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第3章の3


 雁屋の肥満体からくり出される一撃一撃はどれも緩慢だったが、重さの乗った実にいい一撃と評するしかなかった。

「はっはァッ! 佐乃たんはどれだけ剣道をやってきたの?
 たった1日、いや、0日のボクに負けそうだよ!」
「くぅ…っ!」

 佐乃は呪った。
 ただし、こんな者にも力を与えているマルコシアスにでもたった1日で物心ついた時から剣を振るってきた自身と同等以上の力を手に入れた雁屋にでもない。

 無力な自分を―――呪った。
 こんな自分だから自分に負けた。
 こんな自分だからお館様に負けた。
 こんな自分だからお館様に迷惑をかけた。

「っ! だが―――」

 言葉と共に眼前で散った火花ごと剣を弾く!

「弱くて―――」

 だからこそ―――

「なにが悪い!」
「っ―――!!?」
「おかげでお館様を知ることができた!
 あのヒトの強さと弱さを知り、それを支えたいと思った!」

 だから 強くなる。

「勝つのは―――わたしだぁっ!」






 ぱぁんっ

 掌が互いに向かって突き出される。
 すると何もないはずの宙からぱぁんっ、と衝突音がエントランスに木霊する。

 破裂音の間隔と共に互いの距離がだんだんと狭まって行く。
 二人とも解っている。

 互いの相手はこんなものでは打倒しきれない―――と。

 なにより、それ故に殺し合ったのだから。

 ぱぁんっ、ぱぁんっ、ぱぱぁん、ぱんぱんっ、ぱぱぱ―――

 一際かん高い破裂音と共に音が止む。


「かっは…っっ!!」
「…悪い、しづる」
「ぐっ!かっはっ!」

 そこには―――最愛の人間の中心に拳を突きつけた青年がいた。

「こっ   の…っ 技は…っ!?」
「あぁ、あの時の技だ。…キミを殺した時の技、二度と使うまいと思っていた―――」
「なんでっ!なん…で…ッ!」
「ボクが死んだら悲しんでくれるヤツができたんだ。ただ…ただ、それだけだよ」

 自嘲気味に、そしてほんの少しだけ悲しげに微笑みかける。

「…そう、結局、私よりもあの坊やの方が大事なのね。それだけの存在なの、私は?」
「っ!それは違うッ!」

 否定する。

 それだけは、自分を卑下する恋人の言葉だけは強く諌めるように、否定する。

「キミよりも、じゃない」

 それだけなら、誰かを選べというのなら夜鷹 幹久は最優先で君を、閂 梓鶴選ぶ。
 だけど、違う。夜鷹が望むのは、夜鷹が臨んだのはそんなちっぽけなモノじゃ、ない。

「僕たちよりも、大事なモノたちが見つかったんだ。
 それだけ、だけどそれだけでそれは代えがたいものなんだ」
「……話はわかったわ。だけどね?」

 低く、だけど強い熱を帯びた 声。

―――私はもう二度と殺されない。

 拳を突きつけられ、そのまま崩れるかと思っていた女性は血の流れるその赤い唇の端を吊り上げる!

「!―――っ」

 致命的な危険を察知し、拳ごと身体を引こうとするがそれよりも先に放たれていた拳の下をかいくぐり、男と同様に拳を交差させる―――!

どぅんっ!!

「ごぶぐっ!…ふぅっ…っ!?あっがっは…ッ!!?」

 夜鷹が血を吐く。
 まさにこの技は自分にしか使えない ハズの、今、相手に使った―――

「ふぅ…っ」

 首を振って髪をなびかせて幽鬼のように囁きかける。
 その指にはフェニックスの指輪が通されて、いた。

「あの時、渇望したこの技、今一度、死んで完全に憶えたわ。ありがとう、そして、さようなら」

 夜鷹が崩れるのと同時に力を抜く。
 あとは主人となった彼女同様、相手のその亡骸を愛でればいい。

「………―――っ、それは…どうかな…っ!?」
「―――え?」

 瞬間、崩れ落ちるかと思った男の拳が突然開き、接着した拳が開き、掌底を放つ!

「っっっっっ!?」

 なにがあったのか閂 梓鶴には分からなかった。
 それもそうだ。接着した位置から放たれる掌底に攻撃力は期待できない。

 事実、彼女の身体には何のダメージも入っていなかった。
 こんな時、ほとんどの流派では寸剄、ワンインパンチ等に見られる突き出しによる一点突破を目的とした技か密着しないと使えない絡み技への移行がそのほとんどを占める。
 だというのにも関わらず彼女の流派の最終奥義は押し出すのみ、故に未だ彼女の身体は彼と肉薄したままだった。

 …所詮は滅びた技だというのか、そんな想いが一瞬頭の中をよぎった。
 しかし、彼の目は死んでいない。いや、むしろ消え去る前の蝋燭のように激しく燃えて―――
 そう、必殺の一撃をまともに受けたというのにも関わらず、彼の目は 死んで いない。
 それどころか拳を納めたではないか。

「? 何を―――…」

 がくんっ

「っ!?」

 したの、そう言おうと口と舌を動かそうとした瞬間、梓鶴の身体が崩れた。

「なっ!?? ぁ―――!!!」

 しかも―――動く事ができないばかりかこれは以前にも感じた 何か が染みこんでくる感覚。

 これは―――死

 魂を、魂魄を離れないようにしているにもかかわらず、絶えず死が自分の身体に侵入してくる―――!!

