黄金の日々


 

 



第2部 第14話 破綻の予感








 ――翌朝。

 シトリーが牢に行くと、ニーナはまだ頑張っていた。

 淡い光に包まれたサラを、真紅に輝く瞳で見つめている。
 しかし、ただでさえ赤みを帯びた目が、真っ赤に充血しているように見えるのは気のせいだろうか。

「やっぱり無理だったか」
「あ〜、シトリー様〜」
「頑張ったな、もういいぞ。僕が代わる」

 シトリーが手のひらから触手を伸ばして、サラの体に絡ませる。
 すると、力を解いたニーナの瞳が元の濃いピンクに戻った。
 もちろん、触手の絡みついたサラの体からは心を護る光が消えることはない。

「もうしわけありませんシトリー様〜。私の力ではダメだったみたいで……ふぁあぁ、あふ……」

 目をシパシパさせながら詫びている途中で、ニーナは大きな欠伸をひとつする。

「あ、いえ、すみません、シトリー様、これは……ふぁあああ……」

 慌ててもう一度謝る途中で、もうひとつ大欠伸が出る。

「いや、謝る必要はないさ。おまえはよくやってくれた。だから、ゆっくり休息をとっておけ。今夜もまたやってもらうからな」
「ええ〜、今夜もですか〜?」
「ああ。たぶん、そういうことになる。それと、メリッサにも同じ役割をしてもらうことになるだろうから、おまえも夜まで体を休めておけ」
「シトリー様のご命令とあればそうしますが……」

 その指示に首を傾げるニーナとメリッサに、シトリーは自嘲的な笑みを浮かべる。

「わからないか?」
「はい……」
「まあ、ひと言で言えば消耗戦だな」




 ……消耗戦。

 それが、シトリーの出した結論だった。
 その意図するところは、ある意味今のニーナの姿がよく示していた。

 悪魔は、その能力を使うときには多少なりとも魔力を消費する。
 夢魔であるニーナにとって、人に夢を見させることは食事をすることと同じである。
 だから本来なら、その力を使うときに消費する魔力はそれほど多くないはずだ。
 それでも、力の通じない相手に夢を見させようとしてその能力を使い続けると、たった一晩でこれほど魔力を消耗してしまう。

 それは、シトリーの能力だって同様だ。
 彼本来の、瞳から力を注ぎ込んで相手を操る力は自分の力そのものを相手に流し込むために、そこそこ魔力消費の大きい力だ。
 だからこそリディアに魔力を持って行かれていた間は、抵抗力の弱い人間相手にしかまともに力を使えなかった。
 それに対してリディアからもらった今の力は、相手の魂そのものを支配できる分効果も桁違いに大きいのに対して魔力消費は格段に少なく、非常に効率のいい能力となっている。
 だが、それでも今の彼が操れる触手を最大数である10本使い続けると、おそらく3、4日で魔力を消耗しきってしまうだろう。
 どれほど魔力消費が少なくて効率のいい能力でも、休みなく使い続ければいつかは限界が来る。
 無限に使い続けることができるような都合のいい能力など、この世には存在しないはずだ。

 それは、魔力に限った話ではない。
 なんらかの魔法やそれに類する能力を発揮するために必要な力は、それを使う者の属性によって魔力、霊力、聖なる力と呼び方は異なるが、その本質は基本的にはさほど変わらない。
 そのことは、かつて天界にいた天使でありながら現在は悪魔であるシトリー自身がよくわかっている。
 多少性質が変わっただけで、自分の中にあるエネルギーのようなものを消費しながら能力を使っていること自体は変わらない。
 もちろんエルフの精霊魔法のように、心を通わせて従えた精霊の力を使うようなものもあるが、それはむしろ例外的だ。
 悪魔や天使はもちろん、クラウディアやピュラのような魔導士も、イストリアの神聖魔法を使う者も、自分の持つ魔力や霊力を消費して魔法や能力を行使している。

 それならば、当然サラの能力もそのはずであった。
 彼女の能力が、力の消費が大きいものなのか少ないものなのかはわからない。
 だが、その能力が本人の意識がなくても自動的に発動するものならば、こうやって休むことなく常時能力を使わせていれば力の回復ができずにいつか必ず尽きるときがくる。
 そうなったら、もうこの厄介な能力は使えないし、シトリーの触手も通用するようになるだろう。

 それは本当に、ただ時間をかけて相手が消耗するのを待つだけの作戦。
 あまりにも芸がなくて自分でも情けなくなってくるが、相手の能力が無意識に発動し、かつ、こちらの打つ手が一切通用しない以上、それしか方法がなかった。




