鬼畜建設株式会社


 

 

−前編−


 カチャカチャカチャカチャカチャ......


   キーボードを叩く音だけが響いていた....。


    その真っ暗な室内には

      モニターの灯りに照らし出された

   鬼畜の如き笑みだけが

      青白く  不気味に     浮かび上がっていた。




 ガガガッ..そして....何も変わらない...ような日常..ガガッ、ピーーッ...2ヶ月..後..ガガガガッ...ピピッ..ザーーーーーーーーーッ............




「おっはよーございまーっす」

 監督員達が各現場の手配に忙しく動き回る朝の長澤建設に、明るく朗らかな挨拶の声が轟いた。
 いつものようにその良く通る声に一瞬喧噪は奪われ、全員の暖かな視線が注がれる。

 何人かが挨拶の代わりにその声の主に軽く手を挙げた後、再び巻き起こる喧噪の中、紅一点事務員園村理美が闊歩していった。


「ふぅぅっ」

 席に着きパソコンの電源を入れる、と同時に吐きだした吐息が目の前の書類をヒラヒラとなびかせた。

「理美ちゃん、どうしたの?お疲れかい?」

 いつの間にか背後に立っていた課長の中山が”ポンッ”と肩に手を掛け、なま暖かい笑顔を向けている。
 ”ギクッ”と肩を詰め背筋を通り抜けた悪寒を振り払いながら理美は、引きつった笑顔をなんとか返した。

「いっ、いえ...ちょっと電車を一本乗り遅れたもので、走ってきちゃって。で、でもギリギリセーフ...ですよね?」

「ははははっ、いいのいいの。そんな言い訳なんかしなくっても、この会社で理美ちゃんに文句言うヤツなんていないって。なんたって我が社のマドンナなんだから」

「え、へへっ...そ、そう、ですか...どうも....」

 この肩に置いた手はいつ除けてくれるのか、そこから1oでも頬を離そうと首を傾けながら理美は、そこから漂う酸〜い汗の匂いを遮断する為、口だけで小刻みに息をしていた。

「あ、課長...二宮マンションの契約ですが、本日午後2時という事でお願いします。大丈夫ですよね?」

 28才、この会社ではダントツの売り上げを誇る営業マン加藤雅弘が助け船を出してくれた。

「ん?ああ、2時ね、了解。契約書、出来てんの?」

「ああ、それなら昨日から課長の机の上に...まだ見て無かったんすか?早いトコお願いしますよ。経理にも廻さないといけないんスから」

 渋々理美の肩からようやく手を離した中山は、脂ぎった頭を掻きながら席に戻っていった。

「ふぅっ」

 今度は安堵の溜息をつきながら固まっていた首と肩をほぐすように動かしている理美に向かい、呆れ顔の加藤が親指を一つ立て、去っていく。

「な〜にが”マドンナ”だか。いつの時代の言葉だっての。理美ちゃん、あんなのに愛想笑いなんて返したらそれこそ調子にのっちゃうからやめときなって。なんだったら俺から言ってやろうか?」

「あ、いえ...いいんですよ。今の所は....」

 隣の席の経理担当係長桐山に慰められ、朝の嫌な気分をなんとか切り替えながら理美は、ようやく立ち上がったパソコンに向かいIDとパスを慣れた手つきで入力していく。
 
 カリカリとハードディスクを鳴らしアイコンが順に表示されていくモニターを見つめながらも、いつもより少し時間が掛かっている事など、気にも留めようとしない理美であった。





 (う、動けない...どうして?

  ここは....どこ?......!!えっ、か、会社?どうして、こんな真夜中に...?

  んんっ、肩が...重い。何?この感触は...ねっとりして、いやな匂いと...

  私は...知ってる。....いつか、味わった...この感触は....)

    「うへへへへっ、理美ちゃ〜ん今日もかわいいねえ....さーすが我が社の、マドンナ.....」

    「えっ、ウソ?なんで?...どうして...他の人は?...どうしちゃったの?イヤッ、来ないで、触らないで....」

  動かない体を強ばらせながら、ギュゥッと鷲掴まれた肩が皮膚の裏側まで浸食されていくような感覚に、理美の背筋は凍りつく。

  そのぶ厚い掌からじっとりと滲み出る汗が理美の肌にどんどんと染み込んでゆく。

  そこから徐々に腐食し始めた肩が、ぶら下がった右腕と共に...ドロリと溶け落ちた。





「うっ、うわあぁぁあぁっ!」

 脂汗を全身にびっしょりとかき、慌てて布団をはね除けながら理美は一気に上半身を起こしていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ.....よ、よりによって、なんで、アイツの夢なんか.....昨日のアレが効いてんのかなぁ。ううっ、イヤイヤッ、寒気がする」

 理美は思い出したくもないシーンが再び頭をよぎるのを、大きく振った頭で明け方の空へ吹っ飛ばそうとしていた。







「ぉはよございま〜す....」

 いつもの喧噪に紛れた理身の声はいつもとは違い、皆の注目を集める事もなく、極力目立たないように影から影へとすり抜けるように席に向かう。

 そしていつものようにパソコンの電源を入れた後、昨日と同じように課長の気配を背中に感じた理美は、肩に延びてくる手から逃れるように立ち上がった。

「あ、ぉ、ぉはよ、ござ.ます....」

 夢の中と同じ..その背筋を寒くさせる笑みに”怖くてその顔を直視できない”とばかりに床を見ながら辛うじて挨拶をする理美。

「やあ、おはよう。どうしたの?今日はいつもの元気が無いねぇ」

「い、いえ...すみません課長、今日はちょっと体調が悪くて....」

「そうなの?そう言えば顔色が良くないねぇ。ゆうべ悪い夢でも見たのかな?ははははっ」

 その言葉にビクッと全身を硬直させ今にも泣き出しそうな理美の震える背後から、大きな声が鳴り響いた。

「課長っ!!いい加減にしてください!毎日毎日園村さんにちょっかいだして、見てて気分が悪くなりますよ。ご存じないようですが、会社は仕事をするところなんですよ?これ以上仕事以外で彼女に話しかけるなら本人がいいって言ってもセクハラだって上部に進言させて頂きます!」

 事務所中に響き渡る桐山の怒鳴り声に周りの喧噪が一気に静まり、所内の全員の視線が中山へと突き刺さる。

「な、な、なにを....桐山っ!貴様、上司に向かって....今の会話のどこがセクハラだって言うんだよっ!」

 普段は温厚な筈の桐山の態度に、真っ赤な顔で詰め寄る課長の前に加藤が割り込んで来た。

「あ、課長。今のは僕見てませんでしたけど、昨日園村さんの肩にずっと手を置いたまま話していたのをみましたよ。あれってセクハラで通るんじゃないっすか?ま、触る人にもよるんだろうけど....
 係長、部長のトコに行かれるんならご一緒しましょう。ちょうど僕、他にも用事があったんですよ。ほら、例の発注の件なんすけど、課長に頼んでたらいつになるか分かったモンじゃないし、さ、さ、さ」