「……もう、何をしても無駄だよ。
 あの必殺の双撃はあくまで接着する為の技でしかない。ボク達の流派は決して打撃で必殺たらしめるものじゃ、ない。
 真の奥義は今の衝撃に在った」

 うすれていく目は語る。

 何を言っているの、あれは一撃だったじゃないの。
 以心伝心の関係であっただけあってその意思は伝わっていた。

「ヒトが一瞬と感じるその刹那に無数の衝撃を叩き込む。
 全身に走るその超振動に全身の結合は全て崩れさる」

 つまりそれは―――

 考えることができない。

 当然だ。何故なら頭の中の結合、脳の神経接続すらその衝撃によって断絶させられてしまったのだから―――

 そして、これでは指輪を起動できない。
 既に分解された半数の幽子は現在の持ち主達の元に還ろうとしている。

 いや、そもそも。

 指がないモノに 指輪は 嵌められない―――

 再び、全てから解放されて行く。
 故に、ある強い想いだけがそこに残った。
 ひかりが使用したダンタリオンの力から解放された今、出てくるのは生き返った瞬間に上げた声と同一のことば。
 歯茎の中の結合、アゴの結合、喉の結合さえ崩れているというのにはっきりと、その言葉が―――出た。


「み…き…ひ…さ」


 くずれた笑顔で、何も知らないものが見たらみすぼらしいその笑顔、だが、夜鷹が愛したあの笑顔だった。
 目を閉じようとする、閉じられたかは分からない。ただ、瞑ったその目端から雫が落ちるのを感じた。

「しづ―――る」

 とても、とても穏やかな声はだんだんと床に近づいていく。彼にしても恋人から受けた双撃はまさに必殺だった。
 彼もまた、彼女との時のみを思い出す。

 出逢い、そして別れ、そして再会し、そして、今度こそ―――


「もう、離さない―――……」


 ゆびのないてのひらとてのひらがかさなる。

 うすれていく温もりに反して、そこだけは温かかった。

 笑顔する。

 そして、エントランスホールに動くモノはなくなり―――沈黙が訪れた。







 どんっ!

「か…は…っ!!」
 蒼翠の王が壁に叩きつけられ、そのまま吊り上げられる。

「ふんっ、このクソガキが。手間ぁ取らせやがって。あの方に頼んで頭の芯から変えてもらわないとなぁ?
 毎日犯す。毎日嫌悪しながら俺から逃げられないオマエを犯す」
「………ぁ」

 薄れ行く意識の中、細い糸を辿るように記憶を遡る。

 母親は、魔女だった。

 彼の厄災の魔女のような万能に近い魔女とは違う。
 魔女術も占いや薬草など生活の手助けになるためのもので、戦闘に役立つものなど、一つもなかった。


 そして、それ故に、殺された。


 だけど、自身を助ける為に魔術を使わなかった彼女が、ただ一度、彼女は魔女としての殻を脱ぎ捨て、魔術師として戦った時があった。

 それが、彼女の娘を助けたあの時、その為に彼女は自戒を破った。

 そんな彼女に、教えてもらった言葉がある。

 かつて、自分の目の前でただ一度だけ魔術師として戦った母。
 その母の命と引き換えに教えてもらった[ちからあることば]
 以来、彼女にとっての母の言葉はちからあることばになり、父の母国語を扱うようになった。

 そう、指輪は強力な召喚魔術の触媒に過ぎない。

 そしてこれはそれを必要とせず    を呼ぶための言葉。

 聖女を貫くために使用された曲我る聖槍の名。
 だが、これは―――



「…La Pucelle 」



 ずどん!

 大きい音がして背後に何か突き抜けて行く。


「ん?」

 大きくできた穴の奥には何かが大きく突き抜けて行った跡があり、壁はその穴と同じサイズに螺旋状にくりぬかれていた。
 そう、自分の土手っ腹に出来たのと同じサイズの、穴。
 穴の向こうにはなにか分からない、その穴を創ったと思われる[それ]がいた。

 短身痩躯にして金眼銀髪の少女。
 手には煙を噴くガラスの槍剣を持っている。

「あ?」

 どすんっ
 今度の音はなんだか分かった。
 自分の倒れる、音だった。

「……な…?」

 その時、自分の指輪が語る。

 そろった、そろった、と。

 歓喜の声、栄光の凱歌を高らかに歌い出す。

 72柱、全ての魔王が全てこの地に集った―――と。

 No.49 浴槽の公爵 クロゥセル

 ひかりのダンタリオン同様、かつて華南が母親から継承し、完全召喚ではないものの、指輪なしで顕現化した最後の魔神が、そこにいた。
 王であるが故に指環使い同士の争いでは使わず、母から受け継いだモノであったが故に父には使わなかった。

