ねこのみゃー


 

 

半年前


 黒石美弥は隣の明かりが消えるのを確認して、ごろんとベッドへ転がった。十月も半ばを過ぎたこの日。美弥の通っている学校では文化祭が行われ、ほんの数時間前まで後夜祭だとバカ騒ぎをしている生徒達の輪の中に美弥もその身を置いていた。いや、正確には生徒達の輪を少し離れた位置から眺めていた。

「きしゃー」

 隣の幼馴染みをして奇声と言わしめる口癖を発し、美弥はベッドの上に転がっている抱き枕をぎゅっと抱いた。
 その脳裏に掠めるのは隣の幼馴染みだ。幼稚園というよりか物心ついたときから隣にいた存在。ともすると旅行ばかり行っている両親よりもずっと近しいのかもと思ってしまうその存在を美弥は常に考えていた。
 頭の中にその人畜無害そうな笑みが浮かぶ。それとともに早くなる胸の鼓動を自覚して、美弥は顔を真っ赤にした。

「きしゃーっ」

 ぼすっと抱き枕をベッドへと叩きつける。それでも治まらない胸の鼓動に美弥はマウントポジションをとって、何度も抱き枕を殴りつけた。
 普段、隣の幼馴染みに会う時は必死に隠している想い。出してしまったら関係を壊してしまうんじゃないかと恐怖し、見せまいとしている想いがポロポロと溢れ出す。

「きしゃーっ!!」

 止めとばかりに左手を大きく振りかぶり、絶叫とともに拳を振りおろす。ぼすっとという柔らかい音がして、抱き枕が美弥の拳を受け止めた時、美弥の後ろから声が響いてきた。

「まったく・・・なにやってるのよ。こんな時間に騒々しい」
「お、お姉ちゃんっ!?」

 美弥が慌てて振り向くと開かれたドアの枠に玉緒が寄りかかっていた。ネグリジェを着て金色の長髪をたなびかせるその姿はまるで海外映画の住人だが、玉緒がするとものすごく似合っていて、本当に映画にでていてもおかしくない。

「そんなだから、『破壊王女』なんて呼ばれるのよ」
「き、きしゃーっ! 何でお姉ちゃんがそんなこと知ってるのよっ!?」

 破壊王女とは美弥に付けられたあだ名で、隣の幼馴染みを殴る際によく周囲のものを壊す事からつけられたものだ。美弥にはもう一つ、超絶人間という二つ名もあるが、こちらは主に美弥と同学年から下の人間から使われるのに対し、破壊王女のあだ名は美弥よりも上、完璧女王のあだ名を持つ玉緒を実際に見てきた学年の人間から使われる。
 奇声を発する美弥に、玉緒はにやりと余裕を持った笑みを浮かべた。

「ふふふ、お姉ちゃんに知らない事なんてなにもないのだ。完璧女王だからね。で、何があったの? お姉ちゃんが聞いてあげる」
「何もないよっ。お姉ちゃんに話す事なんてっ」

 優しげに笑って近づく玉緒を美弥はふんっと拒絶する。そんな美弥の態度を玉緒はふふっと笑って茶化した。

「ないの〜? そんな事ないでしょ〜。だって、みゃーは何か溜め込むとその抱き枕でストレス発散してるんだもん。だから、今日もなにかあったんでしょ?」

 美弥の隣に座り、ん? と優しげに微笑み美弥。だけど、美弥はその天使のような微笑みの下では悪魔がにやにやと笑っているのを知っていた。ここでぽろりと喋ろうものなら一週間はそのネタを使われる。美弥は頭を撫でてくる姉の手を弾き、キッと姉を睨んだ。

「だから、お姉ちゃんに話す事なんてないってばっ」
「えー。お姉ちゃん寂しいよ〜。ほらほら〜、みゃーが喋ってくれないからお姉ちゃん寂しくて死んじゃうよ〜」

 つつつと玉緒は美弥の脇腹を指でなぞる。

「きしゃぁっ、か、勝手に死ねばいいでしょっ。どうせお姉ちゃんは殺しても死なないんだからぁっ」

 びくっと体を捩らせ、美弥は玉緒の指から逃げた。玉緒はぷうと頬を膨らませ、美弥にいじけるような目を向ける。

「むぅ〜。みゃーの意地悪〜。ま、どうせみゃーの事だから、後夜祭でミケ君とダンスを踊れなかったとか、ミケ君に酷い事言っちゃったとかそんなところでしょ?」
「な、あ、な、な、な、き、きしゃーっ」

