枕営業マン


 

 

−1−


 ピンポーン

「はい・・・。どちら様でしょうか?」

 最近のマンションでは、インターホンに出る時も、自分からは名乗らない家が多い。真横に表札がついている戸建てのお宅だと、『はい、○○です』と出てもらえることが多いのだが、マンションだとこの一歩目から敷居が高い。やはり訪問販売は苦戦がちだが、蓮太はあきらめずに、笑顔で声をかけてみる。

「今日は。ナカハラ寝具の小林と申します。突然失礼ですが、当社の新製品。ペンピューレ枕のご紹介をさせて頂きたいのですが、お時間の方、少々頂け・・」

「あ、セールスはいらないです・・・。」

 始めよりも、1オクターブ低い声が、つまらなそうに答える。カメラで写っていることを意識して、小林蓮太はもう一頑張り、多くないやる気を振り絞る。

「あのー・・・、これは販売ではなくて、あくまで新商品モニターのご提案なんですが・・・。」

「結構です。・・・プツッ。」

 扉は1センチも開かなかった。もっとも、駅周辺の新しいマンションではそもそも日中は家を空けている共稼ぎ家庭や、居ても居留守を使う人も多く、話を聞いてもらえること自体が10件に1件もない。インターホン越しの今の対応の方が普通と言える。辛抱強いプロのセールスマンは、そこを足で稼ぐ。こうした訪問販売が繁盛とはいかないまでも決してなくならないのは、暇つぶしに話を聞いてくれる人が必ずいるからだ。田舎にも大都会にも、コミュニティの繋がりが薄くて、人との会話に飢えているような人もいる。第一印象と一言目で相手の警戒心をうまくクリアーすると、粘り強い販売員はしたたかに商談を勝ち取っていくのだ。

 と言ってもそれは、忍耐力のあるベテラン地区販売員の場合。蓮太のような飽きっぽい現代っ子は、朝9時半から担当地区を回り始めてまだお昼前だというのに、もう真面目に仕事をすることを諦め始めていた。

「サボりやすそうだから、適職かと思ったのにな・・・、僕、やっぱり向いてないのかなぁ・・・」

 マンションの正面玄関脇のインターホンにだらしなく寄りかかって、伸びをしてみた蓮太。アクビをすると少し目に涙が浮かんだ。そのまま少し屈みこんで、両手を膝に付くと、ポンッと両膝を叩いた。

「よしっ・・・。ヤメヤメ。・・・今日の正攻法はここまでっ。あとは、チート技使わせてもらいますっ。ゴメンねっ、ご町内の皆さん。」

 このままゲームセンターにでも行ってサボりかねない、駄目駄目セールスマンに見えた小林蓮太だったが、この仕事を3年クビにならずに続けられる理由があった。さっきよりリラックスした笑顔になる。インターホンの番号ボタンの手前でを指先をクルクル回しながら、今までに断られた家の部屋番号を思い返して見ると、304号室を選んでもう一度呼び出した。

「・・・はい。広幡です。」

「あー・・、すみません。先ほどの小林です。・・あのナカハラ寝具『店』の。今度、そこのセブンイレブンの奥に店を出すんです。『ご近所』になりますので、ご挨拶に来ました。セールスとか関係なくて良いですので、粗品だけお渡しさせてください。」

「え・・・、ちょっと、うちは・・・寝具とかは間に合って・・・」

「ちょっとかさばる粗品ですので、見てもらって要らなければ持って帰ります。ただこのままで帰ると、『ご近所』へのご挨拶もきちんと出来てないって、怒られちゃいますので・・・。」

 今度の蓮太は自信に満ちていて押しが強い。インターホンから、女性の困惑している様子が息づかいで伝わってきた。

「じゃ・・あの。ご挨拶だけ・・・。」

「ありがとうございます!」

 ここで向こうが申し訳なくなるくらい、大きく一礼。ロックされていた正面玄関の自動ドアが開く作動音が聞こえた。カメラから離れた蓮太はスキップするようにマンション内に入る。『セールス』は無情に断られるが、『すぐ近くのご近所』からの『ご挨拶』を連呼すると、少し敷居が低くなる。都会人は面倒くさいトラブルは避けたがるから、表層的にでも周囲の平和は乱さないように、取り繕う傾向がある。そこに蓮太が滑り込んだ。・・・といっても、蓮太の目的は商談成立だけでは無くなっている。連日インターホン越しに色んなお宅と短い会話をしていると、声の様子から相手の年齢、生活の様子、そして容姿までが、おおまかにでも想像出来るようになるのだ。20軒以上のお断りの声を聞いて、一番若くて快活な美人奥様が想像できた304号室。その声の持ち主と会えることが嬉しいのだ。

 そして蓮太は、3階までエレベーターで上がって、相手にそれと悟られないように小さなガッツポーズを取った。そろそろ探していた、新しい出会いだ。趣味と実益を同時に満たしてくれる天使のような存在。広幡さんの若奥様は、ロングストレートの髪が大人っぽいが、ジーンズの似合う、素敵なお姉様だった。

「どうもっ! ナカハラ寝具の小林です。どうぞこれから、よろしくお願いします。名刺とかお渡しすると、何か売りつけちゃうような感じで、ご心配だと思いますので、さっそく粗品だけ、ご進呈しますね。」

「あ・・・、はぁ。」

 少し眉をひそめながら、怪訝そうに様子を伺う広幡だったが、ペースは既に蓮太のものになりかけている。

「えーっと、じゃー。今日は、これです。ジャジャン。風車。たいそうなものじゃ無い方が良いかと思って。今日はこれで行きましょう。」

(粗品が風車? ・・・包み紙にも入ってないし・・・。さっき、かさばるからって言わなかった?)

 粗品が大きめのものみたいな話は、『粗品は郵便ポストに入れておいて』という断り方への予防線でしかない。大型ポストが用意されている場合もあるが、その場合はまた別の理由をつけて顔を合わせるまで。とにかく面と向かって話をしないことには、この仕事は勤まらないのだ。その上、美人だということも確認出来ない。。。

「ただの風車だと思うでしょ? でもこれがなかなか凄いんです。ちょっと今、向かい風で回りにくいけど、これ、逆方向の風だと、スムーズに回転と模様が連動して・・・、すっごい綺麗だから、ちょっとビル風強いな・・・。すみません、一瞬。玄関先入らせてください。」

「えっ・・・あ、・・・ちょっ・・・。」

「すみません、お邪魔だと思うんで、僕も早く失礼したいんですが、ちょっとだけこの風車見てあげてください。この良さ説明させてもらったら、すぐ帰りますね。」

 やや強引に玄関に入らせてもらう。住人の意識としてはこのドアの内側がパーソナルスペース。ここに入れてもらったという事実が、あとから少しずつものを言う。当然、赤の他人が入り込む分には相手の警戒心をぐっと高めるリスクもあるのだが、蓮太の施術にとっては、初めての相手をよりリラックスさせ、導入部を成功させるためには必要な手順だった。もちろんドアの内側に滑り込みながら、蓮太は、早く失礼したいので協力して欲しいと念を押す。この会話の中では、彼女が蓮太を帰らせるためには協力しなければならないような心理的なリンクが勝手に作られている。本来合理的でないリンクは、会話のテンポでごまかす。蓮太が見た目通りの駄目セールスマンでは無いのは、こんな駆け引きに現れている。

「ほら、ここは風が遮られてるから、こうやって息を吹きかけてみるとゆっくり風車が回るでしょ? この模様見てください。螺旋がクルクル中に入っていくみたいに見えるでしょ? ぐーっとひきつけられる、引っ張られる感じ。不思議な風車でしょ? せっかくご進呈するんですから、一度効用をご説明しないとね。」