 だが、王同士の戦いが終結した今、魔術で出来上がったモノには容赦はなく、眼前の父親であった亡霊に使うのに躊躇はなかった。
 父であったモノの身体からは血は出ていない。それも当然、ガラスで出来ていたと思われたその槍剣は澄んだ氷で出来ており、それによって出来た穴も、悉く凍てついていた。

 が、指輪たちの囁きは男には聞こえない。既に―――事切れていた。




「…っ、ふぅ…ん…っ!」

 敵が動かなくなったのを見届けると息も絶え絶えに華南が壁に身体を擦って懸命に主が駆け抜けていった階段を上ろうとする。

「はぁ…っ、はぁ…っ!くぅ…っ!」

 痛めつけられてきた全身が悲鳴をあげる。

 …とっくの昔に限界は過ぎている。

 ただ、少しでも、そう、少しでも愛しい主の近くに行きたい。
 …自分の主が勝てば事切れても生き返ることは出来るだろう、が、それはあまりにも薄い望みだ。
 …もう、助からない。 だから、近くで、逝きたい。

 人体を壊すことにかけてはプロであるあの父がいたからこそ、自分の戦闘技能はずば抜けていた。
 身をもって覚えた、というのであれば間違いなく、自分の師はあの父だった。
 その父が指輪をもった状態で自分を蹂躙してくるのであれば結果は見えていた。

 徐々に全身の力が抜け落ちていくのを感じる。

 だから、少しで…も……ひと、め…だけ、で…も……

 目蓋がだんだんと重くなっていく。

 だ……め……ごしゅ…じ…………

 とんっ

 ようやく掴んだ手すりから手を外し、倒れかけた華南を片手で支えながら浴槽の公爵が口を開く。

「まったく……親子揃って無茶をする。介抱しても母親は死んだが……まだこっちは救える見込みがあるかもね」


 そう言うと浴槽の公爵は自分の分身とも言える凍てついた槍剣で庭を穿つ。と、大人が一人優々に入れそうな穴には凍てつく槍剣の称えるものとは異なる煙―――湯気を称えた液体が満ちていた。

「……ふぅ、私も皐月に影響されたかな…まぁ、こんな私も嫌いじゃ、ないか」

 華南よりも小柄な身体でありながら召喚者を軽がると抱えるとそのまま湯にひたす。

「生きたいと願うなら。
 生きてもう一度、誰かに逢いたいというのなら、この苦しみしかない世界へ戻り、唯一の願いを叶えなさい」

 既に召喚者に息は無い。だが、浴槽の公爵は確かにその者の母親同様、唇が微笑んだのを確かに、見届けた―――








 キンッカンッガキンッ

 剣が交わり戟が飛ぶ。

「やるじゃないか、佐乃たん!ほらほら、もっとがんばってよぅ」

 完全にこちらを見下した雁屋の態度と剣戟に佐乃はしたこともない舌打ちをしたい気分だった。
 だが、実際にそんな事をしている余裕はない。
 その証拠に佐乃の服には無数の切れ筋ができていた。

 ぼろぼろになっていない、がそれはそれだけ雁屋の剣戟の鋭さを現わしていた。
 また、その剣戟は白磁のような佐乃の肌にいくつもの赤線を走らせていた。
 それに引き換え佐乃の剣は雁屋の体はおろか服にすら到達していなかった。

 一見、雁屋の攻撃は単調で隙だらけだというのにその隙をつくことができない。
 それどころかそのチャンスを突こうとしては絶妙のタイミングで繰り出される致命的な一打によって打ち消されるどころか結果、赤筋を体に走らせる羽目になる。

 にも関わらず、佐乃はあるタイミングから打って出た。
 まさに神風特攻。
 体力が尽きればその瞬間、雁屋の剣は自分の身体を貫くだろう。

 …既に、息は上がっている。

 剣を振るう腕もこのままでは腱が切れて二度と振れなくなるだろう。
 そして数分たっただろうか、剣が、動くのをやめた。
 もう、うごけない。
 だが、敵は倒れていない。それどころか悠然と佐乃を見下し、切っ先を天に向けていた。

「ふふふっ!もう終わりだね、佐乃たんっ!ボクの―――勝ちだよ!」

 どこまでも得意そうに雁屋が佐乃を見下す。
 だが、その視線に動じることなく佐乃もまた、雁屋に不敵な笑みを浮かべた。

「それは………どうかな?」
 決して輝きを失っていないその目は雁屋を射抜く。
 次の瞬間、あたかもその視線が実体を持っていたかのように雁屋に変調が起きる!

「う―――っ!」

 突然うめき声をあげ、膝をつく!

