いたいのいたいのとんでいけ


 

 



〜きれいなお姉さんは発情中〜



「……つぅっ!」

 キャベツを千切りしていた指先に、鋭い痛みが走る。
 見ると、人差し指の先にぷくっと血玉ができていた。

「いたいのいたいのとんでいけ……!」

 誰もが子供の頃に一度はやったことがあるあのおまじないを口にしながら、そっと傷口を右手で払う。
 するとさっきまで脈打つようにズキンズキンと痛んでいた指先から、嘘のように痛みが消える。
 とはいっても傷がふさがったわけじゃないし、もちろん血も止まっていない。
 だから、また膨れあがった血玉からポトリと赤い雫が落ちていく。
 僕はとりあえず水道の蛇口を捻って傷口を洗うと、絆創膏を貼った。






 僕、秋山孝之(あきやま たかゆき)が、このおまじないを文字通り"扱える"ことに気がついたのはもう10年以上も前、小学1年生の時だった。

 友達と公園で遊んでいたら、仲のよかった子が転んで派手に膝を擦り剥いたことがあったんだ。
 わんわん泣きじゃくってたその子に、母さんがよくやってたように「いたいのいたいのとんでいけ!」って言って傷口を軽く払ったら、嘘みたいに泣き止んだ。
 驚いたようにその子が僕を見上げたけど、僕だって何があったのかわからなかった。
 本当にそのおまじないが効くなんて思ってなかったんだから。

 実はその時、もうひとつ事件があった。

「痛ててっ!」

 僕たちが遊んでいた場所から少し離れたベンチに座っていたおじさんが、いきなり大声をあげた。
 膝を押さえて痛がっているおじさんを、僕たちはわけもわからずに眺めてたけど、後になってよく考えたらあのおじさんは僕がおまじないを唱えて手で払った先の方向に座ってたんだ。



 それから少し後に、今度は自分が怪我をしたときに自分で「いたいのいたいのとんでいけ」をやってみた。
 それでようやく、自分のおまじないが効くってことがわかった。

 だけどそのことに気がついてから、僕は他人にそのおまじないをしなくなったし、自分のおまじないにそんな効果があるなんて誰にも言わないって決めた。
 初めてそれをやったときのあの友達の不思議そうな、どこか怖がってるような表情を思い出すと、自分にそんなことができるなんて知られたらみんなに気味悪がられるんじゃないかと思ったんだ。

 それに、このおまじないの力は使い方にも注意しなくちゃいけなかったし。
 僕のこのおまじないは痛みを消すんじゃなくて飛ばすものだから、その飛ばした先に人がいると、あの時のおじさんみたいに飛ばした痛みがその人に移ってしまう。
 だから、なるべく周りに人がいないようにしないといけなかった。

 そんなわけで、僕はこのおまじないを自分がちょっとした怪我をしたときにだけ使っていた。
 そもそも、このおまじないは痛みは消えるけど傷自体が治るわけじゃないから、大きな怪我をしたら血が止まらなくて結局病院に行くことになったし、下手に大きな怪我や病気の痛みをごまかして放っておくとかえって大変なことになりそうなのが怖かったんだ。

 まあでも、こうやってちょっと指先を切ったときなんかは、鬱陶しい痛みがすぐに消えて便利ではあるんだけどね。






* * *







 晩ご飯の後、お風呂セットを入れたビニール袋を手に部屋を出る。

 東京の大学に入ってひとり暮らしを始めたアパートは、木造二階建ての築うん十年というボロ屋で家賃は安いけどお風呂は付いていなかった。
 だけど、少し歩いた先に銭湯があるからそんなに不便は感じない。



「みぎゃぁ〜」
「ん?」

 1階に降りると、柔らかくて温かい感触が足に絡みついてきた。

「ふみゃぁ〜」
「……ハナ、どうしたの?」

 それは、いつもこの辺りにいる一匹の三毛猫だった。
 誰かに飼われてるのか野良なのかはしらないけど、妙に人に慣れてるから飼い猫なのかなとも思う。
 人なつっこくてよくじゃれてくるやつで、鼻のところがポチって黒くなってるから、勝手にハナって名前を付けて遊び相手にしていたんだけど。

「みぎゃ、ふぎゃ、ふみゃぁ〜」
「おまえ……もしかして発情期なのか?」

 もともと人なつっこい猫だけど、その日はやたらと僕に体を擦りつけてくるし、鳴き声もいつもと違う。
 なんていうか、どこか人間の赤ちゃんの泣き声に似てる。

 そういえば実家で昔飼ってたモモも、盛りがついたらこんな鳴き方をして体を擦りつけてきてたっけ……。

「んみゃ〜、みゃっ、みぎゃぁ〜」
「相手がいないのか? ハナ?」

 少し切なそうな鳴き声ですり寄ってくるハナを見て、ふとそんなことを思った。

 そういえば、僕の実家の周辺でも野良猫の去勢とかしてるみたいだし、そもそも、結構前から野良猫を見かけることも少なくなってたし。
 この辺りも同じような感じなのかもしれない。

