変わらない日常


 

 

前編


 人の心って何だろう?もし自分が自分の意思だと思って心の中で考えている事が、他人から植え付けられているものだとしたら?

 例えば教育。どこかの国のように、生まれた時からその人の為だけに生きていかなくてはならないと教え込まされていたら?他でもない、数十年前の日本もそうだった。

 果たしてそれは自分の意思なのだろうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。日本が戦争に負けた時、心の底から涙を流した人もいれば、逆に喜んだ人もいるのじゃなかろうか。

 僕がこの「力」を得てからと言うもの、僕は逆にそう言う事を少しは考えるようになっていた。他人の意思を思うままに操作できるこの力を得てからは。



「おっはようー!」

 僕が家の門から出たところですぐ、声を掛けてきた人物がいる。

「よう、おはよう。今日もいい天気だな」

 僕も隣の門に向かってすぐに返事を返す。もちろん、門に話し掛けていたわけじゃあない。幼馴染である、岩橋美帆子に対してだ。

 美帆子とは家が隣同士だと言う事もあって、家族同然に育ってきた。そのため、美帆子がクラスでも一目置かれるほどにまでかわいくなった今でも、僕は美帆子に女性として惹かれると言う事がなかった。

 ただし、美帆子自身の気持ちは違ったようだ。どこがいいのか、僕にほのかな恋心のようなものを抱いていたらしい。「抱いていた」と言う言葉には多少の含みがある。どうして過去形なのか、それは後で語られる事になるだろうからここではしない。

「ホント、嫌になっちゃうぐらいいい天気だよね。見てよ、この日差し。お肌の大敵よね」

「いいじゃないか。少しぐらい焼けても。大体、この季節に真っ白な肌をしていたら逆に気持ち悪いぜ」

「そうは言うけど、あまり焼けちゃうと、秋になってからが大変なのよ。若いうちからお肌は大事にしないとね」

「何だよ、良子ママの受け売りか?まあいいけどさ」

 話はそこで中断した。僕が歩き始めたからだ。

「あん、待ってよぅ!」

 美帆子が慌てた様子で僕を追いかけてくる。いつもと変わらぬ日常。しかし、本当は変化があって然るべきだったのだ。それを僕は「力」を使って無理やり日常に捻じ曲げてしまっている。

 好意を持ってくれていた美帆子には悪いが、僕はまだこの力を使って色々と楽しみたい事がある。そのためには独占的に付き合う女がいる事は足枷になりかねないのだ。それ以前に僕が美帆子に対して愛だの恋だの言う事が考えられない、と言う事ももちろんあるのだが。

「ねえ、今日も何か仕込んだりするの?」

 美帆子がそんな事を聞いてくる。僕に催眠術の才能がある事は、実は幼馴染である美帆子は当然のように知っている。「力」によってその記憶を消し去る事もできるだろうが、それをしてしまうと際限がなくなりそうな気がして、僕はそれをあえてしなかった。

 それ故、美帆子には僕の表の催眠術師としての顔だけは見せている。いわゆる悪戯レベルの他愛もない遊び――例えば女子に男の言葉使いしかできなくさせてみたり、試験前になるとテストの問題を教師から引き出してみたりとか、実用性のあるものまでもあった。

 それを見せているだけに、美帆子はそんな事を僕に聞いてきたりするのだ。実のところ、今日は何も仕込んではいない。近々試験があるわけでもないし、術を使うのだってそれなりの精神力を使うのだ。今日は裏の実験をやってみたい僕には、表の方を使う気にはならなかった。

「いや、今日は何もするつもりはないよ。あまり毎日ヘンな事が起きても怪しまれるだろ?」

「ああ、それもそうよね。うーん、残念。でも、昨日のなんか面白かったよね!」

 昨日の、とは授業がつまらないと評判の日本史の高原先生に、「時折漢字が読めなくなる」と言う暗示を仕込んだ時の話だ。奴が自分の記憶の範囲でしゃべっているうちは問題なかったが、教科書で確認しながらしゃべる段になると、あちこちで読めない字が出てきてしまう。あの堅物の高原がまごついているさまは、原因を知っている僕と美帆子には笑いが止まらない見世物だった。