「消耗戦、ですか?」
「そうだ。こいつの目が覚めているときはおまえたちの作ってくれた媚薬を使う。そして、意識を失ったらニーナの能力や僕の力で間断なくこいつの能力を発動させる。そうやって、力尽きるのを待つっていうわけだ。だから、あの媚薬を作ったことは決して無駄ではないし、ニーナにやってもらったことも無駄じゃないのさ。そして、それはこいつの力が尽きるまで続くってことだ」
「なるほど、そういうことでしたか……」
「だったら、私は夜に備えて寝ておいた方がいいですね〜」
「ああ、そうしてくれ」

 ようやく納得したふたりが出て行くと、牢の中にはまだ目を覚まさないサラとシトリーだけとなる。

 サラは昨日の媚薬責め後から、そのままの状態で放置されていた。
 まあ、裸のままでも天使は風邪を引くことはないだろうが、それでも普通は寒さくらいは感じるはずだ。
 しかし、ぐったりとして目を覚まさないのはよほど昨日の責めが堪えているのだろう。

 鎖に繋がれた白い肌の上を、蔓のような触手が這い回る。
 その動きはまるでおあずけを食らっているようで、どこか恨めしそうに見える。
 本当なら、その中に潜り込んで相手の精神世界に入っていくはずの触手は、光に包まれたサラの中には入っていけないでいた。





 そうやって待つことしばし。

「……ん、んんっ」

 サラの口から、小さな呻き声が洩れた。

「目が覚めたか?」
「貴様……」

 ゆっくりとサラが面を上げる。
 シトリーの姿を捉えたその視線は鋭く、昨日あれだけ凌辱されたのにもかかわらず、いまだ彼女の気力が衰えていないことを物語っていた。

 一方でシトリーも、ことさら余裕を見せるように悠然と構えていた。
 まだ、相手の能力のことが完全にわかっているわけではない。
 こちらの意図に気づかれると、なんらかの対策を講じられるおそれもある。
 だから、消耗戦に持ち込もうとしていることを悟られてはならなかった。

「おまえが目を覚ますのを待ってたぞ」
「なんだと?」
「昨日の続きをしなきゃならないからな」
「無駄だと言ったはずよ」

 シトリーの言葉に、サラが侮蔑の表情を浮かべる。

「無駄かどうかはやってみなければわからないさ」
「私は、どんなことにも屈しないと言ったはずだ」

 悪魔に凌辱され、裸のまま繋がれるという屈辱を受けながらも、サラは毅然とした態度を崩さない。
 そえだけ、自分の精神防御に自信があるのだろうが、その、力強さを保った瞳は、悪魔などには決して屈しないという魂の高潔さと意志の強さを窺わせた。
 だが、いくら射殺さんばかりの視線で睨まれてもシトリーが動じるわけもない。

「まあ、その元気がいつまで続くか確かめさせてもらうよ」
「……ぐっ! きっ、貴様っ! ……がっ、がはっ!」

 サラに近寄るとおもむろにその顎を押さえ、媚薬を口の中に注ぎ込む。
 さすがにそれには抗おうとするが、体を拘束されたままでは抗いきれない。

 そして、サラは再び望まない絶頂のループへと飲み込まれていく。









* * *







 それから数日が経って、アブディエル隊では……。

「はぁああっ! ……くっ、逃げるな!」

 その日も、アーヤは魔界軍との戦闘の最前線に立っていた。
 このところ、ずっとそうだ。
 小競り合いが発生するたびに前線に出て、先頭を切って斬り込んでいく。

 撤退しようとしている敵に向かい、鋭い気合いと共に剣を振るうその顔にはどこか焦燥の色があった。

 サラが悪魔どもに捕らわれてから、もう1週間以上が経つ。
 捕らえた敵から聞き出そうとしても、サラの情報は全く入ってこなかった。
 今、姉がどのような目に遭わされているのかと思うと気ばかりが急く。

「アーヤ! 前に出すぎだぞ!」
「すみません、副隊長。しかし……」

 ともすれば敵中に突出しそうになるアーヤを、副隊長のイェキエルが諫める。

「サラのことが気がかりなのはわかる。しかし、無茶な突撃をして、今度はおまえが捕まったりしたら、それでサラが喜ぶと思うのか?」
「はい……」

 制止されて、アーヤはおとなしく隊列に戻る。
 早く姉を助け出したい一心で、ひとりで突っ走りがちなアーヤのことを心配した隊長のアブディエルの指示で、イェキエルが常に傍らでサポートしてくれていることに、まだ彼女は気づいていない。

