マインドダイバー

〜サトリの末裔と孤独な少女の物語〜


 

 



第1話

妖怪の血を引く少年と笑わない女の子



「……ん?」

 それは6月もはじめのある日。
 俺、覚内秀明(かくない ひであき)が放課後に真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、校舎の屋上でうだうだしていたときのことだった。

 誰かが屋上に上がってきたのに気がつき、思わず身を隠す。
 いや、別に悪いことをしてたわけじゃないけど、もし先生だったら帰宅部のくせにこんなところでなにしてるのか訊かれるのが煩わしかっただけだ。

「あれって水希じゃないか? こんな時間になにを?」

 そこにいたのは先生じゃなくて、耳が隠れるくらいの栗色の髪をふわっと自然なボブにした丸顔の少女。
うちのクラスの水希優那(みずき ゆうな)だった。
 もう、部活に行く生徒は行ってしまってるし、そうでないやつはとっくに家に帰ってる時間だ。
 いや、俺が人のことを言えた義理じゃないけど、こんな時間に屋上に来るやつなんてまずいない。
 しかも、なんで水希が?

 水城優那は、俺がずっと気になっている女子だった。
 中学までは学校は違ったけど、高校に入ってからの2年間は同じクラスだ。
 これまで話とかは全然したことないんだけど俺の好みの顔立ちで、本当ならすごくかわいらしいと思う。
 今、本当ならって言ったのは、きっと笑ったらものすごくかわいいやつだろうなと思うからだ。
 小さめの丸顔で目が大きくて、笑ったらきっとすごく映える顔をしてる。
 ただ、この2年間俺は水希のやつが笑ったのを見たことがない。
 いつも、どこかトゲのあるような暗い表情をしていて、自分から人に話しかけてるのを見たこともない。
 もちろん、仲のいい友達がいるような感じでもない。
 いつも独りで、他人を拒絶するようなオーラを放っているやつだった。

 だけど、そんな水希のことがずっと気になっていた。
 もちろん顔が好みのタイプだからっていうのはあったけど、後になって思えば俺の中に流れているこの血がなにか感じとっていたのかもしれない。

 疑問を感じながら陰に隠れて見ていると、水希は真っ直ぐにフェンスに向かって歩いて行く。
 その時点で、すごく嫌な予感がしていた。
 フェンスの手前で少しの間じっと立っていた水希がそれを乗り越えようと手をかけたのを見た瞬間、俺は駆けだしていた。

「おい、なにしてるんだよ!」
「やっ……離してよ!」

 女の子が越えるには少し高いフェンスで助かった。
 水希がもたついていたせいでなんとか間に合って、体を抱えて止めようとする。

「おまえ、バカなことするなって!」
「やだっ! 離して! このまま死なせてよ!」
「こらっ、おとなしくしろって!」

 振りほどこうと暴れる水希にしがみついてなんとか押し止めようとするけど、こうも暴れられたらさすがに手に負えない。

 くそっ、どうしたらいいんだよ?

 なにしろ、目の前で飛び降り自殺しようとした相手だ。
 死にものぐるいで暴れられたら抑えるのは簡単じゃない。
 それに、力尽くで抑え込もうとすると怪我をさせてしまいそうだった。

 どうしたら止められる?
 自殺なんてバカなことを考えないようにさせることは…………あっ!

 そのとき、俺は自分が生まれながらに持っている力のことを思い出した。
 俺たちの一族が持っている能力のことを。
 いや、厳密にはその力は封印されていて使うことはできない。
 だいいち、中学に上がる前に親父からうちの一族とその能力の説明を受けて、成人するまでは使えないようにと封印されてそのままだったから普段は完全に忘れていた。

 その、うちの家系に伝わる能力とは他人の精神に潜り込んでその心を読み、さらには相手の感情や記憶、思考に手を加えて自分の都合のいいように操るというもの。
 親父に聞いた話では、うちはサトリという妖怪の血を引いた一族で、この能力はその妖怪に由来するものらしい。
 とはいえ悪用したら深刻な事態を引き起こしかねない力なので、子供の間はそれを使うことができないように封印するということだった。
 その能力を使えば水希を止めることができるんじゃないかと思った。
 問題は、どうやったらその封印が解けるのか……。

 とにかく、やってみるしかない!