 いじけるような目から一転、ふぅと呆れた表情で美弥をみる玉緒に図星を指され、美弥はあからさまに動揺した。

「あ、やっぱり。ほんと、みゃーは分かりやすいんだから」
「き、きしゃーっ!!」

 ふふと優越感混じりの笑みを浮かべる玉緒。そんな玉緒の表情にかちんときたのか、美弥は奇声を発した。口より手が先に出る美弥はそれと同時に拳を放っていたが、玉緒に軽く受け流され、ひょいっと腕を捻りあげられた。

「き、きしゃぁぁ!? 痛い痛い痛いっ!」

 美弥はじたばたと暴れるが、見る見る間に玉緒に抑え込まれてしまう。

「もう、そんなに暴れないの。ミケ君が起きちゃうよ」
「っ!?」

 玉緒の一言にぴたりと美弥の体が止まる。美弥と玉緒の喧嘩自体は珍しくもないが、美弥としてはその理由を本人に知られる訳にはいかなかった。

「そうそう、落ち着きなさい。そしたらお姉ちゃんがみゃーに魔法をかけてあげる」
「魔法〜?」

 いきなり飛び出した胡散臭い響きに美弥は疑わしそうに玉緒をみる。しかし、玉緒はそんな美弥の表情も何のその、美弥に向かってにこやかに頷いた。

「そ、素直になれる魔法。みゃーも素直になりたいでしょ? ・・・ミケ君に」
「き、きしゃーっ!?」

 玉緒が最後に言った単語に、美弥は顔を真っ赤にして奇声を発する。玉緒はそんな美弥をふふっと優しげに眺めていた。本人はその想いを隠しているつもりだったが、本人とその幼馴染み――当事者達以外にはバレバレだった。

「ほら、落ち着きなさい・・・ね」

 玉緒は姉らしく優しく窘める。美弥は玉緒に頭を撫でられてしゅんと小さくなった。

「みゃーも自分の性格があんまり好きじゃないんでしょ? だまされたと思って魔法にかかってみない?」
「・・・催眠術なんでしょ?」
「え?」

 美弥がぼそりと呟いた言葉に玉緒の顔が驚いた表情で硬直する。美弥はしてやったりとばかりに話を続けた。

「お姉ちゃんの言う魔法って催眠術のことなんでしょ? お姉ちゃんの部屋にその手の本があったもんね」
「さすがにみゃーは催眠術のことも知ってるか。でもね、催眠術って言っても、テレビとかでやってる変なものじゃないよ。実際に――」
「実際にある心理療法に使う技術・・・でしょ」

 玉緒が驚いていたのは一瞬だった。すぐにふふっと先程の優しい笑みを取り戻し、美弥に笑いかける。そんな玉緒の言葉を途中で奪い、美弥はニヤリと笑いかえした。

「そう、実際にある技術。だから、魔法だなんて言ったけど、おどろおどろしいものじゃないし、警戒するものじゃないわよ」
「うん、それは知ってる。それにお姉ちゃんなら変な失敗もしないしね・・・」

