄関に持って行き、戻ってきた豊子は義男に向かいでこたつに入る。
 そして、持ってきた袋の中から、ジュースを取りだして、プルトップを開けた。
 義男も数日の付き合いで、豊子の行動を多少は把握してきた。
 義男も無造作に袋に手を伸ばすと、中から缶コーヒーを取りだした。
 袋の中には飲み物、菓子などがきっちり二つずつ入っている。それは豊子の気遣いだった。

 二人は静かに、たたずんでいた。流れてくるTVの音。それは雑音ではあるが、二人にとって、気になる事ではない。

「義男」

 いつの間にか向かいにいた豊子が席を一つ移動していた。
 義男を見る豊子の目。それはいつかと同じ蕩けた眼だった。
 そして、義男は決心をつけた。

「豊子さん、見せたいものがあるんだ。来てくれるかな」

 そう言って、義男は立ち上がる。
 豊子も立ち上がり、義男の後を追って階段を上っていった。
 そして、義男は自分の部屋に豊子を連れて行くと、机の上に乗っている瓶を見せる。

「これは?」
「これはね、人を操れる薬なんだ。催眠術って知ってるかな? それと同じような状態へと落とす事ができるんだって」

 義男は瓶を手に取り、もてあそぶ。

「で?}
「うん・・・実は豊子さんの俺を好く気持ち。これで俺が植え付けた偽物の気持ちなんだよ」

 自嘲するように義男は言う。
 烈火の如く罵られようとも耐える覚悟だったが、豊子の口からは全く違う言葉が出てきた。

「それがどうしたの?」
「え?」
「そんな事は知ってる。だって、覚えているから。でも、どうしてこの気持ちが偽物だっていえるのさ」
「それは・・・俺が植え付けたから・・・」

 豊子の勢いに負けつつも何とか義男は言う。
 だが、そんなものは豊子には通じない。

「植え付けられようが、自然に出てこようが、あたしの持っている気持ちはあたしのもの。それに植え付けられたって気持ちというモノに偽物も本物もない!! 今、あたしは義男の事が好き。それだけで十分なのよ」

 口で言っても納得してくれそうにないと判断した義男は豊子に向かって瓶をつきだした。
 豊子もそれにすぐに反応して、同じく指を突き出す。
 義男が霧を吹くよりも一瞬早く、噴出口を指で押さえる豊子。