 冷や汗をかきながらも無理につくった毅然とした顔で二人の動向を見守っていた中山だったが、桐山が苦笑いしながら加藤を押しとどめているのを確認すると、フケだらけの頭を掻きながら席に戻っていった。目には怒りの色をありありと浮かべながら...。

 予想外の展開に固まっていた理美は騒ぎが一段落付いた途端、こぼれそうになった涙をギュッと噛み締めた唇で必死に押さえ込んだ。




「どう?ちょっとは落ち着いた?」

 何かを振り払うように一心にパソコンに向かい仕事をしている理美に、皆の代表で加藤がおそるおそる声を掛けてきた。

「あ、ええ、すみません加藤さん、係長も。さっきは私もどうかしてたんです。ちょっと不安定気味で、へへっ。もう大丈夫ですよぉ、バリバリやってますから」

「そ、そう?もう課長も当分はおとなしくしてると思うから...だから..あの、さ...理美ちゃん...会社、辞めないよね?」

「えっ?」

 予想外の言葉に少し呆気にとられた理美。
 
「あっ、いや、みんながさ...そうなったら困るから俺に”行ってこい”って言うもんだから。あ、もちろん俺もなんだけど...そんな気なさそうだから、余計な心配だったね、ゴメンゴメン」

 そう言って清潔に整えられた頭を掻きながら去っていく加藤の背中に、少し大きめの、他のみんなにも聞こえる位の声で理美が言った。
 
「私、辞めませんよぉ。この会社、好きですから!」

 にこやかな笑顔で振り向いた加藤に理美がグイッと親指を立てたのを合図に、所内に歓声が湧き起こった。




(なんか...変...)

 ”至急”と言われ昼ご飯もそこそこに、間もなく必要となる契約書の手直しに追われながら、理美は身体の不調を感じていた。
 いや、”不調”というのは正確ではないかもしれない。どちらかといえば”変化”である。
 
 いつもより眼の疲労が激しい。
 頭も重く、何か他の物に思考が奪われていくような...
 そして何より、股間が....熱い。
 腰から太腿にかけて、まるでそこだけが熱湯につかっているような、いや、なにかの生き物の胎内に取り込まれているような....だが嫌な感覚とは違う。どちらかといえば...気持ちが、いい。

「あっ...」

 理美の腰がピクンと跳ねた。

 理美の性衝動を促すような事や妄想すら全く意識の外であったにもかかわらず、女の本能を無理矢理剥き出され、一瞬、ほんの一瞬...理性が、飛んだ。

(んんっ...な、なに?なんでこんな....ああっ、あそこが、熱い..ジンジンする...)

 理美の秘奥からジュンッと滲みだした恥ずかしい汁が、彼女のそれを薄く包んでいる布に染み渡る。

 少しだけ足を広げ、恐る恐る腰をそっと揺すってみた。
 強く椅子に押しつけられた股間でパンティと柔肉の間がニュルッと擦られ、それと同時に後ろに引っ張られたその布地がほんのりとピンク色に染まっているだろう淫裂にくいこんだ。

「ん....」

 堅く握り締められた両の拳は股間に押しつけられ、僅か数センチずつ前後しながら揺さぶりられ続ける腰と太腿。
 未だ残されていた理性でなんとか背筋を延ばしながらも、意識は股間に集中されていく。
 目線はパソコンのディスプレイに釘付けのまま....

 数十秒、いや数分だったろうか。今や円を描くように動いている腰のせいで、すでにジュクジュクに濡れそぼったパンティは淫裂をきつく割り開き、掌に食い込んだ爪は皮一枚を剥ぎ取っていたが、そんな動き如きで望む頂にたどり付ける筈などは無く、理美の欲望を際限なく高めるばかりだった。

 パチッパチッ...

 なにかディスプレイの中で白い表示が一瞬浮かんだように見えた、その後....今まで感じていた性欲が嘘のように引いてゆき、頭で飽和していた血液が一気に下がり始めた。

(えっ、ど、どうしたのかしら私。今までこんな事って無かったのに...それも会社の中でなんて...)

 ふと思い当たり、慌てて他の者に見られてはいなかったかと周りをグルッと見回す。
 隣の桐山はまだ昼食から戻っていない、一番向こうの席に座っている加藤には恐らくばれていないだろう。

(ふぅっ.....やばかっ...っ!!!)

 視線が周回した最後の地点で、理美の腰から脳天までを電撃が走り抜け、最大限に開いた眼はそのまま固まってしまった。

(かか、かちょ.....)

 そこには同じく大きく見開いた眼で、自分の腰を凝視する中山がいた。
 あまりにも必死で注視していた為、理美がこちらを見ているのにも気付いていないようだ。

 ガタッ!!バタバタバタバタッ......

 驚い振り向いた加藤の横を風を切るように走り抜け、一気に便所に駆け込む理美。

 バタンッ!!ガチャッ!

 彼女の為だけに新設された女子トイレのブースに入り、震える指で掛けた鍵にぶら下がるように理美はその場に頽れた。

(やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ。あんなトコ、じっと見られてたなんて.....よりによってアイツに....どうしてよ。どうしてこんな時に、あんな事、するなんて、信じられない...もうやだぁぁぁぁぁぁっ!)

 ブースのドアノブを握り締めたまま声を押し殺して泣き濡れる理美であったが、紐状に丸まっているパンティは今も彼女の心と股間にズキズキと食い込んでいた。





 (また、またなの?....ここは、やっぱり、会社で...私の席.....

  でも、体は....動かない。

  真っ暗で、そして、誰もいない。いえ、違う...居るわ...一人だけ...)

  だが唯一動く眼を精一杯動かしても、その視界には誰も入ってこない。

 (だけど、確かに...感じる。昼間感じた...あの視線を....)

  ふと目を右下に向けると、昨日溶け落ちた肩より先はやはり無いまま、理美の美しい肩の断面を今もグツグツと沸き立たせている。

 (ウソ?なんで?コレって夢じゃなかったの?まだ、昨夜の..続きなの?そんなコト...)

  溢れる悲観を振り払おうとした理美の背筋を、今もはっきりと残る、昼間と同じ悪寒が通り抜けた。

 (見られてる。確かに..後ろから.....撫でるように...嘗めるように.....)

