凍てつく夜に人形は踊る


 

 



後編 氷の生き人形たち





 薄暗い広間の中、9体の人影が並んでいた。
 右側に4人、左側に5人。
 いずれも、若い女性ばかり。
 髪型はそれぞれだが、皆整った顔立ちで、寒い室内には不似合いな薄手の服を身につけている。
 ただ、彼女たちの顔には生気がなく、虚ろな表情を浮かべて前を見つめたまま、指一本動かすことはない。

 と、広間の中に男の声が響いた。

「ユキ、ミチコ、ヒトミ、サユリ、アイ、アキコ、マヤ、サトミ、カナ……みんなこちらへおいで」

 すると、それまで人形のように立っているだけだった女たちが、ゆっくりと動き出して、男のもとへと集まっていく。
 女たちの輪の中心にいるのは、牧と那キ希だった。
 那キ希は、一糸も身に纏わずに裸体を晒して、他の女たちと同じように虚ろな顔をして立ちつくしている。

「みんな、よく聞くんだ。我々に新しい仲間が加わった。紹介しよう、彼女が、ナツキだ」

 牧が話すのを、取り囲んだ女たちは黙ったまま、体をゆらゆらと揺らしながら聞いていた。

「さあ、今夜は全員でナツキを歓迎しようじゃないか」

 その言葉に、女たちが一斉に身につけている服を脱ぎはじめる。
 そして、那キ希と同じ、生まれたままの姿になると、まずウェーブのかかった髪の、肉感的な女が那キ希に近づいてその体をそっと抱きしめた。
 そのまま、1分ほど抱き合っていただろうか。
 長い抱擁が終わると、続いてショートヘアの少し幼げな雰囲気の少女が進み出て、同じように那キ希に抱きつく。
 それが終わると、ひとり、またひとりと進み出ては代わる代わるに那キ希を抱きしめる。
 その間も、誰ひとりとして声を発するものはなく、また、皆一様に虚ろな表情のままで、なんの感情も表さない。
 犯しがたい静謐の中で、無声映画のワンシーンのように女たちの抱擁は続いていく。

 そして、9人全員が那キ希との抱擁を終えると、また元のように輪になって牧と那キ希を取り囲む。

 それを見届けると、ようやく牧が口を開いた。

「ナツキ、これできみは晴れて我々の仲間、そして、私のモノだ」
「……はい、ご主人様」

 人形のように空虚で無感動な瞳を牧に向けて、それでも那キ希は、はっきりと牧のことを、ご主人様、と呼んだ。

「では、今夜は歓迎の宴だ。さあ、ナツキ、おねだりしてごらん」
「……はい」

 無表情のままで返事をすると、那キ希はその場に腰を下ろす。
 そして牧に向かって大きく両足を広げると、恥ずかしがる素振りもなく秘所をさらけ出して、自分の指でその襞を広げてみせた。

「……ご主人様。どうか、私のここに、ご主人様のおちんちんをください。その逞しいもので、私を貫いてくださいませ」

 光のない、虚ろな瞳で牧を見上げてそう言うと、那キ希は誘うように腰をくねらせる。

「よく言えたね、ナツキ。……いいだろう」

 満足げに頷くと、牧は那キ希の上に体をのしかからせていったのだった。






* * *







「くそ……あいつの言葉通りなら、この道のはずなんだけどな」

 俺は、雪深い山中の道を慎重に車を走らせていた。

 那キ希が取材に行ったきり、3日経っても戻ってこない。
 あれから、携帯に掛けても出ないし、メールを打っても返事も返ってこない。

 もう、会社の方から警察に連絡が行っている頃だろう。
 だが、俺はいてもたってもいられなかった。
 警察の捜索が始まるのなんか待っていられるわけがない。
 なにしろ、自分の恋人が行方不明になったんだから。

 3日前、最後に那キ希から電話があった町から、東に向かって走る。
 ここから東北道に出るとなると、目指すのは宮城の白石ICか福島の国見ICだろう。
 いずれにしても、かなりの山道を走ることになる。
 どう考えても、いったん山形に戻ってから山形道に乗って、そのまま東北道に合流する方が早いってのに。
 ……まさか、那キ希のやつ、そのままこの山道に入っちまったんじゃないだろうな?

