緑色の幸福


 

 

04. 洗脳


 翌日はさすがに彼女は休んでしまったようだったが、その次の日にはなんとか出勤してくれた。
 以前と変らないようにも見える仕事ぶりは、若干笑顔に翳りは有るものの他の者達からはそれと気付かれない程度で、しかし俺にはやはり距離を置くようになっている。



 あれから1ヶ月が経ち、彼女の信頼を得る為にあえて俺からも距離を置くよう心掛けていたが、やはり彼女の笑顔はどんなリスクを侵そうとも自分の物にしたいという気持が抑えられなかった。
 
 他の女でやり直した方がリスクが少ないかと対象を探したりもしたが、もう俺の心は彼女に囚われてしまっており、廻りの女達が皆ブサイクなジコチュー女にしか見えない。

 とはいえ今度は以前のように急激な変心は望ましくない。彼女の中にある心的外傷をゆっくりと取り除き、自分の心との矛盾が起きない程度に徐々に作り変えて行かなければいけないのだ。
 
 あれ以来寝る間を惜しんで読み漁った心理学の本によると、無意識下で、ほんの僅かずつであればその心変わりが他人による強制であってもそのズレを脳が補填してしまい、自らの意志で決定されたと思いこむらしい。そしてそれを正当化する為の新たな変心を生みだし、加速させていく...というのがマインドコントロールの基本原理だと書いてあった。
 人には理性が有る。その為に洗脳は単純な実験動物よりも厄介なのだと思っていた。液体成分の干渉もより多く必要だと思っていたのだ。
 だがそんな物は一旦剥がしてしまえば人はネズミやウサギなどよりも貪欲な動物と成りうる事は既に見聞済だし、その一歩手前、自分が理性的だと思っていても正常な判断が下せない精神状態が最も他人にコントロールされ易い所なのだろう。

 もう失敗は許されない。俺の先にあるのがバラ色の人生か、牢獄の変質者かは分からないが、それだけの価値が彼女にはある。

 それに俺もこの1ヶ月をただ過してきた訳じゃない。心理学に基づく綿密な計画とそれに必要と思われる物も開発済みだ。例の液体も俺のDNAを仕込んだ物が充分に培養されている。
 後はそれを実行するだけ...慎重に、そして大胆に....。




 まず彼女には、毎日極微量に液体を摂取してもらおうと思ってる。
 当然それは急激な精神の変様を避ける為であるが、それとは別に、長期間摂取し続ける事で液体の特質を体に染み込ませ、心だけでなく血が、肉が、香の全てが俺を欲するようになるのでは...との仮説を裏付けたい思いもあった。

 その為に俺はその液体を一度吸収した後、徐々に揮発させるポリマーを開発した。
 素材の混合割合により、即発性、遅発性、そして揮発時間にも様々な種類がある。

 以前、休日に出勤して彼女の制服の内側に縫い込んでおいたそれに、例の液体を毎朝注入する。これにより彼女は本当に僅かな量を一日中吸込み続けるというわけだ。
 極力均等に摂取させる為にポリマーの素材と設置位置、その場所別の液体分量はかなり厳密に実験された。
 
 一日の摂取量は前回の実験時の20分の1。夜や休日の間は摂取させられないが、時々は効果をリセットさせた方が精神的にはより効果的な洗脳が出来るのではないだろうか?




 初日

 仕込みは完璧だ。制服に違和感も無く、いつもと変わらない様子で仕事をしている。



 7日目

 以前よりも俺に対する彼女の態度が柔らかくなってきた様な気がする。
 ただ時間が解決しているだけかもしれないが、まあそれはそれで良しとしよう。



 14日目

 初めて彼女から仕事以外で声を掛けてきた....。

「あの..主任さん?」

「ん、何?」

「私..やっぱり謝ろうと思って...いつかの事...私この前の時から主任さんの事怖くて..避けてたんです。
 でも、よく考えればあの時誘ったのは私の方だったのに..主任さんは何も言わずに、私の事心配してくれて..職場でもかばってくれて..こんなにいい人なのに..私..ごめんなさい...」