  理美の背後から絡みつく視線が、まるで実体化したように彼女の白い肌をぬらぬらと睨め付ける。

   「やめて、やめて..おねがい、課長、もう見ないで。あ、あれは何かの間違いだったんです。私、あの時だけ...おかしくなっちゃってて...。だから..おねがい...もう、見ないで.....」

  そんな必死の哀願を意にも介さず、幾百にもまとわりつく視線はまるで触手のように理美の全身を嘗め回し続ける。
  残った左腕も、白く透き通る太腿も、柔らかく揺れる乳房も、彼女の荒い息に合わせて大きく波打つ腹も、そして昼間と同じように、いやらしく汁を垂れ流している股間にも。

 (うそ?うそよ!!どうしてあそこが、こんなに、濡れてんのよ.....いやなのに...ホンットに死ぬほどいやなのに....)

  背筋に悪寒を走らせ全身に鳥肌を立てながらも、ヌルヌルと触手が這い回る程にそこは熱と湿り気を帯びてゆく...。

  その触手には一体、意思でもあるのだろうか?各々が理美の各部分を絶妙に責め立て、理美の神経を奪い合うかのように交互に性感を刺激し続ける。
  そして理身の尻の谷間と椅子の間の隙間をズリュッと触手が強引に通り抜け、ざらつきながらもぬめつく触感が背筋を走り抜けた時、まるでスイッチが入ったかのように、今まで動かなかった腰と太腿が昼間と同じ動きをし始めた。

 (ああっ、ん、...いや、いやよ!こんなの...感じたりする...ハズ、ないのに....)

  自分でも理解できないその反応に意識はやがて朦朧とし始め、思考と相反するその反応に理美の神経は徐々に焼け付いてゆく。

    「あ、あ、あ...くっ..んんっ.....はぁぁぁっ....」

  思わず口からこぼれた喘ぎを押し留める事も忘れたまま理美は、今まで見た事もない筈のAVビデオを眺めているかのように、只呆然とその声を聞き、自分の痴態を俯瞰していた。

  ニュルニュルと動き回る触手、酸っぱくむせ返るような匂いを振りまきながら分泌される液体、それらは昨夜と同じように理美の真っ白な肌をどす黒く蹂躙し、あちこちに痣のような斑紋を残しながら肌に染み込んでいく。
 そしてそれらは、昨夜のそれと同じように、理美の残った左腕までも.....ズルリと溶かした。

  肘から上10センチ程の所、残った腕の断面に沸々と小さなあぶくを立てながら更に上へ上へと溶かし続けるその黒い液体を、理美は声すら上げられず引きつった恐怖の表情で振り払っていた。





「ぐわぁあっ!....」

 左腕を大きく振り回し、ベッドの枕元に置かれたインテリアランプを部屋の隅まで吹っ飛ばしながら、またもや理美は跳ね起きた。

「げほっ、げほっ、が.....ぐ、うぅ.....はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ....
 な、なんで...なんでこんな、夢ばかり...いや、いやよ....もう...たすけて....」







「...よ...ざいます...」

 どんよりと湿った空気を身に纏い、理美がふらふらと事務所に入って来ると、いつもとは違った意味で所内の喧噪が静まり返った。

 なにかに怯えながら席に向かう途中、中山と目が合ってしまった理美の体がビクッとし、固まる。

「あ、か、か、か、課長、お、はよう、ございますっ!」

「おっと園村君、元気がいいのは構わんがそれ以上近づかないでくれ。また”セクハラ”なんて言われちゃかなわんからな」

 ふてくされた表情の中山が蔑んだような目で理美を見つめる。

「そ、そんな、すっ、すみません課長。ゆっ、ゆるして..ください...」

 びくびくと怯えた子猫のように中山の前で縮こまる理美。

 慌てて仕事の電話を済ませた加藤が、中山を睨み付けながら彼女に駆け寄ってきた。

「ど、どうしたのさ理美ちゃん。課長にまたなんか言われたの?」

 加藤の声にようやく青白い顔を斜めに上げ、辛うじて頬を吊り上げると掌でそれを否定した。

「いえ、だいじょぶ、です。ちょっと寝不足で...すみません。仕事はちゃんとできますから....」

「ホントに?無理しないでね....辛かったらいつでも帰るといいよ。後は僕が責任持ってやっとくから」

「うん、ありがとう。でも今日は木元ビルのプレゼン資料、作らないといけないから。加藤さんパワポ、使えないでしょ?」

「う、うん....それは...困るけど。でも、そんな顔で言われると俺、どうしよう...なんだったら明日のプレゼン、延ばして貰ってもいいんだよ」

「なに言ってんですか。『苦労してやっと参加させて貰えた』って言って喜んでたクセに。無理な事言ってんじゃないの。でも.....ホントにありがとう。おかげでなんか元気が出て来たわ」

 そう言ってなんとかいつもの笑顔を作りあげた理美は、いつものようにパソコンの電源に手を伸ばした。



(はぁぁぁっ...ようやく落ち着いたみたい。よくよく考えれば、たかが夢くらいであんなにうろたえるなんて、どうかしすぎだわ。課長もみんなに責められてちょっと可哀想な気がしてきたし...ようするに寝不足なのよ。今日こそは早く寝よっと。その為にもこの仕事、さっさと終わらせなくっちゃ)

 終業まで後1時間、「よっし」と一人で掛け声をかけ、自分の頬をパンッと軽く叩くと再びキーボードに手を延ばす。

「理〜美ちゃん♪どう?調子は。」

「あ、いいですよ、加藤さん。なんとか今日中には出来ると思います」

「そう、悪いね〜、こんな時に。僕も手伝いたいのは山々なんだけどこれから打合せなんだよ。帰社は8時頃かなぁ..もしそれまでかかるんならお土産買って来てあげる。何がいい?」

「え〜っ、ラッキー。じゃ、志村屋の肉まんでお願いします。もし早く終わっても待ってますからね」

「あっあっ、ならさ、それから一緒に食事でもどう?それとも今日は早く帰って休んだ方がいい?」

 ”もののついで”のように誘った加藤であったが、内心ではかなりの勇気を振り絞ったようで、にこやかな笑顔の額には大量の汗が滲み出している。
 そんな加藤の緊張を早々と察知した理美は「クスクスッ」と含み笑いを漏らした。
 
「ん〜、そうですね〜。食べる物によるかな?」

「あっ、なんでもいいよ。何が食べたいの?もうフランス料理でも寿司でもなんでも奢っちゃうから」

「だ〜めですよ、そんな高い物。下心でも有るんじゃないでしょうねぇ?」

「えっ........」という言葉を残し、固まる加藤。
 
「あ〜〜っ、あったんだぁ。や〜らしっ!!」

「そっ、そんな、ないない...絶ぇぇっ対ないって。理美ちゃんが突然そんな直球投げるからだって。なんなら俺、両手縛って食事に行っちゃうから」

「ふふっ、それもおもしろそうだけど。今日のところはファミレスでね、それなら手で食べてもいいわよ」

「そうですか、どうもありがとうございます....」

 深々と下げられた加藤の頭をポンポンッと叩くと、少しの笑顔を交わしてそれぞれの仕事へと向かった。




(ふぅっ...あ〜あ、やだなぁ、所内で課長と二人きりなんて.....なんか背中にずーっと視線が突き刺さってるカンジ)

 目を閉じるとあの下卑たにやつきがありありと理美の瞼に浮かび上がる。

 午後6時30分、内勤者は既に退社し、営業マンと現場監督員はまだ帰社していない空白の時間。
 まるで悪夢の続きを見ているような嫌な感覚に包まれながら、加藤の颯爽としたスピーチ姿を想像し、懸命に仕事に集中しようとする理美。
 
(ここを、こうしてっと....あ、このパースはもう少し大きい方がいいわね....)