 やっぱり、俺がついて行けばよかった……。

『私は大丈夫だから、リョーくんは自分の取材に行ってきなよ』

 一緒に取材に行ってやろうかと言ったときに、そう答えたのは那キ希の方だった。
 たしかに、俺も自分の仕事を抱えていたし、那キ希の取材は山の中とはいえ、車で行ける温泉宿を回るだけの、比較的楽なものだったというのはある。
 でも、こんなことになるんならやっぱり……。

「くそっ!なんで無理にでもついて行かなかったんだよっ、俺はっ!」

 今さら悔やんでも、悔やみきれない。
 そんなことはわかっていても、喚かずにはいられない。

 いや……まだ可能性はある。

 この辺りは雪が多い。
 山道を走っているうちに、進むことも戻ることもできなくなって立ち往生をしてしまっているかもしれない。
 そうだとしたら、那キ希だって車の中だ。
 バッテリーが上がらない限り、寒さもしのぐことができるし、少しの間なら持ちこたえることはできるはずだ。

 雪にタイヤを取られて転落とかしていなければいいんだけどな……。

 ……悪いことを想像してどうするんだよ!
 今は、那キ希が無事なことを信じるんだ!

 頭を振って悪い予感を振り払うと、俺は車を走らせて山道を登り続けた。
















「おいおい、マジかよ……」

 山道を登っていた俺の前に現れたのは、『これより先、冬期通行止め』と書かれた看板だった。

 いや、雪国の山道じゃこんなのは別に珍しくはない。
 ただ、普通そういうときは道の入り口に柵がしてあるはずなのに、ここにはそれがなかった。

「まさか、那キ希のやつ、ここに入っていったんじゃないだろうな……」

 その可能性は十分にある。
 あの電話の時、もう夕方だとあいつは言っていた。
 あそこからここまでかかった時間を考えると、那キ希が来たときにはもう辺りは暗くなっていただろう。
 ただでさえ、雪の積もった道を走るときは路面にばかり注意が行って、上の方は見ない。
 ましてや、まだ明るい今とは違って、日の暮れた暗い中では看板に気づかずにそのままこの道に進入してしまうことは十分に考えられた。



 もし、那キ希がこの先に行っていたら……。



 少しの間、道路の入り口で躊躇していた俺は、意を決するとゆっくりとアクセルを踏む。
 雪にハンドルを取られないように気をつけながら、慎重に先へと進んでいった。






 その道は、かなり雪が積もっていてなかなか思うように進めなかったが、それでも、1時間ほど経った時のことだった。





「……あれはっ!」





 前の方に、1台の車が止まっていた。
 車体にかなり雪をかぶってはいるが、あの、ライラックブルーのボディーは……。

 俺は、車から降りて前の車に近寄る。



 間違いない!
 那キ希の車だ!

「おいっ、那キ希!……えっ?」

 駆け寄って中を覗き込んだが、そこには誰もいなかった。

 そんな……?
 いったいどこに?

 こんな雪山で、車から外に出るなんて自殺行為だ。

 夜が明けてから、歩いて降りようとしたのか?

 いや、麓の町からここまでは距離がありすぎる。
 そんなのが無茶なことは、あいつだってわかってるはずだ。

 車のドアに手をかけてみる。

 開かない……か。

 鍵を掛けて出ているということは、ちょっと様子を見に出ただけじゃなさそうだな。
 となると、どこに行ったんだよ、那キ希……。



「……ん?あれは?」



 車から少し離れて周囲を見回していた俺は、遠くの木立の間に建物ようなものが見えるのに気がついた。

 もしかして、那キ希はあそこに?

 どのみち、他に手がかりになりそうなものはなかった。
 俺は、その建物に向かって歩きはじめる。





 その建物までは、見た目よりもだいぶ距離があった。
 雪に足を取られながら、なんとかそこまでたどり着くと、それは一軒の洋館だった。
 かなり古びていて、こんな山の中にあるのが似つかわしくないほどに大きな建物だ。

