新作で行こう


 

 

前編


「はー、正月休みも、アッと言う間に終わっちゃった。仕事ダルいな、しかし。」

 江森健吉が周りのバイトにも遠慮せずに大きな欠伸をすると、隣のカウンターに雑誌を持ってきたOLが、それを聞いてプッと噴き出した。溌剌としたビジネススーツに新調したばかりのようなコート。ビシッと決めて仕事に向かうOLと、休みボケ丸出しの自分とのギャップに、健吉は恥ずかしそうに会釈することしか出来なかった。

 書店「アラメゾン」は港区のビジネス街にあって立ち読み自由な大型書店。併設されている、焼きたてパンを出す喫茶店にも本を持ち込めるため、おしゃれなOLたちの一服の場として重宝されていた。外回りやフレックス勤務、昼休みのちょっとした息抜きに、思い思いの本を片手に、くつろぐ一流キャリアウーマンやOLさんたち。華やかな中にも颯爽とした、美しい社会人女性たちの中にあって、バイトも4年目になる健吉は、未だに場違いな雰囲気を丸出しにしていた。

「まー、『働く女性たちにくつろぎの一時を』ってのがうちのコンセプトなんだから、江森君はそのままでいいのよ。テキパキしたイケメンがカウンターで待ってたら、それこそお姉さんたちもくつろいでられないからねっ。」

 店長の水川さんは豪快に笑って、そうフォローしてくれたものだ。フォローなのか、追い討ちなのか・・・、健吉はその場では照れ笑いで済ませていたが、バイト後に自宅で密かに落ち込んだ。大学を出てから2年。資格試験浪人という言い訳も、そろそろ厳しくなってきた健吉にとっては、華やいでいるはずの新年の清廉な空気すら、自分の周り、半径1メートルだけ澱んでしまっているように感じられた。

(お笑いの特番ダラダラ見て、発泡酒飲んでたら、正月も終わっちゃった。外で人と話したことっていったら・・・、コンビニの店員さんと・・・、2日にゼミの連中と呑んだ時だけかな?)

 例によって、健吉にとっては余りパッとしない呑み会だった。大企業に就職した奴、ベンチャー企業に勤めてる奴、金融危機を愚痴ってる駆け出し銀行マン。みんな就職活動の頃よりもスーツ姿が板についてきていて、いつの間にか健吉とは違う世界に行ってしまったようだった。注文する酒や料理までが学生時代とは違ってきている。健吉にはなぜか、不景気を嘆く彼らの口振りからすら、自慢のように聞こえてしまうのだった。

(あいつら、3年の頃は俺よりもレポートの評価悪かったくせに・・・。そう言えば、ミコちゃんとかも集合した後には、ちょっとだけ俺の話題になったんだよな。)

 大した思い出もない、年末年始を振り返りながら、健吉は白いマフラーの女性が購入した新潮社の文庫本に、手馴れた手つきでカバーをかけていく。

 今は住宅展示場で働いている山内舞子(メールアドレスがmicoなのでミコちゃん)が女友達のゼミ生たちと合流した後で、確かに健吉が話題の中心になったことはあった。数年前は舞子に気があった健吉は、端の席で黙々と焼酎お湯割を飲んでいたはずが、急に耳をそばだてたものだ。しかし悲しいかな、健吉の話題は場を盛り上げるネタになっていただけだった。

「そう言えば、エモッちゃん。そのスカジャン、ゼミの歓迎呑み会の時も着てなかったっけ?」

「わっ、そうじゃん。お前、物持ちいいなー。」

「って言うか、新しいの買えよ。」

 男たちが酔いに任せて大振りでツッコムとひとしきり笑いが起きる。健吉も愛想笑いでごまかした。

「江森はさー。司法書士の勉強も大変だから、しょうがないよ。」

「いや、司法書士だろうが行政書士だろうが、オシャレは気を使った方がいいぞ。」

「それは好き好きじゃん?俺はむしろ江森が羨ましいよ。広告宣伝の業界とか身を置いちゃうと、スーツから何から、仕事柄、いっつも新作モノを身に着けてないといけないんだから。俺ももっと、エモッちゃんみたく、自由に生きたいよ。」

 広告宣伝マンの柳沢がそう言うのを聞いた瞬間、江森はとことん呑むことに決めた。話題が、柳沢が芸能人と仕事したことがあるだのなんだのに切り替わり、女性陣も興味津々となって場が盛り上がっていく。そんな中、健吉は一人、沈み込むように「黒霧島」のお湯割りに、身を委ねていったのだった。正直な話、その後で遅れて来たはずの、渋沢教授の顔すら覚えていない。おそらく早々に酔いつぶれ、「学生気分でずっといられて羨ましい」とか、またひとしきり笑いのネタにされたのではないだろうか・・・。

 健吉が目を覚ましたのは翌日の自宅。1月3日も午後2時を過ぎてからだった。痛飲して一度酔いつぶれて、仲間に終電に乗せてもらって板橋区まで帰ってから、恐らく自宅のアパートでまた呑みながら趣味のネット検索巡礼の旅でもしていたのだろう。PCが立ち上がったまま、電源セーブモードで申し訳なさそうに作動音を立てていた。

(そういえばあの後、寛史にも誰にも、謝りのメール入れてないな。誰か電車に乗るまで助けてくれたんだろうから、ちゃんとフォローしとかないと・・・。あ、そう言えば、デスクトップも変なサイト開いてたな・・・。あれって、購入しちゃったんだっけ?)