「ああ、いいよいいよ、そんな事。君が優しいのは俺も良く知ってるし..それよりあの時の事は忘れるんだろ。もう気にしないで..以前の様に仲良く仕事が出来るなら俺も嬉しいしね。わざわざありがとう」

(くーっ!なんていい奴なんだ俺...ほんとは外道なんだけど)

 自分でも素晴しい演技に惚れ惚れしながら、優しい上司は清々しく微笑む...ひょっとして歯がキラッとか光ってたかもしれない。

「はい、ありがとうございます。またご指導よろしくお願いします」

 嬉しそうにそう言うと彼女は昔の笑顔で元気よく去って行った。

(ふっふっふっ、今度の”指導”はもうちょっときびしいよ、香ちゃん...)

 清々しい小市民から毒々しいマッドサイエンティストへの変身は幸い誰にも気付かれなかった。



 17日目

「あ、主任さん!よかったらお昼一緒に食べませんか?」

「え、どうしたの?珍しいね」

「あ、ええ、ちょっと他の人達と出そびれちゃって...どうですか?」

「あ、うーん...嬉しいんだけどね、俺 これから部長と打合せなんだよ」

 本当はそんな予定 全然無いんだが、今はまだ彼女に接近して欲情させる訳にはいかない。
 まだまだじらして彼女の心の中の想いが自分の物だと信じ込ませなければ...

「悪いね、せっかく誘ってくれたのに。また今度埋め合せするよ」

「ほんとですかぁ!約束ですよぉ」

「おお、約束だ。このプロジェクトが終ったら、なんでもご馳走するよ」

 俺もお前をご馳走になるけどな..とは言わないかったが、成功への道しるべが見えたような気がして俺は、思わずにやけてしまった顔を作り替える様に手でグニャグニャとこね廻す。



 25日目

 また彼女の態度がよそよそしくなってきた。
 俺と目が合うとすぐに反らすし、廊下ですれ違う時も真っ赤な顔を俯かせ極力距離を置くようにしているみたいだ。
 その割に俺の背後に居る時はそっと背中に近づいてくる。

 そう、これは明らかに例の液体の効果だろう。
 以前と違うのは、チラチラとこちらを伺いながらも俺の想いを計りかね、話掛けられずにいる。
 まるで俺に嫌われるのを恐れているのかの様に...。
 この感じは..ひょっとして...遠い昔に見た事のある.....恋?
 
 あ、あの...片岡香が?俺に?...惚れてるっ?!!.......ほれてるぅ...ほれてるぅ.....ほれてるぅ.......ほれてるぅ..........れてるぅ............てるぅ.............るぅ........
 
 頭の中で反響し続けるそのフレーズに、またもにやける顔を机に隠し、一人握り締めた拳は堅くガッツポーズを作っていた。



 30日目

 昼休み。だれも居なくなった研究室で一人報告書をまとめていると、香がやって来た。
 辺りをキョロキョロと見回し、後ろ手に何かを持ったまま忍ぶ様に入って来る。
 
「あ、あの..主任さん?...お一人ですか?」

「ああ、松村君。そうだけど...もうお昼は済んだの?」

「いえ..あの...これ..良かったら..貰って下さい」

「え?ああ...そうか今日はバレンタインデーだったね。どうもありがとう」

 俺はなんでもないといった風を装い、ガサゴソと紙袋を覗くと少し驚いた様子を見せる。

「え、こんなに立派な義理チョコみんなに配ってるの?大変じゃないか..いくら行事だからって...」

 彼女は顔を真っ赤に染めながら、可愛くはにかんでいる。

「あ、いえ、それは..義理じゃ....」

 か細く消え入りそうな彼女の声を聞こえない振りをしながら、大きな声で遮った

「それにプレゼントまで付いてるよ?へえっ、靴下か、独りモンには嬉しいねぇ..でもこれはホワイトデーが大変だな。今から貯金しておかないと..ははっ。いや、ホントにありがとう」