 でも、と美弥は言葉を切る。美弥の脳裏には昔から玉緒に受けてた嫌がらせの数々が思い浮かんでいた。

「お姉ちゃんは変な失敗はしないけど、わざと変な事しそうで・・・」

 美弥はじろりと玉緒にジト目を向ける。その視線を受けて、玉緒はむぅと頬を膨らませた。

「もう、みゃーったら。私のことそんなに信じられない?」
「うん、信じられない」

 きっぱりと言い切る美弥に玉緒はみるみる顔を歪ませていく。切れ長の瞳はうるうると潤み、徐々に呼吸も震えていき、そして決壊した。

「みゃーがそんな風に考えていたなんて・・・私はっ、私はっ、こんなにもみゃーの事を考えているって言うのにーっ!?」

 ぼろぼろと涙を溢れさせ、ベッドに伏せって嘆く玉緒。そんな玉緒の姿に美弥ははあ、とため息をついた。

「あーはいはい。わざとらしいから」
「そりゃわざとだもん♪」

 次の瞬間には満面の笑みで振り返る玉緒に、やはり美弥は呆れていた。このふざけるのがというか、人をからかうのが大好きな姉はいつもこうやってふざけているのだ。

「とにかく、そんなだからお姉ちゃんは信じられないのっ。ラポールだっけ? 信頼関係がないと催眠術なんてかからないんでしょ」
「うん。でも、みゃーはもうかかってるよね?」
「なっ!?」

 何でもないような玉緒の言葉。その言葉に美弥は愕然とする。その瞬間を狙って、玉緒は声を重ねてきた。

「ほら、みゃーはもう立てない」
「きしゃーっ!?」

 断定的な口調。それに逆らう様にみゃーはぴょんと立ち上がる。

「そう、みゃーは私の言葉に逆らっていく。逆らっていかないと催眠にかけられてしまうから、どんな言葉にでも逆らっていく。ほら、今度は座れなくなるよ。その前に座ってしまおう」
「っ!」

 玉緒がそう言うと、今度は美弥はおとなしく座った。

「ほーら、体が固まっていってしまうよ。体を動かさないといけない。好きなように体を動かしていこう」
「き、きしゃーっ!」

 玉緒は美弥からそっと離れる。美弥はベッドの上でまるでだだをこねる子供の様にじたばたと手足を動かしていた。

「そう、体が固まらないように体を動かしていこう。そうするととっても気持ちいいよね。体を動かしているのがとても気持ちいい。気持ちよくって、もっともっと動かしていたくなる。じゃあ、もっともっと体を動かして気持ちよくなろう」
「きしゃーっ」

 玉緒はそう言って、ベッドのすぐ上にある窓を開く。その下には屋根が続き、すぐ目の前の隣の家も同じように屋根とその上に窓がある。その窓こそ美弥と玉緒の幼馴染みの部屋の窓で、子供の頃から美弥と玉緒はそこから隣の家に出入りしていた。いや、玉緒は中学へあがる頃にそこから隣の家にいくのをやめている。美弥と幼馴染み、二人だけの玄関だった。
 しばらく玉緒は電気の消えたその窓を眺める。やや冷えてきた秋風が窓から吹き込み、玉緒の金髪をふわりと靡かせた。
 ふっと窓に向かって笑みを向けて、玉緒は美弥へと振り返る。美弥はずっと体を動かして疲れてきたのか、目に見えて体の動きが緩慢になっていた。

「体を目一杯動かしたから、とっても気持ちいいね。だけど、ずっと体を動かしているからだんだんと疲れてきたよね。ほら、だんだんと体が動かなくなっていく。腕も足もまるで重りがついたようにずっしりとしてきた。ほら、もう右手が動かせない。左手も、右足も、左足も、ほら、もう全く動かせない」
「きっ・・・しゃぁ・・・」

 ぎゅっと美弥の手足をベッドに押しつけて、玉緒は断定する。玉緒が手を離しても、美弥の四肢はベッドに張り付いたかのように全く動かなかった。

「これじゃあ、催眠にかかってしまうね。催眠にかかってしまうとお姉ちゃんになにをされるかわからない。とても怖いね。でも大丈夫。目を閉じなければ催眠にはかからないよ。だから、必死に目を開けよう」
「き、きしゃーっ」

 玉緒がそう言うと、美弥はこれでもかと言うくらいに目を見開く。くりっと大きくややつり目気味の目は普段よりもさらに大きく開かれた。

「そう、目を閉じてしまったら、催眠にかかってしまう。だからずっと目を開けてなければならない。瞬きもしてはいけない。一瞬でも目を閉じてしまったらすぐに催眠にかかってしまう。さあ、頑張って目を開けていよう」

 美弥はぎょろりと言う表現があいそうなくらいに目を見開き、プルプルとその状態を維持している。だが、瞬きもしないで目を開け続けるなんて長続きするわけもなく、すぐに美弥の瞼は弱々しく落ちかけるのだった。

