○○なあたし


 

 

番外編2 騎士と閻魔のR&R(後編)


※エロはありますが催眠はありませんのでご注意ください。


 目を開けたら、大切な人の寝顔がそこにあった。

 どうやら、僕もあの後寝入ってしまったらしい。そう思いながら時計を見る。デジタル時計の最初の数字は「4」を表示していたけれど、冬至も近いこの時期、外はかなり暗くなってきていた。都ちゃんの寝顔はまだ判別できる程度だけれど。
 ちなみにカーテンは閉まってるけど、遮光性じゃないので、電気をつけなくても昼は都ちゃんの姿がバッチリ見えた。でも都ちゃんは、セックスの時に部屋が明るいことに文句はないようだ。それどころか、夜、電気をつけた中でしても、ものすごく恥ずかしがるくせに、電気消して、とかは一回も言ったことがない。
 こういうあたり、やっぱり都ちゃんは本物のマゾだと思う。

 その都ちゃんに目を戻すと、都ちゃんはまだすやすやと眠っていて微動だにしない。
 綺麗なまぶた、短めの髪、意外に長いまつげ、僅かに開いた唇。そして、(眠ってるので当たり前だけど)どんなに見つめても無抵抗な表情。
 性欲が溜まってくると、いじめたいとか、ゾクゾクするとか、いろいろ感じるものが増えていく。でも、まだ寝起きの今、感じるこの気持ちは複雑なようで、言葉にするとあまりにも簡単なものだ。

 愛しい。

 腕の中で眠る都ちゃんを見る僕には、その感情しか思い浮かばない。
 都ちゃんの顔を見つめるたび、その感情が膨らんでいく。
 都ちゃんを起こさないようにこっそりと、でも少しだけ強く、抱きしめる。
 膨らんだ感情の泡が弾けるように、幸福が広がっていく。
 その感覚に満足して、僕はこっそりと、ベッドを抜け出した。

 ……あ、部屋の外寒いからパンツとシャツは着ないと……。



 部屋に帰ってくると、寝返りをうったのだろう、こっち側を向いた都ちゃんの顔が見えた。
 起こさないようにゆっくりと近づいたけれど、よく見ると都ちゃんのまぶたはわずかに動いている。起きたようだ。
 ベッドの横に膝立ちになって、都ちゃんの顔を見つめる。都ちゃんの目が、僕の右手――正確には、僕の右手に持ったコップを見つめていた。
(いる?)
 口に出さずに右手を僅かに上げると、都ちゃんが起き上がろうとしたので、左手で支えてやる。
 都ちゃんにコップを手渡すと、無表情のままゆっくりと、都ちゃんは水を飲み干していった。

 飲み終わったコップを都ちゃんが何も言わずに差し出す。僕が受け取ると同時に、都ちゃんはのっそりと動き出す。
 きっとトイレだろうと判断して、
「都ちゃん、外、寒いよ」
 と着ているシャツを脱ぎ、都ちゃんに羽織らせる。
 のそのそとシャツに腕を通した都ちゃんは、そのままドアを開け、部屋を出て行った。



 ちなみに、都ちゃんの反応は機嫌が悪かったりするわけではない。
 もう何回かああなったのを見ているから、分かる。

 僕は立ち上がって部屋の電気をつけ……次にパンツを脱いだ。



 ベッドに座って数分待っていると、都ちゃんが帰ってくる。
 その顔は無表情で、明らかに瞳の焦点が定まってない。
 今日は寒いからトイレで目が覚めるかと思ったけど、そんなことはなかった。

 そして都ちゃんは、ゆっくりと僕に向かって歩いてきて――そのまま倒れ込むように、僕を押し倒してきた。
「わっ」
 思わず声を上げて抱き留め、都ちゃんの顔を見ると、都ちゃんはすでに目を閉じていた。
 でも、寝てしまったわけではない。
 なぜなら、都ちゃんの腰はゆっくりと、僕の足にこすりつけられているから。



