緑色の幸福


 

 

02. 実験


 最初の被験体は決まっている。
 この液体を比較的簡単に摂取させる事が出来、行動を観察しやすい人間。そして当然いい女...となれば一人しか居ない。
 同じ開発部で今年入社してきた”片岡香”。新入社員の中でもダントツの人気を誇り、当時は配属先を巡ってオッズ表まで出回った程だ。
 かといってそんな外見を鼻にかけるでもなく、誰に対しても向けられるにこやかな笑顔はまさに社内のアイドルと呼ぶに相応しい物だった。



 まず俺はこれを口腔摂取させようと思う。いくら何でも股間に塗りたくる訳にはいかないだろう...。

 午後の休憩時、俺は研究部全員の分の飲み物を用意した。この日の為に予めそういう既成事実は作ってある。
 
(ふっふっふっ、こういう地道な段取りこそが科学の発展には必要なのだ。)

 などとマッドサイエンティストを気取ってみても、はたから見れば部下にも気をつかいまくりのただの小モノ上司にしか見えないが...。
 
 浮かれた気分でその中の一つに慎重に計算された分量の液体を入れ、紙コップに印を付ける。
 全員の分を配り終えると彼女の正面に座り、熱いコーヒーを啜りながらそれとなく観察だ。
 これ程実験観察でワクワクしたのは小学生の頃、カブトムシの孵化をじっと見つめていた、あれ以来ではなかったか?

 賑やかな雑談の中、彼女がその半分程を飲み干した時、変化は起こった。
 彼女の頬がほんのりと上気し、視線は定まらず、足をもじもじさせだしたのだ。欲情しているのだろう...手は膝の上で堅く組まれ太股に押し付けてはいるものの、それ以上は彼女の理性が止めている。
 だがそれも、成分が血中に吸収されてしまうまでの儚い抵抗だ。

 俺にしか分からない程の僅かな変化を楽しみながら視線の端でじっと眺めていたのだが、やがて彼女は思い切った様に立ち上がり部屋を出て行った。
 
(トイレか...オナニーでもしてくれるのかな...?)

 俺は手を二つ叩くとみんなに

「さあ、そろそろ仕事に戻ってくれ。俺はちょっと部長の所に行ってくる」

 そう言い残し、部屋を出て行った。もちろん香の観察をする為だ。

 一番近い男子トイレに入ると、今は誰も居ない。そして女子トイレは隣とはいえ一枚の板で仕切られているだけだ。
 俺は音を立てない様に注意しながら微かに衣擦れの音がするブースの隣に入り、カギを閉めた。

 恐らく女子側にも人は居ないのであろう。それ以外は全く音のしないトイレの中でじっと耳を潜める。
 やがてクチュクチュという卑猥な音楽が微かに流れ出してきた。
 彼女の意識が集中しだしたのだろうか、先程から流れる音楽のボリュームが少しずつ上がり始め、それに細かく出される吐息という楽器が加わると素晴らしいシンフォニーを奏でだした。

 クチュックチュッ、ジュボッ、ピチャッ、クチャクチャクチャッ.....

「はぁぁぁっ、んん、はっ、はっ、はっ、はっ....」

 俺はもう我慢出来ずにその場で自分の肉棒をそっと取出すと激しくしごき始めた。

 次第に彼女の声が高まり、あそこをほじくる音が早く激しくなってくると、俺の方もそれにつられてどんどんと高まってゆき、彼女の喉の奥から微かに漏れ出る絶頂と思われる吐息と共に俺の肉棒も激しく爆ぜた。

 ドンッという音をたて俺の側のブースに背中を倒し、ハアハアと息を切らしている彼女の様子をありありと想像しながら、その背中から4センチ後ろの壁面に手と頬を付け、気怠い余韻を二人で共有する。

 やがて隣から服装を整える音が聞こえたので、俺も慌てて立ち上がり音を立てないように外に出ると、トイレの出口で微かに上気した顔色の彼女と鉢合わせする。

「あ、やあ」

 彼女は心底慌てた様子で俺に話しかけてきた。

「あ、主任..今トイレにいらっしゃったんですか?」

「うん、そうだけど..何か?」

「あ、いえ...」

 彼女は真っ赤な顔を床に向け、足早にその場を立ち去って行く。

 今日の一番の収穫は、”恥ずかしがる彼女もとっても可愛い”だ。
 
 俺はこの実験結果に非常に満足しながら、次の計画の準備を進める為、研究室に戻った。





 今日は営業部の依頼でクライアントの所まで商品説明に行く予定が入っている。
 営業担当者の他には俺と香の二人だ。当然これは俺が彼女を指名して同行させる事にしたのだが、それを香は自分の教育の為だと思い感謝しているようだ。

