高野聖異聞


 

 



 おや、あんたは馬にされてしまったのかね。

 なに、驚かんでもええ。

 猿が喋るわけがない?

 そう言うおまえさんも姿は馬でないか。
 それに、別に言葉を話しておるわけではないよ。なんというか、声に出さずともわかるんんじゃよ。あんたも声を出してはおらんではないか。

 わしもあんたと同じ、もとは人間だったのよ。

 わかっておる。あんたもあの女と寝たのであろうが。

 ん?あの女は何者だと?

 わしにもわからん。まあ、普通の人間ではないのは確かじゃがの。

 それよりも、少し落ち着いてわしの話を聞くがええ。




 わしは、飛騨国は白川の牛首村の百姓じゃった。
 あんたは?そうか、越中富山の薬売りか。それであちこち旅をしておるうちにこんな所に来てしもうたのか。よくよく運のないお人だの。

 で、わしの話じゃが、もうかれこれ三年は前のことじゃ。わしは所用があって信州松本へ行くことになった。
 あんたも越中の人間だし、方々を旅しておるから知っておろうが、白川から松本へ抜けるには、いったん高山へ下る本街道を行くよりも、俗に言う飛騨越え、天生峠(あもうとうげ)から古川、神岡の集落を過ぎて、安房峠(あぼうとうげ)越えで信州に入る方が多少は近い。それに、その道は何度か通ったこともあるし、わしは軽い心持ちで出かけたのよ。

 ところがじゃ、どうしたものかその日に限って道に迷ってしもうての。草深い間道に入り込んでしまったのよ。
 これはいかんと思って引き返そうとしても、元の道がわからぬ。結局、天生峠越えの道に戻ることはできなんだ。
 迷うておるうちに、辺りは暗くなってくることではあるし、こんな山中で日が暮れてしまってはさすがに心細くなることではあるし、わしは少し焦っておった。

 せめて、一夜をしのげるところをと思うておったら、木々の間にちらちらと灯りが見えた。
 人里離れた山中のこと、鬼火か狐火ではないかと怪しまんではなかったが他に縋るものとてない。
 ままよとばかりに近づいてみれば一軒の屋敷。そう、ここよ。こんな山奥にしては立派な屋敷じゃ。
 辺りには他に家がある風でもなし。このような山深いところに一軒だけとは面妖なとは思うたが、野宿するよりはましじゃ。

 鬼が出るか蛇が出るか、えい、南無三と戸を叩くと、出てきたのがほれ、あの女よ。

 いや、魂消たの、こんな山奥であんな美人に会うとはの。
 年齢の頃は二十六、七くらいであろうか。小造りな顔に、濡れた如くに艶のある烏羽玉(ぬばたま)の髪。浅葱の縮緬(ちりめん)の着物から覗く肌は、練絹もかくやという程に白く滑らかであった。そして、黒く清やかな瞳がわしの方を見ておる。

「いかがなされました?」

 見た目の通りの清やかな声。まるで、鈴を転がすようだと思ったものよ。

「いえ、実は、信州は松本へ抜けようと思ってこの天生峠を越えておったのですが、途中で道に迷ってしまいまして。日も暮れて、往生しておったところ、こちらの屋敷に辿り着きましたので。もし、ご迷惑でなければ、納屋の軒下でもよろしいので一夜をしのがせていただければ、と」
「まあ、それはお困りでしょう。納屋とは言わず、どうぞお上がり下さい。さあ、おみ足をお洗いいたしましょう」
「いえいえ、泊めて頂くだけでも有り難いのに、そこまでして頂いては。雑巾を貸して頂ければ自分でいたしますので、どうぞお気遣いなく」

