変わらない日常


 

 

第5話


 朝、起きてみると千晴は自分を取り巻く全てのものが変化している事に気が付き、愕然とした。朝日が差し込んでくる方向から始まり、包まっている布団の暖かさ、鼻から入ってくる空気の匂い、そしていつもなら布団が体に接しているはずの部分が接していない事実――

 それら全てを総合すると、千晴は自分が自分でなくなっている、と言う事を示唆していた。少なくとも、ここが自分の部屋とは違う、と言う事は間違いない。ではここはどこなのか。確かめるのが怖くて、千晴はしばらく動く事ができなかった。

「や、やっぱり…」

 体を起こしてみて、思い切って目を開けてみると、やはりと言うか、そこには見慣れない光景が広がっていた。名前は出てこないが見覚えのあるアイドルのポスター、つがいで並べられているクマのぬいぐるみ、机の上で充電中のピンク色の携帯電話。それら全ての事が、この部屋の持ち主の素性が少なくとも女性である事を示していた。

 それだけではない。千晴は自分の肉体の異変にも気が付いていた。先ほど出した声にしても、おのれの物とは違う、妙によく通る高い声だ。そして視界に入ってくる鬱陶しいほどの長い髪は…!

 直接髪に触れてみると、ふんわりと柔らかみを帯びていて、それでいてサラッとしている。くせっ毛だった自分のものとはまるで違う、素直な長い髪――そんなものが自分の身に備わっているのだ。

 もはや確かめるまでもないが、千晴は一応目に入った鏡の前に移動して鏡を覗いてみた。すると、そこには見知らぬ女性、いや、女の子の姿が映っていたのだ。

「誰だ、これは!?これが俺なのか!?」

 千晴は思わず顔に触れながら、そうまくし立てていた。手に感じる全く毛の生えていない、みずみずしい肌の滑らかさに、さらに困惑が広がる。

「な、何だよ…一体、何がどうなっちまったんだ?」

 昨夜までは男であった自覚のある千晴には理解不能の状況のようだった。とにかく、朝起きたら見知らぬ女の子になって、見知らぬ女の子の部屋にいた、それしか分からなかった。この娘が何者で、ここがどこかすら分からない。少なくとも日本である事は部屋にある物から容易に想像できはしたのだが。

「ま、まずはコイツが誰なのかを確認しないとどうしようもないぞ…」

 千晴は机の上を探し始めた。まず目に入った携帯電話を操作してみる。当然の事ながら、友人の名前は入っているが、どれもこれもニックネームばかりなので、フルネームの見当は付かない。そして、本人を示す情報はそこには含まれていなかった。

「ダメか…いや、待てよ、メールだ!」

 千晴は『受信メール』に目をつけ、それをチェックしていった。向こうがこちらを名指しする事はあるはずだ、そう考え、メールを一つ一つ確かめて行く。すると、どうやらこの娘が『チハル』と呼ばれている事だけは明らかになった。

「へえ。チハルちゃんかあ。ちょっと古い雰囲気の名前だなあ。そんな雰囲気の家庭なのかもしれない。さて、他には何かないかな…?」

 机の上をさらに探して行くと、教科書とノートが置いてあった。ピンク色の『らしい』ノートを裏返すものの、名前は書いてはいなかった。さすがに、この歳になると名前を書きはしないようだった。

「ダメか…ん?あれは!」

 次に千晴の目に入ったのは、机の横でハンガーに掛けてある『制服』だった。ダークグリーンのブレザーに、赤と白のチェック柄のスカートの組み合わせ。ブレザーにはリボン状のネクタイが掛けられており、これに横に掛けてあるカッターシャツを含めた一式が制服のようだった。

 千晴はそこに手を伸ばし、ポケットを探ってみた。すると、予想通り、ブレザーの胸ポケットから『生徒手帳』が見付かったのだ。千晴は喜び勇んでその裏に書いてある名前と住所を確認する。

「黒田千晴ちゃんって言うのか…住所は…んっ?何だ、ここの近くじゃないか。いや、ここがそうだったんだっけ。ふうん、あの学校なら俺も知ってる。そこそこ有名な進学校だったよなあ」

 どうやら、千晴の住んでいるところは、『千晴』の本来の住所とそう離れていない場所らしい。あるいは二人は同じ学校に通った事があるのかもしれないが、少なくとも今は違う学校に所属しているようであった。

「しかし、こうやって見ると、この娘、かわいいよな。こんな娘と街ですれ違ったら思わず振り向いてしまうだろうな。それが今の俺なんだ…」

 妙にうれしい気分になってしまう千晴。しかし、今はそれどころではない事を改めて思い出す。朝起きたら見知らぬ美少女の姿になっていた――その事実をどう解釈すればいいのか。とにかく、現状を掴めなければ動きようがない。そう考えて千晴は再び部屋の中を探り始めた。

「千晴、起きているんでしょ。早く降りてきなさい!」

「は、はーい」

 唐突に母親らしき女性が呼び掛ける声が耳に入ってきて、千晴は思わず返事を返してしまっていた。そのまま出ようと思ったが、ちょっと寒いので床に脱ぎ捨ててあった赤い半纏のような衣装を羽織って、部屋を後にした。

「うう、寒みー!今日はやけに冷えるな…」

 肩を抱きながら階段を降りていく千晴だったが、そうすると手で胸を抱くのと同じ格好になり、妙な興奮を覚えるのだった。

「うわ、やっぱり胸があるんだな…俺の体の中にこんなに柔らかい部分が存在するなんて…変な感じだぜ」

 千晴は下の階に降りると、パンの匂いのする方向を頼りにキッチンへと向かう。部屋に入ると、気配に気付いたのか、母親らしき中年の女性が俺の方を向いた。

「おはよう、千晴。あら、何て格好をしてるの?まったく、相変わらず寝起きが悪い娘よねえ。まあいいわ。朝食を摂り終ったらシャワーを浴びて、髪を整えなさい」

「えっ?う、うん」

 思わず返事をしてしまったが、千晴はシャワーと言う言葉にドギマギしてしまっていた。この体でシャワーを浴びると言う事は――つまり、そう言う事なのだ。いくら今は自分の体だからって、そこまでしてしまっていいのか、と言う思いと、せっかくのチャンスなんだから、見られるものは全部見ておけ、と言う悪心が、千晴の中で葛藤していた。