 思い出したくないことに行き当たってしまったように、バイト中の健吉の表情が曇った。酩酊の末に、うっかりマイナーな通販サイトを開いてしまっていたようだったのだ。ヤケで自虐的なサイトを巡っていたのか、画面にはジョークショップの通販で、買い物をしてしまった痕跡があった。

(アイディア商品の・・・パンドラ屋とか言ったっけ?ひょっとしたら、すごくしょうもないもの買っちゃったのかも。今日家に帰ったら、ちゃんとキャンセル入れとかないと。『流行受信機』だったっけ?いくら流行りもののファッションがわからないことをネタにされたからって、ちょっと自虐的過ぎるよな・・・。次の呑み会に持ってっても・・・。いや、うけるよりひかれるリスクの方が大きいな。うん。キャンセルしとかないと。)

 江森健吉の2009年初仕事は、こうして、酔って注文してしまったらしい、怪しげなネット通販の心配に妨げられっぱなしで終わっていったのだった。


。。。



 田町にある、築25年の6畳アパートに戻ってきた健吉は、ポストの前でがっくり肩を落とすことになった。記憶もあやふやな中、ネットで注文してしまったらしいジョーク商品は、既にポストからはみ出す茶色い包装紙を見せて、健吉の家に届いてしまっていた。新年早々、世間は仕事が早い。常に出遅れているのは江森健吉ただ一人のようだった。

 キャンセルを半ば諦めた健吉が、部屋に入って注文の品を開けてみる。包装紙の中からは、分厚い説明書と、まるで東京タワーのお土産のような品物が現れたのだった。

「流行・・・発信機。あれ?・・・。受信機でもなかったか。」

 どうやら健吉は二日酔いの頭で、何重もの記憶違いをしていたようだ。酔いに任せて注文してしまったネット通販のジョークグッズは『流行受信機』ではなくて『流行発信機』。しかも中身はその名とは似ても似つかないようなダサい外見だった。東京タワーのような通信塔の隣に表札のような板が立てられていて、相撲文字で黒々と『流行り廃りは浮世の常』と彫られていた。

 健吉がそのジョークグッズを色々な角度から、いぶかしげに眺めてみると、この品物は意外と、第一印象よりもずいぶんハイテクな品物らしいことがわかる。タワー模型の下には写真か何かをスキャンするための薄型のスロットと、携帯のキーのようなボタンが並んでいる。健吉が興味本位で電源コードをつなぐと、ピコピコと電子的な作動音がした。試しに『あ』と入力すると、タワー模型の電光掲示板らしき部分にオレンジの光で『あ』と表示される。すると土台の部分にいくつかあるボタンのうち、『流行り』、『廃り』、そして『発信』とかかれたボタンが点滅。冗談商品としては、意外とよく出来た玩具のようだ。一月の寒く長い夜の暇つぶしに、健吉は、一度は包装紙と一緒にゴミ箱に投げ捨てた分厚い説明書を、思い直して拾い上げてみた。


。。。



 翌朝、バイト先で健吉は意外な光景に出会うことになった。バイトの後輩である女子大生の柊誠子が、珍しくブルーのオーバーオールに赤いチェックシャツという、ボーイッシュな出で立ちでカウンターに立っているではないか。大学1年で、バイトも始めてまだ半年強。大人の女っぽいファッションを目指して背伸びしていたはずの彼女が、随分と雰囲気の違う服装になっていた。

「あれ?誠子ちゃん、イメチェン?今年から路線変更するの?」

 健吉がつい声を大きくすると、誠子は照れくさそうに、私服の上につけているベージュの仕事用エプロンを伸ばす仕種をした。

「え?・・・江本さんご存知ないですか?今年の冬は一応、こういうのも流行ってるんですよ。」

 江森が同僚の服装について言及するのは珍しいためか、柊誠子は少し意外そうに、大きな目をパチパチと瞬かせて微笑んだ。もともと童顔で可愛らしい顔立ちの誠子には、『トム・ソーヤ』のような服装もよく似合っていた。健吉は愛想笑いを返すが、少し笑顔が強張っていた。

 自宅の机の上に置いてある『流行発信機』。掲示板には『つなぎファッション流行中』というオレンジ色の文字が、今もスクロールを繰り返しているはずだった。

 カウンターに次々と現れる、オーバーオールの学生客。整備服のようなつなぎを着たお客さん、スノボファッションの若い女性客。つなぎが目立って浸透していることだけは間違いないようだ。

 それから8時間。健吉にとっての一日のバイト時間は、3日分にも感じられるぐらいの、長く、じれったいものになった。


。。。



『かんたん操作法。

 対象の設定をとばして直接『流行り』(又は『廃り』)の内容を入力し、タワーの掲示板にその内容が表示されたのを確認してから、『流行り』(又は『廃り』)のボタンを押しましょう。対象を設定していない場合、デフォルトで発信機の周辺に影響を及ぼします。対象を細かく設定したい場合は4ページの対象設定方法へ。』

 分厚い説明書の始め3ページだけを読んで、あとは本体を適当にイジってみた、胡散臭い玩具。健吉はさらに説明書を読み込んでみることにした。

『対象設定方法1.写真スキャン

 対象を設定せずに遊ぶ方法もありますが(3ページへ戻る)、当商品は詳細に流行範囲を設定することが出来ます。最もシンプルな方法は、流行させたい対象範囲の典型例をピックアップし、その人の写真をスロット式スキャナーから読み込ませてください。写真を入れてスロットの認識ランプが青く光ったのを確認してから、『設定』ボタンを押すだけです(認識ランプが赤く光った場合は読み込みエラーですので、もう一度写真を抜き取り、シワや汚れがないことを確認して再度挿入してみて下さい)。

 本体のCPUが、写真に写った人の年齢、容姿、髪型、表情や写り方を総合的に分析し、対象範囲となるべき相手がどのようなアンテナを持っているかを解析し、それに合わせた電波で流行を発信します。写真に写った本人が確実に受信するという保証はございません。あくまで当機が分析した結果、同様のアンテナを持っていると思われるグループが影響を受けることとなります。対象としたい特定の個人がなかなか受信してくれない場合は、『設定』ボタンを長押ししたまま、その人の出来るだけプライベートな写真を数枚、スロットに出し入れして見て下さい。多角的な分析を行うと、電波調整の精度が向上します。』

