ジェリー・フィッシュの事件簿もしくはボヤキ


 

 

第1話 「テレパス」


 こないだ俺が相手にした奴はまあ厄介な奴だった。労多くして得るモノがあんまりない。あんな仕事ばっかりだったら俺だって転職を考えるんだがな。厄介って言っても、結果から言うと大して危険な仕事じゃなかったんだが、そうなるリスクはあったし、事前の調査がとにかく楽じゃあなかったんだ。何しろ相手は女子高生。調査するにも高校生ばっかり相手にして事情を調べなきゃならねえ。俺みたいないい年こいた男が、目立つところでそんなの相手に片っ端から調査してたんじゃ、騒ぎが大きくなっちまってヤブ蛇だ。かと言って目星つけた何人かを人気の無いところで待ち伏せってのも、それはそれで、いらん騒ぎを起こしそうな話だろ?MC管理官なんていうと派手な仕事ぶりを期待する奴もいるが、実際は地味な苦労が多いんだぜ、これが。

 順序良く話そうか?そうだな。フィッシャーマンが引っ掛けた情報が元で、俺に仕事の依頼が来たのは半年ぐらい前のことだ。その街ではそこそこ有名な私立高校の、美少女が素っ裸で騒ぎを起こした。級長やっててなかなか成績も優秀な、真面目な娘だったそうだが、昼休みにいきなりすっぽんぽんになっちまって、サルみたいにキイキイ言って校内跳ね回ったんだ。学校中ちょっとしたパニックになっちまったらしいな。そこの教師の何人かによるとな、そいつらは必死で追いかけたんだが、その娘は普通じゃねえような敏捷な動きで、そいつらやら野次馬をからかいながら逃げ回ったみたいだ。捕まったのは1時間近く後。校庭の木の上から、追いかけて登ってきた体育教師に小便引っかけて喜んでるところを大勢に囲まれての、やっとこさのゲームオーバーだったらしい。

 その娘は、河野浩子って名前の娘なんだが、保健室から病院に送られてもサルになりきったままだった。ご丁寧なことに、両手を拘束していないと自分のケツを叩きまくって真っ赤にしちまうっていう異常行為つきだ。フィッシャーマンが情報を拾い上げて、「心得のある」医者に連絡したのは次の日だったらしい。特別な治療に当たったその医者の見立てでは、河野浩子には自分がサルであるという強力な暗示が、第三者から植え付けられていた。自分は河野浩子だっていう自己認識が完全に破壊されるほどのものではなかったが、外部からの一時的で特殊な圧力による自己認識の歪曲によって、それでも自分はサルのはずだ、サルのように振舞わなければならないってな強迫観念に支配されてた。河野は責任感や自制心の強い娘で、その性格がよけい強迫観念を強固なものにした。その結果の奇行だったって見立てだ。

 催眠暗示などによる時間と技術をかけた巧妙な人格操作とは違った、強引で突発的な思念の挿入。その時点で俺の雇い主の頭の中には、典型的で強力な超能力・ESPによるマインドコントロールが有力候補として浮かんだんだな。妥当な推理だ。だが、だからって俺に依頼を持ってきたのが妥当だったかどうかってことには異議の一つも申し立てたい。厄介な話が俺にばかり回ってくるように思えてしょうがないからな。

 最初に言ったように、下調べみたいな調査がそこそこ骨が折れる。加害者がどんな能力、スキルを持っているのか解らない以上、当てずっぽうで、こっちの能力見せびらかしながら調査進めるわけにもいかないだろ?もちろん調査の最後に相手の記憶を消すぐらいはするが、声かけて、相手がヤバイ奴じゃないことを確認するまでは、俺の力を使わずにやらなきゃならん訳だ。同じ服来た高校生ども相手に怪しまれずに対象絞っていくってのは、とにかく面倒くさい仕事だったぜ。