 僕がこの状態を理解したところによると。
 理性が起きてこないで、寝ぼけたような状態のまま、当たり前のように「おねだり」をしている、と。



「……淫乱」
 思わずつぶやくと、
「……ぅ」
 都ちゃんは小さく反応を返す。声の感じからすると、「黙れ」だろうか。いや、今の都ちゃんなら「当たり前でしょ」って感じかもしれない。後者だったら、相当頭がイカれている気がするけど。まあ今さらか。

 昼過ぎのセックスで徹底的に「発狂」させてあげると、夕方は大抵こうなる(とは言っても、まだ数回だけど)。最初はこの後にまたセックスして大丈夫なものかと思ったけど、都ちゃんがねだってくる以上、そしてそのおねだりに僕の股間が反応してしまう以上、断れるはずもない。それに、今となっては起こし方もはっきり分かっているので、怖がることもない。

 というわけで、さっき都ちゃんに着せたシャツをさっさはぎ取って、都ちゃんをベッドに組み敷く。
 都ちゃんは目を閉じて無表情だけど、ためらう必要はない。そのまま乳首を吸い上げると、
「はうっ」
 と声が漏れる。
 この声も、昼過ぎまでとは違う。こういう時の都ちゃんの声はいつもより低い。
 でも、都ちゃんが感じていることには変わりないし、声が僕の股間に与えるダメージにも変わりない。そして都ちゃんが受けた「ダメージ」はいつもより大きいようで、十秒も経たないうちに乳首がガチガチになる。
 上半身の発情を確認した僕は、右手を都ちゃんの股間に差し込む。
「うぅっ」
 都ちゃんのうめきを聞きながら、感触を確かめる。あふれていた液体は僕が寝る前に拭き取ったし、さっきトイレにも行ってたから綺麗になっていたはずだけれど、都ちゃんの割れ目は湿るどころではなく、明確に「ぬるり」とした感触があった。
 本当にあっという間に、都ちゃんは発情したメスと化していた。

 こんなにてきめんな反応をしてくれるのならば、もう愛撫も、催眠も必要ない。十分前とは文字通り桁違いの性欲と興奮に突き動かされ、僕は身体を都ちゃんに割り込ませた。

「いくよ」
 断るはずもない都ちゃんに宣言して、肉棒を叩き込んだ。

「んおおおっ」
 もはやあえぎ声ですらない音をほとばしらせた都ちゃんは、全身の力が抜けていく。ただ1カ所、きゅぅっと締め付けてくるおま○こを除いて。
 声がまともに出なくても、都ちゃんの身体ははっきりと悦びを示してくれている。
 ぐいっ
「おおぅっ」
 腰を奥まで押し込むと、都ちゃんの全身が震える。
 このままスパートをかけたい衝動に駆られたけれど……ここはぐっと堪える。

 時間的に、今日はこれが最後だ。出したら終わる。
 もうちょっと愉しんでおきたかった。

 とりあえず身体を倒して、都ちゃんに覆い被さる姿勢に変える。
 都ちゃんの態勢が苦しくならないように、腕は抱きつかないで都ちゃんのふくらはぎを抱えるようにした。
 股間の刺激に耐えながら、くいっ、くぃっと腰をこすりつけると、
「うおぅっ……あ゛っ……」
 と都ちゃんも音を出す。字面とは違って、声は低いけれど甘い。感じているのが伝わってくる。

 ……まずい。このまま調子に乗ると、出したくなりそうだ。
 そう思ってなけなしの理性で腰を止める。今日はもう2回出しているので、そのくらいの理性は働く。

 でも今度はそうすると、急に手持ちぶさたになる。とりあえず都ちゃんの顔を見つめてみる。今は薄目は開いて、よくよく見ると瞳も動いているように見えるけれど、まだ表情はない。意識がないわけではなくて、表情を作るのが面倒くさい、というように見える。それでいておま○こを締め付けてくるのだから、文字通りセックスだけがしたい状態なのだろう。

 とりあえずキスしてみる。

 舌で都ちゃんの唇と歯をこじ開ける。都ちゃんの口に力が入っていないので、簡単に都ちゃんの舌にたどり着く。都ちゃんの舌をちろちろと舐めてやると、都ちゃんも舌を突き出してくる。
 ぬめぬめとした感触をじっくりと味わって、顔を離す。都ちゃんは口を閉じるのも面倒くさそうだったので、僕の右手で都ちゃんの頭を持ち上げて閉じさせてあげた。