 その仕事を颯爽とこなし、彼女の若干の尊敬を得た所で帰り際に思い切って誘いをかけてみた。

「片岡君、良ければ少しお茶でも飲んで行かないか?今から急いで戻ってもそれ程の仕事も出来ないだろう」

「へえ、主任さんから仕事をさぼるお誘いがあるとは思いませんでした」

「あ、俺ってそんなに仕事人間に見えてたの?」

「あ、いえ、そういう意味じゃ無いんですけど..まあ、たまには良いですよね?じゃ、行きましょう!近所にケーキの美味しい店があるんですよ。主任さんのおごりで!」

 俺は溢れ出すニヤケ笑いを無理矢理苦笑に作り換え、彼女の示す方へと歩きだす。

 男だけではとても入れないような雰囲気のケーキショップでコーヒーを飲みながら、ケーキを貪る彼女をほほえましく眺めていた。

「よくそんなに食べられるもんだねぇ」

「あは、私一度ここのケーキバイキングに来たかったんですけど、平日の昼間しかやってないから諦めてたんですよねー。ようやく夢がかなったって訳なんで大目に見て下さい」

「ふーん、そんなのが夢とは俺には理解出来ないけど..ま、腹さえ壊さないならいくらでも食べなよ」

 そう言うと俺は二人分のカップを取り、紅茶のお代わりを入れに立ち上がった。

「あっ、ふみまふぇーん」

 ケーキを口に入れたまま謝礼を述べる彼女に笑みを返すとその場を離れる。

(くー、なんてかわいいんだろう!あんな娘と俺が...ムフフ出来るかもしれないなんて...俺は幸せものだぁぁぁぁっ)

 そう叫びそうになるのを必死で押さえ、席に戻ると彼女にカップを差し出す。
 極上の笑顔の褒美を貰うとそれだけで鼻の下がでろーんと伸びてしまった。



 おそらくお腹が一杯になったのだろう。ようやくケーキを食べるのをやめた彼女は、背もたれに体を預けて熱い紅茶を啜っている。

 俺はそんな彼女に前回の様な楽しい変化が現れるのを今か今かと待続ける...。

 今回の実験では少しばかり多めの液体、それと俺の唾液が少々入れてあった。
 おっとこれで俺が変態だなんて思わないでくれ。
 例の液体が人の体液から個別の..それも牡のDNAを取り出すと、結合し全く別の特性を持つという事が分かっていた。そしてこれはその変化した物質がどういう特性を示すかと言うあくまでも科学的な実験なのだ。
 もっとも唾液で無くとも、爪や髪でもよかったのだが...。

 しかし、いくら待てども彼女の満足げな至福の表情が崩れる事は無かった。期待していた変化はいっこうに現れない。

(?何故だ?!こないだはあんなに巧くいったのに...あの時と違う事と言えば..やはり俺の唾液か?俺のDNAと結合して媚薬効果が無くなったのかもしれんな...んんー...おもしろく無いが仕方ない、次回に期待という事にしよう..あまり効を焦ってばれちゃあ元も子もないし..)

 落胆の表情を隠しきれないまま伝票を掴むと、彼女に告げた。

「そろそろ出ようか?今からならちょうど定時に戻れるだろう」

「はい、どうもごちそうさまでした」

 香は欲情とは程遠い、可愛くあどけない笑顔で深々と頭を下げている。

「どう?夢が叶って満足した?」

「ええ!とっても!もう当分ケーキを食べなくても生きて行けます」

「あはははっ、そりゃ良かった。これで明日からはお茶菓子代が助かったな」

 普段ならそんな冗談を彼女と交わせただけで嬉しかったものだが..今はとても素直には喜べず、とぼとぼとレジの前まで歩いていく。
 その時俺の丸まった背中に、何かが擦り付けられる気配がして思わず振り返った。

 すると少し後ろに立っていた筈の彼女が、俺のコートの背中に鼻を当て、くんくんと匂いを嗅いでいるではないか。

 俺はかなり驚いた様子で振返りると彼女の顔を覗き込んだ。

「ど、どうしたの?何か付いてる?」

 その言葉にふと我に返った彼女はきょろきょろと辺りを見回し、恥ずかしそうに俯く。

「あ、いえ、すみません。なんでも無いんです」

「ふーん、そう?」

 なんだかよく判らないが彼女にくっつかれるのに悪い気はしない。


 並んで外に出た二人はタクシーを拾い、後部座席に乗込んだ。

 だがさっきからどうも彼女の様子がおかしい..。昨日の実験時の様な変化ではないのだが、なんだか俺の方を気にしてちらちらと見ているのだ。もっとも目が合うとすぐに俯いてしまうのだが...。