 おっと、説明が遅れたけど、僕と美帆子は出来過ぎと言うか、ご都合主義と言うか、同じクラスだった。僕らの事を知っている人間は運命的な繋がりがある、とか言う奴もいるが、僕自身は美帆子に対してそんな気持ちを抱いていないので、腐れ縁って言うものだと答えてやっている。

「ああ、あれはケッサクだったな。できる人間をできないようにしてしまうのは面白いな。優等生が突然問題を見ても何も解らなくなったりしたら焦るだろうなあ」

 そんな事もやった事はある。やり方は色々とあるが、単純に思考能力を制限してしまうとか、あるいは限られたジャンルに絞って記憶を封印してしまうとか。本来はすぐに開けられるはずの引き出しに鍵が掛かっている状態になるのだから、掛けられた相手は酷く狼狽する事になる。昨日の高原の件もその手法だ。

「そっか。今日は何もなしか。また何かやる時には教えてよね」

「ああ、もちろん」

 話はそれで終わりだった。それ以後は他のクラスメイトなどと他愛もない会話をして、程なく授業が始まった。

 授業中の僕は、放課後に誰をどうしてやろうか、そればかりを考えていた。

 放課後の僕が本来の催眠術師としての姿なのだ。今までは実験段階だったので、さほどの事はしていない。表で美帆子の前でやっている事とそう大差はないものばかりだ。何より僕は、校内で噂が広がる事を恐れていた。最後に相手の記憶を消し去るように施しておけば、第三者に知られる事はまずないのかも知れない。それを含めての実験段階だったと言える。

 そんな技術にも自信を得始めていた僕は、いよいよ今日辺りから実践編に突入しようと考えているのだ。

 成功させるには、ターゲットを厳選する必要がある。別に美帆子でもよかったのかもしれないが、あいつは積極的に術に掛かろうとしてしまいそうな気がする。あるいは、掛かっていなくても掛かったフリをする可能性も否定できない。しかし、それじゃあだめなのだ。できれば僕を嫌っているか、術の事を信用しない無関係な人物がいい。

(さて、誰にしようかな…?)

 最初はやはり厳選したい気分になる。まるで初めて恋をする少女のような気分で、僕は相手を吟味するのだった。


「あれ?健輔、帰らないの?」

 帰宅部なのに放課後になってもまだ帰ろうとしない僕に気付いた美帆子がそう聞いてきた。

 美帆子自身は演劇部に所属しているため、これからそちらへ行くのだろう、すぐにでも教室を出る構えを見せていた。

「ん?ああ、ちょっとやっておきたい事があってさ。それを終えたらすぐに帰るよ」

「ふ〜ん…」

 美帆子は一瞬、疑わしいような顔を僕に向けたものの、「じゃあ、私は行くね」と言い、教室から出て行ってしまった。

 実は、美帆子には僕の行動に対して、どれだけ疑おうとも決して邪魔だてする事のないような暗示をかけてあるのだ。それはかなり軽いもので、絶対的に美帆子の行動を規制するものではなかったが、今の程度ならばそれで十分なようだ。

 さて、それはそうとターゲットを誰にするかはもう決めてある。そしてその人物がまだ学校から出ているはずもない事も分かっている。実のところ、その人物には放課後に僕に声をかけるように暗示を施してあるのだ。……ホラきた。

「藤原君、いますか?」

 もう数人しか残っていない教室内に、遠慮がちな声が飛び込んできた。残っていたクラスメイトが名前を呼ばれた僕の方を向くが、僕と目が合うとすっと目を逸らしてしまった。僕は席を立って教室から出た。