「みぎゃぁあ〜、んぎゃ、ふぎゃ〜」
「そっか、相手がいなくておまえも辛いんだな……」

 僕にはわからないけど、発情期が来てるのに相手がいなくて盛りがついたままっていうのは、けっこう辛いものなんじゃないかと思う。
 だからその時、何気なく、そう、本当に何気なく、ハナの頭をそっと払って呟いたんだ。

「さかるのさかるのとんでいけ……!」

「……きゃっ!?」
「……えっ?」

 今、僕が手で払った先の方向から女の人の声が聞こえなかった?

「……あっ」

 さっきまであんなに苦しそうに鳴きながらすり寄ってきていたハナが、ぷいっと僕の足元から離れて、何食わぬ顔で立ち去っていく。
 おまじないの効果があって、盛りがついてたのが消えたみたいに。

 ……ということは?
 もしかして、マズいことになってるんじゃないの?

 僕は慌てて、さっき声がした方に行ってみる。
 すると、道路の真ん中で女の人がうずくまっていた。

「どうしたんですか? 大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫みたい……」
「なんか、体の調子が悪いとか、そんなことはないですか?」
「ええ、本当に大丈夫だから。ありがとう……っ!」

 そう言って、その人がこっちを見上げてくる。
 その瞬間に、その人が息を呑んだように思えたのは気のせいだろうか?

 その女の人は僕より年上、たぶん26、7才くらいのスーツ姿のOLさんで、目がくりっと大きくて睫毛が長くて、それに、少し厚めの唇が妙に色っぽく感じる美人だった。
 いや、妙に色っぽいっていうか、なんでそんなに顔が赤くなってて、目がうるうるしてるの?
 ひょっとしてこれって……いや、ひょっとしなくてもまさかの発情期? それも、ハナから移った……?

「本当に大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫よ。ありがとう、心配してくれて。優しいのね」
「あ、いえ、そんな……」
「キミ、大学生?」
「そ、そうですっ……そっ、そこのアパートに住んでて……!」

 いや……なんで僕がこんなにあたふたしなきゃいけないんだろうか?

 じっと見つめられてドキドキしてると、その人の視線が僕の提げているビニール袋へと向いた。

「あら? お風呂に行く途中なの?」

 透明なビニール袋の中のシャンプーとタオルを見つけたのか、その人が訊ねてくる。

「あっ、ぼ、僕の部屋、お風呂がなくて……す、すぐそこの銭湯に行こうと思って出てみたら人がうずくまってたからっ……」

 どうしてこんな言い訳めいたこと言わなくちゃいけないのかとは思う。
 とにかく、なんかイヤな予感がするんだよな……。

 って、今、なんか嬉しそうな顔しませんでした?

「そうなんだ? じゃあ、私のとこでお風呂入っていったらどうかしら?」
「……はい?」

 あの……なに言ってるんですか?

「私ね、その先のマンションに住んでるのよ。すぐそこだから、ね、うちでお風呂入っていってよ」
「で、でも……」
「大丈夫大丈夫、私、ひとり暮らしだし」

 いやいや、そういう問題じゃないですって。
 ていうか、その方がむしろ問題なんじゃないですか?
 女の人のひとり暮らしの部屋に見知らぬ男を連れ込むなんて……。
 って、なんで僕がそんな説教じみたこと考えなきゃいけないんだよう!?

 いや……だから、そんなにじっと見つめないでよ。
 顔も赤いままだし、目だってなんか変な感じで潤んでるし。
 たぶん、あなたのそれはさっき僕が飛ばしたハナの盛りのせいで……。

 でも、そんなの説明してもわかってもらえないよね、きっと。

「いや、でも、やっぱりそんなわけには……」
「そう? 残念ね……」

 あれ? 意外と素直に引き下がってくれたな……。

 その時、立ち上がろうとしたお姉さんが大きくよろめいた。

「ちょっ……大丈夫ですか!?」
「うーん……大丈夫じゃないみたい……」

 そう言うと、慌てて体を支えた僕に寄りかかって頭を振る。

「なんか、目眩がして足元がふらつくの……」
「どどど、どうしましょう? 歩けますか?」
「うん……こうやって支えてもらってたらなんとか……」

 どうしよう……?
 本当に調子が悪かったら、このまま放っておくわけにもいかないよな。
 そもそも、それもこれも僕のせいなんだし……。

「だったら、家まで送っていきましょうか?」
「いいの?」
「お姉さんのマンション、すぐ近くなんですよね? だったら、送っていきますよ」
「ありがとう。……キミ、本当に優しいのね」
「いえ、いいんですよ」