「はぁ・・・。」

「寝具店が風車って変でしょ? でもよーく見てるとだんだんわかってくる気がする。僕たち、人の寝入りばなに出てくるアルファ波っていうリラックスした時の脳波すごーぉく研究しているんです。この風車のスパイラルもそう。見てるだけで頭の緊張が解け、体の余分な力が抜けてくるんです。ほら、このスパイラルがくるくるくる、どんどん貴方を引きつけるでしょ? 貴方が疲れているからです。ほら、ゆーったりとした気持ちになってくる。目はこの風車から離すことが出来なくなる。だけど今まで頭に、体に潜んでいた疲れが全部出てくる。頭はボヤーっとしてくるけれど、それがとーっても気持ちいい。」

 彼女の目はいつの間にか、クルクルと中に入っていくような螺旋模様を描く、風車の中心に吸いつけられていた。訪問販売への不信感や、自宅の中に他人が入ってきた不快感よりも、平衡感覚が喪失していくような不思議な気分に取り込まれていくのだった。

「体の凝りが、不要な緊張がスルスルと抜けていくと、気持ちよーくなってくるでしょ? 力が抜けていくと自分がこんなに疲れていたんだっていうことがよーくわかる。立っているのもダルいですよね? ソファーに腰かけましょうか? 大丈夫、ここは貴方に取って一番安全な、貴方の家の中です。そして僕は、皆をゆっくり休ませることが出来る、眠りのエキスパート。何にも心配することなんて無いですよね? ほら、ソファーに疲れた体を預けてみましょう。とーっても楽。目が疲れてしまってきましたね? 回転する模様をずっと見つめていたから当然、瞼がどんどん閉じていく。体がソファーに沈みこんだように、貴方の意識もストンと深―いところに落ちていくんですよ。いつもの快眠よりももっともっと深いところ。目を閉じてもさっきのグルグル模様が回転して貴方を深くまで引っ張っていくのが見えますよね? でも大丈夫。僕の言葉だけを聞いていれば、この楽―な感じのまま、いつでも戻ってこれる。だから僕の言っていることだけを考えて、あとのことはどんどん忘れていいんです。どんどんどんどん気にならなくなってくる。普段意識していないような日常のしがらみや生活の悩み、イライラ、全部泡みたいになって、沈んでいく貴方から離れていく。貴方はとーってもリラックス出来る、安心の眠りのなかにいるんです。他のことは何も気にならない。ポコポコポコと、細かい悩みが消えて貴方は綺麗になる。身軽になる。これが究極のリラックス状態です。・・・気持ちいいですよね?」

「・・・・はぃ・・。」

 目を閉じて体をソファーの背もたれに深く沈めた奥さんは、小さく頷いて囁いた。ため息のような返事を漏らしたあとの彼女の口元は、うっすら開いたままになっている。蓮太はみっちり5分も、彼女の意識を深く深く落として他の思考を奪うことに専念する。これは眠りのようであって、微妙に違う状態だ。目をしっかりと閉じきって、体の力が抜けきって、完全に休息に入っているようでも、実は閉じていない感覚は気づかないうちに集中度を増している。普段覚醒して活発な活動を行っている意識の部分を閉じてみると、それらの鎧の下にある、深い地層のような意識の奥深くがポカっと口を開ける。

 普段活発で、外部の刺激に耐性のある、鎧のような表層意識が急速にパフォーマンスを落とすと、普段は匿われている、より深い意識が開放される。これが蓮太の考えるトランス状態だ。例えば、外部の刺激をキャッチして対応している表層意識を単純な刺激の反復ループに巻き込んで、循環計算中のコンピュータのようにパフォーマンスを落とさせる。その隙に深層意識にアクセスして自分の言葉を相手の自由で無制約の深層意識にシグナルを送る。これが蓮太なりの催眠導入法。人間が眠りの浅い時に、論理的な思考回路が活動を低下させているために、そこにないものを見たり聞いたりしたような気がする。本当はありえないようなこと、ルールや物理法則を無視したような体験もしたように錯覚する。そしてその中では、自分がそのことを当たり前のように納得している。その夢の世界に近い世界を、深層意識へのアクセスを得るトランス状態で人工的に作り出し、なおかつ外部から言葉で誘導する。これが蓮太が解釈し、修練を積んでいる、催眠術というものだった。成果は趣味と実益の両立という報酬となって、蓮太のもとに返ってくる。今、蓮太の手許にある報酬を、これからじっくりと活用するつもりだ。

「貴方は僕が質問をすると、今の、深い眠りのような気持ちよい状態のままで、ちゃんと口を動かして質問に答えることが出来ます。さぁ貴方の名前と、年齢を教えてください。」

「なかむ・・・広幡・・早紀です。・・・26歳です・・。」

「ほら、ちゃんと答えることが出来ました。するとさっきよりもよりリラックスして、気持ち良くなる。早紀さんは僕の質問に正直に答えるたびに、とっても気持ち良くなる。そうですね? だから早紀さんは何も僕に対して何も、隠すことはありません。だってこの気持ちいい流れに逆らうのは、とても面倒くさいことだから・・・。」

 わずかに開いていたままだった早紀の唇が、少し両端を上げて、微笑みを漏らした。髪の毛が、整った顔にかかっている。通った鼻筋とバランスの取れた目鼻立ちとが、弛緩した寝顔からもよく見て取れた。深くゆっくりとした呼吸に合わせて、サマーセーターの下にある、充分な質感のある二つの丸みがゆったりと上下している。細く白い手先を見ると、指先が時々小刻みの痙攣を見せる。トランスが深まっている際に体が見せる兆候だ。蓮太は丁寧に早紀の催眠状態を深めながら、彼女への理解を深めていくのだった。


。。。



「では早紀さん、ゆっくりと目を開けてみて。今言った通り、体を動かしても、目を開けても貴方の意識は深くて気持ちいい、催眠状態にあるままです。僕が言うものを見て、僕が言うとおりの音を聞くことが出来ます。僕が言うとおりに感じるんです。それはとても素晴らしいことですよ。どんなにかというと・・・、ほら、目を開けたら、周りは最高に綺麗な草原。暖かくて、綺麗なお花でいっぱいの草むら。綺麗ですねー。」

 目を開けた早紀が、満面の笑みを浮かべて周りを見回す。フロアリングの床に腰を降ろして花を手にするような仕草をする。つい先ほどまでの警戒心と戸惑いを浮かべていた彼女が嘘のような屈託の無い笑顔だ。

「ほら、深呼吸してみましょう。色とりどりの花がナチュラルでうっとりするような香りを充満させています。近くの森からたくさんフレッシュな酸素が流れてきていて、貴方の体を綺麗な空気で満たしてくれますよ。」

「・・・んうん・・・、いい匂いっ。」

 両腕で大きく弧を描いて、早紀は嬉しそうに深呼吸をする。突き出された胸が形のいい隆起を強調しているが、彼女はすっかり安心していて、男の目なんて気にする素振りもなかった。

「こちらの、木がたくさん茂っている方に歩いてみましょうか? 可愛い小鳥たちが沢山鳴いているのが聞こえますね。さえずりを聞いていると、自然がくれる最高の音楽のようで耳まで癒されちゃいます。遠くからは小川のせせらぎも聞こえますよね。貴方がこれまでに来た、どんな場所よりも美しい。自然の光景です。それに柔らかい日差しも優しい風も、草も温かい土も全てが、貴方を歓迎してくれているのがわかります。ここはまさに、貴方のための草原なんですよ。」

 テーブルを動かしてスペースを作ったリビングで、早紀をうずくまらせて置くだけではなく、少し歩かせてみる。視覚や五感だけでなく、体も動かさせながら、深まったトランス状態を固定していく。早紀は耳に手を当てて、一度目を閉じて、小鳥のさえずりを堪能する仕草。蓮太が小川の話をすると、遠くを見つめるような目つき。日差しや風、蓮太がいう一言、一言にビビッドでポジティブな反応を返してくれるのは、快活で愛くるしい表情からもわかる通り、恵まれた環境でまっすぐ育ってきた女性なのだろう。

