黄金の日々


 

 



第2部 第21話 神聖王国の巫女姫





 皆のいる天幕にシトリーが姿を見せたのは、それからさらに1日が経ってからだった。

「大丈夫ですか、シトリー様?」
「ああ、もう大丈夫だ。おまえたちにも迷惑をかけてすまなかったな」
「そんな……滅相もございません」

 気遣うクラウディアたちにそう答える表情はいまだ曇ったままだったが、それでも、声には多少の力強さが戻っていたことで一同は安堵の表情を浮かべる。

「それで、状況はどうなっている?」

 その質問に、今度はアナトが答える。

「あまり状況はよくないわね。まあ、私たちがこの森に籠もっているせいで集中攻撃を受けてるっていうのはあるにしても、北の方面軍はかなり押されてるわ。この2日間で、光の槍の攻撃によってかなりの数の飛竜をやられて動揺してるところに、天使たちの総攻撃を受けてかなり混乱してるわね。地上部隊の方も、神の攻撃を怖れているのか動きが鈍くなって、イストリアの騎士団に押し返されてしまってるし。……あの光の槍は確かに強力だけど、貫通型で爆発するタイプじゃないから、地上の小さな相手を攻撃するには効果的じゃないんだけど、そんなことも知らないのね」

 自分たちが隠れているために味方の被害が大きくなっているというのに、その点に関しては完全に割り切っているアナトが淡々と説明する。

「で、僕たちの方への被害は?」
「ここに籠もってからはほとんど被害は出てないわね。やはりあの光の槍は、森の中に閉じ籠もっている相手は狙いにくいのよ。それは、確かにある程度の人員が常時周辺の警戒には当たっているけど、こちらにはかなりの数の天使がいるでしょ。今のところ、それが功を奏しているみたいね。見た目には天界軍と区別がつかないから、光の槍の狙いを絞りにくいのかしら? ただ、地上の方は警戒が必要よ。今朝から、イストリア軍の一団がこの森の近くに陣を展開してるわ。地上からこちらを攻めるつもりみたいね。まあ、簡単にここに侵入できるとは思えないけど」
「なるほど。……まあ、こっちだっていつまでも籠もっているわけにはいかないしな」

 アナトの報告を受けて、シトリーが腕組みして考え込む。

 その時、クラウディアが口を開いた。

「シトリー様、アナト様、あの森の外に展開している一団のあの旗は、イストリアの誇る精鋭部隊である聖光輝騎士団のものです。ならば、あれを率いているのはかの国の第一王女のフェリシアですわ」
「第一王女? そういえば、この間おまえは、あの国の巫女姫をしているのは第二王女だとか言っていたな」
「さようでございます。あの時にもお話しいたしましたが、イストリアの巫女姫は、王家の処女で聖なる力が最も強い者が務めることになっています。それで、現在巫女姫となっているのが第二王女のステファニアです。とはいえ、第一王女のフェリシアも、神聖魔法の業においては決して劣るものではありませんし、彼女自身幼い頃には巫女姫の候補に名が挙がるほどでした。しかし彼女は、妹の聖なる力の大きさに巫女姫としての素質を認め、自分から身を引いて剣技を磨き、妹と母国を守るために生きることを決めたのです」
「なんだ、やけに詳しいな?」
「はい。わたくしとフェリシアは同い年ですし、ともに歴史ある国の王族に生まれた身として、各国での式典で一緒になることも多かったので。わたくしが王位を継ぐ前などは、頻繁に書簡をやりとりしてもいましたから」
「なるほど。で、その第一王女の率いる騎士団がこちらを窺っているとして、それがどうしたというんだ?」
「はい。あの聖光輝騎士団をこの森の中に誘い込んで欲しいのです。そして、他の者からフェリシアを引き離して孤立させることができれば、あのバリアーを破ることができるかもしれません」
「なんだって!? それはどういうことなんだ? 詳しく話してくれ」
「はい、それは……」

 シトリーに求められて、クラウディアは説明を始める。
 いつもは穏やかな笑みを湛えているその顔はいつになく強ばり、思い詰めたような緊張感を漂わせていた。






* * *







 ――2日後。

 あらかじめフィオナに指定された茂みの陰にクラウディアは身を潜めていた。

 森の中には、フィオナたちが2日がかりで藪や茂み、樹木の密集地を効果的に配置して、趣向を凝らした迷路が張り巡らされていた。
 後は木々を操って、森に侵入してきた敵を迷路に誘い込めばいいだけだった。



 茂みに隠れたクラウディアは、低い声で呪文を唱え始める。
 そして、術が完成する直前でそれを止めた。

 詠唱途中で呪文を中断して、その状態をキープしておくのは熟練の魔導士だけに可能な高等テクニックである。
 彼女ほどの年齢でその技術を身につけているのが、幼い頃から天才と呼ばれている所以であろう。

 そのまま、クラウディアは茂みの中で息を殺してその時を待った。





 そしてその同じ頃、森の外ではアナトの率いる部隊がイストリアの聖光輝騎士団と戦っていた。

 光の槍による攻撃が始まって以降、シトリーたちの森への籠城もあって形勢が逆転したため、イストリア軍の士気は高い。
 数日ぶりに森から出てきた魔界の軍勢相手に、一歩も退かない戦いを見せていた。

 アナトがシトリーと練った作戦の狙いは、敵のその戦意の高さを逆手にとって森の中へ引き込もうというものであった。



 戦闘が激しさを増した頃、イストリア軍が魔界軍の左翼に攻撃を集中してきた。
 アナトも、左翼を厚くしてそれに対抗しようとする。

 だがその時、急にイストリア軍が魔界軍の右翼に向かって突撃したのだ。
 手薄になっていた右翼を崩される形になって、魔界軍は後退を始める。

 しかし、その敗走までがアナトの考えたシナリオの範囲内だった。

 機を見て退却して敵を誘い込むといっても、ただ潰走したのでは、敵も罠を疑って追撃を控えるかもしれない。
 そこでアナトはじっくりと戦況を見極めながら、相手の採ってくる戦術を探っていた。
 そして、イストリア軍がこちらの左翼に仕掛けてきてきた時点で、それが実は虚兵で、本当の狙いはそれでこちらの戦力を左翼に引きつけておいて、層の薄くなった右翼を攻めるつもりだと見抜いていた。
 それがわかった上であえて右翼を手薄にし、敵の攻撃で崩れた体を装って後退を開始したのだ。

 自分たちの作戦が上手くいったと敵に思わせることでこちらを追撃させて、森の中まで引きずり込むことを狙ったのだった。

 案の定、イストリア軍は勢いに乗って追撃してくる。
 なにもかも、アナトの狙い通りだった。

 そして、森の中に逃げ込んだ魔界軍を追走した騎士団が森の中に突入してくる途中で、木々が蠢き始めた。
 人間の腕ほどもある枝が垂れ下がってきて行く手を阻み、茂みや藪が入り口を塞いでいく。



「なっ、なんだこれは!?」
「樹がっ、動いているだと!?」
「このままだと、分断されてしまうぞ!」

 はるか西方にある世界樹の森を見たこともないイストリアの騎士たちは、樹木が突然動き出したことに驚きを隠せない。
 しかし、それに対応する間もあらばこそ、見る見るうちに森への侵入路が塞がれてしまい、騎士団はすでに森に侵入していた部隊と、取り残された部隊に分断されてしまったのだった。





 そして、こちらは森の中に閉じ込められた騎士団の中核部隊。

「むっ、駄目だ! 出口を完全に塞がれてしまったぞ!」
「くそっ、他に出口はないのか!?」

 動揺した騎士たちが、慌てふためいて出口を探し回る。
 そこに、凜とした女性の声が響き渡った。

「皆の者、落ち着け! そのように隊列を乱して徒に駆け回っては敵の思う壺よ!」

 その声の主は混乱している騎士たちを制止すると、兜の面甲を撥ね上げる。
 露わになったのは、細い顎のラインに、意志の強そうな切れ長の目をした、少し大人びた雰囲気のある少女の顔だった。

「誇り高き聖光輝騎士団の騎士ともあろう者が、この程度のことで狼狽えてどうするの!?」

 そう言って全員を一喝した少女こそが、この騎士団を率いる将軍で、イストリアの第一王女であるフェリシアだった。

「はっ、面目ございません、フェリシア様」

 叱責を受けて、騎士たちが頭を垂れる。

「ここは敵のただ中、いつどこから攻撃があるかわからないわ。全員、密集隊形を組みなさい。そのまま、周囲を警戒しながら脱出できる場所を探すのよ」
「はっ、かしこまりました!」

 フェリシアの指揮の下、騎士たちは隊形を組み直す。

 しかし、脱出口を探すどころか、事態はより深刻になっていた。

「これは……私たちを誘っているとでもいうのか?」

 いつの間にか、周囲の様相がすっかり変わっている。
 すぐ間近まで木々が迫り、その根元は鬱蒼と茂みに覆われてしまってとてもではないが進むことはできない。
 ただ、森の奥に向かって、細い小径のような空間が続いていた。
 まるで、その方向へと誘い込むかのように。