 まずは被害者の河野浩子。「心得のある」医者のおかげで、俺が様子を見に行った時にはもうほぼ完全回復だったな。転校の手続きもちゃんと進んでいるらしい。その医者が、記憶と一緒に挿入思念の影響が復元されちまう可能性があるって言って、俺に河野の心理探査セッションをさせなかったのは正直痛かったが、まあ賢明な判断だったから、俺も文句は言えなかった。そういう医者相手に無理強いする気も力も俺にはないからな。だが彼女に口頭でいくつかの質問をすることは出来た。親密だった友人関係についてだ。

 結論から言うと、河野浩子本人に実際に会えただけでも収穫だったと言えるだろうな。一般的な審査基準から言って、彼女は相当に目を引く、多少気の強そうな美少女だったが、彼女の高校で一番の美人ってほどではなかった。彼女一人がダントツに目を引く標的ってわけじゃない以上、加害者がもし無関係の通り魔だったとしたら、彼女以外のその高校の可愛い娘ちゃんらも同じような目に会わせていたはずだ。ところが少なくともその前後数日間、その高校の付近で明るみになっている似たような事件は、俺の聞く限りなかったぜ。彼女だけが公衆の面前で、二度とその学校に来られないような大恥をかかされたんだ。彼女を知っていて、何か恨みを持った奴の仕業ってのをまず考慮してみるのが定石ってもんだろ?俺がまず彼女の友人関係を聞いてみたのも、そういう訳からだ。閉鎖性の強い集団の中での友人関係ってのは、敵対関係のヒントになるからな。いきなり調査は第二段階だ。

 ・・・っとまあ調査は簡単に行くかと思ったんだが、聞き込み相手に最初から能力を使わない調査ってな作業が結構難航したんだぜ。相手さんに尻尾を見せねえように、あの手この手で聞き込みをしつつ相手が能力者や技能者でないことを確認、最後にそいつに聞き込みの事実と俺の存在を忘れてもらう。一人一人引っ掛けてやってくには骨の折れる作業じゃないか?おまけにその河野浩子は級長を務めるだけあって、みんなの人望はなかなかのものだった。敵らしき敵ってのがなかなか見つからない。だが、7人ぐらい調査して、やっとこさ怪しいイザコザが俺の耳に入ってきた。

 浩子は事件の5日前、クラスメイトの赤木千佳って娘と、滝川敏彦って問題児について話してて、口論になりかけたらしい。最近髪型を金髪に近い茶色のカリアゲにしてきた滝川に関して赤木から話をふられた浩子は、真面目な性分からか滝川には普段から好感を抱いてなかったらしく、「サルみたいになった」って言っちまったらしい。滝川に気があった赤木千佳は、河野浩子が意外に思うほど怒って、ちょっとした口論になったらしいな。教室移動の時の出来事で、そんなに多くの目撃者がいなかったせいで、この話を拾い上げるのに手間がかかった。

 犯人は赤木?そんな単純な話だとは俺は思わなかったな。苦労症がすっかり身についちまってるみたいだ。もちろん赤木の線も排除は出来ないが、その口論から5日もたった後で赤木が河野に仕返しをしたとは考えにくい。河野浩子への刷り込みは、突発的で強力なものだった。周到に蓄積させていくような精神干渉ではなかったんだ。その場でかかってないとおかしいってことになる。滝川?滝川は事件の当日は学校をサボってたことがすぐにわかった。遠隔干渉を行えるような強力な能力者も世の中には結構いるが、そいつが滝川みたいな問題児だったら、河野みたいな目に会わされてる奴はもっといたはずだ。加害者は赤木でも滝川でもないが、例の口論が何かのきっかけになってることは間違いないと思えた。そして黒幕さんは結構その周囲にいるはずだった。それだけ特定が出来ればもう十分だ。あとは俺の能力をフルに使った調査を開始するの段階ってな具合さ。