 設定方法のページだけでもそれなりの厚みがある。全てを覚えることは難しそうなので、健吉は簡単そうなものから一つずつ、実践しながら覚えていくことにした。バイトメンバーのシフト表と簡単なプロフィールは、店長のご主人で、喫茶店を切り盛りしている水川マスターが、丁寧に顔写真付きでみんなに配っていてくれたはずだ。豪快な性格の奥さん店長と、細やかな配慮をしてくれる優しいマスター。二人の親切を悪用することには少しだけ健吉の良心が痛んだが、それ以上にこの、不思議な玩具への興味の方が膨れ上がりつつあったのだ。そして、それ以外の、別の気持ちも、怪しく膨れ上がりつつあった。

「誠子ちゃん・・・。これ、ジョーク商品だからね。別に、これが実現するとか、自分でも信じてる訳じゃ、ないからね・・・。」


。。。



 翌朝健吉は、いつになく元気一杯に仕事をしていた。これまでにないような覇気が全身から満ち溢れている。フロア主任の竹山も苦笑するほど、健吉が大きな声で接客している。隣で取り寄せの注文を書き取っている柊誠子は、屈みこんで机で記入しながら、必死に空いている左手で、セーターの裾を後に引っ張っていた。白いセーターの下にはいているスコッチ柄のミニスカートがミニ過ぎて、ほんの少し身を屈めただけで、パンツが丸見えになってしまうのだ。

「誠子ちゃん。その格好だと立ち仕事しにくいようだったら、僕が頼んで倉庫の整理とかと替わってもらおうか?」

 鼻の下を伸ばしてチラチラ誠子を見ながら、健吉が申し出る。

「あ・・、ありがとうございます。大丈夫です。だって・・、こういうの今、流行ってるんです。」

 女の子たちのオシャレに対する執着は、健吉が思った以上のものらしい。特に若い女性は『これが最新のモード』と思い込んだら、羞恥心よりも虚栄心の方が簡単に打ち勝ってしまうようだ。しかし男性陣だって、そんな女性の弱さを笑えない。現に健吉は普段の謙虚で小心な性格がどこへやら、助平心に簡単に負けて、次の操作方法を試し始めていた。


(原付のメット入れにギリギリ入る大きさだったから、職場まで持ってきちゃった。まだ『流行り』ボタンしか使ったことないから、こっちの『廃り』の方も・・・。)

 効果がすぐに確認したくて、健吉は流行発信機を、勤務中に人目を盗んでチョコチョコとイジッてみることにしたのだ。そして彼がカウンターの下に置いた電子玩具を操作すると、隣で仕事をしていた超ミニスカートの美少女が、急にソワソワとし始める。左右をキョロキョロと見回して、健吉に近づいてきた。

「あの・・・、江森さん。私・・・。」

「なに?」

 息がかかるぐらい女性に接近されて、健吉は胸をバクつかせながらも訊く。

「ちょっとお手洗い行ってきます。」

 パタパタと従業員用トイレに駆け込む柊誠子。後姿はアニメに出てくるワカメちゃんのように、スカートからパンツがはみ出ていた。


 1分もたたずに戻ってきた可愛らしい女子大生が、安心したような表情で健吉の横に並ぶ。彼女が体を横に向けた瞬間に、また健吉の顔が緩んでしまった。前はエプロンで隠れてわからないが、横から見るとはっきりと、彼女がチェック柄のスカートを身につけずに戻ってきてしまったことがわかる。

「せっ・・・、誠子ちゃん。あの、スカートは?」

 期待していた状況そのものなのに、健吉の口は挙動不審のようにドモってしまった。

「スカートなんてそんな、ダサいの・・・。いらないですっ。私、そんなのはいてましたっけ?」

 いつもニコニコと愛想のいい誠子が、今だけ急に不機嫌になって、吐き捨てるように返事する。

「いや・・、いらないって・・・。ついさっきまで、超ミニが流行ってるって言ってなかったっけ?」

「もうっ・・・、江森先輩っ!ファッションはどんどん変わるんですっ。いつまでも昔の話とかしてると、彼女さんに出来ませんよ!ほらっ、今は断然ノースカート。あんなゴワゴワしたもの、ない方がスッキリして見えるでしょ?」

 冗談めかして、誠子がモデルのようにポーズを取る。背筋を伸ばすとセーターの裾が上がり、ピーチ色のパンツがヒップの丸い曲線を完全に露出させてしまった。誠子はパンツ丸出しの自分を気にせずに、ぐるりと一回転して、露になった下半身をじっくり健吉に眺めさせる。

「う・・ん。確かに、スカートがないと・・、その、足がより長く見えるかも。」

「あーっ、江森さん、さすがっ!わかりますー?嬉しいーっ。」

 満面の笑みになった誠子は、飛び出すようにカウンターから書棚へ駆け出して、本を探しているような仕種をしている客に話しかけ、案内する。どうやら、流行の最先端を走っている自分のファッションを誉められるということは、年頃の女の子にとって、何よりも嬉しいことらしい。

(スカートも一旦スタレちゃうと、あんな言われ方しちゃうんだ。かわいそー。でも、これって、どこまで出来るのかな?)

 パンツ丸出しのまま、はしゃぐように店内を駆け回り、接客している誠子の様子を可愛らしく思いながらも、健吉はまたカウンターの下に手を伸ばした。

 入力を終える。

 発信。

 ?