 お姉さんに肩を貸して、僕はそのマンションの方向に歩きはじめたのだった。






* * *







 そして……。

「せっかくだからお風呂入っていきなさいよ。すぐにお湯入れるから!」

 ……はめられた。

 部屋に着いた途端にお姉さんは元気になって、お風呂を沸かしはじめたのだった。

「いえ、そんなわけには……」
「いいのよ。もうすぐお湯が溜まるし、ここまで来たんだから入っていっちゃいなさいってば。それに、銭湯だってタダじゃないでしょ。私は、送ってくれたお礼がしたいのよ!」

 ……さっきの、目眩がするとかってのはなんだったんだ?
 はぁ……なんかもう、お風呂に入らないと帰してもらえない雰囲気だな。
 ……しかたないか。

「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「ええ、もちろん、ゆっくりしていって! ……そういえば、キミの名前をまだ聞いてなかったわね?」
「あ、僕は秋山孝之っていいます」
「孝之くんかぁ……私は、野本みどり、よろしくね」

 お姉さんはそう自己紹介すると、お風呂場の方に行く。

「うん、もういいわね。孝之くん、どうぞ〜、もう入れるわよ」
「あ、ホントにすみません……」
「いいのいいの!」

 そう言って、押し込まれるみたいに脱衣場に連れていかれる。

 なんか、おかしなことになっちゃったな……。
 全部、あのおまじないでハナに盛りがついたのを飛ばしちゃったからなんだけど。
 でも、部屋に戻ってからのみどりさんは少しテンションが上がってる程度で、さっきよりも変な感じはなかったし、もしかしたら、お風呂に入ったらこのまま素直に帰してくれるかも……。

 そんなことを考えながら服を脱いでいく。





「ふう……やっぱり、ゆっくりお風呂に入るのっていいよなぁ……」

 体を洗って、シャンプーしてから湯船に浸かる。
 ちょうどいい湯加減で気持ちいい。

 それは銭湯の大きな湯船もいいけど、混んでたらそんなにゆっくりできないし、こうやってひとりでのんびりお湯に入るのは久しぶりだ。

「……それにしても、女の人の家って全然違うよなぁ」

 最初に思ったけど、カーテンとか脱衣場のマットとかも柔らかい暖色系のものばっかりだし、ちょっとした小物なんかも置いてあったりするし、僕の部屋とは全然雰囲気が違ってて、いかにも女の人の部屋っぽい。
 それに、シャンプーとかボディーソープも初めて見るものばかりで戸惑ったし、どれもすごくいい香りがしてて、自分がこんな香りをさせてるのを想像するとちょっと気恥ずかしくなりそうだよ。

 肩までお湯に浸かってそんなことをぼんやり考えてると……。

「孝之くん、ここにバスタオル置いとくね〜」
「あっ、はい、ありがとうございます」

 脱衣場の方からみどりさんの声が聞こえた。
 続けて、何かゴソゴソしてる物音がする。

 ……片付けでもしてるのかな?

 と、そんなことを考えていたら、いきなりバスルームのドアが開いた。

「うふふっ! 私も一緒に入っちゃおうかなー?」
「なななななっ、なんですかっ!?」

 いきなりみどりさんが入ってきたから、飛び上がりそうなくらい驚いてしまった。
 しかも裸だし……って、お風呂なんだからそりゃそうか……って、いやいやいや、ちょっと待って!

「ちょちょちょ、野本さん!?」
「みどりでいいわよ、孝之くん」

 いや、そういう問題じゃないですから。

「あ、あのですねっ……!」
「どうしたの? 私と一緒にお風呂に入るのは嫌?」

 えっと、嫌か嫌じゃないかって問題じゃなくて、そもそもこのお風呂ふたりで入れるほど大きくないし。
 いや、そういう問題でもない。

 だって、目の前にみどりさんの裸があるんだよ。
 さっきはスーツ姿だったから目立たなかったけど、大きくて形のいいおっぱいが丸見えになってて……。
 だだだだ、ダメだ……顔がものすごく熱い。
 これは、お湯にのぼせたとかそういうんじゃないよね、絶対。

「あ、あのっ、ぼぼぼっ、僕っ、もう上がりますね!」
「ええ〜? どうして〜?」

 いやいやいや、どうしてもなにも、一緒にお風呂入ってる方がおかしいでしょ!?