 そんな彼女の態度がエスカレートしだしたのはタクシーが走り出してからだ。
 当初二人は右端と左端に離れて座っていたのだが、走る内に俺の横顔をじっと見つめ、段々と彼女が接近してくる。

 俺はこの様子をひょっとしてあの液体の効果では無いかと考え始めていた。
 そして前回と違うのはやはり...俺の成分が入っている事だ。
 そう気付いた俺はその変化をじっくり観察する為に座席にゆったりともたれ、彼女のするに任せる事にした。

 やがて彼女の目がうつろになりだすと、可愛い鼻が俺の腕に強く擦りつけられ、くんくんと鳴らしながら匂いを嗅いでいる。そして嗅げば嗅ぐほどに頬は上気し、発情していくのが手に取るように判る。
 次第に彼女の瞳からは理性がこぼれてゆき、意志の光が失われ、俺の腕をしっかりと抱きしめながら首筋にまで鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。

 もう俺の心臓は破裂しそうな程高鳴っていた。
 どうやらあの液体に俺のDNAを組込むと、俺の匂いか、それとも俺自体に発情するのではないだろうか?
 そういう事ならとんでもなく嬉しい結果なのだが...しかし結論を出すのはもう少し様子を見てからにしよう。
 科学者はいつでも慎重で無ければならない.....けっして俺が小心者な訳ではなく..

 そんな俺の思考が何とかまとまった頃、既に俺の肘は彼女の胸の先に擦り付けられ、鼻は耳の後ろ辺りにまで突き出されている。
 驚き、喜び、慌てつつ、あれよあれよと言う間に俺の手は彼女の股間に誘われ太股でギュゥゥゥーーッと挟み込まれた。熱く濡れたような感触が手の甲にあたり、俺の耳には彼女の はぁはぁ という荒い息づかいが届き、今度は俺の理性が飛びそうだ。
 
 これは一世一代の幸せな状況であるのだが、根がやっぱり小心者の俺はおそるおそる手の甲をもぞもぞと動かす位しか出来ないのが情けない。だがその、俺にしては大胆な行為を彼女は咎める素振りも見せず、より強く太股で挟みつけ俺の耳に熱い溜息を吹きかけてくる。

 一応タクシーの中なんだからあんまり派手には動けない俺。
 圧迫されて血流が止りそうな手首をなんとか動かし、彼女の秘部を薄い布地越に極力感じ取ろうとする俺。
 彼女の痴態を永遠にも頭に刻みつけようと全神経を集中する俺。
 俺の中のいろんな俺達が、あれやこれやと指示を出している。

 やがて彼女の動きはどんどんとエスカレートしていき、俺の腕に胸と股間をずりずりと擦り付けながら耳の奥にまで舌を突き入れ、布地越しであるにも関わらず俺の手をどろどろに濡らし始めた。
 これはもう俺の腕を使ったオナニーと言っても過言じゃない。

 彼女の溜息が喘ぎ声に変り運転手の興味を引きだすと、流石にやばいと思った小心者の俺がしぶしぶ左手を引抜かせ、右手で彼女の肩を押さえて体を離した。

 物欲しそうな顔のまま俺の耳から舌を引抜かれた香は、それでも情欲の炎を消すことが出来ず、潤んだ目でをまっすぐに俺を見つめたまま手を握り返している。

 仕方なくその場でタクシーを降り、傍のベンチに彼女を座らせると俺も横に座り、彼女に言ってみた。

「どうしたの?片岡君。いつもの君じゃないね?」

 それでも俺の匂いを嗅ぎ続けたいと、俺の手を両手で捕まえ、顔に当てて深呼吸している。

「はあはあ...ごめんなさい、主任。わたし..なんだか..主任の匂いがすごく愛しく..なっちゃって..これが無いと..もう....駄目って感じで...お願いです..主任の体..いろんな所を..はあはあ..もっと嗅ぎたい..舐めたい..主任の体から出る物..なんでもいいから..はぁ..ちょうだい...私に...ちょうだい....」

 これで理性が保てる男がいたらお目にかかりたいものだ。
 当然俺も、彼女の希望を叶えてやる事に異論は無い。

 すぐに会社へ連絡を入れると今日の報告を聞き、若干の指示を与えると俺達は遅くなるので終り次第帰宅するようにと伝える。

 そして俺の腕に鼻を擦り付け続ける香をぶら下げ、ホテルを探して日の暮れかけた繁華街に入っていった。

 
 


 

 

戻る