 わずかな望みは親父に能力を封印される前に、実際に使ってみせられたときの感覚。
 あのとき親父は俺の体に片手を当てると、静かに目を閉じた。
 次の瞬間、親父の手から俺の中に何か入り込んだような感じがして意識が遠のいた。
 そのときの記憶を必死に思い出す。
 よりどころにするにはかなり頼りないし、そもそもこの封印を解くことができるのかどうかもわからない。
 だけど、このままなにもしないでいるのよりはマシだ。

「もうっ! 離してっ、離してよっ!」
「くそっ、おとなしくしろって!」

 フェンスを掴んで暴れる水希の体を抑えこむ手に意識を集中して、強く念じる。
 手の先から、自分の意識を相手に流し込むようなイメージをしながら。

 ……これはっ!?

 俺は、額がチリチリと熱くなるのを感じた。
 それは親父が俺の能力を封印するときに墨みたいなものでなにか書いたところだ。
 その、文字のような模様のようなものは顔を洗うとすぐに落ちたけど、あれがあったところが熱く疼く。
 今まで感じたことのない感覚だ。

 封印が能力を抑え込もうとしてるのか?
 だったら、俺の力の方が勝れば封印を破ることができるかもしれない。

 とにかく、一か八かだ。
 この、わずかに見えた希望に賭けるしかない。

 もっと、もっと強く念じるんだ……。

 水希の体を掴む手のひらに意識を集中して、必死になって念じる。
 すると、額の熱が痛みを伴うまでにきつくなってきた。

「くそっ……こんな封印なんかに負けるかよ!」

 なんとか封印を破ろうと歯を食いしばる。

 生身の水希を取り押さえながら封印を破ることにも集中するのはそんなに容易いことじゃなかった。

 だけど、暴れる水希の口から出てきた言葉を聞いたときだった。

「お願いっ、死なせてよ! 私は生きててもしかたないの、死んだ方がいいの!」
「おまえっ、なんてこと言うんだよ!」

 なんで……なんでそんなこと言うんだよ!?
 死んだ方がいいだって?
 そんなのいいわけないだろうが!

 ドラマなんかでよく自殺志願者が言ってる台詞だけど、それを聞いた俺の中に怒りにも似た感情がわき上がってくる。
 もちろん、誰だって目の前で人が死ぬのなんか見たくない。
 知らない人間が死ぬのを見るのも嫌なのに、ましてや、ずっと気になっていたクラスメイトが死んで悲しくないはずがない。

 痛ぅうううっ!

 突然、額の痛みが頭全体を締めつけるほどに強くなる。

 もしかして、俺の感情が昂ぶったせいで力が増幅してるのか?

 そう思ったのも束の間だった。

「だって、私が死んでも誰も悲しむ人もいないもの!」
「この馬鹿野郎! そんなこと言うなよなぁあああっ!!」


 水希の言葉にやるせない怒りと悲しさを抑えきれずそう叫んだ瞬間、俺の中でなにかがブワッと膨れあがった。
 そして……。

「くうううううっ! ……なっ!?」

 額の封印を中心に硬いもので殴られたような衝撃と痛みが弾けたかと思うと、俺の手からなにかが水城の中に流れ込んでいくのを感じた。

「な、なにこれっ!?」

 同時に、悲鳴をあげた水希の体から力が抜けていく。
 支えをなくしたように倒れたその上に俺も重なるように倒れ込む。

 ……なんだこれ?
 もしかして、水希の意識を感じてるのか?

 俺の手を通じて、痛いほど暗く沈んだ感情が流れ込んでくる。
 それはきっと俺の力が水希の心の中のを読み取ってるんだ。

 だけど、これだけじゃまだはっきりと読み取れないし、こちらから干渉できそうにない。

 ……そうだ、確かあのとき親父は俺の頭に手を当ててたよな。

 親父が能力を使って見せたときのことを思い出して、もう片方の手を水希の頭に添える。

「いっけぇえええええっ!」

 そして、そこから俺自身を水城の中に流し込むつもりで気合いもろとも強く念じた。

「……ひぅっ!?」

 小さな悲鳴をあげて、水希が気絶したみたいにぐったりとなる。
 次の瞬間、俺の視界がふっと暗転した。




◆◆◆





 ……これは?