「いや、僕、ちょっとのぼせちゃったみたいだし、それに、やっぱりふたりだと窮屈ですからっ! その方が野本さんもゆっくりお風呂に入れるでしょ?」
「だから、みどりでいいってば」

 いや、そっちじゃなくて!

「ととととっ、とにかく、僕はもう上がりますからっ!」
「もう、しかたないわねぇ」

 不服そうな顔をしてるみどりさんの脇をすり抜けてバスルームから脱出する。



 これって、みどりさんの素なのかな?
 いや、それはたしかに本人の性格もあるんだろうけど、やっぱりあれのせいだよね?

 バスタオルで体を拭いて、服を着る。
 まだ心臓がバクバクしてるよ。



 いっそのこと、そのまま逃げてしまおうかっていうのも頭をよぎったけど、やっぱりそれは失礼だよね?



 そう思ったから、みどりさんがお風呂から上がるのを待っていたんだ。
 そうしてたら……。

「ふう、温まったわぁ……」
「ふえええっ!?」

 みどりさんが出てきたのはいいけど、バスタオルを軽く羽織っただけ……っていうか、大事なところ全部見えてるじゃんか!

「ちょっ……野本さん!?」
「だから、みどりでいいって言ってるでしょ〜」
「いや、そうじゃなくて、服っ、服っ!」
「え? ああ、いいのよ」

 そう言って、みどりさんは僕が座っている椅子のすぐ前まで来る。

「いや、よくないですって! ……うわっ?」

 いきなりみどりさんが腰を屈めて、僕に顔を近づけてきた。

「ねえ……孝之くん、エッチしよ?」

 そう言ったときの、みどりさんの表情……。
 頬っぺたから目のまわりまでポウッと赤くなって、なんか目尻が垂れたみたいに緩んでうるうるしてる。
 いや、それは最初に道路でみどりさんに声をかけたときからそんな感じだったけど、あの時よりもっと熱っぽい感じ。
 これって、絶対お風呂に入ったせいだけじゃないよね?
 それに、物欲しそうに軽くすぼめた唇が濡れて光ってるのも、なんていうか、いやらしい感じがするっていうか……。
 とにかく、思わずドキッてするくらいきれいで、しかもエッチな表情をしていた。

「……えっと、な、なんて言いました?」
「だからぁ、私とセックスしようって言ってるの」
「そんなっ!? ダメですって!」
「どうして? 私は全然オッケーよ。なんかね、すっごくセックスしたい気分なの」
「いや、あの……」

 だからそれは、僕のおまじないのせいでみどりさんが盛りのついた状態になってるからですって!

「そんなに嫌なの? あ、もしかして、彼女がいるから?」
「いえっ、いないですけど……だだだ、だいいち、ぼ、僕、こんなの初めてですし……」
「あっ、そっかぁ! 初めてだから不安なのね!? 大丈夫、お姉さんがちゃんと教えてあげるから!」
「い、いやっ、そういうわけにもいかないですってっ! そっ、そう言う野本さんこそ彼氏とかいないんですか?」
「ねえっ、みどりって呼んで」

 あの、なんでそこで拗ねるんですか?
 そんなにみどりって呼んで欲しいの?
 なんか、有無を言わせない感じなんだよなぁ……。

「あの……みどりさんは彼氏いないんですか?」

 僕がみどりさんって呼ぶと、その顔が嬉しそうに輝く。
 でも、すぐに拗ねたように唇を尖らせた。

「こんな気分の時にカレシがいたら呼び出してるわよぉ。そんな相手もいないし、こんな時に孝之くんと知り合えたのも何かの縁よね。それに、孝之くんってちょっとかわいいし。だからぁ、セックスしよ?」

 ひえええーん!
 だからそれは何かの縁じゃなくて、ハナに発情期が来たのを僕がおまじないでみどりさんに飛ばしたからなんですぅううううっ!

「ねえ……孝之くんったら、もしかして私のこと嫌い? そんなに私とセックスするの嫌なの?」

 だから、顔を近づけてそんな表情するの反則ですって!
 しかも裸で!

「いっ、いやっ、嫌いじゃないですけどっ……!」
「ふふーん……?」
「あっ! みどりさんっ、そこはっ!」

 悩ましげな表情で素っ裸に肩からバスタオルを掛けただけのその姿に、僕の男の部分が素直に反応して前屈みになったのをみどりさんは見逃さなかった。

「やっぱり、大きくなってる!」

 嬉しそうな表情で手を伸ばすと、ズボンを穿いていてもはっきりと膨れあがった股間を探ってくる。

「こっ、これは自然現象でっ!」
「そうよね〜、自然現象ですものねー。……でもよかった、興奮してくれて。いいのよ、無理しなくても。これからどうしたらいいのか、私が全部教えてあげるから。ね、孝之くん?」
「はうううっ!?」

 不意に抱きしめられて、ぷるんと柔らかいものが顔に当たる。
 ……って、これっ、みどりさんのおっぱい!?