「ほら、木に咲いてるお花。綺麗ですねー。今まで見たことの無いような、美しい花。その花びらが、穏やかな風に吹かれて、一枚、ユラリ、ユラリと落ちてきました。とてもゆったりとしたペースで、落ちてきて、ほら、草花に優しく受け止められました。これは貴方が今までに見た、どんなシーンよりも儚くて美しい、幻想的なシーンです。うっとりとした貴方は、最高の幸せを感じます。どんなアートもかなわない、貴方の草原が貴方だけにくれた感動的な瞬間なのです。」

 舞い落ちる花びらを両手で追ったような手つきをしていた早紀は、蓮太の言葉に誘われるように目を閉じ、両手を胸に当てて幸福感を噛み締める。

「花びらがもう一枚、ユラユラと上から落ちてきますよ。美しくて、儚くて、幻想的な光景。官能的ですらあります。でもとっても幸せ。ほら、もう一枚ユラユラ落ちてくる。生命力と自然の交わりを感じます。官能的。セクシーでもある。幸せな感じに頭がボーっとなる。まだ花びら落ちてこないかな? ちょっとお休みみたいですね。でもあの、ゆっくりフワフワ、ユラユラ、落ちてくるものが見たい。・・・待ちきれない。こうしましょうか? 早紀さんは靴下を脱いで、自分で空に優しく放り投げちゃいましょう。陽光とそよ風のハーモニーの中で、早紀さんを守っていた布がユラユラ落ちてくる。さっきの花びらと同じくらい美しい。でも儚さよりも、爽やかなセクシーさが強いかな? 女性らしさが増して、さっきより頭がボウッとなる、官能的で幸せな光景です。」

 早紀は、少し迷うような様子を見せたが、おずおずと足元に手を伸ばして、くるぶしまでしかないベージュの靴下を脱いでゆっくりと放り投げた。フワリと落ちる布切れを見送る彼女の目は、少し熱っぽいような潤んだ目になっている。それでも目じりと口元は嬉しそうに緩んでいる。

「そして靴下を脱いで裸足で感じる草の感触はどうですか? ちょっとチクチクするようでくすぐったいようで、懐かしい。とっても開放された気分。そうです。ここは貴方のためだけの森、早紀の草むら、早紀の秘密の花園なんです。人目を気にすることなく、素肌で自然の抱擁を、全身で満喫しないとつまらないですよね。もう片方の靴下も脱いで投げちゃいましょう。もっと開放的で幸せで、官能的な喜びが押し寄せる。もう一枚。セーターも投げちゃいましょうか? とっても暖かくて、誰も見ていない場所ですからね。」

 一旦停止して、悩んだような素振りを見せた早紀が、ちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて頷くと、両腕をクロスさせて水色のサマーセーターの裾を掴む。捲り上げるとシンプルなキャミソールシャツと、その裾から一瞬、早紀のおへそが顔を出した。セーターから頭を抜き取った早紀の髪がパサリと肩と顔を覆う。アンニュイな目つきと無防備な姿が、蓮太の興奮を呼んだ。

「セーターも投げちゃうと、もっと気持ちいい。ほら、身に着けたものを放り投げるたびに、幸せな気分と気持ちよさは強まっていくんだよ。どんどんどんどん。」

 今回は蓮太はジーンズのことは言っていない。しかし早紀は、自分からベルトに手をかけて、ボタンを外し、ジーンズを下ろし始めた。健康的ですらりと伸びた足が蓮太の目に晒される。白い足だが適度に筋肉がついていて見事なプロポーションになっているのは、彼女が中学、高校と陸上部だったかららしい。

「・・・おっ・・、おっとっと」

 蓮太が少しだけ慌てて早紀の体を受け止める。ジーンズを脱ぐ際に、近くの木に手をかけるような仕草をした彼女が、そのまま体のバランスを失って、倒れそうになったからだ。催眠状態にあっても深層意識で周りの本来の状態を認識しているタイプと、暗示を受けてから広がった幻覚世界に完全に没頭してしまうタイプがいるが、早紀は後者のようだ。彼女の場合、うっかり自分で怪我をしないように気をかけなければならないが、その分、余分なステップを踏まずにも、ぶっ飛んだ暗示まで受け入れてくれるようになるはずだ。蓮太が早紀の催眠状態での反応を観察しているうちに、彼に抱き起こされながらもそれに構わずジーンズを脱ぎ終えた早紀は、嬉しそうに紺色のタイトなジーンズを投げ捨てた。

 もう蓮太が何も言わなくても、早紀は自分からシャツを脱ぐ。シンプルな、淡い水色のブラジャーとショーツのみの姿になると、早紀の目を見張るようなスタイルの良さがあらわになった。彼女の周りを歩き回りながら、上から下まで、舐めまわすように早紀の体を見ながらゆっくり観察する蓮太。その視線をまったく気にすることも無く、早紀はのほほんと幸せな笑顔を浮かべている。やがて彼女の両手は背中に回り、ブラジャーのホックを外すと、スルスルとストラップを肩から下ろして、豊満な胸をカップから開放した。反動で少し揺れる丸い胸は、淡いピンクの乳輪と、ツンとした小ぶりな乳首を持っていた。

「えいっ・・・。うふふふ」

 小さくジャンプして、両手でブラを放り投げた早紀はブラがゆっくり落ちてくる様をうっとりとした笑いで見送るが、蓮太は今はブラジャーには、目もくれない。揺れる先のオッパイを凝視していた。とりあえず、早紀も蓮太も嬉しそうな様子だった。

「オッケー、早紀さん。パンティー1枚になって外にいるのはちょっとだけ恥ずかしいですが、でもここは貴方だけの場所ですから、気にする必要はありませんね。こんなに伸びやかな気持ちは本当に久しぶりです。貴方は何にも気にする必要が無い・・・、それどころか・・、貴方は今だけは早紀さんですらないんです。貴方はこの花園に住んでいる。妖精。お花の精です。花びらを撒きながら、本格的な春の訪れを皆に伝えに来たんです。もうすっかり春なのに、まだ寝ぼけている草花たちも、まだいるんですね。貴方が元気に、春の到来を知らせてあげましょう。」

 蓮太がサイドボードに置いてあった、ティッシュボックスを手渡すと。嬉しそうに両手で受け取った早紀が、スキップをしながら部屋中を回り始める。

「うふふっ・・・みなさん・・。・・・春ですよー。ほらーっ。」

 幼稚園児をあやす保母さんのように優しい口調で、スキップをしながら小脇に抱えたティッシュボックスから一枚ずつティッシュを抜いては上に放り投げる。バレリーナのように回転しながらティッシュを撒いては、満面の笑みを浮かべる早紀。異常なほどメルヘンチックなしぐさだが、花の精になりきっている。現実には早紀は赤の他人の前で、パンツ一丁でティッシュを撒きながら跳ね回っているのだが、そんなことは知る由もなく、屈託の無い笑顔で春を呼びかけていた。

「おや、花の精が大好きな、男の子の妖精がやってきました。春は恋の季節ですからね・・・。花の精さん、妖精は人間なんだから裸でいても平気だし、人間みたいなてらいも無い、純粋無垢な存在だから、ストレートに恋を表現してみましょう。」

 すっかり顔を赤らめた早紀の前に立つと、ほんの少しモジモジして見せた彼女は、蓮太の肩に両手を沿わして、横に向けた顔を蓮太の胸もとにくっつける。ピタリと、ほとんど裸の彼女の体が蓮太に押し付けられた。

「ほら、どんどん恋の感情が強くなるよ。」

 真っ赤な顔で上目遣いに蓮太を見つめていた早紀が、ゆっくりと目を閉じてアゴを浮かせた。

「はい、そこで早紀の時間が止まるよ。僕の声は聞こえていて全部受け入れるけれど、君は何も考えられない。」

 蓮太が高ぶる衝動を抑えて、指を鳴らすと、早紀の動きがピタッと停止した。

「早紀、よく聞くんだよ。僕がもう一度指を鳴らすと君の時間が流れ出す。そこで君は僕と最高にロマンチックなキスをする。今ままでのものが全部偽物だったのかと思えるくらい、・・・そう。これと比べたらこれまでの恋人や旦那とのキスなんて、全部コンクリート塀に唇押しつけてたみたいなものだって思ってしまうくらいの、早紀の魂のファーストキッス。女に生まれた幸せがあふれ出て、早紀の心を底から限界まで目一杯満たすんだ。そしてそのキスを終えて僕から体を離したら、君は正気に戻るんだよ。でも僕がその後で「春」という言葉を言うと、君はもう一度この状態に戻ってきて、僕とキスをする。深層意識下の君の意思で、この花園に戻ってくるんだよ。正気の君がどんなに嫌だと思っても、ハートの・・・ここにいる、本当の早紀は、わかっている。さっきまでの花びらや服やティッシュが、ゆっくりユラユラとだけど、必ず下に降りてきたように、君が意識の上辺でどれだけ抵抗しようとしても、君は必ず僕に着地してしまうんだ。」