 さっきまで屋上にいたはずなのに、俺の体は宙に浮かぶようにふわふわと浮いていた。
 上の方は明るいけど、下を見ると仄暗い空間が広がっている。

 そしてそこには、色の付いた帯のようなものがふわふわと漂っていた。
 どれもこれも、黒や紺、ダークグレーといった暗い色のものばかり。

 うわっ……!?

(嫌……もう……なの嫌……)

 黒に近い灰色の帯が当たったときに、背筋が冷たくなる感触と同時にそんな声を聞いたような気がした。
 そして、次は濃い紺色の帯が当たる。

(このままあの男に……されるなんて……耐えられない……)

 これは、水希の感情なのか?
 この、暗くて冷たいのが全部?

(ずっと……まま生きて……なんて……私……)

 今度は、暗くくすんだ茶色ともグレーともつかない色の帯。

 間違いない、伝わってくるこの声はさっきまで聞いていた水希のものだ。
 言葉をはっきりと聞き取れないのは俺がまだ力を上手く扱えていないからなのか、それともそこがまだ水希の心と外の境目だからはっきりとしないのか……。

 とにかく、もっと潜ってみるか。

 素潜りの要領で手足を掻くと、俺はどんどん下に向かって進んでいく。
 まだ、自分の力でなにができるのかもわからないけど、とにかくこいつに何があったのか知るには心の深いところまで潜ってみる必要がありそうだった。

 くうっ……こんなっ……こいつの中、全部こんな気持ちでいっぱいなのかよ?

 潜れば潜るほど、密度を増していく帯が俺にぶつかる。
 どれもこれも暗い色をしたものばかりで、伝わってくるのは絶望、孤独、恐怖といった負の感情ばかり。
 たった今目の前で自殺しようとしたくらいだからそれは当然のことなのかもしれないけど、心の中がこんな感情で満たされてるなんてあまりにも辛くて悲しいじゃないか。

 いったい、なにがこいつの心をこんなにしてしまったのか……ん? あれは?

 潜っていく先に、光を放つようなものを見つけて近づいてみる。

 ……って、なんだよっ、これ!?

 そこに浮かんでいたのはテレビの液晶パネルみたいな長方形の薄い板。
 大きさもちょうどうちのテレビくらいだろうか。
 そして、その表面にまるで動画のように映し出されていたのは、短く刈った髪を黄色に染めた男が女を犯している姿。

 これって、まさか……。

 男の姿ははっきりわかるのに、女の方は下半身しか見えない。
 もしかして、水希から見た光景なのか?

 どういうことだよ? ……うわっ!
 ……えっ?
 この男に強要されて、しかたなく体を……?

 思わずそのパネルを掴むと、そこに映っている映像が自分の体験のように頭の中ではっきりと再生された。

 これは……水希の記憶なのか?

 おそらくこれは水希の身に実際に起きたことだ。
 俺の中に、そのときの彼女の感情まで伝わってくる。

 水希は喜んでこんなことしてるわけじゃない。
 脅されて、しかたなくやってるんだ。
 俺の中には、恐怖と嫌悪、悲しみと諦めといった感情しか伝わってこない。

 でも、なんでこんなことに?
 ……あっ、あそこにも。
 あっちにもあるじゃないか!

 その深さくらいから、あちこちに同じようなパネルが浮かんでいた。
 どれもこれも、映っているのはあの金髪の男。
 年は俺たちと同じくらいか少し上くらいだろうか。
 いかにもヤンキーっぽい外見の目つきの悪い奴だ。
 そして、水希がいやらしいことをやらされているのもどれも同じ。

 こいつが……この野郎が水希をここまで追い詰めたのか!