「あたしの心はあたしのモノ。誰にもいじらせたりはしな・・・い」

 そう言って、豊子の意識は飛んでいった。
 薬は体内に取り込めば効果があるのだ。
 それが口からでも鼻からでも、たとえ、皮膚の気孔からでも。


「豊子さん、聞こえますか?」
「は・・・い・・・」

 直接かかった量が少なかったせいか、豊子の反応は鈍かった。

「これから、私が三つ数えると、義男君を好きだという気持ちは消えて無くなります、いいですね?」
「い・・・や・・・」

 豊子はのろのろと首を振る。

「一つ、二つ、三つ」

 豊子を無視して、義男は三つ数えた。
 豊子の方に視覚的変化はない。

「豊子さん、あなたの好きな人はどなたですか?」
「よし・・・おか・・・よしお・・・・」

 言って、つ・・と豊子のほおに涙がたどる。

「もっと、深くしないとだめか・・・」

 そう言って、義男が瓶を構えた時。
 ぱしっ

「なっ!?」

 義男の目の前で信じられない事態が起きた。
 豊子が義男から瓶をひったくったのだ。

「い・・・や・・・・だ」

 ばきゃ。
 甲高い、間抜けな音。
 だが、それは。
 義男を絶望に落とすのに十分な音だった。

 割れる小瓶。
 そして、ぶちまけられた薬。

「あた・・・しの・・・・ここ・・・ろ・・・・あ・・・・たし・・・の・・・・も・・・・・の・・・・・」

 薬を一身にあびて、ぱたりと倒れる豊子。
 豊子は倒れた後、ぴくりとも動かない。何度、義男が呼びかけても反応が全くなかった。

「おい・・・うそだろ・・・へんじしろよっ!」

 義男は叫ぶ。
 しかし、豊子は何の反応も見せなかった。

「おいっ、豊子っ、とよこっ!!」

 豊子を揺する。豊子は力無く、義男に併せて揺れていた。

「とよこっ、聞こえているなら返事をしてくれ!!」

 義男は腹の底から叫ぶ。しかし、豊子は何の反応も見せなかった。
 明らかに今までとは違う。すでに義男の手には負えない事になっていた。
 電話を手に取る。
 救急車を呼ぼうとして、義男はそこで固まった。
 どうやって、この状況を説明すればいいのか?
 今までの事を説明すれば、義男は間違いなく少年院入りだ。
 かといって、そう都合のいい嘘は思いつかない。
 結局、義男にはどうすればいいのか分からなかった。



「依子さん、ちょっと来て欲しいんだ」

 いつもの帰り道。義男は依子に言った。
 依子は喜々として頷き、義男の家へと着いていった。
 だが、そこで見せられた光景は全く想像していなかったものだった。
 豊子がベッドで寝ている姿。

「お姉ちゃん!?」

 依子は驚いた声をあげるがそれに反応するものは誰一人としていない。
 豊子は眠ったままだし、義男も豊子から顔を背けて俯いていた。

「依子さん・・・豊子さんの世話をして欲しいんだ・・・。俺が身体を拭く訳にはいかないし・・・」
「どういう・・・ことですか?」

 依子の声は震えていた。必死に義男を見つめている。

「どうしてお姉ちゃんがここにいるんですかっ!?」

 詰め寄る依子。その声は今にも泣きそうで、崩れそうだった。
 大好きな人の家で眠る自らの姉。
 昨日は姉のところによらない約束だったのに、それを破ったのか?
 義男は姉を選ぶのか?
 積もってくる義男への不審を、頭から振り払う。

「答えて・・・ください・・・」

 よろよろと義男に寄りかかる。

「私とお姉ちゃん・・・一体どっちが好きなんですか・・・・?」

 絞り出すように依子は言う。
 義男には何も言えなかった。

「答えてくださいっ!!」
「・・・・・・・」

 義男を見つめる依子。その瞳からは涙が流れ、頬を濡らしている。
 義男はそっと、依子の涙をぬぐった。
 そして、いたたまれない、今にも泣きそうな表情で依子に言った。

「ごめん・・・まだ答えられない。まだ俺にもわからないんだ」
「答えて・・・答えてよぉ・・・」

 義男の胸へと飛び込み泣きじゃくる依子。そんな依子を義男は沈痛な面持ちで見ている事しかできなかった。
 裏切っている。
 自分はすでにどちらの好意も裏切っていて、受け取る資格なんてないのではないだろうか?
 義男の頭にはそんな考えが渦巻いていた。

「う・・・・」

 わずかに聞こえた声。
 それは義男のものでも依子のものでもない。
 二人は思わず、漏れた声の主を見る。
 豊子は身じろぎをしていた。

「お姉ちゃん!?」
「豊子っ!!」

 二人の声に反応し、豊子はさらに身じろぎした。
 その反応に義男の顔が明るくなる。

「豊子っ、豊子っ!! こっちへこいっ!! もどってこい!!」
「う・・・・」
「豊子ーーっ!!」

 豊子に顔を押しつけて、義男は叫ぶ。
 その義男の頭に何かの感触があった。
 見ると、豊子の手が義男の頭に乗っている。
 そして、豊子が義男を見ていた。

「豊子・・・」
「何・・・・泣いてんの?」

 豊子は優しく微笑む。
 義男はそのほほえみを見て、うんうんと涙をこぼしながら頷いていた。
 そんな義男を見て、依子は愕然としていた。

「あの・・・わたし・・・・かえりますね・・・」

 ぼそぼそと依子が言う。
 だが、舞い上がっていた義男にはそれに気づけなかった。
 依子は何も言えず、そのまま帰っていった。



 そして、12月も24日を過ぎた。
 豊子は自分の部屋に戻り、依子も毎日のように義男を待っててくれる。
 義男もいつもの生活に戻り、部活でこってりと絞られていた。
 いつもの帰り道。
 いつもと同じはずの道は赤と緑と白に彩られ、赤服白髭の仮装が街中で見られる。
 空は灰色で、今にも雪が降り出しそうだった。

