友達以上、兄弟未満


 

 

恋愛の神さま


「御子神(みこがみ)先輩と、宮咲(みやさき)先輩ですか?」
 晃(こう)と二人で、ウィンドーショッピングを楽しんでいると、小学校高学年くらいの女の子が声を掛けてきた。
 でも私たちを「先輩」と呼ぶところを見ると、中学の後輩の可能性が高いかな。問い掛ける口調でありながら、目がきらきらと輝いている。

・・・この展開は、また「あれ」かな?



★★★★★★★★★★★★



 晃と付き合っているのは、全校生徒のみならず先生方にも知れ渡っている。あの日、後催眠で晃の膝の上に『座らされた』・・・そう、座ったでなく、座らされた!・・・日のことは、『お座り記念日』となんとも情けない名前が付けられた。

 お弁当の時間は『お座りタイム』とか『餌付けの時間』と呼ばれ、他のクラスから見学者も来ている。
 少数だけど、私の事を『鵜飼(うかい)の鵜』と言う人もいる。晃が『鵜飼』で、私が『鵜』、そして『私の作るお弁当』=『鵜が獲る魚』と言う事らしい。私を「鵜」呼ばわりする人に、私は『うーちゃん』と呼ばれていたりする。

 それだけでも私は恥ずかしいのに、先週、別の事件が起こった。

 あれは体育の時間。男子は100m走、女子は高飛びの記録を取っている時のこと。
 私は踏み切りに失敗し、見事に転んだ。そして、足を挫いて(くじいて)しまった。捻挫になるほど酷くなかったので、先生に声を掛けてその時間は見学にしてもらおうとした時。
 天然少女の霞ちゃんが余計なお世話を焼いてくれた。天然少女には悪意も、イタズラする意思もないのだけど・・・。

「みっこく〜ん! 茜チン、足〜挫いちゃった〜!」
 霞ちゃんは日頃からは考えられないほど大きな声で、晃に向かって叫んだ。男子と女子は近くに居たわけではない。男子は校舎のそば、女子は校庭の隅っこ校舎から離れたところだったのに。
 霞ちゃんが叫んだ瞬間、晃が私たちの方に・・・正確には、私に向かって・・・、駆けてきた。陸上部員も真っ青なくらいの猛ダッシュで・・・。
 しかも、ただ駆けて来たのではなく、大きなホイッスルの声援を受けながら・・・。

「こら〜、御子神! ピー! どこに行く!! ピッピー! 列に戻らんか〜! ピッピッピーー!!」
 晃たち男子担当の体育の先生は日頃から、生徒が言う事を聞かないと何度も大きくホイッスルを鳴らすので有名。晃は先生の許可をもらって私の方に来たわけでなく、当然、先生の顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまい、盛大なホイッスルの音が鳴り響いた。

・・・お願い、晃さま・・・目立つ事は、もー止めて・・・。

 涙目で訴える私の願いは、晃に聞き入れられなかった。息せき切って私のそばに来たと思ったら「保健室に連れて行きます」と一言いうと、女子担当の体育の先生の返事を待たず、私を抱きかかえた。

 俗に言う・・・『お姫さまダッコ』・・・。

 お姫さまダッコは家の中では何度もされているから、「する方」も「される方」も、ドコに力を入れれば、安定して抱きかかえられるかは体がよく覚えている。
 だから体が命じるまま、晃の首に手を回し縋りつく。体を密着させれば歩く方も楽だし、私も安心できるから・・・。見ようによっては、バカップル?