「目を閉じたら催眠にかかってしまう。目を閉じた瞬間に催眠へと落ちていく。いやだよね? だからずっと目を開けていよう。そうすれば、みゃーは催眠にかからないよ」

 その言葉に美弥は再び瞼に力を入れるが、その効果も対して長続きせず、美弥は目を細めるようにして瞼が閉じるのに耐えていた。

「だけど、やっぱり目を開けっ放しでいるのはつらいね。ほら、だんだんと目が閉じていく。どんなに頑張っても瞼はどんどん落ちていく」

 徐々に閉じていく美弥の瞼にあわせて、玉緒は言葉を重ねていく。催眠に入るまいと美弥の体に力が入り、固くなる。しかし、明確に催眠状態をイメージできてしまっている美弥だからこそ、綺麗に催眠状態に入ってしまう。
 美弥の瞼が力つきた瞬間、美弥の体に通っていた力は霧散し、美弥はがくっとベッドの上で脱力した。

「ほら、催眠状態に入ってしまった。とても気持ちいい。うとうととうたた寝をしているような気持ちよさがみゃーの中に溢れてくるよ。とても気持ちよくて、逆らおうなんて思わない。ずっと抵抗してて疲れてしまったみゃーはこの気持ちいい状態の中にいたいよね」
「・・う・・・ん・・・」

 美弥はベッドの上で静かに頷く。そんな美弥の様子に玉緒はやれやれと苦笑した。

「まったく・・・ね。警戒しているって言っても、心の底では嫌っていないんだよね・・・ありがと、みゃー」

 玉緒は美弥の髪の毛を軽く撫でる。それがくすぐったいのか、美弥の体が動き、癖毛がぴくっと震えた。それを見てくすっと優しい笑みを浮かべたまま、玉緒は言葉を続ける。

「うん、って言うともっともっと気持ちよくなるよ。そしてもっともっと深い所まで沈んでいける。ね、みゃー、気持ちいいよね?」
「・・・うん」

 玉緒の質問に答えた瞬間、美弥の顔に安らぎが浮かぶ。ふふっと笑みを浮かべた玉緒は美弥の頭をなでた。

「そう、うんって答えるととても気持ちよく、とても深い所に沈んでいける。みゃー、お饅頭好きだよね?」
「うん」
「みゃー、お餅すきだよね?」
「うん」
「みゃー、鰹節好きだよね?」
「うん」
「みゃー、猫好きだよね?」
「うん」
「みゃー、ぬいぐるみも好きだよね」
「うん」

 玉緒の出す質問に次々と答えていく美弥。その度に美弥の体からは力が抜け、表情もだんだんと寝ている時のそれに近いくらいに穏やかで無防備なものへと変わっていった。玉緒はそんな美弥の表情を見て、次の質問を出した。

「みゃー、ミケ君好きだよね?」
「・・・うん」

 その質問に美弥は頬を染めて答える。返答に間があったことに玉緒はやれやれと顔をしかめた。

「いい、みゃー。今みゃーはみゃーの中へと沈んでいるの。みゃーの中なんだから、周りは全てみゃー。だから、聞こえてくる声は全てみゃー自身の問いかけなの。自分の気持ちを考えるんだから、恥ずかしがる必要も、悩む必要もないの。みゃーが思ったことを素直に答える。心の中だから誰も聞いていないし、みゃーは素直に答えられる。素直に答えるととても気持ちよくなる。そうするともっともっと深い所へと沈んでいける。みゃーは素直に答える。みゃー、ミケ君の事、好きだよね?」
「うん」

 玉緒の質問に今度は間を置かずに答える。その顔は赤いままだ。

「ミケ君とずっと仲良くしていたいよね?」
「うん」
「ミケ君とずっと一緒にいたいよね?」
「うん」
「ミケ君に嫌われたくないよね?」
「うん」
「ミケ君を取られたくないよね?」
「うん」
「ミケ君に告白したいよね?」
「うん」