「あッが…うぅっ…ッ!」
「…やはり………きたか」
「な、なにが―――ッ!?」

 雁屋が目上げると既に息を整えた佐乃が静かにこちらを見据えていた。

「剣技に限界はなくとも体力に限界はある、ということだ。
 マルコシアス卿もそれは知らなかったであろうな。現代の人間がここまで弱いとは、な」

 佐乃の言うことは正に的を得ていた。
 古代から中世にかけての人間は現代の人間とは異なり、極力文明の利器に頼ることなど出来ず結果、必然として体が鍛え上げられてきた。
 それが電気という神の力を使うようになってから人間は肉体を克己する事を放棄した。
 佐乃のような現代でも中世に順じた生活を送っている者ならまだしも雁屋はまさに現代の人間を象徴したモノだった。

 結果、脳内物質の操作により、抑え続けてきた肉体の疲労と苦痛は限界を超え、崩壊を起こした。

 マルコシアスもそれをうすうすは認知していたのだろう、故に短期決戦に持ち込もうとしていたのだろうが、ただ一つ誤算があった。
 ―――まさか、ここまで脆いとは想ってもみなかった。
 自分の魔術で強化していたにも関わらず、よほどこれほどの脆さだったとは気付く由もなかった。

「うっ…ぐぅっ…ふぅっ…ッ!!」
「やめておけ、これ以上、無理に動かそうとすればその四肢、二度と動かなくなるぞ。
 それよりも公よ、聞こえているか?」

(かつての主人よ、見事でしたな。我の計を見抜き―――その抜け目を付くとは)

「私のときもそうでしたが貴方は肝心なコト、自分の主に対する認識が甘すぎます。
 そもそも―――」

 何故かそこで佐乃は口を閉ざした。
 なんのことはない。自分の苦言に苦笑いする一人の男が頭の中によぎった。

(どうした?)

 ただその人の顔を思い起こしただけで佐乃の顔には笑みがこぼれ、目を閉じた。

「―――いえ。
 やめておきましょう。言葉を連ねることより学んだことが公にもあったと思います故」

(ほほぅ。その余裕。その笑み。その艶。かつての主も何か学んだようですな)

「えぇ、それでは」

(我が主にとどめはささないのですかな?)

「さす必要があるならば。ただ、このモノの裁きはお館さまが成された故」

 それだけ言うと佐乃は雁屋に背を向ける。
 ただし、そこに凛とした姿はない。
 満身創痍。それまで振るっていた木刀を杖代わりにしてなんとか立っている程度。
 足も本当に腱を傷つけているのか引き摺っている。
 だが、目は、瞳だけは自分の主のいる方向を見て燦然と輝いていた―――











 こどものころ、まほうつかいがいるってしんじていた。
 まほうつかいになれるって、しんじていた。
 まほうつかいになって、なにができるかはわからなかったけど、それでもしんじていた。

 そんなボクはいつもウソツキにされて。
 そんなボクはいつもいじめられて。
 そんなボクはいつも大人も知らないようなことを知っていた。

 あるひ、としょかんのほんをぜんぶよんだあるひ、としょかんでまいにちみかけたししょのおじいさんがさいごのほんをうけとっていつぼくにこういった。
 そんなにちしきをつめこんでどうするんだい?と
 ぼくはまほうつかいになるんだからこれくらいのことはおぼえておくんだ、っていった。
 おじいさんはわらった。
 わらわれることにもばかにされることにもなれていた。
 だけど、おじいさんのわらいは、けっしてぼくをばかにしたわらいじゃないってかくしんできた。
 なら―――まほうつかいにしてあげよう。
 おじいさんはまほうつかいじゃなくてまじゅつしだっていっていた。
 そしてまほうつかいがつくれる、っていった。
 しらなかった。
 まほうつかいはなるものじゃなくてつくるものだったんだって。

「ともだちにじまんしたいんだろう?
 みんなのまえでまほうをつかわせてあげるからみんなをよんできてごらん」

 おじいさんのことばにぼくはみんなをまちはずれのはいきょにつれていった。

「ほうほう、よくあつめてきたねぇ」
「じいさん、やくそくだ。 おれをまほうつかいにしてくれ」
「あぁ、おやすいごようだ。それじゃ―――まほうつかいにしてあげよう、とおいしそんよ。
 すこしまっているといい、そのためには―――」

「なっ!」

 つぎのしゅんかん、ともだちはみんな―――ワケのワカラナイカタチになっていた。

「―――なにするんだよ!」

「なにって、まほうつかいになるためのどうぐをつくってるのさ」
「!」

 そういってくったくなくわらったじいさんのめにぞっとした。
 くらい。
 にごりすぎたそのめはもう人のものじゃなかった。
 おれはめのまえがまっくらになった。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。
 そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。そんな。

 そんなものになるためにともだちをなくすくらいならまほうつかいになんてならなくたってよかったんだ。
 ただみんなにじまんしたくてなりたかっただけなのに。
 それなのにそのあいてがいなくなる―――!