 発信ボタンから指が滑って、うまく押せなかったようだ。
 慌ててもう一度押してみる。
 ・・焦って何度か発信してしまった。

 さっきまで高揚した様子でフロアを駆け回っていた誠子が、深刻な表情でカウンター裏に飛び込んできた。

「江森さんっ。ちょっとだけ、こっちを見ないでもらえますかっ。お願いです。絶対こっち見ちゃ駄目ですっ。」

 しゃがみこんだ誠子が涙声で懇願する。慌てて背を向けた健吉の背後で、誠子がゴソゴソと動いている。健吉はカウンター下で光を点滅させている発信機の存在に気がつかれやしないかと心配したが、誠子はそれどころではないようだった。

 しばらくすると物音が止まる。

「・・・ふうっ。江森先輩。もう大丈夫です。突然ゴメンなさい。」

 誠子が言うので振り返ると、彼女はホッとしたような表情で仕事に戻っている。カウンターで会計を始めた彼女のサイドショットを見て、健吉は感激で卒倒しそうになった。スカートどころではない。柊誠子はノーパンになってしまっていた。

 カウンターの下を見ると、慌てて脱ぎ捨てられたピーチ色のショーツがミジメそうに横たわっている。

「誠子ちゃん・・・。パンツ、はかないでいいのかな。あの・・。」

「知りませんっ!」

 遠慮がちに切り出した健吉の話を、誠子が強引にぶった切る。それ以上聞かれたくもないようだった。

「そんなの、私のじゃありませんっ。今時パンツなんて・・・。ダッサい。そこに落ちてるのも、ゴミだと思いますので、先輩、捨てておいて頂けませんか?」

 もはや見たくもない。触りたくもないという口振りだった。健吉は、そう言われて遠慮がちに、まだ体温の残っているショーツを手にとってポケットにネジこむ。

(遅れて来たお年玉かも・・・。)

 健吉は汗ばむ手を握り締めて拳を作った。ここ数年で一番嬉しいお年玉だ。

(さっきのスカートの嫌われっぷりよりも、強烈な感じ。・・・そうか。発信ボタンが連打されると、流行・非流行のレベルが上がるんじゃないかな?これは・・・、使いこなせられれば、結構色々出来るんじゃないかな?)

「先輩、お客様です。」

 誠子の声で、考え事に没頭していた健吉が我に帰る。気がつくと自分のレジの目の前に、学生風の若い女の子が本を抱えて立っていた。

「あっ、失礼しました。いらっしゃいませ。」

 慌ててお辞儀をした健吉が、そのまま驚愕の光景を目にしてしまった。下げた視線の先には、若い女性の無防備な下腹部が晒されている。慌てて顔を上げると、その学生さんは、誠子と同じような外ハネのショートカットにしている、チャーミングな顔立ちのお客さんだった。誠子に似ているタイプと、言えないこともない。文庫本にカバーをかけながら、ようやく健吉は事態を把握すすることが出来た。おそらく誠子とよく似た流行のアンテナを持っていたお客さんが、流行発信機の電波を彼女と同じようにキャッチしてしまったのだろう。フード付きのフリースを上に来ているその女の子は、嬉しそうに本を受け取る。暖かそうな上半身の服装と、スッポンポンの下半身。白い太ももは鳥肌が立って、寒さのためか少し赤みを帯びている。その両足の間で、カールした陰毛がそよいでいた。

 ふと学生客の目と、健吉の隣で両手を前に揃えて直立している誠子の目とが合った。二人は、同じファッションセンスの同志を見つけたように、嬉しそうに微笑みあった。

「この季節は寒くて大変ですよね。」

 誠子が「私も戦友です」と宣言するように、誇らしげにエプロンを持ち上げて、ノーパンぶりを見せつけながら話しかけた。

「そうですねー。冷え性だったりすると最悪。でもパンツやスカートなんて絶対嫌だから・・・。朝とか大変。」

「でも誠子ちゃんは、朝、来るときはパンツもスカートも・・イテッ!」

 カウンターの裏で、健吉の尻が、ジーンズの上からツネられた。

 店内には、下半身裸の女の子がもう1人。パンストだけ身につけている子が2人いた。

 バイト時間中、観察していて、この玩具の機能や効果が、少しずつ身をもって理解できるようになってきた。この玩具によって作成され、発信された流行は、設定された範囲で『アンテナが立っている』人に直接届く。しかしそれ以外の人たちにも、電波の届く範囲で、ある程度は影響を与えているようだ。アンテナの方向性が必ずしもピッタリとあっていない人たちにも、程度の差こそあれ、『これはどうやらファッションなんだ』ということは伝わっているようで、表立ってこの影響に憤慨する人、非難する人はいない。特に都会的な雰囲気を持った若い人たちの間では、新しい流行の潮流を、センスの違い一つで否定したり疑問を呈したりすることは、タブーと思われるようだ。

 そしてこの流行を直接受信している『対象範囲の人たち』も、別にそれまでの常識や倫理、ファッション感覚が根こそぎ塗り替えられるようなことはないようだ。ノーパンが流行れば、若干の羞恥心は感じながら、後ろめたさもほんのりと見せながら、それでも最新ファッションの魅力に勝てずに、この出で立ちに飛びついてしまっているといった雰囲気。しかし、彼女たちは恥らうばかりではない。自分が今、流行の最先端についていっているという誇らしい気持ちと、この自分の晴れ姿を人に見て欲しいという自己顕示欲で、顔が燃えるように熱を持っている。全身から彼女たちの高揚感が溢れ出しているのが見てとれる。スキップするような足どりや、みんなに見せつけるようなピンと背筋の伸びた姿勢。いちいちポーズをとるような仕種。まるで新作モノの発表会で脚光を浴びている、モデルたちそのもののようだ。

(昼休みのうちに、店長に頼んで、店内の設定温度をもっともっと上げておかないと・・・。みんな風邪ひいちゃうよね。)

 裸にエプロン一枚で跳ね回っている柊誠子とその同僚たち。上等そうな衣服をだらしなくはだけて、半裸状態で立ち読みや一服している女性客たちを見つめながら、健吉は心で独り言を呟いた。