 ……うーん、次どうしよう。

 まだスパートをかけたくないけど、でもやることが思いつかない。数秒考えて、……なんとなく、思いついた言葉を口に出してみた。

「……愛してる」

 何言ってるんだ僕は。こんなタイミングで。
 そんな思いが一瞬頭をかすめたけれど、一回口を突いた言葉が、僕の感情をあふれ出させていくのを感じた。我慢できないしする必要もないので、

「好きだ、大好きだ」

 ついばむようなキスを挟んで、

「愛してるよ」

 もう一度ささやく。都ちゃんの顔をしっかりと見つめて。
 と。

 都ちゃんの目がぱちっ、と開いた。
 さっきの無表情からゆっくりと、ぬへら、という感じで笑う。

「ぁ……たしもぉ」
「……っ!」

 瞬間、腰を打ち付けたくなる衝動を堪える。
 次の言葉が絶対に聞きたかった。

「……あいしてるぅ……っ! ぅあああああああああああああっっ!!」

 もう限界だ。
 意思でも興奮でもない、もっと強い力に突き動かされるように、僕の腰が都ちゃんのおま○こをえぐる。
 大声であえぐ都ちゃんしか目に入らない。目を動かせない。そのままトップスピードで、最後まで突き進む……あっ無理、もう出る!

「あああああああああっっ!!! りょおおおおおおっっっ!!!! あああああああああああいくいくいくいくいくううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!! うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっぉぉぉっっっっっっ!!!」

 一瞬で盛り上がった都ちゃんを愉しむ暇もなく、僕の肉棒が爆発して……
 都ちゃんは激しい絶頂を迎え、数十秒。またゆるゆると眠りに誘い込まれていったのだった。



 ちなみに。都ちゃんがここまでぶっ壊れても、都ちゃんの起こし方は、本当に簡単だ。



 風呂と身支度を済ませた僕は、未だベッドで意識を失っている都ちゃんに声をかけた。

「都ちゃーん、起きてー。今日はすき焼きだよー」 

 数秒の間の後。都ちゃんはゆっくりと、でもさっきと比べたら見違えるような早さで起き上がる。

「ほら、お風呂入って」
「ん」

 僕に促されて立ち上がった都ちゃんは、部屋に置かれていた洋服を抱えて、部屋を出て行ったのだった。

 これで、風呂から出て来た時には、いつもの都ちゃんだ。

 つまり、食欲万歳、ってこと。



「ねえ、涼」
「ん?」
「もう一回言って」
 夕食が始まって数分、都ちゃんが突然言った。
「え?」
「もう一回」
 2回目の要求で、やっと意味が分かる。
「あ、ああ。……今?」
「今」
「そう……愛してるよ、都ちゃん」
「うん……あたしも」
 そう言って都ちゃんは、恥ずかしそうに、でもはっきりと笑う。
 いつもなら記憶がないはずなのに、「そこ」は都ちゃんも覚えていたらしい。
 せっかくなので、軽くキスをした。
「ふふっ」
 今度はふわっと、柔らかく笑う都ちゃん。