 犯人像に目星がついて俺の力を使い始めてからは、これまでの苦労が嘘みたいに、情報が集まった。大きなヒントやちっちゃなヒントが、俺に向かって集まってくるみたいに情報収集は進んだな。南部典子。俺がすぐにたどり着いた、犯人の有力候補だ。地味で暗いガリ勉って見られてたが、しばらく前から、妙に彼女に友達が増えた。ダイエットやら美容に関するオマジナイがなかなか効くって話が、一時は相当広まっていたらしいな。一学期の頃に流行った、「美容のオマジナイに関する噂」…やれやれ、わざわざ見知らぬオッサンには話そうとしない話題ではあるな。級長ご乱心事件のインパクトの前に、一部知ってた女子も頭の中からすっ飛んでたってところもあるかもな。

 とにもかくにも、この目立たない、上の中ぐらいの成績の南部典子にオマジナイをしてもらった友人が、顔やせだの二の腕やせだの、ずいぶん成功させたって噂が広まったのが今年の春。ところが何人もが試してもらううちに効かないやつの方が多くなって、すぐに噂は消えて、また次の美容ブームにみんな乗っていった。優等生だった河野も、わりと南部とは仲のいいほうだったらしいので、流行ってた頃は何かを試してもらった可能性があるな。

 オマジナイ?本物の魔術や妖術を偶然掘り起こしちまうようなオタクもいるが、それだったらやり方さえ間違えなければ効果にバラツキはないはずだ。やはり南部の持っていたのは超能力だと、俺は推定したぜ。思春期の男女のごく一部に、突発的に現れたり消えたりするESPだ。この世代の少年少女エスパーには、自分の能力に無自覚だったり、コントロールしきれていなかったりするケースも少なくない。意図的に定期的に能力を行使しないから、能力者の発見、識別がなかなか難しいんだ。聞きこみ調査が難航する訳だな。

 南部典子はおそらく、真面目で型にはまった生活、思考を強く保っているタイプだが、その反動もあって無意識のうちにちょっと悪ぶって自由に振舞っている人間にも憧れを抱いていたんだ。友達の河野が滝川のことを「サルみたいだ」と言っていたと、後から人づてに聞いたとき、憧れのワル君を信頼する友達に馬鹿にされたという鬱屈した思いが、不安定なESPを暴発させたってとこだろう。怒りや恋愛感情を押し殺そうとする性格が、不幸なことに溜めこまれて蓄積していた力を暴発させる結果になっちまったんだろうな。

 もちろん、いつまでも調査やら推理やらで時間を使ってる訳にもいかねえ。俺はすぐに南部典子の居場所を探した。・・すぐには見つからなかったな。下校していく女子高生のなかにも南部はいなかった。部活やら居残り組みやらも下校する時間になっても、奴はとうとう出てこなかったな。俺の力を使いながら校内を探索してみたが、教室にもグラウンドにも図書館にもいなかった。まどろっこしいんで、結論から言うと、彼女は体育館の倉庫に居た。滝川敏彦のグループと、彼女のグループとで、酒盛りの最中だったんだ。お堅い南部が密かに夢見たような、ちょっとした悪さだったんだろうな。

 しっかり説明しとこうか?俺が体育館を調べた時、倉庫のほうから声が聞こえた。女の悲鳴?違う。ヤンキー坊主どもの歓声だ。俺は倉庫の扉に手を伸ばして、俺の特殊能力を使い始めた。ゼラチンって俺が勝手に呼んでる力、俺の唯一の商売道具だ。

 俺と一部の奴にしか見えない、スライムみたいなゼラチン質のオーラが俺の体から溢れてきて、扉の隙間から倉庫の中に入っていく。感覚と心理接触能力、防護壁やら色々兼ね備えた、シンプルだが効果的な能力なんだぜ。ま、もっともいいことばっかりじゃあないが、それはまた別の話だ。