 クラスメートは、お昼の食事風景『お座りタイム』でそれなりに馴れているので、硬直する程度で済んだようだ。誰も『お座り記念日』みたいに取り乱したりはしていない。

 でも、初めて見た先生方は見る影もなかった。男子の先生は、手にした閻魔帳(えんまちょう)を落として黙って私たちを見送った程度・・・三分間ほど硬直のオマケ付き・・・だけど、女子の先生(独身/推定25歳)は「私だってされたことないのに、中学生に先越された。負けちゃった」と言いながら、がっくり膝をついたと後から聞かされた。

 でも、本当の恐怖はこのすぐ後だった。校舎に向かう私たちを、ほぼ全校生徒が見ていた。
 男子の先生の鳴らすホイッスルがいつになく煩い・・・しかも叫び声付き・・・ので、窓際の生徒が校庭を見たのだろう。そしてその生徒が教室で騒いだのだろう。
 お姫さまダッコされている私が見たのは、校舎の窓と言う窓から覗く全校生徒の顔だった。

・・・『鈴なり』って、こう言うことを言うのね。

 その日、私たちの中学に『お姫さまダッコ記念日』なるものができた。一部の生徒(主に下級生)は私の事を『お座り姫』と呼んでくれる。『うーちゃん』よりマシだけど、これはこれで恥ずかしかったりする。



★★★★★★★★★★★★



「御子神先輩に、宮咲先輩ですよね。こんなところで会えるなんて光栄です!」
 小さな女の子(推定、中学一年生)は、私の手を持ってブンブン振りまわす。
「・・・えっと、どこの誰さんかな?」
「あっ、ゴメンナサイ。1−Cの佐々木 望(ささき のぞむ)と言います。『お姫さまダッコ記念日』きちんと見てました」
 私の問いかけに答えてくれるが、興奮しているのか望ちゃんの声は大きい。やっぱり中学の後輩だったのね。でも公衆の面前で『お座り姫』と連呼されないだけでも、幸運と思わなければ・・・。
「凄かったですぅ。全校生徒の前で恋人をお姫さまダッコするなんて、凄いですぅ。感動しました〜! 昨日も『お座りタイム』見させてもらいました!」
 恥ずかしいから、声を小さくして欲しい・・・。道行く人、みんな見てるしぃ、後ろで硬直してるのあなたのご両親じゃないの。

「あっ、あの〜、抱き着いて良いですか?」
 望ちゃんは、晃の目をしっかり見詰めて問い掛ける。

・・・で、でた〜。

 ここ数日、下級生の女子を中心に、私たちは『恋愛の神さま』と呼ばれている。学校の外で私たちを見掛けただけで、恋愛運のポイントアップ。そして抱き着けば、恋愛成就間違いなし!・・・らしい。

・・・お願い・・・、晃、断って・・・。

「良いよ」
 晃はあっさりと、抱きつく事を許可する。
「あ、ありがとうございます!!」
 望ちゃんは、力いっぱい抱きつく。遠慮なく抱きつく。望ちゃんのご両親が手にした荷物を落とすのが見える。
 身長の違いで望ちゃんの頭が、抱きついた相手の胸にぐりぐりと押し当てられているのが、ご両親にも見えるのだろう。抱き付かれた方も、優しく望ちゃんの背中を抱き、頭を撫でている。
 遠目に見れば、恋人に抱きついて泣いているように見えるのよね。恋人の抱擁? それとも、三角関係のもつれ?
「・・・キスしても良いですか・・・?」
「良いよ」
 晃の目を見て、遠慮がちに問う望ちゃん。目が潤んで可愛い。そして晃は、またしてもあっさりと許可する。
「(ちゅっ)」
 唇でなく頬だけど、道の真ん中で抱き合ってキスするのを、道行く人達はみんな足を止めて見ている。可哀想に、望ちゃんのお父さんは今にも倒れそうな顔色をしている。こう言うときは、女親の方が気丈なようだ。一つ賢くなってしまった。

「ありがとうございました!」
 元気に一礼すると、望ちゃんはスキップを踏みながら、ご両親の方に駆けていった。晃は呑気に手を振って見送っている。望ちゃんのご両親、特にお父さんは失神寸前!?
 私はちょっと引きつった笑顔で望ちゃんのご両親に会釈すると、晃の手を引っ張ってその場から逃げ去った。



★★★★★★★★★★★★



「あの〜。晃さま。恥ずかしいから、この後催眠、解いて頂けませんか?」
 角を曲がって、望ちゃん一家から見えなくなったところで、とにかく低姿勢に、晃にお願いする。
 今回で五回目かな。公衆の面前で抱きつかれたり、キスされるのは同性といえど恥ずかしい。