。。。


「120円のお返しになります。どうもありがとうございました。」

「はい。ありがとうございます。」

 黒い髪を後にまとめた、上品そうな若奥様が優雅に微笑む。黒い保温シャツが、ブラジャーを着けていない胸元の優しげな曲線を強調する。

「ち・・・乳首・・・。ちゃんと立っていて綺麗ですね。」

 健吉は、緊張と興奮で白目と黒目が入れ替わると思われるほどの荒ぶる鼓動を抑えながら、思い切って言ってみる。

「あ・・・、アハッ。ありがとうございます。今、流行ってますからね。ちゃんとツンツンに勃起して見えてるかしら?ちょっと触ってごらんになります?」

 タイツのようにピチッとした保温シャツ一枚だけを身につけた、ハイソサエティなマダムは、思いのほか嬉しそうに、一気に打ち解けた笑みを見せる。健吉は遠慮がちに、ちょっとだけ乳首をつまませてもらった。

 健吉にとっては、少し意外な発見だった。女性というものは、別に相手が自分の意中の人だったり、タイプの異性だったりしなくても、自分のファッションについて誉められれば、単純に嬉しいようだ。特に本人が自分で、「これこそ流行の最先端だ」と思い込んで頑張っているポイントは、指摘してあげるだけで、グッと心を開いてくれる。

 頑張ってオシャレしている部分について触れられた女性は、健吉と心の距離を急に近づけてくれるし、その後も自信満々でより輝いて店を出ていく。江森健吉は、女性のオシャレについてなんて、自分が口にするのも気持ち悪がられるのではと思って、これまでそうした話題からは距離を置いてきた。そして彼は今、実は自分のそうした思い込みで、意外と多くの損をしてきたのかもしれないと思ってみたりするのだった。


。。。



 バイト後に、自宅で発泡酒を片手に、説明書と再び格闘し始めた健吉は、昨日や一昨日とは違う真剣さでページをめくっていく。

「えっ。何。単純に文章でも範囲設定出来るの?」

 バイト中に商品の女性ファッション誌を大量に自腹を切って購入し、店内の女性客に似た写真をスキャンしながら懸命に発信作業を続けていた健吉。彼は説明書の『対象設定方法2.文章で対象のタイプを設定』に目をやって、早くも愕然とする。

「何これ?オレ、3万円も使ったのに・・・。これ、『港区の書店アラメゾンにいる10代後半から30代前半女性』って直接入力すれば、一発だったってこと?・・・ショック。」

 健吉は説明書に突っ伏してうなだれる。新商品を買った時は、説明書の目次にまず目を通して、機能の全体像を大まかに把握する。そうした手際の良さは、彼には全くなかった。しかし失敗と反省は、さらに熱心なリベンジ計画を生む。彼は渾身の気力で、次の日のバイト職場を天国にするための計画を練り始めていた。その夜、一晩中彼のアパートからは様々な電波が発信される。彼の計画の下ごしらえのために、夜通し東京中を駆け巡った新流行たちのせいで、翌朝の彼の職場は景色が一変してしまうのだった。寒い冬の夜。厚い毛布に包まれて幸せそうに寝ている、パジャマ姿の若い女性たちにも、電波は容赦なく降り注ぐ。翌朝彼女たちが目覚めた時には、彼女たちの頭の中では、新時代が幕を開けてしまっていた。ファッションでもライフスタイルでも人生観の上でも、彼女たちは東京を沸騰させる、『ケンキチ革命』の担い手になってしまっていたのだ。


。。。



 港区のビジネス街にたつ書店、『アラメゾン』の前には、開店時間の数時間以上前から、若い女性客が何重にも列を作って並んでいた。「初売り大セール」でもあるのかと思って、行列に近づいた通行人は、男であれば誰もが色めきだって凝視してしまう。まるで東京中の美女、美少女が列をなしているかのような、華やかなラインナップなのだ。

『顔もキレイでスタイルがよく、自他共に認める美人』たちの間で、なぜか今朝からこの書店が大流行している。数ある東京の流行発信地の中で、この書店が美人たちを引きつけて止まない、トレンドスポットになってしまったようだ。通行人がキレイどころの行列を凝視していくと、いくつもの見知った顔に出会う。どうやら芸能人やセレブたちも、冷え込む1月の早朝から、一般人に混じって並んでいるらしい。目ざとい雑誌やワイドショーの取材陣も入り込んでいる。いや、ノリの軽いメディアばかりではない。有名どころのファッション雑誌の記者も混じっているようだ。


 10時に書店がオープンすると、店内は押すな押すなの大盛況になる。慌ててバイトの一人が、入場制限の立て札を持って立つことになった。

 キラ星のように立ち並んでいた美女たちは、入店すると姿が一変する。冬モノの大きなコートを入り口付近で脱ぐと、彼女たちの多くは、その下は驚くほどの薄着だった。店長の水川さんに次々と、お客さんたちがコートを預けて入店する。スケスケのネグリジェ一枚で入ってくる美女。豹柄のキワどいハイレグビキニで、お尻を振りながら歩いている清純そうな顔立ちのお嬢様。ブルマー1丁以外は何も身につけていない若いマダムは、両腕で胸を隠しながらのご登場。一見布地の多いチャイナ服で訪れた美人OLは、一歩踏み出すと横のスリットが足元から脇の下近くまで、パックリ開いて体の線を全て横から晒してしまった。アミアミのボディタイツ。濡れて透けたTシャツ一枚。あらゆる不謹慎な服装が美女に着こなされ、サンプルのように並んでいく。

 店長の水川さんは、自分の書店が美女だらけの破廉恥なお披露目ショースペースに早代わりしてしまったことに、複雑な顔をしながらも、押し寄せる客のコートを受け取っている。書店の店長の立場からすれば、本当だったら苦言の一つでも呈したいところだが、この圧倒的な『時代の足音』感の前に、「時流には逆らえない」とばかりに、全て容認せざるを得ないでいる。水川店長やバイトの同僚たち、女性客たちはもちろん、近所の人々やマスコミや警察も、誰も時代の力には屈服するしかない。みんな流行を発信し続ける時代の寵児、江森健吉26歳(フリーター)の前には、跪いてひれ伏すしかないという心境なのだ。