 裸の女の人に抱きしめられるなんて経験がこれまでの人生にあっただろうか?
 いや、赤ちゃんくらいの時にはあったかもしれないけどそんなの覚えてるわけがない。

 我ながら情けないとは思うけど、人間っていきなりこんな状況になると言葉になってない声をあげてフリーズしちゃうんだな。
 それなのに、アソコの方はきっちり反応して、ズボンの下で痛いくらいに大きくなってる。
 下半身に全身の血が集まっていっているみたいで、ドクンドクンっていってるのが自分でわかるくらいに。

「ね? 孝之くん。……ちゅっ」
「んむっ!?」

 まるでスロー映像みたいにみどりさんの顔が近づいてきて、僕の唇に触れるこの、ぷにぷにした感触。

 僕……女の人とキスしちゃった……んだよね?

 いや、頭ではキスしちゃったっていうのはわかってるけど、こんなの初めてで、なにがどうなってるのかよくわからない。
 自分の唇に女の人の唇が当たってる、この柔らかくて温かい感触が、すごく不思議な感じがする。

「ん……。ねぇ、エッチしょ? 大丈夫よ、私がリードしてあげるから」
「で、でも……」
「さっ、こっちこっち」
「あっ……」

 みどりさんに手を引かれて、ベッドまで連れて行かれる。
 そして、先にベッドに腰掛けたみどりさんが、自分の隣をポンポンと叩く。

「ほら、孝之くんはそこに座って」
「えっ……あっ、はい……」

 勧められるままに、その隣に座る。
 なんかもう、言われたとおりにするしかないような感じ。

 すると、みどりさんは、ふうぅ……って悩ましげな息を吐いて体をもじもじさせた。

「やっぱり、ちょっと恥ずかしいけど、でも、孝之くんは初めてなんだから、私がちゃんと教えてあげないといけないわよね……」

 そう言って、みどりさんが熱っぽい視線を向けてくる。
 いや、だからその表情は反則ですって。
 そんないやらしい顔で見つめられたらまた心臓がバクバクしてきちゃうよ……。

「ほら……孝之くん、見て……」

 恥ずかしそうにそう言うと、みどりさんはこっちに体を向けて両足を広げてみせた。
 丸見えになったその、男だったらちょうどおちんちんがあるあたり、うっすらとした繁みの下側がぷっくりと膨らんでいて、その真ん中に縦に走る割れ目があった。


「ほら、ここ……」

 恥ずかしいからなのか発情してるからなのかもうわからないけど、ほっぺたを真っ赤にしたみどりさんが自分の指でその割れ目を開いてみせる。

「これが小陰唇ね。それで、ここ……ここに男の人のおちんちんが入ってくるの……ああっ、想像したらっ……んんっ……」

 ぷっくりした割れ目の内側の、きれいなピンク色をしているビラビラから少し下のあたりをみどりさんの指先が押し開く。

 その中に、裂け目のようなものが見える。
 鼻にかかったような声をあげたみどりさんがブルって体を震わせると、その裂け目みたいなのがぱくって開いて、奥からトロリとした汁がこぼれてきた。

 なんていうか、初めて見る女の人のそこはいやらしいというよりも生々しかった。

「どう? 孝之くん?」
「どうって言われても……僕、こういうの本当に初めてだから……」
「そうよね。初めてだから、何もわからないわよね。いいわ、今日は私が全部してあげるから」
「……あっ、みどりさん!」

 みどりさんの手が、僕のベルトにかかってズボンを脱がせていく。
 そして、パンツも。

「ふふっ! 孝之くんのここ、すっごく元気ね?」

 出てきた僕の息子を見て、みどりさんがおかしそうに笑う。
 なにしろ、うちの息子ときたらもうギンギンに起き上がって、こんにちはでもしてるようにピクンピクンって震えてたんだから。

 でも、しょうがないじゃないか。
 女の人とこんなことするのって初めてなんだし、この状況でこんなにならない男がいたら見てみたいよ。

 なんてことを自分に言い訳していたら、みどりさんが手を伸ばして僕の息子を握った。

「あうっ! ……みっ、みどりさん!?」
「すごい……孝之くんのおちんちん、硬くて、熱くて、脈打ってる……」
「はうっ! みどりさん!」

 硬く勃起したそれを握って、みどりさんがゆっくり手を動かす。
 それが、自分でやるときの感覚とは全然違ってて、今にも破裂しそうなくらいにビリビリくる。
 僕が情けない声をあげているのが楽しいのか、みどりさんはやたらと嬉しそうにしてるのがまたいやらしかった。