「いかがなさいますか、フェリシア様?」
「どうやら、ここを進むしかないようね」
「しかし、敵の罠やもしれませんが……」
「その可能性が高いでしょうけど、ここに留まっているわけにもいかないみたいよ」
「それはどういう……むっ! これは!?」

 フェリシアの視線を追って周囲を見回した部下が、驚きの声を上げる。
 自分たちが密集陣形を組んでいるそのスペースが、明らかに先ほどよりも狭くなっていたのだ。

「しかたがないわ。皆の者、私に続け! 罠や伏兵に警戒しながら進むわよ!」
「はっ、かしこまりました!」

 フェリシアの号令の下に、罠の危険性を感じつつも、一同は奥へと進み始める。

 実際、他の空間を塞がれてしまった以上、その道を進むほかに選択肢はなかった。
 だがそれは、予想していたとおり、いや、それ以上に困難を伴うものだった。

 森の中は複雑な迷路となっていって、いたるところが行き止まりとなっていた。
 細い通り道は刻一刻と様相を変える上に、時おり、嘲笑うかのように樹上から矢が射かけられる。
 しかしその攻撃も、こちらを殲滅するつもりがないかのように散発的なことが、いっそうの不審を煽る。




「む……また行き止まりか……」

 もう、それは何度目になるだろうか。
 行く手を塞ぐ樹木の壁を前に、フェリシアが忌々しそうに舌打ちをする。

「ああっ! フェリシア様、木がっ、木が迫ってきます!」

 副官の驚いた声に周囲を見回すと、両側から密集した木の枝がこちらに迫ってきていた。
 ただでさえ幅の狭い小径だというのに、このままでは抜け出すこともままならなくなりそうだった。

「しかたないな、全員、一列縦隊になれ! 急いで抜け出すぞ!」

 フェリシアの号令が響き、騎士たちは一列になって袋小路を抜け出そうとする。



 その時だった。



「なっ!?」

 結果的に最後尾になっていたフェリシアの行く手に、いきなり茂みが盛り上がった。
 驚いた馬が立ち止まって大きく嘶く間に、両脇の木から大振りな枝が降りてきて道を塞ぐ。

「ああっ、フェリシア様!」
「くっ、こんなもの!」

 異変に気づいた副官とフェリシアが両側から枝を切り払おうとするが、見る見るうちに目の前が緑に覆われていく。

「くうっ、おまえたち!」
「フェリシア様! フェリシア様……!」

 湧き上がった緑の壁の向こうから聞こえる副官たちの声が次第に聞き取りにくくなっていき、さっきまで道があったところは密に絡まり合った枝葉によって完全に塞がれてしまった。

「くそっ! これが敵の罠か!」

 声を荒げて剣を一閃するが、そんなもので樹木の壁を破ることはできるはずがなかった。



 その時、背後から声が聞こえた。



「久しぶりですわね、フェリシア。いつ以来かしら?」
「なっ!?」

 振り向くと、そこはさっきまで行き止まりだったはずなのに、縦長のやや広い空間が開けていた。
 そして、フェリシアがいるのと反対側の端に立っていたのは、魔導士の長衣を着た、青みのかかった髪の少女。
 クラウディアだった。

「クラウディア……あなたが悪魔に手を貸しているという噂は、本当だったみたいね」

 旧知の友の姿を認めたフェリシアが、馬首を返してクラウディアの方に向き直る。

「手を貸している? そんな軽い言い方はして欲しくないわ。わたくしはシトリー様の下僕なんですもの。自分の持ちうるすべての力をシトリー様のために使うのは当然のことですわ」
「シトリーだと?」
「ええ、シトリー様です。わたくしたちの主にして、偉大な悪魔ですわ」

 フェリシアのよく知る、穏やかな口調。
 しかしその顔には、彼女が知っているクラウディアとは違う、邪悪さを感じさせる笑みを浮かべていた。

「まさか、あなたほどの魔導士が悪魔の手に堕ちるなんて……残念だわ」
「残念? とんでもないわ。あなたも、こちらに来ればその素晴らしさがわかるはずよ」
「素晴らしさだと!? 悪魔に与してこの世を闇に閉ざそうとする行為のどこが素晴らしいのよ!?」
「あら? もしかして、本気で怒っているのかしら?」
「当たり前だ!」
「でも、わたくしの方こそ、こちらに来ればとあなたを誘ったのは本気だったのよ」
「ふざけるな! 我がイストリアは、常に神の下にあることを知らないとは言わせないわ!」
「神ですって? ご主人様がおっしゃっていましたわ。あの、天界にいる神はかつては数多いる神のひとりにすぎなかったと。それが、あるとき天使たちを糾合して他の神々を魔界に追いやり、現在では己が唯一絶対の神と称している不遜極まりない輩なんですってね」

 平然として神を貶めるクラウディアの言葉に怒りが頂点に達したフェリシアの顔から、みるみる血の気が引いていく。

「黙れ! クラウディア……あなたは神を愚弄するつもりなの!?」
「愚弄なんて……わたくしはただ、天界にいる神とやらに騙されているあなたたちを、その軛から解放してあげようと思っているだけですわ」
「見損なったわ、クラウディア! 私は、あなたのそんな堕落した姿など見たくはなかった……」

 あまりの怒りのためにフェリシアの声は小さく震え、蒼ざめた顔でクラウディアを睨みつける。
 しかし、クラウディアは動じた素振りも見せない。

「こちらこそ残念ですわ。せっかく、わたくしとあなたの誼でこうやって誘いに来たというのに」
「何度も同じことを言わせないで。イストリアの民は常に神と共にいるのよ。決して悪魔に降ることなどないわ!」
「でも、それだとわたくしはあなたを始末しなければいけなくなりますわ。シトリー様の邪魔になる者は排除しなければなりませんもの」
「やれるものならやってみるがいいわ」
「この距離ですもの。あなたの剣よりも、わたくしの魔法の方が先に届きますわよ」

 そう言ったクラウディアの手に、雷が纏わり付きはじめる。
 おそらく、雷撃系の魔法を使うつもりだと思われた。

 しかし、それよりも早く、フェリシアが突き出した左手の先から放たれた光がクラウディアに襲いかかった。

「……くっ!」

 飛び退いて避けようとしたクラウディアの足を、光の帯が擦め、皮膚を切り裂いた。

「これは!?」

 その、光に裂かれた箇所から、ゆっくりと肌の色が紫へと変わっていく。

「本当に語るに落ちたわね、クラウディア。距離を置けば私に勝てるとでも思っていたの? まさか、私が神聖魔法を使えることを忘れていたわけではないでしょうね?」
「くうううっ!」

 右足首周辺が完全に濃い紫色になり、クラウディアは苦痛の呻きをあげてその場に膝をつく。

 なおも警戒しながら、フェリシアはゆっくりとクラウディアに近寄ってきた。

「あなた、本当に魂まで闇に染まってしまったのね。……この魔法は、精神が悪に堕ちた者の体を、ゆっくりと朽ちさせていくの。正しい心を持った者はこの魔法に触れても何も起きないのだけど。この魔法があなたに効くなんて、信じたくはなかったわ」

 すぐ前まで来るとフェリシアは馬から降りて、蹲っているクラウディアを見下ろす。
 その時には、そのふとももまで変色が進んでいた。

「くっ……こんな魔法などっ!」
「無駄よ。もう立ち上がることもできないでしょう? 本当に残念だわ、こんなになったあなたの姿を見ることになるなんて。……せめてもの情けよ。あなたを悪に染まった者としてこのまま朽ちさせるのではなく、ヘルウェティアの女王クラウディアとしての尊厳を保った最後を迎えさせてあげるわ」

 そう言って、フェリシアが手にした剣を振り上げた、その時。



「彼の者の器に我が魂を移し、彼の者の魂を我が器へ移らせたまえ!」



 歌うようにそう唱えると、クラウディアが体を投げ出すようにして倒れ込み、伸ばした手でフェリシアの体に触れる。

「クラウディアっ、なにを!? うっ!?」

 クラウディアの手が自分に触れた瞬間、フェリシアは目眩と共に目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。








「くうううぅ……。なんだったの、今のは? ……くうっ!?」

 暗転していた視界が明るくなったかと思うと、右足に激しい痛みを感じてフェリシアは呻き声をあげる。

「気分はどう? フェリシア?」
「なにを……なっ!? なんだと!?」

 声のした方を見上げると、外でもない自分がこちらを見下ろしていた。

「これは、どういう……なにっ!?」

 慌てて自分の状態を確認すると、魔導士の長衣を着ていて、そして、裾のはだけたところから剥き出しになった右足は紫に変色していた。

「わたくしになった気分はどうかしら?」

 自分を見下ろしている自分が、口許を歪めて笑いながら尋ねてくる。

「おまえっ! クラウディアか!?」
「そうよ。あなたとわたくしの、魂の器を取り替えたの」
「それはっ、禁術ではないのか!?」
「あら? 悪魔の下僕になったわたくしに、禁術などというものは存在しないわ。それがシトリー様のためになるのら、たとえどんな邪悪な魔法であってもね」

 自分の姿、自分の声をしたクラウディアが、むしろ楽しげな表情すら浮かべて言う。

 それが、クラウディアの用意していた切り札。
 フェリシアが森の中に誘い込まれる前に呪文を途中で中断し、キープしておいたあの魔法だった。
 それをさっきあの瞬間に、最後の部分の詠唱と共にフェリシアに触れることで発動させたのだ。