 パネルに映っているのは見ているだけで反吐が出てきそうな光景ばかりで、こみ上げてくる怒りにおかしくなりそうだ。
 よく見たら、ひとつひとつのパネルを囲むように暗い感情の帯が渦巻いている。

 そりゃそうだよな。
 こんなことを繰り返しされてたら死にたくもなるよな……。

 ……ん? あれは?

 水希の心の奥深いところに、それまでの黒っぽい色とは違う帯が絡みついているパネルを見つけた。
 そこに映っていたのは、きれいな女の人の姿。
 この、心の底に近い場所のあちこちに同じ人の映ったパネルがある。
 たぶん、年は一番若く見えるもので30半ばくらいから、少し老けた感じのものだと40半ばくらいだろうか。
 そのパネルを、少し赤みのかかった帯が囲んでいる。
 決してきれいな色じゃなくて、どこか煤けたような暗い赤色。

 これは……水希の母さんなのか?

 パネルに触ると、同じように水希の記憶が俺の中で再生される。
 だから、このきれいな人が彼女の母さんだっていうことはわかった。
 だけど、そこにある水希の感情は寂しさと孤独、そしてどこにもやり場のない悲しさ。
 あまりにやるせなく、胸が締めつけられる感情が流れ込んできて涙が溢れそうになる。

 いったい母さんと何があったんだ?
 いや、親父っぽい人の姿が見えないし。
 だいいち、楽しそうな記憶や感情がないじゃないか。
 こいつの人生に今までいいことはなにもなかったっていうのか?

 たぶん、ここにある全てのパネルに触れたら水希の記憶を追体験できるんだと思う。
 でも、それをする勇気はなかった。
 そんなことを本当にしてもいいのかという思いもあったが、なによりこれだけの負の感情の渦巻く記憶に耐えられる自信がなかった。

 ……どうすりゃいいんだ?
 いったい俺になにができる?
 こんな辛い思いをしてきたこいつの心をどうしたら救える?

 なんとか水希を助けようとその心に潜っては見たものの、あまりに残酷すぎる記憶を見せつけられて俺は途方に暮れてしまう。

 と、とにかく、こいつが自殺しようとするのだけは止めないと。

 ……そうだ!
 いや、でも……。

 思いついた方法は、自分でも躊躇ってしまうものだった。
 だけど、他にいい手を思いつかない。

 俺は、一族の能力について親父が説明したときのことをもう一度思い起こしていた。
 親父の話ではこの能力は他人の心の中に潜ってその記憶や感情を読み取るだけじゃなくて、自分が念じて生み出したものを相手の心の中に植え付けて相手を操ることができるって言っていた。
 だったら……。

 俺が両手を前にかざして念じると、そこに俺の姿が浮かび上がった。

 ……今の俺じゃこの程度か。

 親父の話では能力の扱いに慣れると実際には経験をしてない記憶まで相手に植え付けることができると言っていたけど、能力を使うのはこれが初めての俺にはまだ無理だと思ったし、なにより水城の中に偽の記憶を植え込むようなことはしたくなかった。

 本当にこんなことをしていいのか?

 そのためにこうしているとはいえ、いざ他人の心に干渉するとなるとやっぱり躊躇ってしまう。

 ……ごめんな。
 もし、おまえを救うことができたら、全部もとに戻して謝るから。

 心の中で、水希にそっと謝る。
 それは、自分に対する言い訳でもあった。

 そして、俺に対して好意を持つように念じる。
 次の瞬間、俺の手の中に30cmくらいの大きなつららのような、杭のようなものが握られていた。

 これは?
 これをここに打ち込めと言うことなのか?