 だが、じいさんはとまらない。
 そして、おれはうごけない。

 ぞぶり

 うでが、おれのなかに、うまった。







「―――十字、大丈夫かな」
「御主人さま…っ」

「……」

 一同、十字の部屋で主の還りを待っていた。

「…だいじょうぶ、だよ」

 一人だけ、ベッドから降りて朱鷺乃邸の方向を向いていた彼の妹がつぶやく。

「だいじょうぶ、だけど、だいじょうぶなんかじゃ、ない」

 声が段々と湿り気を帯びるものになってくる。

「…せっか?なにか知ってるの?」

 千鳥が雪花に訊ねると雪花の体がうっすらと燐光に包まれる。
 まるで鳥の翼のように背中を中心にして幾何学的な紋様がそこには在った。

「! せっか、それ―――」
「っ、ぐすっ…そう、私、烏 雪花が烏家の後継になったのはお兄ちゃんが、烏 十字が行方不明になったからじゃ、ない」

 血脈という連綿と受け継がれてきた魔術、その行きつく先、それはどこに在るのか―――
 その答えを超越してしまったモノが、烏 十字に刻まれてしまったから―――!










 失われたはずの意識が―――戻りつつあった。
 ひかりの手はそれまであったおれの回路を綺麗さっぱり奪っていく。

「―――…」

 そう、あの時、おれは何かをされた。
 された…けど、それを理解したくなかった。

 だが、今、ようやくになって俺は理解してしまう。

 あの時、俺に刻まれたのは一つの星。
 閃光にも例えられる、一つの星。

 それを体現するかのように俺の身体には極体―――一つの生命系統樹を顕わす、それと同等の模様が刻まれていた。




 ある閃光なる―――星( A = R A Y = S T A R )





 数代前、俺のひい祖父さんが掘り出したという、ある回路の字。

 突然―――身体が光る!

「ぁつッ!」

 熱を帯びたかのような閃光に思わずひかりが目をそらし手を引っ込める!
 次の瞬間、目を見開き、信じられない物を見るかのようにそれまでそれがあった場所を見ていた。

「いよぅ」












 不測の事態によってひざをついたひかりの前には悠然と立ち、女王を見下ろした俺がいた。








「な―――カラス、何故―――!?」
「あぁ、元々、オレに刻まれた回路が起動したらしいな」

 それは世界と戦う為に生み出された一つの系統樹。
 異なる世界のありとあらゆるものを使う為に俺に刻まれた―――絆。

 ひかりがオレの体中に走る青過ぎて黒い光にしか見えない紋様を見て驚愕の声をあげる。

「―――な!まさか、それ…英国…至宝、魔術回路…―――英国至宝魔術回路ですって…っ!?」

 前世紀、とある結社によって円環状の石柱(ストーン・ヘンジ)を媒体に呼び出された彼の国の至高顕現。
 国の至宝とは名ばかりの他の世界、他の星を用いた【この世にあるまじきもの】
 誰もが知っていて、誰もが伝説だと謳っていた朽ちた御伽、それが目の前に―――在る!

「礼をいうよ、ひかり、オマエがオレに上書きしていた余計なモノを取っ払ってくれたおかげで全てのもやが消え去った」

 そう、記憶も、あの夢も。全ての顔がクリアになった。

「そんな―――あ、貴方は…っ!?」
「ローザ=ギガ=クロス=クロウ―――」

 ―――いや、違う。この国に来た祖母さんが俺を名付ける上で隠した―――誰もが知りすぎているその名。
 俺はいったん止め―――祖母さんの苗字を名乗る。



―――クロィツェル=クロゥリィ―――



「ッ!!旧世紀最大の悪人の末裔だっていうの…?いえ、そればかりじゃない!」
「そう、そして黄金の夜明け、彼の日、袂を分けたバラで出来た十字を継ぐモノの末裔、らしいな」

 図書館で培った要らない知識が今の自分の立場を鮮明に描き出して行く。

「そんな―――魔術世界のサラブレッドがこんなところにいただなんて―――聞いてない、聞いてないわよ!」
「そりゃそうだ、オレも知らなかったんだから」

 直系なのか、落とし種なのか、それともただの騙りなのか。そんなの俺には分からない。
 だから俺に結社の相続権はないし、首領たる権限なんてあるワケない。
 だが、俺は王だ、そんなモノ、必要ない。
 そして目の前の相手も然る者。瞬時に動揺を隠し、立場を分析し、口端をつりあげる。

「―――!ふ、ふふふ、で、でも、関係ない。私には71の指輪が…っ!!」

 だが、完全に動揺は隠せない。嫌な汗が止まらない。

「そいつぁ―――どうかな?」
「!?―――っ?」
「確かに俺には指輪がない。指輪がなくたって俺にはこの体がある」

 それは[世界]と戦う為に生み出された一つの系統樹。
 
 そして―――世界のありとあらゆるものを使う為に俺に刻まれた―――絆。

 刻まれたのはこの世界そのものとすら同等に渡り合えるほどの―――回路のみ。
 刻むべき魔術は一切刻まれていない。
 それでも、それでも圧倒するのは俺の風格か、それとも別の―――

水霊大候(ヴェパール)!」

(駄目だ、もはや既にあのモノの身体、我等が法則とは異なる世界、ゆえに我等の法は効かぬ)