「まさか……これが狙いだったというの?」

 クラウディアと入れ替わったフェリシアが、歯噛みしながらこちらを見下ろす相手を睨みつける。
 その、怒りに満ちた視線を真っ正面から受け止めて、フェリシアの姿をしたクラウディアは余裕の笑みを浮かべた。

「そうよ。あなたが剣技だけでなく、神聖魔法においても一流の使い手であることをわたくしが考慮に入れていないとでも思ったのかしら? もちろん、接近戦だとさすがにあなたの剣の方が早いですから、距離をとるのは当然の戦法ですものね。そうやって、離れた場所からわたくしが魔法を使う素振りを見せたら、あなたも魔法を使わざるを得ない。それが前提の戦いだったの。もちろん、あなたが使ったその魔法のことは、すでに調べていたわ。霊体や悪魔が相手ならともかく、生身の人間を攻撃する神聖魔法は限られてしまいますものね。あなたの叔母、テオドーラが神聖魔法については色々と教えてくれましたから、絞り込むのは容易かったわよ。わたくしがあなたから距離をとったのは、その魔法を使わせるためだったのよ。それを、わたくしは敢えてその身で受けた。そのうえで、あなたはきっと最後のとどめは自分の剣で刺しに来ると信じてましたわ。友であったわたくしの尊厳のために。そこが、わたくしとあなたが入れ替わるチャンスだと思っていたの」
「くっ……私の体に移って、なにをするつもりだ?」
「そんなの決まっているわ、この姿でアフラの宮殿に入り込んで聖なる石を破壊するためよ」
「なんだとっ!? ……くっ!」

 その言葉に、フェリシアが血相を変える。
 自分の姿で笑っているクラウディアに掴みかからんばかりの勢いで体を起こそうとするが、完全に紫に変色した右足が思うようにならず、呻き声とともに再び倒れ込んだ。

「魂が入れ替わったら、体が朽ちるのが止まったじゃないの。精神が悪に堕ちた者にしか効果がないって言ってたけど、どうやら本当のようね。たいしたものだわ、あなたのその魔法は。でも、もう諦めなさい。あなたはここで終わり。そして、わたくしがあなたと入れ替わって、あなたの国を滅ぼしてあげるから」
「クラウディア……おのれっ!」
「そんなに怖い顔をしても無駄よ。……それにしても、わたくしが自分でしたことですけど、怒りに歪む自分の顔を見るのはやはりいい気分はしないわね」
「貴様っ! ……はうっ!」

 怒りに色をなすフェリシアを足で蹴転がして、仰向けにさせる。
 魂が入れ替わったとはいえ、それがもともと自分の体だったとは思えないほどに、粗雑で乱暴な扱いだった。

 そして、淡々とした口調で最後の宣告を行う。

「おしゃべりはもうこのくらいにしましょう、フェリシア。あなたは、ここでクラウディアとして死ぬの。すべては、シトリー様のために」

 そう言うと、クラウディアはかつて自分のものであった体に剣を突き立てた。








「……もうよろしいですわ、シトリー様」

 フェリシアが絶命したのを確認すると、立ち上がったクラウディアが木陰に向かって声をかける。

 そこから、シトリーとピュラが姿を現した。

「おまえ、本当にクラウディアなのか?」
「さようでございます」

 シトリーの問いかけに、甲冑を身に着けた凜々しい女騎士が答える。
 彼としては、事前に話を聞かされてはいても、クラウディアの魂がイストリアの王女の中に入っているというのはにわかには信じられない思いだった。

「しかし、命まで奪わなくても……あれはおまえの体じゃないのか?」
「ですが、足の朽ちたあの体ではもう満足な働きができないですし。この体でないとあのバリアーの中に潜り込むことはできませんから。すべて、覚悟していたことです」
「そうか」

 シトリーたちが思っているよりも、はるかにクラウディアは落ち着いていた。

「ところでシトリー様……」
「なんだ?」
「シトリー様の髪を一房いただきたいのですが……」
「僕の髪を?」
「はい、シトリー様を呼び寄せる際の目印として必要なのです」
「そうか」

 クラウディアに請われて、シトリーは自分の髪を一握り切り取って手渡す。

 受け取った髪の束がばらけないように結んで纏めると、大事そうにしまい込んだ。

「それでは、打ち合わせたとおりに、よろしくお願いしますね、先生」
「ええ。クラウディア様もどうか気をつけて」
「はい。……シトリー様、では、そろそろ作戦再開の合図をお願いします」
「ああ、わかった」

 クラウディアひとりをその場に残して、シトリーとピュラが再び身を隠す。



 しばらくすると、はじめにフェリシアたちがやってきた側の木々が、ざわざわと蠢き始めた。



「おおっ! 道が開けたぞっ!」
「フェリシア様はっ!?」
「ああっ、フェリシア様! ご無事でしたか!」

 開けた道の先から、先ほど離ればなれになった部下たちがなだれ込んでくる。

 そして、そこに立っている指揮官と、その足許の遺体に気がついた。

「フェリシア様、それは……?」
「ヘルウェティアの女王、クラウディアよ。悪魔の手先になったという話は聞いていたけど、私がひとりになったところに襲いかかってきたのをさっき討ち取ったところよ」
「さようでしたか。ヘルウェティアの女王というと手練れの魔導士と聞いておりましたが、フェリシア様にはお怪我はありませんか?」
「大丈夫、たいした怪我はないわ。それで、そちらの被害は?」
「いえ、こちらも足止めをされていただけでたいした被害が出ておりませんが」
「なるほど。どうやら敵の狙いは私を孤立させて襲うことだったようね。たしかに彼女は怖ろしい相手だったけど、我らには神のご加護がある。悪魔に降った者に負けるはずがないわ」
「はい。さようでございますとも」
「それでは、改めて陣形を整えよ。この妖しげな森からなんとしても脱出するぞ」
「はいっ!」

 隊列を整え直すと、騎士たちは改めて動き始める。
 その後は、それほど迷うこともなく森の外に出ることができたのだが、それを怪しむ者も、ましてや自分の指揮官の魂が入れ替わっていることに気づく者も誰もいなかった。






* * *







 ――アフラ、イストリア王の宮殿。

 城内に帰還したフェリシア……その実クラウディアが廊下を進みながら兜を脱ぐと、ポニーテールに結った、輝くような濃い山吹色の髪が流れ出る。

 そこに、甲高い少女の声が聞こえた。

「姉さま、ご無事でしたか!」

 見ると、ひとりの少女がこっちに駆けてくるところだった。
 この国の第二王女で、フェリシアの妹であるステファニアだ。
 実際には2歳しか違わないはずなのだが、大人びた雰囲気のあるフェリシアの外見に対して、丸顔で童顔のステファニアはずいぶんと幼く見える。
 その、ウェーブのかかった、フェリシアのよりも淡い色の金髪は、叔母のテオドーラによく似ていた。

「どうしたの、ステファニア?」
「姉さまが出陣されている間、わたし、不思議な胸騒ぎを覚えて、不安で不安でしかたなかったんです」

 心底自分を気遣うように、ステファニアがこちらを見上げてくる。

 ……どうやら、姉の魂の死になにかを感じたみたいね。
 さすが、神聖王国の巫女姫といったとこかしら。
 わたくしの魂と入れ替わったことにはまだ気づいてないみたいですけど、長引くと怪しまれるおそれがありますわね。

 無事に帰ってきた姉の姿に安堵の表情を浮かべるステファニアに笑顔を返しながら、クラウディアは内心さらに気を引き締めていた。

 この魔法で魂を入れ替えると、入れ替わった先の肉体の持っている記憶を完全にではないがある程度は得ることができる。
 それに、クラウディアはフェリシアとステファニアの姉妹とは交流もあったし、ふたりの人となりもある程度は知っていた。
 そのため、すぐにそのことに気づかれるとは思っていなかったが、早めに事を済ませておくにこしたことはない。

 もちろん、胸の内でそんなことを思っている素振りすら見せはしない。

「大丈夫よ」

 そう言って、ステファニアの頭を撫でてやった。
 だが、すぐに表情を曇らせる。

「ただ、今日はクラウディアと戦うことになってしまって……」

 それを聞いたステファニアが、驚いて尋ね返してきた。

「クラウディアって……あの、ヘルウェティアのクラウディア様ですか?」
「ええ。悪魔側に付いたとは聞いていたけど、まさかこんな日が本当に来るとは思ってなかったわ。小さい頃からの友を、自分の手で殺すことになるなんて……」

 沈鬱な表情を作り、唇を噛んで言葉を絞り出す。

 すると、気落ちした姉を慰めるつもりなのか、ステファニアの腕が優しく抱きついてきた。

「そんなに自分を責めないでください。姉さまは、正しいことをしたのですから。姉さまはクラウディア様を殺したのではありません。悪魔の虜囚となった身から救い出したのです。今頃、きっとクラウディア様の魂は姉さまに感謝しているはずですわ」