 そのゴツゴツした杭は淡い桃色をしていてそんなに大きくもないけど、暗く冷たい色ばかりの水希の心の中には異質ともいえる光を放っていた。
 覚悟をして大きく息を吸い込むと、俺はその杭を目の前の自分の像に打ち込む。

 すると、杭を打ち込まれた俺の似姿が明るい桃色の襞に包まれていき、そこから同じ色の帯がたなびき始めた。

 本当にこんなことしてよかったのか?
 でも、これだけじゃ足りないよな……。

 たぶん、今の水希を止めるにはこれだけじゃ無理だということは想像がついた。
 だから、もうひとつやることがある。
 それこそ、本当にそんなことをしていいのかわからない。
 いや、本当はそんなことをしていいはずがない。
 だけど、こいつに自殺を思いとどまらせる方法を他に思いつかなかった。

 俺の命令には絶対に逆らえない。
 どんなことでも俺の命令を聞いてしまう。

 そう念じると、手の中に再び杭が生み出される。
 今度の杭は、重々しい銀色の光を放っていた。

 罪悪感を感じながらも、その杭を自分の似姿に打ち込む。
 その瞬間に、桃色に包まれた俺の姿が強く光ったような気がした。

 これで、もう自殺なんかするなって俺が命令したら、とりあえずこいつの命は救えるよな……。

 本当は、救えるのはその命だけで水希自身を今の絶望や苦しみから救えるわけじゃないのはわかっていた。
 だけど、今はこうする以外に方法を思いつかない。

 ……こいつを本当に救う方法はそれから考えよう。
 それしかないじゃないか。

 そう自分に言い聞かせると、俺は来たときと同じように水中を泳ぐようにして上へと向かった。




◆◆◆





「……ぷはぁあああっ!」

 水希の心に潜ったときに上にあった明るい光を突き抜けると、俺の意識は自分の体に戻っていた。
 本当に水の中に潜っていたときみたいに、大きく息をする。
 実際、長時間水泳をした後のように全身が重いし頭がガンガン痛む。
 それは力を使ったせいなのか、無理して封印を破ったせいなのかはわからない。
 だけど、今はそれよりも大切なことがあった。

「おいっ! 大丈夫か!?」

 ぐったりと気を失っている水希の体を揺する。
 すると、小さな呻き声をあげてその目がゆっくりと開いた。

「おっ、気がついたのか!?」
「……いやぁっ!」
「うわっ!?」

 水希がいきなり俺を突き飛ばす。
 そのまま立ち上がると、またフェンスに手をかけた。

 ……結局こうなるのかよ。

 フェンスをよじ登ろうとする水希の姿に、やりきれない気持ちでいっぱいになる。
 だけど、もう躊躇はなかった。
 そのために力を使ったんだし、こいつを死なせたくなかった。

「命令だ! 自殺なんかするな! もう二度と、死んでしまおうとか自分を傷つけようとか思うな!」
「……えっ?」

 俺の発した命令に、水希の体が止まった。

「どう……して? 体が……うごかない……」

 フェンスに手をかけたまま水希がゆっくりとこっちを向く。
 だけど驚いたとか、そういう様子は感じられない。
 いつも教室にいるときと同じように無表情のままで首を傾げている。

「説明してやるよ。おまえは俺の命令には絶対に逆らえないようになってしまったんだ」
「えっ? ……どういうことなの?」
「まあ、そのままの意味なんだけどな。実は、俺にはうちの家系に伝わる不思議な力があって、他人の心の中に潜り込んで相手の心を読み取ることができるんだよ。それだけじゃなくて、その相手の心を弄って操ることができるんだ」

 わけがわからないといった様子の水希に俺は自分の能力と、それを使ってなにをしたか簡単に説明してやる。

「そんなまさか……そんな力があるなんて信じられないわ」
「だったらもう一度試してみるか? 命令だ、フェンスから手を離して俺の前まで来い」
「え? ……うそっ」

 掴んでいたフェンスから手を離して、水希が俺の前に立つ。

「ほら、俺の命令したとおりになっただろ?」
「そんな……信じられない……でも、たしかに今の私はあなたの言うとおりになったわね」

 普通なら自分の心の中を覗かれて相手の命令通りに動くようにされたら恐怖でパニックになるはずなのに、水希は眉ひとつ動かさない。

「だけど、あなたはなんでこんなことを?」
「きみに死んで欲しくなかったからさ。……なんで自殺なんかしようとしたんだ。いや、その理由はだいたいわかってる。あの金髪の男はいったいなんなんだよ?」
「あなた、どうしてそれを!?」