 見たところ、これといって怪しいところがあるわけでもなし。やれやれ助かったわい、と、そうして屋敷に上がり込む次第となったのじゃ。

「さあさ、こちらへ。夏とはいえ、この辺りは日が暮れると寒うございますゆえ、体も冷えておられるでしょう。どうぞ火にお当たり下さいませ」

 女の案内で屋敷の中に通されて、わしは、ぎょっとしてしもうた。
 囲炉裏の横に、ほれ、あんたも見たであろうが、あのでかぶつが寝ておったのよ。

「さあ、お客様だよ。少し退いてくれないかい」
「姉や。きゃく?きゃく?」

 でかぶつは、もう二十歳を越えておろうに、女のことを、姉や、と呼んでおった。そして、女の顔とわしの顔を見比べた。
 その、あんぐりと開けた口からは涎をだらだらと流し、ぼんやりとこっちを見つめておるのを見て、こりゃいかん、馬鹿じゃとわしは思うた。

「さあさ、早く場所を空けてくれないかね」
「ああ、姉や」

 女に促されて、ようやくでかぶつは囲炉裏の横から退いた。

「さあ、どうぞこちらへ。これといって何もありませんが夕餉なりと用意いたします」

 そう言って、女が水屋の方に立とうとした時のことじゃ。

「おお、嬢様、客人かの?」

 そう言って入ってきたのは、くわえ煙管のいかつい親仁(おやじ)じゃ。

「ええ、松本に向かう途中に道に迷ったそうで」
「それは災難じゃったの。では、どれ、わしは奥の座敷に行こうかの」
「まあ小父様。そんなこと仰らずに」
「よいよい。客人にゆっくりしてもらえば良かろうて」

 親仁はそう言ってにやりと笑うと、どかどかと奥へと姿を消した。




 その後、女が作ってくれた夕餉の身に染みたこと。
 温かい飯に、塩漬けの茸の汁。蕨、独活(うど)、漉油(こしあぶら)といった山菜に、古漬けの沢庵に生姜の漬けたの。
 なかなかどうして、何もないどころではない。これだけあれば充分に馳走じゃ。なにより、飛騨の山の百姓の身としてはこの方が口に合うておる。

 なに?そんな話はどうでもいいから、どうして自分が馬にされねばならんのか早う話せ?
 まあ、そう急くな。追々その話になっていくからの。

「まあ、牛首村のお方だったのですか。それなら、お隣様でございますわね」

 夕餉を取りながら女と話をすると、自然とわしがどこから来たかという話になった。

「ほう、お隣とな?」
「はい。私は繊砂谷(まなごだに)から少し上がった所の者でございますのよ」
「なんと、繊砂谷なら牛首から山ひとつ越えたところじゃ」

 そこまで言ったところで、わしはふと思うた。たしかに繊砂谷の上には村がひとつ有るには有ったが、十年程前の大水で、村ごと流れてしもうた筈だったと。

「今では、こんな山奥に引き籠もっておりますが、それもこれもこの子のためなのでございます」

 そう言って、女はでかぶつの方を見遣る。

「と、申しますと?」
「この子は、ほれ、この通り、小さな頃から病持ちでございます。それが、この先にひとつ谷川がございまして、その流れが不思議と効くのでございます。その流れがなければ、この子は生きていけぬ身ゆえ、こうしてこんな山中に暮らしているのです」

 と、それが、女がわしに語ってくれたことじゃ。本当かどうかは結局わからなんだが。

「それにしても、牛首の方が困っているところを助けることができたのも何かの縁でございましょう」

 そう言って莞爾と微笑んだ女の顔の艶やかなこと。わしは思わず見とれてしもうた。

「いかがなされましたか、あなた?」

 いつの間にか、女はわしのことを、あなた、と呼んでおった。

「い、いや、今日は歩き通しで少々疲れておるのでしょう」
「それはそれは。早速床の用意をいたしましょう」

 女がいそいそと立ち上がった。
 わしは、その後ろ姿に茫と見とれるばかりであった。
 だが、わしには妻も子も有る身ではあるし、なにより、一夜を借りただけのこと。
 今夜一晩泊めてもらえば、明日には何事もなく松本へと向かう、その心づもりじゃった。