 その建物に妙な違和感を覚えながらも、扉を叩く。

「すみません!誰かいませんか!」

 ドンドンと扉を叩きながら大声で呼んでも、誰も出てこない。
 それでも、何度も何度も叩きながら声を張って呼び続ける。







 諦めずに俺が扉を叩き続けていると、軋んだ音を立てて扉が開いた。

「どなたですか、騒がしい……」

 中から顔を出したのは、血の気の感じられない青白い肌の、長身の男だった。






* * *







 自分の身元と、ここに来た理由を述べると、男は迷惑そうな顔をしながらも俺を中に招き入れた。

 俺は、那キ希の容姿について詳しく話し、あいつの車がその先に止めてあったことを説明した。

「それで、ひょっとしたら、彼女がここに来ているんじゃないかと思って」

 そう言っても、牧と名乗ったその男は首を傾げるだけだった。

「さあ……?知りませんねぇ」
「そんな……」
「高村、那キ希さんでしたか?その方がこの辺りに来たのは3日前でしたね。その日から今日まで、誰も来なかったですよ」
「しかしっ、すぐそこにあいつの車が止めてあったんです!」
「それは、本当に彼女の車だったんですか?似たような車なんていくらでもあるでしょう」
「いいえっ、あれは間違いなくあいつの車です。ナンバーも確認しましたから!」
「しかし、その人がここに来てないのは事実ですからねぇ」

 あくまでも、その男は那キ希はここに来ていない、知らないと言うばかりだった。

 だが、俺はその態度に違和感を感じていた。
 口調は丁寧だが、どこか悪意が感じられるように思える。
 それは、いきなり押しかけられて迷惑なのはあるだろうが、そうでなくてもなにかがおかしい。

 そう、この牧とかいう男の、異常なまでの肌の白さと、青ざめて紫に近い色の唇。
 だいいち、なんでそんなに薄着なんだ?
 暖炉の火は消えていて、エアコンもついていないのか、上着を着たままの俺でも寒いと感じるくらいなのに、なんでワイシャツ1枚でいられる?
 それに、態度は紳士的だが、張り付いたように強ばった表情。
 その男の漂わせる雰囲気と相俟って、全てが異様だった。

 それに、まだなにか大切なことを忘れている気がする。

 俺が、もやもやしたものを抱えていると、男がまた口を開いた。

「やはり、間違いじゃないんですか?そもそも、ここには他に人家もありませんし、こんな所に来るはずがないですよ」

 そうだ!
 ここに来るまでの道路は、冬期通行止めのはずじゃないか!
 俺は那キ希を探して、それを無視して入ってきたというのに、どうしてこいつはこんな所に住んでいるんだ?

「あの、つかぬ事を聞きますけど、そこの道は冬期通行止めのはずではないんですか?」

 そう切り出した俺の頭に浮かんでいたのは、この男が、冬期通行止めで誰も来ないのをいいことにしてここに身を隠している人間だという考えだった。
 もちろん、身を隠す必要があるということは、何かに追われているか、あるいは悪事をしたとかで、知られると憚りがあることを抱えているということだ。
 いずれにしても、ロクな奴じゃないだろう。
 そんな奴は、自分がここにいることを人に知られたくないはずだ。
 もし、そんな奴が潜んでいるところに那キ希が迷い込んだとしたら……。

「さあ、そうでしたかな?たしかに、ここから先は冬場はとても通れる道ではないですけど、ここまでは来ることができると思っていましたが……」

 ごくごく小さな変化だが、そう答えた男の様子がさっきまでと少し違うのを俺は見逃さなかった。
 明らかに、すっとぼけるような、しらを切る態度。

「私は、長い間ここに住んでいますが、ここが冬期通行止めだなんて聞いたことはないですね」

 俺は、たしかに通行止めの看板を見てきているというのに、あくまでもしらを切るつもりらしい。
 それならそうで、こっちの出方はある。

「そうでしたか。それならこちらの勘違いでしたかね。じゃあ、ちょっと電話を貸してもらえませんか?彼女の車を見つけたと、警察に連絡しておきたいので」
「申し訳ないですが、ここには電話線どころか、電気も通っておりませんで」

 それは、ある程度予想していた答えだった。
 仮に電話線が通っていても、ここが普段使っていない家なら通じないということは十分に考えられる。
 ただ、こいつが理由があってここに身を潜めているのなら、外と連絡を取られるのは嫌がるだろう。
 その可能性を仄めかして、この男の動揺を誘うのが目的だった。

「さて、私にお話しできるのはこのくらいです。もうそろそろお引き取り願えないでしょうか」

 そう言うと、そいつは立ち上がって扉の方に歩きはじめる。

 やっぱり!
 俺を追い出しにかかったというわけか。

 さて……どうする?
 携帯の電波が届くところまで引き返して、警察に連絡するか?
 しかし、俺がここに来た以上、この男がすぐに動き始めるかもしれない。
 もし、まだ那キ希が無事だとしても、その身に危険が及ぶ可能性も拭えない。
 だったら、外で張り込むか、それとも、他に忍び込めそうな所を探すか……。



 思案しながら立ち上がり、出口の方に振り向いた俺の視線がある物に釘付けになった。



 扉の脇の壁際に転がっている、水色の折り畳み傘。
 それは、俺がアウトドアの有名ブランドで買って那キ希にプレゼントした物だ。
 軽くて丈夫だといって、あいつは取材の時にはいつも持ち歩いていた。

 間違いない!
 あいつはここに来たんだ!
 それを、この男は!