「うふふっ! こんなにカチンカチンだよ。もう、孝之くんもいつでもオッケーだね?」
「あ、は、いえ、あの……」

 いつでもオッケーって言われても、初めてだからそれでオッケーなのかどうかも実はよくわかってない。
 ただただ、自分のおちんちんが痛いくらいに勃起してるのを感じるだけで。

 みどりさんはそんな僕の肩を軽く突いて、ベッドに押し倒す。

「あっ……」
「私、もう我慢できないわ。だから、ね?」

 何ひとつ身につけていない格好で僕の体に跨がり、みどりさんがこっちを見下ろしながら微笑む。
 それはもう、ヤバいくらいにきれいでいやらしかった。

 みどりさんの言葉に頷いたのか、それともゴクリと唾を呑んだだけだったのか、自分でもよくわからない。
 でも、みどりさんは僕が頷いたと思ったみたいだった。

「じゃあ、入れるね、孝之くん……んっ、ああっ、入って、くるっ……!」
「あっ、ああああっ……みどりさんっ!」

 軽く目を閉じながら、みどりさんがゆっくりと腰を沈めていく。

 その瞬間、僕は思わず情けない声をあげていた。

 おちんちんが、熱いものに包まれていく。
 すごく柔らかい感じがするのに、きつく押し包まれていくようにも感じる。
 とにかく、今まで経験したことのない感触だった。

 ……これって、なんて言うんだっけ?
 ロストバージン……いや、筆おろしだっけ……。
 僕、童貞じゃなくなったんだよね?

 ぼんやりとそんなことを考えながら見上げると、みどりさんはさっきよりももっといやらしい表情を浮かべていた。

「ん……んふっ、全部、入ったわよ……孝之くんのおちんちんが私の中に入ってるの、わかる?」

 すごく嬉しそうに目を細めて、みどりさんがゆらりと体を揺らす。
 開いた両足で僕の腰を挟むようにしているその股間の、さっき見せてもらった割れ目が僕のおちんちんをすっぽりと飲み込んでいた。

 これが……女の人の中?
 熱いものが僕のおちんちんをまんべんなく包み込んで、ぐにぐにしてくる。
 自分でするのとは全然違う。
 なにこれ……こうしてるだけで射精してしまいそうだよ……。

「すごい……こ、これがセックスなんですね……?」

 初めての経験、初めての感覚に圧倒されて、思わずそう口に出していた。

 だけど、みどりさんはあのいやらしい笑みを浮かべたままで首を横に振る。

「まだまだ、本番はこれからよ……ぁんっ! ほら、動くともっと気持ちいいでしょ? んっ、あぁあん!」
「あうっ!? あああっ……!」

 みどりさんがぐっ、ぐぐっと前後に腰を動かし始めて、僕の喉からまた間の抜けた声が漏れる。

 包み込む熱いうねうねが、ぴったり密着したままおちんちんを扱いていくみたいだ。

 しかも、それだけじゃなくて……。

「はんっ! いいわぁ……奥まで来てる……ああうんっ!」

 みどりさんが大きな喘ぎ声をあげるたびに、おちんちんが入っているそこが狭くなるように感じる。

「おわわわっ! みっ、みどりさんっ!」
「どう? 孝之くんは気持ちいい? 私は気持ちいいわよ……んっ、はぁあんっ!」
「きっ、気持ちいいですけどっ、これっ、僕もうっ……!」

 みどりさんの動きは、そんなに激しくはないはずだった。
 見た目には、ゆっくりと体を前後に揺すっているだけ。
 たったそれだけの動きなのに、みどりさんのそこはぴったりと吸いつきながらおちんちんを扱いていくみたいに感じる。

 たしかに、自分でするときには絶対に味わえない快感だけど、あまりにすごすぎてすぐに出てしまいそうだよ。

「なに? もうイッちゃいそうなの? やだ、かわいい……」

 情けない声で呻いている僕を見て、みどりさんが楽しそうに笑う。
 そして、いったん動きを止めると今度は両膝を立てるようにして座り直した。

「でもね、孝之くん。セックスの気持ちよさはまだまだこんなものじゃないのよ……」

 そのままの体勢で、みどりさんは上下に腰を動かし始める。

「ほらっ、こうすると、もっと孝之くんのおちんちんを感じられるわ……あっ、あんっ、すごいっ……!」
「わわわわっ!?」

 さっきまでもダイナミックにおちんちんを扱かれるような動きに、なんだかわけがわからなくなる。
 もう気持ちいいのを通り越して、頭の後ろの方が擦れてるみたいに熱くなってくる。
 ていうかこのままだと……!