 都ちゃんの笑顔は多彩だ。笑顔だけで百面相ができるくらいに。
 僕はその笑顔をおかずに、改めてすき焼き鍋に箸を延ばしたのだった。



 そして、同時に。

 今日ほど逢瀬の時間制限を恨めしく思ったのは、初めてだった。





「バカップルー」
「はぁ?」

 3日後。
 部活が終わった後、流さんに呼び止められて二人でファミレスに入り、注文した品が来てからの一言目がそれだった。

「はぁー?」
「あ、いや、なんでもないです」
 お願いですから笑顔で威圧しないでください流さん。怖いです。
 僕の方を向きながら、都ちゃんはホットコーヒーを一口すする。砂糖も入れずに、ブラックコーヒーのままだ。
「あっそー。でー、涼くんー」
「はい」
「先週土曜日の夕方のことなんだけどー、教えてくれるー?」
「え?」
 何でそんなことを聞くのか、と思う前に、何か僕悪いことしたっけ? という思いが先に立つ。
「いやさー、昨日都ちゃんから聞いてー、ちょっと興味があってねーっ」
 そんな戸惑いを察したのか、今度は何でもないかのように説明された。
 ……土曜の夕方というと、ネタは一つしかない。でも、それは当然に恋人同士の秘密で、いくら流さんの脅迫といえども簡単にしゃべって良いものではない。というわけで、
「……勘弁してください」
「喋れー」
 即座に脅された。あ、いや、違う。声に威圧感がなかった。
「正解だねー、でももっと堂々と断りなよー」
「……」
 完全におちょくられている。
 笑わないで欲しい。僕は女の人と話すのは苦手だけれど、流さんに感じる苦手意識はそれとは明らかに違うものだ。流さんは大伯父さんが政治家だと聞いたけれど、大物政治家と対峙したらこんな気分になるのだろうか。
「今私が聞きたいのはー、そこじゃなくてー。
 夕方の都ちゃんについてー、起きてからの行動をー、かいつまんで教えて欲しいのー」
 ……はい?
 僕は違う意味で首をかしげた。何でそんなことを聞きたいのだろう。
 でもまあ、それなら、話せる範囲で。
「うーん、確か僕がトイレ行って、戻ってきた時に……」



「……で、僕が『愛してる』って言ったら、都ちゃんがぱっと目を開けて」「うんうんー」
「私もっ、とか言うから、さすがに僕我慢できなくて」
「おーおー」
「全力で攻めたら、いきなり凄い声で叫びだして」
「わー! 凄かったでしょー」
「そのまま飛んでったよ。隣の家まで声聞こえるんじゃないかと思ってびっくりした」
「きゃーっ!」

 ……あっれぇ……? 僕、何でこんな話してるんだっけ……?
 はっとして周りを見る。でも、お客さんが少ないこともあって誰もいなかった。
 ……他人に聞かれるという最悪の事態は回避したけど、流さんに聞かれた事実は消えない。

「ごちそうさまー」

 満面の笑みを浮かべる流さん。ボロ負けの野球監督が言うところの「見ての通り」な状況である。僕は頭を抱えた。

「……何でこう毎回毎回……」
「知らないよー。勝手に涼くんがしゃべるからでしょー。今回は本当に聞く気無かったんだからー、最初はー」
「うぅ……」
 今回に関しては言い訳の余地がない。多分、途中で不意に都ちゃんの顔が真っ赤になるところを想像してしまったのが敗因だ。あのあたりから余計なことをしゃべり出した記憶がある。
「まあでもー、これでイジワルネタが1つ増えたよー、ありがとー」
 嬉しくない。
 ……もっとも、この流さんから都ちゃんをいじめるネタをもらうこともたくさんあるので、ある意味では持ちつ持たれつだけれど。それに、……僕だって、彼女のエロさを自慢したいのだ。でもこんな話、男友達にはそれこそ死んでもできないので、聞かせられるのは流さんくらいしかいない。流さんは、機密保持の面だけは信頼できる。特定用途への利用は防げないけど。
「でー、今日の問題はそこじゃなくてー」
 そんな言い訳で失態を塗り固めている僕に構わず、流さんは意外に真剣な表情だ。
「都ちゃんに聞いたんだけどー、都ちゃんはー、『愛してる』って言われたことしか−、覚えてないんだってー」
 ……へえ、そうなんだ。そこを覚えてるのは知ってたけど、やっぱりそこしか覚えてなかったか。
「一応聞きたいんだけどー、都ちゃんに記憶を残さないような催眠ー、かけてないよねー?」
「え? うん」
「間接的にー、記憶が残らなくなるような催眠もー、かけてないよねー?
「うん」
 あのときはそもそも催眠使わなかったし。
「………………………………」
「………………」
 考え込んでしまった流さん。僕は訳も分からず、でも怒られそうで声もかけられない。