 いや、実際、その晩は何事もなかったのじゃ。何事も。

 夕餉の後、女の用意した床に就いてわしは考えておった。
 あの女にでかぶつ、それにさっきの親仁。親子の様には見えぬし、ましてや夫婦とも思えぬ。
 それが、このような孤家(ひとつや)に暮らしておる。それに、いったい何を生業にしておるのか、いくら考えてもとんと見当もつかぬ。
 それに、女の里という繊砂谷の上に有ったあの村。確かに大水で全て流れた筈じゃが、生き残った者がおったという話も聞かぬ。さりとて、この家の者が幽霊のように見えるかといえばそうでもない。
 じゃが、どのみち、ここに世話になるのも今夜限りのこと、明日には松本へ発たねばならぬ。これ以上思い煩うても詮無いことよと、その晩は眠りに就いたのじゃ。





 そして、翌朝。
 ざんざんと、籾を篩うような音でわしは目が覚めた。
 起きてみれば、音の理由はすぐにわかった。
 山の天気は変わりやすいとは言うが、釣瓶をひっくり返した様な大雨じゃ。空は真っ暗になって、屋敷の中も薄暗い。
 さて、どうしたものかとわしが考えておった時のことじゃ。

「あら、あなた、お目覚めになりましたか」

 声をかけられてみればあの女。

「はあ。今日こそ松本へ向かわねばならんというのに、困ったことで」
「松本へ向かうなんて、それは無理でございますよ、あなた」
「さて、それは?」
「昨夜申したでございましょう。この先に谷川がひとつ有ると。松本へ抜ける道に戻るにはその川を越えねばなりませんが、普段は歩いて渡れる程の流れも、この雨ではとても人が渡れるものではございませぬ」
「橋なりと掛かっておらぬのですか?」
「なにぶん、他に人のおらぬ所ゆえに」

 そう言われては致し方もあるまいが、さりとて、早く松本に向かわねばならぬ。
 まことに困ったものじゃと外の様子を窺っておったら。

「私共は構いませぬから、雨が止むまで逗留なされるとよろしゅうございます」

 という女の言葉。
 それと一緒に、なにやら、ずささっ、と音がしたような気がした。

 振り向いてみれば、女が浅葱の着物を脱いで、緋の長襦袢姿で立っておった。
 目の覚めるような赤に、透き通るような白い肌が映えて眩しいばかりじゃ。

「な。いったいどうなされた」

 なんとかそれだけ言うと、女がわしの方に身を寄せてきた。

「私も、このような山奥に引き籠もって、寂しく、心細うございますのよ」

 そう言ってわしを見つめる女の顔。瞳は涙を浮かべ、睫毛を震わせて、何とも言えぬ媚めかしさ。
 わしは、思わず武者振り付きそうになるのを抑えるので精一杯じゃった。

「いやいや。わしには里に妻も子もおりますゆえ」

 わしの声が震えておったのは、なんとか自分を抑えようとしていたからじゃろう。

 不思議と、屋敷の中に居るのは女とわしのふたりだけのように感じられた。
 あのでかぶつは、まだ寝ておるのか。
 だが、そんな思案もままならなかった。

「あなた、そんなことを仰らないで下さいまし」

 そう言って、女が両手を伸ばしてわしの頭を抱え込んだのじゃ。
 女の掌がわしの頭にふわりと当たる柔らかく温気のある感触。そうじゃの、もし、温かい雪というものがこの世に有ればああいう感じであろうかの。その掌に触られていると、そこがじわりと熱くなってくる様な気がして、なんだかぼんやりとしてきた。ふっくらとした綿に当たって、わしまで溶けていく様な心地。