「何ぼうっとしてるのよ。さっさと食べないと冷めちゃうでしょ?」

「あ、ああ。はーい」

 慌てて席について食べ始める千晴。食パンに野菜のスティックと言うやけに健康的な朝食だ。恐らくは本来の千晴がダイエットなどを気にして母親に希望しているのだろう。何も食べないよりはましか、そう考えてセロリをぽりっとかじってみる。カロリーを考えてか、ドレッシングやマヨネーズさえも用意されておらず、味気ない感じが口の中に広がる。

「あら?千晴ったら、いつからセロリを食べられるようになったの?それは私が食べようと思ってたのに」

「え?い、いや、何となく食べれるかなあ、何て思って…ちょっと試してみたのよ!」

 別に千晴も好きでセロリに手を伸ばしたわけではない。ただ、一番手ごろな位置にあっただけの話だ。味だってストレートに食べれば青臭さが強烈で、お世辞にもおいしいなどとは言えないものだった。千晴はセロリを皿の上に置き、キュウリに手を伸ばした。同じような系統ではあったが、青臭さははるかに少なく、わずかに振られている塩のおかげで、味もそこそこ満足できるものだった。

 千晴はパンと牛乳を間に挟みながら、どうにか質素な朝食を終えた。ごちそうさまをして、キッチンを出る。

「ちゃんとシャワーを浴びて髪を整えるのよ。そんな格好で行ったら、友達に笑われちゃうわよ」

 ダメを押されてしまったので、入らないわけには行かない。『心ならずも』千晴はバスルームへと向かうのだった。

 全体的に清潔感が漂う更衣室。洗面所も兼ねているようで、色とりどりのタオルが積まれている。横には洗濯機。ここに脱いだ服を放り込めばいい、と言う寸法のようだ。そんな部屋の中で千晴はしばし立ち尽くしていた。

「か、勝手に脱いじゃっていいのかな?ま、まあ仕方ないよな。俺のせいでこうなったわけじゃないんだし…」

 必死に自己弁護をしながら、早くも半纏を脱ぎ捨てた千晴は、ついに着ているパジャマの上着に手を掛けた。流し台の鏡には緊張した面持ちをした千晴自身の姿が映っている。しかし、それが自分だと言う認識のない千晴にとっては、更なる緊張を誘うものでしかない。千晴は震える手を無理やり動かして、たどたどしい手つきでボタンを外していった。

「うわ、見えてきた…!」

 薄いピンク色をしたパジャマの下からは、白い布地とそれに覆い隠された二つの膨らみが顔を覗かせてくる。それが目に入った千晴の手の動きは一旦止まり、その光景を呆然と眺めていた。自分がブラジャーと言う下着を身にまとい、そればかりではなくその下には男ではありえない二つの柔らかい膨らみが――千晴の緊張感は高まり、当惑してきていた。

 そうは言ってもいつまでもこの格好でいるわけにも行かない。あの気の短そうな母親から、いつ文句が出始めるか分からないのだ。千晴は休めていた手を動かし、ついに上着のボタンを全て外してしまった。ぱらっとパジャマの上着がはだけると、千晴のブラジャーに包まれた乳房が露わになる。

「…うわ、丸見えだよ…自分でそうしてるんだから当たり前だけど」

 徐々に落ち着きを取り戻してきている千晴は、今の状況を楽しむ余裕が出てきていた。それと同時に、今までに気が付かなかった事が色々と見えてくる。

「確か千晴ちゃんのタオルはモスグリーンの…あ、これだこれ。って、何でそんな事が分かるんだ!?」

 何かをするにおいて、まるでデジャビューのように、千晴しか知らないような情報が頭の中に浮かんでくる。何かをする時にこう言う動作をする、とか言った『クセ』のようなものが千晴の行動する一歩手前で浮かび上がってくるのだ。

「ぬお、もしかして、これは千晴ちゃんの記憶なのか?それを俺が引き出せるって言うのか?よーし」

 千晴の記憶を活用し始めた『千晴』は、慣れた手つきでブラジャーを外してしまう。それでも、見慣れない自分に乳房が備わっている光景に、思わず生唾を飲み込んでしまう。そのこくりと言うかわいい音にも興奮させられる。千晴は完全に倒錯の世界に足を踏み入れていた。

「うひゃ。千晴ちゃんの胸、かなりデカイんじゃないのか?形もすごくいいし、乳首もきれいな色してるな…ちょっと触ってみよ……うう、触れただけでびくびくしちゃうんだ…女ってスゲエな」

 ひとしきり胸を楽しんだ千晴は、パジャマのズボンに手を掛けた。無感動に一気にそれを引き下ろす。ブラジャーと同じく純白の下着に包まれた下半身が晒される。目の前の鏡にはショーツ一枚だけを身に着けた千晴の姿が映し出されている。それを千晴は『男の目』でじっくりと眺めていた。

「よし…」

 そして千晴は最後の一枚に手を掛ける。顔を綻ばせながら下着を下ろしていくその姿は、とても生まれながらの女性のものではなかった。

 ついに足先までショーツを下ろした千晴は、改めて鏡に映る自分の姿を確認した。そこには生まれたままの姿になった千晴の姿が映っている。豊かに実っている乳房、肩まで伸びたしなやかな髪、見事にシェイプアップされたウェスト、十分な弾力を持っていそうなヒップ、そしてその下に伸びる若干太いものの健康的な脚。更には乳房の下に残っているワイヤーと、ウェストにあるショーツのゴムの痕、それらまでが全て体の持ち主である千晴のものなのだ。

「ゴクリ…さ、触ってもいい、よな…今は俺が千晴ちゃんなんだし。どれ…」

 こうなったら遠慮もくそもない。千晴はそれでも躊躇いがちに自分の腰に手を伸ばす。ウェストのくびれ具合をじっくりと味わった後、そのまま手を後ろに回し、ヒップの感触を確かめる。

「うひゃ、むずむずしてる…!お尻を触られるってこんな感覚なんだ。それにしても触ってる感じと触られてる感じを両方味わえるなんて…役得だよなあ」

 いよいよ千晴の手が体の前方に回される。そしてその手がきれいに整えられている恥毛に触れる瞬間、全身を怖気が走った。自然と身震いしてしまう千晴。それもそのはず、この季節に暖房も効いていないこの部屋で、長い時間半裸の姿でいたのだから、体が冷え切って当然なのだ。