 そう、さっき抱き付かれたのも、キスされたのも・・・「私」。

 『恋愛の神さま』への祈願は、晃に「許可」をもらって『お座り姫』に「抱き付きキスをする」ことらしい。

 これを知った晃が、面白がって私に後催眠をかけた。『可愛い女の子が抱きついてきたら、保護欲が沸いてくる』『可愛い女の子のお願いは何でも叶えてあげたくなる』と。
 この後催眠が効いているので、女の子が抱き付いてくると私はつい背中を抱き、頭を撫でてしまう。キスだって、笑顔で喜んで受けてしまう。

「や〜だ」
「でもぉ、これ浮気だよ。う・わ・き! 晃、私、浮気しても良いの? 妬かないの?」
 本気で浮気だなんて考えていないけど、後催眠を解いて欲しくて大げさに言ってみる。
「可愛い女の子同士が抱き合うのは、僕的にはぜんぜんOK。後輩から慕われる茜を見るのも僕は好き・・・。それに後催眠解いても、あっちが抱き付いてくるから、僕の責任じゃないよ」
 前半のセリフで、私への賛辞が感じ取れて少し赤くなる。それに後半のセリフの通り、あちらが勝手に抱きつくのだから仕方がない。許可をしてるのは、晃だけど・・・。
「・・・でもぉ・・・」
「嫌だったら、『これ』すれば良いじゃない」
 言いよどむ私に、晃が追い討ちをかける。親指を中にした握りこぶしを見せながら。『これ』は催眠をかけられたとき「嫌だ」と思えば自分の意思で催眠から覚めるための後催眠。晃も私が本気で嫌がる後催眠や暗示はかけたがらない・・・たまに暴走してかけることもあるけど・・・。
「・・・」
 言い訳できない私に、勝ち誇ったような晃の笑顔が憎らしい。
 私には、抱き付いてくる女の子を無下に引き離すことは出来ないし、女の子の柔らかい体を抱きしめるのも、実はこっそり好きだったりする。誰にも言ってないけど。
 『お座りタイム』だって、恥ずかしいけど決して嫌ではない。お姫さまダッコされたのだって、恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しかった。

・・・でも今は、晃のセリフに何も言い返せない自分が悔しい・・・。

「茜チン、見てたよぉ。茜チン、モテモテだねぇ」
 通りの向こうから呑気に声をかけてくる二人組が現われた。『お姫さまダッコ記念日』の影の仕掛け人(本人には自覚がないだろうけど)、霞ちゃんとトッコだ。二人もショッピングに来てたみたい。
「・・・見てたら、助けて欲しかった・・・」
 天然少女に助けを請うのは間違っているとは思うけど・・・。イタズラ好きのトッコも助けてくれるとは思えない。だけど、一応、抗議だけはしておく。
「ねぇ、私も、抱き着いて良い? キスして良い?」
 私のセリフを全く聞いていないのか、霞ちゃんが晃に話し掛ける。

・・・なっなんですとー??

「良いよ」
「(むぎゅ)」
 今度もあっさりと許可する晃と、間髪いれず力いっぱい抱きつく霞ちゃん。霞ちゃんに対する愛情が溢れてくる。自然と霞ちゃんの背中を抱き、髪をなでる・・・可愛い、守ってあげたい・・・。霞ちゃんを愛で(めで)ていた上級生女子の心情が少し分かった気がする。「ペットにしたい女の子ナンバー1」の抱き心地は伊達ではない!

・・・霞ちゃんの抱き心地は天下一品!・・って、何か違うぞ。わたし!!

「やったー、私も恋愛成就だぁ」
 私の頬にキスしながら、元気イッパイの霞ちゃん。
「次、私ね、私!」
 霞ちゃんの後ろには、今にもキスするような格好で口を尖らせているトッコが見える。

・・・晃、やっぱり、後催眠、解いてよォ。

 
 


 

 

戻る