 たっぷり数十秒の後、流さんは重い口を開いた。
「……あのねー」
「はい」
「そんな長時間記憶がないってー、絶対おかしいと思うのー」
「…………うん」
 僕も心の片隅に引っかかっていた疑問を、流さんは口にしていた。
「涼くんは男の子だからー、分からないと思うんだけどー」
「うん」
「女の子は普通のセックスでー、『壊れそう』って思うことはあってもー、本当に『壊れる』ことはないのー」
 やっぱりそうなんでしょうね。と思う僕に構わず、流さんは続ける。
「セックス中の記憶がないことはー、まれにはあるけどー、寝て起きてからのことも記憶がないなんていうのはー、普通絶対ないのー」
 より深刻そうに、流さんは言った。
「あたしですらー、記憶がないのはー、催眠がバッチリ極まってるときとー、イキまくってるときだけだしー」
 その情報要りません、とは反応できなかった。
 だって、流さんが言っていることは、本当だとすればやっぱり深刻な――いや、それどころか取り返しのつかないことのような気がしたからだ。
 都ちゃんを壊した自覚はある。公園で「壊れる」と訴えた都ちゃんを追い込んで、本当に壊した。
 でもあれ以来、ちゃんと回復したように見えたので、あまり深くは考えないようにしていたけど。
 流さんの言葉は、僕にとって昔の事件の逮捕状に等しいものだった。

「………………やっぱり、僕のせい「そうじゃないのー」
 はい?
 僕の自白を間髪入れずに否定され、一瞬で訳が分からなくなる。
 そういう話じゃないの?
「あのねー。何回も言ってるけどー、ただの催眠は洗脳じゃないのー。
 ただの催眠で人は壊れないのー。壊れたように見えてもー、そんなの一瞬なのー。
 私だってー、こんななのは催眠とは関係ないのー」
 何度も言わせるな、と言いたげな呆れ声で流さんは説明する。ごめんなさい。一応、流さんの経緯も聞いたことはある。曰く、流さんが「こんな」なのは先輩と付き合う遥か前からで、先輩と付き合ってから表に出すようになっただけだと。
「催眠で変わるなんていうのはー、付き合う人に感化されちゃうのがー、少し強く出るくらいのものなのー。
 本当に催眠のせいでー、人生ダメになるのはー、催眠中にやったことが犯罪でー、警察に捕まるケースくらいなのー。もちろんー、『アレ』は公然わいせつの危険があるからー、二度とやっちゃダメだけどー」
 本当にごめんなさい。でも、僕にも心当たりがあるので、まだ不安が消えない。
「でも都ちゃん、前回、僕が催眠のキーワードを言う前に、催眠状態に落ちたりしたし」
「へー、それは初めて聞いたけどー、それも関係ないんじゃないかなー。キーワードってー、単なるきっかけだしー。キーワードは便利だけどー、キーワードが無くてもー、呼吸が合えば催眠に落ちることはあるんだよー。逆にー、全然呼吸あってないとー、キーワード言っても無駄だしー」
 さっきとはうって変わって、やたらと明るく説明する流さん。とにかく、流さんは催眠のせいじゃないという考えらしい。
「もし気になるんだったらー、念のためー、涼くんのいないところでー、催眠状態に落ちない催眠をー、かけておけばいいんじゃないかなー」
「あ、そう……」
 わかりました。今度やっておこう。
「でもー、今の問題はそこじゃないのー」
 ふぅ、と一息ついて明るい雰囲気を消し、流さんは続ける。
「催眠のせいだったらー、催眠止めればいいだけなのー。でもー、都ちゃんが変なのはー、催眠とは直接は関係ないところなのー。だからー、問題はー、都ちゃんはー、多分ー、もともとー……『おかしい子』なんだー、ってことなのー」
 その「おかしい」のニュアンスが軽くないことは、言い方で分かった。酷い言い方されていると思うけど、それはそれで心当たりがあるだけに、正面から反発はできない。
 空気が一段と重くなった。