 店内が次々と来店する肌もあらわな美人、美少女たちでごったがえしてくると、高く設定されている空調の温度設定以上に、若い女性たちの人いきれでムンムンと熱気が涌きたってきた。みんなこの場所が本を売る場所だとか、喫茶店が併設されているだとかいうことには、あまり気を払わない。とにかく、ここがどこであれ、流行の最先端にいるような気がする。その、時代がここで作られているという空気を味わうために、何時間も底冷えのする野外で待ち続けてきたのだ。半裸の女性たちは誰もが陶然とした表情で微笑んでいた。何も起こらなくても、ただここにいるだけで、人生の桧舞台に立てたような気がする。

 そんな、酩酊したような雰囲気のなか、一夜にして、スーパートレンドクリエーターの座についた若者たちの預言者、江森健吉(素人童貞)が現れた。美女たちの歓声が津波のように押し寄せる。両手を挙げてそれを制止しながら、健吉が語り始めた。

「えー、皆さん。ようこそおいで下さいました。ここは店内滞在時間に制限がありますので、用事が済むか、時間になったら、みんな外で待ってる人と替わってあげて下さいね。それではお待ちかね。流行の最先端をいく、ケンキチ・エモリの新作発表会がもうまもなく始まります。」

 また歓声の波が押し寄せる。健吉は慌てて手を挙げて制止する。

「ミュージックいってみようっ。」

 健吉が挙げた右手でそのまま指を鳴らすと、インダストリアルロックのドラムビートが激しく鳴り響いて、「実用書コーナー」の棚の脇から、「モデルさんたち」が3人現れた。みんな足取りはモデルそのものだ。特に前を歩く二人は、職業モデルとしての経験のなさを補って余りあるほどの自信をみなぎらせていた。流行の最先端そのものを身にまとっているということを確信しているからだ。先頭は女子大生の柊誠子。気の早いことに、まだ1年生なのにもう、卒業式のような袴姿だった。「広辞苑」や「現代用語の基礎知識」で作られた階段を登って、お会計カウンターの上に立った彼女は、下の女性客たちを一瞥すると、桜色の着物を勢いよくはだけて、見る間に上半身素っ裸になってしまった。形の良い、丸いオッパイがこぼれ出る。よく見ると、その白いオッパイの真ん中、乳首の辺りには、ピンクのキスマークが両方にベッタリとついていた。

「若干ロリの入った、素直系美少女、柊誠子ちゃんが両乳房につけているのは、僕、健吉の生キスマークです。これを見せびらかすために、オッパイは一切隠さずに着物を着る。これが今年はクルんじゃないでしょうか?」

 アナウンスが入るだけで、半裸の女性客たちは歓喜の絶叫を上げる。確かに圧倒的なトレンド感。これこそ自分たちが待ち望んできたもののようにに思える。女性たちの中には、興奮の余り、早くもモデルを真似て、自分も上半身の布を破りとって乳房を剥き出している人が何人もいる。カウンターの上の誠子が両手を高く上げ、卒業証書の筒の蓋を外すパフォーマンスをすると、ポンッという音と共に、何人かの女性が感極まって失神してしまった。

 次にステージ(会計カウンター)に上がったのは、大学時代に健吉が憧れていた、ゼミのマドンナ、山内舞子だった。ビシッとブランド物のビジネススーツとタイトスカートに身を包んでいた彼女がステージの上で両足を肩幅に開くと、バイトの二人が左右から紐を引っ張る。ポーズをとって得意満面になっている彼女の身につけている仕事着が、一気に左右に破れてしまった。切れ目でも入れていたのか、鮮やかに一瞬でほぼ全裸になった舞子。住宅展示会場の花として可愛がられている美人受付嬢は、全裸で得意げな表情のまま微動だにしなかった。彼女のオシャレな姿を徐々に理解した観衆たちから、どよめきと憧れの溜め息が上がる。彼女の豊満なバストの上には油性マジックで大きな眉毛、ツンと上向いた乳首の周りには睫の長い目、鳩尾には鼻、下腹部には大きな口が書かれている。舞子が気取った表情でベリーダンスのように体をよじり始めると、体に書かれた大きな顔が表情を変えるように見えた。

「腹踊り・・・。こんなに革新的なものだったなんて、思いもしなかった。完全な敗北よ。」

 前列の右端に立っていた女性客の一人、新進気鋭の美人デザイナーが、その場に崩れ落ちて呟いていた。

「そうです。美人OLの新しいエクササイズとしてもご紹介したいのが、この『ミコちゃん腹踊り』。今年絶対に大流行間違いないでしょう。あっ、この場で真似される方は、左右のお客さんの迷惑にならないようにしてくださいね。」

 カウンターの上で山内舞子が、気取った表情とは裏腹に、体をくねらせながら、ガニ股の足で爪先立ちになって、ヒョコヒョコと滑稽なダンスを披露する。3割近くの観衆たちは、目の前の伝統的宴会芸を早くもこの場で自分のモノにしようと、真剣な表情で見よう見真似でコピーするのだった。

「もちろん、ご披露する新作衣裳はこれだけではありません。舞子さんのヒップをご覧下さい。」

 アナウンスがかかったと同時に、山内舞子は腹踊りを中止して、後を向いた。大きく足を開いて体を折り曲げ、股から女性客たちを覗き見る。突き出されたお尻には、大きく真っ赤な手形が二つついていた。

「こちらもケンキチ・エモリの実物手形です。素材は普通の印鑑用朱肉ですが、本人が素手でじっくりお尻を揉みこんだあと、体温が馴染んだところでこの手形を刻印するという、手の込んだトレードマークです。」

「私にも付けてーっ!」

 黄色い歓声が飛び交う。「観客席」から突き出された尻がブンブンと左右に振られている。

「さらに、まだまだあります。舞子ちゃんのお尻の穴とクリトリス周辺にも、しっかりケンキチの指紋がついてます。これで完璧な『お手つき』状態ですね。」

 住宅会社のアイドルが、そのままの体勢で嬉しそうに尻の肉を左右に広げると、赤みを帯びた彼女の秘密の部分が、惜しげもなく晒されてしまう。彼女の恥ずかしい部分が全て、剥き出されて羨望を集めていた。