 ハートの・・・のくだりで、我慢できずに早紀のオッパイをじかに触ってしまうが、時間が止まってマネキンのように直立している彼女が一切抵抗しないので、蓮太はモミモミと無遠慮に手を動かして感触を楽しみながら、彼女に暗示を入れていった。

「だから早紀は、自分からもう一度僕とキスをするんだよ。そうしたら、さっきの3倍の快感が駆け巡って、君は失神しちゃうんだ。君は今までに起こったことを、目を覚ましている間は忘れてしまうけれど、これは確実に起こることなんだ。深層意識の本当の君が、受け入れて実行することなんだよ。」

 催眠状態から一度覚めた対象を、覚める前に定めた特定の合図で、指定した通りの行動を取らせたり暗示の通り知覚させたりする技法を、後催眠暗示という。瞬間導入と並んで、蓮太の得意な技の一つだ。

 パチン。

 指が鳴ると、再び動き始めた早紀が、顔を上げてキスを待つだけでなく、自分から背伸びをして蓮太に唇を重ねてきた。始めは遠慮がちに、そして蓮太の両肩にかかる彼女の握力が急に増したかと思うと、熱い鼻息が蓮太の鼻の下に直撃するのも気にせずに、呼吸を荒げながら、強烈に唇を吸った。唇がずれたり戻したりを何度か繰り返しながら、胸をギュウギュウ押しつけ、強く抱擁しながらの情熱的なキスが終わると、口を離して、呆けたようにしていた早紀の表情に、だんだん知性が戻ってきた。

「・・・えっ・・何? ・・やだっ、どうして私っ・・・。」

 さっきまでの恋人同士の熱烈なキスが嘘のように、戸惑いながら後ずさる広幡早紀。背中が勢いよく壁にぶつかると、薄型テレビが振動で少し揺れた。散乱している自分の服とティッシュを見回しながら、自分の体を隠すように腕で身を抱いてうずくまる。

「どうしてって、僕がセールスに来たら・・・、奥さんが僕を強引に連れ込んで、勝手に裸になって、僕にキスしたんでしょ?」

「うっ嘘ですっ。警察を呼びます!」

 服を拾い上げながら、電話へ向かおうとする早紀。何が起こっているのかはわからないが、一刻も早く、この不届きなセールスマンから離れたかった。

「警察を呼ぶのはいいですけど、・・・たぶん保護されるのは奥さんだと思いますよ? ・・・陽気でどうにかなっちゃったんじゃないかって・・・。だって、さっきまでティッシュ撒いて裸で跳びまわってたんですよ・・。『春』がきましたよ〜って。」

 ピカッ。

 フラッシュバックのような強烈な光と眩暈を感じて、早紀がせっかく拾い上げたセーターを落としてしまった。頭の中には大きな螺旋の回転と、ユラリユラリと舞い落ちていく花びら、そして色々な布や紙切れが思い浮かぶ。急いでここから逃げなければ・・・。あられもない姿のまま、とにかく玄関に向かってフラフラと歩く早紀。しかしよく見ると、千鳥足で自分が向かっているのは余裕綽々で微笑む、怪しいセールスの若者のもとだった。

「いやっ・・・、どうしてなの! ・・・もうっ・・・。」

 何度も方向転換して逃げ出そうとするのだが、少し歩くと、体がまたユラリとターンして、少しずつ、ターンのたびに蓮太のもとへと向かってしまう。

「いや、今、なんて言ったの? ・・・どうなってるの?」

「春が来たって言っただけですよ。春がって。」

 言われるたびに、トトトッと足が進む。両手を前に出して、蓮太を求めるように一歩一歩、近づいていってしまう。

「いやなのに・・・、逆らえ・・・ないの?」

 寄りかかるように蓮太に身を任せた早紀が、身寄りの無い小動物のような弱気な目になる。一度蓮太の目を見ると、もう逸らせない。抱き合った体を離そうという気力もゆっくりと麻痺するように力の抜けた目を閉じていった。カクンと脱力したアゴがあがると、花びらの舞い落ちるターンの余韻を残すように、フワリと蓮太の唇に口づけをした。

「・・・ん・・・、んふぅ・・・うぅううううううっ・・・、うんっ、あんっ・・・」

 くぐもった声とともに、早紀のスタイルのいい体がクネる。蓮太の腕の中で跳ねる魚のように、早紀はキスのまま、何度もエクスタシーに達していた。ショーツがぐっしょりと黒い染みを作って、潮を噴いたことを明らかにしてしまう。蓮太にしがみつくような体勢のまま、早紀は人生最大のオルガスムの中で昇天して、意識を失った。


。。。



 糸の切れた人形のように脱力仕切った体で、ソファーに寝かされる広幡早紀。彼女を休ませている間に、家の中を物色して回っていた。そう言えば、そろそろランチの時間だ。蓮太は無遠慮にキッチンに入って、冷蔵庫の中を漁ってみる。よく整理整頓された家の中と、シンプルでヘルシーな食生活が伺える冷蔵庫の中身は、あまり蓮太の食欲を刺激するものはなかったが、マーマレードジャムと野菜とハムを見つけたので、自家製らしい食パンと一緒にまな板に載せる。多少雑だが、キュウリ、レタス、トマト、ハムとでサンドイッチを作って、マーマレードジャムを塗ってみる。

「マーマレード塗りすぎかな? ちょっとカイワレ大根もまぶしてみよっかな? 甘いだけよりも、ちょっと辛味や苦味があったほうが、美味しいよね。」

 慣れた様子で、振舞っている。人のうちにあがりこんで、好き勝手するのは、既に蓮太の生活の一部のようになっていた。

 手を洗って拭くところを探すと、タオルが何枚か、それぞれ後付けのようなタオル掛けに下がっていることに気がついた。テーブル拭き用、まな板拭き用、食器洗い用など、いくつも洗いたてのタオルを使い分けているようだ。そのカラフルなプラスチックのタオルかけの中から、クリーム色のものをプラスチックごと外してみた蓮太は、サンドイッチと、残りの食材と一緒に、タオル掛けも持って、リビングに戻ってくる。

「早紀さんの手料理は今度ゆーっくり食べさせてもらうとして、ちょっと腹ごしらえさせてもらうね。」

 蓮太は両手でサンドイッチを持って、口を大きく開けて噛り付いた。簡素な昼食ではあるが、無防備に寝そべる美女のヌードを前に食べていると、これも悪くない。

「ちょっと、動きもつけてみよっか? ・・・早紀さん、頭の中で暗示を繰り返すのは一旦やめて、目を開けて立ち上がってください。」

「・・・はい・・・。」

 気絶して寝転がっているだけのようだった広幡早紀が、急に目を開けて立ち上がる。身を守るものはショーツしかない、ほとんど裸の状態だ。体を休めていただけではない。早紀は今まで、蓮太に言われて頭の中で、催眠を強化する暗示をなんども繰り返し唱えていたのだ。