「それにしても、今日もこの程度で退くのか。いったいどういうつもりなんだ、奴らは?」

 ちょっとした小競り合い程度の戦闘の末に退却を始めた敵を見て、イェキエルが首を傾げる。

 このところ、ずっとこの調子だった。

 サラが捕らわれたとき以来、ラドミール城塞に籠もる魔界軍とは大規模な戦闘になっていない。
 アブディエルが予想したように、こちらの分断を図って各個撃破を狙ってくることもしてこない。
 様子見程度に攻撃を仕掛けてきては、乱戦になる前に退いていく。
 こちらも援軍を呼んで戦力に厚みを増しているとはいえ、この間のあの戦力を全部繰り出してこられたらこちらも相応の被害が出るのは必至だというのに、その気配はない。
 先日の戦闘ではこちらの油断もあってサラを失うことになったが、こちらの攻撃で向こうにもかなりのダメージは与えたはずなので、敵も正面からの決戦を避けるようになったのではないかとも考えられるが、やはり腑に落ちないものはあった。

 イェキエルが感じているのと同じ疑問を隊長のアブディエルも抱いていたが、やはり敵の思惑を量りかねていた。




 彼らが疑問を抱く魔界軍の不可解な動きは、シトリーの指示によるもである。

 この間の戦闘は、サラたちを捕らえるための陽動として他の天使たちを足止めするのが目的だった。
 だから、まだ訓練が足りていないことを承知で飛行戦力の全軍を繰り出したのだ。
 その甲斐あってサラを捕らえることはできたが、彼女をどうにかしないことには今はシトリーの身動きがとれない。
 そこでアナトに命じ、こちらの被害が大きくならないよう極力小競り合い程度に抑えて、飛行部隊に実戦での経験を積ませるようにさせていた。
 この、実戦での新兵の訓練という、ある意味困難な作業をアナトは完璧に遂行していた。
 それは彼女の指揮官としての優秀さを示すものでもあった。
 加えて、エルフリーデやフレデガンドといった早い時期に翼を得た者たちがようやく空中戦に慣れてきて、小隊の指揮を任せられるほどに上達してきていたことも大きかった。

 そうやって、シトリーがサラへの対応に時間を割かれている間、最低限の被害で着々と戦闘部隊の経験値を上げていく。
 それが、魔界軍の動きが消極的な理由であったのだが、そのことを彼ら天使たちが知る由もない。






* * *







 一方、こちらは城塞内。

 シトリーははじめ、長くても4、5日もあればサラの力が尽きるだろうと高をくくっていた。
 その思惑は外れ、その間、サラの体を包む光は消えることがなかった。

 サラのために、シトリーは思いのほか長い時間を費やす羽目に陥っていたのだった。
 彼はもちろん、ニーナにも疲労の色は明らかで、さすがにシトリーも内心で焦りを感じ始めていた。






 しかし、サラが捕らわれてから10日が過ぎたその日……。

「くあっ、あうっ! こっ、こんなものでっ、私が屈するとでもっ……あああっ!」

 これまでと同じように、媚薬を飲まされてシトリーに凌辱されるサラ。
 それでも、彼女はまだ屈していなかった。



 今日も駄目かとシトリーが思い始めていた、その時。




 不意に、彼女の精神を防護していたあの白い光が消えた。
 次の瞬間、サラの瞳が淫魔のように赤く輝く。

「ああっ、いいっ! いいわっ……あんっ、もっと、もっとぉおおっ!」

 淫らで狂おしい光を瞳に宿したサラが、快楽を求めて叫んだ。
 戒める鎖をガシャガシャと派手に鳴らしながら、自由にならぬ腕を必死に伸ばしてシトリーに抱きつこうとしてくる。
 肉棒を咥え込んだ膣がきつく締まり、自ら快感を求めるように腰をくねらせていた。

 だが、それもほんの僅かな間のことだった。
 次の瞬間には再びその体が淡い輝きに包まれ、その瞳から妖しい光も失せていた。

「…………やあぁああっ!? い、今のはなにっ、なんなのっ!?」

 自分の身に起きたことが理解できないでしばし茫然としていたサラが、悲鳴をあげる。

 今さっき、自分は心から快楽を望んでいた。
 自分の中が淫らな欲望で満たされ、自らを犯すこの忌まわしいものを自分から求めていた。

「うそよ……そんなのうそ……あんなおぞましいことを、自分から……」

 たった今自分が感じていたこと、考えていたことがはっきりと頭の中に残っている。
 それだけに、自分がしていたことのおぞましさに半ばパニックになったサラの視線が宙を泳ぐ。

「ほら、どうした?」
「……はうっ!? うぁああああっ!」

 しかも、動揺から立ち直る前に肉棒で思い切り突き上げられて、サラの喉から悲鳴とも喘ぎともつかぬ声が漏れた。
 そして、考える暇も与えられないまま、何度も何度も抉るように固く熱いペニスを打ち込まれる。

 サラを犯しながら、これはチャンスかもしれないとシトリーも感じていた。
 再びあの光は戻ってきてはいるが、さっき、それが一瞬途切れて媚薬の効果が現れていた。

 それは、ここに来て彼女が初めて見せたわずかな綻びの兆候。
 もしかしたら、その力が尽きかけているのではないかという確かな手応えを感じていた。
 ならば、ここぞとばかりに力強く腰を打ちつける。