「そんな―――っ!」
「いでよ、色欲にして剣の王。そして―――」
「!――――――あ―――!」

 ひかりが声を失う。
 無理もない―――のかもしれない。


「―――あの時と―――瓜二つ、ね」

 街を一望できるビルの上、数十km離れた位置の目の前で見ているかのように魔女は口にする。


「な…なんで、こちらから使えないソレを…貴方がそれを…なんで!?なんで使えるのよ!? 
 もう、この世のモノでない貴方が―――っ!!?」

 そこにいたのは―――


「彼―――ソロモンと同じ、声高らかにアイツを呼び出すなんて―――!」






「どうやらバァルやベリトは扱えきれていないようだな。契約はしたが扱いかねる、か?」
「…っ」

 図星だろう。
 魂すら代償にした白鷺に俺が勝利している以上、それ以上の出力で戦わないと意味がない、が、バァルの震災能力は個人に使用できるものは白鷺には使えず、固有呪のバァルの呪いはヴェパールの呪いが効かないのと同様に届かない。
 ベリトも同様。考えんなしに呼び出せばたちまち自分ごと焼かれかねない。
 まぁ、そんなモノが在った所で俺に通用する手段が手に入る程度のこと。
 俺が負ける理由にはならない。

「どうした?お前の力はオレから奪った指輪の力だけなのか?
 魔術師なんだろう?ご自慢の自分の家に伝わる魔術はどうした?
 そもそも、それを体現すべきオマエの真名はなんの為に在る」

「くっ!」


 ひかりが古代ラテン語を用いて呪文を唱えだす。
 短い文節、だが韻は複雑に、そして優雅に踏まれ、ひかりに刻まれている回路がトップスピードまで駆動したことを知った。
 ―――ならば
 俺も自分の回路を詠唱なしに発動する。というよりこの回路にはそんなもの、必要無い。


 ばっ!


 背中からは黒い光で出来た翼が生え、身体が宙を舞う。
 ひかりが目を見開く―――が、詠唱は途切れさせちゃいない。当然だ。あそこまで発動させた回路を魔術を発動することなく閉じれば魔術回路が焼ききれる。


「―――っ」


 ぶぉんっ!


 質量を持たない筈の翼は、だけどしっかりとはばたいてあっという間に俺を夜空に誘う。
 そして―――


「…っ!」


 瞬時に超神速を生み出し、宙を舞う。
 その速さはあのデヴィルるまんの比ではない。瞬く間に大気圏目前までやってくる。

 無意識に、というよりは自動制御にだろう、障壁を張って大気との摩擦熱で焼け死ぬことは避けられているものの、今だ感覚が追いつかず、軌道も安定しない。


「…っ、ちっ!こ…っ、んのおぉ…っ!」

 下界では徐々に膨大かつ緻密な魔力が練り上げられつつある。

 間違いなく、偉大なる魔術。

 朱鷺乃邸そのものを魔方陣…いや、魔法陣にして描かれたそれは淡い朱鷺色の燐光を発し、宙で弧を描く俺を威嚇する。
 流石にこのままじゃ―――マズい。
 これだけの力量の衝突だ。競り負けた方が消滅してしまう。



「言  う  こ  と を おおおぉぉぉぉぉぉ…っっっ、きけええええぇぇぇぇっッ!!!」


 オレ自身に訴えかける。

 オマエはこれだけの事もできないのか、と。

 なら、彼らは、彼らはムダだったのだな、と。 

 ヤツが―――否。 俺が オレを 罵倒する。


「―――っ!」


 ぎりっ


 ふ ざ け ん な



 感情が爆発する。

 どぅんっ!

 同時に俺にも爆発が起こり、爆煙が上がるっ!
 それと同時にアスモデウスの幻影が姿を消す。

「―――!
 ははっ!自爆した!?そうよね?あんなモノ、人間に扱えるワケ―――!?」

 こちらを嘲笑する声が辺りに木霊する。
 だが、嘲笑とは裏腹に最強の敵は今だ詠唱を続け、苦虫を噛み潰したような目で遥か天を睨み続ける。




 遥か遠く。
 空を見つめ続けていた雪花が口を開く。

「あれは―――白鴉(は く あ)…?」



「これは…」

 自分自身の変容に驚く。
 身体は黒色のハズなのに、何故か白く発光していた。

 そう、正に彗星( A = RAY = STAR )

 こうなると同時に身体が意のままに動くようになり、さっきとは比にはならない速度で世界を貫き続けている。
 だが、制御できる、といっても微調整は出来ない。
 それもそのはず、元々、直撃しなくともその衝撃だけで根こそぎ持っていける。そういうものだ。

 地上を視る。

 昂ぶった力の膨張は臨界点に達し様ようとしている。
 そろそろ互いに臨界点ギリギリだろう?じゃあ―――


『勝負っ!』


 ひかりから天に牙向くかの様にその名を体現したひかりが飛び出す。

 だが、気をつけるべきは目に見えるものじゃ―――無い。

 今の俺にはそれ以外の、不可視光線も見える。

 そこには本来見えるハズの二重螺旋の光線に加え、それに守られるかのように不可視の、おそらくそれが本命なのだろう―――光がそこに在った。

 まるで、術者本人の心だな。

 皮肉気に口を歪めると俺はそのまま成層圏にまで達し、楕円軌道を描いて光を目指す!