「どうしたんだい、渡瀬さん。僕に何か用?」

 僕は自然な雰囲気を繕って彼女――渡瀬瑠実さんに聞いた。

 彼女は二つ隣の2−Cの女子で、僕と同じく帰宅部だ。それが彼女を選んだ一つの理由でもあった。もちろん、本当の理由はそれだけではない。さらっと伸びた清潔感のある髪、少し気の強そうに見える切れ長の目、惚れ惚れするような顎のライン――彼女は見れば見るほど引き込まれてしまうような容姿を持っている少女なのだ。

「決まってるじゃない。…ん?…んん?…あれ?どうしてだっけ?」

 渡瀬さんはどうして僕なんかを訪ねてきたのか、その理由にさっぱり心当たりがないようだった。それはそうだろう。僕は昼休みに隙を見て、彼女に「放課後僕を訪ねるように」と暗示を掛けたものの、その理由については一切刷り込んでいないのだから。

「まあそれは歩きながら考えればいいよ。それよりもそろそろ帰ろうか」

「え…?そ、そうね。じゃあ一緒に帰りましょうか」

 や、やった。術を使うまでもなく、渡瀬さんは僕と一緒に帰る事を了承してくれた。彼女にしてみれば自分から誘っておいて「理由がないからやっぱり一人で帰る」って言うんじゃあおかしいと思う気持ちがあったのかもしれない。とにかく、僕と渡瀬さんは一緒に並んで学校から出て、歩き始めた。

「ねえ。そろそろ思い出したかい?どうして僕なんかを誘ったのかを」

 僕は理由なんかないのをよく知っているにもかかわらず、そう彼女に聞いた。案の定、彼女も考え込んでいる風である。

「ご、ゴメン。それが全然思い出せないのよ。そのうちに思い出すと思うから、ちょっと待ってて」

「ふう〜ん…」

 そろそろ頃合だな。僕はそう考え、渡瀬さんに次の段階の暗示を掛ける事にした。

「渡瀬さん!」

 僕は少しトーンを上げて彼女に呼びかけた。突然の大きな声にハッとしたように僕の方を見る彼女。少し泳いだような目の彼女に向かって僕は話し掛ける。

「さあ、僕の目を見て…そうすればどうして僕を誘ったのか、その理由を思い出す事ができるんだから…」

 渡瀬さんはもはや僕の目から視線を離せないようになってしまっている。ある程度虚を突いて心のガードを崩し、そしてこの目の力を使って彼女を落としてしまう。完璧なシナリオだった。

「さて、渡瀬さん。君は今日僕を誘ったよね」

「ええ、誘ったわ」

「うん。その理由に心当たりはないんだよね?」

「…ええ、ないわ」

「でもね。理由はあるんだよ。君が僕を誘ったのは、僕を君の家に誘うためなんだよ。そうだったよね?」

「私は藤原君を家に呼ぶために誘った・・・?」

「そう。それは君の本心で、君はそれを当たり前の事だと思うようになるよ。ほら…どうだい?」

「…私が藤原君を家に誘うのは当たり前の事…だよね」

「よし、じゃあ、今から三つ数えると君は目を覚ますよ。いち、に、のさん!」

「…ん。あれ、私、寝てた?……さ、藤原君、行くわよ!」

 僕の手を引くように渡瀬さんが先に歩いていく。僕は内心ほくそ笑みながら彼女の後についていく。彼女自身は何の根拠で僕を誘ったつもりなのか知らないが、理由もなく誘ったりはしないから勝手な理由を自分で作り出しているのだろう。