 俺はわざと無造作にその紙袋を引き出しに突っ込むと、少しだけ笑顔を作り、パソコンの画面に視線を戻す。

 少し悲しそうな彼女の表情を目の端に捕らえながら、俺はキーボードを叩き続けた。

 間違いなく彼女の中に恋心(モドキ)が根付きつつある!
 そいつを不動の物にする為には、まだまだ追込む必要はあるが、少し趣向を変えてみるのもおもしろそうだ。



 35日目

 バレンタインからこっち、俺は彼女に冷たくあたるようになった。
 仕事の用件以外では話をしなくなったし、今まで彼女に頼んでいた事でも他の者にやらせるようにしている。
 当然これも計画の一部で、彼女の中に俺への気持が湧いている以上簡単にそれを成就させてはいけない。
 つまり、この前のバレンタインで香の気持に気付いた俺が、暗に拒否の姿勢を示していると思わせたいのだ。
 俺を手に入れる為にはあらゆる苦労が必要である事を思い知らせ、お互いの立場を判らせてやらなければいけない。

 案の定、彼女は俺の周りにつきまといながらも声すら掛けられずにいる。
 ちらちらとこちらを伺い、仕事上の些細な用事を見つけては俺のデスクにやって来るのだがろくに取合わずに追返す、といった事が繰返された。

 おそらく家に帰ってからも悶々と俺への想いを抱いたまま、オナニー位はしているのだろう。
 それでも効果が消えていないのは、俺の匂いが無いとイけないのか、既に本物の恋に変化してしまったかのどちらかではないだろうか?

 こいつは確かめておく必要がある...。



 38日目

 今日は朝からひどい雨がふっていた。
 外回りから帰った俺は、濡れたスーツをハンカチで拭いた後ハンガーに掛け、いつもの白衣に着替えながら誰にとも無しにつぶやいた

「あーあ、今日はホントに酷い天気だ。もうベチャベチャだよ。片岡君のあれ、使わせてもらおうかな。おかげで助かっちゃったよ」

 すると久しぶりに俺から声を掛けてもらえた事ですごく嬉しそうな笑顔の香がこちらへ駆寄ってきた。

「え、どうされました?私のなにを使って頂けるんですって?」

 俺は机の引出しから以前もらった紙袋を取出すと

「ほら、これ。この前くれたじゃない?助かったよ」

 そう言いながらチョコレートにすら手をつけずに放り込まれていたプレゼントの包を開け、靴下を取出した。

 嬉しいのか悲しいのか判らない複雑な表情の彼女を前に、雨と汗でベチャベチャの靴下を脱ぎ、無造作にゴミ箱に投げ捨てるとハンカチで足を拭取り、新品の靴下を履いた。

 ふと顔を上げると彼女はまだそこに立っていたが、視線は俺には向いていない。

「あ、まずかったかい?こんな汚い足で履いたりして...気を悪くした?」

 彼女は急いで笑顔を取繕うと、元気良く言った。

「いいえ、そんな事ないですよー!お役にたてて良かったです」

「そう?よかった。それじゃちょっと失礼するよ」

 そう言い残し、トイレで少し時間を潰してから戻ると 案の定先程の靴下は無くなっていた。
 俺は少しおおげさな声で独り言をつぶやく。

「あれ?さっきの靴下臭うといけないから捨てに行こうと思ったんだけど、どこに行ったんだろ?」

「あ、あの..それなら私が捨てておきました。他の人に見られない方がいいと思って..」

「えー!そんな事までさせちゃって..悪かったねー。すぐやろうと思ってたんだけど、ちょっとトイレが優先だったもんで...どうもありがとう」

「いえ、いいんです」

 その満足そうな彼女の顔は念願のレアカードをゲットした少年のように輝いていた。
 おそらく今日、家に帰った彼女は俺の靴下をおかずに猿のようにオナニーに耽るのだろう。今まで溜りに溜っていた欲求が一気に晴れる日がようやくやってきたのだ。
 そんな光景を想うと思わず俺も猿になってしまいそうだった。