「おい、まじで伊東脱いでるぜ。ヒュー。」

「ちょっと加奈ってば、馬鹿なんだから。」

 高校生の男女が9人、慣れない酒に酔ってはしゃいでやがった。一人の女子は下着姿になって、筋肉を強調しながら不自然な笑顔でゆっくりポーズをとってる最中だ。テレビなんかでたまに見る、ボディービルダーのステレオタイプそのものだった。どうやらそいつは精神操作の支配下にあるようだったな。河野浩子がされたように、自己認識を捻じ曲げる、力技の暗示を刷り込まれてた。

「ほら〜。加奈ってやっぱすっごい体育会系でしょー。」

 一番真っ赤に酔っ払って、ろれつの回らない口調でみんなの注目を集めようとしていたのが、例の南部典子だった。男共が色めきだって喜んでるのが嬉しいみたいに、両手を叩いて爆笑してたぜ。

「加奈ちゃ〜ん、こっちこっちー。」

 南部が呼びかけると、引き締まった体型のその女子は、まぶしいぐらいの笑顔のままブラジャーを外して、ギャラリーへのサービスか何かみたいに南部の方に投げた。その後、握りこぶしを腹の前で揃えて肘を折り曲げ、両腕で菱形を作るみたいにしながら胸筋を強調して、ポーズをとる。しまった体ではあるが、人並み以上に筋肉がついているわけじゃあないから、なんとも情けない光景だな。ちょっと膨らんでる乳に男子の視線が集中してる。南部や、隣のヤンキー、滝川は爆笑してたな。他の女子は彼女がなりきってやり過ぎてる様に、ちょっとひき始めてた。

「ちょっと加奈、もう止めなって。典子もちょっと呑みすぎじゃないの?顔真っ赤だよ。」

 一人の女子が、パンツ一丁で筋肉をアピールし続ける彼女に上着を被せながら、南部に注意をする。南部の表情が突然不機嫌そのものになった。酒に慣れてない上に、迷惑な酔い方をするタイプみたいだな。

「うっるさいわね〜。も〜、ミッチョンは加奈よりも胸おっきいんだから。そんなにやっかまなくてもいいじゃん。」

 よろよろしながら南部が立ち上がろうとすると、強い口調で反論しようと息を吸い込んだミッチョンって女子が、突然胸を押さえてしゃがみこんじまった。

「痛いっ!痛いー。」

 その娘が慌てて制服の上着を脱ぎ払って、きつそうにブラジャーを外すと、加奈って呼ばれてる「なりきりボディービルダー」よりも一回り大きな胸が露になった。「ミッチョン」は痛みに耐えながら乳を腕で隠そうとしてるんだが、なぜかしっかり腕で隠しきろうとしない。まるでもっともっとドデカい乳を隠そうとしてるみたいに、腕で空中を覆ってるんだ。それを近づいて怪訝そうに観察してた南部がこんな感じに不満を漏らした。

「あれー。おっぱい私が念じたらいつもよりおっきくなるのかと思ったのに、そのままだね〜。ひょっとしてミッチョン、おっきくなったような気がしてるだけ?…ふーん。そ〜なんだー。…なるほどねー。」

 通常のESPは他人の意識、感覚などの精神的なものには干渉できるが、物質には大した干渉は出来ないはずだ。もっとも意識も脳内分泌の集合だとか、物理的な存在には変わりないとか言うんなら、その先は学者とでも議論を続けてくれ。俺の言ってるのは経験則だ。そして彼女もその経験則でもって自分の能力を正確に認識し始めている。さて難しい話になってきたってことだ。俺の管理下に安全に置くなら、彼女が自分の能力を使いこなせるようになる前にアクションを起こすべきだ。だが同時に、彼女の能力のある程度の底を見る前にこっちが手の内を明かすのには危険が伴う。仕掛けるタイミングってのはどんなマインドコントローラーを相手にするときも悩むところだが、彼女みたいなホヤホヤで底の知れない超能力者ってのは中でも厄介な話なんだぜ。とりあえず俺は用心深くまだ様子を伺うことにした。ギリギリまで待つのが俺の信条なんだ。まったくそうでもなきゃ、続けられないぜ、こんな仕事は。