「さ、入って」

「おじゃましま〜す」

 僕はまんまと渡瀬さんの家に上がりこむ事に成功した。彼女の家はマンションの3階にあった。もちろん、僕がここに入るのは初めてだ。

 僕らの声に対して、返事が返ってくる事はなかった。どうやらこの部屋の中には渡瀬さん以外の家族はいないらしい。う〜ん、理想的な展開だ。

「そこにでもかけて。ちょっと着替えてくるから」

「うん」

 渡瀬さんは僕をリビングに案内すると、自分の部屋の中に入っていってしまった。僕はここでは渡瀬さんに何の干渉もしなかった。彼女の普段着姿を見た事がない僕としては、ここで僕の好みを押し付ける事はしたくなかった。

 僕はこの間に部屋の中を観察する事にした。女の子の住む家らしく、部屋の中はきっちりと片付けられており、広い空間が確保されていた。その他は特に女の子っぽさが窺えるようなものは見当たらなかった。リビングだから、こんなものなのだろう。

「お待たせ」

 渡瀬さんが戻ってくると、僕は息を飲んだ。制服姿とはまるで違う、生き生きとした女の子の姿がそこにはあったのだ。

 すらっとした脚を強調するようなジーンズに、白いタンクトップのようなシャツを着ていて、胸元が制服以上に強調されているように見える。靴下は履いておらず、全体としては非常に涼しげな格好だ。

 渡瀬さんは僕の横をすり抜けていく。僕が彼女の動きに合わせて顔を向けると、彼女が振り返った。

「そのまま座ってて。お茶でも入れてくるから」



「さ、どうぞ」

「あ、ありがとう」

 渡瀬さんは僕に茶を勧めると、僕の正面に座った。僕は彼女の心魂がイマイチ掴めていなかった。確かに僕は彼女に家に招待するのが当たり前、と言う暗示を施したけれど、客をどう扱うか、そう言った事までは彼女に指示していない。

 要するに彼女の中で何かの方向付けがなされていて、それが今の行動に出ている、と言う事なのだろう。まあ、歓迎されているようなので、こちらとしては願ったりかなったりなのだが。

「…なのよねえ」

 彼女はまくしたてるように自分のクラスの噂を僕に話している。他愛もない話だが、そんな話を僕にする事自体が僕には貴重だった。僕は彼女が話す時に浮かべる幸せそうな表情に、気を取られてしまっていた。

「…って、聞いてんの?」

「え?あ、ああ」

 ずっとこうしていてもいいけど、僕は世間話をするためにここにきたわけじゃない。今の状況を利用して、色々と試してみたい事があるのだ。

「それよりもさ。ちょっとこれを見てくれないかな」

「?」

 僕はポケットから小さな「珠」を取り出した。別にこの珠自体に力が宿っているわけではない。彼女の目を引き付けるためにあえて小道具を用意したのだ。

 予想通り、彼女は僕が突然取り出した透明な珠に意識が行っていた。その延長線上には僕の目がある――

「さ、もっとよく見て…そう。見ていると珠の中に何かが見えてくるよ。それを見ていると、君は段々と意識をそこに吸い込まれていくんだ。さあ、どんどん眠くなってくる。上と下のまぶたがくっついてきた…」

 ストン、と彼女の肩の力が抜け、落ちた事を示していた。

「僕の声が聞こえるかい?」

 こくん、と渡瀬さんが頷く。よし、完全に術中にあるようだ。僕は彼女の方に膝を進める。

「さあ、これから僕が言う事をしっかりと聞くんだ。君はこれから僕がどんな事を聞いても、正直に答えてしまう。どんな質問にでも、恥ずかしいとか知られたくないとか思わないんだ。いいね」

「はい。私はどんな事に対しても正直に答えます」

 まずはこれだけでいいか。そうだ。何度も導入をするのは面倒だから、キーワードを仕込んでおこう。

「よし、じゃあ今から僕が三つ数えると君は目を覚ますけど、僕に術を掛けられた事や、命じられた事は全て思い出す事ができない。でも僕に命じられた事はその通りにしなくちゃいけないんだ。それと、これからはどんな時でも僕が『かえるのしっぽ』と言うと今の状態になる。これも君は目を覚ますと思い出せないけど、必ずその通りになる。分かったかい?分かったら復唱してみて」