「おい!おまえっ、それはなんなんだよ!」

 我を忘れて、俺は怒鳴りつけていた。

「どうしたんですか?大声を上げて」

 男が、驚いて俺の方に振り返る。

「あれはっ、俺があいつにっ、那キ希にプレゼントしてやったもんだ!それが、どうしてここにあるんだよ!」

 そう怒鳴る俺が指しているのは、那キ希の折り畳み傘。

 つられてそれを見た男が、小さく舌打ちしたのを俺は見逃さなかった。

「てめえっ!今、舌打ちしやがったな!」
「さて、何のことだか……。その傘も、私がずっと使っていた物で……」
「ふざけるなあああああぁっ!」

 あくまでとぼけようとするそいつの態度にカッとなった俺は、テーブルの上にあった燭台を手にして殴りかかっていた。

「このっ……こいつっ!」
「……うわあぁっ!」

 男はガードしようとしたが、それよりも早く力任せに振り回した一撃がその側頭部に当たる。
 ゴッ、といやな音が響き、鈍い手応えと共に男の体が崩れ落ちた。

「はあっ、はあっ……!」

 燭台を握ったまま、息を荒げて俺は男を見下ろしていた。
 あまり血は出ていないが、男は俯せになったままピクリとも動かない。
 試みに足で蹴飛ばしてみても、やはり反応はない。



「……そうだ!那キ希はっ!?」

 我に返ると、大変なことをしたという思いよりも、まず那キ希のことが頭に浮かんだ。







「……那キ希!那キ希!どこだ…………っ!これはっ……あいつの!」

 奥のドアを開けて、廊下の一番手前のドアを開けると、那キ希のバッグとコートが無造作に転がしてあった。
 だが、那キ希の姿はない。

「……くそっ!どこだっ、那キ希!」

 那キ希がここにいるという確信と、無事でいて欲しいという願いに掻き立てられて、俺は館の中を片っ端から探して回った。






* * *







「ここにはっ!?」

 上の階を探し終えると、廊下の突き当たりにある階段を降りて、手前にある右側のドアを開ける。
 その中には、那キ希はいなかった。
 その部屋を出ると、向かいの部屋に飛び込む。
 そこにも誰がいないのを確かめると、廊下の突き当たりにあるドアのノブに手をかける。



「……っ!?」



 そこは、かなりの広さのある部屋だった。
 天井の方に明かり取りの窓があるのか、うっすらと光が漏れてきている。
 薄暗い部屋の中に人影のような物が立っているのに気づいて、俺は息を飲んだ。

 ……これは人?いや、人形か?

 その人影のような物は、彫刻のように真っ直ぐ立ったまま動こうとしない。
 左側に5つ、右側に5つ……。
 どれも、女性の像のように見える。

「……那キ希!?」

 右側の、真ん中に立っているのが那キ希に見えて思わず駆け寄った。

「やっぱり!」

 髪をポニーテールに結った、逆三角形の小さめの顔立ち。
 くりっとした大きな目に、長い睫毛。勝ち気そうな、少し吊り気味の眉。
 小ぶりな鼻と、少し薄い唇。

 間違いなく、俺の見慣れた那キ希だった。

「那キ希!おい……つうっ!?」

 那キ希の両肩に手をかけてすぐに、俺は驚いて手を離していた。

 今の感触、まるで氷を掴んだみたいだった。
 どう考えても、生きている人間の温度じゃない。

「そんな……那キ希?」

 この、外気と変わらないくらいに寒い部屋の中で、那キ希はキャミソール1枚という格好で立っている。
 いや、立っているというか、固まっているという方がいいのか……。
 指先の1本もピクリとも動かないし、それどころかその目はぼんやりと前を見つめたまま、瞬きすらしない。