「なんかね〜。私、お友達に好きなこと思わせちゃう力があるみたいなんだよね〜。ヒロちゃんがあーなっちゃっても、怖くて信じてなかったけど、前にオマジナイとか効いてたのも、そのせいかもー。」

 加奈やミッチョンといった女子の裸に呆然としてた酔っ払いの不良坊主達が、どう反応しようか迷いながら、乾いた笑い声を無理に出した。

「ははっ・・。何だそれ。南部が嘘ばっか言ってんじゃねえよ。」

「でもよー。伊東とか城井のこれってよー…。南部、もっとエロいこととか出来ねえのか?」

「そうだな、南部、マジだったらもっとすげーことやって見せてくれよ。」

 元からあんまり頭よさそうじゃないガキどもだが、酒の勢いで南部コールになる。上半身裸の女子二人と座り込んでパニクってる女子二人を下品な目がまさぐってた感じだな。

「じゃあミッチョンのおっぱいは元の大きさに戻りま〜す。…だーけーど〜。よーく揉んであげていないとすっごく痛くなるよ。ねーミッチョン。」

「い、嫌。やめてよー。典子お願いだってば。痛い!」

 堪えきれないってな素振りで、乳のでかい女子は必死に自分の乳を揉みまくりはじめた。男どもが唾を飲む音が扉のこちら側まで聞こえてくるような気がしたな。

「揉んでると今度はすっごい気持よくなりなさい。もう声とか出しちゃって感じちゃいなさい。」

 良家のお嬢さんみたいな少女が不良坊主の前で、あんあん喘ぎ声出し始めちまった。南部典子の目は座ってきたな。酒の酔いだけじゃないな。クラスでは目立たない女子にとって始めて感じるようなレベルの征服感と万能感に、陶酔しきってるってな目だ。男子の歓声も自分への賛美に聞こえるって具合なんだろうな。

「でも、自分で揉んでるだけじゃ、だんだん痛みを押さえきれなくなっちゃったでしょ?ほら男子に強引に揉んでもらえば、痛くなくなって、また気持ちよくなるよ。」

 歌うように南部典子が宣言すると、悲痛な顔で南部を睨んだ彼女は、すぐに我慢できなくなって叫んでたぜ。

「お願い、誰でもいいから揉んでー!。そう、もっと強く。そー・・。あー!。」

 ってな具合にな。滝川とあと3人の坊や共はそりゃもう大喜びだ。彼女を引っ張りあいながら狂ったように乳を揉みまくってたぜ。下のほうに手を出す奴らもいたみたいだが、彼女はあんまり抵抗してなかった。乳揉む手を止められると痛くてしょうがなくて、揉まれてるかぎりは他のことは我慢してたのか、それとも揉まれてると他のことが意識できないくらい気持ちよかったのか・・。いずれにしろ南部は相手の理性や道徳観をはるかに超える強力な感覚支配も出来るって訳だ。まだ俺が仕掛けるには早い。

 乳揉まれてヒイヒイいいながら転げまわってる女子と、相変わらずの笑顔で思いつく限りのマッチョポーズとってる女子とが、さかりのついた坊主どもにもみくちゃにされ始めた。南部は壁に寄っかかって、腹抱えて笑ってた。

「ちょっと酔っちゃったかな〜。ふー。恵美子もケイちゃんも楽しんでる?」

 笑いつかれた南部が振り返って聞くと、座り込んで凍りついてた二人の女子はこわばった笑顔を無理に浮かべてたぜ。確かにお嬢ちゃんたちには刺激のきつすぎる状況だな。

「恵美子さ〜。酔っちゃって言うわけじゃないけどさー。自分の顔とかスタイルとかすごい自信あるでしょ〜。うふふ」

 完全に酒癖の悪いパターンにはまってたな、南部は。それでも酔った頭で強力な超能力を出せるってのは、相当な才能だ。スカウトに来てたんなら俺も喜んでたかもしれんが、あいにく俺は管理官だ。厄介な話だろ?