「都ちゃんってー、エッチなことについてはー、意識と無意識が乖離している気がするのー」
「……ん?」
 意味がよく分からない。
「さっきの話聞いてるとさー、意識が動いてないのにー、無意識だけでセックスしてた感じじゃんー」
「……あー」
 そういわれてみれば、それはそんな気もする。
「都ちゃんはー、エッチなことについては基本超恥ずかしがり屋だけどー、たまーに口滑らせてー、あり得ないこと言ったりするでしょー。でー、変なこと言ったのに気づくまでー、延々と恥ずかしい話し続けたりとかー」
「うん」
 それはある。で、言った内容に気づいた後に真っ赤になったりとか。
「あれってー、都ちゃんの無意識にとってはー、エッチがもっと日常的なものだからー、みたいな気がするんだよねー」
 しっくり来ないところはあるけれど、言いたいことは分かってきた。
「つまり都ちゃんは、自分の意識していないところで、日常的にエッチな言動をしてしまう、って?」
「そうそれー、そういうことー」
 当たりのようだ。そしてその心配は、僕の知ってる範囲から考えても、違和感のないものだった。
 流さんは続ける。
「別にー、涼くんやー、私の前で口を滑らせるのは良いんだけどー。……私が一番気にしてるのはー、都ちゃんがー、他の男の子の前で口を滑らせないかってことなのー」
「あっ」
 それはまずい。
「今のクラスとかはー、涼くんと都ちゃんが付き合ってるの常識だからー、ちょっかい出してきたりはないと思うけどー、これから予備校通いも増えることだしー、その先で男の子を勘違いさせちゃうこともあるかもだしー」
 うーん、それは困る。僕と都ちゃんは志望が違うから、スケジュールを合わせるにも限界があるし。そして、
「ましてや大学に入ったらー、どんな男がいるかわかんないしー」
 そう、そっちの方が深刻だ。志望大学が違うから、離ればなれになってしまう。都ちゃんのことはもちろん信用しているけど、男の方からの間違いが起こらない保証はない。
「それでいてー、あの淫乱でー、変態でしょー」
「……いやまあ、流さんには負けると思うけど」
「いやー、私より酷いよー、特に変態さはー」
 きっぱり言われた。正直、これまでの発言の中で一番ショックを受けた。
「変態さはー、涼くんの方が詳しいと思うけどー。あれはー、ドMとかのレベル超えてー、『恋奴隷願望』って言っていいくらいー。私内心どん引きだよー、すごく面白いけどー」
 僕もあなたにどん引きさせられ続けてるんですけど、それより酷いですか。
「淫乱さも相当だよー。都ちゃん今でもー、セックスもオナニーもー、私より倍くらい回数多いのよー? いくら催眠でー、エッチ大好きにしたからってー、よっぽどじゃなきゃそんな回数は続かないよー。オナネタが足りなくなってー、私がネタ貸してあげるくらいだしー」
「やっぱりあんたか!」
 この突っ込みは我慢できなかった。そして、
「はぁー?」
 また威圧された。
「あ、いや……何を貸したんですか」
 ヘタレながらも、聞かずにはいられない。
「主にレディコミー。たまに男性向けー。あー、都ちゃんに貸したのはー、成年(なるねん)向けじゃなくて青年(あおねん)向けだからー」
「……なるほど」
 都ちゃんのあの演技はそれが元ネタだったんだな、と思う。あと、ナルネンとかアオネンとか何ですか。意味分かるけど。
「ちなみに私のいいオナネタになった男性成年向けがあるんだけどー、いるー?」
「要りません、全力で」
 それはさすがに魅力のかけらも感じない。誰が好きこのんで女のネタを中古でもらうのか。しかも流さんのなんて。
「あと僕の都ちゃんを汚さないでください」
「でもー、女の子も性欲は言うこと聞かないからねー。ネタ押しつけたのは私だけどー、都ちゃんも断らなかったしー。イヤなら涼くんから供給してあげたらー?」
「…………」
 それは名案のような気がする。って、いや、今の問題はそこじゃなくて。



「都ちゃん自身はー、今は全然そんなこと考えてないとは思うけどー、あの性欲だったらー、放っておいたら身体から先に別の男の子を求めちゃうかもねー。それにー、あんな本性を悪い男の子が間違って知っちゃったらー、結構マズイと思うのよねー」
 話がそれまくっているから分かりづらくなっているけど。あと、僕は都ちゃんを信用しているから、僕がちゃんとしてさえいれば都ちゃんから浮気することはないと信じているけど。一番最後のポイントだけは確かに、難題のような気がした。