 その言葉は、イストリアの王女としてごく自然に出たものだったのだろう。
 しかし、クラウディアにとっては全く心に響かない言葉であった。
 神の名の下に、悪魔の手先を殺すことを救いだというのは、あまりに身勝手極まりない蛮行にすら思える。
 彼女にとっては、シトリーこそが神にも等しい存在だったのだから。

 しかし、そんなことはおくびにも出さない。
 その代わりに、ぎゅっとステファニアを抱き返す。

「ありがとう、ステファニア。……そうよね、私は、クラウディアの魂を悪魔の下から解き放ったのよね」
「そうですとも、姉さま」

 花の香にも似た、ステファニアの髪の匂いが鼻腔をくすぐる。
 しばしの間そうやって抱き合った後で、ステファニアの頬をそっと撫でた。

「ありがとう、もう大丈夫よ。それでは、私は父上に報告をしてこなければいけないから」
「はい」

 素直に頷くステファニアの姿は、年相応の可憐な少女であった。
 それと同時に、聖なる力においては姉のフェリシアにも勝る当代の巫女姫でもある。

 この、穢れを知らぬ愛くるしい花をシトリー様に捧げるのもいいですわね……。

 ステファニアの笑顔に、クラウディアは胸の内でそう呟いていた。




 その後、クラウディアはイストリア王のもとに赴いて報告を済ませた。

 その場にいた誰もが、彼女をフェリシアだと信じて疑わなかった。
 実際はその現場は誰も見ていないのだが、騎士団の者たちも皆その通りだと証言していため、クラウディアを倒したという己が娘からの報告を、王は何度も大きく頷きながら聞いていた。
 まさか、愛娘の魂はすでにこの世にはなく、その体の中に入っているのは死んだはずのクラウディアの魂だということは、夢にも思うはずもなかった。






* * *







 ――その夜。

 湯浴みを済ませて寝室に戻ったクラウディアは、夕方のうちに密かに持ち込んでいた大きな盆に水を注ぎ込む。
 そして、部屋の外に誰もいないことを確認すると、シトリーの髪の房を大事そうに抱えてその水鏡の前に立った。

 そろそろ、向こうでは打ち合わせ通りに先生が術を始めようとしている頃ですわね……。
 わたくしも、早く始めないと。

 左手で握ったシトリーの髪を胸に当て、低い声で呪文を詠唱しながら右手の指先で水面を滑らせるように魔方陣を描いていく。




 その術は、町の外にいるピュラのもとへと、町全体を覆うバリアーを越えて目印を送る呪文だった。
 向こうでそれを受け取ると、その目印に向けてピュラが転移魔法でシトリーを送り込む手筈になっていた。

 ピュラとクラウディアがいくら研究を重ねても、この神聖魔法のバリアーを破ったりすり抜けたりする方法は見つからなかった。
 転移魔法でバリアーの中に飛ぼうとしても、転移先の座標が定まらず、そのまま亜空間に飛ばされてしまうおそれがあった。
 それならば、転移魔法の座標を定めるための目印を内側から発信したら、バリアーの外からでも転移魔法で中に飛べるのではないかというのが、ふたりで出した結論だった。
 それには、誰かがアフラの町の中に入り込まなければならない。
 そのために、クラウディアは禁術とされていた魔法を使ってフェリシアの体を奪うことを決意したのだった。



 ……くっ、やはこの体だと、かなり難しいですわね。



 本来なら、一度の詠唱で魔法が発動して水面が輝き始めるはずなのだが、その気配は見られない。
 しかし、クラウディアは右手で魔方陣を描きながら繰り返し呪文を唱え続ける。

 彼女が幼い頃から魔法の才を発揮していたのは、その才能もさることながら、先祖から受け継いできた強大な魔力をその肉体に蓄えていたことが大きい。
 その肉体を捨てて別の体に乗り移った以上は、彼女自身の魂の持つ力と、フェリシアの肉体が持っている僅かな魔力で魔法を操らなければならない。
 それは、魂の器を入れ替えるあの術を使うと決めたときから覚悟していたことだったが、想像していた以上にフェリシアの肉体はクラウディアの魔法との相性がよくなかった。
 クラウディア自身がヘルウェティア王家という、魔法に特化した性質を受け継ぐ家に生まれたのと同様に、フェリシアもイストリア王家という特殊な家系の娘である。
 その体には、神聖魔法を使うための聖なる力が満ちあふれているが、その力を、クラウディアの使う魔法のために使用することは事の外に難しかった。

 それでも、クラウディアは諦めることなく呪文を唱え続けた。
 魔法を発動させることにすべての感覚と意識を集中させているその額に、脂汗が滲み出てくる。
 無意識のうちに、シトリーの髪を握る左手に力が入る。

 ……お願い、発動して。
 どうか、シトリー様と先生のところに届いて……。

 祈るような思いで、水面に魔方陣を描く。



 すると……。



「……っ!」

 水鏡から、光が溢れてきた。
 同時に、左手に握ったシトリーの髪も光に包まれる。

「よかった……後は、お願いします、先生」

 まだ、気を緩めることはできない。

 クラウディアは、魔法を維持することに集中してピュラからの反応を待つのだった。






* * *







 その同じ頃、魔界軍の陣中で。

「シトリー様、来ました! クラウディア様からの合図です!」

 クラウディアのもとにあるのと同じくらいに大きな水鏡を前にして、ピュラが叫んだ。
 その水鏡からは、立ち上る湯気のように光が溢れてきていた。

「どうだ? いけそうか?」
「はい、さすがに少し不安定ではありますが、この程度なら十分です」
「そうか……では、始めてくれ」
「かしこまりました。……あの、シトリー様、どうかお気を付けて」
「ああ。向こうにはクラウディアもいるし、きっと大丈夫だ」
「はい。それでは、始めます」

 シトリーの求めに応じて、ピュラが転移魔法の詠唱を始める。
 すると次の瞬間、シトリーの体が光に包まれ、ふっと掻き消えた。






* * *







「ああ、シトリー様……」

 聞き慣れない声に、閉じていた目を開く。

 シトリーの目に映ったのは、目映い金髪をポニーテールに結った少女の姿だった。

「クラウディア……か?」
「さようでございます。……わたくしの魔法、無事に届いたのですね」
「……おいっ!?」

 クラウディアがよろめいて倒れそうになるのを、腕を伸ばして抱きとめる。

「あ……申し訳ございません……」
「大丈夫か?」
「はい。この体で魔法を使うのは思っていた以上に消耗が激しかったものですから。でも、少し休めば大丈夫です」

 シトリーの腕に抱かれ、クラウディアは疲労困憊したように大きく息をしていた。

「本当にこれでよかったのか? フェリシアとかいう娘は、僕の力でどうとでもできたはずだし、そうしていればおまえも体を移らずに済んで、こんな思いはしなくても良かったんじゃないのか?」
「しかし、それではわたくしがここに入り込むことができませんでした。たしかに、シトリー様の力を使えばフェリシアをこちら側に堕とすことができたでしょう。ですが、シトリー様をここに運んださっきの術は、わたくしが内側から目印を送り、それを頼りに先生がシトリー様の体を転移させるという仕組みになっています。ですから、あのバリアーの内側に必ずわたくしがいる必要があるのです。フェリシアには、目印を送るわたくしの魔法は使えませんし、たとえあの時彼女を堕としていても、他の騎士の目をごまかしてわたくしをここまで連れてくることは不可能だったでしょう。この宮殿の中に、誰にも怪しまれずにわたくしが入り込むには、フェリシアの体にわたくしの魂を入れるこの方法しかなかったのです」

 そう言ったその視線は真っ直ぐにシトリーを見つめ、満足そうな笑みすら浮かんでいた。

「まあ、それでおまえの気が済むのなら、僕が言えることはもうなにもないけどな。まあ、少し休め」
「……ありがとうございます」

 クラウディアの体を支えながら、ベッドに腰掛けさせる。

「それで、この後のことだけど?」
「はい。テオドーラの話では、この宮殿に安置されている聖なる石は、経血、愛液、精液などで穢されると力を失うそうです」
「だから、そこで僕がおまえとセックスをして、聖なる石を穢してやるという話だったな」
「さようでございます。ですが、それは止めにしました」
「どういうことだ?」
「先ほど、久方ぶりにステファニアに会いましたが、花のごとく可憐で美しい少女に成長しておりましたわ。あの子をシトリー様に捧げて、その愛液と破瓜の血で盛大に聖なる石を穢すのも一興かと存じます」

 そう提案したクラウディアは、悪魔の下僕らしい酷薄な笑みを浮かべる。
 と、不意にシトリーがその肩を抱き寄せた。

「シトリー様?」
「それだと、せっかくのこの体が無駄になってしまうな。まったく、見違えるほどにがっしりした体つきになって、まるで、エルフリーデかフレデガンドを抱いているみたいだぞ」

 そう軽口を叩くが、シトリーのその言葉はあながち冗談ではなかった。
 本来のクラウディアの、ほっそりとして華奢な体つきと違って、フェリシアの体はしっかりと鍛えられた戦士のそれであったし、シトリーよりも頭ひとつ分低かった身長も僅かに低いだけになって、視線の位置もそう変わらなくなっていた。