「ああんっ! いいわよっ、孝之くん! 孝之くんのおちんちん、硬くて熱くてっ、あんっ、セックス気持ちいいっ!」
「ちょっ! みどりさんっ! 僕っ、もうっ!」
「あんっ、またっ、大きくなって! 奥に当たるのが気持ちいいのっ! はんっ、んっ、ぁあんっ!」
「あうっ! そっ、それ以上はっ! ああっ、ダメッ! はうっ、ああっ、あああーっ!」

 自分でも情けないとは思うけど、ズンズンと腰を振るみどりさんのアソコに扱かれて、僕のおちんちんはあっという間に射精していた。
 それも、思いきりみどりさんの中に。

「あああっ! 今、ぴゅぴゅって、奥にぃいいっ!」

 驚いたような声をあげたみどりさんが、ピクンと体を震わせる。
 そして、僕の息子をアソコの中に入れたまま、僕の上にぺたんと腰を落とす。
 そのまま肩で息をしながら、その顔は小さな子供の悪戯を見つけたみたいに微笑んでいた。

「ふふっ、もう出しちゃったの?」
「あっ、あのっ、ご、ごめんなさい! 中に出しちゃいました……」
「うふふっ! いいのよ、それは別に」

 慌てて謝る僕の言葉に、みどりさんはむしろ満面の笑みを浮かべて首を振った。

「それは、それだけ孝之くんが気持ちよかったってことだものね。それに孝之くんのおちんちん、まだこんなに硬いわよ。……んっ……はぅんっ」
「あっ! あああっ、みっ、みどりさんっ!?」

 アソコでおちんちんを締めつけるようにしながら、みどりさんがまたゆっくりと腰をくねらせ始める。
 イッたばかりで敏感になってるのか、おちんちんからビリビリするほどの快感が駆け抜けていく。

「じゃあ、今度は私のことをいっぱい気持ちよくしてちょうだい。そして、ふたりでいっぱい気持ちよくなろうね? ……はんっ、あぁんっ、んっ、いいよっ、孝之くん!」
「あうっ、あっ、はううっ!」

 みどりさんが体を揺らす動きに合わせて、アソコ全体がうねりながら僕のおちんちんに絡みついてくる。
 きゅっと締めつけてくるのに痛くはない、すごく絶妙なきつさでおちんちんが扱かれるみたいに。

 女の人って、こんなに男のおちんちんを気持ちよくすることができるんだ……。

 あまりに気持ちよくて頭の中が痺れてくるみたいで、そんなとりとめのないことを考えながら快感に身を任せていく。

「んんっ……! 孝之くんのおちんちん、さっきよりも硬くなってるみたい……あんっ、いいわっ、気持ちいいっ、すごく気持ちいいの! はんっ、あぁんっ!」
「……くっ! ぼっ、僕も気持ちいいですっ、みどりさんっ!」

 うっとりと目を閉じて、心もち顔を上向きにしたみどりさんが、腰の動きを次第に大きくしていく。
 みどりさんにされるがままの僕はそのまま頭の奥がぼうっと熱くなって、わけのわからないくらいの快感のうねりに呑みこまれていったのだった。






* * *







 ……ん?

「……急に熱が出てしまって。……はい。……はい、そうです……すみません」

 女の人の声が聞こえた気がして目を覚ました。

「ええっと……ここは……?」

 そこが、自分の部屋じゃないことに戸惑いを覚える。

 たしか僕は……。

「あっ!」

 すぐに昨日のこと思い出した。
 あれから、何度もみどりさんとセックスをして、そのまま寝ちゃったんだ……。

「あ、目が覚めた? 孝之くん?」

 僕の声に気がついたのか、スマホを手にベッドに腰掛けていたみどりさんがこっちに振り向く。
 その格好は、まだ素っ裸のままだった。

「あの、みどりさん……」
「昨日は楽しかったね、孝之くん。いっぱいセックスして、いっぱい気持ちよくなったよね」
「えと……は、はい……」

 そう言われてもどう答えていいかわからず、裸のみどりさんにドキドキしながらしどろもどろな返事をするしかない僕。
 そんな僕の方に体を寄せてきて、みどりさんはペロッと舌を出した。

「会社、休んじゃった。熱が出たって言って……」
「えっ?」
「でもね、本当に熱っぽいの。それに、体が疼いてしかたがないの。昨日のセックスが忘れられないみたいに……」
「みどりさん……?」