「う〜、寒み。このままじゃ風邪を引いちまうぜ。続きは風呂場でするとして、早いところ風呂に入っちまおう」

 シャワーのコックを捻り、お湯になるのを待つ間、千晴は再び下半身に目を移した。どこをどう見てもそこに見えるのは女の体。香ってくるのも女の体臭だ。それに馴染みのない千晴は、立っているだけでもクラクラしてくる。

 気を取り直してシャワーを浴び始めた千晴。シャワーの水流を受ける体の感覚も、いつもとは違う事に気付かされる。湯が当たっている部分は温度が高く感じ、そうでない、例えば足先などは冷たさが残っているのだ。そのギャップが千晴の知っている自分の体の感覚とかなりの食い違いがあり、千晴にはそれが男女の差なのか、個体差なのか、判別が付かなかった。

「ふ〜。それにしても、お湯の流れ方が全然違うよなあ。あと、肌が水をはじくって感じが何ともまあ…」

 変なところに感動しつつ、千晴は冷えた体を温め、汗で汚れた体を洗い流した。その際、開いた方の手が、乳房の先端の突起に触れる。ツンとつついただけで、ピリッとした痺れが全身を走り抜ける。それを味わいたくて、何度もちょんちょんとつついているうち、千晴は妙な気分になってくるのだった。

「はぁ…な、何かいい気持ちになってきたぞ…も、もしかして『感じてきている』のか?それにしてもこの程度で感じるなんて女の体って不思議だよなあ」

 気分が乗ってきた千晴は、思い切って乳首を指できゅっと摘んでみた。キュンッとした感覚が背筋を走り抜け、全身の力が抜ける。思わずシャワーを取り落としそうになる千晴。しかし、その表情は恍惚としていた。

「ううっ、何か、すげえぞ。女ってこんなところもきっちりと感じるんだ…」

 感動の表情を浮かべつつ、千晴は自分の乳房を愛しむように撫で擦った。夢見心地に顔を綻ばせているその姿は、生来の千晴にはないものだった。

「よ、よーし。今度はこっちの毛が縮れている辺りだ…どれどれ…ちょっと拝見」

 千晴は上半身を屈めて自分の股間を確認しようとする。しかし、如何に千晴の体が柔軟だとは言っても、股間の形状をじっくり眺められるほどには至らなかった。興を削がれた形の千晴だったが、思い直して備え付けの椅子に腰を下ろし、脚を拡げて再び屈みこんでみた。

「ぬ、自分の体が影になってよく見えない…!やっぱり鏡とかがないと難しいか。仕方ない、時間もなさそうだし、後にするか」

 ここでの観察をあきらめた千晴は手早く体を洗い流すと、慣れない長い髪を千晴の記憶を引き出して洗い流し、更衣室へと戻った。

 そこからが大変だった。歯磨きなどはともかくとして、千晴の記憶による行動パターンは、『千晴』にとっては全てが初体験のもので、とてもじゃないがトレースしきれるものではなかった。千晴はあたふたしながら千晴の毎朝の行事を進行させていく。

「ふぅ〜…女の子って毎朝こんな事をしているのか…これじゃあ早起きしないと絶対に遅刻だよな。あの母親が急かすのも納得だぜ。さ、早いところ部屋に戻るか」

 部屋に戻った千晴の手が自然と壁に掛けられている制服に向かう。それをベッドの上に置くと、自動的に手が服のボタンを外し始めた。

「便利なもんだな。こっちがぼうっとしていると体の記憶の方が勝手に行動を決めてくれるみたいだ。困ったときはこの手を使えばいいかも」

 ボタンを外し終えた千晴は鏡に映る自分がノーブラなのに気が付き呆然とする。先ほど着替えた時に何気ない動きでブラを洗濯機に放り込んでいたのだが、一杯一杯になりかけていた『千晴』にはそんな事に気付いているゆとりはなかったようだ。

「替えのブラをしろって事だよな。ええと、下着は確かこの辺りに…あ、あった」

 千晴の記憶を頼りに、下着が収納してある場所を探り当てる。かなりコツが飲み込めてきたようだ。千晴は手早くブラを身に着け、カッターシャツとブイネックのセーターを着込んだ。

「下は…そうだ。あれをやってみるか!」

 何となく悪心を起こした千晴はスカートを手に取ると、そのままそれを穿いてしまう。そして、スカートの中に手を突っ込み、パジャマのズボンを下ろし始めた。

「これを一度やってみたかったんだよな!スカートの中で着替えたりするって奴。うーん、感動モノだ…」

 ソックスを履き、ブレザーを羽織ってリボンを付け終えると、学生服姿の千晴が完成した。我ながら上手く化けたものだと感心しつつ、クルッと一回転。ふわりと舞い上がるスカートに感動した千晴は、先ほどの風呂場での誓いを思い出した。

「そうだ。ここを観察するって決めてたんだっけ。時間もあまりなさそうだし、取りあえず観察だけでもさせてもらうとするか!」

 千晴は化粧台の上にあった手鏡を手に取ると、制服を着たまま腰を下ろした。スカートを思い切り捲り上げると、ショーツが丸見えになる。その絶景に顔を緩めながら、千晴はショーツに手を掛け、するりと引き下ろした。床に置いた手鏡を覗き込むと、千晴の女性器の全てがそこには映っていた。

「うわ、スゲエ。これが女のアソコかよ…生々しい感じだよな…でも、思ったよりもグロいって感じじゃあないぞ。何て言うか、これはこれで、美しいって言うか、芸術みたいに思えるな…」

 観察を続けている千晴。千晴本人もこうやってじっくりと自分の秘所を眺める、などと言う事は体験した事がないに違いない。生まれついての女である千晴にとっては、そこは排泄をする場所であり、将来には子を産むであろう場所なのだ。そんな場所を喜びとともに眺めると言うのは、ちょっと考えられない事だ。

「もしかすると、この娘もこんなにきちんとココを観察した事はないかも知れないな。ま、同じ『目』で見ているんだから、コレが一回目の観察とも言えるけど。うーん、それにしても…自分のココがこんなになっているってのは…複雑な気分だぜ…」

「ちはるー、そろそろ行かないと遅刻するわよ!」

 と、母親の声が聞こえてきた。あまりおかしな行動ばかり取っていると、怪しまれるばかりか、病院にでも連れて行かれかねない。とにかく、ここは千晴に成りすまして生活する他はない。そう腹をくくった『千晴』はショーツを穿き直して立ち上がった。