「やぁっ、そんなっ、激しっ……あうっ、あうぅううんっ!」

 サラはサラで、完全に混乱状態に陥っていた。
 さっきのあれのせいなのか、やけに感覚が鋭くなっているような気がする。
 膣奥まで突かれる衝撃が脳天を直撃するようだ。
 あの、痺れるような感覚が自分の意識まで飲み込んでしまいそうな恐怖を感じる。
 これまで、どんなに凌辱されても決して動じなかった自信が、大きく揺らごうとしていた。

 それに加えて、今度は言葉で揺さぶりをかけられる。

「ふっ、どうだ、この薬の本当の効果は?」
「本当の……効果ですって!?」
「そうだ。今、一瞬おまえはさながら淫魔のようになっていた。それが、この薬の精神への本当の効果だ。おまえに飲ませた媚薬は本来、飲ませた相手を淫魔のようにいやらしい牝にする効果と、体を感じやすくさせる効果の両方が揃ったものだ。それが、今までは精神への影響がが防がれて、体の感度を上げるだけの効き目しかなかったけど、今、たしかに精神への効果も発揮されていた。どうだ? 淫魔になってみた気分は?」
「……そんなっ!」

 口の端を歪めて笑うシトリーの言葉に、サラは愕然とする。
 あらゆるものから精神を護る、自分の能力が破られた……。
 そんなことは、これまで経験したことはない。
 しかし、さっきのあれはそのせいで精神が狂わされたためとしか考えられない。

「そんなこと……あり得ないわ……」

 口ではそういうものの、その視線は宙を彷徨い、あからさまにショックを隠せない様子だった。

 護りの光が破られたら、自分はどうなってしまうのか結末は目に見えている。
 この悪魔にいいようにされ、最終的にはその下僕にされてしまうだろう。

 しかし……しかし、まだ護りの光は自分を包んでくれている。
 まだ、完全に破られたわけではない。
 そう、今のは、ほんの些細な間違い。
 なにかの弾みで、わずかな間、力が途切れただけ……。

 胸の内で自分に言い聞かせるその言葉は、現実逃避というべきだったろう。
 だが、それも無理はない。
 彼女には、自分のその能力しか頼みとするものはなかったのだから。
 考えられる最悪のシナリオから、目を逸らしたかったのだ。

 しかし、シトリーは容赦なかった。
 わずかに見せた彼女の能力の綻びと、その動揺を突いて、さらに揺さぶりをかけてくる。

「しかし、さっきおまえは自分から腰を動かしていたじゃないか。それになんて言ってたっけな? もっと、もっととか言ってなかったか?」
「違うっ、あれはっ……!」
「なにが違うんだ? 気持ちよかったんだろ?」
「だからそれはっ……はうっ、あああんっ!」

 ただでさえ敏感にされている体に間断なく刺激を加えられているうえに、さっきの精神的ショックもあって、まともに思考できないほどに頭が痺れで満ちていく。

「ほら、認めてしまえよ。こうして激しくされるのが気持ちいいんだろ?」
「ちがうぅううっ! きもちっ、よくなんかっ……!」
「そのわりには美味そうに僕のを締めつけてくるじゃないか。それに、さっきからすごくヒクついてるぞ」
「ちがうっ、そんなことはっ! あうっ、あぁんっ、いやっ、だめっ、くるっ、来ちゃうぅうっ!」

 膣の中をいっぱいに抉る肉棒に蹂躙されて、サラは白目を剥き、涎を垂らしながら髪を振り乱して喘ぐ。
 精神を護るあの光はまだ消えていないが、半ば意識を失いかけて、全身が気怠い痺れとのぼせるほどの熱さに冒されていく。

「なんだ、もうイキそうなのか? やっぱり気持ちいいんじゃないか」
「だからそれはっ……あうっ、それ以上はっ……はんっ、はぅああああぁあああああああっ!」

 シトリーが腰の動きを激しくしていくと、サラの体は刺激に耐えきれず、あっという間に絶頂まで持ち上げられ、絶叫と共に瘧のように痙攣してがっくりと崩れ落ちる。
 そして、体をヒクヒクと震わせたまま意識を失う。

 しかし、まだその体を包む輝きは消えない。
 それでも、サラを眺めるシトリーは確かな手応えを感じていた。

 一瞬ではあるが、サラの能力が途切れたことは、確実にその限界が近づいていることを示していた。
 それに、そのことがサラの心にかなりのショックを与えている。

「……ニーナを呼んでくるとするか。これはもしかしたら、今夜中にカタがつくかもしれないぞ」

 そう呟くと、シトリーは気を失ったサラをその場に残して牢を後にしたのだった。

 
 


 

 

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