 そして山内舞子の後にカウンターに上がったのは、バイトや観衆の誰もが見たことのある、有名人だった。『ケンキチブランド新作発表会』最後のモデルは、なんと本物のモデル出身で女優の、滋野井セリ。颯爽と書店の会計カウンターに上がってポーズをとる様が、隙のない本物感を醸し出している。薄手のコートを躊躇いなく脱ぎ捨てる彼女。俊敏な動物のようにしなやかな筋肉のついた長い手足とメリハリのある体の曲線。「オンナが憧れる女」としてブレーク中のオーラが全身から発散されている。切れ長で透明感のある目、鋭角的な顎と首のライン、形の整ったバストと日本人離れした足の長さ。オトコがそそられる女としても最高の素材だった。

 ポーカーフェイスのままでおもむろに派手なポーズをとる彼女。両手を頭の上で組んで、足を開き、顔を40度ほど横に向ける。

(普通に、裸になっただけ?)

 熱い視線を送っていた観客たちが 少しずつ静かになっていく。様子を伺うような静寂が訪れた、そのタイミングで、滋野井セリの股間に異変が起きた。目ざとい何人かの女性客が指をさして驚く。驚嘆の溜め息が、波紋のように書店のフロア内に広がっていく。

「おわかりでしょうか。一点ものの勝負。今回の発表会で最後にご紹介するのは、セリちゃんが身につけているこの、『おマ○コから溢れ出る、ケンキチ・エモリ本人のザーメン』です。一日に何名か分しかご用意出来ないレアものです。これ一つあれば、インナーもアウターも、服は一切不要ってぐらいの、キラーアイテムですね。本日も何名様までご用意できるかわかりませんが、整理券だけでもお配りしますので、お気に召した方は、どうぞ係員までお申し付け下さい。」

 書店「アラメゾン」のフロア全体が、狂乱と言ってもいいほどの熱狂に包まれる。身につけた小さな布切れを慌てて剥ぎ取りながら、我先に注文しようと美女たちが係員に掴みかかる。都内を代表する美人、美少女たちの圧倒的支持を取り付けてしまえば、さえない健吉の精液すら、一級のプレミアム商品に早変わりだ。

 トレンドというものの、恐ろしいまでの力に魅入られたのか、江森健吉は何かに憑かれたようにマイクでお客さんたちを煽り、弄び始めた。すでに彼を絶対的なトレンドセッターとして受け入れる決意をしている美しくいフォロワーたち。彼女たちは、彼のザーメンを自分のおマンコに溢れるほど注入してもらえるためならば、どんなことでも喜んでする。

「乳首への生キスマークやお尻、クリちゃんへのハンドマークは、今日だけ特別、ご希望の方全員に無料でサービス。ただし『ザーメン・ケンキチ」は厳選されたお客さんにしか渡せませんので、受付カウンターで個人情報、連絡先、全身写真と引き換えに整理券を受け取って下さい。受付カウンターが混雑しすぎないように、待ってるみんなで、フロアのこっち側でおしくらまんじゅうでもしていましょうか。外で待ってたみんなも、冷えた体を温めあっちゃおうか?」

 女性客たちには、健吉の言葉一つ一つが、新しく、最高にオシャレな中身に聞こえる。みんな満面の笑みを浮かべて、ほとんど全裸のまま、距離をいっそう詰めあって、一つの肌色の塊になる。

「そーっれ、おーっしくーら、まんじゅーう、おーっされーて泣−くなっ!おーっしくーら、まんじゅーう、ふーっくきーて、や−るなっ!・・・いいね!僕も参加しちゃおっかな?」

 みんなが声を揃えて「おしくらまんじゅう」をしているなかに、健吉はロックスター気取りでダイブする。若い女性たちの黄色い歓声の中、みんなで肌と肌を密着させて温め合う。揉みくちゃにされる健吉は、見る間に衣服を剥ぎ取られて、スッポンポンの美女たちにギュウギュウと体を押しつけられてしまうのだが、けっして悪い感触ではない。知らない人同士のはずが、こうしてみんなで餅をコネるようにして抱き合ったり肌を合わせあったりしていると、何だか心も体もあったまってくるような気がした。

「健吉さん。私のここにも、キスマークお願いします。」

「ズルイよー。アタシのお尻に手形、強く付けてー。」

「キャッ、押さないで。ここに・・・、クリにフィンガープリント下さいーっ。」

「私、右のオッパイしかキスマークついてないでーぅっ!」

「えぇっと、朱肉持ってきてー。あれっ?さっきの娘、どこっ?ムギューッ。」

 押し合いへし合いしている大騒動の中で、順番に乳首に吸いついてあげたり、尻を揉みまくったり、健吉はやりたい放題だが、女性客たちは歓喜の悲鳴を上げて、大盛り上がりだ。皆が、我も我もとオッパイを持ち上げ押しつけてきたり、お尻を突き出してきたり。おしくらまんじゅうは健吉を中心とした洗濯機のようにハチャメチャになっていく。健吉は全身を柔らかい肉のクッションで包まれてマッサージされているような感触を味わっていた。

 本当だったら、そこにいる女性客一人、一人が、健吉にとっては、道ですれ違うだけでハッと見入ってしまい、その日一日思い出してボーっとしてしまうような選りすぐりの綺麗どころだ。それでも、そうした美女ばかりが、これだけ集まって、餌に群がる猿たちのようにキャーキャー飛びついてくるとなるとそうもいかない。とにかく手当たり次第に吸いまくる、揉みまくるしかなくなる。