「…はい。私は藤原君が三つ数えると目を覚ましますが、術を掛けられた事や命じられた事は思い出す事ができません。でも、教えられた命令には従います。そして、藤原君が『かえるのしっぽ』と言うとまた今の状態に戻ります」

「よし、それでいい。じゃあ今から三つ数えるよ。ひとつ、ふたつ、みっつ!はい、目を覚ましていいよ」

 僕は彼女の目の前で手をぽんと打ち鳴らした。はっとしたように彼女は目を開けた。

「ん…?わ、私どうしてたのかしら?もしかしてまた寝てた?」

 きょろきょろした後、渡瀬さんは僕の方を見てそう言った。何が起こっていたのか、本当に何も思い出せないようだ。まずは成功だな。

「そうみたいだね。もしかして寝不足なんじゃないの?…ところで、今日の朝には何を食べたの?」

 まずは当り障りのない質問をしてみる。普通の質問に対して、彼女が何と答えるのか見ておかないと、きわどい質問の時とどう違うのかが分からないから。

「えっと、今日は食パンと紅茶だったわ」

「へえ。軽食だね。もしかしてダイエット?」

「そ、そうよ。このところちょっと気になってきたもんだから」

 ハッとして口を押さえる渡瀬さん。余計な事をしゃべってしまった、と言う表情だ。けど、まあ、これは術のためかどうかは分からない。単に口が滑っただけなのかも。

「一応聞きたいんだけど、今何キロ?」

 これは恐らく普通だったら口が滑らないレベルの質問だろう。これで術が効いているかどうか、はっきりと検証できるはずだ。

「…47キロ」

 ちょっと間があってから渡瀬さんはそう答えた。間があったのは術に対しての彼女の抵抗なのか、それとも単に記憶を辿っていただけなのか。

 それにしても今回は普通なら知られると恥ずかしい秘密をしゃべっても、彼女は平然としている。『恥ずかしいと思わない』と言う暗示が効いているようだ。それならもっと答え難い事を訊いてやろうか。

「ふうん。それならダイエットしなくていいんじゃないかとも思うけど・・・スリーサイズってどうなの?教えてよ」

「えっと、85、52、86よ」

 おお、かなりいい感じじゃないか。本当にこれだったらダイエットなんかいらないと思うんだけど。僕はそう思うけど、女ってのはそこら辺には妥協しない生き物のようだ。

「かなりスタイルよさそうだね。ところで今は彼氏とかはいるの?」

「う…いないわよ」

 渡瀬さんは少し悔しそうにそう答えた。今の質問に対しては術の影響でなく答えたようだ。嘘をつこうとしても術によって正直に答えさせられるわけで、どうやら本当に付き合っている男はいないらしい。

 しかし、質問にスラッと答えている方が本人にとって答えたくない質問だと言うのも、聞いていると頭がこんがらがってくる。まあ、これはこれで面白い現象なんだけれど。

「やった。じゃあ僕が立候補してもいいのかな?」

「…だめよ。だって藤原君って私のタイプじゃないもの」

 にべもなく断ってくる渡瀬さん。まあそれも当然だろう。僕と渡瀬さんの間にはこれまでほとんど接点がなかったのだから。そんな関係の僕でもこうして彼女の家にまで上がり込む事ができている。この力は本当に素晴らしい。

「あ、聞き忘れてたけど、この家には誰が住んでるの?」

「両親と私と。三人暮らしよ」

「そうなんだ。姉妹とかいないんだね。それで、今日は親は何時帰ってくるの?」

「さあ?でも、いつも7時くらいまでは帰ってこないわ」

 この質問に対しては彼女は「正確な答え」を示さなかった。単純に彼女自身が知らない、と言う事なのだろう。いくら正直に答えると言っても、本人が知らない事を答えさせられるわけがない。それにしてもこの状況は好都合だ。今は5時だからあと2時間程度はここにいる事ができそうだ。よし、じゃあもっと訊きづらい質問に突入してみようか。