「催眠シチュエーションの方も、若干苦味をまぶしてみよっか? さっきの暗示だけじゃ、甘すぎるもんね。・・・でも、愁嘆場は萎えるんで、早紀は泣かないようにね。」

 蓮太が早紀の手を引いて、ソファーの前、朝にはテーブルのあったスペースまで連れてくると、早紀の左手にタオル掛けを握らせて、肘を曲げさせる。

「はい、今持ってるのは、吊革です。ほら、見回してみて。貴方は今、電車の中にいますよ。」

 早紀が目をパチクリさせたあと、両足を閉じて立つ。右手は直角に曲がって、まるでハンドバックを持っているような仕草だ。

「ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン」

 蓮太が声で言ってみると、それに合わせて先が体を揺らし始める。小刻みな縦揺れと、ゆったりした横揺れ。今は専業主婦の早紀だが、OL時代を思い出しているのだろうか? こころなしか彼女の表情が引き締まって見える。

「ほら、自分の声で言ってみましょう。早紀が電車の音も再現するんだよ。」

「ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。」

 吊革を持った乗客の様子を真顔で再現しながら、早紀はそれと気づかないまま、自分の口で効果音を真似る。パンツ1枚はいているだけの姿で、大真面目に通勤電車の社内を再現し始めた。

「だいぶ混んできましたね・・・。あと、揺れが激しいところに差し掛かったかな?」

「ガタガタンッ、・・あ・・ごめんなさい。・・・ガタンゴトン、ガタンゴトン・・・」

 窮屈そうな素振りで、よろめいたり隣に謝ったり、また電車の音に戻ったり、早紀の一人芝居が忙しくなっていく。その反応をいちいち、蓮太は楽しんでいた。ギュウギュウ詰めの車内のなかで体を縮めて周りに小声で謝っている彼女の姿から、早紀の性格の良さや気遣いがよくわかる。催眠状態に陥ると、誰もが無個性な、ゾンビのような夢遊病状態になると思う人がいるようだが、蓮太にとってはそれはまったく違う。もちろん、集団を合図一つで一律に操ることだって蓮太ほどの腕前ともなれば出来ないわけではない。けれど蓮太が好きなのは、こうして個人個人の全く違う反応や個性、それも本人も意識していないようなものを、本人も知らないうちに曝け出してもらうのが醍醐味なのだ。

「あぁ、どんどん混んできて、身動きとれない・・・。わ、急ブレーキで前のオッサンにオッパイ押しつけちゃった・・・。」

「やっ・・・・ご、ごめんなさい。」

 赤い顔で、誰も居ない空間に胸を寄せたり、謝ったりしている早紀。蓮太の悪ノリが始まってしまう。

「向こうも謝ろうとして頭下げてくれたけれど、すごい力で後ろから押されるから、オッサンの禿げ頭に、早紀の唇がぁ・・・顔をそむけることも出来ないほどの人口密度だから、どうにもならないよ。あぁ、どうしよう、脂ぎったオッサンのバーコード禿が目の前。もう避けられない。ほらブチューゥゥッ・・・。」

 少し仰け反って両手でブロックするような素振りをしたが間に合わない。手がつかえたように止まったまま、嫌そうな表情の早紀が顔を歪ませてすぼめた唇をひっくり返す。蓮太が笑いながらサンドイッチを食べている間も、早紀はベソをかきながらも、そこにいない禿げ頭のオジサンに、お詫びを繰り返していた。

「早紀ちゃん・・・、禿げ頭にチュウなんかより、困ったことが起こり始めますよ。貴方の右手は、貴方のものでは無くなります。自分の右手が無くなっちゃったことは気にならない。そんなことより大変なこと、貴方の右手は、後ろから手を伸ばしてきた、痴漢の手になっちゃったんだよ。ほら、いやらしく、早紀のお尻が撫で回される。あぁ、ヤラシイ。」

 左手は吊革を持ったまま、早紀の右手が自分の尻に伸びると、ネットリと円を描き始めた。目を丸くして立ちすくんだ彼女が、非難がましく後ろを振り返って、にらもうとする。

「でもよく考えてください。こんな通勤ラッシュの時間帯に、わざわざ専業主婦の早紀さんが、出勤する人たちに混じって電車に乗ってる必要はあんまりないですよね? それに、見てください。貴方の格好。超ミニの挑発的なボディコンです。これじゃ、ちょっと、まるで痴漢を誘ってるようなものだって、思われちゃいますよね? 早紀さんは痴漢に対して強く出ることが出来ません。やんわりと回避することしか出来ません。でも、痴漢の人の右手、どんどん不躾に早紀さんを触りまくってきますね。」

「えぇっ・・・どうして、私、こんな・・・あっ・・・やっ・・・やめ・・て・・・くだっ・・・もうっ・・・。ガタンゴトン・・・」

 自分の服装を見て信じられないという顔をした彼女からは、痴漢への強い抗議を行う勇気が見る間にしぼんでいってしまった。身をすくめて耐え忍んだり、少しでも逃げようと体をネジったりと、弱々しい抵抗をする早紀。その彼女自身の右手は、痴漢になりきって早紀の尻の次に、オッパイを大胆にワシ掴みにして揉みしだく。狼狽、抵抗、大胆不敵な軽犯罪、周りを気にする素振り、電車の騒音の口真似・・・。全て一人芝居をこなす早紀は、とても忙しい。

「その右手、前は早紀さん自身の右手だったので、早紀の体の感じる部分、弱い部分、一番気持ちいい刺激の仕方、全部知り尽くしているんだよ。ほら、痴漢はどこまでも遠慮ないスケベ野郎だけど、指先は早紀を熟知した超テクニシャンだ。」

「あ・・・、はっ・・・、いやんっ・・・そこは・・・。ゴトン、ガタンゴトン・・・。」

 ソファーに胡坐をかいて、サンドイッチを頬張りながら早紀の様子を見て楽しむ。痴漢に体を弄ばれて周囲の乗客に気づかれないように喘いでいる自分を、迫真の演技で見せている。しかし蓮太の目から見ると、繰り広げられているのは、若妻の性感帯披露とオナニーショーだ。耳を撫でたり乳輪付近をなぞる様に優しく摩ったかと思うと、乳首を根元からギュッとつねる。脇から横腹まで摩るように降りたかと思うと、股間をサワサワと、縦のスジに合わせて撫で上げる。背筋を指一本で撫でたかと思うと、急に荒っぽくクリトリス周辺をグリグリと攻撃したり、緩急の効いた内容で早紀を弄ぶ。弾かれるように早紀が背筋を伸ばして悶えるが、「痴漢の」右手はまだまだ容赦なく責め立てている。くぐもった嬌声をあげて、自分の体を慰める(苛める)右手に好き勝手されている早紀のしどけない姿を見ていると、蓮太も食事どころでは無くなってきた。

「はいはいはーい。右手が早紀の体に戻ってきたと思ったら、もっと車内がギュウギュウ詰めだ。両手が人の間に挟まって、抜けないよ。両足もググーっと広がっちゃった。ピクリとも身動きできない。」

 蓮太が衝動のままに早紀の両手をバンザイさせてギュッと力を入れると、彼女の両腕が棒のように硬くなる。満員電車の人の中で挟まってしまったのだと、早紀の目には見える。両足もグッと開かれる。

「ありゃりゃ・・人ごみの押し合いへし合いの中で、早紀の薄いボディコンドレスなんて綺麗に破れて、どっか行っちゃいました。早紀は今、パンツ一丁だけど、幸い乗客の皆は酷い混雑の中で携帯いじったり呼吸を確保したりと、自分のことに必死で、まだ早紀の姿のことは気づいてないみたいだね。でも、後ろの痴漢さんだけは、早紀のことしっかりロックオンしちゃってるみたいだよ。・・・こんなイイ体してて、ボディコン服の下、ノーブラで電車乗っちゃってるんだから、早紀も観念するしかないよね?」

「は・・・あぁぁ・・・。」

 早紀が身動き取れない自分に気がついて、悲鳴にならない溜息を漏らす。水色のショーツをクルリとお尻の下までめくり下ろすと、まだピチピチしている二つの尻肉が、プルンと震えた。肩幅より広く広げられた足も動かすことが出来ず、少し前傾姿勢にさせられた早紀は、(満員電車の中で)知らない男に後ろから大事な場所を犯されてしまった。まずは指が侵入してきて、充分な湿り気を確認し、続いて熱くて固いモノがグイグイと押し入ってきた。無作法な侵入を許すほどに、その前の入念な痴漢行為(オナニー?)が早紀を恥ずかしく濡らしてしまっていたのだ。早紀の内部は温かく濡れている。ヌルヌルでプツプツの膣壁が蓮太を迎え入れて締めつけた。