 そんな道を二人で歩く。終始二人は無言で、自然と二人の回りの雰囲気も重くなってくる。
 玉川家の門の前まで来ると、二人はむかいあう。

「それじゃあ、また明日」

 依子がそう言って、義男は頷く。
 そして、義男になんにも言わせないうちに依子は家へと引っ込んでいった。
 依子が無理をしているのは明らかだった。

 そして、義男は家に帰る。
 この間の事で自分の気持ちには整理がついたが、そのせいで依子には申し訳ない気分になっていた。
 部屋でギリと歯を噛みしめる。
 ぐぅぅぅという腹の音で夕食を食べていないことに気が付いた。
 炊飯器を見る。中には、からの釜があるだけで、ご飯が炊いていなかった。
 今から、作るのもできるまで待っていられないので、義男はコンビニですませる事にする。
 外へ出ると、雪が降っていた。
 細かい、本当に細かい雪。それはさらさらと風に吹かれ、風花となって空に舞う。
 そして、外には豊子がいた。

 いつかと同じく、空を見上げている。
 星は見えないというのに。

「豊子・・・・」

 義男が呟くと、豊子は視線を義男に移し、肩をすくめてくすりと笑った。

「どうしたのさ、こんな夜に」
「別に」

 豊子はいつもの調子で義男と並んで歩いた。
 コンビニで弁当を買うと、二人で義男の家に行く。義男は豊子を招き入れると、ハロゲンヒーターのスイッチを入れた。
 弁当を食べている義男を横に、豊子は部屋を物色する。机の上に置いてある包装された小さな箱を手に取って、しげしげと眺める。

「ばかやろ、なにみてんだ」

 義男は豊子の手から、その箱をひったくろうとしたが、豊子は巧みに避ける。
 右に行けば左、左に行けば右、下へ行けば上、上へ行けば下、突っ込んでくれば前へと動き、変幻自在の動きを見せる豊子に義男は翻弄されていた。

「このっ!!」

 と、一気に身体を伸ばした時。

「うわっ」
「きゃっ」

 義男は自分の足に引っかかり、豊子を巻き添えにベッドへと倒れ込んだ。
 目の前にお互いの顔が広がった。義男が顔を赤く染めているのに対し、豊子は相変わらず、そう表情が変わらない。

「と、豊子っ」
「・・・・」

 豊子は義男を見上げる。無言で、その続きを促していた。
 義男は頷いて、決意を固める。

「俺っ、お前の事が、お前の事が好きなんだっ!!」
「・・・・・依子は?」
「まだ知らない。依子さんには明日言う」
「そう・・・」

 豊子は義男に口づけをした。
 長い、長い、その口づけ。
 時間にして90秒近くあわせていた唇を放す。つうっと、唾液が糸を引いた。

 豊子の眼はすでにとろけている。
 義男は再び口づけを交わすと、その間に服の上から豊子へと愛撫をしていた。
 胸を揉み上げ、太股をさすりあげる。

「俺を受け入れて・・・受け入れると気持ちいい。気持ちよくてたまらない。受け入れて声をあげても構わない」

 そっと、豊子の耳元で囁く。
 すぐさま、びくんと豊子の身体がはねた。

「あっ!! あ あ ぁぁ!!!」

 一気に多量の薬を浴びたせいか、豊子は非常に被暗示性が高くなっていた。義男が耳元で言うと、すぐにトランス状態へと陥る。
 しかし、豊子の意志は非常に強く、ちょっとでも嫌だと思う事は操れない。
 義男は唇を放すと、服をするすると脱ぎ、豊子の服も脱がしていく。