「どうしてしまったんだよ……那キ希……」

 見た目は生きているみたいなのに、状況の全てがそれを否定していた。

 その現実を受け入れることができずに、俺は立ちつくすことしかできなかった。






「……まったく、乱暴な人ですね」






 不意に、部屋の入り口から声がした。

「おまえはっ!」

 さっき殴り倒したはずのあの男が、そこに立っていた。
 死んでもかまわないというくらいにしたたかに殴ったはずなのに、そいつは平然と笑っていた。
 その、ただならぬ雰囲気に、背筋を寒いものが走るのを感じる。

「おまえが……おまえが那キ希をこうしたのかっ!?」
「ええ。ナツキを私のモノにしたんですよ」
「なんだとっ!?」
「言葉の通り、彼女はもう私のモノです」

 男の言葉に、俺は混乱していた。

「まさかっ!おまえは那キ希を殺してからこんな風にっ!」

 昔読んだ、そんな内容の猟奇小説を思い出していた。
 女を殺してから固めて、生きているときの姿そのままの人形にするとかいう……。

「那キ希を殺してっ、人形にするなんてっ……!」
「まったく、乱暴なうえに短絡的とは……。やはりあなたはナツキには相応しくないですね」
「なんだと!?」
「彼女は死んではいませんよ。もっとも、人形というのは当たらずとも遠からずですが」
「なっ!?どういうことだ!?」
「あなたにそれを言う必要はありませんね。まあ、どのみちこれを見られたからには、あなたを生きて帰すわけにはいきませんが。……ユキ、ミチコ、ヒトミ、サユリ、そいつを取り押さえるんです」
「……なっ!?」

 那キ希の両側に立っていた4体の人形が、いきなり動き出して俺の腕を掴んだ。

「なっ、離せっ……くううっ!」

 こいつら!なんて力だ!?
 まるで、万力で押さえつけられているみたいだ。
 それに、こいつらの冷たさときたら!

 4人の女の、人間離れした力に、俺はあっという間に組み伏せられる。
 それに、俺を押さえつけるこいつらの手……。
 さっきの那キ希と同じく、氷の棒を押しつけられているように冷たい。

「くっ、離せっ、離せぇ!」
「無駄ですよ。……そうですね、あなたは私が彼女に何をしたのか知りたいようですから、今から見せてあげましょう」
「……なんだと!?」
「さっき、あなたにはひどく殴られましたからね。その罰として、この現実を見て苦しんでから死んでもらいましょうか。……ナツキ、さあ、こっちにおいで」
「……なっ、那キ希!?」

 男の声に反応して、那キ希の指がピクリと動いた。
 そして、ゆっくりと男に視線を向けると、一歩、また一歩とそっちに近づいていく。

 そんな?
 さっきの、あの冷たい感触。
 あれは、生きている人間のものじゃなかった。
 だったらどうして?

 でも、よかった。
 とにかく、生きていてくれたんだ……。

 驚きと疑問に続いて、那キ希が生きていたという安堵感が湧いてくる。

 ……しかし。

「那キ希っ!?おいっ、那キ希!?」

 俺が必死で呼んでも、那キ希はこっちを見ることすらしない。
 虚ろな表情で真っ直ぐに男を見つめたまま、その正面に立つ。

「どうしたんだっ、那キ希!?俺がわからないのか!?」
「無駄です。彼女には私の声しか届きませんから。さあ、ナツキ、こっちへ。可愛がってあげましょう」
「……はい、ご主人様」
「那キ希……!?」

 何を言ってるんだ、那キ希?
 そんな奴のことを、ご主人様だなんて?

 さっきと同じ、無表情のままだが、たしかに那キ希はそいつのことを、ご主人様、と呼んだ。
 そして、俺の目の前でそいつに抱きつくと、背伸びをするようにしてその口に吸いついた。