 ひかりに対抗するには自分もその速度に達する必要がある。

 既にヒトの眼にはオレの姿は捉えられない。ただの光の塊としてしか見られない。

 時空は悲鳴を上げる。

 オレの視界も既に普段見ているような風景は見えちゃいない。

 三次と幻想第四次を行き来し、回路に任せ、対象を捉えているに過ぎない。

 文字通り、ほとんど見えない鳥目となって空間と空間の狭間の黒い闇を白い闇が切り裂いていく!

 刹那、否、それすら刻む刻をもって光と光が衝突する!




「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 ひかりの紡いだ呪詛の一つ一つがオレにぶつかってくる。
 その想い、その情熱。文字通り、ひかりそのものがオレにぶつかってくる。
 そして隠されたこの呪いは―――









―――
―――――――
―――――――――――――――

「お父様、来客ですか?」
 ある日、お父様の元へ来客があった。
 街の名士でありながら積極的に親交を交えない父が珍しく迎えた客だった。

「あぁ、紹介するよ。娘のひかりだ」
 そう言って、父は自慢げに私をその女の人に紹介した。
 きれいな、ヒト。
 この国の黒髪とは違う。まるで、お伽の国からやってきたような、綺麗な、あおいかみ。


 それが、父の死んだ、あの10年前の秘祭の前日の出来事だった。
 その後、私は彼女の言っていた彼の存在を知った。
 とはいえ、仕組まれていたワケじゃ、ない。
 ただの、偶然。

 彼は、泣いていた。
 私の父の葬儀が終わり、教会の裏手を歩いていた時のことだ。

 それが、最初。

 次に会ったのも、また、偶然。
 いや、偶然と言えば偶然。だけど、学園に集められた時点で自分と彼が出逢うのは必然だったのかもしれない。
 彼はあの時のことは覚えていなかった。
 それどころか、作り笑いしか浮かべられない人形のようになっていた。
 ダンタリオンの読心で大分、捻くれたのが分かったけど、それでも私の眼は彼を外すようなことはなかった。
 むしろ、共感すら覚えた。
 無理解な人間達への嫌悪。
 無知な人間達への侮蔑。
 そして、鉄火面の下の本当の素顔。

 彼の妹や幼馴染すら知らないその素顔を知っているのが自分だけというのも誇らしかった。
 だから、彼は、彼だけは自分の横を歩くモノだと、そう確信して成長する機会を待っていた。

 そう その指に 指輪が輝く その時 までは

 なんで なんで よりにもよって―――!!

 自分と契約している魔神なのか。
 他の魔神であるのならば、なんら問題はなかった。
 だが、ダンタリオンは、ダンタリオンだけは看過出来ない。

 今の自分を構築している、朱鷺乃 ひかり自身のプライドそのもの。
 一代で成し得た奇跡の結晶。

 否。

 家族を代償に手に入れたそれと等価のモノ。


 それが異相の公爵 ダンタリオンなのだから―――!
 血のにじむ様な想い、程度ならいくらでも許容できた。
 だが、命以上のモノで手に入れた対価を、それを上回る形で、それもただの奇縁だけで手に入れたその事実はそれまで彼に傾けていた想いの分だけ憎しみに変わった。


 ダンタリオンを剥奪し、俺を、烏 十字を自分だけのモノにする。





 ただ、それだけだった。
 …いや、違う。

 そんな運命を仕組んだ世界そのものに復讐をする。
 魔法という名のセカイそのものを手に入れるその機会を利用して、その全てを破壊する。
 その為に、俺を葬す―――


 ………そう、まるで拗ねた子供のような悲哀。


 だが、分かる。
 運命を呪うのは何もオマエだけじゃない。
 その誰にも譲れない思考はお前だけのモノだ。

 だけどな、俺も負けられないんだ。

 いつか妹に説明した。
 ゆずれないものを抱いたもの同士の解決方法。
 より強きモノが、強き想いを持つモノが―――それを得る!