 こくんと頷く美弥。玉緒はそんな美弥の返答を見て、はあとため息をついた。

「まったく、普段からこれだけ素直ならミケ君も気づいてくれるのに。あ、でも、ミケ君ももの凄く鈍感だからなぁ・・・どう見てもバレバレなみゃーの態度に気づかないし、自分の気持ちもちゃんと理解してないみたいだし、どっちもどっちなのよねぇ・・・」

 玉緒はもう一度深くため息をついて、美弥に向き直る。そして、すうすうと軽い呼吸を繰り返す美弥に言葉を重ねていった。

「いい? みゃーは今とてもとても深い所、みゃーの中の奥深くに居るよ。とても気持ちよくて、なにも考えられない。周りは全部みゃーだから、聞こえてくる声は全てみゃーの心。だから、みゃーは聞こえてくる声に必ず従ってしまうし、逆らおうと思わない。声に従うと、とてもとても気持ちいい。反対に声に逆らうととてもとても気分が悪くなるよ。みゃーは気持ちよくなりたいよね?」
「うん・・・気持ちよくなりたい」
「気持ちよくなるには声に従うの。わかった?」
「うん・・・従う」

 こくりと頷く美弥。玉緒は美弥が頷くのを確認すると、さらに声を重ねていった。

「今の状態はとっても気持ちいいよね。何にも考えられなくて、何にも考えなくてもいい今の状態はとっても気持ちいい。だから、みゃーは何時でも催眠状態に入りたいと心の奥で思ってるの。だから、みゃーは”人形のみゃー”という言葉を聞くと、何時でもどこでもどんな時でもこの気持ちいい状態になるよ。人形みたいな催眠状態に沈んでいく」
「うん・・・人形・・・沈んでいく」

 美弥は玉緒の言葉を復唱するようにわずかに唇を動かす。美弥の口から漏れた微かな音が玉緒の耳に届いた。
 玉緒はくすっと笑って美弥の髪を撫で、言葉を美弥に刻んでいく。

「それと、みゃーは”みゃーに命令”と言われたら、その後に続く命令を無意識のうちに反芻して、みゃーは命令されたことに気がつかないまま、実行してしまう。どんなに嫌な命令でもどうしてかわからないまま、絶対に実行してしまうの。必ずそうなってしまうよ。そして、”命令解除”と言われたら、その命令はキャンセルされる。命令を行わなくてもよくなるの。わかった?」
「うん」

 玉緒の手を上に乗せ、美弥の頭が縦に動く。それを確認して、玉緒は言葉を続けていった。

「いい、みゃー。今から三つ数えると、みゃーは目が覚めて、普段のみゃーに戻る。目が覚めた時、みゃーは催眠状態のことを綺麗さっぱり忘れているよ。でも、それはみゃーの心の表面の事で、みゃーの心の奥深くには全てしっかりと刻まれていて、みゃーが思い出せなくても、必ずその通りになるよ。いいね?」

 こくとみゃーは静かに頷く。玉緒はくすっと笑うと何度も髪を撫で、美弥に言った。

「一つ、二つ、三つ。はい、みゃーは気持ちよく目が覚めた」

 パチンと玉緒の指が鳴り、ぴくっと美弥の体が動く。パチパチと瞬きをして、美弥は上半身を持ち上げた。

「あ・・・れ?」
「おはよう、みゃー。まだ夜だけどね」

 ふるふると頭を振る美弥に玉緒が笑顔で声をかける。その瞬間、催眠に入る前の記憶が美弥の中でよみがえり、瞳がくわっと見開かれた。

「き、きしゃーっ!」

 奇声を発する美弥の顔は真っ赤に染まり、興奮しすぎで倒れるんじゃないかと思わせる。今にも殴りかかってきそうな勢いの美弥に玉緒は余裕の笑みを浮かべたまま、先程決めた言葉を紡いだ。

「”みゃーに命令、きをつけ”」
「!?」

 瞬間、美弥は立ち上がったかと思うと両手をおろして硬直する。まるで人形の様に固まった美弥の体を玉緒はくすくすと笑いながら眺めた。

「あれ? どうしたの、みゃー? 急に立ち上がって」
「た、立ちたかったのよっ、悪いっ?」
「いや、別に悪くはないけどね。”みゃーに命令、万歳する”」

 さらに加えられる玉緒からの命令。美弥の意識をすり抜けるそれは無意識下へと沈み込み、美弥の肉体を操作していく。無意識下の命令に美弥はその場で何度も両手を持ち上げた。そんな美弥を玉緒は隣でにやにやとしながら眺めていた。