 鏡を見ると、制服姿の千晴の姿が映っている。それに向かってにこりとする。

「よし、メイクもくどすぎず、それでいて主張するべきとこはちゃんと抑えて。こんなもんでいいはずだ」



「いってきまーす!」

 元気に声を掛けてから、千晴は家を飛び出した。朝の空気が心地よい。昨日と変わらない気候のはずなのに、まるで別の地方に来たかのように肌寒く感じる。それは慣れないスカートの感覚もあるが、そればかりではなく、女性特有の冷え性だとか、肌が敏感だとか、色々と理由がありそうだった。

「ええと、あっちにバス停があって、それに乗るんだっけな。やべっ、あと2分しかない!急げ〜!」

 千晴は駆け出した。が、あまりに体のバランス感覚が違うために、思うように走る事ができない。妙に重心が下の方に偏っている感じで、脚にまとわりついてくるスカートの事もあって、走るのすら思うに任せなかった。そこで、千晴は例の手法で千晴の記憶に任せた。

(何だ、大して変わらないじゃないか。なるほど、これが女の子走りというやつか。コレはこれで理に適っているのだろうな…)

 何とか到着しかけているバスに間に合った千晴は、息を弾ませながらバスに乗り込んだ。さすがに通勤する人が多いようで、座れる席は見当たらなかった。仕方なく立つ千晴だが、何気なく手を伸ばした時に、ハッとさせられた。

「う、届かない…事はないけど、ホント、ギリギリだよな。女ってこんなに背が低いのか…しゃあない、こっちにつかまっておくか」

 吊り革に背伸びをするくらいでないと手が届かない事実に気が付いた千晴は、シートに付いている持ち手を握った。情けない話だが、こうしている方が楽だ。それに今は違うが、夏の時期には腕を上げ続けている事は、脇を晒す事になり、そこから服の中身を覗かれかねない。女ってのも大変だ…つくづく思う千晴であった。

(ちちっ、何と言うお約束の展開…これってもちろん、アレだよな…)

 二つ目のバス停を過ぎた頃、千晴のヒップに何かが触れた。最初は揺れのための偶然の事故だろうと思っていたが、どうやらそうではないようだ。『手』は執拗に千晴の臀部を撫で回すように触ってくる。千晴としてはそんなもので感じはしなかったが、そうやって自分が触られる立場になっていると言う事実が千晴のプライドを打ちのめした。

 そんな理由で千晴は反撃しなかったのだが、相手はそれを曲解し、千晴が『感じている』と受け取ったらしい。理由は違えど、抵抗してこない相手は『カモ』でしかない。痴漢は千晴のお尻だけでは満足せず、ついにスカートの中に手を差し入れてきた。

(く、いい加減に…しろ!)

 ドンと言う大きな音がして、周囲の客が一斉にこちらを見た。千晴は硬い踵で、男の足先を踏みつけたのだ。さすがに溜まらず男は手を離した。それ以前に、これだけの目が集まると、行為を止めるほかない。

 何とか痴漢を撃退した形の千晴だったが、何か物足りなさを感じているのも確かだった。生理的な嫌悪感の中に垣間見えた悦楽の世界――千晴はそれを覗き見たような気がしていた。

(痴漢に抵抗しない女の中には、勇気がないんじゃなくてハマってしまっている奴もいるんじゃないのか?)

 バスの中で悶々とする羽目になった千晴は、悶々ついでに千晴の痴漢履歴について探り始めた。それによると、千晴自身も経験があるらしい。もしかすると、同じ奴が犯人と言う事も考えられる。何せ、乗っているバスが同じなのだ。しかしまあ、今日の事で奴は千晴をターゲットに選ばなくなるに違いない。

 千晴はそうやって記憶を引き出す事に楽しみを感じるようになっていた。バスを降りて学校まで歩く際にも、千晴の記憶をひたすらに覗き見ていた。

 それによると、千晴は生娘ではないらしい。二年ほど前に一つ年上の男と関係を持ったらしい。その男とはそれからしばらくして別れ、それから数人の男と付き合ったが、いずれも上手く行かなかったらしい。『千晴』の見るところ、千晴は飽きっぽい性格なのは確かで、要するに熱しやすく冷めやすいタイプのようだった。ついでに言うと、現在は特定の彼氏がいないらしい。

「フリーなんだ。とは言え、俺が立候補する気にはならないなあ。飽きたらすぐに捨てられそうだ」



 学校に着くと、練習の成果か、何の問題もなく千春の行動をトレースして教室へ辿り着いた。その途中で会う人間にも会釈するべき人間とそうでない人間とをきっちり区別しながら、わずかにレスポンスが遅れるものの、無難に対応していた。それ故に、皆が千晴に対しては、ちょっとテンションが低いかな、と言う程度の違和感しか抱かなかったらしい。

(ふう…さすがにちょっと気疲れしたな。でもま、授業に入ったら男も女も一緒だしな。休み時間以外は問題ないだろ)

 幸いに授業中に当てられたりする事もなく、授業は淡々と進んでいく。そして無事に二限目が終わったとき、千晴は声を掛けられた。

「ねえ、千晴」

「…え?(あ、今は俺が千晴なんだったっけ!?)な、何?」

 顔を上げると、そこには女子生徒が立っていた。千晴の記憶によればその女子生徒は『立原和華』と言い、千晴とよくつるんでいる仲らしい。

「分かってるでしょ、アレよ。行くわよ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 ぎゅっと手を握られ、引っ張られる千晴。抵抗する事もできず、千晴は和華に続いて教室を飛び出した。

(要するにトイレって事か。男でも連れションという奴をする事はあるけど、女もやってるんだな。けど、男は隣同士でできない事はないけど、個室でやる女にそんな意味があるのかな?…う〜ん、よく分からん)

 まっすぐに飛び出しはしたものの、すでに相当数の先客がいたようだ。手洗い場の鏡で化粧直しをする者もいたりして、トイレはごった返していた。

「あちゃー。ちょっと出遅れちゃったみたいね」

 限られた時間で用を足せる人数には限りがあるのだ。確かに男よりも時間が掛かる(はずの)女は、緊急度の度合いが違いそうだ。限界になってからトイレに駆け込んだのでは手遅れなのかもしれない。

 大して尿意を覚えていなかった千晴はもしかしたらこの中にいるかもしれない緊急度の高い女子生徒に申し訳ないと思いつつも、一緒に来た和華の手前、後に続いて隣の個室に入った。



(ふう、ようやく終わったか。記憶が読めるから何とかはなるけど、やっぱり他人に成りすまして生活すると言うのは気が疲れるよな。早く元に戻れればいいんだけど)

 放課後。どうにか授業を乗り切った千晴は帰り支度をしていた。と、そこへ見知った人物が現れた。いや、『見知った』と言うのは千晴の記憶で、彼女としては初めて見る人物だった。

(確か、藤原とか言う名前だったと思うけど…千晴の記憶でもそれ以上の情報はないな。ただのクラスメイトって感じか?)