 カタカタカタカタカタ....カチッカチッ.....
 
 理美の叩くキーボードとマウスのクリック音だけが所内に響き、背後の人物を忘れ去ろうと黙々とディスプレイに向かう。

 パチパチッ

 理美がちょうどエクセルのグラフを貼り付けた時、画面の中に白い物が一瞬浮かんで、消えた。

「ふわぁぁぁあ....」

(やっぱり寝不足なんだなぁ。すっごく眠い....ダメダメ早くやんないと、加藤さんが、帰って、きちゃうわ。居眠りなんて..してる...場合じゃ....ない..ん...だか.............)





   (っ!!!!!.....まままま、まさか....そんな...今私、確かに仕事中だった筈....座ってる席も同じ...課長は?...ダメ!また身体が動かない....でも、感じる...視線を....そんな、そんな..またあの夢なの?会社の中で?...いやっ!!やめてやめてやめてっ、お願い、動いて、醒めて...だれか..たすけてぇぇぇぇっ!!)

  理美の全霊を掛けた心の叫びなど、まるで余興の一つでもあるかのように下卑た含み笑いが聞こえてきた。

   「くくっ、く〜っくっくっ...り〜みちゃ〜ん....こっちにきちゃダメだよ〜...こっちに来たら.....腐っちゃうからねぇぇっ!!」

   「かっ、課長、ごめんなさいごめんなさい、もう二度とあんな態度とりませんから、もう二度とセクハラなんて言いませんから...ゆるして、もう私を溶かさないで。ゆるして....」

  ヒタッ..ヒタッ..ヒタッ..ヒタッ....

  なにか、濡れた物が床に落ちている気配がする。
  飛びつくように...
  押し潰すように...

  少しずつ数が増えている。
  増殖するように...
  埋め尽くすように...

  夢でいつも嗅いでいたあの嫌な匂い、課長の酸い汗の匂いが背後から立ちのぼる。

  ザワザワザワザワザワザワピチャピチャピチャピチャピチャニュルニュルニュルニュルニュル.......

  それらの気配がやがて理美の足下に近づき、水色のサンダルの間に姿を現した時、理美の理性は吹っ飛んだ。

   「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

  昨夜夢で見たあの触手、それらが細切れになったような、なまことゴキブリを合わせたような虫達が無数に、床を埋め尽くす程に這いずり回っている。
  それらが少しずつ、肌の感触を確かめるのように理美の足先から這い上がってきた。

   「かっ、かっ、がっ、あがっ、がぐぅっ..かあがぁぁぁぁぁぁっ!......」

  恐怖に包まれ、声を無くした理美がそれらを振り払おうと、ピクリとも動かない脚に懸命に力を込める。
  足首からふくらはぎ、太腿にかけて、ヌルヌルとナメクジが這い回るような、虫の節足がカサカサと蠢くような、それらが無数に這い回るおぞましい感触に理美の背筋は凍り付き、髪を逆立て、大きく眼を見開いた顔にも血の気は全く無い。

   (課長、課長...お願いです、許して下さい。もう、もう、私....課長の言う事、なんでも聞きますから...ゆるして、お願い....)

  懸命にその願いを口にしようとすればする程、喉の奥に舌と唾液が絡みつき、そこからは「ガァガァ」と惨めな音しか出てこない。

   「り〜みちゃ〜ん....その虫達は...僕なんだよ。みんなに疎まれ、嫌がられ、それでも一生懸命生きてるんだ。そんなに邪険にしないで、もっと可愛がってやってくれよ。それともそいつらにも『セクハラだ』って言うつもりかい?そ〜んな事でやめたりはしてくれないよ。なんせそいつらは君に触れる事だけが生き甲斐なんだからね。それを奪ったりしたら...知らないよ?.....ククッ」

  もうすでに太腿の終端にまで上がってきた虫達は、より女の、理美の匂いのする、その部分を目指し、群がり始めている。
  ザワザワと悪寒を引き出しながらようやくその裂け目に辿り着いたそれらの感触を、まるで課長の愛撫を受け入れるかのように目を閉じ、歯が折れる程食いしばって耐える理美。

  淫唇を嘗め回すそれ、クリトリスを執拗になぞるそれ、そしてかなりの数のそれらは、理美の子宮の奥底を目指し殺到している。

  にゅるっ、じゅぶじゅぶっ...にゅちゃぁぁぁっ...モゾモゾ、ガサガサ、にゅるっにゅるっ....

   「ぐぶっ、かはっ....んっむ、ぐっ..かはぁっ......」

  だが、死ぬほどに嫌悪している筈のその行為のさ中にも、理美のそこからは無理矢理引にきずり出された原因不明の液体が分泌され始めている。

  中山の汗の匂いと理美の甘い牝の香りが、辺りに充満してゆく。
  その二つの液体が混ざり合い、理美の尻と椅子の間に流れ込んでゆく。
  液体のおかげで動きやすくなった虫達の動きが一層活発になり、ニュルニュルと理美の股間を激しく這い回りながら、たれた汁と一緒に尻の割れ目をなぞってその奥にまで責め込んで来た。
  やがてその強く閉ざされた蕾にも入り込める事を見つけた虫の何匹かが無理矢理そこを割広げようとする。

  にゅるっ

  苦労してその穴へ先端を潜り込ませた虫が一匹、強引に蕾を引き裂くと、それが閉じ切らない内に他の虫達が続々と殺到する。
  瞬く間に占領された理美の二穴に潜り込んだ虫達は、内側からもモゾモゾとした感触を伝えながらなにかを吸収しているのだろうか?それが少しずつ大きくなり始めているのを理美は内蔵の内壁で感じ取っていた。
  やがて長細く成長し、大きくなった事で二穴に収まり切らない虫達が他の餌場を求め、上へ上へと昇り始める。

  だがそんな極限の恐怖から逃れる為にか、間もなく理美の精神は閉ざされ、嫌悪も、悲壮も、その表情からは読みとれなくなっていた。
  ただ、呆然と虫達が這い回る感触だけが心の奥に刻み込まれていく。

  そんな中、乳房に辿り着いた数匹の口の辺りがパクッと大きく割れ、その先端に食らいついた。

   「イタッ!」

  いつの間に生えたのだろう、その虫のノコギリのような細かい歯が敏感な蕾に食い込んだ瞬間、放心していた理美の意識が唯一の逃げ場から引きずり出され、恐怖心をも呼び覚ました。

   「痛いっ!!く、ぐっ..やめてっ、イタタタタタタタタッ.....」

  だがそんな言葉など、聞こえているのか、理解出来ないのか、一向にその勢いは留まる事を知らない。
  いや、逆に理美のその反応をより引き出すかのように、腹や腋を這いずっていた虫達まで一斉にその柔らかい肉に群がり、歯を立て、グイグイと食い込ませ始めた。

  グチャァッ!!