 しかしそのせいで、あのホテルの時のように効果が一気に醒めてしまう事も考えられる。
 計画がやり直しになる位ならまだいいが、又彼女に自己嫌悪の感情が根付いてしまったら...
 自分の変心に違和感を持ち、何かを疑うようになってしまったら...
 不安は尽きないが、しかしこの実験は重要だ。時期も悪いとは思えない。
 もしこいつが巧くいけば後の計画もやり易くなるし、より成功へと近づくはずだ。



 39日目

 朝、いつもの様に液体を仕込んだ後、俺は席に着きドキドキしながら香の出社を待っていた。
 普段通りなら俺の次に早く出社する筈だ。

 7:30
 いつもなら香が出てくる時間だが...一向にドアは開かない。
 
 7:45
 ダメか?....ダメなのか?

 7:50 
 ようやく研究室のドアが静かに開けられ、隙間から覗き込む様に片岡香が顔を覗かせる。

「.....おっ、おはようございます」

 いつもなら にこにこしながら俺に向けられる筈の挨拶は...今は視線を合わさないように俯き、少しふらつきながら無言で席へと向かっている。

 少しはホッと胸をなで下ろしたが、昨日の実験の結果を知るには今日の分の成分を吸収する前に確認する必要がある。
 たまらず俺は席を立ち香に近づいた。

「おはよう、片岡君。今日は少し遅かったね」

「あ、はい...おはようございます....」

 それでも少し俯き加減の顔を覗き込むと、瞼が腫れ、目が少し充血しているように見えた。
 やはり夕べの実験は失敗したのか、泣き腫れているようにも思える。

「どうしたの?目が赤いね..寝不足?」

 そう言って肩に手を掛けると少し ビクッ とし、小刻みに震えだした。

 こいつは、やばい....ホテルのあの時と同じだ。おそらく心配していた通りの結果なのだろう。
 もう彼女を狙うのは、あきらめないといけない。他にも女はいる...そいつで違う計画を練直すか..それとも行きずりの女を墜として楽しむだけにするか...いずれにしても彼女を深追いするのは危険だ。....仕方ない。

 彼女以外の女になど全く興味が湧かなくなっていた俺は、がっくりと肩を落しトボトボと席に戻る。

 そんな俺の様子に気付いた彼女がキョロキョロと辺りを見回すと俺の方に駆寄ってきた。

「あ、あの、ごめんなさい。私..主任さんの事嫌がった訳じゃないんです。失礼な態度をとってしまって...すみませんでした」

「あ、いや..別に失礼だなんて思ってないけど..どうかしたの?ちょっと変だね」

「あ、その..昨日はよく眠れなくて..あの..主任さん、ちょっといいですか?」

「ん、何?」

「あの..私..実は..前から......主任さんの事...す、す、好きだったんです!
 この前の..ホテルでの事..あの時は、あんまり急で、動転してて、失礼な事言ってしまいましたけど..今から思うと、ずっと主任さんの事想ってて..それが、あんな形で出てしまったんだと思います。あれからも、ずっと主任さんの事ばっかり考えて..昨日も..ホントは主任さんの事想って..寝られなかったんです!」

 俺は意表を突かれて本当に驚いた顔しか出来なかった。
 しかし気を取り直すと、さっきの彼女の態度に思いをめぐらせる..。あれはただ単に緊張していただけなのか?
 夕べは寝ずにオナニーに耽っていて、俺の事が頭から離れず、今日は告白の決心を持って出勤してきたという事か?