「……ん、んん、んふ……ん、える」
「そんな……那キ希……」

 ゆっくりと舌を絡めながら、那キ希は男とキスをしている。
 今、目の前で繰り広げられていることがどういうことなのか、俺は理解できないでいた。

「……ん、んふう。……………………ちゅ、れるっ、んっ、れるっ、んちゅ」

 キスを終えると、那キ希は男のワイシャツのボタンを外し、その肌に口づけし、舌を這わせていく。

「ちゅっ、ぺろ、あふ……れろ、ちゅむ、んふ……ちゅっ、んちゅっ……」

 男に縋りつくようにして何度もその肌にキスをして、舌を伸ばす。
 そうやって次第に下に降りていくと、那キ希は男のベルトを外した。

「やめろ……那キ希!」
「ん、あふ、はも、ん……んふう、んむ……」

 ズボンをずらせて男の股間のものを手にすると、那キ希はそれを口に咥えた。

「れろ、んむ、んふ、あーむ、んふ、んぐ、んん、んむっ……」

 喉を鳴らしながら、那キ希はフェラチオを始める。
 頬を膨らませるように口いっぱいにそれを咥え込んで、じっくりと頭を動かしていく那キ希。

「那キ希!やめろ!おまえっ、なんてことしてるんだ!?そんなっ、那キ希っ!」
「んむ、はむ、んく、んっふ、ん、あむ、えろ……」

 必死に叫ぶ俺の声が全く届いていないのか、那キ希は虚ろな視線で男を見上げたまま、フェラをやめようとしない。

「あふう……れろ、あむ……」
「ああ、すごくいいよ、ナツキ」

 那キ希のフェラに、男が満足そうな笑みを浮かべた。

「……じゃあ、ご褒美をあげるとするかね。さあ、あっちを向いて」
「……はい」

 その声にようやくフェラを止めると、那キ希は両手を突いたまま男に尻を向けて、キャミソールの裾を捲ると腰を上に突き上げた。

「ナツキ、おねだりは?」
「……ご主人様の逞しいおちんちんを、どうか私のアソコに入れてください」
「なっ……!?」

 抑揚のない、全く感情のこもっていない声。
 だが、俺の知る那キ希なら絶対に言わないような台詞に、俺は言葉を失う。

「よく言えたね、ナツキ」

 口角をくっと上げて笑うと、男が後ろから那キ希の腰を掴んだ。

「やめろっ、てめえっ!……ぐっ!」

 体を起こそうとした俺は、すぐに女たちに体を押さえつけられる。
 身動きできない俺の目の前で、男のものが那キ希の股間に当たり……。

「やっ!やめろぉおおおおっ!」
「んっ、んんんんっ!」

 喚いている俺の前で、四つん這いになった那キ希の体が反り返った。

「んっ、んん、はんっ、んんんっ……」

 男の腰が動き、そのたびに、那キ希の体がきゅうっと反る。

「くそおおっ!てめえっ、那キ希に何しやがる!」
「きみはまだ現実が理解できてないみたいだね。言っただろう?ナツキはもう私のモノだって」
「そんなことがっ!」
「じゃあ、ナツキに訊いてみようか?どうだいナツキ、気持ちいいかい?」
「……はいぃ、気持ち、いいです。ご主人様のおちんちん、とても、気持ちいい。……んっ、はんっ、んんんっ」
「那キ希……なんで……」

 ……そんなはずがない。
 だって、あんなに虚ろな表情のままで。
 あんな、感情のこもってない話し方で。
 あれは、あの男にそう言わされているだけに決まってる。
 本当は、気持ちよくないに決まってる。

 それなのに……。
 なんでそんなに腰を振ってるんだよ、那キ希!

 いつの間にか、那キ希は自分から腰をくねらせはじめていた。
 自分から男を迎え入れるように、いやらしい動きで。

「ん、ううん、んん、はん、うん、んっ、んんんっ、はうんっ、んっ……」
「那キ希……」

 男が腰を突くと、那キ希は自分から中でかき回すように腰をひねっている。
 相変わらず表情も変えないが、少しずつ、確実に喘ぐ声が激しくなっていく。
 それを俺は、茫然と見ていることしかできない。

 と、男が勝ち誇った笑みを浮かべてこっちを見た。

「やっとわかったかい?ナツキが私のモノだって」
「くっ……てめえっ!」
「ふっ……さあ、ナツキ、今度はこっちを向いて」
「……はい。ん……」

 その言葉に、那キ希はいったん立ち上がって男の方に向き直る。
 そして、男が床に腰を下ろすと、その肩に手をかけた。

「…………んっ、んふうううううっ」

 那キ希は、そのまま男に抱きつくようにしてから、自分からゆっくりと腰を沈めていく。
 また、その細い体がバネ仕掛けのように反り返った。

「さあ、自分で動くんだ、ナツキ」
「……はい。……んっ、んんっ、はんっ、あっ、んんんっ」

 男の背中に腕を回して、那キ希がゆっくりと腰をくねらせはじめる。

「んんんっ、あんっ、んっ、はんっ、んっ、んっ、んんんっ……」
「ああ、いいよ、ナツキ。もっと激しくしてごらん」
「……はい。あんっ……んんんんっ……うんっ、あっ、はうっ……はんんんんっ……」
「そんな……ああ……」