「ああぁっ」

 服を脱がす時に手が触れ、びくびくと豊子を悶えさせる。
 豊子もやられっぱなしという事はなく、自らを奮い立たせて義男の身体に触れていった。
 そして、自らの身体をびくんと震わせた。
 今の豊子は義男と触れれば感じてしまう。たとえ、自分から触れたとしても。
 体中に手を這わせ、そして、身体を震わせる。口からは声と涎が漏れ出て、秘裂からの愛液もシーツを汚している。
 快楽を与え、そして、与えられる。義男は動いていないにも関わらず、そして、豊子も義男の身体に触れているだけにも関わらず。
 再び、顔を近づける。今度は深いキス。
 触れただけでも豊子の身体は震える。舌を絡ませると、豊子は狐でも憑いたかのようにびくびくと暴れた。
 流される快楽がさらに増える。豊子の頭はなにも考えられず、ただ与えられる奔流に流されるだけだった。
 とろけるような快楽に流され、びくびくと身体を震わせながら、義男にも快楽を与える。固まってきた義男のモノを掴み、そっと力強く刺激を与えていく。

「ああああっ、うああああぁ」

 自らに来る快感を紛らわせるために義男へと刺激を与えるのに、それすらも自分に快感を与えてくる。何がなんだか分からなくなっていく。
 つぷと義男の指が豊子の中へとはいった。

「あっあぁぁぁあはぁぁあぁ!!!」

 びくびくと一際大きく身体を震わせ、はあはあと喘ぐ。
 その瞳は快楽にとろけているが、しっかりとした意志を秘めている。。
 その身体を掴み、ぐるんと身体を入れ替える。
 義男はベッドに寝転がり、その上に豊子が乗っている。義男に触れているだけで感じてしまう状態の豊子は小刻みにブルブル震えている。
 豊子はそのまま、義男を見下ろし、何とか義男のモノを自らの中へと受け入れた。

「ーーーーーーっ!!!」

 豊子の口から声にならない悲鳴を上げる。
 1ストロークするたびに豊子は絶頂に達し、身体をふるわせる。
 義男も豊子の中の締め付けを存分に楽しみ、豊子を見る。
 豊子の中はぐにぐにと義男を締め付け、誘うように蠢く。
 義男はそう我慢していられなかった。

「と、豊子っ!! でるっ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 もう何を言っているかも分からず、ただ腰を振っている豊子。
 義男の絶頂と豊子の絶頂は同時だった。
 義男のモノが豊子の中で暴れ回り、豊子もそれに振り回されるように身体を震わせる。
 ビクンビクンと身体を震わせると、前のめりに倒れ込んできた。
 義男はそれを受け止めて、先ほどかけた暗示を解く。

「ごめん・・・中にだしちまった・・・」

 その言葉に豊子は首を振る。その貌はとても優しげだった。

「いいんだよ。今日は安全だし、中に義男を感じられる。それが凄く嬉しいんだ」

 豊子はにっこりと笑って、義男にしなだれかかる。
 そして、そのまま、義男も眠りについていった。



 雪はだんだんと降り積もり、世界は白く覆われていく。
 日は変わり、すでに丑三つ時と呼ばれる時刻。
 そんな中、豊子は外へと出た。
 ざくざくと雪を踏みしめ、歩いていく。吐く息は白く、気温の低さを感じされる。
 歩きながら空を見上げる。相変わらず、灰色の雲に覆われ、白い雪が舞い降りてくる。
 そして、豊子は立ち止まる。長い、大きな塀。その中に広がる庭と見る者を威圧する大きな建物。そこは玉川家の邸宅だった。
 しばらく建物を見ていたが、何事もなかったかのように歩いていった。自分の部屋へと向かって。
 そして、その姿を依子は見ていた。


 朝、義男は目を覚まし、隣に豊子がいない事を別に気にしていなかった。
 よくある事だし、豊子を引き留める事は不可能だ。
 時刻はまだ五時。外も暗い。
 二度寝してもいい時間だが、何となく目が冴えてしまった。
 義男は仕方なく、床をでて、部活の朝練にでる事にした。剣道部の朝練は自由参加だ。それが昔からの伝統だそうだ。
 今までは依子と一緒の電車に乗るという日課があったおかげで朝練はすっぽかしていた義男だが、今日は朝練に顔を出した。



 部活も終わり、いつものように依子と帰る。
 並んで歩いている間、義男はある事に頭を悩ませていた。
 依子には伝えなければならない。自分の事、豊子の事、依子の事。

「・・・今日」

 不意に依子が声を出す。さっきまでしていたパーティーの話とはうってかわって低い声だった。
 その声に引きずられ、義男は依子を見る。依子は俯いていて、貌を見せなかった。