 あんたはそうはならんかったのか?
 なに?女に誘われるままに直ぐに抱きついたと?
 ……なんじゃ、節操のない奴じゃの。
 いや、こっちの話じゃ。

 そうして女の手に頭を抱かれてぼんやりしておるうちに、頭の中かざわついてきて、何も考えられん様になってきた。
 ざん、ざん、と鳴っておるのは、これは雨の音か、はたまた頭の中で鳴っておるのか。

 ふと気付くと、目の前で、女の長襦袢がはだけ、赤い中から、真っ白な乳房が顔を出しておる。

 わしは、ふらり、とそれに吸いついた。
 いや、もう、体が勝手に動いた様じゃった。

「あ。嬉しゅうございます、あなた」

 ざわつく頭の中に、女の声だけがはっきりと聞こえる。

 わしは、女の手に頭を抱かれたまま、夢中でその乳を吸うておった。何時の間にか、頭の中でざわざわと鳴っておった雨垂れの様な音が、どくん、どくんという音に変わっておった。それは、女の掌から聞こえるのか、それともわしの心の臓の音であるのか定かではないが、その音を聞きながら女の乳を吸うのが無性に心地よい。
 それに、女の体から匂い立つ佳い薫。極楽浄土に咲く蓮の華の薫は万里の先まで届くというが、それも斯くやという得も言われぬ薫に、わしの体が包まれていく様で、気が遠くなる思いじゃった。

「さあ、あなた……」

 女が、ふい、と、わしの頭を己の乳から遠のけた。
 そして、わしの頭を抑えておった手を離すと、はだけておった長襦袢が滑る様に床の上に落ちた。

 わしの前には、練絹の様な白い肌を露わにした女が立っておった。
 着物を着ていた時よりも、少しふっくらと肉づきが良く見える。しかし、その分、媚めかしく、婀娜(あだ)やかに思えた。
 そして、菩薩の様な笑みを湛えておった。

「あなた。わたしの体を好きな様にしてよろしゅうございますのよ」

 その言葉に、もうわしは逆らうことができんかった。
 ふらふらと女の方に歩み寄り、その色気を放つ体を抱き寄せた。

 もう、松本へ行くことも、里の妻子のことも、わしの頭の中からはすっぽりと消えておったのよ。

「ああ。あなた、あなた」

 わしが、女の首から胸乳に舌を這わせると、女が歓喜の声を洩らす。

 堪らずに、その乳房を掴むと、むっちりと手に吸いついてくる様じゃ。
 はっ、はっ、と女の呼吸が弾むのが聞こえ、ただでさえ白い肌は上気して透き通らんばかりになっておった。
 女の息が我が身にかかると、ますます己を失いそうになる様であるのは果たして気のせいであろうか。

「あっ、嬉しゅうございます、あなたっ」

 荒い息の下で洩らす声は熱を帯び、あの清やかさは失せて、艶っぽい響きがあった。
 わしは、夢中になって女の体を舐め回し、乳をまさぐっておった。
 もう、わしにはそれしか考えることができんかったのじゃから。

「あっ、ああっ、はあっ、はああああっ!」

 わしの舌が女の乳首にかかると、座敷の中に女の声が甲走る。
 その声が高ぶるほどに、天にも昇るような心地にさせられた。

 今思えば、その様な中で誰も出て来んかったのもおかしな話じゃ。
 だが、わしはそんなこともわからん程に物狂うておった。
 
「ああ。ん、あなた」

 女が、不意にわしの頭を押しのけた。
 そして、ゆるりと体を起こすと、わしに向けて己の足を広げて見せた。

「さあ、あなた。今度はここを」

 そう言って、己が女陰(ほと)の襞を指で押し開く。
 襞の奥から覗くそこは赤く熟れ、たらたらと雫が滴り落ちておった。

「あっ、ああっ!」

 わしが、女の股に顔を埋めて、その熟れ切った女陰に舌を伸ばすと、短く鋭い声が響く。

「はう、あっ、あああっ!」

 女が身を悶えさせると、止め処なく雫が溢れてくる。 
 そこから立ち上る得も言われぬ薫に噎せ返りそうじゃった。

 はて、女陰というのはこんなに良い薫のするものだったか。

 女の女陰をしゃぶりながら、そんな取り留めのないことをわしは考えておった。

「あああっ、あなたっ、そろそろっ」

 その声に、わしは女の股から顔を上げる。
 体を仰け反らせておった女が、ゆっくりと体を起こすと、わしの帯に手をかけた。
 そうして、わしの着物をはだけさせ、褌も解くと、現れたのはおっ立った摩羅。