  虫の一匹の顎が一気に閉じた時、その頂に可憐に佇んでいた蕾はすでにそこには無かった。

  バクバクッ!グッチャグッチャグッチャ、バクバクバクバクバクッ!、ニッチャニッチャニッチャ.....

  鮮血を飛沫かせながらどんどんと噛み食い千切られていく両の乳房は、瞬く間に無数の虫達に取り込まれ、消化されていく。

   「ギィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

  鮮やかな赤に彩られ、抉られたような自分の胸元を見ながら理美の魂の叫びはいつまでも闇の中にこだましていった。





「がぁっ!.....ぐ...かはぁぁっ....く、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ.....」

 涙と涎だらけのキーボードを跳ね飛ばしながら頭を起こし、ここが夢か現実かも分からないまま理美は自らの乳房を鷲掴み夢中で確認している。

(あ、ある、あるわ...腕も....ここは現実....やっと、帰ってこれた.....えっ!!)

 無意識で自分の乳房をこね回していた理美が、ふと気付くと、ブラが何故かずり上げられ、堅く尖った乳首が直接ブラウスに擦れていた。
 それだけではない。ぐっしょりと濡れそぼった股間を包んでいたパンティは、僅かにずり下がり、上の部分が少し丸まっている

(何?何故よ....ここは、現実の筈。まさか、誰かが寝ている間に....)

 慌てて周りを見回すが、所内には今は誰もいない。理美が眠る前までは確かにいた課長さえも....。

(あれから30分。しかも仕事中にする居眠りくらいでそんな事されたら目が覚める筈だわ...どういう事?もう、なにがなんだか.....)

 ここは果たして夢なのか現実なのか、今にも背後から虫や触手に襲われそうな疑心暗鬼に苛まれ、理美の心は闇の底から伸びる手に鷲掴みにされていた。

 ふと時計に目をやると、8時。間もなく加藤が帰って来る。それだけで僅かに救われた気がした理美はなんとか気を取り直し、ディスプレイに向き直った。
 キョロキョロと未だ不安げに何度も周りを見回しながらようやく作り終えた資料がプリンターから排出されてゆくのを眺めつつ、頭の中に浮かんでは消える嫌な靄を加藤との食事シーンに無理やり置き換える理美であった。




「元気無いね、やっぱり調子悪いの?それとも食事の相手が悪かった?」

 理美の自宅付近のファミレスでハンバーグをフォークの先でつついている理美に向かい加藤が言った。

「えっ、いえっ!そ、そんな事全然無いですよ〜。ごめんなさい、ちょっと考え事しちゃってて。こう見えても今日の食事、ちょっと楽しみにしてたんですから」

 思わず指摘された無意識を慌ててごまかしながら、理美はグチャグチャのハンバーグを口に放り込む。

「そう?ならいいんだけど...。でも最近の理美ちゃん、ホントに変だよ。なんていうか、その、いつもの元気がさ....。
 もし会社の事で、例えば課長の事とか、仕事の事とかでさ、悩んでるなら..相談してくれると嬉しいんだけど...。
 多分他のみんなも同じ気持ちだと思うんだよね。理美ちゃんの元気と笑顔がさ、俺達のやる気に繋がってるっていうか、そんな話も以前あったようななかったような...あったんだけど....」

 そんな加藤の哀しげな眼差しをじっと見つめる内、さっきのハンバーグをまだ呑み込んでいないと言うのにいつの間にか涙と嗚咽がこみ上げてきた。

「ングッ、グッ、ングッ...スン..ズズッ...」

 しまいには鼻水まで流れかけていると言うのに、何も話せず、理美は必死で口をもぐもぐとさせている。

「どっ、どうしたの?何かまずい事言った?ごめんね...え〜と...あっ、お水、とハンカチ、ホラ、これ」

「ングッ、ングッ、ングッ、ングッ.......ぷはぁーーーーっ!ハァハァハァハァ.....
 ごっ、ごめんなさい、急に、驚かせちゃって....コホッ....ちょっと最近不眠症気味で、その...夢が....」

「夢?」

「え、ええ、すごく怖い夢ばかり見るの。それも毎日続きで..。気持ち悪くて..怖くて....それで夜中に目が覚めたらもう眠れなくって....」

 ”それも課長の夢なの”とは何故か言えなかった。心の奥深い所で”あの人を裏切るとまた酷い目に遭う”という恐怖心が理美の言葉に歯止めを掛けていた。
 それに今の告白と加藤の言葉だけでも理美の心を軽くするのには充分だった、という事もある。

「そのせいでね、今日も資料作りながら居眠りしちゃった、ヘヘ。キーボードの上で寝てたから目が覚めたら画面一面がぜ〜んぶ”J”だったんだから、あせった〜」

「ははっ、夢ね...あ、まぁ君にとっちゃ大変なんだから笑っちゃ悪いけど....もしまだ課長のセクハラなんかで悩んでるんだったら、明日怒鳴り込んでやろうと思ってたんだ」

「ダメッ!!」

 思わず口をついて出てしまった大きな声に自分でも驚きながら慌てて手で口を塞ぐ理美。
 加藤は今まさに口に入れようとしていた牛肉を鼻の下にくっつけたまま、大きく見開いた目で理美を見つめて固まった。

「あ、ご、ごめんなさい...おっきな声出しちゃって。でも課長は関係無いんです。あれから私に近づこうともされませんし、なんか私のせいでみんなから嫌われちゃったみたいで申し訳なくって....」