「何? 今度は万歳? ほーら、ばんざーい、ばんざーいっ」
「き、きしゃーっ、違うわよっ。これはそのっ、体操っ、そう体操よっ」

 玉緒の言葉に見事に煽られ、美弥は奇声を発しながら無理矢理な言い訳をする。なんで、両手を上に持ち上げているのかは美弥自身にはわからなかった。

「体操かぁ・・・やっぱりみゃーも体型には気を使ってるんだ? やっぱり胸がもっとほしい? だったら私が揉んであげようか」
「き、きしゃーっ!?」

 玉緒は答えを聞かずに美弥の後ろへ回ると、すっと脇の下へと手を差し入れて胸周りをすすっと撫で回していく。

「きしゃっ、お、お姉ちゃんっ。やめっ」
「お、みゃーはここがいいの? じゃあ、ここを重点的に」
「き、き、きしゃーっ」

 玉緒は美弥の反応のよかった場所をふにふにと揉み上げる。美弥は身を捩らせて抵抗するが、高く上げた両手をおろすこともできず、大した抵抗ができなかった。

「お、勃ってきた勃ってきた。みゃー、ちゃんと気持ちいい?」
「きしゃっ、ぁっ、しゃぁ・・・っ」

 ぴくっ、ぴくっと体を捩らせていく美弥。玉緒は掌で美弥のないにも等しい膨らみをそっと覆う。ないにも等しい膨らみはその大きさのため、それだけですべてが隠れてしまった。

「みゃーもそろそろブラをしないとだめかもね。でも、ブラはいつもみたいに大きなサイズを着けてちゃ駄目だからね。ちゃんとあったサイズを買うんだよ。それと、とびきり可愛いのだからね。それでミケ君を誘惑するんだから。いわゆる勝負下着って奴ね」

 なんて、極上の笑みを見せながら言う玉緒に美弥の顔は瞬時に真っ赤に染まっていく。

「なななななななな、き、きしゃーっ!」
「”人形のみゃー”」
「あ・・・」

 真っ赤になって奇声を発する美弥。そんな美弥に向かって玉緒がキーワードを言った瞬間、美弥の顔からは一切の感情が、体からは全ての力が抜け落ちる。玉緒は脱力して体を預けてくる美弥をそっとベッドに横たえて、静かに言葉を重ねていった。

「はい、みゃーはまたとてもとても気持ちいいここに戻ってきました。ここはどこ?」
「ここは・・・あたしの心の中」

 玉緒の質問に静かに答える美弥。その答えに満足したようで、玉緒はにっこりと笑みを浮かべた。

「そう、ここはみゃーの中。とてもとても深い所。周りの全てがみゃーだから聞こえてくる声は全部みゃーの心の声。だから疑うことも逆らうことも思いつかない。どんなことでも従ってしまうし、どんなことでもみゃーの中では真実になるよ」
「うん・・・」

 ベッドの上で美弥は静かに頷く。玉緒はふふっと微笑みながら美弥の頭を撫で、言葉を重ねていった。

「いい? みゃーは今から三つ数えると大好きな猫になってしまう。とても素直で可愛い猫になるよ。一つ、二つ、三つ。はい、みゃーは猫になってしまった」

 玉緒が指を鳴らしながらそういうと、美弥はごろんと体を反転させて、四つん這いに起きあがった。ピコピコとチャームポイントの癖毛を揺らし、きょろきょろと辺りを見回す。玉緒はそんな美弥に楽しそうに声をかけた。

「みゃー?」
「・・・・・・みゃあ♪」

 数秒の沈黙の後、美弥は玉緒へと振り返る。いつもの性格は形を潜め、振り返ったその顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