 俺が記憶を読み取ったときに見た金髪の男のことを口にすると、それまで表情を変えなかった水希が驚いたように目を丸くした。

「言っただろ、きみの心の中に潜り込んだって。そこで、きみがあの男に酷いことをされているのを見たんだ。だけど、きみの記憶を全部読み取ったわけじゃないから詳しいことまではわからない。だから教えてくれ、どうしてきみはあんな奴にいいようにされているんだ?」
「それは……」

 水希は俯いたまま言い淀む。

 彼女にとって相当辛い記憶だろうから、口にするのはもちろん、思い出すのも嫌だろうというのは容易に想像できた。
 もちろん、そんなことを気安く訊ねていいはずがないことも。
 だけど、どうしてこんなことになったのか、あの男と水希の間になにがあったかを知らないとこいつを救う糸口すら掴めない。
 それだけ俺は本気だった。
 だから、無理にでも聞き出そうと思った。

「命令だ。あの男との間になにがあったのか全部話すんだ」

 俺の言葉にハッと顔を上げる水希。
 それでも抵抗しようとしているのか、唇が小刻みに震えていた。
 しかし、諦めたように項垂れるとポツリポツリと話し始めた。

「……あれはまだ中学生の頃の話よ。私ね、万引きをしたの。どうしてそんなことをしたのか、魔が差したとしか言いようがないわ。それまでそんなことしたこともなかったし、あの後もやってない。その、たった一度の万引きをあいつに見られていたの。それをネタにあいつは私を脅してきた。そして、私にいやらしいことを強要して、今度はそのときの写真を撮られて、他人に話したらそれをばら撒くって言われて。その後は、私はあいつの言うとおりにするしかなかった。あいつの気が向いたときに呼び出されて何度も何度も犯されて……」
「もういい! もうわかったからそれ以上話さなくていい!」

 それ以上話を聞くのに耐えられなくなって叫ぶ。
 すると、水希はいったん口をつぐんだ後でぼそりと呟いた。

「だから言ったでしょ。私は生きていてもしかたがないって」
「う……」
「このまま生きていてもあいつの言いなりになって犯され続けるだけ。そう思ったらもう耐えられなくなって、それくらいなら死んでしまおうって思ったの。どう? これで満足した? 私の話を聞いても、あなたは死ぬよりも生きていた方がいいって言えるの?」
「そ、それは……」

 水希の問いかけに、俺はなにも言えなかった。
 いや、死んだ方がいいだなんて絶対に思えないけど、今の話を聞いて生きていたらなんとかなるなんて無責任なことはとても言えるわけがなかった。

「でも、私はもう自分で死ぬことすらできなくなったのね……」
「……え? ……って、お、おいっ!?」

 水希がいきなり座り込むと俺のズボンをずらし始めた。
 そして、チンポを引っ張り出すとそれを咥え込んだ。

 まだ萎びたチンポに器用に舌を絡ませ、吸引するみたいに口をすぼめる。

「んっ、ちゅぽっ……あふ、んぬぅ、きゅぽ……」
「うわぁっ……!?」

 これ、フェラチオって言うんだろ?
 こんなのエロ動画とかでしか見たことないけど、実際にやるやつがいるのかよ!?
 そもそも、こいつなんて上手いんだ!
 どうしたらチンポが感じるのかわかってんのかよ!?

 水希の巧みな舌使いと唇の窄め具合に、俺のチンポはたちまち大きくなっていく。

「んふ、ちゅぱっ、んっ、じゅむっ……」
「おいっ、な、なにやってんだよ!?」
「ちゅむ、れろ、ん……なにって、男が女を自分のものにしてするのはこういうことなんでしょ。……えるっ、ちゅぱ、んっ、あふ」
「いや自分のものにするとか、そんなこと考えてないってば!」
「でも、私はあなたの命令に逆らえないってことは、つまり私はあなたのものになったってことでしょ? ……あむっ、じゅぷ、ん、くちゅ」
「いっ、いやっ、俺はそんなつもりはないって……!」
「そんなはずはないわ。だって、その証拠にあなたのおちんちんこんなに大きくなってるじゃないの」