 ようやく我に帰った加藤がナプキンで顔についたソースを拭き取りながら、にこやかな顔で理美を覗き込む。

「さ〜すが理美ちゃん。あんなオヤジにでも優しいんだねぇ。ますます好きになっちゃったよ。どう?もし夢が怖いなら僕がずっと隣にいてあげようか?」

 全身全霊をもって”さりげな〜く”言った加藤だったが、その額にはまたも大きな汗の粒が浮かんでおり、理美のアンテナにはしっかりと引っ掛かってしまっている。

「な〜にをさりげなく言ってるんですか、”下心無し”って約束でしょ。それともまた”手足縛って寝る”って言うつもり?」

 全て見透かされ、顔を真っ赤にした加藤が言葉も出せず大きく首を縦に振っている。
 そんなほのぼのした雰囲気に理身の心の靄はすっかり晴れ、本当にこのまま朝まで一緒に居たいという気持ちは自分でも感じてはいたが、そんなに軽々しく添い寝を許す訳にはいかない。相手が加藤であれば尚更である。

「ダ〜メ!乙女の寝所はそんなに容易く立ち入れません。もう少し修行を積んでからね」

「しゅ、修行って?何を?どの位?」

「コラコラコラ、目が血走ってるゾ。そんな事ではいつまで経っても無理ね。まずは自制心の修行からよ」

「ヘイヘイ、未熟者ですいませんねー」

 横を向き少しすねた顔を作って見せながら食後のコーヒーをすする加藤の目を、理美が回り込むように覗き込み、満面の笑みを見せた。

「でも、今日はホントに楽しかったわ。嫌な気分も吹っ飛んじゃったし、また誘ってね、今度は私が奢るから」

 一気に理美に向き直った加藤は、胸ポケットから手帳を出すと、

「誘う誘う、いつでも毎日でもオッケーだから、いつがいい?あした?あさって?しあさって?」

 そう言いながら高級そうなボールペンをカチカチと鳴らしている。

「ぐ、そう来るか...ん〜と、じゃ又明日返事します。いい?」

「よろしくおねがいしますっ!!」

 立上り90度にまで腰を折る加藤のせいで、店内全員の視線が理美にも突き刺さった。




「ったく、調子いいんだから....んふっ。でも加藤さんのお陰で元気出ちゃった。今日はきっとあんな夢見たりしないわ。そうだ加藤さんの事考えながら眠ったらきっと彼の夢を見るに違いない。うん、きっとそうだ!早く寝よっと」

 そう言いながら久しぶりににこやかな表情で布団に潜り込んだ理美だったのだが....。





   「ああ...またこの夢なの....あっ!!加藤さん?やっぱり、やっぱり、加藤さんの夢だ。良かった〜...
   
    ......えっ?どこ行くんですか?行かないで!加藤さん、ねぇ、一緒に居てよ。お願い!いつでもいいって言ったじゃない!ねぇ、行かないでよぉぉっ!!」
    
   「くっくっくっくっくっ....り〜みちゃ〜ん...加藤は君の事、守ってはくれないよ。君を守れるのは...僕だけさ。さぁ、こっちにおいで....セクハラなんて言わないで、僕の所においでよ。この子達も一緒に遊びたいって言ってるよ....」

   (来いって言ったって身体が....!動く?動くわ!初めて身体が...)

  ガタッ!!

  椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、振り返ると...机の上でニヤニヤと薄笑いを浮かべながら...体中に触手や虫達を張り付けた...いや違う...身体の一部をそれらに変化させている...中山が居た。

   「キャァァァァァァァァァァッ!!!」
   
  必死の形相で叫び、立ち尽くす理美。
  やがて我に帰り、出口に向かって駆け出すが、残った足で蹴りこんだドアはびくとも動かないし、窓硝子も割れない。
  つまりは籠の中の鳥、という訳だ。それも強者の補食を待つだけの...美しい小鳥。

   「お願い、課長..もう溶かさないで...もう虫達に食べさせないで...なんでもしますから、私、本当に課長の言う通りにしますから...お願いです」

  大きく涙を流しながら振り返った理美は、床を埋め尽くす虫達を踏み潰さないようにそっとした足取りで、課長の席へと向かう。
  ザワザワと足にまとわりつき、昨日のように股間に群がってくる虫達を振り払う事もせず、機械仕掛けの人形のようにギクシャクと歩を進める。
  ようやくその席まで辿り着いた理美は、中山の股間に片膝を押しつけると、粘液でぬめっている顔に頬を擦りつけた。

   「課長...今まで失礼な態度ばかり取ってしまって、申しわけありませんでした。これからは課長の言うとおりにしますので、どうか、どうか....私を食べないで....」
   
  背筋を通り抜ける嫌悪感を出来るだけ表に出さないように、心底の謝罪を認めて貰えるように、理美は引きつった笑みを、どうにか浮かべた。
  
  一方、にやにやといやらしく下卑た笑いを隠そうともしない中山は、デローンと伸ばした長い舌で理美の頬から目尻までを舐めあげる。
  その、中山の舐めた部分にだけは何故か虫が這いずらなくなり、ベロベロと舐め回され滴る唾液を嫌がるように虫達は理美の顔から排除された。
  
  自分を食い荒らす虫やドロリと溶かす触手に比べれば、それを排してくれる中山の臭い唾液は理美にとって願ってもない物ではないか?中山に抱きつく為にだけ身体が動かせるのもどちらかと言えば嬉しい事ではないのか?そう思い始めた理美の心は次第に中山の愛撫を自ら望み、求めるようになっていった。

   「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ...課長..お願いです...もっと、理美を、舐めて..もっと.....触って....私の、体全部を...大事なここも...恥ずかしいここも....」

  初めは虫達から逃れたい一心で吐きだされた言葉は、やがて自ら望んでいるかのような甘えた声色に変わり、理美は中山に力一杯しがみついた。

   「り〜みちゃ〜ん、ダメだよ〜...そんなコト言ったらセクハラなんだからね〜...困るなぁ〜、僕には家族が居るんだからぁ〜」
   
  全く困っていない顔で理美の身体を舐め続ける中山の首に一層きつく抱きつきながら、理美はその垢だらけの耳元に囁く。

   「課長、課長、ごめんなさい。私、セクハラしてます。会社、クビになってもいいから、課長のご家族にはご迷惑かけませんから...お願いです、もっと、もっと理美のコト...舐めてください....虫を、追い払って下さい....」

   「そ〜ぉか〜い...そんなに言うなら君の願いを叶えてあげてもいいんだけどね〜....でもね〜、そうするには、その服が、じゃぁまだねぇ〜....」
   
   「はっ、はいっ!すぐに、今すぐ脱ぎますから、待って下さい」

  もう満面に安堵の笑みを浮かべながら、理美はいそいそと服を脱ごうとしたが、腕が無い事に改めて気が付いた。
  
   「か、課長...腕が...ないから..脱げないの...お願いします、課長の手で脱がせて下さい」

   「え〜...ど〜しよっかな〜...そんな腕も乳もない女なんて面白くないしなぁ...やっぱりいいよ〜、脱がなくて...」

  理美の心に再び絶望が広がる。だが今度は以前とは違う、中山に見捨てられたという絶望だ。

   「そっ、そんな..見捨てないで!お願いです、お願いです、なんでもしますから...あ、あの...課長。りっ、理美のココ、は、どうですか?見たくないですか?舐めたくないですか?ほっ、ほらっ、ココ、ココです!ねぇ課長、理美のココ、どうですか?すっごくいやらしいんです。だから、だから、服を、脱がせて下さい....お願いしますっ!」