「黒田さん。ちょっと話したい事があるんだけど」

「え?お…わ、私に?」

 健輔は千晴に向かって高圧的な笑みを浮かべた。それは千晴には『オレは全てを知っているんだぞ』と言う無言のメッセージに受け取れた。他人が違和感を覚えるほどのボロは出さなかったはずだ――千晴の背筋に冷たいものが走った。

 おびえる目で健輔を見詰める千晴に変化が生じ始めていた。目を逸らしがちだった目はじっと健輔と目を合わせ、やがてそこからは一切の感情が消滅する。が、そうなっていたのは一瞬で、千晴の目は悪い夢から覚めたように見開かれた。

「…!?」

 意識を取り戻した千晴の目に映っていたのは、親友の『藤原健輔』の顔だった。毎日、放課後にはゲーセンに行ったりしてつるんでいた仲だったクラスメイト。しかし今は俺は千晴の姿になっていて、健輔はその事を知らない――

 千晴の表情に悪戯小僧のような笑みが浮かんだ。改めて健輔の顔をじっと見る。

「ねえ、ちょっと話したい事があるの。そうねえ、あなたのうちに行きましょう」

「えっ?」

 驚きの表情を浮かべる健輔。いきなりの誘いにちょっと戸惑っているようだったが、すぐに『じゃあ、ついてきて』と先に立って歩き始めた。

 千晴も後に続いて歩き始める。千晴にある記憶には健輔の家の情報はない。黙ってついていく以外にはなかった。



「さ、ここだ。誰もいないから安心して入って」

「おじゃましまーす」

 健輔に続いて中に上がりこむ千晴。健輔に導かれるまま、健輔の部屋に入った。

「ちょっと待ってて。お茶でも入れてくるからさ」

 妙に気を使う健輔。千晴はそれを女の子を部屋に入れたと思って気を遣っている親友の図、として微笑ましく受け取っていた。改めて健輔の部屋を見渡す。男子の部屋にふさわしく、黒や青が目立つ部屋だが、男の部屋の割にはやけに片付いているし、所々に男の部屋には似合わないぬいぐるみやキャラクター物の時計などが置かれている。それは実は美帆子からのプレゼントなのだが、そんな事を知る由もない千晴は、健輔の意外な一面を見たような気がしただけだった。

「お待たせ。冷めないうちにどうぞ」

「ありがとう」

 大人しく健輔が差し出したカップを受け取ってそれに口をつける千晴。健輔も千晴の前に腰掛けると、上目遣いに彼女を観察しているようだった。千晴はそれを喜びを持って受け止めていた。美女の特権、とでも思っているらしい。

「ところで」

 ひとしきり落ち着いたところで、健輔は切り出してきた。

「話って言うのは何だい?女の子が男の部屋に上がりこむなんて、よっぽどの事だと思うんだけど?」

 確かに客観的に見ればそうだ。しかし、当の千晴にとって見れば、親友の家にいるに過ぎない上に、もっと別の目的もあったのだ。思わずにやりとする千晴はようやく口を開いた。

「実はね。藤原君。私の事を見てどう思う?」

「どうってその…かわいいんじゃないかな。一般的に見ても黒田さんはスタイルもいいし美人の部類に入ると思うよ」

「そうよねえ。私ってかわいいよね。でね…」

「何だい?」

「もし、私があなたと付き合ってほしい、って言ったらどうする?」

「ええっ!?」

 はっきりとした当惑の表情を見せる健輔に、千晴はこの上ない優越感を覚えていた。実のところ健輔はわざとそうしているのだが、高揚感に満たされている千晴はその事に気付きもしない。

「あははは!本気にしたろ?俺だよ、高智だよ。こんな姿をしているけど、俺はお前の親友の高智淳なんだよ!」

 千晴は腹を抱えて笑い始めた。健輔もきょとんとした表情をしたが、やっと千晴の言葉が理解できたのか、千晴に聞き返す。

「へ?高智って、淳か?」

「何だよ、信用してないような顔だな。じゃあ分からせてやろうか?」

 千晴はそう言うと、二人しか知らない(と千晴が思い込んでいる)話をいくつか挙げ始めた。訝しげだった健輔の表情が、徐々に驚愕に変わっていく。それを小気味よげに眺めていた千晴だったが、その裏に見え隠れしている、健輔の新たな発見をしたような表情に気が付かなかった。

「な、なるほど…お前が淳だって話は信じないわけには行かないようだな。だけど何だってお前が黒田さんの姿になっているんだ?」

「そんな事俺が知るかよ。とにかく朝起きたら俺はこの娘になってこいつの部屋の中にいたんだ。俺はこいつの事を忘れてたぐらいな…え?」

 そう言えば今は千晴の事をクラスメイトだったと言う認識をしているのに、今朝はそうではなかったような気がする、そう思うのだが、振り返ってみると全然思い出せない。色々な事がありすぎて記憶がごっちゃになっているのだろう、淳はそう考える事にした。

「どうしてこうなったかなんて、この際どうでもいいだろ?それよりもさ。お前もこの黒田さんには興味があるだろ?俺も今朝、少しは見させてもらったけど『女の快感』って奴を邪魔が入ったんで楽しめなかったんだ。だから、お前に付き合ってもらおうと思ってさ」

「お、おい。って事は何か?オレとその…セックスしたい、そう言う事なのか?」

「ぶ、ぶっちゃけるな、お前も。まあ、早い話がそう言う事だな。だって見ろよ、こいつの胸――」

 千晴は自分の乳房を両手で持ち上げると、健輔の方に向かってウィンクをした。

「スゲエだろ?巨乳、ってまではいかないけど、平均からしたらかなり大きな方だと思うぜ。ウェストだって、意外に引き締まってるし。今朝見させてもらったけど、かなりスタイルはいいんだぜ、この娘」