「この体、お気に召しませんか? ……ほら、この胸なんか、もともとのわたくしの体よりもずっとボリュームがありますわよ」

 そう言って胸を張ると、ゆったりした服を着ていても両胸の膨らみの大きさがわかる。

「もしよろしければ、この体をお抱きになりますか? そうすれば、この体も無駄にはなりませんし」

 クラウディアの方から、そう誘ってくる。
 それにはさすがにシトリーも苦笑を浮かべた。

「おいおい、疲れてるんじゃないのか?」
「それは、魔力を消耗することはこの後に支障をきたすので差し控えたいですけど、体力の方はむしろこの体の方があるみたいですので……」
「つまり、はっきり言うと僕とセックスしたくなったって言うわけか」
「はい……」

 シトリーがはっきりと訊くと、潤んだ目を恥ずかしそうに伏せ、頬を染めて頷く。

「まったく、その体はまだ男を知らない処女なんだろう?」
「フェリシアのことですから、間違いなくそうでしょうね。ですが、心は違います。わたくしのこの魂には、はっきりとシトリー様の所有物である証が刻み込まれていますから、こうやってシトリー様と一緒にいるだけで、体が疼いてしまいますわ……」

 そう言うと、クラウディアはもぞもぞと腰をくねらせる。
 熱でもあるかのように目の周りが赤くなり、悩ましげな吐息を吐いて、欲情しているのを隠そうともしない。

「なんだ、いやらしいやつだな。おまえはもう少し奥ゆかしいやつだと思ってたんだけど、そんなに僕としたいのか?」
「それは、シトリー様の下僕としては当然のことでございましょう。それにわたくしは、シトリー様のものになってからは自分のいやらしさを隠したことはございませんわ」
「なるほど、そういえばそうか」
「……ぁん、んふぅう」

 夜着の上から胸を掴むと、甘い声が洩れる。
 本来のクラウディアの乳房とは全く違う、張りと質感のある感触が手のひらに伝わってくる。
 それに、触れただけでそれとわかるほどに乳首が固く突き立っていた。

「おいおい、本当にその体は処女なんだろうな?」
「んっ、あぁああんっ! も、もちろんでございますぅう……」

 裾から手を潜り込ませてそっと股間を撫でると、そこは早くもぐっしょりと湿っていた。
 その秘裂に沿わせて指を滑らせると、クラウディアは艶めかしい声をあげて体をくねらせる。

「ふっ、この下はなにも穿いてないのか? 最初からやるつもりだったんじゃないか? とんだ処女もあったもんだな」
「それは、この体は処女ですけど、心は女の悦びを知っていますから……はぁんっ……シトリー様を、求めてしまうのです。……シトリー様、どうかわたくしにもシトリー様にご奉仕させtくださいませ」

 その言葉と共にクラウディアの手がシトリーのベルトを緩め、半ば勃起した肉棒を握って扱きはじめる。
 力加減といい、扱くペースといい、男を知らぬ女の動きではなかった。
 瞬く間に、その手の中でペニスが固く屹立していく。

 その手扱きの巧みさに、シトリーも思わず笑みを浮かべた。

「なるほど、面白いな。男をのものをよく知っている淫らな心に、穢れを知らない乙女の体というわけか。よし、じゃあ今から抱いてやる」
「ああ……ありがとうございます……」

 その体をベッドに押し倒すと、クラウディアは期待に満ちた表情で礼を述べる。

「望み通り、おまえの体の、"初めて"をもらってやるぞ」
「はい。わたくしは幸せ者でございます。こうやって、2度もシトリー様に処女を奪っていただけるのですから。……こんな貴重な経験をさせてくれたフェリシアには感謝しないといけませんわ」

 クラウディアが熱っぽい吐息を吐くたびに、その胸が大きく上下する。
 別人の体を使っての、2度目のロストヴァージンというシチュエーションに酔っているように、クラウディアは挿入前から恍惚とした笑みを浮かべていた。

「じゃあ、始めるぞ」
「はい、どうか来てくださいませ……んっ! っぅうううううううっ!」

 いきり立った肉棒を秘唇に押し当て、そのまま押し込んでいくと苦しそうな呻き声が上がった。
 実際、濡れそぼってはいたものの、その中はいかにも処女らしく、きつく押し返してくる。
 しかし、かまわずに肉棒を突き入れていくと、鈍い感触と共にクラウディアの体が強ばった。

「ううっ……くふぅうううううっ!」
「どんなに心は淫乱でも、やっぱり初めては痛いんだな?」
「はっ、はいぃっ! ですが、この痛みすら愛おしゅうございます」

 肩で大きく息をして痛みを堪えながらも、クラウディアはむしろ嬉しそうに目を細める。

「どうだ? 僕の力で痛みを感じないようにしてやろうか?」
「ふふっ、今回はとてもお優しいんですね、シトリー様」

 シトリーの気遣いに、目尻に涙を溜めているクラウディアが可笑しそうに声をあげて笑った。

「ん? どういうことだ?」
「お忘れですか? フローレンスの宮殿でわたくしがシトリー様の下僕になったあの日、初めてだから優しくしてくださいと言ったわたくしの願いをシトリー様は無碍になさって、わたくしの体に、心に痛みを刻みつけられたことを」
「ふっ……そんなこともあったな」
「ですからわたくしは大丈夫です。この方が、シトリー様にこの体の初めてを捧げたという実感が持てますから。むしろこの痛みを2度も味わうことができるなんて、夢のようです。それに……痛いことは痛いですけど、それ以上に体の奥が熱くなって、疼いているんです」
「だったら、このまま続けるぞ」
「はい。……あうっ、ふぁああああああっ!」

 いったん腰を引いて、また打ちつけると、痛みに呻いているのか快感に喘いでるのか判然としかねる声がクラウディアの喉から絞り出される。
 続けて、もう一度、さらにもう一度と、テンポよく腰を動かして、締めつけのきつい膣を肉棒で抉っていく。

「あふぁあああっ……このっ、感じですわっ! シトリー様の固くて逞しいものがいっぱいに擦って、奥までぶつかって……あぁああっ! 痛みの向こうからっ、気持ちいい波がっ、あふぅううううっ! あっ、はあっ、シトリー様っ、素晴らしゅうございますっ! あんっ、もっとっ、いっぱいわたくしを突いてくださいませっ!」

 腕を伸ばしてシトリーの首に絡めると、クラウディアは反動を利用して自分から腰をぶつけてくる。
 その動きは、たった今処女を散らしたばかりの女のものではなかった。
 体は初めてでも、その魂はこれまで何度もその肉棒を受けてきたのだからそれも当然なのではあるが。

「くふぅううううんっ! あまりっ、大きな声を出すと外に聞こえるかもしれないのにっ、気持ちよすぎてっ、声が出てしまいますっ、シトリー様!」
「おいおい、だったら、これでも噛んでおくか?」
「はうっ……んっ、んぐっ、ぐふぅっ、んっくっ!」

 呆れ顔でシトリーが投げてよこしたシーツの端を咥えて、喘ぎ声が洩れないようにする。
 くぐもった呻き声を響かせながら、クラウディアは両足をシトリーの腰に絡め、より深いところで快感を得ようと腰をくねらせるのだった。






* * *







 ――深夜。

 寝室のドアをノックする音が聞こえたような気がして、ステファニアは目を覚ました。

 ……気のせいかしら?

 最初は、そう思った。
 しかしもう一度、今度ははっきりとドアを叩く音がした。

 なにかあったんだわ。

 なにしろ、魔界の軍勢に都を囲まれている最中である。
 なにか緊急を要する事態が生じたのかと思い、ステファニアはベッドから降りて寝室の戸を開けた。

「……姉さま?」

 そこに立っていたのは姉のフェリシアと、衛兵の格好をしたひとりの男だった。

 なにか非常事態があったにしては姉とその衛兵しかいないことと、その衛兵の顔に見覚えがないことにステファニアは首を傾げる。
 それに、その衛兵の瞳……。
 夜の薄暗い廊下でも輝くような、金色の瞳を持っていた。
 その目を見ていると背筋が寒くなるような、人間離れをした気配を漂わせている。

「こんな夜中にどうしたんですか、姉さま?」

 そう尋ねても、フェリシアは笑みを浮かべたままでなにも答えない。
 しかし、その笑顔は彼女のよく知る姉のものとはどこか違う気がした。
 いや、たしかにその姿は姉に間違いないのだが、全く別人のような雰囲気を持っていた。

「……はううっ!?」

 ほんの僅かな時間、姉に気をとられていたステファニアの体を違和感が襲った。
 なにか得体の知れないものが、自分の中に潜り込んできたかと思える、そんな違和感。
 それに続けて、心臓を鷲掴みにされたかのような、胸を締めつける感覚に囚われる。

「あ……うあ、あぅ……」

 見ると、衛兵の手のひらから蔓のようなものが伸びて自分の体に潜り込んでいた。

 この者は……人間ではないわ……!

 そう悟ったステファニアは、声を出して助けを呼ぼうとする。
 しかし、この胸を締めつける感覚に息が詰まって声が出ない。

「あ……ああ……あうぅっ!」

 一瞬、その緊縛感が強まったような気がした。
 同時に、目眩がして足許がふらつく。

「あら? 大丈夫?」

 倒れそうになった彼女をフェリシアが抱きとめた。

「あ……ね……え……さ、ま……?」

 思うように動かない舌で、なんとか姉を呼ぶ。

 その時、それまで黙っていた衛兵が口を開いた。

「よし、打ち合わせ通りにしてやったぞ、後はおまえに任せる」
「かしこまりました、シトリー様」

 姉が、衛兵に向かって微笑む。
 それに、姉はその男のことをシトリー様、と呼んだ。

 ……なに、どういうこと?
 この男は? 姉さまはいったい?