「あははっ、みゃー。かわいい〜っ♪」
「ふみゃぁ」

 玉緒はのっそりとよってきた美弥を抱きしめ、とても楽しそうに頭を撫でる。それが気持ちいいのか、美弥は気の抜けた鳴き声を出した。

「うんうん。可愛いよ、みゃー」
「みゃぅん・・・・っ」

 美弥を自分の膝の上で可愛がる玉緒。顎の下に伸ばされる指に、美弥はくすぐったそうに頭を揺らした。

「やっぱり猫と言えば、顎の下よね。ベタだけど、基本よね」

 玉緒はふふっと笑い、美弥の顎の下と頭を優しく撫でる。その指の動き、手の動きに、美弥は気持ちよさそうに身を委ねていた。

「みゃぁ・・・」
「よしよし、いい子ね。このまま寝かせて上げてもいいけど、それじゃつまらないよね〜」

 玉緒はにっこりと極上の笑みを浮かべ、きょろきょろと辺りを見回す。そして、タンスの上に鎮座している無骨な非常用ライトに目を付けた。

「よいしょっと」

 玉緒は膝に美弥を乗せたままタンスの上に手を伸ばし、ライトを手に取る。そして、カチカチとライトがつくのを確認すると、ライトを壁に向かって照射した。
 頭と顎の下から伝えられる気持ちよさがなくなった美弥はそのライトに反応する。ぴくんと癖毛が立ち上がり、壁に照らされるライトの動きに何度も首を振っていた。

「ほらほら〜。獲物だぞ〜」

 楽しそうに言い、玉緒はライトの動きを小刻みに変えていく。美弥は自分の近くに来た時にぴくっと反応するが、すぐに逃げていく明かりに手を出せずにいた。否、ライトの動きを注意深く見据えて、機を窺っていた。
 右、左、右、左、上、下、右、右、上、上。
 美弥の目の前をライトの光が過ぎていく。美弥はじっと体を丸めて、動きの法則性を頭に刻んでいった。
 右、左、右、左、上、下、右、右、上、上。

「ほうら、新鮮だぞ〜」

 玉緒はくすくすと笑いながらもライトを動かしていく。その動きは一定で、美弥もそれを承知していた。
 右、左、右、左、上、下、右――

「みゃぁっ!」
「残念、はずれ〜」

 右に来ると飛び出した美弥の手は、しかし光を捉えることはできなかった。美弥が手を出す寸前に、玉緒はライトの動きを左に変えていた。その動きに負けじと美弥が体の向きを変える。

「みゃぁぁっ!」
「は〜い、はずれぇ」

 しかし、やはり光は軌道を変えて壁を走っていく。先程までの集中ぶりはどこへ行ったのか、美弥は光を追って右へ左へと翻弄される。玉緒は穏やかに笑いながらそんな美弥の姿を楽しんでいた。







「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 五分間延々と光を追い回すことに注力していた美弥は流石に疲れたのか大きく肩で息をする。それで十分に満足したのか、玉緒はライトを消すと、後ろから美弥を抱きしめた。

「ふぎゃぁっ!?」

 突然の事に暴れ出す美弥。しかし玉緒はそれを意に介さず、穏やかに言葉を紡いだ。

「人形のみゃー」

 その言葉が紡がれた瞬間、美弥の体から一気に力が抜け落ちて、がくっと玉緒に体を委ねた。玉緒は美弥の体をそっとその場に横たえて、頭を自分の膝の上に乗せる。そして、穏やかな笑みを称えながら、慈しむように美弥の頭を撫でていった。

「みゃー。猫になるのはとても面白かったね。それはねみゃーが猫を大好きだからだよ。何時でも猫になってみたいよね」
「・・・うん」

 静かに返される言葉。その言葉に玉緒はうんと頷くと、さらに言葉を返していった。

「じゃあね、私がみゃーに魔法の言葉を教えて上げる。みゃーは”ねこのみゃー”という言葉を聞くと猫になってしまう。とてもとても素直で可愛い猫になる。みゃーは猫がとっても好きだから、いつでも、どんな時でも、”ねこのみゃー”と聞くと素直で可愛い猫になってしまうの」