「あぁっ・・・ひ、ひどい・・・。・・・・ガタンゴトン、ガタンゴトンッ」

 電車の中という公共の場で、見知らぬ痴漢に裸で犯されている。そんなショッキングな状況を悲嘆しながらも、律儀に蓮太の暗示にいつまでも従って、電車の走行音の口真似をまだ続けている早紀。蓮太はそんな彼女をとても愛おしく思えた。

「早紀は僕が腰を振るたびに、物凄い快感に喘ぐんだよ。最高のエクスタシーをあげるからね。」

「ガタンゴトン、あぁん・・・、ガタンゴトン・・・やぁあんっ」

 彼女の何やら不謹慎な走行音のリズムに合わせて、蓮太が思う存分腰を振る。早紀はバンザイをしたまま我慢できずに上半身を少し前のめりにして、ピストン運動に耐えた。すでに上体は屈み、両手は空飛ぶヒーローのように前に突き出されているが、まだ吊革を握っているつもりでいる。

「ほらほら、電車の揺れが、前後の激しいものに変わってきちゃった。嫌でも、早紀の体が大きく揺れるんだよ。僕の腰の動きに協力するみたいに。どうにも出来ない。」

「ひっ・・・、ああんっ・・・。ガッタン、ゴットン、・・・ガッタン、ゴットン。」

 電車の揺れには逆らえない。早紀の方でも腰を前後させて、バックでのピストン運動を迎え入れるように、体を腰を振ってしまう。

「早紀、ソファーの背もたれに、手をかけていいよ。でも君が見てるのは、今も、満員電車の車内だ。体が揺れて、もっと激しく腰を振っちゃうよ。」

 蓮太が両手で後ろからオッパイをワシ掴んで、ゴム鞠みたいに弾力のある早紀のオッパイを、下から押し上げるように揉みまくる。乳首に触れてみると、限界まで固く立っているのがわかる。蓮太が腰の動きを止めて休んでいる間も、早紀はグイングインと腰を振って、後背位のセックスに自ら興じるような動きを見せている。それでも本人は、全部不可抗力のつもりだ。電車の音をけなげに唱えながら、セックスの快感に打ち震えている。

「ほら、もうすぐ電車がトンネルに入るよ。そしたら大きなトンネルの中の反響音で、周りは君の喘ぎ声なんて聞こえなくなるから、思いっきりアへ声出してよがっていいんだよ。正直に感じることを口に出そう。僕とのセックス、最高に気持ちいい。腰を振るたびに快感が倍増するだろ? ほら、トンネルまで、3、2、1! ほらトンネルだ。ゴォォォオオオオオォ」

「・・・ガッタンッ・・・あっ・・・ああああああん、気持ちよすぎるっ、もうっ、駄目っ、イッちゃうっ・・・、電車の・・・中なのにっ・・・・イっちゃうっ・・・凄すぎるっ・・・ハアンッ、あぁっ、イくうっ」

「トンネル出た瞬間、車内が光で包まれるよ。さっきよりもっと、揺れが大きくハイピッチになる。そしたら、イっていいよ。ほらっ。僕もっ・・・・うぅうっ」

「あぁっ・・・・ああああああああああああぁぁぁぁっ」

 ガクガクと腰を振りながら、早紀の上半身が大きく仰け反る。蓮太も遠慮なく早紀のナカに、思う存分に射精する。頭がボオッとなるような快感を味わって、蓮太は予想よりも二回ほど多い、リキミとともに、かなりの量の精液を出した。下半身の気だるい快感に集中すると、つい力が抜けて、汗に濡れた早紀のオッパイを離してしまう。蓮太よりも脱力しきっている早紀の体が、ソファーの後ろにずり落ちた。体が離れる瞬間に、2人の下半身から精液と愛液の絡み合った粘液が糸をひくように垂れる。受身もとれずに、ドシッと早紀がフロアリングの床に倒れた。

「おっと、早紀さん。大丈夫?」

 怪我がないか、早紀の体を引っくり返して仰向けにする。怪我はないようだが、彼女の体は全身汗だくで桜色に火照っていた。涎と鼻水と少しの涙でクシャクシャの顔には髪の毛が何本か張りついている。緩みきって放心しているその顔は、美貌が台無しとも言えるし、たまらなくいやらしいとも言える、快感に溺れきった表情だった。

「・・・コン・・・ゴトン・・・ガタン・・」

 少し放心状態から覚めたと思うと、うわごとのように繰り返しながら、まだ床に転がって腰を降り始める早紀。蓮太は、やめるように指示し忘れていたことを思い出したが、暗示を解くより前に、早紀の体をギュッと抱きしめたくなった。美貌と抜群のプロポーション。素直で優しい性格に高い被暗示性を誇る、新しい恋人を確保出来たのだ。恋人であり、お得意様であり・・・玩具でもあるわけだが・・・。


。。。



「フン、フフン、フフン」

 鼻歌を歌いながら、蓮太が次の遊びの準備をする。電車ネタが盛り上がったので、もう少し引っ張ることにした。もともと苦い記憶を刷り込むために痴漢に犯される設定を考えたのに、途中で蓮太が我慢できなくなってセックスに参加してしまったので、いま一つ苦味として、スパイスとしては、やり切れていないように思えるのだ。両手で吊革を持った格好で立たされている早紀は、まだ放心状態から脱していない。鼻水と涎が垂れた顔を洗うこともさせてもらえずに、バンザイポーズで直立させられていた。上機嫌で鼻歌まじりに蓮太がしている作業は、瓶からマーマレードジャムをスプーン何杯も、早紀の太股までズリ下げられていた水色のショーツにジャムを盛る作業だ。

「よいしょっと」

 ジャムをこんもりと溜めて重くなったショーツの、ゴムの部分を引っ張って、形のいい早紀のお尻を覆い隠すように、ショーツを引き上げる。無造作に腰骨のずいぶん上まで引っ張り上げてみた。

「これで良しっと。」

 オレンジのジャムがショーツから染み出てきそうだが、蓮太は一仕事終えたように早紀のお尻をぺチッと叩いた。中のジャムが押しつけられてベットリとお尻全体に広がる。

「じゃあ、早紀ちゃん。僕が指を鳴らすと、さっき言った通りのことが起こるんだよ。早紀の鉄道物語・第2章の始まりだよ。行ってみよう。」

 ティック。

 指が鳴らされた音で、早紀は車内で目を覚ます。ほぼ全裸の自分に気がついて両腕で胸を隠すが、幸い、周囲の乗客たちは、イヤホンで音楽を聴いていたり、新聞に集中していたりして、早紀のことに(なぜか)気がついていないようだ。早紀は振り返って、後ろにもう、痴漢男がいないことを確認して、ホッと一息つくことが出来た。嫌な痴漢に好き勝手悪戯されたはずなのに、思いのほかテクニシャンな痴漢で、まるで早紀の体のウィークポイントを知り尽くしているように、思うままに早紀を弄んでよがらせたのだ。あまりの混雑で服も破れて恥ずかしい体勢のまま動けなくなった早紀の大事なところに、あろうことか車内で堂々と挿入までしてきた。

 泣くに泣けず、耐えていたはずの早紀だったのだが、いつの間にか感じまくって、派手にイカされてしまった。もう痴漢を警察に突き出そうとも思わない。目も合わせたくないと思った。心配で何度も後ろを振り返っては、さっきの痴漢男がいつの間にか電車を降りていたことを確認する。ホッと安心したはずなのだが、早紀は不吉な匂いに気がついた。