 千晴は健輔に見せ付けるように腰をくねらせて艶かしい動きを見せる。思わず健輔の手が千晴の方に伸びてしまう。

「お、興味が出てきたな。いいぜ、触っても。ホレ、遠慮するな」

 千晴は健輔の方に胸を突き出すようにして、一歩進んできた。健輔はためらっていたものの、誘惑には勝てず、制服の上から千晴の胸を押してみた。ふんわりと、それでいて手を押し返してくるほどのしっかりとした弾力が健輔の手にも伝わってくる。

 健輔の計画に沿って事は進んでいるのだが、それでも実際にクラスメイトとして存在している女性の体――しかも胸などの通常では触れる事のできない部分に触れると言うのは、やはり緊張してしまうものだ。

 その健輔の緊張を自分に誘惑に戸惑ってしまっていると解釈した千晴は、調子に乗って健輔の手を掴んで自分のスカートの上へと導いていった。

「ちょ、ちょっと…」

「どうしたんだよ。今は俺がこの体の持ち主なんだから、文句を言う奴なんてどこにもいないんだぜ。こんなチャンス、滅多にないだろ?」

「そ、そりゃそうだけど…」

 乗り気でなさそうに手を引っ込めた健輔に対し、まだまだやる気十分の千晴は、ブレザーの上着とセーターを脱ぎ捨てると、カッターシャツのボタンを外してはだけさせた。中に覗く白い布地。健輔の目は自然とそこに集中してしまっていた。

「おお――白なんだ…」

 思わずつぶやいてしまった健輔。その言葉を千晴は聞き逃さなかった。ニヤリと口を歪めてさらにシャツのボタンを外してやる。

「いいだろ?今は白を着けてるけど、俺がこの姿になった時もそうだったんだぜ。もちろん、白ばかりじゃなくて、他の色も一杯持ってるんだけどな!お前は黒の方がよかったか?」

「い、いや、白でいいけど…」

「だろ?ホラ、下も白なんだぜ!」

 千晴はそう言うと、スカートの裾をまくって健輔にスカートの中身を見せた。胸の時以上に身を乗り出してそれを見てしまう健輔。千晴はその姿を小気味よげに見ると、スカートを再び下ろした。

「ふふ。いいだろ?すぐにじっくりと見せてやるからな!」

 千晴はボタンを上から下まで外してしまうと、カッターシャツを脱いでしまった。白いブラジャーに包まれた千晴の胸が曝け出される。

「おお――」

 手を伸ばしかけた健輔だったが、千晴が別の動きを見せるのに気付き、その手を引っ込めた。

「慌てんなよ。先にコイツも脱いでしまうからさ」

 千晴は続けざまにスカートも脱いでしまう。健輔の目の前にはブラジャーとショーツ、ソックスだけを身に着けた千晴が立っていた。そんな光景を見せられれば、さすがに男である健輔が反応しないわけにはいかない。一つ小さくため息をつくと、千晴の乳房に手を伸ばした。

「さあさあ、こっちはOKだぜ。遠慮せずに触ってみてもいいんだぜ」

 胸を突き出すように左右に振り始めた千晴。ブラジャーに包まれてはいるものの、ぶるぶると大きめの胸が震える。健輔は思わぬ美味しい展開に、喜悦を包みきれなかった。

「は、外していいかい?」

「おう。いいぞいいぞ。遠慮なく外してくれい」

 千晴にそう言われた健輔は『本人の了承を得た』と言う事で、千晴の白いブラジャーに手を掛け、あっさりと外してしまった。

「お?いやに手慣れているじゃないか。大人しそうな顔して、意外と経験が豊富なようで」

 おどけた調子でそう言う千晴はしかし、露わになった乳房に羞恥をまるで見せなかった。いや、むしろそれを見せ付けるようにして胸を突き出している。

「へえ。黒田さんの胸。やっぱりでかいんだなあ。サイズって分かるのか?」

「ん?サイズか。ちょっと待ってろよ、こいつの記憶を探ってみるから。………ええっと、88のDカップだってさ。すげえな、おい」

「へえ〜、そんな事もできるんだ。それだったら黒田さんに成り済ますのも楽勝だな」

「ところがそうでもないんだよ。慣れない事ばかりでさ。名前や行動パターンなんかは思い出せば何とかなるんだけど、癖とかまでは自然と出ているものだからな、中々自由自在ってわけには行かないんだ。怪しまれていないかな?」

「そりゃそうだろうな。でも、今日一日、黒田さんの行動に違和感を抱いた事はなかったぜ」

「それはお前がこいつの事をよく知らないってだけじゃないか?まあ、追求されなかったんだから、疑問は抱いても不審を抱くまでには至らなかったんだろうな。ところで、胸の事についてだけど。コイツにとっては大きいなら大きいで、それはコンプレックスになっているみたいだぜ。こいつは5年ほど前から大きくなり始めたようだけど、その時期って胸が出ている女子の方が少ないだろ。男子からじろじろ見られるわ、女子からも妬みの目で見られる事があったみたいで、最初はかなり嫌だったらしいな。今は今で、男の目がまず胸に行くのが分かるらしくって、それが悩みの種らしいな。もっと自分を見て欲しい、ってところか」

「なるほど。でも、さすがにその胸にまず目が行くのは仕方ないと思うぜ。まあだけどでも、黒田さんは顔も悪くないものな。ただ、あまりに胸が目立つから、他が隠れがちになるのは仕方ないよな」

「さて、雑談はこれくらいにして。早いとこ、続きをしようぜ。見ろよ、興奮しすぎてここがもう尖ってきているだろ?俺の方もムズムズしてもどかしいって感じが分かるもんな」

 千晴は自分の乳首の先を指で軽くつついた。一瞬軽く目を閉じ、心地よさを表現する千晴を見て、健輔の興奮はいやが上にも増した。

「よし、じゃあちょっと触らせてもらうぞ、向こうを向いてくれよ」

「ん?こうか?」

 千晴が健輔に背を向けると、健輔は千晴の背後から手を回して千晴の乳房に手を回した。健輔の両手にずっしりと千晴の肉の重さが伝わってくる。健輔はしばらくその重みと体温を味わった後、ゆっくりと添えた手を動かし始めた。