「今日は電車に乗っていらっしゃいませんでしたね」

 静かに、哀しみを帯びて紡がれる声。依子はそれに気づいているのだろうか?
 義男には分からなかった。

「どうしてですか?」

 義男を見つめる。その瞳には強烈な意志が込められていた。義男は豊子を相手にしているような錯覚を覚えた。義男は目をつぶり、俯く。
 そして、絞り出すように言った。

「言わなくちゃいけない事があるんだ・・・・」
「言わなくちゃ行けない事?」

 依子に不安が走る。
 深夜、歩いていた姉。
 普段から放浪癖のある姉だが、なんとなく気にかかった。
 そして、今日の朝に電車に乗っていなかった義男。
 依子の中である結論が形作られた。

「いやっ、聞きたくない!!」 
「依子・・・さん」

 依子は目をつぶり、耳を塞ぐ。義男が手を伸ばすとその手を振り払うかのように激しく頭を振った。
 それを聞かなければまだやっていける。
 まだ大丈夫だ。

「依子さん、聞いてくれっ!!」

 義男は激しく揺れている依子の肩を掴む。
 依子はいやいやと頭を振っていた。

「依子さんっ!!」

 義男は依子の顔を押さえる。そしてはっとした。
 依子は涙を零しながら、義男を見上げていた。

「きて・・・ください」
「え?」
「今日のパーティーに絶対に来てくださいっ!!」

 そう言うと、依子は義男を振りほどき、走っていった。

「泣いてた・・・」

 義男は自らの手にこびりついた依子の涙をずっと見ていた。



 義男は家に帰り、外出の支度をしていた。
 そう、依子の誕生日パーティーに出席するためだ。
 たとえ、もう終わっていても、プレゼントを無駄にする気はない。それに、これは依子と決別するために必要な事だった。
 しかし、机の上を見て、愕然とした。

「ないっ!?」

 机の上に置いておいたはずの依子へのプレゼントが見あたらなかった。
 義男はそこらに積んである物をひっくり返す。
 義男の部屋は散らかっているようで、あまり散らかっていない。いろいろな物に埋もれていてもすぐに見つかるはずだった。

「・・・ない」

 どれだけ探しても、包装された箱が見つからない。
 変に思った時、義男は昨日豊子が興味を示していた事を思い出した。
 急いで家を飛び出して、豊子の家へと向かう。

 ドンドンドンドン!!

「豊子! 豊子っ!!」

 何度もドアを叩くが何の反応もない。
 ドアノブを回すと、扉が開く。鍵が閉まっていなかった事に気が付いた。
 中にはいると、そこには誰もいなかった。
 とにかく、豊子に聞かなければならない。豊子は携帯を持っていないので、待っているしかなかった。
 しかし、いつまで経っても、戻ってくる気配がない。
 不安が積もる。
 何をしているんだろうか?
 あたりをきょろきょろ見回しても、それらしき箱は見つからない。
 もしかして・・・。
 義男の頭にある考えが思いつく。
 義男は豊子の部屋を飛び出した。



 義男が豊子の家に着いた頃、豊子はある家の前にいた。
 そして、勝手知ったるその家に入っていく。
 その手には包装された箱があった。

 それと同じ頃、依子の誕生日パーティーはすでに始まっていた。
 本来、資産家の娘である依子のパーティーには様々な業界からの人が祝いに来るのかも知れない。
 だが、それは依子自身には何の関係もなく、依子自身に何のメリットもないため、今ではごく内輪だけのパーティーが開かれていた。
 豊城達が家の一室を装飾し、これまた、豊城達が焼いたケーキを置き、七面鳥の照り焼きを大皿で置く。

 後は、唯一の招待客、義男を待つだけだった。

 コンコン。
 響くノックの音。
 屋敷の使用人はほとんどこの部屋にいるから、この部屋の戸を叩く音が聞こえるのはあり得ない。
 義男が来たとしても、この部屋の戸よりも先に玄関が叩かれるはずだ。