 ステファニアにはなにがどうなっているのか全くわからない。
 ただ、なにかよくないことが起きようとしていることだけはわかる。

 そんな彼女に覆い被さるようにして、フェリシアが顔を近づけてきた。

「いい、ステファニア? 私の言うことをよく聞くのですよ。あなたは今夜、婚礼を執り行うのです」
「こん……れい……?」

 姉の言葉を、鸚鵡返しに聞き返す。
 気がつけば、あの胸を締めつける感覚が僅かに緩み、ゆっくりとだが話すこともできるようになっていた。
 ただ、頭の中に靄がかかっているように思える。
 ぼんやりとして、考えるのが億劫になるような、そんな感じだった。

 すると、フェリシアがにっこりと微笑む。

「そう、婚礼よ。あなたは今夜、生涯の伴侶となる人と結婚するのよ」

 フェリシアのその、楽しそうな顔は、ステファニアもよく知っている姉の表情に近い。
 姉妹ふたりだけのときには、よくそうやって笑っている
 しかし、やはりいつもと少し違うような気がする。

 いや、それよりも、今姉が言ったことは……。

「そんな……結婚するって……? 今は、魔界と戦っているのに……」

 いきなりそんなことを言われても、戸惑うしかなかった。

 今は魔界との戦争の最中で、そんなことをしているどころではないし、聖なる石の守護者たる巫女姫である自分が今結婚するわけにはいかない。
 そもそも、その相手すらいないというのに。

 しかし、ぼんやりとした表情で首を傾げたステファニアに顔を近づけると、フェリシアが口を開いた。

「ステファニアは、私のこと、好き?」
「はい……好きです」

 それは、ごくごく当たり前の答えだった。
 ステファニアは姉のことを慕っていたし、大好きだったのだから。

「私が今まで、あなたに間違ったことを言ったことがある?」
「いえ……ないです」

 それも、事実だった。
 実際、姉も小さい頃は巫女姫の候補だったほどに聖なる力が強く、正義感も強い人だった。
 それでいて驕ることもなく、下の者には優しく、自慢の姉だった。
 これまでも、そんな姉が間違ったことを言ったのを聞いたことがなかった。

「だったら、私のいうことはなんでも正しいわよね? ステファニアは、私の言うことはなんでも素直に聞くのよね?」
「はい……」

 小さな子供を諭すような姉の言葉に、ステファニアは素直に頷いていた。

「じゃあ、よく聞いて。あなたが結婚する相手は、今の状況から私たちを救ってくれる救世主様なの」
「救世主……さま……?」
「そうよ、救世主様。その方が私たちを守ってくれるから、もう聖なる石に守ってもらう必要はなくなるわ。そうしたら、もう巫女姫の役目はなくなるでしょ?」

 姉の声が、すっと胸に沁み入ってくるように感じた。

 これまで自分は、女の身でありながら人々を守るために巫女姫としての務めを果たしてきた。
 それは、イストリアの王家に生まれた者として、いや、自分自身が持って生まれた正義感の故だった。
 しかし、自分たちを救ってくれる救世主がいてくれるのなら、自分の務めは必要ない。

「はい……」
「そして、その救世主様と結婚する運命の相手はあなたなのよ、ステファニア」
「わたしが……」

 自分と救世主が、運命で結ばれた相手……。
 それは、とても畏れ多いことだと感じるのと同時に、素直に嬉しくも思えてくる。

 自分が、その救世主に選ばれた相手。
 ならば、自分は救世主の伴侶として、その方を支えればいいと、そう思える。

「救世主様と結婚したら、すべてはそのお方が解決してくださるの。だから、救世主様と結婚することになんの問題もないのよ」
「うん……」

 姉の言うとおり、なんの問題もない。
 巫女姫を務めている間は結婚できないのが定めだが、救世主が人々を救ってくれるのなら、もう巫女姫は必要ない。
 だから、自分がその救世主と結婚することに問題があるはずがなかった。

「いい子ね。じゃあ、救世主様にご挨拶するのよ。ここにおられるこのお方が、救世主様であらせられるシトリー様なのですから」

 ステファニアは、ぼんやりとした視線を目の前の男に向ける。
 姉が連れてきたこの人が、救世主様で、自分の結婚相手となる人……。
 金色に輝く瞳を持ったその相手を人間ではないと感じたのは、この方が救世主だったからなのだと、そう思えた。

「シトリー……様……。私は……イストリアの第二王女の……ステファニアです……」

 ゆっくりとした、抑揚のない口調で救世主に自己紹介をする。

 もう、さっきその姿を初めて見たときに感じた、背筋が凍るような感覚はすっかり消え失せていた。
 今は、その人が自分たちを救ってくれる運命の人だということになにひとつ疑いを持たなくなっていた。

 すると、その人が微笑んだような気がして、その笑顔を見て胸がドクンと鳴った。

「シトリー様は優しくて、素敵な方なのよ。それに、あなたが望む理想的な方でしょう?」
「うん……」

 全て、姉の言うとおりだ。
 改めてよく見ると、その人は自分が理想としていた男性だと、そう思える。

「ほら、シトリー様を見ていると胸が高鳴って、どんどん好きになっていくわ」
「うん……」

 バクバクと、心臓の音が早くなっていくのを感じる。

 この人は、自分の理想の人、自分の運命の人。
 そう思えて、胸の高鳴りが止まらない。

 ステファニアの頬は赤く染まり、うっとりと夢見るような眼差しを目の前の救世主に向けていた。

「どう? シトリー様と結婚したいでしょ?」
「うん……だって、シトリー様は私の運命の人。……私たちを救ってくれる救世主様なんですもの」

 姉の言葉に、力強く頷く。
 その頭は、この人と結婚したいという強い想いで占められていた。

「では、これから婚礼を執り行うのよ。シトリー様は私たちを救ってくださるお方だけど、そのことは外にいる悪魔どもには知られてはならない。だから、あなたとシトリー様の婚礼を大々的に行うことはできないの。極秘に、ひっそりと執り行わなければならないの。だから、今日、これから行うことにするの。場所は、聖なる石の広間、立会人は私だけ。それなら、悪魔どもに気づかれることもないでしょ?」
「うん……そうだね……」

 本来なら、どう考えても不自然なフェリシアの言葉。
 しかし、今のステファニアは姉の言うことにいかなる疑問も持たなくなっていた。

「じゃあ、今から聖なる石の広間まで行きましょうか。そうね、シトリー様と手を繋いで行くことにしましょう。あなたは、シトリー様と手を繋ぐと、それだけでこれまで感じたことのない悦びを感じるから」

 姉がそういうと、運命の人がすっと手を差し伸べてくる。
 その手を、なんのためらいもなく握る。

「あっ……ふああぁ……」

 手を繋いだ、それだけのことなのに、熱いものが全身を駆け巡る。
 体が芯から温かくなってきて、頭がぼうっとしてくる。

 そういうことに全く経験のない彼女は、手を繋いだだけで自分が軽く性的な絶頂に達してしまったことなど知る由もなかった。






* * *






 ――イストリア王宮、聖なる石の広間へと向かう通路。

 さすがに、イストリアの守りの要の場とあって、そこは数人の衛兵によって警備されていた。

 しかし……。

「あ、れ……? 急に、眠気が……?」
「う……俺も……だ……」
「これ……は……」

 突然の睡魔に襲われた衛兵たちが、次々と倒れていく。

 そして、角を曲がって現れたのは3人の人影。
 先頭に立つ、ポニーテールの女が、大きく肩で息をしていた。

「おい、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。……この体では、やはり魔法を使うと体に負荷がかかりすぎてしまって」

 後ろから声をかけた男に向かって、女が申し訳なさそうに返事を返す。
 そのふたりはもちろん、シトリーとクラウディアであった。

 フェリシアの体で魔法を使うとやはり消耗が激しいらしく、眠りの霧を発生させるだけの駆け出しの魔導士でも使えるような初歩の魔法を使っただけで苦しそうな表情をしていた。

 一方、シトリーと手を繋いだもうひとりの人影、ステファニアは倒れている衛兵の姿も視界に入らないかのように、恍惚とした表情でただシトリーだけを見つめていた。

 さっき寝室で、シトリーが触手を通じてステファニアの魂に仕込んだのは、"姉の言うことは真実だと思う。たとえ疑問や戸惑いがあってもその言葉は間違いなのだから従うしかない"というものだった。
 フェリシアの体に入っているのがクラウディアの魂だと気づいていないのなら、姉との絆を利用した方がよりスムーズに事が運ぶと考えたのだ。

 実際に、僅かな戸惑いを見せはしたものの、クラウディアの言葉を姉の言葉として受けいれ、今やシトリーを自分の運命の相手、自分たちを救ってくれる救世主と信じて疑わなかった。