 みどりさんの目が、昨日と同じように潤んでいるのに気づく間もなく、僕の体が温かい感触に包まれる。

「だから……今日もいっぱいセックスしよ、孝之くん?」

 僕の体をぎゅううぅって抱きしめながら、みどりさんが耳許でそう囁く。

「あの……でも……」
「……ちゅむっ」
「んっ!? んむむ……」

 発情してほの赤く染まったみどりさんの顔がすぐ目の前に来て、僕の唇を吸った。

「……ね? いいでしょ?」
「は、はい……」

 こうやって裸で抱き合っていると、みどりさんの柔らかい感触に全身が包まれているような気がしてくる。
 それだけで頭に血が上ってなんだかぼうっとしてしまって、思わず頷いてしまっていた。

 女の人の肌って、こんなに温かくて柔らかいんだ……。
 あんなに体を重ねていたのに、昨日はそんな余裕もなかったから全然気づかなかった。

 そんなことをぼんやりと考えながら、むくむくと股間のものを膨らませている自分がいたのだった。















 ――1年後。

「ただいま〜」
「おかえりなさい、みどりさん」

 帰ってきたみどりさんに、キッチンから声をかける。

「今日はタカくん早かったんだ?」
「うん、火曜日は授業は午前中だけだよ」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。これまでけっこう単位取ってるから今年は楽なんだ。それより、みどりさんも先に服着替えなよ。すぐに晩ご飯できるから」
「うん。ああ〜、タカくんが料理得意でホント助かるわ〜」

 そう言って、みどりさんはスーツの上着を脱ぎながら向こうの部屋に入っていく。





 ……あれから、僕はみどりさんが眠っている間に、「さかるのさかるのとんでいけ」のおまじないを唱えてその頭を払った。
 それで、みどりさんの盛りのついた状態は取れたみたいだった。
 今さらながら、どうしてもっと早くそのことに気づかなかったのかと思ったりもする。

 ただ、盛りがついた状態じゃなくなっても、みどりさんが僕のことを気に入ったのは変わらなかった。

 結局、僕たちはそのままつきあい始めて、僕がみどりさんの部屋に転がり込む形で同棲生活が始まった。

 今ではこうやって一緒に暮らして、セックスも当たり前のようにしてる。
 もちろん、みどりさんに盛りがついてたときほどにはしないけど。
 もしかしたら、みどりさんは盛りがついていなくても、もともとエッチなんじゃないかと思ったりもする。
 でも、僕はセックスするのも女の人とつき合うのもこれが初めてだから、みどりさんが他の女の子よりもエッチなのかどうかっていうのもわからないんだけどね。

 だけど、そんなことはどうでもいいかもしれない。
 だって、みどりさんとのセックスは気持ちいいし。
 もちろん、今はちゃんとゴムをつけてやってる。
 本当は、あの時何度もそのまま出しちゃって、みどりさんが妊娠しちゃったらどうしようってすごく気になってた。
 あの後、つきあい始めてすぐにみどりさんが「生理来ちゃった〜」って、なぜかガッカリしたように言ってきたときはホッとしたんだよね。
 まあ今でもたまに、みどりさんが「今日は大丈夫な日だからー」っていう日はそのまましてるけど。
 ……それがホントに大丈夫なのかどうかはちょっと不安だな。

 まあ、なんだかんだ言っても、僕はみどりさんのことが好きなんだ。
 ちょっと強引なところもあるけどやっぱり美人だし、それにすごくいい人なんだよね。
 きっかけはあんな無茶苦茶な始まり方だったけど、今はみどりさんと会えてよかったと思ってる。





 いたいのいたいのとんでいけ……か。
 そのおまじないを僕がやると本当に効果があるのは子供の頃からわかってたけど、まさか、同じやり方で発情期の猫の盛りを飛ばせるなんて思ってもいなかった。
 それでみどりさんがあんなことになって、今の僕たちがあるんだよな……。

「……熱っ!」

 みどりさんと出会ったときのことをぼんやりと考えながら、茹で上がったジャガイモの湯切りをしてたらお湯が腕に跳ねた。

「つうぅ〜……ああ、もう水ぶくれになってるよ〜」

 お湯が飛んだところがすぐに白く水ぶくれになって、ヒリヒリと痛む。
 でも、こんなのは僕にはなんてことはない。

「……いたいのいたいのとんでいけ」

 僕はキッチンの小窓を開くと、みどりさんに気づかれないように小さくおまじないを唱えてそっと腕の火傷を払った。

 
 
< おわり >


 

 

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