「どなたです?」

 豊城が言う。
 その声に答えて、扉が開かれた。

「依子を借りてく」

 そこに立っていたのは豊子だった。


 同じ顔の姉妹は家の庭を歩いていた。
 すでに雪はやんでいて、真っ白な世界を陽が真っ赤に染めていた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 二人はこれまで何も話さず、沈黙を守っていた。
 不意に、豊子は振り向いて、着込んでいるジャンパーのポケットから小さな箱を取り出した。それは綺麗に包装され、見事なラッピングで包まれている。
 それを放って、依子に渡す。
 依子はそれを受け取ると、姉とその箱を見比べていた。

「・・・これ」

 依子は不審に思っていた。今まで、姉がこんな風にプレゼントを渡してくれた事はなかったからだ。いつも、気が付いたら、自分の机の上にぽつんと置いてある。それに感謝の意を示すと、「別に」と短く答えるだけだった。
 それが今日に限って、手渡しというのに違和感がありすぎた。

「・・・プレゼント」

 依子を見ずに豊子は言う。
 それでも信じられず、依子は何度も豊子と箱を見比べていた。
 豊子は依子に背中を向けて、空を見上げる。

「依子・・・あたしも義男の事好き。誰にも、たとえ依子にだって渡したくないって初めて思った」
「わたしも・・・わたしもそう・・・」

 対して、依子は地面を見ている。
 その顔を持ち上げて、豊子をにらみつけた。そして、その瞳には烈火の如き怒りが内包されていた。

「でも、どうして義男君なの!! 他の人でもいいじゃない!! 何で義男君を好きになっちゃったのよ!!」

 その問いに豊子は依子を見る。ちょっと困ったような、それでいて優しい笑顔で。

「あんたも言ったでしょ。双子だからよ」

 豊子は嘘を言った。
 義男を思ってか、依子を思ってかそれは分からない。だが、豊子は真相を隠したのだ。

「だから、あたしもあんたも同じ人を好きになった。よくできた存在だよね。あたし達」

 ほんと、よくできた存在だよ・・・
 豊子は心の中で自嘲した。
 もしも、双子でなければ。自分たちが似ていなかったら、こんな事にはなっていなかったのだろう。その事を世界という物に感謝し、恨んだ。
 そして、ちらっと別な方を見る。
 義男がこっちに来ているのを確認した。