 玉緒はここまで言うと、すうと息を吸い込み、少しの間を置く。そして、一拍後再び玉緒は言葉を刻んでいった。

「でも、ずっと猫のままというわけにはいかないよね。だって、みゃーは猫が大好きだけど人間じゃない。だから、みゃーは”人間のみゃー”という言葉を聞くと催眠から目が覚めて、いつものみゃーに戻る。わかった? みゃーは”人間のみゃー”と聞くと催眠から目が覚めるんだよ。あ、それと、猫でも人間でもみゃーはみゃーだから、特別指示しない限り、猫の時の記憶もみゃーは覚えてて、いつものみゃーに戻った時に思い出せるよ」
「うん」
「うん、いい子。じゃあ三つ数えたらそうなるからね。一つ、二つ、三つ、はい。今の言葉はみゃーの心の底に刻まれたよ。どんな時でも必ずそうなるからね」

 そして、玉緒は美弥をベッドに座らせ、自分もその隣へと座る。力なく項垂れる美弥を抱き寄せて、そっと耳に言葉を囁いていく。

「じゃあ、今から三つ数えると、みゃーは目が覚める。だけど、みゃーの催眠にかかっていたときの事を覚えていない。みゃーは私といつものように喋っていて、その途中にみゃーが寝てしまった」
「あたし・・・寝ちゃった・・・」
「そう、みゃーは私と話していて寝てしまった。だけど、みゃーが催眠術にかかったことは本当はあったことだから、みゃーの心の奥底では覚えていて、言われたことは絶対に実行してしまう。それがみゃーにとっての真実だから、絶対に実行してしまうよ。」

 そういって、玉緒は美弥の頭を撫でる。さらりとした美弥の髪が玉緒の指の間をすり抜けていった。

「一、二、三、はい。美弥は気持ちよく目が覚めた」

 パン!
 玉緒が言葉を紡ぐのと同時に手を打ちならす。その音を合図として、美弥の全身に力が入っていった。美弥はすっと目を開き、ゆっくりと上体を起こす。

「・・・・」
「おはよ、みゃー」

 目をパチパチとして、呆然と玉緒を見る。その視線を受けて、玉緒はにやりといつもの雰囲気をまとって答えた。

「・・・あたし、寝てたの?」
「そうよ、私と話している時からこっくりこっくりと船を漕いでいたのよ。そして、そのままばたんきゅう。覚えてないの?」

 ふふっと笑う玉緒に美弥は頭に手を当てる。確かに、玉緒と話をしていたのは”憶えている”。だが、何か、よくわからない違和感が美弥の中にあった。

「お姉ちゃん・・・あたしに何かした?」
「何もしてないよ〜。みゃーの胸を揉んでみたり、お尻を揉んでみたりなんてしてないよ?」
「き、き、きしゃーっ!」
「あはははははっ」

 奇声を発する美弥に、玉緒は笑いながら美弥の部屋を飛び出す。ふうふうと肩で息をする美弥にひょいとドアに顔を出して玉緒は言った。

「あ、そうだ。”みゃーに命令、私の質問に正直に答える”。結局ミケ君と何があったの?」
「・・・ミケがダンスに誘ってくれたけど、恥ずかしいから殴ったら、ダンスが終わるまでミケが気絶した・・・」

 玉緒の質問に頬を赤くして美弥はぼそっと呟く。その言葉を聞いた瞬間に玉緒は大笑いした。

「あはははははっ、みゃーらしすぎるっ」
「き、きしゃーっ!!」

 ビュンと凄い勢いで飛んできた抱き枕を玉緒はひょいと避ける。そして、再び顔を出した玉緒は真面目な顔で美弥に言った。

「どうせいつものことだし、ミケ君は気にしてないだろうけど、ちゃんと謝っておきなさいよ。みゃーもだけど、ミケ君も最後の後夜祭を楽しめなかったんだから。ま、みゃーは自業自得だけどね」
「きしゃーっ!!」

 あははははと最後は笑って退散した玉緒の言葉に、美弥は奇声を上げた後、むぅと顔をしかめて俯いた。

「・・・そんなこと、お姉ちゃんに言われなくったってわかってるわよ」

 ぼそっと誰にともなく呟くと、美弥は抱き枕を回収して布団に潜った。

 
 


 

 

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