「ほら、あなたのここもこんなに逞しくなって」

 女が愛おしげにわしの摩羅をさする。
 どくん、と脳天まで突き上げる痺れに摩羅がぞくぞくとしてくる。
 まるで、摩羅の先まで喜びに打ち震えておる様じゃ。

「さあ、あなた。私のここにあなたのお恵みを」

 そう言って、女がまた足を広げてみせた。
 わしは、灯火に引き寄せられる羽虫の様にふらふらと女に抱きついておった。
 もう、辛抱堪らんかった。いや、辛抱などできるわけがない。

「あっ、んんっ、はあああああっ!」

 わしが、摩羅を女陰に突き入れると、大きく喘いで女の頭が仰のけになる。

「んはああああっ、ああっ、素晴らしゅうございます」

 女の口から歓喜の声が上がった。
 しかし、それはわしの方とて同じこと。

 女の女陰がねっとりとわしの摩羅を包み込み、うねうねと波打っておるように思えた。

 わしは、もう堪らずに腰を打ち付け始める。

「ああっ、はあっ、あなたっ、あなたっ」

 ぱんっ、ぱんっ、と互いの股を打ち付ける乾いた音と共に、女の嬌声が響く。
 体を仰け反らせて、喜び乱れる女。その目の端から随喜の涙が零れて光っておるのが見えた。

「はあぁっ、よろしゅうございますっ、ああっ、はああっ!」

 女が乱れるほどに、わしも高ぶって、腰を打ち続ける。
 まことに、女の女陰は良い具合じゃった。
 温かく滑り、うねり、時には摩羅を撓めるように締め付けてきて、わしを有頂天にさせた。

「あんっ、ああっ、はあっ、あなたっ、あああっ!」

 いつしか、 女の方もわしを迎えるように腰を打ち始めておった。
 挑むように、時に腰を捻り、くねらせてはわしの摩羅を迎えうつ。

「あああっ、あなたっ、もっと、もっと私にっ」

 言われなんでもそのつもりじゃった。わしには、女陰に摩羅を突くことしか考えられんかった。
 わしは、ただただ恍惚として腰を打ち付け、女陰を貪っておった。

「ああああああっ、あなたああああっ!」

 いきなり、女がひしとわしに抱きついてきた。
 すると、女陰がしたたかに摩羅を締め付けてきおった。

「ああっ、あなたっ、どうかっ、私にお恵みをっ!」

 そう耳元で叫んでは、わしの首を舐め回す女。
 その腕は、しっかりとわしに絡み付き、女陰は奥深く飲み込んだ摩羅を締め付けてくる。

「くうううっ!」
「あっ、あああああああああっ!」

 喜悦の極みとは、まさにあのような境地を言うのであろうな。
 わしは、堪らんようになって精を放つと、女も感極まったのか、一際高く叫ぶと、ぎゅう、と、わしを抱く腕に力を込めた。

「ああっ、ああああああああぁ」

 やがて、ぐたりとわしに寄りかかって来て、耳元で、はぁ、はぁ、と息が弾むのが聞こえた。

「ああ、ありがとうございます」

 それだけ言って、わしを見つめる顔の妖しくも美しいこと。
 思わずぞっとする程の色気があった。

 その表情に、わしはまた訳が分からなくなった。

 おそらく、その日は、その後、三度女を抱いた筈じゃ。





 その翌日。

 一晩寝ると、前の日の心の高ぶりも醒めておった。
 思い返せば返すほど、何故にあのようなことになったのかわからぬ。

 ただ、ぼんやりと、頭の中が痺れるようになって、その後はただただ女を抱くことしか考えられん様になったのは覚えておる。
 なにやら、あやかしのものに誑かされたようにも思える。