 3人は通路の突き当たりまで来ると、クラウディアが扉を開ける。
 すると、深夜の、それもそこは宮殿の地下だというのに光が溢れ出てきた。

 その中に入ると、光が外に漏れないように再びぴったりと扉を閉じる。

 そして、改めて光に満ちあふれた空間を見回す。

 大きな広間の中央に、高さは大人の腰ほどで、長辺が3m、短辺が2mほどもある、大きな直方体が安置されていた。
 まるで、水晶の結晶を思わせるものが、大広間全体を照らすほどの輝きを放っていた。
 それが、はるか昔に神からイストリア王家に下されたという聖なる石であった。

 シトリーに手を引かれたステファニアが、その、光輝く一枚岩の前に立つ。
 ふたりの背後から、クラウディアが声をかけた。

「では、ここで婚礼を行うことにしましょう。私と、この聖なる石の前でね」
「はい、姉さま」

 姉の言葉に、ステファニアが素直に頷く。

「ああ、でも、ステファニアは教会で行われる婚礼しか見たことないわよね? あれはね、結婚の本当の儀式じゃないのよ」
「本当の、儀式じゃない?」
「そうよ。本当の結婚はね、結婚するふたりが愛し合うことで成立するのよ。男と女としてね」
「男と女として……愛し合う……」
「そうよ。あなただって、もうそんなこともわからないような年齢でもないでしょ。大丈夫、大好きな人と愛し合うのは、それは素晴らしいことなんだから安心していいのよ。それとも、あなたはシトリー様と結婚したくないの?」
「ううん。結婚したい。私、シトリー様と結婚したい」

 クラウディアがわざと意地の悪いことを言うと、ステファニアは必死にかぶりを振る。
 心の底からシトリーと結婚したいと思っていることを、精一杯に訴えていた。

「だったら、私が見ていてあげるからたっぷりシトリー様と愛し合うのよ」
「はい」
「では、まず結婚の誓いの口づけよ。……さあ、シトリー様」
「ああ」

 クラウディアが目配せをすると、シトリーがステファニアを抱き寄せる。
 そして、顔を寄せてその唇を吸った。

「ん、んふ……」

 うっとりと目を閉じて、ステファニアは口づけを受けいれる。
 その背中に回した手のひらから、シトリーが触手を1本伸ばしてその体に潜り込ませたことに全く気づいていない。

「んふ、ん……んぐ? んぐぐ……」

 いきなり口の中に舌をねじ込まれて、ステファニアが驚いたように目を開いた。
 男と接吻するのも初めての彼女が、舌を絡め合うディープキスなど知っているはずもなかった。

「ぐむ、んっ、んぐっ……んむふぅ……」

 口の中で、シトリーの舌が動くのを感じる。
 口蓋をくすぐり、歯茎を軽く圧し、ステファニアの舌に絡みついてくる。

 少しくすぐったく感じるが、不快な感じは全くしない。
 それに、なんだかそうしているのが心地よく感じられるような気がした。

「んぐっ! ぐむむむむぅっ!」

 不意に、ステファニアの体を熱いものが駆け抜けていった。
 シトリーと初めて手を繋いだときに感じたのと同じ、頭が痺れるような、体の奥がジンジンしてくるような疼きが走る。

 それが、密かに忍ばせた触手を通じてシトリーが強制的に導いた絶頂であることなど、経験のない彼女がわかるはずもなかった。

 しかも、その絶頂は一度だけではなかった。

「んぐぐぐっ! ……んんっ! んふぅっ! ぁんんっ! むふぅっ!」

 シトリーに抱きしめられて口づけしたまま、ステファニアの体が幾度も小刻みに震える。
 異性とこんな事をするのも初めてだというのに、普通はキスだけではあり得ないほどの連続絶頂を触手を通じて流し込まれて、ステファニアはもうなにも考えられなくなっていた。
 目の前で何度も光が弾けて、気怠い痺れが全身を包みこむ。

「んっ! んんんっ! んふっ! んぐっ! んふううぅっ……!」

 驚いたように見開かれていた目が、トロンと緩んでいく。

 もう、最後の数回は触手を使うこともしていなかったというのに、ステファニアはシトリーに抱きついたまま達し続けていた。
 シトリーとのキスが気持ちいいということを、彼女の体と心が覚えてしまったかのようだった。

「んんんんっ! ん……ぷふぁああああぁぁ……」

 ようやく口づけを終えて、シトリーが抱いていた腕の力を抜くとステファニアはそのままその場にへたり込んでしまった。
 蕩けた瞳をどんよりと濁らせ、呆けた笑みを浮かべてシトリーを見上げている。

「どう? シトリー様との口づけは気持ちよかった?」
「うん……すごく、気持ちよかった」

 背後からかけられたクラウディアの言葉に、表情を緩ませたままで答える。
 今の姉は、彼女がこれまで見たこともない淫靡な表情を浮かべているのだが、そのことを訝しむ素振りすらなかった。

「じゃあ、もっとシトリー様と愛し合いましょうね」
「うん、私、もっとシトリー様と愛し合いたい……」

 クラウディアが腰を屈めると、服を脱がせていく。
 ステファニアはそれに身を任せながら、まだうっとりとした表情で口づけの余韻に浸っていた。

「うん、きれいよ、ステファニア」

 おとなしく裸にされたステファニアを見て、クラウディアが微笑む。

 実際、その幼い顔立ちから思っていていたよりも、はるかに体つきは大人びていた。
 もちろん、今クラウディアが使っているフェリシアの体ほどではないが。

「じゃあ、聖なる石の上でシトリー様に愛していただきましょう。この上は、硬くて少し痛いかもしれないけど、でも、聖なる石にもあなたとシトリー様が結ばれるのを、見届けてもらいたいしね」
「うん、そうだね……」

 素直に頷くと、イストリアの巫女姫にとってなによりも大切なはずの聖なる石の上に、シトリーに支えられながら裸でよじ登る。
 ステファニアのそのふとももは、さっきの連続絶頂で溢れてきた、トロリと濁った蜜で濡れて光っていた。

 続いて、シトリーが聖なる石に上がってくると、ステファニアは両手を差し伸べてきた。

「私を……いっぱい愛してくださいませ、シトリー様……」
「ああ」

 その体を抱き上げると、ステファニアはシトリーの首に腕を絡める。
 熱っぽく潤んだその瞳はシトリーの顔だけを見つめ、自分の股間に宛がわれようとしているいきり立った肉棒など見えていない様子だ。

「いいかい、ステファニア?」
「はい、どうぞ……」

 それらしい雰囲気を出すために、シトリーが優しく問いかけると、ステファニアは運命の相手と結ばれる期待に満ち溢れた表情で頷く。

 その体を、腰が少し浮くようにシトリーが抱え上げる。
 そのまま、ステファニアの秘部の入り口に肉棒が当たるように位置を調節すると、抱え上げていた力を緩めた。

「くふっ……! ああっ! きゅふうううううっ!」

 固く熱いものに貫かれて、ステファニアの下腹部を激痛が襲った。
 それでも、必死に歯を食いしばって処女を散らせた痛みに耐えようとする。

「大丈夫か、ステファニア?」
「はっ、はいっ……こんなに痛いなんて、思っていませんでした。申し訳ありません……シトリー様に愛していただかないといけないのに、私、こんな……」

 心配そうに尋ねられて、痛みに顔を歪め、目に涙をいっぱいに溜めて謝ってくる。
 シトリーが見せている気遣いも演技にすぎないのだが、痛みを堪えるのに精一杯の彼女が気づくはずもない。

「大丈夫よ、ステファニア。初めてだから最初は痛むと思うけど、すぐに気持ちよくなってくるはずだから」

 そう言うと、クラウディアがシトリーに目配せをする。

 その言わんとすることを察したシトリーは、再びステファニアの中に触手を潜り込ませる。

「あまり痛かったら、今は止めておこうか?」
「いっ、いえっ! 私、我慢しますからっ、どうかお願いしますっ!」
「そうか? それなら動いてみるけど、本当にいいのかい?」
「はいっ、お願いしますっ! くううっ! ……えっ?」

 シトリーが下から突き上げると、ステファニアは苦痛に顔を顰める。
 しかし、すぐに驚きの表情を浮かべた。

「なんだかっ……痛みが急に引いていきますっ。……あっ、あああっ! 入ってるっ! 私の中になにか大きなものが入ってます!」
「そうよ。あなたの中に、シトリー様のものが入ってるの。あなたは今、シトリー様と結ばれているのよ」
「シトリー様と結ばれて……? はあんっ! ああっ、うれしいっ! わたしっ、シトリー様とひとつになっているのですね!? はあっ、ああぁんっ!」

 噛みしめるようにクラウディアの言葉を繰り返したステファニアが、満面の笑みを浮かべた。

「ああっ、感じますっ! シトリー様の大きなものがっ、わたしの中を出たり入ったりしてっ! はぁんっ……これっ、すごく熱くてっ、あああっ、気持ちいいっですっ!」

 シトリーにぎゅっとしがみついて、快感を口にする。
 経験も知識も全くない少女らしく、シトリーにされるがままで自分から動くこともしていないが、肉棒を咥え込んだその膣は熱く解れてきていた。