   「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ...そ〜んな若い娘が『服をぬがせて〜ん。もっとナメナメしてぇ〜ん』なんて言ってたらお嫁に行けなくなるよ〜。ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ」

   「お嫁になんて行けなくてもいいです。早く、早く、お願いします」

   「しょうがな〜いねぇ...ホ〜ラ、立ってごら〜ん」

  恥ずかしげに直立する理美のブラウスのボタンを、のっそりと立上った中山が一気に引き千切ると、ブチブチッと弾け飛ぶボタンと共にその中に溢れていた無数の虫達が床にバラバラと落ちてゆく。
  理美が差し出した腰をさするようにスカートのホックを外すと、ストンと落ち、その中から現れた秘奥を隠す為の布きれは中で蠢く物でモゾモゾと盛り上がっている。

  水色のサンダルを履いた足先を持ち上げ、中山がつま先からその布きれまでをデロンと一気に舐め上げると、脚を埋め尽くしていた虫達がボタボタボタッと殺虫剤でも撒かれたように駆除される。
  その調子で理美の脚と身体を隅々まで舐め尽くした後には、理美の美しい肢体が少しずつ姿を現してきた。

   「り〜みちゃ〜ん...とぉ〜ってもきれいだよ〜...こ〜れからは、ず〜っと僕がナメナメして守ってあげるからね〜.....」

  徐々に虫が駆除されていくのをまるで快感のようにも感じながら、理美の目には媚びた色さえ浮かび始めていた。

   「はいぃ...どうか、よろしくお願いします....課長、それと、あの...ココも...お願いします....」

   「え〜...な〜にをお願いしてるのかな〜...”ココ”ってど〜このコトかな〜...」
   
  恐らく彼は自分にもっと恥をかかせたいのだ。それも自分が彼に対して行ってきた行為の報いなのだ。
  思い知ったように理美の頭にその考えがよぎると、意地の悪い中山の質問にこみ上げる羞恥心を無理矢理押さえつけ、子宮と直腸を這いずり回る悪寒を一刻も早く取り除く為にも理美は大きな声で言い直した。

   「あっ、あのっ...理美の、お尻の穴と、おっ、おまんこをっ...舐めてくださいっ..おねがいしますっ....」
   
  中山は今までで一番嬉しそうな顔で高らかに勝ち誇った笑いを上げる。
  
   「ケーーーッ、ケッケッケッケッケッ....あ〜の、マドンナの、り〜みちゃんが『おまんこナめて〜』だって....ケッケッケッケッ...日頃ツンとすましてたってどうせ腐れまんこなんだろうがよ〜...ホラ、さっさとケツ向けて汚い”おまんこ”晒しやがれ〜」
   
  中山の言葉嬲りに真っ赤に全身を染め上げた理美だったが、中山に投げかける視線には何故か嬉しそうな笑みが、ごく自然に沸き上がっていた。

  ようやく目の前に晒された可愛い尻をねっとりと眺めながら中山は、今もモゾモゾと凸凹を繰り返しているパンティを腰からクルクルと丸めるように少しずつ下ろし、少しずつ現れてくる割れ目を上から順になぞるように舌で弄ぶ。
  まず初めに辿り着いたところ。セピア色に染まったアナルを舌先でつつくようにほじると、中から追い出されたように虫達が慌てて這い出て来る。
  そんなおぞましい筈の、ボロボロと零れるように落ちていく虫達と中山の舌の感触が理美にとっては既に只々待ち望むばかりの愛おしい感触となっていた。

   「ああっ...かっ、課長、さん...は、早く..もっと、あ、あ、あ、ああああああっ...わたし...もう.....」

  『もう』...その先に続く言葉は本人にも分からなかったが、さっきまでの自分とは確実に違っている事だけは理解できていた。

   「ヒッヒッヒッヒッヒッ...もう、なんだい?『欲しくて我慢出来ない』ってか?それとも『もうやめて』って言いたいのかな?」

  最後に残った虫達の牙城から流れ落ちている白く濁った汁は、理美の理性と共にポタポタと床に滴っている。

   「あん...もう...我慢出来ないの....お願いします。ここを、理美のいやらしい所を嘗めて欲しいの、触って欲しいの。課長さんの舌で...お願い....早く、早く......」

   「クーックックックックックッ...ダ〜メだよ〜、こ〜んなダラダラと汚い汁が一杯の所を、だ〜れが嘗めてなんかやるもんか....お前はこれから一生おまんこの中にこの虫達を飼ったまま生きていけばいい。ホ〜ラ、この子達もそのいやらし〜い汁が大好物だって言ってるよ。良かったね〜....ホラ、ホラ、ホラ、理美ちゃんがそんな汁を垂れ流すから虫達がどんどんと大きくなっていくよ。お腹がムクムクと動いてるよ。いやらしいねぇ、ホントに理美ちゃんは....ホラ、ホラ、ホラ、ホラ、ホラ.....」

   「いやっ!いやよ、そんなの..お願い課長さん...ここを、ほらここを見て、こんなにヒクヒクと動いてるわよ。こんなにいやらしいのよ。ねぇ、課長さん....おっ、お願いっ、このままにしないでぇぇぇっ!」

  またしても絶望の淵に追い込まれた理美は、叫びのような声で中山を誘い出そうと必死で尻を振りたくる。
  腕があればそこを大きく開いてバクバクと奥まで見せびらかしていただろうが、それも叶わない理美はなんとか中山の欲情を誘おうとヌルヌルのおまんこを彼の鼻先につかんばかりにゆらゆらと示している。

  そんな理美の尻ダンスを楽しみながらも中山は、念願のそこには一切触れようとはせず、アナルの中に指を差し入れてグリグリとこね回し、好き勝手に楽しむだけだ。

  やがて、そんな中山の指の動きに皮一枚向こうで刺激されたのか、アナルへの愛撫で理美の愛液の分泌が激しくなったのか、虫達の動きが活発になってきた。

  モゴモゴと理美の下腹部が胎動し始め、内部から流れ出てきたであろう鮮血が股間の裂け目から滴り落ち始めた。

   「がっ!.....かはっ!....んむ..ぐ、ぐ、ぐ、ぐぅぅぅっ....が、が、がぁっ....」

  声にならない悲鳴が理美の喉から搾り出され、それすらも苦しみに掻き消されようとする頃....