 それはおまえが巧すぎるんだよ!
 こんなに絶妙なフェラチオをされたら誰でもこんなになるに決まってるじゃないか。

 さすがにそんなことは口にできない俺のチンポを握ったまま、水希がこっちを見上げて首を傾げる。

「でも不思議……。あなたにこうするの、全然嫌じゃない。あいつにするのはあんなに嫌なのに」

 その言葉に俺はハッとする。

 そうか……こいつがこんなにフェラが上手いのはあの男にさせられてきたからなのか……。
 そう思うと、胸がズキッと痛くなる。

「ねえ、あなた私の心に他にもなにかしてるでしょ? あなたの命令に逆らえないってことの他に」
「う……それは、その、俺のことを好きになるって……」
「やっぱり。私は完全にあなたのものになったってことなのね」
「いや、俺のものにしたっていうか……」

 あれは水希にあれ以上暴れられたら厄介だからそうしたというか……。
 いや、本当は水希に俺のことを好きになって欲しい。
 でも、それはこんな能力を使ってすることじゃない。
 これは本当に水希に自殺をやめさせるためにしたことで……。

「でも、あなたの命令に絶対に従うようにして、そのうえあなたのことを好きになるようにしたんでしょ。それが私をあなたのものにしたんじゃなくてなんなの?」
「う……」

 水希にそう言われるとなにも反論できない。

「でもいいわ。とにかく、私はもうあなたのものなんだし、おちんちんがこんなに大きくなったら最後までしないとあなたも困るでしょ。だから、私がしてあげる」

 そう言うと、水希は俺に抱きつくようにしてその場に腰掛けさせるとそのまま俺を押し倒した。

「おっ、おい……?」
「いいのよ。そのまま寝てて」
「いや……ちょっと……」
「いいからそのままにして」

 俺の体を跨ぐようにして立った水希がスカートの裾を持ち上げた。
 下から見上げる格好になってる俺からは、その中が丸見えになる。
 スカートの裾を口に咥えた水希が、片手を股間に伸ばしてショーツの布をずらした。
 そのまま膝立ちになるともう片方の手で俺のチンポを掴む。

「じゃあ、挿れるわ……」

 水希がそう言った瞬間に、咥えていたスカートの裾がファサッと舞い降りる。

「って、おいっ……!」
「んっ! んんんんんっ!」

 水希がゆっくりと腰を沈めていき、チンポがすごくきつくて温かいものに包まれていく。

「うおおっ……!?」
「ん……全部、入ったわ」

 俺の上に跨がってこっちを見下ろす水希は相変わらず無表情のままだけど、心なしか頬が赤く染まって、瞳が潤んでいるように見えた。 

「どう? 気持ちいい?」
「あ、いや、気持ちいいというかなんというか……」
「そう? 私は気持ちいいかも。セックスなんて辛くて苦しいだけで、一度も気持ちいいなんて思ったことないのに。なんだか不思議、こんなのは初めてかもしれない。でも、あなたにも気持ちよくなってもらいたいわ。だから……んっ……」
「おっ、おわっ……!?」

 水希がぐいっぐいっと腰を前後させると、柔らかいけどきつきつに締めつけられながらチンポが扱かれる。

「ぁんっ、んっ……ねえ、気持ちいい?」
「あっ、あうっ、う、うんっ」
「そう、よかった。じゃあ、続けるね……ん、はん……あっ! あんっ……」

 淡々とした様子で俺を見下ろして、だけど時折甲高い喘ぎ声をあげて水希が腰を前後に動かす。
 熱くうねるような水希のアソコがチンポを絶妙に刺激しながら動いて、気持ちいいとかそういうレベルをはるかに超えていた。

「ん……おちんちんがまた大きくなったみたい。よかった、本当に気持ちいいのね。だったら、こんなのはどうかしら?」
「うっ、うほおおっ!?」

 水希が、腰の動きで横に円を描くように捻りを入れてきた。
 チンポを扱く動きにぎゅっと圧迫するような刺激が加わって、快感がさらに跳ね上がる。

「んっ、はん……顔を真っ赤にして、気持ちいいのね。いいわ、もっと気持ちよくなって。……ん、んんんっ!」
「くわっ……そ、それっ、すごすぎっ! おわわっ!」
「んっ……熱いおちんちんがビクビクしてる……。こんなに気持ちいいのは私も初めてよ……んっ、はんんっ……」