「ふぁあああっ! きもちっ……気持ちいいですっ、シトリー様! 硬くて大きなのがっ、私の中で擦れてっ! これがっ、シトリー様の愛の大きさなのですね! あんっ……もっと、もっと私を愛してくださいっ! ああああああぁんっ!」

 早くも軽い絶頂に達したのか、ペニスで奥の方を擦られた瞬間、大きな喘ぎ声と共にステファニアの体が強ばった。

「頭の中っ、真っ白になってっ……すごいですぅっ! 気持ちよくって……なにも考えられなくなりますぅううううっ! ……あうっ、シッ、シトリー様っ、口づけっ、してくださいっ! ……はふっ、んちゅっ!」

 さっきのがよほど気に入ったのか、ステファニアの方からキスを求めてきた。

「んふっ、ちゅむっ! あふ……シトリー様との口づけ、きもひいいっ……んむっ、れるっ……んぐぐぐぐっ! はう……もっと、もっと……あむっ、ちゅばっ、はぶっ……んんんんっ!」

 こんどは、ステファニアの方から舌を伸ばして、積極的に絡めてくる。
 キスをするステファニアがくぐもった喘ぎ声をあげるたびに膣が引き攣ったように締めつけてくるのは、きっと何度も絶頂を迎えているのだろう。

 他に物音の聞こえない広間の中に、クチュクチュといやらしい音とステファニアの喘ぎ声が響く。
 聖なる石の、ふたりが体を絡め合う場所を中心に溢れ出た愛液が広がっていた。

 その様子をじっと観察していたクラウディアは、聖なる石の輝きが少しずつ弱まっていっているのに気づいた。
 計画が上手くいっていることを確信して、笑みを浮かべてふたりのセックスを見守っている。

「はふっ、えるっ……んむぅうううううっ! ……ふはぁっ! はぅんっ……ああっ、目の前でバチバチ光が弾けてっ、わたしっ、変になりそうですっ! ふぁあああっ!」

 度重なる絶頂のために息苦しそうに唇を離すと、ステファニアはバサバサと髪を振り乱して大きく体を震わせる。
 その体は何度も何度も小刻みに震え、もはや限界が近いのは明らかだった。

「変になっていいんだよ、ステファニア。もっと感じるんだ。そうしたら、いちばん大きな愛情を君の中に注いであげるから」
「ふぁあああっ!? いちばんっ、大きなっ、愛情……!? くださいっ! 私に愛情、注いでくださいっ! あんっ、はううっ! はあっ、シトリーっ、ひゃまぁあああっ!」

 返事を待つまでもなく腰の動きを速くすると、ステファニアの体が玩具のようにガクガクと跳ねる。
 快感の加速に耐えられなくなったのか、急に呂律が回らなくなっていく。

「やあああっ! それっ、はげしすぎですっ! ひゃうっ、あたまのなひゃっ、あつくてっ、ぼうってなってっ……はぅううううっ! だめっ、とんひゃうっ、わらしのあらまっ、とんひゃうううううっ!」

 もはや、ステファニアは半ば白目を剥いてシトリーにしがみつくのが精一杯だった。
 しかし、体の方は与えられる快感に正直に反応して、肉棒をきつく締めつけている。

 そして、シトリーの方も限界が近づいてきて、体をブルッと震わせた。

「くうっ! いくぞっ、ステファニア! 僕の愛をたっぷりと注いでやるっ!」
「ひゃうううっ! なんかきへるっ、あちゅいのがいっひゃいっ、わらしのなひゃにっ! ひゃあっ、しゅごいっ、しゅごいのっ! らめぇっ、しゅごしゅぎてっ、わらしっ、とんひゃうよぉおおおおおおおおっ!」

 熱い精液の迸りをまともに膣内で受けたステファニアの体が、きゅううぅっと弓なりに反り返る。

「ふひゃぁああああっ! らめえっ、きもひよしゅぎてっ、おかひくなりゅうううううっ…………!」

 硬直した体をシトリーに支えられながら、最後の一滴まで精液を受け止める。

 そのまま意識を失ってぐったりした体を聖なる石の上に寝かせると、栓をしていた肉棒の抜けたステファニアの秘所から、愛液と破瓜の血の混じった精液がドロリと滴り落ちた。

 すると、その場所からそれまで水晶のように透き通っていた聖なる石が乳白色に変色し、亀裂が走り始めた。
 そして、その亀裂が全体に行き渡った瞬間、広間の中が真っ暗になった。









 少しすると、青白い光が浮かび上がる。
 クラウディアの点した魔法の灯りだった。

「聖なる石は完全に力を失ったようですわね、シトリー様」
「ああ」
「それでは、お召し物を」

 そう言って、クラウディアがシトリーに服を差し出す。
 青白い灯りの下にいるせいもあるが、心なしかクラウディアの顔が蒼白になっているように思えた。

 そして、シトリーが服を着るのを待ちかねたように再び口を開く。

「それでは、これからわたくしの最後の力を使ってシトリー様を皆のもとへ送り届けます」
「最後の力だって?」
「さようでございます」

 シトリーの言葉に、クラウディアはふっと微笑んだ。

「どういうことだ?」
「もともと、フェリシアのこの体とわたくしの魂は相性が悪かったようです。ですから、このままではどのみちそう長く保ちそうにはありませんでした。重ねて、この体と属性の違う魔法を立て続けに使ったので、限界が早まったみたいです。もう、わたくしに残された時間はそう多くはありません」
「なんだと!? ……おまえ、そんなになるまでして、どうしてこんな事を?」
「わたくしは、シトリー様のご期待に応えることができませんでした。シトリー様に、このイストリアのバリアーを破る方法を見つけろと命じられたというのに、ついに見つけることができませんでした。わたくしと先生とふたりがかりで取り組んでいたというのに、それがついに叶いませんでした。そのことで、ずっとシトリー様に申し訳なく思っておりました」
「おまえ、それでテオドーラからその話を聞き出そうとしたときに珍しく冷静でなかったのか?」
「はい。あの時は見苦しい姿をお見せしてしまいました。あの時のわたくしはそれほどに焦りを感じていたのです。ですが、テオドーラの話を聞いてからは、せめてバリアーの源となる聖なる石を破壊することにわたくしの全てを賭けようと、そう決めていたのです。そのためには、なんとしてでもバリアーの中に入り込む必要がありました。そして、この中に入り込むにはフェリシアの体にわたくしの魂が入るしか方法がなかったのは先ほども申したとおりです」

 静かな、そしてはっきりと語るクラウディアの姿は儚げで、フェリシアの体の、その髪が青白い光を反射して青みを帯びて見えるためもあってか、青い髪に華奢な彼女本来の姿と重なって見えた。

「しかし、おまえ……」
「気になさらないでください、シトリー様。むしろわたくしは嬉しく思っているくらいなのです。この地上で魔界に抗っているのは、もはやこのイストリアのみ。それも、聖なる石が力を失えば瞬く間に陥落するでしょう。わたくしの命でそれを贖えるのならば、むしろ本望です。それがシトリー様のお役に立つのならば、わたくしの命など安いものですから。本当のところを申しますと、リディアとエミリアさんに先を越されてしまって、少しばかり羨ましく思っていたのです。しかし、これでやっとわたくしもあのふたりのように、自分の全てを賭けてシトリー様のお役に立つことができました。だから、本当に嬉しいんです」

 そう言って、クラウディアはにっこりと微笑む。
 その、いっそ清々しいまでの笑顔を見ていると、シトリーにはもうなにも言い返す言葉も出てこなかった。

「……そろそろわたくしの命も尽きようとしています。最後に、シトリー様のお手を握らせていただけますか?」
「わかった。おまえの最後の頼みだからな、もちろんなんでも聞いてやるさ」

 望みに応えてシトリーが手を差し出すと、クラウディアは恭しくそれを押し戴く。

「どうかご武運を、シトリー様。願わくは今度は魔界に転生して、またシトリー様にお仕えしとうございます」

 シトリーの手のひらを自分の胸に当てて、クラウディアは祈るように目を閉じる。

 そして、再び笑みを浮かべると、シトリーの手を離した。

「では、わたくしの全ての力を使って、シトリー様を皆のもとへと送り届けます。もう、妨げとなるバリアーも消えていますので、今のわたくしの力でも大丈夫ですから」

 そう言うと、クラウディアがシトリーに向かって手を差し出し、意識を集中させて呪文の詠唱を始める。

 その表情は苦しそうに歪み、額に脂汗が浮かんでいた。

 きつく目を瞑って繰り返し呪文を詠唱していると、やがてシトリーの体が光に包まれていく。
 そして、その姿が忽然と消える。

「シトリー様……どうか……いつまでもご無事で……」

 転移魔法が成功したのを確認すると、クラウディアの顔に満ち足りた表情が浮かび、そして、そのまま崩れるようにして床に倒れ伏した。








 程なくして、異変に気づいた宮中の者が大広間に駆け込んでくる。
 本来なら聖なる石の輝きで満ちているはずの広間は、完全な暗闇となっていた。
 異変の原因を調べるために松明で照らしだした結果彼らが見つけたのは、床に倒れて事切れている第一王女フェリシアの亡骸と、第二王女のステファニアがひび割れて光を失った聖なる石の上で、あられもない格好で気を失っている姿だった。

 
 


 

 

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