 壁に寄っかかったまま床までずり落ちて腰を下ろした南部は、笑顔のまま天井を見上げて、大声を出した。

「じゃあ正直に答えましょ〜。自分が私、南部典子よりもイケテルって思う人は手を上げて〜。」

 恵美子と呼ばれた女子は、引きつった表情で首を横に振りながら、手を挙げた。ケイちゃんと呼ばれた女子も、左手で必死に右手を押さえようとしたが、ゆっくりと右手を挙げる。喘ぎ声を上げまくってる娘も、後ろからハメられながらなおも自分の筋肉をアピールしてる娘も。手を挙げた。南部がある種の笑顔を見せた。まあしょうがねえ。南部典子も決して不細工ではないが、他の4人は結構な粒ぞろいだからな。南部が今までないぐらいの優しそうな笑顔になってるのがかえって恵美子とケイを怖がらせてたな。

「そっかー。そーだよね〜。だって恵美子は顔も可愛いし、足とかすっごい綺麗だもんねー。」

「お願い、もう嫌なの。帰らせて。」

 涙声で頼む恵美子に、南部典子はさらに優しげな笑顔を見せてたな。

「うん、わかった。恵美子が帰りたかったら、帰っていいよ。じゃ、バイバイ。」

 恵美子がうろたえた。典子の反応が予想を裏切ったせいだ。

「えっ・・。本当に帰っていいの?…。」

「どうしたの?帰るんじゃないの?」

 典子が恵美子の肩に手を当てて覗き込む。どうやらもう、何か仕込んじまってたらしいな。いつ能力を使ったのかが注意してた俺にも把握できなかった。こいつは・・なかなかヤバイって思ったぜ。

「帰りたいけど、…帰る前に、みんなに私の自慢の足を見て欲しいの。」

 自分の足を見下ろしたときには、もう恵美子の表情は陶酔しちまってた。未だに何が起こってるのか全く解ってないケイをほったらかして、恵美子は座り込んで左足をピンって跳ね上げると、スカートをゆっくりずり挙げて、男の注目を浴びようと見せびらかし始めたんだ。まあ確かに綺麗な足だった。うっとりして自分の太ももに頬擦りしてるその娘の様子はちょっと異様だったが、ヤンキーどもにとっては面白いショーの始まりだったんだろうな。

 手が疲れてきた男どもに、口でも奉仕するからもっと乳を揉んでくれとせがんでる「ミッチョン」と、精液まみれになりながらスマイルを崩さずに、今はローマの彫像みたいなポーズをとってる加奈に、足の指でパンツ挟んでクルクルまわしてる露出狂ナルシストが加わった。南部典子の目は、つい15分ぐらい前とは全然違うような、力をもったギラツキを見せながら、ケイって娘を見下ろしてたぜ。