「嘘っ・・・やだ・・・。最低・・・・うそよぉ〜ぉぉぉ。」

 早紀は周りを気にしながら、自分の腰を捻って、悪臭の元が自分自身であることに気がついてへたりこむ。イキまくらされたさっき、あまりに気持ちよすぎて、全身の筋肉がコントロールをうしなったような感触があったことを思い出す。そして忌まわしいお尻の感触も・・・。早紀は両手で顔を覆った。もうすぐ周りの乗客も気がついて騒ぎ出すだろう。痴漢にあったことは信じてもらえるだろうか? 裸でショーツ1枚になった若妻が粗相をしている。ショーツの前は愛液でビッショリ濡れそぼっていて、後ろは大人失格の大失態を見せている。早紀は自分の人生が、実質的に終わりつつあるような気がした。

 あまりの酷い出来事に、涙よりも、力のない歪んだ笑みがこぼれてしまいそうだった。

「あれ? ・・広幡さん? ・・・・こないだお世話になりましたよね? 僕です。」

 素肌の肩をポンポンと何回か叩かれていても、絶望の淵でかがんでいる早紀は、しばらく気がつかなかった。ファサっと自分の身を、温かい布が包んでくれる感触で、早紀はやっと振り返って顔を上げる。どこかで見た顔? 早紀は呆然と見上げた。

「一昨日くらいにお宅に挨拶に伺いました。ナカハラ寝具の小林蓮太です。ほら、変な粗品をお渡ししたでしょ? 何があったのかわからないですが、とりあえず、僕のコートのなかに隠れて。」

「は・・・はひ・・・。ありがとう、ございます。」

 まだ現実感がないが、自分は人生最大のピンチから、助け出されようとしているのだろうか? 春物のトレンチコートを開いて早紀を覆い隠しながら抱きかかえてくれた、白馬のナイトに、早紀はしがみついて身を委ねた。早紀の体をしっかり覆うことが出来るのだから、ずいぶんと、不自然なほど大きなコートのようだが、それは早紀が気にすることではないような気がした。

「ホントはこのコート脱いで貸してあげたいんですけど、ギュウギュウの満員電車の中で人を押しのけて無理に脱いだりすると、逆に注目を浴びそうだから、こんな体勢でゴメンなさい。人目に触れたら早紀さんピンチっぽいから、これで許してね。」

 コートで背中もお尻も隠してもらい、中で蓮太に抱きついたような体勢で密着せざるを得ないが、ここからホッポり出されるより、ずっとマシだった。息苦しいので、顔だけ出す。至近距離で若いセールスマンと向かい合うのは恥ずかしかったが、救世主に対して文句を言えるはずもなかった。

「早紀さん、『つつじヶ丘』。次の次の、次の駅ですよね? このまま頑張って、家に帰りましょう。マンション、駅からすぐだったでしょ? 僕、そこまで連れて行ってあげます。」

「あっ・・・ありがとうございます。この御礼は必ず。どんなことでもっ!」

 早紀が顔をクシャクシャにして蓮太の肩におでこを当てる。思わず髪の毛をクシャっとしてやりたくなるが、それは我慢する。貞淑な人妻が、満員電車の中でセールスマンに裸で、御礼を言いながら体を密着させている、というのが蓮太の作ったシチュエーションであって、今回は甘い恋人ごっこに用は無い。どうせ恋人ごっこをするとしたら・・・。もう仕込みは出来ていた。

「でも早紀。今、早紀の深層意識に語りかけているよ。電車の車内がちょっとずつ空いてきたと思ったら、チラホラ知り合いがいるよ。ほら、こうしているところを見られたくない人が、1人、2人、結構沢山いる。みんな偶然この車両に乗ってるんだね。それぞれ自分のことに集中しているけど、見つかったら、どうしようね?」

 早紀のしがみつく力がギュッと増す。

「どうしました? 早紀さん。」

「あのっ・・・両親が・・・。鎌倉から出てきて、この電車に乗ってるんですっ。こんなところ、見つかったら、私・・・。はっ・・・、先生も・・・、あと、前の会社の上司や同僚も・・・。えっ・・・嘘・・。ゆー君・・、あの・・・夫まで・・・。私、・・どうしたら・・・。」

 早紀の目が泳ぐ、顔が真っ青だ。

「うーん、困ったな・・・。コートの中に隠れきるほど早紀さん小さく無いし・・・。顔隠して、お尻が出ちゃうと・・・、もっとマズイし・・・。」

 早紀は次から次へと友人や親戚、お世話になった人たちを発見して脅えていく。蓮太はちょっと可哀想になったので、それ以上焦らすのをやめた。

「いいアイディアがあります。早紀さんの髪、ロングだし、後ろや横顔からは早紀さんって気づかれないかもしれないですよ。少なくとも断定は出来ない。あと残るは顔の正面。どうせコートの中で抱き合ってるのは周りからも隠せないんだから、馬鹿ップルのふりをして、電車でチューしていれば、顔の正面も隠しきれるんじゃないですか?」

「・・・え? ・・・」

 早紀の体が、少しだけ蓮太から離れる。コートが引っ張られた。

「あっ、旦那さんがこっち見てますよ。はやく、バレないように、馬鹿ップルのふりして! ディープキスですよ、ほらっ。」

「はっ・・はいっ!」

 深く考える間も与えられず、早紀はきつく目を閉じると、背伸びをして蓮太に吸い付いた。懸命に舌を入れて、長いディープキスをする。夫を悲しませないためには、蓮太の言うことに従うしかないように思えてきた。

「チュパッ・・・。いい感じですね。公衆の面前で堂々と、下品にイチャつくたびに、良識的な早紀さんの知り合いたちは、目を背けますよ。もっとエゲツないチチクリ合いを見せれば、嫌な顔してどんどん他の車両に移っていきますよ。ほら、頑張れ。」

 早紀は半分ヤケッパチになったように、蓮太の体に貪りつく。顔は見られないように気をつけながらも、自分の大切な人たちが顔を背けるように、軽蔑の眼差しで視線を逸らしてくれるように、舌打ちしながら背中を向けてくれるように・・・。考えられる限りの下劣なイチャつき合いを演じてみせる。普段の早紀と、結びつきようの無いようないやらしい行為ほど良いのだ。舌を限界まで伸ばして、ベロンベロンと蓮太の顔を舐めまわす。蓮太も協力的に早紀の顔を舐めてくれる。涎をドボドボこぼしながら舌を絡ませあった。手足を、体を、蛇のように蓮太の体に絡みつかせ、身をくねらせながら、これ見よがしにヘビーなペッティングを行い、首から上は互いの唾液を交換し合い、ねたくりつけ合った。馬鹿ップルというよりも、ケモノのような貪りあいの傍にいるのを敬遠して、一人、また一人と早紀の大切な人が、嫌悪の表情で早紀のもとを去っていってくれる。秘密を隠し通せた喜びで、早紀はその気配を感じながら小さくイキはじめる。

「もうほとんど、車両内に、誰も知り合いはいないみたいですけど・・・、ただ一人、早紀さんの旦那さんがずっとこっちを見ていますよ。まだ、貴方のこと、早紀さんかもしれないと、疑っているのかもしれません。」

(やだっ・・・ゆー君、違うっ。これは私じゃないの。私はこんな風に下品なキスなんてしないし、こんな格好で男の人のモノを口に入れたりしないでしょ? ・・・ほらっ、この女の人、こんなに激しく、こんなノドの奥まで入れちゃってフェラしてるんだよっ。変態でしょ? こんな恥ずかしい女、見ていたくないでしょ? 早く目を逸らして。お願いっ・・・あっちに行ってて!)