「んっ…おお、何かいい感じだぞ。お前、中々上手いじゃないか。やっぱり、お前は経験豊富なんだな。何だか、悔しい気分になってくるな」

 健輔の手が千晴の胸を様々な形に変形させていく毎に、千晴の全身に妙な心地よさが広がっていく。それは千晴自身が自分で胸を弄るのとそう変わりない刺激のはずなのだが、他人に触られる、予想できない受身の状態で与えられる感覚と言う辺りがまるで違っていた。ただひたすらに健輔の攻撃を受けていると、頭の中に千晴が過去に体験した男との行為の記憶が甦ってくる。それを具体的に頭の中に思い描いた時、千晴の中でスイッチが切り替わったような気がした。

「んふっ、な、何か急に感じてきたぞ…これって千晴の記憶と俺の精神と千晴の体がシンクロしてきたって事なのか…?ううっ、立っていられなくなってきた、ちょ、ちょっと座るから手を離してくれ!」

「ん?ああ」

 健輔が手を離すと、箍が外れたように千晴はすとんと腰を落とした。潤んだ目で健輔を見詰めると、口を歪めて腰に手をやった。

「ふふ。それじゃあお披露目と行きますか!さすがに人前で脱ぐってのは恥ずかしい気分になってくるな…」

 そう言いつつ、うれしくて仕方がないと言う表情を浮かべながら、千晴は最後に残された下着を引き下ろしていった。当たり前のように千晴の股間が健輔の目の前に晒された。

「見ろよ、このキレイなココを。一見、全然使い込んでいないように見えるだろ?ところがどっこい、こいつ、もう5人くらいと関係を持ってるんだぜ。しかも、今は彼氏がいないもんだから、週に一回はオナニーしてるってんだから、結構スキモノらしいな」

 千晴は足を投げ出すと、指で自分の股間を大きく拡げて見せた。すでにそこは興奮のためにいくらか潤ってきており、部屋の蛍光灯の光が反射して光を放っている。

 千晴の記憶を読み出し、それを千晴の口を使って告白させている。それを聞く健輔も興奮していたし、それを行っている千晴の方も千晴の肉体を記憶も含めて完全に支配していると言う事実に、これ以上ないほどの喜びを感じているようだった。

「…触ってもいいんだろ?」

「え?ああ、もちろん。見ろよ、さっきから触ってほしくてここがヒクついているのが分からないか?お前のものが欲しい、って言っているのが聞こえてくるんだ」

 千晴が舌なめずりをしながらそう言った。その妖艶さに吸い込まれるように、健輔の顔は彼女の股間に吸い込まれていった。

「ああ、いいぞ…そ、そこをもっと擦ってくれ!」

 千晴がビクビクと体を震わせながら健輔にそう要求する。それに応えて健輔は千晴の丘の縁に沿って指を這わせていく。分泌されてくる液で指を潤滑させ、その動きを加速させていく。それに比例するかのように千晴の股間から愛液が染み出してくる。自分の指の動きが千晴を興奮させている、そう考えると、男として興奮しないわけには行かなかった。

「う、うぅん…い、今軽くイったぞ!よ、よし、そろそろ準備はOKだろ。さっきも言ったけど、こいつはもう処女じゃないんだから遠慮はいらないぜ」

「分かった。けどその前に、オレのここも楽しませてくれないか?」

 立ち上がった健輔は下半身をむき出すと、千晴の前にそれを突き出した。千晴の顔が嫌悪感で満たされる。さすがに男のものをどうこうする、と言う気にはなれないようだった。

 そこで健輔は『念』を籠めて千晴の目をじっと見詰めた。わずかな怯えの色が浮かんでいた千晴の目は、それで一気に晴れた。そしてにこりと微笑む。

「そ、そうだよな。せっかくだから、お前にもサービスしてやるよ。こいつの記憶にも、彼氏のアレを咥えた事はあるらしいし。ちょっと待ってろよ、こいつのやり方でやってやるから」

 千晴は目を閉じると、記憶を探っているようだった。やがて目を開け、腰を浮かせた。中腰になり、健輔の肉棒に手を伸ばす。そしてそれをぎゅっと掴むと、ゆっくりと上下に動かし始めた。

「へえ、黒田さんってそんな風にするんだ。ううっ、しかし女の子の手でやられるってのはこんな感じなんだ…す、すげえぜ」

「ふふふ。こんなに硬くしちゃって、興奮してきたようね。でも、まだまだこれからが本番よ」

 千晴はしばらく健輔の肉棒を手でしごくと、今度はその先に舌を這わせ始めた。思わず身を震わせる健輔。それを見て、千晴も喜びを覚えるのだった。舌の動きにも力が入る。

「ぴちゃぴちゃ…」

 部屋の中に千晴の立てる水音だけが響いている。それに健輔の弾む呼吸音が混じり始め、ちぐはぐなハーモニーを奏で始めた。

「よし、とどめだ!」

 千晴は健輔のそこをとうとう口に含み、上下に動かし始めた。健輔の下半身の力ががくっと抜けるほどの悦楽が襲う。一方の千晴の口腔内には異物感が襲っていたのだが、今の千晴にはまるで気にならないようだった。むしろ、健輔をリードしている事に対して、強い優越感を覚えているようであった。

「ううっ、も、もう出そうだ…くうっ!」

 一際大きく体を震わせると、健輔は欲望の塊を遠慮なく千晴の口の中へと放出した。それを驚きとともに受け取った千晴だったが、嫌がるどころかむしろ嬉々として飲み込み、さらには力を失いかけている健輔の肉棒の先に滲み出て来ている残滓を舐め取る事さえしていた。

 行っている千晴本人でさえ、どこからどこまでが千晴の記憶によるものか、まるで見当が付いておらず、まして生来の男であった淳がそれを望んでするとも思えない。そこには何らかの力が絡んでいるのだろうが、今の千晴にはそこまで考える余裕はなかった。