「おっ!おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」







 声を、雄叫びを、遥か後方に置き去りにして俺は世界と衝突した―――











 しゅううぅぅぅ…



 もうもうと白煙さめやらぬ中、俺は10年前同様、クレーターの中心にいた。

 そのクレーターの端、朱鷺乃邸の党首の部屋にいた主はひざを付いていた。

 そして、ゆっくりと起き上がる。


「あ…あ、あぁぁぁぁ…」

 己の全てが破られ、ひかりが信じられないものを見る目で俺を見る。

「も、もう…っ!」
「逃がすかよ」

 魔神の中でも最たる剣を誇るモノが再び姿を現し、剣を手放すと剣はあやまたず尻をついたまま後退りしていた少女の前に突き刺さった。
 それと同時に剣から伸びた手が少女の影を縫い付けると光の名を持つ少女は身体を動かす事すらままならなくなった。

「っ―――!」

 71柱の魔神の力を司る少女はわずか1柱の魔神を顕現させたおれの前に成す術もなく、ただそこにいた。

「な―――なんでなのよ! 貴方は私に負けて!力を奪われて!私のモノになるだけだったのに!
 何も持たずに私だけを見てくれればよかったのに―――!」

 俺はひかりの唯一、1環しか嵌められていない薬指から指輪を抜き取り、唱える。

「来い、ダンタリオン」

 言い終わるのと同時にそこには―――俺がこの世界に踏み込んだときに初めて逢った男と女の顔を持つ魔神が、いた。

「王よ、我などに頼らずとも王になら全てが―――」

 そう訴えた魔神に俺はそっと影を踏ませ、俺の考えを伝えた。
 するとそれまで男の顔だった魔神の顔は女の物になり、主であるひかりの方を向き、

「―――主よ、王は貴方を責めてはいない。
 それどころか短期にして我等71柱の魔神と契約を交わしてみせた主を褒めていらっしゃる」

「そんな―――ウソよ。
 この人に!みんなにしたコト知っているでしょう!?殺されて当たり前のこと…したのよ!?」


 泣きわめき、半狂乱で受け答えするひかりに向かって俺はため息をついた。


「ダンタリオンはウソなんかついちゃいねーよ」
「そんなっ、だって、私……」

「王は全てを受け入れられた」


 と、ダンタリオン告げる。
 受け入れた。
 そう、受け入れた。
 今まで決して認められなかった自分の過去、自分の力。自分の罪。
 そして、オマエの想い。
 全てを受け入れた。
 それすら利用して生きてやる。
 それが、それこそが俺が生きる意味、俺がこの力を持つってコトなのだから。


「それにお前も似た様なモンだろ。本当は誰一人殺そうとしなかった。
 極めつけは自分の足枷となると分かっていて使い魔を傷つけるだけ傷つけておきながら―――オレに指摘されない限りみなぎの行為をスルーしたばかりか魔力の供給を決して止めようとはしなかった」

 本来なら、あそこで俺を殺し、みなぎも自害していたはずなのに。
 どんな言い訳をしたところで周囲にいる連中を放っておけない損な性分。

「…何よっ、分かったフリなんかしないでよぅ。殺しなさいよ!
 この戦いに敗れた私が、魔術師として敗れた私にもう価値なんてないんだからっ!」

 どこまでも高らかな―――慟哭。
 だが、俺はそんな嘆きを一蹴した。

「ふざけんな。死にたきゃ一人で死にな。
 ―――だけどな」
「………?」
「だけどな?
 お前が望むんだったら、いや、死ぬって言うんだったらオレがお前に価値を与えてやる。
 お前の生にも死にも、意味と価値を与えてやる」
 
 生きていく意味が分からないって言うんだったらひかり、オレがお前に光を与えてやる―――


「―――あ……」


 ひかりがそう呟いて目を見開く。
 ダンタリオンじゃなくてもオマエの声が聞こえた気がした。

 言ってほしいことば。

 とどけてほしいことばをようやく言ってもらえた。

 それだけで、そう、それだけで目から流れていくモノがある。

 それだけで、こころが、精神が救われる。


 また、表情が変わる。
 魔女になる前、魔術師として張り詰めていたものが全て解けて丸裸になった心。
 それはあの、俺が指輪を手に入れですぐ、教室で一人、夕日を見ていたあのあどけない顔に似ていた。


 ようやく、ほんとうのおまえに、あえた


 等身大の年齢相応の表情になって震えだす。

「あっ…あぁぁ…っ!わたしっ!みんなにヒドいこと…っ!」
「あぁ、大丈夫だ。アイツらは負けない」
「そんな…っ!指環使いに勝てるワケ…」
「勝てるんだよ」

 断言する。

「アイツ等は、負けない」


 答えを、出したから。
 この世界で生き続ける、生を続ける答え。
 だから―――負けない。



 あの日、置いてきた俺の心。
 なんとなく分かった。ひかり、お前の事を何故目が離せなかったのか。
 似ていたのかもしれない。
 似ていて、似すぎて―――傷つけあうしか出来なかった。
 だから、俺が諦めていたものをお前に与えたかったのかもしれない。
 こうなってしまったオレはきっともう、■■には戻れないから。
 …後悔はしちゃいない。
 だからより、ニンゲンらしい生き方を。出来るモノに望むのかもしれない。


「……さ、帰るか。ほら」


 手を差し延べる。


「…どこに…?」
「さぁな。ここじゃないことは確かだ」
「……うん」


 叱られた子供がおずおずと手を伸ばすようにしてゆっくりと俺の手に掴まる。
 冷えた手からは心は伝わってこない。ただ、温もりだけが伝わっていた。



 そして、改めて宣言する。







「ここに、烏 十字の名の下に戦いの終結を宣言する―――」

 
 


 

 

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