 僕が志望大学を変えるとか?
 あり得ない。都ちゃんを信用していないに等しいし、都ちゃんも喜ぶわけがない。僕のためにもならない。論外だ。

 じゃあ都ちゃんに、男に会わないように忠告するか。
 いやー、それもないな。都ちゃんは自由に誰とでも付き合うから魅力があるんだ。もちろん、悪い男とは関わって欲しくないから助言くらいはするだろうけど、それ以上のことをやろうとは思えない。

 なら催眠で、僕以外の男にエッチなことを話さないようにするとか?
 あー、これは効果があるかもしれないし、都ちゃんにも説明すれば嫌がりそうにはない。でも、催眠って無意識の言動に対して効果はあるのだろうか?



 流さんがトイレに立ったので、自分の注文したホットティーだったもの(もう冷めてきてる)をすすりながら考える。
 僕は、もし都ちゃんの気持ちが僕から離れてしまったのなら、(ものすごく嫌だけれど)それはしょうがないと思う。でも、そうじゃない理由で関係が壊れるようなことは、あって欲しくない。ましてや、僕や都ちゃんの意図しないところで別れる原因を呼び寄せてしまうなんてことは、絶対に嫌だ。僕のわがままだとは思うけれど、もし仮に都ちゃんを手放すことがあるのなら、せめて綺麗に諦めて手放したい。
 そして、都ちゃんは僕のモノだけど、僕のモノじゃない。都ちゃんが納得して、さらに決して不幸にならない方法を考えなくちゃいけない。



 ブルル…… ブルル……



 どれだけ考えただろうか、携帯電話のバイブレーターが作動し、思考が止まる。
 何気なくポケットから取り出し……ディスプレイに「京橋 流」と表示されているのを見て、さらにそれがメールであるのに気づいて、僕は僅かに首をかしげた。
 思考がまとまる前にメールを開く。
「…………はい!?」



『用事があるから帰る
 代金は伝票の中』



 顔文字一つ無い、簡素な文面。口調と正反対のそれは、確かに流さんのメールの特徴だ。
 しかし、内容が理解できない。なぜ?

 僕は思わずファミレスの中と、外の通りを見回す。けれど、流さんの姿は見あたらなかった。もちろん女子トイレの中は見えないけれど、多分いないのだろう。それに、代金を伝票の中に(こっそり)入れたということは、最初から先に帰るつもりだったということだ。その流さんが僕に見つかるようなヘマはしないだろう。
 全く意図を理解できないまま、僕は伝票に手を伸ばす。
「……えっ?」
 そこには、もっと理解に困るものがあった。
 伝票の中には、五百円玉が入っていた。しかも3枚。
 流さんと2人でファミレスに入ることはあるけれど、流さんは代金を払わずに出ていくことが多い。とは言ってもそれは単なるイタズラ目的で、後から言えばちゃんと払ってくれるんだけど、流さんから奢ってもらったことはない。
 しかも今回、頼んだのはコーヒーとティーだけだ。2人の代金を合わせても千円にも届かない。そうすると、2枚目まではともかく、残りの1枚が全く理解できない。

 ヒントを求めて、流さんのメールを見直す。よく見ると、メールは2行では終わっていなかった。空白を挟んで、下に続いている。スクロールすると、「要検索」の文字と共に、全く心当たりのない、アルファベットと数字の文字列が並んでいた。
 居ても立ってもいられず、即座に検索する。そして、



 検索結果画面に表示された「円形の物体」と、そのサイズを見て、僕は流さんの意図を理解した。



 最後の1枚は、「これ」を買うためのほんの足しにしろということか。金額の割合は小さいけれど、背中を押す意味合いで。



 確かに「これ」はストレートな名案だ。達成出来さえすれば、これ以上のものはない。それは認める、でも。



 その案出すまでの話の流れが回りくどすぎる上に、これはこれで十分脅迫だっつーの!
 というか、さてはこの案出すこと自体が目的だったろ、流さんっ!

 
 


 

 

戻る