「それ、本当は義男からのプレゼント。誰にあげるつもりだったかは知らないけど」
「え・・・・・どういう・・・こと?」

 その豊子の言葉に依子は震える。
 もしかすると、自分の手の中にある物は豊子の物ではないのだろうか?
 そんな疑問が頭を掠める。
 まさか、まさか、まさか・・・・

「豊子っ!!」

 義男は辿り着くなり豊子の名を叫ぶ。
 それに対し、豊子は義男を見るだけだった。

「お前・・・あれどこにしたっ!!」
「そこ」

 豊子が指さした方を見ると、そこには探していた物を持っている依子の姿があった。
 その依子の身体は小刻みに震えている。依子は震えたままでそっと箱を差し出した。

「あの・・・・これ・・・お返しします」

 震える手。これが義男の手から見知らぬ誰かにわたる姿を想像すると、依子は恐怖に包まれた。
 義男はその手を押し返す。

「いや・・・いいんだ。それは依子さんに渡すつもりの物だったんだから」
「え・・・」

 依子は顔を上げる。そこに大好きな義男の顔があった。

「依子さん・・・誕生日おめでとう」

 あふれ出るいたたまれなさを押し込めて義男は言う。
 次の言葉を言うのはためらわれたが、言わなければならなかった。

「だけど・・・俺は・・・・・」
「言わないでっ、聞きたくないっ」

 帰り道と同じ、依子の叫び。
 依子は再び耳を塞いでいた。

「聞いてくれっ、俺は豊子をっ、豊子が好きなんだっ!!」
「じゃあ・・・・じゃあ、これはなんなんですか?」

 依子は手に持っている小さな箱を見せる。
 それは義男のプレゼント。依子へのプレゼント。
 それが依子にとって最後の希望であり、すがるものだった。

「それは・・・俺なりのけじめなんだ。受け取ってくれ」

 義男はその小さな箱を押しつける。
 そして、ぎゅっと手を握りしめると目をつぶっていった。

「ごめん・・・もう、あえない」

 その言葉を聞いた瞬間、依子は走り去っていった。

「依子さんっ!!」

 追おうとする義男。その肩を豊子が掴む。義男が豊子をみると、豊子は首を振っていた。沈痛な面持ちで頷く、義男。
 二人は何も言わず帰っていった。



 依子が屋敷にはいると、急いで部屋に閉じこもった。
 ベッドへと突っ伏し、嗚咽を漏らす。
 その様子を聞き、心配した豊城はノックをし、そっと部屋に入る。

「依子お嬢様」

 その声に依子は顔を上げる。涙に濡れ、眼を真っ赤にはらせた貌を。

「私ね・・・・ふられちゃった」

 依子は静かに、自嘲的に言う。

「好きなのに・・・大好きなのに・・・今もとても好きなのに・・・」

 豊城は隣へ寄り添うと、依子の頭を撫でるように梳く。
 姉のような、母のような柔らかい笑顔を依子に向ける。

「がんばりましょう。想いが思い出に変わるように。豊子お嬢様や吉岡様を笑顔で迎えられる日が来るように」

 そして、その胸に依子を柔らかく抱きしめる。

「私も、館の者達も、旦那様や奥様も応援します。次の恋を見つけてください」
「うん・・・・・・・・」

 依子も貌を見られないようにか、豊城を強く抱きしめる。
 それで安心したのか、そのまま依子は眠ってしまっていた。
 それを見た豊城はくすくすと笑い、そっと依子をベッドへと寝かした。

「がんばってください、依子お嬢様。そして、おめでとうございます、豊子お嬢様」

 そう言って、豊城は部屋のドアを閉じた。



「よく言ったな」

 豊子は義男へと言う。
 雪が降り積もっている道を義男の家へと歩いていく。
 空は満天の星空、満月が煌々と輝いる。満月の光が足下の雪に反射して、幻想的な世界を形作っていた。

「だけど・・・俺はひどい奴だ・・・自分勝手で・・・」
「そうだね。でも、人なんてみんな自分勝手なんだよ。あたしも、依子も。みんな」

 豊子は空を見て言う。
 そんな豊子の姿が義男には泣いてるように見えた。

「豊子は・・・・豊子は俺でいいのか? 俺が言うのはなんなんだけど・・・」
「ああ・・・この想いがたとえ、植え付けられたものだとしても、あたしは自分の気持ちが大事なの。あんたがいいの。それより、あんたこそ、あたしは依子じゃないけどいいの?」

 豊子は顔を空に向けたまま、ちらりと義男を見る。その瞳には不安と自信、どっちも混ざっていた。
 義男は静かに頷いた。

「ああ・・・依子さんには悪いけど、俺も豊子がいいんだ」

 あの時、豊子が目覚めた時、義男は何とも言えない安堵感を感じた。
 それで、気が付いた。自分は豊子が好きなんだと。
 もしかすると違うのかも知れない。それでも、今はそれでいい。
 義男はそう思った。

「そういえば、あたしへのプレゼントはないの?」

 ふと、豊子が言う。

「ええっ、お前誕生日はどうでもいいんじゃないのかよ。依子さんに聞いたんだけど」
「どうでもいいよ。でも、何となく欲しくなっただけ、義男からのプレゼント」

 あっけらかんと豊子は言う。その貌はにっこりと明るい笑顔だった。

「こまったなぁ・・・何も考えてないぞ・・・・」
「ふふ・・・・いいよ。だって、もうもらってるから」
「はぁ?」

 自分からふっといて、自分で完結させる豊子に義男は混乱していた。

「義男はあたしを選んでくれた。義男自身が何よりのプレゼントだよ」
「なんだそりゃ」

 二人は白く光る世界を歩いていた。天地両方から照らされる。それは二人の未来をしてしていたのかも知れない。
 依子への想いをそれぞれ押し隠し、二人は笑っていた。




 数年後、結婚した義男と豊子の元へと一枚の手紙が届いた。
 そして、豊子と義男は数年ぶりにその門を叩いた。

「いらっしゃい。お姉ちゃん、義男さん」

 扉が開き、満面の笑みで依子は出迎えた。


 
 
< 終 >


 

 

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