 さては、やはりここは化物の住処であったかと、急いで出発の支度をしておった時じゃ。

「何をしておられるのですか?」

 背後からかけられた声に、ぎくりと手が止まった。

「い、いや、いつまでもここに居る訳にもいきますまいて」

 わしが、ようやっとそれだけ言うと、畳の擦れる音がして、女が近寄ってくる気配じゃ。
 早くここから逃げんといかんのに、わしは体がすくんで動けんかった。
 体がすくむ?いや、そうではあるまい。わしは、それから起こることに期待しておったんじゃろうて。

「そんなこと、仰らないで下さいまし、あなた」

 後ろから、女の手がわしの頭を抱きかかえた。
 女の掌の温かく柔らかい感触。それが、またわしを狂わせる。
 その手に包まれていると、頭がぼんやりとして、何も考えられんようになってくる……。




「ああああっ、嬉しゅうございますっ!」

 わしにしがみついて、喜悦の声を洩らす女。
 その女陰を突く度に、その体が、ぐいと反る。

 気付けば、その日も、わしはまた女と体を重ね合わせておったのよ。

「はああっ、素晴らしゅうございますううっ!」

 女陰が摩羅を締め付けて、別天地の高みにわしを連れていく。

「あああっ、んんっ、はああああっ!」 

 座敷の中に、女の声だけが響き続けておった。






 それからは、昼となく夜となく、わしは女とまぐわった。

 もう、里に残した妻子のことなどどうでもよくなっておった。
 女があやかしかもしれぬということも、気にならなかった。
 たとえ女が人外の者で、わしを取り殺そうとしておったとしても、それでも構わんとすら思っておった。

 女と体を重ね合わせる日々をどのくらい続けたのか。
 ひと月程か、それとも十日程しか経っておらんかったのか。それすらもわからん様になっておったのよ。




「今まで、ありがとうございました」

 ある日、まぐわった後で女がそう言った。

「それは、どういうことじゃ?」

 わしには、女の言葉の意味がわからんかった。

「この屋敷に、今まで逗留して下さってありがとうございます」

 まるで、別れを告げるような女の口ぶり。

「もう、あなたの家にお戻りになってもよろしゅうございますのよ」
「いやじゃっ!」

 女の言葉を最後まで聞かずにわしは大声を上げておった。

「わしはそなたの傍を離れとうはないっ!」

 わしが、そうはっきりと言い放つと、女は顔を曇らせた。

「やっぱり、あなたもそう仰るのですね」

 やっぱり?あなたも?
 訝しんでおるわしに向かって、女が言葉を続けた。

「わかっております。男の方たちは皆そう仰りますもの」
「男の方たちは?皆?」
「ですから、こうしなければならないのです」

 女が、わしの体に顔を寄せて、ふい、と息を吹きかけた。
 それは、まぐわっておる時の様な熱い吐息ではなく、ぞっとする程に冷たい息じゃった。

 いったい、何をしたのじゃ?

 わしは、そう言ったつもりじゃった。だがの。

「キキッ、キキキッ!」

 わしの口から出たのは、甲高い鳴き声じゃた。

「まあ。その様な姿になったのは初めて見たわ」

 女が少し驚いたような、それでいて嬉しげな声をあげた。

 まじまじと、自分の体を見ると、全身にびっしりと短い毛が生えておった。
 そう。今のわしのこの姿になっておったのじゃ。




 その日のうちに、わしは山に放された。
 猿として過ごすことに慣れるまでには少し時間がかかったが、腹を減らした時にはこの屋敷に来ると、残った飯を出してくれたし、なんとか生きていくことはできた。