 表情は変わらないものの、明らかに頬を紅潮させて水希が腰を動かす。
 俺の腹に両手を突いて腰を捻るように、あるいは前後にピストンさせるように。

 だけど、こんなのじゃこっちが……。

「はん……ん、本当にこんなの初めて……んっ、あんっ……」
「やっ、もう俺っ……!」
「出そうなの? いいわよ、出して。んっ、はんんんっ!」
「いっ、いやっ、それはっ……!」
「いいのよ。私はもうあなたのものなんだから、中に出して。……んっ、んっ、んっ、んんっ!」

 射精しそうになって焦る俺を嘲笑うように、水希が腰の動きを早めていく。
 そんなに激しくされたらもう俺のチンポは保たない。

「はんっ、んっ、んっ、んっ……いいわっ、早く出してっ……」
「もっ、もうダメだっ……出るっ!」
「んんんんっ! はうっ!? なにっ!? これすごいのぉっ! はんんんんんっ!」

 思いっきり出してしまった精液を受け止めて、水希の顎が跳ね上がる。
 体を反らして、堪えかねたように喘ぐその白い喉がふるふると震えていた。

「ん……はぁああああん……」

 絶頂の名残なのか、ピクピクと肩を震わせながら水希は俺に跨がったままで甘く気怠げな吐息を吐いていた。
 むしろ、興奮が冷めて慌てたのは俺の方だ。

「ごごご、ごめん! 俺、中に出しちゃって……!」
「……え? ああ、いいのよ。だって、私はあなたのものなんでしょ?」

 そう言うと、ようやく水希は立ち上がる。

「いや、俺のものとかそんなんじゃなくて……」

 俺も立ち上がると、慌てて乱れた服を直す。
 そんな俺の顔を、水希がまじまじと見つめてきた。

「あら? そういえば……あなたってたしか同じクラスの……えっと……」

 今になってようやくそのことに気づいたらしい。
 だけど、水希はそのまま困ったような顔をしている。

 そっか、俺の名前を知らないのか。
 まあしかたがないよな。
 同じクラスとはいえこれまで一度も話なんかしたことなかったし、去年からこいつのことを意識していた俺と違って、気にしてないやつのことなんか知らないよな。

「俺の名前は覚内秀明っていうんだ」
「そう。私の名前は……」
「知ってるよ、水希優那だろ。今まで一度も話をしたことがないけど、いちおう高校入ってからずっと同じクラスだしな」
「そうだったの。ごめん」
「いや、謝ることでもないし」
「でも、今日から私は覚内くんのものなんだから。それとも、ご主人様って言った方がいい?」
「いやっ、普通に名前でいいから! だいいち、俺のものだとかそんなつもりもないし!」
「別に気を遣わなくてもいいのよ。私はそんなのもう慣れてるから……」

 顔色ひとつ変えず、冷めた目つきで水希が言う。
 まるで、感情が死んでしまったみたいな表情で。

 それほどまでに辛い目に遭ってきたんだよな……。
 感情を殺してしまわないと正気を保てないぐらいに。
 そして、それも限界にきたから自殺しようとしたのか。

 こいつだってきっと小さい頃は笑ったことがあるはずなんだ。
 どうしたらそれを取り戻させてやれるだろうか……。

「どうしたの、覚内くん?」
「い、いや、なんでもない」

 その境遇を初めて知って、いったいなにができるだろうかと思って唇を噛んでいる俺の顔を水希が覗き込んでいた。

「とにかく、これからよろしくね、覚内くん。あなたとのセックスは、その……悪くなかったわよ」
「……水希?」

 そう言った瞬間、それまで張り付いたように強ばったままだった水希の表情がわずかに緩んだような気がした。



 それが、俺と彼女……水希優那との奇妙な物語の始まりだった。

 
 


 

 

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