 那キ希の腰の動きが、次第に大きくなっていく。

 ポニーテールを跳ね上げながら激しく腰を振っているその姿が、涙で歪んでいく。

 とてもではないが、信じられる光景ではなかった。
 こんな現実なんか、受け入れられるはずがない。

「あんっ、はっ、んんっ、んくうっ、んっ、んっ、はんっ、んんっ……」
「どうだい?気持ちいいかい?」
「……はいっ、ご主人様のおちんちん、気持ちいいです。……はうっ、んっ、んんっ、あんっ」
「もっと、激しくしてごらん」
「……はい、ご主人様。んっ……んんんんっ!はんっ、あっ、んんっ、はううううううっ!」
「くそっ!……那キ希っ……那キ希!」

 ……やめてくれ。
 もう、そんな姿を見せないでくれ。
 そんな言葉を、聞かせないでくれよ、那キ希……。

「はんっ、んっ、ああっ、んっ、はんっ、あっ、んんっ、んっ、んんっ!」
「もうっ、もうやめてくれよっ、那キ希!」
「あああああっ、んふっ、はあああああああああぁんっ!」



 踊るように腰を動かしていた那キ希が男に固く抱きつき、体を震わせる。
 それが、那キ希が絶頂したことを俺に悟らせた。

「そんなっ、そんなことってあるのかよっ、那キ希!」

 男にしがみついてひくひくと体を痙攣させている那キ希の姿に、溢れてくる涙が止まらない。




「さてと……もういいでしょう」




 那キ希を抱きながら、俺の方を男の視線が捉えた。

「この後は私たちだけで楽しみたいのでね。きみにはそろそろ退場願いましょうか」
「……なん、だと?」
「心配しなくていいですよ。私はきみと違って紳士ですから、痛い思いはさせません。……さあ、ユキ、ミチコ、ヒトミ、サユリ」
「……はい」
「ぐっ!?ぐあああああっ!?」

 俺を押さえつけていた女たちが男に返事をすると、急に押さえつける力が強くなった。
 それだけじゃない。
 体に当たる氷のような冷たさが、さっきよりも増してきている。
 灼けるような冷気がどんどん広がってきて、手足の感覚があっという間になくなっていく。
 まるで、瞬間冷凍で冷やされるように、急速に体温が奪われているのがわかる。

「くっ、ぐあああああああっ!……あ?」

 身の危険を感じて暴れると、パキッ、と乾いた音が響き、右肩の辺りに軽い衝撃を覚えた。

「え?えええっ……!?」

 見ると、右腕が付け根から取れていた。
 それなのに、痛みもなければ、血も出てこない。
 まるで、自分の体ではないみたいになんの感覚もない。

 呆気にとられている俺の視線の先には、女の手に掴まれた俺の右腕があった。
 そして、それがゆっくりと床に落ちていき、まるでガラスが割れるように粉々に砕け散った。

「……そんな?」

 腕が凍る?
 そんな馬鹿なことが?
 いや、でも……左腕も、両足も……。

 女たちに押さえつけられていた俺の両腕と両足は、いつの間にか凍りついていた。
 それなのに、痛みすら感じないなんて?

「馬鹿な……?」

 理解不能の出来事に、驚くことすらできない。



「さあ、ナツキ。最後の仕上げをやってきなさい」
「……はい」

 男の言葉に、那キ希がふらりと立ち上がった。
 そして、俺の方にゆっくりと近づいてくる。

 その、俺を見る那キ希の目。
 あれは、人間が人間を見る目じゃない。
 愛情はおろか、嫌悪すら感じさせない、虚ろで温度のない視線。
 まるで、どうでもいい物でも見るような冷たい視線。

「なっ、那キ希っ!?」

 呼びかけに答えることなく俺の前まで来ると、那キ希は身をかがめる。

 そして……。

「ぐむっ!?ぐむむむっ!?」

 ゆっくりと那キ希の顔が近づいてきたかと思うと、その唇が俺の口を吸った。

「ぐむうっ!?」

 なんて……なんて冷たいんだ?