 そのうち、この屋敷の周りに、こうやって話のできる動物がたまにおることに気付いた。
 聞けば、皆あの女とまぐわり、動物に姿を変えられた男じゃった。鼬にされた者もおれば、狸になった者もおる。蝙蝠や蝦蟇にされた者すらおった。

 わしは、慣れてくると、屋敷に忍び込んで梁の上から女のすることを見ることもあった。
 そして、ようやくわかった。
 女は、この屋敷に迷い込んだ男を惑わし、まぐわい、やがて飽いだら息を吹きかけて動物に変じさせる。

 なに?自分はたった一度で馬にされた?
 それは、余程嫌われたもんじゃの。

 あんたのように節操のない男はともかく、まあ、どのみち男はあの女の誘惑に逆らうことはできん。
 いかに身持ちの堅そうな男でも、あの女の掌に頭を抱かれたら、たちまちあの女の虜じゃ。
 身をもって知るわしか言うのじゃから間違いはない。
 そして、女が男に飽いだら動物の姿にして、それでおしまいじゃ。
 まあ、結局のところ、あの女が人間なのかそうでないのかはわからんのじゃが。

 ともかく、大方の場合は、馬か牛になる。わしの様に野の獣になるのは稀じゃということはわかった。
 そして、馬や牛に変じさせられた者は、あの親仁が里に売りに行くという寸法じゃ。

 元に戻ることはできんのか、と?

 わからん。人間に戻る術があるのかどうか、それはわしにもわからん。

 ではなぜ自分に話しかけてきたのか、じゃと?

 まあの、どうして自分が馬になってしまったのかもわからないまま売られてしまうのも気の毒じゃと思っての。

 なに?あんたは元に戻りたくはないのか?

 ふむ。慣れてしまったしの。それに、猿には猿の愉しみがあるものじゃ。あんたも、これが運命と思って、馬としての余生を過ごすがよい。

 さて、またこの屋敷に客人がある様じゃ。
 今度は旅の坊主の様じゃが、そういえば坊主がここに来るのは初めて見たの。
 まあ、たとえどんなに偉い坊主でもあの女にかかれば、その色香の虜じゃろうが、どうなるものかの。

 さて、わしはもう行くことにするか。おまえさんも、せいぜい馬として達者に暮らすがよい。





* * *






 数日後。

 富山の薬売りが姿を変えられた馬はとうに売り飛ばされていた。

 夜、屋敷の中に悔しげな女の声が響く。

「まったく、恐ろしかったとか、そういうんじゃないんだよ。あの坊さんがあまりにいい人そうだったから少し気が引けただけさね」

 それは、いったい誰に向かって話しているものか。

「それにしても、客人と何もしないまま帰してしまったから、体が火照ってしょうがないじゃないか」

 よく見れば、薄暗い座敷の中で、女の手がしきりに動いている。

「ふん。畜生の癖にこんなに大きくして、浅ましいじゃないかえ」

 女が握っていたのは、仰向けに寝ている猿の肉棒だった。女の手の中で肉棒はむくむくと膨らみ、屹立する。

「ほら、こういう時のためにお前を飼っているんだからね。せいぜい愉しませてくれないかい」

 女はそう言うと、猿の上に跨り、己の女陰にその肉棒を沈ませる。

「くううっ、あああっ!なんて固くて逞しいんだいっ!畜生の癖にっ、ああああっ!」

 首を仰け反らせて歓喜の声を洩らすと、女は大きく体を揺すり始める。

 時折キキッ、と鳴き声を上げる猿の、目を細め、口を半開きにした、その恍惚とした表情。

「あああっ、いいよっ、いいじゃないかいっ!あっ、はあああっ!」

 猿に跨り、大きく体をくねらせてその肉棒を貪る女の喘ぎ声が屋敷に響く。

 いったい、それはこの世の光景であろうか……。

 
 
< 終 >


 

 

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