 コートの中から時々汚れたお尻を突き出しながら、フェラチオどころか、玉まで吸い上げる。精液が飛び散ったら顔で受け止めて、こぼれた床から舐め取ってみせる。早紀一世一代の変態女演技が功を奏したのか、のた打ち回って貪りあったケダモノの睦みあいが終わるころ、車両には早紀と蓮太以外、誰もいなくなっていた。

「お疲れ様。早紀さんはやりきったよ。これで家まで、誰にも気づかれずに帰れそうだね。僕の言葉を信じて、頑張りきったおかげで、絶対絶命のピンチから逃れられたんだよ。」

「・・・。・・・。」

 早紀は幸せそうな笑顔で、ドロドロになったリビングのフロアで、また気を失っていた。


。。。



 蓮太がマーマレードジャムと愛液まみれのショーツをキッチンで洗っている間中、早紀は恥ずかしがってソファーに顔を突っ伏していた。自分が汚した下着と思っているので、自分より若い男の子に洗ってもらっているのが情けなくてしょうがない。それでも、信じられない出来事の連続で、帰宅後も腰の抜けてしまっている早紀は、蓮太に体を綺麗にしてもらい(都合のいいことに、リビングにはなぜかティッシュペーパーが散乱していた)、下着を洗ってもらっている。

 運悪く着替えの服を全て洗濯やクリーニングに出してしまっているので、裸の上にエプロンだけ見につけた早紀は、蓮太に繰り返し御礼を言った。身だしなみとか体裁とか、蓮太の前では気にしてもしょうがないと思えるほど、彼には醜態を見せ、ピンチを救ってもらったのだ。

「もう一度、おさらいしよっか? 早紀、深い催眠状態に落ちて、質問に答えなさい。」

「はい・・・。早紀は何でも正直にお答えします。」

 目から光を失った早紀は、腰が立たないはずの体をスクっと起こし、直立して答えた。

「僕、小林蓮太はどういう人ですか?」

「・・・蓮太さんは、私の大切な、命の恩人です。それと・・・私に一番気持ちいいセックスを与えてくれる人です。今日、私は大変な目に会って・・・。絶対信じてもらえなさそうなことを全部伝えたのですが、蓮太さんは全部信じてくれました。私はこれからも、蓮太さんには隠しごとは一切しません。」

「僕に、どんなことも正直に答えるの?」

「はい。そうです。それに、蓮太さんは私よりも本当の私のことをずっとよく知っていてくれますから、私が教えなくても、深く考えなくても、考えを蓮太さんに教えてもらうことの方が多いです。私が本当に欲しいもの、本当に好きなもの、本当にしたいことは全部、気持ちいい催眠の中で、蓮太さんが教えてくれます。」

「僕の言葉をそんなに信じてるんだ。」

「もちろんです。今日は蓮太さんの作戦を最初信じられなかったですけれど、言ったとおり、私を助けてくれました。どんなことでも、蓮太さんの言うことを受け入れて、従って、実現することが、私の幸せなんだって、心の底に刻み込みました。」

 蓮太が秘かにガッツポーズを取る。どんなに強力に暗示をゴリ押ししても、相手が深層意識で不満を抱いていることは、長期間強制することは難しい。相手の深層意識を巧く懐柔すること。これが蓮太の催眠術の鉄則だった。

「皆にも僕のことはそう紹介するの?」

「いえ・・・、私の・・・みじめな醜態や、破廉恥な裏切りを秘密にしておきたいから・・・、蓮太さんと私の本当の関係は、蓮太さんが認めた相手以外、絶対に誰にも知らせません。」

「旦那さん、優一さんのことはどう思ってるの?」

「ゆー君は・・、私が一番ミジメだった時は蓮太さんみたいに助けてはくれなかったけど・・・。でも、とても大切な夫です。私が、変態女の振りをして恥を晒してでも、守りたかった、大事な人です。これからも愛していきます。」

「うん。それでいいよ。・・・でも今日、痴漢に犯されまくったり、知り合いに見られながら旦那以外の男とチチクリあったりしてて、本当に嫌だった?」

「いや・・・と思ったけど・・・その・・・、どうしよう・・・、ちょっと・・・。興奮もしました。」

「そうだよね、僕の暗示でイカせてたから・・・、いや、今のは忘れて。うーんと、それじゃ、本当に色々と大変なことがあって、自分でも思わぬ自分を発見して、新しく大切な恋人も出来て、身も心もクタクタだと思うんだけど、早紀さん、今夜の家事とか大丈夫?」

「はい、クタクタでもご心配ございません。・・・実は今日。皆様に、とっても良いニュースがあるんです。」

 これまでボーっと答えていた早紀の目に、少し光が戻る。ニッコリ笑って、ハキハキと話し始めた。

「今日、ご紹介するのはこちらの枕。一見ただの安物枕に見えますが、信頼と実績のナカハラ寝具が最新の人間工学に基づいて設計した、最高に優れものの安眠枕です。これを使えば、2時間のお昼寝でも6時間分の深い睡眠をとったような気になれるんです。嫌なことも忘れちゃう。疲れた体もリフレッシュ! こんな素敵な枕が、定価2万8千円ということだけでも凄いのに、なんとキャンペーン期間中は1万8千円、驚きの1万8千円なんです。そして今なら可愛い、フリフリの枕カバーも付いてきます。是非この機会に、ナカハラ寝具のペンピューレ枕。お試しください。なお、類似品にはご注意くださいね。」

 枕を、少し首をかしげた顔の横に持ち上げ、嬉しそうに喋る広幡早紀。まるでTVの通販番組のように滑らかに紹介してみせた。セールストークが終わると、嬉しそうに枕に顔を埋めたり、大切な宝物のように抱きしめて、ソファーに転がる早紀。すでに今日の狂乱状態をすっかり忘れてしまったかのようだ。早くも昼寝に入ろうとしている。

「うーん、ちょっと最後が宣伝くさすぎるけど・・・、ま、いっか。微調整の機会はいくらでもあるしね。それに最初から販売強化要員としてこき使うつもりはないし・・・。」

 小林蓮太が立ち上がる。昼ご飯も食べたし、美人の恋人、兼お得意様、兼催眠術の教材、兼エッチな玩具を得ることが出来た。午前の収穫としては充分ではないだろうか?

「それじゃ、早紀さん。お買い上げありがとうね。僕が玄関のドアを閉めたら、・・・何度も言うようだけど、貴方は今日起こったことは夢だったと思って忘れます。でも僕、小林蓮太から連絡があったら、すぐに催眠状態に落ちて、いつでも、どんなときでも、僕の言いなりになる。僕の言葉が絶対だということを思い出すんだよ。」

 ポンと早紀の頭を無造作に叩く蓮太。散らかったリビングから、自分のジャケットと大きめの鞄、それに風車を拾い集めて帰る準備をする。散々楽しんだ後、ついついいい加減になりそうなのが、綺麗な引き際だ。最後まで、油断せずに帰宅してこそ、蓮太の楽しみは続けることが出来る。

「無事、家に帰るまでが遠足ですってね。・・・あ、そうそう。宿題あげとこっかな。」

 独り言を口にした蓮太が、もう一度早紀の耳元まで、顔を近づける。

「それから・・・、早紀さんは少しだけ、自分の趣味が変化することに気がつきますよ。エプロンはそんなシンプルなものではなくて、フリルのついた、もうワンサイズ小さなものを身に着けます。誰もいない時は裸の上に、そんな乙女チックなエプロンだけで生活するのもいいですね。あと、下着を着ける時も、そんな素っ気無いものじゃなくって、セクシーなランジェリーが好みになります。キーワードは、フリフリ、スケスケ、パッツンパッツンです。エッチな自分を自覚するのが密かな楽しみになるんだよ。いいね?」

「はい・・・フリフリ・・・、スケスケ・・・、パッツンパッツン・・。うふふっ・・。」

 ソファーにうつぶせで寝転がり、顔の横を枕に押しつけてスヤスヤ眠っているような早紀だったが、呼びかけられると、あどけない声で寝言を言って微笑んだ。幸せな夢でも見ているような安らかな寝顔だった。

「それじゃー、またよろしくお願いしまーっす。・・・おっと、また忘れるところだった。」

 閉まりかけたドアを止めて、蓮太が振り返りざまに人差し指を伸ばして、誰もいない空間に向かってビシッとポーズを決めた。

「これがホントの枕営業。・・・なんてねっ。」

 会心の笑みを浮かべて、304号室を後にする小林蓮太。しかし室内の広幡早紀はまったく無反応で安らかに眠りこけるのだった。

 
 


 

 

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