「ケイちゃんはそうねえ。私みたいにまだ誰とも付き合ったことがないんだよねー。あ、ミッチョンも処女だったっけ?今日4人もの男子と付き合えるけど、嬉しい?」

 泣き出しているケイに、南部典子は励ますように微笑みかける。

「男の人とするのが怖いんだったら、まずはこの瓶で大事なモノ、破っちゃおうか?」

 ケイの手が本人の意に反して、転がってるワインの空き瓶に伸びていく。俺はまたしてもテレパシーの「接触」の瞬間を見逃しちまってた。

 ケイの悲鳴が上がるより前に、鉄の開き戸が開く音が倉庫に鳴り響いた。その音に、俺のつぶやきもかき消されてたみたいだな。

 扉を開いて倉庫に入り込んだ俺は、「コントラクト」ってつぶやいてたんだ。南部典子の能力の底が、やっとこさ見えたもんでな。彼女の能力はただの典型的な単発テレパシーによる精神操作じゃない。「契約者」という種類の超能力だ。自分の一定の精神干渉を許可する意思を表明した相手に、精神的な接触を長期的に保って、回路を作り上げて強力に干渉する。言わばネットにつなぎっぱなしで一度に沢山の情報を快適に送ることが出来るインターネット契約みたいなタイプのESPってわけだ。南部典子が泥酔状態だろうが、意図的に思念を飛ばさなかろうが、一度彼女の精神干渉を容認した相手は、彼女の能力の成長や安定次第で、簡単に強力な暗示を植え付けられるわけだ。どんな形式で、どんなコントラクト、つまり「契約」にしたのかは知らんが、例の美容法のオマジナイを受け入れるさいに、河野浩子やここの4人の女子やらは南部典子の精神操作を受け入れることを表明したんだろう。

 痩せたい、綺麗になりたい、って願いのために自分の精神に他人の進入を許したんだから、不用意な話だな。だがプロの俺にも、南部が強力な超能力者だってことはすぐ解っても、契約者だったことはその瞬間まで判断できなかった。この辺の見極めは本当に難しいんだぜ。

 まず南部が特定の誰かじゃなくて、「私よりイケテルと思う人は手を挙げて」って皆に呼びかけて、女しか反応しなかったことが大きなヒントにはなった。「イケテル」って言葉は男にも女にも使うらしいからな。無駄に高校生に阿呆みたいに聞きこみ調査ばっかりしてた訳じゃあないぜ。そこで女は皆反応して、男は皆無反応だったってことで彼女の能力の特性が絞られたんだ。回線を保って操作してるパターンか、あらかじめ限られた対象にだけ効果がある能力を持っているパターン。そしてそこでヤンキー共を操作することも出来るが、嗜好か何かから、女子だけに絞って精神干渉をしてるってパターン。

 他にも何パターンか考えられるものもあったが、テレパシーによる精神操作という点と彼女の能力の規模、強度、習熟度を考えると、当てはまらないだろうと思えた。同じように、べろべろに酔った状態の彼女がそこまで巧みに対象を選別しながら集団精神干渉を行うってことも、ないわけではないが、可能性は低い。対象はあくまで絞られていた。契約で干渉の回線を開いた相手か、もともと限定されているタイプに対しての集団精神干渉。契約者だったら、契約する気のない俺が攻撃に移るのは簡単だったが、限定された対象への強力操作者、いわゆる「なんたらキラー」のタイプだったらまだ用心が必要だった。限定が「女」とは限らんからな。ヤンキーと優等生って分けだったら、俺は危ないだろ?似たようなろくでなしだから大丈夫?ほっといてくれよ。

 限定的な対象への単発の精神接触の繰り返しって線もあったわけだが、おれは契約者の回線を通じての干渉ってほうだと判断した。なんでか?一応プロの俺が、初心者テレパスの単発接触のタイミングを二度も見逃す訳がないだろう?俺が二度もタイミングを計れなかったってことは、もともと南部の回路が生きてて、ずっと精神の一部が、進入を許可した相手達の心理的コア近くに「つながりっぱなし」だったっからだと判断したって訳だ。

 相手さんの能力がそこまで解れば、後は赤ん坊の手をひねるようなもんだったぜ。突然の侵入者に戸惑う奴らに構わずに、ゼラチンを倉庫を満たすほどぶちまけて溢れさせる。加奈が、不良少年が、クラゲの体内みたいなゼラチンの中に瞬時に取り込まれていった。体全体が俺のオーラに浸かった不純異性行為の高校生共は、即時に無力化されて、海草がクラゲの体内を漂ってるみたいにゆらゆら立ち尽くしてた。南部典子が怒りと恐怖に震えた目でこちらに何かをしかけようとしたが、その間もなく、まだまだ膨張するクラゲみてえなオーラに包みこまれ、無力化された。もっとも、俺の攻撃がもっと遅かったって、契約をしていない俺に対しては南部も大したことは出来なかっただろうな。俺が南部より先に彼女の玩具たちを無力化したのは、南部がそいつらを制御装置もヒューズのない戦闘マシーンに変えて俺に襲い掛からせることを警戒したからなんだ。特に自分を筋肉ムキムキのボディービルダーと思い込んでる加奈はちょっとヤバそうだったからな。まったく危なっかしい仕事だ。