「あの、いろいろ失礼な事ばっかりしてしまいましたけど..もし..その..よかったら私と....」

「ちょっと待って!」

 真っ赤な顔で机の上を見つめたまま告白を続ける彼女を制し、俺は計画の続行を決めた。

「あの時の事、思い違いだって言ってたけど俺にはそうは思えない。
 君は本当に悲しそうで、間違いなく俺を責める目をしていた。それで俺は大きな罪悪感を持って今までやって来たんだ。
 それを今更違いました、好きですって言われたって到底信じる事は出来ないよ。
 確かに君は抜群に可愛いし、誰からも好かれるだろう。だけど俺だってバカじゃない。どういうつもりで俺にそんな事を言うのかは知らないけど、もうそういうのはやめにしてくれないか。
 あの時傷ついたのは君だけじゃないんだ!」

 俺の演技にも益々磨きがかかってきた。さっきの絶望感も俺に必死の演技力を余儀なくしている。

 そして俺の言葉に涙を流し、息を詰らせている彼女に向って追打ちをかける。

「悪いけど今日は忙しいんだ。もうすぐ他の所員も出勤してくる。できたら涙を拭いて席に戻ってくれたら有難いんだがね」

 そう至極冷たく言放つと、彼女はハンカチで目を押え何も言わずに部屋を出ていった。



 40日目

 今日は彼女に摂取させる液体の量をいつもの3倍にまで増やしてみた。
 ”失恋の後ほど燃上がる”というヤツを演出してみようと言う訳だ。

 案の定彼女の態度は朝から落着かず、俺の方をチラチラと盗み見てはいるが、俺が顔を上げると逃げるように目を逸らす。そして時折人目を忍んではカバンの中のビニール袋を開き、匂いを嗅いでいる。そいつの中身は当然..俺の靴下だろう。
 その後はほわっとした目で天井を眺めながら、かわいい尻を椅子に擦り付けている。
 いつまで俺の匂いが残っているのかは判らないが、当分オナニーのおかずには困らないようだ。
 だがそんな幸せそうな刻も僅かな気休めに過ぎない。

 彼女がイってしまっても効果が切れない事を確かめた俺は、今までより大胆に彼女を追い込む事にした。

 徹底的に彼女を避け、廊下や社員食堂でも彼女が近づくと露骨に回れ右をする。
 その度に絶望的な表情に包まれる彼女に対して、俺は冷たい一瞥をくれてやる。



 49日目

 確実に俺に嫌われている事を悟った彼女は、もう俺の視界に入る勇気すら無くなり、こそこそと俺の回りを這い回るストーカーと化していた。
 
 俺の回りから備品が無くなり、ゴミ箱はすぐに回収され、今日は座席の座布団が新品に変わっていた。

「ねえ!誰か俺の座布団 間違えてない?あれ結構気に入ってたんだけどなぁ。...誰か知らない?」

 当然犯人は分かっているのだが、部屋中に聞こえる様に話したので香は真っ赤な顔で下を向くばかりだ。



 50日目

「今日は腹の調子が悪いなー」と言いながらトイレに行くと隣の女子側ブースに人の気配がし、衣擦れの音がした。

 微かに流れてくる細かい吐息を掻き消す様に俺はわざと大きな音を立てながら用を済ませる。

 クチュッ、クチュッ...という甘美な音楽を聴きながら実験初日の様子を思い浮べ、確実にあの時とは違う俺の優位に満足しながら、「ふう〜っ」という溜息と共にブースの板にドサッと背を預ける。

 今は立場が入れ替ってしまった彼女もこの壁の向うでで頬と掌を押し当てているのだろうか?



 51日目

 昼休みが終わって席に戻った時、腰掛けた椅子に何か違和感を感じた。いつもとは裏返しに留められていた座布団と椅子の間の摩擦係数が減っているような...。

 落した消しゴムを拾う振りをしてそっと座布団をめくると、椅子とそれの間に薄く濁った粘液が長い糸を引きながら大量にこびり付いていた。

 俺はその粘液を指先に絡め、匂いを嗅いだ後、ペロッと舐めながら長い道のりの終程を今ようやく感じる事が出来た。




 もうそろそろ潮時だ。最後の追い込みを掛けてやろう。

 
 


 

 

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