  グチャァァァーーーーッ!!

  理美の下腹を食い破って、ヒトの腕程にも増長した虫が数匹、顔を覗かせた。





「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!が、がはっ!!ぐっ、く、んぐ、かはぁぁぁぁっ......」

 壮絶な叫びと共にベッドから転がり落ちた理美は、背中を打ったせいもあり、息も出来ずにフローリングの上でのたうち回るばかりだったが、必死で下腹部と乳房と腕の存在を辛うじて確かめる事はできた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ....もう....死にたい.....」





 ジリリリリリリリリリリリリ

 眠ってもいないのに苛立たしく目覚ましのベルが鳴り響く。

 とても仕事など出来る訳も無かったが、それでも家に居ればまた一人で眠ってしまう。そう考えた理美は、少し遅れ気味ではあったがなんとか会社に辿り着いた。


「ぉ.......ます」

 朝一番、事務所の扉を潜るなり、加藤が駆け寄って来た。

「理美ちゃん、ひどい顔色だよ。また例の夢なの?」

(ああ、そうなのだ。私はこの人に会う為に出社してきたのだ...)

 はっきりとそう感じながらも、視線の先は中山の居場所を探していた。

 中山はいつもの席で書類に目を通すフリをしながら、こちらをチラチラと横目で見ている。
 理美は加藤の心配を余所に課長席に一気に駆け寄ると、頭を目一杯下げた。

「かっ、課長!おはようございます。遅くなって申しわけありませんでしたっ!」

 あくまでも書類の影に顔を隠しつつ、中山はチラとだけ理美の方を見やる。

「ああ、君か...構わんよ、いつでも好きな時に出社するといい。別に僕に断る必要などないんだよ。なんせ君はこの会社の”マドンナ”なんだからね。僕なんかに近寄ると匂いが移るってか、ははっ.....」

 そのつっけんどんな言い方に、理美は一層身体を震わせながらももう一歩その席に近寄ると、まるで中山の胸に顔を埋めんばかりにもう一度頭を下げ、震える声で言う。

「そっ、そんな事言わないで下さい。私、私、課長の事、そんな風に思ってませんから。セクハラなんて全然思ってませんから...ホントですっ、信じて下さい!」

 目の端に涙を滲ませながら、朝の挨拶をする理美を所内の全員が不思議そうに眺めている。

 中山は「ふん」と鼻息だけを残し、席を立った。

 そんな課長の態度にまたも怒り心頭になった桐山係長が”ガタッ”と椅子を鳴らして立ち上がると、「んのヤローッ」と言い残し、中山の後を颯爽と追いかけていく。

「ちょっとかちょ」

「やっ、やめてぇぇぇっ!係長やめてくださいっ!もう、私と、課長に..構わないでくださいっ!」

 もうその場にしゃがみ込み、ガタガタと頭を抱えて泣きじゃくる理美の肩を加藤がそっと抱きしめ、部屋の外へと連れ出した。



 会社の資材置き場の奥、作業員達が出払った後には恐らく誰も来ないだろう所で、理美は随分と長い間、加藤の高そうなスーツを濡らしていた。

「ごめんね、理美ちゃん...理美ちゃんがこんなに思い詰めてたなんて思わなくって。せっかく昨日打ち明けてくれたのに、俺、”たかが夢”なんて思ってたんだ。本当にごめんね、理美ちゃん....もう今日は休もう、俺が送っていってあげるから」

「いや、いやよ!帰ったら眠ってしまうわ。もうあんなコトいやなの...もう私、眠らない事に決めたの。あんな夢、見る位なら、私、私...死ぬわ......」

 加藤は今でも理美の真剣さを信じてくれているのだろうか?”たかが夢”で本当に死ぬ人間が居るなんて事を数日前の自分でも信じる事など出来なかったに違いない。だが今は違う...今なら死ねる...そう、『死ぬのなら今の内...体が自由に動く、今の内に...』そんな考えも理美の頭によぎり始めていた。

 そんな時、ふと見上げた所に見つけた暖かい眼差しが、理美の心に差し込む光明のように感じられた。

「加藤さん...今から一緒に家に来てくれる?朝までずっと一緒に居てくれる?」

 加藤は目を丸くして驚いた顔をしている。昨日は『まだまだ修行が足りない』などと偉そうな口を利いた理美が突然『一緒に寝てくれ』と言っているのだ。だがさすがに全身を震わせ泣きじゃくる理美を前に、下心やおどけた様子はチラとも見せず、はっきりと言い切った。

「分かった、そうするよ。朝までずっと手を握っていてあげる。もし君がちょっとでもうなされたら必ず起こしてあげるから、安心して眠るといいよ....あ、ちょっと約束のあるクライアントにだけ連絡と引き継ぎ、してくるから、20分だけ待っててくれる?」

 理美は心から救われたような晴れやかな顔で、涙を拭き、加藤を見上げた。

「うん、待ってるから、必ず来てね。待ってるからね...」

 精一杯の笑顔で理美の頭をクシャッと撫でると、加藤は携帯を取り出し、事務所に戻っていった。

(よかった、ホントによかった...もっと早くお願いすればよかった。.....今日はゆっくりと眠れるかもしれない....ホントに........!ヒッ!!)

 安堵の溜息も終わらない内に、理美の視線は積み上げられた足場材の影から覗く、絡みつくような視線に縛られた。

(かかかか、か、かちょ......)

 その瞬間、理美の頭の回路はショートし、夢の世界に無理矢理引きずり込まれた。
 思わず立ち上がり、全速力でそこへ駆け寄ると、ぶつかるように中山の胸に抱きつき、怯えきった声で喚く。

「課長、課長、ごめんなさい!....逆らった訳じゃないの。裏切った訳じゃないの。もう私は課長の物になりました。ごめんなさい、許して....」

 理美は目の前の図太い首筋に目一杯しがみつくと自らの唇を食らいつくように中山のそれに合わせ、目一杯延ばした舌を差し入れた。
 嫌そうに顔を背け離れようとする男の顔を必死で押さえつけながらその口中を一心不乱に嘗め廻し、その無骨な手を取りブラウスの中に突っ込むと、自分の掌を重ね今はしっかりと膨らみを示す乳房を一緒にこね回す。

「はぁ、はぁ、はぁ...ああん、課長の指、と舌、気持ちいいですぅ、もっと、もっと、触って下さいぃ.....」

「くくっ.....」

 理美のいやらしく媚びた誘いを受け、夢の中と同じ下卑た薄笑いと臭い息を吹きかけながら、ようやく動きだしてくれた中山の舌と指が理美の身体を味わうように這い回り始めた。

 
 


 

 

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