 寄せてはかえす、冬の日本海のような美乳と美尻の荒波の中を、必死でかきわけながら、健吉は触覚、味覚、視覚、嗅覚、聴覚をフル稼働させて美女たちの体を貪った。見たことがある顔も入り混じっていて、芸能人も相当数紛れ込んでいるみたいだが、こうヌードのビューティーばかりが入り乱れていると、一人には構っていられない。スッポンポンで乳揺らしながら跳ね回っていたら、みんな平等だ。柔肌、モチ肌、しっとりした肌、サラサラした肌、ネットりしている肌、ピチピチした肌。香水の匂い、ファンデーションの匂い、シャンプーの匂い、石鹸の匂い、甘い匂い、酸っぱい匂い、香ばしい匂い、オンナの恥ずかしい匂い・・・。健吉だけではない。女性客たちもみんな、その触感や香りの渦の中で酔っ払ったように「おしくらまんじゅう」に没頭していた。


「月刊シフォンです。セリさん、取材お願いします。随分大胆なファッションショーのメインモデルをお勤めになったわけですが、このニューモード。ケンキチ・ファッションを実際に身にまとわれた感想はいかがですか?」

 おしくらまんじゅうと整理券受付の脇で、メディアの人間がチャッカリとモデルたちに取材を始めていた。カメラのストロボがたかれて、モデル3人のあられもない姿が次々とプロのカメラにおさめられていく。

「あ・・ハイ。最初はかなり思い切ったファッションだな、と思ったのですが、実際に健吉さんに私の・・その、アソコの中でザーメンを出してもらった時は、なかなか気持ちがよかったですし、このザーメンが内股をつたって降りていく感覚というのも、癖になりそうです。全体としても、裸にザーメンだけでまとめるっていう着こなしは、凄くシンプルで力強くて、なんというか、生命力に満ち溢れた魅力があると思います。是非プライベートでも、愛用させて頂きたいと思います。」

 頭に浮かぶあらゆる表現を駆使して、ケンキチ・ブランドの魅力を説く滋野井。テレビでも露出の多いシーンはほとんど経験したことのない彼女だったが、幸運にも自分を選んでくれた最先端ブランドのことを思えば、全裸でメディアに露出することなど、何の問題でもない。世界中にその素晴らしさを見せつけたくて、セリは大股を広げて股間を開き、ゆっくりと流れ出るザーメンについて、熱っぽく語るのだった。

 柊誠子や山内舞子は、プロの滋野井セリほど流暢ではない受け答えだったが、それぞれ頬を高潮させながらもインタビューを受けた。二人とも、一流モデル出身の女優と一緒に来月号の巻頭特集記事に自分たちの裸身を、大写しで乗せてもらう名誉に浴することになる。一般の社会人から一夜にして、ブームの火付け役としてファッションモデルに転身。二人は東京中の働く女性の憧れの的になる。だが各誌に、ヌードだけでなく、ケンキチ指紋付き肛門とクリトリスを披露した山内舞子は数ヵ月後、流行に非常に疎い、田舎の父にド叱られることになるのだった。


。。。



「さて皆さん。ご希望の方はみんな、キスマーク、ハンドプリント、フィンガープリントがしっかりつきましたよね。体中僕の涎だらけになっちゃった人は、・・・それはそれで流行るかもしれないから、大事にとっておいたらいいですよ。後は整理券として配られた『ケンキチ・ガール・ベル』。みんなちゃんと着けられましたか?」

「ハーイ!」

 全裸でベトベトになった美人、美少女たちが両手を挙げて声を揃える。みんな大満足で満面の笑みを浮かべている。彼女たちの股間には、陰毛を紐のように使って、猫の首につけるような小さな鈴が括りつけられていた。彼女たちが歩くたびにチリチリと音がする。上に下着やスカート、ズボンで覆ったとしても、歩けば音がしてしまうだろう。

「これこそ、ケンキチ・エモリのザーメン予約済み、つまりケンキチ旋風の担い手であることを世間の皆に証明する証です。皆さん、精液注入の順番が来たら一人ずつ連絡が来ますが、整理券ベルがなかったら、ザーメンをおマ○コにドップり入れてもらうことも出来ませんよ。気をつけてくださいね。みんな、いつでもケンキチ・ガールであることを主張して、鈴を出来るだけ大きく鳴らしながら生活しましょう。わかりましたか?」

「ハーイッ!」

 物わかりのいい何人かの美少女が、両手を挙げて答えながらお尻も左右にプリプリと振ると、返事とともに、鈴がチリンチリンとなった。周りの女性も負けじと、尻を降り始める。鈴の合奏が始まった。

「あれ?まだ聞こえませんね。元気がないようです。・・・・わかりましたかーぁ!?」

「ハーァァイッ!」

 ピョコピョコと飛び跳ねたり、尻をより激しく振ったりして、全員必死に鈴を鳴らす。なかの一人が、ついに正解を見つけたようだ。股を開いて腰を落とし、その腰を振り子のように前後に振ってみた。そうすると内股に鈴が当たって遮られることがなく、最も大きくチロリン、チロリンと鈴が鳴り響く。女性として、どうかと思われる動きではあるが、とにかく鈴は大きく鳴る。すぐにフロア全員がその滑稽な動作を真似しだした。全員が両手を高く挙げ、ガニ股で腰を激しく前後上下にグラインドさせながら笑顔で返事をしている。「ケンキチ・ガール」たちの公式返事法がどうやら満場一致で受け入れられたようだ。

 時間が来た。店の外で待つ長い行列を処理するため、客を回転させなければならない。店内の女性たちは、ケンキチの言葉通り、コートを再び羽織って満足気に帰途に着く。ちゃんとアウターを羽織った彼女たちが傍目に来店した時と違うのは、上気した頬と、大袈裟なぐらいにヒップをプリプリと振って歩くモンローウォーク。そして股間から聞こえる鈴の音だけだった。

 そして店員たちの休むまもなく、これまで寒さをしのいで待っていた美女たちが、喜び勇んで入店してくる。今日一日。この酒池肉林の、乱れたショーイベントは10ラウンドほど繰り返さなければならなさそうだ。

 
 


 

 

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