「ところで、渡瀬さんはキスはした事あるんだろ?」

「え、ええ、もちろん」

 あっさりと答える渡瀬さん。どうやらこの質問には答えたくなかったらしい。

「何人の相手と何回くらいしたの?」

「5人に67回したわ」

 いやに正確な数字が出る。さすがに数えてはいないだろうから、この数字は彼女の記憶から術によって弾き出された数字なのだろう。つまりは彼女が過去に体験した事であれば質問さえしてやれば正確な答えが得られる、と言う事になるな。これってもしかすると、犯罪捜査なんかに滅茶苦茶有効なんじゃなかろうか。僕の能力の新しい使い道が見付かったぞ。

「結構やってるんだね。その中で最後まで行ったのは?」

 渡瀬さんはすぐには答えなかった。ちょっと質問が抽象的だったのかもしれない。とは言え、この内容でもちょっと考えてやれば他の結論に行き着くとは考えにくい。

「…まだ二人しかいないわ」

 ほらね。まだ渡瀬さんの全てを見た奴は二人しかいないのか…って、二人もいれば十分だよ。僕なんてまだ美帆子の裸は見た事あるけどガキの頃だし、大人の女の裸なんて一度も見た事ないよ。

「その時の話をちょっと参考までに教えてくれよ。えっとじゃあ、一人目にしようか」

「…最初の相手は加賀さんって言うんだけど、彼は私の家庭教師だったの。大学生で、6つほど年上だったけど、会話が上手くて歳が離れていても楽しかったわ。それで時々昼間にも会うようになって…出会ってから3ヶ月経った頃に、彼の家に誘われたの。それがそう言う意味だって分かってたけど、私はOKしたわ。あの頃は本当に彼に憧れていたんだもの。それで彼の家でお茶して、ちょっとしゃべった後、彼が突然肩を抱いたの。私はいよいよきた、って思いながら彼に身を預けて目を閉じたわ。そしたら彼が私にキスをしてきて…もう全身の力が抜けちゃったわ。そして彼が『いいかい?』って聞いてきたの。初めてだったから怖かったけど『うん』って返事しちゃったの。今になって思うけど、最初なのに私があまり痛いと思わなかったのは、彼がきっと上手かったからなのよね。それってつまりは彼が遊び慣れてるって事なのよ。後々になってそれが徐々に明るみに出てきて彼とは別れる事になるんだけど…」

 渡瀬さんは少しつらそうな表情を見せた。あまり加賀と言う大学生との最後は後味がよいものではなかったのだろう。

「そうなんだ。前の彼氏とはどうして別れたの?」

「あいつ…!?あいつは私と言う彼女がいながら、他の女と…」

 なるほど。フタマタをかけられていたと。それは許せん野郎だなあ。僕は今自分がしている行為がそれと比較してどうか、などとはまるで考えなかった。

 渡瀬さんは前の彼氏の事を思い出して、少し興奮してきているようだった。質問には自然には答えるけど、やはり答えた質問の内容は理解できているようだった。ただし、僕がそんな質問をすると言う事実については気にならないらしい。

「へえ。君みたいなかわいい娘を差し置いてフタマタをかけるなんて…ゼイタクな奴だなあ」

「もういいでしょ。この話は止めましょうよ。思い出したくもないわ」

「…そうだね。じゃあ話題を変えようか。『かえるのしっぽ』」

 突然に出た僕のキーワードを聞いた途端、渡瀬さんの瞳から光が失われ、興奮のためにほんのりと赤く色づいていた顔色も失われてきた。

 さて、これからが本番の始まりだな。渡瀬さんにどんな事をさせてやろうか…

 
 


 

 

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