「ふっふっふ、俺のテクニックも中々のものだろ?あっ、調子に乗って思わずフィニッシュまで行っちまったじゃないか!ま、でもまだ出来るだろ?」

 とは言え、いくら何でもすぐに回復するものでもない。千晴本人も、健輔への攻めで一休みしたのか、興奮からやや醒めかけていた。

「仕方ないな。それじゃあしばらく実況をさせてもらおうか。こいつを聞けば、すぐにお前も回復するだろ」

 千晴はゆっくりと腰を下ろすと、健輔に向かって脚を拡げ、股間を曝け出した。興奮からやや離れたとは言え、割れ目から覗く肉襞は、いくらかの湿り気を帯び、きらきらと光り輝いていた。

「さっきも言ったけど、こいつは結構経験は豊富なんだ。週に一回は一人でやってるみたいだし、淫乱とまでは行かないが、平均以上にこう言った事が好きらしいんだな。…ん?そうか。こいつ、ピンクローターでやる事が多いらしいぜ!親に黙ってそう言う店で買って来たらしいけど、あれが唸って親に聞こえるんじゃないかって恐れながらする事に、この上ない興奮を覚えるらしいな。片手でここを摘みながら――」

 千晴はそう言いながら自分の乳首を右手でキュッと摘んだ。その動きはやたらと自然で、恐らくは普段の千晴もそうしているのだろう。

「――ローターをクリに宛がっているだけでいいんだ。5分もすればすぐにフィニッシュできるってさ。もうちょっと楽しみたい時は、先に乳首の方をローターで刺激しながら、指でこっちを弄ってやると…」

 千晴は今度は股間に指を当て、外周部をゆっくりとなぞり始めた。それだけで性感が高まってきたのか、ゾクゾクッと小さく体を振るわせた。

 それがスイッチだったかのように、健輔の股間も力を取り戻し始めた。

「お?そっちも準備が出来てきたようだなあ。ちょっと待ってろよ、こっちもすぐに準備してしまうから」

 そう言うが早いか、千晴は膣の中に指を放り込み、前後に動かし始めた。千晴と言う美少女が顔を紅潮させ、軽く呼吸を弾ませている様子は、男である健輔にとっては必要十分な興奮を呼び覚ますものだった。

「はぁ、はぁ…危なくイッちまうところだったぜ。よし、健輔、準備はいいぞ。早いところ始めようぜ!」

 千晴が二本の指で股間を拡げながら健輔を誘った。すでに辛抱堪らない、と言った様子の健輔も、それに応えて遠慮なく千晴の膣に自分の肉棒を押し込んで行った。

「ううっ、さすがに指なんかとは違うぜ…」

「い、痛いのか?」

 健輔が躊躇いがちにそう聞くと、千晴は少し小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。

「ふ、ふふ。自惚れるなよ、俺のココはもっとぶっとい奴を受け入れた事もあるんだぜ。お前程度のものはヨユーで大丈夫だよ!」

 ちょっと侮られた形の健輔は、それならばと千晴の股間を激しく突き始めた。千晴もそれに合わせて腰を動かし、己を高みに連れ込もうとする。それは恐らくは快感に実を任せ始めた千晴の肉体が持つ女の本能なのだろう。その証拠に、千晴は無言になり、時折嬌声を放つのみになっていた。

「す、すごいよ、黒田さんの膣内…オレのをギュウギュウと締め付けてくる…!まるで絡みつくようだ…」

 既に数人の男を受け入れてきた千晴の肉壷は、男を喜ばせる術を心得ていた。程よく締め付け、中の襞はわずかなざらつきがあり、男のものを刺激するようになっている。それが胎内の奥へ奥へと導くような動きを見せるのだから、実のところさほどの経験値のない健輔が抵抗できる道理がなかった。

「ん、すごいよ、健輔…男とのセックスがこ、こんなにいいものだったなんて…ふぅ!」

 歓喜の声を上げる千晴。頂点が近いのか、体を小刻みに震わせて、首を左右に振り始めた。もうすぐイク、その刹那――

「オレもイクよ、『千晴』!」

「…えっ!?」

 突然『キーワード』を言われ、全ての夢から醒めた千晴。自分を取り戻した千晴が見たのは、自分に覆い被さっているクラスメイトの男子の姿。そして、感じたのは抑えきれないほどの肉体の高まりだった。

「い、いやあ!な、何これ…んふっ!い、いやッ!見ないで!」

「よがりながら、何を抜かしているんだよ。さ、千晴、次にオレのを受け入れた瞬間、お前は全てを忘れて眠ってしまうぞ。いいな!」

「はいぃぃぃ!――い、イク、イッちゃう!!」

「オレも出すぞ!」

「きゃふぅ!!」

 一際強烈な締め付けを受け、健輔もおのれの精を遠慮なく千晴の膣内にぶちまけた。それを千晴が感じた瞬間、生まれてこの方、一度も感じた事のないような衝撃を受け、千晴は白目を剥いて気を失ってしまった。

「はぁ、はぁ、それにしても、すげえイキ顔だったな。――それにしても、朝目が覚めると起動する時限催眠は大成功だったな。一度睡眠を挟むって区切りがあるから、スムーズに『移行』ができるんだろうな。今の状態と似たようなもんか」

 そうつぶやいた健輔は服装を整えると、千晴の耳元で一言二言つぶやいて、部屋にある椅子に座った。

 ほどなくして千晴が目を覚ました。全く焦点の定まっていない様子だったが、全く無駄のない動きで、制服を着込んでいく。そしてカバンを引っ掴むと、何事もないかのように健輔の家から歩いて出て行った。

「黒田さんは家に帰るまで目を覚まさないはずだ。これも時限催眠だと言えなくもないな。まあこれは記念に戴いておくよ。さよなら、淳」

 健輔は床に打ち捨てられている千晴のブラとショーツを手に取った。既に体温が失われ、ひんやりとしているそれを、健輔は自分の机の引き出しに仕舞った。

「おっと、そろそろ美帆子が来てもおかしくない時間だな。部屋の換気をしておこう」



 しかし、結局美帆子には気付かれてしまった。とは言え、臭いがするとの指摘はあったものの、未だに男性経験のない美帆子にはそれが何の臭いであるか、特定できなかったようだ。

 いくら気がないように仕向けているとは言え、美帆子に軽蔑されるのは避けたい健輔は、正直ホッとさせられた。惚れられたくはないが、嫌われる事だけはしたくない、複雑な健輔であった。

 それだったらそんな事を最初からしなければいいのだが、健輔の探究心はリスクを恐れる心を上回るらしい。

「さて、次は何をするかな…?」

 
 
< つづく >


 

 

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