 那キ希のキスは、俺を押さえ込んでいるあの女たちの腕の感触と同じく、凍りつくほどに冷たかった。

「んぐっ!?んぐぐぐ!?」
「んむ……ちゅ、んむぅ……ちゅう……」

 那キ希が唇を吸うほどに、俺の体から急速に熱が失われていくのがわかる。

 意識ごと凍りつかせるような冷気に、気が遠くなっていく。
 全身の感覚は、とうの昔になくなっていた。

「ちゅ、ちゅうぅ……んむ、ちゅむううぅ……」

 ……那キ希。

 薄れていく意識の中で、俺はただ、目の前の那キ希の顔を見ていた。
 那キ希の目は昏く、そして虚ろで、何の感情も映さないままだった。
 ガラス玉のように無機質な瞳でこっちを見つめて、俺の唇を、俺の体温を吸い取っていく。

「んちゅ、ちゅう、んふ、ちゅううううぅ……」
「ぐむむ…む……ぅ……」

 脳味噌まで凍りついていくように、何も考えられなくなっていく。
 視界が、次第に薄暗く暗く霞んでいく。
 俺にキスしている、那キ希の顔もほとんど見えなくなっていく。

「ちゅむ、ちゅ、んむぅ……」

 ああ……那キ希……。

 最後まで残っていたのは、那キ希の唇の感触。
 そして、俺の全ては闇に閉ざされた。






* * *







 ――ガシャン!

 氷の彫像が前のめりに床に落ちて、粉々に砕けた。

「よくやったね、ナツキ」
「……はい、ご主人様」

 自分の恋人が氷となって砕け散ったにもかかわらず、那キ希は表情ひとつ変えることはなかった。
 いや、もとより那キ希は、たった今自分が凍りつかせた相手が誰なのかも認識してはいなかった。
 その虚ろな瞳には、今の主人の姿しか映していなかったのだから。
 その顔にはなんの感情も浮かべることなく、再び主のもとに歩み寄っていく。

「ユキ、ミチコ、ヒトミ、サユリ、おまえたちもご苦労だったね」
「……はい」

 牧の声に、4人の女たちも立ち上がった。

「……アイ、アキコ、マヤ、サトミ、カナ、おまえたちも、みんなこっちにおいで」
「……はい」

 今度は、人形のように立ったままだった女たちが、牧のもとに集まってくる。
 そして、全員が服を脱ぎ捨てると、那キ希が正面から抱きつき、別なふたりは両脇から牧にしなだれかかって体をくねらせ、またあるいは背後から那キ希に抱きついてその首筋に舌を這わせていく。
 残った者も、互いに体を密着させて腕を絡ませ、口づけを交わす。

「あああっ、あんっ、んっ、んんんっ!」
「あふう……ぺろ、えろ……」
「んっ、はうう……」
「んむ、ちゅっ……」

 薄暗い広間の中で、牧を中心に女たちが濃密に体を絡め合う。
 その、虚ろなはずの顔に、どこか官能の色が浮かんでいるようにすら見えた。

「ん、はむ、んん、ああ、んふう……」
「北国とはいえ、もうじき冬が終わる。そうなれば、我々は次の冬まで長い眠りに就かねばならぬ。それまでの時間を、せいぜい楽しもうではないか」
「……はいっ、ご主人様。んんっ、むふうううう……」

 牧に抱きついて腰をもぞもぞとくねらせながら、女たちを代表するように那キ希が返事をする。
 それに合わせて、女たちの動きがさらに淫らさを増していく。

「ん……はうっ、んっ、んんんんんんっ!」

 背後から抱きついている女が、那キ希の足を抱え上げる。
 その、大きく開いた股間に、牧が肉棒を宛がい、その秘裂を突き上げた。
 那キ希は、体をぶるぶると震わせて喘ぐ。

「あんっ、んっ、はうっ、ふううんんんっ!」

 牧が腰を突き上げ、那キ希も踊るように腰を揺らす。
 それを、互いに体を絡ませながら裸の女たちが取り囲んでいる。
 その、冷たくも熱い劣情に満ちた宴は、いつ果てるともなく続いたのだった。






* * *







 北国の山中に、冬の間だけ現れて迷い込んだ女を凍らせ、美しくも妖しい生き人形にしてしまう館があるという。
 その館の主の正体は、外国からやってきた魔術師だと言う人があれば、人外の魔物だと言う人もいる。
 かと思うと、そもそもそんな話は、都会の人間がおもしろおかしく作り出した都市伝説の類に過ぎないと言う者もいた。

 いずれにしても、その真実を確かめた者は、誰もいない。

 
 
< 終 >


 

 

戻る