 倉庫全体を俺の力で取り込んだ後は、すぐに無力化した連中の処理にかかる。そんな大きさまで俺のゼラチンを膨張させて、長時間維持するのは億劫だからな。悪いが南部へのダメージなんぞ気にせずに、女子たちの精神に埋め込まれてた回路を即座に強制切断しちまった。呆けて立ち尽くしてた南部が白目をむいて苦悶を見せる。全員の新しい記憶を溶かし込みながら、南部の精神の壁も溶解させて入り込み、超能力の洞穴みたいな部分を蕩けた精神の壁で塞ぎこんでやった。ちょっと荒っぽい処置だったんで、人格形成の土台の部分に何らかの後遺症が残るかもしれんが、まあそこまでケアしてやる気も力も俺にはない。

 南部典子はしばらく苦しむかもしれんが、まあ不安定で強力な超能力者として生きるよりはまともな精神生活を営めるはずだ。軽く意識下を探索してみたが、普段の南部典子は控えめで自制心が強い、いい娘だ。だがこいつの「抑圧的よい子ちゃん」の性格と、蓄積されると暴発しようとする能力が、周りにも、こいつの振る舞いにも劇的に負の影響を与えるってのは俺が目にした通りだ。もちろん、何度か場数を踏めば上手にコントロールする方法を覚えて、南部が一級の契約者になって活躍するって可能性もあるが、そこまで優しく見守る気持ちや余裕は俺にはなかったんだな。残念ながら、次々と来る仕事をやっつけてくのに精一杯なんでな。

 仕事の結果としては、俺は河野浩子の事件の原因を突き止め、その原因を除去した。被害は河野以外にはクラスメートの伊東加奈の顔面をはじめ全身の筋肉痛と、城井道代の処女喪失及び胸部のいじり過ぎによる軽度の内出血、鈴木恵美子の無理な体勢からきた足の筋の痛みといった、原因の能力の強度からすると比較的軽度な規模に抑まり、さらなる拡大も防げた。原因だった思春期突発性発現による契約者型テレパス、南部典子からは能力の喪失と、軽度の自閉症、後は重度のアルコール恐怖症を確認した。

 その辺を報告したら、後の工程は他の奴らが上手いことさばく。雇い主は俺の仕事振りに満足してた一方で、強力なテレパス候補を一人失ったことに、ちょっと残念だったみたいだな。人の苦労も知らねえで、困ったもんだ。俺は久しぶりに能力をフルに使っちまって、2、3日寝込んでおかゆばっかり食ってたよ。振り込まれた報酬を口座から下ろしたら、滞納してた家賃と電気代払って、オーディオを買い換えた。MDLPの使えるいいヤツにだ。

 それにしたって、何日も怪しい目で見られながら高校生相手に聞きこみ調査やって、能力の強度からするともっとやばかったかもしれんテレパス相手にして、7人も8人も同時に精神干渉して寝込んだ報酬が、家賃とオーディオじゃあ、ちょっと割が合わねえだろ。結局相手が契約者だったから、俺が操作されるリスクがほとんどなかったって結果論のせいで、危険労働手当てがつかなかったんだ。まったく労が多くて得るところの少ない、厄介な仕事だったわけだ。あんまりおいしくねえ話だろ?そろそろ転職のクチでも、探すべきかもな。まったくもって、MC管理官ってのは楽な仕事じゃあないんだよ。

 
 
< 第1話完 >


 

 

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